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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-16
(45)【発行日】2023-10-24
(54)【発明の名称】被覆電線およびワイヤーハーネス
(51)【国際特許分類】
   H01B 7/08 20060101AFI20231017BHJP
   H01B 7/295 20060101ALI20231017BHJP
   H01B 7/00 20060101ALI20231017BHJP
【FI】
H01B7/08
H01B7/295
H01B7/00 301
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022512532
(86)(22)【出願日】2021-03-30
(86)【国際出願番号】 JP2021013521
(87)【国際公開番号】W WO2021200937
(87)【国際公開日】2021-10-07
【審査請求日】2022-09-13
(31)【優先権主張番号】P 2020060544
(32)【優先日】2020-03-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】今里 文敏
(72)【発明者】
【氏名】古川 豊貴
(72)【発明者】
【氏名】佐橋 響真
【審査官】北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/103804(WO,A1)
【文献】特開2002-231070(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/08
H01B 7/295
H01B 7/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
導体と、
前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有する被覆電線であって、
前記被覆電線は、軸線方向に交差する断面において、前記導体が幅方向に長い扁平形状となった、扁平部を有し、
前記扁平部の前記断面において、前記絶縁被覆は、外周面に、平坦部として、前記幅方向に沿った幅方向部と、前記幅方向に交差する高さ方向に沿った高さ方向部と、を有し、
前記幅方向部と前記高さ方向部の接合部に、半径Rの丸み形状が形成されており、
前記半径Rと、前記平坦部における前記絶縁被覆の厚さtが、R>tの関係を満たすとともに
導体断面積をsとして、前記平坦部における前記絶縁被覆の厚さtとの間に、
t>0.10√sの関係を満たす、被覆電線。
【請求項2】
前記絶縁被覆は、ポリオレフィンと、金属化合物を含む難燃剤と、を含有する、請求項1に記載の被覆電線。
【請求項3】
前記丸み形状の部位における前記絶縁被覆の厚さをt’として、前記平坦部における前記絶縁被覆の厚さtとの間に、
t’>0.8tの関係を満たす、請求項1または請求項2に記載の被覆電線。
【請求項4】
前記導体の前記幅方向に沿った長さをwとし、前記高さ方向に沿った長さをhとして、w/hとして評価される扁平比が、4以下である、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の被覆電線。
【請求項5】
前記導体は、複数の素線を撚り合わせた撚線として構成されている、請求項1から請求項のいずれか1項に記載の被覆電線。
【請求項6】
請求項1から請求項のいずれか1項に記載の被覆電線を含む、ワイヤーハーネス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、被覆電線およびワイヤーハーネスに関する。
【背景技術】
【0002】
扁平状の導体を用いて構成したフラットケーブルが公知である。フラットケーブルを用いることで、断面略円形の導体を備えた一般的な電線を用いる場合と比較して、配策の際に占めるスペースを小さくすることができる。
【0003】
従来一般のフラットケーブルにおいては、特許文献1,2等に開示されるように、導体として、平角導体がしばしば用いられる。平角導体は、金属の単線を断面四角形に成形したものである。また、出願人らの出願による特許文献3,4には、柔軟性と省スペース性を両立する観点から、複数の素線を撚り合わせた撚線よりなり、撚線の軸線方向に交差する断面が、扁平形状よりなる扁平部を有する電線導体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2014-130739号公報
【文献】特開2019-149242号公報
【文献】国際公開第2019/093309号
【文献】国際公開第2019/093310号
【文献】特開2018-129195号公報
【文献】特開2018-6174号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
電線導体の外周に絶縁被覆を形成する際に、電線導体が断面円形のものであれば、その電線導体の外周の各部に、均一性の高い厚さで、絶縁被覆の層を形成することができる。しかし、電線導体が、断面扁平形状のものである場合には、扁平形状の各部において、均一な厚さの絶縁被覆を形成することは難しい。例えば、図4に示す被覆電線100のように、扁平な導体10の外周に形成される絶縁被覆120は、扁平形状の角部123に相当する箇所において、平坦部121,122に相当する箇所よりも、厚くなりやすい(t’>t)。絶縁被覆が一部の部位で厚くなると、その部位において、十分な難燃性が得られない可能性がある。燃焼することができる絶縁被覆の体積が大きくなるとともに、絶縁被覆の表面から導体の表面までの距離が大きくなり、絶縁被覆から導体へと十分に熱を散逸させることが難しくなるからである。特に、被覆電線を自動車等の車両に搭載する場合に、被覆電線の難燃性が低いと、火災時に、被覆電線を介した延焼が起こりやすくなる。
【0006】
そこで、断面が扁平形状になった導体の外周に絶縁被覆を設けた構造において、高い難燃性が得られる被覆電線、およびそのような被覆電線を備えたワイヤーハーネスを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本開示の被覆電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有する被覆電線であって、前記被覆電線は、軸線方向に交差する断面において、前記導体が幅方向に長い扁平形状となった、扁平部を有し、前記扁平部の前記断面において、前記絶縁被覆は、外周面に、平坦部として、前記幅方向に沿った幅方向部と、前記幅方向に交差する高さ方向に沿った高さ方向部と、を有し、前記幅方向部と前記高さ方向部の接合部に、半径Rの丸み形状が形成されており、前記半径Rと、前記平坦部における前記絶縁被覆の厚さtが、R>tの関係を満たす。
【0008】
本開示のワイヤーハーネスは、前記被覆電線を含む。
【発明の効果】
【0009】
本開示にかかる被覆電線およびワイヤーハーネスは、断面が扁平形状になった導体の外周に絶縁被覆を設けた構造において、高い難燃性が得られる被覆電線、およびそのような被覆電線を備えたワイヤーハーネスとなる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本開示の一実施形態にかかる被覆電線を示す断面図である。
図2図2は、本開示の一実施形態にかかる被覆電線の角部の近傍を示す拡大図であり、絶縁被覆の角R形状の半径Rが比較的小さい場合を示している。導体は外接図形で表示している。
図3図3は、本開示の一実施形態にかかる被覆電線の角部の近傍を示す拡大図であり、絶縁被覆の角R形状の半径Rが比較的大きい場合を示している。導体は外接図形で表示している。
図4図4は、扁平形状の導体を被覆する絶縁被覆に角Rが設けられない場合を示す断面図である。
図5図5A~5Dは、角Rの大きさが相互に異なる被覆電線の断面を撮影した写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。
本開示にかかる被覆電線は、導体と、前記導体の外周を被覆する絶縁被覆と、を有する被覆電線であって、前記被覆電線は、軸線方向に交差する断面において、前記導体が幅方向に長い扁平形状となった、扁平部を有し、前記扁平部の前記断面において、前記絶縁被覆は、外周面に、平坦部として、前記幅方向に沿った幅方向部と、前記幅方向に交差する高さ方向に沿った高さ方向部と、を有し、前記幅方向部と前記高さ方向部の接合部に、半径Rの丸み形状が形成されており、前記半径Rと、前記平坦部における前記絶縁被覆の厚さtが、R>tの関係を満たす。
【0012】
上記被覆電線においては、導体が扁平形状となった扁平部に設けられる絶縁被覆において、平坦部である幅方向部と高さ方向部の間の接合部として形成された角部に、丸み形状が設けられている。さらにその丸み形状Rの半径Rが、平坦部における絶縁被覆の厚さtに対して、R>tとなっており、角部がなだらかな曲面形状を有している。そのため、絶縁被覆の厚さが、角部において、幅方向部や高さ方向部と比べて、過度に厚くならない。その結果として、角部において、絶縁被覆の体積が小さく抑えられるとともに、絶縁被覆の表面から導体までの距離が近くなり、絶縁被覆において火炎の接触や燃焼が起こった場合でも、角部を含む各領域において、絶縁被覆の熱を、導体に効率的に散逸させ、絶縁被覆の温度を下げることができる。つまり、角部に丸み形状が形成されることにより、絶縁被覆の燃焼が抑制され、難燃性の高い被覆電線が得られる。
【0013】
ここで、前記絶縁被覆は、ポリオレフィンと、金属化合物を含む難燃剤と、を含有するとよい。この場合には、絶縁被覆を構成する樹脂成分自体が、含塩素ポリマーである場合のように、高い難燃性を有するものではないため、絶縁被覆の角部に丸み形状を設けなければ、角部において十分な難燃性が得られない可能性があるが、上記のように、R>tとなる丸み形状を形成しておくことで、角部においても、高い難燃性を得ることができる。
【0014】
導体断面積をsとして、前記平坦部における前記絶縁被覆の厚さtとの間に、t>0.10√sの関係を満たすとよい。この場合には、導体断面積に対して、絶縁被覆が、比較的厚いものとなるが、角部に、R>tとなる丸み形状を形成し、角部において絶縁被覆が過度に厚くならないようにしておくことで、角部においても、十分な難燃性を確保しやすくなる。
【0015】
前記丸み形状の部位における前記絶縁被覆の厚さをt’として、前記平坦部における前記絶縁被覆の厚さtとの間に、t’>0.8tの関係を満たすとよい。すると、角部における絶縁被覆の厚さt’が、平坦部における絶縁被覆の厚さtに比べて、極端に小さくならないので、絶縁性や耐摩耗性の低下等、絶縁被覆が薄くなりすぎることによる影響を、角部において抑制することができる。
【0016】
前記導体の前記幅方向に沿った長さをwとし、前記高さ方向に沿った長さをhとして、w/hとして評価される扁平比が、4以下であるとよい。すると、導体が過度に扁平にならないため、導体の扁平化による絶縁被覆の体積の増大によって、絶縁被覆全体としての難燃性が低くなる事態を、抑制することができる。
【0017】
前記導体は、複数の素線を撚り合わせた撚線として構成されているとよい。すると、導体において、柔軟性と省スペース性を両立しやすくなる。また、撚線を用いることで、導体断面積が大きい場合でも、扁平部を有する導体を形成しやすくなるが、導体断面積が大きい場合ほど、絶縁被覆が厚く形成されることが多いため、角部に丸み形状を形成することによる難燃性向上の効果が、相対的に大きくなる。
【0018】
本開示にかかるワイヤーハーネスは、本開示にかかる前記被覆電線を含む。上記のように、本開示にかかる被覆電線は、扁平部において、絶縁被覆の角部に丸み形状を有しており、その丸み形状の半径Rが、平坦部における絶縁被覆の厚さtに対して、R>tと十分に大きくなっているため、角部において、高い難燃性を示す。ワイヤーハーネスにおいても、その高い難燃性を利用することができる。
【0019】
[本開示の実施形態の詳細]
以下に、本開示の実施形態にかかる被覆電線およびワイヤーハーネスについて、図面を用いて詳細に説明する。本明細書において、絶縁被覆の各部の形状に関して、直線、円弧、平坦、平行、垂直等、部材の形状や配置を示す概念には、長さにして概ね±15%程度、また角度にして概ね±15°程度のずれ等、この種の被覆電線において許容される範囲で、幾何的な概念からの誤差を含むものとする。本明細書において、被覆電線や導体の断面とは、特記しない限り、軸線方向(長手方向)に垂直に切断した断面を示すものとする。
【0020】
被覆電線の概略>
図1に、本開示の一実施形態にかかる被覆電線1の断面図を示す。また、図2に、被覆電線1の角部近傍の拡大図を示す。本実施形態にかかる被覆電線1は、導体10と、絶縁被覆20とを有している。絶縁被覆20は、導体10の外周を、全周にわたって被覆している。図2では、導体10は、外接図形で表示している。
【0021】
導体10は、軸線方向に沿った少なくとも一部の領域において、扁平な外形を有している。つまり、断面が扁平形状となった扁平部を有している。本実施形態においては、導体10の軸線方向全域が、そのような扁平部となっているとする。
【0022】
ここで、導体10の断面が扁平形状を有しているとは、断面を構成する辺と平行に断面を横切り、断面全体を範囲に含む直線のうち、最長の直線の長さである幅wが、その直線に直交し、断面全体を範囲に含む直線の長さである高さhよりも、大きい状態を指す。導体10の断面は、扁平形状であれば、どのような具体的形状よりなってもよいが、本実施形態においては、導体10の断面は、4つの角部13の丸み形状を除き、長方形に近似できる断面を有していることが好ましい。被覆電線1の省スペース性を高めやすいうえ、後に説明する絶縁被覆20を、平坦部21,22において、均一な厚さに形成しやすいからである。ここで、導体10の断面形状が長方形であるとは、導体10の外接図形が、各辺の相互関係において、概ね±15°程度の誤差範囲で、長方形に近似できる状態を指す。
【0023】
また、後に説明するように、本被覆電線1においては、角部23における絶縁被覆20の厚さを小さくする観点から、角部23において、絶縁被覆20に丸み形状が設けられるが、その効果を高める観点から、導体10においても、角部13、つまり幅方向の辺11と高さ方向の辺12の間の接合部に、丸み形状(R面取り形状;角R形状)を有していることが好ましい。導体10の角R形状の半径rは、導体10の高さ方向の辺(短辺)の長さに対して、33%以上、また66%以下とするとよい。なお、導体10の角部13の角R形状の半径rは、図2に表示するように、導体10の外接図形において評価すればよいが、図1においては、分かりやすいように、導体10を構成する素線15の本数を少なくして表示しているため、外接図形が角R形状を有しているかどうか、必ずしも明らかでない。導体10を構成する素線15の本数がさらに多い場合には(例えば150本以上)、外接図形における角R形状を明確に認識することができる。
【0024】
導体10は、扁平部を有するものであれば、具体的な構成を特に限定されるものではない。例えば、導体10は、金属箔や金属板等、全体が一体に連続した金属材料よりなる単線構造を有していてもよいが、本実施形態においては、複数の素線15を相互に撚り合わせた撚線として構成されている。導体10を撚線として構成することで、被覆電線1において、導体10の扁平形状による省スペース性と、撚り合わせ構造による柔軟性を、両立することができる。扁平形状を有する撚線は、例えば、複数の素線15を断面略円形に撚り合わせた原料撚線を圧延することで、形成できる。
【0025】
撚線として構成された導体10において、扁平形状への成形に伴い、導体10を構成する各素線15の少なくとも一部は、断面形状が、円形から変形されていてもよい。ただし、導体10において高い柔軟性を確保する観点から、素線15の円形からの変形率は、導体10の断面の外周部において、内側の部位よりも小さくなっているとよい。また、導体10の断面において、各素線15の間には、素線15を1本以上、さらには2本以上収容可能な空隙が残されていることが好ましい。
【0026】
被覆電線1において、導体断面積は、特に限定されるものではない。ただし、一般に、被覆電線において、導体断面積が大きい場合ほど、導体の外周に設けられる絶縁被覆の厚さを大きくする傾向がある。本実施形態にかかる被覆電線1においては、絶縁被覆20が厚いほど、後に説明するように、絶縁被覆20の角部23に角R形状を設けることで、角部23における絶縁被覆20の厚さを小さく抑える効果に優れる。よって、角部23への角R形状の形成による効果を大きく享受する観点からは、導体断面積が比較的大きい導体10を用いることが好ましい。例えば、導体断面積が、公称値で15mm以上、さらには50mm以上であるとよい。
【0027】
導体10を構成する材料は、特に限定されるものではなく、種々の金属材料を適用することができる。導体10を構成する代表的な金属材料として、銅および銅合金、またアルミニウムおよびアルミニウム合金を挙げることができる。特に、アルミニウムおよびアルミニウム合金は、銅および銅合金よりも導電率が低いため、必要な電気伝導性を確保するために、導体断面積が大きくなりやすい。上記のように、導体断面積が大きいほど、絶縁被覆20の角部23に角R形状を設けることの効果が大きくなるという観点からは、導体10をアルミニウムまたはアルミニウム合金より構成することが好ましい。
【0028】
本実施形態にかかる被覆電線1においては、導体10の外周を、絶縁被覆20が被覆している。断面において、導体10が扁平形状を有していることと対応して、絶縁被覆20を含む被覆電線1全体としても、扁平形状を有している。さらに、絶縁被覆20を含む被覆電線1全体の断面形状を、角部23の角R形状を除いて、長方形に近似することができる。ここで、被覆電線1の断面形状が長方形であるとは、外接図形が、各辺の相互関係において、概ね±15°程度の誤差範囲で、長方形に近似できる状態を指す。そして、断面において、絶縁被覆20の外周面は、幅方向に延びた辺である幅方向部21と、高さ方向に延びた辺である高さ方向部22が、ともに、直線に近似できる平坦部となっている。また、絶縁被覆20の厚さtは、角部23およびその近傍を除いて、幅方向部21および高さ方向部22の各部において、概ね±15%程度の誤差範囲内で、均一となっている。
【0029】
本被覆電線1の断面においては、絶縁被覆20の4つの角部23、つまり平坦部として構成された幅方向部21と高さ方向部22の間の接合部に、丸み形状(R面取り形状;角R形状;corner roundness)が設けられている。この角R形状により、角部23における絶縁被覆20の難燃性を高めることができる。角部23における絶縁被覆20の形状およびその形状による効果の詳細については、後に詳しく説明する。
【0030】
なお、本明細書では、導体10の外周面に絶縁被覆20が密着した形態を中心に説明しており、導体10に密着している方が絶縁被覆20の難燃性を高められる点で好ましいが、導体10と絶縁被覆20の間に空隙が存在する形態をとってもよい。そのような空隙が存在する場合にも、角部23における絶縁被覆20の形状等、絶縁被覆20の構造については、そのような空隙を除外して、以下に述べる形態を好適に適用することができる。また、本明細書では、上記のように、導体10の断面形状が長方形に近似できる場合を主に扱っているが、導体10の断面は、長方形に近似できる形状以外の形状をとってもよい。その場合にも、導体10の断面の近似図形の角部13(2つの直線の交点、直線と曲線の交点、2つの曲線の交点のいずれか)に、角R形状が形成されること、また導体10の角部13および対応する絶縁被覆20の角部23が、以下に説明する構造をとることが好ましい。長方形以外に、角部13を有する扁平な導体形状の近似図形としては、オーバル形(長方形の両側に円弧を接合した形状;小判型;陸上トラック型)、六角形や八角形等の多角形を例示することができる。オーバル形の場合は、直線と曲線の交点として角部13が形成され、多角形の場合は、2つの直線の交点として角部13が形成される。
【0031】
絶縁被覆20を構成する材料は、絶縁性材料であれば、特に限定されるものではないが、有機ポリマーを主成分とするものであることが好ましい。絶縁被覆20の難燃性を高める観点から、絶縁被覆20の構成材料は、難燃性を有するものであることが好ましいが、絶縁被覆20の構成材料自体が極めて高い難燃性を有していると、角部23の角R形状の有無等、絶縁被覆20の形状によらず、十分な難燃性を達成できる可能性が高くなる。絶縁被覆20の構成材料自体の難燃性がそれほど高くない場合の方が、絶縁被覆20の角部23に角R形状を設けることによる難燃性向上の効果が、相対的に高くなる。具体的には、絶縁被覆20を構成する有機ポリマーが、ポリ塩化ビニル(PVC)等、高い難燃性を有するポリマーよりなるのではなく、ポリエチレンをはじめとするポリオレフィン等、塩素を含有せず、難燃性がそれほど高くない有機ポリマーより構成され、そのポリマーに難燃剤が添加されることで、難燃性が付与されたものであることが好ましい。また、添加される難燃剤として、臭素系難燃剤等、少量で高い難燃性を発揮するものよりも、水酸化マグネシウムをはじめとする金属水酸化物等、金属化合物を含有する難燃剤を用いることが好ましい。
【0032】
金属化合物を含有する難燃剤を、ポリエチレン等のポリオレフィンに添加した材料は、耐熱性の高さ等から、ノンハロゲン系の電線被覆材として優れたものであり、本実施形態においても、好適に用いることができる。耐熱性を高める観点から、ポリオレフィンが架橋されていると、特に好ましい。難燃剤の含有量は、十分な難燃性を発揮する観点から、ポリオレフィン100質量部に対して50質量部以上とすることが好ましい。一方、耐摩耗性等、絶縁被覆20の機械的特性を良好に維持する観点から、その含有量は、200質量部以下であるとよい。また、絶縁被覆20は、ポリオレフィンおよび難燃剤に加え、ポリオレフィン以外のポリマーを含有してもよく、また、難燃剤以外の添加剤を含有してもよい。
【0033】
絶縁被覆20を形成する方法は、特に限定されるものではないが、各成分を混合した組成物を用いて押し出し成形を行い、導体10の外周に絶縁被覆20の層を形成することが好ましい。押し出し成形を行う際の金型の形状によって、断面の角部23に、所定の角R形状を有する絶縁被覆20を形成することができる。
【0034】
本実施形態にかかる被覆電線1は、単独の状態で使用しても、本開示の実施形態にかかるワイヤーハーネスの構成部材として用いてもよい。本開示の実施形態にかかるワイヤーハーネスは、上記実施形態にかかる被覆電線1を含むものである。ワイヤーハーネスは、上記被覆電線1を複数含むものとしてもよく、また、上記被覆電線1に加えて、他種の被覆電線を含むものとしてもよい。好ましくは、上記被覆電線1を、幅方向および/または高さ方向に複数配列したものであるとよい。この際、複数の被覆電線1の具体的な配列構造は、特に限定されるものではないが、好適な形態として、複数の被覆電線1を、幅方向に並べ、共通のシート材に対して、融着等によって固定する形態を例示することができる。この場合に、並べた複数の被覆電線1の高さが揃っていると、特に好ましい。
【0035】
<絶縁被覆の詳細>
本実施形態にかかる被覆電線1においては、上記のように、扁平部の断面において、導体10の外周を被覆する絶縁被覆20が、平坦部として構成された幅方向部21と高さ方向部22の間の接合部である角部23に、角R形状を有している。ここで、図2,3に示すように、絶縁被覆20の角部23の角R形状の半径、つまり角R形状を円弧に近似した際の円弧の半径を、Rとする。なお、図2は、半径Rが比較的小さく、角R形状の中心O2が導体10の外に位置する場合、図3は、半径Rが比較的大きく、角R形状の中心O2が導体10の中に位置する場合を示している。
【0036】
平坦部、つまり幅方向部21および高さ方向部22における絶縁被覆20の厚さをtとして、本実施形態にかかる被覆電線1においては、絶縁被覆20の角R形状の半径Rと、平坦部21,22における厚さtの関係が、R>tとなっている。つまり、絶縁被覆20の角部23の角R形状の半径Rが、平坦部21,22における絶縁被覆20の厚さtよりも大きくなっている。角R形状の半径Rが大きいほど、角R形状の丸みの程度が大きく、角部23がなだらかな曲面形状をとることになる。
【0037】
被覆電線1において、角部23の厚み方向は、扁平形状の対角方向に相当するため、絶縁被覆20の角部23が、角R形状を有していない場合、あるいは角R形状を有していても、その半径Rが小さい場合には、角部23における絶縁被覆20の厚さt’が大きくなり、角部23において、絶縁被覆20が占める体積が大きくなる。また、絶縁被覆20の表面から、導体10の表面までの距離が遠くなる。その結果、絶縁被覆20に火炎が接触することや、絶縁被覆20が燃焼を起こすことがあった場合には、燃焼可能な絶縁被覆の量が多くなるとともに、絶縁被覆20において発生した熱が、導体10に散逸されにくくなる。すると、絶縁被覆20が燃焼を起こしやすくなる。また、絶縁被覆20が燃焼を起こした場合に、燃焼が長時間にわたって継続しやすくなる。
【0038】
しかし、絶縁被覆20の角部23に、半径Rが十分に大きい角R形状が形成されていると、角部23における絶縁被覆20の厚さt’が小さくなり、角部23における絶縁被覆20の体積が小さくなる。また、角部23において、絶縁被覆20の表面から、導体10の表面までの距離が近くなる。すると、絶縁被覆20に火炎が接触することや、絶縁被覆20が燃焼を起こすことがあっても、燃焼しうる絶縁被覆20の体積が小さくなっていることにより、また、絶縁被覆20から導体10に熱が散逸する際に熱伝導が必要な距離が短くなっており、絶縁被覆20において発生した熱が、絶縁被覆20から導体10に散逸しやすくなっていることにより、絶縁被覆20の温度上昇および燃焼の進行が抑えられる。その結果として、絶縁被覆20が燃焼を起こしにくくなる。また、仮に絶縁被覆20が燃焼を起こすことがあっても、自己消火により、燃焼が短時間で停止される。このように、絶縁被覆20の角部23に、半径Rが十分に大きい角R形状が形成されていることにより、角部23における難燃性が高められる。
【0039】
特に、絶縁被覆20の角部23に設けられた角R形状の半径Rが、平坦部21,22における絶縁被覆20の厚さtに対して、R>tとなっていると、角部23における絶縁被覆20の厚さの低減による難燃性向上の効果が、十分に高くなる。例えば、平坦部21,22における絶縁被覆tの厚さを、従来一般の断面円形の被覆電線において標準的に採用される被覆厚に揃えた場合に、それら断面円形の被覆電線との比較において、十分に高い難燃性が、角部23を含む絶縁被覆20の各部において得られる。特に、被覆電線1が自動車等の車両に搭載される場合に、火災等によって、絶縁被覆20に着火することがあっても、絶縁被覆20が高い難燃性を有していることで、早期に自己消火し、被覆電線1を介した延焼を抑えることができる。R>1.5t、またR>2tであると、さらに難燃性が高くなり、好ましい。また、R>r+0.5tであるとよい。なお、R=r+tのとき、平坦部21,22における絶縁被覆20の厚さtと、角部23における絶縁被覆20の厚さt’が同じになる。
【0040】
絶縁被覆20の角部23に角R形状が設けられていることは、難燃性の向上に加え、外部の部材と被覆電線1との間の密着性を高めることにも効果を有する。例えば、絶縁被覆20の外周に、防水を目的として、ゴム栓を被せる場合に、ゴム栓が絶縁被覆20の外周面に対してよく密着するようになる。すると、被覆電線1の端部等において、高い防水性を達成できる。
【0041】
角部23における絶縁被覆20の難燃性の向上の観点からは、角部23に設けられる角R形状の半径Rには、特に上限は設けられない。しかし、角R形状の半径Rをある程度小さな範囲に抑えておき、角部23における絶縁被覆20の厚さt’を十分に確保しておく方が、絶縁性や耐摩耗性等、絶縁被覆20が有している特性を、角部23でも十分に発揮させやすいという点で、好ましい。具体的には、角部23における絶縁被覆20の厚さt’が、平坦部21,22における厚さtとの間に、t’>0.8tとの関係を維持していることが好ましい。さらには、t’≧tであるとよい。
【0042】
ここで、絶縁被覆20の角部23における厚さt’と、角R形状の半径Rとの関係について説明する。図3に示すように、導体10の角部13の角R形状(半径r)の中心O1よりも、絶縁被覆20の角部23の角R形状(半径R)の中心O2が、幅方向および高さ方向に沿って、それぞれ距離aだけ内側に位置している状況を想定する。この際、中心O2と中心O1を結び、絶縁被覆20の表面まで延長した直線(直線L1)を想定すると、絶縁被覆20の角R形状の半径Rを、下の式1によって表現することができる。
R=t’+r+√2a (1)
一方、中心O2から、絶縁被覆20の平坦部21と角部23の角R形状との間の接合点Pまでを結ぶ直線(直線L2)を想定すると、絶縁被覆20の角R形状の半径Rを、下の式2によって表現することができる。
R=t+r+a (2)
式1と式2の右辺が等しくなるので、距離aを以下のように表現することができる。
a=(t-t’)/(√2-1) (3)
式3を式1または式2に代入して整理すると、絶縁被覆20の角R形状の半径Rを、以下のように表現することができる。
R=r+(1/(√2-1))・(√2t-t’)
=r+2.41(√2t-t’) (4)
【0043】
ここで、上記のように、t’>0.8tとすると、式4から、絶縁被覆20の厚さRの範囲は、R<r+1.48tとなる。上記で説明した、半径Rの下限を画定するR>tとの要件と合わせると、角部23の角R形状の半径Rの範囲として、t<R<r+1.48tとの範囲が好ましいことになる。
【0044】
本実施形態にかかる被覆電線1においては、上記のように、絶縁被覆20の角部23に、角R形状が設けられ、その角R形状の半径Rが、R>tとなっていることにより、平坦部21,22において、絶縁被覆20が比較的厚く形成されている場合でも、角部23において、絶縁被覆20が厚くなることによる難燃性の低下を、抑制することができる。むしろ、平坦部21,22における絶縁被覆20の厚さtが大きい場合の方が、角部23に角R形状を形成することによる難燃性向上の効果を、相対的に高めることができる。その観点から、平坦部21,22における絶縁被覆20の厚さtは、導体断面積をsとして、t>0.10√sの関係を満たしているとよい。この厚さは、標準的な断面円形の被覆電線において、一般的に採用される絶縁被覆の厚さとして、比較的厚い領域、あるいはそれよりも厚い領域に相当する。さらには、t>0.20√s、またt>0.30√sであるとよい。なお、絶縁被覆20の厚さが大きすぎると、角部23のみならず、絶縁被覆20全体として十分な難燃性が得られなくなる可能性があるので、概ね、t<0.50√sであるとよい。
【0045】
被覆電線1においては、導体10の扁平形状の扁平性の程度によらず、絶縁被覆20の角部23にR形状を設けることによって、難燃性向上の効果を得ることができるため、導体10の扁平比w/hは、特に限定されない。しかし、導体10の扁平比w/hは、2以上であることが好ましい。すると、導体10を扁平形状とすることによる省スペース化等の効果が高くなるとともに、導体10の周長が長くなり、絶縁被覆20から導体10へと、界面を介して熱が散逸しやすくなるため、難燃性の向上に効果を有する。一方で、扁平比w/hは、6以下、さらには4以下であることが好ましい。扁平比が大きくなって、導体10の周長が長くなることで、導体10を被覆する絶縁被覆20の体積が大きくなり、絶縁被覆20の難燃性がかえって低くなる事態が、起こりにくいからである。
【実施例
【0046】
以下に実施例を示す。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。ここでは、絶縁被覆の角部の角R形状の半径Rと、難燃性との関係について調べた。
【0047】
(試料の作製)
最初に、被覆電線を構成する導体を作製した。まず、アルミニウム合金の素線を撚り合わせた断面円形の撚線を準備し、その撚線をローラによって扁平形状に圧縮することで、導体を作製した。撚線としては、導体断面積(公称値)が130mmのもの(素線径0.42mm、素線本数931本)と、60mmmのもの(素線径0.32mm、素線本数741本)を準備した。また、圧縮率を変更することで、扁平比w/hを2.5~4の間で変化させ、それぞれの導体断面積について、複数種の導体を作製した。導体の角部の角R形状の半径rは、導体断面積130mmの場合には4.0mm、導体断面積60mmの場合には2.6mmとなった。
【0048】
作製した導体の外周に、押し出し成形によって、絶縁被覆を形成した。この際、使用する金型の形状および大きさを変更することで、絶縁被覆の厚さと、角部の角R形状の半径Rを変化させた。絶縁被覆の構成材料としては、架橋ポリエチレン100質量部に対して、難燃剤として70質量部の水酸化マグネシウムを添加した材料を用いた。
【0049】
以上のようにして、試料1~12にかかる被覆電線を作製した。作製した各試料について、断面の写真を撮影し、導体および絶縁被覆の各部の寸法が、設定どおりになっていることを確認した。断面試料は、被覆電線をアクリル樹脂に包埋した状態で、軸線方向に垂直に切断することで作製した。
【0050】
(難燃性の評価)
上記で得られた被覆電線に対して、燃焼試験を行い、難燃性を評価した。具体的には、各被覆電線を30cmの長さに切り出して、水平に保持し、その中央に、還元炎の長さが35mmの火炎を接触させた。接炎から30秒以内に、絶縁被覆に着火するのを確認し、着火後、火炎を被覆電線から離した。そして、火炎を離した後、自然消火するまでの時間(消炎時間)を計測した。消炎時間が30秒以内であれば、十分な難燃性を有していると評価することができる。なお、一般的な断面円形の被覆電線において、同様の燃焼試験によって評価される消炎時間が30秒以内であれば、他部品への延焼を防ぐのに十分高い難燃性を有しているとみなせる。
【0051】
(結果)
表1に、被覆電線の各部の寸法とともに、燃焼試験によって得られた消炎時間をまとめる。また、図5A~5Dに、代表として、試料1,3~5について、燃焼試験を行う前に、断面を撮影した写真をそれぞれ示す。
【0052】
【表1】
【0053】
まず、図5A~5Dの断面写真を見ると、いずれについても、扁平形状を有する導体の外周に形成された絶縁被覆が、均一性の高い厚さを有する平坦部と、角R形状を形成された角部を有していることが確認される。また、角R形状の半径Rが大きくなるほど、角部がなだらかな曲面形状となっている。
【0054】
表1の結果によると、R≦t、つまりR/t≦1.0となっている試料1,2,6,10~12では、消炎時間が30秒を超えており、十分な難燃性が得られていない。一方、R>t、つまりR/t>1.0となっている試料3~5,7~9では、導体の構成や平坦部における絶縁被覆の厚さtが異なっているにもかかわらず、いずれにおいても、消炎時間が30秒以内になっている。このことから、絶縁被覆の角部の角R形状の半径Rと平坦部の厚さtとの比率が、難燃性についての良い指標となり、R>tとしておくことで、高い難燃性が得られることが分かる。
【0055】
試料3~5の組、および試料8,9の組では、いずれもR>tの関係を満たしながら、各パラメータのうち、角R形状の半径Rのみが変化している。それらの試料の試験結果を対比すると、半径Rが大きいほど、消炎時間が短くなっている。このことから、絶縁被覆の角部において、角Rの半径Rを大きくするほど、難燃性が向上すると言える。
【0056】
以上、本開示の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の改変が可能である。
【符号の説明】
【0057】
1,100 被覆電線
10 導体
11 導体の幅方向の辺
12 導体の高さ方向の辺
13 導体の角部
15 素線
20,120 絶縁被覆
21,121 幅方向部(平坦部)
22,122 高さ方向部(平坦部)
23,123 角部(接合部)
a 幅方向および高さ方向に沿った中心O1と中心O2の間の距離
L1,L2 解析用の直線
h 導体の高さ
O1 導体の角R形状の中心
O2 絶縁被覆の角R形状の中心
P 角R形状と平坦部の間の接合点
r 導体の角R形状の半径
R 絶縁被覆の角R形状の半径
t 平坦部における絶縁被覆の厚さ
t’ 角部における絶縁被覆の厚さ
w 導体の幅
図1
図2
図3
図4
図5