(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-20
(45)【発行日】2023-10-30
(54)【発明の名称】電子嗅覚用の改善された検出システム及びこのようなシステムを備える電子嗅覚
(51)【国際特許分類】
G01N 27/12 20060101AFI20231023BHJP
G01N 27/04 20060101ALI20231023BHJP
【FI】
G01N27/12 C
G01N27/04 G
(21)【出願番号】P 2020515688
(86)(22)【出願日】2018-09-11
(86)【国際出願番号】 FR2018052219
(87)【国際公開番号】W WO2019053366
(87)【国際公開日】2019-03-21
【審査請求日】2021-09-06
(32)【優先日】2017-09-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】FR
(73)【特許権者】
【識別番号】520085280
【氏名又は名称】アリベール
(73)【特許権者】
【識別番号】510225292
【氏名又は名称】コミサリア ア レネルジー アトミック エ オ ゼネルジー アルテルナティブ
【氏名又は名称原語表記】COMMISSARIAT A L’ENERGIE ATOMIQUE ET AUX ENERGIES ALTERNATIVES
【住所又は居所原語表記】Batiment Le Ponant D,25 rue Leblanc,F-75015 Paris, FRANCE
(73)【特許権者】
【識別番号】516247100
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ・グルノーブル・アルプ
【氏名又は名称原語表記】Universite Grenoble Alpes
(73)【特許権者】
【識別番号】517444078
【氏名又は名称】セントル ナショナル デュ ラ レシェルシェ サイエンティフィーク(セエヌエールエス)
【氏名又は名称原語表記】Centre national de la recherche scientifique(CNRS)
(74)【代理人】
【識別番号】110001302
【氏名又は名称】弁理士法人北青山インターナショナル
(72)【発明者】
【氏名】ウ-ブルタン,ヤンシャ
(72)【発明者】
【氏名】ブルネ,ソフィー
(72)【発明者】
【氏名】リヴァシュ,ティエリー
(72)【発明者】
【氏名】エリエ,シリル
(72)【発明者】
【氏名】ルセル,トリスタン
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-093559(JP,A)
【文献】国際公開第2017/085796(WO,A1)
【文献】特開2006-090914(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0216244(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/02,27/12,
G01N 21/41,
G01N 33/497
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
気体試料中に存在する可能性がある化合物のセットSを検出及び同定することができる電子嗅覚のための検出システムであって、前記検出システムは、前記セットSの1つ以上の化合物が前記気体試料中に存在することを表す信号を提供するための複数の交差反応性の検出センサを備え、前記検出センサの各々が敏感部分を備え、前記検出システムは、
前記検出システムの計測ノイズを表す信号を提供するための少なくとも1つの基準センサであって、敏感部分を備える、少なくとも1つの基準センサと、
前記検出センサの前記敏感部分と、前記基準センサの前記敏感部分とが配置されている表面を備える基材と、を備え、
前記基材の前記表面は、
複数の敏感領域であって、前記敏感領域の各々が、前記検出センサのうちの1つの前記敏感部分に対応し、前記セットSの少なくとも1つの化合物と物理化学的に相互作用することができる少なくとも1つのレセプタを備える、複数の敏感領域と、
前記基準センサの前記敏感部分に対応し、(i)少なくとも1つのペルフルオロ化末端アルキル基を含む化合物及び(ii)フッ素化ポリマーからなる群から選択された少なくとも1つのフッ素化化合物で官能化された、少なくとも1つの敏感領域と、を備えることを特徴とする、検出システム。
【請求項2】
請求項1に記載の検出システムにおいて、前記基材の前記表面は、不動態化された表面であることを特徴とする、検出システム。
【請求項3】
請求項2に記載の検出システムにおいて、前記基材の前記表面は、(i)少なくとも1つのペルフルオロ化末端アルキル基を含む化合物及び(ii)フッ素化ポリマーからなる群から選択されたフッ素化化合物で不動態化されていることを特徴とする、検出システム。
【請求項4】
請求項1乃至3の何れか一項に記載の検出システムにおいて、前記フッ素化化合物は、化学式がC
vF
2v+2であって、vは4~20の整数である化合物と;化学式がC
wF
2w+1-(L)
x-Zの化合物であって、wは1~12の整数であり、xは0又は1であり、Lは2価スペーサ基であり、Zは前記基材の前記表面上への前記化合物の結合を可能にできる基である化合物と;から選択されることを特徴とする、検出システム。
【請求項5】
請求項4に記載の検出システムにおいて、Zは、チオール基、アミン基、シラノール基
、又はカルボキシル基であることを特徴とする、検出システム。
【請求項6】
請求項4に記載の検出システムにおいて、前記2価スペーサ基は、1~20の炭素原子を含む、直鎖又は分枝鎖の飽和又は不飽和炭化水素基であることを特徴とする、検出システム。
【請求項7】
請求項4に記載の検出システムにおいて、前記2価スペーサ基は、1つ以上のヘテロ原子を含むことを特徴とする、検出システム。
【請求項8】
請求項6に記載の検出システムにおいて、前記2価スペーサ基は、1~20個の炭素原子を含む2価アルキレン基であることを特徴とする、検出システム。
【請求項9】
請求項8に記載の検出システムにおいて、前記2価スペーサ基は、1~12個の炭素原子を含む2価アルキレン基であることを特徴とする、検出システム。
【請求項10】
請求項4乃至6の何れか一項に記載の検出システムにおいて、前記フッ素化化合物は、化学式がCF
3(CF
2)
y(CH
2)
zSHであるポリフルオロアルカンチオールであり、yは0~11の整数であり、zは0~20の整数であることを特徴とする、検出システム。
【請求項11】
請求項10に記載の検出システムにおいて、zは、1~12の整数であることを特徴とする、検出システム。
【請求項12】
請求項10に記載の検出システムにおいて、前記フッ素化化合物は、1H,1H-トリフルオロエタンチオール、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロペンタンチオール、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロヘキサンチオール、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロオクタンチオール、又は1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオールであること特徴とする、検出システム。
【請求項13】
請求項1乃至3の何れか一項に記載の検出システムにおいて、前記フッ素化化合物は、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニル、ポリフッ化ビニリデン、ペルフルオロアルコキシアルカン、フッ化エチレン-プロピレンコポリマー、及びポリ(エチレン-co-テトラフルオロエチレン)、から選択されることを特徴とする、検出システム。
【請求項14】
請求項1に記載の検出システムにおいて、前記少なくとも1つのフッ素化化合物で官能化された前記少なくとも1つの敏感領域に替えて、少なくとも1つのフッ素化化合物の自己組織化層により形成されている少なくとも1つの敏感領域を備えることを特徴とする、検出システム。
【請求項15】
請求項1乃至14の何れか一項に記載の検出システムにおいて、前記検出センサ及び前記基準センサは、抵抗式、圧電式、機械式、音響式及び/又は光学式のセンサであることを特徴とする、検出システム。
【請求項16】
請求項15に記載の検出システムにおいて、前記検出センサ及び前記基準センサは、光学表面プラズモン共鳴センサであることを特徴とする、検出システム。
【請求項17】
気体試料中に存在する可能性がある化合物のセットSを検出及び同定することができる電子嗅覚装置であって、請求項1乃至16の何れか一項に記載の検出システムを備えることを特徴とする、電子嗅覚装置。
【請求項18】
請求項17に記載の電子嗅覚装置において、前記セットSの前記化合物は、揮発性有機化合物、硫化水素、及びアンモニアであることを特徴とする、電子嗅覚装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の技術分野は電子嗅覚である。
【0002】
より具体的には、本発明は、電子嗅覚のための改善された検出システム、並びにそのような検出システムを備える電子嗅覚に関する。
【0003】
本発明は多くの用途を有し、具体的には、環境保護において、特に、嗅覚汚染及びある程度閉ざされた環境の質をモニタするために、製造、貯蔵、取り扱いの場所、及び/又は潜在的に危険な又は臭気性の揮発性物質によって汚染される可能性のある場所のモニタにおいて、健康において、例えば、嗅覚消失に罹患している人に嗅覚の代替を提供するために、又は食品産業にて揮発性の生物学的標識を検出するために、例えば、食品製造及び/又は流通網における汚染の検出用に、並びに臭気を伴う任意の生成物の検査用に、用途を有する。
【背景技術】
【0004】
「電子嗅覚」は臭気を検出し、臭気を、従って、気相状態の標的化合物を同定するための装置である。
【0005】
電子嗅覚の名前の由来は、その動作と人間の嗅覚系の動作との間の類似にある。
【0006】
電子嗅覚は、3つの主なシステム、すなわち:
(1)分析される気相用のサンプリングシステム;
(2)標的化合物と物理化学的な形で相互作用することができるセンサのネットワークを備える検出システムであって、センサが嗅覚レセプタの役割を演じている、検出システム;
(3)物理化学的相互作用の結果として、センサによって信号の形で発せられた応答を、信号の形で処理及び分析するための計算機システムであって、脳の役割を演じる計算機システム;
からなる。
【0007】
電子嗅覚の例として、S.Brenetらにより、17th International Symposium on Olfaction and Electronic Noses(May 28-31,2017,Montreal,Canada)において発表され、以下では参考文献[1]とする、2017 ISOCS/IEEE International Symposium on Olfaction and Electronic Nose(ISOEN),IEEE,2017,pp.1-3、に記載されている文献に言及することができる。この電子嗅覚は、揮発性有機化合物を検出及び同定するように設計され、表面プラズモン共鳴イメージング(SPRi)を用いた光学検出システムを含む。
【0008】
動作がセンサからの信号の放出に基づく全ての分析装置のように、電子嗅覚は、一方では、有用な信号、すなわち回収しようとする情報に重ね合わされた「計測ノイズ」という名前でグループ化された寄生信号の座席であり、他方では、センサドリフトに重ね合わされた寄生信号の座席であり得る。
【0009】
計測ノイズは、温度、圧力、湿度の変動などの、電子嗅覚の外部又は内部の多数の要素によって、及び、特に、測定中の上述の要素の変動に起因する測定システムの揺らぎによって生じる場合がある。このノイズはいかなる時点でも生じ、センサによって発せられる信号の解釈に誤差を誘導する可能性がある。
【0010】
センサドリフトは、センサによって発せられる信号の逐次的な長期変動からなり、センサが同一の動作条件下で同一の標的化合物に曝露された場合に観察される。センサドリフトは、複雑な物理化学的メカニズムによって誘導され、特にセンサの汚染又はセンサの経年劣化に起因する場合があるが、物理的、環境的パラメータ(例えば、温度、圧力、及び湿度)、及び/又は実験的パラメータ(例えば、電子嗅覚の構成要素の加熱現象)の変化に起因する場合もある。
【0011】
動作が鍵と鍵穴原理に基づく、すなわち生物学的に活性な分子(例えば抗原)が固有の配位子(例えば、その抗原に固有の抗体)によって認識されるバイオセンサ又はバイオチップでは、計測ノイズ及び任意のセンサドリフトを決定し、従ってこれらセンサによって発せられる信号を有効化するために、分析される分子に固有でない配位子は、一般に、陰性対照として使用される。
【0012】
同様に、動作が気体と気体専用センサとの間の相互作用に基づく化学ガスマルチセンサでは、計測ノイズを補償するために、基準センサの存在を提供することが知られており、このセンサは、典型的には、敏感材料が存在しないマルチセンサの領域であり、(化学的環境に敏感ではない)蛍光基準点を測定するために、例えば、Y.C.Leeら(以下では参考文献[2]とする、19th International Conference on Solid-State Sensors,Actuators and Microsystems(Transducers),IEEE,2017,pp.672-675)により説明されている。この場合、気体化合物は、センサの蛍光信号を消滅させる。
【0013】
これに対して、動作が交差反応性の原則に基づく電子嗅覚では、すなわち、レセプタと呼ばれる配位子の各々が、ある程度の親和力を有して標的化合物と相互作用する場合は、センサによって発せられる全ての信号が、強いか又は弱いかに関わらず考慮され、これら信号の全てが認識パターンを構成し、このパターンは標的化合物に特有であり、この化合物のデジタル指紋と考えることができる(参考文献[1]参照)。
【0014】
従って、電子嗅覚の場合、センサによって発せられる信号の弱さが、1つ以上の標的化合物に対するこのセンサの親和力の欠如に対応するのか、又は計測ノイズに対応するのかを決定することは、現在、不可能である。
【0015】
潜在的なセンサドリフトを決定するために、1つ以上の標準ガスを使用することが提案されている(以下では参考文献[3]とする、Handbook of Machine Olfaction:Electronic Nose Technology,chapter 13,John Wiley & Sons 2006、を参照)。着想は、一連の測定の最初と、センサが使用される間にわたって一定の時間間隔で、標準ガスを用いた測定を行うことである。標準ガスに反応するセンサの変化は、他の全ての測定に対する反応の変化の指標と見なされる。従って、分析される気体試料についてドリフトを正確に見積もるために、これら試料で得られる可能性があるドリフトを完全に反映する標準ガスを見つけなければならない。しかし、このような標準ガスを見つけることは、不可能でないにしても、非常に困難である。
【0016】
加えて、ドリフトの影響を低減させる多くの方法が開発されてきた。それらは多くの場合、センサ性能の変化を補償する数学モデルに基づく。これら方法は、4つの主要なカテゴリ、すなわち、センサ信号の前処理を伴う方法、定期的な校正、データ調和化方法、及び適応的方法、に分けることができる(以下では参考文献[4]とする、S.Di Carlo and M.Falasconi,Drift correction methods for gas chemical sensors in artificial olfaction systems:techniques and challenges.InTech:2012、を参照)。適応的方法など(ニューラルネットワーク、進化的アルゴリズムなど)の、これら方法のいくつかが有望と思われるとしても、それらを実際に使用するのは依然として困難である。
【0017】
上記の結果、計測ノイズ及び/又は電子嗅覚ユニットのセンサドリフトの決定と、ドリフトが生じる場合は、このドリフトの影響の低減とが主要な問題として残る。その理由は、大きなノイズ及び/又はセンサドリフトの存在、並びに信頼性と再現性の欠如が、このタイプの装置の使用を妨げ得るからである。
【0018】
本発明は、正確には、本問題に解決策を提供することを意図している。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0019】
従って、最初に、本発明は、気体試料中に存在する可能性がある化合物のセットSを検出及び同定することができる電子嗅覚のための検出システムに関し、検出システムは、セットSの1つ以上の化合物が気体試料中に存在することを表す信号を提供するための複数の交差反応性の検出センサを備え、検出センサの各々は敏感部分を備え、検出センサは、
- 検出システムの計測ノイズを表す信号を提供するための少なくとも1つの基準センサであって、敏感部分を備える、少なくとも1つの基準センサと;
- 検出センサの敏感部分と、基準センサの敏感部分とが配置されている表面を備える基材と;
を備え、基材表面は、
* 複数の敏感領域であって、前記敏感領域の各々が、検出センサのうちの1つの敏感部に対応し、セットSの少なくとも1つの化合物と物理化学的に相互作用することができる少なくとも1つのレセプタを備える、複数の敏感領域と;
* 基準センサの敏感部分に対応し、少なくとも1つのペルフルオロ化末端アルキル基と、フッ素化ポリマーとを含む化合物から選択された少なくとも1つのフッ素化化合物で官能化された、少なくとも1つの敏感領域と;
を備えることを特徴とする。
【0020】
従って、本発明によると、電子嗅覚のための検出システムにおいて、少なくとも1つのセンサ(すなわち、1つ以上のセンサ)の存在を提供することが提案されており、センサの機能は、気体試料に存在する可能性がある化合物の情報を提供することではなく、この検出システムの計測ノイズに関する情報を提供すること、及び、その結果、計測ノイズ及び/又は検出センサの予想されるいかなるドリフトをも補正することを可能にすることである。
【0021】
基準センサの敏感部分は、少なくとも1つのフッ素化化合物で官能化されることが更に提案され、この化合物は、少なくとも1つのペルフルオロ化末端アルキル基、すなわち少なくとも1つの-CF3基、及びフッ素化ポリマーを含む化合物から選択され、このタイプの化合物及びポリマーは、化学的不活性及び非湿潤的性質の両方を有することにおいて有利である。
【0022】
前述及び以下において、
* 「センサ」は、セットSの化合物のうちの少なくとも1つと物理化学的な形で相互作用することが可能な少なくとも1つのレセプタを備える敏感部分と、典型的にはトランスデューサと呼ばれる測定システムであって、その機能は、物理化学的相互作用の結果から生じる物理量の変動を測定し、この測定値を使用可能な信号に変換することである、測定システムと、を備えるアセンブリを意味し、検出システムのセンサの各々は、それ自身の測定システムを備えるか、又は共通の測定システムを他のセンサと共有してもよいことが理解される;
* 「交差反応性」は、検出センサの敏感部分が、セットSの様々な化合物と物理化学的な形で相互作用できること、及び、逆に、セットSの化合物が、様々な検出センサの敏感部分と物理化学的な形で相互作用できることを意味する;
* 「計測ノイズ」は、セットSの化合物のうちの1つとの物理化学的相互作用以外の要因、例えば、温度の変動、圧力変動、湿度の変動、検出システムの電源電圧の変動、振動などによって誘起される、センサによって発せられる信号の一部を意味する;。
* 「測定システムドリフト」は、計測ノイズの平均レベルの時間にわたる逐次的な変化を意味する;並びに
* 「センサドリフト」は、このセンサが、同一条件下で、すなわち、センサが同一の気体試料に同一の動作パラメータで曝露された場合に発すると想定される信号と比較した、センサによって発せられる信号の、時間にわたる漸進的な変動を意味し;センサのドリフトは、測定システムのドリフトと、センサの化学ドリフトとの合計に対応し、すなわち、このセンサの敏感部分がセットSの化合物の少なくとも1つと物理化学的な形で相互作用する能力の、時間にわたる漸進的な変動である。
【0023】
加えて、「レセプタ」は、単純分子か又は複合分子(すなわち、特に巨大分子になることが可能な)かによらず、任意の化学分子を意味し、レセプタは、それ自体で、又はレセプタの混合物中の1つ以上の他のレセプタと関係した場合に、セットSの1つ以上の化合物と物理化学的な形で相互作用することができ、この物理化学的相互作用は、典型的には収着に、より具体的には吸着に存在する。
【0024】
好ましくは、フッ素化化合物は、化学式がCvF2v+2の化合物であって、vは4~20の整数である化合物と、化学式がCwF2w+1-(L)x-Zの化合物であって、wは1~12の整数であり、xは0又は1であり、Lは2価スペーサ基を表し、Zは共有結合又は非共有結合によって基材表面上への化合物の結合を可能にする基を表す、化合物と、から選択される。
【0025】
2価スペーサ基は、特に、1~20の炭素原子、及び任意選択的に1つ以上のヘテロ原子を含む、直鎖又は分枝鎖の飽和又は不飽和炭化水素基であってもよく、このヘテロ原子は、典型的には酸素、窒素、硫黄、及びシリコンから選択されてもよい。従って、2価スペーサ基は、例えば、1~20個の炭素原子、より好ましくは、1~12個の炭素原子を含む2価アルキレン基である。
【0026】
有利には、Zは、チオール基、アミノ基、シラノール基、カルボニル基、又はカルボキシル基を表す。
【0027】
本発明の特に好ましい実施形態によると、フッ素化化合物は、化学式がCF3(CF2)y(CH2)zSHであるペルフルオロアルカンチオールであり、yは0~11の整数であり、zは1~20、好ましくは1~12の整数である。
【0028】
そのようなフッ素化化合物の例として、1H,1H-トリフルオロエタンチオール、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロペンタンチオール、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロヘキサンチオール、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロオクタンチオール、及び1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオール、を言及することができる。
【0029】
上述のように、フッ素化化合物はまたフルオロポリマーであってもよく、その場合、有利には、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニル、ポリフッ化ビニリデン、ペルフルオロアルコキシアルカン、フッ化エチレン-プロピレンコポリマー、及びポリ(エチレン-co-テトラフルオロエチレン)、から選択される。
【0030】
本発明によると、基準センサの敏感部分に対応する敏感領域は、当業者に周知の任意の表面官能化手法、例えば、物理吸着又は化学吸着、共有結合グラフティング、分子ジェットエピタキシー、薄膜堆積、分子自己組織化などによって形成することができ、この手法の選択は、基材表面の化学的性質、前記敏感領域を官能化するために使用される化合物の化学的性質及び分子サイズ、並びに基準センサの測定システムに依存することが理解されている。
【0031】
これら手法の中では、本発明との関係において、分子自己組織化が好ましい。
【0032】
本発明の別の特に好ましい実施形態によると、基材表面は、不動態化された表面であり、すなわち、この表面とセットSの化合物との間に生じ得る物理化学的相互作用を最小化し、その結果、検出センサの敏感部分の中毒及び経年劣化を低減させるのに好適な処理を受けている。
【0033】
その場合には、基材表面は、好ましくは、少なくとも1つのペルフルオロ化末端アルキル基とフッ素化ポリマーとを含む化合物、及び特に前述の化合物から選択された少なくとも1つのフッ素化化合物で不動態化されている。
【0034】
本発明によると、このフッ素化化合物は、基準センサの敏感部分に対応する敏感領域が官能化される際に用いる化合物と同じであってもよく、又は、少なくとも1つのペルフルオロ化末端アルキル基と、フッ素化ポリマーとを含む化合物から選択されるならば、異なる化合物であってもよい。
【0035】
先に示したように、検出システムに含まれるセンサの各々は、それ自身の測定システム若しくはトランスデューサを備えるか、又は共通の測定システムを他のセンサと共有してもよい。いずれの場合でも、測定システムは、気体状態の化合物間の物理化学的相互作用の間に使用可能な信号を生成する任意の測定システムとすることができる。センサの敏感部分は特に、抵抗式、圧電式、機械式、音響式、又は光学式の種類であり得る。換言すれば、センサは、抵抗式、圧電式、機械式、音響式、及び/又は光学式のセンサであり得る。
【0036】
しかし、本発明の目的のためには、センサは光学表面プラズモン共鳴センサであることが好ましい。それ自体公知の、このタイプの形質導入では、一般に、例えばLEDタイプの光源と組み合わせてプラズモン共鳴を生じさせ、プラズモン共鳴から生じる信号がCCDカメラに記録される。このように、センサによって発せられる信号が、使用されたCCDカメラの画像を構成する全画素の信号変動からなるイメージングモードで追跡されることが特に好ましい。
【0037】
基材は、測定システム用に好適な材料で作製されている。従って、測定が表面プラズモン共鳴によって実施される場合、基材は好ましくはガラスプリズムを備え、その片側は金属層、好ましくは、典型的には10nm~100nmの厚みの金又は銀でコーティングされている。この金属層は、前述のように不動態化され得る。
【0038】
以下の例で示すように、本発明は多くの利点を有する。
【0039】
実際、この検出システムの計測ノイズを表す信号を提供する機能を有する基準センサを有する検出システムを提供することによって、本発明は、この計測ノイズを知り、従って、計測ノイズを、検出センサによって発せられた信号から差し引くことに加えて、電子嗅覚ユニットの動作のより大きな信頼性及び再現性を可能にして、測定システムのいかなるドリフト、並びに検出センサのいかなるドリフトをも検出し、その結果、検出センサによって発せられた信号をそれに応じて補正することを、やはり電子嗅覚ユニットの動作のより大きな信頼性及び再現性を伴って可能にする。
【0040】
加えて、検出センサの敏感部分、及び検出システムの基準センサが、配置されているか又は配置されることになる基材表面を不動態化することにより、本発明は、更に、検出センサのドリフト、検出センサの敏感部分の中毒及び経年劣化を低減させ、従って、電子嗅覚のより大きな安定性及び長命をもたらす。
【0041】
本発明はまた、気体試料中に存在する可能性がある化合物のセットSを検出及び同定することができる電子嗅覚に関し、その電子嗅覚は前述の検出システムを備えることを特徴とする。
【0042】
本発明によると、電子嗅覚は好ましくは、揮発性有機化合物、硫化水素(H2S)、及びアンモニア(NH3)の検出及び同定を専門に行い、これら化合物は、気体試料中に単独で又は混合物として存在することが可能である。
【0043】
前述の及び以下の記載において、「揮発性有機化合物」は、1999年3月11日のEuropean Council Directive 1999/13/ECに従って定義され、
- 揮発性有機化合物は、「293.15K(すなわち20℃)において、0.01kPa(すなわち9.87・10-5気圧)、又はそれ以上の蒸気圧を有するか、又は特定の使用条件下で対応する揮発性を有する、任意の有機化合物」であり(Directiveの第2条の第17パラグラフを参照);
- 有機化合物は、「少なくとも、炭素元素と、1つ以上の以下の元素、すなわち、水素、ハロゲン、酸素、硫黄、リン、シリコン、又は窒素、を含む任意の化合物であって、但し、酸化炭素、無機炭酸塩、及び重炭酸塩を除く」(DirectiveのArticle 2の第16パラグラフを参照)と記されている。
【0044】
従って、以下が特に揮発性有機化合物と見なされる:特定の飽和又は非飽和の非環式炭化水素類、例えば、エタン、プロパン、n-ブタン、n-ヘキサン、エチレン、プロピレン、1,3-ブタジエン及びアセチレン、特定の飽和又は非飽和の非芳香族環状炭化水素類、例えば、シクロプロパン、シクロペンタン及びシクロヘキサン、特定の芳香族炭化水素類、例えば、ベンゼン、トルエン、キシレン、及びエチルベンゼン、特定のハロゲン化炭化水素類、例えば、ジクロロメタン、トリクロロメタン、クロロエタン、トリクロロエチレン、及びテトラクロロエチレン、特定のアルコール類、例えば、メタノール、エタノール、1-プロパノール、2-プロパノール、エチレングリコール、及びプロピレングリコール、特定のアルデヒド類、例えば、ホルムアルデヒド、アセトアルデヒド、プロパナール、及び2-プロペナール(又はアクロレイン)、特定のケトン類、例えば、アセトン、メチルエチルケトン、2-ブタノン、及びメチルビニルケトン、特定のエステル類、例えば、メチルアセテート、エチルアセテート、イソプロピルアセテート、及びイソアミルブチレート、特定のエーテル類、例えば、ジエチルエーテル、エチレングリコールn-ブチルエーテル(EGBE)、及び1,4-ジオキサン、特定の酸類、例えば、酢酸及びプロパン酸、特定のアミン類、例えばエチルアミン、ジメチルアミン、トリメチルアミン、ジエチルアミン、及びアミルアミン、特定のアミド類、例えば、ジメチルホルムアミド、硫黄化合物、例えば、メチルメルカプタン(又はメタンチオール)、及びエチルメルカプタン(又はエタンチオール)、並びに特定のニトリル類、例えばアセトニトリル、及びアクリロニトリル。
【0045】
本発明の他の特徴及び利点が、添付の図面を参照して与えられる以下の追加の説明から明らかとなるであろう。
【0046】
しかし、この追加の記載は本発明の主題の例としてのみ与えられ、決して、その主題の限定として解釈されてはならないことは言うまでもない。
【図面の簡単な説明】
【0047】
【
図1】
図1は、本発明による検出システムの基材の例示的実施形態を概略的に示し、検出センサ及び基準センサの敏感部分が共通基材の表面上に配置されている。
【
図2】
図2は、本発明による検出システムの基材の例示的実施形態を概略的に示し、検出センサ及び基準センサの敏感部分が共通基材の表面上に配置されている。
【
図3】
図3は、本発明による検出システムの基材の例示的実施形態を概略的に示し、検出センサ及び基準センサの敏感部分が共通基材の表面上に配置されている。
【
図4】
図4は、非不動態化基材を有する本発明による検出システムを、VOC、この場合は、イソアミルブチレートを含む気体試料に曝露させた後に、表面プラズモン共鳴イメージング(SPRi)により得られた差分画像である。
【
図5】
図5は、基材表面上に配置された1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオール及びドデカンチオールの自己組織化層に対して、SPRiによって得られたΔ%Rで示す反射率の変動を、これら自己組織化層が得られた溶液の、[C]で示し、mmol/Lで表現された濃度の関数として棒グラフの形で示し;また、基材表面を形成する金層の領域に対して得られた反射率の変動(Auと示す棒)も示している。
【
図6】
図6は、非不動態化基材を有する本発明による検出システムの検出センサ及び基準センサに対して、空気のみからなる気体試料への曝露後にSPRiにより取得したプラズモンの曲線を示し;この図において、y軸は反射率に対応し%Rで示し、一方、x軸は入射角に対応しΘで示し、度数で表現している。
【
図7】
図7は、非不動態化基材を有する、本発明の検出システムのD1~D10として示す10個の検出センサ、及びR1として示す基準センサに対して、過剰圧力(ΔP)への反応としての、SPRiにより得られた比率Δ%R/ΔP(反射率の変動対圧力の変動)を棒グラフの形で示し;基材表面を形成する、Auと示される金層の領域について得られた比率Δ%R/ΔPも表している。
【
図8A】
図8Aは、イソアミルブチレートを含む気体試料への曝露に対して、SPRiにより得られた、Δ%Rとして示す、非補正の反射率の変動を、tとして示し、分で表現する時間の関数として示し、コヒーレントノイズと、測定システム内の擾乱に起因する信号の飛びが観察される。
【
図9】
図9は、非不動態化基材を有する本発明による検出システムの2つの検出センサ(線D1及びD2)、及び基準センサ(線R1)に対して、SPRiにより得られた、%Rとして示す反射率の変化を、tとして示し、分で表現する時間の関数として155分間にわたって示し、その間、これらセンサを、一番目にイソアミルブチレート、及び他の4つにアミルアミンを含む5つの気体試料に連続的に曝露させ;この図では、ブラケットAは、測定システムのドリフトを表しており;線R1を、線D1及びD2の下に複写しており、そして、ブラケットB及びCは、それぞれ、センサD1及びD2の化学ドリフトを表している。
【
図10】
図10は、不動態化基材を有する本発明による検出システムを、イソアミルブチレートを含む気体試料に曝露させた後に、SPRiにより得られた差分画像である。
【
図11A】
図11Aは、非不動態化基材を有する本発明による検出システムの4つの検出センサ(線D1、D2、D3、及びD4)、及び基準センサ(線R1)に対して、SPRiにより得られた、%Rとして示す反射率の変化を、tとして示し、分で表現する時間の関数として300分間にわたって示し、その間、これらセンサを、各々がVOCを含む様々な気体試料に連続的に曝露させ;この図では、基材表面を形成する金層(線Au)の領域について得られた反射率の変化も表している。
【
図11B】
図11Bは、
図11Aと類似の図であるが、不動態化基材を有する本発明による検出システムに対するものであり;従って、この図は、線Auを含まないが、不動態化基材の表面の領域に対して得られた反射率の変化に対応する線P1を含む。
【
図12A】
図12Aは、非不動態化基材を有する本発明による検出システムのセンサに対して、SPRiにより得られた、Δ%Rとして示す反射率の変動を、tとして示し、分で表現する時間の関数として示し、時間は、アミルアミンを含む気体試料への曝露6分間、次いで清浄な空気流下での基材のリンスの14分間であり;この図で、垂直の点線は、曝露の終了及びリンスの開始を示す。
【
図13A】
図13Aは、非不動態化基材を有し、イソアミルブチレートを含む気体試料に3回曝露させた、本発明による検出システムのD1~D26で示す26個の検出センサ、及びR1で示す基準センサに対して、SPRiによって得られた、Rnormで示す正規化された反射率を示し;イソアミルブチレートへの各曝露の間に、アミルアミンが数回、注入されており;この図では、基材表面を形成する、Auで示す金層の領域について得られた正規化した反射率も表しており;線Aの位置は、アミルアミン注入の開始前に得られた正規化された反射率に対応し;線Bの位置は、アミルアミン注入の中間に得られた正規化された反射率に対応し、一方、曲線Cの位置は、アミルアミン注入の終了後に得られた正規化された反射率に対応する。
【
図13B】
図13Bは、
図13Aと類似の図であるが、不動態化基材を有する本発明による検出システムに対するものであり、従って、
図11Aの領域Au用に示される正規化された反射率が、P1として示す不動態化基材の表面領域に対して得られたものに置き換えられている。
【
図14A】
図14Aは、非不動態化基材を有し、イソアミルブチレートを含む気体試料に6日、14日、及び56日にわたる使用に曝露させた、本発明による検出システムのD1~D18で示す18個の検出センサ、及びR1で示す基準センサに対して、SRPiによって得られた、Rnormで示す正規化された反射率を示し;この図には、基材表面を形成する、Auと示される金層の領域について得られた正規化された反射率も示される。
【
図14B】
図14Bは、
図14Aと類似の図であるが、不動態化基材を有し、イソアミルブチレートを含む気体試料に9日、15日、及び61日にわたる使用に曝露させた、本発明による検出システムに対するものである。この図では、従って、
図14Aの領域Au用に示される正規化された反射率が、P1として示す不動態化基材の表面領域に対して得られたものに置き換えられている。
【
図15】
図15は、S1で示す非不動態化基材を有する本発明による検出システムの基準センサに対して、並びに、S2及びS3で示す不動態化基材を有する本発明による2つの検出システムの基準センサに対して、180日間にわたって、SPRiによって得られた、Δ%Rで示す反射率の変動を、tで示し、日で表現する時間の関数として示し、その間、これらセンサをイソアミルブチレートを含む3つの気体試料に連続的に曝露させた。
【
図16A】
図16Aは、非不動態化基材を有し、一方でガソリン燃焼気体試料、他方で水蒸気試料の2つの異なる曝露による、本発明による検出システムのセンサによって発せられた非正規化信号をスパイダウェブ線図の形で示し;この図では、矢印f1は、燃焼気体試料に対して発せられる信号に対応し、一方、矢印f2は水蒸気試料に対して発せられる信号に対応する。
【
図16B】
図16Bは、非不動態化基材を有し、一方でガソリン燃焼気体試料、他方で水蒸気試料の2つの異なる曝露による、本発明による検出システムのセンサによって発せられた正規化信号をスパイダウェブ線図の形で示し、図では、矢印f1は、燃焼気体試料に対して発せられる信号に対応し、一方、矢印f2は水蒸気試料に対して発せられる信号に対応する。
【
図17A】
図17Aは、
図16Aと類似の図であるが、不動態化基材を有する、本発明による検出システムに対するものであり;この図では、矢印f1は、燃焼気体試料に対して発せられる信号に対応し、一方、矢印f2は水蒸気試料に対して発せられる信号に対応する。
【
図17B】
図17Bは、
図16Bと類似の図であるが、不動態化基材を有する、本発明による検出システムに対するものであり;この図では、矢印f1は、燃焼気体試料に対して発せられる信号に対応し、一方、矢印f2は水蒸気試料に対して発せられる信号に対応する。
【発明を実施するための形態】
【0048】
【0049】
I-本発明による検出システムの基材の例示的実施形態
最初に
図1を参照すると、本発明による検出システムの基材10の第1の実施形態を概略的に示し、検出センサ及び基準センサの敏感部分が同じ基材の表面上に配置されている。
【0050】
この図から分かるように、基材10は表面11を備え、その上に、それぞれD1、D2、D3、D4、D5、D6及びD7と参照される複数の敏感領域が配置され、その各々が、検出センサの敏感部分に対応し、従って、本明細書中以下では「検出敏感領域」と称する。この図を簡略化する目的で、
図1には7つの敏感領域があり、従って7つの検出センサに対応する。
【0051】
しかし、遥かに多数の検出センサを、例えば100、500、1000、3000、更には5000もの検出センサを、従って、対応する数の検出敏感領域が配置された表面を有する基材を備える、本発明による検出システムを設計することが可能であることは言うまでもない。
【0052】
基材10の表面11はまた、R1と称する敏感領域を含み、これは基準センサの敏感部分に対応し、従って、本明細書中以下では「基準敏感領域」と称する。ここでも、簡単のために、
図1は、1つの基準センサに対応する1つだけの基準敏感領域を示す。
【0053】
しかし、ここでも、複数の、例えば、5、10、更には50もの基準センサを、従って、対応する数の基準敏感領域が配置された表面を有する基材を備える、検出システムを設計することが可能である。
【0054】
本発明によると、検出敏感領域D1~D7は、1つ以上のレセプタを有する基材10の表面11の、すなわち、1つ以上の化合物の、7つの別個の領域を官能化することによって構築することができ、この領域は、電子嗅覚が気体試料中で検出及び同定が可能な、化合物のセットSの化合物のうちの少なくとも1つと、典型的には収着によって、より具体的には吸着機構によって、物理化学的な形で相互作用が可能である。
【0055】
この官能化は、当業者に既知の任意の表面官能化手法(物理吸着又は化学吸着、共有結合グラフティング、分子ジェットエピタキシー、薄膜堆積、分子自己組織化など)、又はこれらの複数によって実現することができ、この技術又はこれら技術の選択は特に、基材の表面の化学的性質、レセプタの化学的性質及び分子サイズ、並びに検出センサの測定システムの関数である。
【0056】
セットSの化合物がVOC、H2S、及びNH3である場合には、レセプタは特に、金属、金属酸化物、非フッ素化有機化合物、非フッ素化ポリマー、生体分子、例えば、DNA分子、オリゴヌクレオチド、糖類、ペプチド、タンパク質、リン脂質、及びこれら生体分子の誘導体、又は、炭素の様々な分子構成、例えば、グラフェン、ナノチューブ、黒鉛炭素など、の中から選択することができる。この点に関して、使用可能なレセプタの種類に関するより豊富な情報について、読者は、K.Arshakらによる記事、Sensor Review 2004,vol.24,pp.181-198;T.Wasilewskiらによる、Biosensors and Bioelectronics 2017,vol.87,pp.480-494;及び、A.D.Wilson and M.Baiettoによる、Sensors(Basel)2009,vol.9,pp.5099-5148、を参照することができ、これらは以下では参考文献[5]~[7]とする。
【0057】
基準敏感領域R1は、検出敏感領域D1~D7とは別個の、基材10の表面11上の領域を、セットSの化合物と物理化学的に相互作用しない、又は、これら化合物の1つ以上と相互作用する場合は、敏感領域D1~D7のレセプタとセットSの前記化合物との間に起こる可能性がある相互作用と比較して、非常に弱い相互作用を生じさせる、1つ以上の化合物で官能化することにより、構築することができる。
【0058】
ここでも、この官能化は、基材の化学的性質、化合物の化学的性質及び分子サイズ、並びに基準センサの測定システムの関数として、当業者にとって周知の表面官能化手法の何れかによって実現することができる。
【0059】
本発明によると、セットSの化合物と相互作用しないか又は非常に弱くのみ相互作用する化合物は、少なくとも1つのペルフルオロ化末端アルキル基、すなわち少なくとも1つの-CF3基と、一方では、これらの種類の化合物とポリマーを特徴付ける化学的不活性ゆえに、他方では、非湿潤的性質ゆえにフッ素化ポリマーと、を含むフッ素化化合物から選択される。
【0060】
少なくとも1つのペルフルオロ化末端アルキル基を有するフッ素化化合物は特に、ペルフルオロ化化合物であってもよく、すなわち、化学式がCvF2v+2であり、vは4~20の整数である化合物、又は、化学式がCwF2w+1-(L)x-Zであり、wは1~12の整数であり、xは0又は1であり、Lは2価スペーサ基、例えば、1~20の炭素原子、並びに任意選択的に1つ以上のヘテロ原子、典型的には、O、N、S、及び/又はSiを含む直鎖又は分枝鎖の飽和又は不飽和炭化水素基であり、Zは共有結合又は非共有結合によって基材表面上への化合物の結合を可能にできる基を表す、化合物である。
【0061】
本発明との関連において好ましい官能化技術である分子自己組織化による官能化のためには、Z基は、例えば、基材表面が金、プラチナ、銀、パラジウム、又は銅でできている場合は、チオール(-SH)基、若しくはアミノ(-NH2)基であり、又はそうでなく、基材表面がガラス、石英、シリコン、又はシリカでできている場合は、シラノール(-SiOH)基であってもよい。
【0062】
化学式CwF2w+1-(L)x-Zの化合物類の中では、化学式CF3(CF2)y(CH2)zSHのペルフルオロアルカンチオールが好ましく、yは0~11の範囲の整数であり、zは1~20まで、より好ましくは、1~12の整数であり、例えば、化学式CF3CH2SHの1H,1H-トリフルオロエタンチオール、化学式CF3(CF2)2(CH2)2SHの1H,1H,2H,2H-ペルフルオロペンタンチオール、化学式CF3(CF2)3(CH2)2SHの1H,1H,2H,2H-ペルフルオロヘキサンチオール、化学式CF3(CF2)5(CH2)2SHの1H,1H,2H,2H-ペルフルオクタンチオール、及び化学式CF3(CF2)7(CH2)2SHの1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオール、であり、これら全てはSIGMA-ALDRICHから入手可能である。
【0063】
使用される可能性のあるフッ素化ポリマーとしては特に、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、例えば、名称Teflon(商標)にてDUPONTによって販売されているもの、ポリフッ化ビニル(PVF)、例えば、名称Tedlar(商標)にてDUPONTによって販売されているもの、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、例えば、名称Kynar(商標)にてARKEMAによって販売されているもの、ペルフルオロアルコキシアルカン(PFA)、例えば、名称Teflon(商標)-PFAにてDUPONTによって販売されているもの、フッ素化エチレンプロピレンコポリマー(フッ素化エチレンプロピレン又はFEPとしても知られている)、例えば、名称Teflon(商標)-FEPにてDUPONTによって販売されているもの、及び、ポリ(エチレン-co-テトラフルオロエチレン)(ETFE)、例えば名称Tefzel(商標)にてDUPONTによって販売されているものを含む。
【0064】
ここで
図2を参照すると、本発明による検出システムの基材10の第2の実施形態を概略的に示し、検出センサ及び基準センサの敏感部分も共通基材上に配置されている。
【0065】
本実施例では、基材10は、その表面11が、基準敏感領域R1を形成する化合物と同じ化合物で不動態化処理を受けているということだけが
図1に示す基材とは異なる。
【0066】
検出敏感領域D1~D7が共有結合グラフティングによって、又は分子自己組織化によって構築され、不動態化処理それ自体が、これら2つの手法のうちの1つによって実施される場合は、そのとき、この不動態化処理は、検出敏感領域D1~D7の構築後に実施することができ、その場合、基材10の表面11で検出敏感領域D1~D7によって占められずに空いている部分のみが不動態化され、基準敏感領域R1は、不動態化されたこれら部分のうちの1つの上に選択される。
【0067】
代替として、不動態化処理は、検出敏感領域D1~D7の構築前に実施することもでき、その場合は、これら敏感領域は、基材10の表面11の7つの別個の領域において、これら領域上に存在する不動態化化合物を1つ以上のレセプタで覆うことによって、又は基材10の表面11の7つの別個の領域を、例えばリソグラフィによって非不動態化させ、このように非不動態化させた領域を1つ以上のレセプタで官能化することによって、構築できる。ここでも、そのとき、基準敏感領域R1は、基材10の表面11で検出敏感領域D1~D7によって占められずに空いている部分のうちの1つに選択できる。
【0068】
図3は、本発明による検出システムの基材10の第2の例示的実施形態の変形形態を概略的に示し、この変形形態では、基材10の表面11は、基準敏感領域R1を形成する化合物とは異なるが、更にペルフルオロ化末端アルキル基及びフッ素化ポリマーを含む化合物から選択された、1つ以上の化合物で不動態化処理を受けている。
【0069】
従って、例えば、ペルフルオロ化化合物、及び先に定義されたような化学式がCwF2w+1-(L)x-Zである化合物から選択された2つの異なる化合物を使用して、基準敏感領域R1を形成し、基材の表面11を不動態化することが可能である。
【0070】
代替として、ペルフルオロ化化合物、又は先に定義されたような化学式がCwF2w+1-(L)x-Zである化合物を使用して、基準敏感領域R1を形成し、基材10の表面11をPTFEなどのフッ素化ポリマーで不動態化することが可能である。
【0071】
ここでも、不動態化処理を、前述したのと同じ方法で、検出敏感領域D1~D7、及び基準敏感領域R1の構築の後に又は前に実施することができる。
【0072】
図1~
図3は本発明による検出システムの実施形態の概略図に対応するので、敏感領域D1~D7、及びR1は、これら図において円形で表していることに留意すべきである。
【0073】
しかし、検出敏感領域及び基準敏感領域は、完全に異なる形状、例えば多角形、及び、特に、平行六面体を有するか、又は任意の形状でもよいことは言うまでもない。
【0074】
同様に、
図1~
図3では、敏感領域D1~D7、及びR1は互いに別々に示されているが、検出敏感領域及び基準敏感領域は互いに隣接していることは考えられる。
【0075】
II-非不動態化基材を有する本発明による検出システムの性質
II.1-VOCに関して検出センサと基準センサとの間に存在する感度の差の画像による実施:
本試験を、ガラスプリズムからなる基材を使用して実施し、基材の片面をクロム層(厚さ約2nm)で覆い、それを金層(厚さ約50nm)で覆い、基材は、
- 複数の検出敏感領域であって、これら領域は様々な交差反応レセプタの自己組織化層で形成され(すなわち、レセプタは様々なVOCと相互作用することができ、逆にVOCは様々なレセプタと反応することができる)、各レセプタは金層への結合のためのチオール官能基を含む、複数の検出敏感領域と、
- 複数の基準敏感領域であって、これら領域は、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオールの自己組織化層で形成され、この自己組織化は、この化合物を7mmol/Lを含む溶液をロボットを用いたマイクロデポジションにより金層上に実施された、複数の基準敏感領域と、
を備える。
【0076】
この基材を、VOC、この場合はイソアミルブチレート(CH3(CH2)2C(O)O(CH2)2CH(CH3)2)を約30ppmの濃度で含む気体試料に10分間曝露させ、このVOCと基材の様々な敏感領域との間での相互作用を、表面プラズモン共鳴イメージング(SPRi)によってモニタした。
【0077】
【0078】
SPRiは、光学的バランスに関連し得る表面での相互作用を光学的に読み取る技術であり、化合物と表面との間に存在する相互作用が多いほど、読み取りシステムによって発せられる光信号の増加は大きくなる。差分画像が、表面が化合物に曝露される前に取得された基準画像に対する、この光信号の変動を表す。また、差分画像の領域が明るいほど、化合物と、表面の対応する領域との間の物理化学的相互作用は大きい。逆に、差分画像の領域が暗いほど、化合物と表面領域との間の物理化学的相互作用は小さい。
【0079】
図に示すように、差分画像は、イソアミルブチレートが吸着された、基材の検出敏感領域に対応する、非常に明るいか又は白とも言える領域と、イソアミルブチレートが吸着されないか又は非常に少量だけ吸着した、基材の基準敏感領域に対応する黒い領域とを有し、このことは、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオールによって官能化された基材の領域がイソアミルブチレートなどのVOCに対する化学的不活性を有することを示す。
【0080】
11.2-敏感部分がペルフルオロアルカンチオールにより形成されたセンサのVOCに対する感度と、敏感部分が非フッ素化アルカンチオールにより形成されたセンサのVOCに対する感度との間の比較:
本試験は、一連の基材を使用して実施され、基材はガラスプリズムからなり、基材の片面は金層(厚さ約50nm)を有し、一方では、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオールの自己組織化層で形成された領域と、他方では、ドデカンチオール(CH3(CH2)11SH)の自己組織化層で形成された領域と、を備え、自己組織化は、これら化合物のうちの1つの5mmol/L~10mmol/Lを含む溶液の、金層上へのロボットを用いたマイクロデポジションにより得られた。
【0081】
これら基材を、20ppmのイソアミルブチレートを含む気体試料に曝露させ、このVOCと、基材上に存在する様々な自己組織化層との間の相互作用をSRPiによってモニタした。
【0082】
この試験の結果を
図5に、棒グラフの形で、2つの種類の層の各々に対して、及び、これらの層が得られた溶液の[C]で示し、mmol/Lで表現する各濃度について得られた、Δ%Rで示す反射率の変動を示す。比較として、
図5はまた、金層(Auで示す棒)の領域に対して得られた反射率の変動を示す。
【0083】
この図に示すように、自己組織化ドデカンチオール層に対して観察された反射率の変動は、これら層のイソアミルブチレートに対する感度を反映するものであるが、金層に対して観察されるものよりも低いとはいえ、これら層を堆積させるために使用した溶液の濃度に関わらず、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオール層に対して観察されるものよりも、系統的に高い。
【0084】
その結果、ドデカンチオール層上のイソアミルブチレートの吸着は、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオール層上の吸着よりも系統的に高い。
【0085】
またこの図に示すように、自己組織化層の反射率の変動は、これら層の堆積のために使用した溶液の濃度に依存する。1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオールの場合、反射率の最も小さい変動は、6mmol/L~7mmol/Lの範囲の濃度で観察され、この濃度においてこの変動は、ドデカンチオールの自己組織化層に対して得られたものの半分以下と小さい。
【0086】
11.3-基準センサの官能性検証:
従って、
図4の画像で観察される暗い領域が、確かにイソアミルブチレートと、上記の実施例II.1に記載した基材の基準敏感領域との間の物理化学的相互作用が欠如している、又はほぼ欠如していることに起因していることを確認するために、この基材を、空気のみからなる(従って、検出敏感領域と相互作用する可能性があるいかなる化合物も存在しない)気体試料に曝露させ、検出敏感領域及び基準敏感領域に対して、SPRiによりプラズモン曲線を確かめた。
【0087】
【0088】
この図に示すように、基準敏感領域に対して得られたプラズモン曲線は、検出敏感領域から得られたものと整合している。
【0089】
従って、
図4の画像で観察される暗い領域は、イソアミルブチレートと、基材の基準敏感領域との間の物理化学的相互作用が欠如している、又はほぼ欠如していることに起因し、SPRiがその感度範囲の外にあるという事実に起因するものではない。
【0090】
11.4-物理的パラメータの変動に対する基準センサの感度:
上記の実施例II.1に記載した基材の基準敏感領域が、VOCの存在に鈍感であるか、又はわずかに敏感なだけであるとはいえ、それでも、環境的又は実験的な物理的パラメータの変動に敏感であることを確認するために、「インデックスジャンプ」試験として知られる試験を行った。
【0091】
この試験の原理は、空気のみからなる(従って、基材の検出敏感領域と化学的に相互作用する可能性があるいかなる化合物も存在しない)気体試料の屈折率を、物理的パラメータによって変動させ、そして、屈折率の変動により、基材の検出敏感領域及び基準敏感領域に対してSPRiによって得られた光信号が変動する結果となるかどうかを観察することである。
【0092】
この場合、超過気圧(ΔP=0.5バール)を基材に印加することによって試験を実施した。
【0093】
この試験結果を、基材の、R1で示す基準敏感領域、D1~D10で示す10個の検出敏感領域、及び、Auで示す金層の領域に対して得られた比率Δ%R/ΔPを表現する棒グラフの形で
図7に示す。
【0094】
この図に示すように、物理的パラメータの変動をその唯一の起源として有する、気体試料の屈折率の変動の結果、基材の全ての敏感領域に対して、Δ%R/ΔP比は同等になった。
【0095】
従って、物理的パラメータの変動に対する感度は、基材の全ての敏感領域に対して同一であると考えることができる。
【0096】
従って、基準敏感領域はVOCに敏感でないか又はわずかにのみ敏感であり、一方で、物理的パラメータの変動、この場合は圧力の変動、に敏感である。従って、基準敏感領域を、VOCを有する基材に生じる可能性がある物理化学的相互作用に対して、陰性基準、又はゼロ基準として使用することができる。
【0097】
11.5-計測ノイズの評価:
前の実施例に示すように、上記の実施例II.1に記載された基材の基準敏感領域が、物理的パラメータの変動に敏感である限り、そのような基材を備える検出システムの計測ノイズは、イソアミルブチレートなどのVOCを含む気体試料に曝露された場合に、これら敏感領域に対して得られた光信号の短期的揺らぎを測定することにより推定することができる。
【0098】
図8Aは、通常測定される計測ノイズが約±0.05%Rであることを示す(14~18分を参照)。
【0099】
この図はまた、コヒーレントノイズ、すなわち、センサによって発せられる全ての光信号について、同じように反射されるノイズ(0~12分を参照)、並びに信号の飛びを示す。これらの現象は、外部のパラメータ、例えばコヒーレントノイズの場合は振動に、又は信号の飛びの場合は圧力の急激な変化に起因する。これら現象は化学的検出に関連していないので、時間tにおいて基準敏感領域に対して得られた平均光信号を、同じ時間tにおいて検出敏感領域の各々に対して得られたものから差し引くことにより、これら現象を本発明による検出システムの基準センサによって除去することができる。
【0100】
図8Bに示すような「クリーンにした」光信号は、従って、各検出敏感領域に対して得られる。
【0101】
11.6-測定システムのドリフト、及び各検出センサのドリフトの評価:
試験は上記の実施例II.1に記載した基材を、1番目に22ppmのイソアミルブチレート、2番目に3.2ppmのアミルアミン、3番目に4.2ppmのアミルアミン、4番目に5ppmのアミルアミン、及び5番目に14.20ppmのアミルアミンを含む5種の気体試料に、155分の総持続時間にわたって連続的に曝露させ、この基材のR1で示す基準敏感領域、及びD1及びD2で示す2つの検出敏感領域に対して、反射率の変化をSPRiにより、この曝露の全持続時間を通してモニタした。
【0102】
このように、
図9は、R1で示す線は領域R1に対して観察された%Rで示す反射率の変化に対応し、一方、D1及びD2で示す線は、それぞれ、領域D1及びD2に対して観察された変化を%Rで表すように定めた。この図において、測定システムのドリフトに対応する線R1を、各線D1及びD2の各々の下に複写している。
【0103】
前述のように、測定システムドリフトは、計測ノイズの平均レベル、又は信号ベースラインの、時間にわたる漸進的な変動であり、これは、特に、環境変動(例えば、SPRiの場合は温度勾配)、相互汚染、いわゆる「中毒」化合物による電子嗅覚の汚染などに関連する場合がある複雑な現象によって引き起こされる可能性がある。
【0104】
基準センサは物理的パラメータの変動にのみ敏感なので、測定システムのドリフトは、
図9のAで示すブラケットによって表すように、これら基準センサによって発せられる信号のドリフトとして評価することができる。このドリフトもまた、検出センサに影響を及ぼすので、基準センサによって発せられる信号を、検出センサによって発せられる信号から差し引くことにより補正することができる。
【0105】
前述もしたように、センサドリフトは測定システムドリフト及び化学センサドリフトの合計であり、例えばセンサの敏感部分の中毒又は漸進的な化学汚染によって生じる。
【0106】
所与の検出センサによって発せられる信号だけを追跡したのでは、これら2つのドリフト源を区別することは不可能である。これに対して、
図9のB及びCで示すブラケットによって示すように、検出センサによって発せられる信号と基準センサによって発せられる信号との差が、センサ毎の化学ドリフトを定量化することを可能にする。
【0107】
各検出センサ単独での化学ドリフトを決定できることにより、化学ドリフトを可能な限り低減させるために、実験的な解決策の有効性を試験することが可能になる。このようにして、電子嗅覚を長期的に、より高い信頼性を有するように、且つ再現可能に作製することができる。
【0108】
III-不動態化基材を有する本発明による検出システムの性質
III.1-基材上のVOCの吸着への不動態化の効果の画像による実例:
本試験は、上記の実施例II.1に記載したような基材であって、しかしそれとは異なる官能化パターン(すなわち、検出敏感領域及び基準敏感領域の分布が異なる)を有する基材の表面を、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオールのように、ペルフルオロ化アルキル基を有するが、より短い炭素鎖(10個の炭素原子に代えて2個)を有する化合物であるトリフルオロエタンチオールを使用して、不動態化することにより実施した。
【0109】
この不動態化を、液相のトリフルオロエタンチオールを基材表面上に拡散させることにより実現した。
【0110】
この基材を、上記の実施例II.1に記載したものと同じ条件下で、イソアミルブチレートを含む気体試料に曝露させ、このVOCと、基材の様々な敏感領域との間の相互作用を、再びSPRiによってモニタした。
【0111】
図10に示す差分画像は、このようにして、
図4の画像に対して使用したものと同じコントラスト及び輝度にて得られた。
【0112】
これら2つの画像を比較すると、
図10の画像では、基材の表面で検出敏感領域及び基準敏感領域によって占められずに空いている部分がより暗く見えることが分かり、これは、この表面上へのイソアミルブチレートの吸着が、非不動態化基材の表面上の吸着と比較して減少していることを意味する。
【0113】
III.2-センサの化学ドリフトの低減:
- 一方では、上記の実施例II.1に記載したような非不動態化基材を、最初の2つにイソアミルブチレート(44.2ppm及び37.1ppm)、3番目にエタノール(173ppm)、4番目に1-オクタノール(4.2ppm)、5番目に1-プロパノール(192ppm)、6番目に1-ブタノール(75.6ppm)、及び7番目にイソアミルブチレート(40.6ppm)を含む7種の気体試料に、
- 他方では、上記の実施例III.1で準備したような不動態化基材を、最初の2つにイソアミルブチレート(47.9ppm及び53.2ppm)、3番目にエタノール(168ppm)、4番目に1-オクタノール(3.8ppm)、5番目に1-プロパノール(165ppm)、及び6番目に1-ブタノール(82.1ppm)を含む6種の気体試料に、300分の期間にわたって連続的に曝露させ、そして、各基材に対して、この期間にわたって、反射率の変化%Rを、R1で示す基準敏感領域、及びD1~D4で示す4つの検出敏感領域に対してSPRiによりモニタした。
【0114】
反射率の変化も、非不動態化基材のAuで示す金層の領域に対して、及び、P1で示す不動態化基材の表面の領域に対してモニタした。
【0115】
【0116】
これら図の比較から、検出敏感領域D1~D4の全てに対して、不動態化により化学ドリフトの低減が可能になることが分かる。このように、分析の300分(すなわち、5時間)にわたり、化学ドリフトを、0.6%R・h-1(非不動態化基材)から0.3%R・h-1(不動態化基材)に半減させることができる。10分にわたるVOCの分析については、得られた化学ドリフトは計測ノイズの程度、すなわち0.05%Rになる。
【0117】
III.3-「中毒効果(poison effect)」に対する検出システムの耐性:
特定のVOCは、金層で覆われた基材に対して特別な親和性を有し、このタイプの基材上への非可逆的な結合により、検出システムの中毒につながり、その結果、このシステムによって提供される検出の信頼性及び再現性が低下する可能性がある。例えば、アミン類及びチオール類は、金に不可逆的に吸着する。しかし、これら化合物は、特定の用途では関心の対象となる場合があり、具体的には、アミン類の場合は食品生産産業において関心の対象となる場合がある。
【0118】
従って、金層で覆われた基材の不動態化が、この基材の中毒を低減できるかどうかを確認するために、2つの試験を実施した。
【0119】
第1の試験を、一方で、上記の実施例II.1に記載したような非不動態化基材を、他方で、上記の実施例III.1で準備したような不動態化基材を、アミンを含む気体試料に、この場合はアミルアミン(CH3(CH2)4NH2)に5分間曝露させ、その後、清浄な空気流下で基材を14分間リンスすることにより実施した。
【0120】
第2の試験を、これらと同じ基材を、イソアミルブチレートを含む気体試料に3回連続して曝露させることにより実施した。曝露と曝露との間に、アミルアミンを、3ppm~50ppmの範囲の濃度にて数回注入した。
【0121】
両方の試験において、反射率%Rの変化を、R1で示す基準敏感領域に対して、及びD1~D26で示す26個の検出敏感領域に対して、SPRiによってモニタした。反射率の変化も、非不動態化基材のAuで示す金層の領域に対して、及び、P1で示す不動態化基材の表面の領域に対して追跡した。
【0122】
第1の試験の結果を、反射率変動(Δ%R)で表現して、
図12A及び
図12Bに表し、一方で、第2の試験の結果を、正規化反射率(Rnorm)で表現して、
図13A及び
図13Bに示す。
【数1】
式中、Δ%RDは、検出センサDに対する反射率変動であり、NDは、検出センサの総数である。
【0123】
これらの図は、非不動態化基材の場合(
図12A及び
図13A)、大部分のセンサによって発せられる信号は、基材を清浄な空気流下でリンスした後ではベースラインに戻らないことを示す。従って、アミルアミンは、実験条件下では不可逆的に結合するようになっている。
【0124】
一方で、不動態化基材の場合(
図12B及び
図13B)、ベースラインへの戻りは遥かに良好であり、従って、アミルアミンの不可逆的な結合は限定された。
【0125】
図13A及び
図13Bはまた、不動態化を行うと、検出システムの再現性が改善することを示す。実際、イソアミルブチレートについて得られたプロファイルは、アミルアミンなどの中毒化合物への曝露後であっても維持されている。
【0126】
III.4-検出システムの経年劣化の改善:
従って、金層で覆われた基材の不動態化が、この検出システムの経年劣化を低減できるかどうかを確認するために、2つの試験を実施した。
【0127】
第1の試験は、一方で、上記の実施例II.1に記載したような非不動態化基材を、他方で、上記の実施例III.1で準備したような不動態化基材を、35ppm~55ppmのイソアミルブチレートを含む気体試料に、第1の基材の使用の、6日目(3回の曝露あり)、14日目(2回の曝露あり)、及び56日目(2回の曝露あり)に、及び、第2の基材の使用の、9日目(3回の曝露あり)、15日目(2回の曝露あり)、及び61日目(2回の曝露あり)に曝露させ、各基材に対して、R1で示す基準敏感領域、及びD1~D18で示す18個の検出敏感領域に対して、反射率の変化をSPRiによりモニタすることにより実施した。反射率の変化も、非不動態化基材のAuで示す金層の領域に対して、及び、P1で示す不動態化基材の表面の領域に対してモニタした。
【0128】
第2の試験は、
- 以下ではS1として参照する、上記の実施例II.1に記載したような非不動態化基材と、
- 以下ではS2として参照する、上記の実施例III.1において準備された不動態化基材、すなわち、トリフルオロエタンチオールの液体拡散によって不動態化された基材と、
- 以下ではS3として参照する、上記の実施例II.1に記載したような基材表面を、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロデカンチオールの液体拡散によって不動態化することによって準備した基材と、を35ppm~55ppmのイソアミルブチレートを含む気体試料に、これら基材の使用の1週間、2か月、及び6か月、曝露させ、基材S1、S2、及びS3の各々に対して、基準敏感領域に対する反射率の変化をSPRiによりモニタすることにより実施した。
【0129】
第1の試験の結果を、正規化反射率(Rnorm)で表現して、
図14A及び
図14Bに表し、一方、第2の試験の結果を、反射率の変動(Δ%R)で表現して、
図15に表す。
【0130】
図14A及び
図14Bは、非不動態化基材(S1)の場合、各センサの反応が同じ値に向かう傾向があるので、全てのセンサで得られるプロファイルは時間と共に劣化することを示す。従って、VOC間を区別する電子臭覚コーンの能力は失われる。これに対して、不動態化基材(S2及びS3)の場合、全てのセンサで得られるプロファイルは良好に保存されている。
【0131】
図15は、基準センサのVOCに対する不感又は非常に小さい感度はまた、不動態化基材によって、より良好に保存されることを示す。不動態化用の化合物(S2)として、トリフルオロエタンチオールを用いることにより、基準センサは、最大6か月の使用においてさえ安定している。
【0132】
III.5-気体試料中に存在する水との干渉の低減:
本試験を、上記の実施例II.1に記載したような2つの基材を使用して、しかし、実施例とは異なる官能化パターン(すなわち検出敏感領域及び基準敏感領域の分布が異なる)で実施した。
【0133】
第1の基材は不動態化されなかった一方で、第2の基材は1H,1H,2H,2H-ペルフルオロヘキサンチオールで不動態化された。
【0134】
この不動態化を、1H,1H,2H,2H-ペルフルオロヘキサンチオールの第2の基材の表面上で、液相で、エタノールの1mmol/Lの濃度で拡散により行った。
【0135】
各基材を、ガソリン車の排気からのガソリン燃焼ガスを含む気体試料に曝露させた。
【0136】
これら燃焼ガスと2つの基材の様々な敏感領域との間の相互作用をSPRiによってモニタした。
【0137】
ガソリンの燃焼生成物が水のため、燃焼生成物は高レベルの水蒸気を含有する(約70%の相対湿度)ので、これらの相互作用を、水蒸気単独に対して得られたものと比較した。
【0138】
結果をスパイダウェブ線図(又はレーダーチャート)の形で、非不動態化基材に対して
図16A及び
図16Bに、及び不動態化基材に対して
図17A及び
図17Bに示す。これらの線図において、各放射線は、基材の敏感領域によって発せられる信号に対応し、
図16A及び
図17Aについては絶対強度、
図16B及び
図17Bについては正規化強度である。矢印f1は、ガソリン燃焼気体試料に対して発せられる信号に対応し、矢印f2は水蒸気試料に対して発せられる信号に対応する。
【0139】
図16A及び
図16Bは、非不動態化基材については,基材の敏感領域と、両方のタイプの試料に存在する水蒸気との相互作用に起因する信号は、これらの同一の敏感領域と燃焼ガス(約260ppmのVOC)との相互作用に起因して、信号をほぼ完全にカバーしており、それにより、正規化データでは燃焼ガスの存在はほぼ見えない(
図16B)ことを示す。
【0140】
対照的に、ペルフルオロ化化合物で不動態化した基材については、両方のタイプの試料に存在する水蒸気による、敏感領域からの反応は、より低く生成され、正規化データでの結果は、水蒸気試料と燃焼気体試料で明らかに異なっている(
図17B)。水蒸気以外の燃焼ガス成分に起因する信号が、明らかに視認でき検出可能である。
【0141】
このことは、基材を不動態化するためにペルフルオロ化コーティングを用いた場合に、検出され同定される化合物の水分よりも、多くの場合に遥かに高い濃度で多数の匂いのする試料中に存在する水分との干渉を低減させる、ペルフルオロ化コーティングの能力を表している。
【0142】
引用文献
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[2]Y.C.Lee et al.,19th International Conference on Solid-State Sensors,Actuators and Microsystems(Transducers),IEEE,2017,pp.672-675
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