(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-18
(45)【発行日】2023-10-26
(54)【発明の名称】積層型静電アクチュエータ
(51)【国際特許分類】
H02N 11/00 20060101AFI20231019BHJP
H02N 1/00 20060101ALI20231019BHJP
B81B 3/00 20060101ALI20231019BHJP
【FI】
H02N11/00 Z
H02N1/00
B81B3/00
(21)【出願番号】P 2021522255
(86)(22)【出願日】2020-05-20
(86)【国際出願番号】 JP2020019838
(87)【国際公開番号】W WO2020241386
(87)【国際公開日】2020-12-03
【審査請求日】2022-11-30
(31)【優先権主張番号】P 2019102852
(32)【優先日】2019-05-31
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】310001067
【氏名又は名称】ストローブ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100118902
【氏名又は名称】山本 修
(74)【代理人】
【識別番号】100106208
【氏名又は名称】宮前 徹
(74)【代理人】
【識別番号】100196508
【氏名又は名称】松尾 淳一
(74)【代理人】
【識別番号】100119426
【氏名又は名称】小見山 泰明
(72)【発明者】
【氏名】実吉 敬二
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 誠
(72)【発明者】
【氏名】泉谷 輝
【審査官】上野 力
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-022926(JP,A)
【文献】特開2013-017287(JP,A)
【文献】特開2013-243805(JP,A)
【文献】特表2004-502562(JP,A)
【文献】特開2008-118852(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02N 11/00
H02N 1/00
B81B 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
第1絶縁層と導体層と第2絶縁層の3層構造を有する複数の電極フィルムからなる積層型静電アクチュエータであって、
各電極フィルムは、当該電極フィルムの前記第1絶縁層上に他の電極フィルムと接合できるように表面加工した接合領域Pと、当該他の電極フィルムと接合しない非接合領域Qとを有し、当該接合領域Pと当該非接合領域Qとの境界Cは少なくとも1つ以上の有限な値の曲率半径を用いて定義できる波状パターンを有し、
第1の電極フィルムの前記接合領域Pと、当該第1の電極フィルムのすぐ下にある第2の電極フィルムの前記接合領域Pとが積層方向に互いに重ならないように、且つ、当該第1の電極フィルムの境界Cの波状パターンと当該第2の電極フィルムの境界Cの波状パターンとは軸線が平行となるように積層配置されて、当該第1の電極フィルムと当該第2の電極フィルムとが当該第2の電極フィルムの前記第1絶縁層の当該接合領域Pにおいて接合され、
これにより前記複数の電極フィルムは、積層方向から見て、2つの前記電極フィルムが接合された電極部と、接合されていないヒンジ部とを有し、
外力により積層方向に引っ張られるとき、前記ヒンジ部が弾性変形して前記電極部同士が離間して積層方向に伸長し、
前記複数の電極フィルムの前記導体層間に電圧が印加されるとき、離間した前記電極部同士が静電力により収縮して積層方向に収縮するように構成された、積層型静電アクチュエータ。
【請求項2】
第1絶縁層と導体層と第2絶縁層の3層構造を有する複数の電極フィルムからなる積層型静電アクチュエータであって、
各電極フィルムは、当該電極フィルムの前記第1絶縁層上に他の電極フィルムと接合できるように表面加工した接合領域Pと、当該他の電極フィルムと接合しない非接合領域Qとを有し、当該接合領域Pは前記第1絶縁層上で互いに離間した分銅繋ぎ文様状に形成され、
第1の電極フィルムの前記第1絶縁層上の分銅文様と、当該第1の電極フィルムのすぐ下にある第2の電極フィルムの前記第1絶縁層上の分銅文様とが積層方向に互いに重ならないように、且つ、当該分銅文様が互いに90度回転した向きで積層配置されて、当該第1の電極フィルムと当該第2の電極フィルムとが当該第2の電極フィルムの前記第1絶縁層の当該接合領域Pにおいて接合され、
これにより前記複数の電極フィルムは、積層方向から見て、2つの前記電極フィルムが接合された電極部と、接合されていないヒンジ部とを有し、
外力により積層方向に引っ張られるとき、前記ヒンジ部が弾性変形して電極部同士が離間して積層方向に伸長し、
前記複数の電極フィルムの前記導体層間に電圧が印加されるとき、離間した電極部同士が静電力により収縮して積層方向に収縮するように構成された、積層型静電アクチュエータ。
【請求項3】
請求項1又は2に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
各電極フィルムの前記ヒンジ部は、外周の曲率半径R
e、内周の曲率半径R
iの円弧状領域として形成され、
前記円弧状領域は、当該円弧状領域の開角θ
OAごとに凸の向きを変えて連なった形状を有する、積層型静電アクチュエータ。
【請求項4】
請求項1に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
各電極フィルムの前記ヒンジ部は、外周の曲率半径R
e、内周の曲率半径R
iの円弧状領域として形成され、
前記円弧状領域の開角θ
OAは180度以上である、積層型静電アクチュエータ。
【請求項5】
請求項1乃至4のいずれか一項に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
前記積層型静電アクチュエータの伸縮方向における、前記ヒンジ部の一方の境界Cに対する他方の境界Cの移動量を前記ヒンジ部の変位と定義し、アクチュエータの発生力から規定される、対面する前記電極部間の最大許容距離に対応する前記ヒンジ部の変位を最大変位と定義すると、当該ヒンジ部の最大変位は、前記電極フィルムの厚さの√2倍以上である、積層型静電アクチュエータ。
【請求項6】
請求項1又は2に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
前記ヒンジ部は、均一な幅を有する、積層型静電アクチュエータ。
【請求項7】
請求項6に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
前記ヒンジ部の前記幅と前記電極フィルムの厚さとの比は5以上である、積層型静電アクチュエータ。
【請求項8】
請求項1又は2に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
2つの前記電極フィルムの間に前記ヒンジ部が形成する空間は、外部との間で流体連通し、
前記積層型静電アクチュエータが伸縮するとき、前記空間と外部との間で流体の流出入を可能とするように構成された、積層型静電アクチュエータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、積層型静電アクチュエータに関する。
【背景技術】
【0002】
第1のパターンで接着剤が一方の面に塗布された複数の第1の電極板と、第1のパターンと異なる第2のパターンで接着剤が一方の面に塗布された複数の第2の電極板とを備え、第1の電極板と第2の電極板とは、接着剤が塗布された面を対向させずに交互に積層される構成を有する積層型静電アクチュエータに関する公報開示の技術が存在する(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
従来の積層型静電アクチュエータは、大きな外力で引っ張られたときに電極間隔が開き過ぎて充分な静電引力、即ち、収縮力が得られないという課題があった。かかる課題に対して、硬い弾性材料を採用して電極間隔の開き過ぎを抑制する構造では軽負荷時に電極間隔が広がらずアクチュエータの収縮率が低下するという課題があった。アクチュエータは非常に薄い電極板で構成されており、電極間隔の広がりを物理的に抑制することは困難であった。
【0005】
発明者は、電極間隔が開き過ぎを物理的に抑制する替わりにヒンジ部の形状を工夫して、皿ばねのばね効果と同様な効果を得ることができることを発見し、本発明に至った。本発明は、大きな外力で引っ張られたときにも充分な収縮力を発揮し、且つ、軽負荷時にも収縮率が低下しない積層型静電アクチュエータの提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題を解決するために、請求項1に記載の積層型静電アクチュエータは、
第1絶縁層と導体層と第2絶縁層の3層構造を有する複数の電極フィルムからなる積層型静電アクチュエータであって、
各電極フィルムは、電極フィルムの第1絶縁層上に他の電極フィルムと接合できるように表面加工した接合領域Pと、他の電極フィルムと接合しない非接合領域Qとを有し、接合領域Pと非接合領域Qとの境界Cは少なくとも1つ以上の有限な値の曲率半径を用いて定義できる波状パターンを有し、
第1の電極フィルムの接合領域Pと、第1の電極フィルムのすぐ下にある第2の電極フィルムの接合領域Pとが積層方向に互いに重ならないように、且つ、第1の電極フィルムの境界Cの波状パターンと第2の電極フィルムの境界Cの波状パターンとは軸線が平行となるように積層配置されて、第1の電極フィルムと第2の電極フィルムとが第2の電極フィルムの第1絶縁層の接合領域Pにおいて接合され、
これにより複数の電極フィルムは、積層方向から見て、2つの電極フィルムが接合された電極部と、接合されていないヒンジ部とを有し、
外力により積層方向に引っ張られるとき、ヒンジ部が弾性変形して電極部同士が離間して積層方向に伸長し、
複数の電極フィルムの導体層間に電圧が印加されるとき、離間した電極部同士が静電力により収縮して積層方向に収縮するように構成される。
【0007】
上記課題を解決するために、請求項2に記載の積層型静電アクチュエータは、
第1絶縁層と導体層と第2絶縁層の3層構造を有する複数の電極フィルムからなる積層型静電アクチュエータであって、
各電極フィルムは、電極フィルムの第1絶縁層上に他の電極フィルムと接合できるように表面加工した接合領域Pと、他の電極フィルムと接合しない非接合領域Qとを有し、接合領域Pは第1絶縁層上で互いに離間した分銅繋ぎ文様状に形成され、
第1の電極フィルムの第1絶縁層上の分銅文様と、第1の電極フィルムのすぐ下にある第2の電極フィルムの第1絶縁層上の分銅文様とが積層方向に互いに重ならないように、且つ、分銅文様が互いに90度回転した向きで積層配置されて、第1の電極フィルムと第2の電極フィルムとが第2の電極フィルムの第1絶縁層の接合領域Pにおいて接合され、
これにより複数の電極フィルムは、積層方向から見て、2つの電極フィルムが接合された電極部と、接合されていないヒンジ部とを有し、
外力により積層方向に引っ張られるとき、前記ヒンジ部が弾性変形して電極部同士が離間して積層方向に伸長し、
複数の電極フィルムの導体層間に電圧が印加されるとき、離間した電極部同士が静電力により収縮して積層方向に収縮するように構成される。
【0008】
請求項3に記載の積層型静電アクチュエータは、請求項1又は2に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
各電極フィルムのヒンジ部は、外周の曲率半径Re、内周の曲率半径Riの円弧状領域として形成され、
円弧状領域は、円弧状領域の開角θOAごとに凸の向きを変えて連なった形状を有する。
【0009】
請求項4に記載の積層型静電アクチュエータは、請求項1に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
各電極フィルムのヒンジ部は、外周の曲率半径Re、内周の曲率半径Riの円弧状領域として形成され、
円弧状領域の開角θOAは180度以上である。
【0010】
請求項5に記載の積層型静電アクチュエータは、請求項1乃至4のいずれか一項に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
積層型静電アクチュエータの伸縮方向における、ヒンジ部の一方の境界Cに対する他方の境界Cの移動量をヒンジ部の変位と定義し、アクチュエータの発生力から規定される、対面する電極部間の最大許容距離に対応するヒンジ部の変位を最大変位と定義すると、ヒンジ部の最大変位は、電極フィルムの厚さの√2倍以上である。
【0011】
請求項6に記載の積層型静電アクチュエータは、請求項1又は2に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
ヒンジ部は、均一な幅を有する。
【0012】
請求項7に記載の積層型静電アクチュエータは、請求項6に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
ヒンジ部の幅と電極フィルムの厚さとの比は5以上である。
【0013】
請求項8に記載の積層型静電アクチュエータは、請求項1又は2に記載の積層型静電アクチュエータにおいて、
2つの電極フィルムの間にヒンジ部が形成する空間は、外部との間で流体連通し、
積層型静電アクチュエータが伸縮するとき、空間と外部との間で流体の流出入を可能とするように構成される。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、ヒンジ部を波状にすることで、大きな外力で引っ張られたときにも充分な収縮力を発揮し、且つ、軽負荷時にも収縮率が低下しない積層型静電アクチュエータを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】第1実施形態に係る積層型静電アクチュエータの説明図である。
【
図2】
図1に示すアクチュエータ全体の断面図である。
【
図3】
図2において丸で囲んだ領域IIIを拡大した断面図であり、アクチュエータの動作を説明するための説明図である。
【
図4】
図1において丸で囲んだ領域IVを抽出した図であり、ヒンジ部の波状パターンを説明するための図である。
【
図5】ヒンジ部のばね定数の解析結果を示す図である。
【
図6】ヒンジ部の波状パターンの円弧の開角θ
OAを270度としたときのヒンジ部の変形モードを説明する図である。
【
図7】ヒンジ部のばね定数の解析結果を示す図である。
【
図8】第2実施形態に係る積層型静電アクチュエータの平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
(第1実施形態)
図1は、第1実施形態に係る積層型静電アクチュエータ1の説明図である。
図1中の(a)は積層型静電アクチュエータ1の平面を示し、(b)は積層型静電アクチュエータ1を構成する電極フィルム10一層の断面を示す。
図2は、
図1に示す積層型静電アクチュエータ1全体の断面図である。ここで、
図2は電極フィルム10と接合領域Pとの積層構造を示す目的で作成されており、
図1の(b)で示した電極フィルム10の3層構造(後述)を省略している。
【0017】
(積層型静電アクチュエータの構成概要)
積層型静電アクチュエータ1は、2つの端部材(図示省略)に挟まれた、多数の電極フィルム10が接合部20を介して積層接合されて構成される(
図2、後述)。
図1の(b)に示すように、電極フィルム10は、第1絶縁層12、導体層14、第2絶縁層16の3層構造を有する。導体層14は、例えば、銅等の金属膜や導電性高分子、または導電性の炭素同素体(または炭素を主体とした導電性の混合体)からなり、第1および第2絶縁層12,16は、絶縁性の高分子膜からなる。特に第1および第2絶縁層12,16に高耐電圧性が必要な場合はパリレン(登録商標)等の高耐電圧絶縁体の使用が望ましいが、これに限定されるわけではない。電極フィルム10の厚さは、例えば数マイクロメートルである。第1絶縁層12は他の電極フィルムの第2絶縁層と接合できるように、あるいは、第2絶縁層16は更に他の電極フィルムの第1絶縁層と接合できるように(
図2参照)、表面加工された接合領域Pを有する。表面加工の方法としては、第1絶縁層12上に接着剤を塗布することで接着部を構成してもよいし、シランカップリング剤処理等による化学処理によって結合層を構成してもよい。接着部を構成する場合は2つの電極フィルムは接着剤を介して結合され、化学処理による結合層を構成する場合は2つの電極フィルムは共有結合される。
【0018】
図1の(b)に示すように、各電極フィルム10は接合領域P以外に、第1絶縁層12上に他の電極フィルム(
図2参照)と接合するための表面加工を施していない非接合領域Qを有し、接合領域Pと非接合領域Qとの境界Cは少なくとも1つの有限な値の曲率半径から規定できる波状パターンを有する(
図1の(a)参照)。このとき、隣り合う2つの接合領域Pの間隔(即ち、非接合領域Qの幅)が接合領域Pの幅よりも大きくなるように接合領域Pは配置される。ここで、
図1の(a)では、ある電極フィルム(以下「第1の電極フィルム10a」とする)の第1絶縁層12a上の接合領域Paの輪郭を実線で表し、第2絶縁層16aの下にある(第1の電極フィルム10aの下にある電極フィルム(以下「第2の電極フィルム10b」とする)の第1絶縁層12b上の)接合領域Pbの輪郭を破線で表している(後述)。
【0019】
図2に示すように、第1の電極フィルム10a上の接合領域Paと、第2の電極フィルム10b上の接合領域Pb(第1の電極フィルム10aの下にある接合領域)とは、積層方向に互いに重ならないように積層配置されて、第1の電極フィルム10aと第2の電極フィルム10bとは、第2の電極フィルム10b上の接合領域Pbにおいて接合される。上述したように、第1の電極フィルム10aにおいて、隣り合う2つの接合領域Paの間隔(即ち、非接合領域の幅)が接合領域Paの幅より大きくなるように接合領域Paが形成されるので、積層型静電アクチュエータ1を積層方向から見たとき、第2の電極フィルム10bと接合されない領域が形成される(
図1の(a))。以下では、この領域をヒンジ部22と定義する。このとき、
図1の(a)に表されているように、ヒンジ部22の両側に位置する、第1の電極フィルム10aの境界Cの波状パターンと第2の電極フィルム10bの境界Cの波状パターンとは軸線が平行となるように配置される。
【0020】
(積層型静電アクチュエータの動作概要)
図3は、
図2において丸で囲んだ領域IIIを拡大した断面図であり、積層型静電アクチュエータ1の動作を説明するための説明図である。
図3中の(a)は導体層間に電圧が印加されて電極フィルムの間隔が収縮した状態を示し、(b)は2つの端部材(図示省略)の間に積層を離そうとする向きの外力が作用し、電極フィルムの間隔が伸長した状態を示す。
【0021】
図3の(a)に示すように、接合領域Pでは第1及び第2の電極フィルム10a,10bが接合され一体となっているので、ヒンジ部22よりも剛性を有して硬い。また、接合領域Pと、接合領域Pにおいて接合された2つの電極フィルム10a,10bとを電極部24と定義すると、特に積層型静電アクチュエータ1の端部材(図示省略)近傍の電極部を除いて、電極部24に積層方向に作用する外力による力のモーメントはほぼ0であるため、電極部24はほとんど変形しない。これに対して、ヒンジ部22は電極フィルム10が一層なので電極部24に比して剛性が低い。さらに、ヒンジ部22に積層方向に作用する外力による力のモーメントは0ではない、すなわち、ヒンジ部22の一方の境界Cに発生する力と、他方の境界Cに発生する力は互いに逆向きであるため、ヒンジ部22は電極部24に比べて変形しやすい。以上の理由から、各電極フィルム10a,10bを離そうとする向きの外力を受けると、ヒンジ部22が弾性変形して第1の電極フィルム10aと第2の電極フィルム10bとの間隔が伸長し空間26が形成される(
図3の(b))。
図2に示すように、接合領域Pは千鳥状に配列されているので、電極フィルム10a,10b間に形成される空間26も千鳥状の配置となる。
図3の(b)に示す伸長状態のときに第1及び第2の電極フィルム10a,10bの導体層の間に電圧が印加されると、第1及び第2の電極フィルム10a,10bの間に静電引力が発生して、対向する電極部24a,24cが互いに引き合い、空間26は積層方向に収縮する(
図3の(a)に示す収縮状態となる)。その結果、積層型静電アクチュエータ1は、外力に抗して積層方向に収縮する。逆に導体層間の電圧を0にすると、外力によってヒンジ部22が弾性変形して、電極部24a,24c間は伸長する(
図3の(b)の伸長状態に戻る)。従って、印加する電圧をオン/オフすることにより積層型静電アクチュエータ1を伸縮運動させることができる。
【0022】
(本実施形態の作用)
かかる積層型静電アクチュエータ1では、外力を受けたときの(伸長状態の)電極部24a,24c間距離(電極フィルム10a,10b間に形成される空間26の高さ)、即ち、
図3の(b)のd値が、ヒンジ部22の曲がりの度合いによって変わる。ここで、クーロンの法則によれば、2つの電極部24a,24c間の静電引力は電極部24a,24c間距離dの2乗に反比例するので、電極部24a,24c間距離dが大きくなると静電引力は急激に低下し、積層型静電アクチュエータ1の収縮力も弱まる。従って、積層型静電アクチュエータ1の収縮力を維持するには、伸長状態での電極部24a,24c間距離dを抑制することが必要となる。一方、電極フィルム10a,10bに硬い弾性材料を採用して電極部24a,24c間距離dを抑制する構造では、軽負荷時に電極部24a,24c間距離dが充分に広がらず積層型静電アクチュエータ1の収縮率が低下する。以上の議論は、積層した電極フィルム10a,10bの各層でのすべての電極部24で成り立つため、電極部24a,24c間距離dが所定値のときに何かに衝突させて広がりを抑制させる構造をすべての電極部24a,24c間に別部材等で構成することは困難である。よって、本発明ではヒンジ部22の形状を操作してばね特性を操作する。
【0023】
第1実施形態に係る積層型静電アクチュエータ1は、ヒンジ部22を波状パターンとしている。具体的には、皿ばねの例えば開角θ
OAで切り出した構造体ごとに凸の向きを変えて連続的に繋げた構造をヒンジ部22とすることで、ヒンジ部22が曲率を有する構成としている(後述する
図4参照)。これにより、ヒンジ部22は皿ばねのばね効果と同様の効果を得ることができる。
【0024】
皿ばねのばね力Fとたわみ(縮み)δの関係式は、以下に示すアルメン・ラスロの式で表されることが知られている。
【数1】
ここで、tは皿ばねの板厚を表し、kは皿ばねの形状や、ヤング率やポアソン比などの材料物性から決まる係数である。
【0025】
積層型静電アクチュエータ1のヒンジ部22に置き換えると、tが電極フィルム10の厚さ、δが1つのヒンジ部22の一方の境界Cに対する他方の境界Cの変位(積層型静電アクチュエータ1の積層方向の変位)である。以下では、δをヒンジ部22の変位、または単に変位と呼称する。ここでδ=0の状態(以下では、変位0の状態と呼称する)は、
図3の(a)に示すように、1つの電極フィルム10に配置されたヒンジ部22と電極部24が1つの平面上に位置している状態と定義する。本発明のヒンジ部22は曲率を有した部分皿ばね構造をしているため、ヒンジ部22に発生するばね力Fとヒンジ部22の変位δの間には、近似的にアルメン?ラスロの式が成立する。上式の右辺括弧内の第1項がδ
3比例項で第2項がδ比例項であるから、積層型静電アクチュエータ1の駆動範囲に3次関数的なばね特性領域が含まれることが分かる。
【0026】
ヒンジ部22がこのようなばね特性を有している場合、変位0の状態から積層型静電アクチュエータ1が伸長し始めるときのヒンジ部22は、外力に対して容易に変形するが、変位が増加するにつれてδ3比例項が急激に増加するため、ヒンジ部22は急激に硬くなる。従って、大きな外力で引っ張られたときにも、δ3比例項により電極部24a,24c間距離dの開き過ぎが抑制され、充分な収縮力を発揮し、且つ、変位0の状態からの伸びはじめは、δ3比例項が非常に小さいため、軽負荷時にも収縮率が低下しない積層型静電アクチュエータ1を提供することができる。
【0027】
また、第1項(δ3比例項)が第2項(δ比例項)より大きくなるのは、(δ3比例項)>(δ比例項)のとき、つまりδ>(√2)tのときである。即ち、積層型静電アクチュエータ1の静電引力によって規定される電極部24a,24c間距離dの最大値をdmaxとし、電極部24a,24c間距離dの最大値dmaxに対応するヒンジ部22の変位δの最大値を最大変位δmaxと定義すると、ヒンジ部22の最大変位δmaxが、電極フィルム10の厚さtの√2倍以上となるように電極フィルム10の厚さtを設計することで、δ3比例項の効果を活用したばね特性を得ることができる。なお、電極部24a,24c間距離dと、1つのヒンジ部22の変位δは、d=2δの関係で表される。
【0028】
図4は、
図1において丸で囲んだ領域IVを抽出した図であり、ヒンジ部22の波状パターンを説明するための図である。ヒンジ部22の波状パターンは、外径R
e、内径R
iの円弧が開角θ
OAごとに凸の向きを変えて連なった形状を有するパターンである。各境界Cで曲率が一定(曲率半径が、外径R
eまたは内径R
iのいずれかの定数)であるから、変形時にヒンジ部22の応力集中が少なく、これにより、積層型静電アクチュエータ1の信頼性を向上させることができる。
【0029】
ヒンジ部22の波状パターンの円弧の開角θ
OAを180度以上とすると(
図6、後述)、電極部24a,24c間距離dの増大に応じてヒンジ部22のばね定数の増加が大きくなり、軽負荷ではより大きなストロークが得られ、重負荷では電極部24a,24c間距離dの開き過ぎを抑制できる。
【0030】
ここで、
図5は、ヒンジ部22のばね定数の解析結果を示す図である。横軸は円弧の開角θ
OAで、縦軸は円弧の開角θ
OAが180度のときの値で規格化したヒンジ部22のばね定数である。変位0のときのばね定数はすべて同じとしている。q
10%とq
20%はそれぞれヒンジ部22の変位δがヒンジ部22の幅H
L(=外径R
e-内径R
i)に対して10%,20%変位時のばね定数である。
図5から、円弧の開角θ
OAが180度のときの形状を境にして、ヒンジ部22変形時のばね定数が急激に増加していることが分かる。つまり、円弧の開角θ
OAが180度より大きいとき、積層型静電アクチュエータ1は伸びはじめが柔らかく容易に変形して大きなストロークが得られ、伸びるに従って急激に硬くなって電極部24a,24c間距離dの開き過ぎを抑制できることが分かる。
【0031】
図6は、ヒンジ部22の波状パターンの円弧の開角θ
OAを180度以上としたときのヒンジ部22の変形モードを説明する図である。積層型静電アクチュエータ1が伸びるとき、
図6中の丸で囲んだ領域aは主にせん断変形と曲げ変形をする。円弧の開角θ
OAを180度以上とすると、新たに領域bが現れる。領域bはせん断力と曲げモーメントの他に引張力も受けるため、領域bの存在によりヒンジ部22の変形モードが変わり、ヒンジ部22が大きく変形したときのばね定数(q
10%、q
20%など)は増加する。即ち、円弧の開角θ
OAを180度以上にすると、ヒンジ部22の特性は皿ばね構造により近づくことが分かる。
【0032】
図7は、ヒンジ部22のばね定数の解析結果を示す図である。横軸はヒンジ部22の幅H
Lとヒンジ部22の厚さH
t(電極フィルムの厚さ)との比(アスペクト比)H
L/H
tで、縦軸は変位0のときのばね定数の値で規格化したヒンジ部22のばね定数である。変位0のときのばね定数はすべて同じとしている。q
10%とq
20%はそれぞれヒンジ部22の変位δがヒンジ部22の幅H
Lに対して10%,20%変位時のばね定数である。
図7から、アスペクト比H
L/H
tが5のときの形状を境にして、20%変位時のばね定数が急激に増加していることが分かる。つまり、アスペクト比H
L/H
tが5以上のとき、積層型静電アクチュエータ1は伸びはじめが柔らかく容易に変形して大きなストロークが得られ、伸びるに従って急激に硬くなって電極部24a,24c間距離dの開き過ぎを抑制できることが分かる。
【0033】
積層型静電アクチュエータ1は、ヒンジ部22が均一な幅を有する構成としてもよい。ヒンジ部の幅が均一でない場合、積層型静電アクチュエータが伸長したとき、ヒンジ部の幅の狭い箇所が最初に伸長してほとんどの荷重を支えることとなり、応力集中により積層型静電アクチュエータが破断する恐れがある。これに対して、ヒンジ部22が均一な幅を有する構成とすることにより、ヒンジ部22での応力集中を緩和させて、破断の危険性を軽減できる。
【0034】
また、積層された電極部間に形成される空間が密閉される構造では、積層型静電アクチュエータの伸縮時に空間と外部との間で流体の流出入ができず伸縮動作を妨げることもあった(例えば、特許文献1の
図1参照)。これに対して、第1実施形態に係る積層型静電アクチュエータ1は、
図1に示されるように、ヒンジ部22が波状パターンを構成して外部との間で流体連通しているので、積層型静電アクチュエータ1の伸縮時に電極部24a,24c間の空間26(
図3参照)と外部との間で流体の流出入が可能となり、伸縮動作を妨げることなく充分な伸縮量が確保できる。
【0035】
(第2実施形態)
図8は、第2実施形態に係る積層型静電アクチュエータ101の平面図である。第1実施形態に係る積層型静電アクチュエータ1との同一又は類似の要素については、同一又は類似の符号を付して説明を省略する。
図8に示すように、第1の電極フィルムにおいて、表面加工した第1接合領域Paは、第1絶縁層上で互いに離間した分銅繋ぎ文様状に第1絶縁層上に形成される。第1の電極フィルムのすぐ下にある第2の電極フィルムにおいて、表面加工した第2接合領域Pbは、第1絶縁層上で互いに離間した分銅繋ぎ文様状に第1絶縁層上に形成される。ここで、分銅文様は、
図8に示すように、円の外周の一部が切除された形状、または、円周の一部が中心に向かってくびれた形状である。そして、第1の電極フィルムの分銅文様と、第2の電極フィルムの分銅文様とが積層方向に互いに重ならないように、且つ、分銅文様が互いに90度回転した向きで積層配置される。その結果、分銅繋ぎ文様の中において、他の電極フィルムと接合しない非接合領域Qが波状パターンのヒンジ部122を構成する。ヒンジ部122は均一な幅を有し、波状パターンの軸線は互いに90度回転した向きで交差した構成(波状パターンが縦横に延びた構成)となる。第1接合領域Paと第2接合領域Pbとは、伸縮時に積層方向に対して逆向きに動く。第2実施形態に係る積層型静電アクチュエータ101は、交差した2つの波状パターンを分銅繋ぎ文様の中に有するので、第1実施形態で説明したように、ヒンジ部122は皿ばねのばね効果と同様の効果を得ることができる。
【0036】
さらに、第2実施形態に係る積層型静電アクチュエータ101は、交差した2つの波状パターンを有するので、アクチュエータ101が外力を受けて変形する際に、ヒンジ部122はせん断力と曲げモーメントの他に引張力も受けるため、ヒンジ部22が大きく変形したときのばね定数(q10%、q20%など)は増加する。即ち、第1実施形態に係る積層型静電アクチュエータ1において、ヒンジ部22の波状パターンの円弧の開角θOAを180度以上にした場合と同等の効果を、第2実施形態に係る積層型静電アクチュエータ101の、交差した2つの波状パターンで得ることができ、ヒンジ部122の特性は皿ばね構造により近づくことが分かる。
【0037】
ヒンジ部122が均一な幅を有する構成とすることで、ヒンジ部122での応力集中を緩和させて、破断の危険性を軽減できる。また、他の電極フィルムと接合されないヒンジ部122が外部との間で流体連通するので、積層型静電アクチュエータ101の伸縮時に電極部間の空間と外部との間で流体の流出入が可能となり、伸縮動作を妨げることなく充分な伸縮量が確保できる。
【符号の説明】
【0038】
1:積層型静電アクチュエータ、10:電極フィルム、10a:第1の電極フィルム、10b:第2の電極フィルム、12,12a,12b:第1絶縁層、14,14a,14b:導体層、16,16a:第2絶縁層、20:接合部、22:ヒンジ部、24,24a,24c:電極部、26:空間
101:積層型静電アクチュエータ