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  • 特許-工作機械におけるすべり案内の診断方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-19
(45)【発行日】2023-10-27
(54)【発明の名称】工作機械におけるすべり案内の診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01M 99/00 20110101AFI20231020BHJP
   B23Q 17/00 20060101ALI20231020BHJP
【FI】
G01M99/00 Z
B23Q17/00 A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020076264
(22)【出願日】2020-04-22
(65)【公開番号】P2021173587
(43)【公開日】2021-11-01
【審査請求日】2022-11-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000149066
【氏名又は名称】オークマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078721
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 喜樹
(74)【代理人】
【識別番号】100121142
【弁理士】
【氏名又は名称】上田 恭一
(72)【発明者】
【氏名】曽我部 英介
【審査官】中村 圭伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-69192(JP,A)
【文献】特開平3-264242(JP,A)
【文献】特開平5-202930(JP,A)
【文献】特開2004-82278(JP,A)
【文献】特開2019-72814(JP,A)
【文献】特開2013-44414(JP,A)
【文献】米国特許第6237453(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23Q 11/12
B23Q 15/00 - 23/00
F16C 29/02
F16C 33/10
G01M 99/00
G05B 19/404
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
案内面を備えたガイドと、前記案内面上を摺動するスライド面を備えたスライダと、前記ガイドと前記スライダとの間に介在されるジブと、前記ガイドと前記スライダとの何れか一方に設けられ、前記案内面と前記スライド面との間に潤滑油を供給可能な潤滑油流路と、前記スライダを駆動させるモータとを含む送り軸と、
前記潤滑油流路に潤滑油を供給する潤滑油供給装置と、前記案内面と前記スライド面との間に供給された潤滑油の温度を検出する温度センサと、を備えた工作機械において、前記案内面と前記スライド面とで構成されるすべり案内の異常を、前記ジブの締め付け度合いに基づいて診断する方法であって、
前記送り軸の往復動作を複数の送り速度で実施し、各前記送り速度における前記モータのモータトルクと前記温度センサの温度情報とを取得する第1工程と、
各前記送り速度と各前記温度情報と前記案内面の正常時の面圧とから各前記送り速度のすべり特性数を演算する第2工程と、
各前記すべり特性数と前記モータトルクとの関係の近似関数を演算する第3工程と、
前記第3工程で演算した前記近似関数と、予め同定した正常時の前記すべり特性数と前記モータトルクとの関係の近似関数とを比較する第4工程と、
前記第4工程の比較結果に基づいて前記ジブの締め付け度合いの異常の有無を判定する第5工程と、
を実行することを特徴とする工作機械におけるすべり案内の診断方法。
【請求項2】
前記第1工程では、潤滑形態が流体潤滑となる速度領域の前記送り速度における前記モータトルクを測定することを特徴とする請求項1に記載の工作機械におけるすべり案内の診断方法。
【請求項3】
前記温度センサは、前記潤滑油流路の近傍に設けられていることを特徴とする請求項1又は2に記載の工作機械におけるすべり案内の診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マシニングセンタ等の工作機械に設けられるすべり案内の状態を診断する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械は、コラムやベッドに代表される構造体に形成した案内面と、その案内面上を移動可能なテーブルなどの移動体に形成したスライド面とによって構成されるすべり案内を有している。移動体の稼動時は、案内面とスライド面との間に潤滑油が介在される。
このすべり案内では、高速移動時や切削時のスライド面の浮き上がりを防止するため、図1に示すように、移動体側のスライダ1と、構造体側のガイド2との間にジブ(「ギブ」とも言う)3を介在させて、スライダ1のスライド面1aをガイド2の案内面2aに一定の面圧で拘束している。しかし、ジブ3の締め付けが弱いと面圧が低下し、浮き上がり増加による加工精度悪化を招く。
そこで、特許文献1では、スケールなどの位置検出手段を用い、移動体のロストモーション又は駆動モータの電流値を測定し、設定した閾値と比較することで、ジブの締め付け状態を診断する方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-69192号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
特許文献1のようなジブ締め付け状態の診断方法では、スケールのような高精度でロストモーションを検出できる手段が必要となり、装置のコストが高くなる。
また、駆動モータの電流値を用いて診断する手段は、摺動抵抗の影響を受ける。この摺動抵抗は潤滑油の粘度の影響を受け、粘度は環境温度で変化する。図2に潤滑油の温度と粘度の関係、図3に潤滑油の粘度が変化した場合のモータのトルク(モータの電流と同等)の値を示す。図2から、潤滑油の温度によって、粘度が大きく変化することがわかる。また図3から、粘度が異なると、モータのトルクが変化することがわかる。よって、特許文献1に記載のように駆動モータの電流値を用いて診断する手段では、ジブの締め付け度合いを正確に診断できない。すなわち、特許文献1のような従来の技術では、スケール等の設置に伴うコストアップに加えて、潤滑油の粘度変化がもたらす駆動モータの電流値変動によって診断が正確にできないという課題がある。
【0005】
そこで、本発明は、スケールなどの高精度な位置検出手段を用いることなく、潤滑油の粘度変化の影響を受けずに低コストでジブの締め付け度合い、すなわちすべり案内の状態を正確に診断することができる工作機械におけるすべり案内の診断方法を提供することを目的としたものである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記目的を達成するために、請求項1に記載の発明は、案内面を備えたガイドと、前記案内面上を摺動するスライド面を備えたスライダと、前記ガイドと前記スライダとの間に介在されるジブと、前記ガイドと前記スライダとの何れか一方に設けられ、前記案内面と前記スライド面との間に潤滑油を供給可能な潤滑油流路と、前記スライダを駆動させるモータとを含む送り軸と、
前記潤滑油流路に潤滑油を供給する潤滑油供給装置と、前記案内面と前記スライド面との間に供給された潤滑油の温度を検出する温度センサと、を備えた工作機械において、前記案内面と前記スライド面とで構成されるすべり案内の異常を、前記ジブの締め付け度合いに基づいて診断する方法であって、
前記送り軸の往復動作を複数の送り速度で実施し、各前記送り速度における前記モータのモータトルクと前記温度センサの温度情報とを取得する第1工程と、
各前記送り速度と各前記温度情報と前記案内面の正常時の面圧とから各前記送り速度のすべり特性数を演算する第2工程と、
各前記すべり特性数と前記モータトルクとの関係の近似関数を演算する第3工程と、
前記第3工程で演算した前記近似関数と、予め同定した正常時の前記すべり特性数と前記モータトルクとの関係の近似関数とを比較する第4工程と、
前記第4工程の比較結果に基づいて前記ジブの締め付け度合いの異常の有無を判定する第5工程と、を実行することを特徴とする。
請求項2に記載の発明は、上記構成において、前記第1工程では、潤滑形態が流体潤滑となる速度領域の前記送り速度における前記モータトルクを測定することを特徴とする。
請求項3に記載の発明は、上記構成において、前記温度センサは、前記潤滑油流路の近傍に設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、スケールなどの高精度な位置検出手段を用いることなく、潤滑油の粘度変化の影響を受けずに低コストでジブの締め付け度合い、すなわちすべり案内の状態を正確に診断することができる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】すべり案内を示す説明図である。
図2】潤滑油の温度と粘度との関係を示すグラフである。
図3】潤滑油の粘度が異なる場合の送り速度とモータトルクとの関係を示すグラフである。
図4】工作機械のブロック構成図である。
図5】近似関数の係数を用いた診断方法のフローチャートである。
図6】ジブ締め付けが正常な場合と異常な場合とのすべり特性数とモータトルクとの関係を示すグラフである。
図7】潤滑油の粘度が変化した場合のすべり特性数とモータトルクとの関係を示すグラフである。
図8】近似関数の差分を用いた診断方法のフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
以下、本発明の実施の形態を図面に基づいて説明する。
図4は、本発明の診断方法が実行可能な工作機械の一例を示すブロック構成図である。 この工作機械において、スライダ1は、ボールねじナット4に固定され、ボールねじ軸5と連結したモータ6を駆動させることで、ガイド2上を直動可能であり、送り軸として使用される。図1で示したように、スライダ1のスライド面1aとガイド2の案内面2aとですべり案内が構成される。ここでも図1と同様にスライダ1とガイド2との間にジブ3が設けられる。ジブ3は、スライダ1とガイド2との何れか一方に固定される。スライダ1、ガイド2、モータ6はベッド7の上に設置されている。
工作機械のNC装置20は、動作指令装置21と速度・位置指令装置22とによって構成され、速度・位置指令装置22がモータ6と接続されて、送り軸の動作を制御する。
スライダ1の内部には、潤滑油流路8が形成されており、潤滑油供給装置11から潤滑油流路8を介してスライド面1aと案内面2aとの間に潤滑油が供給される。潤滑油流路8の近傍には温度センサ9が設置され、潤滑油の温度を温度測定装置12で測定可能となっている。
【0010】
モータ6には、電流計10が設置され、トルク計算装置13によって電流値からトルクが計算される。このトルクの値と潤滑油の温度とを記録・演算装置14で記録し、これらの値を用いてすべり特性数とモータトルクとの関係の近似関数を同定する。診断結果判定装置15では、予め同定した正常時のすべり特性数とモータトルクとの関係の近似関数と、記録・演算装置14で同定した近似関数との差分演算を行い、この差分を予め設定した閾値と比較し、ジブ3の締め付け度合い、すなわちすべり案内の異常の有無を診断する。
【0011】
以下、すべり特性数とモータトルクとの近似関数の係数を用いた診断方法を、図5のフローチャートに基づいて説明する。
工作機械が起動すると、まず、S(「STEP」の略、以下同じ)1で、NC装置20により、5000,10000,20000,40000mm/minの各送り速度で送り軸を往復動作させる。送り速度の選択範囲は、すべり案内の潤滑形態が流体潤滑となる速度領域とし、2種類以上の送り速度で往復動作する。
次に、S2で、各送り速度の潤滑油温度および送り速度が定常状態でのモータトルクを記録・演算装置14に記録する(S1,S2:第1工程)。
次に、S3で、記録・演算装置14は、潤滑油温度θLUB.から各送り速度Vにおけるすべり特性数αを、以下の数1で計算する(第2工程)。数1において、ηは、潤滑油の粘度で潤滑油温度θLUB.の関数であり、Pは、
ガイド2の案内面2aの正常な面圧である。
【0012】
【数1】
【0013】
次に、S4で、記録・演算装置14は、各送り速度Vのすべり特性数αとモータトルクTとの関係を累乗近似した関数の係数A,Bを同定する(第3工程)。累乗近似は、変数x、yと係数A,Bと用いて以下の数2で表現する。
【0014】
【数2】
【0015】
数2のxをすべり特性数αに、yをモータトルクTにそれぞれ当てはめると、係数A,Bは、以下の数3、数4で表現される。数3のVf,minは指令した送り速度の最小値、Vf,maxは指令した送り速度の最大値である。
また、数3,4において、αの ̄(オーバーライン)付は、各送り速度Vのすべり特性数αの平均値、Tの ̄(オーバーライン)付は、モータトルクTの平均値である。
【0016】
【数3】
【数4】
【0017】
次に、S5で、診断結果判定装置15が、予め求めた正常時のすべり特性数αとモータトルクTとを累乗近似した関数の係数である係数A,Bと、S4で同定した係数A,Bとを用い、AとA、BとBの各差分の絶対値を計算し、それぞれ予め設定した閾値Th1、Th2と比較して、ジブ3の面圧状態を診断する(第4工程)。
この判別で、少なくとも一方の差分の絶対値が閾値を超える場合は、S6でジブ3の面圧(締め付け度合い、以下同じ)が異常と診断し、どちらの差分の絶対値も閾値を超えない場合は、S7でジブ3の面圧が正常と判定する(第5工程)。そして、S8で、診断を継続するか判定し、継続する場合はS1へ戻り、継続しない場合は終了する。
【0018】
図6に、本発明におけるジブ面圧が正常な場合とジブ面圧が低下した異常な場合とのすべり特性数とモータトルクとの関係を累乗近似した例を示す。正常な場合の係数Aは164.2であるのに対し、面圧が低下した異常な場合は82.1となっており、両者に差がある。したがって、本手法は面圧異常時の診断が正確に可能であるといえる。
図7に、本発明における潤滑油の粘度が変化した場合のすべり特性数とモータトルクとの関係を示す。このグラフから、潤滑油の粘度が変化しても、ジブの面圧が一定なため、同じ係数で累乗近似できていることが分かる。つまり、温度変化による潤滑油の粘度変化が生じた場合でもジブの面圧を安定して診断可能といえる。
【0019】
このように、上記形態のすべり案内の診断方法によれば、送り軸の往復動作を複数の送り速度で実施し、各送り速度におけるモータ6のモータトルクと温度センサ9の温度情報とを取得する第1工程(S1,S2)と、各送り速度と各温度情報と案内面2aの正常時の面圧とから各送り速度のすべり特性数を演算する第2工程(S3)と、各すべり特性数とモータトルクとの関係の近似関数を演算する第3工程(S4)と、第3工程で演算した近似関数と、予め同定した正常時のすべり特性数とモータトルクとの関係の近似関数とを比較する第4工程(S5)と、第4工程の比較結果に基づいてジブ3の締め付け度合いの異常の有無を判定する第5工程(S6,S7)と、を実行することで、モータトルク情報や温度情報、送り速度情報など比較的低コストで検出できる情報を用い、潤滑油の粘度変化の影響を受けずに、ジブ3の締め付け度合い、すなわちすべり案内の状態を正確に診断することができる。
【0020】
なお、上記形態では、すべり特性数とモータトルクとの関係の近似関数の係数を用いてすべり案内の異常の有無を診断しているが、近似関数の差分を用いて診断することも可能である。
以下、近似関数の差分を用いた診断方法のフローチャートを、図8に基づいて説明する。
S1からS4までの処理は、図5に示した診断フローと同様である(第1~第3工程)。
次に、S5では、S4で同定した累乗近似関数を用い、S3で求めた各送り速度Vごとのすべり特性数からモータトルク値Tfαf(f=最小送り速度Vf.min~最大送り速度Vf.max)を算出する(第3工程)。
次に、S6で、予め求めた正常時のすべり特性数αとモータトルクTとを累乗近似した関数を用い、S3で求めたすべり特性数αごとに算出したモータトルク値Tfno.と、S5で求めたモータトルク値Tfαfとの差分の絶対値をすべり特性数αごとに計算し、求めた差分の絶対値における最大値を閾値Th3と比較する(第4工程)。
ここで閾値を超える場合は、S7でジブ3の面圧異常と診断し、閾値を超えない場合はS8でジブ3の面圧正常と判定する(第5工程)。S9で診断を継続するか判定し、継続する場合はS1へ戻り、継続しない場合は終了する。
この診断方法においても、モータトルク情報や温度情報、送り速度情報など比較的低コストで検出できる情報を用い、潤滑油の粘度変化の影響を受けずに、ジブ3の締め付け度合い、すなわちすべり案内の状態を正確に診断することができる。
【0021】
なお、本発明に係る工作機械におけるすべり案内の診断方法は、上記実施形態の態様に何ら限定されるものではなく、潤滑油の温度センサの取付位置やすべり特性数とモータトルクの近似関数、案内面を有する工作機械の種類等について、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、必要に応じて適宜変更することができる。
たとえば、スライダ内部の潤滑油流路の近傍に温度センサを取り付けているが、潤滑油の温度を検出できる場所であれば、ガイドの近傍や潤滑油の配管等で測定しても何ら問題はない。また、潤滑油流路をガイド内部に設けてもよい。
【0022】
加えて、上記実施形態では、すべり特性数とモータトルクとの近似関数を累乗近似としているが、多項式近似などの他の関数であっても何ら問題はない。また、図5では、近似した関数の係数の差分の絶対値を閾値と比較し、図8では、関数のモータトルク値の差分の絶対値における最大値を閾値と比較しているが、それぞれ絶対値とせず差分の最大値又は差分の平均値を閾値と比較してもよい。近似関数同士の比較が可能であれば、係数やモータトルク値以外の値で差分をとってもよい。
さらに、上記実施形態では、ボールねじとモータとによる駆動装置を例としているが、リニアモータによる駆動装置であっても本発明の適用に何ら問題はない。
【符号の説明】
【0023】
1・・スライダ、1a・・スライド面、2・・ガイド、2a・・案内面、3・・ジブ、4・・ボールねじナット、5・・ボールねじ軸、6・・モータ、7・・ベッド、8・・潤滑油流路、9・・温度センサ、10・・電流計、11・・潤滑油供給装置、12・・温度測定装置、13・・トルク計算装置、14・・記録・演算装置、15・・診断結果判定装置、20・・NC装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8