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特許7368123シート状細胞培養物収容容器および剥離防止デバイス
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  • 特許-シート状細胞培養物収容容器および剥離防止デバイス 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-16
(45)【発行日】2023-10-24
(54)【発明の名称】シート状細胞培養物収容容器および剥離防止デバイス
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20231017BHJP
   C12N 5/071 20100101ALN20231017BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/071
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2019122925
(22)【出願日】2019-07-01
(65)【公開番号】P2021007343
(43)【公開日】2021-01-28
【審査請求日】2022-05-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000109543
【氏名又は名称】テルモ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】山口 徹哉
(72)【発明者】
【氏名】結城 りさ
【審査官】山▲崎▼ 真奈
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-070824(JP,A)
【文献】特開2001-299326(JP,A)
【文献】特開2017-063730(JP,A)
【文献】実開平06-033499(JP,U)
【文献】特開2016-002023(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
シート状細胞培養物を収容する細胞培養物収容容器であって、
該シート状細胞培養物を収容する収容部を構成する容器と、
該シート状細胞培養物の少なくとも一部に当接するための当接部材と、
前記容器を密閉するための蓋部材とを備え、
前記蓋部材を前記容器に装着した状態で、前記当接部材が前記シート状細胞培養物と当接する当接位置と、前記当接部材と前記シート状細胞培養物とが当接しない状態となる非当接位置とに移動可能となるよう構成されており、
前記当接部材は、さらに操作部を有し、
該操作部の操作により、前記当接位置と前記非当接位置とに移動可能に構成されており、
前記蓋部材は、スリットが設けられており、前記蓋部材と前記操作部との係合をスリットを介して解除することで、前記当接部材の移動が可能になるように構成されている、
前記細胞培養物収容容器。
【請求項2】
前記当接部材は、前記当接位置において、前記容器内の前記シート状細胞培養物の周縁部の少なくとも一部に当接するように構成されている、請求項1に記載の細胞培養物収容容器。
【請求項3】
前記当接部材は、前記容器内の前記シート状細胞培養物を覆うメッシュ状に構成されている、請求項1または2に記載の細胞培養物収容容器。
【請求項4】
前記操作部を回転させることで、前記係合が解除されるように構成されている、請求項1~3のいずれか一項に記載の細胞培養物収容容器。
【請求項5】
前記操作部の回転が、タイマーで自動制御できるように構成されている、請求項に記載の細胞培養物収容容器。
【請求項6】
前記当接部材の移動中に、スリットが閉じられるように構成されている、請求項1~5のいずれか一項に記載の細胞培養物収容容器。
【請求項7】
前記当接部材の移動距離を制限するストッパーをさらに含む、請求項1~のいずれか一項に記載の細胞培養物収容容器。
【請求項8】
前記蓋部材を覆うためのカバー部材をさらに含む、請求項1~のいずれか一項に記載の細胞培養物収容容器。
【請求項9】
シート状細胞培養物を収容する容器に用いるデバイスであって、
該容器を密閉し、前記容器に装着される蓋部材と、
該シート状細胞培養物の少なくとも一部に当接するための当接部材とを備え、
前記蓋部材を前記容器に装着した状態で、前記当接部材が前記シート状細胞培養物と当接する当接位置と、前記当接部材と前記シート状細胞培養物とが当接しない状態となる非当接位置とに移動可能となるよう構成されており
前記当接部材は、さらに操作部を有し、
該操作部の操作により、前記当接位置と前記非当接位置とに移動可能に構成されており、
前記蓋部材は、スリットが設けられており、前記蓋部材と前記操作部との係合をスリットを介して解除することで、前記当接部材の移動が可能になるように構成されている、
前記デバイス。
【請求項10】
前記当接部材は、前記当接位置において、前記容器内の前記シート状細胞培養物の周縁部の少なくとも一部に当接するように構成されている、請求項に記載のデバイス。
【請求項11】
前記当接部材は、前記容器内の前記シート状細胞培養物を覆うメッシュ状に構成されている、請求項または10に記載のデバイス。
【請求項12】
前記操作部を回転させることで、前記係合が解除されるように構成されている、請求項9~11のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項13】
前記操作部の回転が、タイマーで自動制御できるように構成されている、請求項12に記載のデバイス。
【請求項14】
前記当接部材の移動中に、スリットが閉じられるように構成されている、請求項9~13のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項15】
前記当接部材の移動距離を制限するストッパーをさらに含む、請求項9~14のいずれか一項に記載のデバイス。
【請求項16】
前記蓋部材を覆うためのカバー部材をさらに含む、請求項9~15のいずれか一項に記載のデバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シート状細胞培養物収容容器および剥離防止デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、損傷した組織等の修復のために、種々の細胞を移植する試みが行われている。例えば、狭心症、心筋梗塞などの虚血性心疾患により損傷した心筋組織の修復のために、胎児心筋細胞、骨格筋芽細胞、間葉系幹細胞、心臓幹細胞、ES細胞、iPS細胞等の利用が試みられている(非特許文献1)。
【0003】
このような試みの一環として、スキャフォールドを利用して形成した細胞構造物や、細胞をシート状に形成したシート状細胞培養物が開発されてきた(特許文献1)。シート状細胞培養物は、培養容器などの基材上で細胞を培養し、細胞間接着で細胞同士を連結させることで形成することができ、基材上に細胞が接触して培養が促される状態を維持する必要がある。
【0004】
細胞間接着の力が、細胞と基材との接着力より大きい場合、培養中にシート状細胞培養物が周縁部から剥離して反り返ることがある。また、刺激応答性の基材を使用した場合、シート状細胞培養物が意図せず剥離し、それに気づかないまま培養を進行すると、細胞シートが折れ曲がった状態で細胞間接着が形成されることにより、皺が発生したり、シートの縁が盛り上がったりすることがある。これにより細胞シートの外形が損なわれ、移植等の操作が困難になる。
【0005】
このような問題に対応するために、様々な手段が開発されている。たとえば、特許文献2には、培養容器の内底面からの組織の剥離を防止する組織剥離防止プレートであって、平板状のプレート本体と、前記プレート本体の表裏に貫通する複数の観察用開口部とを有し、プレート本体によって組織の浮き上がりを抑えることで、培養容器の内底面に組織が接触した状態を維持できることを特徴とする組織剥離防止プレートが記載されている。
【0006】
また、特許文献3には、液体培地中、シート状の支持体の存在下で細胞を培養するための平板状の培養器であって、支持体が載置される培養面を有する底部と、底部上に配置される覆い部と、支持体が浮き上がることを防止する浮き上がり防止手段と、培養器内部の液体培地を交換可能にする液体交換手段と、を備えたことを特徴とする培養器が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特表2007-528755号公報
【文献】特開2015-70824号公報
【文献】特開2001-299326号公報
【非特許文献】
【0008】
【文献】Haraguchi et al., Stem Cells Transl Med. 2012;1(2):136-41
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上記のような手段では、細胞培養物の浮き上がりを抑えるプレートや支持体などの部材が、細胞の培養の初期段階から設置されているため、シートに欠損部ができたり、ガス不足や栄養不足などにより細胞の培養が阻害されたりすることで、細胞培養物が適切に形成されない恐れがある。
【0010】
本発明はこのような点を考慮してなされたものであり、細胞シート形成を阻害することなく、また、シートを破損することなく、シート状細胞培養物の剥離を防止することができる手段を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
すなわち本発明は、以下に関する。
[1]シート状細胞培養物を収容する細胞培養物収容容器であって、該シート状細胞培養物を収容する収容部を構成する容器と、該シート状細胞培養物の少なくとも一部に当接するための当接部材と、前記容器を密閉するための蓋部材とを備え、前記蓋部材を前記容器に装着した状態で、前記当接部材が前記シート状細胞培養物と当接する当接位置と、前記当接部材と前記シート状細胞培養物とが当接しない状態となる非当接位置とに移動可能となるよう構成されている、前記細胞培養物収容容器。
[2]前記当接部材は、前記当接位置において、前記容器内の前記シート状細胞培養物の周縁部の少なくとも一部に当接するように構成されている、[1]に記載の細胞培養物収容容器。
[3]前記当接部材は、前記容器内の前記シート状細胞培養物を覆うメッシュ状に構成されている、[1]または[2]に記載の細胞培養物収容容器。
[4]前記当接部材は、さらに操作部を有し、該操作部の操作により、前記当接位置と前記非当接位置とに移動可能に構成されている、[1]~[3]のいずれかに記載の細胞培養物収容容器。
[5]前記蓋部材は、スリットが設けられており、前記蓋部材と前記操作部との係合をスリットを介して解除することで、前記当接部材の移動が可能になるように構成されている、[4]に記載の細胞培養物収容容器。
[6]前記操作部を回転させることで、前記係合が解除されるように構成されている、[5]に記載の細胞培養物収容容器。
[7]前記操作部の回転が、タイマーで自動制御できるように構成されている、[6]に記載の細胞培養物収容容器。
[8]前記当接部材の移動中に、スリットが閉じられるように構成されている、[5]~[7]のいずれかに記載の細胞培養物収容容器。
[9]前記当接部材の移動距離を制限するストッパーをさらに含む、[1]~[8]のいずれかに記載の細胞培養物収容容器。
[10]前記蓋部材を覆うためのカバー部材をさらに含む、[1]~[9]のいずれかに記載の細胞培養物収容容器。
【0012】
[11]シート状細胞培養物を収容する容器に用いるデバイスであって、該容器を密閉し、前記容器に装着される蓋部材と、該シート状細胞培養物の少なくとも一部に当接するための当接部材とを備え、前記蓋部材を前記容器に装着した状態で、前記当接部材が前記シート状細胞培養物と当接する当接位置と、前記当接部材と前記シート状細胞培養物とが当接しない状態となる非当接位置とに移動可能となるよう構成されている、前記デバイス。
[12]前記当接部材は、前記当接位置において、前記容器内の前記シート状細胞培養物の周縁部の少なくとも一部に当接するように構成されている、[11]に記載のデバイス。
[13]前記当接部材は、前記容器内の前記シート状細胞培養物を覆うメッシュ状に構成されている、[11]または[12]に記載のデバイス。
[14]前記当接部材は、さらに操作部を有し、該操作部の操作により、前記当接位置と前記非当接位置とに移動可能に構成されている、[11]~[13]のいずれかに記載のデバイス。
[15]前記蓋部材は、スリットが設けられており、前記蓋部材と前記操作部との係合をスリットを介して解除することで、前記当接部材の移動が可能になるように構成されている、[14]に記載のデバイス。
[16]前記操作部を回転させることで、前記係合が解除されるように構成されている、[15]に記載のデバイス。
[17]前記操作部の回転が、タイマーで自動制御できるように構成されている、[16]に記載のデバイス。
[18]前記当接部材の移動中に、スリットが閉じられるように構成されている、[15]~[17]のいずれかに記載のデバイス。
[19]前記当接部材の移動距離を制限するストッパーをさらに含む、[11]~[18]のいずれかに記載のデバイス。
[20]前記蓋部材を覆うためのカバー部材をさらに含む、[11]~[19]のいずれかに記載のデバイス。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、簡単な作業と機構で効率よく容器内のシート状細胞培養物の剥離を防止することができるため、作業性や製造コストの点において大きなメリットがある。また、蓋部材を容器に装着した状態で、当接部材を移動できるため、コンタミネーションなどの発生を最小限に抑えることができる。さらに、適切なタイミングでシート状細胞培養物を押さえることができるため、細胞シート形成を阻害することなく、シート状細胞培養物の剥離を防止することができる
【0014】
そして、本発明によれば、蓋部材を容器に装着した状態で、シート状細胞培養物の培養、形成、移送、確認までを行うことができる。これにより、蓋部材の取り外しを繰り返すことで周囲を汚染するような問題を最小限に抑えることができる。したがって、シート状細胞培養物の作製に使用されるバイオクリーンルームなど、清浄度が厳密に管理されている場所での使用に適している。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1図1は、本発明の実施形態に係るデバイスの概念図である。
図2図2は、図1のデバイスの使用例を示す概念図である。
図3図3は、図1および図2のデバイスの変形例を示す概念図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の一側面は、シート状細胞培養物を収容する細胞培養物収容容器であって、該シート状細胞培養物を収容する収容部を構成する容器と、該シート状細胞培養物の少なくとも一部に当接するための当接部材と、前記容器を密閉するための蓋部材とを備え、前記蓋部材を前記容器に装着した状態で、前記当接部材が前記シート状細胞培養物と当接する当接位置と、前記当接部材と前記シート状細胞培養物とが当接しない状態となる非当接位置とに移動可能となるよう構成されている、前記細胞培養物収容容器に関する。
【0017】
本発明において、シート状細胞培養物とは、細胞が互いに連結してシート状になったものをいう。細胞同士は、直接(接着分子などの細胞要素を介するものを含む)および/または介在物質を介して、互いに連結していてもよい。介在物質としては、細胞同士を少なくとも物理的(機械的)に連結し得る物質であれば特に限定されないが、例えば、細胞外マトリックスなどが挙げられる。介在物質は、好ましくは細胞由来のもの、特に、シート状細胞培養物を構成する細胞に由来するものである。細胞は少なくとも物理的(機械的)に連結されるが、さらに機能的、例えば、化学的、電気的に連結されてもよい。シート状細胞培養物は、1の細胞層から構成されるもの(単層)であっても、2以上の細胞層から構成されるもの(多層体)であってもよい。また、シート状細胞培養物は、細胞が明確な層構造を示すことなく、細胞1個分の厚みを超える厚みを有する3次元構造を有してもよい。例えば、シート状細胞培養物の垂直断面において、細胞が水平方向に均一に整列することなく、不均一に(例えば、モザイク状に)配置された状態で存在していてもよい。シート状細胞培養物は、独立して形成された単一の(一枚の)シート状細胞培養物として存在してもよく、また独立した単一の(一枚の)シート状細胞培養物が二以上積層されて形成された積層体として存在してもよい。積層体は、例えばシート状細胞培養物が2層(2枚)、3層(3枚)、4層(4枚)、5層(5枚)、または6層(6枚)積層された積層体であってよい。
【0018】
本発明におけるシート状細胞培養物は、上記の構造を形成し得る任意の細胞から構成される。かかる細胞の例としては、限定されずに、接着細胞(付着性細胞)を含む。接着細胞は、例えば、接着性の体細胞(例えば、心筋細胞、線維芽細胞、上皮細胞、内皮細胞、肝細胞、膵細胞、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞、滑膜細胞、軟骨細胞など)および幹細胞(例えば、筋芽細胞、心臓幹細胞などの組織幹細胞、胚性幹細胞、iPS(induced pluripotent stem)細胞などの多能性幹細胞、間葉系幹細胞等)などを含む。体細胞は、幹細胞、特にiPS細胞から分化させたものであってもよい。シート状細胞培養物を形成し得る細胞の非限定例としては、例えば、筋芽細胞(例えば、骨格筋芽細胞など)、間葉系幹細胞(例えば、骨髄、脂肪組織、末梢血、皮膚、毛根、筋組織、子宮内膜、胎盤、臍帯血由来のものなど)、心筋細胞、線維芽細胞、心臓幹細胞、胚性幹細胞、iPS細胞、滑膜細胞、軟骨細胞、上皮細胞(例えば、口腔粘膜上皮細胞、網膜色素上皮細胞、鼻粘膜上皮細胞など)、内皮細胞(例えば、血管内皮細胞など)、肝細胞(例えば、肝実質細胞など)、膵細胞(例えば、膵島細胞など)、腎細胞、副腎細胞、歯根膜細胞、歯肉細胞、骨膜細胞、皮膚細胞等が挙げられる。本明細書においては、単層の細胞培養物を形成するもの、例えば、筋芽細胞または心筋細胞などが好ましく、とくに好ましくは骨格筋芽細胞またはiPS細胞由来の心筋細胞である。
【0019】
細胞は、細胞培養物による治療が可能な任意の生物に由来し得る。かかる生物には、とくに限定されないが、例えば、ヒト、非ヒト霊長類、イヌ、ネコ、ブタ、ウマ、ヤギ、ヒツジなどが含まれる。また、シート状細胞培養物の形成に用いる細胞は1種類のみであってもよいが、2種類以上の細胞を用いることもできる。本発明の好ましい態様において、細胞培養物を形成する細胞が2種類以上ある場合、最も多い細胞の比率(純度)は、細胞培養物製造終了時において、例えば骨格筋芽細胞の場合、65%以上、好ましくは70%以上、より好ましくは75%以上である。
【0020】
本発明におけるシート状細胞培養物は、スキャフォールド(細胞培養時の足場)に細胞を播種し、培養することによって得られるシート形状の培養組織などでもよいが、好ましくは、細胞培養物を構成する細胞由来の物質のみからなり、それら以外の物質を含まない。
シート状細胞培養物は、任意の既知の手法によって製造されたものであってよい。
【0021】
本発明の一態様において、シート状細胞培養物は、シート状骨格筋芽細胞培養物である。これは、シート状骨格筋芽細胞培養物は、その一部をつかむと自重で破断するほど脆弱であるがゆえに、従来単体で移送することができないばかりか、一度折り重なると元の形状に戻すことが極めて困難なため、液中でシート形状を維持することに大きな意義があるからである。
【0022】
本発明において、容器は、内部にシート状細胞培養物、液体などを収容でき、液体が漏出しないものであればとくに限定されず、市販の容器を含む任意のものを用いることができる。容器の材料としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられるがこれに限定されない。また、容器は、シート状細胞培養物の形状を維持するための少なくとも1つの平坦な底面を有することが好ましく、例えば、シャーレ、細胞培養皿、細胞培養ボトルなどが挙げられるがこれに限定されない。平坦な底面の面積は、特に限定されないが、典型的には、9.1~78.5cm、1.13~78.5cm、好ましくは12.6~78.5cm、より好ましくは9.1~60.8cmである。
【0023】
本発明において、蓋部材は、容器を密閉するものであればとくに限定されない。蓋部材の材料としては、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、テフロン(登録商標)、ポリエチレンテレフタレート、ポリメチルメタクリレート、ナイロン6,6、ポリビニルアルコール、セルロース、シリコン、ポリスチレン、ガラス、ポリアクリルアミド、ポリジメチルアクリルアミド、金属(例えば、鉄、ステンレス、アルミニウム、銅、真鍮)等が挙げられるがこれに限定されない。
【0024】
本発明において、蓋部材および容器の形状は、蓋部材と容器とが係合可能で、かかる係合により密閉空間が形成され得る限り、特に限定されない。例えば、容器が汎用シャーレである場合は、蓋部材の形状を円形にすることが好ましい。また、蓋部材および/または容器を光透過性の材料で構成することで、容器に収容されているシート状細胞培養物の状態や、液体中の気泡の有無を確認できるようにしてもよい。
【0025】
以下、本発明の好適な実施形態について、図面を参照しつつ詳細に説明する。
図1は、本発明の実施形態に係るデバイスの概念図、図2は、図1のデバイスの使用例を示す概念図、図3は、図1および図2のデバイスの変形例を示す概念図である。なお、本願における各図において、説明を容易とするため、各部材の大きさは、適宜強調されており、図示の各部材は、実際の大きさを示すものではない。
【0026】
図1に示すように、本発明のデバイス1は、蓋部材2および当接部材3を含み、シート状細胞培養物Sを収容可能な容器Cに装着して用いることができる。蓋部材2は、容器Cに装着して開口部を覆い、容器Cを密閉することができる部材である。当接部材3は、容器C内のシート状細胞培養物Sに当接させることができる部材である。当接部材3は、容器C内のシート状細胞培養物Sに当接する当接部31を有する。デバイス1は、シャーレなどの市販の容器に簡単に取り付けることができるため、汎用性が高い。本発明は、蓋部材2、当接部材3および容器Cを含む、細胞培養物収容容器として構成することもできる。
【0027】
本実施形態の場合、当接部材3は、複数の当接部31を有し、シート状細胞培養物Sの周縁部の複数点に当接できるように構成されている。複数の当接部31は、天板部32の周縁部に柱状に突設されている。天板部32は、容器C内に収容されるシート状細胞培養物Sと同等の寸法を有しており、天板部32の周縁部に突設された複数の当接部31と、シート状細胞培養物Sの周縁部とが当接できるように構成されている。
【0028】
当接部材3は、操作部34を介して操作することができ、操作部34は、連結部33を介して天板部32に連結されている。操作部34は、蓋部材2の天板部21に設けられたスリット22に挿通できるように構成されている。そして、操作部34を、天板部21に設けられたスリット22に挿通させて、当接部材3の天板部32と、蓋部材2の天板部21とを近接させることでスリット22を閉じ、コンタミネーションなどの発生を防止することができる。
【0029】
図2Aに示すように、デバイス1を使用する際は、蓋部材2および当接部材3を容器Cに装着する。この際、操作部34をスリット22に挿通し、操作部34をスリット22に対して回転させることで、操作部34を蓋部材2(天板部21)に係合させる。これにより、操作部34から手を離しても、当接部材3を蓋部材2に近接させた状態を維持することができる。また、これと同時に、当接部材3を容器Cの底面から離間させた状態を維持することができる。
【0030】
すなわち、容器C内のシート状細胞培養物Sが、細胞シート形成の初期段階である場合、当接部材3をシート状細胞培養物Sに当接しない状態となる非当接位置に移動させ、当接部材3を容器Cの底面から離間させた状態に保つことで、容器Cの底面で培養されているシート状細胞培養物Sの形成を阻害することがない。また、この際に外気との適切なガス交換が行われるように、蓋部材2のスリット22と天板部32との間、天板部32と容器Cとの間などに若干の隙間ができるように、連結部33の長さや天板部32の寸法を調節することが好ましい。
【0031】
一般的に、培養開始から細胞が基材に接着するまで、あるいはコンフルエンスに到達するまでは、細胞シート形成の初期段階であり、この段階では当接部材3を容器Cの底面から離間させた状態に保つことが好ましい。そして、シート状細胞培養物Sを構成する細胞の細胞間接着力が、細胞と容器Cの底面との接着力より大きい場合、培養中にシート状細胞培養物Sが周縁部から剥離して反り返ることがある。これは、シート状細胞培養物Sを構成する細胞が、細胞間接着によりシート状細胞培養物Sの中心に向けて引っ張られることに起因すると考えられる。
【0032】
したがって、細胞シート形成の初期段階を過ぎた適切なタイミングで、図2Bに示すように、当接部材3を容器C内で降下させてシート状細胞培養物Sに当接する当接位置に移動させることで、シート状細胞培養物Sの剥離を防止する。当接部材3の降下は、蓋部材2(天板部21)と係合している操作部34をスリット22に対して回転させ、蓋部材2と操作部34との係合を解除して操作部34をスリット22に挿通させることで行うことができる。この際に、操作部34がスリット22に嵌挿され、操作部34でスリット22が閉じられるように寸法決めしておくことで、コンタミネーションなどの発生を防止することもできる。
【0033】
このようにデバイス1を使用することで、剥離の発生を抑え、かつ、コンタミネーションなどの発生を抑えながら、シート状細胞培養物Sを適切に形成することができる。さらに、当接部材3を降下させた状態を維持したまま、容器Cを移送することもできる。これにより、移送中の容器Cの揺れなどによって、シート状細胞培養物Sが液中で動くことで、破損や皺が発生することを防止できる。そして、集中治療室などの移送先で、当接部材3を上昇させてシート状細胞培養物Sの状態を確認した後に、容器Cから蓋部材2を取り外して、シート状細胞培養物Sを取り出すことができる。
【0034】
変形例
次に、デバイス1の変形例を説明する。図3は、図1および図2のデバイス1の変形例を示す概念図である。なお、図中、デバイス1の構成と同一の構成については、同一の符号を付し、以下、デバイス1との相違点について詳細に説明し、同様の事項については、説明を省略する。
【0035】
図3Aに示されるように、当接部材3は、天板部32の代わりに、複数の当接部31と連結部33とを架橋する架橋部32’を使用してもよい。すなわち、当接部31は、剥離しやすいシート状細胞培養物Sの周縁部の少なくとも一部に当接できればよく、天板部32は省略することができる。また、天板部32の代わりに架橋部32’を採用することで、例えば、容器C内の液嵩が高い場合に、天板部32によって液面が押されて水流が発生するなどの問題が起きにくい。基本的に、容器C内の液嵩は、水流が発生することがないように、当接部31の高さより低くなるように調節することが好ましい。
【0036】
上記の当接部31は、図3Bに示されるように、シート状細胞培養物Sを覆うことができるメッシュ状の当接部31’として構成することもできる。これにより、当接部31’をシート状細胞培養物S全体に当接させることができるため、剥離の発生をより確実に抑えることができ、さらに移送中などで容器Cが大きく揺れた場合であっても、シート状細胞培養物Sを安定的に保持することができる。また、メッシュ状に構成することで、水流の発生なども最小限に抑えることができる。
【0037】
図3Aおよび図3Bのように天板部32が省略される場合、コンタミネーションなどの発生が懸念されるため、上記のスリット22は、図3Bに示されるように少なくとも連結部33が嵌挿できるスリット22’のように構成することもできる。すなわち、操作部34とスリット22との関係が、図3Bに示される操作部34’とスリット22’との関係ように、嵌挿できない形状同士であっても、蓋部材2を容器Cに装着した状態で、当接部材3と係合する操作部34を介して当接部材3を移動できるように構成することもできる。
【0038】
また、上記のように、例えば、操作部34をスリット22に挿入して、当接部材3を降下させる場合、当接部材3が、シート状細胞培養物Sを押し潰して破損させないように、当接部材3の降下距離を制限することが好ましい。例えば、図3Bに示される連結部33の長さを、蓋部材2と容器C底面との距離より短くし、操作部34’をストッパーとして蓋部材2と係合させてもよい。また、例えば、図3Cに示されるように、操作部34の側面にストッパー35を設け、降下中に操作部34のストッパー35がスリット22の縁に係合することで、降下距離が制限されるように構成することもできる。
【0039】
さらに、図3Dに示されるように、操作部34の下面に取り外し可能なスペーサー36を取り付けることもできる。これにより、例えば、上記のように、蓋部材2のスリット22と天板部32との間に若干の隙間ができるように構成した場合でも、培養条件などに合わせて、操作部34と蓋部材2との間にスペーサー36を差し込むことで操作部34を上昇させ、天板部32と蓋部材2とを接触させて、容器Cが密閉されるように構成することもできる。
【0040】
上記のように、細胞シート形成の初期段階を過ぎた適切なタイミングで、操作部34を回転させて当接部材3をシート状細胞培養物Sに当接させる作業は、時間と手間がかかるため、これが自動制御されるように構成することもできる。例えば、操作部34にゼンマイ式の自動回転機構を接続して、培養開始から2~4時間の間は操作部34が蓋部材2と係合しながら回転するように構成し、それを過ぎると操作部34がスリット22の位置まで回転し、操作部34と蓋部材2との係合が解除され、当接部材3が自由落下するように構成することもできる。このように、操作部34の回転を、タイマー自動制御式にすることで、時間と手間がかかっていた作業を省略することができる。
【0041】
さらに、デバイス1は、取り外し可能なカバー部材(図示せず)を含んでもよい。カバー部材は、例えば、蓋部材2全体を覆う外蓋形状に構成してもよいし、蓋部材2の少なくともスリット22を覆う板状に構成してもよい。そして、培養中は、カバー部材を蓋部材2(スリット22)に取り付けて、容器C内を密閉し、培養が終わると取り外して、操作部34をスリット22に挿通可能な状態にできるように使用することもできる。
【0042】
以上、本発明によれば、簡単な作業と機構で効率よく容器内のシート状細胞培養物の剥離を防止することができるため、作業性や製造コストの点において大きなメリットがある。また、蓋部材を容器に装着した状態で、当接部材を移動できるため、コンタミネーションなどの発生を最小限に抑えることができる。さらに、適切なタイミングでシート状細胞培養物を押さえることができるため、細胞シート形成を阻害することなく、シート状細胞培養物の剥離を防止することができる
【0043】
そして、本発明によれば、蓋部材を容器に装着した状態で、シート状細胞培養物の培養、形成、移送、確認までを行うことができる。これにより、蓋部材の取り外しを繰り返すことで周囲を汚染するような問題を最小限に抑えることができる。したがって、シート状細胞培養物の作製に使用されるバイオクリーンルームなど、清浄度が厳密に管理されている場所での使用に適している。
【0044】
以上、本発明を図示の実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されるものではない。各構成は、同様の機能を発揮し得る任意のものと置換することができ、あるいは、任意の構成を付加することもできる。
【符号の説明】
【0045】
1 デバイス
2 蓋部材
21 天板部
22 スリット
3 当接部材
31 当接部
32 天板部
33 連結部
34 操作部
35 ストッパー
36 スペーサー
C 容器
S シート状細胞培養物
図1
図2
図3