(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-13
(45)【発行日】2023-10-23
(54)【発明の名称】食欲不振改善用組成物
(51)【国際特許分類】
A61K 31/10 20060101AFI20231016BHJP
A61P 1/14 20060101ALI20231016BHJP
A61P 43/00 20060101ALI20231016BHJP
A23L 33/10 20160101ALI20231016BHJP
A61K 45/00 20060101ALN20231016BHJP
【FI】
A61K31/10
A61P1/14
A61P43/00 111
A23L33/10
A61K45/00
(21)【出願番号】P 2019000202
(22)【出願日】2019-01-04
【審査請求日】2021-11-02
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成30年1月10日 学校法人自治医科大学において学位論文(修士課程)にて公開
(73)【特許権者】
【識別番号】000111487
【氏名又は名称】ハウス食品グループ本社株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094569
【氏名又は名称】田中 伸一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100109070
【氏名又は名称】須田 洋之
(74)【代理人】
【識別番号】100119013
【氏名又は名称】山崎 一夫
(74)【代理人】
【識別番号】100123777
【氏名又は名称】市川 さつき
(74)【代理人】
【識別番号】100111796
【氏名又は名称】服部 博信
(74)【代理人】
【識別番号】100196405
【氏名又は名称】小松 邦光
(72)【発明者】
【氏名】岩崎 有作
(72)【発明者】
【氏名】矢田 俊彦
【審査官】池上 文緒
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-525134(JP,A)
【文献】特開2015-231953(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2014-0022940(KR,A)
【文献】第72回日本栄養・食糧学会大会 講演要旨集 (2018) vol.72, p.238(20-06a)
【文献】FEBS Lett.,2008年,vol.582, issue 2,p.229-232
【文献】Arch. Toxicol. ,2017年,vol.91, issue 1,p.495-507
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 45/00
A61K 31/10
A61P 1/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一過性受容器電位アンキリン1(TRPA1)アゴニストを含む、高齢者の食欲不振改善用組成物であって、
前記TRPA1アゴニストが、ジアリルトリスルフィド
である、組成物。
【請求項2】
前記高齢者が、グレリン抵抗性である、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
TRPA1アゴニストを含む、グレリン抵抗性の対象者の食欲不振改善用組成物であって、
前記TRPA1アゴニストが、ジアリルトリスルフィド
である、組成物。
【請求項4】
TRPA1アゴニストを含む、ストレス性食欲不振改善用組成物であって、
前記TRPA1アゴニストが、ジアリルトリスルフィド
である、組成物。
【請求項5】
医薬品、医薬部外品、サプリメント、又は食品である、請求項1~4のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、TRPA1アゴニストを含む食欲不振改善用組成物に関し、特に高齢者の食欲不振、グレリン抵抗性の対象者の食欲不振、及び/又は、ストレス性食欲不振を改善するための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
一過性受容器電位アンキリン1(transient receptor potential ankyrin 1;TRPA1)は、一過性受容器電位(TRP)イオンチャネルのスーパーファミリーに属する非選択性陽イオンチャネルの一種である。TRPA1は、主に体性感覚神経(脊髄性感覚神経及び三叉神経)に多く発現し、痛みや辛みなどに関与する侵害受容器として機能している。また、TRPA1は、体性感覚神経以外に、摂食調節に関与する求心性迷走神経にも多く発現している。
【0003】
TRPA1を活性化するアゴニストとして、種々の化合物又は植物抽出物が知られている(特許文献1~9)。特に、香辛料又は香辛野菜の辛み成分には、TRPA1アゴニストとして作用するものが含まれており、このようなTRPA1アゴニストは、求心性迷走神経を含む感覚神経を介して末梢情報を脳へ伝達し、健常マウスの摂食量を亢進させることが知られている(非特許文献1)。一方、胃から産生されるペプチドホルモンであるグレリンは、摂食量亢進作用を有するにもかかわらず、加齢に伴う食欲不振を改善することはできないことが知られている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-177739号公報
【文献】特表2017-518963号公報
【文献】特開2017-096785号公報
【文献】特開2014-210725号公報
【文献】特開2014-169240号公報
【文献】特開2014-076979号公報
【文献】特開2014-024810号公報
【文献】特表2011-506289号公報
【文献】国際公開第2009/123080号
【非特許文献】
【0005】
【文献】三島海雲記念財団研究報告書(2014)、第51巻、第53~56頁
【文献】Endocrinology(2010)、Vol.151、pp.244-252
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、健常状態の対象者に対して摂食量亢進作用を奏する成分であっても、必ずしも食欲不振改善作用を奏するわけではないため、TRPA1アゴニストが、具体的な食欲不振状態を改善できるかどうかは、依然として不明なままであった。そこで、本発明は、TRPA1アゴニストを、具体的な食欲不振状態の改善のために適用することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、TRPA1アゴニストがグレリンに抵抗性である高齢者の食欲不振を改善できること、及び、TRPA1アゴニストがストレス性食欲不振を改善できることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、本発明は、以下に示す食欲不振改善用組成物を提供するものである。
〔1〕一過性受容器電位アンキリン1(TRPA1)アゴニストを含む、高齢者の食欲不振改善用組成物。
〔2〕前記高齢者が、グレリン抵抗性である、前記〔1〕に記載の組成物。
〔3〕TRPA1アゴニストを含む、グレリン抵抗性の対象者の食欲不振改善用組成物。
〔4〕TRPA1アゴニストを含む、ストレス性食欲不振改善用組成物。
〔5〕前記TRPA1アゴニストが、ジアリルトリスルフィド、アリシン、アリルイソチオシアネート、シンナムアルデヒド、ミオガジアール及びミオガトリアールからなる群から選択される少なくとも1種である、前記〔1〕~〔4〕のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明に従えば、TRPA1アゴニストにより、高齢者の食欲不振、グレリン抵抗性の対象者の食欲不振、及び/又は、ストレス性食欲不振を改善することができる。したがって、これら具体的な食欲不振を改善するための、TRPA1アゴニストを含む組成物を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】グレリン投与あり又はなしでの若齢マウスの累積摂食量を示す。
【
図2】DATS投与あり又はなしでの若齢マウスの累積摂食量を示す。
【
図3】グレリン投与あり又はなしでの高齢マウスの累積摂食量を示す。
【
図4】DATS投与あり又はなしでの高齢マウスの累積摂食量を示す。
【
図5】DATS投与あり又はなしでのストレス性食欲不振状態のマウスの累積摂食量を示す。(a~cの異なる記号は、それが付されている群の間では有意差があることを意味している。)
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明をさらに詳細に説明する。
本発明の高齢者の食欲不振改善用組成物、グレリン抵抗性の対象者の食欲不振改善用組成物、又はストレス性食欲不振改善用組成物は、TRPA1アゴニストを含むことを特徴としている。
【0011】
本明細書に記載の「TRPA1アゴニスト」とは、受容体であるTRPA1に作動的に働いて、これを活性化することのできる物質のことをいう。前記TRPA1アゴニストによるTRPA1の活性化作用は、例えば、単離した求心性迷走神経細胞の細胞内Ca2+濃度を測定し、これを上昇させる作用として検出することができる。前記TRPA1アゴニストとしては、当技術分野で通常使用される物質を特に制限されることなく採用することができるが、例えば、前記TRPA1アゴニストは、香辛料又は香辛野菜に含まれる成分であってもよく、好ましくは、ジアリルトリスルフィド(DATS)、アリシン、アリルイソチオシアネート(AITC)、シンナムアルデヒド、ミオガジアール(miogadial)及びミオガトリアール(miogatrial)からなる群から選択される少なくとも1種である。また、前記TRPA1アゴニストは、前掲の特許文献1~9の特許請求の範囲及び実施例などにそれぞれ記載されている化合物又は植物抽出物であってもよい。
【0012】
本発明の各種食欲不振改善用組成物中の前記TRPA1アゴニストの配合量は、食欲不振改善作用が奏される限り特に制限されない。また、前記TRPA1アゴニストの投与量は、食欲不振改善作用が奏される限り特に制限されず、投与経路や対象者の体重、性別、年齢、又はその他の状態などによって適宜調節されるものではあるが、例えば、DATSをヒトに経口投与する場合、成人1人当たりの1日の投与量は、約50~約2000mgであってもよく、好ましくは約500~1000mgである。
【0013】
ある態様では、本発明の食欲不振改善用組成物は、高齢者の食欲不振(加齢に伴う食欲不振)を改善し得る。加齢に伴って食欲不振が誘導される原因の1つとして、グレリンの作用が減弱し、前記高齢者がグレリン抵抗性となることが考えられている。すなわち、本発明の食欲不振改善用組成物は、グレリン抵抗性の対象者の食欲不振も改善し得るものである。特定の理論に拘束されるものではないが、本発明の食欲不振改善用組成物に関しては、次のような作用機序が考えられる。まず、グレリンの摂食量亢進作用には求心性迷走神経からの脳作用が必須である。そして、グレリン受容体(代謝型受容体)の受容体シグナリングに異常を来したグレリン抵抗性の状態においては、グレリンが求心性迷走神経へ作用しにくい状態となり、食欲不振が発症していること考えられる。一方、DATSなどのTRPA1アゴニストは、リガンド作動性カチオンチャネルのTRPA1に結合し、TRPA1チャネルを開口させ、それを発現する神経を強く脱分極させることができる。従って、グレリン受容体シグナリングとは異なる経路で摂食亢進系の求心性迷走神経サブクラスを活性化できるDATSなどのTRPA1アゴニストは、グレリン抵抗性の対象者の食欲不振を改善できると考えられる。
【0014】
別の態様では、本発明の食欲不振改善用組成物は、ストレス性食欲不振を改善し得る。すなわち、ストレス性食欲不振の対象者においても、TRPA1を発現する神経の脱分極により摂食亢進系の求心性迷走神経サブクラスを活性化することが、ストレス性食欲不振の改善に有効であると考えられる。
【0015】
本発明の食欲不振改善用組成物が適用される高齢者、グレリン抵抗性の対象者、又は、ストレス性食欲不振の対象者は、摂食亢進系の求心性迷走神経にTRPA1が発現している限り特に限定されないが、例えば、哺乳動物であってもよく、好ましくはヒトである。
【0016】
本発明の各種食欲不振改善用組成物は、前記TRPA1アゴニストの活性を妨げない限り、追加の有効成分をさらに含んでもいいし、追加の有効成分と組み合わせて使用してもよい。前記追加の有効成分は、特に限定されないが、例えば、イトプリド塩酸塩、ドンペリドン、メトクロプラミド、六君子湯、半夏瀉心湯、半夏瀉心湯、十全大補湯、人参養栄湯、及び平胃散などの食欲不振改善剤又は摂食亢進剤であってもよい。
【0017】
本発明の各種食欲不振改善用組成物は、特に限定されないが、医薬品、医薬部外品、サプリメント、又は食品(一般食品、病者用食品などの特定用途食品、又は、特定保健用食品、栄養機能食品、及び機能性表示食品などの保健機能食品)や、これらへ配合するための素材であってもよい。前記組成物は、本発明の目的を損なわない限り、当技術分野で通常使用される任意の医薬的又は食品的に許容可能な賦形剤又は添加剤、及び/又は食品原料などをさらに含んでもよい。
【0018】
本発明の各種食欲不振改善用組成物は、任意の経路で投与され得るが、例えば、経口投与、静脈内投与、又は直腸内投与などによって投与されてもよい。前記組成物の形態は、投与経路に応じて任意に選択することができ、例えば、錠剤、顆粒剤、粉剤、及びカプセル剤などの固形剤、又は、溶液剤、懸濁剤、及び乳剤などの液剤、あるいは、各種飲料又は食品などであってもよい。また、前記組成物は、当技術分野で通常使用される任意の方法により製造することができる。
【0019】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明の範囲はこれら実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0020】
〔実施例1〕
若齢(2.5カ月齢)又は高齢(10カ月齢)の雄性ICRマウスを、ALPHA-dri(Shepherd Specialty Papers社)を敷いた個別ケージにおいて、粉末飼料(CE-2、日本クレア社)をマウス用粉末給餌器(SN-950、株式会社シナノ製作所)を用いて与えながら、少なくとも1週間以上順化飼育した。そして、実験前の数日間は、毎日ハンドリングとフィーディングニードル(FG4202、有限会社フチガミ器械)を用いた経口投与トレーニングを実施した。
【0021】
不断給餌条件下のマウスを対象に、午前9時20分から、グレリン(4373-s、株式会社ペプチド研究所)生理食塩水溶液又は生理食塩水を腹腔内投与(5mL/体重kg)するか、あるいは、DATS溶液(2%DATS/エタノール、10%Tween80、及び88%生理食塩水)又は担体溶液を経口投与(5mL/体重kg)した。グレリンの投与量は30nmol/体重kgであり、DATSの投与量は100μmol/体重kgだった。そして、午前9時30分に、予め質量を測定した給餌器をケージ内にセットした。摂食実験開始0.5、1、2、3、及び24時間後の給餌器とケージ内にこぼれた餌の質量を測定し、各時間の摂食質量(g)を測定した。摂食量(kcal)は、CE-2のエネルギー値3.45kcal/gより算出した。結果を
図1~4に示す。
【0022】
体重当たりの一日平均摂食量(エネルギー摂取量)で比較すると、若齢マウスは507kcal/体重kgの飼料を摂取していたのに対し、高齢マウスは342kcal/体重kgしか飼料を摂取していなかったので、加齢によって食欲が低下していることが分かった。若齢マウスの摂食量は、グレリンによって亢進し(
図1)、かつDATSによっても亢進した(
図2)。一方、高齢マウスの摂食量は、グレリンによっては亢進しなかったが(
図3)、DATSによって亢進した(
図4)。したがって、高齢マウスはグレリン抵抗性になっており、高齢マウスで低下した食欲は、グレリンによっては改善できないこと、及び、グレリン抵抗性である高齢マウスの食欲不振は、DATSによって改善できることが分かった。
【0023】
〔実施例2〕
9週齢の雄性ICRマウスを、100mLチューブで作製した拘束器具内に2時間拘束し、ストレスを与えた。対応する2時間の間、対照の非拘束ストレス群では絶食のみさせた。その後、各マウスにDATS溶液又は担体溶液を経口投与(5mL/体重kg)し、経時的に摂食量を測定した。DATSの投与量は100μmol/体重kgであり、群1~4の試験群は以下の表のとおりであった。結果を
図5に示す。
【0024】
【0025】
担体溶液を投与した拘束ストレスのないマウス(群1)と比較して、拘束ストレスのあるマウス(群3)では累積摂食量が低下しており、拘束ストレス負荷によってストレス性食欲不振が形成されていることが確認された。この試験系において、DATSを投与すると、拘束ストレスのないマウス(群2)ではもちろん、拘束ストレスのあるマウス(群4)でも摂食量が亢進した。この結果、拘束ストレスのあるマウス(群4)の摂食量は、拘束ストレスのないマウス(群1)の摂食量まで回復した。したがって、ストレス性食欲不振は、DATSによって改善できることが分かった。なお、DATSによる食欲不振改善作用は、投与後少なくとも3時間まで持続した。
【0026】
以上より、DATSなどのTRPA1アゴニストは、高齢者の食欲不振、グレリン抵抗性の対象者の食欲不振、及び/又は、ストレス性食欲不振を改善することができる。