(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-18
(45)【発行日】2023-10-26
(54)【発明の名称】細胞および組織内脂質滴の蛍光イメージング試薬
(51)【国際特許分類】
G01N 21/78 20060101AFI20231019BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20231019BHJP
G01N 33/483 20060101ALI20231019BHJP
C07D 405/04 20060101ALI20231019BHJP
C07D 413/04 20060101ALI20231019BHJP
C07D 417/04 20060101ALI20231019BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20231019BHJP
【FI】
G01N21/78 C
G01N33/48 P
G01N33/483 C
C07D405/04
C07D413/04
C07D417/04
G01N21/64 E
(21)【出願番号】P 2021507397
(86)(22)【出願日】2020-03-18
(86)【国際出願番号】 JP2020012002
(87)【国際公開番号】W WO2020189721
(87)【国際公開日】2020-09-24
【審査請求日】2023-01-31
(31)【優先権主張番号】P 2019051368
(32)【優先日】2019-03-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成30年度 国立研究開発法人日本医療研究開発機構、革新的先端研究開発支援事業「グルコース関連脂質の作動機序を基軸とした疾患メカニズムの解明」委託研究、産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002860
【氏名又は名称】弁理士法人秀和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】吉原 利忠
(72)【発明者】
【氏名】丸山 凌
(72)【発明者】
【氏名】飛田 成史
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-545155(JP,A)
【文献】特開2018-145422(JP,A)
【文献】国際公開第2014/142320(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/62 - G01N 21/83
G01N 33/48 - G01N 33/98
C07D 405/04
C07D 413/04
C07D 417/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記一般式(I)で表される化合物を含む、脂質滴の検出用試薬。
【化1】
(式中、
mは、0~5の整数を示し、
nは、0~5の整数を示し、
Xは、硫黄原子、酸素原子およびNRで示される基からなる群から選ばれ、
Rは、水素原子または-(CH
2)
yCH
3で示される基であり、
yは、0~5の整数を示す。)
【請求項2】
mおよびnが1である、請求項1に記載の検出用試薬。
【請求項3】
yが0である、請求項1または2に記載の検出用試薬。
【請求項4】
生体試料における脂質滴を検出するための、請求項1~3のいずれか一項に記載の検出用試薬。
【請求項5】
生体試料が、細胞または組織である、請求項4に記載の検出用試薬。
【請求項6】
生体個体における脂質滴を検出するための、請求項1~3のいずれか一項に記載の検出用試薬。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の検出用試薬を、生体試料または生体個体(ヒトを除く)に投与する工程、
を含む、脂質滴の検出方法。
【請求項8】
検出用試薬および溶解補助剤を含む溶液を、生体試料または生体個体(ヒトを除く)に投与する、請求項7に記載の脂質滴の検出方法。
【請求項9】
溶解補助剤が、アルブミンである、請求項8に記載の脂質滴の検出方法。
【請求項10】
下記一般式(I)’で表される化合物。
【化2】
(式中、
mは、0~5の整数を示し、
nは、0~5の整数を示し、
X’は、酸素原子およびNR’で示される基からなる群から選ばれ、
R’は、-(CH
2)
yCH
3で示される基であり、
yは、0~5の整数を示す。)
【請求項11】
mおよびnが1である、請求項10に記載の化合物。
【請求項12】
yが0である、請求項10または11に記載の化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞および組織内脂質滴の蛍光イメージング試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
脂質滴(脂肪滴)は、トリアシルグリセロールやコレステロールエステルなどの中性脂質が、単層のりん脂質膜で取り囲まれた球状の細胞内小器官である。主に脂肪細胞内で多く見られるが、どの細胞でも普遍的に存在している。これまで脂質滴は、中性脂質の貯蔵が主な役割とされてきたが、近年の研究において、細胞内の脂質代謝制御に関与していることが明らかとなった。また、脂質滴とオートファジーに関する研究が報告されるなど、脂質滴の形成・成長・分解の機構に関する研究が進展しつつある。一方、組織(個体)における脂肪の過剰な蓄積は、組織の機能不全に繋がり、糖尿病や動脈硬化などの発症を引き起こす。また、近年、肝炎の1種である非アルコール性脂肪肝炎(NASH)の発症が急増している。NASHを放置すると、肝硬変や肝がんへと進行する危険性がある。よって、細胞および組織内における脂質滴の形成・成長・分解の機構を解明することは、細胞生物学だけでなく、上記疾患の診断・治療において重要である。そのため、生きた細胞や組織内の脂質滴を高感度にリアルタイムイメージングするための分子プローブの開発が必要とされている。
【0003】
蛍光イメージング法は、細胞や組織を生きた状態で簡便にイメージングする方法であり、生物・医学研究において汎用的に用いられている。学術レベルにおいて、脂質滴をイメージングする蛍光試薬は数多く報告されているが、実用化されている試薬は数種類に限られる。
図1に現在市販されている脂質滴蛍光イメージング試薬を示す。BODIPY493/503、Nile Redは、多くの研究者が使用している。BODIPY493/503は、500 nm付近に緑色蛍光を示し、脂質滴選択性も高い。しかしながら、光安定性が高くない、脂質滴滞留性が低い、ストークスシフト(吸収極大波長と蛍光極大波長のエネルギー差)が小さいことに由来する励起光の漏れなどの問題点がある。また、Nile redは、脂質滴以外の細胞内小器官にも多く分布するため、脂質滴選択性が低い。さらに、周辺の微環境に依存して吸収および蛍光スペクトルが大きく変化するため、他の蛍光試薬との多重染色が困難である。また、特許文献1には、縮環チオフェン化合物を用いた油滴染色剤が報告されているが、同化合物は励起光のピークが青色から緑色まで広く存在しているため、イメージングが重なり多色イメージングが困難である。これらの問題を解決するために、LipiDye、Lipi series(Lipi-Blue,Lipi-Green,Lipi-Red)が開発された。これらの試薬は、細胞内脂質滴を選択的にイメージングすることは可能であるが、生きた組織内の脂質滴イメージングについては知見がない。
【0004】
生きた組織内の脂質滴イメージングに関しては、ニトロベンゼン類を置換したNile Blue誘導体(MNs-NB,
図2)が特許文献2として報告されている。MNs-NBは、極性溶媒中ではニトロベンゼンユニットとNile blue間において光誘起電子移動反応が起こる。一方、低極性溶媒では、光誘起電子移動反応が起こりにくくなり赤色蛍光を示す。MNs-NBは、組織内の脂質滴イメージングが可能な試薬ではあるが、蛍光量子収率が小さい(0.21:クロロホルム中)、ストークスシフトが小さいなどの問題点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2018-145422号公報
【文献】特許第6241014号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のとおり、現在市販されている脂質滴イメージングのための蛍光試薬は、培養細胞に限定されている。また、非市販化合物であるMNs-NBも実用化については多くの問題点が残る。したがって、本発明は、培養細胞レベルから個体レベルにおける脂質滴を高感度にイメージングできる蛍光試薬を提供することを課題とする。このような蛍光試薬により、脂肪の過剰蓄積に由来する疾患の診断薬や治療薬の開発に大きく貢献できると考えられる。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討を行った結果、クマリン骨格を有する試薬を開発し、同試薬を用いることで、細胞および組織内の脂質滴を選択的に蛍光イメージングできることを見出し、本発明を完成した。
すなわち、本発明の要旨は以下に関する。
【0008】
[1]
下記一般式(I)で表される化合物を含む、脂質滴の検出用試薬。
【0009】
【0010】
(式中、
mは、0~5の整数を示し、
nは、0~5の整数を示し、
Xは、硫黄原子、酸素原子およびNRで示される基からなる群から選ばれ、
Rは、水素原子または-(CH2)yCH3で示される基であり、
yは、0~5の整数を示す。)
【0011】
[2]
mおよびnが1である、[1]に記載の検出用試薬。
[3]
yが0である、[1]または[2]に記載の検出用試薬。
[4]
生体試料における脂質滴を検出するための、[1]~[3]のいずれかに記載の検出用試薬。
[5]
生体試料が、細胞または組織である、[4]に記載の検出用試薬。
[6]
生体個体における脂質滴を検出するための、[1]~[3]のいずれかに記載の検出用試薬。
[7]
[1]~[6]のいずれかに記載の検出用試薬を、生体試料または生体個体(ヒトを除く)に投与する工程、
を含む、脂質滴の検出方法。
[8]
検出用試薬および溶解補助剤を含む溶液を、生体試料または生体個体(ヒトを除く)に投与する、[7]に記載の脂質滴の検出方法。
[9]
溶解補助剤が、アルブミンである、[8]に記載の脂質滴の検出方法。
[10]
下記一般式(I)’で表される化合物。
【0012】
【0013】
(式中、
mは、0~5の整数を示し、
nは、0~5の整数を示し、
X’は、酸素原子およびNR’で示される基からなる群から選ばれ、
R’は、-(CH2)yCH3で示される基であり、
yは、0~5の整数を示す。)
【0014】
[11]
mおよびnが1である、[10]に記載の化合物。
[12]
yが0である、[10]または[11]に記載の化合物。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、細胞および組織内の脂質滴を選択的に蛍光イメージングできる試薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】
図1は、市販の脂質滴蛍光イメージング試薬の構造式を示す。
【
図2】
図2は、Nile Blue誘導体(MNs-NB)の構造式を示す。
【
図3】
図3は、実施例で合成した本発明の一態様にかかる化合物の構造式を示す。
【
図4】
図4は、本発明の化合物(PC6S)の吸収・蛍光スペクトルを示す。
【
図5】
図5は、本発明の一態様にかかる化合物(PC6O,PC6NH,PC6NMe)の吸収・蛍光スペクトルを示す。
【
図6】
図6は、PC6Sおよび市販の脂質滴イメージング試薬をHeLa細胞に添加して得られた蛍光イメージング画像(図面代用写真)を示す。
【
図7】
図7は、PC6Sおよび市販の脂質滴イメージング試薬の細胞内における光安定性の評価結果を示す。
【
図8】
図8は、PC6Sおよび市販の脂質滴イメージング試薬の細胞内における滞留性の評価結果(図面代用写真)を示す。
【
図9】
図9は、PC6Sを投与したマウス肝臓表面の強度画像および寿命画像(図面代用写真)を示す。
【
図10】
図10は、PC6Sを投与したマウス内の脂肪組織および脂質滴の蛍光強度イメージング画像(図面代用写真)を示す。
図10のAは皮下脂肪組織、
図10のBは腹部脂肪組織、
図10のCは骨格筋、
図10のDは心筋、
図10のEは心臓周囲脂肪組織、
図10のFは腎臓の蛍光イメージング画像を示す。
【
図11】
図11は、PC6Sを投与したマウス内の脂肪組織および脂質滴の非開腹イメージング画像(図面代用写真)を示す。
図11のAはPC6S投与前(マウス自家蛍光)の画像、
図11のBはPC6S投与後の画像を示す。
【
図12】
図12は、PC6Sを投与したマウス内の脂肪組織および脂質滴の開腹イメージング画像(図面代用写真)を示す。
図12のAは皮膚を剥がして撮影した画像、
図12のBは皮膚および内臓を覆う膜を剥がして撮影した画像を示す。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明について説明する。
<脂質滴の検出用試薬>
本発明の一態様は、下記一般式(I)で表される化合物を含む、脂質滴の検出用試薬(以下、「本発明の脂質滴の検出用試薬」ということがある。)に関する。ここで、脂質滴とは、例えば細胞内に含まれる、脂質を含む球形の液滴を意味する。
一般式(I)で表される化合物は、以下の構造を有する化合物である。
【0018】
【0019】
一般式(I)において、mは0~5の整数を示す。合成上の観点から、好ましくはmは0~2の整数である。また、溶解性の観点から、好ましくはmは1~2の整数であり、より好ましくはmは1である。
一般式(I)において、nは0~5の整数を示す。合成上の観点から、好ましくはnは0~2の整数である。また、溶解性の観点から、好ましくはmは1~2の整数であり、より好ましくはnは1である。
一般式(I)において、Xは硫黄原子、酸素原子およびNRで示される基からなる群から選ばれ、Rは水素原子または-(CH2)yCH3で示される基であり、yは0~5の整数を示す。合成上の観点から、好ましくはyは0~2の整数であり、より好ましくはyは0である。
【0020】
上記一般式(I)で表される化合物の具体例として、下記に列挙される化合物が挙げられるが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0021】
【0022】
一般式(I)で表される化合物の蛍光の光物理特性、例えば、吸収・蛍光極大波長、蛍光量子収率(Φf)および蛍光寿命(τf)等は、公知の測定方法によって測定することができる。例えば、吸収・蛍光極大波長、蛍光収率は、発光量子収率測定装置等を用い、一般式(I)で表される化合物を溶媒等に溶解させた試料として測定することができる。蛍光寿命は、蛍光寿命測定装置を用いて、各溶媒中における上記化合物の蛍光寿命(τf)を測定することができる。
蛍光量子収率(Φf)は、化合物の構造、溶媒の種類等により変更可能であり、特に限定されないが、例えば、0.5以上、0.7以上、または0.8以上である。
蛍光寿命(τf)は、化合物の構造、溶媒の種類等により変更可能であり、特に限定されないが、例えば、2.0 ns(ナノ秒)以上、2.5 ns以上、3.0 ns以上または3.5 ns以上である。
【0023】
一般式(I)で表される化合物における溶媒中での最大励起波長は、化合物の構造、溶媒の種類等により変更可能であり、特に限定されないが、例えば、430 nm~510 nmである。また、溶媒中での最大蛍光波長も適宜設定され得るが、例えば、480 nm~650 nmである。
【0024】
≪化合物の製造方法≫
一般式(I)で表される化合物は、後記実施例の記載および公知の有機合成方法に基づいて製造することができる。
【0025】
≪試薬≫
本発明の脂質滴の検出用試薬は、上記構造を有する化合物を含む。この構造であることで、蛍光における優れた光物理特性(蛍光量子収率、蛍光寿命およびストークスシフト等)を有する。特に、各種溶媒において上記のような優れた光物理特性を有することから、細胞だけでなく、生きた個体における脂質滴の検出用試薬として有用である。また、上記構造とすることで、優れた脂質滴選択性および細胞内滞留性を有する。このため、特異性の高い脂質滴の検出用試薬として使用可能である。
【0026】
本発明の脂質滴の検出用試薬は、一般式(I)で表される化合物のみから構成されていてもよく、本発明の効果を妨げない限り、溶媒、添加物および脂質滴の検出用試薬として用いられる本発明の化合物以外の化合物をさらに含んでもよい。
【0027】
<脂質滴の検出方法>
本発明の一態様は、本発明の脂質滴の検出用試薬を、生体試料または生体個体(ヒトを除く)に投与する工程、を含む、脂質滴の検出方法(以下、「本発明の脂質滴の検出方法」ということがある。)に関する。
また、本発明の別の一態様は、本発明の脂質滴の検出用試薬および溶解補助剤を含む溶液を、生体試料または生体個体(ヒトを除く)に投与する、脂質滴の検出方法に関する。脂質滴の検出用試薬として用いる一般式(I)で表される化合物は、難水溶性を示す場合がある。この場合、一般式(I)で表される化合物を、一般式(I)で表される化合物が溶解する有機溶媒に溶解させ、溶解補助剤を含む水溶液と混合して調製した溶液を、生体試料または生体個体(ヒトを除く)に投与することができる。溶解補助剤は、一般式(I)で表される化合物に水溶性を付与することができ、生体適合性を有するものであれば、限定されず、例えば、アルブミン、ゼラチン、カゼイン等の生体適合性タンパク質が好ましい。溶解補助剤は、1種又は2種以上を混合して用いることができる。溶解補助剤は、水溶液中に、例えば1~30質量%、好ましくは5~20質量%、より好ましくは7.5~10質量%で用いることができる。一般式(I)で表される化合物は、適宜調整可能であるが、一般式(I)で表される化合物が溶解する有機溶媒と、溶解補助剤を含む水溶液と混合して調製した溶液中に、例えば0.01~50 mM、好ましくは0.1~5 mM、より好ましくは0.5~1 mMで用いることができる。
本発明の脂質滴の検出方法は、さらに、本発明の脂質滴の検出用試薬を検出する工程を含むことができる。脂質滴の検出用試薬の検出は、公知の蛍光試薬の検出方法に基づき、行うことができる。
【0028】
本発明の脂質滴の検出用試薬は、例えば、生体試料における脂質滴を検出するための検出用試薬として使用することができる。生体試料は、限定されないが、例えば、細胞または単離された組織等である。また、本発明の脂質滴の検出用試薬は、生体に対しても適用、検出することが可能であり、生体個体中の細胞、組織等における脂質滴を検出するための検出用試薬として使用することができる。
【0029】
本発明の脂質滴の検出用試薬は、細胞内に存在する脂質滴を特異的に検出することができる。したがって、細胞における脂質滴の検出用試薬として有用である。
細胞内に存在する脂質滴の検出は、例えば、以下のようにして行うことができる。
本発明の脂質滴の検出用試薬を、脂質滴を含むまたは含むことが予想される細胞に添加する。
その後、本発明の脂質滴の検出用試薬の蛍光シグナルを、蛍光顕微鏡等により観測することにより、細胞内に含まれる脂質滴を検出することができる。
細胞への本発明の脂質滴の検出用試薬の添加量は、使用する細胞や脂質滴の割合等によって適宜変更可能であるが、例えば、0.01~100 μM、好ましくは0.1~10 μMの終濃度で細胞に添加することができる。
本発明の脂質滴の検出用試薬を溶媒に溶解させてから細胞に添加する場合、溶媒としては、限定されないが、例えば、n-ヘキサン、ジブチルエーテル、酢酸エチル、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド等の有機溶媒等を用いることができる。
本発明の脂質滴の検出用試薬を添加する細胞としては、脂質滴を含むまたは含むことが予想される細胞であれば特に制限はなく、例えば、3T3-L1細胞、単離脂肪細胞等が挙げられる。また、脂質滴を含まない細胞または脂質滴の含有量が少ない細胞中に人為的に脂質滴を形成させた細胞を用いてもよい。脂質滴を含まない細胞または脂質滴の含有量が少ない細胞としては、例えば、HeLa細胞、UEET-12細胞、NIH3T3細胞等が挙げられる。脂質滴を形成させる方法としては、例えば、オレイン酸を細胞に添加する方法等により脂質滴を誘導する方法が挙げられる。
【0030】
本発明の脂質滴の検出用試薬は、組織における脂質滴や生体個体(生きている生物個体)における脂質滴および脂肪組織も特異的に検出することができる。したがって、組織における脂質滴および生体内の脂質滴および脂肪組織の検出用試薬として有用である。
組織内に存在する脂質滴の検出は、例えば、以下のようにして行うことができる。
本発明の脂質滴の検出用試薬を、脂質滴を含むまたは含むことが予想される組織に添加する。
その後、本発明の脂質滴の検出用試薬の蛍光シグナルを、蛍光顕微鏡等により観測することにより、組織内に含まれる脂質滴を検出することができる。
組織への本発明の脂質滴の検出用試薬の添加量は、使用する組織や脂質滴の割合等によって適宜変更可能であるが、例えば、0.01~100 μM、好ましくは0.1~10 μMの終濃度で組織に添加することができる。
本発明の脂質滴の検出用試薬を溶媒に溶解させてから組織に添加する場合、溶媒としては、限定されないが、例えば、n-ヘキサン、ジブチルエーテル、酢酸エチル、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド等の有機溶媒等を用いることができる。さらに、生体適合性の液体と組み合わせて投与することもできる。また、上記のとおり、本発明の脂質滴の検出用試薬を含む有機溶媒と、溶解補助剤を含む水溶液と混合して調製した溶液を、組織に添加することもできる。
本発明の脂質滴の検出用試薬によって検出される組織としては、限定されないが、例えば、皮下脂肪、内臓脂肪、異所性脂肪(例えば、筋肉、肝臓、心臓、膵臓、腎臓などの臓器に蓄積する脂肪)等が挙げられる。
【0031】
生体個体内に存在する脂質滴の検出は、例えば、以下のようにして行うことができる。
本発明の脂質滴の検出用試薬を、生体個体に投与する。
その後、本発明の脂質滴の検出用試薬の蛍光シグナルを、共焦点顕微鏡等を用いた生体イメージング手法等を用いて観測することにより、生体個体を固定化することなく生きた状態で、生体内の脂肪組織を検出することができる。
本発明の脂質滴の検出用試薬の投与形態としては、例えば、静脈内投与、皮下投与、筋肉内投与が挙げられる。
また、本発明の脂質滴の検出用試薬の投与量は、投与対象、投与形態等によっても異なるが、例えば、0.01~1.0 μmol/kg体重、好ましくは0.1~0.5 μmol/kg体重の範囲で投与することができる。
本発明の脂質滴の検出用試薬を溶媒に溶解させてから生体個体に投与する場合、溶媒としては、限定されないが、例えば、n-ヘキサン、ジブチルエーテル、酢酸エチル、アセトニトリル、ジメチルスルホキシド等の有機溶媒を用いることができる。さらに、生体適合性の液体と組み合わせて投与することもできる。また、上記のとおり、本発明の脂質滴の検出用試薬を含む有機溶媒と、溶解補助剤を含む水溶液と混合して調製した溶液を、生体個体に添加することもできる。
投与対象となる生物個体としては、特に限定されず、例えば、哺乳動物(マウス、ヒト、ブタ、イヌ、ウサギ、ヒト等)を含む脊椎動物や無脊椎動物が挙げられる。
【0032】
<本発明の化合物>
下記一般式(I)’で表される化合物は、本発明により合成された新規化合物である。すなわち、本発明の一態様は、下記一般式(I)’で表される化合物(以下、「本発明の化合物」ということがある。)に関する。
一般式(I)’で表される化合物は、以下の構造を有する化合物である。
【0033】
【0034】
一般式(I)’において、mは0~5の整数を示す。合成上の観点から、好ましくはmは0~2の整数である。また、溶解性の観点から、好ましくはmは1~2の整数であり、より好ましくはmは1である。
一般式(I)’において、nは0~5の整数を示す。合成上の観点から、好ましくはnは0~2の整数である。また、溶解性の観点から、好ましくはmは1~2の整数であり、より好ましくはnは1である。
一般式(I)’において、X’は酸素原子およびNR’で示される基からなる群から選ばれ、R’は-(CH2)yCH3で示される基であり、yは0~5の整数を示す。合成上の観点から、好ましくはyは0~2の整数であり、より好ましくはyは0である。
【実施例】
【0035】
以下、実施例によって本発明を具体的に説明するが、これらは本発明の例示であり、本発明の範囲はこれらに限定されるものではない。
【0036】
<合成例>
化合物PC6S、PC6O、PC6NH、PC6NMeを以下のとおり、合成した。
スキーム1にPC6S、PC6O、PC6NH、PC6NMeの合成経路を示す。
【0037】
【0038】
<7-(ジエチルアミノ)ナフタレン-2-オール(1)>
2, 7-ジヒドロキシナフタレン(3.0 g,18.7 mmol)、二亜硫酸ナトリウム(7.11 g,37.4 mmol)、ジエチルアミン(9.7 mL,93.5 mmol)、水(7 mL)の混合液を、シールチューブを用いて、140℃、6時間撹拌した。空冷後、反応溶液にジクロロメタンに加え、水で数回洗浄した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥させ、濃縮した。得られた粗生成物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて生成し(シリカゲルカラム、展開溶媒:n-ヘキサン:酢酸エチル(4:1,v/v)、化合物1を得た(収量:1.26 g,31 %)。
【0039】
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ 7.59-7.53(2H, q), 6.94-6.90(2H, m), 6.76-6.73(1H, d), 6.69(1H, s), 4.78(1H, br), 3.46-3.41(4H, q), 1.22-1.18(6H, t)
【0040】
<7-(メトキシメトキシアミノ)ナフタレン-2-イル]ジエチルアミン(2)>
化合物1(0.86 g,4 mmol)を脱水DMFに溶解させ、氷浴を用いて-15℃とし、水素化ナトリウム(250 mg,10.4 mmol)を加え、水素の発生が治まるまで撹拌した。この溶液にクロロメチルメチルエーテル(0.38 mL,5.0 mmol)を加え室温で6時間撹拌した。反応溶液を水に注ぎ、酢酸エチルで抽出した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥させ、濃縮した。得られた粗生成物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて生成し(シリカゲルカラム、展開溶媒:n-ヘキサン:酢酸エチル(9:1,v/v)、化合物2を得た(収量:0.91 g,88 %)。
【0041】
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ 7.60-7.55(2H, q), 7.17(1H, s), 6.96-6.93(1H, d), 6.89-6.86(1H, s), 6.78(1H, s), 5.27(2H, s), 3.46-3.41(4H, q), 1.22-1.18(6H, t)
【0042】
<6-ジエチルアミノ-3-(メトキシメトキシ)ナフタレン-2-カルボアルデヒド(3)>
化合物2(2.80 g,10.8 mmol)を脱水ジエチルエーテルに溶解させ、-20℃でt-ブチルリチウム(1.9 mol/Lペンタン溶液、8.5 mL,16.2 mmol)を30分間かけて加え、2時間撹拌した。この溶液に脱水DMF(25 mL,320 mmol)を加え、-20℃で1時間撹拌後、4N HCl(10 mL)を加え、-20℃で30分間撹拌した。反応溶液に酢酸エチルに加え、有機層を0.5N HCl、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液、食塩水で数回洗浄した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥させ、濃縮した。得られた粗生成物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて生成し(シリカゲルカラム、展開溶媒:n-ヘキサン:酢酸エチル(9:1,v/v)、化合物3を得た(収量:2.45 g,79 %)。
【0043】
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ10.43(1H, s), 8.19(1H, s), 7.69-7.66(1H, d), 7.15(1H, s), 6.95-6.93(1H, d), 6.69(1H, s), 5.36(2H, s), 3.55(3H, s), 3.49-3.44(4H, q), 1.24-1.21(6H, t)
【0044】
<6-ジエチルアミノ-3-(ヒドロキシ)ナフタレン-2-カルボアルデヒド(4)>
化合物3(1.59 g,5.5 mmol)を2-プロパノール:5N HCl(70 mL:35 mL)に溶解させ、60℃で4時間撹拌した。反応溶液から2-プロパノールを減圧留去し、酢酸エチルを加え、有機層を水で数回洗浄した。有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥させ、濃縮した。得られた粗生成物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて生成し(シリカゲルカラム、展開溶媒:n-ヘキサン:酢酸エチル(4:1,v/v),化合物4を得た(収量:1.31 g,98 %)。
【0045】
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ10.53(1H, s), 9.85(1H, s), 7.85(1H,s), 7.66-7.63 (1H, d), 6.93-6.90(1H, d), 6.90(1H, s), 6.60(1H, s), 3.51-3.45(4H, q), 1.28-1.22 (6H, t)
【0046】
<3-(benzo[d]thiazol-2-yl)-8-(diethylamino)-2H-benzo[g]chromen-2-one (PC6S)>
化合物4(120 mg,0.49 mmol)、2-(2-ベンゾチアゾリル)酢酸エチル(122 mg,0.55 mmol)を無水エタノールに溶解させ、ピペリジン5滴程度を加え、60℃で4時間撹拌した。析出した固体をろ過し、ろ過物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて生成し(シリカゲルカラム、展開溶媒:n-ヘキサン:酢酸エチル(1:1,v/v)、化合物PC6Sを得た(収量:157 mg,80 %)。
【0047】
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ9.08(1H, s), 8.08-8.06(1H, d), 7.99(1H, s), 7.97-7.95(1H, d), 7.79-7.77(1H, d), 7.53-7.49(1H, t), 7.44(1H, s), 7.41-7.38(1H, t), 7.11-7.08(1H, d), 6.79(1H, s), 3.55-3.49(4H, q), 1.29-1.25(6H, t).
ESI-MS (m/z) of PC6S: calcd for C24H21N2O2S [M+H]+: 401.12, found: 401.2
【0048】
<3-(benzo[d]oxazol-2-yl)-8-(diethylamino)-2H-benzo[g]chromen-2-one (PC6O)>
化合物4(122 mg,0.50 mmol)、2-(2-ベンゾオキサゾリル)酢酸エチル(120 mg,0.59 mmol)を無水エタノールに溶解させ、ピペリジン5滴程度を加え、60℃で4時間撹拌した。析出した固体をろ過し、ろ過物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて生成し(シリカゲルカラム、展開溶媒:n-ヘキサン:酢酸エチル(1:1,v/v)、化合物PC6Oを得た(収量:138 mg,72 %)。
【0049】
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ8.79(1H, s), 7.93(1H, s), 7.86-7.84(1H, t), 7.77-7.75(1H, d), 7.63-7.61(1H, t), 7.40(1H, s), 7.38-7.36(1H, t), 7.11-7.08(1H, d), 6.78(1H, s), 3.55-3.50(4H, q), 1.29-1.25(6H, t).
ESI-MS (m/z) of PC6O calcd for C24H21N2O3[M+H]+: 385.15, found: 385.2
【0050】
<3-(1H-benzo[d]imidazol-2-yl)-8-(diethylamino)-2H-benzo[g]chromen-2-one (PC6NH)>
化合物4(80 mg,0.36 mmol)、2-(2-ベンゾイミダゾリル)酢酸エチル(100 mg,0.49 mmol)を無水エタノールに溶解させ、ピペリジン5滴程度を加え、60℃で4時間撹拌した。析出した固体をろ過し、ろ過物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて生成し(シリカゲルカラム、展開溶媒:クロロホルム:メタノール(97:3,v/v)、化合物PC6NHを得た(収量:64 mg,46 %)。
【0051】
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ11.31(1H, s), 9.11(1H, s), 7.95(1H, s), 7.80-7.77(1H, t), 7.55-7.51(1H, m), 7.44(1H, s), 7.30-7.29(1H, t), 7.12-7.09(1H, d), 6.79(1H, s), 3.55-3.49(4H, q), 1.29-1.25(6H, t).
ESI-MS (m/z) of PC6NH calcd for C24H22N3O2[M+H]+: 384.16, found: 384.1
【0052】
<8-(diethylamino)-3-(1-methyl-1H-benzo[d]imidazol-2-yl)-2H-benzo[g]chromen-2-one (PC6NMe)>
化合物4(80 mg,0.36 mmol)、2-(1-メチル-2-ベンゾイミダゾリル)酢酸エチル(100 mg,0.46 mmol)を無水エタノールに溶解させ、ピペリジン5滴程度を加え、60℃で4時間撹拌した。析出した固体をろ過し、ろ過物をフラッシュ自動精製装置(Isolera Spektra,Biotage)を用いて生成し(シリカゲルカラム、展開溶媒:クロロホルム:メタノール(97:3,v/v)、化合物PC6NMeを得た(収量:40 mg,28 %)。
【0053】
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ8.37(1H, s), 7.88(1H, s), 7.81-7.80(1H, d), 7.77-7.72(1H, m), 7.44(1H, s), 7.43-7.41(1H, d), 7.34-7.29(2H, m), 7.11-7.08(1H, d), 6.80(1H, s), 3.85(3H, s), 3.54-3.49(4H, q), 1.29-1.25(6H, t).
ESI-MS (m/z) of PC6NMe calcd for C25H24N3O2[M+H]+: 398.18, found: 398.1
【0054】
<3-(benzo[d]thiazol-2-yl)-8-(dimethylamino)-2H-benzo[g]chromen-2-one>
上記スキーム1に基づき、表題の化合物を合成した。
【0055】
1H NMR (400 MHz, CDCl3, TMS): δ9.08(1H, s), 8.08-8.06(1H, d), 7.99(1H, s), 7.97-7.95(1H, d), 7.79-7.77(1H, d), 7.53-7.49(1H, t), 7.44(1H, s), 7.41-7.38(1H, t), 7.11-7.08(1H, d), 6.79(1H, s), 3.55-3.49(6H, t).
【0056】
<測定方法>
(吸収極大波長、蛍光極大波長および蛍光量子収率の測定)
発光量子収率測定装置(C9920-01;浜松ホトニクス製)を用いて、各溶媒中における上記化合物の吸収極大波長(λabs/nm)、蛍光極大波長(λflu/nm)および蛍光量子収率(Φf)を測定した。
吸収スペクトルについては、紫外可視分光光度計(Ubest-550;日本分光製)を用いて測定し、蛍光発光スペクトルについては、蛍光分光光度計(F-7000;日立製)を用いて測定した。
【0057】
(蛍光寿命の測定)
小型蛍光寿命測定装置(Quntaurus-Tau;浜松ホトニクス製)を用いて、各溶媒中における上記化合物の蛍光寿命(τf)を測定した。
【0058】
蛍光収率、すなわち蛍光量子収率(Φf)とは、物質が吸収した光子のうち、蛍光として放出される光子の割合を表す。このため、蛍光収率が高いほど発光効率が良く、発光強度が強いことを示す。また、蛍光寿命(τf)の値は分子固有の値を有する。
【0059】
(光安定性および滞留性の測定)
蛍光顕微鏡(IX71;オリンパス製)を用いて、細胞の蛍光イメージング画像を経時的に取得し、光安定性(It/I0)および滞留性を測定した。
【0060】
<実施例1>
上記製造例で合成した本発明の化合物(
図3、PC6S,PC6O,PC6NH,PC6NMe)は、8-ジエチルアミノベンゾクマリン骨格を有する。これらの化合物について、光物理特性を測定した。
図4にPC6Sの各溶媒中における吸収・蛍光スペクトルを示す。また、表1に光物理パラメータを示す。吸収極大波長は455~504 nm、蛍光極大波長は498~642 nmに観測され、それぞれの極大波長は、溶媒の極性の増加に伴い長波長シフトを示す。蛍光量子収率は、すべての溶媒中において0.8以上を有する。
【0061】
【0062】
図5にPC6O、PC6NH、PC6NMeのジブチルエーテルおよびアセトニトリル中における吸収・蛍光スペクトル、また、表2に光物理パラメータを示す。
【0063】
【0064】
<実施例2>
培養細胞内の脂質滴イメージングについて、PC6Sと市販の脂質滴蛍光イメージング試薬(LipiDye、Nile Red、BODIPY493/503、Lipi Green)との性能比較実験を行った。項目は、発光強度、脂質滴選択性、光安定性、滞留性とした。
【0065】
図6に400 μMオレイン酸存在下で48時間培養したHeLa細胞に、各蛍光試薬を最終濃度100 nMになるように添加し、30分間培養し洗浄後に、倒立型蛍光顕微鏡(IX71;オリンパス製)を用いて観察した蛍光イメージング画像(対物レンズ:100倍油浸、励起波長:450 - 500 nm、観測波長:515 - 565 nm、LipiDyeは励起波長:400 - 440 nm、観測波長:> 475 nm)を示す。PC6S、LipiDye、Nile Redを添加したHeLa細胞の方が、BODIPY493/503、Lipi Greenを添加したHeLa細胞よりも蛍光強度が大きいことがわかる。また、PC6S、LipiDyeではHeLa細胞内の脂質滴が明瞭にイメージングできているのに対して、Nile Redでは脂質滴以外のオルガネラからも蛍光シグナルが観測されている。これは、Nile Redの脂質滴選択性が低いことを示しており、過去の報告と一致している。また、LipiDyeは、緑色蛍光を示す試薬であるが、汎用的な緑色蛍光試薬用のフィルターを使用することができない(試薬HPには注意がきが記載されている)。LipiDyeでは、405nm付近の励起波長を使用する必要があり、長時間観察においては、細胞に対する光毒性が懸念される。
【0066】
光安定性および滞留性は、脂質滴の形成・融合・分解過程を追跡するような長時間測定において重要なファクターである。3T3-L1細胞(脂肪細胞)に各蛍光試薬を最終濃度100 nMになるように添加し、30分間培養し洗浄後に、イメージングに必要な励起光(450 - 500 nm、LipiDyeは励起波長:400 - 440 nm)を照射し光安定性の評価を行った。照射直後を0秒とし、20秒ごとにイメージング画像を取得し、画像の強度を解析した。
図7に照射時間に対する蛍光強度比(I
t/I
0)のプロットを示す。市販の試薬と比較して、PC6Sの光安定性が最も高いことが明らかとなった。
【0067】
各試薬の細胞内の滞留性を評価するために、3T3-L1細胞(脂肪細胞)に各蛍光試薬を最終濃度100 nM(Lipi-Greenは500 nM)になるように添加し、30分培養後および試薬を洗浄してから24時間後にイメージング画像を取得した。
図8に蛍光イメージング画像を示す。PC6S、Lipi-Green、LipiDyeは、24時間後においても脂質滴イメージングが可能であるのに対して、BODIPY493/503、Nile Redは蛍光強度が顕著に減少している。よって、PC6S、Lipi-Green、LipiDyeは細胞内滞留性が高いことが示された。
【0068】
以上の結果を表3にまとめる。表3よりPC6Sが市販の脂質滴蛍光イメージング試薬よりも優れた特性を有することが明らかとなった。
【0069】
【0070】
<実施例3>
PC6Sを用いた生体組織内脂質滴および脂肪組織の蛍光イメージングについて示す。PC6Sは水(生理食塩水)への溶解が著しく低いため、直接溶解させることが困難である。また、ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解させた5 mMストック溶液を、生理食塩水に添加した場合(体積比で10%)、PC6Sが析出するため、マウスへ投与できない。そこで、10%ウシ血清アルブミンを含んだ生理食塩水に5 mMストック溶液を添加したところ(体積比で10%)、PC6Sの析出が抑制できた。MNs-NBの投与では、DMSOのストック溶液を直接マウスへ投与している。DMSOの投与はマウスをショック死させることがあり、本発明での投与法の方が、安全性の高い方法と考えられる。ここでは、麻酔下にあるマウスの尾静脈に、500μMの溶液を100~200 μL(50から100 nmol)投与して共焦点レーザー顕微鏡を用いて蛍光イメージング実験(励起波長:488 nm、観測波長:510 - 560 nm)を行った。本実験では、蛍光強度画像に加えて蛍光寿命画像を取得できる顕微鏡(FLIM:fluorescence lifetime imaging microscope)(Simple-Tau-150-DX;Becker & Hickl)を用いた。動物実験は、群馬大学の動物実験安全管理規定に即して実施した。
【0071】
脂肪肝モデルマウスは、通常マウスに比べて肝臓内に多量の脂質滴が蓄積していることが知られている。ここでは、マウス(C57BL/6J)に超高脂肪コリン欠乏メチオニン減量飼料を2週間、または10週間与えて脂肪肝モデルマウスを作製した。
図9に通常マウスと脂肪肝モデルマウスに、PC6Sを100 nmol投与して得られた蛍光強度イメージング画像および蛍光寿命イメージング画像を示す。通常飼料を与えたマウスでは、肝細胞内に小さな脂質滴が確認できる。一方、脂肪肝モデルマウス(2週間)では、肝臓表面全体にわたり、大きな脂質滴がイメージングされており、肝臓内に脂質が蓄積していることがわかる。さらに、10週間脂肪飼料を与えたマウスでは、脂質滴からの蛍光に加えて、脂質滴とは形状が異なる構造体から強い蛍光が観測された。これは、肝臓の線維化に伴いマクロファージ由来の細胞が浸潤し、それらに起因する自家蛍光であると考えられる。強度イメージングでは、脂質滴を鮮明にイメージングできないが、寿命イメージングでは、自家蛍光(青)とPC6Sの蛍光(オレンジ)を区別してイメージングすることが可能である。
【0072】
個体内は様々な脂肪組織および脂質滴が存在する。PC6Sを用いてこれらのイメージングを行った。
図10に、PC6Sを50 nmolマウス(BALB/cAJcl)に投与して得られた皮下脂肪組織、腹部脂肪組織、骨格筋、心筋、心臓周囲脂肪組織、腎臓の蛍光イメージング画像を示す。心筋、心臓周囲脂肪組織のイメージング画像は、マウスを安楽死させて摘出してから撮影した。脂質が蓄積している箇所からPC6Sに由来する蛍光が観察されている。特に腎臓においては、尿細管細胞内に分布している小さな脂質滴がイメージングできており、今後、糖尿病などの生活習慣病と腎臓の機能障害における脂質の関係について研究するためのツールとして使用できることが期待される。
【0073】
<実施例4>
PC6Sを用いた生体組織内脂質滴および脂肪組織の非開腹イメージングについて示す。ヌードマウスに2週間高脂肪飼料を与えて脂肪肝モデルマウスを作製した。麻酔下にあるヌードマウスの尾静脈からPC6S(50 nmol)を投与した。簡易型in vivoイメージング装置(Discovery(登録商標); INDEC BioSystem)で撮影(ヌードマウスは仰向け)した。励起波長:450-490 nm、観測波長:520 nm以上とした。
図11に、ヌードマウスの非開腹イメージング画像を示す。肝臓周辺(点線丸で囲った部分)からPC6Sに由来する蛍光が観察されている。
肝臓から蛍光が観測されていることを確認するために、開腹して撮影を行った。
図12に、ヌードマウスの開腹イメージング画像を示す。肝臓に、PC6Sに由来する蛍光が観察されている。本発明の蛍光イメージング試薬は、非開腹でも使用可能であることが示された。
【0074】
さらに、本発明の蛍光イメージング試薬は、固定化されていない生体試料や、生体に対して適用、検出することが可能であるが、固定化された試料にも使用することができる。400 μMオレイン酸存在下で48時間培養したHeLa細胞を4%パラホルムアルデヒド・リン酸緩衝液で20分間固定し、PC6Sを最終濃度100 nMになるように添加し、30分間培養し洗浄後に、実施例2と同様に、倒立型蛍光顕微鏡を用いて蛍光イメージング画像を取得した。その結果、固定化されたHeLa細胞でもPC6Sの蛍光が検出された。
また、PC6Sと、Hoechst 33342、Mito tracker redの併用により、多色イメージングが可能であった。
また、HeLa細胞を、PC6Sを最終濃度100 nMとして添加した培地で30分培養した後、細胞内に取り込まれていないPC6Sを除去し、実施例2と同様に、倒立型蛍光顕微鏡を用いて蛍光イメージング画像(0時間)を取得した。400 μMオレイン酸存在下で24時間培養し、4, 8, 12, 24時間後に蛍光イメージング画像を取得した。その結果、徐々に脂質滴が形成されていく様子が経時的にイメージングできた。
また、96区画プレートにHeLa細胞を播種し、ガラス面に接着後、PC6Sを培地に添加(最終濃度0.1, 0.5, 1, 10, 20, 40, 50 μM)し、24時間培養した。洗浄後、細胞増殖・細胞毒性測定用キットCCK-8により細胞毒性を評価した。試薬添加から2時間後、吸光度を測定したところ、いずれの濃度においても顕著な細胞毒性は認められなかった。
【0075】
以上の結果より、本発明によって開発された蛍光イメージング試薬は、細胞内脂質滴および生きた個体内の脂肪組織や脂質滴のイメージングが可能な新しい試薬である。
【産業上の利用可能性】
【0076】
本発明は、生体試料や生体個体の脂質滴の蛍光イメージングに利用できる。