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  • 特許-熱延鋼板及びその製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-17
(45)【発行日】2023-10-25
(54)【発明の名称】熱延鋼板及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20231018BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20231018BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20231018BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/58
C21D9/46 T
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2021575882
(86)(22)【出願日】2021-02-05
(86)【国際出願番号】 JP2021004305
(87)【国際公開番号】W WO2021157692
(87)【国際公開日】2021-08-12
【審査請求日】2022-05-10
(31)【優先権主張番号】P 2020018844
(32)【優先日】2020-02-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【弁理士】
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【弁理士】
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【弁理士】
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【弁理士】
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【弁理士】
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】安藤 洵
(72)【発明者】
【氏名】林田 輝樹
(72)【発明者】
【氏名】横井 龍雄
(72)【発明者】
【氏名】榊原 章文
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-309343(JP,A)
【文献】特開2000-178655(JP,A)
【文献】特開2009-249714(JP,A)
【文献】国際公開第2018/220540(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00ー38/60
C21D 8/00- 8/10
C21D 9/46- 9/48
B21B 1/22,45/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C :0.01~0.30%、
Si:0.01~3.00%、
Mn:0.20~3.00%、
P :0.030%以下、
S :0.030%以下、
Al:0.001~2.000%、
N :0.0100%以下、
Ni:0.02~0.50%、
Nb:0~0.060%、
V :0~0.20%、
Ti:0~0.20%、
Cu:0~0.20%、
Cr:0~0.20%、
Mo:0~1.00%、
B :0~0.0020%、
W :0~0.50%、
Mg:0~0.010%、
Ca:0~0.0100%、
REM:0~0.0100%、
O:0~0.0100%、
Zr:0~0.500%、
Co:0~0.500%、
Zn:0~0.500%、及び
Sn:0~0.500%
を含有し、残部がFe及び不純物からなり、
表面の、250μm×250μmの領域を、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行った場合の測定点のうち、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が10~70%である、
ことを特徴とする熱延鋼板。
【請求項2】
前記化学組成が、
Nb:0.003~0.060%、
V :0.01~0.20%、
Ti:0.01~0.20%、
Cu:0.01~0.20%、
Cr:0.01~0.20%、
Mo:0.01~1.00%、
B :0.0005~0.0020%、
W :0.01~0.50%、
Mg:0.001~0.010%、
Ca:0.0010~0.0100%、
REM:0.0010~0.0100%、及び
O:0.0005~0.0100%
からなる群から選ばれる1種または2種以上を含有する、
請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
前記化学組成が、
Si:0.50~3.00%、
を含有する、請求項2に記載の熱延鋼板。
【請求項4】
前記化学組成が、
Si:0.01~0.50%未満、
Al:0.050~2.000%、
を含有する、請求項2に記載の熱延鋼板。
【請求項5】
前記化学組成が、
Si:0.01~0.50%未満、
Al:0.001~0.050%未満、
を含有し、
SiとAlとの合計:0.50~0.55%未満、
である、請求項2に記載の熱延鋼板。
【請求項6】
前記表面の前記元素分析を行った場合の測定点のうち、O含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が30%以下である、
請求項3~5のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【請求項7】
前記化学組成が、
Cu:0.01~0.20%、
を含有し、
Ni/Cu:0.50以上である、
請求項1~6のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【請求項8】
前記表面の前記元素分析を行った場合の前記測定点のうち、Ni含有量が0.5質量%以上である前記測定点の平均間隔が、3~10μmである、
請求項1~7のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【請求項9】
前記表面に防錆油膜を有することを特徴とする、請求項1~8のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【請求項10】
前記表面に化成処理皮膜を有することを特徴とする、請求項1~8のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【請求項11】
請求項1~8のいずれか一項に記載の熱延鋼板の製造方法であって、
請求項1または2に記載の前記化学組成を有する鋼片を、加熱炉で加熱する加熱工程と、
加熱された前記鋼片にデスケーリングを行うデスケーリング工程と、
前記デスケーリング工程後の前記鋼片に熱間圧延を行って熱延鋼板を得る熱延工程と、
を備え、
前記加熱工程では、
前記鋼片の表面温度が1100℃以上になった後、空気比が0.9以上の雰囲気下で60分間以上保持し、
抽出温度を1180℃以上とし、
前記デスケーリング工程では、
前記表面温度が1170℃以上の前記鋼片に少なくとも1回、5~50MPaの噴射圧力のデスケーリングを行い、
前記デスケーリングの完了から20~240秒の間、前記鋼片の前記表面温度を1100℃以上に保持する、
ことを特徴とする、熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は熱延鋼板及びその製造方法に関する。
本願は、2020年02月06日に、日本に出願された特願2020-018844号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車からの炭酸ガス(CO)の排出量を抑えるために、高強度鋼板の使用による自動車車体の軽量化が進められている。また、搭乗者の安全性確保のためにも、自動車車体には軟鋼板の他に高強度鋼板が多く使用されるようになってきている。さらに最近では、燃費規制やNO等の環境規制の更なる厳格化により、プラグインハイブリッド車や電気自動車の増加が見込まれている。これら次世代自動車においては、大容量バッテリーの搭載が必要であり、より一層の車体の軽量化が必要となる。
【0003】
車体の軽量化をより一層進めるためには、鋼板からアルミニウム合金、樹脂、CFRP等の軽量素材への置換もしくは鋼板の更なる高強度化が選択肢となり得るが、素材コストや加工コストの観点からは、高級車を除く大量生産を前提とした大衆車では、超高強度鋼板の採用が現実的である。
【0004】
主に熱延鋼板が採用される足回り部品(例えばロアアーム)では、軽量化のために、540MPa級以上(引張強さが540MPa以上)の高強度鋼板の適用が進んでいる。一方、強度が高くても、板厚が薄くなると剛性が不足する場合がある。そのため、剛性不足への対策の面から、部品の形状や構造を変更することが検討されているが、この場合、部品形状や構造が複雑化する。そのため、自動車車体の軽量化を行うために適用される高強度鋼板に対しては、高強度であることに加えて、加工性及び疲労特性の向上が要求されている。
【0005】
例えば特許文献1には、高強度かつ優れた表面性状、成形性(延性、バーリング性)、切欠き疲労特性を有する熱延鋼板の製造方法が開示されている。特許文献1では、表面性状を劣化させるタイガーストライプ状のスケール模様を抑制するために、Si含有量を減少させるとともに、Ti炭化物によって析出強化されたポリゴナルフェライトと、1~10%の低温変態生成物とからなる複合組織にすることで、高い延性とバーリング性とを実現している。
【0006】
また、特許文献2には、延性と疲労特性と耐食性に優れた高強度熱延鋼板及びその製造方法が開示されている。特許文献2では、表面性状を劣化させるタイガーストライプ状のスケール模様を抑制するために、Si含有量を減少させている。また、Ti炭化物のサイズを、円相当粒径が7nm以上20nm以下のものの質量が、全Ti炭化物の質量の50%以上となるように制御することで、疲労特性を向上させている。また、特許文献2では、この熱延鋼板は、化成処理性や塗装後耐食性が良好であると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2014/051005号
【文献】日本国特開2016-204690号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述した特許文献1、2も含め、高強度かつ良好な加工性及び疲労特性を得ようとする場合、通常、合金元素の含有量が高められる。
このような合金元素を高めた高強度鋼板でも、例えばリン酸亜鉛処理などの化成処理を理想的な操業条件で行えば、化成処理性についての問題が発生しない場合が多い。しかしながら、工業的には、自動車部品などの化成処理では、連続して複数の部品が同一の化成処理液を用いて化成処理される。この場合、徐々に化成処理液が劣化し、理想的な操業条件で化成処理を行えない場合がある。
本発明者らが検討した結果、合金元素を比較的多く含む高強度鋼板(例えば引張強さで490MPa以上)では、劣化した化成処理液を用いて化成処理が行われた場合、化成処理性が必ずしも十分ではなく、化成処理後の鋼板の表面に地鉄が露出している部分であるスケが発生し、鋼板の表面に塗料を塗布したときに、塗料と鋼板との密着性が悪くなるという問題があることを見出した。
劣化した化成処理液を用いて化成処理性が低下しているときには、化成処理の操業条件のうち、例えば、遊離酸度の管理値を厳格に管理する、化成処理性を高める促進剤を多く使用する等の対応を取らねばならず、製造コストの増加や生産性低下の原因となる。そのため、高強度鋼板においても、化成処理液が劣化して、化成処理条件がばらついた場合でも良好な化成処理性が得られれば、すなわち広い化成処理の操業条件で良好な塗装後耐食性が得られれば、化成処理の操業条件を厳格に管理することが不要となり、製造コストの増加や生産性の低下を招くことが無いようにすることが出来る。
本発明は上記の課題に鑑みてなされた。本発明は、化成処理性に優れた熱延鋼板及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、高強度鋼板において、条件によって化成処理性が低下する理由について検討を行った。その結果、高強度鋼板の表面または表面付近の表層部には、酸洗後でもSiやAl等の酸化物、またはMnやCu等の濃化層が形成されており、これらが化成処理時のFeの溶出を阻害することで、化成処理性が低下すると考えた。本発明者らがさらに検討を行った結果、鋼板表層にNiを部分的に濃化(局部濃化)させることで、Feの溶出が促進され、化成処理性が向上することを見出した。
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記に示す熱延鋼板にある。
(1)本発明の一態様に係る熱延鋼板は、化学組成が、質量%で、C :0.01~0.30%、Si:0.01~3.00%、Mn:0.20~3.00%、P :0.030%以下、S :0.030%以下、Al:0.001~2.000%、N :0.0100%以下、Ni:0.02~0.50%、Nb:0~0.060%、V :0~0.20%、Ti:0~0.20%、Cu:0~0.20%、Cr:0~0.20%、Mo:0~1.00%、B :0~0.0020%、W :0~0.50%、Mg:0~0.010%、Ca:0~0.0100%、REM:0~0.0100%、O:0~0.0100%、Zr:0~0.500%、Co:0~0.500%、Zn:0~0.500%、及びSn:0~0.500%を含有し、残部がFe及び不純物からなり、表面の、250μm×250μmの領域を、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行った場合の測定点のうち、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が10~70%である。
(2)上記(1)に記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、Nb:0.003~0.060%、V :0.01~0.20%、Ti:0.01~0.20%、Cu:0.01~0.20%、Cr:0.01~0.20%、Mo:0.01~1.00%、B :0.0005~0.0020%、W :0.01~0.50%、Mg:0.001~0.010%、Ca:0.0010~0.0100%、REM:0.0010~0.0100%、及びO:0.0005~0.0100%からなる群から選ばれる1種または2種以上を含有してもよい。
(3)上記(2)に記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、Si:0.50~3.00%を含有してもよい。
(4)上記(2)に記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、Si:0.01~0.50%未満、Al:0.050~2.000%を含有してもよい。
(5)上記(2)に記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、Si:0.01~0.50%未満、Al:0.001~0.050%未満、を含有し、SiとAlとの合計:0.50~0.55%未満であってもよい。
(6)上記(3)~(5)のいずれかに記載の熱延鋼板は、前記表面の前記元素分析を行った場合の測定点のうち、O含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が30%以下であってもよい。
(7)上記(1)~(6)のいずれかに記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、Cu:0.01~0.20%、を含有し、Ni/Cu:0.50以上であってもよい。
(8)上記(1)~(7)のいずれかに記載の熱延鋼板は、前記表面の前記元素分析を行った場合の測定点のうち、Ni含有量が0.5質量%以上である前記測定点の平均間隔が、3~10μmであってもよい。
(9)上記(1)~(8)のいずれかに記載の熱延鋼板は、前記表面に防錆油膜を有していてもよい。
(10)上記(1)~(8)のいずれかに記載の熱延鋼板は、前記表面に化成処理皮膜を有してもよい。
(11)本発明の別の態様に係る熱延鋼板の製造方法は、上記(1)~(8)のいずれかに記載の熱延鋼板の製造方法であって、(1)または(2)に記載の前記化学組成を有する鋼片を、加熱炉で加熱する加熱工程と、加熱された前記鋼片にデスケーリングを行うデスケーリング工程と、前記デスケーリング工程後の前記鋼片に熱間圧延を行って熱延鋼板を得る熱延工程と、を備え、前記加熱工程では、前記鋼片の表面温度が1100℃以上になった後、空気比が0.9以上の雰囲気下で60分間以上保持し、抽出温度を1180℃以上とし、前記デスケーリング工程では、前記表面温度が1170℃以上の前記鋼片に少なくとも1回、5~50MPaの噴射圧力のデスケーリングを行い、前記デスケーリングの完了から20~240秒の間、前記鋼片の前記表面温度を1100℃以上に保持する。

【発明の効果】
【0010】
本発明の上記態様によれば、化成処理性に優れた熱延鋼板及びその製造方法が得られる。本発明の熱延鋼板では、化成処理条件がばらついた場合にも良好な化成処理皮膜を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】表層に局部濃化したNiによって化成結晶の生成が促進されるメカニズムを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の一実施形態に係る熱延鋼板(本実施形態に係る熱延鋼板)について説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板は、所定の化学組成を有し、表面の、250μm×250μmの領域を、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行った場合の測定点のうち、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が10~70%である。
本実施形態に係る熱延鋼板は、表面に化成処理皮膜及び/または電着塗膜を有していてもよい。また、本実施形態に係る熱延鋼板は、表面に防錆油膜を有していてもよい。
【0013】
<化学組成>
以下、化学組成の限定理由について説明する。化学組成に関する「%」は断りがない限り質量%である。また、下記する「~」を挟む数値限定範囲には、原則として、両端の値が下限値及び上限値として範囲に含まれる。一方、「超」または「未満」と示す数値は、その値が数値範囲に含まれない。
【0014】
C :0.01~0.30%
Cは低温変態生成物を生成することによる組織強化によって、またはTi、Nb及び/またはVが含まれる場合には、Ti、Nb及び/またはVと析出物を形成することによる析出強化によって、鋼板の高強度化に寄与する元素である。C含有量が0.01%未満では、鋼板に求められる強度として、好ましくは300MPa以上の強度を、より好ましくは490MPa以上の強度を、更に好ましくは540MPa以上の強度を得ることができない。そのためC含有量を0.01%以上とする。C含有量は、好ましくは0.03%以上、より好ましくは0.05%以上である。
一方、C含有量が0.30%を超えると、硬質層である低温変態生成物やセメンタイトの面積率が増加して、加工性が低下する。そのため、C含有量を0.30%以下とする。C含有量は、好ましくは0.25%以下、より好ましくは0.20%以下である。
【0015】
Si:0.01~3.00%
Siは強度を向上させる元素として使用されると同時に、フェライトの生成に関わる重要な元素である。また、Siは脱酸にも有効な元素である。そのため、Si含有量を0.01%以上とする。フェライトを生成させる組織制御を用いる場合には、Si含有量を0.50%以上とすることが好ましく、0.80%以上とすることがより好ましい。
一方、Si含有量が増加すると、フェライト温度域が高温側に拡大する。また、鋼の高温酸化について、Siはスケールの成長速度やその性状に影響を及ぼす。鋼板中のSiは、鋼板の表面にFeSiOを、熱間圧延中に形成する。含有量が過剰な場合には鋼板表面に濃化し、酸洗後もその濃化層が完全に除去できないため、化成処理性に影響を及ぼす。そのため、Si含有量を3.00%以下とする。Si含有量は、好ましくは2.50%以下、より好ましくは2.00%以下である。フェライトを生成させる組織制御を用いない場合には、Si含有量は0.50%未満であってもよい。
【0016】
Mn:0.20~3.00%
Mnはフェライトの強化によって鋼板の高強度化に寄与する元素である。また、Mn含有量が増加すると、オーステナイト温度域が低温側に拡大し、フェライト+オーステナイト二相温度域が拡大する。また、MnはSと結合して、SをMnSとして固定することで、Sによる熱間割れを抑制する効果を有する元素である。これらの効果を得るため、Mn含有量を0.20%以上とする。鋼板に求められる強度として好ましい300MPa以上の強度を得るためには、Mn含有量を0.30%以上とすることが好ましい。鋼板に求められる強度としてより好ましい490MPa以上の強度を得るためには、Mn含有量は0.90%以上とすることがより好ましい。鋼板に求められる強度として更に好ましい540MPa以上の強度を得るためには、Mn含有量は1.20%以上であることが更に好ましい。
一方、Mn含有量が3.00%を超えると、鋳造時にスラブに割れが発生するなど、製造上の問題が生じる。そのため、Mn含有量を3.00%以下とする。Mn含有量は、好ましくは2.50%以下、より好ましくは2.00%以下である。
【0017】
P :0.030%以下
P含有量は少ない方が好ましいが、P含有量が0.030%を超えると、Pの結晶粒化への偏析が顕著になり、粒界脆化によって局部延性が劣化する。そのため、P含有量を0.030%以下とする。P含有量は、好ましくは0.020%以下、より好ましくは0.015%以下である。
P含有量は0%でもよいが、P含有量を0.005%未満とするとコストが著しく増加する。そのため、P含有量の下限を0.005%としてもよい。
【0018】
S :0.030%以下
S含有量は少ない方が好ましいが、S含有量が0.030%を超えると、溶接性、鋳造時、熱延時の製造性、及び穴広げ性への悪影響が大きくなる。そのため、S含有量を0.030%以下とする。S含有量は、好ましくは0.015%以下、より好ましくは0.010%以下である。
S含有量は0%でもよいが、S含有量を0.002%未満とするとコストが著しく増加する。そのため、S含有量の下限を0.002%としてもよい。
【0019】
Al:0.001~2.000%
Alは、Siと同様に脱酸やフェライトの生成に関わる元素である。また、Al含有量が増加すると、フェライト温度域が高温側に拡大する。また、Alは、粗大なセメンタイトの生成を抑制し、穴広げ性の向上に寄与する元素である。そのため、Al含有量は0.001%以上とする。Al含有量は、好ましくは0.020%以上、より好ましくは0.030%以上である。また、フェライトを生成させる組織制御を用いる場合には、Al含有量を0.050%以上とすることが好ましい。
一方で、Al含有量が2.000%を超えると、Al系の粗大介在物の個数が増加し、加工性が劣化したり、表面疵が生じたりする。また、鋳造時のタンディッシュのノズルが閉塞しやすくなる。そのため、Al含有量を2.000%以下とする。Al含有量は、好ましくは1.200%以下、より好ましくは1.000%以下、さらに好ましくは0.400%以下である。フェライトを生成させる組織制御を用いない場合には、Al含有量は0.050%未満でもよい。
【0020】
N :0.0100%以下
Nは固溶窒素として鋼中に残存すると、延性を低下させる元素である。また、NはTiと結合してTiNを形成するが、N含有量が多いと、粗大なTiNが析出し穴広げ性が低下する。そのため、N含有量は少ない方が好ましい。N含有量が0.0100%を超えると、上記の悪影響が顕著になる。そのため、N含有量を0.0100%以下とする。N含有量は、好ましくは0.0060%以下、より好ましくは0.0040%以下である。N含有量は0%でもよいが、N含有量を0.0010%未満とするとコストが著しく増加する。そのため、N含有量の下限を0.0010%としてもよい。
【0021】
Ni:0.02~0.50%
Niは本実施形態に係る熱延鋼板において、最も重要な元素である。熱延鋼板を製造する際に、主に、熱延鋼板の元になる鋼片を加熱炉で加熱する加熱工程と、加熱された鋼片にデスケーリングを行うデスケーリング工程とにおいて、特定の操業条件とすることで、鋼板表面とスケールとの界面近傍の鋼板表層側にNiが局部的に濃化する。このNiが濃化した領域とその周囲のNiが濃化していない領域とでは、鋼板表面にリン酸亜鉛処理等の化成処理を行った際に、イオン化傾向の差が生じる。その結果、局部的に濃化したNiの周囲のFeが、鋼板の表面に溶出することで化成処理皮膜(化成皮膜)の析出核となり、スケが発生することなく、化成結晶サイズが小さい皮膜が形成されて、塗料と鋼板との密着性を良くすることができる。
Ni含有量が0.02%未満では上記効果が得られない(スケが発生したり、化成結晶サイズが大きくなったりする)ので、Ni含有量を0.02%以上とする。例えば、Ni含有量が0.02%未満では、Niの局部濃化が発生しない事により、化成浴中への鉄の溶出が促進されず、化成結晶サイズが大きくなり、塗装密着性が劣化する。Ni含有量は、好ましくは0.05%以上である。
一方、Ni含有量が0.50%超となると、鋼板表面において、Niが全面を覆う(局部濃化ではなくなる)ことで、上記の効果が得られなくなる。また、コストも上昇する。そのため、Ni含有量を0.50%以下とする。Ni含有量は、好ましくは0.45%以下、より好ましくは0.40%以下である。
【0022】
本実施形態に係る熱延鋼板は、上記の元素を含有し、残部がFe及び不純物からなることを基本とするが、以下に示す元素を後述する含有量の範囲で、含有してもよい。以下の元素は必ずしも含む必要のない任意元素であり、含有しなくてもよい。
【0023】
Cu:0~0.20%
Cuは、鋼板の強度上昇に寄与する元素である。そのため、含有させてもよい。強度上昇に寄与するためには、Cu含有量を0.01%以上とすることが好ましい。Cu含有量は、好ましくは0.02%以上、より好ましくは0.04%以上である。
一方、Cuは、融点が低く、オーステナイト粒界を通じてスケールと地鉄との界面に濃化する。Cu含有量が多いと、Cu濃化層が形成され、リン酸亜鉛処理性が低下する。Cu含有量が0.20%超となると、Cu濃化層が鋼板表面全体を覆う事で化成処理性が著しく悪化する。そのため、Cu含有量を0.20%以下とする。Cu含有量は、好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.10%以下である。また、Ni/Cu<0.50の場合には、Cu濃化層が鋼板表面全体に均一に形成されやすくなってしまい、化成処理性が悪化するので、Ni/Cu≧0.50とすることが好ましい。
【0024】
Nb:0~0.060%
V :0~0.20%
Ti:0~0.20%
Cr:0~0.20%
Mo:0~1.00%
W :0~0.50%
Nb、V、Ti、Cr、Mo、Nb、Wは析出強化及び/または固溶強化によって、鋼板の強度を上昇させる元素である。そのため、含有させてもよい。これらの効果を得る場合、Nb含有量は、0.003%以上が好ましく、0.005%以上がより好ましく、0.010%以上がさらに好ましく、0.015%以上が一層好ましい。また、V含有量は、0.01%以上が好ましい。Ti含有量は、0.01%以上が好ましく、0.05%以上がより好ましく、0.10%以上がさらに好ましく、0.15%以上が一層好ましい。Cr含有量は、0.01%以上が好ましく、0.05%以上がより好ましく、0.10%以上がさらに好ましい。Mo含有量は、0.01%以上が好ましく、0.02%以上がより好ましい。W含有量は、0.01%以上が好ましく、0.02%以上がより好ましい。
一方、Nb含有量が0.060%超、V含有量が0.20%超、Ti含有量が0.20%超、Cr含有量が0.20%超、Mo含有量が1.00%超、W含有量が0.50%超となっても、上記効果が飽和して経済性が低下する。そのため、含有させる場合でも、Nb含有量は0.060%以下、V含有量は0.20%以下、Ti含有量は0.20%以下、Cr含有量は0.20%以下、Mo含有量は1.00%以下、W含有量は0.50%以下とする。Nb含有量は、好ましくは0.055%以下、より好ましくは0.050%以下である。V含有量は、好ましくは0.15%以下、より好ましくは0.08%以下である。Ti含有量は、好ましくは0.18%以下、より好ましくは0.17%以下である。Cr含有量は、好ましくは0.18%以下、より好ましくは0.15%以下である。Mo含有量は、好ましくは0.70%以下、より好ましくは0.05%以下である。W含有量は、好ましくは0.40%以下、より好ましくは0.03%以下である。
【0025】
B :0~0.0020%
Bは焼入れ性を向上させ、低温変態生成物相の分率を増加させる効果を有する元素である。そのため、焼き入れ性の向上効果を発揮したい場合は、Bを0.0005%以上含有させてもよい。B含有量は、好ましくは0.0010%以上、好ましくは0.0015%以上である。
一方、B含有量を0.0020%超としても、効果が飽和するだけでなく、連続鋳造後の冷却工程でスラブの割れが発生する懸念が増加する。そのため、含有させる場合でも、B含有量を0.0020%以下とする。
【0026】
Mg:0~0.010%
Ca:0~0.0100%
REM:0~0.0100%
Mg、Ca、REMは、破壊の起点となり加工性の劣化の原因となる非金属介在物の形態を制御し、加工性を向上させる元素である。そのため、含有させてもよい。上記効果を得る場合、Mg含有量は、0.001%以上が好ましく、Ca含有量は、0.0010%以上が好ましく、REM含有量は、0.0010%以上が好ましい。
一方、Mg含有量が0.010%超、Ca含有量が0.0100%超、REM含有量が0.0100%超となると、上記効果が飽和して経済性が低下する。そのため、含有させる場合でも、Mg含有量は0.010%以下、Ca含有量は0.0100%以下、REM含有量は0.0100%以下とする。Mg含有量は、好ましくは0.005%以下、Ca含有量は、好ましくは0.0070%以下、REM含有量は、好ましくは0.0070%以下である。
【0027】
O:0~0.0100%
Oは、溶鋼の脱酸時に微細な酸化物を多数分散させる元素である。そのため、含有させてもよい。上記効果を得る場合、O含有量を0.0005%以上とすることが好ましい。O含有量は、好ましくは0.0010%以上、より好ましくは0.0020%以上である。
一方、Oは、含有量が多すぎると鋼中で破壊の起点となる粗大な酸化物を形成し、脆性破壊や水素誘起割れを引き起こす元素である。そのため、O含有量を0.0100%以下とする。溶接性の観点からは、O含有量を0.0030%以下とすることが好ましい。
【0028】
Zr:0~0.500%
Co:0~0.500%
Zn:0~0.500%
Sn:0~0.500%
Zr、Co、Zn、Snを0.500%以下含有しても本実施形態に関わる熱延鋼板の効果は損なわれない。そのため、Zr、Co、Zn、Snの1種以上をそれぞれ、0.500%以下含有させても良い。
【0029】
本実施形態に係る熱延鋼板(表面に化成処理皮膜、または防錆油膜を有する場合を含む)における各元素の含有量は、JISG1201:2014に準じて、切粉によるICP発光分光分析で求めた、全板厚での平均含有量である。C含有量及びS含有量については、周知の高周波燃焼法(燃焼-赤外線吸収法)により求める。O含有量については、周知の不活性ガス融解-非分散型赤外線吸収法を用いて求める。
【0030】
<表面の、250μm×250μmの領域を、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行った場合の測定点のうち、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が10~70%である>
本発明者らは、高強度鋼板において、化成処理性が低下する理由について検討を行った。その結果、高強度鋼板の表面または表層部には、酸洗後でもSiやAl等の酸化物、またはMnやCu等の濃化層が形成されており、これらが化成処理時のFeの溶出を阻害することで、特に操業中のばらつきから生じる化成処理条件が劣化した状態において、化成処理性が低下すると考えた。
これに対し、鋼板表層にNiを部分的に(全面ではなく)濃化させることで、Ni-Fe間に電位差が生じ、Ni濃化層の周囲のFeの溶出が促進される。つまり、Niが残存し、その周囲が溶出することで、化成処理皮膜の析出核となり、スケが発生することなく、化成結晶サイズが小さい皮膜が形成されて、化成処理性が向上する。例えば図1に示すように、鋼板の表面にNi濃化層4が形成されることで、(図1では、SiやAl等の酸化物、またはMnやCu等の濃化層3が残存している場合であるが、これらの有無には関わらず)表面に局部的に濃化したNiと地鉄1との間に電位差が生じ、また、この電位差が生じた部分から化成結晶5の析出核が晶出し、化成結晶5の生成が促進されるためであると考えられる。地鉄1とは、スケール2を除いた鋼板部分を指す。
具体的には、表面の、250μm×250μmの領域を、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行った場合の測定点のうち、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が10~70%であると、化成処理性が向上する。
Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が10%未満では、Feの溶出促進効果が十分ではなく、化成処理性が十分に向上しない。
また、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が70%超では、Niが鋼板の表面に均一に近い状態で存在することになり、上記効果が十分に得られない。
本実施形態に係る熱延鋼板が、化成処理皮膜を有する場合(さらに電着塗装されて電着塗膜を有する場合を含む)には、熱延鋼板の表面の元素分析を行うことが難しい場合がある。この場合、板厚方向の断面の、鋼板表面から板厚方向に10μm、板幅方向に500μmの矩形の領域を、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行った場合の測定点の内、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が10~70%であれば、表面の、250μm×250μmの領域を、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行った場合の測定点のうち、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が10~70%であるとみなしてよい。その理由として、表面から板厚方向に10μmの範囲(表層部)では、Niは3次元的に略等方な分布となるからである。
【0031】
Ni含有量が0.5質量%以上である測定点は、鋼板の表面で、まだらに分布していることが好ましい。
具体的には、Ni含有量が0.5質量%以上である領域同士の平均間隔が3~10μmであることが好ましい。上記平均間隔が3μm未満または10μm超の場合、Ni濃化部の周囲のFeの溶出が促進されにくくなる。
【0032】
Ni含有量が0.5質量%以上である領域同士の平均間隔は次のように計測する。本実施形態に係る熱延鋼板の表面の、250μm×250μmの領域を、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行った場合の測定点のうち、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の隣接する測定点の間隔の平均値を、Ni0.5質量%以上の領域同士の平均間隔とする。
【0033】
熱延鋼板は、化成処理の前に酸洗されることが多いが、本実施形態に係る熱延鋼板では、通常の酸洗条件(例えば20~95℃の温度の1~10wt%(重量%)の塩酸溶液を用いて30~60秒間の条件)で酸洗を行った後であっても、上記のようにNiが局部濃化している。そのため、酸洗後でも化成処理性が優れている。
また、本実施形態に係る熱延鋼板は、酸洗後、化成処理が行われるまでの酸化等を防止するため、表面に防錆油膜が形成されていてもよい。
【0034】
表面の、250μm×250μmの領域を、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行う際、及びNi含有量が0.5質量%以上の領域同士の平均間隔を求める際の測定条件は、例えば以下の通りである。
日本電子株式会社のタングステン電子銃型(型番:JXA-8800RL)の機器を用い、加速電圧:15kV、照射電流:6×10-8A、照射時間:15ms、ビーム径:0.5μmの条件で行う。
また、板厚方向の断面に対して、EPMAを用いて1μmの測定ピッチで元素分析を行う際も、同様の条件を適用すればよい。
【0035】
本実施形態に係る熱延鋼板の、Niの局部濃化による化成処理性の向上効果は、どのような鋼板に対しても有効である。
しかしながら、強度を高めたり、成形性を向上させたりするため、SiやAlを多量に含有している鋼板の場合には、鋼板の表面にSiやAlの酸化物が多く形成されているので、化成処理性が低下する。そのため、例えば、
1)Si含有量が0.50%以上である場合、
2)Si含有量が0.50%未満であっても、Al含有量が0.050%以上である場合、
3)Si含有量が0.50%未満、Al含有量が0.050%未満であっても、SiとAlとの合計含有量が0.50%以上である場合、
には、化成処理性の向上効果が特に大きい。
【0036】
本実施形態に係る熱延鋼板は、化成処理及び電着塗装された場合でも、上記のNiの局部濃化の態様はほとんど変わらない。すなわち、化成処理された熱延鋼板における化成処理皮膜と熱延鋼板との境界付近(原板となる熱延鋼板の表面付近に対応)の、Ni含有量が0.5質量%以上の領域の分布は、原板となる熱延鋼板の表面と同様である。このため、下記方法による測定結果は、化成処理前の原板である熱延鋼板における表面の、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合(上記熱延鋼板の表面に対して行った測定結果と同義)とみなすことができる。
【0037】
<元素分析を行った場合の測定点のうち、酸素(O)含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が30%以下である>
本実施形態に係る熱延鋼板は、元素分析を行った場合の測定点のうち、酸素含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が30%以下であることが好ましい。
元素分析を行った際に、酸素含有量が0.5質量%以上である測定点では、SiやAlの酸化物が形成されており、これらの測定点の割合が30%以下であることは、SiやAl等の酸化物の生成が少ないことを示す。酸化物は、化成処理時のFeの溶出を阻害することで、化成処理性を低下させるので、酸化物が少なければスケが発生することなく、化成結晶サイズが小さい皮膜が形成されて、化成処理性がより向上する。
【0038】
元素分析を行う場合には、B(ボロン)の原子数以上の原子数を持つ元素を対象として、250μm×250μmの領域を、1μmの測定ピッチでEPMA分析を行う。そして、Bの原子数以上の原子数を持つ元素の合計の質量を100%としたときの、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合を求める。
鋼板をEPMA分析する際に、鋼板の表面に防錆油膜が形成されている場合には、例えば、アセトンやアルコールなどの溶剤を用いて、防錆油膜を除去し、鋼板表面が測定できるようにする。スケールが形成されている場合には、通常の酸洗条件(例えば20~95℃の温度の1~10wt%(重量%)の塩酸溶液を用いて30~60秒間の条件)で酸洗を行ってから測定する。
EPMA分析は、例えば日本電子株式会社のタングステン電子銃型(型番:JXA-8800RL)の機器を用い、加速電圧:15kV、照射電流:6×10-8A、照射時間:15ms、ビーム径:0.5μmの条件で行う。
【0039】
本実施形態に係る熱延鋼板において、組織(ミクロ組織)は限定されない。組織がどのような相であっても、Niの局部濃化によって、化成処理性が向上する。
また、Niの局部濃化による化成処理性向上の効果は、合金元素を多く含む高強度鋼板において大きい。例えば、300MPa以上の引張強さを有する熱延鋼板において、効果が明確になり、490MPa以上の引張強さを有する熱延鋼板において、効果が大きく、540MPa以上の引張強さを有する熱延鋼板において、より効果が大きい。
本実施形態に係る熱延鋼板の板厚は限定されないが、例えば1.2~10.0mmである。
【0040】
以下、本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法について説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板は、以下の工程を有する製造方法によって製造できる。
(i)鋼片を加熱炉で加熱する加熱工程
(ii)加熱された前記鋼片にデスケーリングを行うデスケーリング工程
(iii)前記デスケーリング工程後の前記鋼片に熱間圧延を行って熱延鋼板を得る熱延工程
各工程について説明する。
【0041】
熱間圧延に先行する鋳造工程(鋼片製造工程)は特に限定するものではない。すなわち、高炉や電炉等による溶製に引き続き各種の2次製錬を行って上述した成分となるように調整し、次いで、通常の連続鋳造、インゴット法による鋳造で鋳造すればよい。
原料にはスクラップを使用しても構わない。
【0042】
[加熱工程]
[デスケーリング工程]
加熱工程では、スラブなどの鋼片を、加熱炉で加熱する。その後、熱延工程に至るまでの間にデスケーリングを行う。主にこの加熱工程及びデスケーリング工程において、Niの局部濃化が達成される。
具体的には、加熱工程で鋼片表面の酸化を促進し、Feを選択的に酸化させることで、スケールと地鉄との界面の地鉄側に、Feよりも酸化されにくいNiを濃化させる。その後、デスケーリングを行って、優先的に生成した酸化物をある程度除去しつつ、所定の温度域に一定時間以上保持することで、さらにNiを局部濃化させる。
【0043】
加熱工程では、鋼片の表面温度が1100℃以上になった後、空気比が0.9以上の雰囲気下で60分間以上保持し、抽出温度を1180℃以上とする。
加熱炉内で表層に十分なNiの濃化層を形成するには、鋼片のスケールの成長を促進する必要がある。加熱炉の空気比が0.9未満であると、スケールの成長が放物線則に沿ったものとなるものの、加熱炉内の限られた時間では、スケールの成長が鈍化する。そのため、スケールと地鉄との界面に十分なNiの濃化層を形成することができない。空気比は加熱炉内の位置や鋼片を加熱している期間の経時変化によって異なる場合があるが、鋼片を加熱している期間で加熱炉内の各位置での空気比の最小値が0.9以上であれば、鋼片が加熱されている際の空気比が0.9以上となるので好ましい。
一方、空気比が1.5超であると、スケールオフ量が増加して歩留まりが増加するとともに、排ガスの増加による熱損失が大きくなり熱効率が悪化して、生産コストが上昇する。そのため、空気比が1.5以下であることが好ましい。空気比は加熱炉内の位置や鋼片を加熱している期間の経時変化によって異なる場合があるが、鋼片を加熱している期間で加熱炉内の各位置での空気比の最大値が1.5以下であれば、鋼片が加熱されている際の空気比が1.5以下となるので好ましい。
また、鋼片表面温度が1100℃以上での保持時間が60分間未満であると、スケールが成長せず、スケールと地鉄との界面に十分なNiの濃化層を形成することができない。
一方、保持時間が240分を超えると、スケールオフ量が増加して歩留まりが低下するとともに、鋼板表層が脱炭し、鋼板の特性が低下することが懸念されるので好ましくない。
抽出温度を1180℃以上とするのは、加熱工程の後で行うデスケーリング工程で、鋼片の表面温度を確保するために必要であるからである。加熱工程からデスケーリング工程までのインターバル時間が長い場合には、鋼片の表面温度を確保するため、抽出温度を1200℃以上としておくとよい。
本実施形態において、抽出温度は、加熱炉の雰囲気温度から鋼片を厚み方向に分割して伝熱計算をした際の、鋼片の上側の表面から鋼片厚み方向に5mmの位置の計算温度、または、鋼片の下側の表面から鋼片厚み方向に5mmの位置の計算温度、のうち低い方の計算温度である。
【0044】
デスケーリング工程では、前記鋼片の表面温度が1170℃以上の前記鋼片に少なくとも1回、5~50MPaの噴射圧力のデスケーリングを鋼片に行う。また、デスケーリングの完了から20~240秒の間、前記鋼片の前記表面温度を1100℃以上に保持する。
【0045】
デスケーリング工程では、加熱工程までに形成されたスケール層を除去する。このスケール層はFeの酸化物やその他の元素の酸化物が混在した状態で存在し、1170℃以上の温度域では概ね溶融状態となっているが、1170℃未満の温度域では凝固し強固な状態となるので、デスケーリングで除去することが難しくなる。特にスケールにSiが含まれる場合には、FeSiOの複合酸化物がFeの酸化物と同時に存在し、FeSiOの複合酸化物がFeの酸化物の間に侵入することで、凝固後に強固なスケールとなる。そのため、本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法では、鋼片の温度が1170℃以上の状態で、少なくとも1回デスケーリングを行う。ただし、デスケーリングの噴射圧力が5MPa未満では、スケールが十分に除去できない。また、デスケーリングの噴射圧力が50MPa超では、加熱時に界面近傍に濃化したNiも除去されてしまう。そのため、噴射圧力は、5~50MPaとする。
デスケーリングは、単位時間・単位幅あたりの噴射力が、50~700MN/(m・s)で行うことが好ましい。単位時間・単位幅あたりの噴射力は、デスケーリング圧力(MPa)とデスケーリング時間(秒)とデスケーリング対象となる鋼板の板長(m)の積により求められる。
【0046】
デスケーリングを行った後、このデスケーリング(一次デスケーリング)の完了から20~240秒の間、鋼片の表面温度を1100℃以上に保持する。1100℃以上に20秒以上保持することで、再度鋼板表面を酸化させ、さらに界面にNiを濃化させる。
1100℃以上での保持時間が20秒未満であると、Niの濃化が不十分となる。そのため、保持時間を20秒以上とする。保持時間は、好ましくは30秒以上である。
一方、デスケーリング後の保持時間が240秒を超えると、スケール厚が厚くなって化成処理性が低下するとともに、生産性が低下する。そのため、保持時間を240秒以下とする。保持時間は、好ましくは、180秒以下である。
鋼片の表面温度を1100℃以上に保持した後には、鋼片の圧延を行う。
デスケーリングの完了から鋼片の表面温度を1100℃以上で20~240秒の間保持した後、先のデスケーリング(一次デスケーリング)に追加して、1回以上の二次デスケーリングを鋼片に行ってもよい。この二次デスケーリングによれば、保持中に生成したスケール層を除去することができる。ただし、濃化したNiを除去しないように、二次デスケーリングを行う場合でも、噴射圧力は、一次デスケーリングと同じ5~50MPaの噴射圧力とする。二次デスケーリングをする前の鋼片の表面温度は、鋼片の温度が1170℃以上の状態であってもよいし、鋼片の温度が1170℃未満の状態であってもよい。
二次デスケーリングを完了してから、鋼片の表面温度を1100℃以上に保持する時間は、20~240秒の間でもよいし、20秒未満でもよい。
二次デスケーリングを完了してから、鋼片の表面温度を1100℃以上に保持する時間が240秒を超えると、スケール厚が厚くなって化成処理性が低下するとともに、生産性が低下する。
上述の通り、二次デスケーリングについては、デスケーリングを行う前の温度及びその後の1100℃以上に保持する時間は限定されないが、二次デスケーリングを鋼片表面温度が1170℃以上で1回以上行い、二次デスケーリング完了から20~240秒の間、鋼片の表面温度を1100℃以上に保持する場合には、一次デスケーリングの完了から鋼片の表面温度を1100℃以上に保持する時間は、20秒以内であってもよい。
このように、一次デスケーリングのみを行った場合も、一次デスケーリングと二次デスケーリングの両方を行った場合も、デスケーリングの完了から鋼片の表面温度を1100℃以上で、合計20秒以上保持すればよい。ただし、特性の点では、複数回のデスケーリングとその後の1100℃以上での保持を繰り返して行う場合には、いずれか1回以上の保持時間が20秒以上であることが好ましい。
【0047】
[熱延工程]
デスケーリング工程後に行われる熱延工程の熱延条件については特に限定されない。要求される板厚や機械的特性に応じて、適宜熱延条件を調整すればよい。圧延後の冷却条件に制約はない。常温まで(100℃以下まで)冷却してもよいし、冷却せずに巻取をしてコイルの状態で放冷をしてもよい。
【0048】
上記の製造方法によれば、本実施形態に係る熱延鋼板を製造することができる。
【実施例
【0049】
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
表1A~表1Cに示す化学組成を有するスラブを、表2A~表2Cに示す加熱条件で加熱し、表2A~表2Cに示すデスケーリング条件でデスケーリングを行った。
加熱条件では、上述したように、加熱炉内の各位置での空気比の最小値、及び、加熱炉内の各位置での空気比の最大値が、表2A~表2Cに示す値になるように燃焼制御をした。
デスケーリング条件として、鋼2、鋼34、鋼42~鋼72、鋼75~82、86については一次デスケーリングのみを行った。一次デスケーリング前の鋼片の表面温度と、一次デスケーリングの圧力及び単位時間・単位幅あたりの噴射力を表2A~表2Cに示す。また、一次デスケーリングを完了した後の鋼片の表面温度を1100℃以上に保持した時間を、表2A~表2Cに示す条件とした。そして、一次デスケーリングの完了から鋼片の圧延を行うまでの期間についての、鋼片の表面温度の最小温度を表2A~表2Cに記載した。
また、鋼1、鋼3~鋼33、鋼35~鋼41、鋼73、鋼74、鋼83~85、鋼87、鋼88については、一次デスケーリングを行った後に、二次デスケーリングを行った。一次デスケーリング前の鋼片の表面温度と、一次デスケーリングの圧力及び単位時間・単位幅あたりの噴射力と、二次デスケーリングの圧力及び単位時間・単位幅あたりの噴射力とを表2A~表2Cに示した(二次デスケーリングを行ったものには、二次デスケーリングの圧力の列に圧力の記載をしている)。二次デスケーリングを行った場合には、一次デスケーリングと二次デスケーリングのそれぞれの、デスケーリングを完了した後の鋼片の表面温度を1100℃以上に保持した時間のうち、長い方の時間および、デスケーリング後の1100℃以上の保持時間の合計値を表2A~表2Cに示す条件とした。そして、一次デスケーリングと二次デスケーリングのうち、デスケーリングを完了した後の鋼片の表面温度を1100℃以上に保持した時間が、長い方の時間となるデスケーリングについて、このデスケーリングの完了から鋼片の圧延を行うまでの期間の、鋼片の表面温度の最小温度を表2A~表2Cに記載した。
デスケーリング後、圧延終了温度を800℃以上として仕上圧延を行った。熱間仕上圧延後は、一部については100℃以下まで冷却し、一部については冷却せずに巻取をしてコイルの状態で放冷をした。
【0051】
【表1A】
【0052】
【表1B】
【0053】
【表1C】
【0054】
【表2A】
【0055】
【表2B】
【0056】
【表2C】
【0057】
得られた熱延鋼板に対し、20~95℃の温度の、1~10wt%(重量%)の塩酸溶液を用いて30~60秒間の条件で酸洗を行い、酸洗後の表面に対し、Bの原子数以上の原子数を持つ元素を対象として、250μm×250μmの領域を、上述の条件で、1μmの測定ピッチでEPMA分析を行い、Bの原子数以上の原子数を持つ元素の合計の質量を100%としたときの、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合、及び酸素含有量が0.5質量%以上である測定点の割合及びNi含有量が0.5質量%以上の領域の平均間隔を求めた。
結果を表3A~表3Cの表面組織の列に示す。
表3A~3Cにおいて、酸洗表面のNi含有量が0.5質量%以上の領域の平均間隔が≦1(μm)とあるのは、平均間隔が測定ピッチよりも小さく計測不能であったことを示す。
【0058】
また、得られた熱延鋼板に対して、引張強さを評価した。
引張強さ(TS)は、板幅をWとした時に、鋼板の片端から板幅方向にW/4もしくは3W/4のいずれかの位置において、圧延方向に直行する方向(板幅方向)を長手方向として採取したJIS Z 2241:2011の5号試験片を用いて、JIS Z 2241:2011に準拠して測定した。
引張強さ(TS)の結果を熱延鋼板の板厚と共に表3A~表3Cに示す。
【0059】
また、得られた熱延鋼板に対し、先に記載した酸洗条件で酸洗を行った。その後、連続使用等により劣化した化成処理液を想定した下記条件で、先に記載した酸洗を行った熱延鋼板に化成処理を行い、化成処理性を評価した。本鋼板の効果はリン酸亜鉛系の化成処理液によらず発揮できるが、その一例として下記条件にて評価を行った。
(1)脱脂処理:
日本ペイント製薬液:SD400
薬液の温度:42℃
試験片表面に薬液をスプレーで吹き付ける時間:120秒間
(2)表面調整処理:
日本ペイント製薬材:5N-10
薬材の浸漬時間:20秒間
(3)化成処理:
日本ペイント製薬液:サーフダインDP4000
薬液の温度(化成浴温):35℃
浴時間:60秒
遊離酸度:0.5pt
全酸度(TA):25pt
促進剤:2.0pt
(4)水洗処理:
市水(スプレー噴射)
市水温度:25℃
水洗時間:30秒
(5)純水洗処理:
脱イオン水(スプレー噴射)
脱イオン水温度:25℃
純水洗時間:30秒
ここで、遊離酸度とは、化成処理液10mlに、ブロムフェノールブルーを3滴加え、0.1規定の水酸化ナトリウムで黄緑色から青緑色になるまで中和滴定を行い、このとき要した0.1規定水酸化ナトリウムの容量1mlを1ptとするものである。また、全酸度とは、化成処理液10mlに、フェノールフタレインを3滴加え、0.1規定の水酸化ナトリウムで無色からピンク色になるまで中和滴定を行い、このとき要した0.1規定水酸化ナトリウムの容量1mlを1ptとするものである。
本鋼板の化成処理性の向上効果は、先に示した化成処理条件で使用した化成処理液であるかどうかによらず、他の型番や他社の化成処理液でも発揮できる。
化成処理を行った結果、スケが見られず、化成結晶のサイズが10μm以下であった場合に、化成処理性に優れると判断した。これは、化成処理を行った後であるにもかかわらず、地鉄が露出している状態、即ち、スケが有る状態であると、鋼板と塗料との密着性が低下し、化成処理後の化成結晶のサイズが10μm超であると、リン酸亜鉛皮膜自身の凝集破壊により塗装密着性が低下するためである。
化成結晶のサイズが10μm以下であると、塗料と鋼板との密着性および塗膜剥離後の耐食性が良くなるが、化成結晶のサイズが5μm以下であると、塗料と鋼板との密着性および塗膜剥離後の耐食性は更に良くなる。本実施例では、スケがなく、化成結晶のサイズが5μm以下をA評価(発明例)、スケがなく、化成結晶のサイズが5μm超、10μm以下をB評価(発明例)、スケが有る、又はスケがなくとも化成結晶のサイズが10μm超場合をC評価(比較例)とした。
【0060】
また、表には示さないが、化成処理性の評価の前に、化成処理された熱延鋼板に対し、板厚方向の断面の鋼板の表面から板厚方向に10μm×板幅方向に500μmの矩形の領域に対し、Bの原子数以上の原子数を持つ元素を対象として、1μmの測定ピッチでEPMA分析を行い、Bの原子数以上の原子数を持つ元素の合計の質量を100%としたときの、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合を求めたところ、酸洗後、化成処理前の表面の250μm×250μmの領域に対して測定した、Ni含有量が0.5質量%以上である測定点の割合と同等であった。
【0061】
スケの観察にはSEMを用いた。具体的には、化成処理を行った後の鋼板の表裏各3視野を250μm×250μmの領域について、地鉄が露出している面かあるかどうかをSEMで確認することで、スケの発生の有無を調査した。
同様に、化成結晶のサイズは、先に述べたSEM観察を行った際の、250μm×250μmの領域について、化成結晶の粒径(直径)を求め、化成結晶の粒径(直径)の平均値を化成結晶のサイズとした。
観察した6視野の内、最も劣位な結果を表3A~表3Cの化成品の性状の列に示す。
【0062】
【表3A】
【0063】
【表3B】
【0064】
【表3C】
【0065】
表1A~表1C及び表3A~表3Cに示す通り、本発明範囲の化学組成を有し、表面のNi含有量が0.5質量%以上である測定点の割合が10~70%である本発明例は、いずれもスケが無く、化成結晶のサイズが10μm以下であって、化成処理性に優れていた。
一方、化学組成、表面のNi含有量が0.5質量%以上である測定点の割合、のいずれか一つ以上が本発明範囲外である比較例については、スケが発生しているか、化成結晶のサイズが10μm超で、化成処理性が十分でなかった。
【産業上の利用可能性】
【0066】
本発明によれば、化成処理性に優れた熱延鋼板及びその製造方法が得られる。本発明の熱延鋼板では、化成処理条件がばらついた場合にも良好な化成処理皮膜を得ることができるので、産業上利用可能性が高い。
【符号の説明】
【0067】
1 地鉄
2 スケール
3 SiやAl等の酸化物、またはMnやCu等の濃化層
4 Ni濃化層
5 化成結晶
図1