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  • 特許-抵抗スポット溶接継手の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-17
(45)【発行日】2023-10-25
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接継手の製造方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/11 20060101AFI20231018BHJP
【FI】
B23K11/11 540
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2019202259
(22)【出願日】2019-11-07
(65)【公開番号】P2021074737
(43)【公開日】2021-05-20
【審査請求日】2022-07-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】古迫 誠司
(72)【発明者】
【氏名】児玉 真二
(72)【発明者】
【氏名】嶋田 直明
【審査官】黒石 孝志
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-171649(JP,A)
【文献】特開2010-172946(JP,A)
【文献】国際公開第2018/123350(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/010071(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/171495(WO,A1)
【文献】特開2004-358500(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/00 - 11/36
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
引張強度が780MPa以上である鋼板を少なくとも一枚含む複数枚の鋼板を重ね合わせて抵抗スポット溶接により接合し、抵抗スポット溶接継手を製造する方法であって、 先端径が8mm以上12mm以下である一対のDR電極を用いて前記鋼板の表面に加圧した状態で通電を行う予備通電工程と、
前記予備通電工程の後に、前記一対のDR電極を用いて前記鋼板の表面に加圧した状態で通電を行う本通電工程と、
前記本通電工程の後に前記一対のDR電極での加圧を保持する保持工程と、
を備え、
前記複数枚の鋼板のそれぞれの板厚は0.8mm~3.2mmであり、
前記予備通電工程における加圧力をP1(kN)、電流をI1(kA)、通電時間をt1(s)とし、前記本通電工程における加圧力をP2(kN)、電流をI2(kA)としたとき、下記(1)式から(5)式を満足する抵抗スポット溶接継手の製造方法。
2≦I1/h<4 ・・・(1)式
1.5≦P1/h<2.5 ・・・(2)式
0.1≦t1/h≦1.5 ・・・(3)式
4≦I2/h ・・・(4)式
2.5≦P2/h ・・・(5)式
ただし、hは、前記複数枚の鋼板の合計板厚(mm)の1/2の値である。
【請求項2】
前記保持工程における保持時間Ht(s)が0.4×h以下である請求項1に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項3】
前記複数枚の鋼板の少なくとも一枚が亜鉛めっき鋼板である請求項1又は2に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【請求項4】
前記保持工程における保持時間Ht(s)が0.08×h以上である請求項3に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、抵抗スポット溶接継手に関する。本発明は、特に、継手強度に優れるとともに、耐遅れ破壊特性に優れた抵抗スポット溶接継手の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
自動車の分野では、環境保全のため、車体の軽量化による燃費の向上とともに、衝突安全性の向上が求められている。そのため、高強度鋼板を使用して薄肉化するとともに、車体構造を最適化して、車体の軽量化と衝突安全性の向上を図るために、これまで種々の取組みがなされている。
自動車等の部品の製造や車体の組立における溶接では、抵抗スポット溶接(以下、「スポット溶接」ということもある)が主に使用されている。スポット溶接により形成された溶接継手の品質指標としては、引張強さがある。溶接継手の引張強さには、せん断方向に引張荷重を負荷して測定する引張せん断強さ(TSS)と、剥離方向に引張荷重を負荷して測定する十字引張強さ(CTS)がある。
【0003】
ここで、高強度鋼板をスポット溶接した場合においては、遅れ破壊(水素脆化)の問題がある。
高強度鋼板は、その強度を達成するために、C以外にもSi、Mn等の焼き入れ性の高い元素を多く含有しており、高強度鋼板にスポット溶接して形成された溶接継手の溶接部は、溶接の加熱冷却過程を経て焼きが入り、マルテンサイト組織となり、硬くなっている。また、溶接部では、局部的に生じる変態膨張と収縮により、溶接継手の引張残留応力が大きくなっている。特に鋼板強度が上昇するほどプレス成形後のスプリングバックが生じやすく、これは溶接フランジ部の隙間を増大させる。こうした隙間は、鋼板同士をスポット溶接する際、引張残留応力をさらに増大させる要因となる。
このため、高強度鋼板にスポット溶接して形成された溶接継手の溶接部は、硬度が高く、引張残留応力が大きくなっているので、水素侵入が起これば、遅れ破壊を引き起こしやすい部位である。このような遅れ破壊が発生すると、前述の溶接継手の品質指標である引張強さにおいて、十分な強さが得られず、また、その部分(割れ)に水分が浸入すると、腐食が発生して強度がさらに低下するという問題が生じる。これらの問題が、高強度鋼板の適用による車体の軽量化(薄肉化)を阻害する一因である。
このような状況のもと、スポット溶接の通電が終了して一定時間が経過した後にテンパー通電を行ったり、高周波で加熱したりして、溶接部を焼戻して、溶接部の硬さを低下させる技術が知られている。しかし、この技術では、溶接工程が長時間となり、生産性が低下することや、焼戻しにより溶接部が軟化し、溶接金属(ナゲット)内での剥離破断が起こりやすいこと等があった。
【0004】
このような状況のもと、耐遅れ破壊の発生を抑制するための種々の提案がされている。
例えば、特許文献1は、高強度の亜鉛系めっき鋼板が小径ナゲットの形成により接合される場合であっても耐遅れ破壊特性に優れた溶接部を形成することができる抵抗スポット溶接方法を開示している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-171649号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の技術では、使用する鋼板の厚さや溶接条件によっては優れた継手強度と耐遅れ破壊特性を両立することは困難であった。
【0007】
本発明は、上述の実情に鑑みてなされたものであり、継手強度に優れるとともに、耐遅れ破壊特性に優れた抵抗スポット溶接継手の製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の具体的方法は以下のとおりである。
【0009】
[1]本発明の第一の態様は、引張強度が780MPa以上である鋼板を少なくとも一枚含む複数枚の鋼板を重ね合わせて抵抗スポット溶接により接合し、抵抗スポット溶接継手を製造する方法であって、先端径が8mm以上12mm以下である一対のDR電極を用いて前記鋼板の表面に加圧した状態で通電を行う予備通電工程と、前記予備通電工程の後に、前記一対のDR電極を用いて前記鋼板の表面に加圧した状態で通電を行う本通電工程と、前記本通電工程の後に前記一対のDR電極での加圧を保持する保持工程と、を備え、前記複数枚の鋼板のそれぞれの板厚は0.8mm~3.2mmであり、前記予備通電工程における加圧力をP1(kN)、電流をI1(kA)、通電時間をt1(s)とし、前記本通電工程における加圧力をP2(kN)、電流をI2(kA)としたとき、下記(1)式から(5)式を満足する。
2≦I1/h<4 ・・・(1)式
1.5≦P1/h<2.5 ・・・(2)式
0.1≦t1/h≦1.5 ・・・(3)式
4≦I2/h ・・・(4)式
2.5≦P2/h ・・・(5)式
ただし、hは、前記複数枚の鋼板の合計板厚(mm)の1/2の値である。
[2]上記[1]に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記保持工程における保持時間Ht(s)が0.4×h以下であってもよい。
[3]上記[1]又は[2]に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記複数枚の鋼板の少なくとも一枚が亜鉛めっき鋼板であってもよい。
[4]上記[3]に記載の抵抗スポット溶接継手の製造方法では、前記保持工程における保持時間Ht(s)が0.08×h以上であってもよい。
【発明の効果】
【0010】
本発明に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法によれば、継手強度に優れるとともに、耐遅れ破壊特性に優れた抵抗スポット溶接継手を製造することができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法で用いる電極と鋼板の概略図である。
図2】同実施形態で用いる電極の概略図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明者等は、上述した課題を解決するための方策について鋭意検討した結果、
(A)ナゲット径が同一の溶接継手であっても、高い加圧力で通電して得られた溶接継手の方が、低い加圧力で通電して得られた溶接継手に比べ、鋼板間や鋼板表面に付着した水素源としての水と油に起因してスポット溶接部に水素が侵入しやすくなる傾向にあること、
(B)スポット溶接部に水素が侵入した場合、引張応力が集中するナゲット端部において引張応力と水素量が臨界値に達した際に遅れ破壊が発生すること、
(C)遅れ破壊は、板間隙間が増大するほど(プレス精度が悪化するほど)、かつナゲット径が小さい時に生じやすいこと、
(D)従って、電流、加圧力、及び通電時間を適正範囲とした予備通電を行うことにより鋼板同士の接触面積を徐々に増やしつつ、水素源となる水と油を広い範囲(面積)で蒸発させ、その後、本通電を行うことにより、優れた継手強度と耐遅れ破壊特性を両立できること、
を新たに見出した。
尚、(A)に関し、加圧力が高い場合に溶接部に侵入する水素量が増加傾向にある理由としては、加圧力が高い場合には鋼板同士の接触面積や電極と鋼板の接触面積が増加し電流密度が減少するため、同等のナゲット径を得るためには電流も高くする必要があり、初期の接触面積と電流が増加するためであると推察される。
【0013】
本発明は上述の知見に基づきなされたものである。以下、本発明の実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法について、詳細に説明する。
【0014】
図1に示すように、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、互いに重ね合わせた第一鋼板1と第二鋼板2を、第一電極10と第二電極20により挟み込んで加圧した状態で、予備通電工程、本通電工程、及び保持工程を行うことで、抵抗スポット溶接を実施する。
【0015】
(鋼板)
本実施形態においては、第一鋼板1と第二鋼板2の二枚を重ね合わせて抵抗スポット溶接を行うが、更に他の鋼板を重ね合わせて、三枚以上重ね合わせて抵抗スポット溶接を行ってもよい。
第一鋼板1と第二鋼板2は、少なくとも一方が引張強度780MPa以上であればよく、両方が引張強度780MPa以上であってもよい。鋼板が三枚以上の場合、少なくとも一枚の鋼板の引張強度が780MPa以上であればよい。
更には、第一鋼板1と第二鋼板2の少なくとも一方が、亜鉛めっき鋼板であってもよい。鋼板が三枚以上の場合、少なくとも一枚の鋼板が亜鉛めっき鋼板であってよい。亜鉛めっきの付着量は、片面あたり30~100g/mであればよい。
重ね合わせる鋼板のそれぞれの板厚は特に限定されるものではなく、例えば0.8mm~3.2mmであればよい。
尚、本明細書においては、重ね合わせる鋼板の合計板厚(mm)の1/2の値をhと呼称する。例えば、板厚1mmの鋼板を三枚重ね合わせる場合、hの値は1.5である。
【0016】
(電極)
図1に示すように、第一電極10はDR電極であり、先端部11と、先端部11に連続部12を介して連なる本体部13とを有する。
先端部11は、鋼板への加圧力に応じて鋼板との接触面積が変化する部位であり、図2に示すように先端R(電極先端の曲面の曲率半径)が一定値である部位を意味する。先端Rは30mm以上であればよく、例えば40mmである。先端Rの最大値は100mmであればよい。
連続部12は、先端部11よりも曲率半径が小さい部位である。連続部12の曲率半径は例えば6mm以上であればよい。
本体部13は略円柱状の部位であり、一端が連続部12に連接し、他端は図示しない電極上部の構造体に接続される。本体部13の直径Dは、12mm~20mmであればよい。
【0017】
第一電極10は、先端径dが8mm以上であることにより、後述する予備通電工程において鋼板表面の水素源である油や水を十分な面積で除去することができるため、遅れ破壊を防止することができる。
従って、第一電極10の先端径dは8mm以上であり、好ましくは9mm以上である。
一方、第一電極10の先端径dが12mm超である場合、接触面積が大きくなることに起因して所望の電流密度を得ることが困難となる。従って、第一電極10の先端径dは12mm以下であり、好ましくは11mm以下である。
【0018】
第二電極20は、第一電極10と同様に、先端部21と、先端部21に連続部22を介して連なる本体部23とを有する。第二電極20の形状や寸法は第一電極10と同じであればよいため説明は省略する。
【0019】
本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法では、上記の第一電極10と第二電極20とを用いて、予備通電工程と、本通電工程と、保持工程とを行う。
【0020】
(予備通電工程)
予備通電工程では、一対の電極1で第一鋼板1、第二鋼板2を加圧した状態で通電を行う。
ここで、予備通電工程における加圧力をP1(kN)、電流をI1(kA)、通電時間をt1(s)としたとき、下記(1)式から(3)式を満足する。
2≦I1/h<4(kA/mm) ・・・(1)式
1.5≦P1/h<2.5(kN/mm) ・・・(2)式
0.1≦t1/h≦1.5 (s/mm)・・・(3)式
【0021】
(1)式は、予備通電工程における、hに対する電流I1の範囲を規定するものである。I1/hが2未満である場合、(2)式と(3)式を満たしていても、入熱不足により鋼板表面の水素源である油や水を十分に除去することが困難となる。このため、本通電工程において水素が溶接部に侵入し、遅れ破壊が発生する場合がある。従って、I1/hは2以上である。
一方、I1/hが4以上である場合は予備通電工程を行わずに本通電工程を行うことと等しいため、鋼板表面の水素源である油や水を十分に除去できていない状態でスポット溶接が実施されることになる。従って、水素が溶接部に侵入し、遅れ破壊が発生する場合がある。従って、I1/hは4未満である。
【0022】
(2)式は、予備通電工程における、hに対する加圧力P1の範囲を規定するものである。P1/hが1.5未満である場合、加圧力が低いことにより鋼板(第一鋼板1、第二鋼板2)と電極(第一電極10、第二電極20)との接触面積及び鋼板同士の接触面積が小さくなる。従って、(1)式と(3)式を満たしていても、鋼板表面の水素源である油や水を除去できる範囲が狭くなる。このため、本通電工程において水素が溶接部に侵入し、遅れ破壊が発生する場合がある。従って、P1/hは1.5以上であり、より好ましくは1.7以上である。
一方、P1/hが2.5超である場合、加圧力が高いことにより鋼板と電極との接触面積及び鋼板同士の接触面積が大きくなる。このため、電流密度が小さくなり、(1)式と(2)式を満たしていても、鋼板表面の水素源である油や水を十分に除去することが困難となる。このため、本通電工程において水素が溶接部に侵入し、遅れ破壊が発生する場合がある。従って、P1/hは2.5以下であり、より好ましくは2.3以下である。
【0023】
(3)式は、予備通電工程における、hに対する通電時間t1の範囲を規定するものである。t1/hが0.1未満である場合、(1)式と(2)式を満たしていても、通電時間が短いことにより鋼板表面の水素源である油や水を十分に除去することが困難となる。このため、本通電工程において水素が溶接部に侵入し、遅れ破壊が発生する場合がある。従って、t1/hは0.1以上であり、より好ましくは0.5以上である。
一方、t1/hが1.5超であっても、鋼板表面の水素源である油や水を除去する効果は飽和し、寧ろ生産性の低下が懸念される。従って、t1/hは1.5以下である。
予備通電と本通電との間は、クール時間を設けず、すぐに本通電をすることが、遅れ破壊抑制のために好ましい。
予備通電をアップスロープにしてもよい。この場合、予備通電の初期の電流は2≦I1/h≦3(kA/mm)とし、徐々に電流値を上げ、予備通電の終了時の電流値と初期の電流値との平均値が、2≦I1/h<4(kA/mm)となるようにする。
【0024】
(本通電工程)
本通電工程では、上述の予備通電工程の後に、電極1を用いて前記鋼板の表面に加圧した状態で通電を行う。
ここで、本通電工程における加圧力をP2(kN)、電流をI2(kA)としたとき、下記(4)式と(5)式を満足する。
4≦I2/h ・・・(4)式
2.5≦P2/h ・・・(5)式
【0025】
(4)式は、本通電工程における、hに対する電流I2の範囲を規定するものであり、(5)式は、本通電工程における、hに対する加圧力P2の範囲を規定するものである。
本願では、上述のような予備通電により鋼板表面の水素源である油や水を十分に除去した状態で(4)式と(5)式を満たす電流及び加圧力で本通電を行うことで、耐遅れ破壊特性に優れたスポット溶接継手を得ることができる。
【0026】
尚、I2/hの上限値は規定する必要はないが、8以下であることが好ましい。I2/hが8超であると加圧力が適正範囲であっても散りが発生する確率が高まるからである。本通電の時間は、所望のナゲット径が得られるよう適宜設定すればよい。
【0027】
(保持工程)
保持工程では、上述の本通電工程の後に、所定の時間、電極による鋼の表面への加圧を保持する。保持を行うことにより溶融金属の凝固を進ませることができ、鋼板強度が高い場合や板間に隙間がある場合でも溶接部の強度を高めることができる。保持時間Htは0秒超であればよいが、0.04秒以上であることが好ましい。
保持時間Htの上限は、生産性の観点、および継手強度が低下する可能性を考慮し、0.4×hを上限とすることが好ましい。保持時間Htを0.4×hより長くすると、例えば十字引張継手の強度が低下するためである。この理由は、保持時間Htが所定範囲を超えると、電極の抜熱によって溶接部が急速冷却され溶接部が硬化するためである。硬化によって溶接部のじん性は低下し、継手も低下すると考えられる。さらに、溶接部の硬化は水素脆化の感受性を高める。遅れ破壊抑制の効果を一層確実とするためにも0.4×hを保持時間Htの上限とすることが好ましい。一方、保持時間Htが0.4×h以下であれば、電極解放後の冷却が比較的緩やかとなるため、オートテンパ―(自己焼戻し)が進行し、溶接部のじん性が改善されると共に、水素脆化の感受性を改善できる。従って、保持時間Htの上限は0.4×hである。
【0028】
ここで、複数の鋼板の少なくとも一枚が亜鉛めっき層を有する場合においては、保持時間Htは0.08×h以上であることが好ましい。
複数の鋼板の少なくとも一枚が亜鉛めっき層を有する場合には、予備通電工程と本通電工程の条件によっては、溶接中に溶融した亜鉛が固体の鋼板と接触することに起因してLME割れ(Liquid Metal Embrittlement Crack)が発生する場合がある。LME割れは、溶接中に溶融した亜鉛が固体の鋼板と接触すること、またその部位に引張応力(ひずみ)が働くことで発生する。従って、保持時間Htを、0.08×h以上とすることで、溶融している亜鉛が保持時間中に凝固する(溶融亜鉛が減少する、または完全に無くなる)ため、保持が終了し電極が解放されるときに引張応力が発生しても、LME割れを抑制することができる。従って、複数の鋼板の少なくとも一枚が亜鉛めっき層を有する場合においては、保持時間Htの下限は0.08×hとすることが好ましい。
尚、複数の鋼板の少なくとも一枚が亜鉛めっき層を有する場合においては、予備通電工程により鋼板表層の亜鉛めっき層を除去したり、あるいは亜鉛めっき層の合金化を進めたりする効果があるため、予備通電工程と保持工程の適正化の組合せによってLME割れの抑制をより確実にできる。
【0029】
上述のように、本実施形態に係る抵抗スポット溶接継手の製造方法によれば、電流、加圧力、及び通電時間を適正範囲とした予備通電を行うことにより水素源となる水と油を蒸発させ、その後、本通電を行うことにより、優れた継手強度と耐遅れ破壊特性を両立できる。
【0030】
(実施例)
以下、本発明の効果を実施例により具体的に説明する。
【0031】
表1に示す鋼板a、bを準備し、各鋼板をW40mm×L100mmに切断し、鋼板の両端にW40mm×L30mm×t2.0mmのスペーサーを挟んでこの中央をスポット溶接した。この中央の溶接点を評価の対象とした。
【0032】
【表1】
【0033】
電極としては、本体部の直径Dが16mm、先端部の曲率半径(先端R)が40mm、連続部の曲率半径が8mmであり、先端径dが6mm又は8mmである2種類のCr-Cu製のDR電極を用いた。
表2に、各実験例で用いた鋼板と電極、及び、溶接条件を示す。本発明の範囲外の数値には下線を付した。予備通電と本通電の間のクール時間はゼロとした。
【0034】
【表2】
【0035】
表3に、それぞれの実験例について、遅れ破壊及び継手強度の評価結果を示す。
【0036】
遅れ破壊の評価は、継手を板表面に垂直で板長手方向に、ナゲットの中心を通る断面で切断し、この切断片からナゲットを含む試験片を切り出し、切断面を研磨し、研磨された切断面を光学顕微鏡で観察して行った。この試験を5片の試験片に実施し、試験片5片とも割れが発生しない場合を「遅れ破壊無し」とした。
【0037】
継手強度は、引張せん断試験及(JIS Z3136)び十字引張試験(JIS Z3137)により測定した引張せん断強度(TSS)及び十字引張強度(CTS)により評価した。TSSが19kN以下、又は、CTSが6.2以下である場合を不合格と判断した。
尚、スポット溶接時に散りが発生した場合には「有り」と記載している。
【0038】
【表3】
【0039】
本発明例に係る実験例3,4,5,10,11,12では、適切な条件で予備通電工程及び本通電工程を実施したことにより、継手強度に優れるとともに、耐遅れ破壊特性に優れた抵抗スポット溶接継手を製造することができた。
【0040】
比較例である実験例1では、予備通電工程を行わずに本通電工程を行ったことに起因して、水素源となる水と油が残った状態で本通電工程を行ったことにより、遅れ破壊が発生した。
比較例である実験例2では、電極の先端径が小さかったことに起因して、電極と鋼板との接触面積が小さく、水素源となる水と油を十分に取り除くことができず、遅れ破壊が発生した。
比較例である実験例6では、予備通電工程におけるP1/h、すなわち板厚に対する加圧力が小さかったことに起因して、電極と鋼板との接触面積が小さく、水素源となる水と油を十分に取り除くことができず、遅れ破壊が発生した。
比較例である実験例7では、予備通電工程におけるI1/h、すなわち板厚に対する電流が大きかったことに起因して散りが発生した。
比較例である実験例8では、本通電工程におけるP2/h、すなわち板厚に対する加圧力が小さかったことに起因して、電極と鋼板との接触面積が小さくなり、電流密度が大きくなり散りが発生した。
比較例である実験例9では、本通電工程におけるI2/h、すなわち板厚に対する電流が小さかったことに起因して入熱が不十分であり、ナゲット形成が困難となり十分な継手強度を得られなかった。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明によれば、継手強度に優れるとともに耐遅れ破壊特性に優れた抵抗スポット溶接継手を提供することができ、産業上の利用価値が高い。
【符号の説明】
【0042】
1 第一鋼板
2 第二鋼板
10 第一電極
11 先端部
12 連続部
13 本体部
20 第二電極
21 先端部
22 連続部
23 本体部
図1
図2