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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-13
(45)【発行日】2023-10-23
(54)【発明の名称】表皮細胞の分化促進剤
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/715 20060101AFI20231016BHJP
   A61P 17/00 20060101ALI20231016BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231016BHJP
   A61P 17/16 20060101ALI20231016BHJP
   A61K 8/73 20060101ALI20231016BHJP
   A61Q 19/00 20060101ALI20231016BHJP
【FI】
A61K31/715
A61P17/00
A61P43/00 111
A61P17/16
A61K8/73
A61Q19/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020563205
(86)(22)【出願日】2019-12-20
(86)【国際出願番号】 JP2019050107
(87)【国際公開番号】W WO2020137889
(87)【国際公開日】2020-07-02
【審査請求日】2022-07-27
(31)【優先権主張番号】P 2018241241
(32)【優先日】2018-12-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000226437
【氏名又は名称】日光ケミカルズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000228729
【氏名又は名称】日本サーファクタント工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000671
【氏名又は名称】IBC一番町弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】横田 真理子
(72)【発明者】
【氏名】矢作 彰一
【審査官】鶴見 秀紀
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-277225(JP,A)
【文献】Journal of Cosmetic Science,2005年,Vol.56,No.6,pp.395-406
【文献】Biotechnology Advances,2016年,Vol.34,No.5,pp.827-844
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00-31/80
A61P 17/00
A61P 17/16
A61P 43/00
A61K 8/00-8/99
A61Q 19/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レバンを用いる、表皮細胞の分化促進方法(ただし、ヒトに対する医療行為を除く)
【請求項2】
トランスグルタミナーゼの発現亢進によるものである、請求項1に記載の分化促進方法
【請求項3】
レバン単体またはレバンを含む組成物を表皮に適用することを含む、請求項1または2に記載の分化促進方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、レバンを有効成分とした表皮細胞の分化促進剤に関する。
【背景技術】
【0002】
皮膚は身体の最も外側に存在する臓器であり、外界からの物理的刺激や化学物質による刺激を防御する機能や、体内の水分が体外へ蒸散しないよう防ぐ重要な機能を有する。皮膚の中でも表皮組織は、基底層および有棘層、顆粒層、角層から構成され、基底層で分裂、増殖した表皮細胞は徐々に分化とよばれる構造機能的な変化することが報告されており、その代表例としては細胞形態の扁平化や角層における核の消失(脱核)が知られている(非特許文献1)。これらの構造変化をもたらす表皮細胞分化の指標としては、基底層におけるケラチン5およびケラチン14(非特許文献2)、有棘層におけるケラチン1およびケラチン10、インボルクリン(非特許文献3)、顆粒層におけるフィラグリンおよびロリクリン、SPRR(small proline-rich protein)(非特許文献4)、角層におけるトランスグルタミナーゼなどが知られている(非特許文献4)。
【0003】
なかでもトランスグルタミナーゼはカルシウム依存性の酵素であり、インボルクリンやロリクリンに由来するイソペプチド結合を修飾する。この結合は非常に強固であることが知られており、角層において周辺帯(Cornified Envelope)と呼ばれる裏打ち構造を構成している。これによって、皮膚の最外層に存在する角層は強アルカリやドデシル硫酸ナトリウムに対しても不溶性であることが知られている(非特許文献6)。さらに、このことは細胞膜の補強および外界からの物理的刺激、化学物質による刺激からの皮膚の保護に寄与している(非特許文献5)。
【0004】
トランスグルタミナーゼはこの周辺帯形成に重要な役割を果たしており、ヒトでは9種類のトランスグルタミナーゼが確認されている。表皮組織ではこれらのうち4種類の発現が知られており、さらに角層で発現する表皮分化マーカーとして報告されているのはトランスグルタミナーゼ1である(非特許文献6)。例えば葉状魚鱗癬は、トランスグルタミナーゼの欠損により角層の剥離機構に異常が生じ、全身の皮膚が乾燥および粗造化して落屑を生じる皮膚疾患である(非特許文献7)。このように、トランスグルタミナーゼの発現を促すことは、表皮の機能を維持する上で重要であることは明らかである。
【0005】
これら表皮細胞において分化が促進されることで、表皮バリア機能が高まることが知られている。表皮バリア機能の指標としては経皮水分蒸散量(TEWL、Trans epidermal water loss)が広く一般的に用いられている。表皮バリア機能が高まることで、皮膚を介した体内からの水分の蒸散を防ぐことができ、すなわちTEWLは低い値を示す。一方で、何らかの刺激により表皮バリア機能が低下することで、皮膚を介した水分の喪失が促進されることから、すなわちTEWLは高い値を示す。
【0006】
ところで、レバンはスクロースを基質として合成されるフルクトースの重合体である(非特許文献8)。フルクトースの重合体はフルクタンと呼ばれるが、その結合の様式から大きく2つに分けられ、主に植物が合成するβ(2→1)結合型のイヌリン、主に微生物が合成するβ(2→6)結合型のレバンが知られている(非特許文献8)。糖類の重合体という特性から、それ自体に増粘作用や保湿作用が期待されている(非特許文献9、特許文献1)。また、特許文献1においては、レバンの細胞増殖作用及び刺激緩和効能が開示されている。また、特許文献1の実施例においては、インターロイキン-1αによる炎症応答が抑制されたことによる皮膚刺激緩和効果やパッチ試験による皮膚刺激緩和効果が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許公開2003-277225号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】清水 宏 「新しい皮膚科学」中山書店 p3-40(2011)
【文献】Fuchs E, Green H. Cell 19巻 p1033-1042(1980)
【文献】Regnier M, Vaigot P, Darmon M, Prunieras M. JInvest Dermatol 87巻 p472-476(1986)
【文献】Rice RH, Green H.Cell 18巻 p681-694(1979)
【文献】Rice RH, Green H.Cell 11巻 p417-422(1977)
【文献】人見 清隆 日本農芸化学会誌 77巻 2号 p114-119(2003)
【文献】清水 宏 「新しい皮膚科学」 中山書店 p234(2011)
【文献】吉田 みどり、上野 敬司、川上 顕、塩見 徳夫.日本農芸化学会誌 41巻 12号(2003)
【文献】Bernd H. A. Rehm. 「Microbial Production of Biopolymers andPolymer Precursors」 Caister Academic Press(2009)
【発明の概要】
【0009】
本発明は、表皮の分化促進剤を提供することを課題とする。
【0010】
表皮を構成する細胞は、皮膚のバリア機能を発揮するために分化する必要がある。分化した際には、分化マーカーと呼ばれる分化時特有なタンパク質の発現が変化する。本発明者らは細胞分化促進剤であって、多糖類の一種であるレバンを有効成分とし、これが表皮に作用すると皮膚のバリア機能に関与し、分化マーカーでもあるトランスグルタミナーゼの発現を亢進することを見出し、本発明を達成するに至った。なお皮膚のバリア機能を補助する目的で、その機能を直接有した担体となる物質を皮膚に塗布する場合が多いが、本発明は皮膚自体の状態を改善する点において異なる。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態を説明する。なお、本発明は、以下の実施の形態のみには限定されない。本明細書において、範囲を示す「X~Y」は「X以上Y以下」を意味し、特記しない限り、操作および物性等の測定は室温(20~25℃)/相対湿度45~55%RHの条件で行う。
【0012】
本発明の一実施形態は、レバンを有効成分とする表皮細胞の分化促進剤である。以下、表皮細胞の分化促進剤を、単に分化促進剤とも称する。
【0013】
本発明のレバンを有効成分とする分化促進剤は、表皮細胞のトランスグルタミナーゼ発現の亢進を促進することで、表皮バリア機能を高めることができる。
【0014】
本発明に用いる分化促進剤はレバンを有効成分とするものである。本発明のレバンは、微生物の発酵生産法によって製造することができる。換言すれば、本発明のレバンとして、微生物の発酵生産法によって得られるレバンを使用することができる。例えば、枯草菌(Bacillus subtilis)を利用して合成されてもよい。レバンを製造する際に用いられる微生物としては、特に菌種に限定するものではなく、枯草菌(Bacillus subtilis)の他、Bacillus polymyx,Aerobacter levanicum,Streptococcus sp,Pseudomonas sp,Corynebacterium laevaniformans,Zymomonas mobilisなどであってもよい。さらに合成に利用する生物種においても限定するものではなく、遺伝子改変した植物などであってもよい。微生物の発酵生産法によって得られるレバンは通常、高分子量であり、レバンの分子量が1,000以上であることがより好ましく、5,000以上であることがさらにより好ましい。上限は特に限定されるものではないが、通常50,000,000以下である。レバンの分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)を用いて測定することによって求めることができる。
【0015】
レバンは、上記菌体を従来公知の方法で培養し、培地中の菌体を除去した後、酸沈殿法、溶媒沈殿法、膜精製法等の既知の方法で回収することができる。発酵生産において用いられる培地としては、炭素源、窒素源、無機塩類、その他使用微生物種の必要とする栄養素を含有するものならば、公知の合成培地、天然培地を使用することができる。また、培養条件としては、特に制限されず、例えば、培養温度は20~35℃であり、培地のpHはpH2~10である。
【0016】
レバンは、薬理学的に許容されうる塩も本発明においては同様に用いることができ、塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、バリウム塩、リチウム塩、アルミニウム塩、銅塩、亜鉛塩、鉄塩、アンモニウム塩、トリメチルアミン塩、トリエチルアミン塩、ピリジン塩、ピコリン塩、エタノールアミン塩、ジエタノールアミン塩、トリエタノールアミン塩、ジクロロヘキシルアミン塩、ジベンジルエチレンジアミン塩等が挙げられる。また本発明で使用するレバンはそれらの無水物又は水和物いずれも本発明の範囲に包含される。
【0017】
用いられるレバンとしては、液状のレバンをそのまま用いてもよいし、粉末状のレバンを用いてもよい。
【0018】
本明細書において、表皮細胞の分化は、周辺帯形成に重要な役割を果たすトランスグルタミナーゼ遺伝子の発現をもってその指標とすることができる。本発明の分化促進剤は、トランスグルタミナーゼの発現亢進(促進)によるものであってもよい。換言すると、本実施形態の分化促進剤は、トランスグルタミナーゼの発現を亢進(促進)させる。トランスグルタミナーゼの発現亢進は、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。具体的には、レバン未添加コントロールと比較して、トランスグルタミナーゼの発現量が増加していればよく、例えば、レバン未添加コントロールと比較して、2倍以上であってもよく、3倍以上であってもよく、5倍以上であってもよい。また、レバン未添加コントロールと比較して、トランスグルタミナーゼの発現量においてp値が0.05未満、より好ましくは、0.01未満の有意差で増加することが好ましい。
【0019】
また、本発明の表皮細胞の分化促進剤は、表皮バリア機能が高まることで、経皮水分蒸散量(TEWL)を抑制する。経皮水分蒸散量(TEWL)の抑制は、後述の実施例に記載の方法により測定することができる。具体的には、レバン未添加コントロールと比較して、経皮水分蒸散量(TEWL)が減少していればよく、例えば、レバン未添加コントロールのTEWL量を100%とした場合に、95%以下であってもよく、90%以下であってもよく、85%以下であってもよい。また、経皮水分蒸散量(TEWL)は、レバン未添加コントロールと比較して、TEWLの量においてp値が0.05未満、より好ましくは、0.01未満の有意差で減少することが好ましい。
【0020】
本発明の表皮の分化促進剤は、表皮のバリア機能を高め、表皮の状態を良好に保つことができる。
【0021】
本発明の分化促進剤の投与経路は特に限定されるものではないが、効果が発揮されやすいことから、表皮に適用することが好ましい。分化促進剤におけるレバンの配合量は、用途、剤型、配合目的等によって異なり、特に限定されるものではないが、一般的には0.001~100.0質量%、好ましくは0.01~50.0質量%である。本発明においては、分化促進剤を1日1~数回に分けて投与すればよい。
【0022】
本分化促進剤に係る剤型は任意であり、ローション、乳液、クリーム、パック、軟膏、分散液、固形物、ムース等の任意の剤型をとることができる。また用途としては、化粧料の他、皮膚外用剤等に使用できる。
【0023】
分化促進剤には、本発明の効果を損なわない範囲で製薬上許容される成分をさらに含むことができる。当該成分としては、例えば、炭化水素、植物油脂、ロウ類、合成エステル油、シリコーン系の油相成分、フッ素系の油相成分、高級アルコール類、脂肪酸類、増粘剤、紫外線吸収剤、粉体、顔料、色材、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤、両性界面活性剤、多価アルコール、糖、高分子化合物、生理活性成分、経皮吸収促進剤、溶媒、酸化防止剤、香料、防腐剤等が挙げられる。
【0024】
本発明の他の実施形態は、レバンを用いる表皮細胞の分化促進方法である。具体的には、レバン単体またはレバンを含む組成物を、表皮に適用することを含む。詳細は、上記分化促進剤と同様である。
【実施例
【0025】
本発明の効果を、以下の実施例および比較例を用いて説明するが、本発明の技術的範囲がこれらに限定されるものではない。実施例において「%」の表示を用いる場合があるが、特に断りがない限り、「質量%」を表す。また、特記しない限り、各操作は、室温(25℃)で行われる。
【0026】
実施例1.表皮細胞におけるトランスグルタミナーゼ発現亢進(促進)作用
1、実験方法
表皮細胞(正常ヒト表皮角化細胞、NHEKs)を1.5×10cellsの播種密度で96-well plateに播種した(HuMediaKG2培地、クラボウ社製)。一晩培養後、表1に記載の濃度にて粉末状のレバンを培地(HuMediaKB2培地、クラボウ社製)に溶解し、37℃、5%CO環境下で6時間培養を行った。その後、表皮細胞をPBSで洗浄し、粗RNAを回収した(Cells to CTキット、アプライドバイオシステムズ社製)。各ウェル(n=4)のトランスグルタミナーゼの発現量をReal time RT-PCR法(アプライドバイオシステムズ社製)にて測定した。トランスグルタミナーゼの発現量はレバン未添加コントロールの発現量を1とした相対比で表した。なお、統計処理はStudent-t検定を用いて解析を行った。
【0027】
なお、レバンは、枯草菌(Bacillus subtilis)の発酵生産法によって得たものを用いた。また、レバンの分子量は、10,000以上であった。
【0028】
2、結果
結果を表1に示した。培養6時間で、レバン未添加コントロールと比較して、レバンを添加した細胞では、トランスグルタミナーゼ発現の顕著な亢進(シグナルの動き)が認められた。
【0029】
【表1】
【0030】
実施例2.三次元培養表皮モデルを用いた表皮バリア機能の評価
1、実験方法
三次元培養表皮モデル(RHEEs;Reconstructed human epidermal equivalents、EPISKIN社製)を附属の培地を用いて、37℃、5%CO環境下で馴化(24時間前培養)した。これに150μLの試験試料(レバンの固形分濃度20質量%、溶媒PBS)を角層側から適用した。37℃、5%CO環境下で24時間培養後、経皮水分蒸散量(TEWL、Trans epidermal water loss)をサイクロン水分蒸散モニター AS-CT1(アサヒバイオメッド社製)を用いて測定した。TEWLはレバン未添加コントロールの発現量を100とした相対値(%)で表した。なお、統計処理はStudent-t検定を用いて解析を行った。
【0031】
2、結果
結果を表2に示した。レバン添加後、培養24時間で、レバン未添加コントロールと比較して、レバンを適用した三次元培養表皮モデルでは、TEWLの有意な抑制(発現系として効果の発揮)が認められたことから、表皮の分化が促進されたことで周辺帯の構造が強化され、表皮バリア機能が高まった。
【0032】
【表2】
【0033】
本出願は、2018年12月25日に出願された日本特許出願番号2018-241241号に基づいており、その開示内容は、参照され、全体として、組み入れられている。