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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-16
(45)【発行日】2023-10-24
(54)【発明の名称】X線分析装置及びピークサーチ方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2252 20180101AFI20231017BHJP
   G01N 23/2209 20180101ALI20231017BHJP
   G01N 23/223 20060101ALI20231017BHJP
【FI】
G01N23/2252
G01N23/2209
G01N23/223
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020083748
(22)【出願日】2020-05-12
(65)【公開番号】P2021179329
(43)【公開日】2021-11-18
【審査請求日】2022-08-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】坂前 浩
【審査官】比嘉 翔一
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-148543(JP,A)
【文献】特開2000-171421(JP,A)
【文献】特開平08-031367(JP,A)
【文献】特開昭53-046790(JP,A)
【文献】特開昭63-191950(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N23/00-23/2276
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDream3)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
波長分散型の分光器と、
前記分光器を用いて分光される特性X線のスペクトルのピーク波長を検出するピークサーチ処理を実行するように構成された処理装置とを備え、
前記ピークサーチ処理は、
前記特性X線の波長が所定間隔刻みで変化するように前記分光器を作動させながら、前記ピーク波長における前記特性X線の強度を示すピーク強度を測定する際の第1の計数時間よりも短い第2の計数時間で前記特性X線を計測することにより、前記スペクトルのプロファイルを取得する第1の処理と、
取得されたプロファイルにおいて最大強度を示すデータの強度値、及び測定値の統計的変動から、前記ピーク強度の真値がとり得る値の最小値を算出する第2の処理と、
前記ピーク強度の真値が前記最小値であるとした場合に、測定値の統計的変動により前記ピーク強度の測定値がとり得る最小測定値を算出する第3の処理と、
前記取得されたプロファイルにおいて測定値が前記最小測定値よりも大きい波長範囲の長波長端、短波長端、及び前記長波長端と前記短波長端との間の中間波長において、前記第1の計数時間で前記特性X線の強度を測定する第4の処理と、
前記長波長端、前記短波長端、及び前記中間波長の各々における前記特性X線の強度の測定値を通る二次関数を算出する第5の処理と、
算出された前記二次関数の頂点の波長を前記ピーク波長として算出する第6の処理とを含む、X線分析装置。
【請求項2】
前記中間波長は、前記波長範囲の中央値である、請求項1に記載のX線分析装置。
【請求項3】
前記処理装置は、前記二次関数の頂点の強度を前記ピーク強度として算出する、請求項1又は請求項2に記載のX線分析装置。
【請求項4】
前記処理装置は、前記ピーク波長において、前記第1の計数時間で前記ピーク強度を測定する、請求項1又は請求項2に記載のX線分析装置。
【請求項5】
前記処理装置は、試料上の複数の測定点において定量分析を行なう場合に、最初の測定点において前記第1から第3の処理を実行し、
前記第4の処理は、
前記長波長端において、前記複数の測定点にて順次、前記第1の計数時間で前記特性X線の強度を連続して測定する処理と、
前記短波長端において、前記複数の測定点にて順次、前記第1の計数時間で前記特性X線の強度を連続して測定する処理と、
前記中間波長において、前記複数の測定点にて順次、前記第1の計数時間で前記特性X線の強度を連続して測定する処理とを含み、
前記第5の処理は、前記複数の測定点の各々について、前記長波長端、前記短波長端、及び前記中間波長の各々における前記特性X線の強度の測定値を通る二次関数を算出する処理を含み、
前記第6の処理は、前記複数の測定点の各々について、算出された前記二次関数の頂点の波長を前記ピーク波長として算出する処理を含む、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のX線分析装置。
【請求項6】
波長分散型の分光器を用いて分光される特性X線のスペクトルのピーク波長を検出するピークサーチ方法であって、
前記特性X線の波長が所定間隔刻みで変化するように前記分光器を作動させながら、前記ピーク波長における前記特性X線の強度を示すピーク強度を測定する際の第1の計数時間よりも短い第2の計数時間で前記特性X線を計測することにより、前記スペクトルのプロファイルを取得する第1のステップと、
取得されたプロファイルにおいて最大強度を示すデータの強度値、及び測定値の統計的変動から、前記ピーク強度の真値がとり得る値の最小値を算出する第2のステップと、
前記ピーク強度の真値が前記最小値であるとした場合に、測定値の統計的変動により前記ピーク強度の測定値がとり得る最小測定値を算出する第3のステップと、
前記取得されたプロファイルにおいて測定値が前記最小測定値よりも大きい波長範囲の長波長端、短波長端、及び前記長波長端と前記短波長端との間の中間波長において、前記第1の計数時間で前記特性X線の強度を測定する第4のステップと、
前記長波長端、前記短波長端、及び前記中間波長の各々における前記特性X線の強度の測定値を通る二次関数を算出する第5のステップと、
算出された前記二次関数の頂点の波長を前記ピーク波長として算出する第6のステップとを含む、ピークサーチ方法。
【請求項7】
前記中間波長は、前記波長範囲の中央値である、請求項6に記載のピークサーチ方法。
【請求項8】
前記第6のステップは、前記二次関数の頂点の強度を前記ピーク強度として算出するステップを含む、請求項6又は請求項7に記載のピークサーチ方法。
【請求項9】
前記第6のステップは、前記ピーク波長において、前記第1の計数時間で前記ピーク強度を測定するステップを含む、請求項6又は請求項7に記載のピークサーチ方法。
【請求項10】
試料上の複数の測定点において定量分析が行なわれる場合に、
前記第4のステップは、
前記長波長端において、前記複数の測定点にて順次、前記第1の計数時間で前記特性X線の強度を連続して測定するステップと、
前記短波長端において、前記複数の測定点にて順次、前記第1の計数時間で前記特性X線の強度を連続して測定するステップと、
前記中間波長において、前記複数の測定点にて順次、前記第1の計数時間で前記特性X線の強度を連続して測定するステップとを含み、
前記第5のステップは、前記複数の測定点の各々について、前記長波長端、前記短波長端、及び前記中間波長の各々における前記特性X線の強度の測定値を通る二次関数を算出するステップを含み、
前記第6のステップは、前記複数の測定点の各々について、算出された前記二次関数の頂点の波長を前記ピーク波長として算出するステップを含む、請求項6から請求項9のいずれか1項に記載のピークサーチ方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、X線分析装置及びピークサーチ方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電子プローブマイクロアナライザ(EPMA:Electron Probe Micro Analyzer)や蛍光X線分析装置等のX線分析装置において、波長分散型の分光器(WDS:Wavelength Dispersive Spectrometer)を備えた装置が知られている。
【0003】
特開平8-31367号公報(特許文献1)には、波長分散型の分光器を備えるX線分析装置において、分光器を用いて分光された特性X線のスペクトルにおいて強度(検出器による特性X線のカウント値)が最大となる波長(以下「ピーク波長」と称し、ピーク波長における強度を「ピーク強度」と称する。)を正確かつ簡単に求めることができるピークサーチ方法が開示されている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平8-31367号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
分光器により分光された特性X線のスペクトルのプロファイル(以下、単に「プロファイル」と称する場合がある。)からピーク波長を正確に求めることによって、たとえば、試料中の含有元素の濃度を測定する「定量分析」の精度を高めることができる。定量分析においては、目的の元素の濃度を測定するため、当該元素の濃度が既知である標準試料を用いてピーク強度を計測した後、当該元素の濃度が未知である試料について、同じ測定条件下でピーク強度を計測し、それらの強度比によって試料中の当該元素の濃度が測定される。
【0006】
波長分散型の分光器を用いて得られるプロファイルは、エネルギー分散型の分光器(EDS:Energy Dispersive Spectrometer)を用いて得られるプロファイルと比較して、ピークが急峻であり、他の特性X線のピークと重なりにくいとの特長を有する一方で、分光器の機械的動作(ゴニオメータの動作)の再現性に依存した波長のシフトや、元素の化学結合状態に依存した波長のシフト等の影響を受けやすい。そのため、波長分散型の分光器を備えるX線分析装置では、目的の元素に応じて想定されるピーク波長の近傍で分光波長をスキャンし、その結果得られるプロファイルからピーク波長を正確に特定する「ピークサーチ」を行なって分光波長を合わせ込むことが一般的に行なわれている。
【0007】
ピークサーチでは、検出される特性X線の波長が所定間隔刻みで変化するように分光器を作動させながら所定時間ずつ特性X線を計測することにより、ピーク波長近傍のプロファイルを取得するスキャン処理が行なわれる。一例として、予想されるプロファイルの半値幅の数倍程度(たとえば3~4倍)にスキャン範囲を設定し、そのスキャン範囲を40点程度に刻んで各点を0.75秒ずつ計測し、トータルで30秒程度のスキャン処理が行なわれる。
【0008】
そして、スキャン処理により得られたプロファイルにおいてピークとなる波長を求め、その波長に分光波長を合わせた後、たとえば10秒の計数時間で特性X線の強度を計測することによって定量分析が行なわれる。
【0009】
しかしながら、計測されるX線強度の統計的変動(ばらつき)により、ピークサーチにおいて得られるプロファイルの形状が歪む場合がある。プロファイルの形状が歪むと、ピーク波長を誤判定する可能性がある。そして、真のピーク波長からずれた分光波長において計測が行なわれると、ピーク強度に誤差が生じ、濃度の測定結果に誤差が出る。
【0010】
具体的には、上記の計測条件によると、定量分析において目的の特性X線のピーク強度を求める際の計数時間は10秒間である一方で、定量分析に用いるピーク波長を求めるためのプロファイルは、各点0.75秒の計数時間で取得されたものである。両者のX線強度は、計数率(単位時間当たりの計数値であり「cps」等と称される場合もある。)で比較すると同等であるけれども、計数値は異なるため、両者の統計的変動の大きさが異なる。
【0011】
統計学的には、計測されるX線強度の誤差は、σ=√N(σは標準偏差、Nは計数値を示す)で示される。したがって、目的の特性X線の強度の計数率が3000cpsであるとした場合、計数時間が10秒のときは、計数値が30000カウントであるため、計測されるX線強度の誤差は、√30000=173カウントで0.58%となる。一方、計数時間が0.75秒のときは、計数値は2250カウントであるため、計測されるX線強度の誤差は、√2250=47.4カウントで2.11%となる。すなわち、この例では、プロファイル取得時の統計的変動は、定量分析時の統計的変動よりも3.65倍大きいこととなる。
【0012】
このプロファイル取得時の計数値の統計的変動が、プロファイル形状を歪ませ、正確なピーク波長を求めることを妨げる要因となる。この影響を排除するために、ピークサーチ処理における各点の計数時間を定量分析の計数時間と一致させることが考えられる。しかしながら、ピークサーチ処理における各点の計数時間をたとえば10秒にすると、ピークサーチのスキャン範囲が40点であれば、プロファイルの取得に400秒もの長時間を要することとなる。なお、計数時間を伸ばした分だけスキャン範囲を狭めることも考えられるが、スキャン範囲にピークが収まらずにピークサーチが失敗する可能性もある。
【0013】
本開示は、上記の問題を解決するためになされたものであり、本開示の目的は、処理時間を大幅に増加させることなく精度の高いピークサーチを実現可能なX線分析装置及びピークサーチ方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本開示におけるX線分析装置は、波長分散型の分光器と、分光器を用いて分光される特性X線のスペクトルのピーク波長を検出するピークサーチ処理を実行するように構成された処理装置とを備える。ピークサーチ処理は、第1の処理から第6の処理を含む。第1の処理は、特性X線の波長が所定間隔刻みで変化するように分光器を作動させながら、特性X線のピーク強度を測定する際の計数時間よりも短い時間ずつ特性X線を計測することにより、スペクトルのプロファイルを取得する処理である。第2の処理は、取得されたプロファイルにおいて最大強度を示すデータの強度値、及び測定値の統計的変動から、ピーク強度の真値がとり得る値の最小値を算出する処理である。第3の処理は、ピーク強度の真値が上記最小値であるとした場合に、測定値の統計的変動によりピーク強度の測定値がとり得る最小測定値を算出する処理である。第4の処理は、取得されたプロファイルにおいて測定値が上記最小測定値よりも大きい波長範囲の長波長端、短波長端、及びそれらの間の中間波長において、上記計数時間で特性X線の強度を測定する処理である。第5の処理は、長波長端、短波長端、及び中間波長の各測定値を通る二次関数を算出する処理である。第6の処理は、算出された二次関数の頂点の波長をピーク波長として算出する処理である。
【0015】
また、本開示におけるピークサーチ方法は、波長分散型の分光器を用いて分光される特性X線のスペクトルのピーク波長を検出するピークサーチ方法であって、第1のステップから第6のステップを含む。第1のステップは、特性X線の波長が所定間隔刻みで変化するように分光器を作動させながら、特性X線のピーク強度を測定する際の計数時間よりも短い時間ずつ特性X線を計測することにより、スペクトルのプロファイルを取得するステップである。第2のステップは、取得されたプロファイルにおいて最大強度を示すデータの強度値、及び測定値の統計的変動から、ピーク強度の真値がとり得る値の最小値を算出するステップである。第3のステップは、ピーク強度の真値が上記最小値であるとした場合に、測定値の統計的変動によりピーク強度の測定値がとり得る最小測定値を算出するステップである。第4のステップは、取得されたプロファイルにおいて測定値が上記最小測定値よりも大きい波長範囲の長波長端、短波長端、及びそれらの間の中間波長において、上記計数時間で特性X線の強度を測定するステップである。第5のステップは、長波長端、短波長端、及び中間波長の各測定値を通る二次関数を算出するステップである。第6のステップは、算出された二次関数の頂点の波長をピーク波長として算出するステップである。
【発明の効果】
【0016】
上記のX線分析装置及びピークサーチ方法においては、測定値の統計的変動を考慮して、ピーク強度の真値が存在し得る波長範囲が絞り込まれる。これにより、測定値の統計的変動を考慮して、ピーク強度の真値が存在し得る波長範囲を合理的に絞り込むことができる。そして、絞り込まれた波長範囲の長波長端、短波長端、及びそれらの間の中間波長において特性X線の強度が測定され、各測定点を通る二次関数からピーク波長が算出される。これにより、処理時間を大幅に増加させることなく精度の高いピークサーチを実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施の形態1に従うX線分析装置の一例であるEPMAの全体構成を示す図である。
図2】特性X線のプロファイルの一例を示す図である。
図3】ピーク波長の真値が存在し得る波長範囲の絞り込みの考え方を説明する図である。
図4】ピーク波長及びピーク強度の算出方法を説明する図である。
図5】実施の形態1に従うEPMAを用いた定量分析の手順の一例を示すフローチャートである。
図6図5のステップS20及びステップS40において実行される計測処理の手順の一例を示すフローチャートである。
図7図6のステップS150において実行されるピークサーチ処理の手順の一例を示すフローチャートである。
図8】複数の測定点が設定された試料の一例を示す平面図である。
図9】実施の形態2におけるピークサーチ処理の手順の一例を示すフローチャートである。
図10図9のステップS320において実行される長波長端処理の手順の一例を示すフローチャートである。
図11図9のステップS330において実行される中間波長処理の手順の一例を示すフローチャートである。
図12図9のステップS340において実行される短波長端処理の手順の一例を示すフローチャートである。
図13図9のステップS350において実行されるピーク強度算出処理の手順の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一又は相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0019】
[実施の形態1]
<X線分析装置の構成>
図1は、本開示の実施の形態1に従うX線分析装置の一例であるEPMAの全体構成図である。なお、本開示によるX線分析装置は、試料に電子線を照射するEPMAに限定されるものではなく、試料にX線を照射してWDSにより特性X線を分光する蛍光X線分析装置であってもよい。
【0020】
図1を参照して、EPMA100は、電子銃1と、偏向コイル2と、対物レンズ3と、試料ステージ4と、試料ステージ駆動部5と、複数の分光器6a,6bを備える。また、EPMA100は、制御部10と、データ処理部11と、偏向コイル制御部12と、操作部13と、表示部14とをさらに備える。電子銃1、偏向コイル2、対物レンズ3、試料ステージ4、及び分光器6a,6bは、図示しない計測室内に設けられ、X線の計測中は、計測室内は排気されて真空状態とされる。
【0021】
電子銃1は、試料ステージ4上の試料Sに照射される電子線Eを発生する励起源であり、収束レンズ(図示せず)を制御することによって電子線Eのビーム電流を調整することができる。偏向コイル2は、偏向コイル制御部12から供給される駆動電流により磁場を形成する。偏向コイル2により形成される磁場によって、電子線Eを偏向させることができる。
【0022】
対物レンズ3は、偏向コイル2と試料ステージ4上に載置される試料Sとの間に設けられ、偏向コイル2を通過した電子線Eを微小径に絞る。電子銃1、偏向コイル2、及び対物レンズ3は、試料へ向けて電子線を照射する照射装置を構成する。試料ステージ4は、試料Sを載置するためのステージであり、試料ステージ駆動部5により水平面内で移動可能に構成される。
【0023】
試料ステージ駆動部5による試料ステージ4の駆動、及び/又は偏向コイル制御部12による偏向コイル2の駆動により、試料S上における電子線Eの照射位置を2次元的に走査することができる。走査範囲が比較的狭いときは、偏向コイル2による走査が行なわれ、走査範囲が比較的広いときは、試料ステージ4の移動による走査が行なわれる。
【0024】
分光器6a,6bは、電子線Eが照射された試料Sから放出される特性X線を検出するための機器である。この例では、2つの分光器6a,6bが示されているが、分光器の数は、これに限定されるものではなく、1つでもよいし、3つ以上であってもよい。各分光器の構成は、分光結晶を除いて同じであり、以下では、各分光器を単に「分光器6」と称する場合がある。
【0025】
分光器6aは、分光結晶61aと、検出器63aと、スリット64aとを含んで構成される。試料S上の電子線Eの照射位置と分光結晶61aと検出器63aとは、図示しないローランド円上に位置している。図示しない駆動機構によって、分光結晶61aは、直線62a上を移動しつつ傾斜され、検出器63aは、分光結晶61aに対する特性X線の入射角と回折X線の出射角とがブラッグの回折条件を満たすように、分光結晶61aの移動に応じて図示のように回動する。これにより、試料Sから放出される特性X線の波長スキャンを行なうことができる。
【0026】
分光器6bは、分光結晶61bと、検出器63bと、スリット64bとを含んで構成される。分光器6bの構成は、分光結晶を除いて分光器6aと同様であるので、説明を繰り返さない。なお、各分光器の構成は、上記のような構成に限られるものではなく、公知の各種の構成を採用することができる。
【0027】
制御部10は、CPU(Central Processing Unit)20と、メモリ(ROM(Read Only Memory)及びRAM(Random Access Memory))22と、各種信号を入出力するための入出力バッファ(図示せず)とを含んで構成される。CPUは、ROMに格納されているプログラムをRAM等に展開して実行する。ROMに格納されるプログラムは、制御部10の処理手順が記されたプログラムである。ROMには、各種演算に用いられる各種テーブル(マップ)も格納されている。制御部10は、これらのプログラム及びテーブルに従って、EPMA100における各種処理を実行する。処理については、ソフトウェアによるものに限られず、専用のハードウェア(電子回路)で実行することも可能である。
【0028】
データ処理部11も、CPUと、メモリ(ROM及びRAM)と、各種信号を入出力するための入出力バッファとを含んで構成される(いずれも図示せず)。データ処理部11は、分析対象のX線スペクトルを作成し、これに基づく定性分析を行なう。さらに、データ処理部11は、測定対象の元素を含む標準試料及び未知試料について、当該元素に対応する特性X線のピークサーチを行ない、これに基づく定量分析を行なう。なお、データ処理部11は、制御部10と一体的に構成してもよい。
【0029】
偏向コイル制御部12は、制御部10からの指示に従って、偏向コイル2へ供給される駆動電流を制御する。予め定められた駆動電流パターン(大きさ及び変更速度)に従って駆動電流を制御することにより、試料S上において電子線Eの照射位置を所望の走査速度で走査することができる。
【0030】
操作部13は、EPMA100に対して分析者が各種指示を与えるための入力機器であり、たとえばマウスやキーボード等によって構成される。表示部14は、分析者に対して各種情報を提供するための出力機器であり、たとえば、分析者が操作可能なタッチパネルを備えるディスプレイによって構成される。なお、このタッチパネルを操作部13としてもよい。
【0031】
<定量分析方法>
定量分析では、試料中における目的の元素(以下「対象元素」と称する。)の濃度が測定される。定量分析においては、対象元素の濃度を測定するため、対象元素の濃度が既知である標準試料を用いて、対象元素に対応する特性X線のピーク位置(ピーク波長)における強度(ピーク強度)を計測した後、対象元素の濃度が未知である試料について、同じ測定条件下でピーク強度を計測し、それらの強度比によって試料中の対象元素の濃度が測定される。
【0032】
そこで、標準試料及び未知試料の各々について、対象元素に対応する特性X線のピーク波長を正確に求めることにより、定量分析の精度を高めることができる。波長分散型の分光器を備えるX線分析装置では、対象元素に応じて想定されるピーク波長の近傍で分光波長をスキャンし、その結果得られるプロファイルからピーク波長を正確に特定する「ピークサーチ」が行なわれる。
【0033】
図2は、測定される特性X線のプロファイルの一例を示した図である。図2において、横軸は、検出される特性X線の波長(分光波長)を示し、縦軸は、検出される特性X線の信号強度(計数時間0.375秒でのカウント値)を示す。
【0034】
図2を参照して、プロファイルは、定性的には、正規分布に近い形状を有する。曲線上の点は測定値を示す。すなわち、ピークサーチでは、検出される特性X線の波長が所定間隔刻みで変化するように分光器を作動させながら所定時間ずつ特性X線を測定することにより、図示のようなプロファイルを取得するスキャン処理が行なわれる。
【0035】
この例では、過去データ等から予想されるプロファイルの半値幅の数倍程度(たとえば3~4倍)にスキャン範囲を設定し、そのスキャン範囲を40点程度に刻んで各点を0.375秒ずつ計測し、トータルで15秒程度のスキャン処理を行なっている。
【0036】
処理時間短縮の観点から、各点の計数時間は0.375秒と短いため、プロファイルを形成する各測定値(強度)は、統計的変動(誤差)を含んでいる。このため、図示のように、得られたプロファイルの形状は歪んでいる。プロファイルの形状が歪んでいると、ピーク波長を誤判定する可能性がある。そして、真のピーク波長からずれた分光波長において計測が行なわれると、ピーク強度に誤差が生じ、濃度の測定結果に誤差が出る。
【0037】
そこで、本実施の形態1では、計測値の統計的変動を考慮して、ピーク強度の真値が存在し得る波長範囲の絞り込みを行なう。これにより、測定値の統計的変動を考慮して、ピーク強度の真値が存在し得る波長範囲を合理的に絞り込むことができる。そして、絞り込まれた波長範囲の長波長端、短波長端、及びそれらの間の中間波長(たとえば中央値)において特性X線の強度を測定し、各測定点を通る二次関数からピーク波長を算出する。これにより、処理時間を大幅に増加させることなく精度の高いピークサーチを実現することができる。以下、本実施の形態1におけるピークサーチ方法について詳しく説明する。
【0038】
図3は、ピーク波長の真値が存在し得る波長範囲の絞り込みの考え方を説明する図である。なお、この図3には、図2と同じプロファイルデータが示されている。
【0039】
図3を参照して、本実施の形態1に従うEPMA100では、取得されたプロファイルにおける最大強度Ymaxから、計測値の統計的変動分を考慮して、ピーク強度の真値が存在し得る波長範囲が求められる。
【0040】
真のピーク強度をIとした場合、最大強度Ymaxは、強度Iの測定値の統計的変動による誤差の範囲内にあると考えられる。すなわち、統計的変動を3σで考えると、最大強度Ymaxは、真のピーク強度Iに対して以下の範囲に存在し得ることになる。
【0041】
I-3√I≦Ymax≦I+3√I …(1)
したがって、最大強度Ymaxに対して、真のピーク強度Iがとり得る最小値Iminは、次式を満たす値として求めることができる。
【0042】
Imin+3√Imin=Ymax …(2)
真のピーク強度IがIminであるとすると、その測定についても統計的変動を考慮する必要があるため、真のピーク強度IがIminである場合に測定され得る強度の最小値Ylow(最小測定値)は、次式で示される。
【0043】
Ylow=Imin-3√Imin …(3)
以上により、取得されたプロファイルにおいて、強度がYlowよりも大きい波長範囲に含まれる点(黒点)については、真のピーク強度Iを測定した結果である可能性を有する。言い換えると、真のピーク強度Iが存在し得る範囲を、強度がYlowよりも大きい波長範囲に絞り込むことができる。
【0044】
次に、真のピーク強度が存在し得る波長範囲の絞り込みが行なわれた後の、ピーク波長及びピーク強度の算出方法について説明する。
【0045】
図4は、ピーク波長及びピーク強度の算出方法を説明する図である。なお、この図4では、計数時間の異なる測定値についての表示を揃えるため、図2図3に示したプロファイルデータを計数時間10秒当たりのカウント値に換算して示している。
【0046】
図4を参照して、本実施の形態1に従うEPMA100では、真のピーク強度が存在し得る波長範囲(図3)の両端(長波長端及び短波長端)及びそれらの間の中間波長において、ピーク強度を測定する際の計数時間(10秒)と同じ計数時間で強度が測定される。実際には、測定は波長に対して離散的に行なわれるため、上記波長範囲の長波長端側の点、短波長端側の点、及びそれらの間の1点において、強度の測定が行なわれる(点B1~B3)。
【0047】
なお、この例では、上記の中間波長は、上記波長範囲の長波長端と短波長端との中央値(実際には、長波長端側の点の波長と短波長端側の点の波長との中央値)としている。そして、測定された3つの測定値(点B1~B3)を通る二次関数L2が算出される。
【0048】
y=ax2+bx+c …(4)
ここで、x,yは、それぞれ分光波長及びX線の信号強度であり、a,b,cは係数である。
【0049】
次いで、算出された二次関数L2のピーク位置(波長)λp、及びそのピーク位置λpでの強度Ipが次式によって算出される。
【0050】
λp=-b/(2a),Ip=c-b2/(4a) …(5)
図において、ダイヤ印で示される点Cは、算出された二次関数L2のピークを示す。本実施の形態1では、この二次関数L2のピーク位置(波長)λpをピーク波長とし、ピーク位置(波長)λpでの強度Ipをピーク強度とする。
【0051】
目的の特性X線の強度の計数率が3000cpsであるとした場合、計数時間が10秒のときは、ピーク近傍の計数値が約30000カウントであるため、計測されるX線強度の誤差は、√30000=173カウントで0.58%となる。したがって、ピーク近傍の3点(長波長端、短波長端、中間波長)を通る二次関数から算出されるピーク強度も、同程度の精度であることが期待できる。なお、本手法による測定時間の合計については、プロファイルの取得に0.375秒×40点=15秒、ピーク近傍の3点の強度測定に10秒×3点=30秒かかるので、合計45秒となる。
【0052】
一方、典型的な従来手法によると、プロファイルの取得に0.75秒×40点=30秒かかり、ピーク強度の測定に10秒かかるので、合計40秒である。ピーク波長の検出は、上記プロファイルから行なわれ、この場合のピークの強度は約2250カウントとなるため、計測されるX線強度の誤差は、√2250=173カウントで2.11%となる。この誤差がピーク波長の誤差を生むため、ピーク強度の測定結果は、プロファイル取得時と同程度の誤差(2.11%)を有することとなる。
【0053】
このように、本実施の形態1によれば、上記のような典型的な従来手法と比べて、同等のトータル測定時間で精度の高いピークサーチを実現することができる。
【0054】
なお、図において、+印で示される点Dは、算出されたピーク波長λpにおける特性X線の強度の実測結果を示す。図示のように、二次関数L2のピークの強度Ipと、ピーク波長λpにおける強度の実測結果とは、同等の値を示しており、二次関数L2でもピーク強度を精度良く算出できていることが分かる。
【0055】
図5は、実施の形態1に従うEPMA100を用いた定量分析の手順の一例を示すフローチャートである。図5を参照して、まず、組成が既知である標準試料の組成条件(標準試料中における対象元素の重量パーセント等)が入力される(ステップS10)。この組成条件は、利用者が操作部13から入力してもよいし、事前の評価試験等の結果に基づいて予めメモリに記憶しておいてもよい。
【0056】
次いで、データ処理部11は、組成条件が入力された標準試料について、対象元素に対応する特性X線を計測する標準試料計測処理を実行する(ステップS20)。ここで実行される計測処理の詳細については、後ほど詳しく説明する。
【0057】
ステップS20の標準試料計測処理では、標準試料について、対象元素に対応する特性X線のピーク強度が計測される。そして、データ処理部11は、計測された特性X線の強度を、ステップS10において入力された組成条件を考慮して補正することにより、対象元素についての標準感度を算出する(ステップS30)。
【0058】
次いで、データ処理部11は、対象元素を含む未知試料(以下「対象試料」と称する。)について、対象元素に対応する特性X線を計測する対象試料計測処理を実行する(ステップS40)。ここで実行される計測処理の手順は、ステップS20の標準試料計測処理と同じであり、後ほど詳しく説明する。
【0059】
ステップS40の対象試料計測処理では、対象試料について、対象元素に対応する特性X線のピーク強度が計測される。次いで、データ処理部11は、ステップS40において算出される対象試料についてのピーク強度と、ステップS20において算出される標準試料についてのピーク強度との比(強度比)を算出する(ステップS50)。そして、データ処理部11は、ステップS50において算出された強度比から、対象試料における対象元素の濃度を算出する(ステップS60)。
【0060】
図6は、図5のステップS20及びステップS40において実行される計測処理の手順の一例を示すフローチャートである。図6を参照して、まず、試料上の分析位置が設定される(ステップS110)。次いで、照射装置(電子銃1、偏向コイル2、対物レンズ3)による電子線の照射条件が設定される(ステップS120)。ここで、図5のステップS20の標準試料計測処理における照射条件と、ステップS40の対象試料計測処理における照射条件とは、同じ条件に設定される。
【0061】
次いで、対象元素が指定される(ステップS130)。対象元素の指定は、利用者が操作部13から行なうことができ、複数指定することもできる。対象元素が指定されると、データ処理部11は、指定された対象元素に対応する特性X線のピーク位置(波長)の範囲を設定するとともに、対象元素(対象元素に対応する特性X線の波長)に適した分光結晶を設定する(ステップS140)。なお、元素と特性X線のピーク位置(波長)の範囲との関係、及び、元素(元素に対応する特性X線の波長)と分光結晶との関係は、予め特定されてメモリに記憶されている。
【0062】
そして、上記の各種設定が完了すると、データ処理部11は、ピークサーチ処理を実行する(ステップS150)。
【0063】
図7は、図6のステップS150において実行されるピークサーチ処理の手順の一例を示すフローチャートである。図3図4とともに図7を参照して、データ処理部11は、スキャン処理によりプロファイルを取得する範囲を設定する(ステップS210)。この範囲は、たとえば、過去データ等から予想されるプロファイルの半値幅の数倍程度に設定することができる。
【0064】
次いで、データ処理部11は、スキャン処理の計測波長及び計測条件を決定する(ステップS215)。この例では、ステップS210において設定されたスキャン範囲を40点で刻むように計測波長(分光波長)が決定され、各波長での計測時間が0.375秒に設定される。そして、データ処理部11は、設定された計測波長及び計測条件に従ってスキャン処理を実行することにより、プロファイルを取得するプロファイル取得処理を実行する(ステップS220)。
【0065】
プロファイルが取得されると、データ処理部11は、取得されたプロファイルにおける最大強度Ymaxを検出する(ステップS225)。具体的には、データ処理部11は、40点の測定値のうち強度が最大のデータを最大強度Ymaxとして検出する。
【0066】
次いで、データ処理部11は、最大強度Ymaxについて、上記の式(2)を用いて、真のピーク強度Iがとり得る最小値Iminを算出する(ステップS230)。さらに、データ処理部11は、上記の式(3)を用いて、真のピーク強度IがIminである場合に測定され得る強度の最小値Ylow(最小測定値)を算出する(ステップS235)。
【0067】
最小測定値Ylowが算出されると、データ処理部11は、ステップS220において取得されたプロファイルにおいて、強度の測定値Yが最小値Ylowよりも大きい点(Y>Ylowを満たす点)を抽出する(ステップS240)。すなわち、最小測定値Ylowに基づいて、真のピーク強度Iが存在し得る波長範囲が絞り込まれる。
【0068】
次いで、データ処理部11は、ステップS240において絞り込まれた波長範囲の中央値(中間波長)を算出する(ステップS245)。なお、実際には、上記波長範囲の長波長端側の点の波長と、短波長端側の点の波長との間の中央値が算出される。
【0069】
なお、真のピーク強度Iが存在し得る波長範囲を決定するとともに、その波長範囲に含まれる中間波長を求める一連の処理(ステップS210~S245)を、以下では「波長抽出処理」と称する。
【0070】
続いて、データ処理部11は、ステップS240において絞り込まれた波長範囲の長波長端、短波長端、及び中間波長の各々において、ピーク強度を測定する際の計数時間(10秒)と同じ計数時間で強度の測定が行なわれるように、計測波長及び計測条件を設定する。そして、設定された計測波長及び計測条件に従って、上記3つの波長において強度が測定される(ステップS250)。
【0071】
次いで、データ処理部11は、上記の式(4)を用いて、ステップS250において強度が測定された3つの測定値を通る二次関数を算出する(ステップS255)。そして、データ処理部11は、上記の式(5)を用いて、算出された二次関数の頂点の波長λp、及びその波長λpでの強度Ipを算出する(ステップS260)。本実施の形態1では、ここで算出された波長λpがピーク波長とされ、波長λpでの強度Ipがピーク強度とされる。
【0072】
なお、この例では、ステップS260において二次関数の頂点の波長λp及び強度Ipが算出された後、算出された波長λp(ピーク波長)において、ステップS250における測定条件(計数時間10秒)で強度の測定が行なわれる(ステップS265)。このステップS265の処理は、必須のものではないが、ステップS260において算出されたピーク強度に代えて、ステップS265において測定された強度をピーク強度としてもよい。なお、この場合は、ピーク波長における強度を実測する分だけ(上記の例では10秒)、トータルの計測時間が長くなる。
【0073】
また、上記では、真のピーク強度が存在し得る波長範囲の両端(長波長端及び短波長端)の間の中間波長を、上記波長範囲の中央値としているが、中間波長は、上記波長範囲の中央値に限定されるものではない。たとえば、中間波長は、最大強度Ymaxの波長であってもよい。
【0074】
以上のように、この実施の形態1においては、測定値の統計的変動を考慮して、ピーク強度の真値が存在し得る波長範囲が絞り込まれる。これにより、測定値の統計的変動を考慮して、ピーク強度の真値が存在し得る波長範囲を合理的に絞り込むことができる。そして、絞り込まれた波長範囲の長波長端、短波長端、及びそれらの中央値(中間波長)において特性X線の強度が測定され、各測定点を通る二次関数L2からピーク波長が算出される。このような手法により、処理時間を大幅に増加させることなく精度の高いピークサーチを実現することができる。
【0075】
[実施の形態2]
試料上の複数点において定量分析を行なう場合がある。図8は、複数の測定点が設定された試料の一例を示す平面図である。図8を参照して、試料S上の点P(1)~P(9)の各々は、定量分析を行なう測定点である。以下、この試料Sを例に、本実施の形態2について説明する。
【0076】
複数の測定点P(1)~P(9)において定量分析を行なう場合、測定点毎にピークサーチを行なうとともに検出されたピーク波長で強度測定を行なうと、時間がかかり非効率である。そのため、測定点毎に、標準試料において求められたピーク波長、或いは未知試料の最初の測定点(たとえばP(1))において求められたピーク波長に分光波長を設定して、各測定点P(1)~P(9)で定量分析を行なうことが考えられる。しかしながら、このような手法は、分光器の機械的動作の再現性に依存した波長のシフトや、元素の化学結合状態に依存した波長のシフト等の影響が加わり、測定誤差が大きくなる可能性がある。
【0077】
複数点における定量分析をさらに効率的に行なう方法として、分光波長を目的の波長に設定した後、測定点P(1)~P(9)を順次変更して強度測定を行なうことで、測定点毎に分光波長を変更する時間を省略する方法も考えられる。しかしながら、この手法は、分光器の機械的動作の再現性に依存した波長のシフトの影響を回避できるけれども、ピークサーチで求めるピーク波長の不正確さによる誤差と、元素の化学結合状態に依存した波長のシフトの影響とを避けることはできない。
【0078】
そこで、本実施の形態2では、標準試料又は未知試料の最初の測定点(たとえばP(1))において、上記の実施の形態1で説明した手法により、計測値の統計的変動を考慮して、ピーク波長の真値が存在し得る波長範囲の絞り込みが行なわれる。そして、その絞り込まれた波長範囲の長波長端、短波長端、及びそれらの間の中間波長のいずれか(たとえば、まず長波長端)に分光波長を設定した後、測定点P(1)~P(9)を順次変更して強度測定を行ない、設定された分光波長(長波長端)における各測定点の測定値を得る。このような操作を残り2つの波長(中間波長及び短波長端)の各々に対しても行ない、設定された分光波長(中間波長及び短波長端)毎に各測定点の測定値を順次得る。
【0079】
その後、測定点P(1)~P(9)毎に、3つの波長においてそれぞれ測定された3つの測定値を通る二次関数を算出し、算出された二次関数からピーク波長及びピーク強度を算出する。これにより、測定点を変更する度に分光波長を変更したりピークサーチを行なったりする必要がなくなり、測定時間を大幅に短縮することができる。
【0080】
この実施の形態2に従うEPMAの全体構成は、図1に示したEPMA100と同じである。また、実施の形態2に従うEPMAを用いた定量分析の手順の全体フローは、図5及び図6に示したフローと同じである。そして、この実施の形態2は、図6のステップS150において実行されるピークサーチ処理の手順が実施の形態1と異なる。
【0081】
図9は、実施の形態2におけるピークサーチ処理の手順の一例を示すフローチャートである。図7図8とともに図9を参照して、データ処理部11は、最初の測定点P(1)において、図7に示した波長抽出処理を実行する(ステップS310)。これにより、測定点P(1)において、真のピーク強度Iが存在し得る波長範囲が絞り込まれるとともに、その波長範囲における中間波長が算出される。
【0082】
次いで、データ処理部11は、絞り込まれた波長範囲の長波長端(実際には、長波長端側の点)において、ピーク強度を測定する際の計数時間(10秒)と同じ計数時間で強度の測定が行なわれるように計測条件を設定して、各測定点P(1)~P(9)において順次強度を測定する長波長端処理を実行する(ステップS320)。
【0083】
続いて、データ処理部11は、波長抽出処理において算出された中間波長に分光波長を設定し、長波長端処理と同じ計測条件(計数時間10秒)で、各測定点P(1)~P(9)において順次強度を測定する中間波長処理を実行する(ステップS330)。さらに、データ処理部11は、絞り込まれた波長範囲の短波長端(実際には、短波長端側の点)に分光波長を設定し、長波長端処理と同じ計測条件(計数時間10秒)で、各測定点P(1)~P(9)において順次強度を測定する短波長端処理を実行する(ステップS340)。
【0084】
そして、データ処理部11は、測定点P(1)~P(9)毎に、長波長端処理、中間波長処理、及び短波長端処理において算出された3つの測定値を通る二次関数を算出し、算出された二次関数からピーク波長及びピーク強度を算出するピーク強度算出処理を実行する(ステップS350)。
【0085】
図10は、図9のステップS320において実行される長波長端処理の手順の一例を示すフローチャートである。図10を参照して、データ処理部11は、波長抽出処理(図9のステップS310)において絞り込まれた波長範囲(真のピーク強度Iが存在し得る範囲)の長波長端WL_Lに分光波長を設定する(ステップS410)。なお、実際には、分光波長は、上記波長範囲の長波長端側の点の波長に設定される。
【0086】
そして、データ処理部11は、測定点P(n)を特定する測定点番号nを「1」とし(ステップS420)、試料S上の測定位置を測定点P(1)に設定する(ステップS430)。次いで、データ処理部11は、ピーク強度を測定する際の計数時間(10秒)と同じ計数時間で強度の測定が行なわれるように計測条件を設定し、この計測条件で測定された測定結果を、長波長端WL_Lにおける測定点P(1)での測定値I_L(1)とする(ステップS440)。
【0087】
次いで、データ処理部11は、測定点番号nをインクリメントし(ステップS450)、測定点番号nが測定点数N(図8の例ではN=9)を超えたか否かを判定する(ステップS460)。測定点番号nがN以下であると判定されると(ステップS460においてNO)、ステップS430に処理が戻され、次の測定点での測定が行なわれる。そして、ステップS460において測定点番号nがNよりも大きいと判定されると(ステップS460においてYES)、リターンへと処理が移行される。
【0088】
図11は、図9のステップS330において実行される中間波長処理の手順の一例を示すフローチャートである。図11を参照して、データ処理部11は、波長抽出処理(図9のステップS310)において絞り込まれた波長範囲(真のピーク強度Iが存在し得る範囲)の中間波長WL_Mに分光波長を設定する(ステップS510)。たとえば、中間波長WL_Mは、波長抽出処理において絞り込まれた波長範囲の中央値である。
【0089】
そして、データ処理部11は、測定点番号nを「1」とし(ステップS520)、試料S上の測定位置を測定点P(1)に設定する(ステップS530)。次いで、データ処理部11は、ピーク強度を測定する際の計数時間(10秒)と同じ計数時間で強度の測定が行なわれるように計測条件を設定し、この計測条件で測定された測定結果を、中間波長WL_Mにおける測定点P(1)での測定値I_M(1)とする(ステップS540)。
【0090】
次いで、データ処理部11は、測定点番号nをインクリメントし(ステップS550)、測定点番号nが測定点数Nを超えたか否かを判定する(ステップS560)。測定点番号nがN以下であると判定されると(ステップS560においてNO)、ステップS530に処理が戻され、次の測定点での測定が行なわれる。そして、ステップS560において測定点番号nがNよりも大きいと判定されると(ステップS560においてYES)、リターンへと処理が移行される。
【0091】
図12は、図9のステップS340において実行される短波長端処理の手順の一例を示すフローチャートである。図12を参照して、データ処理部11は、波長抽出処理(図9のステップS310)において絞り込まれた波長範囲(真のピーク強度Iが存在し得る範囲)の短波長端WL_Sに分光波長を設定する(ステップS610)。
【0092】
そして、データ処理部11は、測定点番号nを「1」とし(ステップS620)、試料S上の測定位置を測定点P(1)に設定する(ステップS630)。次いで、データ処理部11は、ピーク強度を測定する際の計数時間(10秒)と同じ計数時間で強度の測定が行なわれるように計測条件を設定し、この計測条件で測定された測定結果を、短波長端WL_Sにおける測定点P(1)での測定値I_S(1)とする(ステップS640)。
【0093】
次いで、データ処理部11は、測定点番号nをインクリメントし(ステップS650)、測定点番号nが測定点数Nを超えたか否かを判定する(ステップS660)。測定点番号nがN以下であると判定されると(ステップS660においてNO)、ステップS630に処理が戻され、次の測定点での測定が行なわれる。そして、ステップS660において測定点番号nがNよりも大きいと判定されると(ステップS660においてYES)、リターンへと処理が移行される。
【0094】
図13は、図9のステップS350において実行されるピーク強度算出処理の手順の一例を示すフローチャートである。図13を参照して、データ処理部11は、まず、測定点P(n)を特定する測定点番号nを「1」とする(ステップS710)。そして、データ処理部11は、測定点P(1)について、長波長端処理で算出された測定値I_L(1)、中間波長処理で算出された測定値I_M(1)、及び短波長端処理で算出された測定値I_S(1)の3つの測定値を通る二次関数を算出する(ステップS720)。
【0095】
次いで、データ処理部11は、上記の式(5)を用いて、算出された二次関数の頂点の波長、及びその波長での強度を算出し、その算出された波長及び強度をそれぞれ測定点P(1)におけるピーク波長及びピーク強度とする(ステップS730)。
【0096】
次いで、データ処理部11は、測定点番号nをインクリメントし(ステップS740)、測定点番号nが測定点数Nを超えたか否かを判定する(ステップS750)。測定点番号nがN以下であると判定されると(ステップS750においてNO)、ステップS720に処理が戻され、次の測定点での測定が行なわれる。そして、ステップS750において測定点番号nがNよりも大きいと判定されると(ステップS750においてYES)、リターンへと処理が移行される。
【0097】
以上のように、この実施の形態2によれば、測定点P(1)~P(9)を変更する度に分光波長を変更したりピークサーチを行なったりする必要がなく、測定時間を大幅に短縮することができる。また、同じ波長位置(分光波長)で複数の測定点において順次X線強度を測定するので、分光器の機械的動作の再現性に依存した波長のシフトの影響で測定値がばらつくことがなく、再現性の高い測定を実現できる。さらに、元素の化学結合状態に依存した波長のシフトがあったとしても、シフト後の波長が、ピーク波長の真値が存在し得る上記波長範囲内に収まっていれば、ピーク波長及びピーク強度を精度良く求めることができる。
【0098】
[態様]
上述した複数の例示的な実施の形態及びその変形例は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0099】
(第1項)一態様に係るX線分析装置は、波長分散型の分光器と、分光器を用いて分光される特性X線のスペクトルのピーク波長を検出するピークサーチ処理を実行するように構成された処理装置とを備える。ピークサーチ処理は、第1の処理から第6の処理を含む。第1の処理は、特性X線の波長が所定間隔刻みで変化するように分光器を作動させながら、特性X線のピーク強度を測定する際の計数時間(たとえば10秒)よりも短い時間(たとえば0.375秒)ずつ特性X線を計測することにより、スペクトルのプロファイルを取得する処理である。第2の処理は、取得されたプロファイルにおいて最大強度を示すデータの強度値、及び測定値の統計的変動から、ピーク強度の真値がとり得る値の最小値を算出する処理である。第3の処理は、ピーク強度の真値が最小値であるとした場合に、測定値の統計的変動によりピーク強度の測定値がとり得る最小測定値を算出する処理である。第4の処理は、取得されたプロファイルにおいて測定値が上記最小測定値よりも大きい波長範囲の長波長端、短波長端、及びそれらの間の中間波長において、上記計数時間で特性X線の強度を測定する処理である。第5の処理は、長波長端、短波長端、及び中間波長の各測定値を通る二次関数を算出する処理である。第6の処理は、算出された二次関数の頂点の波長をピーク波長として算出する処理である。
【0100】
第1項に記載のX線分析装置においては、測定値の統計的変動を考慮して、ピーク強度の真値が存在し得る波長範囲が絞り込まれる。これにより、測定値の統計的変動を考慮して、ピーク強度の真値が存在し得る波長範囲を合理的に絞り込むことができる。そして、絞り込まれた波長範囲の長波長端、短波長端、及びそれらの間の中間波長において特性X線の強度が測定され、各測定点を通る二次関数からピーク波長が算出される。これにより、処理時間を大幅に増加させることなく精度の高いピークサーチを実現することができる。
【0101】
(第2項)第1項に記載のX線分析装置において、中間波長は、上記波長範囲の中央値であってもよい。
【0102】
これにより、上記波長範囲の長波長端、短波長端、及び上記波長範囲の中央値を用いて、精度の高い関数近似を行なうことができる。
【0103】
(第3項)第1項又は第2項に記載のX線分析装置において、処理装置は、二次関数の頂点の強度をピーク強度として算出してもよい。
【0104】
これにより、算出されたピーク波長においてピーク強度を再度測定しなくてもよく、測定時間を短縮することができる。
【0105】
(第4項)第1項又は第2項に記載のX線分析装置において、処理装置は、算出されたピーク波長において、上記計数時間でピーク強度を測定してもよい。
【0106】
二次関数の頂点の強度をピーク強度とした場合、関数近似の誤差が含まれる可能性があるところ、上記によれば、より精度の高いピーク強度を得ることができる。
【0107】
(第5項)第1項から第4項のいずれか1項に記載のX線分析装置において、処理装置は、試料上の複数の測定点において定量分析を行なう場合に、最初の測定点において上記第1から第3の処理を実行してもよい。そして、第4の処理は、上記波長範囲の長波長端において、複数の測定点にて順次、計数時間で特性X線の強度を連続して測定する処理と、上記波長範囲の短波長端において、複数の測定点にて順次、計数時間で特性X線の強度を連続して測定する処理と、上記波長範囲の中間波長において、複数の測定点にて順次、計数時間で特性X線の強度を連続して測定する処理とを含んでもよい。第5の処理は、複数の測定点の各々について、長波長端、短波長端、及び中間波長の各測定値を通る二次関数を算出する処理を含んでもよい。第6の処理は、複数の測定点の各々について、算出された二次関数の頂点の波長をピーク波長として算出する処理を含んでもよい。
【0108】
このX線分析装置によれば、測定点を変更する度に分光波長を変更したりピークサーチを行なったりする必要がなくなり、測定時間を大幅に短縮することができる。
【0109】
(第6項)一態様に係るピークサーチ方法は、波長分散型の分光器を用いて分光される特性X線のスペクトルのピーク波長を検出するピークサーチ方法であって、第1のステップから第6のステップを含む。第1のステップは、特性X線の波長が所定間隔刻みで変化するように分光器を作動させながら、特性X線のピーク強度を測定する際の計数時間(たとえば10秒)よりも短い時間(たとえば0.375秒)ずつ特性X線を計測することにより、スペクトルのプロファイルを取得するステップである。第2のステップは、取得されたプロファイルにおいて最大強度を示すデータの強度値、及び測定値の統計的変動から、ピーク強度の真値がとり得る値の最小値を算出するステップである。第3のステップは、ピーク強度の真値が上記最小値であるとした場合に、測定値の統計的変動によりピーク強度の測定値がとり得る最小測定値を算出するステップである。第4のステップは、取得されたプロファイルにおいて測定値が上記最小測定値よりも大きい波長範囲の長波長端、短波長端、及びそれらの間の中間波長において、上記計数時間で特性X線の強度を測定するステップである。第5のステップは、長波長端、短波長端、及び中間波長の各測定値を通る二次関数を算出するステップである。第6のステップは、算出された二次関数の頂点の波長をピーク波長として算出するステップである。
【0110】
このピークサーチ方法によれば、処理時間を大幅に増加させることなく精度の高いピークサーチを実現することができる。
【0111】
(第7項)第6項に記載のピークサーチ方法において、中間波長は、上記波長範囲の中央値であってもよい。
【0112】
これにより、上記波長範囲の長波長端、短波長端、及び上記波長範囲の中央値を用いて、精度の高い関数近似を行なうことができる。
【0113】
(第8項)第6項又は第7項に記載のピークサーチ方法において、第6のステップは、二次関数の頂点の強度をピーク強度として算出するステップを含んでもよい。
【0114】
これにより、算出されたピーク波長においてピーク強度を再度測定しなくてもよく、測定時間を短縮することができる。
【0115】
(第9項)第6項又は第7項に記載のピークサーチ方法において、第6のステップは、算出されたピーク波長において、上記計数時間でピーク強度を測定するステップを含んでもよい。
【0116】
二次関数の頂点の強度をピーク強度とした場合、関数近似の誤差が含まれる可能性があるところ、上記によれば、より精度の高いピーク強度を得ることができる。
【0117】
(第10項)第6項から第9項のいずれか1項に記載のピークサーチ方法において、試料上の複数の測定点において定量分析が行なわれる場合に、第4のステップは、上記波長範囲の長波長端において、複数の測定点にて順次、計数時間で特性X線の強度を連続して測定するステップと、上記波長範囲の短波長端において、複数の測定点にて順次、計数時間で特性X線の強度を連続して測定するステップと、上記波長範囲の中間波長において、複数の測定点にて順次、計数時間で特性X線の強度を連続して測定するステップとを含み、第5のステップは、複数の測定点の各々について、長波長端、短波長端、及び中間波長の各測定値を通る二次関数を算出するステップを含み、第6のステップは、複数の測定点の各々について、算出された二次関数の頂点の波長をピーク波長として算出するステップを含んでもよい。
【0118】
このピークサーチ方法によれば、測定点を変更する度に分光波長を変更したりピークサーチを行なったりする必要がなくなり、測定時間を大幅に短縮することができる。
【0119】
今回開示された実施の形態は、全ての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味及び範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0120】
1 電子銃、2 偏向コイル、3 対物レンズ、4 試料ステージ、5 試料ステージ駆動部、6a,6b 分光器、10 制御部、11 データ処理部、12 偏向コイル制御部、13 操作部、14 表示部、20 CPU、22 メモリ、61a,61b 分光結晶、63a,63b 検出器、64a,64b スリット、100 EPMA、S 試料。
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