(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-20
(45)【発行日】2023-10-30
(54)【発明の名称】タウオパチー予防または治療剤
(51)【国際特許分類】
A61K 31/397 20060101AFI20231023BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20231023BHJP
C07D 409/12 20060101ALN20231023BHJP
【FI】
A61K31/397
A61P25/28
C07D409/12
(21)【出願番号】P 2019521350
(86)(22)【出願日】2018-06-01
(86)【国際出願番号】 JP2018021225
(87)【国際公開番号】W WO2018221731
(87)【国際公開日】2018-12-06
【審査請求日】2020-07-15
【審判番号】
【審判請求日】2022-02-28
(31)【優先権主張番号】P 2017109886
(32)【優先日】2017-06-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2017128473
(32)【優先日】2017-06-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000149837
【氏名又は名称】富士フイルム富山化学株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】弁理士法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】小林 博
(72)【発明者】
【氏名】松本 喜彦
【合議体】
【審判長】原田 隆興
【審判官】岩下 直人
【審判官】中西 聡
(56)【参考文献】
【文献】日薬理誌,2010年,Vol.136,pp.11-14
【文献】ALZHEIMER’S & DEMENTIA,2005年,Vol.1,Issue 1S_Part_2,p.S69-S70,P-193
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K31/00-33/44
A61P25/28
CAplus/MEDLINE/REGISTRY/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Japio-GPG/FX
Science Direct
CiNii
医中誌WEB
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1-(3-(2-(1-ベンゾチオフェン-5-イル)エトキシ)プロピル)アゼチジン-3-オールまたはその塩を有効成分として含有する、脳脊髄液中のp-Tau濃度を減少させるためのp-Tau濃度減少剤。
【請求項2】
1回あたり1-(3-(2-(1-ベンゾチオフェン-5-イル)エトキシ)プロピル)アゼチジン-3-オールとして100mg~400mgを1日1回経口投与される、請求項1に記載の
p-Tau濃度減少剤。
【請求項3】
1回あたり1-(3-(2-(1-ベンゾチオフェン-5-イル)エトキシ)プロピル)アゼチジン-3-オールとして160mgまたは320mgを1日1回経口投与される、請求項1または2に記載の
p-Tau濃度減少剤。
【請求項4】
軽度~中等度のアルツハイマー型認知症患者
に投与される、請求項1~3のいずれか1項に記載の
p-Tau濃度減少剤。
【請求項5】
アルツハイマー病による軽度認知障害(MCI due to AD)患者
に投与される、請求項1~3のいずれか1項に記載の
p-Tau濃度減少剤。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1-(3-(2-(1-ベンゾチオフェン-5-イル)エトキシ)プロピル)アゼチジン-3-オールまたはその塩を有効成分として含有するタウオパチーの予防または治療剤に関する。
【背景技術】
【0002】
認知症は、脳の萎縮や脳血管障害などにより認知機能が著しく低下する神経変性疾患である。認知症は原因によりいくつかに分類されるが、全認知症患者の60%~80%はアルツハイマー型認知症(AD)である(非特許文献1)。ADの発症機序は複雑であるが、アミロイドβ蛋白質(Aβ)が凝集して老人斑を形成すること、またはリン酸化したタウ蛋白質(p-Tau)が凝集して神経原線維変化に至ることが原因と考えられている(非特許文献2)。ADの患者数は、日本では約116万人以上と推定されている。発症率は高齢になるほど高くなるため、社会の高齢化に伴って今後急速に患者数が増大し、患者の家族の負担が増えること、医療費および介護費が急騰することが予想される(非特許文献3、4)。したがって、ADを治療することは、患者自身の生活の質が低下するのを防ぎ、その後の家族の負担を軽減するだけでなく、今後の高齢化社会での医療費の削減に重要である。
認知症の症状には、認知機能障害を中心とした中核症状および認知機能障害を持つ患者が周囲とかかわる際に示す問題行動のような周辺症状がある(非特許文献5)。現在国内で用いられているADの治療薬は、アセチルコリンエステラーゼ阻害剤のドネペジル塩酸塩、ガランタミン臭化水素酸塩、リバスチグミンおよびN-methyl-D-aspartate受容体拮抗薬のメマンチン塩酸塩の4剤が存在し、いずれも中核症状または周辺症状を低減することができる。しかし、これらの薬剤は中核症状または周辺症状を一定期間改善する対症療法であり、ADの神経変性を抑制する薬剤ではない。これらの薬剤は使用当初に一時的な認知機能改善効果を示しても、概して48週以上経過すると認知機能は治療前の認知機能より悪化する(非特許文献6)。
【0003】
AD発症の原因とされるAβの量は、前駆タンパクの切断による産生と、脳内のグリア細胞による除去により制御されており、加齢に伴い可溶性オリゴマーや不溶性凝集体として脳内に蓄積することが知られている。脳内の可溶性Aβは、アストロサイトおよびミクログリアにより取り込まれる。一方、不溶性となり凝集したAβは、補体受容体およびIgG受容体を発現するミクログリアにより貪食され、脳脊髄液(CSF)、リンパ液または血液へ排出される(非特許文献7)。CSF中のAβは、ADの進行に伴い減少する(非特許文献8)。これは脳内の凝集Aβの増加を示唆するものと考えられている。また、ADの診断基準に関する文献には、Aβの脳内蓄積のバイオマーカーとして、CSF中のAβ量の低下およびPET画像でのアミロイドトレーサーの集積増加が記載されている(非特許文献9)。
脳内の不溶性Aβが増加すると、Tauの異常なリン酸化が誘導され、神経変性につながることが知られている。また、p-TauはCSF中にも検出され、CSF中のp-Tau量がADの病態と良く相関することが知られている。
過剰なp-Tau量の増加に伴う神経変性は、ADだけでなく、軽度認知障害(MCI)、前頭側頭型認知症、ピック病、進行性核上性麻痺および大脳皮質変性症などにおいても観察されており、このような疾患はタウオパチーと総称される。
【0004】
1-(3-(2-(1-ベンゾチオフェン-5-イル)エトキシ)プロピル)アゼチジン-3-オール(以下、「化合物A」と称する。)またはその塩は、神経保護作用、神経再生促進作用および神経突起伸展作用を有し、中枢および末梢神経の疾病の治療薬として有用な化合物であることが知られている(特許文献1)。また、その投与量は、経口投与の場合、通常成人に対して、1日当たり0.01~500mgを1回から数回に分割して投与すればよいと記載されている(特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開第2003/035647号パンフレット
【文献】国際公開第2003/105830号パンフレット
【非特許文献】
【0006】
【文献】2012 Alzheimer’s Disease Facts and Figures.(http://www.alz.org/downloads/facts_figures_2012.pdf)
【文献】YAKUGAKU ZASSHI、2010年、第130巻、第4号、521-526頁
【文献】日本臨牀、2008年、第66巻(増刊号1)、23-27頁
【文献】シード・プランニング プレスリリース(2010年12月28日)(http://www.seedplanning.co.jp/press/2010/2010122801.html)
【文献】臨床精神薬理、2011年、第14巻、第7号、1123-1129頁
【文献】臨床精神薬理、2012年、第15巻、第3号、311-321頁
【文献】老年期痴呆研究会誌、2010年、第15巻、79-81頁
【文献】Archives of Neurology、2011年、第68巻、第10号、1257-1266頁
【文献】日本老年医学会雑誌、2013年、第50巻、第1号、1-8頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
神経変性を抑制することによりADの進行を抑制する薬剤を、早期に開発する必要がある。本発明は、ADなどのタウオパチーの進行を抑制する薬剤および方法を提供することを解決すべき課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
このような状況下において、本発明者らは、化合物Aまたはその塩がp-Tau量を減少させる効果を有し、また、脳実質内のAβ量を減少させる効果を有することから、タウオパチーの予防または治療に有効であることを見出し、本発明を完成した。
【0009】
本発明によれば、以下の発明が提供される。
(1)化合物Aまたはその塩を有効成分として含有するタウオパチー予防または治療剤。
(2)p-Tau量を減少させる作用を有する、(1)に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(3)p-Tau量が、CSF中のp-Tau量である、(2)に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(4)脳内のAβ量を減少させる作用を有する、(1)~(3)いずれか1に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(5)CSF中のAβ量を増加させる作用を有する、(1)~(4)いずれか1に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(6)1回あたり化合物Aとして100mg~400mgを1日1回経口投与される、(1)~(5)のいずれか1に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(7)1回あたり化合物Aとして160mgまたは320mgを1日1回経口投与される、(1)~(5)のいずれか1に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(8)タウオパチーが、AD、ほぼ確実な(Probable)AD、疑いがある(Possible)AD、臨床前段階にある(Preclinical)AD、前駆期(Prodromal)AD、ADによるMCI(MCI due to AD)またはMCIである、(1)~(7)のいずれか1に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(9)タウオパチーが、AD、MCI due to AD、またはMCIである、(1)~(7)のいずれか1に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(10)タウオパチーが、ADである、(1)~(7)のいずれか1に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(11)タウオパチーが、ADを除く疾患である、(1)~(7)のいずれか1に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(12)ADを除く疾患が、MCI due to AD、MCI、前頭側頭型認知症、ピック病、進行性核上性麻痺、大脳皮質変性症またはダウン症である、(11)に記載のタウオパチー予防または治療剤。
(13)ADを除く疾患が、MCI due to ADまたはMCIである、(11)に記載のタウオパチー予防または治療剤。
【0010】
また、本発明によれば、以下の発明も提供される。
(a)タウオパチーを予防または治療するための、化合物Aまたはその塩を有効成分として含有する医薬組成物。
(b)タウオパチーの予防または治療において使用するための、化合物Aまたはその塩。
(c)化合物Aまたはその塩を患者に投与してタウオパチーを予防または治療する方法。
(d)タウオパチー予防または治療剤の製造のための、化合物Aまたはその塩の使用。
(e)化合物Aまたはその塩を有効成分として含有する、p-Tau量減少剤。
(f)化合物Aまたはその塩を有効成分として含有する、脳内のAβ量減少剤。
(g)化合物Aまたはその塩を有効成分として含有する、CSF中のAβ量増加剤。
(h)p-Tau量の減少のための処置において使用するための、化合物Aまたはその塩。
(i)脳内のAβ量の減少のための処置において使用するための、化合物Aまたはその塩。
(j)CSF中のAβ量の増加のための処置において使用するための、化合物Aまたはその塩。
(k)化合物Aまたはその塩を患者に投与してp-Tau量を減少させる方法。
(l)化合物Aまたはその塩を患者に投与して脳内のAβ量を減少させる方法。
(m)化合物Aまたはその塩を患者に投与してCSF中のAβ量を増加させる方法。
(n)p-Tau量減少剤の製造のための、化合物Aまたはその塩の使用。
(o)脳内のAβ量減少剤の製造のための、化合物Aまたはその塩の使用。
(p)CSF中のAβ量増加剤の製造のための、化合物Aまたはその塩の使用。
【発明の効果】
【0011】
化合物Aまたはその塩を投与することにより、p-Tau量を減少させ、脳実質内のAβ量を減少させることができ、ADなどのタウオパチーを予防または治療することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】52週におけるベースラインからの脳脊髄液中のAβ(Aβ-38、Aβ-40およびAβ-42)濃度の変化を示したグラフである。「n.s.」は、 統計学的に有意差が無いことを意味する。
【
図2】52週におけるベースラインからの脳脊髄液中のTau(p-Tauおよびtotal-Tau)濃度の変化を示したグラフである。「n.s.」は、 統計学的に有意差が無いことを意味する。
【
図3】52週におけるベースラインからの脳脊髄液中のTau濃度の変化について、total-Tau対するp-Tauの割合(p-Tau/total-Tau)を示したグラフである。「n.s.」は、 統計学的に有意差が無いことを意味する。
【
図4】52週におけるベースラインからの脳脊髄液中のTau(再測定したtotal-Tau)濃度の変化を示したグラフである。「n.s.」は、 統計学的に有意差が無いことを意味する。
【
図5】52週におけるベースラインからの脳脊髄液中のTau濃度の変化について、再測定したtotal-Tau対するp-Tauの割合(p-Tau/total-Tau)を示したグラフである。「n.s.」は、 統計学的に有意差が無いことを意味する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下に本発明について詳細に説明する。
本明細書において、特に断らない限り、各用語は、次の意味を有する。
【0014】
本明細書において「~」を用いて示された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値をそれぞれ最小値及び最大値として含む範囲を意味する。
【0015】
化合物Aは、1-(3-(2-(1-ベンゾチオフェン-5-イル)エトキシ)プロピル)アゼチジン-3-オールを意味する。
【0016】
化合物Aの塩としては、通常知られているアミノ基などの塩基性基またはヒドロキシルもしくはカルボキシル基などの酸性基における塩を挙げることができる。
塩基性基における塩としては、たとえば、塩酸、臭化水素酸、硝酸および硫酸などの鉱酸との塩;ギ酸、酢酸、クエン酸、シュウ酸、フマル酸、マレイン酸、コハク酸、リンゴ酸、酒石酸、アスパラギン酸、トリクロロ酢酸およびトリフルオロ酢酸などの有機カルボン酸との塩;ならびにメタンスルホン酸、ベンゼンスルホン酸、p-トルエンスルホン酸、メシチレンスルホン酸およびナフタレンスルホン酸などのスルホン酸との塩が挙げられる。
【0017】
酸性基における塩としては、たとえば、ナトリウムおよびカリウムなどのアルカリ金属との塩;カルシウムおよびマグネシウムなどのアルカリ土類金属との塩;アンモニウム塩;ならびにトリメチルアミン、トリエチルアミン、トリブチルアミン、ピリジン、N,N-ジメチルアニリン、N-メチルピペリジン、N-メチルモルホリン、ジエチルアミン、ジシクロヘキシルアミン、プロカイン、ジベンジルアミン、N-ベンジル-β-フェネチルアミン、1-エフェナミンおよびN,N'-ジベンジルエチレンジアミンなどの含窒素有機塩基との塩などが挙げられる。
【0018】
上記した塩の中で、好ましい塩としては、薬理学的に許容される塩が挙げられ、より好ましい塩としては、マレイン酸との塩が挙げられる。
【0019】
化合物Aまたはその塩において、異性体(たとえば、光学異性体、幾何異性体および互変異性体など)が存在する場合、本発明は、それらすべての異性体を包含し、また、水和物、溶媒和物およびすべての結晶形を包含するものである。
【0020】
タウオパチーとは、過剰なp-Tau量の増加に伴う神経変性を生じる疾患であり、たとえば、AD、Probable AD、Possible AD、Preclinical AD、Prodromal AD、MCI due to AD、MCI、前頭側頭型認知症、ピック病、進行性核上性麻痺、大脳皮質変性症およびダウン症などが挙げられる。
本発明の実施形態において、アルツハイマー型認知症を除く疾患とは、たとえば、MCI due to AD、MCI、前頭側頭型認知症、ピック病、進行性核上性麻痺、大脳皮質変性症およびダウン症などが挙げられ、好ましくは、MCI due to ADおよびMCIが挙げられる。
本発明の実施形態において、好ましくは、AD、Probable AD、Possible AD、Preclinical AD、Prodromal AD、MCI due to ADおよびMCIが挙げられ、より好ましくは、AD、MCI due to ADおよびMCIが挙げられ、さらに好ましくは、ADが挙げられる。
なお、Probable AD、Possible AD、Preclinical AD、Prodromal ADおよびMCI due to ADの診断については、Alzheimers Dement、2011年5月、第7巻、第3号、第263~292頁に記載されている。
各種タウオパチーの発症および進行は、脳脊髄液(CSF)バイオマーカーと関係があることが知られている。たとえば、Lancet Neurol.2013年2月、第12巻、第2号、第207-216頁には、ADの発症時にはCSFバイオマーカーの異常が最大値に達する一方、MCI due to ADの時点ではCSFバイオマーカーの異常が比較的少なく、増加途中であることが示されている。
CSFバイオマーカーの異常が比較的少ない状態で、異常の進行を軽減、改善、阻止または遅延することができれば、予防または治療の効果が相対的に大きくなると期待される。従って、CSFバイオマーカーの異常が比較的少ないタウオパチーに対して、本発明を適用することも好ましい。
【0021】
予防とは、特定の疾患またはその疾患から生じる1以上の症状の発症を防ぐことを意味する。
治療とは、対象が罹患している特定の疾患に対してその疾患から生じる1以上の症状を軽減または改善すること、ならびにその疾患の進行を遅延させることを意味する。
本発明の実施形態においては、たとえば、タウオパチーを伴う患者において、予防とは、脳内の不溶性Aβ量またはp-Tau量の増加の発生または進行を阻止もしくは遅延させることを意味する。治療とは、脳内の不溶性Aβ量またはp-Tau量の増加の進行を阻止もしくは遅延させること、または脳内の不溶性Aβ量またはp-Tau量を減少させることを意味する。
【0022】
軽度~中等度ADは、米国立神経疾患・脳卒中研究所/アルツハイマー病・関連障害協会(National InstituteofNeurologicalandCommunicativeDisordersandStroke/the Alzheimer‘s Disease and Related Disorders Associations)(NINCDS-ADRDA)の診断基準に従って「ほぼ確実な(probable)アルツハイマー病」と臨床診断できる。
「軽度~中等度」の診断は、標準的な基準を用いて通常の医師が十分になしうる。たとえば、標準化されたMini-MentalStateExamination(MMSE;0~30点のスコア)の数値を参考に、軽度~中等度、中等度および中等度~重度ADを臨床診断する。MMSE(Folstein, Folstein and McHugh,1975)は、患者への質問法による簡便な認知機能検査である。見当識、記憶、計算・注意力、言語機能などについて評価する。合計スコアは30点であり、得点が低いほど、認知機能の障害の程度が高度である。
本発明における試験例においては、試験開始(スクリーニング)時点でのMMSEスコアが12~22の患者を軽度~中等度ADと定義した。なお、MMSEがADの等級を臨床診断するための唯一の方法ではなく便宜的なものであることに留意すべきである。
【0023】
脳脊髄液(CSF)バイオマーカーとAD病態との関係が広く研究されている。CSF中のアミロイドβ蛋白質(Aβ-38、Aβ-40およびAβ-42)は、脳におけるアミロイド沈着の程度を反映し得る。また、CSF中のタウ蛋白質(Tau)およびリン酸化タウ蛋白質(p-Tau)は、神経変性の程度および進行を示し得る。TauのCSFレベルの低下に関連する臨床的に有効な治療は、神経変性の進行の減少を示し得る。Aβの変化は、Aβ代謝、沈着または排除に対する薬剤の効果を示し得る。
【0024】
本発明に使用される化合物Aまたはその塩は、自体公知の方法またはそれらを適宜組み合わせることにより、また、特許文献1に記載の方法により製造することができる。
【0025】
本発明に使用される化合物Aまたはその塩は、賦形剤、結合剤、崩壊剤、崩壊抑制剤、固結・付着防止剤、滑沢剤、吸収・吸着担体、溶剤、増量剤、等張化剤、溶解補助剤、乳化剤、懸濁化剤、増粘剤、被覆剤、吸収促進剤、ゲル化・凝固促進剤、光安定化剤、保存剤、防湿剤、乳化・懸濁・分散安定化剤、着色防止剤、脱酸素・酸化防止剤、矯味・矯臭剤、着色剤、起泡剤、消泡剤、無痛化剤、帯電防止剤、緩衝・pH調節剤などの各種医薬品添加物を配合して、経口剤(錠剤、カプセル剤、散剤、顆粒剤、細粒剤、丸剤、懸濁剤、乳剤、液剤、シロップ剤など)、注射剤、点眼剤、経鼻剤または経皮剤などの医薬品製剤とすることができる。なお、ADを伴う患者における経口投与製剤としては、錠剤が好ましい。
上記薬剤は、通常の方法により製剤化される。
【0026】
化合物Aの投与方法は、特に限定されないが、製剤の形態、患者の年齢、性別その他の条件、患者の症状の程度に応じて適宜決定される。
化合物Aの投与量は、用法、患者の年齢、性別、疾患の形態、その他の条件などに応じて適宜選択される。
通常、成人に対して、化合物Aとして1日40~500mgを1回から数回に分割して投与すればよく、より好ましくは、化合物Aとして1日100~400mgを1回から数回に分割して投与すればよく、さらに好ましくは、化合物Aとして1日160mgまたは320mgを1回投与すればよい。
【0027】
本発明において、化合物Aまたはその塩の投与は、さらにアセチルコリンエステラーゼ阻害剤(AChEI)の投与による予防または治療を含むことができる。AChEIとしては、塩酸ドネペジル、塩酸ガランタミン、酒石酸リバスチグミンまたは塩酸タクリン等が挙げられる。
本発明において、対象は化合物Aまたはその塩の投与前に少なくとも6ヵ月間、AChEIの投与による予防または治療を受けていてもよい。
【0028】
次に、本発明を試験例および製剤例で説明するが、本発明はこれらに限定されない。
試験化合物として、化合物Aのマレイン酸塩を用いた。
【0029】
試験例1 軽度から中等度AD患者における化合物Aの有効性および安全性を評価する第2相多施設ランダム化二重盲検プラセボ対照試験
対象(選択基準):治験薬割付の42日前から割付までに、下記の選択基準に基づいて患者のスクリーニングを行った。
・スクリーニングの同意取得時に55歳以上85歳以下で、ほぼ確実な(probable)ADの患者
・スクリーニング時のMMSEスコアが12~22の患者
・Modified Hachinski IschemiaScaleスコアが4以下の患者
・ベースライン前に少なくとも4ヵ月間およびベースライン前に3ヶ月間安定した投与量でドネペジル塩酸塩またはリバスチグミン経皮システムで治療を受けた患者
・ドネペジル塩酸塩またはリバスチグミン経皮システムに加えてメマンチンも投与されている患者に関しては、ベースライン前に少なくとも4ヵ月間およびベースライン前に3ヶ月間安定した投与量でメマンチンの治療を受けた患者
・スクリーニング時の脳MRIまたはCTがADに合致する患者
群の構成:適合した患者(484名)を下記の3群に無作為に分け、試験を開始した。
(1)高用量投与群:224mgの試験化合物(化合物Aとして160mg)を1日1回4週間経口投与後、448mgの試験化合物(化合物Aとして320mg)を1日1回48週間経口投与(158名)
(2)低用量投与群:224mgの試験化合物(化合物Aとして160mg)を1日1回52週間経口投与(166名)
(3)プラセボ投与群:プラセボを1日1回52週間経口投与(158名)
評価方法:
脳脊髄液バイオマーカー
ベースライン(治験薬投与開始日の前2週間以内)および52週後(52週後の前2週間以内)に腰椎穿刺によって対象から脳脊髄液を採取し、9mLずつポリプロピレンチューブに分注し、-80℃で保存した。脳脊髄液中の総タウ蛋白質(total-Tau)濃度は、ECL法を用いて測定した。また、リン酸化タウ蛋白質(p-Tau)濃度は、ELISA法を用いて測定した。脳脊髄液中のAβ-42値は、1残基および42残基アミノ酸を含むAβ計測のためにつくられたサンドイッチELISA法を用いて測定した。
total-Tau濃度については、同じ脳脊髄液サンプルを用いて、二度の測定を行った。
統計解析:
52週後の脳脊髄液(CSF)バイオマーカーのベースラインからの変化を共分散分析により、高用量投与群とプラセボ群、および低用量投与群とプラセボ投与で群間比較した。モデルには、脳脊髄液(CSF)バイオマーカーのベースラインを共変量として加え、有意水準は5%とした。
結果:以下に示す。
【0030】
52週におけるベースラインからの脳脊髄液中のバイオマーカー(Aβ-38、Aβ-40、Aβ-42、p-Tauおよびtotal-Tau)の濃度変化を表1、表2、表3、
図1、
図2、
図3、
図4および
図5に示す。
【0031】
【0032】
52週におけるベースラインからの脳脊髄液中のAβ濃度の変化について、化合物A投与群では、プラセボ投与群と比べ、用量依存的にAβ濃度が増加する傾向が認められた。
【0033】
【0034】
【0035】
52週におけるベースラインからの脳脊髄液中のp-Tau濃度の変化について、化合物A投与群では、プラセボ投与群と比べ、用量依存的にp-Tau濃度が減少する傾向が一貫して認められた。化合物A高用量投与群とプラセボ投与群との間に、統計学的な有意差が認められた。
【0036】
製剤例1
化合物Aのマレイン酸塩174.03gにステアリン酸マグネシウム(ステアリン酸マグネシウム,メルク)0.9726gを加え、30分間混合した。この混合末を乾式造粒機(TF-LABO(ロール加圧3MPa),フロイント産業)にて圧縮成形し、成形された固形物を整粒した。得られた整粒末60.0gに乳糖(フローラック90,メグレ・ジャパン)49.51g、結晶セルロース(セオラスPH302,旭化成ケミカルズ)16.50gおよびクロスカルメロースナトリウム(プリメロース,DMVジャパン)6.67gをそれぞれ目開き850μmの篩で篩過して加え、10分間混合した。この混合末にステアリン酸マグネシウム0.6667gを加え、30分間混合した。この混合末を錠剤径8.5mmのダブルアール面の杵を用いて打錠圧約12kNで打錠機(HT-P18A,畑鐵工所)にて打錠し、1錠250mgの円形の素錠を得た。フィルムコーティング機:DRC-200(パウレック)にて素錠にコーティング剤を1錠あたり8mgの割合でコーティングした後、微量のカルナウバロウ(ポリシングワックス-105,日本ワックス)を添加し、フィルムコーティング錠を得た。
【0037】
製剤例2
化合物Aのマレイン酸塩53.70 gにマンニトール(パーテックM200,メルク)60.90 gおよびクロスカルメロースナトリウム3.60 gを加え、10分間混合した。この混合末にステアリン酸マグネシウム1.80 gを加え、30分間混合した。この混合末を錠剤径8.5mmのダブルアール面の杵を用いて打錠圧約10 kNで打錠し、1錠250mgの円形の素錠を得た。素錠にコーティング剤(オパドライ03F44057、00F440000(ヒプロメロース2910:71.5%,マクロゴール6000:14.166%,タルク:7.167%,酸化チタン:7.067%,三二酸化鉄:0.1%),日本カラコン)を1錠あたり8mgの割合でコーティングした後、微量のカルナウバロウを添加し、フィルムコーティング錠を得た。
【0038】
製剤例3
化合物Aのマレイン酸塩1988.89gにステアリン酸マグネシウム11.11gを加え、30分間混合した。この混合末を乾式造粒機にて圧縮成形し、成形された固形物を整粒した。得られた整粒末107.13gに、マンニトール26.21g、エチルセルロース(エトセル100FPプレミアム,ダウケミカル)7.50g、結晶セルロース(セオラスKG-1000,旭化成ケミカルズ)3.75g、クロスポビドン(コリドンCL-SF,BASF)3.75gおよびクロスカルメロースナトリウム0.75gを加え、30分間混合した。この混合末にステアリン酸マグネシウム0.90gを加え、5分間混合した。この混合末を錠剤径8.5mmのダブルアール面の杵を用いて打錠圧約7kNで打錠し、1錠315mgの円形の素錠を得た。素錠にコーティング剤を1錠あたり9mgの割合でコーティングした後、微量のカルナウバロウを添加して、フィルムコーティング錠を得た。