(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-12
(45)【発行日】2023-10-20
(54)【発明の名称】粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定する方法、システム及びプログラム
(51)【国際特許分類】
G06F 30/10 20200101AFI20231013BHJP
G01N 33/44 20060101ALI20231013BHJP
G06F 30/20 20200101ALI20231013BHJP
G16C 10/00 20190101ALI20231013BHJP
【FI】
G06F30/10
G01N33/44
G06F30/20
G16C10/00
(21)【出願番号】P 2019222160
(22)【出願日】2019-12-09
【審査請求日】2022-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000003148
【氏名又は名称】TOYO TIRE株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】狩野 康人
【審査官】合田 幸裕
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-112525(JP,A)
【文献】特開2014-206914(JP,A)
【文献】特開2013-069167(JP,A)
【文献】特開2016-024177(JP,A)
【文献】特開2019-036070(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G06F 30/10
G01N 33/44
G06F 30/20
G16C 10/00
IEEE Xplore
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1又は複数のプロセッサが実行する方法であって、
(a1)直鎖状に結合された複数の第1粗視化粒子を有する第1粗視化ポリマーモデルと、直鎖状に結合された複数の第2粗視化粒子を有する第2粗視化ポリマーモデルとを取得することと、
(b1)前記第1粗視化粒子及び前記第2粗視化粒子の結合角曲げ定数K
angleと、ポテンシャルの強度に関する定数εと、を設定することと、
(c1)分子動力学計算を実行して、各々のモデルの特性比と、各々のモデルの粘弾性を表す物理量とを算出することと、
(d1)前記特性比と前記物理量が、それぞれの実験値に基づく許容条件に合致するまで、前記(b1)における前記定数ε及び結合角曲げ定数K
angleの設定と、前記(c1)における前記特性比及び前記物理量の算出と、を繰り返し実行することと、
を含む、粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定する方法。
【請求項2】
(b2)前記第1粗視化粒子及び前記第2粗視化粒子同士の結合角曲げ定数K
angleをそれぞれ設定することと、
(c2)分子動力学計算による平衡化処理を実行して、各々のモデルの特性比を算出することと、
(d2)前記(c2)で算出した各々の特性比が、実験値に基づく第1許容条件に合致するまで、前記(b2)における結合角曲げ定数K
angleの設定および前記(c2)における特性比の算出を繰り返し、前記第1許容条件が成立すれば、下記(e2)を実行することと、
(e2)ポテンシャルの強度に関する定数εを各々のモデルに設定することと、
(f2)平衡化処理を実行して、各々のモデルの粘弾性を表す物理量を算出することと、
(g2)前記(f2)で算出した各々の物理量が、実験値に基づく第2許容条件に合致するまで、前記(e2)における定数εの設定および前記(f2)における物理量の算出を繰り返すことと、
を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記(g2)において前記各々の物理量が前記第2許容条件に合致する場合には、前記結合角曲げ定数K
angle及び前記定数εを用いて前記平衡化処理を実行して、各々のモデルの特性比を算出し、
(h2)前記(g2)において算出した前記各々の特性比が前記第1許容条件に合致するまで、前記(b2)に戻る、請求項2に記載の方法。
【請求項4】
前記第1粗視化粒子はスチレンであり、前記第2粗視化粒子はブタジエンであり、
前記物理量は、貯蔵弾性率であり、
前記第2許容条件は、前記第1粗視化ポリマーモデルの貯蔵弾性率と、前記第2粗視化ポリマーモデルの貯蔵弾性率とがグラフ上で交差することである、請求項2又は3に記載の方法。
【請求項5】
前記物理量は、貯蔵弾性率、損失弾性率及びtanδの少なくともいずれかである、請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【請求項6】
直鎖状に結合された複数の第1粗視化粒子を有する第1粗視化ポリマーモデルと、直鎖状に結合された複数の第2粗視化粒子を有する第2粗視化ポリマーモデルとを取得するモデル取得部と、
前記第1粗視化粒子及び前記第2粗視化粒子の結合角曲げ定数K
angleを設定する第1設定部と、
ポテンシャルの強度に関する定数εを設定する第2設定部と、
分子動力学計算を実行する分子動力学計算実行部と、
各々のモデルの特性比を算出する特性比算出部と、
各々のモデルの粘弾性を表す物理量を算出する物理量算出部と、
を備え、
前記特性比と前記物理量がそれぞれの実験値に基づく許容条件に合致するまで、前記第1設定部による前記定数εの設定と、前記第2設定部による前記結合角曲げ定数K
angleの設定と、前記特性比算出部による前記特性比の算出と、前記物理量算出部による前記物理量の算出と、を繰り返し実行するように構成されている、粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定するシステム。
【請求項7】
前記特性比算出部が算出した各々の特性比が、実験値に基づく第1許容条件に合致するまで、前記第1設定部による前記結合角曲げ定数K
angleの設定および前記特性比算出部による特性比の算出を繰り返し、
前記第1許容条件が成立すれば、前記第2設定部により前記定数εを設定し、前記物理量算出部により各々の物理量を算出し、
前記物理量算出部が算出した各々の物理量が、実験値に基づく第2許容条件に合致するまで、前記第2設定部による前記定数εの設定および前記物理量算出部による物理量の算出を繰り返す、請求項6に記載のシステム。
【請求項8】
前記物理量算出部が算出した前記各々の物理量が前記第2許容条件に合致する場合には、前記結合角曲げ定数K
angle及び前記定数εを用いて前記分子動力学計算実行部が前記
分子動力学計算による平衡化処理を実行して、前記特性比算出部が各々のモデルの特性比を算出し、
前記特性比算出部が算出した前記各々の特性比が前記第1許容条件に合致するまで、前記第1設定部による前記結合角曲げ定数K
angleの設定および前記特性比算出部による特性比の算出を繰り返す、請求項7に記載のシステム。
【請求項9】
前記第1粗視化粒子はスチレンであり、前記第2粗視化粒子はブタジエンであり、
前記物理量は、貯蔵弾性率であり、
前記第2許容条件は、前記第1粗視化ポリマーモデルの貯蔵弾性率と、前記第2粗視化ポリマーモデルの貯蔵弾性率とがグラフ上で交差することである、請求項7又は8に記載のシステム。
【請求項10】
前記物理量は、貯蔵弾性率、損失弾性率及びtanδの少なくともいずれかである、請求項6~9のいずれかに記載のシステム。
【請求項11】
請求項1~5のいずれかに記載の方法を1又は複数のプロセッサに実行させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定する方法、システム及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
SBR(スチレン・ブタジエンゴム)は、スチレン及びブタジエンの二種類のモノマーを有する。SBR等の高分子モデルを全ての粒子で表現する全粒子モデルを用いたシミュレーションは、化学式構造がそのまま再現されるため精度が良いが、その反面、粒子数が膨大であるために非常に多くの計算コストがかかるという問題がある。
【0003】
計算コストを低減するために、高分子モデルを構成する構造単位(例えばモノマー)を一つのビーズで置換した粗視化モデルが知られている。粗視化モデルを用いるために、化学式構造の特徴をポテンシャルで表現する必要がある。SBRを粗視化モデルで表現する場合には、スチレンを示す第1粗視化粒子と、ブタジエンを示す第2粗視化粒子とを有する粗視化ポリマーモデルを生成する。第1粗視化粒子と第2粗視化粒子にはそれぞれ異なるパラメータを設定する必要がある。各々の粗視化粒子のパラメータは、全粒子モデルを用いたシミュレーションにより算出されるパラメータに合致するように、決定することが考えられる。しかしながら、この方法では、全粒子モデルを用いたシミュレーションが必要であり、膨大な計算コストが問題となる。なお、非特許文献1において、一部のパラメータの決定方法が提案されているようである。パラメータの決定方法には関連がないが、特許文献1には、分子シミュレーションによる物理量の算出方法が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】粗視化MDの強みを活かした高分子シミュレーション-適用の可能性と現実系との対応のために-,森田裕史、小沢拓,分子シミュレーション研究会会誌“アンサンブル”, Vol.17, No.3, July 2015 (通巻71号) P.155-161
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本開示は、全粒子シミュレーションを用いずに、粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定する方法、システム及びプログラムを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本開示の粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定する方法は、1又は複数のプロセッサが実行する方法であって、(a1)直鎖状に結合された複数の第1粗視化粒子を有する第1粗視化ポリマーモデルと、直鎖状に結合された複数の第2粗視化粒子を有する第2粗視化ポリマーモデルとを取得することと、(b1)前記第1粗視化粒子及び前記第2粗視化粒子の結合角曲げ定数Kangleと、ポテンシャルの強度に関する定数εと、を設定することと、(c1)分子動力学計算を実行して、各々のモデルの特性比と、各々のモデルの粘弾性を表す物理量とを算出することと、(d1)前記特性比と前記物理量が、それぞれの実験値に基づく許容条件に合致するまで、前記(b1)における前記定数ε及び結合角曲げ定数Kangleの設定と、前記(c1)における前記特性比及び前記物理量の算出と、を繰り返し実行することと、を含む。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図1】本開示の粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定するシステムを示すブロック図
【
図2】システムが実行する処理を示すフローチャート
【
図3】第1粗視化粒子を有する第1粗視化ポリマーモデルと、第2粗視化粒子を有する第2粗視化ポリマーモデルとを示す図
【
図4】ポリスチレン及びポリブタジエンの貯蔵弾性率の実験値を示す図
【
図5】シミュレーションに基づく第1粗視化ポリマーモデル(ポリスチレン)及び第2粗視化ポリマーモデル(ポリブタジエン)の貯蔵弾性率G’(ω)を示す図
【
図6】第1SBRモデルと、第2SBRモデルを示す図
【
図7】
図6に示すモデルを用いたスチレンの分散性によるtanδの形状変化を示すシミュレーション結果を示す図
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本開示の一実施形態を、図面を参照して説明する。
【0009】
[粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定するシステム]
本実施形態のシステム1は、SBR等の粗視化ポリマーモデルを構成する二種類のポリマーである粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定する。
【0010】
図1に示すように、システム1は、モデル取得部10と、第1設定部11と、分子動力学計算実行部12と、特性比算出部13と、第1判定部14と、第2設定部15と、物理量算出部16と、第2判定部17と、を有する。これら各部10~17は、プロセッサ1a、メモリ1b、各種インターフェイス等を備えたコンピュータにおいて予め記憶されている
図2に示す処理ルーチンをプロセッサ1aが実行することによりソフトウェア及びハードウェアが協働して実現される。本実施形態では、1つの装置におけるプロセッサ1aが各部を実現しているが、これに限定されない。例えば、ネットワークを用いて分散させ、複数のプロセッサが各部の処理を実行するように構成してもよい。すなわち、1又は複数のプロセッサが処理を実行する。
【0011】
図1に示すモデル取得部10は、第1粗視化ポリマーモデルM1と、第2粗視化ポリマーモデルM2とを取得する。
図3に示すように、第1粗視化ポリマーモデルM1は、直鎖状に結合された複数の第1粗視化粒子20を有するポリマー2を有する。第2粗視化ポリマーモデルM2は、直鎖状に結合された複数の第2粗視化粒子30を有するポリマー3を有する。本実施形態では、第1粗視化ポリマーモデルM1は、ポリスチレンであり、第1粗視化粒子20は、スチレンを表す。第2粗視化ポリマーモデルM2は、ポリブタジエンであり、第2粗視化粒子30は、ブタジエンを表す。モデル取得部10は、第1粗視化ポリマーモデルM1及び第2粗視化ポリマーモデルM2を外部から取得してもよいし、第1粗視化ポリマーモデルM1及び第2粗視化ポリマーモデルM2を生成してもよい。
【0012】
図1に示す第1設定部11は、第1粗視化粒子20及び第2粗視化粒子30の結合角曲げ定数K
angleを設定する。結合角曲げ定数K
angleは、
図3に示すように、粗視化粒子20,30同士を結合する結合ポテンシャルを決定するためのパラメータの一つであり、結合角θに応じて3つの粒子間(2つのボンド間)に作用する力の定数である。K
angleが0であれば、角度に応じた力が3粒子間に作用せずに直鎖が自由に折れ曲がり、直鎖が動きやすくなり柔らかくなる。一方、K
angleが大きくなれば、結合角θが180度になりたがり、直鎖が硬くなる。結合ポテンシャルの一つである角度ポテンシャルU
angleは、次の式(1)で表される。
U
angle=K
angle(1+cosθ) …(1)
【0013】
図1に示す第2設定部15は、ポテンシャルの強度に関する定数εを各々のモデルM1,M2に設定する。第1設定部11及び第2設定部15によって設定されたパラメータに基づいて、各々の第1粗視化ポリマーモデルM1,第2粗視化ポリマーモデルM2に結合ポテンシャル及び非結合ポテンシャルが設定される。
【0014】
なお、各々のモデルM1,M2には、ポテンシャルが作用する距離に関する定数σ(パラメータ)などが設定されている。粗視化粒子間の結合ポテンシャルとしては、例えばFENE-LJが採用可能であり、非結合ポテンシャルとしては、例えばLJ(レナードジョーンズ)やWCA(斥力のみのLJポテンシャル)が採用可能である。勿論、これらのポテンシャルは一例であって、その他の設定が可能である。
【0015】
図1に示す分子動力学計算実行部12は、所定圧力及び所定温度を含む解析条件にて分子動力学計算を実行する。本実施形態では、分子動力学計算実行部12として、LAMMPS(Large-scale Atomic/Molecular Massively Parallel Simulator)を使用しているが、これに限定されない。分子動力学計算実行部12が、平衡化処理が実行可能である。平衡化処理は、所定圧力及び所定温度において第1粗視化ポリマーモデルM1及び第2粗視化ポリマーモデルM2それぞれのエネルギーが最小化するまで第1粗視化ポリマーモデルM1及び第2粗視化ポリマーモデルM2それぞれの分子動力学計算を繰り返し実行する処理である。最小化するとは、第1粗視化ポリマーモデルM1及び第2粗視化ポリマーモデルM2それぞれのエネルギーがほぼ一定になる(エネルギー変動が閾値以下となる)まで各粒子20、30の挙動を計算する。第1粗視化ポリマーモデルM1及び第2粗視化ポリマーモデルM2を計算領域Ar1に配置した直後は、分子動力学計算において安定状態であるとは必ずしもいえないためである。
【0016】
図1に示す特性比算出部13は、分子動力学計算実行部12による平衡化処理の計算結果に基づいて、各々のモデルM1,M2の特性比C
∞を算出する。平衡化処理の計算結果には、各々の粒子の位置が含まれている。特性比C
∞は、分子鎖自身の剛直性を表す尺度である。特性比算出部13は、
図3に示すように、各々のモデルM1,M2を構成する各々の直鎖の末端間距離R
eeを算出する。特性比算出部13は、次の式(2)を用いて特性比C
∞を算出する。
C
∞=<R
2
ee>/Nb
2 …(2)
Nは一本の高分子鎖に含まれるボンドの数を示し、bが1つのボンドの長さを示す。<>は平均値を意味する。3つの粒子が直鎖状に接続されていれば、ボンド数は2である。
【0017】
図1に示す第1判定部14は、特性比算出部13が算出した各々のモデルM1,M2の特性比C
∞が、実験値に基づく第1許容条件に合致するか否かを判定する。第1許容条件は、予め設定される。本実施形態では、第1粗視化ポリマーモデルM1がポリスチレンであるので、特性比の実験値は10.5である。第2粗視化ポリマーモデルM2がポリブタジエンであり、特性比の実験値が4.9であった。第1許容条件は、特性比算出部13の算出結果が実験値に一致すること、又は、実験値に対してある程度の範囲内の近い値になることを条件として設定されている。第1許容条件は、粗視化する対象に応じて適宜設定可能である。
【0018】
第1判定部14が第1許容条件に合致すると判断するまで、第1設定部11による結合角曲げ定数Kangleの設定(調整)、分子動力学計算実行部12による平衡化処理、特性比算出部13による特性比C∞の算出が繰り返し実行される。なお、シミュレーションの結果(特性比算出部13の算出結果)では、Kangleが0であれば特性比C∞は1.78となり、Kangleが3.0であれば特性比C∞は5.03となり、Kangleが5.1であれば特性比C∞は10.17となる。したがって、Kangleと特性比C∞の間には相関関係が確認できるので、実験値に近づくように、Kangleが再設定される。
【0019】
図1に示す物理量算出部16は、分子動力学計算実行部12による平衡化処理の計算結果に基づいて、各々のモデルM1,M2の粘弾性を表す物理量を算出する。物理量としては、貯蔵弾性率G’(ω)、損失弾性率G’’(ω)、tanδが挙げられる。本実施形態では、物理量として貯蔵弾性率G’(ω)を算出しているが、これに限定されず、適宜変更可能である。
【0020】
平衡化処理の計算結果には、各々の粒子の位置、各々の解析時点(タイムステップ)における応力データが含まれている。物理量算出部16は、応力データに基づき各々の解析時点の緩和弾性率G(t)を算出し、緩和弾性率G(t)に基づき緩和スペクトルH(τ)を算出し、緩和スペクトルH(τ)に基づき貯蔵弾性率G’(ω)、損失弾性率G’’(ω)及び損失正接tanδのうち少なくとも1つの物理量を算出する。
【0021】
図1に示す第2判定部17は、物理量算出部16が算出した各々のモデルM1,M2の物理量が、実験値に基づき第2許容条件に合致するか否かを判定する。第2許容条件は、予め設定される。本実施形態では、第1粗視化ポリマーモデルM1(ポリスチレン)の貯蔵弾性率G’と、第2粗視化ポリマーモデルM2(ポリブタジエン)の貯蔵弾性率G’とがグラフ上で交差することとしている。
図4は、ポリスチレン及びポリブタジエンの貯蔵弾性率の実験値を示す。
図5は、シミュレーションに基づく第1粗視化ポリマーモデルM1(ポリスチレン)及び第2粗視化ポリマーモデルM2(ポリブタジエン)の貯蔵弾性率G’(ω)を示す。
図4に示す実験値の単位系と、
図5に示すシミュレーション上のLJ単位系とが異なっており、数値での比較ができない。
図4に示す実験結果では、ポリスチレンとポリブタジエンの貯蔵弾性率G’がグラフ上で交差しているという特徴があり、この事実を第2許容条件とした。シミュレーション上においては、定数σによってポリスチレンとポリブタジエンの貯蔵弾性率G’(ω)が乖離し、定数σが少しでもずれると、双方の貯蔵弾性率G’(ω)が乖離するために、上記交差する事実を判断条件としても実験値との高い一致度が確保できていると考えている。
【0022】
第2判定部17が、第2許容条件に合致すると判断するまで、第2設定部15による定数εの設定(調整)、分子動力学計算実行部12による平衡化処理、物理量算出部16による物理量(貯蔵弾性率G’(ω))の算出が繰り返し実行される。
【0023】
なお、第2判定部17が、第2許容条件に合致すると判断した場合に、処理を終了してもよいが、再度、特性比Cを算出して、第1許容条件に合致するまでKangleの設定(調整)を繰り返すことが好ましい。定数εを変更することによって特性比Cが変化する場合があるためである。
【0024】
[粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定する方法]
図1に示すシステム1における1又は複数のプロセッサが実行する、粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定する方法について、
図2を用いて説明する。
【0025】
まず、ステップST1において、モデル取得部10は、第1粗視化ポリマーモデルM1及び第2粗視化ポリマーモデルM2を取得する。
【0026】
次のステップST2において、第1設定部11が、第1粗視化粒子20及び第2粗視化粒子30のKangleをそれぞれ設定する。これにより、設定されたパラメータに基づくポテンシャルが設定される。
【0027】
次のステップST3において、分子動力学計算実行部12が、第1粗視化ポリマーモデルM1及び第2粗視化ポリマーモデルM2に対して分子動力学計算による平衡化処理を実行する。次のステップST4において、特性比算出部13が、各々のモデルM1,M2の特性比C∞を算出する。
【0028】
次のステップST5において、第1判定部14は、各々のモデルM1,M2の特性比C∞が、実験値に基づく第1許容条件に合致するか否かを判定する。ステップST5において、各々の特性比が第1許容条件に合致すると判定されるまで、ステップST2における結合角曲げ定数Kangleの設定(調整)、ステップST3,4による特性比の算出を繰り返し実行する(ST5:NO)。
【0029】
ステップST5において、第1判定部14が、各々の特性比が第1許容条件に合致すると判定した場合(ST4:YES)には、次のステップST6において、第2設定部15が、ポテンシャルの強度に関する定数εを各々のモデルM1,M2に設定する。
【0030】
次のステップST7において、分子動力学計算実行部12が、第1粗視化ポリマーモデルM1及び第2粗視化ポリマーモデルM2に対して分子動力学計算による平衡化処理を実行する。次のステップST8において、物理量算出部16は、各々のモデルM1,M2の物理量(貯蔵弾性率G’(ω))を算出する。
【0031】
次にステップST9において、第2判定部17は、各々のモデルM1,M2の物理量が第2許容条件(交差するか)に合致するか否かを判定する。ステップST9において、各々の物理量が第2許容条件に合致すると判定されるまで、ステップST6における定数εの設定(調整)、ステップST7,8による物理量の算出を繰り返し実行する(ST9:NO)。
【0032】
ステップST9において、第2判定部17が、各々の物理量が第2許容条件に合致すると判定した場合(ST9:YES)には、次のステップST10において、Kangle及びεを用いて分子動力学計算実行部12による平衡化処理を実行し、特性比算出部13により特性比C∞を算出する。
【0033】
次のステップST10において、第1判定部14が、各々の特性比が第1許容条件に合致するか否かを判定する。ステップST10において、各々の特性比が第1許容条件に合致すると判定されるまで、ステップST2へ戻る。すなわち、ステップST10において、各々特性比が第1許容条件に合致していないと判定された場合(ST10:NO)には、ステップST2の処理へ移行する。ステップST10において、各々特性比が第1許容条件に合致すると判定された場合(ST10:YES)には、パラメータKangle及びεが特定できたとして、処理を終了する。なお、処理ST10及びST11は省略することも可能である。
【0034】
本実施形態では、上記の処理によって、第1粗視化ポリマーモデルM1(ポリスチレンモデル)のパラメータ(Kangle)が5.1であり、パラメータ(ε)が0.5であり、第2粗視化ポリマーモデルM2(ポリブタジエンモデル)のパラメータ(Kangle)が3.0であり、パラメータ(ε)が5.0であると特定できた。なお、いずれもσは1.0である。
【0035】
このシミュレーション結果を用いて、
図6に示す第1SBRモデルM3と、第2SBRモデルM4を生成した。いずれのSBRモデルM3,M4も、スチレンを表す第1粗視化粒子20とブタジエンを表す第2粗視化粒子30とが直鎖状に連結されたSBRである。いずれも鎖長は120粒子であり、スチレンを表す第1粗視化粒子20が30個、ブタジエンを表す第2粗視化粒子30が90個存在する。第1SBRモデルM3は、スチレンを表す第1粗視化粒子20が全体的にランダムになるように配置されたモデルである。一方、第2SBRモデルM4は、スチレンを表す第1粗視化粒子20が偏在するように配置されたモデルである。
【0036】
図7は、
図6に示すモデルM3,M4を用いたスチレンの分散性によるtanδの形状変化を示すシミュレーション結果を示す。
図7に示すように、偏りの有るモデルM4は、モデルM3に比べて、低周波数領域(図中左側)において貯蔵弾性率G’(ω)が下がり、損失弾性率G’’(ω)が上がっている。その結果、tanδが上がっている。これは、tanδ=G’’(ω)/G’ (ω)の式に合致している。すなわち、スチレンの分布に偏りがあると、tanδが増加してしまうことがシミュレーションの結果から理解できる。これは、実験に合致する結果である。よって、上記パラメータが適切に決定できていると理解できる。
【0037】
なお、本実施形態では、スチレンとブタジエンを例に挙げているが、これに限定されず、任意の化学式構造単位を粗視化するモデルに採用可能である。
【0038】
以上のように、本実施形態の粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定する方法は、
1又は複数のプロセッサ1aが実行する方法であって、
(a1)直鎖状に結合された複数の第1粗視化粒子20を有する第1粗視化ポリマーモデルM1と、直鎖状に結合された複数の第2粗視化粒子30を有する第2粗視化ポリマーモデルM2とを取得すること(ST1)と、
(b1)第1粗視化粒子20及び第2粗視化粒子30の結合角曲げ定数Kangleと、ポテンシャルの強度に関する定数εと、を設定すること(ST2,ST6)と、
(c1)分子動力学計算を実行して、各々のモデルの特性比と、各々のモデルの粘弾性を表す物理量とを算出すること(ST3,ST4,ST7,ST8)と、
(d1)特性比と物理量が、それぞれの実験値に基づく許容条件に合致するまで、(b1)における定数ε及び結合角曲げ定数Kangleの設定と、(c1)における特性比及び物理量の算出と、を繰り返し実行することと、
を含む。
【0039】
本実施形態の粗視化ポリマーモデルのパラメータを決定するシステム1は、
直鎖状に結合された複数の第1粗視化粒子20を有する第1粗視化ポリマーモデルM1と、直鎖状に結合された複数の第2粗視化粒子30を有する第2粗視化ポリマーモデルM2とを取得するモデル取得部10と、
第1粗視化粒子20及び第2粗視化粒子30の結合角曲げ定数Kangleを設定する第1設定部11と、
ポテンシャルの強度に関する定数εを設定する第2設定部15と、
分子動力学計算を実行する分子動力学計算実行部12と、
各々のモデルM1,M2の特性比を算出する特性比算出部13と、
各々のモデルM1,M2の粘弾性を表す物理量を算出する物理量算出部16と、
を備え、
特性比と物理量がそれぞれの実験値に基づく許容条件に合致するまで、第1設定部11による定数εの設定と、第2設定部15による結合角曲げ定数Kangleの設定と、特性比算出部13による特性比の算出と、物理量算出部16による前記物理量の算出と、を繰り返し実行するように構成されている。
【0040】
このように、分子動力学計算により導出される特性比及び物理量が、実験値に基づく許容条件に合致するまで、定数ε及び結合角曲げ定数Kangleの設定および分子動力学計算が繰り返し実行されるので、全粒子シミュレーションを実行せずに、実験値に基づき各々のパラメータ(ε,Kangle)を決定することが可能となる。
【0041】
すなわち、全粒子シミュレーション結果で算出されたパラメータから粗視化ポリマーモデルのパラメータへの変換は可能であるが、計算コストが問題であり、実測値に合致させるための手法が提案させていなかったが、本開示によれば、実測値に合致するようにパラメータを決定可能となる。
【0042】
本実施形態の方法のように、(b2)第1粗視化粒子20及び第2粗視化粒子30同士の結合角曲げ定数Kangleをそれぞれ設定すること(ST2)と、(c2)分子動力学計算による平衡化処理を実行して、各々のモデルM1,M2の特性比を算出すること(ST3,ST4)と、(d2)前記(c2)で算出した各々の特性比が、実験値に基づく第1許容条件に合致するまで、前記(b2)における結合角曲げ定数Kangleの設定および前記(c2)における特性比の算出を繰り返し、第1許容条件が成立すれば、下記(e2)を実行すること(ST5)と、(e2)ポテンシャルの強度に関する定数εを各々のモデルM1,M2に設定すること(ST6)と、(f2)平衡化処理を実行して、各々のモデルM1,M2の粘弾性を表す物理量を算出すること(ST8)と、(g2)(f2)で算出した各々の物理量が、実験値に基づく第2許容条件に合致するまで、(e2)における定数εの設定および前記(f2)における物理量の算出を繰り返すことと、
を含むことが好ましい。
【0043】
本実施形態のシステムのように、特性比算出部13が算出した各々の特性比が、実験値に基づく第1許容条件に合致するまで、第1設定部11による結合角曲げ定数Kangleの設定および特性比算出部13による特性比の算出を繰り返し、
第1許容条件が成立すれば、第2設定部15により定数εを設定し、物理量算出部16により各々の物理量を算出し、
物理量算出部16が算出した各々の物理量が、実験値に基づく第2許容条件に合致するまで、第2設定部15による定数εの設定および物理量算出部16による物理量の算出を繰り返すことが好ましい。
【0044】
このように、実験値に基づく第1許容条件に合致する特性比が得られるまで、且つ、実験値に基づき第2許容条件に合致する粘弾性を表す物理量が得られるまで、分子動力学の実行を繰り返すので、粗視化粒子の結合角曲げ定数Kangleおよびポテンシャルの強度に関する定数εを決定可能となる。それでいて、全粒子シミュレーションを実行しないので、計算コストを低減可能となる。
【0045】
本実施形態の方法のように、(g2)において各々の物理量が第2許容条件に合致する場合には、結合角曲げ定数Kangle及び定数εを用いて平衡化処理を実行して、各々のモデルの特性比を算出し、(h2)(g2)において算出した前記各々の特性比が前記第1許容条件に合致するまで、(b2)に戻ることが好ましい。
【0046】
本実施形態のシステムのように、物理量算出部16が算出した各々の物理量が第2許容条件に合致する場合には、結合角曲げ定数Kangle及び定数εを用いて分子動力学計算実行部12が平衡化処理を実行して、特性比算出部13が各々のモデルの特性比を算出し、特性比算出部13が算出した各々の特性比が第1許容条件に合致するまで、第1設定部による結合角曲げ定数Kangleの設定および特性比算出部13による特性比の算出を繰り返すことが好ましい。
【0047】
このようにすれば、定数εに変更によって特性比が変化したとしても、再度、結合角曲げ定数Kangleを算出しなおすので、定数ε及び結合角曲げ定数Kangleを適切に算出することが可能である。
【0048】
本実施形態のように、前記第1粗視化粒子はスチレンであり、前記第2粗視化粒子はブタジエンであり、前記物理量は、貯蔵弾性率であり、前記第2許容条件は、第1粗視化ポリマーモデルの貯蔵弾性率と、第2粗視化ポリマーモデルの貯蔵弾性率とがグラフ上で交差することであることが好ましい。
【0049】
このようにすれば、例えばシミュレーション上でのLJ単位系と、実験値の単位系が異なり、数値の比較ができない場合であっても、各々の貯蔵弾性率がクロスすることで実験値に合致すると取り扱うことができ、実験値に基づくパラメータの決定が可能となる。
【0050】
本実施形態のように、物理量は、貯蔵弾性率、損失弾性率及びtanδの少なくともいずれかであることが好ましい。
【0051】
本実施形態に係るプログラムは、上記方法をコンピュータに実行させるプログラムである。
これらプログラムを実行することによっても、上記方法の奏する作用効果を得ることが可能となる。
【0052】
以上、本開示の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施形態の説明だけではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0053】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【0054】
以上、本開示の実施形態について図面に基づいて説明したが、具体的な構成は、これらの実施形態に限定されるものでないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施形態の説明だけではなく特許請求の範囲によって示され、さらに特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれる。
【0055】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。各部の具体的な構成は、上述した実施形態のみに限定されるものではなく、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【0056】
上記の各実施形態で採用している構造を他の任意の実施形態に採用することは可能である。
【0057】
例えば、特許請求の範囲、明細書、および図面中において示した装置、システム、プログラム、および方法における動作、手順、ステップ、および段階等の各処理の実行順序は、前の処理の出力を後の処理で用いるのでない限り、任意の順序で実現できる。特許請求の範囲、明細書、および図面中のフローに関して、便宜上「まず」、「次に」等を用いて説明したとしても、この順で実行することが必須であることを意味するものではない。
【0058】
図1に示す各部10~17は、所定プログラムを1又はプロセッサで実行することで実現しているが、各部を専用メモリや専用回路で構成してもよい。上記実施形態のシステム1は、一つのコンピュータのプロセッサ1aにおいて各部10~17が実装されているが、各部10~17を分散させて、複数のコンピュータやクラウドで実装してもよい。すなわち、上記方法を1又は複数のプロセッサで実行してもよい。
【0059】
システム1は、プロセッサ1aを含む。例えば、プロセッサ1aは、中央処理ユニット(CPU)、マイクロプロセッサ、またはコンピュータ実行可能命令の実行が可能なその他の処理ユニットとすることができる。また、システム1は、システム1のデータを格納するためのメモリ1bを含む。一例では、メモリ1bは、コンピュータ記憶媒体を含み、RAM、ROM、EEPROM、フラッシュメモリまたはその他のメモリ技術、CD-ROM、DVDまたはその他の光ディスクストレージ、磁気カセット、磁気テープ、磁気ディスクストレージまたはその他の磁気記憶デバイス、あるいは所望のデータを格納するために用いることができ、そしてシステム1がアクセスすることができる任意の他の媒体を含む。
【符号の説明】
【0060】
1…システム、10…モデル取得部、11…第1設定部、12…分子動力学計算実行部、13…特性比算出部、15…第2設定部、16…物理量算出部、20…第1粗視化粒子、30…第2粗視化粒子、M1…第1粗視化ポリマーモデル、M2…第2粗視化ポリマーモデル、ε…ポテンシャルの強度に関する定数、Kangle…結合角曲げ定数