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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-13
(45)【発行日】2023-10-23
(54)【発明の名称】脳幹オルガノイドの作製方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20231016BHJP
   C12N 5/0735 20100101ALI20231016BHJP
   C07K 14/485 20060101ALN20231016BHJP
   C07K 14/50 20060101ALN20231016BHJP
   C07K 14/59 20060101ALN20231016BHJP
   C07K 14/62 20060101ALN20231016BHJP
   C07K 14/79 20060101ALN20231016BHJP
   C12N 1/00 20060101ALN20231016BHJP
   C12N 5/074 20100101ALN20231016BHJP
【FI】
C12N5/079
C12N5/0735
C07K14/485
C07K14/50
C07K14/59
C07K14/62
C07K14/79
C12N1/00 G
C12N5/074
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2019105186
(22)【出願日】2019-06-05
(65)【公開番号】P2020195349
(43)【公開日】2020-12-10
【審査請求日】2022-04-26
(73)【特許権者】
【識別番号】507126487
【氏名又は名称】公立大学法人奈良県立医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】弁理士法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森 英一朗
(72)【発明者】
【氏名】松井 健
(72)【発明者】
【氏名】杉江 和馬
(72)【発明者】
【氏名】江浦 信之
【審査官】小倉 梢
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/060884(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/160234(WO,A1)
【文献】特表2019-502407(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0002897(US,A1)
【文献】ZHOU et al.,Differentiation,2016年,Vol. 92, No. 4,p.183-194,DOI:http://dx.doi.org/10.1016/j.diff.2016.06.002
【文献】WACHS et al.,Laboratory Investigation,2003年,Vol. 83, No. 7,p.949-962,DOI:10.1097/01.LAB.0000075556.74231.A5
【文献】SMITS et al.,Cell and Tissue Research,2020年,Vol. 382, No. 3,p.463-476,DOI:10.1007/s00441-020-03249-y
【文献】HAGINO et al.,Neuropsychopharmacology,2015年,Vol. 40, No. 5,p.1141-1150,DOI: doi:10.1038/npp.2014.295
【文献】ENGEL et al.,Cellular and Molecular Life Sciences,2016年,Vol. 73, No. 19,p.3693-3709,DOI:10.1007/s00018-016-2265-3
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-7/08
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ES細胞から脳幹オルガノイドを作製する方法であって、
前記脳幹オルガノイドにおける脳幹は、中脳、延髄及び橋を合わせた部位であり、
TGFβ阻害剤SB431542、BMP阻害剤ドルソモルフィン及びROCK inhibitorY-27632を含む第1の培地中で、ES細胞を培養して神経誘導を行う第1工程と、
TGFβ阻害剤SB431542、BMP阻害剤ドルソモルフィン、黄体ホルモンプロゲステロン、トランスフェリン、インスリン、プトレシン及びセレナイトを含む第2の培地中で、神経誘導を継続する第2工程と、
FGFシグナル伝達経路作用物質として20ng/mLのbFGF黄体ホルモンプロゲステロン、トランスフェリン、インスリン、プトレシン及びセレナイトを含む第3の培地中で、神経誘導されたES細胞から神経幹前駆細胞を形成する第3工程と、
FGFシグナル伝達経路作用物質として20ng/mLのbFGF、20ng/mLのEGF黄体ホルモンプロゲステロン、トランスフェリン、インスリン、プトレシン及びセレナイトを含む第4の培地中で、神経幹前駆細胞の形成を継続する第4工程と、
BDNF及びGDNFである神経栄養因子及び黄体ホルモンプロゲステロン、トランスフェリン、インスリン及びセレナイトを含む第5の培地中で、神経幹前駆細胞から神経細胞を形成して脳幹オルガノイドを作製する第5工程と、
を有することを特徴とする脳幹オルガノイドの作製方法。
【請求項2】
前記第1の培地、前記第2の培地、前記第3の培地、前記第4の培地及び前記第5の培地には、いずれも、マトリゲルが含まれない、ことを特徴とする請求項に記載の脳幹オルガノイドの作製方法。
【請求項3】
前記第1の培地は、フィーダー非依存的基本培地である、ことを特徴とする請求項に記載の脳幹オルガノイドの作製方法。
【請求項4】
前記フィーダー非依存的基本培地は、mTeSR1、hESF9又はSTEMPRO(登録商標)である、ことを特徴とする請求項に記載の脳幹オルガノイドの作製方法。
【請求項5】
前記第2の培地、前記第3の培地、前記第4の培地及び前記第5の培地は、神経幹細胞増殖用培地である、ことを特徴とする請求項1乃至の何れか1項に記載の脳幹オルガノイドの作製方法。
【請求項6】
前記神経幹細胞増殖用培地は、Neurobasal(登録商標)培地である、ことを特徴とする請求項に記載の脳幹オルガノイドの作製方法。
【請求項7】
前記第1工程の培養時間は54~90時間であり、前記第2工程の培養時間は126~162時間であり、前記第3工程の培養時間は150~186時間であり、前記第4工程の培養時間は126~162時間であり、前記第5工程の培養時間は126~162時間である、ことを特徴とする請求項1乃至に記載の何れか1項に記載の脳幹オルガノイドの作製方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、脳幹オルガノイドの作製方法に関する。
【背景技術】
【0002】
パーキンソン病は、中脳黒質のドパミン産生神経細胞の脱落によって起きる神経変性疾患であり、現在、世界中で約400万人の罹患者がいる。パーキンソン病の治療として、L-DOPAまたはドーパミンアゴニストによる薬物治療、定位脳手術による凝固術または深部電気刺激治療および胎児中脳移植などが行われている。
【0003】
パーキンソン病においてドパミン作動性神経細胞が脱落するメカニズムはいまだ未解明である。ヒト胎児に由来するドパミン作動性神経細胞の移植によってパーキンソン病患者の神経症状が改善することはすでに報告されている。
【0004】
胎児中脳移植はその供給源の組織の倫理的な問題があるとともに、感染の危険性も高い。そこで、ES細胞やiPS細胞などの多能性幹細胞から分化誘導した神経細胞を用いた治療法が提案されている(非特許文献1)。
【0005】
ドパミン神経系のうちA8~A10神経群は中脳に位置する。そこでヒト胎児における中脳発生過程を試験管内で再現することによってヒト中脳オルガノイドを作製し、ヒト中脳オルガノイド内部に存在するドパミン神経系を移植することで、ヒト胎児の脳組織を移植に用いる際に生じる倫理的な問題を回避しつつ、パーキンソン病患者に対する細胞補充療法を行うことも可能になることが期待される。
【0006】
脳内にある神経細胞のシナプス間の情報は、神経伝達物質であるアセチルコリンにより伝えられる。アセチルコリンは副交感神経や運動神経に働きかけることが知られており、パーキンソン病においても、アセチルコリンの存在量が症状に大きくかかわる。アセチルコリン含有神経は、限局した脳部位に存在し延髄に位置する。そこで、ヒト延髄オルガノイド内部に存在するアセチルコリン作動性神経系を移植することでも、パーキンソン病患者に対する細胞補充療法を行うことも可能になることが期待される。
【0007】
ノルアドレナリンは睡眠・覚醒、意識、ストレス・情動応答、認知・記憶など多彩な脳内生理機能に関与する神経伝達物質である。脳内にはノルアドレナリンを合成する複数の神経核があり最も大きいのが青斑核である。パーキンソン病は黒質のドパミン作動性ニューロン変性による運動障害を主症状とする疾患であるが、青斑核にも変性・脱落が強く認められる。ノルアドレナリン神経系のうちA1~A3神経群は延髄に位置する。ノルアドレナリン神経系のうちA4~A7神経群は橋に位置する。そこで、ヒト延髄オルガノイド内部やヒト橋オルガノイド内部に存在するノルアドレナリン神経系を移植することでも、パーキンソン病患者に対する細胞補充療法を行うことも可能になることが期待される。
【0008】
特許文献1には、神経発達疾患及び神経変性疾患を研究するために有用な中脳オルガノイドを作製するための方法が記載されている。この特許文献1には、マトリゲルを含む三次元細胞培養で神経上皮幹細胞を培養した場合、神経上皮幹細胞と分化培地とを接触させることによって、中脳オルガノイドを取得することができた旨が記載されているが、脳幹の作製方法ではない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】WO2017/060884
【非特許文献】
【0010】
【文献】Wernig M, et al., Proc Natl Acad Sci U S A. 2008, 105: 5856-5861
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、脳幹オルガノイドの作製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明にかかる脳幹オルガノイドの作製方法は、多能性幹細胞から脳幹オルガノイドを作製する方法であって、TGFβ阻害剤及びBMP阻害剤を含む第1の培地中で、ヒト多能性幹細胞を培養して神経誘導を行う第1工程と、TGFβ阻害剤、BMP阻害剤及び黄体ホルモンを含む第2の培地中で、神経誘導を継続する第2工程と、FGFシグナル伝達経路作用物質及び黄体ホルモンを含む第3の培地中で、神経誘導された多能性幹細胞から神経幹前駆細胞を形成する第3工程と、FGFシグナル伝達経路作用物質、EGF及び黄体ホルモンを含む第4の培地中で、神経幹前駆細胞の形成を継続する第4工程と、神経栄養因子及び黄体ホルモンを含む第5の培地中で、神経幹前駆細胞から神経細胞を形成して脳幹オルガノイドを作製する第5工程と、を有することを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、28日という短期間で的確に脳幹オルガノイドが作製できる。脳幹オルガノイドに包含される中脳オルガノイドから得られるドパミン神経系をパーキンソン患者移植することができる。脳幹オルガノイドに包含される延髄オルガノイドや橋オルガノイドから得られるノルアドレナリン神経系をパーキンソン患者移植することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明にかかる脳幹オルガノイドの作製方法の工程を説明する概略図である。
図2】本発明にかかる脳幹オルガノイドに、ドパミン作動性神経細胞マーカーであるTyrosine hydroxylase (TH)の発現が確認できたことを示す図である。
図3】本発明にかかる脳幹オルガノイドに、アセチルコリン作動性神経細胞のマーカーであるCholine acetyltransferase (ChAT)の発現が確認できたことを示す図である。
図4】本発明にかかる脳幹オルガノイドに、ノルアドレナリン作動性神経細胞のマーカーであるドパミン-β-ヒドロキシラーゼ(DBH)の発現が確認できたことを示す図である。
図5】本発明にかかる脳幹オルガノイドについて、定量的PCR法による遺伝子発現解析を行った結果を示す図である。
図6】本発明にかかる脳幹オルガノイドについて免疫染色法による発現解析を行った結果を示す図であり、そのうちAはSOX2,、BはFOXA2とTUJ1、CはTH、DはS100βについての図であり、Eは脳幹オルガノイド内部に存在する黒色部位のHE、Fontana-Masson染色及びHMB45 免疫染色を示す図であり、Fは三種の神経細胞が異なった脱分力及び発火パターンを示していることを示す図である。
図7】RNAシーケンス法による脳幹オルガノイドのトランスクリプトーム解析を説明する図であり、そのうちAはヒト脳幹オルガノイドと、ヒト大脳オルガノイドと、ヒトES細胞とにおける三者間の比較で発現量に変化が見られた遺伝子数を示す図であり、Bはヒト脳幹オルガノイドで発現変化が見られた遺伝子の発現を制御する転写因子を説明する図であり、Cはヒト脳幹オルガノイドで発現量が変化している遺伝子が高度発現する脳の部位のクラスター分類図である。
図8】シングルセルRNA-seq解析によるヒト脳幹オルガノイドの遺伝子発現解析図であり、そのうちAはクラスタリング結果をt-SNE法により二次元上に可視化した散布図であり、Bはヒト脳幹オルガノイドの遺伝子発現Heatmapであり、Cは各クラスターで発現しているOTX2、LMX1A、NR4A2、FGFR2及びENO3の分布を示したバイオリンプロットである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、添付の図面を参照して本発明の実施形態について具体的に説明するが、当該実施形態は本発明の原理の理解を容易にするためのものであり、本発明の範囲は、下記の実施形態に限られるものではなく、当業者が以下の実施形態の構成を適宜置換した他の実施形態も、本発明の範囲に含まれる。
【0016】
本実施形態にかかる脳幹オルガノイドの作製方法は、多能性幹細胞から脳幹オルガノイドを作製する方法である。
【0017】
脳幹は、中枢神経系を構成する器官集合体の一つであり、中脳、延髄及び橋を合わせた部位である。なお本発明にかかる脳幹オルガノイドの作製方法は、脳幹オルガノイドを作製するものであるが主として脳幹成分を作製するものであり、中脳、延髄及び橋以外の成分を否定するものではなく、後述の実施例に示されているように本発明にかかる脳幹オルガノイドの作製方法は小脳成分をも作製する。
【0018】
多能性幹細胞は、生体に存在するすべての細胞に分化可能である多能性を有し且つ増殖能をも併せもつ幹細胞である。多能性幹細胞は、特に限定されるものではないが、例えば、ES細胞、ntES細胞、iPS細胞、Muse細胞等が挙げられる。好ましい多能性幹細胞は、ES細胞又はiPS細胞である。
【0019】
ES細胞は、ヒトやマウス等の哺乳動物の初期胚の内部細胞塊から樹立された、多能性と自己複製による増殖能を有する幹細胞である。ES細胞は、対象動物の受精卵の胚盤胞から内部細胞塊を取出し、内部細胞塊を線維芽細胞のフィーダー上で培養することによって樹立することができる。また、継代培養による細胞の維持は、LIF、bFGF等を添加した培地を用いて行うことができる。ES細胞の選択は、アルカリホスファターゼ、Oct-3/4、Nanog等の遺伝子マーカーの発現を指標にしてReal-Time PCR法で行うことができる。ヒトES細胞の選択では、OCT-3/4、NANOG、ECAD等の遺伝子マーカーの発現を指標とすることができる。
【0020】
iPS細胞は、特定の初期化因子を、DNA又はタンパク質の形態で体細胞に導入することによって作製することができる、ES細胞とほぼ同等の特性を有する体細胞由来の人工の幹細胞である。初期化因子に含まれる遺伝子として、例えば、Oct3/4、Sox2、Sox1、Sox3、Sox15、Sox17、Klf4、Klf2、c-Myc、N-Myc、L-Myc、Nanog、Lin28、Fbx15、ERas、ECAT15-2、Tcl1、beta-catenin、Lin28b、Sall1、Sall4、Esrrb、Nr5a2、Tbx3、ドミナントネガティブ体p53, shRNA等のp53遺伝子の抑制因子、EBNA1またはGlis1等が挙げられる。
【0021】
本実施形態にかかる脳幹オルガノイドの作製方法は、TGFβ阻害剤及びBMP阻害剤を含む第1の培地中で、ヒト多能性肝細胞を培養して神経誘導を行う第1工程と、TGFβ阻害剤、BMP阻害剤及び黄体ホルモンを含む第2の培地中で、神経誘導を継続する第2工程と、FGFシグナル伝達経路作用物質及び黄体ホルモンを含む第3の培地中で、神経誘導された多能性幹細胞から神経幹前駆細胞を形成する第3工程と、FGFシグナル伝達経路作用物質、EGF及び黄体ホルモンを含む第4の培地中で、神経幹前駆細胞の形成を継続する第4工程と、神経栄養因子及び黄体ホルモンを含む第5の培地中で、神経幹前駆細胞から神経細胞を形成して脳幹オルガノイドを作製する第5工程と、を有する。
【0022】
第1工程では、TGFβ阻害剤及びBMP阻害剤を含む第1の培地中で、ヒト多能性幹細胞を培養して神経誘導を行う。
【0023】
TGFβ阻害剤は、TGFβのTGFβの受容体への結合からSMADへと続くシグナル伝達を阻害する物質であり、シグナル伝達経路を阻害する物質であれば特に限定は無い。TGFβ阻害剤は、例えば、SB431542(4-(5-ベンゾール[1,3]ジオキソール-5-イル-4-ピリジン-2-イル-1H-イミダゾール-2-イル)-ベンズアミド)又はA-83-01(3-(6-メチル-2-ピリジニル)-N-フェニル-4-(4-キノリニル)-1H-ピラゾール-1-カルボチオアミド)であり、好ましくはSB431542である。培地中におけるTGFβ阻害剤の濃度は、特に限定されないが、例えば、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、500nM~30μMである。
【0024】
BMP阻害剤は、BMPに起因するシグナル伝達を阻害する物質であれば特に限定は無い。BMP阻害剤は、例えば、ドルソモルフィン(6-[4-(2-piperidin-1-yl-ethoxy)phenyl]-3-pyridin-4-yl-pyrazolo[1,5-a]pyrimidine)、その誘導体、又は、LDN193189(4-(6-(4-(piperazin-1-yl)phenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl)quinoline;4-[6-(4-ピペラジン-1-イルフェニル)ピラゾロ[1,5-a]ピリミジン-3-イル]キノリン)であり、好ましくはドルソモルフィンである。培地中におけるBMP阻害剤の濃度は、特に限定されないが、例えば、10nM、50nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μM、40μM、50μMであるがこれらに限定されない。好ましくは、500nM~10μMである。
【0025】
本発明において細胞の培養に用いられる培地は、特に限定されるものではないが、例えば、mTeSR培地、Neurobasal培地、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM (GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地等が挙げられる。本発明ではフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で培養を行うことが好ましい。フィーダーフリー培地は、例えばmTeSR1、mTeSR2、TeSR-E8等が挙げられる。本実施形態にかかる発明では、第1工程ではmTeSR培地が使用され、第2工程~第5工程ではNeurobasal培地が使用される。
【0026】
第1工程では、培地中にROCK inhibitor(ROCK阻害剤)を包含させることが好ましい。ROCK阻害剤は、Rhoキナーゼ(ROCK)の機能を抑制できるものであれば特に限定されるものではないが、例えば、Y-27632、Fasudil/HA1077、H-1152、Wf-536等が挙げられる。ROCK阻害剤の濃度は、例えば、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μM、15μM、20μM、25μM、30μMであるがこれらに限定されず、好ましくは1μM~20μMである。
【0027】
本発明にかかる脳幹オルガノイドの作製方法では、細胞の培養に用いられる培地に細胞外基質を包含しなくても脳幹オルガノイドを作製することが可能である。そのため第1の培地、第2の培地、第3の培地、第4の培地及び第5の培地には、いずれも、マトリゲルが含まれない状態にて脳幹オルガノイドを作製することが可能である。
【0028】
第1工程における細胞の培養時間は、第2工程において形成される細胞集団の質を向上させる効果が達成可能な範囲であれば特に限定されないが、例えば54~90時間であり、60~84時間であり、好ましくは72時間である。
【0029】
第1工程~第5工程における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30℃から約40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1%から約10%、好ましくは約5%である。
【0030】
第2工程では、TGFβ阻害剤、BMP阻害剤及び黄体ホルモンを含む第2の培地中で神経誘導を継続する。
【0031】
培地中におけるTGFβ阻害剤の濃度は、第1工程と同じように規定される。培地中におけるBMP阻害剤の濃度は、第1工程と同じように規定される。
【0032】
黄体ホルモンは、特に限定されるものではないが、例えば、プロゲステロン、カプロン酸ピドロキシプロゲステロン、酢酸メドロキシプロゲステロン、ジドロゲステロン、酢酸クロルマジノン、エチステロン、ジメチステロン、ノルエチステロン、酢酸ノルエチステロン、エナント酸ノルエチステロン、酢酸エチノジオール、酢酸メゲストロール、アリルエストレノールまたはそれらの誘導体であり、好ましくはプロゲステロンである。
【0033】
黄体ホルモンの濃度は、例えば、1nM、10nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、4μM、5μM、6μM、7μM、8μM、9μM、10μMであるがこれらに限定されず、好ましくは500nM~5μMである。
【0034】
第2工程において、第2の培地には、更に、トランスフェリン、インスリン、プトレシン及びセレナイトを包含することが好ましい。
【0035】
インスリンの濃度は、例えば、1nM、10nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、5μM、10μM、50μM、80μM、86μM、100μM、150μM、200μM、300μM、400μM、500μMであるがこれらに限定されず、好ましくは50μM~200μMである。
【0036】
トランスフェリンの濃度は、例えば、1μM、10μM、50μM、100μM、500μM、1mM、2mM、5mM、10mM、100mM、200mMであるがこれらに限定されず、好ましくは500μM~5mMである。
【0037】
プトレシンの濃度は、例えば、1μM、10μM、50μM、100μM、500μM、1mM、2mM、5mM、10mM、20mM、30mM、50mM、100mM、200mM、300mMであるがこれらに限定されず、好ましくは1mM~50mMである。
【0038】
セレナイトの濃度は、例えば、1nM、10nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、3μM、5μM、10μM、50μM、100μM、150μM、200μM、300μM、400μM、500μMであるがこれらに限定されず、好ましくは1μM~100μMである。
【0039】
第2工程における細胞の培養時間は、第3工程において形成される細胞集団の質を向上させる効果が達成可能な範囲であれば特に限定されないが、例えば126~162時間であり、120~156時間であり、好ましくは144時間である。
【0040】
第3工程では、FGFシグナル伝達経路作用物質及び黄体ホルモンを含む第3の培地中で、神経誘導された多能性幹細胞から神経幹前駆細胞を形成する。
【0041】
FGFシグナル伝達経路作用物質は、特に限定されるものではないが、例えば、bFGFやFGF4等が挙げられ、好ましくはbFGFである。しかしながら、本実施形態にかかる発明においてはFGFシグナル伝達経路作用物質にはFGF8が含まれないことが好ましい。FGF8は大脳皮質の発生を促進するため脳幹オルガノイドの作製では大量に使用することは好ましくないからである。
【0042】
FGFシグナル伝達経路作用物質の濃度は、例えば、0.1ng/mL、0.5ng/mL、1ng/mL、5ng/mL、10ng/mL、15ng/mL、20ng/mL、25ng/mL、30ng/mL、40ng/mL、50ng/mL、100ng/mL、200ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは1ng/mL~50ng/mLである。
【0043】
第3工程において、第3の培地には、更に、トランスフェリン、インスリン、プトレシン及びセレナイトを包含することが好ましい。培地中におけるトランスフェリンの濃度は、第2工程と同じように規定される。培地中におけるインスリンの濃度は、第2工程と同じように規定される。培地中におけるプトレシンの濃度は、第2工程と同じように規定される。培地中におけるセレナイトの濃度は、第2工程と同じように規定される。
【0044】
第3工程における細胞の培養時間は、第4工程において形成される細胞集団の質を向上させる効果が達成可能な範囲であれば特に限定されないが、例えば150~186時間であり、144~180時間であり、好ましくは168時間である。
【0045】
第4工程では、FGFシグナル伝達経路作用物質、EGF及び黄体ホルモンを含む第4の培地中で、神経幹前駆細胞の形成を継続する。
【0046】
EGFの濃度は、例えば、0.1ng/mL、0.5ng/mL、1ng/mL、5ng/mL、10ng/mL、15ng/mL、20ng/mL、25ng/mL、30ng/mL、40ng/mL、50ng/mL、100ng/mL、200ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは1ng/mL~50ng/mLである。
【0047】
第4工程において、第4の培地には、更に、トランスフェリン、インスリン、プトレシン及びセレナイトを包含することが好ましい。培地中におけるトランスフェリンの濃度は、第2工程と同じように規定される。培地中におけるインスリンの濃度は、第2工程と同じように規定される。培地中におけるプトレシンの濃度は、第2工程と同じように規定される。培地中におけるセレナイトの濃度は、第2工程と同じように規定される。
【0048】
第4工程における細胞の培養時間は、第5工程において形成される細胞集団の質を向上させる効果が達成可能な範囲であれば特に限定されないが、例えば126~162時間であり、120~156時間であり、好ましくは144時間である。
【0049】
第5工程では、神経栄養因子及び黄体ホルモンを含む第5の培地中で、神経幹前駆細胞から神経細胞を形成して脳幹オルガノイドを作製する。
【0050】
神経栄養因子は、運動ニューロンの生存及び機能維持に重要な役割を果たしている膜受容体へのリガンドであり、特に限定されるものではないが、例えば、NT-3、BDNF、GDNF、NT-4/5、NT-6、NGF、FGF-5、HGF、IGF 1、IGF 2、TGF-β2、TGF-β3、IL-6、CNTF、LIF又はこれらの混合物が挙げられる。本実施形態にかかる発明においては、神経栄養因子はNT-3、BDNF及びGDNFの3種混合物であることが好ましい。
【0051】
培地中におけるBDNFの濃度は、例えば、0.1ng/mL、0.5ng/mL、1ng/mL、5ng/mL、10ng/mL、15ng/mL、20ng/mL、25ng/mL、30ng/mL、40ng/mL、50ng/mL、100ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは1ng/mL~20ng/mLである。培地中におけるNT-3の濃度は、例えば、0.1ng/mL、0.5ng/mL、1ng/mL、5ng/mL、10ng/mL、15ng/mL、20ng/mL、25ng/mL、30ng/mL、40ng/mL、50ng/mL、100ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは1ng/mL~20ng/mLである。培地中におけるGDNFの濃度は、例えば、0.1ng/mL、0.5ng/mL、1ng/mL、5ng/mL、10ng/mL、15ng/mL、20ng/mL、25ng/mL、30ng/mL、40ng/mL、50ng/mL、100ng/mLであるがこれらに限定されない。好ましくは1ng/mL~20ng/mLである。本実施形態にかかる発明において、神経栄養因子がNT-3、BDNF及びGDNFの3種混合物である場合、例えば10ng/mL NT-3、10ng/mLBDNF及び10ng/mL GDNFの混合物として使用される。
【0052】
第5工程において、第5の培地には、更に、トランスフェリン、インスリン、プトレシン、セレナイト、アスコルビン酸及びcAMPを包含することが好ましい。培地中におけるトランスフェリンの濃度は、第2工程と同じように規定される。培地中におけるインスリンの濃度は、第2工程と同じように規定される。培地中におけるプトレシンの濃度は、第2工程と同じように規定される。培地中におけるセレナイトの濃度は、第2工程と同じように規定される。
【0053】
アスコルビン酸の濃度は、例えば、1nM、10nM、100nM、500nM、750nM、1μM、2μM、5μM、10μM、50μM、100μM、150μM、200μM、300μM、400μM、500μMであるがこれらに限定されず、好ましくは10μM~300μMである。
【0054】
cAMPの濃度は、例えば、1μM、10μM、50μM、100μM、500μM、1mM、2mM、5mM、10mM、20mM、30mM、50mM、100mM、200mMであるがこれらに限定されず、好ましくは10μM~50mMである。
【0055】
第5工程における細胞の培養時間は、オルガノイドの完成が達成可能な範囲であれば特に限定されないが、例えば126~162時間であり、120~156時間であり、好ましくは144時間である。
【実施例
【0056】
(1)脳幹オルガノイドの分化誘導
(1-1)第1工程
ヒトES細胞を50%Accutase(PBSにより希釈)によって剥離し、400万個の細胞を5mlの mTeSR(登録商標)1(modified Tenneille Serum Replacer 1:エムテイザー1)培地にて培養した。mTeSR培地には、中脳ドパミン作動性神経細胞前駆細胞への分化を促すため10μM SB431542及び1μM Dorsomorphinを添加した。また、mTeSR培地には細胞の生存率をあげるためROCK inhibitorとして10μM Y-27632を加えた。培養は、細胞の接着を妨げ、胚様体形成を促すため、オービタルシェーカー上で行った。具体的には分化培地を含む培養皿を37℃/5%インキュベータ内で80rpmで回転するオービタルシェーカー上に置き72時間培養した(図1)。なお本発明にかかる脳幹オルガノイドの作製工程の全てにおいて、実験ごとの再現性を担保するため、複数タンパクの混合物であるMatrigelは使用されていない。
【0057】
(1-2)第2工程
第1工程の後、培地をmTESRTM1から神経幹細胞の培養に最適化された5mlのNeurobasal培地に変更した。Neurobasal培地には、10μM SB431542及び1μM Dorsomorphinが添加された。またNeurobasal培地には、神経前駆細胞の増殖促進のために2μMプロゲステロン及び10mMプトレシンが添加された。更にNeurobasal培地には、神経前駆細胞のアポトーシス抑制のために3μMセレナイト、86μMインスリン及び1.0mMトランスフェリンが添加された。分化培地を含む培養皿が37℃/5%インキュベータ内で80rpmで回転するオービタルシェーカー上に置かれ、144時間培養した(図1)。
【0058】
(1-3)第3工程
第3工程でも、培地は5mlのNeurobasal培地であった。Neurobasal培地には、神経前駆細胞の増殖促進のため20ng/mL bFGFが添加された。またNeurobasal培地には、2μMプロゲステロン及び10mMプトレシンが添加された。更にNeurobasal培地には、3μMセレナイト、86μMインスリン及び1.0mMトランスフェリンが添加された。分化培地を含む培養皿が37℃/5%インキュベータ内で80rpmで回転するオービタルシェーカー上に置かれ、168時間培養した(図1)。なおドパミン作動性神経細胞以外の神経細胞も分化させるため、神経幹細胞をドパミン作動性神経細胞への分化を強力に誘導するFGF8は使用しなかった。本発明にかかる脳幹オルガノイドの作製工程の全てにおいてFGF8は使用されていない。
【0059】
(1-4)第4工程
第4工程でも、培地は5mlのNeurobasal培地であった。Neurobasal培地には、神経前駆細胞の増殖促進のため20ng/mL bFGF及び20ng/mL EGFが添加された。またNeurobasal培地には、2μMプロゲステロン及び10mMプトレシンが添加された。更にNeurobasal培地には、3μMセレナイト、86μMインスリン及び1.0mMトランスフェリンが添加された。分化培地を含む培養皿が37℃/5%インキュベータ内で80rpmで回転するオービタルシェーカー上に置かれ、144時間培養した(図1)。
【0060】
(1-5)第5工程
第5工程でも、培地は5mlのNeurobasal培地であった。Neurobasal培地には2μMプロゲステロンが添加された。またNeurobasal培地には、神経細胞の分化を促すため10ng/mL NT-3、10ng/mL GDNF及び10ng/mL BDNFが添加された。またNeurobasal培地には、200μM Ascorbic acid、1mM cAMP、3μMセレナイト、86μMインスリン及び1.0mMトランスフェリンが添加された。分化培地を含む培養皿が37℃/5%インキュベータ内で80rpmで回転するオービタルシェーカー上に置かれ、144時間培養した(図1)。これにより脳幹オルガノイドが作製された。
【0061】
(2)ドパミン作動性神経細胞の確認
定量的PCRにより、ドパミン作動性神経細胞マーカーであるTyrosine hydroxylase (TH)の発現が確認できた。これにより作製された脳幹オルガノイド中に、ドパミン作動性神経細胞が包含されることが確認された(図2)。また免疫染色でも、THの発現が確認できた(図2)。これにより作製されたオルガノイドに中脳辺縁系路と中脳皮質路があることが示される。
【0062】
(3)延髄に存在するアセチルコリン作動性神経細胞の確認
定量的PCRにより、延髄に存在するアセチルコリン作動性神経細胞のマーカーであるCholine acetyltransferase (ChAT)の発現が確認できた。これにより作製された脳幹オルガノイド中に、延髄に存在するアセチルコリン作動性神経細胞が包含されることが確認された(図3)。また免疫染色でも、ChATの発現が確認できた(図3)。これにより作製されたオルガノイドに延髄があることが示される。
【0063】
(4)橋にあるノルアドレナリン作動性神経細胞の確認
定量的PCRにより、橋にあるノルアドレナリン作動性神経細胞のマーカーであるドパミン-β-ヒドロキシラーゼ(DBH)の発現が確認できた。これにより作製された脳幹オルガノイド中に、橋にあるノルアドレナリン作動性神経細胞が包含されることが確認された(図4)。また免疫染色でも、DBHの発現が確認できた(図4)。これにより作製されたオルガノイドに橋があることが示される。
【0064】
(5)定量的PCR法による遺伝子発現解析
作製した脳幹オルガノイドについて定量的PCR法による遺伝子発現解析を行った。定量的PCRによって、神経幹細胞マーカーであるSOX2、MASH1やSLC1A3の発現が確認された(図5)。また中脳への分化に必須であるOtx2の発現が確認された(図5)。また、ドパミン作動性神経細胞の前駆細胞に発現するFOXAやNurr1の発現も確認された(図5)。さらに、グルタミン作動性神経細胞やGABA作動性神経細胞のマーカーであるvGlut1(図5)、GAD67の発現も確認された(図5)。また、神経細胞の成熟を示すMAP2、オリゴデンドロサイトの成熟を示すMBP、OLIG2の発現も確認され、作製したオルガノイドが未熟なままではなく、成熟、分化していることが示された(図5)。
【0065】
(6)免疫染色法による発現解析
作製した脳幹オルガノイドについて免疫染色法による発現解析を行った。SOX2, FOXA2及びTHの発現が確認できた(図6A,6B,6C)。また、TUJ1及びS100βを発現する細胞の存在も確認できた(図6B,6D)。
【0066】
また、作製した脳幹オルガノイドについて、脳幹オルガノイド内部に存在する黒色部位のHE、Fontana-Masson染色及びHMB45 免疫染色も認められた(図6E)。
【0067】
作製した脳幹オルガノイド中に電気生理学的活性を有する神経細胞の存在を確認するためにパッチクランプ試験を行った。図6Fに示されるように、三種の神経細胞が異なった脱分力及び発火パターンを示している。1は過分極刺激に対する細胞応答であり、2は脱分極刺激に対する発火である。パッチクランプ試験でも、作製した脳幹オルガノイド中に電気生理学的活性を有する神経細胞の存在が確認できた。
【0068】
(7)RNAシーケンス法による脳幹オルガノイドのトランスクリプトーム解析
トランスクリプトームは、特定の状況下において細胞中に存在する全ての一時転写産物の総体を指す呼称である。原則として、細胞に存在するゲノム(DNAの全塩基配列)は同一個体内の全ての細胞で同一であり、特定の個体から採取された細胞であれば、環境に変化が生じてもゲノムは一定である。一方、トランスクリプトームは、各遺伝子の発現状況(頻度)が反映された結果であるため、同一個体の細胞であっても各細胞の存在環境に呼応した固有の構成を取るため、例えば異なる組織の細胞間では全く異なる態様を示す。
【0069】
ヒト脳幹オルガノイドと、ヒト大脳オルガノイドと、ヒトES細胞とにおける三者間の比較で発現量に変化が見られた遺伝子数は図7Aに示される通りであった。
【0070】
そしてヒト脳幹オルガノイドで発現変化が見られた遺伝子の発現を制御する転写因子は図7Bに示される通りであった。
【0071】
ヒト脳幹オルガノイドで発現量が変化している遺伝子をもとに、それぞれの遺伝子が高度発現する脳の部位をクラスター分類した(図7C)。
【0072】
(8)シングルセルRNA-seq解析によるヒト脳幹オルガノイドの遺伝子発現解析シングルセルRNA-seq解析では細胞集団の転写産物を1細胞ごとに網羅的に解析を行う。そのため細胞集団を構成する細胞がどう分類できるかが未知のままでも細胞集団を亜集団にクラスタリングして特徴を抽出することが可能となる。平均値の解析(通常のRNA-seq解析)では他の大多数の細胞のシグナルに埋もれて検出が困難な、少数の細胞からなる亜集団における発現変化も検出可能である。
【0073】
図8Aは、クラスタリング結果をt-SNE法により二次元上に可視化した散布図である。PCA(主成分分析)により、高次元のデータ(ベクトル)である発現プロファイルを、情報のロスを極力抑えつつ低次元に変換したものである。ここでは、中脳に加え、後脳(橋・延髄・小脳を包含する器官)のクラスターが得られており、ヒト脳幹オルガノイドが中脳、橋、延髄を構成する細胞を有していることを確認できる。
【0074】
図8Bは、ヒト脳幹部オルガノイドの遺伝子発現Heatmapである。図8Bにおいて、横軸は各クラスターに、縦軸は遺伝子に対応している。
【0075】
図8Cは、各クラスターで発現しているOTX2、LMX1A、NR4A2、FGFR2及びENO3の分布を示したバイオリンプロットである。図8Cに示されるように、ヒト脳幹部オルガノイドに特徴的な遺伝子、複数のヒト脳幹部オルガノイドで高発現している遺伝子を視覚的に確認できる。
【産業上の利用可能性】
【0076】
パーキンソン病等の神経変性疾患の治療に利用できる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8