(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-12
(45)【発行日】2023-10-20
(54)【発明の名称】架橋高分子モデルのワイブル係数を算出する方法、システム及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G06F 30/10 20200101AFI20231013BHJP
G06F 30/20 20200101ALI20231013BHJP
G01N 3/00 20060101ALN20231013BHJP
【FI】
G06F30/10
G06F30/20
G01N3/00 K
(21)【出願番号】P 2019222081
(22)【出願日】2019-12-09
【審査請求日】2022-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】狩野 康人
【審査官】合田 幸裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-032182(JP,A)
【文献】特開2016-081297(JP,A)
【文献】特開2018-132431(JP,A)
【文献】特開2015-052487(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第110096732(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107436963(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/10
G06F 30/20
G01N 3/00
IEEE Xplore
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1又は複数のプロセッサが実行する方法であって、
粒子の結合状態及び前記粒子の位置である初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルを取得することと、
各々の前記
架橋高分子モデルに対して第1軸に一定張力を与えて伸長させる一軸伸長シミュレーションを、分子動力学計算を用いて実行することと、
前記一軸伸長シミュレーション実行中の複数の観測時点において、全てのモデル数に対する破断していないモデル数の割合を示す残存確率を算出することと、
前記複数の観測時点における各々の残存確率に基づいてワイブル係数を算出することと、
を含む、架橋高分子モデルのワイブル係数を算出する方法。
【請求項2】
前記複数の観測時点における前記各々の残存確率に対して対数を二回とることで得られる変換値を算出し、前記変換値を縦軸又は横軸の一方の軸、時間軸を縦軸又は横軸の他方の軸とする座標系における各観測点にフィティングした一次近似式の傾きを前記ワイブル係数として算出する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記変換値は、log(-log(R(t)))であり、ただし、logの底はeであり、前記観測時点はtで示し、前記残存確率はR(t)で示す、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
平衡化時間を異ならせることで、初期状態が異なる複数の架橋高分子を生成する、請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記一軸伸長シミュレーションを実行することは、
前記複数の架橋高分子モデルのそれぞれが配置された立体の計算領域に対して外部から作用する第1軸、第2軸及び第3軸の圧力値が所定圧力であることを含む所定解析条件にて分子動力学計算を実行することと、
前記計算領域の前記第2軸及び前記第3軸を通る断面積を算出することと、
前記第2軸及び前記第3軸の圧力値を前記所定圧力とし、前記第1軸の圧力値を、一定値の張力を前記断面積で割った値を前記所定圧力から差し引いた値に設定することと、
所定タイムステップの分子動力学計算を実行することと、
を含み、
前記断面積の算出と、前記第1軸の圧力値の設定と、前記所定タイムステップの分子動力学計算とを繰り返し実行する、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
粒子の結合状態及び前記粒子の位置である初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルを取得する高分子モデル取得部と、
各々の前記
架橋高分子モデルに対して第1軸に一定張力を与えて伸長させる一軸伸長シミュレーションを、分子動力学計算を用いて実行する一軸伸長シミュレーション実行部と、
前記一軸伸長シミュレーション実行中の複数の観測時点において、全てのモデル数に対する破断していないモデル数の割合を示す残存確率を算出する残存確率算出部と、
前記複数の観測時点における各々の残存確率に基づいてワイブル係数を算出するワイブル係数算出部と、
を備える、架橋高分子モデルのワイブル係数を算出するシステム。
【請求項7】
前記ワイブル係数算出部は、前記複数の観測時点における前記各々の残存確率に対して対数を二回とることで得られる変換値を算出し、前記変換値を縦軸又は横軸の一方の軸、時間軸を縦軸又は横軸の他方の軸とする座標系における各観測点にフィティングした一次近似式の傾きを前記ワイブル係数として算出する、請求項6に記載のシステム。
【請求項8】
前記変換値は、log(-log(R(t)))であり、ただし、logの底はeであり、前記観測時点はtで示し、前記残存確率はR(t)で示す、請求項7に記載のシステム。
【請求項9】
平衡化時間を異ならせることで、初期状態が異なる複数の架橋高分子を生成する、請求項6~8のいずれかに記載のシステム。
【請求項10】
前記一軸伸長シミュレーション実行部は、
前記複数の架橋高分子モデルのそれぞれが配置された立体の計算領域に対して外部から作用する前記第1軸、第2軸及び第3軸の圧力値が所定圧力であることを含む所定解析条件にて分子動力学計算を実行する分子動力学計算実行部と、
前記計算領域の前記第2軸及び前記第3軸を通る断面積を算出する断面積算出部と、
前記第2軸及び前記第3軸の圧力値を前記所定圧力とし、前記第1軸の圧力値を、一定値の張力を前記断面積で割った値を前記所定圧力から差し引いた値に設定する圧力値設定部と、
を有し、
前記断面積算出部による前記断面積の算出と、前記圧力値設定部による前記第1軸の圧力値の設定と、前記分子動力学計算実行部による所定タイムステップの分子動力学計算と、を繰り返し実行する、請求項6~9のいずれかに記載のシステム。
【請求項11】
請求項1~5のいずれかに記載の方法を1又は複数のプロセッサに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、架橋ゴム等の架橋高分子モデルのワイブル係数を算出する方法、システム及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
例えば未加硫ゴムに硫黄などの架橋剤を加えて分子同士を結合(架橋)させた架橋高分子(いわゆる架橋ゴム)に対する一軸伸長試験が行われている。CAE(Computer Aided Engineering)を用いたコンピュータシミュレーションにおいても一軸伸長試験をシミュレーションできることが望まれる。架橋ゴムを一軸伸長するにあたり、一定の張力で引っ張れば、クリープ現象が生じ、やがて破断することは知られている。ゴム等の架橋高分子の壊れやすさを評価するための指標の一つとしてワイブル係数が知られている。ワイブル係数は実験により求めることが知られている(例えば非特許文献1参照)
【0003】
しかしながら、分子動力学計算を用いたコンピュータシミュレーションにおいて架橋高分子モデルのクリーブ現象及び破断を再現し、ワイブル係数を算出する方法が提供されていない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】加硫ゴムの静的疲労-NBR系の破壊挙動,福森健三、佐藤紀夫、倉内紀雄,Materials Life, Vol.5, No.3,57-67(July 1993)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、架橋高分子モデルのワイブル係数を算出する方法、システム及びプログラムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の架橋高分子モデルのワイブル係数を算出する方法は、粒子の結合状態及び前記粒子の位置である初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルを取得することと、各々の前記モデルに対してx軸に一定張力を与えて伸長させる一軸伸長シミュレーションを、分子動力学計算を用いて実行することと、前記一軸伸長シミュレーション実行中の複数の観測時点において、全てのモデル数に対する破断していないモデル数の割合を示す残存確率を算出することと、前記複数の観測時点における各々の残存確率に基づいてワイブル係数を算出することと、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本開示の架橋高分子モデルのワイブル係数を算出するシステムを示すブロック図
【
図2】システムが実行する処理を示すフローチャート
【
図4】FENE-LJと、切断可能ポテンシャル(quartic)と、を示す図
【
図5】一軸伸長のクリープ現象のシミュレーションにおける計算領域の変化及び設定圧力値を示す図
【
図6】10個の架橋高分子モデルについて、張力Fが0.33である場合の一軸伸長シミュレーションの実行結果を示す図
【
図7】複数の観測時点における各々の残存確率と一次近似式とを示す図
【
図8】10個の架橋高分子モデルについて、張力Fが0.35である場合の一軸伸長シミュレーションの実行結果を示す図
【
図9】10個の架橋高分子モデルについて、張力Fが0.37である場合の一軸伸長シミュレーションの実行結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本開示の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0009】
[架橋高分子モデルのワイブル係数を算出するシステム]
本実施形態のシステム1は、ゴムなどの架橋高分子モデルの一軸伸長をシミュレーションして、架橋高分子モデルの破断現象を再現し、ワイブル係数を算出するように構成されている。
【0010】
図1に示すように、システム1は、高分子モデル取得部10と、設定部11と、モデル
配置部12と、分子動力学計算実行部13と、断面積算出部14と、圧力値設定部15と、残存確率算出部16と、ワイブル係数算出部17と、を有する。これら各部10~17は、プロセッサ1a、メモリ1b、各種インターフェイス等を備えたコンピュータにおいて予め記憶されている
図2に示す処理ルーチンをプロセッサ1aが実行することによりソフトウェア及びハードウェアが協働して実現される。本実施形態では、1つの装置におけるプロセッサ1aが各部を実現しているが、これに限定されない。例えば、ネットワークを用いて分散させ、複数のプロセッサが各部の処理を実行するように構成してもよい。すなわち、1又は複数のプロセッサが処理を実行する。
【0011】
図1に示す高分子モデル取得部10は、複数の粒子を有し、一部の粒子と他の粒子が結合ポテンシャルで結合している複数の架橋高分子モデルM1~M10(データ)を取得する。各々の架橋高分子モデルM1~M10は初期状態が異なる。初期状態は、粒子の結合状態及び粒子の位置を示し、一軸伸長シミュレーションを実行する前の状態を述べている。高分子モデル取得部10は、架橋高分子モデルM1~M10を外部から取得してもよいし、架橋高分子モデルM1~M10を生成してもよい。本実施形態の架橋高分子モデルM1~M10は、
図3に示すように、複数のポリマー粒子20が直鎖状又は分岐状に連なる複数のポリマーモデル2と、複数の架橋剤粒子3と、を有する。ポリマーモデル2と架橋剤粒子3とが結合している。ポリマー粒子20には、他の粒子との間に非結合ポテンシャルが設定されていると共に、結合関係にあるポリマー粒子20との間に結合ポテンシャルが設定されている。架橋剤粒子3には、他の粒子の間に非結合ポテンシャルが設定されていると共に、結合関係にあるポリマー粒子20との間に結合ポテンシャルが設定されている。非結合ポテンシャルとして、LJ(レナードジョーンズ)やWCA(斥力のみのLJポテンシャル)が採用可能である。結合ポテンシャルとしては、遠距離側にてポテンシャルが無限大とならない切断可能ポテンシャルが設定されている。結合可能なポテンシャルを説明するために、
図4において、一般的に採用されることが多い結合ポテンシャルと比較して説明する。
図4は、粗視化分子動力学計算の結合ポテンシャルとして一般的に採用されているFENE-LJと、切断可能ポテンシャル(quarticと表記する)と、を示す。横軸が粒子間距離rを示し、縦軸がポテンシャル[Vbond(r)]を示す。
図4に示すようにFENE-LJは、近距離側及び遠距離側のいずれ側においてもポテンシャルが無限大となる。一方、切断可能ポテンシャル(quartic)は、近距離側にてポテンシャルが無限大となるが、遠距離側にてポテンシャルが無限大とならず、粒子間距離rがある程度大きくなると、ポテンシャル(引力)がそれほど大きくないため、切断が許容される。本実施形態において、切断可能ポテンシャルは、ポリマー粒子20とポリマー粒子20の間の結合ポテンシャルと、架橋剤粒子3とポリマー粒子20との間の結合ポテンシャルとの双方に設定されているが、これに限定されない。例えば、切断可能ポテンシャルを、ポリマー粒子20とポリマー粒子20の間の結合ポテンシャルのみに設定してもよいし、架橋剤粒子3とポリマー粒子20との間の結合ポテンシャルのみに設定してもよい。すなわち、2以上の結合ポテンシャルが存在する場合には、少なくともいずれかの結合ポテンシャルに設定すればよい。勿論、これらのポテンシャルは一例であって、その他の設定が可能である。
【0012】
図1に示す設定部11は、架橋高分子モデルM1~M10の一軸伸長シミュレーションに用いる解析条件を設定する。解析条件としては、所定圧力P、所定温度、計算領域の初期形状が挙げられる。所定圧力は大気圧、所定温度は大気温度が挙げられる。計算領域Ar1は、架橋高分子モデルM1~M10が配置される立体空間である。計算領域Ar1は、制約条件がない限り、内部の架橋高分子モデルM1~M10が収まる最小形状となるように常に変形する。それゆえ、計算領域Ar1の体積は、架橋高分子モデルM1~M10の体積を意味する。本実施形態における計算領域Ar1は、直方体をなしているが、これに限定されず、種々の形状を採用可能である。本実施形態では計算領域Ar1は周期境界条件が設定されているが、境界条件は定義変更可能である。
【0013】
図1に示すモデル配置部12は、
図3に示すように、初期形状の計算領域Ar1に対して架橋高分子モデルM1~M10を配置する。ワーキングメモリD2で行う。
【0014】
図1に示す分子動力学計算実行部13は、所定圧力及び所定温度を含む解析条件にて分子動力学計算を実行する。本実施形態では、分子動力学計算実行部13として、LAMMPS(Large-scale Atomic/Molecular Massively Parallel Simulator)を使用しているが、これに限定されない。分子動力学計算実行部13は、平衡化処理が実行可能である。平衡化処理は、所定圧力及び所定温度において架橋高分子モデルM1~M10のエネルギーが最小化するまで架橋高分子モデルM1~M10の分子動力学計算を繰り返し実行する処理である。最小化するとは、架橋高分子モデルM1~M10のエネルギーがほぼ一定になる(エネルギー変動が閾値以下となる)まで各粒子30の挙動を計算する。架橋高分子モデルM1~M10の配置直後、後述する計算領域Ar1の変更直後は、分子動力学計算において安定状態であるとは必ずしもいえないためである。具体的には、計算領域Ar1に外から作用するx軸方向の圧力値Pxと、y軸方向の圧力値Pyと、z軸方向の圧力値Pzとは全て同一値であり、これらの圧力値Px、Py、Pzは所定圧力Pと同値である。
【0015】
[初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルの生成例]
図1に示す高分子モデル取得部10が、初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を生成する場合の動作について説明する。高分子モデル取得部10は、配置部12を介して、第1所定数のポリマー粒子20と、第2所定数の架橋剤粒子3とを計算領域Ar1内に配置させる。次に、高分子モデル取得部10は、分子動力学計算実行部13を介して、所定圧力及び所定温度を含む解析条件にて分子動力学計算を実行させ、架橋剤粒子3とポリマーモデル2とを結合させる架橋反応処理を実行する。架橋反応処理は、分子動力学計算によって得られる各々のポリマー粒子20と架橋剤粒子3の位置に基づき、ポリマー粒子20と架橋剤粒子3とが所定距離以内に近づいた場合に、ランダムな確率でポリマー粒子20と架橋剤粒子3とを結合ポテンシャルを用いて結合する。全ての架橋剤粒子3がポリマー粒子20と結合するまで架橋反応処理を繰り返し実行する。これにより、架橋高分子モデルを生成できる。次に、初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を生成するために、高分子モデル取得部10は、分子動力学計算実行部13を介して、1つの架橋高分子モデルを平衡化処理する。平衡化が完了した後に、更に分子動力学計算を実行し、所定解析時間が経過するたびに、架橋高分子モデルをコピーして、初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を得る。すなわち、ランダムな確率で架橋剤粒子3とポリマー粒子20とを結合させた1つの架橋高分子モデルに基づいて、分子動力学計算を実行する解析時間を異ならせることで、初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を得ることが可能である。
【0016】
図1に示す断面積算出部14は、
図5に示すように、計算領域Ar1のy軸及びz軸を通る断面積Sを算出する。図中において、断面積Sを斜線で示している。
【0017】
図1に示す圧力値設定部15は、計算領域Ar1に対して外部から作用する圧力値を、x軸、y軸及びz軸毎に個別に設定する。圧力値設定部15は、y軸の圧力値Pyを所定圧力Pに設定する。圧力値設定部15は、z軸の圧力値Pzを所定圧力Pに設定する。圧力値設定部15は、断面積算出部14が算出した断面積Sを用いてx軸の圧力値Pxを設定する。具体的には、x軸の圧力値Pxを、一定の張力Fを断面積Sで割った値を所定圧力Pから差し引いた値に設定する。式で表現すれば、Px=P-F/Sである。このように圧力値Px、Py、Pzを設定すれば、Py及びPzに比べてPxのみ外部からの圧力が(F/S)低くなる。これは、x軸に一定の張力Fで引っ張ることを意味する。
【0018】
図5に示すように、x軸の圧力値PxをP-F/Sとし、y軸及びz軸の圧力値Py、PzをPに設定して、分子動力学計算実行部13が分子動力学計算を実行すれば、x軸の圧力がy軸及びz軸の圧力よりも弱いので、計算領域Ar1における架橋高分子モデルM1~M10がx軸に一定値の張力Fで引っ張られていることになる。そうすれば、計算領域Ar1における架橋高分子モデルM1~M10がx軸に伸びるように動き、架橋高分子モデルM1~M10がy軸及びz軸に縮小するように移動し、計算領域Ar1が追従して変形する。分子動力学計算実行部13が所定タイムステップの分子動力学計算を実行し、計算領域Ar1の変形により断面積Sも変化する。断面積算出部14が断面積Sを算出し、圧力値設定部15が最新の断面積Sに基づき圧力値Pxを設定(更新)する。このように、断面積算出部14による計算領域Ar1の断面積Sの算出と、圧力値設定部15による断面積Sに基づきx軸の圧力値Pxの更新と、分子動力学計算実行部13による所定タイムステップの分子動力学計算とを繰り返し実行する。そうすれば、
図4に示すように、高分子モデルM1~M10をx軸方向に一定値の張力Fで引っ張るシミュレーションを実現でき、クリープ現象及びクリープ破壊を再現可能となる。上記の繰り返しは、所定終了条件が成立すれば、終了する。所定終了条件は、例えば、分子動力学計算の実行するタイムステップが閾値を超えたことなどが挙げられる。
【0019】
なお、本実施形態では、圧力値設定部15による圧力値Pxの更新は、5×104タイムステップ毎に実行しているが、任意に変更可能である。
【0020】
上記モデル配置部12、分子動力学計算実行部13、断面積算出部14および圧力値設定部15は、一軸伸長シミュレーション実行部1Xを構成している。
【0021】
なお、一軸伸長を模擬するための一つの手段として、計算領域をx軸に少しずつ拡張し、体積が一定となるようにx軸の拡張に併せて計算領域のy軸及びz軸を縮小させることが考えられる。しかしながら、体積を一定に制御する方法では、架橋高分子モデルが破断を始めると想定される伸長比に到達しても応力が0にならず、破断が模擬できない。したがって、本実施系形態の一軸伸長シミュレーションであれば、クリープ現象及び破断を、他の手法に比べて精度よく再現可能であると考える。勿論、本実施形態に記載の処理以外で一軸伸長シミュレーションを再現できるのであれば、その処理を採用してもよい。
【0022】
図6は、10個の架橋高分子モデルM1~M10について、張力Fが0.33[LJ単位系]である場合の一軸伸長シミュレーションの実行結果を示す。解析時間は50,000[LJ単位系](1,000,000タイムステップ)まで実施した。10個の架橋高分子モデルM1~M10は、ランダムな確率で架橋剤粒子3とポリマー粒子20とを結合させた1つの架橋高分子モデルに基づいて、分子動力学計算を実行する解析時間を異ならせることで生成された、初期状態が異なる10個のモデルである。伸長比が立ち上がる時点で破断が発生していることを意味している。
図6の例では、モデルM10及びモデルM2が破断しており、他のモデルは破断していないことがわかる。なお、LJ(レナードジョーンズ)単位系は、粒子質量m=1、粒子直径σ=1、ポテンシャルを表すパラメータε=1としたときの単位系である。
【0023】
図1に示す残存確率算出部16は、一軸伸長シミュレーション実行中の複数の観測時点において、全てのモデル数に対する破断していないモデル数の割合を示す残存確率R(t)を算出する。本実施形態において、複数の観測時点は、リニアスケールにおいて所定時間間隔毎に設定しているが、これに限定されない。例えば、
図6において観測時点t=25000であれば、いずれのモデルも破断していないために、残存確率R(t)=1となる。観測時点t=35000であれば、1つのモデルM10のみが破断しているので、残存確率R(t)=0.9となる。観測時点t=45000であれば、2つのモデルM10,M2が破断しているので、残存確率R(t)=0.8となる。
【0024】
図1に示すワイブル係数算出部17は、複数の観測時点における各々の残存確率R(t)に基づいてワイブル係数mを算出する。本実施形態において、ワイブル係数算出部17は、複数の観測時点tにおける各々の残存確率R(t)に対して対数を二回とることで得られる変換値を算出する。
図7に示すように、変換値はlog(-log(R(t)))である。logの底はeである。観測時点はtで示す。残存確率はR(t)で示す。変換値を縦軸又は横軸の一方の軸(図中では縦軸)、時間軸を縦軸又は横軸の他方の軸(図中では横軸)とする座標系における各観測点にフィティングした一次近似式(y=ax+b)の傾きaをワイブル係数mとして算出する。対数を二回とることによってワイブル分布であっても一次近似式で近似可能となる。本実施形態では、時間軸をlog(t)としているが、これに限定されない。
図6に示す張力F=0.33の各々の観測時点は、
図7において四角で示される。各観測点と一次近似式とのフィティングは、最小二乗法を使用しているが、その他の近似法でも採用可能である。
【0025】
図7が示すように、張力F=0.33では、ワイブル係数m=1.2698と算出できた。同様に、張力F=0.35では、ワイブル係数m=1.0635と算出できた。張力F=0.37では、ワイブル係数m=1.0639と算出できた。実験によれば、架橋ゴムのワイブル係数mが取りうる値は0.75~1.25であるので、或る程度の精度が得られていることがわかる。
図8は、
図6で示した10個のモデルM1~M10について、張力Fが0.35[LJ単位系]である場合の一軸伸長シミュレーションの実行結果を示す。
図8に示すように、モデルM7、M6、M3、M5、M9、M8の順番で破断していることがわかる。
図9は、
図6で示した10個のモデルM1~M10について、張力Fが0.37[LJ単位系]である場合の一軸伸長シミュレーションの実行結果を示す。
図9に示すように、モデルM10、M2、M9、M7、M5、M6、M4、M8、M1、M3の順番で破断していることがわかる。
【0026】
なお、本明細書においては説明のためにモデルの数を10個としているが、実際には100個のモデルでシミュレーションを実施している。また、本実施形態では、ランダムな確率で架橋剤粒子3とポリマー粒子20とを結合させた1つの架橋高分子モデルに基づいて、分子動力学計算を実行する解析時間を異ならせることで、初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を得ているが、これに限定されない。例えばランダムな確率で架橋剤粒子3とポリマー粒子20とを結合させる処理を複数回実行することにより、初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を生成しても、結果は同じとなった。
【0027】
上記説明において、計算領域Ar1をx軸に伸長させているが、これに限定されない。互いに直交する第1軸、第2軸及び第3軸のうち、第1軸(x軸)に沿って計算領域Ar1が伸長し、第2軸(y軸)及び第3軸(z軸)に沿って計算領域Ar1が縮まればよい。
【0028】
[架橋高分子モデルのワイブル係数を算出する方法]
図1に示すシステム1における1又は複数のプロセッサが実行する、架橋高分子モデルのワイブル係数を算出する方法について、
図2を用いて説明する。
【0029】
まず、ステップST1において、高分子モデル取得部10は、複数の粒子(2、3)を有し、粒子の結合状態及び前記粒子の位置である初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を取得する。架橋高分子モデルM1~M10はそれぞれ、一部の粒子と他の粒子とが結合ポテンシャルで結合している。結合ポテンシャルは、遠距離側にてポテンシャルが無限大とならない切断可能ポテンシャルである。次のステップST2において、設定部11は、高分子モデルM1~M10の一軸伸長シミュレーションに用いる解析条件を設定する。ステップST1と2は順不同である。
【0030】
次のステップST3において、モデル配置部12は、高分子モデルM1~M10をそれぞれ立体の計算領域Ar1に配置する。
【0031】
次のステップST4において、分子動力学計算実行部13は、計算領域Ar1に対して外部から作用するx軸、y軸及びz軸の圧力値Px、Py、Pzが所定圧力Pであり及び所定温度を含む所定解析条件にて分子動力学計算を実行する。この処理において平衡化処理を行っていることが好ましい。
【0032】
以降のステップST5~ST8を実行することによって、一軸伸長シミュレーション実行部1Xは、各々のモデルM1~M10に対してx軸に一定張力Fを与えて伸長させる一軸伸長シミュレーションを、分子動力学計算を用いて実行する。
【0033】
具体的には、次のステップST5において、所定終了条件が成立しているかを判定し、所定終了条件が成立していないと判定された場合には、ステップST6の実行に移行する。所定終了条件が成立したと判定された場合には、処理の実行を終了する。所定終了条件は適宜設定可能であるが、例えば、分子動力学計算の実行するタイムステップが閾値を超えたことが挙げられる。
【0034】
次のステップST6において、断面積算出部14は、計算領域Ar1のy軸及びz軸を通る断面積Sを算出する。
【0035】
次のステップST7において、圧力値設定部15は、y軸及びz軸の圧力値Py、Pzを所定圧力Pとし、x軸の圧力値Pxを、一定値の張力Fを断面積Sで割った値(F/S)を所定圧力Pから差し引いた値(P-F/S)に設定する。
【0036】
次のステップST8において、分子動力学計算実行部13が、所定タイムステップ、分子動力学計算を実行する。所定タイムステップは、本実施形態では、5×104であるが、適宜変更可能である。すなわち、所定タイムステップが経過するたびに断面積Sが更新される。
【0037】
各々のモデルM1~M10について、一軸伸長シミュレーションが完了すれば(ST5:YES)、次のステップST9において、残存確率算出部16は、一軸伸長シミュレーション実行中の複数の観測時点tにおいて、全てのモデル数に対する破断していないモデル数の割合を示す残存確率R(t)を算出する。
【0038】
次にステップST10において、ワイブル係数算出部17は、複数の観測時点tにおける各々の残存確率R(t)に基づいてワイブル係数mを算出する。
【0039】
以上のように、本実施形態の架橋高分子モデルのワイブル係数を算出する方法は、1又は複数のプロセッサが実行する方法であって、
粒子の結合状態及び粒子の位置である初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を取得すること(ST1)と、
各々のモデルM1~M10に対して第1軸(x軸)に一定張力Fを与えて伸長させる一軸伸長シミュレーションを、分子動力学計算を用いて実行すること(ST5~ST8)と、
一軸伸長シミュレーション実行中の複数の観測時点tにおいて、全てのモデル数に対する破断していないモデル数の割合を示す残存確率R(t)を算出すること(ST9)と、
複数の観測時点tにおける各々の残存確率R(t)に基づいてワイブル係数mを算出すること(ST10)と、
を含む。
【0040】
本実施形態の架橋高分子モデルのワイブル係数を算出するシステム1は、
粒子の結合状態及び粒子の位置である初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を取得する高分子モデル取得部10と、
各々のモデルM1~M10に対して第1軸(x軸)に一定張力Fを与えて伸長させる一軸伸長シミュレーションを、分子動力学計算を用いて実行する一軸伸長シミュレーション実行部1Xと、
一軸伸長シミュレーション実行中の複数の観測時点tにおいて、全てのモデル数に対する破断していないモデル数の割合を示す残存確率R(t)を算出する残存確率算出部16と、
複数の観測時点tにおける各々の残存確率R(t)に基づいてワイブル係数mを算出するワイブル係数算出部17と、
を備える。
【0041】
このように、粒子の結合状態及び粒子の位置である初期状態が異なる複数の架橋高分子モデルM1~M10を用いて一軸伸長シミュレーションを実行しているので、モデルM1~M10毎に破断するタイミングが異なり、実験と同じように複数の観測時点tにおける各々の残存確率R(t)を得ることが可能となる。複数の観測時点tにおける各々の残存確率R(t)に基づいてワイブル係数mを算出可能となる。
【0042】
本実施形態のように、ワイブル係数算出部17は、複数の観測時点tにおける各々の残存確率R(t)に対して対数を二回とることで得られる変換値を算出し、変換値を縦軸又は横軸の一方の軸、時間軸を縦軸又は横軸の他方の軸とする座標系における各観測点にフィティングした一次近似式(y=ax+b)の傾きaをワイブル係数mとして算出する(ST10)ことが好ましい。
【0043】
このように、残存確率R(t)の対数を二回とることで得られる変換値を用いることにより、一次近似式をフィティングでき、ワイブル係数mを容易に算出可能となる。
【0044】
本実施形態のように、変換値は、log(-log(R(t)))であり、ただし、logの底はeであり、前記観測時点はtで示し、前記残存確率はR(t)で示すことが好ましい。
【0045】
本実施形態のように、平衡化時間を異ならせることで、初期状態が異なる複数の架橋高分子を生成することが好ましい。
【0046】
平衡化時間を異ならせるだけで、初期状態が異なる複数のモデルを生成でき、処理を簡素化できる。
【0047】
本実施形態の方法のように、一軸伸長シミュレーションを実行すること(ST5~ST8)は、
複数の架橋高分子モデルM1~M10のそれぞれが配置された立体の計算領域Ar1に対して外部から作用する第1軸(x軸)、第2軸(y軸)及び第3軸(z軸)の圧力値Px、Py、Pzが所定圧力Pであることを含む所定解析条件にて分子動力学計算を実行すること(ST4)と、
計算領域Ar1の第2軸(y軸)及び第3軸(z軸)を通る断面積Sを算出すること(ST6)と、
第2軸(y軸)及び第3軸(z軸)の圧力値Py、Pzを所定圧力Pとし、第1軸(x軸)の圧力値Pxを、一定値の張力Fを断面積Sで割った値(F/S)を所定圧力Pから差し引いた値(P-F/S)に設定すること(ST7)と、
所定タイムステップの分子動力学計算を実行すること(ST8)と、
を含み、
断面積の算出(ST6)と、第1軸(x軸)の圧力値の設定(ST7)と、所定タイムステップの分子動力学計算(ST8)とを繰り返し実行することが好ましい。
【0048】
本実施形態のシステムのように、一軸伸長シミュレーション実行部1Xは、
複数の架橋高分子モデルM1~M10のそれぞれが配置された立体の計算領域Ar1に対して外部から作用する第1軸(x軸)、第2軸(y軸)及び第3軸(z軸)の圧力値Px、Py、Pzが所定圧力Pであることを含む所定解析条件にて分子動力学計算を実行する分子動力学計算実行部13と、
計算領域Ar1のy軸及びz軸を通る断面積Sを算出する断面積算出部14と、
第2軸(y軸)及び第3軸(z軸)の圧力値Py、Pzを所定圧力Pとし、第1軸(x軸)の圧力値Pxを、一定値の張力Fを断面積Sで割った値(F/S)を所定圧力Pから差し引いた値(P-F/S)に設定する圧力値設定部15と、
を有し、
断面積算出部14による断面積の算出と、圧力値設定部15による第1軸(x軸)の圧力値の設定と、分子動力学計算実行部13による所定タイムステップの分子動力学計算と、を繰り返し実行することが好ましい。
【0049】
このように、計算領域の第2軸(y軸)及び第3軸(z軸)を通る断面積の算出と、第1軸(x軸)の圧力値の更新と、所定タイムステップの分子動力学計算とを繰り返し実行することで、高分子モデルをx軸方向に一定値の張力で引っ張るシミュレーションを実現でき、クリープ現象及びクリープ破壊を再現可能となる。
【0050】
本実施形態に係るプログラムは、上記方法をコンピュータに実行させるプログラムである。
これらプログラムを実行することによっても、上記方法の奏する作用効果を得ることが可能となる。
【0051】
以上、本開示の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施形態の説明だけではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0052】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【0053】
以上、本開示の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施形態の説明だけではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0054】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【0055】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。
【0056】
例えば、特許請求の範囲、明細書、および図面中において示した装置、システム、プログラム、および方法における動作、手順、ステップ、および段階等の各処理の実行順序は、前の処理の出力を後の処理で用いるのでない限り、任意の順序で実現できる。特許請求の範囲、明細書、および図面中のフローに関して、便宜上「まず」、「次に」等を用いて説明したとしても、この順で実行することが必須であることを意味するものではない。
【0057】
図1に示す各部10~17は、所定プログラムを1又はプロセッサで実行することで実現しているが、各部を専用メモリや専用回路で構成してもよい。上記実施形態のシステム1は、一つのコンピュータのプロセッサ1aにおいて各部10~17が実装されているが、各部10~17を分散させて、複数のコンピュータやクラウドで実装してもよい。すなわち、上記方法を1又は複数のプロセッサで実行してもよい。
【0058】
システム1は、プロセッサ1aを含む。例えば、プロセッサ1aは、中央処理ユニット(CPU)、マイクロプロセッサ、またはコンピュータ実行可能命令の実行が可能なその他の処理ユニットとすることができる。また、システム1は、システム1のデータを格納するためのメモリ1bを含む。一例では、メモリ1bは、コンピュータ記憶媒体を含み、RAM、ROM、EEPROM、フラッシュメモリまたはその他のメモリ技術、CD-ROM、DVDまたはその他の光ディスクストレージ、磁気カセット、磁気テープ、磁気ディスクストレージまたはその他の磁気記憶デバイス、あるいは所望のデータを格納するために用いることができ、そしてシステム1がアクセスすることができる任意の他の媒体を含む。
【符号の説明】
【0059】
10…高分子モデル取得部、1X…一軸伸長シミュレーション実行部、13…分子動力学計算実行部、14…断面積算出部、15…圧力値設定部、16…残存確率算出部、17…ワイブル係数算出部、M1~M10…架橋高分子モデル、t…観測時点、R(t)…残存確率、m…ワイブル係数