IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ パナソニックIPマネジメント株式会社の特許一覧

<>
  • 特許-アーク溶接制御方法 図1
  • 特許-アーク溶接制御方法 図2
  • 特許-アーク溶接制御方法 図3
  • 特許-アーク溶接制御方法 図4
  • 特許-アーク溶接制御方法 図5
  • 特許-アーク溶接制御方法 図6
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-12
(45)【発行日】2023-10-20
(54)【発明の名称】アーク溶接制御方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/073 20060101AFI20231013BHJP
   B23K 9/12 20060101ALI20231013BHJP
   B23K 9/173 20060101ALI20231013BHJP
【FI】
B23K9/073 545
B23K9/12 305
B23K9/12 301C
B23K9/12 303A
B23K9/12 301B
B23K9/173 A
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020514356
(86)(22)【出願日】2019-04-12
(86)【国際出願番号】 JP2019016032
(87)【国際公開番号】W WO2019203162
(87)【国際公開日】2019-10-24
【審査請求日】2022-03-23
(31)【優先権主張番号】P 2018080130
(32)【優先日】2018-04-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】古山 雄也
(72)【発明者】
【氏名】藤原 潤司
【審査官】豊島 唯
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-073996(JP,A)
【文献】特開2013-022593(JP,A)
【文献】特開昭61-014079(JP,A)
【文献】特開2013-071154(JP,A)
【文献】国際公開第2015/107974(WO,A1)
【文献】特開2016-087610(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/00 - 9/173
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
溶接ワイヤを溶接対象物の方向に送給する正送と該正送とは逆方向に送給する逆送とを交互に行うとともに、前記溶接ワイヤを所定の周期と所定の振幅で周期的に変化させたワイヤ送給速度で送給し、アーク期間と短絡期間とを繰り返して溶接を行う消耗電極式のアーク溶接制御方法であって、
前記溶接ワイヤの正送時に、前記ワイヤ送給速度の変化が半周期を経過した時点から第1の送給停止期間を経過するまで前記溶接ワイヤの送給を停止する第1のワイヤ送給停止ステップと、
前記第1の送給停止期間を経過した時点から所定の期間を経過するまで前記溶接ワイヤを第1の送給速度で正送させる第1のワイヤ正送ステップと、を備え、
前記所定の期間経過後に前記溶接ワイヤを逆送させることを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載のアーク溶接制御方法において、
前記第1の送給速度は、前記溶接ワイヤの基本送給速度に応じて単調に増加することを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項3】
請求項1または2に記載のアーク溶接制御方法において、
前記溶接ワイヤの逆送時に、前記ワイヤ送給速度の変化が半周期を経過した時点から第2の送給停止期間を経過するまで前記溶接ワイヤの送給を停止する第2のワイヤ送給停止ステップと、
前記第2の送給停止期間を経過した時点から所定の期間を経過するまで前記溶接ワイヤを第2の送給速度で逆送させる第1のワイヤ逆送ステップと、を備え、
前記所定の期間経過後に前記溶接ワイヤを正送させることを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項4】
請求項3に記載のアーク溶接制御方法において、
前記第2の送給速度は、前記溶接ワイヤの基本送給速度に応じて単調に減少することを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項5】
請求項3または4に記載のアーク溶接制御方法において、
前記第1の送給停止期間及び前記第2の送給停止期間は、前記溶接ワイヤのワイヤ径に応じて単調に減少することを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項6】
請求項ないし5のいずれか1項に記載のアーク溶接制御方法において、
前記所定の期間は、前記第1の送給停止期間を経過した時点から前記溶接対象物と前記溶接ワイヤとの短絡が検出されるまでの期間か、または、前記第2の送給停止期間を経過した時点から前記溶接対象物と前記溶接ワイヤとの短絡開放が検出されるまでの期間であることを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項7】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載のアーク溶接制御方法において、
前記ワイヤ送給速度は、正弦波状に周期的に変化することを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項8】
請求項1ないし6のいずれか1項に記載のアーク溶接制御方法において、
前記ワイヤ送給速度は、台形波状に周期的に変化することを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項9】
請求項1ないし8のいずれか1項に記載のアーク溶接制御方法において、
アーク溶接に用いられるアシストガスが不活性ガスであることを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項10】
請求項1ないし8のいずれか1項に記載のアーク溶接制御方法において、
アーク溶接に用いられるアシストガスが炭酸ガスを主成分とするガスであることを特徴とするアーク溶接制御方法。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれか1項に記載のアーク溶接制御方法において、
前記溶接ワイヤは、アルミ、アルミ合金、銅、または銅合金のいずれかからなるとを特徴とするアーク溶接制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、消耗電極式のアーク溶接制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、溶接中に発生するスパッタの低減を目的として、溶接ワイヤの送給が正送と逆送とを繰り返し、アーク期間と短絡期間とを交互に発生させて溶接対象物である母材の溶接を行う消耗電極式のアーク溶接が実用化されている。
【0003】
例えば、特許文献1には、溶接ワイヤの正送中でワイヤ送給速度の減速中に、ワイヤ送給速度が所定のワイヤ送給速度になるまでに短絡が発生しない場合には、周期的な変化を中止してワイヤ送給速度を第1の送給速度に一定制御し、第1の送給速度による正送中に短絡が発生すると第1の送給速度から減速を開始して周期的な変化を再開して溶接を行うアーク溶接制御方法が開示されている。この方法によれば、チップ-母材間距離が変化する等の外乱が生じた場合にも、スパッタを増加させることなく、均一な溶接ビードを得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2010/146844号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1に開示された従来の方法では、は溶接ワイヤの送給を一定速度に制御することで短絡発生を促進させている。
【0006】
しかし、母材に対して通常よりも大きな送給速度で溶接ワイヤを正送させると、溶接ワイヤが勢いよく母材に衝突し、短絡発生時のスパッタが増加してしまう。また、溶接ワイヤの送給速度が大きいと、ワイヤ先端の溶滴を介さずに溶接ワイヤと母材とが短絡発生する頻度が高まり、短絡期間が長くなることで短絡周期が不安定になり、アーク安定性が損なわれてしまう。
【0007】
本発明はかかる点に鑑みてなされたもので、その目的は、短絡時のスパッタ低減及びアーク安定化が図れる消耗電極式のアーク溶接制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するため、本発明に係るアーク溶接制御方法は、溶接ワイヤを溶接対象物の方向に送給する正送と該正送とは逆方向に送給する逆送とを交互に行うとともに、前記溶接ワイヤを所定の周期と所定の振幅で周期的に変化させたワイヤ送給速度で送給し、アーク期間と短絡期間とを繰り返して溶接を行う消耗電極式のアーク溶接制御方法であって、前記溶接ワイヤの正送時に、前記ワイヤ送給速度の変化が半周期を経過した時点から第1の送給停止期間を経過するまで前記溶接ワイヤの送給を停止する第1のワイヤ送給停止ステップと、前記第1の送給停止期間を経過した時点から所定の期間を経過するまで前記溶接ワイヤを第1の送給速度で正送させる第1のワイヤ正送ステップと、を備え、前記所定の期間経過後に前記溶接ワイヤを逆送させることを特徴とする。
【0009】
この方法によれば、溶接ワイヤが溶接対象物に衝突する際の衝撃を低減して、短絡時のスパッタを低減することができる。また、溶接ワイヤの先端に形成された溶滴を介して溶接ワイヤと溶接対象物とを確実に短絡させることで、短絡期間が長期化するのを抑制し、短絡周期を安定化させてアーク安定性を向上できる。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係るアーク溶接制御方法によれば、短絡時のスパッタを低減することができる。また、アーク安定性を向上できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、本発明の一実施形態に係るアーク溶接装置の構成を示す概略図である。
図2図2は、アーク溶接時の各種出力波形を示すタイムチャートである。
図3図3は、比較のための各種出力波形を示すタイムチャートである。
図4図4は、溶接ワイヤの基本送給速度と第1の送給速度及び第2の送給速度との関係を示す図である。
図5図5は、溶接ワイヤのワイヤ径と第1及び第2の送給停止期間との関係を示す図である。
図6図6は、変形例に係るアーク溶接時のワイヤ送給速度の出力波形を示すタイムチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本発明、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0013】
(実施形態)
[アーク溶接装置の構成及び動作]
図1は、本実施形態に係るアーク溶接装置の構成の概略図を示す。
【0014】
アーク溶接装置17は、溶接対象物であるワーク18と消耗電極である溶接ワイヤ19との間で、アーク状態と短絡状態とを繰り返して溶接を行う。なお、本実施形態では、溶接ワイヤ19は、銅合金からなるが、特にこれに限定されず他の材質であってもよい。また、溶接ワイヤ19のワイヤ径は1.0mmである。また、アーク溶接時に、アシストガスとしてアルゴン等の不活性ガスを用いている。つまり、本実施形態に示すアーク溶接は、いわゆる、MIG溶接(Metal Inert Gas welding)である。ただし、その他のガス、例えば、炭酸ガスを主成分とするガスを用いてもよい。なお、炭酸ガスを主成分とするガスとは、炭酸ガスを30%以上含んでいるガスのことを言い、それ以外の成分は、例えば、アルゴン等の不活性ガスである。これらについては、後述する。
【0015】
アーク溶接装置17は、主変圧器(トランス)2と、一次側整流部3と、スイッチング部4と、DCL(リアクトル)5と、二次側整流部6と、溶接電流検出部7と、溶接電圧検出部8と、短絡/アーク検出部9と、出力制御部10と、ワイヤ送給速度制御部14とを有している。
【0016】
一次側整流部3は、アーク溶接装置17の外部にある入力電源1から入力した入力電圧を整流する。スイッチング部4は、一次側整流部3の出力を溶接に適した出力に制御する。主変圧器2は、スイッチング部4の出力を溶接に適した出力に変換する。二次側整流部6は、主変圧器2の出力を整流する。DCL(リアクトル)5は、二次側整流部6の出力を溶接に適した電流に平滑する。
【0017】
溶接電流検出部7は、溶接電流を検出する。溶接電圧検出部8は、溶接電圧を検出する。短絡/アーク検出部9は、溶接電圧検出部8の出力に基づいて、溶接状態が、ワーク18と溶接ワイヤ19とが短絡している短絡状態であるのか、ワーク18と溶接ワイヤ19との間でアーク20が発生しているアーク状態であるのか、を判定する。
【0018】
出力制御部10は、短絡制御部11とアーク制御部12とを有し、スイッチング部4に制御信号を出力して溶接出力を制御する。短絡制御部11は、短絡/アーク検出部9が短絡状態であると判定した場合に、短絡期間の溶接電流である短絡電流の制御を行う。アーク制御部12は、短絡/アーク検出部9がアーク状態であると判定した場合に、アーク期間の溶接電流であるアーク電流の制御を行う。また、短絡/アーク検出部9は、短絡状態あるいはアーク状態であると判定した場合に、ワイヤ送給速度制御部14に検出信号を送り、この検出信号に基づいて、ワイヤ送給速度制御部14で溶接ワイヤ19の正送及び逆送の切替タイミングが決定される。
【0019】
ワイヤ送給速度制御部14は、ワイヤ送給速度検出部15と、演算部16とを有し、ワイヤ送給部22を制御して溶接ワイヤ19の送給速度を制御する。ワイヤ送給速度検出部15は、後述するワイヤ送給速度Vf(図2参照)を検出する。演算部16は、ワイヤ送給速度検出部15からの信号に基づいて、溶接ワイヤ19の送給量の積算量等を演算する。また、溶接ワイヤ19の送給を停止させる制御信号や溶接ワイヤ19の正送と逆送とを切り替える制御信号をワイヤ送給部22に出力する。
【0020】
アーク溶接装置17には、溶接条件設定部13とワイヤ送給部22が接続されている。溶接条件設定部13は、アーク溶接装置17に溶接条件を設定するために用いられる。ワイヤ送給部22は、ワイヤ送給速度制御部14からの信号に基づいて、溶接ワイヤ19の送給の制御を行う。
【0021】
アーク溶接装置17の溶接出力は、溶接チップ21を介して溶接ワイヤ19に供給される。そして、アーク溶接装置17の溶接出力により、溶接ワイヤ19とワーク18との間にアーク20を発生させて溶接を行う。
【0022】
次に、以上のように構成されたアーク溶接装置17の動作について、図2を用いて説明する。図2は、本実施形態に係るアーク溶接時の各種出力波形のタイムチャートを示す。具体的には、短絡期間Tsとアーク期間Taとを交互に繰り返すアーク溶接における、ワイヤ送給速度Vfと、溶接電流Awと、溶接電圧Vwの時間変化を示している。また、溶接ワイヤ19の先端の溶滴移行状態Wwの時間変化もあわせて示している。
【0023】
図2に示すように、溶接ワイヤ19の送給速度であるワイヤ送給速度Vfは所定の周期及び所定の振幅で周期的に変化している。図2から明らかなように、ワイヤ送給速度Vfの周期は、短絡期間Tsとアーク期間Taとの和に相当する。また、ワイヤ送給速度Vfが正(図2では、Vf=0の線より上側)の場合は、溶接ワイヤ19は、ワーク18に向けて近づくように送給される、つまり、正送動作が行われる。ワイヤ送給速度Vfが負(図2では、Vf=0の線より下側)の場合は、溶接ワイヤ19は、ワーク18から離れるように送給される、つまり、逆送動作が行われる。なお、ワイヤ送給速度Vfの波形、すなわち、周期や振幅や傾き等の形状は、アーク溶接装置17に設定される設定電流毎に予め決められている。
【0024】
アーク期間Taにおいて、溶接ワイヤ19は正送されるとともに、溶接電流Awは、アーク制御部12からの制御信号に基づいて、所定のピーク電流値まで増加する。これにより、溶接ワイヤ19の先端の溶融速度を高めて溶滴を形成する。そして、短絡期間Tsで溶滴を図示しない溶融プールに移行させる。このようにアーク期間Taと短絡期間Tsとを繰り返すことでワーク18のアーク溶接を行っている。なお、短絡期間Tsでは、短絡状態を開放させるため、時間の経過に伴って溶接電流Awを増加するように制御する。以下、さらにこの動作について詳細に説明する。
【0025】
図2に示すように、時刻t1からアーク期間Taがスタートし、溶接ワイヤ19は加速しながらワーク18に向けて正送される。また、前述したように、溶接電流Awが増加し始め、溶接電圧Vwは急速に立ち上がり、所定の電圧値に達した後、緩やかに減少する。また、時刻t1の直後から、状態(a)に示すように、ワーク18と溶接ワイヤ19との間にアーク20が発生し始める。時刻t2で、正弦波状に変化するワイヤ送給速度Vfが最大値に達した後、溶接ワイヤ19が減速し始めると、溶接電流Awも低下する。このとき、状態(b)に示すように、溶接ワイヤ19の先端には溶滴が形成され、アーク20が成長して、ワーク18に溶融プール(図示せず)が形成される。
【0026】
時刻t3、つまり、正弦波状に変化するワイヤ送給速度Vfが半周期変化した時点で、言い換えると溶接ワイヤ19が正送して、ワイヤ送給速度Vfが半周期経過し、減速されたワイヤ送給速度Vfが零の近傍となる時点、または基本送給速度Vf0以下になった時点で、ワイヤ送給速度Vfは零となり、溶接ワイヤ19の送給が停止する。また、時刻t3から時刻t4までの所定の期間、溶接ワイヤ19の送給は停止された状態が維持される。以下、この送給停止を第1の送給停止ステップと呼ぶことがある。また、溶接ワイヤ19の正送時に、その送給が停止される所定の期間を第1の送給停止期間Tz1と呼ぶことがある。また、時刻t3の時点で、溶接ワイヤ19の先端は所定の間隔をあけてワーク18の上側に位置している(状態(c)参照)。時刻t3を過ぎてから、溶接電流Awはさらに低下する。
【0027】
時刻t4から、溶接ワイヤ19は一定の送給速度(以下、第1の送給速度Vf1と呼ぶことがある。)で正送し始める。以降の説明で、この再開された正送動作を第1のワイヤ正送ステップと呼ぶことがある。この正送動作によって、状態(d)に示すように、溶接ワイヤ19の先端がワーク18に衝突し、溶接ワイヤ19とワーク18とが短絡する。なお、第1の送給速度Vf1は、設定される溶接電流(以下、設定電流と呼ぶことがある。)に応じて決まる基本送給速度Vf0に比べて小さい値に設定されている。なお、基本送給速度Vf0は、正弦波状に変化するワイヤ送給速度Vfの移動平均に相当する速度である。
【0028】
時刻t5で、前述したように、短絡/アーク検出部9は、この短絡を検出し、検出信号がワイヤ送給速度制御部14に送られて、溶接ワイヤ19の送給動作が正送から逆送に切り替えられ、短絡期間Tsがスタートする。また、時刻t5から溶接ワイヤ19は加速しながらワーク18にから離れる方向に逆送される。また、アーク期間Taと同様に、溶接電流Awが増加し始め、所定のピーク電流値に達する。溶接電圧Vwは急速に立ち上がり、所定の電圧値に達した後、緩やかに減少する。
【0029】
正弦波状に変化するワイヤ送給速度Vfが最小値に達した後、溶接ワイヤ19が逆送する速度が低下し始めると、溶接電流Awも低下する。このとき、状態(e)に示すように、溶接ワイヤ19の先端は、ワーク18に接触したままである。
【0030】
時刻t6、つまり、正弦波状に変化するワイヤ送給速度Vfが1周期変化した時点、言い換えると溶接ワイヤ19が逆送して、ワイヤ送給速度Vfが半周期経過し、減速されたワイヤ送給速度Vfが零の近傍となる時点、または逆送停止速度Vf0’以上となった時点で、ワイヤ送給速度Vfは零となり、溶接ワイヤ19の送給が停止する。また、時刻t6から時刻t7までの所定の期間、溶接ワイヤ19の送給は停止された状態が維持される。なお、逆送停止速度Vf0’は、逆送側のワイヤ送給停止の閾値であり、基本送給速度Vf0のマイナス値(-Vf0)に相当する値である。正送側のワイヤ送給停止の閾値として、基本送給速度Vf0を使用したが、逆送側のワイヤ送給停止の閾値としては、シンプルな構成とするため逆送停止閾値Vf0’を逆送側の所定の閾値として使用している。また、以下、この送給停止を第2の送給停止ステップと呼ぶことがある。また、溶接ワイヤ19の逆送時に、その送給が停止される所定の期間を第2の送給停止期間Tz2と呼ぶことがある。また、第2の送給停止期間Tz2では、溶接ワイヤ19は、先端付近にくびれが生じて、溶接ワイヤ19の先端は細くなった状態でワーク18と接触している(状態(f)参照)。時刻t6を過ぎてから、溶接電流Awはさらに低下する。
【0031】
時刻t7から、溶接ワイヤ19は一定の送給速度(以下、第2の送給速度Vf2と呼ぶことがある。)で逆送し始める。また、以降の説明で、この再開された逆送動作を第1のワイヤ逆送ステップと呼ぶことがある。この逆送動作によって、状態(g)に示すように、溶接ワイヤ19は先端のくびれ部分で引き切れてワーク18から離脱する。なお、第2の送給速度Vf2は、前述の基本送給速度Vf0に比べて小さい値に設定されている。
【0032】
時刻t8で、短絡/アーク検出部9は、溶接ワイヤ19とワーク18との短絡開放を検出し、アーク状態になったと判定する。また、短絡開放の検出信号がワイヤ送給速度制御部14に送られて、溶接ワイヤ19の送給動作が逆送から正送に切り替えられ、再び短絡期間Tsがスタートする。
【0033】
[効果等]
以上説明したように、本実施形態に係るアーク溶接制御方法は、溶接ワイヤ19を溶接対象物であるワーク18の方向に送給する正送と、正送とは逆方向に送給する逆送とに交互に行うとともに、溶接ワイヤ19を所定の周期と所定の振幅で周期的に変化させたワイヤ送給速度Vfで送給し、アーク期間Taと短絡期間Tsとを繰り返して溶接を行う消耗電極式のアーク溶接制御方法である。
【0034】
溶接ワイヤ19の正送時に、ワイヤ送給速度Vfの変化が半周期を経過した時点から第1の送給停止期間Tz1を経過するまでの基本送給速度Vf0以下で溶接ワイヤ19の送給を停止する第1のワイヤ送給停止ステップと、第1の送給停止期間Tz1を経過した時点から所定の期間を経過するまで溶接ワイヤ19を第1の送給速度Vf1で正送させる第1のワイヤ正送ステップと、を備えており、当該所定の期間経過後に溶接ワイヤ19を逆送させる。なお、溶接ワイヤ19の正送時は、当該所定の期間は、第1の送給停止期間Tz1を経過した時点(時刻t4)から短絡/アーク検出部9がワーク18と溶接ワイヤ19との短絡を検出する時刻t5までの期間に相当する。
【0035】
本実施形態によれば、溶接ワイヤ19とワーク18との衝突前に、溶接ワイヤ19の送給を停止し、送給停止後に基本送給速度Vf0に比べて低い第1の送給速度Vf1で溶接ワイヤ19を再送させてワーク18に衝突、短絡させている。このことにより、溶接ワイヤ19がワーク18に衝突する際の衝撃を低減して、短絡時のスパッタを低減することができる。また、溶接ワイヤ19の先端に形成された溶滴を介して溶接ワイヤ19とワーク18とを確実に短絡させることで、短絡期間Tsが長期化するのを抑制し、短絡周期を安定化させてアーク安定性を向上できる。
【0036】
また、本実施形態のアーク溶接制御方法は、溶接ワイヤ19の逆送時に、ワイヤ送給速度Vfの変化が半周期を経過した時点から第2の送給停止期間Tz2を経過するまで溶接ワイヤ19の送給を停止する第2のワイヤ送給停止ステップと、第2の送給停止期間Tz2を経過した時点から所定の期間を経過するまで溶接ワイヤ19を第2の送給速度Vf2で逆送させる第1のワイヤ逆送ステップと、を備えており、当該所定の期間経過後に溶接ワイヤ19を正送させる。なお、溶接ワイヤ19の逆送時は、当該所定の期間は、第2の送給停止期間Tz2を経過した時点(時刻t7)から短絡/アーク検出部9がワーク18と溶接ワイヤ19との短絡開放を検出する時刻t8までの期間に相当する。
【0037】
本実施形態によれば、溶接ワイヤ19がワーク18から引き切れて離脱する前に、溶接ワイヤ19の送給を停止し、送給停止後に基本送給速度Vf0の絶対値に比べて小さい絶対値の第2の送給速度Vf2で溶接ワイヤ19を再送させてワーク18から離脱させている。このことにより、溶接ワイヤ19は適度にくびれた状態で、先端の溶滴が自重によりワーク18に向かって落ちていくため、溶接ワイヤ19を確実にワーク18から引き切って離脱させることができる。また、溶接ワイヤ19が過度にくびれるのを防止することで、溶接ワイヤ19の材質やワイヤ径等によって溶接ワイヤ19がワーク18から引き切れて離脱するタイミングがばらつくのを防止できる。このことにより、短絡期間Tsのばらつきを抑制し、短絡周期を安定化させてアーク安定性を向上できる。また、短絡開放時のスパッタを抑制できる。
【0038】
また、溶接ワイヤ19は、溶融時に低粘性であるアルミ、アルミ合金、銅、または銅合金のいずれかからなるのが好ましい。以下、これらについてさらに説明する。
【0039】
図3は、比較のための各種出力波形のタイムチャートを示し、図2に示すのと同様に、ワイヤ送給速度Vfと、溶接電流Awと、溶接電圧Vwの時間変化を示している。また、溶接ワイヤ19の先端の溶滴移行状態Wwの時間変化もあわせて示している。
【0040】
図2に示すタイムチャートと、図3に示すタイムチャートとでは、周期的に変化するワイヤ送給速度Vfの波形が異なる。図3に示すワイヤ送給速度Vfは、時刻t11で基本送給速度Vf0であり、そこから速度が増加し、最大値(1/4周期に相当)に到達した後、減速して、時刻t12で所定の速度、この場合は第3の送給速度Vf3で維持される。図3に示すように、第3の送給速度Vf3は基本送給速度Vf0よりも大きい値である。
【0041】
短絡/アーク検出部9により溶接ワイヤ19とワーク18との短絡が検出された時点(時刻t13)から、ワイヤ送給速度Vfは低下し始め、時刻t14で逆送動作に切り替わる。ワイヤ送給速度Vfが最小値に達した後、溶接ワイヤ19が逆送する速度が低下し始め、時刻t15で所定の速度、この場合は第4の送給速度Vf4で維持される。図3に示すように、第4の送給速度Vf4は基本送給速度Vf0よりも大きい値である。短絡/アーク検出部9により溶接ワイヤ19とワーク18との短絡開放が検出された時点(時刻t16)から、ワイヤ送給速度Vfの絶対値は低下し始め、所定の期間経過後に正送動作に切り替わる。
【0042】
図3に示すように、多少の減速はされるものの、溶接ワイヤ19を基本送給速度Vf0よりも絶対値の大きい速度(第3の送給速度Vf3)で送給した状態で、ワーク18と衝突させる場合、溶接ワイヤ19の先端に形成された溶滴が慣性により移動遅れを起こすおそれがある。特に、溶接ワイヤ19が、溶融時に低粘性である材質、例えば、アルミ、アルミ合金、銅、または銅合金のいずれかであると、この傾向が強まる。この場合、溶接ワイヤ19は溶滴を介さずにワーク18と短絡するため、短絡時に大量のスパッタが発生してしまう。また、短絡周期のばらつきが大きくなる。
【0043】
また、溶接ワイヤ19を基本送給速度Vf0よりも絶対値の大きい速度(第4の送給速度Vf4)で送給した状態で、ワーク18から引き切る場合も、溶接ワイヤ19の離脱タイミングがばらつく。例えば、十分にくびれが生じていない状態で、溶接ワイヤ19がワーク18から引き切られると、大量のスパッタが発生してしまう。また、溶接ワイヤ19の溶融状態での粘性の違いにより、溶接ワイヤ19がワーク18から引き切れて離脱するタイミングがばらつき、これに応じて短絡周期がばらつく。このことにより、アークの安定性が低下してしまう。
【0044】
本実施形態によれば、前述したとおり、これらの不具合が発生するのを抑制し、短絡時及び/又は短絡開放時のスパッタの発生を抑制し、また、アークの安定性を向上することができる。
【0045】
また、短絡周期のばらつきによって溶接点間距離がばらつくと、ワーク18が薄板(例えば、板厚1.6mm以下)の場合に、ビードがブリッジしなくなったり、溶け落ちが生じたりする。本実施形態に示すアーク溶接制御方法によれば、これらの問題が発生するのを抑制できる。また、短絡周期のばらつきを抑制することで、例えば、ブレーズ溶接で形成されるビードの見た目を美しくして、ビードの外観意匠性を高めることができる。
【0046】
また、図3に示すアーク溶接制御方法では、ワーク18が上記薄板よりも厚い厚板の場合に、短絡時に大量のスパッタが発生するが、本実施形態に示すアーク溶接制御方法によれば、このようなスパッタの発生を防止して、溶接品質を高めることができる。
【0047】
また、アシストガスとして炭酸ガス(COガス)を主成分とするガスを用いる場合には、特に、溶接ワイヤ19の正送時に、短絡時のスパッタが発生したり、短絡周期がばらついたりするのを抑制できる。良く知られているように、炭酸ガスを主成分とするガスを用いたアーク溶接では、溶接ワイヤ19に加わるアーク反力が大きく、他のアシストガスを用いた場合に比べて、溶接ワイヤ19の正送時に、溶滴がワーク18に衝突しづらい。このため、溶接ワイヤ19が溶滴を介さずにワーク18に衝突する可能性が高くなる。
【0048】
本実施形態によれば、溶接ワイヤ19とワーク18との衝突前に、溶接ワイヤ19の送給を停止し、送給停止後に低速(第1の送給速度Vf1)で溶接ワイヤ19をワーク18に衝突させるようにするため、アーク反力の影響を低減して、確実に溶接ワイヤ19の溶滴とワーク18とを接触させて、上記の問題が発生するのを抑制することができる。また、溶滴の移行安定性を高めて安定した高品質のアーク溶接を行うことができる。
【0049】
また、第1及び第2の送給速度Vf1,Vf2を固定された値にしてもよいが、図4に示すように、第1の送給速度Vf1を、溶接ワイヤ19の基本送給速度Vf0に応じて単調に増加してもよく、また、第2の送給速度Vf2を、溶接ワイヤ19の基本送給速度Vf0に応じて単調に減少してもよい。溶接電流Awが大きいほど基本送給速度Vf0は大きくなる。一方、溶接電流Awが大きいほどワーク18に形成される溶融プールも大きくなるので、第1及び第2の送給速度Vf1,Vf2を基本送給速度Vf0に応じて単調に変化させても、不具合を生じることがない。
【0050】
また、図5に示すように、第1の送給停止期間Tz1及び第2の送給停止期間Tz2は、溶接ワイヤ19のワイヤ径に応じて単調に減少するように設定するのが好ましい。ワイヤ送給速度Vfが同じであれば、溶接ワイヤ19のワイヤ径が小さいほど、溶滴が成長しにくく、溶滴がワーク18に落下するのが遅くなる。また、溶接チップ21とワーク18との間の距離であるワイヤ突出し長さもワイヤ径が小さいほど短くなる。一方、ワイヤ径が大きければ、溶接の成長が早く、溶滴がワーク18に落下するのが早くなり、ワイヤ突き出し長さも長くなる。このため、ワイヤ径が小さい場合は、第1及び第2の送給停止時間Tz1,Tz2をそれぞれ長くして、溶接ワイヤ19の正送時に溶滴を十分に成長させて落下を促すとともに、溶接ワイヤ19の逆送時に溶接ワイヤ19の先端の糸引きを短くして、短絡周期を安定させるようにする。また、ワイヤ径が大きい場合は、第1及び第2の送給停止時間Tz1,Tz2をそれぞれ短くして、溶接ワイヤ19の正送時に溶滴が大きくなりすぎて、短絡タイミングがばらつくのを抑制する。また、溶接ワイヤ19の逆送時に、溶融量を抑制して、短絡開放時のスパッタ量を低減する。
【0051】
<変形例>
図6は、変形例に係るアーク溶接時のワイヤ送給速度の出力波形を示す。
【0052】
図2に示すタイムチャートでは、ワイヤ送給速度Vfは、正弦波状に周期的に変化しているのに対し、図6に示すタイムチャートでは、ワイヤ送給速度Vfは、台形波状に周期的に変化している点で異なる。
【0053】
図2に示すように、ワイヤ送給速度Vfが、正弦波状に周期的に変化することで、出力波形の屈曲点がなく、ワイヤ送給速度Vfの急激な変化が抑制できる。このことにより、アーク20のアーク長変動を小さくすることができる。
【0054】
一方、図6に示すように、ワイヤ送給速度Vfが、台形波状に周期的に変化することで、出力波形の面積を大きくすることができる。つまり、溶接ワイヤ19の送給動作の応答性を高めることができる。
【0055】
なお、ワイヤ送給速度Vfの出力波形は、周期的に変化する形状であれば、これ以外の形状であってもよい。
【0056】
なお、溶接ワイヤ19を正送させる場合、ワイヤ送給速度Vfの変化が半周期を経過した時点(時点t3)から送給停止期間を経過するまでの時点(時点t4)で、溶接ワイヤ19の送給を停止する、つまり、前述の第1の送給停止ステップで溶接ワイヤ19の送給を停止するとしたが、時点t3で、溶接ワイヤ19の先端と母材との距離が2mm以下となる場合は、第1の送給停止ステップで溶接ワイヤ19の送給を停止するにあたって、ワイヤ送給速度Vfが完全に零にならなくても良く、ワイヤ送給速度Vfの値が零の代わりに有限の値となってもよい。例えば、2m/min以下の極めて低速での送給速度とすることを含んでも良い。
【0057】
これらにより、溶接ワイヤ19の正送時の溶融プールへの衝突力を十分に低減し、スパッタの発生を抑制出来る。
【0058】
また、溶接ワイヤ19を逆送させる、ワイヤ送給速度Vfの変化が半周期を経過した時点(時点t6)から送給停止期間を経過するまでの時点(時点t7)で、溶接ワイヤ19の送給を停止する、つまり、前述の第2のワイヤ送給停止ステップで溶接ワイヤ19の送給を停止するとしたが、時点t6で、溶接ワイヤ19の送給が逆送から正送に切替る逆送時のワイヤ送給の所定の反転位置に対して、その距離が2mm以下となる場合は、第2の送給停止ステップで溶接ワイヤ19の送給を停止するにあたって、ワイヤ送給速度Vfが完全に零にならなくても良く、ワイヤ送給速度Vfの値が零の代わりに有限の値となってもよい。例えば、2m/min以下の極めて低速での送給速度を含んでも良い。
【0059】
これらにより、溶接ワイヤ19の先端の溶滴が溶融プールに対して接触して溶滴が移行する短絡移行を安定させることができ、溶接ワイヤ19の溶滴の正送から逆送への溶接ワイヤ19の送給の反転時に、溶接ワイヤ19から溶融プールへ溶滴の移行が不十分な状態で、短絡移行途中の溶滴に不要な負荷や衝撃を掛けることを低減し、スパッタの発生を抑制できる。なお、短絡移行時のスパッタ発生は、溶接ワイヤ19の送給動作において、逆送時の逆送から正送への反転時より、正送時の溶融プールへの溶接ワイヤ19の溶滴の接触する衝突時の方が多く生じる傾向にある。
【産業上の利用可能性】
【0060】
本発明のアーク溶接制御方法は、短絡周期を安定化することにより、溶接品質の向上、また微小短絡によるスパッタ発生量を低減することができ、消耗電極である溶接ワイヤの正送動作と逆送動作とを交互に繰り返して行うアーク溶接に適用する上で有用である。
【符号の説明】
【0061】
1 入力電源
2 主変圧器(トランス)
3 一次側整流部
4 スイッチング部
5 DCL(リアクトル)
6 二次側整流部
7 溶接電流検出部
8 溶接電圧検出部
短絡/アーク検出部
10 出力制御部
11 短絡制御部
12 アーク制御部
13 溶接条件設定部
14 ワイヤ送給速度検出部
15 ワイヤ送給速度検出部
16 演算部
17 アーク溶接装置
18 ワーク(溶接対象物)
19 溶接ワイヤ
20 アーク
21 溶接チップ
22 ワイヤ送給部
図1
図2
図3
図4
図5
図6