(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-19
(45)【発行日】2023-10-27
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/30 20060101AFI20231020BHJP
B23K 35/40 20060101ALI20231020BHJP
【FI】
B23K35/30 320B
B23K35/40 330
(21)【出願番号】P 2019101219
(22)【出願日】2019-05-30
【審査請求日】2022-03-04
(73)【特許権者】
【識別番号】503378420
【氏名又は名称】日鉄ステンレス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(72)【発明者】
【氏名】吉岡 優馬
(72)【発明者】
【氏名】高野 光司
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-046358(JP,A)
【文献】特開2008-132515(JP,A)
【文献】特開昭57-154395(JP,A)
【文献】特開2002-018587(JP,A)
【文献】特開2011-125874(JP,A)
【文献】実開昭62-056292(JP,U)
【文献】特開2003-251490(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0178329(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/30
B23K 35/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.005~0.040%、
Si:0.05~1.50%、
Mn:0.05~1.00%、
P:0.04%以下、
S:0.0010~0.0300%、
Cr:13.0~24.0%、
Nb:0.20~1.50%、
Al:0.001~0.030%、
O:0.001~0.030%、
N:0.003~0.040%を含有し、
更に、Ni:0.01~2.00%、Mo:0.01~4.00%、Cu:0.05~2.00%、Ti:0.01~1.00%、B:0.0001~0.0040%、Ca:0.0001~0.0030%、Mg:0.0001~0.0030%、Co:0.01~2.00%、Ta:0.01~1.00%、V:0.05~1.00%、W:0.05~1.00%、Zr:0.01~1.00%、Sn:0.01~1.00%、REM:0.0005~0.0500%の1種または2種以上を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
長手方向と直交する断面における、表層から深さ0.2mm位置でのビッカース硬さが400HV以下であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤ。
【請求項2】
前記フェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤは、ワイヤの正送及び逆送と、溶接電流の波形とを同期させながら溶接する溶接方法に用いられることを特徴とする
請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤ。
【請求項3】
1ダイスあたりの減面率が15%以上、焼鈍後のトータルの減面率が90%以下の伸線工程を施すことにより、長手方向と直交する断面における、表層から深さ0.2mm位置でのビッカース硬さが400HV以下にすることを特徴とする請求項1
または請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法に関し、特に、ワイヤ送給制御溶接法に適用可能なフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
フェライト系ステンレス鋼は、オーステナイト系ステンレス鋼に比べて安価であるとともに、熱膨張係数が小さく熱歪を抑制できる。そのため、エキゾーストマニホールドなどの自動車排気系部品をはじめとした様々な製品に幅広く適用されている。フェライト系ステンレス鋼板から自動車排気系部品を製造する際には、ガスメタルアーク溶接が適用されることが多い。
【0003】
ガスメタルアーク溶接においては、スパッタの発生が問題となりやすい。製品の外面側に付着したスパッタは外観を著しく損ねる。また、部品の内面側に付着したスパッタは剥離して各種制御機器の内部に混入し、作動不良を引き起こす恐れがある。スパッタ除去を行うことは作業性を著しく損ねるとともに、コストの増大につながる。このため、スパッタ発生量の低減が強く望まれている。
【0004】
ガスメタルアーク溶接において発生するスパッタを低減できる溶接ワイヤとして、特許文献1には、Ca含有量を規制して溶接アークを安定化させた溶接ワイヤが記載されている。また、特許文献2には、(S+5Al+5O+Ca+10Mg)を制御した溶接ワイヤが記載されている。更に、特許文献3には、(Si+Ti)/Nb≧1.0に制御して溶湯の粘度を高めることで溶融池を安定化させた溶接ワイヤが記載されている。これらの技術は、溶接ワイヤの成分設計の観点のみからスパッタ低減を試みたものであり、溶接プロセスの影響については考慮されていない。
【0005】
スパッタは、溶接ワイヤ先端の溶滴と溶融池とが接触して短絡を生じた際に、断面積の小さい架橋部で電流密度が高くなって急激な温度上昇による突沸が生じることで発生する。近年、この現象を抑制することでスパッタ低減が可能な、ガスメタルアーク溶接プロセス用の制御機器が普及、拡大しつつある。このプロセスは、ワイヤ送給制御溶接法と呼ばれており、溶接電流波形と連携して溶接ワイヤの正送、逆送を周期的に制御することで、短絡期間とアーク発生期間を交互に繰り返すガスメタルアーク溶接法である。このワイヤ送給制御を伴うガスメタルアーク溶接法では、溶接ワイヤ先端の液滴と溶融池との短絡時に電流を低くすることで、架橋部の突沸を防止してスパッタ発生を抑制している。
【0006】
しかしながら、ワイヤ送給制御溶接法では、溶接ワイヤの特性により十分な効果を発揮できず、スパッタが発生してしまう場合があった。このように、溶接プロセスの影響を考慮せずに、化学組成のみを規定した溶接ワイヤでは、スパッタ発生を防止するには不十分であった。
【0007】
さらに、自動車排気系部品の溶接金属は、高温かつ過酷な腐食環境下におかれ、スパッタなどを起点とした発銹が生じる場合もある。従って、自動車排気系部品の溶接金属には優れた耐食性が要求されている。溶接金属の耐食性の向上を実現するため、溶接ワイヤにおいても化学成分の最適化が求められている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平9-192879号公報
【文献】特開2014-46358号公報
【文献】特開2018-69296号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は上記背景を鑑みてなされたものであり、ワイヤ送給制御を伴う溶接方法において、溶接時に発生するスパッタを低減でき、溶接金属の耐食性にも優れたフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤ及びその製造方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために種々検討した結果、(1)溶接ワイヤの溶融挙動を制御するために成分を規定すること、(2)溶接ワイヤの正送と逆送を交互に繰り返す溶接プロセスにおいて、溶接ワイヤ送給性などを安定化させるために溶接ワイヤ表層のビッカース硬さを調整すること、が重要であると知見した。本発明は、これらの知見をもとになされたものであり、その要旨は以下の通りである。
【0011】
(1) 質量%で、
C:0.005~0.040%、
Si:0.05~1.50%、
Mn:0.05~1.00%、
P:0.04%以下、
S:0.0010~0.0300%、
Cr:13.0~24.0%、
Nb:0.20~1.50%、
Al:0.001~0.030%、
O:0.001~0.030%、
N:0.003~0.040%を含有し、
更に、Ni:0.01~2.00%、Mo:0.01~4.00%、Cu:0.05~2.00%、Ti:0.01~1.00%、B:0.0001~0.0040%、Ca:0.0001~0.0030%、Mg:0.0001~0.0030%、Co:0.01~2.00%、Ta:0.01~1.00%、V:0.05~1.00%、W:0.05~1.00%、Zr:0.01~1.00%、Sn:0.01~1.00%、REM:0.0005~0.0500%の1種または2種以上を含有し、
残部がFeおよび不純物からなり、
長手方向と直交する断面における、表層から深さ0.2mm位置でのビッカース硬さが400HV以下であることを特徴とするフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤ。
(2)前記フェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤは、ワイヤの正送及び逆送と、溶接電流の波形とを同期させながら溶接する溶接方法に用いられることを特徴とする前記(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤ。
(3)1ダイスあたりの減面率が15%以上、焼鈍後のトータルの減面率が90%以下の伸線工程を施すことにより、長手方向と直交する断面における、表層から深さ0.2mm位置でのビッカース硬さが400HV以下にすることを特徴とする前記(1)または前記(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤの製造方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、溶接時に発生するスパッタを低減でき、かつ溶接金属の耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼溶接ワイヤを提供できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の実施形態に係るフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤ(以下、溶接ワイヤという場合がある)は、質量%で、C:0.005~0.040%、Si:0.05~1.50%、Mn:0.05~1.00%、P:0.04%以下、S:0.0010~0.0300%、Cr:13.0~24.0%、Nb:0.2~1.50%、Al:0.001~0.030%、O:0.001~0.030%、N:0.003~0.040%を含有し、残部がFeおよび不純物からなり、長手方向と直交する断面における、表層から深さ0.2mm位置でのビッカース硬さが400HV以下の溶接ワイヤである。
本実施形態の溶接ワイヤは、化学組成と表層のビッカース硬さを規定するものである。
また、本実施形態の溶接ワイヤは、ソリッドワイヤである。
また、本実施形態の溶接ワイヤは、ワイヤの正送及び逆送と、溶接電流の波形とを同期させながら溶接する溶接方法に用いられることが好ましい。
【0014】
まず、本実施形態の溶接ワイヤの化学成分の限定理由について述べる。なお、以下の%は「質量%」を意味する。
【0015】
C:0.005~0.040%
Cは、溶接ワイヤのビッカース硬さを確保する上である一定量を含有させる必要があり、下限を0.005%以上とする。一方、Cを多量に含有させると、Cr系炭化物が析出して鋭敏化を引き起こして溶接金属の耐食性が低下するため、上限を0.040%以下とする。C量は0.008%以上であってもよく、0.010%以上であってもよい。また、C量は0.020%以下であってもよく、0.015%以下であってもよい。
【0016】
Si:0.05~1.50%
Siは、脱酸元素であるとともに溶融池の湯流れ性を向上させるため、シールドガスおよび大気巻き込みから混入した酸素、窒素などに起因するブローホール発生を抑制する。したがって、下限を0.05%以上とする。一方、その含有量が1.50%を超えるとSiO2を形成して溶鋼中のOを固定化して表面張力が低下するため粗大なスパッタが多量に発生してしまう。このため下限を1.50%以下とする。好ましくは1.00%以下であり、より好ましくは0.50%以下である。また、Si量は0.10%以上であってもよく、0.20%以上であってもよい。
【0017】
Mn:0.05~1.00%
Mnは、脱酸元素として作用するが、その含有量が0.05%未満では十分な効果が期待できない。そのため、下限を0.05%以上とする。一方、その含有量が1.00%を超えるとMnOを形成して溶鋼中のOを固定化して表面張力が低下するため粗大なスパッタが多量に発生してしまう。このため、上限を1.00%以下とする。好ましくは0.80%以下であり、より好ましくは0.50%以下である。また、Mn量は0.10%以上であってもよく、0.20%以上であってもよい。
【0018】
P:0.04%以下
Pは、不可避不純物として一定量が鋼中に含有されるが、その含有量が多くなると溶接部の耐食性が低下することに加えて、溶接割れが生じやすくなる。このため、上限を0.04%以下とする。好ましくは0.03%以下である。P量は少ないほど好ましいが、精錬コストが増大する場合があるため、0.005%以上であってもよく、0.01%以上であってもよい。
【0019】
S:0.0010~0.0300%
Sは、溶接ワイヤの溶融挙動を制御する上で重要な元素であり、溶鋼の表面張力を低下させてスパッタを微細化させる作用がある。この効果は0.0010%未満では十分に得られないため、下限を0.0010%以上とする。一方、その含有量が0.0300%を超えると耐食性が著しく低下する。このため、上限を0.0300%以下とする。好ましくは0.0200%以下であり、さらに好ましくは0.0150%以下である。また、S量は0.0020%以上であってもよく、0.0050%以上であってもよい。
【0020】
Cr:13.0~24.0%
Crは、溶接金属の耐食性を確保する上で必須の元素であり、そのため下限を13.0%以上とする。ただし、過剰に含有してもその効果は飽和してしまうため、上限を24.0%以下とする。Cr量は14.0%以上であってもよく、15.0%以上であってもよい。また、Cr量は22.0%以下であってもよく、20.0%以下であってもよい。
【0021】
Nb:0.20~1.50%
Nbは、炭窒化物を形成してC、Nを固定化し、Cr炭窒化物の析出を抑制することで溶接部の耐食性を向上させるが、0.20%未満では十分な効果が得られない。このため、下限は0.20%以上とする。一方、過剰に含有させてもその効果は飽和してしまうため、上限を1.50%以下とする。好ましくは1.00%以下、より好ましくは0.80%以下である。また、Nb量は0.40%以上であってもよく、0.60%以上であってもよい。
【0022】
Al:0.001~0.030%
Alは、脱酸元素として作用し、その効果を得るためには0.001%以上含有させる必要がある。そこで、下限を0.001%以上とする。一方、過剰に含有させると溶接部の延性、靭性が低下するとともに、スパッタが発生しやすくなるため、上限を0.030%以下とする。好ましくは0.010%以下である。また、Al量は0.002%以上であってもよく、0.004%以上であってもよい。
【0023】
O:0.001~0.030%
Oは、Sと同様に溶鋼の表面張力を低下させてスパッタを微細化させる作用がある。このため、その含有量を0.001%以上とする必要がある。一方、過剰に含有させると溶接ワイヤ中の硬質な酸化物の個数が増加してコンタクトチップ摩耗の原因となりスパッタ性が低下するため、上限を0.030%以下とする。好ましくは0.010%以下であり、さらに好ましくは0.005%以下である。また、O量は0.002%以上であってもよく、0.003%以上であってもよい。
【0024】
N:0.003~0.040%
Nは、Cと同様に溶接ワイヤのビッカース硬さを確保する上であり、一定量を含有させる必要があることから、下限を0.003%以上とする。一方、多量に含有させると、Cr系窒化物が析出して鋭敏化を引き起こし、溶接金属の耐食性が低下するため、上限を0.040%以下とする。好ましくは0.030%以下であり、さらに好ましくは0.020%以下である。また、N量は0.008%以上であってもよく、0.010%以上であってもよい。
【0025】
また、本実施形態の溶接ワイヤは、Ni:0.01~2.00%、Mo:0.01~4.00%、Cu:0.05~2.00%、Ti:0.01~1.00%、B:0.0001~0.0040%、Ca:0.0001~0.0030%、Mg:0.0001~0.0030%、Co:0.01~2.00%、Ta:0.01~1.00%、V:0.05~1.00%、W:0.05~1.00%、Zr:0.01~1.00%、Sn:0.01~1.00%、REM:0.0005~0.0500%の1種または2種以上を含有してもよく、これらの元素を含有しなくてもよい。これらの元素を含有しない場合の下限は0%である。
【0026】
Ni:0.01~2.00%
Niは、オーステナイト生成元素であり、溶接金属の延性、靭性を向上させる。このような効果を得るためには0.01%以上含有させる必要があり、下限を0.01%以上とする。一方、過剰に含有させるとマルテンサイト相の生成を促進して溶接金属の耐割れ性が低下するため、上限を2.00%以下とする。
【0027】
Mo:0.01~4.00%
Moは、耐食性、高温強度を高める元素であり、このような効果を発揮させるために下限を0.01%以上とする。一方、Moを過剰に含有させるとコスト上昇となるため、上限を4.00%以下とする。好ましくは2.00%以下である。
【0028】
Cu:0.05~2.00%
Cuは、溶接部の強度、耐食性を高めるために有効な元素であり、このような効果を得るためには0.05%以上含有させる必要がある。一方、Cuが2.00%を超えて含有させると、溶接部の延性、靭性が著しく低下する。このため、上限を2.00%以下とする。好ましくは1.00%以下、より好ましくは0.50%以下である。また、溶接ワイヤの表面にCuめっきを施す様態で上記範囲となるように含有させてもよい。
【0029】
Ti:0.01~1.00%
Tiは、Nbと同様に炭窒化物を形成してC、Nを固定化し、Cr炭窒化物の析出を抑制することで溶接部の耐食性を向上させる。このような効果を得るため下限は0.01%以上とする。一方、過剰に含有させるとTi炭窒化物の個数が増加して溶接部の延性、靭性が損なわれるため、上限を1.00%以下とする。
【0030】
B:0.0001~0.0040%
Bは、溶接金属の結晶粒を微細化して靭性を向上させる。このような効果を得るため、下限は0.0001%以上とする。一方、過剰に含有させても上記の効果は飽和してしまうため、上限を00040%以下とする。好ましくは0.0030%以下、さらに好ましくは0.0020%以下である。
【0031】
Ca:0.0001~0.0030%
Caは、脱酸元素として作用するが、0.0001%未満ではその効果は少ない。このため、下限を0.0001%以上とする。一方、0.0030%を超えて含有させると著しくスパッタ発生量が増大するため、上限を0.0030%以下とする。好ましくは0.0020%以下であり、より好ましくは0.0010%以下である。
【0032】
Mg:0.0001~0.0030%
Mgは、脱酸元素として作用するが、0.0001%未満ではその効果は少ない。このため、下限を0.0001%以上とする。一方、0.0030%を超えて含有させると著しくスパッタ発生量が増大するため、上限を0.0030%以下とする。好ましくは0.0020%以下であり、より好ましくは0.0010%以下である。
【0033】
Co:0.01~2.00%
Coは、溶接金属の高温強度や耐酸化性を向上させる元素であるが、0.01%未満ではその効果は少ないため、下限を0.01%以上とする。一方、過剰に含有させるとコストの上昇を招くため上限を2.00%以下とする。
【0034】
Ta:0.01~1.00%
Taは、Nbと同じく周期律表のVa族元素であり、Nbに類似の性質を有する。すなわち、C、Nと結合して安定化させ、Cr炭窒化物の析出を抑制することにより、耐食性を高める元素である。ただし、0.01%未満ではその効果は少ないため、下限を0.01%以上とする。一方、過剰に含有させてもその効果は飽和するとともに、溶接金属の延性が大きく低下するため、上限を1.00%以下とする。
【0035】
V:0.05~1.00%
Vは、C、Nと結合してV炭窒化物を形成し、Cr炭窒化物の析出を抑制して耐食性を向上させるが、0.05%未満ではその効果は少ないため、下限を0.05%以上とする。一方、過剰に含有させると溶接金属の延性が低下するため、上限を1.00%以下とする。
【0036】
W:0.05~1.00%
Wは、耐食性および高温強度を高める元素であるが、0.05%未満ではその効果は少ないため、下限を0.05%以上とする。一方、その含有量が1.00%を超えると溶接金属の延性が大きく低下するため、上限を1.00%以下とする。
【0037】
Zr:0.01~1.00%
Zrは、溶接金属の結晶粒を微細化させる元素であるが、0.01%未満ではその効果は少ないため、下限を0.01%以上とする。一方、1.00%を超えて含有させてもその効果は飽和してしまいコストの上昇も招くため、上限を1.00%以下とする。
【0038】
Sn:0.01~1.00%
Snは、耐食性を高めるのに有効な元素であるが、0.01%未満ではその効果は少ないため、下限を0.01%以上とする。一方、過剰に含有させると熱間加工性が著しく低下するため、上限を1.00%以下とする。
【0039】
REM:0.0005%~0.0500%
REM(希土類元素)は、熱間加工性を向上させる元素であるが、0.0005%未満ではその効果は少ないため、下限を0.0005%以上とする。一方、過剰に含有させると溶接金属の靭性が低下するため、上限は0.0500%以下であり、好ましくは0.0300%以下である。なお、「REM」とは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素の総称であり、REM含有量とはREMのうちの1種または2種以上の元素の合計含有量を指す。また、REMは一般的にミッシュメタルに含有されるため、ミッシュメタルの形で添加してREMの含有量が上記の範囲になるように含有させてもよい。
【0040】
上記で説明した以外の各元素についても、本発明の効果を損なわない範囲で含有させることができる。その化学成分について本発明では特に規定するものではないが、一般的な不純物元素であるZn、Bi、Pb、Se、Sb、Ga等は可能な限り低減することが好ましい。これらの元素は、本発明の課題を解決する限度の範囲にて制御され、必要に応じてZn≦0.01%、Bi≦0.01%、Pb≦0.01%、Se≦0.01%、Sb≦0.05%、Ga≦0.05%の1種以上を含有させてもよい。
【0041】
また、溶接ワイヤ表面を軟質化させてコンタクトチップの摩耗を軽減するとともに、送給性、給電性を高めてスパッタを低減させるため、必要に応じてCuめっきを施してもよい。この場合のCuめっきのCu量は、上記のCuの含有量の範囲に含まれる。
【0042】
次に、本実施形態の溶接ワイヤにおけるビッカース硬さの限定理由について述べる。本発明者らは、ワイヤ送給制御溶接法において、スパッタ性が溶接ワイヤ表層のビッカース硬さと相関があることを知見した。溶接ワイヤ表層のビッカース硬さが400HVより大きい場合、溶接トーチ内のコンタクトチップに対して溶接ワイヤが正送及び逆送を繰り返した場合に、コンタクトチップと溶接ワイヤとが接触してコンタクトチップの摩耗が激しくなり、溶接ワイヤに対する給電性や送給性が低下する。これにより、比較的大きなスパッタが生じやすくなり、スパッタ性が不良となる。以上の理由から、溶接ワイヤ表層のビッカース硬さを400HV以下に限定する。
【0043】
溶接ワイヤの表層のビッカース硬さは、溶接ワイヤを長手方向と交差する方向の断面を露出させ、断面を鏡面研磨した後、溶接ワイヤの表面から0.2mmの深さ位置において測定したビッカース硬さとする。測定荷重は荷重500gfとする。
【0044】
次に、本実施形態の溶接ワイヤの製造方法の限定理由について述べる。
溶接ワイヤの表層のビッカース硬さを制御するための製造工程を検討した結果、次の工程を実施することが有効であると確認した。すなわち、本実施形態の溶接ワイヤの製造方法では、熱間線材圧延して得られた熱間圧延線材に対して冷間線材圧延及び最終焼鈍を行う。冷間線材圧延は、複数のダイスに線材を順次通過させることによって伸線加工を行う。そして、冷間線材圧延における1ダイスあたりの減面率を高めることが有効である。伸線加工における1ダイスあたりの減面率が小さい場合、表層にのみひずみが蓄積されて加工硬化してしまう。さらに、最終焼鈍後のトータルの減面率が大きくなった場合にも表層のビッカース硬さが増大してしまうので、最終焼鈍後のトータルの減面率の上限を設けることが有効である。
【0045】
そこで、本実施形態では、1ダイスあたりの減面率を15%以上とし、最終焼鈍後のトータルの減面率を90%以下とする。
【0046】
1ダイスあたりの減面率は、1つのダイスを通過する前後における線材の断面積の減面率である。また、最終焼鈍後のトータルの減面率は、伸線加工開始直前の線材の断面積に対する、最終焼鈍後の線材の断面積の割合である。
【0047】
また、本実施形態の溶接ワイヤの製造方法では、伸線加工の途中で、適宜、中間焼鈍を行ってもよい。また、最終焼鈍の焼鈍条件は、例えば、800℃~1100℃において1分から5時間の条件で行うとよい。
【0048】
以上説明したように、本実施形態によれば、溶接電流波形と連携して溶接ワイヤの正送、逆送を周期的に制御することで短絡期間とアーク期間を交互に繰り返すガスメタルアーク溶接法において、溶接時に発生するスパッタを低減でき、溶接金属の耐食性も向上できる。
【実施例】
【0049】
表1に、発明例及び比較例の溶接ワイヤの化学組成を示す。また、表2に、製造方法、表層のビッカース硬さを示す。これらの溶接ワイヤの製造方法は次の通りであった。まず、50kg真空溶解炉にて溶解した鋼を鋼塊とし、鋼塊をφ5.5mmまで熱間線材圧延した。その後、冷間線材圧延および焼鈍(1050℃)を施すことにより、φ1.2mmのソリッドワイヤとした。冷間線材圧延では、複数のダイスに対して順次線材を通過させることにより伸線加工を行った。また、最終焼鈍の条件は、800℃~1100℃の焼鈍温度で1分~5時間の焼鈍時間とした。更に、適宜、中間焼鈍を行った。表1には、冷間線材圧延における1ダイスあたりの減面率として、複数のダイスにおける減面率のうち、最小の減面率を記載した。
【0050】
溶接ワイヤ表層のビッカース硬さは、溶接ワイヤ断面を鏡面研磨した後、表層から0.2mmの位置において荷重500gfで測定した。
【0051】
また、板厚1.9mmのフェライト系ステンレス鋼板(SUS444)を母材とし、表1の溶接ワイヤを用いて、水平重ね隅肉MIG溶接を実施した。溶接は、重ねた2枚の鋼板間に、約1.0mmのギャップを設けた状態で溶接を行った。このようにして、試験片となる溶接継手を製造した。
【0052】
溶接条件は次の通りであった。すなわち、ビード長さは30cmとした。また、フローニアス社製のCold Metal Transfer(CMT)溶接電源を用いたワイヤ送給制御溶接法においてCMT鉄モードを選択し、ワイヤの正送及び逆送と溶接電流の波形とを同期させながら溶接した。溶接条件は、溶接電流:170A、溶接電圧:12V、溶接速度:80cm/min、シールドガス:98%Ar+2%O2、シールドガス流量:15L/min、トーチ角度:45°の溶接条件とした。
【0053】
スパッタ性の評価は、上記のように重ねた2枚の鋼板間に約1.0mmのギャップを設けて溶接を行った後、試験片の裏面側に設置した受け板に付着したスパッタ個数と、試験片裏面に付着したスパッタ個数とを目視でカウントすることで実施した。直径0.3mm以上のスパッタ個数が2個以下の場合に合格とし、3個以上の場合には不合格とした。結果を表2に示す。
【0054】
耐食性の評価は、鋭敏化を引き起こすCr系炭窒化物の存在を確認するため、母材、溶接金属及び溶接熱影響部を含む溶接部の断面を樹脂に埋め込み鏡面研磨した試料において、JIS G 0571のしゅう酸エッチング試験方法を実施した。溝状組織が認められない場合を〇、溝状組織が認められる場合を×として評価した。これらの結果も表2に合わせて記載した。
【0055】
また、表2の「評価」の欄は、スパッタ性または耐食性のいずれか一方または両方が不合格の場合に「×」とし、両方が合格の場合は「○」とした。
【0056】
本発明例1~10では、いずれの溶接ワイヤでもスパッタ個数が2個以下であり、かつ耐食性にも優れていることが確認され、比較例よりも非常に優れた結果が得られた。
【0057】
一方、比較例12、13、14、17はそれぞれSi、Mn、S、Al含有量が本発明の範囲外であるため、スパッタ個数が増加していることが分かる。
【0058】
また、比較例11、15、16はそれぞれC、Cr、Nbの含有量が本発明の範囲外となっており、十分な耐食性を有していない。
【0059】
さらに、比較例18は冷間線材圧延における1ダイスあたりの最小の減面率が13%であったため、また、比較例19は焼鈍後のトータルの減面率が90%を超えたため、更に、比較例20は冷間線材圧延における1ダイスあたりの最小の減面率が12%であるとともに焼鈍後のトータルの減面率が90%を超えたため、いずれも溶接ワイヤ表層のビッカース硬さが400HV超となり、スパッタが増大した。以上から、本発明鋼の優位性は明らかである。
【0060】
【0061】
【産業上の利用可能性】
【0062】
以上の実施例から明らかなように、本発明より、ワイヤ送給制御溶接法において、溶接時に発生するスパッタを低減でき、かつ溶接金属の耐食性に優れたフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤを提供することができる。このフェライト系ステンレス鋼用溶接ワイヤを用いた溶接法は、今後産業への普及が見込まれるものであり、開発した溶接ワイヤは産業上きわめて有用である。