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  • 特許-蓄光シート及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-16
(45)【発行日】2023-10-24
(54)【発明の名称】蓄光シート及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   B32B 27/18 20060101AFI20231017BHJP
   B32B 33/00 20060101ALI20231017BHJP
【FI】
B32B27/18 Z
B32B33/00
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023096949
(22)【出願日】2023-06-13
【審査請求日】2023-06-20
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】502185582
【氏名又は名称】エルティーアイ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000475
【氏名又は名称】弁理士法人みのり特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉田 聡
(72)【発明者】
【氏名】中西 伸介
(72)【発明者】
【氏名】坂部 昌俊
【審査官】増永 淳司
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-046872(JP,A)
【文献】特開2015-130459(JP,A)
【文献】特開2016-198902(JP,A)
【文献】特開2019-038986(JP,A)
【文献】特開2022-046873(JP,A)
【文献】特開平09-031369(JP,A)
【文献】特開2011-189558(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B32B 27/18
B32B 33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィルム基材の表面に、粒子径の異なる蓄光粒子を含む膜状の蓄光塗料層が設けられた蓄光シートであって、前記蓄光塗料層においては、粒子径の小さな蓄光粒子が前記フィルム基材に近接して位置し、当該フィルム基材の外側に向かって粒子径が徐々に大きくなるように粒子径が連続的に変化して蓄光粒子が配列され、粒子径の大きな蓄光粒子が最も外側に位置したグラデーション構造を有していることを特徴とする蓄光シート。
【請求項2】
前記フィルム基材の外側に位置する蓄光粒子の粒子径が60μm以上200μm以下であり、前記フィルム基材に近接して位置する蓄光粒子の粒子径が20μm以上60μm未満であることを特徴とする請求項1に記載の蓄光シート。
【請求項3】
請求項1に記載の蓄光シートを製造するための方法であって、当該方法が、
工程I:平均粒度が異なる第1蓄光粒子aと第2蓄光粒子bを準備する工程、
工程II:酸度の異なる2種類のアクリルエマルジョンを準備すると共に、沸点の異なるアルコールからなるアルコール混合溶媒を準備する工程、
工程III:平均粒度が大きい方の前記第1蓄光粒子aを、前記アルコール混合溶媒に混合した後、酸度が大きい方のアクリルエマルジョンに加えて攪拌を行い、蓄光塗料Aを調製する一方、平均粒度が小さい方の前記第2蓄光粒子bを、前記アルコール混合溶媒に混合した後、酸度が小さい方のアクリルエマルジョンに加えて攪拌を行い、蓄光塗料Bを調製する工程、
工程IV:前記蓄光塗料Aと前記蓄光塗料Bとを混合して得られた塗料を、フィルム基材上に均一な膜厚となるようにして塗布し、沸点が低い方の前記アルコールの沸点以下の第1乾燥温度で乾燥を行った後、昇温させて沸点が高い方の前記アルコールの沸点以上の第2乾燥温度で乾燥を行う工程
を含むことを特徴とする蓄光シートの製造方法。
【請求項4】
前記第1蓄光粒子aの平均粒度が60μm以上200μm以下であり、前記第2蓄光粒子bの平均粒度が20μm以上60μm未満であることを特徴とする請求項3に記載の蓄光シートの製造方法。
【請求項5】
前記蓄光塗料Aを調製するのに用いられるアクリルエマルジョンの酸度が25以上であり、前記蓄光塗料Bを調製するのに用いられるアクリルエマルジョンの酸度が25未満であることを特徴とする請求項3又は4に記載の蓄光シートの製造方法。
【請求項6】
前記アルコール混合溶媒が、エタノールメタノール混合溶媒であることを特徴とする請求項3又は4に記載の蓄光シートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、蓄光シート、特に蓄光粒子とフィルム基材との密着性が良く、蓄光粒子間の輝度を平準化することにより高輝度を発現する蓄光シートに関するものである。又、本発明は、上記の蓄光シートを製造するための方法に関するものでもある。
【背景技術】
【0002】
賦活剤としてユーロピウム(Eu)、ジスプロシウム(Dy)を利用した、アルミン酸ストロンチウム結晶を有する蓄光粒子において、高い発光輝度を達成するためには、Eu3+へ遷移する蓄光を有効に活用することが必要であり、前記アルミン酸ストロンチウム結晶にSrAlDyO7.5という異相を形成する方法で行ってきた。
しかし、このようなアルミン酸ストロンチウム蓄光粒子の場合には、蓄光粒子間の凝集が発生するという問題の他に、粒子径の大きいものは輝度が高い(明るい)が、結晶化度が悪い(低い)ために分散性が悪いという問題があり、粒子径の小さい蓄光粒子には、結晶化度は高いが、輝度が低い(暗い)という問題があった。
【0003】
又、これまでに、持続性ある蓄光効果を発揮する蓄光シートとして、例えば下記の特許文献1において、Euを主賦活剤とするアルカリ土類金属のアルミン酸塩よりなる蓄光性蛍光体で、粒子径が20~100μmであるものを蓄光粉末として使用した蓄光シートが提案されており、この特許文献1には、蓄光粉末を含む塗料の塗布層上に、酸化チタンを含む隠蔽層が設けられた構成も開示されている。
しかしながら、市販されている蓄光粉末は一定の粒子径分布を有しているため、平均粒度よりも小さな蓄光粒子と、平均粒度よりも大きな蓄光粒子を混在して含む蓄光粉末をそのまま用いて塗料を調製し、フィルム基材上に塗布すると、粒子径の大きな蓄光粉末がフィルム基材側に沈降して位置し、その上に粒子径の小さな蓄光粉末が位置した配列構造(層断面構造)が形成され、フィルム基材と蓄光粒子表面層との間の充分な密着性が得られないことがあった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2003-276108号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明の課題は、上記の問題点を解決し、蓄光粒子とフィルム基材との密着性が良く、高輝度を発現する蓄光シート及びその製造方法を提供することである。
本発明者等は、蓄光粒子の輝度向上と、蓄光粒子とフィルム基材との密着性向上を目的とし、蓄光粒子の配列を結晶化度の違いにより制御できないかと考え、異なる平均粒度の蓄光粒子を、沸点の異なるアルコールからなる混合溶媒で溶媒置換した後、異なる酸度をもつ2種類のアクリレートエマルジョンにそれぞれ分散させて蓄光塗料Aと蓄光塗料Bを調製し、この蓄光塗料AとBを混合して得た蓄光塗料をフィルム基材上に塗布し、2段階で加熱乾燥を行ったところ、粒子径の大きい蓄光粒子が表面側に存在し、フィルム基材側に向かって粒子径が徐々に小さくなって、粒子径の小さな蓄光粒子がフィルム基材側に存在して配列された構造(以下、グラデーション構造という)が得られ、このグラデーション構造を有する蓄光シートが、従来の蓄光シートよりも蓄光粒子とフィルム基材との密着性が良好で、高輝度を発現することを見出して、本発明を完成した。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の蓄光シートは、フィルム基材の表面に、粒子径の異なる蓄光粒子を含む膜状の蓄光塗料層が設けられた蓄光シートであって、前記蓄光塗料層においては、粒子径の小さな蓄光粒子が前記フィルム基材に近接して位置し、当該フィルム基材の外側に向かって粒子径が徐々に大きくなるようにして蓄光粒子が配列され、粒子径の大きな蓄光粒子が最も外側に位置していることを特徴とする。
【0007】
又、本発明は、上記の特徴を有した蓄光シートにおいて、前記フィルム基材の外側に位置する蓄光粒子の粒子径が60μm以上200μm以下であり、前記フィルム基材に近接して位置する蓄光粒子の粒子径が20μm以上60μm未満であることを特徴とするものである。
【0008】
更に、本発明は、上記の蓄光シートを製造するための方法であって、当該方法が、
工程I:平均粒度が異なる第1蓄光粒子aと第2蓄光粒子bを準備する工程、
工程II:酸度の異なる2種類のアクリルエマルジョンを準備すると共に、沸点の異なるアルコールからなるアルコール混合溶媒を準備する工程、
工程III:平均粒度が大きい方の前記第1蓄光粒子aを、前記アルコール混合溶媒に混合した後、酸度が大きい方のアクリルエマルジョンに加えて攪拌を行い、蓄光塗料Aを調製する一方、平均粒度が小さい方の前記第2蓄光粒子bを、前記アルコール混合溶媒に混合した後、酸度が小さい方のアクリルエマルジョンに加えて攪拌を行い、蓄光塗料Bを調製する工程、
工程IV:前記蓄光塗料Aと前記蓄光塗料Bとを混合して得られた塗料を、フィルム基材上に均一な膜厚となるようにして塗布し、沸点が低い方の前記アルコールの沸点以下の第1乾燥温度で乾燥を行った後、昇温させて沸点が高い方の前記アルコールの沸点以上の第2乾燥温度で乾燥を行う工程
を含むことを特徴とする。
本願明細書における「酸度」とは、アクリルエマルジョンの中に含まれる酸価を意味しており、酸値の測定は、試料をキシレンと2-プロパノールの混合溶剤に溶かした後、電位差滴定法によりKOH-mg/g水酸化カリウム・エタノール溶液で滴定し、滴定曲線上の変曲点を終点として測定した値である。
実施例で使用したエマルジョンの酸度は、TOCRYL W168で酸度35、TOCRYL N140EC-2で酸度20であった。
【0009】
又、本発明は、上記の特徴を有した蓄光シートの製造方法において、前記第1蓄光粒子aの平均粒度が60μm以上200μm以下であり、前記第2蓄光粒子bの平均粒度が20μm以上60μm未満であることを特徴とするものである。
【0010】
又、本発明は、上記の特徴を有した蓄光シートの製造方法において、前記蓄光塗料Aを調製するのに用いられるアクリルエマルジョンの酸度が25以上であり、前記蓄光塗料Bを調製するのに用いられるアクリルエマルジョンの酸度が25未満であることを特徴とするものでもある。
【0011】
更に本発明は、上記の特徴を有した蓄光シートの製造方法において、前記アルコール混合溶媒が、エタノールメタノール混合溶媒であることを特徴とするものでもある。
【発明の効果】
【0012】
本発明の蓄光シートは、粒子径の小さな蓄光粒子がフィルム基材側に存在していることにより、蓄光粒子とフィルム基材との密着性が高く、しかも、粒子径の大きな蓄光粒子が最も外側に位置していることにより、光照射を受けた際に高輝度が発現し、明るい発光が観察される。
又、本発明の蓄光シートの製造方法を用いることにより、一回の塗布で、粒子径の小さな蓄光粒子がフィルム基材に近接して位置し、フィルム基材の外側に向かって粒子径が徐々に大きくなるようにして蓄光粒子が配列され、粒子径の大きな蓄光粒子が最も外側に位置したグラデーション構造を有する蓄光塗料層が設けられた蓄光シートを製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例で得られた本発明の蓄光シートの断面における蓄光粒子の分散状態を示す電子顕微鏡画像(SEM画像、倍率:100倍)であり、下側がフィルム基材である。
図2】(a)は、実施例で得られた本発明の蓄光シートの、屈曲試験を行う前の表面状態を示すSEM画像(倍率:50倍)であり、(b)は、比較例で得られた蓄光シートの、屈曲試験を行う前の表面状態を示すSEM画像(倍率:50倍)である。
図3】(a)は、実施例で得られた本発明の蓄光シートの、屈曲試験(20回)後の屈曲部分の表面状態を示すSEM画像(倍率:100倍)であり、(b)は、比較例で得られた蓄光シートの、屈曲試験(5回)後の屈曲部分の表面状態を示すSEM画像(倍率:100倍)である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明の蓄光シートは、フィルム基材の表面に、粒子径の異なる蓄光粒子を含む膜状の蓄光塗料層が設けられたものであり、この蓄光塗料層は、図1の電子顕微鏡画像(SEM画像)に示されるように、粒子径の小さな蓄光粒子がフィルム基材に近接して位置し、フィルム基材の外側に向かって粒子径が徐々に大きくなるように粒子径が連続的に変化して蓄光粒子が配列され、粒子径の大きな蓄光粒子が最も外側(最表面側)に多く位置したグラデーション構造を有している。
この際、最表面側(フィルム基材の外側)に位置し、高輝度を発現する粒子径の大きな蓄光粒子の粒子径は60μm以上200μm以下であることが好ましく、60μm以上150μm以下であることがより好ましい。
一方、最表面側に位置する蓄光粒子よりも粒子が小さく、フィルム基材に近接して位置し、フィルム基材との密着性を向上させるのに寄与する粒子径の小さな蓄光粒子の粒子径は20μm以上60μm未満であることが好ましく、20μm以上40μm以下であることがより好ましい。
【0015】
本発明の蓄光シートにおける蓄光塗料層に含まれる蓄光粒子としては、アルカリ土類金属酸化物(SrAlやSrAl1425等のアルミン酸ストロンチウム化合物等)に、賦活剤として希土類元素をドープさせる(Eu、Dy等のランタノイド系希土類元素をEuやDy等の酸化物の形態にて添加する)ことにより製造された各種市販品を利用することができる。
【0016】
本発明の蓄光シートにおける蓄光塗料層は、蓄光粒子が分散された塗料を一回塗布して乾燥を行うことにより形成されたものであり、前記のグラデーション構造を有する蓄光塗料層は、後述する異なる平均粒度を有した蓄光粒子(平均粒度が大きいものと小さいもの)と、異なる酸度を有したアクリルエマルジョン(酸度が大きいものと小さいもの)をそれぞれ混合して得られた塗料を混合した後、フィルム基材上に塗布し、乾燥を行うことにより形成できる。
尚、本発明の蓄光シートにおける蓄光塗料層の厚みは特に限定されるものではないが、一般的には100μm~1000μmである。
【0017】
本発明の蓄光シートにおけるフィルム基材の厚みや材質は特に限定されないが、30~300μm、特に40~100μm程度の厚みであるものが好ましく、材質としては、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルムや ポリオレフィンフィルム等が好ましい。又、蓄光塗料層との接着性を高めるため、本発明におけるフィルム基材は、その表面にコロナ処理等が施されたものであることが好ましい。
尚、本発明では、任意の被着体の表面に、上記の蓄光シートが貼着できるよう、フィルム基材の裏面側に、市販のアクリル系粘着剤を塗布することにより粘着剤層を形成し、この粘着剤層が、離型処理された剥離シートにて覆われた構成としてもよい。
【0018】
次に、上記の層構成を有した蓄光シートを製造するための本発明の製造方法における各工程について説明する。
本発明の製造方法における工程Iは、平均粒度が異なる第1蓄光粒子aと第2蓄光粒子bを準備する工程であり、この際、粒子径分布を有した蓄光粒子を分級することによって、平均粒度が大きい方の第1蓄光粒子aと、平均粒度が小さい方の第2蓄光粒子bを得ることができる。本発明では、分級を行う際に使用するメッシュ(目開き)を適宜選択することによって、第1蓄光粒子aと第2蓄光粒子bの平均粒度を適宜調整することができ、簡単に効率のよい篩い分けが可能である。
【0019】
本発明では、平均粒度が大きい方の第1蓄光粒子aの平均粒度は60μm以上200μm以下であることが好ましく、平均粒度が小さい方の第2蓄光粒子bの平均粒度は20μm以上60μm未満であることが好ましい。
本発明における工程Iにおいては、メッシュを用いた分級を行うことなく、平均粒度の異なる市販の2種類の蓄光粒子を第1蓄光粒子a、第2蓄光粒子bとして利用してもよい。
【0020】
次に行われる工程IIでは、酸度の異なる2種類のアクリルエマルジョンを準備すると共に、沸点の異なる2種類のアルコールからなるアルコール混合溶媒を準備する。
本発明では、酸度の異なる2種類のアクリルエマルジョンとして、酸度が25以上、好ましくは25以上50以下のアクリルエマルジョンと、酸度が25未満、好ましくは10以上25未満であるアクリルエマルジョンとを準備することが好ましい。
【0021】
本発明では、酸度の異なる2種類のアクリルエマルジョンとして市販品を利用することができ、酸度が大きい方(例えば、酸度25以上)のアクリルエマルジョンとしては、例えば、東洋ケミ株式会社製のアクリルエマルジョンTOCRYL W168(酸度35、粘度3000)や、星光PMC社製JE-1113(酸度42、粘度300)等が使用できる。又、酸度が小さい方(例えば、酸度25未満)のアクリルエマルジョンとしては、東洋ケミ株式会社製のアクリルエマルジョンTOCRYL N140EC-2(酸度20、粘度500)、星光PMC社製 M141(酸度19、粘度750)のアクリルエマルジョン等が使用できる。
【0022】
又、本発明における工程IIにおいて、アルコール混合溶媒を構成する沸点の異なルコールの種類は特に限定されないが、2種類のアルコールの沸点の差は10~30℃であることが好ましく、特にエタノールとメタノールの混合物が好ましい。この工程IIにおいて、エタノールメタノール混合溶媒を用いる場合、エタノールとメタノールの比(体積比)は70~30:50~50であることが好ましい。
又、上記のようなアルコールの比(体積比)が好ましいのは、蓄光粒子の結晶化度の違いによるためであり、具体的には、粒径の大きい蓄光粒子はメタノールに配位する傾向にあり、メタノールを介して酸度の高い方のアクリレートが分散する傾向にある。
その結果、沸点が低い方のメタノールが蒸発する過程で、マランゴニ対流によって大きい蓄光粒子が上昇して分散媒がなくなり、酸度の高い方のアクリレートエマルジョンが上側(蓄光塗料層の外側)で固定化されると考えられる。一方、酸度の小さい方のアクリレートエマルジョンは、メタノールを蒸発させた後、残った分散媒のエタノールを蒸発させることにより、粒径の小さい蓄光粒子と共にフィルム基材側(下側)で固定されると考えられる。
尚、本発明における工程IIにおいて使用されるアルコール混合溶媒は、2種類のアルコールを混合して調製したものの他、例えば、市販されているエタノールメタノール混合溶媒(中国精油株式会社製の商品名:CSソルブ等)を利用してもよい。
【0023】
本発明の製造方法における工程IIIにおいては、工程Iで準備した平均粒度の大きな第1蓄光粒子aを、工程IIで準備したアルコール混合溶媒に混合した後、酸度が大きい方のアクリルエマルジョンに加えて攪拌を行い、蓄光塗料Aを調製する一方、工程Iで準備した平均粒度の小さな第2蓄光粒子bを、工程IIで準備したアルコール混合溶媒に混合した後、酸度が小さい方のアクリルエマルジョンに加えて攪拌を行い、蓄光塗料Bを調製する。
この工程IIIにおいて、平均粒度の大きな第1蓄光粒子aを、酸度が大きい(アセトアセチル基の酸官能が高い)方のアクリルエマルジョンに加えて蓄光塗料Aを調製し、平均粒度の小さな第2蓄光粒子bを、酸度が小さい(アセトアセチル基の酸官能が低い)方のアクリルエマルジョンに加えて蓄光塗料Bを調製するのは、前述のようにメタノールを介して酸度が大きい方のアクリル樹脂は、高い結晶化度の大きな蓄光粒子と結びつく傾向があり、酸度が低い方のアクリル樹脂は、低い結晶化度の小さな蓄光粒子と結びつく傾向があるからである。
【0024】
上記の蓄光塗料Aを調製する際、第1蓄光粒子a:アルコール混合溶液の比(重量比率)は、90:10~80:20であることが好ましく、第1蓄光粒子a:アクリルエマルジョン中のアクリル樹脂固形分の比(重量比率)は、80:20~60:40であることが好ましい。
又、上記の蓄光塗料Bを調製する際、第2蓄光粒子b:アルコール混合溶液の比(重量比率)は、90:10~70:30であることが好ましく、第2蓄光粒子b:アクリルエマルジョン中のアクリル樹脂固形分の比(重量比率)は、80:20~60:40であることが好ましい。
【0025】
最終工程である工程IVにおいては、工程IIIで調製された蓄光塗料Aと蓄光塗料Bとを混合して得られた塗料を、フィルム基材上に均一な膜厚となるようにして塗布した後、2段階での加熱乾燥が行われ、最初に、アルコール混合溶媒中の沸点が低い方のアルコールの沸点以下の第1乾燥温度で乾燥を行った後に昇温させて、沸点が高い方のアルコールの沸点以上の第2乾燥温度で乾燥を行う。この際、沸点が低い方のアルコールの沸点と、沸点が高い方のアルコールの沸点との差は10~30℃であることが好ましい。
本発明では、このような工程IVを実施することにより、粒子径の大きい蓄光粒子が表面側に多く存在し、フィルム基材側に向かって粒子径が徐々に小さくなって、粒子径の小さな蓄光粒子がフィルム基材側に存在して配列されたグラデーション構造の蓄光塗料層が形成される。
【0026】
本発明では、アルコール混合溶媒を構成するアルコールの種類に応じて、第1乾燥温度と第2乾燥温度が選択されるが、アルコール混合溶媒中の沸点が低い方のアルコールがメタノールで、沸点が高い方のアルコールがエタノールであることが好ましく、エタノールメタノール混合溶媒の場合には、メタノールの沸点(64.6℃)以下の第1乾燥温度、好ましくは55~64.6℃で20~50分、好ましくは30分程度の加熱を行った後に、昇温させてエタノールの沸点(78.3℃)以上の第2乾燥温度、好ましくは78.3~85℃で20~50分、好ましくは30分程度の加熱を行うのが好ましい。
【0027】
本発明における工程IVでは、フィルム基材上に塗布する塗料を構成する蓄光塗料Aと蓄光塗料Bとの混合比(重量比率)は、7:3~5:5であることが好ましい。
尚、本発明では、上記の蓄光塗料Aと蓄光塗料Bとの混合により得られる塗料の塗布量を適宜選択できるが、一般的には100~300g/mが好ましく、特に150~250g/m程度が好ましく、塗布方法(塗布方式)については限定されるものではない。
【0028】
本発明では、このような2段階加熱によって、塗料に含まれる2種類の溶媒(メタノールとエタノール)の沸点の違いにより塗膜内での膜厚み方向の対流が生じ、この対流によって粒子径の大きな蓄光粒子の沈降が抑制され、上方(フィルム基材から遠ざかる方向)に持ち上げられる力が働き、フィルム基材側に向かって蓄光粒子の粒子径が連続的に徐々に小さくなったグラデーション構造の蓄光塗料層が形成されるものと考えられる。
【0029】
上記の工程I~IVにより製造された本発明の蓄光シートは、異なる平均粒度の蓄光粒子を用いることなく、蓄光粒子を1種類のアクリルエマルジョンに分散させて調製した蓄光塗料を、フィルム基材上に塗布することにより蓄光塗料層を形成した蓄光シートに比べて、蓄光塗料層とフィルム基材間の密着力が大きく、高輝度を発現する。
以下、本発明の実施例を示して本発明を説明するが、本発明は、これに限定されるものではない。
【実施例
【0030】
[実施例]
蓄光顔料としては、EuとDyがドープされたアルミン酸ストロンチウム蓄光粒子(エルティーアイ株式会社製の商品名:アルファベガシリーズ、平均粒度100μ)を準備した。
酸度の異なる2種類のアクリルエマルジョンとしては、酸度35のアクリルエマルジョンTOCRYL W168(東洋ケミ株式会社製)と、酸度20のアクリルエマルジョンTORICOL N140EC-2(東洋ケミ株式会社製)を準備した。
上記のEu,Dyドープアルミン酸ストロンチウム蓄光粒子10gを、目開き60μのメッシュを用いて分級し、粒子径60μm以上の第1蓄光粒子a6gと、粒子径60μm未満の第2蓄光粒子b4gを得た。
【0031】
そして、6gの上記第1蓄光粒子aを、エタノールメタノール混合溶媒であるCSソルブ(中国精油株式会社製、エタノール:メタノール=6:4)0.6gに混合した後、酸度35の上記アクリルエマルジョンTOCRYL W168を1.8g加えて攪拌し、蓄光塗料Aを得た。
一方、4gの上記第2蓄光粒子bを、エタノールメタノール混合溶媒であるCSソルブ(中国製油株式会社製、エタノール:メタノール=6:4)0.6gに混合した後、酸度20の上記アクリルエマルジョンTOCRYL N140EC-2を1.0g加えて攪拌し、蓄光塗料Bを得た。
【0032】
上記で得られた蓄光塗料Aに、上記の蓄光塗料Bとイソプロピルアルコール0.2gを逐次添加して攪拌を行って塗料を調製し、この塗料を、バーコーター(番線No.100を使用)で、フィルム基材(フタムラ化学株式会社製のコロナ処理ポリエチレンテレフタレートフィルム、厚さ:38μ)上に塗布した後、60℃で30分間乾燥し、更に80℃で30分間乾燥を行い、本発明の蓄光シートを得た。このようにして得られた蓄光シートの乾燥後の蓄光塗料層の厚みは約600μmであった。
図1には、上記実施例で得られた本発明の蓄光シートの蓄光粒子の分散状態を示す電子顕微鏡画像(断面のSEM画像)が示されており、このSEM画像から、粒子径の小さな蓄光粒子がフィルム基材に近接して位置し、フィルム基材の外側に向かって粒子径が徐々に大きくなるように粒子径が連続的に変化して蓄光粒子が配列され、粒子径の大きな蓄光粒子が最表面側に多く位置したグラデーション構造が形成されていることが確認された。
【0033】
[比較例(従来の製造例)]
上記実施例における蓄光顔料を分級することなく使用し、この蓄光顔料10gをCSソルブ1gに分散させ、酸度20の上記アクリルエマルジョンTOCRYL N140EC-2を3.5g加えて攪拌し、蓄光塗料を得た。
上記で得られた蓄光塗料を用いて、上記実施例と同様にして上記フィルム基材上に塗布した後、80℃で30分間乾燥を行い、蓄光シート(比較品)を得た。このようにして得られた蓄光シートの乾燥後の蓄光塗料層の厚みは約600μmであった。
【0034】
[蓄光塗料層とフィルム基材との間の密着力の測定]
上記の実施例で得られた本発明の蓄光シートと、比較例で得られた蓄光シートのそれぞれについて、180度屈曲(シートを180度折り曲げる)を繰り返し、屈曲部分の断面SEM画像から蓄光塗料層とフィルム基材との間の密着力を評価した。
図2(a)には、実施例で得られた本発明の蓄光シートの、屈曲試験を行う前の表面状態を示すSEM画像が示されており、図2(b)には、比較例で得られた蓄光シートの、屈曲試験を行う前の表面状態を示すSEM画像が示されており、倍率はどちらも50倍である。
この図2(a)、(b)のSEM画像から、本発明の蓄光シートの蓄光塗料層の表面には、粒径の大きい粒子(100-60μm)が均一に分布しているが、比較例で得られた蓄光シートの蓄光塗料層の表面には、粒径の大きい粒子(100-60μm)が均一に分布していないことが確認された。
【0035】
又、図3(a)に示された、実施例で得られた本発明の蓄光シートの、屈曲試験(20回)後の屈曲部分の表面状態を示すSEM画像と、図3(b)に示された、比較例で得られた蓄光シートの、屈曲試験(5回)後の屈曲部分の表面状態を示すSEM画像の比較から、本発明の蓄光シートは柔軟性を有しているために、上記の屈曲試験を行っても屈曲部分の蓄光塗料層の表面にクラック(破断)が見受けられなかったが、比較例で得られた蓄光シートの場合には、屈曲試験(5回)後に、矢印で示した部分(写真の縦方向)にクラックの発生が認められた。尚、比較例の蓄光シートの蓄光塗料層の表面に発生した屈曲試験後のクラックは、図3(b)の矢印部分のクラックだけでなく、大きいものから小さいものまで様々存在していた。
上記の屈曲試験の結果から、本発明の蓄光シートは、比較例で得られた蓄光シートに比べ、蓄光粒子とバインダーとの間の密着力が強く、蓄光粒子がバインダーを介してフィルム基材と強く密着していることがわかった。
【0036】
[残光輝度(20分蓄光)の測定]
上記の実施例で得られた本発明の蓄光シートと、比較例で得られた蓄光シートの表面に、D65光源を用いて200Lxの光を20分間照射して蓄光し、照射を止めてから、20分後のシート残光輝度(単位=ミリカンデラ毎平方メートル)をBM5AS(トプコンテクノハウス株式会社製)にて測定した。
その結果、本発明の蓄光シートの2分後の輝度は21120mcd/mで、20分後のシート残光輝度が305mcd/m(JDクラス)であったのに対し、比較品については2分後の輝度が19800mcd/mで、20分後の輝度が276mcd/mであった。
【0037】
上記の測定結果から、本発明の製造方法により製造された本発明の蓄光シートは、従来の方法を用いて製造された蓄光シートよりも、蓄光粒子とフィルム基材との密着性が高く、しかも、20分蓄光による残光輝度が優れていることが確認された。
【産業上の利用可能性】
【0038】
本発明の蓄光シートは、蓄光粒子とフィルム基材との密着性が良く、高輝度を発現し、屋内用や屋外用の各種用途に使用できる。
又、本発明の製造方法を用いることによって、上記の特性を有する蓄光シートを、一回の塗料の塗布により容易に製造することができる。
【要約】
【課題】高輝度を発現する蓄光シート及びその製造方法の提供。
【解決手段】本発明の蓄光シートは、フィルム基材の表面に膜状の蓄光塗料層が設けられており、前記蓄光塗料層においては、粒子径の小さな蓄光粒子がフィルム基材に近接して位置し、当該フィルム基材の外側に向かって粒子径が徐々に大きくなるようにして蓄光粒子が配列され、粒子径の大きな蓄光粒子が最も外側に位置している。この蓄光シートは、平均粒度の異なる蓄光粒子をそれぞれ、沸点の異なるアルコールからなるアルコール混合溶に混合した後、平均粒度の大きい蓄光粒子を酸度が大きい方のアクリレートエマルジョンに加えて攪拌して蓄光塗料Aを調製し、平均粒度の小さい蓄光粒子を酸度が小さい方のアクリレートエマルジョンに加えて攪拌して蓄光塗料Bを調製し、両者を混合してフィルム基材の表面に塗布した後、2段階で加熱乾燥を行うことにより製造できる。
【選択図】図1
図1
図2
図3