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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-20
(45)【発行日】2023-10-30
(54)【発明の名称】燃料電池用ガス拡散層
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/96 20060101AFI20231023BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20231023BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20231023BHJP
【FI】
H01M4/96 M
H01M4/86 B
H01M4/86 H
H01M4/86 M
H01M4/96 B
H01M4/96 H
H01M8/10 101
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020021070
(22)【出願日】2020-02-11
(65)【公開番号】P2021128829
(43)【公開日】2021-09-02
【審査請求日】2022-11-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】加藤 晃彦
(72)【発明者】
【氏名】加藤 悟
(72)【発明者】
【氏名】長井 康貴
(72)【発明者】
【氏名】山口 聡
(72)【発明者】
【氏名】水野 智行
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/033536(WO,A1)
【文献】特開2009-152181(JP,A)
【文献】特開2015-111568(JP,A)
【文献】特開2019-121423(JP,A)
【文献】特開2019-133838(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/96
H01M 4/86
H01M 4/88
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多孔質の導電性材料(A)からなる基材と、
前記基材の表面に形成された、導電性材料(B)からなる導電性粒子と、撥水性材料とを含む撥水層と、
前記撥水層の表面に形成されたカーボンナノチューブ層と
備え、
前記カーボンナノチューブ層は、撥水性材料を含まない
燃料電池用ガス拡散層。
【請求項2】
前記基材の厚さは、90μm以上250μm以下である請求項1に記載の燃料電池用ガス拡散層。
【請求項3】
前記撥水層の厚さは、10μm以上60μm以下である請求項1又は2に記載の燃料電池用ガス拡散層。
【請求項4】
前記カーボンナノチューブ層の厚さは、0.02μm以上10μm以下である請求項1から3までのいずれか1項に記載の燃料電池用ガス拡散層。
【請求項5】
前記カーボンナノチューブ層の前記撥水層に対する被覆率が30%以上である請求項1から4までのいずれか1項に記載の燃料電池用ガス拡散層。
ここで、「被覆率」とは、前記撥水層の面積(S1)に対する、前記撥水層を被覆する前記カーボンナノチューブ層の面積(S2)の割合(=S2×100/S1)をいう。
【請求項6】
前記カーボンナノチューブ層は、カーボンナノチューブが面内配向しているものからなる請求項1から5までのいずれか1項に記載の燃料電池用ガス拡散層。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用ガス拡散層に関し、さらに詳しくは、高湿度条件下においても発電性能の低下が起きにくい燃料電池用ガス拡散層に関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒を含む電極(触媒層)及びガス拡散層が接合された膜-電極-ガス拡散層接合体(Membrane Electrode Gas Diffusion Layer Assembly,MEGA)を備えている。MEGAの両面には、さらに、ガス流路を備えた集電体(セパレータ)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEGAと集電体からなる単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子形燃料電池を用いて発電を行う場合、空気極側では、電極反応により水が生成する。特に、高出力運転時には多量の水が生成するため、生成水によってガス拡散経路が閉塞する、いわゆる「フラッディング」が起きやすい。フラッディングを抑制するためには、生成水をガス拡散経路から効率良く排出する必要がある。
そのため、固体高分子形燃料電池のガス拡散層には、一般に、カーボンペーパーなどの多孔質基材の表面に、排水を促進するための撥水層(「マイクロポーラス層(MPL)」とも呼ばれる)が形成されたものが用いられる。撥水層は、一般に、導電性粒子と撥水性粒子とを含み、微細な気孔を持つ層からなる。
【0004】
このような撥水層付きガス拡散層に関し、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、
基材と、基材の表面に形成されたマイクロポーラス層とを備え、
マイクロポーラス層は接触角が30°以下である親水性のカーボンナノチューブを含み、マイクロポーラス層内の細孔の内部空間にはカーボンナノチューブが露出している
燃料電池の拡散層が開示されている。
【0005】
同文献には、
(A)親水性のカーボンナノチューブによって細孔内に水が浸入しやすくなり、細孔を介して水が排出されやすくなるために、燃料ガスや酸化剤ガスの供給路が確保され、耐フラッディング性が向上する点、及び、
(B)カーボンナノチューブの周囲に水を保持することができ、保持された水を電解質膜に供給することができるので、耐ドライアップ性が向上する点、
が記載されている。
【0006】
非特許文献1には、
基材側に形成された撥水マイクロポーラス層(MPL)と、
撥水MPLの表面(すなわち、触媒層側)に形成された、接触角が60°以下である親水マイクロポーラス層(MPL)と
を備えた親水・撥水複合MPLが開示されている。
【0007】
同文献には、
(A)耐ドライアップ性を高めるには、撥水MPLに含まれるPTFE(ポリテトラフルオロエチレン)量を減少させ、撥水性を弱めることが有効であるが、単にPTFE量を減少させると、MPLと基材の結着性が低下する点、
(B)MPLバインダーとしてPVA(ポリビニルアルコール)を適用すると、結着性を低下させることなく、MPLに親水性を付与することができる点、及び、
(C)撥水MPLの表面に薄い親水MPLを形成した親水・撥水複合MPLの場合、親水MPLにより触媒層の保湿性が高まると同時に、撥水MPLにより乾燥ガスが親水MPLから水分を取り去ることを抑制できるため、耐ドライアップ性が向上する点
が記載されている。
【0008】
さらに、特許文献2には、
(a)カーボンペーパーの表面に、Fe(2nm)、Ti(5nm)、Al(2nm)、及びFe(1nm)の薄層をこの順序で堆積させることにより、カーボンペーパーの表面にFe/Ti/Al/Feからなる触媒スタックを形成し、
(b)触媒スタックの表面に垂直配向CNTを成長させる
ガス拡散層の製造方法が開示されている。
【0009】
同文献には、
(A)このような方法により、カーボンぺーパーの表面に、直径が20nm未満のCNTが垂直に配向している層(CNTマット)を形成できる点、及び
(B)触媒層とガス拡散層の間にCNTマットを介在させると、燃料電池の性能を大幅に増加させることが可能になる点
が記載されている。
【0010】
撥水層は、高湿度条件下におけるフラッディングの抑制には効果的である。しかし、撥水層の撥水性が高くなりすぎると、低湿度条件下においては電解質膜の含水率が低下する、いわゆるドライアップが起きやすくなる。特許文献1及び非特許文献1では、この問題を解決するために、撥水層に親水性の材料を添加し、撥水層の撥水性を弱める方法が提案されている。
しかしながら、特許文献1及び非特許文献1に記載の方法では、いずれも親水性部分の接触角が低すぎる。そのため、低温や高電流密度での発電時には、容易にフラッディングし、性能が低下しやすいという問題がある。
【0011】
さらに、特許文献2に記載の方法では、垂直配向CNTを成長させるために、カーボンペーパーの表面に触媒スタックを形成する必要がある。しかしながら、複雑な積層構造であり、量産には適さない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特開2016-035877号公報
【文献】特開2019-079796号公報
【非特許文献】
【0013】
【文献】福岡水素エネルギー戦略会議 平成22年度分科会 第3回(http://www/f-suiso.jp/bunkakai/H22bunnkakai/22_3_2_kitahara.pdf)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明が解決しようとする課題は、高湿度条件下においても発電性能の低下が起きにくい燃料電池用ガス拡散層を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記課題を解決するために本発明に係る燃料電池用ガス拡散層は、
多孔質の導電性材料(A)からなる基材と、
前記基材の表面に形成された、導電性材料(B)からなる導電性粒子と、撥水性材料とを含む撥水層と、
前記撥水層の表面に形成されたカーボンナノチューブ層と
備え、
前記カーボンナノチューブ層は、撥水性材料を含まない。
前記カーボンナノチューブ層は、カーボンナノチューブが面内配向しているものが好ましい。
【発明の効果】
【0016】
カーボンナノチューブ層は、撥水性材料を含む撥水層に比べて熱伝導度が高い。特に、カーボンナノチューブが面内配向しているカーボンナノチューブ層の場合、面内方向の熱伝導度は、面に対して垂直方向の熱伝導度に比べて各段に高くなる。そのため、このようなカーボンナノチューブ層を撥水層の表面に配置すると、熱伝導によりガス拡散層の高温領域(セパレータのリブと接触していない部分)から低温領域(セパレータのリブと接触している部分)に向かって熱が供給される。その結果、低温領域における液水の滞留が抑制され、高湿度条件下においても発電性能の低下が起きにくくなる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明に係るガス拡散層を備えた固体高分子形燃料電池の断面模式図である。
図2】カーボンナノチューブ膜のナノCT像の断面図である。
図3図3(A)は、スプレーCNT膜の断面の走査型電子顕微鏡像である。図3(B)は、スプレーCNT膜の表面の走査型電子顕微鏡像である。
図4】実施例1及び比較例1で得られた燃料電池の各種発電条件下における最大電流密度である。
【0018】
図5】実施例2~3及び比較例2で得られた燃料電池の各種発電条件下における最大電流密度である。
図6】実施例1及び比較例1で得られた燃料電池の電流-電圧曲線(発電条件1)である。
図7】カーボンナノチューブ層の厚さと電流密度(発電条件1における最大電流密度)との関係を示す図である。
図8】カーボンナノチューブ層の被覆率と電流密度(発電条件1における最大電流密度)との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 燃料電池用ガス拡散層]
本発明に係る燃料電池用ガス拡散層は、
多孔質の導電性材料(A)からなる基材と、
前記基材の表面に形成された、導電性材料(B)からなる導電性粒子と、撥水性材料とを含む撥水層と、
前記撥水層の表面に形成されたカーボンナノチューブ層と
を備えている。
【0020】
[1.1. 基材]
[1.1.1. 材料]
固体高分子形燃料電池において、MEGAの両側には、ガス流路を備えた集電体が配置される。ガス拡散層の基材には、反応ガス(燃料ガス、酸化剤ガス)を触媒層に供給することが可能な程度のガス透過性(多孔性)と、触媒層と集電体との間で電子の授受を行うことが可能な程度の導電性が求められる。そのため、基材には、多孔質の導電性材料(A)が用いられる。
【0021】
導電性材料(A)としては、例えば、カーボン、グラファイトなどがある。
また、基材としては、例えば、カーボンペーパー、カーボンクロス、グラファイトフォームなどがある。
基材は、特に、導電性繊維の集合体が好ましい。これは、繊維の隙間からなる細孔は連通性が高いため、良好なガス拡散性を得られるためである。
【0022】
[1.1.2. 厚さ]
基材の厚さは、ガス拡散層の排水性及び保水性に影響を与える。一般に、基材の厚さが薄くなりすぎると、液体が凝縮しにくくなる。そのため、低湿度条件下においては、ドライアップが起きやすくなる。従って、基材の厚さは、90μm以上が好ましい。厚さは、好ましくは、120μm以上である。
一方、基材の厚さが厚くなりすぎると、水が凝縮し、液水が溜まりやすくなる。そのため、高湿度条件下においては、フラッディングが起きやすくなる。従って、基材の厚さは、250μm以下が好ましい。厚さは、好ましくは、220μm以下である。
【0023】
[1.2. 撥水層]
撥水層は、触媒層で生成した水の排出を促進させるためのものであり、導電性材料(B)からなる導電性粒子と、撥水性材料とを含む。撥水層は、基材の表面(すなわち、触媒層と基材の界面)に形成される。
【0024】
[1.2.1. 導電性粒子]
導電性粒子を構成する導電性材料(B)は、基材を構成する導電性材料(A)と同一であっても良く、あるいは、異なっていても良い。また、導電性粒子の形状は、特に限定されない。導電性粒子としては、例えば、カーボンブラック、カーボンファイバー、黒鉛、活性炭などがある。
【0025】
撥水層を構成する導電性粒子は、その50重量%以上が直径3μm以下の球状粒子であって、数nm~数十nmの一次粒子の集合体であるものが好ましい。ここで、「球状」とは、アスペクト比が2以下である粒子をいい、必ずしも真球状又はこれに近い形状を意味しない。
導電性粒子の50重量%以上が繊維状である場合、原料ペーストの粘性を制御できなくなり、撥水層を形成できなくなる。一方、導電性粒子の50重量%以上が球状である場合、原料ペーストの粘性の制御が容易となり、撥水層を形成することができる。従って、導電性粒子は、球状粒子が好ましい。
【0026】
撥水層に含まれる球状粒子の割合が少ないと、原料ペーストの粘性を制御できなくなり、撥水層を形成できなくなる。従って、球状粒子の割合は、50重量%以上が好ましい。球状粒子の割合は、好ましくは、60重量%以上、さらに好ましくは、70重量%以上である。
また、球状粒子の直径が大きくなりすぎると、撥水層の凹凸が大きくなり、触媒層を損傷させる場合がある。従って、球状粒子の直径は、3μm以下が好ましい。球状粒子の直径は、好ましくは、1μm以下、さらに好ましくは、0.8μm以下である。
【0027】
[1.2.2. 撥水性材料]
撥水性材料は、ガス拡散層に所定の撥水性を付与することが可能な材料であれば良い。撥水性材料としては、例えば、ポリテトラフルオロエチレン、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、ポリヘキサフルオロプロピレンなどがある。
【0028】
[1.2.3. 組成]
撥水層の組成は、目的に応じて、最適な組成を選択する。一般に、撥水層に含まれる撥水性材料の割合が多くなるほど、高い撥水性が得られる。一方、撥水性材料の割合が過剰になると、導電性が低下する。最適な撥水性材料の割合は、撥水性材料や導電性材料(B)の種類により異なるが、通常、1wt%~50wt%程度である。撥水性材料の割合は、好ましくは、3wt%~40wt%、さらに好ましくは、10wt%~30wt%である。
【0029】
[1.2.4. 厚さ]
撥水層の厚さは、目的に応じて、最適な厚さを選択する。一般に、撥水層の厚さが薄すぎると、十分な撥水性が得られない。従って、撥水層の厚さは、10μm以上が好ましい。撥水層の厚さは、好ましくは、20μm以上である。
一方、撥水層の厚さが厚くなりすぎると、撥水層のガス拡散性が低下し、あるいは、電子伝導性が低下する。従って、撥水層の厚さは、60μm以下が好ましい。撥水層の厚さは、好ましくは、50μm以下である。
【0030】
[1.3. カーボンナノチューブ層]
[1.3.1. 構造]
「カーボンナノチューブ(CNT)層」とは、カーボンナノチューブ(CNT)の集合体からなる層をいう。CNT層を構成するCNTは、単層CNTであっても良く、あるいは、多層CNTであっても良い。また、CNTの直径及び長さは、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適なものを選択することができる。CNTの直径は、通常、10nm~50nmである。また、CNTの長さは、通常、100μm~1000μmである。
【0031】
CNT層としては、例えば、
(a)CNTの長手方向がCNT層の表面に対してほぼ平行になるようにCNTが配列(以下、これを「面内配向」ともいう)しており、CNT間が結着しているカーボンナノチューブ(CNT)膜、
(b)CNTを分散した溶液を撥水層表面に吹き付け、焼成することにより得られるカーボンナノチューブ膜(以下、これを「スプレーCNT膜」ともいう)であって、CNTが面内配向しており、CNT間が結着しているもの、
(c)CNTの長手方向がCNT層の表面に対してほぼ垂直になるように配向している垂直配向CNT膜、
などがある。
【0032】
特に、カーボンナノチューブ層は、カーボンナノチューブが面内配向しているものが好ましい。CNTは、長手方向の熱伝導度がラジアル方向のそれより各段に高い。そのため、CNTを面内配向させると、ガス拡散層に局所的な低温領域(リブと接触している領域)が発生しても、CNT膜を介して高温領域から低温領域に向かって熱が伝えられる。その結果、低温領域の過度の温度低下が抑制され、液水の滞留を抑制することができる。
【0033】
[1.3.2. 厚さ]
CNT層の厚さは、耐フラッディング性に影響を与える。CNT層の厚さが薄くなりすぎると、面内方向の熱伝導が不十分となる。その結果、低温領域において、液水の滞留が起きやすくなる。従って、CNT層の厚さは、0.02μm以上が好ましい。
一方、CNT層の厚さが厚くなりすぎると、CNT層の表面に対して垂直方向の電気抵抗が増大し、かえって発電特性が低下する。従って、CNT層の厚さは、10μm以下が好ましい。
【0034】
[1.3.3. 被覆率]
「被覆率」とは、前記撥水層の面積(S1)に対する、前記撥水層を被覆する前記カーボンナノチューブ層の面積(S2)の割合(=S2×100/S1)をいう。
【0035】
CNT層として、一定の厚さを有し、撥水層と同じ大きさのCNT膜を用いる場合、被覆率は100%となる。一方、撥水層より小さいCNT膜を用いる場合、被覆率は100%未満となる。あるいは、CNT層としてスプレーCNT膜を用いる場合、スプレー条件によっては被覆率が100%未満になることがある。
被覆率が小さくなりすぎると、局所的に面内方向の熱伝導が不十分となる箇所が発生する。そのため、高湿度条件下においては、液水の滞留が発生しやすくなる。液水の滞留を抑制するには、被覆率は、30%以上が好ましい。被覆率は、好ましくは、50%以上、さらに好ましくは、80%以上である。
【0036】
[1.4. 用途]
本発明に係る燃料電池用ガス拡散層は、特に、カソード側に用いられるガス拡散層として好適であるが、アノード側のガス拡散層としても使用することができる。
【0037】
[2. 固体高分子形燃料電池]
図1に、本発明に係るガス拡散層を備えた固体高分子形燃料電池の断面模式図を示す。図1において、固体高分子形燃料電池10は、電解質膜の両面に触媒層が接合された膜電極接合体(MEA)20と、MEA20のアノード側に配置されたアノード側ガス拡散層30と、MEA20のカソード側に配置されたカソード側ガス拡散層40とを備えている。
【0038】
アノード側ガス拡散層30は、基材32と、基材32の表面(MEA20側の面)に形成された撥水層34とを備えている。一方、カソード側ガス拡散層40は、基材42と、基材42の表面(MEA20側の面)に形成された撥水層44と、撥水層44の表面に形成されたカーボンナノチューブ層46とを備えている。
【0039】
すなわち、固体高分子形燃料電池10は、カソード側ガス拡散層40として、本発明に係る燃料電池用ガス拡散層が用いられている。
基材32、42の詳細、撥水層34、44の詳細、並びに、カーボンナノチューブ層46の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0040】
[3. 作用]
MEGAの両面には、ガス流路を確保するためのリブを備えたセパレータが配置される。そのため、MEGAとセパレータとは、リブを介して接触する。通常、セパレータは冷却されているため、ガス拡散層のリブと接触している領域は、他の部分と比べて温度が低い低温領域となる。そのため、高湿度条件下においては、リブの近傍において液水が滞留(すなわち、フラッディングが発生)し、発電性能の低下が起きやすくなる。
【0041】
これに対し、カーボンナノチューブ層は、撥水性材料を含む撥水層に比べて熱伝導度が高い。特に、カーボンナノチューブが面内配向しているカーボンナノチューブ層の場合、面内方向の熱伝導度は、面に対して垂直方向の熱伝導度に比べて各段に高くなる。そのため、このようなカーボンナノチューブ層を撥水層の表面に配置すると、熱伝導によりガス拡散層の高温領域(セパレータのリブと接触していない部分)から低温領域(セパレータのリブと接触している部分)に向かって熱が供給される。その結果、低温領域における液水の滞留が抑制され、高湿度条件下においても発電性能の低下が起きにくくなる。
【実施例
【0042】
(実施例1~3、比較例1~2)
[1. 試料の作製]
[1.1. 実施例1、2]
[1.1.1. カソード側ガス拡散層の作製]
ガス拡散層には、基材表面に撥水層が形成されたものであって、
(a)基材厚さが180μmであり、撥水層厚さが30μmであるもの(以下、これを「ガス拡散層A」ともいう)(実施例1)、又は、
(b)基材厚さが235μmであり、撥水層厚さが50μmであるもの(以下、これを「ガス拡散層B」ともいう)(実施例2)
を用いた。
【0043】
CNT層には、CNTが面内配向しているCNT膜を用いた。図2に、実施例1、2で用いたCNT膜のナノCT像の断面図を示す。図2中、白い部分がCNTである。図2より、CNT膜の厚さが約3μmであることが分かる。このCNT膜をガス拡散層の撥水層側に圧着し、接合した。
【0044】
[1.1.2. 燃料電池の作製]
ナフィオン(登録商標)膜の両面に触媒層を塗布したMEAを用意した。このMEAの両面をアノード側ガス拡散層及びカソード側ガス拡散層で挟み込み、燃料電池セルを作製した。カソード側ガス拡散層には、[1.1.1.]で作製したCNT膜付きガス拡散層を用い、CNT膜が触媒層に接触するようにカソード側に組み付けた(図1参照)。アノード側ガス拡散層には、上述したガス拡散層Bをそのまま用いた。
【0045】
[1.2. 実施例3]
[1.2.1. カソード側ガス拡散層の作製]
CNTを分散させた分散液を、撥水層付きガス拡散層の撥水層の表面に吹き付けた。次いで、ガス拡散層を大気中で焼成し、撥水層の表面にCNT膜を形成した。以下、このようにして形成したCNT膜を「スプレーCNT膜」ともいう。撥水層付きガス拡散層には、上述したガス拡散層Bを用いた。
【0046】
図3(A)に、スプレーCNT膜の断面の走査型電子顕微鏡像を示す。図3(B)に、スプレーCNT膜の表面の走査型電子顕微鏡像を示す。図3(A)及び図3(B)より、スプレーCNT膜の厚さは47μmであり、被覆率は47%であることが分かる。
【0047】
[1.2.2. 燃料電池の作製]
カソード側ガス拡散層として、[1.2.1.]で作製したスプレーCNT膜付きガス拡散層を用いた以外は、実施例2と同様にして、燃料電池を作製した。
【0048】
[1.3. 比較例1、2]
カソード側ガス拡散層として、ガス拡散層A(比較例1)、又は、ガス拡散層B(比較例2)をそのまま用いた以外は、実施例1と同様にして、燃料電池を作製した。
【0049】
[2. 試験方法]
表1に示すセル温度と、供給ガスの相対湿度の条件で、各セルを0.1Vまで電位掃引し、最大電流密度を記録した。供給ガスは、どの条件においても、カソード;空気、300cc/min、アノード;100%H2、200cc/minとした。
【0050】
【表1】
【0051】
[3. 結果]
[3.1. 最大電流密度]
表2に、結果を示す。図4に、実施例1及び比較例1で得られた燃料電池の各種発電条件下における最大電流密度を示す。図5に、実施例2~3及び比較例2で得られた燃料電池の各種発電条件下における最大電流密度を示す。
【0052】
【表2】
【0053】
薄いガス拡散層AとCNT膜とを備えた実施例1は、いずれの発電条件下においても、比較例1より性能が向上した。同様に、厚いガス拡散層BとCNT膜とを備えた実施例2は、いずれの発電条件下においても、比較例2より性能が向上した。
一方、スプレーCNT膜を備えた実施例3は、発電条件1及び2においては、比較例2より発電性能が向上した。しかし、発電条件3では、実施例3の発電性能は、比較例2より低下した。これは、実施例3のCNT膜が厚いために、電子抵抗が増加したためと考えられる。
【0054】
燃料電池ガス拡散層においては、ガス拡散層がリブに接触した部分から温度が低下し、ガス拡散層内部に液体の水が溜まることで酸素拡散性が低下し、性能が低下することが知られている。実施例1~3の発電性能が比較例1~2に比べて向上したのは、CNT膜の熱伝導性が極めて高いために、発電で生じた熱がガス拡散層全体に伝わり、ガス拡散層の温度が上がり、液水が凝縮しにくくなるためと考えられる。
【0055】
[3.2. 電流-電圧曲線]
図6に、実施例1及び比較例1で得られた燃料電池の電流-電圧曲線(発電条件1)を示す。図6より、高電流密度域では、実施例1は、比較例1より優れていることが分かる。
【0056】
[3.3. CNT層の厚さ]
図7に、カーボンナノチューブ層の厚さと電流密度(発電条件1における最大電流密度)との関係を示す。図7より、CNT層の厚みが0.02μm以上の範囲で、十分な性能向上が得られることが分かる。
【0057】
[3.4. CNT層の被覆率]
図8に、カーボンナノチューブ層の被覆率と電流密度(発電条件1における最大電流密度)との関係を示す図である。図8より、CNT層の被覆率が30%以上の範囲で、十分な性能向上が得られることが分かる。
【0058】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明に係る燃料電池ガス拡散層は、固体高分子形燃料電池のガス拡散層として用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8