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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-13
(45)【発行日】2023-10-23
(54)【発明の名称】ハブクラッチ装置およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B60K 23/08 20060101AFI20231016BHJP
   B60K 6/36 20071001ALN20231016BHJP
   B60K 6/38 20071001ALN20231016BHJP
   B60K 6/52 20071001ALN20231016BHJP
【FI】
B60K23/08 A
B60K6/36 ZHV
B60K6/38
B60K6/52
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019132757
(22)【出願日】2019-07-18
(65)【公開番号】P2021017103
(43)【公開日】2021-02-15
【審査請求日】2022-06-27
(73)【特許権者】
【識別番号】000102692
【氏名又は名称】NTN株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100130513
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 直也
(74)【代理人】
【識別番号】100074206
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 文二
(74)【代理人】
【識別番号】100130177
【弁理士】
【氏名又は名称】中谷 弥一郎
(72)【発明者】
【氏名】山田 政義
(72)【発明者】
【氏名】前野 栄二
【審査官】前田 浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-043633(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60K 23/00
B60K 6/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
4輪駆動車の従動側車軸と、前記従動側車軸の径方向外側に配され、従動側車輪の一部を構成するホイールハブをそれぞれ回転自在に支持し、前記ホイールハブのアウトサイド側端部に前記従動側車軸の軸端部を覆うハブハウジングを設け、前記ハブハウジングの内部に、前記ホイールハブおよびハブハウジングと一体に回転するアウタギヤと、前記従動側車軸の軸端部にスライド自在かつ相対回転不能に嵌合し、前記アウタギヤに対して噛合可能なスライドギヤと、前記スライドギヤにスライド不能かつ相対回転可能に連結され、前記ハブハウジングの内部を2輪駆動側負圧室と4輪駆動側負圧室とに仕切るダイヤフラムと、前記ダイヤフラムの外周部を支持し、前記ハブハウジングに固定されるダイヤフラムカバーと、前記ダイヤフラムの内周部に取り付けられる磁性部材と、前記ダイヤフラムを介してスライドギヤをアウタギヤに向けて付勢する弾性部材と、前記磁性部材に軸方向で対向するように前記ダイヤフラムカバーのボス部の径方向外側に配される環状の磁石とを設け、
前記4輪駆動車を2輪駆動状態で走行させるときは、前記2輪駆動側負圧室の減圧によりダイヤフラムを弾性変形させて、前記スライドギヤをアウタギヤとの噛合が解除される位置まで移動させ、前記磁石が磁性部材を吸着する作用により前記スライドギヤとアウタギヤとの噛合解除状態を保持し、
前記4輪駆動車を4輪駆動状態で走行させるときは、前記4輪駆動側負圧室の減圧によりダイヤフラムを弾性変形させて、前記スライドギヤをアウタギヤと噛み合う位置まで移動させ、前記弾性部材の弾性力により前記スライドギヤとアウタギヤとの噛合状態を保持するようにしており
前記磁石が前記ダイヤフラムカバーのボス部と非接触の状態でダイヤフラムカバーに取り付けられているハブクラッチ装置において、
前記磁石は前記ダイヤフラムカバーのボス部の根本の周囲に取り付けられており、前記ダイヤフラムカバーのボス部と磁石の取付位置との間の隅部に傾斜面が設けられていることを特徴とするハブクラッチ装置。
【請求項2】
4輪駆動車の従動側車軸と、前記従動側車軸の径方向外側に配され、従動側車輪の一部を構成するホイールハブをそれぞれ回転自在に支持し、前記ホイールハブのアウトサイド側端部に前記従動側車軸の軸端部を覆うハブハウジングを設け、前記ハブハウジングの内部に、前記ホイールハブおよびハブハウジングと一体に回転するアウタギヤと、前記従動側車軸の軸端部にスライド自在かつ相対回転不能に嵌合し、前記アウタギヤに対して噛合可能なスライドギヤと、前記スライドギヤにスライド不能かつ相対回転可能に連結され、前記ハブハウジングの内部を2輪駆動側負圧室と4輪駆動側負圧室とに仕切るダイヤフラムと、前記ダイヤフラムの外周部を支持し、前記ハブハウジングに固定されるダイヤフラムカバーと、前記ダイヤフラムの内周部に取り付けられる磁性部材と、前記ダイヤフラムを介してスライドギヤをアウタギヤに向けて付勢する弾性部材と、前記磁性部材に軸方向で対向するように前記ダイヤフラムカバーのボス部の径方向外側に配される環状の磁石とを設け、
前記4輪駆動車を2輪駆動状態で走行させるときは、前記2輪駆動側負圧室の減圧によりダイヤフラムを弾性変形させて、前記スライドギヤをアウタギヤとの噛合が解除される位置まで移動させ、前記磁石が磁性部材を吸着する作用により前記スライドギヤとアウタギヤとの噛合解除状態を保持し、
前記4輪駆動車を4輪駆動状態で走行させるときは、前記4輪駆動側負圧室の減圧によりダイヤフラムを弾性変形させて、前記スライドギヤをアウタギヤと噛み合う位置まで移動させ、前記弾性部材の弾性力により前記スライドギヤとアウタギヤとの噛合状態を保持するようにしており
前記磁石が前記ダイヤフラムカバーのボス部と非接触の状態でダイヤフラムカバーに取り付けられているハブクラッチ装置において、
前記ダイヤフラムカバーのボス部の外周面と前記磁石の内周面との間に、一定の径方向厚みを有する環状の非磁性部材が挟まれていることを特徴とするハブクラッチ装置。
【請求項3】
前記ダイヤフラムカバーのボス部の外周面と前記磁石の内周面との間に、一定の径方向厚みを有する環状の非磁性部材が挟まれていることを特徴とする請求項1に記載のハブクラッチ装置。
【請求項4】
4輪駆動車の従動側車軸と、前記従動側車軸の径方向外側に配され、従動側車輪の一部を構成するホイールハブをそれぞれ回転自在に支持し、前記ホイールハブのアウトサイド側端部に前記従動側車軸の軸端部を覆うハブハウジングを設け、前記ハブハウジングの内部に、前記ホイールハブおよびハブハウジングと一体に回転するアウタギヤと、前記従動側車軸の軸端部にスライド自在かつ相対回転不能に嵌合し、前記アウタギヤに対して噛合可能なスライドギヤと、前記スライドギヤにスライド不能かつ相対回転可能に連結され、前記ハブハウジングの内部を2輪駆動側負圧室と4輪駆動側負圧室とに仕切るダイヤフラムと、前記ダイヤフラムの外周部を支持し、前記ハブハウジングに固定されるダイヤフラムカバーと、前記ダイヤフラムの内周部に取り付けられる磁性部材と、前記ダイヤフラムを介してスライドギヤをアウタギヤに向けて付勢する弾性部材と、前記磁性部材に軸方向で対向するように前記ダイヤフラムカバーのボス部の径方向外側に配される環状の磁石とを設け、
前記4輪駆動車を2輪駆動状態で走行させるときは、前記2輪駆動側負圧室の減圧によりダイヤフラムを弾性変形させて、前記スライドギヤをアウタギヤとの噛合が解除される位置まで移動させ、前記磁石が磁性部材を吸着する作用により前記スライドギヤとアウタギヤとの噛合解除状態を保持し、
前記4輪駆動車を4輪駆動状態で走行させるときは、前記4輪駆動側負圧室の減圧によりダイヤフラムを弾性変形させて、前記スライドギヤをアウタギヤと噛み合う位置まで移動させ、前記弾性部材の弾性力により前記スライドギヤとアウタギヤとの噛合状態を保持するようにしており
前記磁石が前記ダイヤフラムカバーのボス部と非接触の状態でダイヤフラムカバーに取り付けられているハブクラッチ装置の製造方法において、
前記磁石を前記ダイヤフラムカバーに取り付ける際に、前記ダイヤフラムカバーのボス部の先端部が嵌まり込む凹部と、前記凹部の周縁から一定の径方向厚みで突出して、前記ダイヤフラムカバーのボス部の外周面と前記磁石の内周面との間に隙間なく入り込むスペーサ部とを有する治具を用いることを特徴とするハブクラッチ装置の製造方法。
【請求項5】
請求項1乃至3のいずれかに記載のハブクラッチ装置の製造方法において、前記磁石を前記ダイヤフラムカバーに取り付ける際に、前記ダイヤフラムカバーのボス部の先端部が嵌まり込む凹部と、前記凹部の周縁から一定の径方向厚みで突出して、前記ダイヤフラムカバーのボス部の外周面と前記磁石の内周面との間に隙間なく入り込むスペーサ部とを有する治具を用いることを特徴とするハブクラッチ装置の製造方法。
【請求項6】
前記治具が、前記スペーサ部の径方向外側に拡がって前記磁石をダイヤフラムカバーに押し付ける押圧部を有するものであることを特徴とする請求項4または5に記載のハブクラッチ装置の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、4輪駆動車の4輪駆動状態と2輪駆動状態との切り替えに連動して、従動側車輪と従動側車軸の接続と切断との切り替えを行うハブクラッチ装置に関する。
【背景技術】
【0002】
一般的な4輪駆動車は、その駆動源となるエンジンから変速機を介して出力される駆動力を主動側(FRベースでは後側)のプロペラ軸と従動側(FRベースでは前側)のプロペラ軸とに分配するトランスファを備え、そのトランスファによって2輪駆動(2WD)状態と4輪駆動(4WD)状態との切り替えを行うようにしている。
【0003】
すなわち、2輪駆動状態で走行しようとするときは、トランスファが駆動力を主動側プロペラ軸のみに伝達することにより、主動側プロペラ軸に連結される主動側車軸を介して主動側車輪のみを駆動し、4輪駆動状態で走行しようとするときは、トランスファが駆動力を主動側プロペラ軸と従動側プロペラ軸に分配して伝達することにより、主動側車輪を駆動すると同時に、従動側プロペラ軸に連結される従動側車軸を介して従動側車輪も駆動するようになっている。
【0004】
ここで、2輪駆動状態で走行しているときに、従動側車輪と従動側車軸とが接続された状態にあると、従動側車輪の回転によって従動側車軸および従動側プロペラ軸が回転することになるため、走行抵抗が増大してエネルギが無駄に消費されることになる。
【0005】
このため、最近の4輪駆動車には、従動側車輪と従動側車軸との間に、従動側車輪と従動側車軸の接続と切断との切り替えを行うハブクラッチ装置を設け、2輪駆動状態で走行しようとするときは、従動側車輪を従動側車軸から切り離してフリー状態とすることにより、従動側車軸および従動側プロペラ軸が回転しないようにして無駄なエネルギ消費をなくし、4輪駆動状態で走行しようとするときには、従動側車輪と従動側車軸とを接続して駆動力が従動側車輪に伝達されるようにしたものが多い(例えば、特許文献1参照。)。
【0006】
上記のような一般的なハブクラッチ装置の基本的な構成および動作を、本発明の実施形態である図1乃至図3に基づいて説明する。このハブクラッチ装置は、4輪駆動車の従動側車軸としての前側車軸1と、前側車軸1の径方向外側に前側車軸1と同軸に配され、従動側車輪としての前輪の一部を構成するホイールハブ2をそれぞれ回転自在に支持し、ホイールハブ2のアウトサイド側(図1乃至図3の左側であり、車輪側のことをいう)端部に前側車軸1の軸端部を覆うハブハウジング7を設けている。
【0007】
ハブハウジング7の内部には、ホイールハブ2およびハブハウジング7と一体に回転するアウタギヤ8と、前側車軸1の軸端部にスライド自在かつ相対回転不能に嵌合し、アウタギヤ8に対して噛合可能なスライドギヤ11と、スライドギヤ11にスライド不能かつ相対回転可能に連結され、ハブハウジング7の内部を2輪駆動側負圧室21と4輪駆動側負圧室22とに仕切るダイヤフラム13と、ダイヤフラム13の外周部を支持し、ハブハウジング7に固定されるダイヤフラムカバー14と、ダイヤフラム13の内周部に取り付けられる磁性部材としての外側補強板15および内側補強板16と、その外側補強板15とダイヤフラム13と内側補強板16を介してスライドギヤ11をアウタギヤ8に向けて付勢する弾性部材としてのコイルばね29と、外側補強板15に軸方向で対向するようにダイヤフラムカバー14のボス部14cの根本の周囲でダイヤフラムカバー14に取り付けられる環状の磁石30とが設けられている。
【0008】
そして、4輪駆動車を2輪駆動状態で走行させるときは、2輪駆動側負圧室21の減圧によりダイヤフラム13を2輪駆動側負圧室21側へ弾性変形させて、スライドギヤ11をアウタギヤ8との噛合が解除される位置まで移動させ、磁石30が外側補強板15を吸着する作用によりスライドギヤ11とアウタギヤ8との噛合解除状態を保持し(図1および図2の状態)、4輪駆動状態で走行させるときは、4輪駆動側負圧室22の減圧によりダイヤフラム13を4輪駆動側負圧室22側へ弾性変形させて、スライドギヤ11をアウタギヤ8と噛み合う位置まで移動させ、コイルばね29の弾性力によりスライドギヤ11とアウタギヤ8との噛合状態を保持するようにしている(図3の状態)。
【0009】
ここで、上記の動作を実現するための条件として、磁石30の外側補強板15に対する吸着力(以下、単に「吸着力」と称する。)は、2輪駆動状態ではコイルばね29の弾性力よりも大きく、4輪駆動状態ではコイルばね29の弾性力よりも小さくなるように設定されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】特開2016-203895号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
ところが、上記のような構成の従来のハブクラッチ装置では、例えば、図8に示すように、磁石51がダイヤフラムカバー52のボス部52aに対して偏心していたり、図9に示すように、磁石51をダイヤフラムカバー52に接着する接着剤53の周方向での厚さの不均一によって、磁石51がダイヤフラムカバー52のボス部52aに対して傾いていたりすることにより、磁石51の吸着力が周方向で不均一となり、2輪駆動から4輪駆動へ切り替える際の切替タイミングが不安定になるおそれがあった。
【0012】
すなわち、磁石51がダイヤフラムカバー52のボス部52aに対して偏心した状態で取り付けられていると(図8の状態)、磁石51の周方向で磁力線すなわち吸着力の偏りが生じ、外側補強板(図示省略)が磁石51の吸着力に抗して磁石51から引き離されるときに斜めになって、2輪駆動を4輪駆動へ切り替えるのに必要な4輪駆動側負圧室(図示省略)の負圧の大きさ(以下、「切替作動負圧」と称する。)がばらつきやすくなる。そして、磁石51の偏心量が大きくなって磁石51の内周面がダイヤフラムカバー52のボス部52aの外周面と接触すると、磁石51の磁力線が短絡することがあり、その場合には磁石51の周方向での吸着力の偏りが大きくなって、切替作動負圧がさらに不安定となる。
【0013】
また、磁石51が傾いた状態で取り付けられていると(図9の状態)、磁石51の外側補強板との対向面からダイヤフラムカバー52のボス部52aの先端面までの軸方向距離(以下、「エアギャップ」と称する。)に周方向の偏りが生じ、エアギャップの小さいところで磁石51の吸着力が強くなり、エアギャップの大きいところでは磁石51の吸着力が弱くなるので、上記のように偏心している場合と同様、切替作動負圧のばらつきが大きくなりやすい。
【0014】
ハブクラッチ装置の切替作動負圧がばらつくと、2輪駆動から4輪駆動への切替タイミングが不安定になり、4輪駆動車の走行性能を低下させることになる。
【0015】
そこで、本発明は、4輪駆動車における2輪駆動から4輪駆動への切替タイミングの安定性を向上させることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0016】
上記の課題を解決するために、本発明のハブクラッチ装置は、4輪駆動車の従動側車軸と、前記従動側車軸の径方向外側に配され、従動側車輪の一部を構成するホイールハブをそれぞれ回転自在に支持し、前記ホイールハブのアウトサイド側端部に前記従動側車軸の軸端部を覆うハブハウジングを設け、前記ハブハウジングの内部に、前記ホイールハブおよびハブハウジングと一体に回転するアウタギヤと、前記従動側車軸の軸端部にスライド自在かつ相対回転不能に嵌合し、前記アウタギヤに対して噛合可能なスライドギヤと、前記スライドギヤにスライド不能かつ相対回転可能に連結され、前記ハブハウジングの内部を2輪駆動側負圧室と4輪駆動側負圧室とに仕切るダイヤフラムと、前記ダイヤフラムの外周部を支持し、前記ハブハウジングに固定されるダイヤフラムカバーと、前記ダイヤフラムの内周部に取り付けられる磁性部材と、前記ダイヤフラムを介してスライドギヤをアウタギヤに向けて付勢する弾性部材と、前記磁性部材に軸方向で対向するように前記ダイヤフラムカバーのボス部の径方向外側に配される環状の磁石とを設け、前記4輪駆動車を2輪駆動状態で走行させるときは、前記2輪駆動側負圧室の減圧によりダイヤフラムを弾性変形させて、前記スライドギヤをアウタギヤとの噛合が解除される位置まで移動させ、前記磁石が磁性部材を吸着する作用により前記スライドギヤとアウタギヤとの噛合解除状態を保持し、前記4輪駆動車を4輪駆動状態で走行させるときは、前記4輪駆動側負圧室の減圧によりダイヤフラムを弾性変形させて、前記スライドギヤをアウタギヤと噛み合う位置まで移動させ、前記弾性部材の弾性力により前記スライドギヤとアウタギヤとの噛合状態を保持するようにしたハブクラッチ装置において、前記磁石が前記ダイヤフラムカバーのボス部と非接触の状態でダイヤフラムカバーに取り付けられている構成を採用した。
【0017】
すなわち、4輪駆動車のハブクラッチ装置の磁石をダイヤフラムカバーのボス部と非接触の状態でダイヤフラムカバーに取り付けることにより、磁石の周方向での吸着力の偏りを抑えて、2輪駆動から4輪駆動へ切り替える際の切替作動負圧のばらつきを生じにくくし、切替タイミングが安定するようにしたのである。
【0018】
ここで、前記磁石が前記ダイヤフラムカバーのボス部の根本の周囲に取り付けられている場合、前記ダイヤフラムカバーのボス部と磁石の取付位置との間の隅部に傾斜面が設けられている構成とすれば、磁石とダイヤフラムカバーのボス部を非接触とするとともに、磁石のダイヤフラムカバーのボス部に対する偏心を少なくして、磁石の周方向での吸着力の偏りをより少なくすることができる。
【0019】
また、前記ダイヤフラムカバーのボス部の外周面と前記磁石の内周面との間に、一定の径方向厚みを有する環状の非磁性部材が挟まれている構成とすれば、磁石をダイヤフラムカバーのボス部と非接触かつ同心として、一層確実に磁石の周方向での吸着力の偏りをなくすことができる。
【0020】
そして、本発明のハブクラッチ装置の製造方法は、上記構成のハブクラッチ装置の製造方法において、前記磁石を前記ダイヤフラムカバーに取り付ける際に、前記ダイヤフラムカバーのボス部の先端部が嵌まり込む凹部と、前記凹部の周縁から一定の径方向厚みで突出して、前記ダイヤフラムカバーのボス部の外周面と前記磁石の内周面との間に隙間なく入り込むスペーサ部とを有する治具を用いるようにしたものである。このようにすれば、磁石をダイヤフラムカバーのボス部と非接触かつ同心として、磁石の周方向での吸着力の偏りをなくし、2輪駆動から4輪駆動への切替タイミングを安定させることができる。
【0021】
ここで、前記治具を、前記スペーサ部の径方向外側に拡がって前記磁石をダイヤフラムカバーに押し付ける押圧部を有するものとすれば、ダイヤフラムカバーのボス部に対する磁石の傾きも抑えられるので、より確実に磁石の吸着力を周方向で均一化できるようになる。
【発明の効果】
【0022】
本発明は、上述したように、ハブクラッチ装置の2輪駆動状態を保持するための磁石をダイヤフラムカバーのボス部と非接触とすることにより、その磁石の周方向での吸着力の偏りを抑えて、2輪駆動から4輪駆動へ切り替える際の切替作動負圧のばらつきを生じにくくしたものであるから、2輪駆動から4輪駆動への切替タイミングを安定させ、4輪駆動車の走行性能を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】実施形態のハブクラッチ装置の縦断正面図(2輪駆動状態)
図2図1の要部を拡大した縦断正面図
図3図2に対応してハブクラッチ装置の4輪駆動状態を示す縦断正面図
図4図1の磁石のダイヤフラムカバーへの取付構造を示す断面図
図5図4のV-V線に沿った断面図
図6図5に対応して磁石の取付構造の変形例を示す断面図
図7図5に対応して磁石の取付方法を説明する断面図
図8図4に対応して従来のハブクラッチ装置の磁石の取付状態を示す断面図
図9図7に対応して従来のハブクラッチ装置の磁石の別の取付状態を示す断面図
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図1乃至図7に基づき本発明の実施形態を説明する。この実施形態のハブクラッチ装置の基本的な構成は、前述のとおりである。
【0025】
すなわち、このハブクラッチ装置は、図1および図2に示すように、4輪駆動車の前側車軸(従動側車軸)1と、その径方向外側に配される前輪(従動側車輪)のホイールハブ2とを同軸にかつそれぞれ回転自在に支持し、ホイールハブ2のアウトサイド側端部に設けたハブハウジング7の内部に、アウタギヤ8、スライドギヤ11、ダイヤフラム13、ダイヤフラムカバー14、外側補強板15、内側補強板16、コイルばね29および磁石30を設けている。
【0026】
前側車軸1とホイールハブ2との間には筒状のスピンドル3が組み込まれている。スピンドル3はインサイド側(図1および図2の右側であり、車体側のことをいう)の端部にフランジ3aを有し、そのフランジ3aが図示省略した車体に固定されている。スピンドル3のインサイド側端部内にはブッシュ4が組み込まれ、そのブッシュ4によって前側車軸1が回転自在に支持されている。
【0027】
また、スピンドル3の外周には複列外向きアンギュラ玉軸受からなる転がり軸受5が組み込まれ、その転がり軸受5によってホイールハブ2が回転自在に支持されている。
【0028】
ホイールハブ2のアウトサイド側端面には、そのホイールハブ2にねじ込まれるボルト6の締め付けによってハブハウジング7が連結されている。
【0029】
アウタギヤ8はリング状をなし、その内周には歯部としてのスプライン歯8aが形成されている。アウタギヤ8およびそのアウトサイド側に組み込まれたスリーブ9のそれぞれは、スプラインによる嵌合によりハブハウジング7の内周面に固定されてハブハウジング7と一体に回転するようになっており、そのアウタギヤ8とスリーブ9の軸方向の対向面間はシール部材10の組み込みによってシールされている。
【0030】
前側車軸1の軸端部には、ハブハウジング7内部に位置する部位にスライドギヤ11が嵌合されている。スライドギヤ11はセレーション12の嵌合によって前側車軸1に回り止めされ、かつ、軸方向に移動自在に支持され、その外周面にはアウタギヤ8のスプライン歯8aと噛合可能なスプライン歯11aが設けられている。なお、セレーション12の嵌合に代えてスプラインによる嵌合を採用してもよい。
【0031】
ダイヤフラム13は、その外周部が、スリーブ9のアウトサイド側端面と、スリーブ9のアウトサイド側端部の外周に圧入嵌合される外周円筒部14aを有するダイヤフラムカバー14とによって挟持されている。
【0032】
ダイヤフラム13の内周部は、外側補強板15と内側補強板16とで両側から挟持されている。その外側補強板15と内側補強板16は、磁性金属板のプレス成形品からなり、それぞれの中心孔に挿通されたリベット17の加締めによって結合一体化されている。
【0033】
外側補強板15の外周部にはテーパ筒部15aが形成され、そのテーパ筒部15aの開口端に形成された複数の突片15bのそれぞれが、ダイヤフラムカバー14に形成された回り止め孔14bに挿入されており、その回り止め孔14bに対する突片15bの係合によって、外側補強板15がダイヤフラムカバー14に対して回り止めされている。
【0034】
一方、内側補強板16の外周部には円筒部16aが設けられ、その円筒部16aの開口端は内方に折曲げられて内筒部16bが形成され、その内筒部16bがスライドギヤ11のアウトサイド側端部の外周に形成された円筒状外周面11bに嵌合されて、スライドギヤ11と相対的に回転可能な状態で軸方向に連結されている。
【0035】
内側補強板16とスライドギヤ11の軸方向の連結方法としては、スライドギヤ11の円筒状外周面11bの端部に止め輪溝19を形成し、その止め輪溝19に内周部を嵌合した止め輪20の外周部を、内側補強板16の内筒部16bの端部に軸方向で対向するように配置している。
【0036】
上記のダイヤフラム13の組み込みによって、ハブハウジング7の内部はダイヤフラム13のアウトサイド側の2輪駆動側負圧室21と、ダイヤフラム13のインサイド側の4輪駆動側負圧室22とに仕切られている。
【0037】
また、前記のスピンドル3のアウトサイド側端部にはリング部材23が嵌合され、そのリング部材23のアウトサイド側端部に設けられた円筒部23aとハブハウジング7の開口端部は径方向で対向し、その対向部間はシール部材24の組み込みによって密閉されている。一方、スピンドル3のインサイド側端部のフランジ3aとホイールハブ2の対向部間は、一対のシール部材25の組み込みによって密閉されている。また、前側車軸1とスピンドル3のフランジ3aの径方向の対向部間も、シール部材26の組み込みによって密閉されている。
【0038】
スピンドル3のフランジ3aには、第1ポートP1および第2ポートP2が設けられている。その第1ポートP1は、ホイールハブ2の内周とスピンドル3の外周間およびハブハウジング7の内周面に形成された第1吸引路27を介して2輪駆動側負圧室21に連通しており、この第1ポートP1を吸引することにより2輪駆動側負圧室21を減圧することができる。
【0039】
一方、第2ポートP2は、前側車軸1の外周とスピンドル3の内周間に設けられた第2吸引路28を介して4輪駆動側負圧室22に連通しており、この第2ポートP2を吸引することにより4輪駆動側負圧室22を減圧することができる。
【0040】
コイルばね29と磁石30は、ダイヤフラムカバー14と外側補強板15の間に組み込まれている。そのコイルばね29は、外側補強板15、ダイヤフラム13および内側補強板16を介してスライドギヤ11をアウタギヤ8に向けて付勢して、スライドギヤ11とアウタギヤ8とが噛合する状態を保持するようになっている(図3参照)。
【0041】
一方、磁石30は、環状に形成されたものであり、外側補強板15に軸方向で対向するように、ダイヤフラムカバー14のインサイド側に突出するボス部14cの根本の周囲に接着剤等によって取り付けられている。そして、スライドギヤ11のアウタギヤ8との噛合が解除された際に、外側補強板15を吸着してスライドギヤ11とアウタギヤ8との噛合解除状態を保持するようになっている。
【0042】
ここで、ダイヤフラムカバー14は、図4に示すように、ボス部14cと磁石30の取付位置との間の隅部に傾斜面14dが設けられている。これにより、磁石30はダイヤフラムカバー14のボス部14cと非接触かつほぼ同心の状態で、ダイヤフラムカバー14に取り付けられている。
【0043】
このハブクラッチ装置は、上記の構成であり、その動作も前述のとおりである。すなわち、図1および図2に示す2輪駆動状態では、ダイヤフラム13が2輪駆動側負圧室21側へ弾性変形しており、スライドギヤ11はアウタギヤ8と噛み合っていない。そして、ダイヤフラムカバー14に取り付けられた磁石30が外側補強板15を吸着する作用により、スライドギヤ11とアウタギヤ8の噛合解除状態が保持されている。このときには、前側車軸1とホイールハブ2とが切り離されているので、ホイールハブ2(前輪)から前側車軸1への回転伝達が遮断される。
【0044】
この2輪駆動状態において、第2ポートP2に吸引力を付与すると、図3に示すように、4輪駆動側負圧室22が減圧され、ダイヤフラム13が4輪駆動側負圧室22側へ弾性変形することにより、ダイヤフラム13に連結されたスライドギヤ11がアウタギヤ8と噛み合う位置まで移動する。そして、コイルばね29の弾性力によりスライドギヤ11とアウタギヤ8の噛合状態が保持されるようになって、4輪駆動状態に切り替わる。このときには、前側車軸1とホイールハブ2とが接続されるので、前側車軸1からホイールハブ2(前輪)へ回転が伝達される。
【0045】
また、図3に示した4輪駆動状態において、第1ポートP1に吸引力を付与すると、2輪駆動側負圧室21が減圧され、ダイヤフラム13が2輪駆動側負圧室21側へ弾性変形することにより、スライドギヤ11がアウタギヤ8との噛合を解除される位置まで移動する。そして、磁石30によりスライドギヤ11とアウタギヤ8の噛合解除状態が保持されるようになって、2輪駆動状態(図1および図2の状態)に戻る。
【0046】
ここで、このハブクラッチ装置は、2輪駆動状態を保持するための磁石30がダイヤフラムカバー14のボス部14cと非接触かつ偏心の少ない状態でダイヤフラムカバー14に取り付けられているので、磁石30の周方向での吸着力の偏りが少ない。このため、2輪駆動から4輪駆動へ切り替える際に切替作動負圧のばらつきが生じにくく、切替タイミングが安定している。したがって、このハブクラッチ装置を組み込んだ4輪駆動車は、2輪駆動から4輪駆動への切り替えの際の走行性が従来よりも良好なものとなる。
【0047】
上述した実施形態では、磁石30の周方向での吸着力の偏りを少なくするために、ダイヤフラムカバー14のボス部14cと磁石30の取付位置との間の隅部に傾斜面14dを設けたが、これに代えて、図6に示すように、ダイヤフラムカバー14のボス部14cの外周面と磁石30の内周面との間に、一定の径方向厚みを有する環状の非磁性部材からなるスペーサ31が挟まれた構造とすることもできる。この変形例では、磁石30をダイヤフラムカバー14のボス部14cと非接触かつ同心とすることができるので、磁石30の周方向での吸着力の偏りが一層少なくなり、2輪駆動から4輪駆動への切替タイミングの安定性が高まる。
【0048】
また、図5図6に示した磁石30のダイヤフラムカバー14への取付構造を採用する代わりに、磁石30をダイヤフラムカバー14に取り付ける際に、図7に示すような治具32を用いるようにしてもよい。この治具32は、ダイヤフラムカバー14のボス部14cの先端部が嵌まり込む凹部32aと、その凹部32aの周縁から一定の径方向厚みで突出して、ダイヤフラムカバー14のボス部14cの外周面と磁石30の内周面との間に隙間なく入り込むスペーサ部32bと、スペーサ部32bの径方向外側に拡がって磁石30をダイヤフラムカバー14に押し付ける押圧部32cとを有している。
【0049】
この治具32を用いれば、磁石30をダイヤフラムカバー14のボス部14cと非接触かつ同心とすることができるうえ、磁石30をダイヤフラムカバー14に接着する接着剤の厚さが周方向で不均一になっているような場合でも、ダイヤフラムカバー14のボス部14cに対する磁石30の傾きを抑えられるので、より確実に磁石30の吸着力を周方向で均一化でき、2輪駆動から4輪駆動への切替タイミングの安定性を確保することができる。
【0050】
今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した意味ではなく、特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0051】
1 前側車軸(従動側車軸)
2 ホイールハブ
7 ハブハウジング
8 アウタギヤ
11 スライドギヤ
13 ダイヤフラム
14 ダイヤフラムカバー
14c ボス部
14d 傾斜面
15 外側補強板(磁性部材)
16 内側補強板
21 2輪駆動側負圧室
22 4輪駆動側負圧室
29 コイルばね(弾性部材)
30 磁石
31 スペーサ(非磁性部材)
32 治具
32a 凹部
32b スペーサ部
32c 押圧部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9