IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 上海 インスティテュート オブ オーガニック ケミストリー、チャイニーズ アカデミー オブ サイエンシーズの特許一覧 ▶ シャンハイテク ユニバーシティの特許一覧

特許7370524遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用
<>
  • 特許-遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用 図1
  • 特許-遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用 図2
  • 特許-遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用 図3
  • 特許-遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用 図4
  • 特許-遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用 図5
  • 特許-遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用 図6
  • 特許-遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用 図7
  • 特許-遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-20
(45)【発行日】2023-10-30
(54)【発明の名称】遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用
(51)【国際特許分類】
   C12N 15/09 20060101AFI20231023BHJP
   A61K 31/4196 20060101ALI20231023BHJP
   A61K 31/4439 20060101ALI20231023BHJP
   A61K 31/497 20060101ALI20231023BHJP
   A61K 31/506 20060101ALI20231023BHJP
   A61P 43/00 20060101ALI20231023BHJP
   C07D 249/08 20060101ALI20231023BHJP
【FI】
C12N15/09 110
A61K31/4196
A61K31/4439
A61K31/497
A61K31/506
A61P43/00 105
C07D249/08
【請求項の数】 20
(21)【出願番号】P 2021518841
(86)(22)【出願日】2019-06-13
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2021-10-11
(86)【国際出願番号】 CN2019091081
(87)【国際公開番号】W WO2019238091
(87)【国際公開日】2019-12-19
【審査請求日】2021-02-10
(31)【優先権主張番号】201810609677.3
(32)【優先日】2018-06-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】CN
(73)【特許権者】
【識別番号】513288931
【氏名又は名称】上海 インスティテュート オブ オーガニック ケミストリー、チャイニーズ アカデミー オブ サイエンシーズ
【氏名又は名称原語表記】SHANGHAI INSTITUTE OF ORGANIC CHEMISTRY, CHINESE ACADEMY OF SCIENCES
【住所又は居所原語表記】No.345 Lingling Road, Xuhui District, Shanghai 200032 China
(73)【特許権者】
【識別番号】520489994
【氏名又は名称】シャンハイテク ユニバーシティ
【氏名又は名称原語表記】SHANGHAITECH UNIVERSITY
【住所又は居所原語表記】No.393 Middle Huaxia Road,Pudong New Area,Shanghai 201210,China
(74)【代理人】
【識別番号】100102842
【弁理士】
【氏名又は名称】葛和 清司
(72)【発明者】
【氏名】リウ,ジア
(72)【発明者】
【氏名】ドン,ジアジア
【審査官】井関 めぐみ
(56)【参考文献】
【文献】YAMANO T et al.,“Crystal Structure of Cpf1 in Complex with Guide RNA and Target DNA.”,Cell,2016年04月21日,Vol. 165, No. 4,p.949-62
【文献】Genome Medicine,2015年,Vol.7, No.93,P.1-11
【文献】Chemistry & Biology,2015年,Vol.22,p.107-116
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/09
C07D 249/08
A61K 31/4196
A61P 43/00
A61K 31/4439
A61K 31/497
A61K 31/506
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
式Aで表される化合物
【化1】
(式中において、
Xは、
【化2】
である。
R1、R2およびR3は、それぞれ独立に、H、ハロゲン、C1-C6アルキル基、C1-C6ハロアルキル基、C1-C6アルコキシ基、C1-C6ハロアルコキシ基からなる群から選ばれる。
R4は、H、1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環からなる群から選ばれる。
R5は、アミノ基、置換または無置換のC1-C6アルコキシ基、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環-NH-NH-、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する4-6員不飽和複素環からなる群から選ばれる。前記置換とは、ハロゲン、オキソからなる群から選ばれる基で置換されることである。)
を含む、遺伝子編集を抑制かつ/または遺伝子編集の特異性を向上させるための阻害剤、組成物または製剤であって、前記遺伝子編集は、CRISPR-Cas9に基づいた遺伝子編集である、前記阻害剤、組成物または製剤。
【請求項2】
1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環は、
【化3】
であり、
置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する4-6員不飽和複素環は、
【化4】
である、請求項1に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項3】
化合物は、
【化5】
である、請求項1に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項4】
前記「遺伝子編集の特異性を向上させる」が、遺伝子編集のオフターゲット率を低下させること、遺伝子編集のオンターゲット/オフターゲットの比率を向上させることを含むことを特徴とする、請求項1に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項5】
前記「遺伝子編集の特異性を向上させる」が、
A2/A1≧1.5であり、式中において、A1は、化合物を入れない場合の特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数と非特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数との比であり、A2は、化合物を入れる場合の特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数と非特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数との比であること
を含むことを特徴とする、請求項1に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項6】
前記「遺伝子編集の特異性を向上させる」が、A2/A1≧2であることを特徴とする、請求項5に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項7】
前記「遺伝子編集の特異性を向上させる」が、A2/A1≧3であることを特徴とする、請求項5に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項8】
前記Cas9は、野生型または突然変異型のCas9タンパク質を含むことを特徴とする、請求項1に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項9】
前記Cas9は、化膿レンサ球菌Cas9(SpyCas9)、黄色ブドウ球菌Cas9(SaCas9)からなる群から選ばれることを特徴とする、請求項1に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項10】
前記遺伝子編集は、体内遺伝子編集、体外遺伝子編集、またはこれらの組み合わせを含むことを特徴とする、請求項1に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項11】
前記遺伝子編集は、細胞、組織、器官、またはこれらの組み合わせからなる群から選ばれるサンプルを対象とし、前記サンプルは、動物(ヒトを除く)、植物、または微生物由来のものであることを特徴とする、請求項1に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項12】
前記細胞は、初代細胞または継代細胞を含むことを特徴とする、請求項11に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項13】
前記細胞は、体細胞、生殖細胞、または幹細胞を含むことを特徴とする、請求項11に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項14】
前記幹細胞は、全能性幹細胞、多能性幹細胞、または単能性幹細胞を含むことを特徴とする、請求項13に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項15】
前記細胞は、胚胎幹細胞、脂肪幹細胞、造血幹細胞、または免疫細胞を含むことを特徴とする、請求項11に記載の阻害剤、組成物または製剤。
【請求項16】
体外で遺伝子編集を抑制し、かつ/または遺伝子編集の特異性を向上させる方法であって、
遺伝子編集阻害剤の存在下において、細胞に対して遺伝子編集を行うことにより、前記細胞内における遺伝子編集を抑制する工程を含み、前記細胞は動物(ヒトを除く)、植物、または微生物由来のものであり、
ここで、前記遺伝子編集阻害剤は、式Aで表される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物であり、
【化6】
(式中において、
Xは、
【化7】
である。
R1、R2およびR3は、それぞれ独立に、H、ハロゲン、C1-C6アルキル基、C1-C6ハロアルキル基、C1-C6アルコキシ基、C1-C6ハロアルコキシ基からなる群から選ばれる。
R4は、H、1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環からなる群から選ばれる。
R5は、アミノ基、置換または無置換のC1-C6アルコキシ基、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環-NH-NH-、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する4-6員不飽和複素環からなる群から選ばれる。前記置換とは、ハロゲン、オキソからなる群から選ばれる基で置換されることである。)
前記遺伝子編集は、CRISPR-Cas9に基づいた遺伝子編集であることを特徴とする、前記方法。
【請求項17】
遺伝子編集を抑制かつ/または遺伝子編集の特異性を向上させるための試薬製品であって、
(i) 式Aで表される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物である第一の試薬、
【化8】
(式中において、
Xは、
【化9】
である。
R1、R2およびR3は、それぞれ独立に、H、ハロゲン、C1-C6アルキル基、C1-C6ハロアルキル基、C1-C6アルコキシ基、C1-C6ハロアルコキシ基からなる群から選ばれる。
R4は、H、1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環からなる群から選ばれる。
R5は、アミノ基、置換または無置換のC1-C6アルコキシ基、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環-NH-NH-、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する4-6員不飽和複素環からなる群から選ばれる。前記置換とは、ハロゲン、オキソからなる群から選ばれる基で置換されることである。)
および
(ii) CRISPR遺伝子編集を行う試薬である第二の試薬
を含み、前記遺伝子編集は、CRISPR-Cas9に基づいた遺伝子編集である、前記試薬製品。
【請求項18】
前記第二の試薬が、
(c1) Cas9ヌクレアーゼ、Cas9ヌクレアーゼのコード配列、またはCas9ヌクレアーゼを発現するベクター、あるいは組み合わせ、
(c2) gRNA、crRNA、あるいは前記gRNAまたはcrRNAを生成するためのベクター、
(c3) 相同組換修復用鋳型である一本鎖ヌクレオチド配列またはプラスミドベクター
からなる群から選ばれる1種または複数種の試薬を含むことを特徴とする、請求項17に記載の試薬製品。
【請求項19】
前記遺伝子編集が、病原性遺伝子、腫瘍関連遺伝子、免疫関連遺伝子、視覚関連遺伝子、聴覚関連遺伝子、代謝関連遺伝子、ウイルス感染関連遺伝子、遺伝疾患関連遺伝子に対するものである、請求項17に記載の試薬製品。
【請求項20】
キットであって、
(i) 第一の容器、ならびに前記第一の容器内に位置する、式Aで表される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物である第一の試薬
【化10】
(式中において、
Xは、
【化11】
である。
R1、R2およびR3は、それぞれ独立に、H、ハロゲン、C1-C6アルキル基、C1-C6ハロアルキル基、C1-C6アルコキシ基、C1-C6ハロアルコキシ基からなる群から選ばれる。
R4は、H、1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環からなる群から選ばれる。
R5は、アミノ基、置換または無置換のC1-C6アルコキシ基、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環-NH-NH-、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する4-6員不飽和複素環からなる群から選ばれる。前記置換とは、ハロゲン、オキソからなる群から選ばれる基で置換されることである。)
および
(ii) 第二の容器、ならびに前記第二の容器内に位置する、CRISPR遺伝子編集を行う試薬である第二の試薬
を含み、前記遺伝子編集は、CRISPR-Cas9に基づいた遺伝子編集であることを特徴とする、前記キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、生物学の分野に関し、より具体的に、遺伝子編集効率を調節するための化合物およびその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝子編集技術の出現により、異なる細胞に対する有効な遺伝子の編集と改変が可能になった。部位特異的に認識するヌクレアーゼは、ゲノムの特定な位置においてDNA二本鎖を断裂させ、そして内因性のDNA修復機構を触発させる。非相同末端結合経路を通してDNA二本鎖の断裂を修復する手段では、小さい断片の挿入または欠失につながるが、当該修復手段はノックアウト突然変異体の構築に有用である。相同組換修復(HDR)はノックイン突然変異体またはレポーター細胞系の構築に有用である。しかしながら、これらの部位特異性ヌクレアーゼの協同作用があるとしても、相同組換修復による正確なゲノム編集は依然として非常にチャレンジングである。
【0003】
Cas9などのヌクレアーゼの発見により、いくつかのCRISPR技術に基づいた遺伝子編集技術、たとえばCRISPR-Cas9を介する遺伝子編集が開発された。CRISPR/Cas9は細菌および古細菌の長期間の進化過程で形成した適応性免疫防御で、侵入したウイルスおよび外来DNAに抵抗することができる。CRISPR/Cas9系は、侵入したファージおよびプラスミドDNAの断片をCRISPRに組み込み、そして相応するCRISPR RNAs(crRNAs)で相同配列の分解を誘導することにより、免疫性を提供する。
【0004】
CRISPR-Cas9技術は、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、ホーミングエンドヌクレアーゼ(Homing endonuclease)およびTALENなどの技術に次ぐ、部位特異的に遺伝子ノックアウト細胞および動物を構築する4つ目の方法で、効率が高い、速度が速い、生殖系遺伝能力が強いや簡単で経済的といった特徴があり、細胞モデルの構築、動物モデルの構築、薬物標的の同定、疾患の治療などの面における使用に非常幅広い将来性がある。ZFN/TALENと比べ、CRISPR/Casのほうが操作しやすく、効率が高く、ホモ接合体の突然変異体が得やすく、かつ異なる部位に同時に複数の突然変異を導入することができる。
【0005】
しかしながら、CRISPR-Cas9の遺伝子編集の正確率はまだ満足できるものではない。
そのため、本分野では、CRISPR/Cas9の遺伝子編集系の効率を調節し、特にその特異性を向上することができる新規な化合物が切望されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、遺伝子編集の特異性を向上させるための化合物およびその使用を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の第一の側面では、式Iで表される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物の使用であって、遺伝子編集を抑制し、かつ/または遺伝子編集の特異性を向上させる阻害剤、組成物または製剤を製造するための使用を提供する。
【化1】
【0008】
(式中において、
Z1は、H、または-L1-Wであり、ここで、L1は、不在であるか、または2価の連結基であり、かつ前記の2価の連結基は、置換または無置換の-C1-C3アルキレン基、置換または無置換の-NH-、置換または無置換の-NH-NH-、-O-、-S-、置換または無置換の-C3-C6シクロアルキレン基、置換または無置換の3-6員ヘテロシクリレン基、置換または無置換のC6-C10アリーレン基、置換または無置換のC3-C10ヘテロアリーレン基、あるいはこれらの組み合わせからなる群から選ばれる連結単位の1つまたは複数を有する。ここで、前記のヘテロアリーレンまたはヘテロシクリレンは、N、O、Sから選ばれる1-3個のヘテロ原子を含有する。
【0009】
Wは、ハロゲン、置換または無置換のC1-C10アルキル基、置換または無置換のC2-C10アルケニル基、置換または無置換のC2-C10アルケニルオキシ基、置換または無置換のC2-C10アルキニル基、置換または無置換のC2-C10アルキニルオキシ基、置換または無置換のC3-C10シクロアルキル基、置換または無置換のC1-C10アルコキシ基、置換または無置換のC6-C10アリール基、置換または無置換のC3-C10ヘテロアリール基、置換または無置換の5-10員複素環、置換または無置換の3-10員の炭素環(1-3個の不飽和結合を含有する)である。ここで、前記のヘテロアリール基または複素環は、N、O、Sから選ばれる1-3個のヘテロ原子を含有する。
【0010】
ここで、前記の置換とは、基におけるHがハロゲン、オキソ(=O)、C1-C4アルキル基、C1-C4ハロアルキル基、-ORa、-NRaRb、フェニル基、ベンジル基、C1-C4アルコキシ基からなる群から選ばれる1つまたは複数の置換基で置換されることである。ここで、前記のフェニル基およびベンジル基は、無置換であるか、または、ハロゲン、C1-C4アルキル基、C1-C4ハロアルキル基、-OH、-NH2からなる群から選ばれる1-4個の置換基を有する。
ここで、RaおよびRbは、それぞれ独立に、H、C1-C4アルキル基、またはC1-C4ハロアルキル基である。
【0011】
Z2は、H、または-L1-Wであり、ここで、L1およびWは上記で定義された通りである。
Z3は、H、または-L1-Wであり、ここで、L1およびWは上記で定義された通りである。
Z4は、H、または-L1-Wであり、ここで、L1およびWは上記で定義された通りである。
Aは、-(C=O)-、-SO2-である。
あるいは、Z4、AおよびZ2は、連結する炭素原子とともに置換または無置換の5-8員環を構成し、かつ前記置換の定義は上記の通りである。
ならびに/あるいは、Z3およびZ1は、連結する炭素原子とともに置換または無置換の5-8員環を構成し、かつ前記置換の定義は上記の通りである。)
【0012】
もう一つの好適な例において、前記の置換または無置換の5-8員環は、6員または7員の炭素環である。
もう一つの好適な例において、前記の置換または無置換の5-8員環は、0、1、または2個のヘテロ原子を含有し、前記のヘテロ原子はN、OおよびSからなる群から選ばれる。
【0013】
もう一つの好適な例において、前記の置換または無置換の5-8員環は、「-CO-CRc=CRc-CO-」構造を含有し、式中において、Rcは、H、C1-C10アルキル基、C1-C10ハロアルキル基-OH、ハロゲン、C3-C8シクロアルキル基、ベンジル基である。
もう一つの好適な例において、式IにおけるA、Z1、Z2、Z3およびZ4基は、表1における具体的な各化合物における相応する基である。
【0014】
もう一つの好適な例において、前記の式I化合物は、式Aで表される化合物である。
【化2】
(式中において、
Xは、
【化3】
であるか、または不在である。
【0015】
R1、R2およびR3は、それぞれ独立に、H、ハロゲン、C1-C6アルキル基、C1-C6ハロアルキル基、C1-C6アルコキシ基、C1-C6ハロアルコキシ基からなる群から選ばれる。
R4は、H、1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環からなる群から選ばれる。
R5は、アミノ基、置換または無置換のC1-C6アルコキシ基、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環-NH-NH-、置換または無置換の1-2個の窒素原子を含有する4-6員不飽和複素環からなる群から選ばれる。前記置換とは、ハロゲン、オキソからなる群から選ばれる基で置換されることである。)
【0016】
もう一つの好適な例において、前記の「遺伝子編集の特異性を向上させる」とは、遺伝子編集のオフターゲット率を低下させること、遺伝子編集のオンターゲット/オフターゲットの比率を向上させることを含む。
もう一つの好適な例において、前記の「遺伝子編集を抑制する」とは、非相同末端結合(NHEJ)に基づいたDNA修復を抑制することを含む。
もう一つの好適な例において、前記の「遺伝子編集を抑制する」とは、相同末端結合(HDR)に基づいたDNA修復を抑制することを含む。
【0017】
もう一つの好適な例において、前記の「遺伝子編集の特異性を向上させる」とは、A2/A1≧1.5で、好ましくはA2/A1≧2で、より好ましくはA2/A1≧3で、式中において、A1は、化合物を入れない場合の特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数と非特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数(すなわち、オフターゲットの数)との比で、A2は、化合物を入れる場合の特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数と非特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数との比である。
もう一つの好適な例において、前記の組成物は薬物組成物を含む。
【0018】
もう一つの好適な例において、1-2個の窒素原子を含有する6員芳香族複素環は、
【化4】
である。
もう一つの好適な例において、1-2個の窒素原子を含有する4-6員不飽和複素環は、
【化5】
【化6】
である。
もう一つの好適な例において、式AにおけるX、R1、R2、R3、R4およびR5基は、表1における具体的な各化合物における相応する基である。
【0019】
もう一つの好適な例において、前記化合物は、
【化7】
である。
もう一つの好適な例において、前記化合物は、
【化8】
である。
【0020】
もう一つの好適な例において、前記化合物は、
【化9】
である。
もう一つの好適な例において、前記化合物は、
【化10】
である。
【0021】
もう一つの好適な例において、前記化合物は、
【化11】
である。
もう一つの好適な例において、前記化合物は、
【化12】
である。
【0022】
もう一つの好適な例において、前記の遺伝子編集は、ホーミングエンドヌクレアーゼ(Homing endonuclease)、遺伝子改変ジンクフィンガータンパク質(zinc finger protein)、TALE系、CRISPR系(Cas9、c2c2、またはcpf1)に基づいた遺伝子編集を含む。
もう一つの好適な例において、前記の遺伝子編集は、塩基編集に基づいた遺伝子編集を含む。
【0023】
もう一つの好適な例において、前記の遺伝子編集は、核酸切断、塩基置換(または塩基編集)、またはこれらの組み合わせを含む。
もう一つの好適な例において、前記の塩基置換は、核酸切断が生じない場合のC→T置換、C→G置換、A→G置換またはこれらの組み合わせからなる群から選ばれる1塩基置換である。
もう一つの好適な例において、前記の塩基編集で使用される酵素は、APOBEC1、APOBEC3A、hAPOBEC3Aまたはこれらの組み合わせを含む。
【0024】
もう一つの好適な例において、前記遺伝子編集は、ゲノムDNAの突然変異、遺伝子発現の活性化または抑制、RNA編集、ゲノムDNAのエピジェネティクス編集を含む。
もう一つの好適な例において、前記の遺伝子編集は、CRISPR-Cas9に基づいた遺伝子編集を含む。
もう一つの好適な例において、前記のCas9は、野生型および突然変異型のCas9タンパク質を含む。
もう一つの好適な例において、前記のCas9は、化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)Cas9(SpyCas9)、黄色ブドウ球菌Cas9(SaCas9)、Cpf1ファミリーからなる群から選ばれる。
【0025】
もう一つの好適な例において、前記の遺伝子編集は、体内遺伝子編集、体外遺伝子編集、またはこれらの組み合わせを含む。
もう一つの好適な例において、前記の遺伝子編集の対象となるサンプルは、細胞、組織、器官、またはこれらの組み合わせからなる群から選ばれる。
もう一つの好適な例において、前記のサンプルは、動物、植物、微生物(細菌、ウイルスを含む)由来のものである。
もう一つの好適な例において、前記のサンプルは、ヒトおよびヒト以外の哺乳動物由来のものである。
【0026】
もう一つの好適な例において、前記の細胞は、初代細胞および継代細胞を含む。
もう一つの好適な例において、前記の細胞は、体細胞、生殖細胞、幹細胞を含む。
もう一つの好適な例において、前記の幹細胞は、全能性幹細胞、多能性幹細胞、および単能性幹細胞を含む。
もう一つの好適な例において、前記の幹細胞は、人工多能性幹細胞(hiPSC)である。
もう一つの好適な例において、前記の細胞は、胚胎幹細胞、脂肪幹細胞、造血幹細胞、免疫細胞(たとえばT細胞、NK細胞)を含む。
もう一つの好適な例において、前記の製剤は、薬物組成物を含む。
【0027】
本発明の第二の側面では、体外で遺伝子編集を抑制し、かつ/または遺伝子編集の特異性を向上させる方法であって、
遺伝子編集阻害剤の存在下において、細胞に対して遺伝子編集を行うことにより、前記細胞内における遺伝子編集を抑制する工程を含み、
ここで、前記の遺伝子編集阻害剤は、式Aで表される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物である(ここで、式Aは請求項1で定義された通りである)方法を提供する。
【0028】
もう一つの好適な例において、工程では、遺伝子編集の前、中および/または後、前記遺伝子編集阻害剤を前記遺伝子編集される細胞と接触させる。
もう一つの好適な例において、前記の体外の遺伝子編集は、体外反応系で行われる。
もう一つの好適な例において、前記の体外反応系では、前記遺伝子編集阻害剤の濃度が0.01-100μMである。
もう一つの好適な例において、前記方法は、非診断的で非治療的なものである。
【0029】
本発明の第三の側面では、
(i) 遺伝子編集阻害剤である第一の試薬であって、式Aで表される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物であるもの(ここで、式Iは請求項1で定義された通りである)および
(ii) CRISPR遺伝子編集を行う試薬である第二の試薬
を含む、試薬製品(または試薬の組み合わせ)を提供する。
もう一つの好適な例において、前記の第二の試薬は、
(c1) Cas9ヌクレアーゼ、Cas9ヌクレアーゼのコード配列、またはCas9ヌクレアーゼを発現するベクター、あるいは組み合わせ、
(c2) gRNA、crRNA、あるいは前記gRNAまたはcrRNAを生成するためのベクター、
(c3) 相同組換修復用鋳型である一本鎖ヌクレオチド配列またはプラスミドベクター
からなる群から選ばれる1種または複数種の試薬を含む。
【0030】
もう一つの好適な例において、遺伝子編集を抑制し、かつ/または遺伝子編集の特異性を向上させるキットの製造に使用される。
もう一つの好適な例において、前記のキットは、さらに説明書を含む。
もう一つの好適な例において、前記の説明書に本発明の遺伝子編集を抑制する方法が記載されている。
【0031】
もう一つの好適な例において、前記の遺伝子編集は、体細胞、幹細胞に対する遺伝子編集である。
もう一つの好適な例において、前記遺伝子編集は、CRISPR-Cas9に基づいた遺伝子編集である。
もう一つの好適な例において、前記細胞は、胚胎幹細胞、人工多能性幹細胞、ヒト胎児腎293T細胞からなる群から選ばれる。
【0032】
もう一つの好適な例において、前記の遺伝子編集は、病原性遺伝子、腫瘍関連遺伝子(たとえば癌遺伝子)、免疫関連遺伝子(たとえば自己免疫に関連する遺伝子)、視覚関連遺伝子、聴覚関連遺伝子、代謝関連遺伝子、ウイルス感染関連遺伝子、遺伝疾患関連遺伝子に対するものである。
もう一つの好適な例において、前記遺伝子は、OCT4、ALBUMIN、ALKBH1、CCR5、CXCR4、PCSK9、Dystrophin、AAVS1、Tmc1またはこれらの組み合わせからなる群から選ばれる。
【0033】
本発明の第四の側面では、
(i) 第一の容器、ならびに前記第一の容器内に位置する、遺伝子編集阻害剤である第一の試薬であって、式Iで表される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物であるもの
【化13】
(ここで、式Iは請求項1で定義された通りである。)および
(ii) 第二の容器、ならびに前記第二の容器内に位置する、CRISPR遺伝子編集を行う試薬である第二の試薬
を含むキットを提供する。
もう一つの好適な例において、前記の式Iの化合物は、式Aの化合物である。
【0034】
本発明の第五の側面では、遺伝子編集を抑制し、かつ/または遺伝子編集の特異性を向上させる方法であって、必要な対象に遺伝子編集阻害剤および遺伝子編集を行う遺伝子編集試薬を施用する工程を含み、前記の遺伝子編集阻害剤は、式Iで表される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物であり、ここで、式Iは請求項1で定義された通りである、方法を提供する。
【0035】
もう一つの好適な例において、前記の対象は、ヒトおよびヒト以外の哺乳動物を含む。
もう一つの好適な例において、前記の遺伝子編集試薬は、CRISPR-Cpf1に基づいた遺伝子編集試薬を含む。
もう一つの好適な例において、前記遺伝子編集阻害剤を施用する前、中および/または後、前記対象に遺伝子編集を行う遺伝子編集試薬を施用する。
【0036】
もちろん、本発明の範囲内において、本発明の上記の各技術特徴および下記(たとえば実施例)の具体的に記述された各技術特徴は互いに組合せ、新しい、または好ましい技術方案を構成できることが理解される。紙数に限りがあるため、ここで逐一説明しない。
【図面の簡単な説明】
【0037】
図1図1は、EGFPレポーター細胞において、CRISPR/Cas9遺伝編集により、改めて蛍光を活性化させる概要図を示す。図中では、NHEJは非相同末端結合を表す。CRISPR/Cas9編集後、細胞ではNHEJのDNA修復経路が作用し、タンパク質コード規則から1/3近くの確率で蛍光タンパク質の読み枠を修復することで、蛍光タンパク質を活性化させることができる。
図2図2は、本発明の一つの実施例において、一部の化合物がプラスミドによって発現されるSpyCas9の遺伝子編集に抑制活性があることを示す。図2において、レーン1および2は2回重複し(replicate)、Ladderは分子量の基準で、ここで、被験化合物の濃度は10 Mで、化合物115、48および49の構造は表1で示される。当該実験では、ヒトゲノムの2つの遺伝子で検証したところ、化合物の遺伝子編集に対する抑制の広域性が証明された。当該実験で示されたのは、T7E1の検出結果である(文献:Guschin, D.Y.ら Methods Mol. Biol. 649, 247-256 (2010))。
【0038】
図3図3はT7E1の検出結果で、化合物49がSpyCas9に基づいた遺伝子編集の特異性を増強することができることを示す。オンターゲット編集とオフターゲット編集の比率を比較したところ、阻害剤を入れる場合、オンターゲット編集/オフターゲット編集(すなわち、遺伝子編集の特異性)が向上したことが見出された。実験では、2つ細胞系(HEK293及K562)および2つの遺伝子(EMX1及AAVS1)ならびに関連オフターゲット部位の結果が示され、結論の広域性が証明された。
図4図4はT7E1の検出結果で、化合物49がSpyCas9に基づいた遺伝子編集に抑制活性があることを示す。当該実験では、本特許が化合物のCRISPR系の抑制活性の広域性に関することが証明された。
図5図5はT7E1の検出結果で、化合物49から改造された一連の化合物が遺伝子編集に抑制活性があることを示し、化合物の開拓の可能性を証明した。
【0039】
図6図6は化合物49が有効に異なるsgRNAのオンターゲットの切断を低下させ、「オフスイッチ(off-switch)」として塩基編集系を調節することができることを示す。
図7図7は化合物49のアウト・オブ・ウィンドウ(out-of-window)活性に対する抑制がより高く、すなわち、塩基編集の特異性を向上させることを示す。
図8図8は化合物49の塩基編集のインデル(indel)に抑制があり、すなわち、塩基編集の特異性を向上させることを示す。
【発明を実施するための形態】
【0040】
具体的な実施形態
本発明者は幅広く深く研究したところ、初めて意外に、構造が式Iで表される化合物が効率的にCas9タンパク質の機能を抑制することで、顕著にCRISPR/Casタンパク質の遺伝子編集の特異性を向上させることを見出した。実験では、前記の式Iの化合物(特に、式Aの化合物)は顕著にCRISPR/Cas9を介する遺伝子編集、たとえばHEK293細胞およびK562細胞における遺伝子編集を抑制することでCas9の特異性を向上させることができることが示された。これに基づき、発明者らが本発明を完成した。
【0041】
用語
本明細書で用いられるように、用語「遺伝子編集の特異性を向上させる」とは遺伝子編集のオフターゲット率を低下させるか、遺伝子編集のN1/N0の比を向上させることで、式中では、N1は特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数(すなわち、on)で、N0は非特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数(すなわち、off)である。
【0042】
用語「C1-C3アルキレン基」とは、炭素原子を1-3個有する直鎖または分岐鎖のアルキレン基で、たとえばメチレン基、エチレン基、プロピレン基、ブチレン基や類似の基が挙げられる。
用語「C3-C6シクロアルキレン基」とは、炭素原子を3-6個有する2価のシクロアルキル基で、たとえばシクロプロピレン基、シクロブチレン基、シクロペンチレン基、シクロヘキシレン基が挙げられる。
【0043】
用語「3-6員ヘテロシクリレン基」とは、環原子を3-6個有し、かつ1つまたは複数の環原子がヘテロ原子(N、O、Sからなる群から選ばれる)である2価の環状基である。
用語「C6-C10アリーレン基」とは、炭素原子を6-10個有する2価のアリール基で、たとえば2価のフェニル基や2価のナフチル基が挙げられる。
用語「C3-C10ヘテロアリーレン基」とは、環原子を3-10個有し、かつ1つまたは複数の環原子がヘテロ原子である2価のヘテロアリール基である。
【0044】
用語「C1~C10アルキル基」とは、炭素原子を1-10個有する直鎖または分岐鎖のアルキル基で、たとえばメチル基、エチル基、プロピル基、イソプロピル基、ブチル基、イソブチル基や類似の基が挙げられる。
用語「C2-C10アルケニル基」とは、炭素原子を2-10個有する直鎖または分岐鎖のアルケニル基で、たとえばビニル基、プロペニル基、イソプロペニル基、ブテニル基、イソブテニル基や類似の基が挙げられる。
【0045】
用語「C2-C10アルケニルオキシ基」とは、炭素原子を2-10個有する直鎖または分岐鎖のアルケニルオキシ基で、たとえばビニルオキシ基、プロペニルオキシ基、イソプロペニルオキシ基、ブテニルオキシ基、イソブテニルオキシ基や類似の基が挙げられる。
用語「C2-C10アルキニルオキシ基」とは、炭素原子を2-10個有する直鎖または分岐鎖のアルキニルオキシ基で、たとえばエチニルオキシ基、プロピニルオキシ基、イソプロピニルオキシ基、ブチニルオキシ基、イソブチニルオキシ基や類似の基が挙げられる。
【0046】
用語「C2-C10アルキニル基」とは、炭素原子を2-10個有する直鎖または分岐鎖のアルキニル基で、たとえばエチニル基、プロピニル基、イソプロピニル基、ブチニル基、イソブチニル基や類似の基が挙げられる。
用語「C1-C10アルコキシ基」とは、炭素原子を1-10個有する直鎖または分岐鎖のアルコキシ基で、たとえばメトキシ基、エトキシ基、プロポキシ基、イソプロポキシ基、ブトキシ基、イソブトキシ基や類似の基が挙げられる。
【0047】
用語「C3-C10シクロアルキル基」とは、炭素原子を3-10個有するシクロアルキル基で、たとえばシクロプロピル基、シクロブチル基、シクロペンチル基や類似の基が挙げられる。
用語「5-10員複素環」とは、環原子を5-10個有し、かつ1つまたは複数の環原子がヘテロ原子である2価の環状基である。
用語「3-10員炭素環(1-3個の不飽和結合を含有する)」とは、炭素原子を3-10個有し、かつ不飽和結合(たとえばアルケニル結合やアルキニル結合)を1-3個有する、2価のシクロアルキル基である。
【0048】
用語「5-8員環」とは、環原子を5-8個有する環で、たとえば、
【化14】
が挙げられる。
用語「ハロゲン」とは、F、Cl、BrおよびIをいう。「ハロ」とは、フルオロ、クロロ、ブロモ、ヨードである。
式Iの化合物において、各基は表の化合物における相応する位置の具体的な各基でもよい。
【0049】
遺伝子編集阻害剤
本明細書で用いられるように、「本発明の化合物」、「式Aの化合物」、「本発明の遺伝子編集阻害剤」は入れ替えて使用することができ、構造が式Aで表される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物である。もちろん、当該用語は、さらに、上記成分の混合物を含む。
【化15】
(式中において、各基の定義は前記の通りである。)
【0050】
もう一つの好適な例において、好適な化合物は表1で示される化合物、またはその薬学的に許容される塩、またはその光学異性体またはそのラセミ体、またはその溶媒和物を含む。
もう一つの好適な例において、前記の式Iの化合物は表1で示される化合物である。
【0051】
本発明において、さらに、式Aの化合物の薬学的に許容される塩も含む。用語「薬学的に許容される塩」とは本発明化合物と酸または塩基とで形成される、薬物として適切な塩である。薬学的に許容される塩は無機塩と有機塩を含む。一種類の好適な塩は、本発明の化合物と酸とで形成される塩である。塩の形成に適切な酸は、塩酸、臭化水素酸、フッ化水素酸、硫酸、硝酸、リン酸などの無機酸、ギ酸、酢酸、プロパン酸、シュウ酸、マロン酸、コハク酸、フマル酸、マレイン酸、乳酸、リンゴ酸、酒石酸、クエン酸、ピクリン酸、メタンスルホン酸、フェニルメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸などの有機酸、およびアスパラギン酸、グルタミン酸などの酸性アミノ酸を含むが、これらに限定されない。
【0052】
本発明の式Aの化合物は既存技術で当業者に熟知の方法によって製造することができ、各工程の反応パラメーターが特に制限されない。
本明細書で用いられるように、式Aの化合物において、キラル炭素原子が存在する場合、キラル炭素原子はR配置でもよく、S配置でもよく、または両者の混合物でもよい。
【0053】
遺伝子編集
本発明の化合物は顕著に遺伝子編集の特異性を向上させることができる。
本発明において、代表的な遺伝子編集はCRISPRに基づいた遺伝子編集を含むが、これらに限定されない。典型的に、CRISPRに基づいた遺伝子編集はCRISPR-Casに基づいた遺伝子編集を含む。ここで、前記のCasはCas9などを含む。
【0054】
塩基編集
塩基編集(base editing、BEs)はCRISPR-Cas9に基づいて発展してきた第四世代の遺伝子編集技術で、DNAを切断して二本鎖DNA断裂する(double-stranded breaks、DSBs)ことなく、塩基置換を実現させることができるため、より高い安全性を有する可能性がある。
現在、BE系の制限は、主に、1) 体内(細胞内)で瞬時の調節が実現できないこと、2) 切断しようとする「イン・ウィンドウ(in-window)」(BE系によって、4-8塩基でもよい)以外、「アウト・オブ・ウィンドウ(out-of-window)」の切断になる可能性がある。塩基編集で使用される酵素はAPOBEC1、APOBEC3AおよびhAPOBEC3Aを含む。
【0055】
用途
本発明の式Aの化合物と遺伝子編集試薬の組み合わせは、顕著に遺伝子編集の特異性を向上させることができるため、治療における使用などの様々な分野で革命的な可能性がある。
本発明の上記式Aの化合物はCRISPRを介する遺伝子編集の特異性を向上させることができ、そして病原性遺伝子に関連する疾患の予防または治療に有用である。
【0056】
一つの実施例において、本発明は、体外で非治療的にCRISPRを介する遺伝子編集を抑制する小分子のスクリーニング方法であって、CRISPRを介する遺伝子のノックインおよび薬物スクリーニング系を含む方法を提供する。
また、本発明は、小分子でCRISPRを介する遺伝子編集を抑制する方法を提供するが、当該方法は治療的なものでも非治療的なものでもよい。通常、当該方法は、必要な対象に本発明の式Aの化合物を施用する工程を含む。
好適に、前記対象は、ヒトおよびヒト以外の哺乳動物(齧歯動物、ウサギ、サル、家畜、イヌ、ネコなど)を含む。
【0057】
組成物および施用方法
本発明は、CRISPRを介する遺伝子編集の特性を促進するための組成物を提供する。前記の組成物は、薬物組成物、科学研究用試薬組成物などを含むが、これらに限定されない。
本発明において、前記の組成物はそのまま遺伝子編集の抑制および/または遺伝子編集の特異性の向上、たとえば、単遺伝子ノックイン、二遺伝子ノックイン、点突然変異などに使用することができる。
【0058】
また、本発明は、安全有効量の本発明の化合物と、薬学的に許容される担体または賦形剤と、を含む薬物組成物を提供する。このような担体は、食塩水、緩衝液、ブドウ糖、水、グリセリン、エタノール、粉剤、およびこれらの組み合せを含むが、これらに限定されない。薬物の製剤は投与形態に相応する。
【0059】
薬物組成物を例として、本発明の組成物は、注射剤としてもよく、たとえば生理食塩水またはブドウ糖およびほかの助剤を含有する水溶液で通常の方法によって製造することができる。錠剤やカプセルのような薬物組成物は、通常の方法で調製することができる。薬物組成物は、注射剤、溶液、錠剤やカプセルの場合、無菌条件で製造するほうがよい。本発明の薬物組成物は粉剤にして噴霧吸入に使用することもできる。
本発明の薬物組成物には、通常の手段によって必要な対象(たとえばヒトやヒト以外の哺乳動物)に施用することができる。代表的な施用形態は、経口投与、注射、局所施用などを含むが、これらに限定されない。
【0060】
本発明の主な利点は以下の通りである。
(a) 初めて、顕著に遺伝子編集を抑制し、かつ/または遺伝子編集の特異性を向上させることができる小分子化合物を提供し、当該化合物はCRISPRCas9を介するhPSC遺伝子のノックイン編集に特に有効である。
(b) 本発明は、式Aの化合物とCRISPR-Cas9の組み合わせに基づき、正確な遺伝子編集に簡単で効率的な対策を提供する。
(c) 本発明の化合物は細胞とともにインキュベートすることによって細胞に入ることで、遺伝子編集の効率に影響を与えることができる。
(d) 本発明で報告された一部の化合物、たとえば化合物49などは既に臨床で試験が開始し、そして人体に安全な化合物であることが証明された。
【0061】
以下、具体的な実施例によって、さらに本発明を説明する。これらの実施例は本発明を説明するために用いられるだけで、本発明の範囲の制限にはならないと理解されるものである。下記実施例で具体的な条件が示されていない実験方法は、通常、たとえばSambrookら、「モレキュラー・クローニング:研究室マニュアル」(ニューヨーク、コールド・スプリング・ハーバー研究所出版社、1989)に記載の条件などの通常の条件に、あるいは、メーカーのお薦めの条件に従う。特に説明しない限り、百分率および部は重量百分率および重量部である。
【0062】
実施例1.EGFPレポーター基に基づいた小分子阻害剤のスクリーニング
図1に記載のようにEGFPレポーター細胞系を構築した。CRISPR/Cas9認識部位の下流の配列が枠内にあるように、CRISPR/Cas9認識部位をEGFPコード配列に挿入した。Cas9でEGFP配列を切断して二本鎖断裂が生じ(DSBs)、それによって細胞内における2つのDNA修復機構の非相同末端結合(NHEJ)または相同組換修復(HDR)の一つが修復された。NHEJ導入の挿入または欠失によってEGFPの読み枠が回復し、EGFP蛍光が活性化した(図1)。
【0063】
阻害剤がない場合、化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)(SpyCas9)由来のCRISPR / Cas9で処理されたEGFPレポーターは、通常、11%の蛍光細胞が得られる。小分子阻害剤が存在する場合、SpyCas9によって活性化する蛍光細胞の百分率が低下する。各化合物の半数阻害濃度(IC50)は当該測定によって確定できる。
結果は表1に示す。
【0064】
【表1-1】
【表1-2】
【表1-3】
【表1-4】
【表1-5】
【表1-6】
【表1-7】
【表1-8】
【表1-9】
【表1-10】
【表1-11】

注:+はIC50>100の化合物を、++は10<IC50<100の化合物を、+++は1<IC50<10の化合物を、++++はIC50<1の化合物を表す。
【0065】
実施例2.化合物のCas9の内因性遺伝子に対する活性への抑制
2.1 方法
HEK293細胞(105個細胞/ウェル)を24ウェルプレートに接種した。接種後24時間で、200ng AAVS1-AS2および200ng pST-Cas9プラスミドまたは200ng EMX1および200ng pST-Cas9プラスミドでOpti-MEM培地において細胞を形質移入させた。形質移入後6時間で、Opti-MEMの代わりに10%FBSおよび10μM薬物(化合物49)が補充されたDMEMを用いた。Cas9活性の陽性対照は200ng AAVS1-AS2および200ng pST-Cas9プラスミドまたは200ng EMX1および200ng薬物を含まないpST-Cas9プラスミドであった。遺伝子編集が完了した後、細胞のゲノムDNAを抽出し、T7E1方法(文献:Guschin, D.Y.ら Methods Mol. Biol. 649, 247-256 (2010)))によって遺伝子編集の効率を検出した。
【0066】
2.2 結果
結果を図2に示す。AAVS1-AS2およびpST-Cas9プラスミドで細胞を形質移入させた実験において、ブランク対照群と比べ、薬物を含まない群では、遺伝子改変率が22.4%および35.1%であったが、化合物115および48を入れた群では、遺伝子改変率が0%で、化合物49を入れた群では、遺伝子改変率が<1%であった。
【0067】
EMX1およびpST-Cas9プラスミドで細胞を形質移入させた実験において、ブランク対照群と比べ、薬物を含まない群では、遺伝子改変率が26.5%および27.9%であったが、化合物48を入れた群では、遺伝子改変率が0%で、化合物115を入れた群では、遺伝子改変率が≦1.5%で、化合物49を入れた群では、遺伝子改変率が5.6%および3.8%であった。
よって、化合物49、115および48はプラスミドによって発現されるSpyCas9の複数の遺伝子における遺伝子編集の活性を抑制することができる。
【0068】
実施例3.化合物49によるSpyCas9に基づいた遺伝子編集の特異性の増強
3.1 方法
SpyCas9をリポフェクションによってHEK293細胞に、あるいはヌクレオフェクションによってK562細胞に導入することによって化合物49の異なる遺伝子の複数の細胞系におけるSpyCas9の特異性に対する影響を確認した。形質移入後6時間で、阻害剤を培養物に入れた。検出方法は実施例2と同様である。
3.2 結果
図3に示すように、HEK293細胞において、化合物を入れない場合、特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数と非特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数との比が2.4であったが、化合物49を入れた後、特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数と非特異的部位で生じた所定の遺伝子編集の数との比が7で、2.9倍増加した。化合物49によってSpyCas9の特異性を向上させることができることが示された。
【0069】
実施例4.化合物49の黄色ブドウ球菌Cas(SaCas)の活性への抑制
4.1 方法
この部分の方法は2.1と類似で、違いはpST-Cas9の代わりにSaCas9含有プラスミドを使用したことにある。検出方法は実施例2と同様である。
4.2 結果
図4に示すように、ブランク対照群と比べ、薬物を含まない群では、遺伝子改変率が14%であったが、化合物49を入れた群では、遺伝子改変率が<0.5%であった。化合物49はさらに細胞培養実験においてプラスミドによって発現されるSaCas9の活性を抑制することができることが示された。
【0070】
実施例5.化合物49に基づいて改造された化合物は遺伝子編集に抑制活性がある
5.1 方法
さらに化合物の開拓の可能性を証明するために、本発明者は化合物49の類似体(901-905)で試験することにより、遺伝子編集に対する影響を確認した。この部分の方法は実施例2と同様である。
5.2 結果
結果を図5に示す。薬物未添加群(編集効率4.8%)と比べ、化合物901-905および化合物49は顕著に遺伝子編集の効率を低下されることができた。これらの被験化合物のいずれもSpyCas9の遺伝子編集の活性を抑制することができることが示された。
【0071】
実施例6.化合物49の塩基編集系に対する調節
6.1 方法
HEK293%細胞(105個細胞/ウェル)を24ウェルプレートに接種した。接種後24時間で、250ng sgRNA発現プラスミドおよび500ng dCas9-DNMT3a-DNMT3lプラスミド系でOpti-MEM培地において細胞を形質移入させた。形質移入後6時間で、Opti-MEMの代わりに10%FBSおよび500nM薬物(化合物49)が補充されたDMEMを用い、陽性対照はOpti-MEMの代わりに等体積のDMSO溶媒対照を入れた10%FBS含有DMEMを用いた。形質移入後48hで細胞のゲノムDNAを抽出し、sgRNA標的配列に対してPCR増幅を行った後、ディープシーケンシングした。
【0072】
6.2 結果
結果を図6に示す。ディープシーケンシングの結果から、KPT薬物(化合物49)が有効に異なるsgRNAのオンターゲットの切断を低下させ、「オフスイッチ(off-switch)」として塩基編集系を調節することができることがわかる。
具体的に、5番目のCに対し、sg47を使用する場合、C→T置換頻度が18%から9%に低下し、低下の幅50%であった。
【0073】
実施例7.化合物49の塩基編集の特異性に対する向上
7.1 方法
実施例6.1と同様である。
7.2 結果
結果を図7に示す。ディープシーケンシングの結果から、KPT薬物(化合物49)のアウト・オブ・ウィンドウ(out-of-window)活性に対する抑制がより高く、すなわち、塩基編集の特異性を向上させることがわかる。
具体的に、sgMSSK1-5を使用する場合、ウィンドウ内における5番目のCに対し、C→T置換の抑制効率が30%で、アウト・オブ・ウィンドウの11番目のCに対し、C→T置換の抑制率が50%で、11番目に対する抑制が5番目よりも高かった。
【0074】
実施例8.化合物49の塩基編集のインデル(Indel)
8.1 方法
実施例6.1と同様である。
8.2 結果
結果を図8に示す。ディープシーケンシングの結果から、KPT薬物(化合物49)が塩基編集のインデルに抑制があり、すなわち、塩基編集の特異性を向上させることがわかる。
具体的に、sg48を使用する場合、sg48による標的とする20bpの突然変異形態の改変がない前提で全体でインデル頻度が低下した。
【0075】
各文献がそれぞれ単独に引用されるように、本発明に係るすべての文献は本出願で参考として引用する。また、本発明の上記の内容を読み終わった後、当業者が本発明を各種の変動や修正をすることができるが、それらの等価の形態のものは本発明の請求の範囲に含まれることが理解されるはずである。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8