(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-18
(45)【発行日】2023-10-26
(54)【発明の名称】NMRプローブ装置
(51)【国際特許分類】
G01N 24/00 20060101AFI20231019BHJP
【FI】
G01N24/00 510C
(21)【出願番号】P 2021044962
(22)【出願日】2021-03-18
【審査請求日】2022-06-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000004271
【氏名又は名称】日本電子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001210
【氏名又は名称】弁理士法人YKI国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】西山 昌秀
(72)【発明者】
【氏名】遠藤 由宇生
(72)【発明者】
【氏名】高橋 大樹
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-167463(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0176056(US,A1)
【文献】特開2018-146445(JP,A)
【文献】特開2014-149291(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 24/00-24/14
G01R 33/28-33/64
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
NMR測定中にNMR測定用の試料管を支持する試料管支持装置と、
前記試料管を前記試料管支持装置に出し入れするための投入口と、
前記試料管支持装置と前記投入口との間において前記試料管が通る経路上に設置され、円弧状の形状を含む形状を有し、前記試料管が通る方向転換機構と、
を含み、
前記方向転換機構は、前記試料管が前記試料管支持装置から前記投入口に移動して前記投入口から排出されるときに、前記方向転換機構の内壁の少なくとも2点に前記試料管を接しさせながら円弧に沿って前記投入口に向けて前記試料管の向きを変えさせる形状を有
し、
前記方向転換機構は、前記投入口に向けて前記試料管の向きを変えるときに、前記試料管の側面を前記円弧に接触させた状態で前記試料管の向きを変えさせ、
前記円弧は、前記方向転換機構において、静磁場に対するマジック角を規定する面に対向する面に形成されている、
ことを特徴とするNMRプローブ装置。
【請求項2】
請求項1に記載のNMRプローブ装置において、
前記試料管支持装置から前記投入口にかけて前記試料管を吸引することで、前記試料管を前記投入口から排出させる装置を更に含む、
ことを特徴とするNMRプローブ装置。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載のNMRプローブ装置において、
前記試料管支持装置は、静磁場に対してマジック角に傾斜した状態で前記試料管を支持し、
前記円弧は、アステロイド曲線をマジック角
に傾斜させることで得られる曲線の一部の形状を有する、
ことを特徴とするNMRプローブ装置。
【請求項4】
請求項1から請求項
3のいずれか一項に記載のNMRプローブ装置において、
前記方向転換機構と前記試料管支持装置は接触せずに設置され、前記方向転換機構と前記試料管支持装置との間に隙間が形成されている、
ことを特徴とするNMRプローブ装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、核磁気共鳴(NMR)測定に用いられるNMRプローブ装置に関し、特に、NMRプローブ装置から試料管を排出する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
核磁気共鳴(NMR:Nuclear Magnetic Resonance)装置は、スピン磁気モーメントを有する原子核に静磁場を印加し、そのスピン磁気モーメントにラーモアの歳差運動を発生させて、そこに歳差運動と同じ周波数を有する高周波を照射して共鳴させることで、そのスピン磁気モーメントを有する原子核の信号を検出する装置である。
【0003】
固体試料に対するNMR測定においては、通常、MAS(Magic Angle Spinning)法が採用される。MAS法においては、固体試料が収容された試料管を、静磁場方向に対してマジック角(概ね54.7°)をもって傾けつつ高速で回転させ、その状態においてNMR信号を検出する。
【0004】
MAS法を実施するためのNMRプローブ装置は、超伝導磁石に代表される磁場発生装置の細長い穴状の測定空間に挿入されることで、NMR測定に供される。MASプローブ装置では、固体試料が収容された試料管は、試料管支持装置において磁場に対してマジック角に傾いた状態で配置される。試料管支持装置は、測定に際し試料管を支持し、その姿勢や運動を精密に規定する装置である。
【0005】
固体用のNMRプローブ装置は、超伝導磁石等の磁場発生装置の中心にある室温のボアの中に下方から挿入され、ねじ等によって固定される。このとき、試料管は、磁場発生装置によって形成される磁場の中心に正確に配置される必要がある。このような装置では、通常、試料を取り換えるためには、NMRプローブ装置を磁場発生装置から取り外す必要がある。金属製のNMRプローブ装置を磁場発生装置から取り外すこと、及び、このような重量物を静かに外すこと等の作業は、作業者にとって負担となる。また、NMRプローブ装置を磁場発生装置から取り外した後、NMR測定を行うために、NMRプローブ装置に試料管を挿入し、再び、NMRプローブ装置を磁場発生装置のボアに設置する必要がある。その設置後、測定に関する準備を再び行う必要がある。このように、NMRプローブ装置を磁場発生装置から取り外す方式では、試料の交換に手間を要し、作業者の負担となる。
【0006】
上記のように、NMRプローブ装置を磁場発生装置から取り外して試料管を交換する方法の他に、NMRプローブ装置を磁場発生装置に設置したまま、室温のボアを通じて試料管を磁場発生装置の外部に排出する方法が知られている。例えば、固体用のNMRプローブ装置から試料管を排出する方法として、試料管の後ろ側からガスを噴出することで試料管をNMRプローブ装置の外部に押し出す方法が知られている。また、NMRプローブ装置の上部からNMRプローブ装置の内部にガスを噴出することで、試料管をNMRプローブ装置の外部に排出する方法が知られている。
【0007】
上述したように、試料管はマジック角に傾いた状態で配置されているため、NMRプローブ装置から試料管を排出するためには、マジック角に傾いた試料管の向きを、NMRプローブ装置から試料管を取り出す方向(つまり、試料管をNMRプローブ装置内に出し入れするための投入口が設置されている方向(例えば垂直方向))に変える必要がある。そのため、NMRプローブ装置内において、試料管の向き(試料管の向きは、試料管の姿勢ともいえる)を変えるためのスペースを設ける必要がある。一般的に、固体NMRの試料管の全長は20mm程度であり、このような方法は、外径の大きい(例えば70mm程度の)NMRプローブ装置(ワイドボアプローブと称されることがある)に適用される。
【0008】
一方、外径の小さいNMRプローブ装置(ナローボアプローブと称されることがある)では、空間的な制約があるため、試料管の向きを変えるためのスペースをNMRプローブ装置内に設けることができない。そのため、NMRプローブ装置自体をNMR装置から取り外して、NMRプローブ装置から試料管を取り出す必要がある。
【0009】
また、試料管の向きを変える機構として、試料管の排出時に、試料管支持装置を垂直に設置する方法が知られている。この方法では、垂直方向を向いた試料管支持装置への試料管の挿入、及び、試料管支持装置からの排出を行う。測定時には、試料管支持装置はマジック角に傾斜される。この方法では、試料管の交換後、試料管支持装置の傾斜角をマジック角に維持する機構等の工夫を施す必要がある。
【0010】
特許文献1,2には、NMRプローブ装置から試料管を排出する構成が記載されている。特許文献1に記載されているNMRプローブ装置内には、試料管の向きを変えるためのスペースが形成されている。そのスペース内にガスを噴出することで試料管の向きを変えて、NMRプローブ装置から試料管を排出する。特許文献2には、供給される圧力を制御することで試料管の方向を変えることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0011】
【文献】特許第6016373号
【文献】特許第5875610号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明の目的は、NMRプローブ装置から試料管を排出するために必要なスペースを小さくすることにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の1つの態様は、NMR測定中にNMR測定用の試料管を支持する試料管支持装置と、前記試料管を前記試料管支持装置に出し入れするための投入口と、前記試料管支持装置と前記投入口との間において前記試料管が通る経路上に設置され、円弧状の形状を含む形状を有し、前記試料管が通る方向転換機構と、を含み、前記方向転換機構は、前記試料管が前記試料管支持装置から前記投入口に移動して前記投入口から排出されるときに、前記方向転換機構の内壁の少なくとも2点に前記試料管を接しさせながら円弧に沿って前記投入口に向けて前記試料管の向きを変えさせる形状を有する、ことを特徴とするNMRプローブ装置である。
【0014】
上記の構成においては、方向転換機構の内壁は、円弧状の形状を含む形状を有する。試料管がNMRプローブ装置から排出されるときに、試料管は、方向転換機構の内壁の少なくとも2点に接しながら円弧に沿って投入口に向けて向きを変える。つまり、試料管の少なくとも2点が方向転換機構の内壁に接した状態で、試料管は、円弧に沿って投入口に向けて向きを変える。これにより、試料管の方向転換に要するスペースを小さくすることができる。例えば、投入口がNMR装置の上部に設置されている場合、試料管の方向は垂直方向に転換される。また、上記の構成によれば、従来技術に係る方法(例えば、試料管支持装置の向きを変える方法等)を採用しなくても試料管を取り出すことができる。それ故、従来技術に係る方法を実現するための機構を採用する必要がない。
【0015】
上記のNMRプローブ装置は、前記試料管支持装置から前記投入口にかけて前記試料管を吸引することで、前記試料管を前記投入口から排出させる装置を更に含んでもよい。
【0016】
例えば、負圧を発生させる装置(例えば、ポンプ、バッファータンク、又は、ベンチュリポンプ等)を投入口に接続し、その装置によって吸引することで、試料管を試料管支持装置から投入口に移動させて投入口から排出させることができる。このように試料管を投入口側から吸引することで、試料管の排出時に、試料管の先端(つまり、試料管の移動の前方側の端部)を方向転換機構の内壁に衝突させずに、試料管の方向を転換することができる。その結果、その衝突に起因して試料管の先端(例えば、タービン翼が形成されている部分)が破損することを防止することができる。
【0017】
前記試料管支持装置は、静磁場に対してマジック角に傾斜した状態で前記試料管を支持し、前記円弧は、アステロイド曲線をマジック角に合わせて変更された曲線の一部の形状を有してもよい。その円弧は、アステロイド曲線に近似する円の一部の形状を有してもよい。
【0018】
前記試料管支持装置から前記試料管の全部が排出されたときの前記試料管の先端の位置よりも前記試料管支持装置側の位置に、前記投入口が設置されてもよい。
【0019】
前記方向転換機構と前記試料管支持装置は接触せずに設置され、前記方向転換機構と前記試料管支持装置との間に隙間が形成されてもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、NMRプローブ装置から試料管を排出するために必要なスペースを小さくすることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】本実施形態に係るNMR装置を示す図である。
【
図2】本実施形態に係るNMRプローブ装置を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
図1には、本発明の実施形態に係るNMR装置の一例が示されている。
図2には、本発明の実施形態に係るNMRプローブ装置の一例が示されている。NMR装置10は、試料中の観測核により生じたNMR信号を測定する装置である。
【0023】
静磁場発生装置12は静磁場を発生させる装置であり、その中央部には、垂直方向に延びる空洞部としてのボア14が形成されている。NMRプローブ装置16は、それ全体として垂直方向に延びる円筒形状を有し、静磁場発生装置12のボア14内に挿入される。本実施形態に係るNMRプローブ装置16は、MAS法を実施するための装置であり、試料管支持装置18と、ボア14の上端部に設置されている投入口20と、投入口20と試料管支持装置18との間で試料管28が通る経路を形成する試料管用通路22と、試料管用通路22と試料管支持装置18との間に設置された方向転換機構24と、送信用及び受信用の検出コイルと、を含む。試料管支持装置18は、試料管をマジック角に傾斜して支持する装置である。また、投入口20には、負圧発生装置26が接続されている。負圧発生装置26は、例えば、ポンプ、バッファータンク、又は、ベンチュリポンプ等である。試料管28は例えば円柱状の形状を有し、固体試料を収容する。試料管28は、試料管支持装置18内にて、静磁場に対してマジック角を持って傾斜した回転軸上で、その周囲を精密な気体軸受によって支持され、測定中は高速で回転する。
【0024】
試料管用通路22及び方向転換機構24は、内部が空洞の通路であり、試料管支持装置18から投入口20まで試料管が通る経路を形成する。試料管用通路22は、ボア14に沿って垂直方向に延在する通路であり、方向転換機構24は、その経路を通る試料管28の向きを変える機構である。具体的には、方向転換機構24は、投入口20から試料管用通路22に導入された試料管28の円柱軸の方向(つまり試料管28の向き)を試料管支持装置18の回転軸に平行な方向に転換して、試料管28を試料管支持装置18に導入する。また、方向転換機構24は、試料管支持装置18から排出された試料管28の向きを投入口20に向けて、試料管28の円柱軸の方向を転換する。例えば、方向転換機構24は、試料管28の円柱軸の方向を垂直方向に転換する。試料管28は、投入口20と試料管支持装置18との間を、試料管用通路22及び方向転換機構24を介して相互に移動することができる。
【0025】
図2に示すように、方向転換機構24は、試料管用通路22において投入口20とは反対側の端部に接続されている。方向転換機構24と試料管支持装置18は接触せずに設置され、方向転換機構24と試料管支持装置18との間に隙間30が形成されている。隙間30については後で詳しく説明する。
【0026】
試料が収容された試料管28は、投入口20に投入され、試料管用通路22及び方向転換機構24を通って試料管支持装置18に移動され、測定が行われる。また、測定が終わると、試料管28は、試料管支持装置18から試料管用通路22及び方向転換機構24を通って投入口20から取り出される。試料管28を取り出す場合、負圧発生装置26によって吸引することで、試料管支持装置18、試料管用通路22及び方向転換機構24内に負圧を発生させる。この負圧によって、試料管支持装置18内に支持されている試料管28が、方向転換機構24及び試料管用通路22を通って投入口20まで移動し、投入口20からNMRプローブ装置16の外部に排出される。
【0027】
方向転換機構24は、円弧状の形状を含む形状を有し、試料管28が試料管支持装置18から投入口20に移動して投入口20から排出されるときに、方向転換機構24の内壁の少なくとも2点に試料管28を接しさせながら投入口20に向けて試料管28の向きを変えさせる形状を有する。その円弧状の形状は、アステロイド曲線をマジック角に合わせて変更された曲線の一部の形状を有する。
【0028】
以下、方向転換機構24の形状について詳しく説明する。
【0029】
図3には、試料管28、X軸及びY軸が示されている。X軸及びY軸は、互いに直交する軸である。Y軸は、NMR装置10の垂直方向の軸であり、試料管用通路22が延在する方向に平行な軸である。Y軸は、静磁場の方向に平行な軸であるともいえる。X軸は、Y軸に直交する軸である。また、
図3には、X1軸は、Y軸からマジック角θ(54.7度)傾いた軸である。
【0030】
試料管支持装置18においては、試料管28はマジック角θを持って傾斜しており、方向転換機構24は、マジック角θを持って傾斜している試料管28の向きを垂直方向(Y軸方向に平行な方向)に向けるためのスペースを有する。ここで、長さLは、試料管28の長さ(つまり試料管28の長手方向の長さ)であり、直径Dは、試料管28の直径である。
【0031】
符号31が指し示す試料管28の状態は、試料管支持装置18から排出されて方向転換機構24によって方向が垂直方向に転換される前の状態である。この状態の試料管28はマジック角θを持って傾斜しており、このときの試料管28の先端部28aの一方の頂点SAの位置に、X軸及びY軸の原点(0,0)が定義される。また、この状態の試料管28の後端部28bの一方の頂点SCの座標は(Lsinθ,Lcosθ)であり、後端部28bの他方の頂点SDの座標は、(Lsinθ+Dcosθ,Lcosθ-Dsinθ)である。
【0032】
符号32が指し示す試料管28の状態は、試料管支持装置18から排出された後、方向転換機構24によって方向が垂直方向に転換された後の状態である。この状態の試料管28は、Y軸(つまり垂直方向)に平行に配置されており、試料管28の先端部28aの一方の頂点SAの座標は(0,L)であり、他方の頂点SBの座標は(D,L)である。また、後端部28bの一方の頂点SCの座標は(0,0)であり、他方の頂点SDの座標は(D,0)である。
【0033】
図4には、X軸及びY軸によって定義される座標系上で表現されるアステロイド曲線34が示されている。
【0034】
図5には、マジック角θに従って座標変換された後の座標系(X1軸、Y1軸)が示されている。
図5に示す例では、座標変換後のY1軸は、座標変換前のY軸(
図3,4に示すY軸)と同じ軸である。座標変換後のX1軸は、Y1軸(=Y軸)からマジック角θ傾いた軸である。
図5に示されている変換アステロイド曲線36は、その座標変換に従って、
図4に示されているアステロイド曲線34を変換することで得られる曲線である。つまり、X軸をマジック角θだけ傾斜させることでX1軸が形成され、その座標変換に従って、アステロイド曲線34が変換されることで変換アステロイド曲線36が形成される。
【0035】
理想的には、方向転換機構24において、変換アステロイド曲線36に沿って試料管28の方向を転換させることで、試料管28の方向転換に要する経路が最短となり、試料管28が通るスペースの容積が最小になると考えられる。しかし、試料管28が通る通路を加工してアステロイド曲線を形成することは、技術的に困難である。そこで、変換アステロイド曲線36に近似した円(以下、「近似円」と称する)を演算し、その近似円38に含まれる円弧に沿って試料管28の方向を転換させることで、その方向転換に要する経路をできるだけ短くし、試料管28が通るスペースの容量をできるだけ少なくすることができる。変換アステロイド曲線36から近似円38を演算する方法は、公知の方法を採用することができる。
【0036】
図6には、方向転換機構24によって試料管28の方向が転換される様子が示されている。
図6に示す例では、方向転換機構24は、上述した近似円38の一部を構成する円弧38aの形状を有する通路である。試料管28の排出時に、試料管支持装置18から排出された試料管28は、その円弧38aの形状を有する通路(つまり方向転換機構24)を通って試料管用通路22まで移動し、その後、試料管用通路22を通って投入口20まで移動し、投入口20からNMRプローブ装置16の外部に排出される。つまり、方向転換機構24においては、試料管28は、円弧38aに沿って移動する。
【0037】
図6に示されている構成によれば、変換アステロイド曲線36に近い形状を有する通路によって試料管28の方向を転換することができ、それによって、方向転換に要する経路をできるだけ短くし、試料管28が通るスペースの容量をできるだけ少なくすることができる。
【0038】
ところで、
図6に示されている構成を採用した場合、試料管28が試料管支持装置18から排出された位置(X軸上の位置)又は試料管支持装置18の位置(X軸上の位置)と、投入口20の位置(X軸上の位置)との間の距離が長くなり、その制約の下で、投入口20の位置を決める必要がある。その距離をより短くする方法が
図7に示されている。
図7に示す方法では、円弧38aに沿って試料管28を移動させた後、試料管28の向きを反対の向きに変えることで、X軸上において、試料管支持装置18により近い位置に投入口20を設置することができる。この場合、試料管28の方向転換を2回行う必要がある(
図7中の符号A,B参照)。
【0039】
以下、
図8を参照して、上述した距離をより短くすることと、試料管28の方向転換を1回で済ませることを両立させる構成について説明する。
【0040】
図8には、試料管支持装置18の一部、投入口20、試料管用通路22、方向転換機構24、負圧発生装置26、及び、試料管28が示されている。符号40は、試料管28の移動の軌跡を指し示している。方向転換機構24の内部には、試料管28の円柱軸の方向(つまり試料管28の向き)を垂直方向(つまりY軸に平行な方向)に転換させるためのスペース42が形成されている。負圧発生装置26によって、試料管用通路22及び方向転換機構24内に負圧が形成されると、試料管支持装置18によって支持されていた試料管28は、投入口20に向けて吸い上げられる。
【0041】
符号44,46,48,49は、各段階における試料管28の位置を指し示している。符号44は、試料管支持装置18から排出された直後の試料管28を指し示している。符号46は、スペース42に到着し、方向が転換される前の試料管28を指し示している。符号46が指し示す試料管28は、Y軸に対してマジック角θを持って傾斜している。符号48は、方向転換機構24によって方向が垂直方向に転換された後の試料管28を指し示している。符号49は、試料管用通路22内を移動して投入口20の近くまで到着した状態の試料管28を指し示している。
【0042】
方向転換機構24の内部に形成されたスペース42は、試料管支持装置18の軸に平行な方向(つまりX1軸に平行な方向)に試料管28を収容することができる長さ(符号46が指し示す試料管28の長さ)と、垂直方向(つまりY軸に平行な方向)に試料管28を収容することができる長さ(符号48が指し示す試料管28の長さ)とを有する。また、スペース42は、それら2つの状態の間で、試料管28の向き(つまり試料管28の姿勢)を相互に転換することができるように、X軸方向に方向転換用の空間を有する。
【0043】
また、
図8には、近似円38が示されている。方向転換機構24の内部の一部は、近似円38の一部を構成する円弧(例えば
図6に示す円弧38a)の形状を有する。負圧発生装置26によって吸引が行われて試料管28が吸い上げられると、試料管28は、その円弧に沿って方向転換機構24の内部を、符号44が指し示す位置から符号46が指し示す位置まで移動する。試料管28は、方向転換機構24の内部において、その円弧の形状を有する内壁に沿って移動する。そして、スペース42にて、試料管28が円弧に沿った状態で、試料管28の円柱軸の方向(つまり試料管28の向き)が垂直方向に転換され(符号48参照)、その状態で、試料管28は、試料管用通路22内を通って投入口20まで吸い上げられる(符号49参照)。
【0044】
投入口20から試料管28をNMRプローブ装置16内に導入するときは、それとは逆に、スペース42にて、試料管28の円柱軸の方向(つまり試料管28の向き)が垂直方向からマジック角θに対応する方向に転換され、試料管28は、試料管支持装置18まで移動させられる。
【0045】
近似円38の位置と大きさを変えることで、投入口20の位置を変えることができる。近似円38を小さくした場合も、試料管28は、方向転換機構24の内部において、その小さくした近似円38の形状を有する内壁に沿って移動する。近似円38を小さくした分、X軸上において、方向転換機構24の位置を、より試料管支持装置18側に近づけることができる。それに応じて、方向転換機構24に接続される試料管用通路22、及び、試料管用通路22に接続される投入口20を、X軸上において、より試料管支持装置18側に近づけることができる。これにより、試料管支持装置18の位置(X軸上の位置)と、投入口20の位置(X軸上の位置)との間の距離を、短くすることができる。
【0046】
また、試料管28を、近似円38の一部を構成する円弧に沿って移動させることで、スペース42内にて、試料管28の円柱軸の方向(つまり試料管28の向き)を垂直方向に転換させ、その転換後、試料管28を、試料管用通路22内を移動させて投入口20からNMRプローブ装置16の外部に排出することができる。このように、1回の方向転換によって、試料管28を投入口20からNMRプローブ装置16の外部に排出することができる。
図7に示す構成では、2回の方向転換が必要であるが、
図8に示す構成では、2回の方向転換は不要であり、1回の方向転換によって、試料管28を投入口20から外部に排出することができる。このように、方向転換の数を減らすことで、方向転換に必要な全空間の容積を減らすことができる。
【0047】
以下、
図9及び
図10を参照して、方向転換機構24の構成について更に詳しく説明する。特に、スペース42について詳しく説明する。
図9及び
図10には、Y軸、Y1軸、X軸、X1軸、試料管用通路22、方向転換機構24内のスペース42、試料管28、及び、円Ctが示されている。
【0048】
変数xは、投入口20の位置を決める変数である。上述したように、長さLは試料管28の長さであり、直径Dは試料管28の直径であり、角度θはマジック角である。
【0049】
変数xは、以下の式(1)の条件を満たす変数である。
x<x_limit・・・(1)
x_limit=Lsinθ+D(cosθ-1)
【0050】
ここで、マジック角θに沿ったX1軸について考えてみる。
【0051】
Y1軸及びX1軸は、座標変換後の軸である。X1軸は、Y軸及びY1軸からマジック角θ傾いた軸である。X軸及びY軸で構成される直交座標系において、Y軸に対してマジック角θ傾いたX1軸を形成する。Y軸及びX1軸で構成される座標系を、X軸上にて位置xまでスライドさせた座標系が、Y1軸及びX1軸で構成される座標系である。
【0052】
試料管28をX1軸に沿って配置し、試料管28の頂点SAを、(X軸,Y軸)座標系の原点に重ねる。このときの試料管28の位置は、試料管28の排出時に試料管28が試料管支持装置18から射出されて、方向転換用のスペース42内に入ったときの位置である。このときの頂点SA,SB,SC,SDをそれぞれ、頂点SA0,SB0,SC0,SD0と定義する。
【0053】
上述したように、スペース42内にて、試料管28の方向が垂直方向に転換される。このときの頂点SA,SB,SC,SDをそれぞれ、頂点SAF,SBF,SCF,SDFと定義する。また、頂点SCFは、(X1軸,Y1軸)座標系の原点に配置される。
【0054】
仮想の円Ctが定義される。円Ctは、上述した近似円38に相当する円である。具体的には、円Ctは、試料管28がスペース42内に入って試料管28の方向が転換される前に、試料管28の頂点SD0と接し、かつ、スペース42内にて試料管28の方向が転換された後に、試料管28の線分(SBF-SDF)と接する円である。また、円Ctの中心を、Ct0と定義する。
【0055】
円Ctの半径Rは、以下の式(2)で表現される。
Rt=(L-x/sinθ)tan(π/2-θ/2)
R=(L-x/sinθ)tan(π/2-θ/2)-D・・・(2)
Rtは、中心Ct0とY1軸との間の距離である。
【0056】
以下、スペース42内にて試料管28の円柱軸の方向(つまり試料管28の向き)を転換するときの試料管28の動きについて説明する。ここで、試料管28の方向が転換されるときに、試料管28の頂点SA,SB,SC,SDのそれぞれが描く軌跡を、CSA,CSB,CSC,CSDと定義する。試料管28がスペース42内にて方向転換するとき、頂点SCは、常にX1軸に沿ってX1軸の原点まで動き、試料管28の線分(SB-SD)は、円Ctに接している。つまり、試料管28の線分(SB-SD)が円Ctに接した状態で、頂点SCがX1軸に沿ってX1軸の原点まで動きながら、試料管28は方向転換する。頂点SCのX1軸上での軌跡が、方向転換機構24の内壁の一部を構成し、円Ctにおいて線分(SB-SD)が接する部分が、方向転換機構24の内壁の一部を構成する。このように、試料管28の少なくも2点(つまり、頂点SCと線分(SB-SD))が方向転換機構24の内壁に接しながら、方向転換機構24にて試料管28の方向が転換する。つまり、方向転換機構24は、その円弧状の内壁に少なくとも2点に試料管28を接しさせながら投入口20に向けて試料管28の向きを変えさせる形状を有する。試料管28が、座標変換前のY軸に当たるときの頂点SCの位置、つまり、試料管28の頂点SAが、X軸及びY軸で構成される座標系の原点((X,Y)=(0,0))に配置されるときの頂点SCの位置は、頂点SC0の位置である。
【0057】
方向転換中の試料管28と円Ctとの接点を、接点SEと定義する(
図10参照)。接点SEと中心Ct0とによって形成される線分と、頂点SC0と中心Ct0とによって形成される線分と、がなす角度を、角度(2α)と定義する。
【0058】
試料管28の方向転換中、角度αは、0<α<(θ/2)の範囲を動く。
【0059】
試料管28の方向転換中の頂点SAの軌跡CSAと頂点SBの軌跡CSBは、以下の式(3)で表現される。
CSA(X,Y)=(Lsinθ-(L-x/sinθ)tan(π/2-θ/2)tanαsinθ-Lsin(θ-2α),
-{Lcosθ-(L-x/sinθ)tan(π/2-θ/2)tanαcosθ-Lcos(θ-2α)})
CSB(X,Y)=(Lsinθ-{(L-x/sinθ)tan(π/2-θ/2)-D}tanαsinθ
-(L-Dtanα)sin(θ-2α)+Dsin(π/2-θ),
-{Lcosθ-{(L-x/sinθ)tan(π/2-θ/2)-D}tanαcosθ
-(L-Dtanα) cos(θ-2α)}+Dcos(π/2-θ))・・・(3)
【0060】
上記の式(3)では、x/Lが変数となり、各軌跡は、実際に試料管28を動かすことで求められる。
【0061】
上記の軌跡に従って方向転換機構24を加工することで、上記の軌跡に従った形状を有するスペース42を形成することができる。なお、上記の軌跡を円によって近似することで、スペース42の形状を簡略化してもよい。
【0062】
本実施形態に係る方向転換機構24によれば、1回の方向転換によって、試料管28をNMRプローブ装置16から排出することができる。同様に、1回の方向転換によって、投入口20から投入された試料管28を試料管支持装置18に移送することができる。
【0063】
また、
図8に示すように、近似円38の大きさを小さくし、その大きさ及び形状に応じて方向転換機構24の大きさ及び形状を形成することで、投入口20の位置を、X軸上にて試料管支持装置18に近づけることができる。その結果、X軸上にて投入口20と試料管支持装置18との間の距離を短くすることができるので、ナローボアプローブ等のように空間的に制約のあるNMRプローブ装置に、本実施形態に係る方向転換機構24を適用することができる。
【0064】
また、試料管28の排出時に方向転換機構24によって試料管28の方向を転換するときに、試料管支持装置18から排出された試料管28の先端部28aが、方向転換機構24の内壁に接触せずに(つまり、先端部28aが内壁に衝突せずに)、試料管28の方向を転換させることができる。先端部28aには、試料管28を回転させるためのタービン翼が設けられている。先端部28aが内壁に衝突することを防止することで、その衝突によってタービン翼が破損することを防止することができる。
【0065】
また、負圧発生装置26によって試料管28を吸い上げることで、試料管28を方向転換させるためのガスを方向転換機構24に供給する必要がない。それ故、ガスを供給するための吹き出し口を設ける必要がない。また、ガスを供給しないことで、試料管支持装置18内の雰囲気を維持することができる。
【0066】
また、試料管の回転や温度制御のために、空気、窒素又はヘリウム等のガスが用いられる。負圧発生装置26による吸い上げの方式を採用することで、他の方式に比べてガスのロスを減らすことができ、その結果、ガスの消費量を減らすことができる。また、試料管28を排出するためにガスを用いないため、試料管28の交換に伴うNMRプローブ装置16内の温度変化を抑制することができる。
【0067】
なお、試料管支持装置18から排出された試料管28が初めて突き当たる通路の付近に、ガスを供給することで、試料管28の方向転換を補助してもよい。例えば、
図8に示されている符号50が指し示すように、試料管28の排出時に試料管28の後方から試料管28に対してガスを噴出することで、試料管28の方向転換を補助する。また、投入口20から試料管28を投入して試料管支持装置18に試料管28を導入するときに、符号52が指し示すように、試料管28に対してX軸の方向からガスを噴出することで、試料管28の方向転換を補助してもよい。
【0068】
以下、方向転換機構24と試料管支持装置18との間に形成された隙間30について説明する。
【0069】
方向転換機構24は試料管用通路22に接続されており、試料管用通路22は、NMRプローブ装置16の外部の部品に接続されている。したがって、仮に、方向転換機構24と試料管支持装置18とを接続する場合、NMRプローブ装置16の外部の部品も一緒に動かす必要がある。また、仮に、方向転換機構24と試料管支持装置18とが接続されていると、試料管支持装置18の傾きをマジック角θに調整するときに、NMRプローブ装置16の外部の部品も一緒に動かす必要がある。また、試料管28が通る部分の部材をフレキシブルな部材を用いる必要があり、用いる材料が制約される。例えば、常温以外ではゴム系の材料を用いることができない。
【0070】
試料管支持装置18と方向転換機構24とを分離し、これらの間に隙間30を形成することで、これらの課題を解決することができる。つまり、試料管支持装置18と方向転換機構24とを接続する必要がないため、方向転換機構24及び試料管用通路22を動かす必要がない。また、試料管支持装置18と方向転換機構24とが分離しているため、試料管支持装置18の傾きをマジック角θに調整するときに、方向転換機構24及び試料管用通路22を動かす必要がない。
【0071】
例えば、直径が3.2mmや4mm程度の試料管28を移送する場合、内径(直径)が5mmの通路では、隙間30の距離は、0.01mm~0.8mm程度である。隙間30が大きくなるほど、試料管28を移送し難くなるので、より大きな差圧が必要となる。差圧は、負圧発生装置26による負圧によって生成される。なお、投入口20へ試料管28を排出するときに試料管28の後方からコンプレッサーによって圧力を加える方式が採用される場合、差圧はコンプレッサーによって生成される。
【0072】
試料管28が、試料管用通路22、方向転換機構24及び隙間30を通るときに(つまり、通路の全域に)、試料管28の周囲に0.2mm~1.0mm程度の隙間があることが好ましい。このような隙間を形成することで、通路の全域にて試料管28をスムーズに移動させることができる。例えば、試料管支持装置18の位置と方向転換機構24の位置とを合わせて、試料管28を試料管支持装置18と方向転換機構24との間でスムーズに移動させることができる。
【0073】
隙間30の形状は、例えば、平行平板、試料管支持装置18の回転軸を中心とした円弧状の形状、又は、ラビリンスシール等である。
【0074】
方向転換機構24の材料は、例えば、金属、セラミック系の材料、又は、樹脂である。
【0075】
金属として、例えば、硬さが40~310HVの銅系の材料が用いられる。
【0076】
セラミック系の材料として、例えば、ジルコニア、アルミナ、窒化ケイ素、又は、炭化ケイ素等のように、研磨することで表面粗さがRa1.6μm以下にすることが可能な材料が用いられる。硬さ(N/mm2)が840~3000HVのセラミック系の材料が用いられる。
【0077】
樹脂として、例えば、PCTFEやPTFE等のフッ素樹脂、又は、PEEKやVESPEL(登録商標)等のポリイミド樹脂等が用いられる。
【0078】
上記の材料を用いることで、NMRプローブ装置16が冷却又は加熱されたときに、収縮又は膨張によって試料管支持装置18が引っ張られることが抑制され、安定してマジック角を調整することができる。
【符号の説明】
【0079】
10 NMR装置、16 NMRプローブ装置、18 試料管支持装置、20 投入口、22 試料管用通路、24 方向転換機構、26 負圧発生装置、28 試料管、30 隙間。