(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-17
(45)【発行日】2023-10-25
(54)【発明の名称】中炭素鋼板の製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231018BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20231018BHJP
C21D 9/48 20060101ALI20231018BHJP
【FI】
C22C38/00 301S
C22C38/58
C21D9/48 E
(21)【出願番号】P 2019067360
(22)【出願日】2019-03-29
【審査請求日】2021-11-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雅人
(72)【発明者】
【氏名】秋月 誠
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2001-073077(JP,A)
【文献】特開2001-073076(JP,A)
【文献】特開2013-119635(JP,A)
【文献】韓国登録特許第10-0823598(KR,B1)
【文献】特開2003-064444(JP,A)
【文献】特開2004-137554(JP,A)
【文献】特開2013-224476(JP,A)
【文献】国際公開第2016/060248(WO,A1)
【文献】特開2012-031469(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 8/00- 8/10
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱延鋼板または焼鈍鋼板に、圧延率50%以上の冷間圧延を施して冷延板を得る冷間圧延工程と、
400℃から650℃までの温度域において30℃/h以上の昇温速度となるように前記冷延板を加熱した後、650℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度で保持することにより前記冷延板に焼鈍を施す焼鈍工程と、を含み、
前記熱延鋼板または焼鈍鋼板は、質量%で、C:0.10%以上0.70%以下、Si:0.02%以上0.50%以下、Mn:2.0%以下、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Al:0.1%以下、およびCr:1.6%以下を含有し、
前記焼鈍工程において焼鈍された焼鈍板を前記焼鈍温度から室温に冷却して得られる中炭素鋼板は、降伏応力が400MPa以下、r値の面内異方性指数Δrが-0.2以上0.2以下、かつr
maxとr
minとの互いの差が0.3以下であ
り、
前記熱延鋼板または焼鈍鋼板は、
質量%で、Mo:0.5質量%以下、Cu:0.3質量%以下、Ni:2.0質量%以下、Ti:0.3質量%以下、V:0.3質量%以下、Nb:0.5質量%以下、およびB:0.01質量%以下からなる群から選択される1種以上を任意に含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる、ことを特徴とする中炭素鋼板の製造方法。
(ここで、
Δr=(r
0-2r
45+r
90)/2
r
0:圧延方向に対して0°方向のランクフォード値
r
45:圧延方向に対して45°方向のランクフォード値
r
90:圧延方向に対して90°方向のランクフォード値
r
max:前記r
0、r
45、およびr
90のうちの最大値
r
min:前記r
0、r
45、およびr
90のうちの最小値)
【請求項2】
熱延鋼板または焼鈍鋼板に、圧延率50%以上の冷間圧延を施して冷延板を得る冷間圧延工程と、
400℃から650℃までの温度域において30℃/h以上の昇温速度となるように前記冷延板を加熱した後、Ac1変態点以上の焼鈍温度で保持することにより前記冷延板に焼鈍を施す焼鈍工程と、を含み、
前記焼鈍工程における前記焼鈍温度は、前記Ac1変態点以上、前記Ac1変態点+60℃以下であり、
前記熱延鋼板または焼鈍鋼板は、質量%で、C:0.10%以上0.70%以下、Si:0.02%以上0.50%以下、Mn:2.0%以下、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Al:0.1%以下、およびCr:1.6%以下を含有し、
前記焼鈍工程において焼鈍された焼鈍板を前記焼鈍温度から室温に冷却して得られる中炭素鋼板は、降伏応力が400MPa以下、r値の面内異方性指数Δrが-0.2以上0.2以下、かつr
maxとr
minとの互いの差が0.3以下であ
り、
前記熱延鋼板または焼鈍鋼板は、
質量%で、Mo:0.5質量%以下、Cu:0.3質量%以下、Ni:2.0質量%以下、Ti:0.3質量%以下、V:0.3質量%以下、Nb:0.5質量%以下、およびB:0.01質量%以下からなる群から選択される1種以上を任意に含有し、
残部がFeおよび不可避的不純物からなる、ことを特徴とする中炭素鋼板の製造方法。
(ここで、
Δr=(r
0-2r
45+r
90)/2
r
0:圧延方向に対して0°方向のランクフォード値
r
45:圧延方向に対して45°方向のランクフォード値
r
90:圧延方向に対して90°方向のランクフォード値
r
max:前記r
0、r
45、およびr
90のうちの最大値
r
min:前記r
0、r
45、およびr
90のうちの最小値)
【請求項3】
前記焼鈍工程は、前記焼鈍板を、前記焼鈍温度から、オーステナイトの相変態が完了する、前記Ac1変態点よりも低い温度まで、5~30℃/hの冷却速度にて徐冷する徐冷工程を含み、
前記中炭素鋼板は、前記徐冷工程の後、室温に冷却されて得られる、請求項
2に記載の中炭素鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、例えば深絞り成形の素材として好適に用いられる中炭素鋼板およびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
深絞り成形品の素材として用いられる中・高炭素鋼板は、(i)深絞り成形時における成形荷重を小さくしたいことから軟質であることが求められるとともに、(ii)深絞り成形品の縦壁部の高さが成形品の周方向でできるだけ均一でバラつきがないことが好ましいことから、一般にランクフォード値(r値)の面内異方性が小さいことが求められる。そこで、これまで、例えば特許文献1~4のような技術が検討されてきた。
【0003】
特許文献1の技術は、深絞り加工品における縦壁部の高さのバラつきを抑制するために、質量%で、C:0.15~2.0%、Si:0.40%以下、Mn:0.5%以下、P:0.03%以下、S:0.03%以下、Cr:2.0%以下を含有し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、炭化物球状化率が90%以上、かつ平均炭化物粒径が0.4μm以上であるように炭化物がフェライト中に分散している炭素鋼板を提供している。この炭素鋼板は、異方性Δrが-1.0~1.0である。
【0004】
特許文献2の技術は、自動車部品等に成型される高炭素鋼板、特に円筒状部品の成型後及び熱処理後の寸法精度の良好な高炭素鋼板を提供するために、質量%で、C:0.25~0.60%、Mn:0.20~1.50%、Cr:0.60%以下、必要に応じて更にTi:0.0l0~0.060%、B:0.0003~0.0050%を含有する高炭素鋼板を提供している。この高炭素鋼板は、(222)面と(200)面とのX線積分強度比と、高炭素鋼板のC量と、の関係において、(222)/(200)<5.5-5×C(%)を満足することにより、成形品や焼入れ後の真円度が良好である。
【0005】
特許文献3の技術は、成形加工において高い寸法精度が要求されるとともに、焼入れ焼戻し等の熱処理が施される部品にも適合可能な面内異方性の小さい高炭素鋼板およびその製造方法を提供するために、C:0.2%~1.5%、Si:0.10%~0.35%、Mn:0.1%~0.9%、P:0.03%以下、S:0.035%以下、Cu:0.03%以下、Ni:0.025%以下、Cr:0.3%以下の成分系を有する高炭素鋼板であって、炭化物平均粒径が0.5μm未満の高炭素鋼板を提供している。この高炭素鋼板は、r値の面内異方性指数Δrが-0.15超~0.15未満である。
【0006】
特許文献4の技術は、C:0.25~0.75%、sol.Al:0.01~0.10%、N:0.0020~0.0100%で、2≦(sol.Al/N)≦20を満たす鋼組成を有する鋼材を、巻取温度550~680℃で熱間圧延し、酸洗後、圧下率20~80%で冷間圧延し、引続き650℃~Ac1の範囲の温度での箱焼鈍および調質圧延を行い、鋼中炭化物の平均粒径が0.5μm以上で、球状化率≧90%を満足し、さらに鋼帯の集合組織において(222)面と(200)面とのX線積分強度比と、高炭素鋼板のC量と、の関係が(222)/(200)≧6-8.0×C(%)を満足する高炭素冷延鋼帯とその製造方法を提供している。この高炭素鋼帯は、平均r値≧0.80、面内異方性指数Δr±0.020以内である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2018-141184号公報
【文献】特開2005-097659号公報
【文献】特開2003-089846号公報
【文献】特開2000-328172号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、近年では、深絞り成形品において、縦壁部の高さが成形品の周方向でできるだけ均一な(バラつきが小さい)だけではなく、成形品の周方向で縦壁部の板厚変動が小さいことも求められるようになった。そこで、本発明の一態様は、そのような深絞り成形品を得るために好適な材料特性を有する素材として、軟質かつr値の面内異方性の小さい中炭素鋼板およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、鋭意検討の結果、C:0.10質量%以上0.70質量%以下を含有する中炭素鋼板について、軟質化する(降伏応力が400MPa以下を示す)ことと、r値の面内異方性を小さくすることとを両立させる手段について新たな知見を得て、本願発明を想到した。より詳しくは、本発明者らは、組織構造中にひずみが蓄積した状態で焼鈍を施すことにより、中炭素鋼板を適切に軟質化させるとともに、組織構造中にランダム方位を有する地鉄フェライトが効果的に造り込まれてr値の面内異方性を効果的に小さくすることができることを見出して本願発明を想到した。
【0010】
すなわち、本発明の一態様における中炭素鋼板は、C:0.10質量%以上0.70質量%以下を含有する中炭素鋼板であって、降伏応力が400MPa以下、r値の面内異方性指数Δrが-0.2以上0.2以下、かつrmaxとrminとの互いの差が0.3以下であることを特徴とする。ここで、Δr=(r0-2r45+r90)/2であり、r0、r45、およびr90はそれぞれ、圧延方向に対して0°方向、45°方向、および90°方向のランクフォード値である。また、rmax並びにrminはそれぞれ、前記r0、r45、およびr90のうちの最大値並びに最小値である。
【0011】
本発明の一態様における中炭素鋼板の製造方法は、C:0.10質量%以上0.70質量%以下を含有する、熱延鋼板または焼鈍鋼板に、圧延率50%以上の冷間圧延を施して冷延板を得る冷間圧延工程と、400℃から650℃までの温度域において30℃/h以上の昇温速度となるように前記冷延板を加熱した後、650℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度で保持することにより前記冷延板に焼鈍を施す焼鈍工程と、を含む。
【0012】
また、本発明の一態様における中炭素鋼板の製造方法は、C:0.10質量%以上0.70質量%以下を含有する、熱延鋼板または焼鈍鋼板に、圧延率50%以上の冷間圧延を施して冷延板を得る冷間圧延工程と、400℃から650℃までの温度域において30℃/h以上の昇温速度となるように前記冷延板を加熱した後、Ac1変態点以上の焼鈍温度で保持することにより前記冷延板に焼鈍を施す焼鈍工程と、を含み、前記焼鈍工程における前記焼鈍温度は、前記Ac1変態点以上、前記Ac1変態点+60℃以下であることを特徴とする。
【発明の効果】
【0013】
本発明の一態様によれば、深絞り成形品を得るために好適な材料特性を有する素材として、軟質かつr値の面内異方性の小さい中炭素鋼板およびその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】(a)は本発明の実施形態1における中炭素鋼板の製造方法について説明するための図であり、(b)は冷間圧延工程について説明するための図であり、(c)は冷延コイルの焼鈍の様子について説明するための図である。
【
図2】本発明の実施形態2における中炭素鋼板の製造方法について説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態について説明する。なお、以下の記載は発明の趣旨をよりよく理解させるためのものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものでは無い。また、本出願において、「A~B」とは、A以上B以下であることを示している。
【0016】
始めに、本発明者らの見出した知見の概要について説明すれば以下のとおりである。
【0017】
先ず、中炭素鋼板を軟質化するための手段について説明する。中炭素鋼板の冷延板に対して、650℃以上Ac1変態点未満またはAc1変態点以上Ac1変態点+60℃以下の焼鈍温度にて球状化焼きなましを施すことにより、組織構造中のセメンタイトの球状化を行うとともに、回復や再結晶を生じさせて地鉄フェライトの結晶粒サイズを増大させる。これにより中炭素鋼板を適切に軟質化させることができる。
【0018】
次に、中炭素鋼板のランクフォード値(以下、r値)の面内異方性を小さくするための基本的な手段について説明する。一般に、鋼板における或る方向のr値は、該鋼板の組織構造中に多数存在する地鉄フェライトの結晶粒における、各結晶粒の結晶方位の配向状態(特定の方向に配向する程度)に依存する。鋼板の組織構造における上記結晶粒の結晶方位は、冷間圧延と再結晶焼鈍とにより造り込まれる。この際、特定の結晶方位の再結晶粒が多く生成した(集合組織を有する)場合、r値の面内異方性が大きくなる。一方で、結晶方位がランダムな再結晶粒が多く生成した場合、r値の面内異方性は小さくなる。
【0019】
中炭素鋼板はフェライト中にセメンタイトを分散させた金属組織を有し、冷間圧延を施すと、冷間圧延により生じたひずみは主にフェライト粒界やフェライト/セメンタイト界面に蓄積する。冷間圧延後の中炭素鋼板にAc1変態点以下の再結晶焼鈍を施すと、ひずみの蓄積したフェライト粒界やフェライト/セメンタイト界面からひずみのない再結晶フェライトが生成して、再結晶フェライトは時間の経過とともに成長していく。この際、フェライト粒界からは集合組織を有する再結晶フェライトが生成し、フェライト/セメンタイト界面からはランダム方位の再結晶フェライトが生成する。
【0020】
そこで、本発明者らは、中炭素鋼板において、フェライト/セメンタイト界面から生成する再結晶フェライトの割合を多くすれば、r値の面内異方性を改善し得ることを着想した。
【0021】
〔実施形態1〕
以下、本発明の一実施形態について説明する。
【0022】
<中炭素鋼板>
上述の知見に基づいて想到した本発明の一実施形態における中炭素鋼板の製造方法について詳細に説明する前に、本発明の一実施形態における中炭素鋼板について説明する。
【0023】
(鋼組成)
以下に、本実施形態における中炭素鋼板の鋼組成(成分組成)について示す。
【0024】
(C)
本発明では、鋼中のC(炭素)含有量が0.10質量%以上0.70質量%以下である中炭素鋼(いわゆる亜共析鋼に該当する炭素量を有する鋼)を対象とする。Cは炭素鋼においては最も基本となる合金元素であり、その含有量によってセメンタイト量、およびAc1変態点以上へ加熱した際の金属組織が大きく変動する。C含有量が0.10質量%未満の鋼では、セメンタイトの量が少なく、冷間圧延後に焼鈍を施して再結晶が生じる際にフェライト/セメンタイト界面から生成するランダム方位を有するフェライト粒が少ない。そのため、中炭素鋼板におけるr値の面内異方性を改善することが困難である。
【0025】
一方、C含有量が0.70質量%を超えると、金属組織中のセメンタイト量が多くなり素材が硬質となる。そのため、組織構造中のフェライト/セメンタイト界面に多量のひずみを蓄積させるために圧延率50%以上の冷間圧延を施す場合、圧延パス回数の著しい増加や加工硬化によるエッジ部の割れなどの不具合を生じる場合がある。その結果、製造性・取扱い性が悪くなる。
【0026】
したがって、本発明ではC含有量が0.10質量%以上0.70質量%以下の範囲の鋼を対象とする。より高い加工性を要求される用途では、C含有量は0.50質量%以下にすることが好ましい。
【0027】
(Si)
Si(ケイ素)は、脱酸剤として作用する合金元素である。Si含有量が0.02質量%未満では、当該作用を十分に得ることができない。一方、Siは、焼鈍鋼板の加工性に対して影響の大きい元素の1つである。Siを過剰に添加すると固溶強化作用によりフェライトが硬化し、成形加工時に割れ発生の原因となる。またSi含有量が増加すると製造工程で鋼板表面にスケール疵が発生する傾向を示し、表面品質の低下を招く。そこで、Siを添加するに際しては0.50質量%以下の含有量となるようにする。したがって、Si含有量は0.02質量%以上0.50質量%以下であることが好ましく、0.10質量%以上0.40質量%以下であることがより好ましい。
【0028】
(Mn)
Mn(マンガン)は、焼入れ性を向上させる合金元素であり、必要に応じて添加される。Mn含有量が2.0質量%を超えると、鋼板が硬質化してしまい、加工性が低下する。Mn含有量は、2.0質量%以下であることが好ましく、0.1質量%以上1.0質量%以下であることがより好ましい。
【0029】
(Cr)
Cr(クロム)は焼入れ性を改善するとともに焼戻し軟化抵抗を大きくする元素であり、必要に応じて添加される。しかし、1.6質量%を超える多量のCrが含有されると、焼鈍を施しても軟質化しにくくなり、焼入れ前の加工性が劣化するようになる。したがってCrを添加する場合は1.6質量%以下の範囲で含有させることが望ましい。Cr含有量は、好ましくは0.1質量%以上1.2質量%以下である。
【0030】
(P、S)
P(リン)およびS(硫黄)は、靱性を低下させる合金元素である。そのため、靱性を向上させるためには、出来る限り低減することが好ましい。各種機械部品として使用される中炭素鋼部品の靱性を確保する場合、P含有量およびS含有量はそれぞれ、0.03質量%までは許容される。P含有量およびS含有量はそれぞれ、好ましくは0.025質量%以下、より好ましくは0.02質量%以下である。
【0031】
本発明は、焼入性や靭性などの特性改善を目的として次のような元素を添加した鋼にも適用が可能である。成形性を阻害しない範囲として、Moは0.5質量%以下、Cuは0.3質量%以下、Niは2.0質量%以下、Alは0.1質量%以下、Tiは0.3質量%以下、Vは0.3質量%以下、Nbは0.5質量%以下、Bは0.01質量%以下まで添加可能である。
【0032】
上記の成分以外の残部は、Fe及び不可避的不純物である。ここで、不可避的不純物とは、O、Nなどの除去することが難しい成分のことを意味する。これらの成分は、鋼片(スラブ)を溶製する段階で不可避的に混入する。
【0033】
(特性)
本実施形態における中炭素鋼板は、室温における降伏応力が400MPa以下であり、ランクフォード値の面内異方性指数Δrが-0.2以上0.2以下、かつrmaxとrminとの互いの差が0.3以下である。このような機械的性質は、本実施形態における中炭素鋼板が、後述の方法(条件)で製造されることによって特定の焼鈍組織からなる金属組織(組織構造)を有することにより実現される。
【0034】
(i)降伏応力
本実施形態における中炭素鋼板は、金属組織中において、セメンタイト粒子が比較的球状かつ粗大であり、セメンタイト粒子同士の間隔が比較的広くなっている。セメンタイト粒子同士の間隔が広い(単位体積あたりのセメンタイト粒子の数が少ない)ほど、軟質なフェライトが連続して存在する部分が広くなり、加工を受けた際の変形が容易になる。その結果、本実施形態における中炭素鋼板は、室温(例えば20℃~25℃)における降伏応力が400MPa以下である。降伏応力は、JIS Z2241の試験方法により測定されてよい。
【0035】
(ii)ランクフォード値の面内異方性指数
ランクフォード値(r値)とは、金属材料の加工時における、板幅方向および板厚方向の変形異方性を評価するために用いられる指標であり、塑性加工ひずみ比とも称される。具体的には、板状試験片を用いて引張試験を行う場合、当該板状試験片のr値は、引張試験前後の板幅および板厚に基づいて求められる。但し、鋼板のような薄板(例えば板厚が1mm程度)では板厚の変化を正確に捉え難いので、塑性加工前後で体積は一定であるとの仮定に基づいて、以下のようにr値を求める。
【0036】
r=ln(W/W0)/ln(L0・W0/L・W)
ここで、W0およびL0はそれぞれ、引張試験前の板状試験片の平行部における板幅および標点間距離である。また、WおよびLはそれぞれ、引張試験後の板状試験片の平行部における板幅および標点間距離である。
【0037】
通常、引張試験によって伸びひずみが10~20%となるように試験を行い、そのときに求められるr値をランクフォード値という。本実施形態の中炭素鋼板においても、伸びひずみが10~20%となるように引張試験を行った結果に基づいてランクフォード値を求めている。本明細書における以下の説明において、r値とはランクフォード値のことを意味する。
【0038】
そして、面内異方性指数Δrは、下記式により求められる。
【0039】
Δr=(r0-2r45+r90)/2
ここで、本実施形態における中炭素鋼板は、各種の圧延処理および焼鈍処理を施されて製造される。この圧延処理における圧延方向(回転する圧延ロールから鋼板が押し出される方向)を基準として、板面内で、圧延方向に対して0°方向のr値をr0とする。同様に、r45およびr90はそれぞれ、板面内で、圧延方向に対して45°方向のr値および90°方向のr値である。
【0040】
本実施形態における中炭素鋼板は、金属組織中において、地鉄フェライトがランダムな結晶方位を有するように存在しており、ランクフォード値の面内異方性指数Δrが-0.2以上0.2以下である。上記Δrの値が0に近いほど、面内異方性が小さいことを意味する。
【0041】
(iii)ランクフォード値の最大値、最小値
r0、r45、およびr90の値がこの順に大きくなる場合、例えば、r0=0.8、r45=1、およびr90=1.2であれば、上記Δrの値は0(-0.2以上0.2以下の範囲内)となる。しかし、r0、r45、およびr90のうちの最大値と、r0、r45、およびr90のうちの最小値との互いの差は0.4となり、実際には面内異方性が大きいと言える。そこで、本実施形態における中炭素鋼板は、r0、r45、およびr90のうちの最大値と、r0、r45、およびr90のうちの最小値との互いの差の絶対値が0.3以下である、と規定している。
【0042】
<中炭素鋼板の製造方法>
本実施形態における、軟質かつ面内異方性の小さい中炭素鋼板の製造方法について、
図1に基づいて以下に説明する。
図1の(a)は、本実施形態における中炭素鋼板の製造方法について説明するための図であって、焼鈍サイクルの一例を示している。
図1の(a)における横軸は時間t、縦軸は温度TEを示している。なお、
図1の(a)に示す焼鈍サイクルは一例であって、後述する条件を満たす範囲で、具体的な焼鈍条件(温度制御)は適宜変更されてもよい。
図1中、点線で囲んだ部分(1)、(2-1)、(2-2)は、その時点での状態について説明するための参照番号として用いる。
【0043】
図1の(a)に示すように、本実施形態における中炭素鋼板の製造方法は、焼鈍の対象となる熱延鋼板または焼鈍鋼板に対して冷間圧延を施す冷間圧延工程(S1)と、前記冷延板を加熱炉中で加熱してAc1変態点付近まで昇温する昇温工程(S2)と、昇温工程に続いて650℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度に加熱して温度を均熱保持する第1温度保持工程(S3)と、上記S2およびS3を経て焼鈍された焼鈍板の温度を室温に低下させる冷却工程(S4)と、を含む。これらの各工程について、以下に説明する。なお、本実施形態において、上記S2~S4をまとめて焼鈍工程と称する。
【0044】
(冷間圧延工程)
先ず、熱間圧延後酸洗してスケールを除去した熱延鋼板、または、該熱延鋼板に対して一次焼鈍を施した焼鈍鋼板を準備する。この熱延鋼板または焼鈍鋼板は、一般的な方法で製造されたものであってよい。通常、熱延鋼板または焼鈍鋼板はコイルとして製造される。上記一次焼鈍は、例えばAc1変態点未満の温度またはAc1変態点以上の温度に保持してセメンタイトの球状化を行う処理であってもよい。熱延鋼板および焼鈍鋼板は、上述した本実施形態の中炭素鋼板における鋼組成を有する。
【0045】
熱延鋼板では、層状パーライトおよび初析フェライトを主体とする組織構造となっている。また、焼鈍鋼板では、地鉄フェライトおよび球状化セメンタイトを主体とする組織構造となっている。熱延鋼板および焼鈍鋼板は、組織構造中におけるひずみの蓄積が少ない。
【0046】
ここで、以下の説明において、次のように用語を定義する。冷間圧延を施された後の上記熱延鋼板または焼鈍鋼板の組織構造におけるフェライトを加工フェライトと称する。そして、上記熱延鋼板または焼鈍鋼板を焼鈍することにより、フェライト粒界およびフェライト/セメンタイト界面に新たに生成する結晶粒を再結晶フェライトと称する。
【0047】
再結晶フェライトは、(i)各結晶粒の結晶方位が互いにランダムな関係を有するように生成するフェライト(以下、不規則フェライト)と、(ii)各結晶粒が特定の結晶方位を有する集合組織を形成するように生成するフェライト(以下、配向性フェライト)と、を含む。
【0048】
本実施形態では、焼鈍後の中炭素鋼板における地鉄フェライトは、焼鈍後に加工フェライトが残存している場合には加工フェライト(少なくとも、加工フェライトの結晶方位が維持されている相)および再結晶フェライトを含む。或いは、焼鈍後の中炭素鋼板における地鉄フェライトは、焼鈍により加工フェライトが全て消失している場合には再結晶フェライトのみからなっていてもよい。
【0049】
本実施形態における中炭素鋼板の製造方法では、熱延鋼板または焼鈍鋼板に対して、冷間圧延(仕上圧延)を施す。
図1の(b)は、冷間圧延工程S1について説明するための図である。
【0050】
図1の(b)に示すように、上記熱延鋼板または焼鈍鋼板のコイル1に対して、冷間圧延機2を用いて圧延率(圧下率)50%以上の冷間圧延を施し、冷延板からなる冷延コイル3を製造する。冷間圧延機2は、仕上圧延に一般に用いられるものであってよく、例えば、ゼンジミア冷間圧延機やタンデム圧延機である。
【0051】
冷間圧延工程S1において、冷間圧延率が低い場合、フェライト/セメンタイト界面に十分にひずみが蓄積せず、フェライト粒界へのひずみの蓄積が主体となる。一方、圧延率が高くなるに伴い、フェライト/セメンタイト界面に蓄積するひずみ量が増加する。冷間圧延後の焼鈍によりフェライト/セメンタイト界面から再結晶粒を好適に生成および成長させるには、圧延率が50%以上の冷間圧延を施す必要がある。圧延率が50%以上の冷間圧延を施すことにより、フェライト/セメンタイト界面に十分なひずみを蓄積することができ、そのため、冷延板中の組織構造に再結晶が生じる際、フェライト粒界よりもフェライト/セメンタイト界面から生成する再結晶フェライト(不規則フェライト)の割合を多くすることができる。
【0052】
冷間圧延工程S1における圧延率の上限は特に設ける必要はないが、90%を超えてくると加工硬化が著しくなり、冷間圧延のパス回数の増加に伴うコストの増加を招くとともに、場合によっては鋼板エッジ部の割れなどの不具合が生じ得る。
【0053】
したがって、冷間圧延工程S1における圧延率は50%以上90%以下であることが好ましい。
【0054】
(昇温工程)
図1の(c)は、上記冷延コイル3(すなわち冷延板)の焼鈍の様子について説明するための図である。
図1の(c)に示すように、冷延コイル3を加熱炉4内に収納して、炉内を加熱することにより冷延コイル3の箱焼鈍(バッチ式の焼鈍)が行われる。すなわち、昇温工程S2~冷却工程S4の処理は、加熱炉4中で行われる。以下、焼鈍が施される冷延コイル3(すなわち冷延板)を焼鈍対象材と称する。
【0055】
本実施形態における昇温工程S2にて規定される条件および焼鈍対象材の組織構造の状態(2-1)との関係について、以下に説明する。昇温工程S2では、400℃から650℃までの温度域を30℃/h以上の昇温速度で加熱する。400℃から650℃までの温度域の昇温速度が遅い場合、再結晶温度に到達するまでにひずみの回復のみが進行し、フェライト/セメンタイト界面からのランダム方位を有する再結晶粒(不規則フェライト)の生成が阻害される。30℃/h以上の昇温速度にて650℃まで昇温することにより、フェライト/セメンタイト界面からの再結晶粒が、フェライト粒界における再結晶粒(配向性フェライト)よりも多く生成する。中炭素鋼板の再結晶温度は加工ひずみの程度や合金元素の影響を受けるが、650℃まで加熱するとおおむね完了する。
【0056】
昇温工程S2と第1温度保持工程S3との間で徐熱や均熱保持を施しても異方性改善効果への影響はない。よって、昇温工程S2において、30℃/h以上の昇温速度にて650℃まで昇温した後、徐熱する、均熱保持する、等の処理が含まれていてもよい。
【0057】
(第1温度保持工程)
本実施形態の第1温度保持工程S3にて規定される条件および焼鈍対象材の組織構造の状態(2-2)との関係について、以下に説明する。第1温度保持工程S3では、650℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度での均熱保持により、セメンタイトが球状化するとともに、ランダム方位を有して生成した再結晶粒(不規則フェライト)が成長する。不規則フェライトの成長に伴って、加工フェライトが不規則フェライトに取り込まれ、加工フェライトの存在量が低下する。また、上記昇温工程S2における配向性フェライトの生成量が少ないことにより、第1温度保持工程S3において配向性フェライトは成長し難い。そして、不規則フェライトの成長に伴って、配向性フェライトが不規則フェライトに取り込まれ得る。
【0058】
(冷却工程)
本実施形態の冷却工程S4では、650℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度からの冷却を行う。冷却後の中炭素鋼板における組織構造は、上記第1温度保持工程S3にて最終的に形成された組織構造と同様である。冷却工程S4にて室温に冷却された中炭素鋼板は、ランダム方位を有する不規則フェライトが主体となる金属組織(組織構造)を有する。
【0059】
本実施形態の冷却工程S4において、降温速度は特に限定されない。冷却工程S4において、加熱炉4は空冷または放冷されてもよく、冷却ガスを送風して強制冷却されてもよい。
【0060】
以上のように、冷間圧延工程S1~第1温度保持工程S3において、圧延率、昇温速度、および焼鈍温度を適切に制御することにより、軟質かつr値の面内異方性が改善された中炭素鋼板が得られる。
【0061】
(発明の利点)
本実施形態における中炭素鋼板の製造方法では、圧延率50%以上の冷間圧延を行った後の焼鈍において、400℃から650℃までの温度域を30℃/h以上の昇温速度で加熱した後、650℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度にて焼鈍を施す。これにより、中炭素鋼の鋼板において、r値の面内異方性を改善することを可能にした。具体的には、降伏応力が400MPa以下、かつr値の面内異方性が小さい中炭素鋼板が得られる。本実施形態における中炭素鋼板は、r値の面内異方性指数Δrが-0.2以上0.2以下、かつrmaxとrminとの差が0.3以下である。本発明の中炭素鋼板を深絞り加工に用いることにより、厚みや直径の変動が小さい成形品が得られる。
【0062】
〔実施形態2〕
本発明の他の実施形態について、以下に説明する。なお、本実施形態において説明すること以外の構成は、前記実施形態1と同じである。
【0063】
前記実施形態1における中炭素鋼板の製造方法では、650℃以上Ac1変態点未満の焼鈍温度での均熱保持により、焼鈍対象材に対して焼鈍を施していた。これに対して、本実施形態における中炭素鋼板の製造方法では、Ac1変態点以上の焼鈍温度で均熱保持を行う。
【0064】
本実施形態における中炭素鋼板の製造方法について、
図2を用いて説明する。
図2は、本実施形態における中炭素鋼板の製造方法について説明するための図である。
図2における横軸は時間t、縦軸は温度TEを示している。なお、
図2に示す焼鈍サイクルは一例であって、後述する条件を満たす範囲で、具体的な焼鈍条件(温度制御)は適宜変更されてもよい。
図2中、点線で囲んだ部分(1)~(5)は、その時点での状態について説明するための参照番号として用いる。
【0065】
なお、本実施形態における中炭素鋼板の成分組成は、上述の実施形態1と同様である。
【0066】
図2に示すように、本実施形態における中炭素鋼板の製造方法は、焼鈍の対象となる熱延鋼板または焼鈍鋼板に対して冷間圧延を施す冷間圧延工程(S11)と、前記冷延板を加熱炉中で加熱してAc1変態点付近まで昇温する第1昇温工程(S12)と、第1昇温工程に続いてAc1変態点以上の焼鈍温度に前記冷延板を昇温する第2昇温工程(S13)とを含む。そして、本実施形態における中炭素鋼板の製造方法は、さらに、上記S13に続いて、前記冷延板を焼鈍温度に加熱して温度を保持する第2温度保持工程(S14)と、上記S12~S14を経て焼鈍された焼鈍板の温度を低下させる徐冷工程(S15)と、を含む。本実施形態において、上記S12~S15をまとめて焼鈍工程と称する。上記S15の後、前記焼鈍板を室温に冷却することにより、本実施形態における中炭素鋼板が得られる。本実施形態における中炭素鋼板の製造方法によれば、セメンタイトの球状化および粗大化(セメンタイト粒子の粗大化に伴うセメンタイト粒子間隔の増加)を促進させることができ、より一層軟質な中炭素鋼板を得ることができる。これらの各工程について、以下に説明する。
【0067】
(冷間圧延工程・第1昇温工程)
冷間圧延工程S11および第1昇温工程S12はそれぞれ、上述の実施形態1における冷間圧延工程S1および昇温工程S2と同様の処理を行えばよい。そのため、説明を省略する。
【0068】
(第2昇温工程)
本実施形態の第2昇温工程S13における焼鈍対象材の組織構造の状態(3)について、以下に説明する。第2昇温工程S13では、Ac1変態点以上に加熱する。一般に、中炭素鋼をAc1変態点以上に加熱すると、セメンタイトが溶解することによりオーステナイトが生成する。本実施形態における第2昇温工程S13では、昇温中の再結晶の際、フェライト/セメンタイト界面から生成したランダム方位を有する不規則フェライトが優先的にオーステナイトへと変態する。
【0069】
ここで、フェライトからオーステナイトへの変態の際、生成したオーステナイトは元のフェライトと特定の結晶方位関係を有することが知られている。そのため、本実施形態の第2昇温工程S13にて生成するオーステナイトは、ランダム方位を有する不規則フェライトと同様の方位関係を有する(変態前のフェライトの結晶方位を引き継ぐ)。このオーステナイトを不規則オーステナイトと称する。
【0070】
(第2温度保持工程)
本実施形態の第2温度保持工程S14にて規定される条件および焼鈍対象材の組織構造の状態(4)との関係について、以下に説明する。第2温度保持工程S14では、Ac1変態点以上での均熱保持により、第2昇温工程S13にて生成した不規則オーステナイトがセメンタイトの溶解に伴って成長する。そして、フェライト+オーステナイト中に未溶解セメンタイトが分散した金属組織となる。ここで、第2温度保持工程S14においては、セメンタイトが全て溶解しない程度の均熱保持時間とする。
【0071】
ここで、第1昇温工程S12における再結晶の際にフェライト粒界から集合組織を有する配向性フェライトが多く生成したとしても、この配向性フェライトと結晶方位関係を有するオーステナイトは生成し難い。これは、上記不規則オーステナイトの成長によって、集合組織を有する配向性フェライトが該不規則オーステナイトに吸収される(取り込まれるように変態する)ためである。
【0072】
第2温度保持工程S14において、均熱保持するAc1変態点以上の温度を焼鈍温度と称する。本実施形態の第2温度保持工程S14における焼鈍温度は、Ac1変態点以上、Ac1変態点+60℃以下である。第2温度保持工程S14後の未溶解セメンタイトの存在状態(密度)が、本実施形態の中炭素鋼板におけるセメンタイト粒子の大きさを決める。これは、徐冷工程S15において、未溶解セメンタイトが球状・粗大に成長するとともにオーステナイトがフェライトへと変態するためである。
【0073】
焼鈍後のセメンタイトの量はC含有量で決まるため、セメンタイト粒子の大きさが決まれば、セメンタイト粒子の間隔(単位体積あたりのセメンタイト粒子の数)が決まる。セメンタイト粒子の間隔が広いほど、軟質なフェライトが連続する部分が大きくなり、加工を受けた際の変形が容易になる。すなわち、焼鈍後の中炭素鋼板におけるセメンタイト粒子の間隔が大きいほど、軟質になる。
【0074】
第2温度保持工程S14において、焼鈍温度が高温になると、組織構造中の未溶解セメンタイトが無くなるとともにフェライトの存在量が少なくなる。未溶解セメンタイトが無くなった場合、徐冷工程S15における徐冷中に生じる相変態(オーステナイトからフェライト+セメンタイトが生成)において、セメンタイトが新たに核生成して析出する必要がある。そのため、未溶解セメンタイトがある場合に比べて、徐冷工程S15における変態は、過冷された状態にて開始される。この場合、変態の駆動力が大きくなり、変態速度の点で有利なパーライト組織が生成する。その結果、焼鈍後の金属組織はフェライト+パーライト組織となる。したがって、Ac1変態点以上の加熱温度が高温の場合、焼鈍後に球状セメンタイト組織が得られず、鋼板の成形性が劣る(硬質な鋼板が得られる)。
【0075】
したがって、セメンタイトの球状化およびパーライトの生成を抑制する観点から、第2温度保持工程S14における焼鈍温度はAc1+60℃以下であることが必要である。
【0076】
(徐冷工程)
徐冷工程S15では、Ac1変態点以上の加熱温度からの徐冷を行う。本実施形態の徐冷工程S15にて規定される条件および焼鈍対象材の組織構造の状態(5)との関係について、以下に説明する。
【0077】
中炭素鋼では、残存フェライトの結晶方位が、焼鈍後の結晶方位分布に大きく影響する。このことについて、徐冷工程S15における各温度範囲(段階)での組織構造の状態(推定される状態)に基づいて説明すれば以下のとおりである。ここで、説明の便宜上、上記状態(4)における組織構造中に存在するフェライトを残存フェライトと称する。残存フェライトは主に再結晶フェライトである。
【0078】
(1)Ac1変態点より高温域:温度の低下に伴いオーステナイトが減少(オーステナイト中のC濃度は上昇)し、再結晶フェライトが成長する。これにより、組織構造中に、残存フェライトの結晶方位を有するフェライトが増加する。
【0079】
(2)A1変態(オーステナイト→フェライト+セメンタイト)中:フェライトの生成には以下の2つのパターン(i)および(ii)が考えられる。
【0080】
(2-i)オーステナイト/未溶解セメンタイト界面でフェライトが新たに核生成しない場合、残存フェライトの成長によりA1変態が進行する。この場合、組織構造中に、残存フェライトの結晶方位を有するフェライトが増加する。
【0081】
(2-ii)オーステナイト/未溶解セメンタイト界面でフェライトが新たに核生成する場合、オーステナイト/未溶解セメンタイト界面でフェライトが核生成して成長する。これにより変態が進行し、組織構造中に不規則フェライトが生成する。
【0082】
上記(2-i)および(2-ii)におけるフェライトの生成とともに、未溶解セメンタイトが成長する形態でセメンタイトが生成する。
【0083】
(3)Ac1変態点より低温域:残存フェライトが成長する(フェライト界面が減少する、すなわちフェライトの結晶粒サイズが増大する)。
【0084】
そして、焼鈍後の鋼板全体としては、残存フェライトの成長により生成したフェライトが多くなる。
【0085】
したがって、本実施形態における中炭素鋼板の製造方法では、上述の第1昇温工程S12において不規則フェライトを十分に生成させることが好ましい。そのため、本実施形態における中炭素鋼板の製造方法では、冷間圧延工程S11にて50%以上の冷間圧延を施すとともに、第1昇温工程S12において650℃の温度まで30℃/hの昇温速度とすることを規定している。
【0086】
徐冷工程S15後の最終的な焼鈍組織における地鉄フェライトは、再結晶時に生成した、または不規則オーステナイトの相変態により生成若しくは成長した、ランダム方位を有するフェライト(不規則フェライト)を多く含む。
【0087】
上記のような変態が完了するまで徐冷することにより、球状で粗大なセメンタイトが地鉄フェライト中に分散した組織が得られ、中炭素鋼板が軟質化する。セメンタイトの球状化を十分に得るためには、上記Ac1変態点以上の加熱からの冷却は5~30℃/hにて相変態が完了するまで徐冷することが好ましい。冷却速度が5℃/h未満であると焼鈍が非常に長時間になり、生産性を阻害する。冷却速度が30℃/hよりも速いと、未溶解セメンタイトが十分に残っていても、元素の拡散が追いつかずパーライトを生成する場合がある。生産性および鋼板の加工性の観点から、徐冷工程S15における冷却速度は5~30℃/hが好ましい。
【0088】
以上のように、Ac1変態点以上への加熱を利用した焼鈍において、圧延率、昇温速度、焼鈍温度、および冷却速度を適切に制御することにより、圧延率、r値の面内異方性が改善された中炭素鋼板が得られる。
【0089】
(発明の利点)
本実施形態における中炭素鋼板の製造方法では、圧延率50%以上の冷間圧延を行った後の焼鈍において、400℃から650℃までの温度域を30℃/h以上の昇温速度で加熱した後、Ac1変態点以上、Ac1変態点+60℃以下の焼鈍温度にて焼鈍を施す。そして、焼鈍後に5~30℃/hの冷却速度にて徐冷する。これにより、中炭素鋼の鋼板において、r値の面内異方性を改善するとともに、より軟質化することを可能にした。具体的には、降伏応力が400MPa以下、かつr値の面内異方性が小さい中炭素鋼板が得られる。本実施形態における中炭素鋼板は、r値の面内異方性指数Δrが-0.2以上0.2以下、かつrmaxとrminとの差が0.3以下である。本発明の中炭素鋼板を深絞り加工に用いることにより、厚みや直径の変動が小さい成形品が得られる。
【0090】
〔附記事項〕
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
【実施例1】
【0091】
溶製した供試鋼の化学成分およびAc1変態点を表1に示す。
【0092】
【0093】
表1の成分を有する鋼について、熱間圧延を行い、得られた鋼板を酸洗してスケールを除去した。得られた熱延鋼板に以下の条件にて一次焼鈍を施した。一部、一次焼鈍を施さず次工程を施した。
条件(a):[Ac1変態点-100℃~Ac1変態点]×10~60h保持
条件(b):[Ac1変態点~Ac1変態点+50℃]×4~20h保持し、その後Ar1点以下まで30℃/h以下の冷却速度で徐冷
なお、条件(b)については、Ac1変態点以上の加熱保持の前後にAc1変態点以下の温度での保持を行った場合も含む。
【0094】
さらに、熱延鋼板および条件(a)、(b)により焼鈍した焼鈍鋼板に各種圧延率の仕上冷延を施した後、各種焼鈍条件にて仕上焼鈍を施した。仕上冷延における圧延率および仕上焼鈍の焼鈍サイクルは下記表2に示す。そして、得られた焼鈍板の降伏応力およびr値の面内異方性を測定した。
【0095】
引張試験は、L(圧延方向)、D(圧延方向に対して45°)およびT(圧延方向に対して90°)の3方向のJIS5号引張試験片を作成し、平行部の標点間距離を50mmとして、板厚は1.0mmで実施した。引張試験にあたっては、15%の引張伸びを与え、その時の標点間内の板幅を測定し、次式によりr値を算出した。
【0096】
r=ln(WX/W0)/ln(L0・W0/LX・WX)
ここで、W0およびL0は試験前の板幅および標点間距離であり、WXおよびLxは15%引張伸び付与後の板幅および標点間距離を示している。
【0097】
r値の面内異方性の指標として、各供試材のΔr値を次式で算出した。
Δr値=(r0-2r45+r90)/2
Δr値は0に近いほど異方性が小さいことを示すため、その絶対値である|Δr値|によりr値の面内異方性を評価した。なお、rxのxは、圧延方向に対する試験片の切出し方向を示す。例えば、r45は圧延方向に対して45°方向に採取した試験片により測定したr値である。
【0098】
さらに、各方向のr値の最大値rmaxと最小値rminの差rmax-rminも算出し、r値の面内異方性を評価した。また、軟質化の指標として降伏応力を測定した。
【0099】
表2に仕上冷延の圧延率、仕上焼鈍条件および焼鈍材のr値の面内異方性と降伏強度を示す。本実施例では、400~650℃までの昇温速度は80℃/hとした。
【0100】
【0101】
表2に示すように、C量が本発明の範囲より低い鋼種Aを用いたNo.1では本発明の範囲内の冷間圧延および焼鈍を施しても、Δrは0.35、rmax-rminは0.45であり、r値の面内異方性が大きかった。
【0102】
冷間圧延延の圧延率が50%よりも低い比較例1(No.2,4,7,10,16,19,21,26,29,31)の鋼は、|Δr値|が0.2以上、rmax-rminが0.3以上とr値の面内異方性が他のものに比べて大きい。また、仕上冷延の圧延率が50%以上でも仕上焼鈍の加熱温度が本発明の範囲よりも低い比較例2(No.6,13,14,17,24)は、同一鋼種で本発明で規定する仕上焼鈍を施したものよりも硬質である。
【0103】
これに対して、C量が本発明で規定する0.10~0.70%の範囲にある鋼において、本発明規定の仕上冷延の圧延率および仕上焼鈍を施した本発明例(No.3,5,8,9,11,12,15,18,20,22,23,25,27,28,30,32,33)では、比較例1と比べてr値の面内異方性は小さく、また、同一鋼種の比較例2に比べて軟質である。このように、本発明を適用することにより軟質かつr値の面内異方性が小さい中炭素鋼板が得られることがわかる。
【実施例2】
【0104】
表1のB~I鋼を用いて、r値の面内異方性に及ぼす仕上焼鈍時の400~650℃までの昇温速度の影響について調べた例を示す。B~I鋼からなる熱延板に700℃×20hの焼鈍を施し、圧延率65%の冷間圧延を施した後、400~650℃までの昇温速度を変化させて650℃以上の温度で仕上焼鈍を施した。
【0105】
これらの試験結果を仕上焼鈍条件と併せて表3に示す。
【0106】
【0107】
仕上焼鈍において400~650℃までの昇温速度が30℃/hよりも低い比較例(No.41,44,46,48,50,54,56,58,60,62,66)の鋼は、|Δr値|が0.2以上、rmax-rminが0.3以上とr値の面内異方性が他のものに比べて大きい。これに対して、仕上焼鈍において400~650℃までの昇温速度が本発明の規定範囲内にある本発明例(No.42,43,45,47,49,51,52,53,55,57,59,61,63,64,65,67)の鋼では、r値の面内異方性が比較例に比べて小さいことがわかる。
【符号の説明】
【0108】
1 コイル
2 冷間圧延機
3 冷延コイル
4 加熱炉