IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社ヤクルト本社の特許一覧

<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-19
(45)【発行日】2023-10-27
(54)【発明の名称】改良されたヒアルロン酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 19/26 20060101AFI20231020BHJP
   C12N 1/20 20060101ALN20231020BHJP
【FI】
C12P19/26
C12N1/20 A
【請求項の数】 1
(21)【出願番号】P 2019162229
(22)【出願日】2019-09-05
(65)【公開番号】P2021036841
(43)【公開日】2021-03-11
【審査請求日】2022-08-09
【微生物の受託番号】IPOD  FERM BP-10879
(73)【特許権者】
【識別番号】000006884
【氏名又は名称】株式会社ヤクルト本社
(74)【代理人】
【識別番号】110000084
【氏名又は名称】弁理士法人アルガ特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊澤 直樹
(72)【発明者】
【氏名】柴田 慎也
【審査官】伊達 利奈
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第104164379(CN,A)
【文献】特開2012-130287(JP,A)
【文献】特開2009-112260(JP,A)
【文献】特開2009-011315(JP,A)
【文献】特開2012-135248(JP,A)
【文献】特開2012-023996(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 19/00
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
下記の工程;
a)ストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物を、糖類としてグルコース及びラクトースから選ばれる1種のみを含む培地で、前培養する工程、
b-1)前記工程でラクトースのみを含む培地で前培養した微生物を、糖類としてグルコース又はスクロースのみを含む培地に接種し、培養する工程、又は
b-2)前記工程でグルコースのみを含む培地で前培養した微生物を、糖類としてラクトースのみを含む培地に接種し、培養する工程、
を含むヒアルロン酸の製造方法であって、当該ストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物が受託番号FERM BP-10879として寄託されたストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株である、方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、乳酸菌によるヒアルロン酸の改良された製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
ヒアルロン酸は、コンドロイチン硫酸やヘパリン等とともに高価なグルコサミノグルカンであり、哺乳動物の結合組織中に微量であるが広く分布し、また微生物も産生することが知られている。そして、これらから抽出、精製された高純度のヒアルロン酸は、高い保湿性、高粘性、創傷治癒性等の性質を有することから、その機能に着目して、化粧品配合素材、眼科手術の際の保護剤、関節炎治療剤等として広く使用されている。
また、近年では、食品分野においても、保健効果や機能性等、付加価値に対する消費者の関心が高まっており、ヒアルロン酸は、それが持つ機能性により種々の効果が期待できることから、食品素材の一つとしても注目されている。
【0003】
従来、ヒアルロン酸の製造は、鶏冠、牛の関節もしくは鯨の軟骨からの抽出による工業的な製法で行われてきたが、生体内にはヒアルロン酸が微量にしか存在せず、しかも、組織中でタンパク質や他のムコ多糖類と複合体を形成しているため、当該タンパク質やムコ多糖との分離精製に複雑な工程を必要とするため大量に生産することは難しく、微生物を用いた培養法によるヒアルロン酸の製造方法が一般的に実施されている。
【0004】
ヒアルロン酸を産生する微生物としては、ストレプトコッカス・ピオゲネス(Streptococcus pyogenes)、ストレプトコッカス・ズーエピデミカス(Streptococcus zooepidemicus)、ストレプトコッカス・エクイ(Streptococcus equi)、ストレプトコッカス・エクイシミリス(Streptococcus equisimilis)、ストレプトコッカス・ディスガラクティエ(Streptococcus dysgalactiae)等のストレプトコッカス属細菌が知られている。また、本出願人は、ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP-10879)を始めとするストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物が優れたヒアルロン酸産生能を有することを見出している(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許4920552号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、ストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物を用いたヒアルロン酸のより効率的な製造方法を提供することに関する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、ストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物を用いてヒアルロン酸を製造する場合に、当該微生物を、糖類としてグルコース及びラクトースから選ばれる1種以上を含む培地で前培養し、本培養においては、当該前培養で使用した糖類とは異なる糖を含む培地で培養した場合に、ヒアルロン酸の生産量が向上することを見出した。
【0008】
すなわち、本発明は以下の(1)~(4)に係るものである。
(1)下記の工程;
a)ストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物を、糖類としてグルコース及びラクトースから選ばれる1種以上を含む培地で、前培養する工程、
b)前記工程で前培養した微生物を、糖類として当該前培養で用いた糖とは異なる糖を含む培地に接種し、培養する工程、
を含むヒアルロン酸の製造方法。
(2)a工程における培地が糖類としてラクトースを含み、b工程における培地が糖類としてグルコースを含む、(1)の方法。
(3)a工程における培地が糖類としてグルコースを含み、b工程における培地が糖類としてラクトースを含む、(1)の方法。
(4)ストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物がストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP-10879)である(1)~(3)のいずれかの方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の方法によれば、医薬品、化粧品、飲食品等へ配合可能なヒアルロン酸を効率よく安価かつ簡便に製造することができる。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明のヒアルロン酸の製造方法は、下記の工程a及びbを含むものである。
a)ストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物を、糖類としてグルコース及びラクトースから選ばれる1種以上を含む培地で、前培養する工程、
b)前記工程で前培養した微生物を、糖類として当該前培養で用いた糖とは異なる糖を含む培地に接種し、培養する工程。
【0011】
本発明の方法で使用するストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物としては、ヒアルロン酸産生能を有するものであればよく、特に制限されることなく適用することが可能であり、具体的にはストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP-10879)を挙げることができる。なお、ストレプトコッカス・サーモフィルスに属する前記微生物株は、独立行政法人特許微生物寄託センターに寄託されている。
【0012】
1.工程a
本発明において、ストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物を培養し、ヒアルロン酸を得るためには、保存菌体をまず少量の培地に接種して継代培養し、その後、大容積の培地へと順次接種を行いながらスケールアップを図ることが行われる。
本発明において、工程aは微生物菌体を順次継代しながら行なうスケールアップ途上の段階の培養(前培養)を意味し、工程bはヒアルロン酸を回収するために行われる最終ステップの培養(本培養)を意味する。
【0013】
本発明において、前培養は、炭素源の一つである糖類としてグルコース及びラクトースから選ばれる1種以上を含む培地で行われるが、グルコース又はラクトースをそれぞれ単独で用いるのが好ましい。培地中の当該糖類の濃度は、好ましくは0.1g/L~50g/Lであり、より好ましくは1g/L~30g/Lであり、更に好ましくは10g/L~20g/Lである。
【0014】
本発明の前培養は、糖類として前記の糖を用いる以外は、一般に乳酸菌の前培養に使用される培地成分を含有する培地で行うことができるが、工程bの培養へ接種する菌体をできるだけ増やす観点から、増殖能の高い栄養培地で培養するのが好ましい。
例えば、窒素源としては、肉エキス、カゼイン、ペプトン、酵母エキス、乾燥酵母、胚芽、大豆粉、尿素、アミノ酸、アンモニウム塩等の有機・無機窒素化合物を用いることができ、ナトリウム塩、カリウム塩、カルシウム塩、マグネシウム塩、リン酸塩、鉄塩、銅塩、亜鉛塩、コバルト塩等の無機塩類を必要に応じて適宜添加することができる。更に、ビオチン、ビタミンB1、シスチン、オレイン酸メチル、ラード油等の生育促進物質の他、シリコン油、界面活性剤等の消泡剤を添加することができる。
尚、炭素源としては、前記の糖類以外の油脂類等の有機炭素化合物を含んでいてもよいが、前記糖類のみを炭素源とするのが好ましい。
具体的には、例えば、後述の表1に示す、炭素源としてラクトース又はグルコースを含むILS培地等が挙げられる。
【0015】
一般的に菌を培地に接種した後、培養を開始して菌を増殖させる第1段目の前培養が行われ、次いで、この培養液を、次段階の前培養(第2段目)の培地へ接種して、同様に培養することができる。すなわち、前培養における培養は、本培養の液量に応じて、適宜繰り返して行われ、通常2段階以上、好ましくは2~3段階行われる。また、前培養の液量は段数とともに増やすのが好ましい。本発明において、前培養で行われる培養(前培養が複数段階行われる場合は、そのうちの少なくとも1段階の任意の培養)を工程aという。前培養が複数段階行われる場合、工程aを連続的に又は断続的に複数回行ってもよく、少なくとも本培養の1段階前の前培養を工程aとすることが好ましく、複数回の前培養を全て工程aの繰り返しとして行うことがより好ましい。
【0016】
培養温度は、25~42℃、好ましくは30~40℃であり、培養時間は、12~72時間、好ましくは24~48時間である。培養形態としては、静置培養、振盪培養、攪拌培養等の何れでも良いが、通気なしの攪拌培養が好ましい。
また、培地のpHは6~8程度に調整するのが好ましく、中性領域で行うことがより好ましい。
【0017】
2.工程b
本工程において、ストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物の培養に用いる培地は、炭素源のうち、糖類として用いられる糖が、工程aで用いた糖とは異なるものを含む。ここで、糖としては、グルコース、フルクトース等の単糖類、ラクトース、スクロース、マルトース等の二糖類、オリゴ糖類等が挙げられるが、前培養において、糖類としてラクトースを用いた場合、本工程の培地にはラクトース以外の糖、例えばグルコース、スクロース等が用いられ、好ましくはグルコースが用いられる。また、前培養において、糖類としてグルコースを用いた場合は、本工程の培地にはグルコース以外の糖、例えばラクトース、スクロース等が用いられ、好ましくはラクトースが用いられる。
培地中の当該糖類の濃度は、好ましくは1g/L~200g/Lであり、より好ましくは5g/L~100g/Lであり、更に好ましくは10g/L~50g/Lである。
【0018】
炭素源以外の成分としては、通常の乳酸菌の培養に使用される成分を用いることができる。斯かる成分としては、リン酸一カリウム、リン酸二カリウム、硫酸マグネシウム、亜硫酸ソーダ、チオ硫酸ソーダ、リン酸アンモニウム等の無機塩類、ポリペプトン、酵母エキス、コーンスティープリカー等の有機栄養源の他、必要に応じて各種アミノ酸等が挙げられる。また、ヒアルロン酸の産生量を増加させる点から、大豆ペプチドを添加することもできる。
【0019】
前培養したストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物の本工程の培地への接種量は、特に限定されるものではないが、ヒアルロン酸の生産性の点から、本培養液の0.1~5%、より好ましくは、0.5~3%、更に好ましくは1~2%である。
本工程における培養は、振盪培養、通気攪拌培養等の公知の方法から適宜選択して用いればよい。
培養温度は、25~42℃、好ましくは30~40℃が挙げられ、培養時間は、12~72時間、好ましくは24~48時間である。また、培養液のpHは、当該乳酸菌の発育と共に低下し、ヒアルロン酸の産生量に影響を与える場合があるため、苛性ソーダ、苛性カリ、アンモニア等の各種pH調整剤を用いておよそ6~8、好ましくは6.5~7.5に調整しておくことが好ましい。
【0020】
培養終了後、ヒアルロン酸は、通常の多糖類の分離・採取方法に従って、培養液から分離・採取すればよい。例えば、培養液中の菌体などの不溶物をろ過または遠心分離により分別後、この溶液から、例えばエタノール等の溶媒沈殿剤を用いて精製ヒアルロン酸を分取することができる。
【0021】
斯くして本発明の方法により得られるヒアルロン酸は、その平均分子量は、30万~150万、さらに30万~100万程度である。また、その分子量分布は、200万~2万程度の範囲であり、その最大ピークは40~50万あたりにある。
【0022】
本発明の方法で得られるヒアルロン酸は、従来と同様に、医薬品や化粧品等の形態で使用することができる他、ヨーグルト等の製造に利用できるストレプトコッカス・サーモフィルス属微生物が産生するものであるため、食品の形態として投与することも可能である。例えば、本発明の方法で得られるヒアルロン酸を美容や老化防止などの効果を訴求する医薬品や栄養補助食品等の形態で用いる場合であれば、カプセル剤、顆粒剤、錠剤、散剤等の固形製剤、或いはシロップ剤等の液状製剤として経口投与することができる。
【実施例
【0023】
以下、本発明を実施例、比較例を挙げて更に詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例等に何ら制約されるものではない。
【0024】
実施例1~4、比較例1~5
(1)菌株
ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT2084株(FERM BP-10879)
【0025】
(2)前培養
表1に示すラクトース(L)-ILS培地と、炭素源をグルコース(G)又はスクロース(S)に変更したG-ILS及びS-ILS培地を用いた。炭素源を除いた成分を混合してオートクレーブした後、ろ過滅菌した炭素源を加えて調製した。
【0026】
【表1】
【0027】
ストレプトコッカス・サーモフィルスYIT 2084のグリセロールストックを、2mLのL-ILS、G-ILSまたはS-ILS培地に20μL植菌し、40℃で24時間静置培養したものを第1段目の前培養液とした。第1段目の前培養液を10mLのL-ILS、G-ILSまたはS-ILS培地に100μL植菌し、同条件で24時間培養したものを第2段目の前培養液とした。
【0028】
(3)本培養
(2)で、L-ILS、G-ILS又はS-ILS培地でそれぞれ培養した第2段目の前培養液を、50 g/Lの炭素源と、20 g/Lの酵母エキスを含む培地120mLの培地に1%植菌して培養した。なお、培養には200mL容8連式ミニジャー(Bio Jr.8、Able)を使用し、34℃、200rpm、pH6.8、通気なしの条件で行った。培養開始24時間後の培養液を用いて各種測定を行った。試験は、少なくとも2回繰り返し、その平均値を示した。
【0029】
(4)ヒアルロン酸の抽出・精製
培養液に終濃度が10%(w/v)になるように100%(w/v)トリクロロ酢酸を加え、4℃で2時間静置した。16,900×g、4℃で30分間遠心分離し、上清を0.45μmフィルターでろ過した後、等量の99.5%冷エタノールを加え、4℃で一晩静置した。16,900×g、4℃で30分間遠心後、沈殿物にRO水を加えて溶解し、分画分子量12,000の透析膜(Spectrum Laboratories)を用いて透析して高分子画分を得た。これをさらに分画分子量100,000の限外ろ過膜(セントリコンプラス70、Merckmillipore)で分画し、高分子画分を凍結乾燥した。
【0030】
(5)結果
表2にヒアルロン酸の産生量を示す。また、前培養で用いる糖をスクロースに変更し、同様に本培養した場合のヒアルロン酸産生量を比較例として併せて示す。
【0031】
【表2】
【0032】
炭素源としてグルコース又はラクトースを前培養に用い、本培養の炭素源を変更した場合(実施例1~4)にヒアルロン酸の産生量が向上した。特にラクトースを用いて前培養し、本培養ではグルコースを用いた場合(実施例1)にヒアルロン酸の産生量が非常に高かった。一方、前培養にスクロースを用いた場合(比較例3~5)、ヒアルロン酸の産生量は低く、本培養で糖を変更すると産生量は著しく低下した。
【0033】
(6)菌体濃度及び生産性
表2において、ヒアルロン酸産生量が特に高かった実施例1及び実施例3につき、濁度(OD660)(菌体濃度)及び菌体あたりのヒアルロン酸産生量(生産性)を測定した結果を表3、表4に示す。なお、OD660はCary 50(Agilent)を用いて測定し、菌体濃度の指標とした。
表3、4に示す通り、炭素源としてグルコース又はラクトースを前培養に用い、本培養の炭素源を変更した場合(実施例1、3)に濁度(OD660)(菌体濃度)及び菌体あたりのヒアルロン酸産生量(生産性)が向上した。一方、前培養にスクロースを用いた場合(比較例3、5)、濁度(OD660)(菌体濃度)及び菌体あたりのヒアルロン酸産生量(生産性)は低く、本培養で糖を変更すると濁度(OD660)(菌体濃度)及び菌体あたりのヒアルロン酸産生量(生産性)は著しく低下した。
【0034】
【表3】
【0035】
【表4】