(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-17
(45)【発行日】2023-10-25
(54)【発明の名称】脳内グルタミン酸濃度の増加抑制用組成物
(51)【国際特許分類】
A23L 33/18 20160101AFI20231018BHJP
A61P 25/08 20060101ALI20231018BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20231018BHJP
A61K 38/05 20060101ALI20231018BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20231018BHJP
【FI】
A23L33/18
A61P25/08
A61P25/28
A61K38/05
A61P25/00
(21)【出願番号】P 2019045763
(22)【出願日】2019-03-13
【審査請求日】2022-03-01
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 掲載日:平成31年2月28日、掲載アドレス:http://pharmacology.main.jp/92nenkai/pdf/pdf/09.pdf、掲載内容:第92回日本薬理学会年会の要旨(抄録)(演題番号:1-P-031)
(73)【特許権者】
【識別番号】000253503
【氏名又は名称】キリンホールディングス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107342
【氏名又は名称】横田 修孝
(74)【代理人】
【識別番号】100155631
【氏名又は名称】榎 保孝
(74)【代理人】
【識別番号】100137497
【氏名又は名称】大森 未知子
(72)【発明者】
【氏名】阿野 泰久
(72)【発明者】
【氏名】大屋 怜奈
【審査官】厚田 一拓
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/194564(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/086303(WO,A1)
【文献】特表2019-501210(JP,A)
【文献】特開2016-069343(JP,A)
【文献】特開2012-232952(JP,A)
【文献】特開2010-105996(JP,A)
【文献】特開2013-005763(JP,A)
【文献】Yasuhisa Ano et al.,Novel lactopeptides in fermented dairy products improve memory function and cognitive decline,Neurobiology of Aging,2018年08月06日,vol. 72,pp. 23-31
【文献】Yasuhisa Ano et al.,Tryptophan-Tyrosine Dipeptide, the Core Sequence of β-Lactolin, Improves Memory by Modulating the Dopamine System,nutrients,2019年02月06日,vol. 11, no. 2, 348,pp. 1-11
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 2/00 - 35/00
A61K 6/00 -135/00
A61P 1/00 - 43/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/FSTA/AGRICOLA(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
WYのアミノ酸配列
からなるジペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含んでなる、脳内グルタミン酸濃度の増加および/または脳重量の低下の抑制用組成物。
【請求項2】
脳内グルタミン酸濃度の増加および脳重量の低下が海馬において生ずるものである、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
脳内グルタミン酸濃度の増加および脳重量の低下が加齢に起因するものである、請求項1または2に記載の組成物。
【請求項4】
中高年者に摂取させるための、請求項1~3のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項5】
神経保護に用いるための、請求項1~4のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項6】
神経脱落の抑制および/または神経新生の促進に用いるための、請求項1~5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
脳内グルタミン酸濃度の増加および/または脳重量の低下の抑制用食品組成物である、請求項1~6のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は脳内グルタミン酸濃度の増加抑制等のための組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
加齢に伴う脳の老化により脳神経系の構造や機能に変化が生じることが知られている。老化による脳の形態変化のうち代表的なものとして脳萎縮があり、例えば、記憶機能を司る海馬が加齢に伴って委縮し、その重量が低下することが知られている(非特許文献1)。脳萎縮は必ずしも病的な状態ではないが、脳の老化程度の指標となりうる。また、加齢に伴って海馬等において脳内グルタミン酸濃度が増加することが知られている(非特許文献2)。グルタミン酸は、哺乳類の中枢神経系における主要な興奮性神経伝達物質であり、認知、記憶・学習などの脳高次機能に関与する一方で、細胞外の過剰なグルタミン酸は、グルタミン酸興奮毒性と呼ばれる神経細胞障害作用を有することが知られている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】Golomb J, Arch Neurol. 1993 Sep; 50(9):967-73
【文献】Brewer GJ, Exp Gerontol. 2000 Dec; 35(9-10):1165-83
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、脳内グルタミン酸濃度の上昇および脳重量の低下を抑制することができる新規素材およびそれを含む組成物を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは今般、老齢マウスでは、若齢マウスと比較して、海馬重量の低下および海馬におけるグルタミン酸量の増加が生じるところ、WYペプチドを摂取させた老齢マウスでは、海馬重量の低下および海馬におけるグルタミン酸量の増加が抑制されることを見出した。本発明は、これらの知見に基づくものである。
【0006】
すなわち、本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]WYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含んでなる、脳内グルタミン酸濃度の増加および/または脳重量の低下の抑制用組成物並びに脳内グルタミン酸濃度の増加抑制剤および脳重量の低下抑制剤。
[2]脳内グルタミン酸濃度の増加および脳重量の低下が海馬において生ずるものである、上記[1]に記載の組成物および用剤。
[3]脳内グルタミン酸濃度の増加および脳重量の低下が加齢に起因するものである、上記[1]または[2]に記載の組成物および用剤。
[4]中高年者に摂取させるための、上記[1]~[3]のいずれかに記載の組成物および用剤。
[5]神経保護に用いるための、上記[1]~[4]のいずれかに記載の組成物および用剤。
[6]神経脱落の抑制および/または神経新生の促進に用いるための、上記[1]~[5]のいずれかに記載の組成物および用剤。
[7]食品の形態である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の組成物および用剤。
[8]WYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含んでなる、神経保護用組成物および神経保護剤。
[9]WYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含んでなる、神経脱落の抑制用組成物および神経脱落抑制剤。
[10]WYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物を有効成分として含んでなる、神経新生促進用組成物および神経新生促進剤。
【0007】
上記[1]と上記[8]~[10]の組成物を本明細書において「本発明の組成物」と、上記[1]と上記[8]~[10]の用剤を本明細書において「本発明の用剤」と、それぞれいうことがある。
【0008】
本発明の組成物および用剤が有効成分とするジペプチド:WYは、海馬重量の低下および海馬におけるグルタミン酸量の増加を抑制する機能を発揮する機能性素材として利用できるとともに、ヒトを含む哺乳類に安全な機能性素材として利用できる点で有利である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
【
図1】
図1は、WYペプチド摂取が老齢マウスの海馬重量に与える影響を示す図である。
【
図2】
図2は、WYペプチド摂取が老齢マウスの海馬のグルタミン酸濃度に与える影響を示す図である。
【発明の具体的説明】
【0010】
本発明の組成物および用剤は、WYのアミノ酸配列を有するペプチド(以下、「本発明のペプチド」ということがある)を有効成分として含有してなるものである。ここで、「アミノ酸配列を有するペプチド」とは、該アミノ酸配列により配列が特定されたペプチドを意味する。
【0011】
本発明のペプチドは、化学合成によって得られたものを用いてもよく、乳、大豆、小麦、卵、畜肉、魚肉、魚介などに由来するタンパク質やポリペプチド原料等から化学的もしくは酵素的に分解して得られたものを用いてもよい。具体的には、例えば、本発明のペプチドの配列は、少なくとも、乳のホエイやカゼイン、牛血清アルブミン(BSA)、大豆のグリシニン、小麦のグルテニン、卵黄のリボビテリン、卵白のオボアルブミン、オボトランスフェリン、リゾチウム、チキン蛋白のコラーゲンなどに含まれているから、これら食品もしくは食品素材を酸加水分解やプロテアーゼによる酵素処理または微生物発酵等に供して、上記ペプチドを生成させることができる。本発明の組成物および用剤としては上記食品もしくは食品素材の調製物をそのまま用いてもよいし、濃縮物として、あるいはスプレードライや凍結乾燥等により乾燥粉末として用いてもよい。また、必要に応じて不純物、塩、酵素等の除去など、任意の程度の精製を施して用いてもよい。
【0012】
本発明のペプチドを構成するアミノ酸は、L型のアミノ酸のみから構成されていてもよいし、D型のアミノ酸のみから構成されていてもよいし、あるいは両者が混在したペプチドのいずれであってもよい。また、天然に存在するアミノ酸のみから構成されていてもよいし、アミノ酸にリン酸化やグリコシル化等、任意の官能基が結合した修飾アミノ酸のみから構成されていてもよいし、あるいは両者が混在したペプチドのいずれであってもよい。また、ペプチドが2以上の不斉炭素を含む場合には、エナンチオマー、ジアステレオマー、あるいは両者が混在したペプチドのいずれであってもよい。
【0013】
さらに、本発明のペプチドは、遊離塩の形態であっても、その薬学上許容される塩または溶媒和物の形態であってもよく、本発明の組成物および用剤はこれらのいずれか、あるいはこれら全部または一部の混合物を含むものである。薬学上許容される塩としては酸付加塩、金属塩、アンモニウム塩および有機アミン付加塩が挙げられる。薬学上許容される酸付加塩としては、塩酸塩、硫酸塩、リン酸塩等の無機酸塩、酢酸塩、マレイン酸塩、フマル酸塩、クエン酸塩、メタンスルホン酸塩等の有機酸塩等が挙げられる。また、薬学上許容される金属塩としては、ナトリウム塩、カリウム塩等のアルカリ金属塩、マグネシウム塩、カルシウム塩等のアルカリ土類金属塩、アルミニウム塩、亜鉛塩等が挙げられる。また、薬学上許容されるアンモニウム塩としては、アンモニウム、テトラメチルアンモニウム等の塩が挙げられる。また、薬学上許容される有機アミン付加塩としては、モルホリン、ピペリジン等の付加塩が挙げられる。
【0014】
本発明の組成物および用剤は、本発明のペプチド単独で、あるいは本発明のペプチドを含む素材(例えば、食品原料)として提供することができる。本発明の組成物および用剤はまた、本発明のペプチドまたは本発明のペプチドを含む素材と、他の成分(例えば、食品原料、食品添加物、製剤添加物)とを混合して提供することもできる。本発明の組成物および用剤における本発明のペプチドの含有量は、その目的、用途、形態、剤型、症状、体重等に応じて任意に定めることができ、本発明はこれに限定されないが、その含有量としては、全体量に対して、0.00001~50質量%(固形分換算)の割合で含有させることができ、さらに好ましくは0.0001~10質量%(固形分換算)の割合で含有させることができる。本発明においては、本発明の用剤を本発明のペプチドからなるものとし、本発明の組成物を本発明のペプチドと他の成分とを含んでなるものとすることができる。
【0015】
本発明のペプチドの含有量の測定は、液体クロマトグラフィータンデム質量分析法(LC/MS/MS)により実施することができる。当業者であればその条件設定は容易に行うことができ、測定の際に標準ペプチドとしてLC/MS/MS測定用の純度のものを使用することはいうまでもないが、例えば、SIGMA ALDRICH社製AQUAペプチドを使用することができる。
【0016】
本発明のペプチドを含む食品素材としては、タンパク質の酵素分解物が挙げられ、好ましくはホエイタンパク質の酵素分解物(以下、「ホエイ分解物」ということがある)である。本発明のペプチドが含まれるホエイ分解物の製造方法は公知であり、例えば、国際公開公報第2017/086303号の記載に従って製造することができる。あるいは、本発明のペプチドを含有する市販のホエイ酵素分解物を用いてもよく、例えば、LE80GF-US(DMV社製)やHW-3(雪印メグミルク社製)を本発明のペプチドとして用いてもよい。
【0017】
本発明のペプチドをホエイタンパク質分解物として本発明の組成物および用剤に含有させる場合、本発明のペプチドをホエイタンパク質分解物に対して、0.001~10質量%(固形分換算)の割合で含有させることができ、さらに好ましくは0.01~5質量%(固形分換算)の割合で含有させることができる。また、本発明の組成物および用剤に対して、ホエイタンパク質分解物は、0.001~95質量%(固形分換算)の割合で含有させることができ、好ましくは0.01~50質量%(固形分換算)の割合で含有させることができる。
【0018】
後記実施例に示されるように、本発明のペプチドは、海馬重量の低下抑制作用と、海馬におけるグルタミン酸量の増加抑制作用を有する。従って、本発明のペプチドは脳内グルタミン酸濃度の増加抑制または脳重量の低下抑制に用いるための組成物および用剤の有効成分として使用することができる。
【0019】
本発明において脳重量の低下は、好ましくは海馬において生ずるものであり、本発明の組成物および用剤は海馬重量の低下の抑制に使用するためのものとすることができる。また本発明において、脳内グルタミン酸濃度の増加および脳重量の低下は、好ましくは加齢に起因するものであり、本発明の組成物および用剤は加齢による脳内グルタミン酸濃度の増加の抑制および加齢による脳重量の低下の抑制に使用するためのものとすることができる。
【0020】
加齢に伴って海馬重量が低下することや、脳内のグルタミン酸濃度が増加することが知られている(非特許文献1および2)。従って本発明の組成物および用剤は、好ましくは中高年者(例えば、45歳以上の者、55歳以上の者、65歳以上の者)に摂取させるためのものとすることができる。また飲酒や喫煙によって脳萎縮が進行し、海馬重量が低下することも知られている(Anya Topiwala, BMJ 2017;357:j2353 doi: 10.1136/bmj.j2353 (Published 6 June 2017)およびKUBOTA, Tohoku J Exp Med. 1987 Dec;153(4):303-11)。従って本発明の組成物および用剤は、好ましくは飲酒者または喫煙者に摂取させるためのものとすることができる。
【0021】
本発明の組成物および用剤は、脳内グルタミン酸濃度の増加を抑制するものである。ここで、グルタミン酸は、哺乳類の中枢神経系における主要な興奮性神経伝達物質であり、認知、記憶、学習などの脳高次機能に関与している一方で、細胞外の過剰なグルタミン酸は、グルタミン酸興奮毒性と呼ばれる神経細胞障害作用を有することが知られている。グルタミン酸による神経細胞の過剰な興奮は、カルシウムの過剰な細胞内流入を引き起こし、細胞死を引き起こす。興奮毒性による神経細胞死は、脳虚血、脳外傷、てんかん、肝性脳症などの急性脳神経疾患のみならず、アルツハイマー病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、ハンチントン病などの慢性脳神経疾患における神経細胞死に共通するメカニズムとして注目されている(Tanaka, CLINICAL NEUROSCIENCE, 35: 1412-1416(2017))。また同様に、脳内グルタミン酸濃度の増加が、統合失調症,うつ病,自閉症,強迫性障害などの精神疾患と関連すると考えられている(田中, 日薬理誌, 1421-6(2013))。
【0022】
従って、脳内グルタミン酸濃度の増加を抑制する本発明のペプチドは、神経保護(特に興奮毒性からの神経保護)に用いることができ、保護される神経は好ましくは脳神経である。すなわち、本発明によれば、本発明のペプチドを含んでなる神経保護用組成物と、本発明のペプチドを含んでなる神経保護剤が提供される。本発明のペプチドはまた、脳神経変性疾患(例えば、てんかん)の治療、予防および改善剤の有効成分として用いることができる。すなわち、本発明によれば、本発明のペプチドを含んでなる、脳神経変性疾患の治療、予防または改善用組成物と、本発明のペプチドを含んでなる、脳神経変性疾患の治療、予防または改善剤が提供される。
【0023】
本発明の組成物および用剤はまた、脳重量(特に海馬重量)の低下を抑制するものである。ここで、加齢により脳の神経細胞が脱落することが知られており、これは脳重量の低下の要因となる(Takekawa, Dokkyo Journal of Medical Sciences 35(3):203-208(2008))。また、過去には脳神経は新生しないと信じられてきたところ、近年になって脳神経も継続的に新生すること、特に脳室下帯・海馬歯状回の神経幹細胞は脳室内で実際に神経新生を継続していることが明らかとなった(Sawamoto, Clin Neurol 49:830-833(2009))。すなわち、加齢による脳重量の低下は脳神経の脱落や神経新生の抑制が要因であるといえる。従って、脳重量の低下を抑制する本発明のペプチドは、神経保護(好ましくは脳神経保護、より好ましくは海馬の神経保護)に用いることができ、特に、神経脱落の抑制および/または神経新生の促進に用いることができる。すなわち、本発明によれば、本発明のペプチドを含んでなる神経保護用組成物と、本発明のペプチドを含んでなる神経保護剤が提供される。本発明によればまた、本発明のペプチドを含んでなる神経脱落の抑制用組成物と、本発明のペプチドを含んでなる神経脱落抑制剤が提供される。本発明によればまた、本発明のペプチドを含んでなる神経新生促進用組成物と、本発明のペプチドを含んでなる神経新生促進剤が提供される。
【0024】
本発明の組成物および用剤は、医薬品(例えば、医薬組成物)、医薬部外品、食品(例えば、食品組成物)、飼料(ペットフード含む)等の形態で提供することができ、下記の記載に従って実施することができる。
【0025】
本発明のペプチドは、ヒトおよび非ヒト動物に経口投与することができる。経口剤としては、顆粒剤、散剤、錠剤(糖衣錠を含む)、丸剤、カプセル剤、シロップ剤、乳剤、懸濁剤が挙げられる。これらの製剤は、当分野で通常行われている手法により、薬学上許容される担体を用いて製剤化することができる。薬学上許容される担体としては、賦形剤、結合剤、希釈剤、添加剤、香料、緩衝剤、増粘剤、着色剤、安定剤、乳化剤、分散剤、懸濁化剤、防腐剤等が挙げられる。
【0026】
本発明のペプチドを食品として提供する場合には、それをそのまま食品として提供することができ、あるいはそれを食品に含有させて提供することができる。例えば、本発明のペプチドを食品として提供する場合には、本発明のペプチドを含有する、ホエイ分解物等のタンパク質の酵素分解物等を、そのまま食品として提供することができ、あるいはそれを食品に含有させて提供することができる。このようにして提供された食品は本発明のペプチドを有効量含有した食品である。本明細書において、本発明のペプチドを「有効量含有した」とは、個々の食品において通常喫食される量を摂取した場合に後述するような範囲で本発明のペプチドが摂取されるような含有量をいう。また「食品」とは、健康食品、機能性食品、栄養補助食品、保健機能食品(例えば、特定保健用食品、栄養機能食品、機能性表示食品)、特別用途食品(例えば、幼児用食品、妊産婦用食品、病者用食品)およびサプリメントを含む意味で用いられる。なお、本発明のペプチドをヒト以外の動物に摂取させる場合には、本発明でいう食品が飼料として使用されることはいうまでもない。
【0027】
本発明のペプチドは、上記のような脳内グルタミン酸濃度の増加抑制効果および脳重量の低下抑制効果を有するため、日常摂取する食品に含有させることができ、あるいは、サプリメントとして提供することができる。すなわち、本発明の組成物および用剤は食品の形態で提供することができる。この場合、本発明の組成物および用剤は1食当たりに摂取する量が予め定められた単位包装形態で提供することができる。1食当たりの単位包装形態としては、例えば、パック、包装、缶、ボトル等で一定量を規定する形態が挙げられる。本発明の組成物および用剤の各種作用をよりよく発揮させるためには、後述する、本発明のペプチドの1回当たりの摂取量に従って1食当たりの摂取量を決定できる。本発明の食品は、摂取量に関する説明事項が包装に表示されるか、あるいは説明事項が記載された文書等と一緒に提供されてもよい。
【0028】
単位包装形態においてあらかじめ定められた1食当たりの摂取量は、1日当たりの有効摂取量であっても、1日当たりの有効摂取量を2回またはそれ以上(好ましくは2または3回)に分けた摂取量であってもよい。従って、本発明の組成物および用剤の単位包装形態には、後述のヒト1日当たりの摂取量で本発明のペプチドを含有させることができ、あるいは、後述のヒト1日当たりの摂取量の2分の1から6分の1の量で本発明のペプチドを含有させることができる。本発明の組成物および用剤は、摂取の便宜上、1食当たりの摂取量が1日当たりの有効摂取量である、「1食当たりの単位包装形態」で提供することが好ましい。
【0029】
「食品」の形態は特に限定されるものではなく、例えば、飲料の形態であっても、半液体やゲル状の形態であっても、固形体や粉末状の形態であってもよい。また、「サプリメント」としては、本発明のペプチドに賦形剤、結合剤等を加え練り合わせた後に打錠することにより製造された錠剤や、カプセル等に封入されたカプセル剤が挙げられる。
【0030】
本発明で提供される食品は、本発明のペプチドを含有する限り、特に限定されるものではないが、例えば、清涼飲料水、炭酸飲料、果汁入り飲料、野菜汁入り飲料、果汁および野菜汁入り飲料、牛乳等の畜乳、豆乳、乳飲料、ドリンクタイプのヨーグルト、ドリンクタイプやスティックタイプのゼリー、コーヒー、ココア、茶飲料、栄養ドリンク、エナジー飲料、スポーツドリンク、ミネラルウォーター、ニア・ウォーター、ノンアルコールのビールテイスト飲料等の非アルコール飲料;飯類、麺類、パン類およびパスタ類等炭水化物含有飲食品;チーズ類、ハードタイプまたはソフトタイプのヨーグルト、畜乳その他の油脂原料による生クリーム、アイスクリーム等の乳製品;クッキー、ケーキ、チョコレート等の洋菓子類、饅頭や羊羹等の和菓子類、ラムネ等のタブレット菓子(清涼菓子)、キャンディー類、ガム類、ゼリーやプリン等の冷菓や氷菓、スナック菓子等の各種菓子類;ウイスキー、バーボン、スピリッツ、リキュール、ワイン、果実酒、日本酒、中国酒、焼酎、ビール、アルコール度数1%以下のノンアルコールビール、発泡酒、その他雑酒、酎ハイ等のアルコール飲料;卵を用いた加工品、魚介類や畜肉(レバー等の臓物を含む)の加工品(珍味を含む)、味噌汁等のスープ類等の加工食品、みそ、しょうゆ、ふりかけ、その他シーズニング調味料等の調味料、濃厚流動食等の流動食等を例示することができる。なお、ミネラルウォーターは、発泡性および非発泡性のミネラルウォーターのいずれもが包含される。また、本発明で提供される食品には、食品製造原料および食品添加物のいずれもが含まれる。
【0031】
茶飲料としては、発酵茶、半発酵茶および不発酵茶のいずれもが包含され、例えば、紅茶、緑茶、麦茶、玄米茶、煎茶、玉露茶、ほうじ茶、ウーロン茶、ウコン茶、プーアル茶、ルイボスティー、ローズ茶、キク茶、イチョウ葉茶、ハーブ茶(例えば、ミント茶、ジャスミン茶)が挙げられる。
【0032】
果汁入り飲料や果汁および野菜汁入り飲料に用いられる果物としては、例えば、リンゴ、ミカン、ブドウ、バナナ、ナシ、モモ、マンゴー、アサイー、ブルーベリーおよびウメが挙げられる。また、野菜汁入り飲料や果汁および野菜汁入り飲料に用いられる野菜としては、例えば、トマト、ニンジン、セロリ、カボチャ、キュウリおよびスイカが挙げられる。
【0033】
本発明のペプチドの摂取量は、受容者の性別、年齢および体重、症状、投与時間、剤形、投与経路並びに組み合わせる薬剤等に依存して決定できる。脳内グルタミン酸濃度の増加抑制および脳重量の低下抑制を目的とした本発明のペプチドの成人1日当たりの摂取量(乾燥質量換算)は、例えば、0.001~10000mg(好ましくは1~1000mg)である。上記の本発明のペプチドの摂取量および下記摂取タイミングおよび摂取期間は、本発明のペプチドを非治療目的および治療目的のいずれで使用する場合にも適用があり、治療目的の場合には摂取は投与に読み替えることができる。なお、本発明のペプチドはヒト以外の哺乳動物(例えば、マウス、ラット、ウサギ、イヌ、ネコ、ウシ、ウマ、ブタ、サル、イルカ、アシカ等)に対しても摂取させることができ、摂取量、摂取タイミングおよび摂取期間はヒトに関する記載を参考にして決定することができる。
【0034】
本発明のペプチドの摂取期間は、上記1日量での摂取を少なくとも3日間(好ましくは1週間または2週間、より好ましくは1か月間、3か月間または5か月間)とすることができる。本発明のペプチドの摂取間隔は、上記1日量での摂取を3日に1回、2日に1回または1日1回とすることができる。
【0035】
本発明の組成物および用剤並びに食品には、脳内グルタミン酸濃度の増加抑制効果および/または脳重量の低下抑制効果を有する旨の表示が付されてもよい。この場合、消費者に理解しやすい表示とするため本発明の組成物および用剤並びに食品には以下の一部または全部の表示が付されてもよい。なお、本発明において「脳内グルタミン酸濃度の増加抑制」および「脳重量の低下抑制」が以下の表示を含む意味で用いられることはいうまでもない。
・脳の老化が気になる方に
・脳のアンチエージングのために
・脳の委縮が気になる方に
【0036】
本発明の別の面によれば、有効量の本発明のペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物あるいはそれを含む組成物を、それを必要としている対象に摂取させるか、あるいは投与することを含んでなる、脳内グルタミン酸濃度の増加抑制方法および脳重量の低下抑制方法が提供される。本発明によればまた、有効量の本発明のペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物あるいはそれを含む組成物を、それを必要としている対象に摂取させるか、あるいは投与することを含んでなる、脳神経変性疾患の治療、予防または改善方法が提供される。本発明によればまた、有効量の本発明のペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物あるいはそれを含む組成物を、それを必要としている対象に摂取させるか、あるいは投与することを含んでなる、神経保護方法、神経脱落の抑制方法および神経新生促進方法が提供される。本発明の方法は、本発明の組成物および用剤に関する記載に従って実施することができる。
【0037】
本発明のさらに別の面によれば、脳内グルタミン酸濃度の増加抑制剤の製造のための、脳内グルタミン酸濃度の増加抑制剤としての、あるいは本発明の脳内グルタミン酸濃度の増加抑制方法における、本発明のペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物の使用が提供される。本発明によればまた、脳重量の低下抑制剤の製造のための、脳重量の低下抑制剤としての、あるいは本発明の脳重量の低下抑制方法における、本発明のペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物の使用が提供される。本発明によればまた、脳神経変性疾患の治療、予防または改善剤の製造のための、脳神経変性疾患の治療、予防または改善剤としての、あるいは本発明の治療、予防または改善方法における、本発明のペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物の使用が提供される。本発明によればまた、神経保護剤の製造のための、神経保護剤としての、あるいは本発明の神経保護方法における、本発明のペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物の使用が提供される。本発明によればまた、神経脱落の抑制剤の製造のための、神経脱落の抑制剤としての、あるいは本発明の神経脱落の抑制方法における、本発明のペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物の使用が提供される。本発明によればまた、神経新生促進剤の製造のための、神経新生促進剤としての、あるいは本発明の神経新生促進方法における、本発明のペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物の使用が提供される。本発明の使用は、本発明の組成物および用剤に関する記載に従って実施することができる。
【0038】
本発明のさらにまた別の面によれば、脳内グルタミン酸濃度の増加抑制に用いるためのWYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物が提供される。本発明によればまた、脳重量の低下抑制に用いるためのWYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物が提供される。本発明によればまた、脳神経変性疾患の治療、予防または改善に用いるためのWYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物が提供される。本発明によればまた、神経保護に用いるためのWYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物が提供される。本発明によればまた、神経脱落の抑制に用いるためのWYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物が提供される。本発明によればまた、神経新生促進に用いるためのWYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物が提供される。本発明によればまた、本発明の方法に用いるためのWYのアミノ酸配列を有するペプチドまたはその薬学上許容される塩もしくは溶媒和物が提供される。上記のWYのアミノ酸配列を有するペプチド並びにその薬学上許容される塩および溶媒和物は、本発明の組成物および用剤に関する記載に従って実施することができる。
【0039】
本発明の方法および本発明の使用はヒトを含む哺乳動物における使用であってもよく、治療的使用と非治療的使用のいずれもが意図される。本明細書において、「非治療的」とはヒトを手術、治療または診断する行為(すなわち、ヒトに対する医療行為)を含まないことを意味し、具体的には、医師または医師の指示を受けた者がヒトに対して手術、治療または診断を行う方法を含まないことを意味する。
【実施例】
【0040】
以下の例に基づき本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0041】
例1:WYペプチドが中枢神経系に与える影響
(1)試験の概要
老齢マウスについて、被験食品摂取群と非摂取群の脳の状態(海馬重量および海馬内グルタミン酸濃度)を比較検討した。また、若齢マウスの被験食品非摂取群と比較検討した。被験食品として、WYペプチドを用いた。
【0042】
(2)マウス
C57BL/6J雄マウス(日本チャールス・リバー社、本明細書において単に「本マウス」ということがある)を使用した。日本チャールス・リバー社の資料によれば(https://www.crj.co.jp/cms/cmsrs/img/usr/top/B6-Aged.pdf)、本マウスはジャクソン研究所により開発され、加齢研究に広く使われているものであり、本マウス32匹を観察した結果、100週齢で死亡個体が発生し、170週齢までに全ての個体が死亡したことが公開されている(マウス・フェノーム・データベース(https://www.phenome.jax.org/)参照)。本マウスとヒトとの生涯の対応は、ヒト20~30歳が本マウス3~6月齢(成熟個体)と、ヒト38~47歳が本マウス10~14月齢(中年個体)と、ヒト56~69歳が本マウス18~24月齢(老年個体)とそれぞれ対応する。本試験では、老年マウスとして本マウス62週齢の個体を、若年マウスとして本マウス7週齢の個体を、それぞれ1ヵ月の馴化飼育の後に使用した。老齢マウスは、被験食品(WYペプチド)を摂取させる「老齢WY摂取群」(9匹)と、被験食品を摂取させない「老齢非摂取群」(12匹)とに体重の偏りが無いように群分けした。また、若齢マウスは、被験食品を摂取させない「若齢非摂取群」(15匹)とした。
【0043】
(3)被験食品(WYペプチド)の投与
老齢WY摂取群には、WYペプチド(Bachem社製)を乾燥質量換算で0.05%(w/w)含む精製飼料(AIN-93M、オリエンタル酵母社製)を自由摂食させた。老齢非摂取群および若齢非摂取群には、WYペプチドを含まないAIN-93Mを自由摂食させた。摂取期間は5ヵ月とした。
【0044】
(4)測定
摂取期間終了後、海馬を摘出し重量を測定した。また、海馬中のグルタミン酸濃度を定量した。グルタミン酸濃度の定量はエイコム社が公表する方法に従った(https://www.eicomusa.com/hplc-ecd/applications/glutamate-gaba-12-minute-analysis/)。具体的には、海馬重量の10倍量(W/V)のメタノール(和光純薬社製)を加えてホモジネートし、0.22μmのフィルター(Millipore社製)で濾過し、これを抽出サンプルとした。次いで、抽出サンプルとOPA溶液(4mMの濃度でo-フタルアデヒド-2-メルカプトエタノール(OPA-2ME、和光純薬社製)を含む0.5mol/L炭酸塩緩衝液(和光純薬社製))とを4:1(v/v)の割合で混合し、室温で150秒間反応させ、誘導化し、これを測定サンプルとした。測定サンプルをHPLCへ導入し、グルタミン酸濃度を定量した。なお、濃度の換算はホモタウリン(Acros organics社製)を使用した内標準法に従って実施した。HPLC条件は以下の通りであった。
【0045】
<HPLC条件>
・測定装置:ECD検出器型高速液体クロマトグラフ(HPLC-ECD、HTEC-510、エイコム社製)
・カラム:EICOMPAK FA-3ODS(φ3mmx75mm、エイコム社製)
・プレカラム:CA-ODS precolumn(φ3x4mm、エイコム社製)
・溶媒:
移動層A:
100mM リン酸バッファー(pH6.0)+7%(v/v)メタノール(和光純薬社製)
13%アセトニトリル(和光純薬社製)
100mM リン酸バッファー(pH6.0)
移動層B:50%アセトニトリル(和光純薬社製)
・グラジエント条件:移動層A:0~12分(100%)、移動層B:12~15分(100%)
【0046】
(5)統計処理
各群の測定値は、平均値±標準偏差で表記した。検定は、Tukey-Kramerにより行い、危険率P<0.05%であった場合に、比較した両群間に有意差ありとした。
【0047】
(6)結果
結果は、
図1および
図2に示した通りであった。
図1の結果から、老齢非摂取群の海馬重量は、若齢非摂取群のそれと比較して有意に減少した。一方、老齢WY摂取群では、老齢非摂取群と比較して、海馬重量が有意に増加し、若齢非摂取群との差は有意でないことが確認された。
図2の結果から、老齢非摂取群の海馬におけるグルタミン酸濃度は、若齢非摂取群と比較して有意に高かった。一方、老齢WY摂取群では、老齢非摂取群と比較して、グルタミン酸濃度が有意に低く、若齢非摂取群との差は有意でないことが確認された。これらの結果から、WYペプチドの摂取は、加齢に伴う海馬重量の減少を抑制すること、また、加齢に伴う脳内グルタミン酸濃度の増加を抑制することが確認された。従って、WYペプチドの摂取により、加齢等に伴う神経変性疾患を抑制できることが示唆された。