(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-18
(45)【発行日】2023-10-26
(54)【発明の名称】圧電単結晶素子の製造方法、超音波送受信素子の製造方法および超音波プローブの製造方法
(51)【国際特許分類】
H10N 30/853 20230101AFI20231019BHJP
H10N 30/045 20230101ALI20231019BHJP
H10N 30/30 20230101ALI20231019BHJP
H04R 17/00 20060101ALI20231019BHJP
C30B 29/22 20060101ALI20231019BHJP
H03H 9/17 20060101ALI20231019BHJP
H03H 3/02 20060101ALI20231019BHJP
【FI】
H10N30/853
H10N30/045
H10N30/30
H04R17/00 330Y
C30B29/22
H03H9/17 G
H03H3/02 B
(21)【出願番号】P 2019177059
(22)【出願日】2019-09-27
【審査請求日】2022-04-13
(73)【特許権者】
【識別番号】000215800
【氏名又は名称】テイカ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078064
【氏名又は名称】三輪 鐵雄
(74)【代理人】
【識別番号】100115901
【氏名又は名称】三輪 英樹
(72)【発明者】
【氏名】坂野 祐
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 翼
【審査官】田邊 顕人
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-187285(JP,A)
【文献】特開2019-031430(JP,A)
【文献】特開平06-305830(JP,A)
【文献】特開2003-282986(JP,A)
【文献】特開2014-045411(JP,A)
【文献】特開2015-176915(JP,A)
【文献】特開平10-038736(JP,A)
【文献】英国特許出願公開第02570707(GB,A)
【文献】特開2004-296784(JP,A)
【文献】特開2019-136699(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H10N 30/853
H10N 30/045
H10N 30/30
H04R 17/00
C30B 29/22
H03H 9/17
H03H 3/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸化マグネシウム、酸化ニオブおよびチタン酸鉛を含む鉛複合ペロブスカイト組成物により構成された矩形の単結晶板の両主面に電極を有する圧電単結晶素子を製造する方法であって、
前記鉛複合ペロブスカイト組成物は、Pb(Mg
1/3
Nb
2/3
)O
3
-PbTiO
3
であり、
前記単結晶板は、(001)面を主面とし、かつ(100)面および(010)面を側面とし、(100)方位の長さLと(010)方位の幅Wとの比L/Wが4~20であり、
分極方向に直交する横方向振動モードの共振周波数frと、振動方向の長さlとの積で表される周波数定数N
31
が、25℃において、520~700Hz・mであり、
上記鉛複合ペロブスカイト組成物により構成された矩形の単結晶板の両主面に電極を形成する電極形成工程と、
上記電極形成工程後の単結晶板に、室温以上、疑似立方晶から温度範囲70℃以上110℃以下に見られる最大の静電容量を示す相転移温度Tf以下の温度下で、0.0001Hz以上0.
08Hz
以下の周波数での交流電界を3~50サイクル印加して分極処理を施す分極処理工程とを有することを特徴とする圧電単結晶素子の製造方法。
【請求項2】
上記分極処理工程における交流電界をピークトゥピーク電界で0.3~4kV/mmとする請求項
1に記載の圧電単結晶素子の製造方法。
【請求項3】
前記分極処理工程において、交流電界および周波数を少なくとも1回変更し、
上記交流電界の変更において、より後のサイクルでの交流電界を、それより前のサイクルでの交流電界よりも強くする変更を少なくとも1回含み、
上記周波数の変更において、より後のサイクルでの周波数を、それより前のサイクルでの周波数よりも低くする変更を少なくとも1回含む請求項
1または
2に記載の圧電単結晶素子の製造方法。
【請求項4】
上記圧電単結晶素子は、キュリー温度が128~140℃であり、上記周波数定数N
31
が、25℃において、600~700Hz・mである請求項1~3のいずれかに記載の圧電単結晶素子の製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載の圧電単結晶素子
の製造方法によって製造された圧電単結晶素子を
使用することを特徴とする超音波送受信素子
の製造方法。
【請求項6】
請求項1~4のいずれかに記載の圧電単結晶素子
の製造方法によって製造された圧電単結晶素子を
使用することを特徴とする超音波プローブ
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、適用機器の製造歩留まりを高めることができ、かつ誘電特性および圧電特性を向上させ得る圧電単結晶素子、その製造方法、並びに前記圧電単結晶素子の用途に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種の超音波診断装置や超音波画像検査装置には、圧電素子を有する超音波送受信素子を備えた超音波送受信機能を有する電子操作式のアレイ式超音波プローブが主に用いられている。
【0003】
一般的な超音波プローブは、特許文献1に記載されているように、圧電体の両面に電極を形成してなる圧電素子がバッキング材上に接合され、圧電素子上に音響整合層が接合された上で、アレイ加工されて複数のチャンネルが形成され、さらに音響整合層上に音響レンズが形成されて構成されている。このような形態の超音波プローブは、圧電素子のそれぞれの電極が、制御信号基板(フレキシブル印刷配線板、FPC)とケーブルとを介して、医療用超音波診断装置および超音波画像検査装置の装置本体に接続される。
【0004】
超音波プローブに用いられる圧電素子は、比誘電率および圧電定数が大きいことと、誘電損失が小さいこととが要求される。加えて、圧電素子の内部および複数の圧電素子間において、誘電率、誘電損失などの誘電特性と、圧電定数などの圧電特性とが均一であることが要求され、以前は、ジルコンチタン酸鉛系圧電セラミックスや、前記圧電セラミックス/樹脂複合体からなるコンポジット圧電体を使用したものが主流であったが、これらの素子では上記のような要請に応えることは容易ではなく、近年では、単結晶板を採用することで、圧電素子の性能を高める検討がなされている。
【0005】
このような単結晶板としては、例えば、チタン酸鉛(PbTiO3)と、Pb(B1Nb)O3(B1は、Mg、Zn、In、Sc、Ybなどのうち少なくとも一つ)とから構成されるリラクサ系鉛複合ペロブスカイト組成物で構成されたものや、前記組成物に少量の酸化マンガンや酸化ジルコニウムなどを添加した材料で構成されたものが用いられている。
【0006】
上記のような単結晶板を用いた圧電素子は、通常、単結晶板を所定サイズに切断し、必要に応じて所定厚みとなるように研磨した後に、両主面(平板面)のそれぞれに電極を形成してから、直流電界の印加による分極処理を施す工程を得て製造される。
【0007】
また、圧電素子の分極処理の改善も試みられている。例えば特許文献2には、種々の条件での加熱冷却処理を施した後に特定条件での分極処理を行うことで、圧電素子の電気機械結合係数や周波数定数を改善できることが示されている。
【0008】
他方、特許文献3、4には、直流電界ではなく交流電界を印加する分極処理を経て圧電素子を製造することで、素子の誘電率や圧電定数を向上させ得ることが示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開7-50898号公報
【文献】特開2003-282986号公報
【文献】特開2014-045411号公報
【文献】特開2014-187285号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
例えば特許文献3、4に記載の技術であれば、一定の効果は見込めるものの、単結晶板の性能不足や高い交流周波数による分極反転速度の速さから、分極時の応力によって加工面からマイクロクラックが発生する虞がある。このようなマイクロクラックが生じた単結晶板を有する圧電素子を使用して、例えば超音波プローブを製造しようとすると、FPCやバッキング材、音響整合層と接合し加工した際に、圧電素子が破損するなどしてしまい、超音波プローブの製造歩留まりを低下させてしまう。圧電素子製造時の分極処理の際に発生するマイクロクラックによる適用機器の製造歩留まりの低下は、電極面積が2cm2を超えるような大型の圧電素子において特に問題となる。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、適用機器の製造歩留まりを高めることができ、かつ誘電特性および圧電特性を向上させ得る圧電単結晶素子、その製造方法、並びに前記圧電単結晶素子の用途を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明の圧電単結晶素子は、酸化マグネシウム、酸化ニオブおよびチタン酸鉛を含む鉛複合ペロブスカイト組成物により構成された矩形の単結晶板の両主面に電極を有してなり、 前記単結晶板は、(001)面を主面とし、かつ(100)面および(010)面を側面とし、(100)方位の長さLと(010)方位の幅Wとの比L/Wが4~20であり、分極方向に直交する横方向振動モードの共振周波数frと、振動方向の長さlとの積で表される周波数定数N31が、25℃において、520~700Hz・mであることを特徴とするものである。
【0013】
本発明の圧電単結晶素子は、酸化マグネシウム、酸化ニオブおよびチタン酸鉛を含む鉛複合ペロブスカイト組成物により構成された矩形の単結晶板の両主面に電極を形成する電極形成工程と、上記電極形成工程後の単結晶板に、室温以上、疑似立方晶から相転移する相転移温度Tfの温度下で、0.0001Hz以上0.1Hz未満の周波数での交流電界を3~50サイクル印加して分極処理を施す分極処理工程とを有する本発明の製造方法によって製造することができる。
【0014】
上記鉛複合ペロブスカイト組成物は、チタン酸鉛の含有量により2種の相転移の形態を有する。第1の形態として疑似立方晶から正方晶へ相転移する相転移温度Trtと、第2の形態として疑似立晶から単斜晶へ相転移する相転移温度Trmとを有する場合があり、これらの相転移温度は70℃以上110℃以下の範囲内に存在する。本明細書では、上記の疑似立晶からの相転移温度を総称して相転移温度Tfとする。
【0015】
また、本発明の圧電単結晶素子を有する超音波送受信素子や超音波プローブも、本発明に含まれる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、適用機器の歩留まりを高めることができ、かつ誘電特性および圧電特性を向上させ得る圧電単結晶素子、その製造方法、並びに前記圧電単結晶素子の用途を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の圧電単結晶素子の一例を模式的に表す斜視図である。
【
図2】電極形成後の単結晶板に分極処理を施す際の処理条件の一例を表すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0018】
上記の通り、圧電素子は、通常、直流電界による分極処理を経て製造されるが、このようにして得られる圧電素子では、その性能を十分に高めることが困難である。他方、上記の通り、交流電界による分極処理を経て圧電素子を製造することの提案もあるが、この場合、素子を構成する単結晶板にマイクロクラックが入ってしまう。
【0019】
圧電単結晶素子や圧電単結晶素子を用いた超音波プローブの製造においては、精密な加工が必要となるため、こうしたマイクロクラックが適用機器の製造歩留まりの低下を引き起こす虞がある。
【0020】
本発明者らは、特定の周波数条件で交流電界を印加して分極処理を施すことで、単結晶板のマイクロクラックの発生を抑制でき、かつ柔軟性が高い圧電単結晶素子が得られること、および、このようにして得られた圧電単結晶素子は、誘電特性および圧電特性が向上することに加えて、素子の適用機器(超音波プローブなど)を製造するために他の部材(バッキング材やFPC、音響整合層など)と接合し加工した際に、破損などが生じ難く、適用機器の製造歩留まりを高め得ることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0021】
本発明の圧電単結晶素子は、酸化マグネシウム、酸化ニオブおよびチタン酸鉛を含む鉛複合ペロブスカイト組成物により構成された矩形の単結晶板の両主面に電極を有している。
【0022】
図1に、本発明の圧電単結晶素子の一例を模式的に表す斜視図を示す。ただし、
図1は、圧電単結晶素子の構造の理解を容易にするためのものであり、各要素のサイズは必ずしも正確ではない。圧電単結晶素子1は、単結晶板2の両主面〔(001)面。図中の上下面。〕に電極3、3を有している。図中横方向の矢印は、周波数定数N
31を求める際に測定する横方向振動モード31の方向を意味しており、図中上から下への矢印は、分極処理の際に印加する交流電界Eの方向を意味している。また、図中に左側には、結晶方位を示している。
【0023】
単結晶板を構成する鉛複合ペロブスカイト組成物としては、酸化マグネシウム、酸化ニオブおよびチタン酸鉛を含むもの、例えば、Pb(Mg1/3Nb2/3)O3-PbTiO3〕(PMN-PT)が挙げられる。上記鉛複合ペロブスカイト組成物は、本発明の効果を損なわない範囲で、少量の酸化マンガンや酸化ジルコニウムを含んでいてもよい。
【0024】
単結晶板は、キュリー温度が、128℃以上であることが好ましく、130℃以上であることがより好ましく、また、140℃以下であることが好ましく、136℃以下であることがさらに好ましい。このようなキュリー温度を有する単結晶板を用いることで、素子の誘電特性や圧電特性がより良好となり、また、より広い温度域で使用できるようになる。なお、単結晶板を構成する鉛複合ペロブスカイト組成物の成分組成(特にチタン酸鉛の割合)を調整することで、そのキュリー温度を調節することができる。具体的には、単結晶板を構成する鉛複合ペロブスカイト組成物におけるチタン酸鉛の割合を、27~30mol%とすることで、キュリー温度を上記の範囲に調節することができる。
【0025】
本明細書でいう単結晶板のキュリー温度は、恒温槽の中に試料を配置し、周波数1kHz、1℃/minで温度上昇させ、LCRメーターを用いて測定される静電容量の最大値から求められる値である。
【0026】
単結晶板は、矩形である。そして、単結晶板は、圧電単結晶素子の特性を良好にする観点から、主面(平板面)が(001)面であり、側面が(100)面および(010)面である。
【0027】
単結晶板は、(100)方位の長さLと(010)方位の幅Wとの比L/Wが大きすぎると、圧電単結晶素子の適用機器における他の部材との接合などの際に、素子がより破損しやすくなる。よって、上記の破損を抑制する観点から、単結晶板における比L/Wは、20以下とする。他方、本発明の圧電単結晶素子は、特定の周波数定数を有するものであるが、比L/Wが小さすぎると正確な周波数定数が得られないため、単結晶板におけるL/Wは、4以上とする。
【0028】
圧電単結晶素子に係る単結晶板は、例えば、市販の原料単結晶板を使用し、これを所定サイズに切断した後、必要に応じて表面を研磨して厚みを調整して得ることができる。
【0029】
原料単結晶板として使用し得る市販品の具体例としては、ティーアールエス・テクノロジーズ・インコーポレーテッド社製の「X2B(商品名)」(PMN-PT)、シーティーエスコーポレーション社製のPMN-28PT(Type A)やPMN-32PT(Type B)などが挙げられる。
【0030】
原料単結晶板の切断方法については特に制限はなく、ダイシングソーなどの精密切断装置を用いて切断すればよい。なお、上記市販の単結晶板は、主面(平板面)が(001)面であるため、切断面が(100)面および(010)面となるように切断する。
【0031】
単結晶板の厚みは、0.1mm以上であることが好ましく、また、0.5mm以下であることが好ましく、0.45mm以下であることがより好ましい。原料単結晶板が、これより厚い場合には、グラインダーなどを用いて表面を研磨して、厚みを上記の値に調整すればよい。
【0032】
上記の切断や研磨を経て得られた単結晶板には、大気中で熱処理を施すことが好ましい。この熱処理によって切断や研磨の際に単結晶板に付加された応力を緩和して、単結晶板の機械的強度を高めることが可能となる。
【0033】
単結晶板の熱処理方法については特に制限はなく、例えば、アルミナ製やマグネシア製匣鉢などの焼成容器に単結晶板を封入し、小型電気炉で熱処理を行うことができる。
【0034】
熱処理温度は、200℃以上であることが好ましく、800℃以下であることが好ましく、600℃以下であることがより好ましい。また、熱処理時間は、30分以上であることが好ましく、24時間以下であることが好ましい。
【0035】
前記のような単結晶板の両主面(平板面)に、電極形成工程において電極を形成し、その後に分極処理工程において分極処理を施して、圧電単結晶素子を得ることができる。
【0036】
電極は、例えば、Ni、Cr、Ti、Au、Pt、Pd、Ag、Cu、Alなどの金属を用いて、スパッタ法、メッキ法、蒸着法などによって、単結晶板の両主面に形成することができる。電極の厚みは、100~2000nmであることが好ましい。
【0037】
単結晶板の両主面に電極を形成した後に、分極処理工程で分極処理を施す。
【0038】
分極処理は、室温以上、疑似立方晶から相転移する相転移温度Tf以下の温度下で実施する。本明細書でいう「室温」とは、25℃を意味している。なお、分極処理時の温度は、高すぎると圧電単結晶素子の誘電特性や圧電特性を十分に確保できないことから、
Tf以下の温度とする。
【0039】
本明細書でいう単結晶板の、疑似立方晶から相転移する相転移温度Tf(「実用限界温度」ともいう)は、恒温槽の中に試料を配置し、周波数1kHz、1℃/minで温度上昇させ、LCRメーターを用いて測定される、70℃以上110℃以下の温度範囲内における静電容量の最大値を示すときの温度として求められる値である。
【0040】
図2に、電極形成後の単結晶板に分極処理を施す際の処理条件の一例を表すグラフを示している。
図2のグラフでは、縦軸に電界強度を表し、横軸に時間(処理時間)を表しており、最初の数サイクルを同一の周波数および交流電界を印加した後、周波数および電界を変更して交流電界を印加する条件を示している。
図2に示すように、電界強度が0からプラス方向の最高値に達した後にマイナス方向の最低値に達し、その後に0に戻るまでが、交流電界の1サイクルにあたり、この1サイクルにかかる時間が長いほど、交流電界の周波数が低いことを意味している。そして、
図2中、V1やVnは印加した電界の強度を示している。
【0041】
分極処理時に印加する交流電界の周波数は、高すぎると単結晶板にマイクロクラックが発生するため、これを抑制する観点から、0.1Hz未満であり、0.05Hz以下であることが好ましい。ただし、分極処理時に印加する交流電界の周波数が低すぎると、非常に長時間の分極処理が必要になって、素子の生産性が低下する。よって、圧電単結晶素子を良好な生産性で生産できるようにする観点から、分極処理時に印加する交流電界の周波数は、0.0001Hz以上であり、0.002Hz以上であることが好ましい。
【0042】
分極処理時における交流電界のサイクルは、分極処理の効果を十分に確保して、素子の誘電特性および圧電特性を良好に高める観点から、3サイクル以上であり、分極処理時の放電破壊の発生を抑える観点から、50サイクル以下である。
【0043】
交流電界を印加する際は、分極処理の効果を十分に確保して、素子の誘電特性および圧電特性を良好に高める観点から、ピークトゥピーク電界で、0.3kV/mm以上であることが好ましく、分極処理時の放電破壊の発生を抑える観点から、ピークトゥピーク電界で、4kV/mm以下であることが好ましい。
【0044】
分極処理工程においては、交流電界および周波数を少なくとも1回変更することが望ましい。そして、交流電界の変更に関しては、より後のサイクルでの交流電界を、それより前のサイクルでの交流電界よりも強くする変更を少なくとも1回含むことが好ましい。また、周波数の変更に関しては、より後のサイクルでの周波数を、それより前のサイクルでの周波数よりも低くする変更を少なくとも1回含むことが好ましい。
【0045】
分極処理における交流電界の周波数は、上記の通り、低いことが好ましい一方で、良好な誘電特性や圧電特性を有する素子とするには、分極処理時間が長くなる。よって、分極処理中のいずれかの段階での周波数を、上記の範囲の中でも比較的高い値に設定して数サイクル(例えば3サイクル以上)の交流電界を印加し、それに続いて低い周波数に変更して数サイクル(例えば3サイクル以上)の交流電界を印加することで、圧電単結晶素子におけるマイクロクラックの発生を良好に抑制しつつ、分極処理時間を可及的に短くして、その生産性も高めることができる。
【0046】
また、分極処理における交流電界は、分極処理中のいずれかの段階での交流電界を、上記の範囲の中でもより低く設定して数サイクル(例えば3サイクル以上)印加し、それに続いて強い交流電界に変更して数サイクル(例えば3サイクル以上)印加することで、得られる圧電単結晶素子の誘電特性や圧電特性を、より向上させることができる。
【0047】
分極処理工程において、交流電界および周波数を変更する回数は、特に制限はなく、1回、2回、3回、それ以上とすることが可能であるが、変更回数を2回まで(すなわち、一度の分極処理で採用する電界および周波数の条件は、いずれも3条件以下)とすることが通常である。電界および周波数の変更回数が2回以上の場合、各電界は、変更する1つ前の電界よりも強いことが好ましく、各周波数は、変更する1つ前の周波数よりも低いことが好ましい。また、各条件での交流電界は、いずれも3サイクル以上印加することが好ましいが、各条件でのサイクルの合計数は50サイクル以下となるようにする。
【0048】
また、電界および周波数の条件を変更する場合、両者を同時に(同じサイクルのときに)変更してもよく、それぞれ別のサイクルのときで変更してもよいが、通常は同時に変更する。
【0049】
また、交流電界の波形には、三角波のみならず正弦波、台形波などを用いてもよい。
【0050】
交流電界を印加した後には、ピークトゥピーク電界の50%以上の直流電界を印加してもよい。交流電界後に直流電界を印加して分極処理を行うと最適な誘電特性や圧電特性を確保することができるためである。
【0051】
このようにして得られる圧電単結晶素子は、分極方向に直交する横方向振動モードの共振周波数frと、振動方向の長さlとの積で表される周波数定数N31が、25℃において、700Hz・m以下となる。このような低い周波数定数N31を有する圧電単結晶素子は、直流電界を印加する分極処理を経て得られた圧電単結晶素子や、公知の条件で交流電界を印加する分極処理を経て得られた圧電単結晶素子に比べて、ドメイン壁密度が変わっていることで、柔軟性が向上していると考えられる。そのため、適用機器(超音波プローブなど)を製造するために他の部材(バッキング材やFPC、音響整合層など)と接合し加工した際に、破損などが生じ難く、適用機器の歩留まりを高めることができ、また、誘電特性および圧電特性も優れている。
【0052】
ただし、圧電単結晶素子の上記周波数定数N31が低すぎると、誘電特性や圧電特性の再現性が低下する虞があり、また、使用温度範囲が70℃以下に限定されるようになるため、上記周波数定数N31は、520Hz・m以上であり、600Hz・m以上であることが好ましい。先に説明した製造方法・条件を採用することで周波数定数N31が上記上限値以下であり、かつ上記下限値以上である圧電単結晶素子を得ることができる。
【0053】
本発明の圧電単結晶素子は、従来から圧電単結晶素子が適用されている医療用超音波診断装置や超音波画像検査装置の超音波プローブなどの機器の超音波送受信素子に好適であり、また、従来の圧電素子が適用されている他の用途にも適用することができる。
【0054】
また、本発明の製造方法によれば、マイクロクラックの発生や電極剥離が抑制された圧電単結晶素子が得られるため、マッチング層を貼り付ける際の素子折れやチッピングが減少し、適用機器の製造歩留まりを高め得る圧電単結晶素子を製造することができる。しかも、本発明の製造方法によれば、低コストで素子の誘電特性や圧電特性を大幅に向上させ得るため、その工業的な重要性も極めて高い。
【実施例】
【0055】
以下、実施例に基づいて本発明を詳細に述べる。ただし、下記実施例は、本発明を制限するものではない。
【0056】
実施例1
Pb(Mg1/3Nb2/3)O3-PbTiO3(PMN-PT)の原料単結晶板の両主面〔(001面)〕を、グラインダー(株式会社ディスコ製)で研磨して、厚みを0.30mmとした。この単結晶板を、ダイシングソー(株式会社ディスコ製)を用いて、切断面が(100)面および(010)面となるように切断して、(100)方位の長さLが20mm、(010)方位の幅Wが5mmの単結晶板を得た。原料単結晶板のキュリー温度Tc、実用限界温度Tfおよび単結晶板のサイズを表1に示す。
【0057】
得られた単結晶板をマグネシア製匣鉢に封入し、小型電気炉を用いて、大気中、300℃で5時間熱処理した。熱処理後の単結晶板の両主面〔(001面)〕に、スパッタ装置を用いて、厚みが50nmのクロムからなる下地層と、厚みが200nmの金からなる上地層とを有する電極を形成した。そして、電極を形成した単結晶板に、25℃で、表2に示す条件で交流電界を印加して分極処理を施し、
図1に示す外観の圧電単結晶素子を得た。
【0058】
実施例2~12、比較例1~5
表1に示すキュリー温度の原料単結晶板を使用し、単結晶板を表1に示すサイズとし、交流電界を表2に示す条件で印加した以外は、実施例1と同様にして圧電単結晶素子を得た。
【0059】
【0060】
【0061】
なお、表2に記載の「ステップ」の数は、分極処理時に採用した交流電界および周波数の条件の数を意味し、「ステップ1」は最初に採用した条件を、「ステップ2」は2番目に採用した条件を、「ステップ3」は3番目に採用した条件を、それぞれ示している。また、表2の「電界」は、ピークトゥピーク電界を意味している。
【0062】
実施例および比較例の各圧電単結晶素子について、分極処理から24時間以上経過した後に、下記の各測定を行った。各測定は、室温にて下記の方法で行った。ただし、最初の周波数を10Hzとし、変更後の周波数を100Hzとして分極処理を行った比較例5においては、処理の途中で絶縁破壊を起こしたため、下記の各測定は実施しなかった。
【0063】
<周波数定数N
31>
実施例および比較例の各圧電単結晶素子の周波数定数N
31は、キーサイト・テクノロジー社製の「インピーダンスアナライザー 4294A(商品名)」を用いて求めた横方向振動モード31(
図1中横の矢印)の共振周波数frと、圧電単結晶素子の振動方向の長さl(すなわち、単結晶板の長さL)とから、下記式によって算出した。
【0064】
N31 = fr × l
【0065】
<比誘電率>
実施例および比較例の各圧電単結晶素子の比誘電率は、キーサイト・テクノロジー社製の「インピーダンスアナライザー 4294A(商品名)」を用いて測定した静電容量から、下記式によって算出した。
【0066】
比誘電率 = 静電容量×単結晶板の厚み
÷ (真空の誘電率×単結晶板の長さL×単結晶板の幅W)
【0067】
<圧電定数>
実施例および比較例の各圧電単結晶素子の圧電定数は、中国科学院声楽研究所製「ピエゾd33メーター(商品名)」を用いて測定した。測定は、実施例および比較例のいずれも、3つの試料について実施し、これらの平均値を各圧電単結晶素子の圧電定数とした。
【0068】
キュリー温度が128℃の単結晶板を使用した実施例1~3および比較例1、2の圧電単結晶素子における上記の評価結果を表3に示す。
【0069】
【0070】
表3に示す通り、適正な周波数条件で交流電界を印加する分極処理工程を経て製造して得られ、適正な周波数定数N31を有する実施例1~3の圧電単結晶素子は、比誘電率、圧電定数d33のいずれもが高く、誘電特性および圧電特性が優れていた。また、交流電界を印加している途中で電界および周波数の条件を1回変更して分極処理を行った実施例2の素子は、電界および周波数の条件を変えずに交流電界を印加して分極処理を行った実施例1の素子よりも誘電特性および圧電特性が優れており、交流電界を印加している途中で電界および周波数の条件を2回変更して分極処理を行った実施例3の素子は、実施例2の素子よりもさらに誘電特性および圧電特性が優れていた。
【0071】
これに対し、直流電界のみを印加して分極処理を行って製造した比較例1の圧電単結晶素子、および高い周波数で交流電界を印加する分極処理を行って製造した比較例2の素子は、周波数定数N31を低くすることができず、比誘電率、圧電定数d33のいずれもが低く、誘電特性および圧電特性が劣っていた。
【0072】
また、キュリー温度が128℃の以外の単結晶板を使用した実施例4~12および比較例3、4の圧電単結晶素子における上記の評価結果を表4に示す。
【0073】
【0074】
表4に示す通り、適正な周波数条件で交流電界を印加する分極処理工程を経て製造して得られ、適正な周波数定数N31を有する実施例4~12の圧電単結晶素子は、実施例1~3の素子と同様に、比誘電率、圧電定数d33のいずれもが高く、誘電特性および圧電特性が優れていた。また、同じキュリー温度の単結晶板を使用した実施例4~6の素子同士、実施例7~9の素子同士、および実施例10~12の素子同士を比較すると、一部の例外を除き、実施例1~3の場合と同様に、交流電界の印加の途中で周波数および電界の条件の変更回数が多いほど、誘電特性および圧電特性が優れていることが確認できた。
【0075】
これに対し、高い周波数で交流電界を印加する分極処理を行って製造した比較例3、42の素子は、比較例2の素子と同様に、周波数定数N31を低くすることができず、比誘電率、圧電定数d33のいずれもが低く、誘電特性および圧電特性が劣っていた。
【0076】
<圧電単結晶素子を適用機器用部材に接合し加工した際の歩留まり評価>
実施例3、4、8および比較例1の圧電単結晶素子のそれぞれを、導電性を有するエポキシ樹脂を用いて超音波送受信素子用のバッキング材(EVAゴム系でショアA硬度が70、音響インピーダンスが4MRaylsの材料)に接着し、上記のダイシングソーを用いてピッチ:1.2mmでスリット加工を行って圧電単結晶素子の部分を50分割した。これを、LCRメーターを用いて分割したチャンネルごとの静電容量を測定し、その結果と、分割加工時の割れなどの不良の目視観察とから、適用機器の製造歩留まりを評価した。評価は、実施例、比較例のいずれも1個について行い、不良品の個数を除いた割合(%)を製造歩留まりとした。これらの結果を表5に示す。
【0077】
【0078】
表5に示す通り、適正な周波数定数N31を有する実施例3、4、8の圧電単結晶素子は、周波数定数N31が高い比較例1の素子に比べて、適用機器の製造歩留まりが高かった。
【0079】
本発明は、その趣旨を逸脱しない範囲で、前記以外の形態としても実施が可能である。本出願に開示された実施形態は一例であって、本発明は、これらの実施形態には限定されない。本発明の範囲は、前記の明細書の記載よりも、添付されている特許請求の範囲の記載を優先して解釈され、特許請求の範囲と均等の範囲内での全ての変更は、特許請求の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0080】
1 圧電単結晶素子
2 単結晶板
3 電極