(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-18
(45)【発行日】2023-10-26
(54)【発明の名称】ジェミニウイルス病の防除に有効なペプチドとその利用法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/29 20060101AFI20231019BHJP
A01H 5/00 20180101ALI20231019BHJP
A01M 17/00 20060101ALI20231019BHJP
C07K 14/415 20060101ALI20231019BHJP
C12N 15/63 20060101ALI20231019BHJP
C12Q 1/68 20180101ALI20231019BHJP
C12Q 1/70 20060101ALI20231019BHJP
【FI】
C12N15/29
A01H5/00 A
A01M17/00 Z
C07K14/415
C12N15/63 Z ZNA
C12Q1/68
C12Q1/70
(21)【出願番号】P 2018528852
(86)(22)【出願日】2017-07-20
(86)【国際出願番号】 JP2017026196
(87)【国際公開番号】W WO2018016556
(87)【国際公開日】2018-01-25
【審査請求日】2020-05-21
【審判番号】
【審判請求日】2022-04-04
(31)【優先権主張番号】P 2016143695
(32)【優先日】2016-07-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000354
【氏名又は名称】石原産業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】弁理士法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】町田 泰則
(72)【発明者】
【氏名】松尾 憲総
(72)【発明者】
【氏名】尾松 正人
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 崇紀
(72)【発明者】
【氏名】田中 美香
【合議体】
【審判長】福井 悟
【審判官】天野 貴子
【審判官】牧野 晃久
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-181453(JP,A)
【文献】特開2005-291742(JP,A)
【文献】特開2003-167883(JP,A)
【文献】YANG,J.et al.,2008年,Vol.22,pp.2564-2577
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N15/00-15/90
JST7580/JSTPlus/JMEDPlus(JDream3)
BIOSIS/CAPLUS/MEDLINE/REGISTRY(STN)
Uniprot/GeneSeq
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
PSVTL(S/T)Lモチーフ、及び、シロイヌナズナAS1の配列番号71のアミノ酸配列の279位から334位のコイルドコイルモチーフ、からなる群から選ばれる少なくとも1種のモチーフを含み、且つジェミニウイルス科に属するウイルス由来のベータサテライトにコードされるβC1に相互作用できる、
以下の(A)、(B)、(C)
、(D)
又は(E)に記載のデコイペプチド:
(A) 配列番号3~18のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(B) 配列番号
3で表されるアミノ酸配列において、1~8個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列から
なるペプチド
(C) 配列番号
5、6、8~13、
16及び17のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1~15個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列から
なるペプチド
(D) 配列番号7
、14及び18のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1~30個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列から
なるペプチド
(E) 配列番号4及び15のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1~50個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなるペプチド。
【請求項2】
請求項
1に記載のデコイペプチドをコードする核酸。
【請求項3】
請求項
2に記載の核酸を含む発現ベクター。
【請求項4】
請求項
1に記載のデコイペプチド、又は請求項
2に記載の核酸を含むジェミニウイルス病防除剤。
【請求項5】
請求項
4に記載のジェミニウイルス病防除剤を施用する工程を備えた、ジェミニウイルス病の防除方法。
【請求項6】
請求項
2に記載の核酸によって形質転換されたトランスジェニック植物。
【請求項7】
βC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴を低減させる方法であって、請求項
2に記載の核酸を植物に導入して形質転換する工程を含む、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ジェミニウイルスの病原性タンパク質βC1の機能を抑制するペプチド、該ペプチドをコードする核酸、該核酸を含む発現ベクター、該ペプチド又は該核酸を含むジェミニウイルス病防除剤、該ジェミニウイルス病防除剤を用いたジェミニウイルス病の防除方法、及び該核酸が導入されたトランスジェニック植物に関する。また、上記核酸を利用する、βC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴を低減させる方法に関する。
【0002】
さらに、本発明は、βC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴の低減程度の評価方法に関する。
【背景技術】
【0003】
植物ウイルスは、宿主植物に様々な病徴を引き起こす。病徴の代表的な一例である葉巻症状が生じた農作物は収量が減少することから、植物ウイルス病により経済的損失が生じてしまう。植物ウイルス病を防除するために、ウイルス媒介昆虫又はウイルス感染植物から作物を網等をもって物理的に隔離したり、化学農薬又は抵抗性品種等が利用されている。しかし、これらの防除方法はウイルス種によって効果に差があり、未だ完全な防除方法が確立されていないウイルス種も多い。
【0004】
ジェミニウイルス(geminivirus)は、トマト黄化葉巻ウイルス(TYLCV)、ワタ葉巻ウイルス(CLCuV)等の難防除ウイルスが数多く含まれるウイルスグループの一つであり、世界各地で甚大な被害を生じさせている。
【0005】
ジェミニウイルスの病徴は、ウイルスのゲノム、及びウイルスにしばしば随伴されるベータサテライトにコードされる、病原性タンパク質によって引き起こされる。ベータサテライトには、βC1タンパク質がコードされている。βC1タンパク質には、植物が持っているウイルス抵抗性機構を無効化する活性がある(Mubin M et al., (2011) Virol J, 8:122.、Li F et al., (2014) PLoS Pathog, 10(2):e1003921、Ammara UE et al., (2015) Virol J, 12(1):38.)。さらに、βC1タンパク質は、単独でも葉巻症状を引き起こす活性を持ち、病原性因子としては強毒性のものである(Cui X et al., (2004) J Virol, 78(24):13966-74.)。
【0006】
βC1タンパク質は、葉の形態形成を司る転写因子ASYMMETRIC LEAVES 1 (AS1)に作用し、AS1タンパク質とASYMMETRIC LEAVES 2 (AS2)タンパク質との複合体形成を阻害して、葉巻症状を引き起こすと考えられている(非特許文献1)。また、AS1のC末端ドメイン(CTD)の媒介により、AS1自体もホモ2量体化することが報告されている(非特許文献2)。
【0007】
このように、ウイルス病防除の観点からβC1の抑制技術は重要と考えられることから、ジーンサイレンシングのターゲット配列としてβC1を含む技術も報告されている(非特許文献3)。しかしながら、ジェミニウイルスのβC1タンパク質はジーンサイレンシングを抑制するため、本技術は不完全なものである。
【0008】
また、βC1のユビキチン化及びプロテアソームによる分解を媒介するタバコRING E3リガーゼNtRFP1によりβC1による病徴を減少させることができることが報告されている(非特許文献4)。しかし、βC1にはプロテアソームの活性を低下させる機能があり、同技術も防除方法としては完全なものではない(Jia et al., (2016) PLoS Pathog, 12(6): e1005668)。
【0009】
以上説明したように、病原性因子βC1に対する抵抗性技術は、現在のところ十分ではない。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0010】
【文献】Yang JY et al., (2008) Genes & Development, 22(18), 2564-2577.
【文献】Threodoris G et al., (2003) PNAS, 100(11), 6837-6842.
【文献】Sharma VK et al., (2015) Plant cell reports, 34(8), 1389-1399.
【文献】Shen Q et al., (2016) Mol Plant, 9(6), 911-925.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明は、ジェミニウイルスの病原性タンパク質βC1の機能を抑制するペプチド、該ペプチドをコードする核酸、該核酸を含む発現ベクター、該ペプチド又は該核酸を含むジェミニウイルス病防除剤、該ジェミニウイルス病防除剤を用いたジェミニウイルス病の防除方法、及び該核酸が導入されたトランスジェニック植物を提供することを目的とする。また、上記核酸を利用する、βC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴を低減させる方法を提供することを目的とする。
【0012】
さらに、本発明は、従来の手法と比べて短期間で評価可能な、βC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴の低減程度の評価方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは、上記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、βC1の受容体であるAS1の部分ペプチドをデコイ(囮)ペプチドとして植物中に提供することでβC1に対する抵抗性が得られるという知見を得た。
【0014】
なお、受容体であるAS1を余分に供給してやればβC1抵抗性になると、当業者であれば容易に想起するかもしれない。しかしながら、後述する実施例で示されるようにAS1遺伝子を過剰発現させた試験区では、βC1による病徴は抑制されず、むしろ亢進するという結果が得られた。
【0015】
本発明は、これら知見に基づき、更に検討を重ねて完成されたものであり、次のデコイペプチド、核酸、発現ベクター、ジェミニウイルス病防除剤、ジェミニウイルス病の防除方法、トランスジェニック植物等を提供するものである。
【0016】
項1.ASYMMETRIC LEAVES1 (AS1)の部分ペプチドであって、ジェミニウイルス科に属するウイルス由来のベータサテライトにコードされるβC1に相互作用できる、デコイペプチド。
項2.前記ウイルスが、ジェミニウイルス科ベゴモウイルス属に属するウイルスである、項1に記載のデコイペプチド。
項3.前記ウイルスが、トマト黄化葉巻ウイルス、ワタ葉巻ウイルス、又はカッコウアザミ葉脈黄化ウイルス(Ageratum yellow vein virus)である、項1又は2に記載のデコイペプチド。
項4.前記AS1が、アオイ科、ナス科、アブラナ科、又はマメ科に属する植物由来である、項1~3のいずれか一項に記載のデコイペプチド。
項5.前記AS1が、ワタ、オクラ、ケナフ、マロウ、ムクゲ、芙蓉、ハイビスカス、カカオ、バルサ、黄麻(ジュート)、ドリアン、コーラ、シナノキ、トマト、トウガラシ類、ジャガイモ、ペチュニア、タバコ類、ナタネ、ダイズ、又はインゲンマメ由来である、項1~4のいずれか一項に記載のデコイペプチド。
項6.ロイシンジッパーモチーフ、PSVTL(S/T)Lモチーフ及びコイルドコイルモチーフからなる群から選ばれる少なくとも1種のモチーフを含み、且つβC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴を低減できる、項1~5のいずれか一項に記載のデコイペプチド。
項7.コイルドコイルモチーフを含み、且つβC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴を低減できる、項1~6のいずれか一項に記載のデコイペプチド。
項8.以下の(A)又は(B)に記載のデコイペプチド:
(A) 配列番号1~18のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(B) 配列番号1~18のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1~43個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つジェミニウイルス科に属するウイルス由来のベータサテライトにコードされるβC1に相互作用できるペプチド。
項9.項1~8のいずれか一項に記載のデコイペプチドをコードする核酸。
項10.項9に記載の核酸を含む発現ベクター。
項11.項1~8のいずれか一項に記載のデコイペプチド、又は項9に記載の核酸を含むジェミニウイルス病防除剤。
項12.項11に記載のジェミニウイルス病防除剤を施用する工程を備えた、ジェミニウイルス病の防除方法。
項13.項9に記載の核酸によって形質転換されたトランスジェニック植物。
項14.βC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴を低減させる方法であって、項9に記載の核酸を植物に導入して形質転換する工程を含む、方法。
項15.ジェミニウイルス科に属するウイルス由来のベータサテライトにコードされるβC1及び該βC1に相互作用可能なデコイペプチドの一過性発現系を同時に植物に導入する工程を含む、βC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴の低減程度の評価方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明のデコイペプチドによれば、ジェミニウイルスによって宿主植物内で発現する病原性因子βC1の病徴を抑制することができる。また、本発明では、変異ウイルス株の出現による効果の持続性、安全性、コストなどの点で問題が生じる可能性は従来技術よりも比較的低い。
【0018】
また、本発明の評価方法によれば、従来の手法と比べて極めて短期間に、ジェミニウイルスに起因する病徴のデコイペプチドによる低減程度を評価することが可能となる。また、本発明の評価方法によれば、デコイペプチドによるジェミニウイルスの病原性因子の植物内の移動抑制効果も評価することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】シロイヌナズナのAS1タンパク質及びデコイペプチドの位置関係を示す図である。
【
図2】ワタAS1タンパク質(GaAS1)とワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質(βC1-CLCuMB)との相互作用試験の結果を示す写真である。GST結合ビーズで共沈したサンプルを抗MBP抗体(上段)及び抗GST抗体(中段)で検出している。下段は、インプットタンパク質を抗MBP抗体で検出している。上段の写真がβC1タンパク質とAS1タンパク質との相互作用を示し、下の2つの写真は各タンパク質の添加量が等量であることを示す。
【
図3】トマトAS1タンパク質(SlAS1)とトマト黄化葉巻ウイルス由来βC1タンパク質(βC1-TYLCCNB)との相互作用試験の結果を示す写真である。GST結合ビーズで共沈したサンプルを抗MBP抗体(上段)及び抗GST抗体(中段)で検出している。下段は、インプットタンパク質を抗MBP抗体で検出している。上段の写真がβC1タンパク質とAS1タンパク質との相互作用を示し、下の2つの写真は各タンパク質の添加量が等量であることを示す。
【
図4】デコイペプチドを用いたワタAS1タンパク質とワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質との相互作用阻害試験の結果を示す写真である。用いたデコイペプチドは上からAS1d4, AS1d2, AS1d1である。GST結合ビーズで共沈したサンプルを抗MBP抗体で検出している。
【
図5】デコイペプチドを用いたトマトAS1タンパク質とトマト黄化葉巻ウイルス由来βC1タンパク質との相互作用阻害試験の結果を示す写真である。用いたデコイペプチドは上からAS1d4, AS1d2, AS1d1である。GST結合ビーズで共沈したサンプルを抗MBP抗体で検出している。
【
図6】デコイペプチド(AS1d4, AS1d6, AS1d7, AS1d9, AS1d10, AS1d11)とワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質との相互作用試験の結果を示す写真である。
【
図7】左は、GFP、AS1、又はデコイペプチドを発現する遺伝子組換え植物(ニコチアナ・ベンサミアナ)におけるβC1由来の病徴スコア(Symoptom score)を示すグラフである。黒いバーが各試験区の平均値で、エラーバーは標準偏差である。統計学的有意性は、Dunnettの方法による多重比較により決定された(n=20,
*p<0.05,
**p<0.01 (対照との比較))。右は、Symptom scoreの採点基準を示す写真である。
【
図8】左は、一過的に発現させたβC1に起因する病徴を、同じく一過的に発現させたデコイペプチドd4が抑制したことを表す、βC1由来の病徴スコア(Symoptom score)を示すグラフである。統計学的有意性は、ウィルコクソンの順位和検定により決定された(n=23,
*p<0.05)。右は、それぞれの第3四分位点(upper quartile)付近のサンプル写真である。
【
図9】A:シロイヌナズナのAS1タンパク質及びデコイペプチドの位置関係を示す図、及びB:ワタのAS1タンパク質及びデコイペプチドの位置関係を示す図である。
【
図10】シロイヌナズナAS1由来のデコイペプチド(AS1d4、AS1D12、AS1D13、AS1D14)及びワタAS1由来のデコイペプチド(GaAS1D1、GaAS1D2、GaAS1D3、GaAS1D4)と、ワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質との相互作用試験の結果を示す写真である。GST結合ビーズで共沈したサンプルを抗MBP抗体(上段)及び抗GST抗体(中段)で検出している。下段は、インプットタンパク質を抗MBP抗体で検出している。上段の写真が βC1タンパク質とデコイペプチドとの相互作用を示し、下の2つの写真は各タンパク質の添加量が同等であることを示す。
【
図11】ワタAS1由来のデコイペプチド(GaAS1D1ngq、GaAS1D1、GaAS1D4ngq、GaAS1D4)と、ワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質との相互作用試験の結果を示す写真である。GST結合ビーズで共沈したサンプルを抗MBP抗体(上段)及び抗GST抗体(中段)で検出している。下段は、インプットタンパク質を抗MBP抗体で検出している。上段の写真が βC1タンパク質とデコイペプチドとの相互作用を示し、下の2つの写真は各タンパク質の添加量が同等であることを示す。
【
図12】植物ニコチアナ・ベンサミアナにおいて、一過的に発現させたβC1に起因する病徴を、同じく一過的に発現させたデコイペプチド(AS1d4、AS1D14)が抑制したことを表す、βC1由来の病徴スコア(Symoptom score)を示すグラフである。黒いバーが各試験区の平均値で、エラーバーは標準偏差である。統計学的有意性は、Dunnettの方法による多重比較により決定された(n=20,
*p<0.05 (対照との比較))。
【
図13】植物ニコチアナ・ベンサミアナにおいて、一過的に発現させたβC1に起因する病徴を、同じく一過的に発現させたデコイペプチド(GaAS1D1ngq、GaAS1D4ngq)が抑制したことを表す、βC1由来の病徴スコア(Symoptom score)を示すグラフである。黒いバーが各試験区の平均値で、エラーバーは標準偏差である。統計学的有意性は、Dunnettの方法による多重比較により決定された(n=20,
*p<0.05 (対照との比較))。
【
図14】ダイズAS1タンパク質(GmAS1)とワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質(βC1-CLCuMB)との相互作用試験の結果を示す写真である。ワタAS1由来のデコイペプチドGaAS1D1は、陽性コントロールとして用いている。MBP結合磁性ビーズで共沈したサンプルを抗GST抗体(上段)及び抗MBP抗体(中段)で検出している。下段は、インプットタンパク質を抗GST抗体で検出している。上段の写真がβC1タンパク質とGmAS1タンパク質との相互作用を示し、下の2つの写真は各タンパク質の添加量が等量であることを示す。なお、左から3つ目のレーン3のみ、GST-βC1-CLCuMBのタンパク質量は、他の1/10量として、量依存性を確認している。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0021】
なお、本明細書において「含む(comprise)」とは、「本質的にからなる(essentially consist of)」という意味と、「からなる(consist of)」という意味をも包含する。
【0022】
本発明において「遺伝子」とは、特に言及しない限り、2本鎖DNA、1本鎖DNA(センス鎖又はアンチセンス鎖)、及びそれらの断片が含まれる。また、本発明において「遺伝子」とは、特に言及しない限り、調節領域、コード領域、エクソン、及びイントロンを区別することなく示すものとする。
【0023】
また、本発明において、「核酸」、「ヌクレオチド」及び「ポリヌクレオチド」は同義であって、これらはDNA及びRNAの両方を含み、2本鎖であっても1本鎖であってもよい。
【0024】
本発明のデコイ(decoy:囮)ペプチドは、ASYMMETRIC LEAVES1 (AS1)の部分ペプチドであって、ジェミニウイルス科に属するウイルス由来のベータサテライトにコードされるβC1に相互作用できることを特徴とする。
【0025】
本明細書において、「AS1」及び「βC1」は特に明示が無い限りタンパク質を意味するものとするが、遺伝子として解釈することが適切な場合は遺伝子を意味するものとする。
【0026】
本発明におけるデコイペプチドとは、特定のペプチドの機能を抑制することを目的として、特定のペプチドによる本来の結合部位への結合を競合的に阻害するペプチドを意味する。すなわち、本発明ではデコイペプチドとは、植物内でβC1と相互作用し、その機能を抑制し病徴を抑制するものを言う。本発明において「βC1と相互作用できる」は、「βC1に起因する病徴を低減できる」、又は「βC1に対する抵抗性を向上できる」に置き換えることもできる。
【0027】
βC1とは、ジェミニウイルス由来のベータサテライトにコードされる病原性因子のことを意味する。ジェミニウイルスは、ジェミニウイルス科(Geminiviridae)に分類される植物ウイルスの総称である。ジェミニウイルス科には、マスツレウイルス属(Mastrevirus)、ベゴモウイルス属(Begomovirus)、カルトウイルス属(Curtovirus)、及びトポクウイルス属(Topocuvirus)が含まれる。本発明は、ベゴモウイルス属に属するウイルス(特に、monopartite type)に特に有用である。例えば、ベゴモウイルス属には作物に甚大な被害を及ぼす、トマト黄化葉巻ウイルス、ワタ葉巻ウイルスなどが含まれる。ジェミニウイルスは、しばしばベータサテライトを随伴する。随伴されるベータサテライトは、ウイルス種を超えて伝搬されることが報告されている。各ウイルスにおけるβC1の塩基配列及びアミノ酸配列の情報は、公共のデータベース(例えば、GenBank等)から容易に取得することが可能であり、βC1の塩基配列及びアミノ酸配列の情報がデータベースに登録されていないウイルスの場合は、常法によりβC1の塩基配列及びアミノ酸配列の情報を取得することが可能である。
【0028】
ジェミニウイルスとしては、例えば、アオイ科植物のウイルスであるCotton leaf curl virus、Cotton chlorotic spot virus、Cotton leaf crumple virus、Cotton leaf curl Alabad virus、Cotton leaf curl Bangalore virus、Cotton leaf curl Gezira virus、Cotton leaf curl Kokhran virus、Cotton leaf curl Multan virus、Okra enation leaf curl virus、Okra leaf curl virus、Okra yellow vein virus、Okra mottle virus、Okra yellow crinkle virus及びOkra yellow mosaic virus、ナス科植物のウイルスであるTomato yellow leaf curl virus、Tomato leaf curl virus、Chilli leaf curl virus、Pepper golden mosaic virus、Pepper leaf curl virus、Potato yellow mosaic virus、Tomato chlorotic leaf distortion virus、Tomato chlorotic mottle virus、Tomato common mosaic virus、Tomato curly stunt virus、Tomato dwarf leaf virus、Tomato golden mosaic virus、Tomato golden mottle virus、Tomato golden vein virus、Tomato mottle virus及びTobacco leaf curl virus、アブラナ科植物のウイルスであるCabbage leaf curl virus、キク科植物のウイルスであるAgeratum yellow vein virus、マメ科植物のウイルスであるBean golden mosaic virus、Bean dwarf mosaic virus、Bean golden yellow mosaic virus、Soybean blistering mosaic virus、Soybean chlorotic spot virus、Soybean crinkle leaf virus及びSoybean mild mottle virus、イネ科植物のウイルスであるMaize streak virus、Sugarcane streak virus及びWheat dwarf virus、トウダイグサ科植物のウイルスであるAfrican cassava mosaic virus、ヒルガオ科植物のウイルスであるSweet potato leaf curl virus、アカザ科植物のウイルスであるBeet curly top virus、パパイヤ科植物のウイルスであるPapaya leaf curl virus、ウリ科植物のウイルスであるSquash leaf curl virus、Cucurbit leaf crumple virus、Pumpkin yellow mosaic virus及びWatermelon chlorotic stunt virusなどが挙げられる。
【0029】
本発明において特に有効なジェミニウイルスとしては、トマト黄化葉巻ウイルス(Tomato yellow leaf curl virus)、ワタ葉巻ウイルス(Cotton leaf curl virus、Cotton leaf curl Multan virus)、オクラひだ葉葉巻ウイルス(Okra enation leaf curl virus)、オクラ葉巻ウイルス(Okra leaf curl virus)、オクラ葉脈黄化ウイルス(Okra yellow vein virus)、オクラ黄化クリンクルウイルス(Okra yellow crinkle virus)、オクラ斑紋ウイルス(Okra mottle virus)、オクラ黄化モザイクウイルス(Okra yellow mosaic virus)、及びカッコウアザミ葉脈黄化ウイルス(Ageratum yellow vein virus)が挙げられる。
【0030】
βC1は、宿主植物のAS1と相互作用する。ここで言う宿主植物とは、ジェミニウイルスが感染する植物(双子葉植物及び単子葉植物の両方を含む)のことである。例えば、ジェミニウイルスの感染によって甚大な被害を受けている植物としては、トマト、トウガラシ類(シシトウ、ピーマン、パプリカ、チリペッパー、ペッパーなど)、ジャガイモ、ペチュニア、タバコ類(黄色種、バーレー種などの葉タバコ、ルスティカタバコなど)などが含まれるナス科植物、ワタ、オクラ、ケナフ、マロウ、ムクゲ、芙蓉、ハイビスカス、カカオ、バルサ、黄麻(ジュート)、ドリアン、コーラ、シナノキなどが含まれるアオイ科植物、キャベツ、ナタネなどが含まれるアブラナ科植物、ビートなどが含まれるヒユ科植物、インゲンマメ、ダイズ、アズキなどが含まれるマメ科植物、キャッサバ、ヤトロファなどが含まれるトウダイグサ科植物、カボチャ、キュウリ、メロンなどが含まれるウリ科植物、サツマイモなどが含まれるヒルガオ科植物、パパイアなどが含まれるパパイア科植物、トウモロコシ、イネ、サトウキビ、コムギなどが含まれるイネ科植物、ビート(サトウダイコン)などが含まれるアカザ科植物などが挙げられる。
【0031】
本発明において宿主植物としては、アオイ科、ナス科、アブラナ科、又はマメ科に属する植物が有用であり、ワタ、オクラ、ケナフ、マロウ、ムクゲ、芙蓉、ハイビスカス、カカオ、バルサ、黄麻(ジュート)、ドリアン、コーラ、シナノキ、トマト、トウガラシ類、ジャガイモ、ペチュニア、タバコ類、ナタネ、ダイズ、又はインゲンマメが更に有用であり、中でも、ワタ、オクラ、ケナフ、トマト、トウガラシ類、ジャガイモ、タバコ類、ナタネ、ダイズ、又はインゲンマメが特に有用である。
【0032】
ASYMMETRIC LEAVES 1 (AS1)とは、N末端側にMYB様DNA結合ドメインを持つ転写因子であり、ASYMMETRIC LEAVES 2 (AS2)と相互作用して葉の形態形成を司るものである(非特許文献1)。なお、非特許文献1に示されているようにトマト黄化葉巻ウイルス由来のβC1タンパク質は、宿主植物以外のシロイヌナズナAS1とも相互作用して病徴を引き起こす。また、後述する実施例においても、宿主植物以外の植物由来のAS1の部分ペプチド(デコイペプチド)を使用することで、βC1とAS1との相互作用を阻害できることが証明されている。そのため、本発明のデコイペプチドは、宿主植物由来のAS1から作製する必要はなく、様々な植物由来のAS1から作製し得る。そのようなデコイペプチドの基となるAS1としては、例えば、上記で宿主植物として列挙した植物由来のAS1が挙げられる。
【0033】
AS1の一例として、シロイヌナズナのAS1の塩基配列は、RefSeq Accession No.NM_129319として、アミノ酸配列は、RefSeq Accession No.NP_181299としてNCBIのweb siteに登録されている。また、その他の植物のAS1遺伝子の塩基配列は、各作物のゲノムデータベースから、前記シロイヌナズナの配列を検索クエリとして利用することで、入手可能である(PlantGDB、http://www.plantgdb.org/)。また、AS1遺伝子の塩基配列は、作物ごとのゲノムデータベースからも入手可能であり、ナス科植物ではSOL (https://solgenomics.net/organism/Solanum_lycopersicum/genome)、アブラナ科植物(ナタネ)ではBRAD (http://brassicadb.org/brad/)、マメ科(ダイズ)ではSoyBase (http://soybase.org/GlycineBlastPages/)などのデータベースが挙げられる。
【0034】
本発明におけるAS1の部分ペプチドとは、AS1のアミノ酸配列の一部からなるペプチド及び該ペプチドの一方又は両方の末端に任意のアミノ酸が付加されたペプチドを意味する。ここで任意のアミノ酸の個数としては、1~50個、1~43個、1~30個、1~10個及び1~6個が挙げられる。上記AS1のアミノ酸配列の一部の長さとしては、例えば、59~146残基、59~179残基、59~231残基、59~274残基、又は59~311残基が挙げられる。また、上記AS1のアミノ酸配列の一部の長さとしては、アミノ酸残基の数を基準にして、例えば、AS1全長の16~40%、16~49%、16~63%、16~75%、又は16~85%が挙げられる。
【0035】
上記AS1のアミノ酸配列の一部としては、前述するようなデータベースに登録されているアミノ酸配列に限定されず、該アミノ酸配列において1又は2個以上のアミノ酸を置換、付加、欠失、及び/又は挿入させることで得られ、且つ改変前と同等の生物学的活性を有する変異体配列を広く包含する。変異体配列としては、例えば、前述するようなデータベースに登録されているアミノ酸配列において、1又は2個以上、例えば1~50個、1~43個、1~30個、1~10個、1~6個のアミノ酸が置換、付加、欠失、及び/又は挿入されたアミノ酸配列などが挙げられる。
【0036】
本発明のデコイペプチドの一つの態様としては、(I) ロイシンジッパーモチーフ、(II) PSVTL(S/T)Lモチーフ及び(III) コイルドコイルモチーフからなる群から選ばれる少なくとも1種のモチーフを含み、且つβC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴を低減できるペプチドである。通常、PSVTL(S/T)Lモチーフは、AS1全長アミノ酸残基数の52%付近の位置に見られるアミノ酸配列であり、シロイヌナズナでは195番目から、ワタ及びトマトでは187番目から、ダイズでは190番目から見られる。AS1の持つコイルドコイルモチーフは、例えば予測プログラム(Lupas et al. (1991), Predicting Coiled Coils from Protein Sequences, Science 252:1162-1164.)などによって推定できる。シロイヌナズナAS1では、279番目から286番目、298番目から305番目、327番目から334番目のアミノ酸にそのモチーフが見られる。
【0037】
なお、後述する実施例でジェミニウイルスに起因する病徴を低減できることがデコイペプチドAS1d3, AS1d4, AS1D14で確認されており、AS1d3は上記(I)及び(II)のモチーフを含み、AS1d4は上記(II)及び(III)のモチーフを含み、AS1D14は上記(III)のモチーフのみを含んでいる。このようなモチーフは、実施例のシロイヌナズナ由来のAS1だけでなく、他の植物由来のAS1にも同様の箇所に存在している。本発明のデコイペプチドとしては、好ましくは、上記(III)のモチーフを含むペプチドである。
【0038】
本発明における「βC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴」の具体例としては、βC1に起因する葉巻症状が挙げられる。
【0039】
本発明のデコイペプチドの具体例としては、(A)又は(B)に記載のものが挙げられる。
(A) 配列番号1~18のいずれかで表されるアミノ酸配列からなるペプチド
(B) 配列番号1~18のいずれかで表されるアミノ酸配列において、1~43個のアミノ酸が欠失、置換、挿入及び/又は付加されたアミノ酸配列からなり、且つジェミニウイルス科に属するウイルス由来のベータサテライトにコードされるβC1に相互作用できるペプチド。
【0040】
本発明のデコイペプチドの具体例は、シロイヌナズナ又はワタのAS1に由来するペプチドである(なお、AS1のN末端を含まないペプチドについては、人工的にN末端にメチオニンを付加している)。後述する実施例でも示されるように、上記(A)のデコイペプチドは、ジェミニウイルスの病原性因子βC1の機能を抑制する効果を有する。当業者であれば、本発明で開示されるアミノ酸配列情報をもとに上記(A)のデコイペプチドと同程度の効果を持つペプチドのアミノ酸配列情報を入手することは可能である。また、当業者であれば、上記(A)のデコイペプチドのアミノ酸配列のN末端側、あるいはC末端側を削除し、同程度の効果を持つ部分ペプチドのアミノ酸配列情報を入手することは可能である。また、当業者であれば、上記(A)のデコイペプチドのアミノ酸配列内の一部のアミノ酸を改変し、同程度の効果を持つペプチドのアミノ酸配列情報を入手することも可能である。
【0041】
上記(B)のペプチドにおいて、欠失、置換、挿入及び/又は付加されるアミノ酸の個数は、好ましくは1~30個、より好ましくは1~15個、更に好ましくは1~8個、特に好ましくは1~4個である。アミノ酸を置換する場合、性質の似たアミノ酸に置換すれば、元のペプチドの活性が維持されやすいと考えられる。
【0042】
特定のアミノ酸配列において、1若しくは2個以上のアミノ酸を欠失、置換、挿入及び/又は付加させる技術は公知である。
【0043】
上記(A)及び(B)において、配列番号3、4、6、7、9、10及び12~18のいずれかで表されるアミノ酸配列を使用することが特に好ましい。
【0044】
本発明のデコイペプチドは、固相合成法、液相合成等の公知の合成手法を利用すること、該デコイペプチドをコードする核酸を導入した形質転換体を培養することなどにより製造することができる。形質転換体を作製するための宿主としては、例えば、酵母、大腸菌、昆虫細胞、哺乳動物細胞、植物細胞などが挙げられる。
【0045】
生産したペプチドの精製は、アフィニティークロマトグラフィー、イオン交換クロマトグラフィー、ハイドロキシアパタイトカラムクロマトグラフィー、硫酸アンモニウム塩析法等により行うことができる。
【0046】
本発明のデコイペプチドには、その塩も含まれる。また、本発明のデコイペプチドには、その誘導体も含まれる。本発明のデコイペプチドを構成するアミノ酸は、L体又はD体のいずれであってもよい。また、本発明のデコイペプチドを構成するアミノ酸は、天然のアミノ酸に限定されず、非天然のアミノ酸であってもよい。
【0047】
本発明のデコイペプチドは、一種単独で又は複数種を混合して使用することができる。
【0048】
本発明の核酸は、上記のデコイペプチドをコードすることを特徴とする。
【0049】
当業者であれば、アミノ酸配列情報を変換して塩基配列情報を取得し、デコイペプチドをコードする核酸の塩基配列情報を入手することができる。また、デコイペプチドをコードする核酸の塩基配列と相同性をもつ類似の配列情報は、BLASTプログラムを用いて公的配列データベース(Genbank、DDBJ、EMBLなど)から入手することもできる。なお、AS1のN末端を含まないペプチドをコードする核酸については、人工的に開始コドンを付加してもよい。
【0050】
このような塩基配列情報をもとにデコイペプチドをコードする核酸は、以下の様な方法で入手することができる。
【0051】
本発明で示されるデコイペプチドをコードする核酸の種類に制限はなく、ゲノムDNA、cDNA、RNA、化学合成されたDNA及びRNAなどが含まれる。それらは、当業者であれば通常行うことができるクローニング方法(例えば「Molecular Cloning: A Laboratory Manual (Third Edition, Sambrook and Russell, 2001, Cold Spring Harbor Laboratory Press)」に記載の方法)で入手することができる。クローニングする目的の核酸は、例えばジェミニウイルスの宿主植物(ジェミニウイルスが感染する植物)から抽出し、以下の方法を用いて取得することが可能である。デコイペプチドをコードする核酸を取得する方法には、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術がある。またあるいは、ハイブリダイゼーション技術によって、前記した核酸中から、コロニーハイブリダイゼーション又はプラークハイブリダイゼーションを行うことで取得することができる。またあるいは、それらを組み合わせることで取得することができる。
【0052】
本発明の発現ベクターは、上記核酸を含むことを特徴とする。当該発現ベクターとしては、特に制限されず、公知の発現ベクターを広く使用することができる。発現ベクターは、自立的に複製するベクター、及び宿主細胞に導入された際に宿主細胞のゲノムに組み込まれ、組み込まれた染色体と共に複製されるもののいずれも使用することができる。発現ベクターの構築、及び当該発現ベクターの細胞への導入法は周知である。
【0053】
本発明のジェミニウイルス病防除剤は、上記のデコイペプチド、又は上記のデコイペプチドをコードする核酸を含むことを特徴とする。
【0054】
本発明のトランスジェニック植物は、上記のデコイペプチドをコードする核酸によって形質転換されていることを特徴とする。
【0055】
本発明のβC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴を低減させる方法は、上記のデコイペプチドをコードする核酸を植物に導入して形質転換する工程を含むことを特徴とする。
【0056】
本発明においてジェミニウイルス病とは、(特にβC1を含む)ジェミニウイルスにより引き起こされる病気のことを意味する。
【0057】
上記のデコイペプチドをコードする核酸を植物中に導入して植物中で該デコイペプチドを発現させること、上記のデコイペプチドを植物中に導入すること、又は上記のデコイペプチド若しくは上記のデコイペプチドをコードする核酸を含む防除剤を植物に施用することで、ジェミニウイルス病の防除、又はβC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴を低減させることが可能となる。
【0058】
上記核酸は、そこにコードされるデコイペプチドが発現する形態で、植物に導入される。発現する形態とは、通常、上記核酸に由来するmRNAの転写及び翻訳が行われる状態である。そのためには、通常、発現に有効なプロモーター及びターミネーター、その他の転写翻訳調節配列も同時に植物へ導入される。この植物への導入とは、上記の核酸が遺伝物質として植物に導入されることを意味する。
【0059】
植物への核酸の導入方法としては、核酸導入試薬及びパーティクルガン(遺伝子銃)を利用する、又は核酸農薬を利用する物理的導入方法、あるいはアグロバクテリウム又はウイルスを利用した生物学的導入方法が挙げられる。遺伝物質の導入効果の持続時間としては、一過的なものもあれば、後代まで遺伝し続ける永続的な形態のものもあり、いずれも使用することができる。
【0060】
遺伝物質の効果が一過的なものとしては、RNA又はDNAを植物にスプレーする、核酸農薬が挙げられる。また、アグロバクテリウム、ウイルスなど、宿主に核酸を導入する細菌又はウイルスを用いることも可能である。アグロバクテリウムとしては、植物への病原性を欠損させたLBA4404株、EHA101株、GV3101株などが利用できる。そのほか、植物への病原性を示さないウイルスベクターも利用可能であり、ククモウイルス、ポテックスウイルス、ポティウイルス、トバモウイルス、ベゴモウイルスなどが挙げられる。
【0061】
遺伝物質が植物の後代まで遺伝し続け、効果が永続的なものとしては、植物の細胞の染色体上に組み込まれる方法、またあるいは植物の染色体外に人工染色体を構築し、そこに組み込まれて維持される方法、などが挙げられる。
【0062】
上記のように本発明のデコイペプチドは、遺伝物質を導入した植物の後代でも発現が持続しうることから、本発明は、デコイペプチドを発現する植物の種苗の生産にも有用である。つまり、デコイペプチドをコードする核酸が含まれる植物の、花粉等の生殖物質、切り花、組織培養が可能である細胞、植物体へ再生が可能である細胞、種などの産生方法と利用方法も、本発明の実施形態の一つである。
【0063】
核酸によって形質転換することには、核酸を外部から導入して形質転換するほか、植物自身の染色体上に存在する内在のAS1相同遺伝子を改変し、本発明で示すデコイペプチドを発現させることも包含する。例えば、CRISPR/Cas9、TALEN、ZFNなどの特異的塩基配列認識ドメインをもつDNA切断(あるいは修飾)酵素を用いたゲノム編集技術を利用した形態である。内在AS1遺伝子の一部が削除されるよう、開始コドンと終止コドンの位置を編集することで、植物の内在AS1相同遺伝子からデコイペプチドが発現するよう、植物のゲノムを改変できる。
【0064】
本発明のデコイペプチドは、核酸から発現させるだけでなく、デコイペプチドそのものを外部から植物に導入することも可能である。例えば、デコイペプチドをペプチド導入試薬と共にスプレーする、ペプチド農薬的実施形態も可能である。
【0065】
本発明の防除剤を適用する植物及び形質転換を行う植物としては、ジェミニウイルスの宿主植物、すなわちジェミニウイルスが感染する植物が挙げられ、具体例としては、前述する宿主植物が挙げられる。
【0066】
本発明のジェミニウイルス病防除剤は、従来の農薬の製剤の場合と同様に農薬補助剤と共に乳剤、懸濁剤、粉剤、粒剤、水和剤、水溶剤、液剤、フロアブル剤、顆粒水和剤、エアゾール剤、ペースト剤、微量散布剤などの種々の形態に製剤することができる。これらの製剤の実際の使用に際しては、そのまま使用するか、又は水等の希釈剤で所定濃度に希釈して使用することができる。農薬補助剤としては、担体、乳化剤、懸濁剤、分散剤、展着剤、浸透剤、湿潤剤、増粘剤、安定剤などが挙げられる。
【0067】
本発明のジェミニウイルス病防除剤は、ナノ粒子(リポソーム、両親媒性の脂質膜及びペプチド)、カーボランダム、ポリエチレングリコールなどといった、核酸及びペプチドの導入試薬によって、種々の形態に製剤することもできる。また、前記した従来の農薬の製剤処方と併せて製剤化することもできる。これらの製剤の実際の使用に際しては、そのまま使用するか、又は水等の希釈剤で所定濃度に希釈して使用することができる。
【0068】
本発明のジェミニウイルス病防除剤の施用方法は、通常一般的に行われている施用方法、例えば、散布(散布、噴霧、ミスティング、アトマイジング、散粒、水面施用など)、土壌施用(混入、灌注など)、表面施用(塗布、粉衣、被覆など)、浸潰毒餌などにより行うことができる。また、いわゆる超高濃度少量散布法(ultra low volume)により施用することもできる。
【0069】
本発明のデコイペプチドを使用することにより、ジェミニウイルスによって宿主植物内で発現する病原性因子βC1の病徴を抑制することが可能である。また、本発明のデコイペプチドを使用した方法では、従来技術と比較して、変異ウイルス株の出現による効果の持続性、安全性、コストなどの点で問題が生じる可能性は比較的低い。
【0070】
本発明のβC1を含むジェミニウイルス科に属するウイルスに起因する病徴の低減程度の評価方法は、ジェミニウイルス科に属するウイルス由来のベータサテライトにコードされるβC1及び該βC1に相互作用可能なデコイペプチドの一過性発現系を同時に植物に導入する工程を含むことを特徴とする。
【0071】
βC1及びデコイペプチドを植物中で一過的に発現させることは、前述する方法により行うことができる。また、本発明の方法を適用しうる植物としては、ジェミニウイルスの宿主植物、すなわちジェミニウイルスが感染する植物が挙げられ、具体例としては、前述する宿主植物が挙げられる。当該方法における、ジェミニウイルス、βC1、デコイペプチドなどは前述したものと同様である。βC1を含むジェミニウイルスに起因する病徴としては、βC1に起因する葉巻症状が挙げられる。
【0072】
一過性発現系の導入は、植物の同じ場所に導入することが望ましい。同時とは、厳密な意味での同時である必要はなく、数時間程度の導入時間の差異は許容される。ここでの評価方法としては、例えば、デコイペプチドの一過性発現系が導入されていない対照と比較することで病徴が低減している程度を判定することができる。
【0073】
トランスジェニック植物を作製する従来の方法では評価に1~2年程度かかるところ、本発明の評価方法では植物を育成する期間を含めて2~4ヶ月程度で評価が可能である。このように、本発明の評価方法では、従来の手法と比べて極めて短期間に、ジェミニウイルスに起因する病徴のデコイペプチドによる低減程度を評価することが可能である。
【0074】
また、トランスジェニック植物を作製する従来の方法では基本的には植物全体でデコイペプチドが発現するため、ジェミニウイルスの病原性因子が移動したとしても、その移動先でも病徴が低減され移動抑制効果を評価することが困難である。しかし、本発明の評価方法によれば植物の特定の箇所でのみデコイペプチドを一過的に発現させるため、ジェミニウイルスの病原性因子が移動した場合には移動先において病徴が現れるため、デコイペプチドによる移動抑制効果を評価することができる。
【実施例】
【0075】
以下に実施例を記載し、本発明を具体的に説明するが、これらの例示は本発明の特定の具体的な態様を説明するためのものであって、本願で開示する発明の範囲を限定したり、あるいは制限するものではない。本発明では、本明細書の思想に基づく様々な実施形態が可能であることは理解されるべきである。
【0076】
なお、タンパク質の精製及び電気泳動、DNAの切断及び連結、バクテリアの形質転換、遺伝子の塩基配列決定、PCR等の一般的な生化学実験及び分子生物学実験の方法は、各操作に使用する市販の試薬、機械装置等に添付されている説明書、及び実験書(例えば「Molecular Cloning: A Laboratory Manual (Third Edition, Sambrook and Russell, 2001, Cold Spring Harbor Laboratory Press)」)に基本的に従った。PCR反応には、GeneAmp (商標) PCR system 9700 (Applied Biosystems)を用いた。機器の操作は、他に詳細に記載するもの以外は、機器に添付される説明書に記載される標準的な操作方法に従った。全ての実施例は、他に詳細に記載するもの以外は、標準的な技術を用いて実施したもの、又は実施することのできるものであり、これは当業者にとり周知で慣用的なものである。
【0077】
<植物栽培>
実験に用いたニコチアナ・ベンサミアナ(Nicotiana benthamiana)は、23℃16時間明期、8時間暗期の条件で栽培した。
【0078】
<AS1遺伝子、デコイペプチド遺伝子、及びβC1遺伝子のクローニング>
各種の遺伝子のDNAは、以下に示すプライマーとEasy-A High-Fidelity PCR Cloning Enzyme (Stratagene社)とを用いてPCR後、pCR8 (Thermo Fisher Scientific社)にクローニングした。PCRの鋳型に用いたDNAは、次のように用意した。AS1遺伝子は、以下に示す由来植物の総RNAをNucleoSpin RNA Plantキット(タカラバイオ株式会社)を用いて抽出し、1st strand cDNAをPrimeScript RT reagent Kit (タカラバイオ株式会社)で逆転写した。各種βC1遺伝子は、Thermo Fisher Scientific社のGeneArt人工遺伝子合成サービスを利用してORFをクローニングし、鋳型DNAとして利用した。デコイペプチドの候補として、以下に示す20種のデコイ遺伝子については、シロイヌナズナ又はワタのAS1遺伝子のcDNAを鋳型とした。
【0079】
[AS1]
・ワタAS1遺伝子GaAS1 (由来:Gossypium arboreum、品種名:ドワーフコットン、株式会社サカタのタネ)
ACCATGAAGGAGAGACAGCGGTGGAG (配列番号19)
TCACTGCCCATTAGGCTCCACAAC (配列番号20)
・トマトAS1遺伝子SlAS1 (由来:Solanum lycopersicum、品種名:Micro Tom)
ACCATGAGGGAGAGGCAACGGTGGCGA (配列番号21)
TTAGCGGCCACCATTAGGTTCTGCAAGTC (配列番号22)
・シロイヌナズナAS1遺伝子 (由来:Arabidopsis thaliana Col-0株)
ACCATGAAAGAGAGACAACGTTGGAG (配列番号23)
TCAGGGGCGGTCTAATCTGC (配列番号24)
・ダイズAS1遺伝子GmAS1 (由来:Glycine max、品種名:エンレイ)
ACCATGAAAGATAGGCAACGTTGGAG (配列番号25)
CTATCTTCCATTTGGTTCAGTGAG (配列番号26)
【0080】
[シロイヌナズナAS1由来デコイペプチド]
・AS1 d1
ACCATGAAAGAGAGACAACGTTGGAG (配列番号27)
TCAGACAACGTTAGACCGCTCTTT (配列番号28)
・AS1 d2
ACCATGAAAGAGAGACAACGTTGGAG (配列番号29)
TCAAGGCGGGATCACTGGGTTA (配列番号30)
・AS1 d3
ACCATGAAGCAACAGAGAGAAGAGAAAGAGAG (配列番号31)
TCAGAACACACTCTCGCTACTC (配列番号32)
・AS1 d4
ACCATGTGGTTAGCTACTTCTAACAATGGGAAC (配列番号33)
TCAGGGGCGGTCTAATCTGC (配列番号34)
・AS1 d5
ACCATGAAGAAAGGGTCTTTGACAGAG (配列番号35)
TCATCTTAGCCTCCATGCAGCCTCTTTC (配列番号36)
・AS1 d6
ACCATGAAGAAAGGGTCTTTGACAGAG (配列番号37)
TCATCTGTACTCTCCTTCGATCTTC (配列番号38)
・AS1 d7
ACCATGAAGAAAGGGTCTTTGACAGAG (配列番号39)
TCAGGGGCGGTCTAATCTGC (配列番号40)
・AS1 d8
ACCATGCGGTTAGGGAAGTGGTGGGAAG (配列番号41)
TCATCTTAGCCTCCATGCAGCCTCTTTC (配列番号42)
・AS1 d9
ACCATGCGGTTAGGGAAGTGGTGGGAAG (配列番号43)
TCATCTGTACTCTCCTTCGATCTTC (配列番号44)
・AS1 d10
ACCATGCGGTTAGGGAAGTGGTGGGAAG (配列番号45)
TCAGGGGCGGTCTAATCTGC (配列番号46)
・AS1 d11
ACCATGGCTAATTCGAATGGAGGGTTT (配列番号47)
TCAGGGGCGGTCTAATCTGC (配列番号48)
・AS1 D12
ACCATGGTTGTTGCAAGGCCTCCCTC (配列番号49)
TCAGGGGCGGTCTAATCTGC (配列番号50)
・AS1 D13
ACCATGTCGGTAACTTTGACATTATCG (配列番号51)
TCAGGGGCGGTCTAATCTGC (配列番号52)
・AS1 D14
ACCATGGCTTGGGCAGACCATAAG (配列番号53)
TCAGGGGCGGTCTAATCTGC (配列番号54)
【0081】
[ワタAS1由来デコイペプチド]
・GaAS1 D1
ACCATGTGGCTTTCTAATTCCAGCAATGCATCC (配列番号55)
AGGCTCCACAACCCTGGGTC (配列番号56)
・GaAS1 D2
ACCATGGTCACACCACCTTCCCCTTC (配列番号57)
AGGCTCCACAACCCTGGGTC (配列番号58)
・GaAS1 D3
ACCATGTCTGTGACTTTAAGCTTATCTCCCTCAAC (配列番号59)
AGGCTCCACAACCCTGGGTC (配列番号60)
・GaAS1 D4
ACCATGGCTTGGGTTGCACATAGAAAGGAAG (配列番号61)
AGGCTCCACAACCCTGGGTC (配列番号62)
・GaAS1 D1ngq
ACCATGTGGCTTTCTAATTCCAGCAATGCATCC (配列番号63)
TCACTGCCCATTAGGCTCCACAAC (配列番号64)
・GaAS1 D4ngq
ACCATGGCTTGGGTTGCACATAGAAAGGAAG (配列番号65)
TCACTGCCCATTAGGCTCCACAAC (配列番号66)
【0082】
[βC1]
・βC1-TYLCCNB (由来:Tomato yellow leaf curl China virus-associated DNA beta, isolate Y10, GenBank accession No.AJ781300)
ACCATGACTATCAAATACAACAACATG (配列番号67)
TCATACATCTGAATTTGTAAATACATC (配列番号68)
・βC1-CLCuMB (由来:Cotton leaf curl virus-associated DNA beta, GenBank accession No.FN554719)
ACCATGACAACGAGCGGAAC (配列番号69)
TTAAACGGTGAACTTTTTATTGAATACG (配列番号70)
【0083】
試験例1.AS1とβC1との相互作用試験、及びデコイペプチドの相互作用阻害試験
<AS1、デコイペプチド、及びβC1の調製>
各種のAS1タンパク質及びデコイペプチド候補タンパク質について、次のように組換えタンパク質を精製した。マルトース結合タンパク質との融合発現用ベクターpMAL-c2x (NEB社)のMBP (maltose-binding protein)遺伝子の3'側に各種のcDNAをサブクローニングした。cDNAの一覧は下記リストに示す。得られたプラスミドDNAはRosetta(DE3)(Novagen)に導入し、吸光度(600nm)=0.8まで通常培養した後、16℃振盪培養及びIPTG添加(終濃度1 mM)によって組換えタンパク質を発現誘導した。MBP融合タンパク質は、MBPTrap HP (GE社)を用いてアフィニティ精製した。回収したタンパク質溶液は、Amicon Ultra-4 遠心式フィルターユニットNMWL30K (メルクミリポア)を用いて濃縮した。なお、AS1d3、AS1d5及びAS1d8と示されるペプチドは大腸菌株内で分解され、単離精製することができなかった(データ未掲載)。
【0084】
[MBP-融合タンパク質]
ワタAS1遺伝子GaAS1 (由来:Gossypium arboreum)
トマトAS1遺伝子SlAS1 (由来:Solanum lycopersicum)
シロイヌナズナAS1遺伝子(由来:Arabidopsis thaliana)
Position (相当するArabidopsis thaliana AS1のアミノ酸位置(
図1))
AS1 1-367 (配列番号71)
AS1 d1 1-145 (配列番号1)
AS1 d2 1-179 (配列番号2)
AS1 d3 Met-106-250 (配列番号3)
AS1 d4 Met-180-367 (配列番号4)
AS1 d5 Met-58-280 (配列番号5)
AS1 d6 Met-58-324 (配列番号6)
AS1 d7 Met-58-367 (配列番号7)
AS1 d8 Met-95-280 (配列番号8)
AS1 d9 Met-95-324 (配列番号9)
AS1 d10 Met-95-367 (配列番号10)
AS1 d11 Met-156-367 (配列番号11)
【0085】
各種のβC1タンパク質は、次のように組換えタンパク質を精製した。pGEX-2TK (GE社)のGST (glutathione S-transferase)遺伝子の3'側に各種のcDNAをサブクローニングした。cDNAの一覧は下記リストに示す。得られたプラスミドDNAはRosetta (DE3)(Novagen)に導入し、吸光度(600 nm)=0.8まで通常培養した後、16℃振盪培養及びIPTG添加(終濃度1 mM)によって組換えタンパク質を発現誘導した。GST融合タンパク質は、GSTrap HP (GE社)を用いてアフィニティ精製した。回収したタンパク質溶液は、Amicon Ultra-4遠心式フィルターユニット NMWL30Kを用いて、BufferをDA Buffer (20 mM Tris-HCl at pH 7.4/200 mM NaCl/10 mMチオグリセロール/10%グリセロール)へ濃縮置換した。
【0086】
[GST-融合タンパク質]
βC1-TYLCCNB (由来:Tomato yellow leaf curl China virus-associated DNA beta, isolate Y10)
βC1-CLCuMB (由来:Cotton leaf curl virus-associated DNA beta)
【0087】
<in vitro, pulldown and competitive pulldown, assays>
GST-融合βC1とMBP-融合AS1との相互作用試験は次のように行った。2μgのGST-融合βC1と等量のMBP-融合AS1をPulldown-Buffer (50 mM Tris-HCl at pH 7.5/100 mM NaCl/0.25% Triton X-100/35 mMチオグリセロール)中で室温2時間振盪した。この時、上清をインプットタンパク質としてサンプリングし、等量の2×SDS-PAGE sample Bufferを加えて、Inputサンプルとして凍結保存した。次に、Glutathione Sepharose HPビーズ(GE社)を25μL添加し、室温で1時間振盪した。5,000 rpm程度の小型遠心機の30秒遠心操作とPulldown-Bufferで6回ビーズを洗浄し、25μLの2×SDS-PAGE sample Bufferを加え、Pulldownサンプルとして凍結保存した。
【0088】
βC1と相互作用したAS1を検出するため、ビーズと共沈降したタンパク質は、SDS-PAGE (6%アクリルアミドゲル)に供試し、Anti-MBP Monoclonal Antibody (HRP conjugated, NEB社)とAmersham ECL Prime (GE社)とを用いたイムノブロッティングを実施した。また、各タンパク質が等量用いられたことを確認するため、同メンブレンを再生し、Anti-GST-tag polyclonal anti-body (MBL)を用いたイムノブロッティングも実施した。さらに、インプットサンプルの検出のため、ビーズと共沈降したサンプルと同様なイムノブロッティングを実施した。
【0089】
GST-融合ワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質とMBP-融合ワタAS1タンパク質とを使用した試験結果を
図2に、GST-融合トマト黄化葉巻ウイルス由来βC1タンパク質とMBP-融合トマトAS1タンパク質とを使用した試験結果を
図3に示す。
図2及び3のin vitroプルダウンアッセイの結果から、ワタAS1タンパク質(GaAS1)とワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質(βC1-CLCuMB)との相互作用、及びトマトAS1タンパク質(SlAS1)とトマト黄化葉巻ウイルス由来βC1タンパク質(βC1-TYLCCNB)との相互作用の両方が検出された。これから、トマト及びワタでもβC1が葉巻症状を引き起こしていると考えられる。
【0090】
GST-融合βC1、MBP-融合AS1及びデコイペプチド(AS1d1, AS1d2, AS1d4)を用いた相互作用阻害試験は次の事項以外は、上記の相互作用試験と同様に行った。GST-融合βC1と量を変えたMBP-融合デコイペプチドをPulldown-Buffer中で室温で1時間振盪した後、GST-融合βC1と等量のMBP-融合AS1とを添加して更に室温1時間振盪した。この時、25μLの上清をインプットタンパク質としてサンプリングした。次に、Glutathione Sepharose HPビーズを25μL添加し、室温で1時間振盪した。その後、Pulldown-Bufferで6回ビーズを洗浄し、Pulldownサンプルを凍結保存した。
【0091】
GST-融合ワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質とMBP-融合ワタAS1タンパク質とを使用した試験結果を
図4に、GST-融合トマト黄化葉巻ウイルス由来βC1タンパク質とMBP-融合トマトAS1タンパク質とを使用した試験結果を
図5に示す。
図4及び5のin vitro相互作用阻害試験の結果から、d4を添加した時、濃度依存的にワタAS1 (GaAS1)とβC1-CLCuMBとの相互作用阻害が検出され、トマトAS1 (SlAS1)とβC1-TYLCCNBとを用いた実験でも、同様にd4による相互作用阻害が検出された。これから、デコイペプチドは、βC1の抑制技術として有効に機能すると考えられる。
【0092】
GST-融合βC1とMBP-融合AS1との相互作用試験と同様に、その他のデコイペプチド(AS1d4, AS1d6, AS1d7, AS1d9, AS1d10, AS1d11)とワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質との相互作用も調べた。その結果を
図6に示す。
【0093】
試験例2.植物におけるデコイペプチドの効果確認試験
<デコイペプチド遺伝子組換え植物の作出>
植物におけるデコイペプチドの効果を調べるため、ナス科植物ニコチアナ・ベンサミアナの遺伝子組換え実験を実施した。組換え実験に用いるDNAコンストラクトは、Bin19系バイナリベクター上に構築した。デコイペプチドとしては、シロイヌナズナAS1遺伝子の部分配列4種類(AS1d1, AS1d2, AS1d3, AS1d4)をCaMV35Sプロモーター及びNOSターミネーターで制御されるよう、それぞれサブクローニングした。対照実験として、シロイヌナズナAS1の遺伝子、あるいはGFP遺伝子をデコイペプチド遺伝子の代わりに用いた。
【0094】
遺伝子組換え植物の作出は、松本ら(細胞工学, 1989年, Vol.8, p.721-727)の方法に従って行い、組換え植物体(T1世代)を得た。それらの中から導入遺伝子がシングルコピーの個体を選抜し、種子を採取して後代の植物体(T2世代)を作出した。それらの中からホモ接合体の個体を選抜し、種子(T3世代)を採取した。以後の試験には、T2植物からの種子(T3世代、ホモ接合体)を供した。
【0095】
<導入遺伝子の発現定量>
上記の種子を播種して得られたT3植物において、導入遺伝子の発現量を調べた。無菌培地で2週間栽培した幼植物体から総RNAを抽出し、リアルタイムRT-PCRのComparative CT法にて相対定量した(ABI PRISM 7700 Sequence Detection System User Bulletin #2: Relative Quantification of Gene Expression)。総RNA抽出及び逆転写反応には、NucleoSpin RNA Plant PrimeScript RT reagent Kit (タカラバイオ株式会社)を使用した。リアルタイムPCR測定には、Power SYBR Green PCR Master Mix (Thermo Fisher Scientific社)を用いた。PCRプライマーは、AS1全長、AS1d1及びAS1d2には、CCGAGAGAATGGCATCTTGTG (配列番号72)及びAGACCCTTTCTTGATCCCTGG (配列番号73)の組合せで、AS1d3及びAS1d4には、TTATCGCCTTCCACAGTGGCT (配列番号74)及びTCCCACTACAAGACGGCATCA (配列番号75)の組合せで行った。内部標準としては、アクチン遺伝子をAGCCACACCGTCCCAATTTA (配列番号76)及びCACGCTCGGTAAGGATCTTCA (配列番号77)の組合せで検出した。
【0096】
以後の実験では、導入DNAコンストラクトごとに得られたT3植物の中から、導入遺伝子の転写レベルが高いラインの種子を用いることとした。
【0097】
<ニコチアナ・ベンサミアナ植物におけるβC1による病徴評価>
組換え植物におけるβC1抵抗性の評価は、アグロ注入法でβC1を一過的に被験植物内にて発現させることで実施した。この実験に用いるDNAコンストラクトは、Bin19系バイナリベクター上に構築した。上記した相互作用試験及び相互作用阻害試験で用いたトマト黄化葉巻ウイルス由来βC1遺伝子をCaMV35Sプロモーター及びNOSターミネーターで制御されるよう、それぞれサブクローニングし、アグロバクテリウムEHA101株の形質転換を行った。また、コントロール試験区用としてp35SでGFP遺伝子を発現するT-DNAを持つアグロバクテリウムも用意した。
【0098】
これらのアグロバクテリウムは、LB培地に選抜用抗生物質(ハイグロマイシン100 mg/L)を添加し、30℃で一昼夜振盪培養した。菌体を3,000 rpm, 15分(HITACHI 卓上遠心機)で回収し、Infiltration buffer (1 mM MES pH 5.6, 1 mM MgCl2, 100μM Acetosyringone)を用いて接種液を調製した。接種液は、1 mLシリンジを用いて、一月間栽培したニコチアナ・ベンサミアナの上位展開葉2枚の70%以上のエリアに注入した。導入遺伝子ごとに作製した組換え植物の注入量は、20個体40葉につき総量で5 mLであった。
【0099】
その結果、接種葉より上位第2葉から、葉巻症状が出現した。そこで、接種後11日後以降、第2葉及び第3葉に現れる葉巻症状について、Symptom scoreを記録した。1個体につき2枚のそれぞれの葉の外周の何%の周縁部が巻き込んでいるかを調べ、0~100で採点し、個体内の点数の平均をその個体のSymptom scoreとした(
図7の右端の写真参照)。導入遺伝子ごとに20個体のSymptom scoreを記録し、その平均を算出した。各平均値の統計検定では、ソフトウエアRバージョン3.1.0 (https://www.r-project.org/)を用いて、Dunnettの方法による多重比較を行った。
【0100】
結果を
図7に示す。
図7の結果から、デコイペプチドd3遺伝子、あるいはデコイペプチドd4遺伝子を導入した遺伝子組換え植物では、βC1による葉巻症状が抑制されていた。その一方で、シロイヌナズナAS1遺伝子を導入した遺伝子組換え植物では、βC1による病徴が悪化していた。この結果から、βC1による病徴を抑えるためには、全長のAS1ではなくAS1部分ペプチドを用いることが有効であることが分かる。
【0101】
試験例3.βC1に起因する病徴抑制効果及びβC1の植物内の移動抑制効果の短期評価法
試験例2に示した一過的に被験植物内にて発現させたβC1に起因する病徴を、同時に共導入した別の遺伝子によって抑制することができるか、検討を行った。この実験に用いたDNAコンストラクトは試験例2で示したものと同じものが使用できる。具体的には、Bin19系等のバイナリベクター上に構築され、CaMV35S由来プロモーター等及びNOSターミネーター等により植物細胞での発現が制御されるようサブクローニングされた遺伝子である。βC1遺伝子は、トマト黄化葉巻ウイルス由来のβC1遺伝子を使用した。共導入する遺伝子には、デコイペプチドd4の遺伝子を使用した。
【0102】
これらのDNAコンストラクトを用いてアグロバクテリウムの形質転換を行った。得られたアグロバクテリウムは、LB培地に選抜用抗生物質を添加し、30℃で一昼夜振盪培養した。菌体を3,000 rpm, 15 min (HITACHI 卓上遠心機)で集菌、Infiltration buffer (1 mM MES pH 5.6, 1 mM MgCl2, 100μM Acetosyringone)を用いて再懸濁、吸光度(600 nm)=1.0に調整した後、βC1遺伝子を含む懸濁液:共導入デコイペプチド遺伝子を含む懸濁液=1:9の比で混合した。共導入デコイペプチド遺伝子の比較対象としては、ベクターDNA (pBI101)を含むアグロバクテリウム混合液を準備し、βC1遺伝子を含む懸濁液:ベクターを含む懸濁液=1:9の比で混合した。各接種液は、1 mLシリンジを用いて、一月間栽培したニコチアナ・ベンサミアナの上位展開葉2枚の70%以上のエリアに注入した。
【0103】
接種後12日後以降、接種葉より上位第2葉から第3葉に現れる葉巻症状について、Symptom scoreを記録した。1個体につき2枚のそれぞれの葉の外周の何%の周縁部が巻き込んでいるかを調べ、0~100で採点し、個体内の点数の平均をその個体の Symptom scoreとした。ソフトウエアRバージョン3.1.0を用いて、ウィルコクソンの順位和検定を行った。
【0104】
結果を
図8に示す。
図8の結果から、デコイペプチドd4遺伝子を共導入した試験区では、ベクター試験区よりも有意に病徴スコアが低いと考えられた。本試験例3は、試験例2と比較して遺伝子組換え植物を作製する期間が必要無いことから、早期にβC1に対する抵抗性技術を評価できる試験系であると考えられた。
【0105】
試験例4.デコイペプチドとβC1との相互作用
<デコイペプチドの調製>
各種のデコイペプチドは、次のように精製した。マルトース結合タンパク質との融合発現用ベクターpMAL-c2x (NEB社)のMBP遺伝子の3'側に、各種のcDNAをサブクローニングした。cDNAの一覧は下記リストに示す。なお、ワタAS1由来デコイペプチドのうちGaAS1 D1、GaAS1 D2、GaAS1 D3、及びGaAS1 D4をpMAL-c2xにサブクローニングする際のプライマーにはストップコドンが無いことから、それらの組換えタンパク質の発現ではpMAL-c2x内在のストップコドンによって翻訳が停止される。得られたプラスミドDNAはRosetta(DE3)(Novagen)に導入し、吸光度(600nm)=0.8まで通常培養した後、16℃振盪培養及びIPTG添加(終濃度1 mM)によって組換えタンパク質を発現誘導した。MBP融合タンパク質は、MBPTrap HP (GE社)を用いてアフィニティ精製した。回収したタンパク質溶液は、Amicon Ultra-4 遠心式フィルターユニットNMWL30K (メルクミリポア)を用いて濃縮した。
【0106】
なお、ワタAS1由来デコイペプチドは、シロイヌナズナAS1由来デコイペプチドのアミノ酸配列に基づいて設計された。具体的には、シロイヌナズナAS1のアミノ酸配列とワタAS1のアミノ酸配列とのアライメントを作成し、シロイヌナズナ由来デコイペプチドAS1d4、AS1D12、AS1D13、AS1D14に対応するワタAS1由来デコイペプチドとしてGaAS1D1、GaAS1D2、GaAS1D3、GaAS1D4が設計された(
図9)。さらに、ワタAS1に存在するC末端側の3アミノ酸(n-g-q = アスパラギン-グリシン-グルタミン)が付加したデコイペプチドとして、GaAS1D1ngq、GaAS1D4ngqが設計された。
【0107】
[MBP-融合タンパク質]
シロイヌナズナAS1由来デコイペプチド
Position (相当するArabidopsis thaliana AS1のアミノ酸位置)
AS1 D12 Met-190-367 (配列番号12)
AS1 D13 Met-196-367 (配列番号13)
AS1 D14 Met-267-367 (配列番号14)
ワタAS1由来デコイペプチド
Position (相当するGossypium arboreum AS1のアミノ酸位置)
GaAS1 D1 Met-172-353 (配列番号78)
GaAS1 D2 Met-182-353 (配列番号79)
GaAS1 D3 Met-188-353 (配列番号80)
GaAS1 D4 Met-252-353 (配列番号81)
GaAS1 D1ngq Met-172-356 (配列番号15)
GaAS1 D4ngq Met-252-356 (配列番号18)
【0108】
GST-融合βC1タンパク質は、試験例1で示した方法で調製した。
【0109】
<in vitro pulldown assays>
各種のデコイペプチドとワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質との相互作用試験は次のように行った。2μgのGST-βC1-CLCuMBと等量のMBP-融合各種デコイペプチドとをPulldown-Buffer (50 mM Tris-HCl at pH 7.5/100 mM NaCl/0.25% Triton X-100/35 mMチオグリセロール)中で室温2時間振盪した。この時、上清をインプットタンパク質としてサンプリングし、等量の2×SDS-PAGE sample Bufferを加えて、Inputサンプルとして凍結保存した。次に、Glutathione Sepharose HPビーズ(GE社)を25μL添加し、室温で1時間振盪した。5,000 rpm程度の小型遠心機の30秒遠心操作と Pulldown-Bufferで6回ビーズを洗浄し、25μLの2×SDS-PAGE sample Bufferを加え、Pulldownサンプルとして凍結保存した。
【0110】
βC1と相互作用したAS1を検出するため、ビーズと共沈降したタンパク質は、SDS-PAGE (6%アクリルアミドゲル)に供試し、Anti-MBP Monoclonal Antibody (HRP conjugated, NEB社)とAmersham ECL Prime (GE社)とを用いたイムノブロッティングを実施した。また、各タンパク質が等量用いられたことを確認するため、同メンブレンを再生し、Anti-GST-tag polyclonal anti-body (MBL)を用いたイムノブロッティングも実施した。さらに、インプットサンプルの検出のため、ビーズと共沈降したサンプルと同様なイムノブロッティングを実施した。
【0111】
GST-融合ワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質とMBP-融合各種デコイペプチドとを使用した試験結果を
図10及び
図11に示す。
図10のin vitroプルダウンアッセイの結果から、デコイペプチドAS1d4、AS1D12、AS1D13、AS1D14、GaAS1D1、GaAS1D2、GaAS1D3、GaAS1D4それぞれと、ワタ葉巻ウイルス由来 βC1タンパク質との相互作用が検出された。
図11の結果から、デコイペプチドGaAS1D1ngq、GaAS1D1、GaAS1D4ngq、GaAS1D4それぞれと、ワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質との相互作用が検出された。
【0112】
試験例5.植物におけるシロイヌナズナ及びワタAS1由来デコイペプチドの効果確認試験
この実験に用いたデコイペプチド用のDNAコンストラクトは、シロイヌナズナ由来デコイペプチド(AS1d4、AS1D14)及びワタAS1由来デコイペプチド(GaAS1、GaAS1D1ngq、GaAS1D4ngq)のcDNAをBin19系バイナリベクター上にて、CaMV35Sプロモーター及びNOSターミネーターで制御されるよう、それぞれサブクローニングしたものである。βC1遺伝子に関しては、試験例3と同じものを使用した。
【0113】
これらのDNAコンストラクトは、アグロバクテリウムの形質転換に用いられた。得られたアグロバクテリウムは、LB培地に選抜用抗生物質を添加し、30℃で一昼夜振盪培養した。菌体を3,000 rpm, 15 min (HITACHI 卓上遠心機)で集菌、Infiltration buffer (1 mM MES pH 5.6, 1 mM MgCl2, 100μM Acetosyringone)を用いて再懸濁、吸光度(600 nm)=1.0に調整した後、βC1遺伝子を含む懸濁液:共導入デコイペプチド遺伝子を含む懸濁液=1:9の比で混合した。共導入デコイペプチド遺伝子の比較対象としては、ベクターDNA (pBI101)を含むアグロバクテリウム混合液を準備し、βC1遺伝子を含む懸濁液:ベクターを含む懸濁液=1:9の比で混合した。各接種液は、1 mLシリンジを用いて、一月間栽培した ニコチアナ・ベンサミアナの上位展開葉2枚の70%以上のエリアに注入した。
【0114】
接種後12日後以降、接種葉より上位第1葉から第5葉までの葉巻症状について、Symptom scoreを記録した。1個体につき5枚のそれぞれの葉の外周の何%の周縁部に葉巻症状が出ているかを調べ、0~100で採点し、個体内の点数の平均をその個体の Symptom scoreとした。ソフトウエアRバージョン3.1.0を用いて、Dunnettの方法による多重比較を行った。
【0115】
実験結果を
図12及び
図13に示す。
図12の結果から、シロイヌナズナAS1由来デコイペプチドAS1D14の試験区では、AS1d4の試験区と同様にベクター試験区よりも有意に病徴スコアが低下した。また、
図13の結果から、ワタAS1由来デコイペプチドGaAS1D1ngq又はGaAS1D4ngq遺伝子を共導入した試験区では、ベクター試験区よりも有意に病徴スコアが低下した。その一方で、ワタAS1遺伝子(GaAS1)そのものを共導入した場合には、病徴スコアの点ではベクター試験区との差は検出されなかった。
【0116】
試験例6.ダイズAS1とβC1との相互作用試験
<組換えタンパク質の調製>
ダイズAS1 (GmAS1)の組換えタンパク質は、次のように精製した。マルトース結合タンパク質との融合発現用ベクターpMAL-c2x (NEB社)のMBP遺伝子の3'側に、GmAS1 (全長361アミノ酸)のcDNAをサブクローニングした。得られたプラスミドDNAはRosetta(DE3)(Novagen)に導入し、吸光度(600nm)=0.8まで通常培養した後、16℃振盪培養及びIPTG添加(終濃度1 mM)によって組換えタンパク質を発現誘導した。MBP融合タンパク質は、MBPTrap HP (GE社)を用いてアフィニティ精製した。回収したタンパク質溶液は、Amicon Ultra-4遠心式フィルターユニットNMWL30K (メルクミリポア)を用いて濃縮した。
【0117】
GST-融合βC1タンパク質は、試験例1で示した方法で調製した。
【0118】
<in vitro pulldown assays>
GmAS1とワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質との相互作用試験は、次のように行った。2μgのGST-βC1-CLCuMBと等量のMBP-GmAS1とをPulldown-Buffer (50 mM Tris-HCl at pH 7.5/100 mM NaCl/0.25% Triton X-100/35 mMチオグリセロール)中で室温2時間振盪した。また、量依存性を確認するため、1/10量の0.2μgのGST-βC1-CLCuMBと2μgのMBP-GmAS1とを用いたサンプルも同時に用意した。この時、上清をインプットタンパク質としてサンプリングし、等量の2×SDS-PAGE sample Bufferを加えて、Inputサンプルとして凍結保存した。次に、Anti-MBP Magnetic Beads (NEB社)を40μL添加し、室温で1時間振盪した。その後、磁石でビーズをチューブ内に固定しながら Pulldown-Bufferで6回ビーズを洗浄し、25μLの2×SDS-PAGE sample Bufferを加え、Pulldownサンプルとして凍結保存した。
【0119】
MBP-GmAS1と相互作用したGST-βC1-CLCuMBを検出するため、ビーズと共沈降したタンパク質は、SDS-PAGE (6%アクリルアミドゲル)に供試し、Anti-GST-tag polyclonal anti-body (MBL)、Anti-Rabbit IgG, HRP-Linked Whole Ab Donkey (GE社)及びAmersham ECL Prime (GE社)とを用いたイムノブロッティングを実施した。また、各タンパク質が等量供されたことを確認するため、同メンブレンを再生し、Anti-MBP Monoclonal Antibody (HRP conjugated, NEB社)を用いたイムノブロッティングも実施した。さらに、インプットサンプルの検出のため、ビーズと共沈降したサンプルと同様なイムノブロッティングを実施した。
【0120】
試験結果を
図14に示す。その結果、MBP-GmAS1とGST-βC1-CLCuMBとの共沈が、陽性コントロールとして実施した MBP-GaAS1D1を用いたものと同様に検出された。また、そのシグナル強度は、GST-βC1-CLCuMBの量に依存的であった。なお、1/10量に減らしたサンプルのインプットタンパク質の方は今回検出できなかったが、これは本実験系の検出限界に近い量となったことが原因と考えられる。本試験結果は、マメ科植物のAS1とアオイ科植物に感染するワタ葉巻ウイルスに由来するβC1との相互作用を示したものである。
【0121】
ウイルスは進化し、新たな宿主を獲得することが知られている。例えば、近年のワタ葉巻病では、トマトの葉巻ウイルスTomato leaf curl virus由来のβC1がワタに病害を引き起こしていることが報告されている(例えば、Sattar MN, Iqbal Z, Tahir MN and Ullah S(2017) The prediction of a new CLCuD epidemic in the Old World. Front. Microbiol. 8:631. doi:10.3389/fmicb.2017.00631)。つまり、病原性因子βC1によって引き起こされる作物の被害は、現在報告されている作物病害にとどまらず、将来的には現時点では未報告の作物に広がる可能性がある。その一例として、試験例6では、未だβC1に起因する病害が報告されていないマメ科作物ダイズのAS1 (GmAS1)とワタ葉巻ウイルス由来βC1タンパク質が相互作用することが示された。つまり、ダイズのような作物でも、βC1に起因するウイルス病害が生じた場合は、本発明で開示されるデコイ技術が有効であると期待される。
【配列表】