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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-18
(45)【発行日】2023-10-26
(54)【発明の名称】インスリン産生細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20231019BHJP
   C12P 21/02 20060101ALN20231019BHJP
【FI】
C12N5/071
C12P21/02 E
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020555671
(86)(22)【出願日】2019-11-11
(86)【国際出願番号】 JP2019044058
(87)【国際公開番号】W WO2020100789
(87)【国際公開日】2020-05-22
【審査請求日】2022-05-26
(31)【優先権主張番号】P 2018213448
(32)【優先日】2018-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598072179
【氏名又は名称】株式会社片岡製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】509349141
【氏名又は名称】京都府公立大学法人
(74)【代理人】
【識別番号】100104802
【弁理士】
【氏名又は名称】清水 尚人
(72)【発明者】
【氏名】戴 平
(72)【発明者】
【氏名】武田 行正
(72)【発明者】
【氏名】原田 義規
(72)【発明者】
【氏名】松本 潤一
(72)【発明者】
【氏名】草鹿 あゆみ
【審査官】北田 祐介
(56)【参考文献】
【文献】PNAS,2010年,Vol.107,p.15099-15104
【文献】J. Cell. Physiol.,2018年02月,Vol.233,p.1627-1637
【文献】PNAS,2003年,Vol.100,p.7117-7122
【文献】Islets,2010年,Vol.2,p.112-120
【文献】Cytotherapy,2013年,Vol.15,p.1228-1236
【文献】Stem Cells,2009年,Vol.27,p.1941-1953
【文献】昭和大学薬学雑誌,2011年,Vol.2,p.127-138
【文献】日本薬理学雑誌,2014年,Vol.144,p.8-12
【文献】PNAS,2002年,Vol.99,p.16105-16110
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00-5/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
線維芽細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造する方法であって、(1)RSK阻害剤としてのBRD7389又はBI-D1870、及び(2)GSK3阻害剤の存在下で、出発材料としての線維芽細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、インスリン産生細胞の製造方法。
【請求項2】
前記工程が、さらにcAMP誘導剤及び/又はPI3K阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程である、請求項1に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項3】
RSK阻害剤がBI-D1870である、請求項1又は2に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項4】
GSK3阻害剤がCHIR99021である、請求項のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項5】
cAMP誘導剤がフォルスコリン、又はPI3K阻害剤がLY294002である、請求項2に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項6】
前記線維芽細胞ヒト線維芽細胞又は皮膚線維芽細胞である、請求項1~のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
【請求項7】
線維芽細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造するための組成物であって、(1)RSK阻害剤としてのBRD7389又はBI-D1870、及び(2)GSK3阻害剤を含むことを特徴とする、線維芽細胞からインスリン産生細胞を製造するための組成物。
【請求項8】
さらにcAMP誘導剤及び/又はPI3K阻害剤を含む、請求項に記載の組成物。
【請求項9】
RSK阻害剤がBI-D1870である、請求項7又は8に記載の組成物。
【請求項10】
GSK3阻害剤がCHIR99021である、請求項のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項11】
cAMP誘導剤がフォルスコリン、又はPI3K阻害剤がLY294002である、請求項8に記載の組成物。
【請求項12】
前記線維芽細胞ヒト線維芽細胞又は皮膚線維芽細胞である、請求項11のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
(関連出願の相互参照)
この出願は、2018年11月14日に日本国特許庁に出願された日本国出願番号第2018-213448号の利益を主張するものである。当該日本国出願は、その出願書類(明細書、特許請求の範囲、図面、要約書)の全体が本明細書に明示されているかのように全ての目的で参照により本明細書に援用される。
【0002】
本発明は、再生医療、ないし体細胞からのダイレクトリプログラミング(Direct Reprogramming)の技術分野に属する。本発明は、その技術分野において、低分子化合物により体細胞からインスリン産生細胞を直接製造する方法、及びかかる製造方法によって製造される低分子化合物誘導性インスリン産生細胞(ciIPCs:chemical compound-induced Insulin-producing cells)に関するものである。本発明はさらに、当該インスリン産生細胞、及び当該インスリン産生細胞を製造する方法のために使用することができる組成物に関するものである。
【背景技術】
【0003】
ALK5阻害剤やALK6阻害剤等のいくつかの低分子化合物を組み合わせ、その存在下において体細胞、特にヒト線維芽細胞を培養し、そこから遺伝子導入を行うことなく、褐色脂肪細胞、骨芽細胞、軟骨細胞、神経系細胞、又は心筋細胞へと直接分化誘導する方法が知られている(例、特許文献1)。特許文献1の発明のように、ありふれた線維芽細胞から、入手が容易な低分子化合物により褐色脂肪細胞等の細胞へ直接分化誘導することができれば非常に有益である。例えば、自家の線維芽細胞から簡便に自家の他の細胞を作製しうるので、再生医療への応用が高まる。また、新しい医薬品開発のための実験材料としての細胞を容易に作製することができるようになる。
【0004】
間葉系の細胞は、筋肉、骨、軟骨、骨髄、脂肪及び結合組織等の生体の各種器官を形成しており、再生医療の材料として有望である。間葉系幹細胞(mesenchymal stem cell:MSC)は、骨髄、脂肪組織、血液、胎盤及び臍帯等の組織に存在する未分化細胞である。間葉系に属す細胞への分化能を有しているため、間葉系幹細胞は、それらの細胞を製造する際の出発材料として注目されている。また、間葉系幹細胞自体を骨、軟骨、心筋等の再構築に利用する再生医療も検討されている。
【0005】
実際に、間葉系幹細胞から神経細胞やインスリン産生細胞へ分化させた報告例もある(非特許文献1、2)。非特許文献1では、SB431542とドルソモルフィンといった低分子阻害剤の組み合わせにより、間葉系幹細胞から神経細胞へと分化させている。
【0006】
インスリンを分泌する膵臓β細胞については、iPS細胞又はES細胞からヒト膵β細胞への分化誘導が報告されていることに加えて、膵α細胞、膵腺房細胞、膵管腺細胞、小腸腺窩細胞、肝細胞、胆管細胞といった内胚葉系細胞から膵β細胞特異的転写因子であるPdx1、Ngn3、及びMafAを用いて膵β細胞へ直接誘導したことが報告されている(非特許文献3)。また、マウス胎児線維芽細胞(MEFs)やヒト皮膚線維芽細胞から山中4因子などを用いて膵β細胞へ直接誘導したことが報告されている(非特許文献4、5)。更にはマウス胎児線維芽細胞(MEFs)から低分子化合物により内胚葉前駆細胞を作製し、当該細胞から膵臓内分泌細胞へ分化させたことが報告されている(非特許文献6)。
【0007】
RSK阻害剤である低分子化合物のBRD7389については、膵α細胞においてインスリン遺伝子の発現を活性化する能力があることが報告されている(非特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】国際公開第2018/062269号パンフレット
【非特許文献】
【0009】
【文献】Stem Cells International,Volume 2016,Article ID 1035374
【文献】BioMed Research International,Volume 2015,Article ID 575837
【文献】Current Pathobiology Reports,2015年,3巻,57-65頁
【文献】Cell Stem Cell,2014年,14巻,228-236頁
【文献】Nature Communications,2016年,7巻,10080頁
【文献】Journal of Biological Chemistry,2017年,292巻,19122-19132頁
【文献】PNAS,August 24(2010),Vol.107,no.34,15099-15104
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
特許文献1に記載されている製造方法のように、遺伝子導入を行うことなく体細胞から所望の細胞への転換を直接行う方法は、治療用細胞を取得する手段として有効な選択肢である。膵臓β細胞についても、上記の通り、体細胞から直接転換する方法は報告されているが、これらの発明は、発生学的に系統の近い内胚葉系の細胞へ特定の遺伝子を導入することで誘導されている。
本発明は、人為的な遺伝子導入を行うことなく、低分子化合物の組み合わせにより体細胞からインスリン産生細胞を効率的に直接分化誘導する方法、即ち、一定の低分子化合物により体細胞からインスリン産生細胞を直接製造することができる新たな製造方法を提供することを主な課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明者らは、鋭意検討した結果、一定の低分子阻害剤等の存在下で体細胞を培養することによって、体細胞をインスリン産生細胞に効率的に直接転換できることを見出し、本発明を完成するに到った。
【0012】
本発明として、例えば、下記のものを挙げることができる。
[1]体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造する方法であって、RSK阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする、インスリン産生細胞の製造方法。
[2]前記工程が、さらにGSK3阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程である、上記[1]に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[3]前記工程が、さらにcAMP誘導剤及び/又はPI3K阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程である、上記[1]又は[2]に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[4]RSK阻害剤がBRD7389又はBI-D1870である、上記[1]~[3]のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[5]GSK3阻害剤がCHIR99021である、上記[2]~[4]のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[6]cAMP誘導剤がフォルスコリン、又はPI3K阻害剤がLY294002である、上記[3]~[5]のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[7]前記体細胞が線維芽細胞又は間葉系幹細胞である、上記[1]~[6]のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法。
[8]上記[1]~[7]のいずれか一項に記載のインスリン産生細胞の製造方法から製造される、インスリン産生細胞。
【0013】
[9]体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造するための組成物であって、RSK阻害剤を含むことを特徴とする、体細胞からインスリン産生細胞を製造するための組成物。
[10]さらにGSK3阻害剤を含む、上記[9]に記載の組成物。
[11]さらにcAMP誘導剤及び/又はPI3K阻害剤を含む、上記[9]又は[10]に記載の組成物。
[12]RSK阻害剤がBRD7389又はBI-D1870である、上記[9]~[11]のいずれか一項に記載の組成物。
[13]GSK3阻害剤がCHIR99021である、上記[10]~[12]のいずれか一項に記載の組成物。
[14]cAMP誘導剤がフォルスコリン、又はPI3K阻害剤がLY294002である、上記[11]~[13]のいずれか一項に記載の組成物。
[15]前記体細胞が線維芽細胞又は間葉系幹細胞である、上記[9]~[14]のいずれか一項に記載の組成物。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、人為的な遺伝子導入を行うことなく、体細胞から分泌能の高いインスリン産生細胞を効率的に直接製造することができる。本発明により得られたインスリン産生細胞は、再生医療などにおいて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】ヒト線維芽細胞から直接分化誘導されたインスリン産生細胞が分泌するインスリン量を表す。縦軸は細胞の総タンパク質1mgあたりのインスリン分泌量(μU/mg)を示す。
図2】ヒト線維芽細胞から直接分化誘導されたインスリン産生細胞が分泌するインスリン量を表す。縦軸は細胞の総タンパク質1mgあたりのインスリン分泌量(μU/mg)を示す。
図3】ヒト線維芽細胞から直接分化誘導されたインスリン産生細胞が分泌するインスリン量を表す。縦軸は細胞の総タンパク質1mgあたりのインスリン分泌量(μU/mg)を示す。
図4】ヒト線維芽細胞から直接分化誘導されたインスリン産生細胞が分泌するインスリン量を表す。縦軸は細胞の総タンパク質1mgあたりのインスリン分泌量(μU/mg)を示す。
図5】ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(AdMSC)から直接分化誘導されたインスリン産生細胞が分泌するインスリン量を表す。縦軸は細胞の総タンパク質1mgあたりのインスリン分泌量(μU/mg)を示す。
図6】ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(AdMSC)から直接分化誘導されたインスリン産生細胞が分泌するインスリン量を表す。縦軸は細胞の総タンパク質1mgあたりのインスリン分泌量(μU/mg)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0017】
1 インスリン産生細胞の製造方法
本発明に係る、インスリン産生細胞の製造方法(以下、「本発明製法」という。)は、体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造する方法であって、RSK阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことを特徴とする。
【0018】
好ましくは、上記工程が、さらにGSK3阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程である本発明製法である。より好ましくは、上記工程が、さらにcAMP誘導剤及び/又はPI3K阻害剤の存在下で体細胞を培養する工程である本発明製法である。本発明製法においては、特にRSK阻害剤及びGSK3阻害剤の存在下、又はそれらにさらにcAMP誘導剤の存在下で体細胞を培養する工程を含むことが好ましい。上記工程は、必要に応じて、任意に他の阻害剤や誘導剤等の存在下で体細胞を培養する工程であってもよい。
【0019】
本発明製法においては、少なくとも上記阻害剤等の存在下で体細胞を培養すればよく、必要に応じて、任意にさらに他の阻害剤や誘導剤等を存在させて体細胞を培養しインスリン産生細胞を製造することができる。
上記阻害剤や誘導剤は、それぞれにおいて、1種を用いても2種以上を併用してもよい。
具体的な上記阻害剤等においては、2種類以上の阻害作用等を有するものもあり得るが、その場合、一つで複数の阻害剤等が存在しているとみなすことができる。
【0020】
1.1 体細胞について
生物の細胞は、体細胞と生殖細胞とに分類できる。本発明製法には、その出発材料として任意の体細胞を使用することができる。体細胞には特に限定はなく、生体から採取された初代細胞、又は株化された細胞の何れでもよい。本発明製法では、分化の種々の段階にある体細胞、例えば、最終分化した体細胞(例、線維芽細胞、臍帯静脈内皮細胞(HUVEC)、肝細胞(Hepatocytes)、胆管細胞(Biliary cells)、膵α細胞(Pancreatic α cells)、膵腺房細胞(Acinar cells)、膵管腺細胞(Ductal cells)、小腸腺窩細胞(Intestinal crypt cells)など)、最終分化への途上にある体細胞(例、間葉系幹細胞、神経幹細胞、内胚葉前駆細胞など)、又は初期化され多能性を獲得した体細胞を使用することができる。本発明製法に使用できる体細胞としては、任意の体細胞、例えば、造血系の細胞(各種のリンパ球、マクロファージ、樹状細胞、骨髄細胞等)、臓器由来の細胞(肝細胞、脾細胞、膵細胞、腎細胞、肺細胞等)、筋組織系の細胞(骨格筋細胞、平滑筋細胞、筋芽細胞、心筋細胞等)、線維芽細胞、神経細胞、骨芽細胞、軟骨細胞、内皮細胞、間質細胞、脂肪細胞(白色脂肪細胞等)、胚性幹細胞(ES細胞)等が挙げられる。また、これらの細胞の前駆細胞、癌細胞にも本発明製法を適用できる。好ましくは、線維芽細胞又は間葉系幹細胞を使用することができる。
【0021】
本発明で用いうる線維芽細胞としては、特に限定されず、例えば、皮膚線維芽細胞(Dermal Fibroblasts)、大動脈外膜線維芽細胞(Adventitial Fibroblasts)、心臓線維芽細胞(Cardiac Fibroblasts)、肺線維芽細胞(Pulmonary Fibroblasts)、子宮線維芽細胞(Uterine Fibroblasts)、絨毛間葉系線維芽細胞(Villous Mesenchymal Fibroblasts)などの種々の組織や器官で結合組織を構成する主要な細胞成分であり膠原線維生産を行う細胞を挙げることができる。
【0022】
本発明で用いうる間葉系幹細胞としては、特に限定されず、例えば、脂肪組織由来間葉系幹細胞(Adipose tissue-derived mesenchymal stem cells)、骨髄由来間葉系幹細胞(Bone marrow-derived mesenchymal stem cells)、臍帯由来間葉系幹細胞(Umbilical cord-derived mesenchymal stem cells)、臍帯血由来間葉系幹細胞(Umbilical cord blood-derived mesenchymal stem cells)、歯髄組織由来間葉系幹細胞(Dental pulp-derived mesenchymal stem cells)、胎盤由来間葉系幹細胞(Placenta-derived mesenchymal stem cells)、羊膜由来間葉系幹細胞(Amniotic membrane-derived mesenchymal stem cells)、子宮内膜由来間葉系幹細胞(Endometrium-derived mesenchymal stem cells)、滑膜由来間葉系幹細胞(Synovium-derived mesenchymal stem cells)、真皮組織由来間葉系幹細胞、歯周靭帯由来間葉系幹細胞を挙げることができる。
【0023】
上記の体細胞の供給源としては、ヒト、ヒト以外の哺乳動物、及び哺乳動物以外の動物(鳥類、爬虫類、両生類、魚類等)が例示されるが、これらに限定されるものではない。体細胞の供給源としては、ヒト、及びヒト以外の哺乳動物が好ましく、ヒトが特に好ましい。ヒトへの投与を目的として本発明製法によりインスリン産生細胞を製造する場合、好ましくは、レシピエントと組織適合性抗原のタイプが一致又は類似したドナーより採取された体細胞を使用することができる。レシピエント自身より採取された体細胞をインスリン産生細胞の製造に供してもよい。
【0024】
1.2 本発明に係る阻害剤等について
1.2.1 RSK阻害剤
RSK(Ribosomal S6 Protein Kinase)は、広く細胞に発現しており、様々な成長因子に応答するセリン・スレオニンキナーゼの一つである。分子量が70kDaと90kDaのサブファミリーに分かれており、特に90kDaのRSKサブファミリーは、MAPKシグナル伝達経路に属するERKによってリン酸化されることで活性化し、哺乳類では4つの遺伝子が存在している。活性化した90kDaのRSKは、Ribosomal protein S6を含む下流の様々なタンパク質のリン酸化を行い、細胞の生存、細胞増殖、分化などを多様に制御している。
【0025】
「RSK阻害剤の存在下」とは、RSKを阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、RSKの活性を阻害する物質、例えば、抗RSK抗体やRSK阻害剤のようなRSKシグナル阻害手段を利用することができる。また、RSKは自身の特定の部位がリン酸化されると活性化することから、上記のリン酸化を阻害する手段も、RSKシグナルの阻害に利用することができる。
【0026】
本発明では特に限定されないが、RSK阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、BRD7389又はBI-D1870を使用することができる。
【0027】
BRD7389(CAS No.:376382-11-5)
【0028】
【化1】
【0029】
SL 0101-1(CAS No.:77307-50-7)
BI-D1870(CAS No.:501437-28-1)
LJH685(CAS No.:1627710-50-2)
LJI308(CAS No.:1627709-94-7)
FMK(CAS No.:821794-92-7)
RMM46(CAS No.:1307896-46-3)
CMK(CAS No.:821794-90-5)
Carnosol(CAS No.:5957-80-2)
Bix 02565(CAS No.:1311367-27-7)
【0030】
RSK阻害剤の濃度は、用いる体細胞等によって異なるが、特に限定されず適宜決定すればよく、例えば、0.05μmol/L~50μmol/L、好ましくは0.1μmol/L~20μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0031】
1.2.2 GSK3阻害剤
GSK3(glycogen synthase kinase-3、グリコーゲン合成酵素キナーゼ3)は、グリコーゲン合成酵素をリン酸化して不活性化するプロテインキナーゼとして見いだされた。哺乳類では、GSK3は51kDaのα(GSK3α)と47kDaのβ(GSK3β)の二つのアイソフォームに分類される。GSK3は種々のタンパク質をリン酸化する活性を有しており、グリコーゲン代謝のみならず、細胞分裂、細胞増殖等の生理現象にも関わっている。
【0032】
「GSK3阻害剤の存在下」とは、GSK3を阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、GSK3の活性を阻害する物質、例えば、抗GSK3抗体やGSK3阻害剤のようなGSK3シグナル阻害手段を利用することができる。また、GSK3は自身の特定の部位がリン酸化されると活性を失うことから、上記のリン酸化を促進する手段も、GSK3シグナルの阻害に利用することができる。
【0033】
本発明では特に限定されないが、GSK3阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、CHIR99021を使用することができる。
【0034】
CHIR99021(CAS No.:252917-06-9)
【0035】
【化2】
【0036】
BIO((2’Z,3’E)-6-Bromoindirubin-3’-oxime)(CAS No.:667463-62-9)
Kenpaullone(CAS No.:142273-20-9)
A1070722(CAS No.:1384424-80-9)
SB216763(CAS No.:280744-09-4)
CHIR98014(CAS No.:556813-39-9)
TWS119(CAS No.:601514-19-6)
Tideglusib(CAS No.:865854-05-3)
SB415286(CAS No.:264218-23-7)
Bikinin(CAS No.:188011-69-0)
IM-12(CAS No.:1129669-05-1)
1-Azakenpaullone(CAS No.:676596-65-9)
LY2090314(CAS No.:603288-22-8)
AZD1080(CAS No.:612487-72-6)
AZD2858(CAS No.:486424-20-8)
AR-A014418(CAS No.:487021-52-3)
TDZD-8(CAS No.:327036-89-5)
Indirubin(CAS No.:479-41-4)
【0037】
GSK3阻害剤の濃度は、用いる体細胞等によって異なるが、特に限定されず適宜決定すればよく、例えば、0.05μmol/L~20μmol/L、好ましくは0.1μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0038】
1.2.3 cAMP誘導剤
cAMP(環状アデノシン1リン酸)は、セカンドメッセンジャーとして種々の細胞内シグナル伝達に関わっている物質である。cAMPは、細胞内ではアデニル酸シクラーゼ(adenylate cyclase)によりアデノシン3リン酸(ATP)が環状化されることで生成する。
【0039】
「cAMP誘導剤の存在下」とは、cAMPを誘導することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、例えば、細胞内cAMP濃度を増加させることができる任意の手段を利用することができる。cAMPの生成に関わる酵素であるアデニル酸シクラーゼに直接作用して誘導することができる物質、アデニル酸シクラーゼの発現を促進しうる物質の他、cAMPを分解する酵素であるホスホジエステラーゼを阻害する物質等を、細胞内cAMP濃度を増加させる手段として使用することができる。細胞内でcAMPと同じ作用を持つ、cAMPの構造類似体であるジブチリルcAMP(dibutyryl cAMP)を使用することもできる。
【0040】
本発明では特に限定されないが、cAMP誘導剤(アデニル酸シクラーゼ活性化剤)としては、例えば、フォルスコリン(forskolin:CAS No.:66575-29-9)、及びフォルスコリン誘導体(例えば特開2002-348243号公報)や以下の化合物などが挙げられる。好ましくは、フォルスコリンを使用することができる。
【0041】
フォルスコリン(CAS No.:66428-89-5)
【0042】
【化3】
【0043】
イソプロテレノール(CAS No.:7683-59-2)
NKH477(CAS No.:138605-00-2)
PACAP1-27(CAS No.:127317-03-7)
PACAP1-38(CAS No.:137061-48-4)
【0044】
cAMP誘導剤の濃度は、用いる体細胞等によって異なるが、特に限定されず適宜決定すればよく、例えば、0.2μmol/L~50μmol/L、好ましくは1μmol/L~30μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0045】
1.2.4 PI3K阻害剤
PI3K(Phosphoinositide 3-kinase)は、イノシトールリン脂質をリン酸化する酵素であり、産生されるホスホイノシチドはPDK1を活性化する。PDK1はさらにAKTをリン酸化し、PDK1/AKTシグナル経路が活性化される。LY294002は、PI3Kに選択的な阻害剤であり、ホスホイノシチドの産生を抑えることでPDK1/AKTシグナル経路の活性化を阻害する。
【0046】
「PI3K阻害剤の存在下」とは、PI3Kを阻害することができる培養条件下であることをいい、その手段は特に限定はなく、PI3Kを阻害することができる任意の手段を利用することができる。本発明には、PI3Kに直接作用してその機能を阻害する物質(例えば、抗PI3K抗体、その他の薬剤)、PI3K自体の産生を抑制する薬剤等を利用することができる。また、PI3Kが関わるシグナル伝達をその上流で阻害することによってもPI3Kを阻害することができる。
【0047】
本発明では特に限定されないが、PI3K阻害剤としては、例えば、以下の化合物を使用することができる。好ましくは、LY294002を使用することができる。
【0048】
LY294002(CAS No.:154447-36-6)
【0049】
【化4】
【0050】
Buparlisib(CAS No.:944396-07-0)
TGR-1202(CAS No.:1532533-67-7)
PI-103(CAS No.:371935-74-9)
IC-87114(CAS No.:371242-69-2)
Wortmannin(CAS No.:19545-26-7)
ZSTK474(CAS No.:475110-96-4)
AS-605240(CAS No.:648450-29-7)
PIK-90(CAS No.:677338-12-4)
AZD6482(CAS No.:1173900-33-8)
Duvelisib(CAS No.:1201438-56-3)
TG100-115(CAS No.:677297-51-7)
CH5132799(CAS No.:1007207-67-1)
CAY10505(CAS No.:1218777-13-9)
PIK-293(CAS No.:900185-01-5)
CZC24832(CAS No.:1159824-67-5)
Pilaralisib(CAS No.:934526-89-3)
AZD8835(CAS No.:1620576-64-8)
【0051】
PI3K阻害剤の濃度は、用いる体細胞等によって異なるが、特に限定されず適宜決定すればよく、例えば、0.1μmol/L~20μmol/L、好ましくは0.5μmol/L~10μmol/Lの範囲で使用することができる。
【0052】
1.3 体細胞の培養
本発明製法における体細胞の培養は、使用する体細胞の種類に応じた培地、温度、その他の条件を選択し、上記の各種の阻害剤(及び、場合により誘導剤ないし活性化剤)の存在下において実施することができる。
本発明製法においては、上記した各種の阻害剤等を含む誘導用培地において体細胞を培養することにより、一段階の培養によって体細胞からインスリン産生細胞を製造することができる。
また、使用する体細胞として培養が容易なものを選択することにより、あらかじめ細胞数を増加させほぼコンフルエントの状態に達した体細胞をインスリン産生細胞に転換することも可能である。従って、スケールアップしたインスリン産生細胞の製造も容易である。
【0053】
本発明を実施する上で基礎となる分化誘導用培地あるいは体細胞を継代培養するための培地は、公知の培地又は市販の培地から選択することができる。例えば、一般的な培地であるMEM(最少必須培地)、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、DMEM/F12、又はこれらを改変した培地に、適切な成分(血清、タンパク質、アミノ酸、糖類、ビタミン類、脂肪酸類、抗生物質等)を添加して使用することができる。
【0054】
本発明製法における体細胞の培養は、分化誘導用培地にウシ胎児血清(FBS)のような血清を含有せずに行うことが好ましい。またインスリンを多く含有して行うことが好ましい。更には分化誘導用培地にウシ胎児血清(FBS)のような血清を含有せず、かつインスリンを多く含有して行うことがより好ましい。
本発明製法の一態様において、分化誘導用培地にインスリンを多く含有して体細胞を培養することが好ましいが、その量としては、例えば5μg/mL以上を挙げることができ、好ましくは20μg/mL以上ないし25μg/mL以上であり、より好ましくは80~120μg/mLの範囲内である。
基礎となる公知の又は市販の誘導用培地に予め一定のインスリンが含まれている場合には、インスリンが上記の量含有されるようインスリンを添加して調整することができる。
【0055】
培養条件としては、一般的な細胞培養の条件を選択することができる。37℃、5%COの条件などが例示される。培養中は適切な間隔(好ましくは1日から5日に1回、より好ましくは2日から4日に1回)で培地を交換することが好ましい。線維芽細胞を材料として本発明製法を実施する場合、37℃、5%COの条件では6ないし8日間から12日間でインスリン産生細胞が出現する。間葉系幹細胞を材料として本発明製法を実施する場合、37℃、5%COの条件では一週間前後からインスリン産生細胞が出現する。
【0056】
体細胞の培養には、プレート、ディッシュ、細胞培養用フラスコ、細胞培養用バッグ等の細胞培養容器を使用することができる。なお、細胞培養用バッグとしては、ガス透過性を有するものが好適である。大量の細胞を必要とする場合には、大型培養槽を使用してもよい。培養は開放系又は閉鎖系のどちらでも実施することができるが、得られたインスリン産生細胞のヒトへの投与等を目的とする場合には、閉鎖系で培養を行うことが好ましい。
【0057】
1.4 インスリン産生細胞
上記した本発明製法により、インスリン産生細胞を含有する細胞集団を得ることができる。本発明製法により製造されるインスリン産生細胞も本発明の範囲内である。本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、最終分化した細胞の他、インスリン産生細胞に分化することが運命づけられた前駆細胞でもよい。
本発明製法により製造されるインスリン産生細胞は、低分子化合物により体細胞から直接誘導される、いわゆる低分子化合物誘導性インスリン産生細胞(ciIPCs)であって、遺伝子導入により分化誘導されるものとは区別される。
【0058】
本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、例えば、細胞の形態的変化、インスリン産生細胞の特徴的性質や特異的マーカー(例、抗インスリン抗体)を利用して、検出、確認及び分離を行うことができる。また、分泌されるインスリンの量をサンドイッチELISAによって定量することによっても、製造されたインスリン産生細胞の分泌能を評価することができる。
【0059】
特異的マーカーの検出には、検疫的方法(抗体による検出)を利用できるが、タンパク質分子に関してはそのmRNA量の定量により検出を実施してもよい。インスリン産生細胞の特異的マーカーを認識する抗体は、本発明製法により得られたインスリン産生細胞を単離及び精製する上でも有用である。
【0060】
本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、例えば、組織修復や血中インスリン濃度の改善等のために使用することができる。本発明製法で製造されるインスリン産生細胞を移植することにより、組織修復等のための医薬用組成物を製造することができる。先天的にインシュリンがほとんど分泌できない1型糖尿病の患者では、その症状の軽減および根治のためには、膵臓移植あるいは膵島の移植が抜本的な治療法となっている。また、2型糖尿病の患者は国内外で今後さらに増加し、医療費高騰の原因となることが予測されているが、インシュリンを分泌する膵β細胞の移植は有効な治療法となり得る。このような糖尿病等の膵臓疾患の治療手段として、インスリン産生細胞の製造方法、及びインスリン産生細胞の移植方法の開発が行なわれている。例えば、インスリン産生細胞を腎皮膜下へ移植を行ったり、門脈を介して肝臓へ移植することで、重度の膵臓疾患(糖尿病等)の治療への利用が期待されている。
【0061】
本発明製法で製造されるインスリン産生細胞を医薬用組成物とする場合には、常法により、インスリン産生細胞を医薬的に許容される担体と混合するなどして、個体への投与に適した形態の製剤とすればよい。担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウム等)を加えて等張とした注射用蒸留水を挙げることができる。さらに、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカインなど)、安定剤(例えば、ヒト血清アルブミン、ポリエチレングリコールなど)、保存剤、酸化防止剤等を配合してもよい。
本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、さらに、インスリン産生細胞の機能発揮や生着性向上に有効な他の細胞や成分と組み合わせた組成物とすることもできる。
【0062】
さらに、本発明製法で製造されるインスリン産生細胞は、インスリン産生細胞に作用する医薬候補化合物のスクリーニングや医薬候補化合物の安全性評価のために使用することもできる。インスリン産生細胞は、医薬候補化合物の毒性を評価するための重要なツールである。本発明製法によれば、一度の操作で多くのインスリン産生細胞を取得することができることから、細胞のロット差の影響を受けずに、再現性のある研究結果を得ることが可能になる。
【0063】
2 組成物
本発明に係る組成物(以下、「本発明組成物」という。)は、体細胞から直接分化誘導することによりインスリン産生細胞を製造するための組成物であって、RSK阻害剤を含むことを特徴とする。
【0064】
好ましくは、さらにGSK3阻害剤を含む本発明組成物である。より好ましくは、さらにcAMP誘導剤及び/又はPI3K阻害剤を含む本発明組成物である。本発明組成物においては、特にRSK阻害剤及びGSK3阻害剤、又はそれらにさらにcAMP誘導剤を含むことが好ましい。
本発明組成物においては、少なくとも上記阻害剤等を含んでいればよく、必要に応じて、任意にさらに他の阻害剤や誘導剤等を含むことができる。
上記阻害剤や誘導剤等は、それぞれにおいて、1種を用いても2種以上を併用してもよい。
具体的な上記阻害剤等においては、2種類以上の阻害作用等を有するものもあり得るが、その場合、一つで複数の阻害剤等を含んでいるとみなすことができる。
上記した阻害剤や誘導剤等の具体例や好ましい例などは、前記と同義である。
【0065】
本発明組成物は、体細胞からインスリン産生細胞を製造するための組成物として使用することができる。本発明組成物は、また、体細胞からインスリン産生細胞を製造するための培地として使用することもできる。
【0066】
体細胞からインスリン産生細胞の製造に使用される培地としては、細胞の培養に必要な成分を混合して製造した基礎培地に、有効成分として、RSK阻害剤を含み、必要に応じて更にGSK3阻害剤、及び/又はcAMP誘導剤やPI3K阻害剤を含有させた培地を例示することができる。上記の有効成分は、インスリン産生細胞の製造に有効な濃度で含まれていればよく、濃度は当業者が適宜決定することができる。基礎培地は、公知の培地又は市販の培地から選択することができる。例えば、一般的な培地であるMEM(最少必須培地)、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地)、DMEM/F12、RPMI1640、又はこれらを改変した培地を、基礎培地として使用することができる。
【0067】
本発明組成物に係る培地には、ウシ胎児血清(FBS)のような血清を含有しないことが好ましい。またインスリンを多く含有することが好ましい。更にはウシ胎児血清(FBS)のような血清を含有せず、かつインスリンを多く含有することがより好ましい。
本発明組成物に係る培地の一態様において、インスリンを多く含有することが好ましいが、その量としては、例えば5μg/mL以上を挙げることができ、好ましくは20μg/mL以上ないし25μg/mL以上であり、より好ましくは80~120μg/mLの範囲内である。
基礎となる公知の又は市販の誘導用培地に予め一定のインスリンが含まれている場合には、インスリンが上記の量含有されるようインスリンを添加して本発明組成物を作製することができる。
【0068】
本発明組成物に係る培地にはさらに、本明細書中で上記した公知の培地成分、例えば、血清、タンパク質(アルブミン、トランスフェリン、成長因子等)、アミノ酸、糖類、ビタミン類、脂肪酸類、抗生物質等を添加してもよい。
【0069】
本発明組成物に係る培地にはさらに、本明細書中で上記した、インスリン産生細胞への分化の誘導に有効な物質を添加してもよい。
【0070】
さらに本発明においては、例えば、RSK阻害剤、必要に応じて更にGSK3阻害剤、及び/又はcAMP誘導剤やPI3K阻害剤を生体に投与することによって、生体内において体細胞からインスリン産生細胞を製造することもできる。即ち、本発明によれば、例えば、RSK阻害剤、必要に応じて更にGSK3阻害剤、及び/又はcAMP誘導剤やPI3K阻害剤を生体に投与することを含む、生体内において体細胞からインスリン産生細胞を製造する方法が提供される。生体に投与する当該阻害剤等の好ましい組み合わせは、本明細書中に記載した通りである。また、生体としては、ヒト、ヒト以外の哺乳動物、及び哺乳動物以外の動物(鳥類、爬虫類、両生類、魚類等)が例示されるが、ヒトが特に好ましい。例えば、RSK阻害剤、必要に応じて更にGSK3阻害剤、及び/又はcAMP誘導剤やPI3K阻害剤を生体内の特定部位に投与することによって、上記特定部位において、体細胞からインスリン産生細胞を製造することができる。
【実施例
【0071】
以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明は実施例の範囲に限定されるものではない。
【0072】
実施例1 インスリン産生細胞の製造
~ヒト線維芽細胞からインスリン産生細胞への直接誘導~
(1)ヒト線維芽細胞
材料としたヒト線維芽細胞はDSファーマバイオメディカル株式会社から購入した。38才のヒト皮膚に由来する線維芽細胞である。
【0073】
(2)ヒト線維芽細胞からのインスリン産生細胞への直接誘導
ヒト線維芽細胞を、ゼラチン(Cat#:190-15805,和光純薬工業社製)でコーティングされた35mmディッシュに5×10個ずつ播種し、10%ウシ胎児血清(Fetal bovine serum;FBS)、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンを添加したDMEM培地(Gibco社製)で、37℃、5%CO条件下でコンフルエントになるまで培養した。なおDMEMは、ダルベッコ改変イーグル培地(Dulbecco’s Modified Eagle Medium)を示す。
【0074】
上記のヒト線維芽細胞のディッシュの培地を、下記の分化誘導用培地に交換した。
・分化誘導用培地:10%ウシ胎児血清(FBS、Hyclone社製)を添加又は添加せずに、ITS-X(Cat#:51500056、Gibco社製)、非必須アミノ酸(NEAA:Non-essential amino acids;Cat#:11140050、Gibco社製)、Glutamine(Gibco社製;終濃度2mmol/L)、ニコチンアミド(Cat#:72340-100G、Sigma-Aldrich社製;終濃度10mmol/L)、Exendin-4(Cat#:av120214、Abcam社製;終濃度100ng/mL)、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシン、インスリン(Cat#:093-06351;Wako社製)、及び下記の低分子化合物を添加したAdvanced DMEM/F-12(Cat#:12634010;Gibco社製)。
その後、3日毎に同組成の培地へ培地交換を行いながら、37℃、5% CO条件下で培養した。
【0075】
<低分子化合物>
3μM CHIR99021(Cat#:13122,Cayman Chemical)
7.5μM フォルスコリン(Cat#:063-02193,Wako)
1.5μM BRD7389(Cat#:ab146161,Abcam)
5μM LY294002(Cat#:70920,Cayman Chemical)
【0076】
(3)結果
上記(2)に従って14日間培養した結果を図1~4に示す。
図中、「4C」は上記4つの低分子化合物を意味し、「3C」は上記4つの低分子化合物の中、CHIR99021、BRD7389、及びフォルスコリンの3種を意味する。「+FBS」は培地中にFBSを存在させたことを示し、「-FBS」は培地中にFBSを存在させなかったことを示す。「+LY294002(20μM)」は培地中にLY294002を終濃度20μMで存在させたことを示し、「-LY294002」は培地中にLY294002を存在させなかったことを示す(即ち、「4C-LY294002」は3Cと同義)。また、「No Compound」は上記4つの低分子化合物を培地中に存在させなかったことを示す。従って、例えば「No Compound-FBS」は、4Cを存在させず、かつFBSも存在さなかった場合の実験結果を、「4C-FBS-LY294002」は、4Cの中、LY294002を存在させず、かつFBSも存在させなかった場合の実験結果を、それぞれ表す。
【0077】
図2及び3において、「CH」はCHIR99021を意味し、4Cないし3Cの中、CHIR99021のみを存在させた場合の実験結果を表す。「B」はBRD7389を意味し、4Cないし3Cの中、BRD7389のみを存在させた場合の実験結果を表す。「F」はフォルスコリンを意味し、4Cないし3Cの中、フォルスコリンのみを存在させた場合の実験結果を表す。「CH+B」などの「+」は、その両方を存在させた場合の実験結果を表し、「3C」は3C全部を存在させた場合の実験結果を表す。「+Nicotinamide/Exendin4」は培地成分としてニコチンアミド及びExendin4を添加したことを示し、「-Nicotinamide/Exendin4」は培地成分としてニコチンアミド及びExendin4をいずれも添加しなかったことを示す。
【0078】
図4において、「B」はBRD7389を意味し、「3C-B」は、3Cの中、BRD7389を存在させなかった場合、即ちCHとFの2因子による実験結果を表す。「3C-B+BI-D1870」は、3Cの中、BRD7389を存在させず、代わりにRSK阻害剤であるBI-D1870(Cat#:15264,Cayman Chemical)を終濃度5μM又は10μMで存在させた場合の実験結果を表す。
【0079】
図1に示す通り、上記低分子化合物(RSK阻害剤、GSK阻害剤、cAMP誘導剤、PI3K阻害剤)を分化誘導用培地中に存在させることにより、ヒト線維芽細胞から分泌能の高いインスリン産生細胞を効率的に直接誘導することができ、この中、PI3K阻害剤(LY294002)が存在しなくとも分泌能の高いインスリン産生細胞が得られた。また、図2及び図3に示す通り、RSK阻害剤(BRD7389)、GSK阻害剤(CHIR99021)、及びcAMP誘導剤(フォルスコリン)の3因子の組み合わせで相乗的にインスリンの分泌量が増加したが、RSK阻害剤(BRD7389)及びGSK阻害剤(CHIR99021)の2因子の組み合わせでも、あるいはRSK阻害剤(BRD7389)の1因子のみでも相当量のインスリン分泌量が観察され、インスリン産生細胞への誘導が確認された。この傾向は、培地中にニコチンアミドとExendin-4とを添加しなかった場合についても同様であった(図3参照)。
【0080】
図4の結果から、LY294002を除き、RSK阻害剤(BRD7389)、GSK阻害剤(CHIR99021)、及びcAMP誘導剤(フォルスコリン)の3因子から更にRSK阻害剤(BRD7389)を除いた2因子では、インスリンの分泌量が少なく、インスリン産生細胞への誘導にはRSK阻害剤の存在が重要であることが示唆された。一方、BRD7389の代わりに別のRSK阻害剤であるBI-D1870を存在させた3因子でも分泌能の高いインスリン産生細胞が得られた。
なお、分化誘導用培地にウシ胎児血清(FBS)を含まない方が、ヒト線維芽細胞から分泌能の高いインスリン産生細胞が得られた。
【0081】
実施例2 インスリン産生細胞の製造
~ヒト間葉系幹細胞からインスリン産生細胞への直接誘導~
(1)ヒト間葉系幹細胞
脂肪組織から単離されたヒト間葉系幹細胞はタカラバイオ株式会社から購入した。
【0082】
(2)ヒト間葉系幹細胞からのインスリン産生細胞への直接誘導
ヒト間葉系幹細胞を、ゼラチン(Cat#:190-15805,和光純薬工業社製)でコーティングされた35mmディッシュに5×10個ずつ播種し、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシンを添加したMesenchymal Stem Cell Growth Medium 2(Cat#:C-28009;タカラバイオ社製)で、37℃、5%CO条件下でほぼコンフルエントになるまで培養した。
【0083】
上記のヒト間葉系幹細胞のディッシュの培地を、下記の分化誘導用培地に交換した。
・分化誘導用培地:10%ウシ胎児血清(FBS、Hyclone社製)を添加又は添加せずに、ITS-X(Cat#:51500056、Gibco社製)、非必須アミノ酸(NEAA:Non-essential amino acids;Cat#:11140050、Gibco社製)、Glutamine(Gibco社製;終濃度2mmol/L)、ニコチンアミド(Cat#:72340-100G、Sigma-Aldrich社製;終濃度5mmol/L)、Exendin-4(Cat#:av120214、Abcam社製;終濃度50ng/mL)、100U/mLペニシリン、100μg/mLストレプトマイシン、及び下記の低分子化合物を添加したAdvanced DMEM/F12(Cat#:12634010;Gibco社製)。
【0084】
その後、3日毎に同組成の培地へ培地交換を行いながら、37℃、5% CO条件下で培養した。
なお、誘導用培地にインスリンを120μg/mL含む実験においては、インスリンが120μg/mL含まれるようヒト組換え体インスリン(Cat#:093-06351; Wako)を添加し調整した。
【0085】
<低分子化合物>
0.5μM CHIR99021(Cat#:13122,Cayman Chemical)
3.75μM フォルスコリン(Cat#:063-02193,Wako)
0.2μM BRD7389(Cat#:ab146161,Abcam)
2.5μM LY294002(Cat#:70920,Cayman Chemical)
【0086】
(3)結果
上記(2)に従って14日間培養した結果を図5及び図6に示す。
図中、「4C」は上記4つの低分子化合物を意味する。「+FBS」は培地中にFBSを存在させたことを示し、「-FBS」は培地中にFBSを存在させなかったことを示す。「-LY294002」は培地中にLY294002を存在させなかったことを示す(即ち、「4C-LY294002」は3Cと同義)。また、「No compound」は上記4つの低分子化合物を培地中に存在させなかったことを示す。従って、例えば「No Compound-FBS」は、4Cを存在させず、かつFBSも存在させなかった場合の実験結果を、「4C-FBS-LY294002」は、4Cの中、LY294002を存在させず、かつFBSも存在させなかった場合の実験結果を、それぞれ表す。
【0087】
図5及び図6に示す通り、上記低分子化合物を分化誘導用培地中に存在させることにより、ヒト脂肪組織由来間葉系幹細胞(AdMSC)から分泌能の高いインスリン産生細胞を効率的に直接誘導することができた。なお、LY294002が存在しなくとも分泌能の高いインスリン産生細胞が得られた。
また、分化誘導用培地にウシ胎児血清(FBS)を含まない方がヒト間葉系幹細胞から分泌能の高いインスリン産生細胞を直接誘導することができた。更に、高濃度(120μg/mL)のインスリンを分化誘導用培地に含有して誘導すると、インスリン分泌量が顕著に増加し、より分泌能の高いインスリン産生細胞がヒト間葉系幹細胞から直接効率的に誘導された。

図1
図2
図3
図4
図5
図6