(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-20
(45)【発行日】2023-10-30
(54)【発明の名称】プールヒト血小板溶解物を調製するための方法、プールヒト血小板溶解物、及び神経障害を処置するためのその使用
(51)【国際特許分類】
A61K 35/19 20150101AFI20231023BHJP
A61P 25/00 20060101ALI20231023BHJP
A61P 25/16 20060101ALI20231023BHJP
A61P 25/14 20060101ALI20231023BHJP
A61P 25/28 20060101ALI20231023BHJP
【FI】
A61K35/19
A61P25/00
A61P25/16
A61P25/14
A61P25/28
(21)【出願番号】P 2019569741
(86)(22)【出願日】2018-06-15
(86)【国際出願番号】 EP2018066020
(87)【国際公開番号】W WO2018229278
(87)【国際公開日】2018-12-20
【審査請求日】2021-06-11
(32)【優先日】2017-06-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】513005017
【氏名又は名称】サントル・ホスピテリエ・レジオナル・エ・ユニヴェルシテール・ドゥ・リール
(73)【特許権者】
【識別番号】518057608
【氏名又は名称】ユニベルシテ・ドゥ・リール
(73)【特許権者】
【識別番号】516340364
【氏名又は名称】ユニヴェルシテ・デュ・リトラル・コート・ドパール
(73)【特許権者】
【識別番号】507002516
【氏名又は名称】アンセルム(アンスティチュート・ナシオナル・ドゥ・ラ・サンテ・エ・ドゥ・ラ・ルシェルシュ・メディカル)
(73)【特許権者】
【識別番号】518340614
【氏名又は名称】タイペイ・メディカル・ユニヴァーシティ
(74)【代理人】
【識別番号】100108453
【氏名又は名称】村山 靖彦
(74)【代理人】
【識別番号】100110364
【氏名又は名称】実広 信哉
(74)【代理人】
【識別番号】100133400
【氏名又は名称】阿部 達彦
(72)【発明者】
【氏名】ダヴィド・ドゥヴォス
(72)【発明者】
【氏名】ティエリー・ビュルヌーフ
(72)【発明者】
【氏名】ジャン-クリストフ・ドゥヴジャン
(72)【発明者】
【氏名】ミン-リ・チョウ
(72)【発明者】
【氏名】フロール・グエル
【審査官】山村 祥子
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-522833(JP,A)
【文献】特表2016-529283(JP,A)
【文献】CHOU ML.,Dedicated, virally-inactivated, platelet lysates and platelet microparticles in regenerative medicine and neuroprotective therapies,Human health and pathology. Universite du Droit et de la Sante - Lille II; Taipei medical university (Taipei),2016年,https://tel.archives-ouvertes.fr/tel-01973786
【文献】YE CHIN CHOI; GREGORY M MORRIS; LEON SOKOLOFF,EFFECT OF PLATELET LYSATE ON GROWTH AND SULFATED GLYCOSAMINOGLYCAN SYNTHESIS IN ARTICULAR 以下備考,ARTHRITIS & RHEUMATISM,米国,1980年,VOL:23, NR:2,PAGE(S):220 - 224,http://dx.doi.org/10.1002/art.1780230213,CHONDROCYTE CULTURES
【文献】BIOMATERIALS,2013年,34,7840-7850
【文献】Thrombosis and Haemostasis,2013年,Vol 110, No.2,323-330
【文献】FLORE GOUEL,THE PROTECTIVE EFFECT OF HUMAN PLATELET LYSATE IN MODELS OF NEURODEGENERATIVE 以下備考,JOURNAL OF TISSUE ENGINEERING AND REGENERATIVE MEDICINE,米国,2016年,VOL:11,PAGE(S):3236 - 3240,https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/27943621/,DISEASE: INVOLVEMENT OF THE AKT AND MEK PATHWAYS
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 35/19
A61P 25/00
A61P 25/16
A61P 25/14
A61P 25/28
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
非熱処理
プールヒト血小板溶解物(pHPL
)のフィブリノーゲン含有量の5質量%未満、好ましくは3質量%未満、より好ましくは1質量%未満のフィブリノーゲン含有量を有し、50ng/mL未満、好ましくは30ng/mL未満、より好ましくは15ng/mL未満のフィブリノーゲン含有量を有する、熱処理プールヒト血小板溶解物
(pHPL
)を含む、神経障害の処置のための組成物
であって、
前記熱処理pHPLが、熱処理pHPLを調製するための方法によって得られ、前記方法が、
a)pHPLを50℃から70℃の温度で20から40分の間熱処理する工程、
b)工程a)の熱処理pHPLを精製する工程
を含み、
工程a)の熱処理pHPLが、ウイルス不活性化又はウイルス除去の工程に供される、
組成物。
【請求項2】
神経障害が、神経変性障害、神経炎症性障害、神経発達障害、神経血管障害、及び脳傷害から選択される、請求項1に記載の組成物。
【請求項3】
神経障害が、多発性硬化症(MS)、パーキンソン病(PD)、ハンチントン病(HD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脳卒中、加齢黄斑変性症(AMD)、アルツハイマー病(AD)、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症、意味性認知症、及びレビー小体型認知症から選択される神経変性障害である、請求項2に記載の組成物。
【請求項4】
神経変性障害が、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、加齢黄斑変性症、及びアルツハイマー病から選択される、請求項3に記載の組成物。
【請求項5】
神経障害が、低酸素症又は外傷性脳損傷から選択される脳傷害である、請求項2に記載の組成物。
【請求項6】
pHPLが、髄腔内、眼内、鼻腔内、又は脳室内経路によって投与される、請求項1から5のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項7】
pHPLが、脳室内経路によって、より具体的には右側脳室へ、好ましくは室間孔に近接して、より好ましくは第3脳室へ投与される、請求項6に記載の組成物。
【請求項8】
前記pHPLが、プログラム可能な薬剤ポンプによって投与されるように適合されている、請求項7に記載の組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規のプールヒト血小板溶解物を得るための方法、プールヒト血小板溶解物それ自体、並びに神経変性、神経炎症性、神経発達性、及び/又は神経血管障害(すなわち脳卒中)、また脳傷害(外傷性脳損傷、低酸素症…)の結果等の神経障害を処置するためのその使用に関する。
【背景技術】
【0002】
神経保護、神経回復、及び神経発生をもたらして神経変性障害、例えばパーキンソン病(PD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、及びアルツハイマー病(AD)を処置する有効な「疾患修飾戦略」を開発することは、これらの障害が患者及び介護者に課す大きな社会的及び経済的影響を考慮すると、緊急に必要とされている。
【0003】
神経回復及び神経発生をもたらしてニューロンの喪失及びその後の中枢神経系の傷害、例えば出産若しくは心停止後の重度の低酸素症、又は重度の外傷性脳損傷を補償する有効な処置を開発することもまた、バリデートされている処置が欠如していることを考慮すると、大いに待たれている。
【0004】
ニューロトロフィンが神経シグナル伝達経路の活性化因子及び調節因子として、神経障害に対する論理的な治療戦略となる、という実質的な証拠がある1。単一の組換え神経栄養増殖因子の適用は、細胞モデルと動物モデルの両方において、ニューロンの保護及び修復に関する有望な結果をもたらしている。
【0005】
血小板由来増殖因子CC(PDGF-CC)は、ニューロン損傷のいくつかの動物モデルにおいて強力な神経保護因子であると判明したのに対し、PDGF-BB及び脳由来神経栄養因子(BDNF)は、脳室内(ICV)経路を介して投与すると、神経発生を刺激した2。加えて、局所脳卒中の光血栓モデルにおいてBDNFを全身投与したところ、神経発生を誘導し、感覚運動機能を改善することができた。トランスフォーミング増殖因子β(TGF-β)は、パーキンソン症候群の動物モデルにおいて、ドーパミン作動性ニューロンの発達及び生存、並びに神経保護を促進させることができ、片側パーキンソン病ラットにおいて、グリア由来神経栄養因子(GDNF)の栄養効果を高めた3。
【0006】
前臨床研究は、塩基性線維芽細胞増殖因子(b-FGF)及び血管内皮細胞増殖因子β(VEGF-β)による神経保護、並びにGDNFによる神経保護及び神経回復の促進4を示した。
【0007】
残念なことに、高用量の単一の増殖因子のICV投与を含む全ての無作為化臨床研究は、実質的で明確な臨床効果を一切得ることができていない。
【0008】
現在、そのような複雑で多面的な神経変性病態において単一のニューロトロフィンを投与することは、有意義な治療成績を得るには不十分である。
【0009】
したがって、より有力であり得るいくつかの組換えニューロトロフィンを組み合わせる新規の手法を開発する必要があるが、これは、特に、規制当局の承認を求め、それによって再生医療の他の分野から生じるより実用的な戦略を正当化することが概念上困難である。
【0010】
濃厚血小板は、WHO必須医薬品モデルリストに収載されている十分に確立した治療製品であり、典型的には、血小板減少症に起因する出血障害の予防及び処置に使用される。止血における役割の他に、血小板は創傷治癒及び組織修復における重大な生理機能を発揮する5。
【0011】
血小板及び血小板溶解物が評価される、再生医療6及び細胞療法7の適用の範囲は拡大している。組織治癒における血小板の治療利益は、多元的であり、α顆粒に主に貯蔵され相乗的に作用する無数の生理活性メディエーターに起因する。これらには、神経栄養増殖因子、例えばPDGF(-AA、-AB、及び-BBアイソフォーム)、BDNF、VEGF、TGF-β、bFGF、又は上皮増殖因子(EGF)が含まれる。近年、脳卒中の動物モデルにおける血小板溶解物の頭蓋内送達が、内在性神経幹細胞(eNSC)の増殖、並びに脳室下帯及び病変周囲の皮質における血管新生を刺激して、機能的帰結の改善及び損傷の減少をもたらし、神経保護効果を示唆することが示された8。
【0012】
文献US2014/0176602は、ウイルス不活性化生物学的混合物及びその調製物を提案している。特に、この文献は、ウイルス安全性のある血小板抽出物を調製するための方法であって、以下の工程、2人以上のドナー由来の血小板富化分画を用意する工程、溶媒界面活性剤(S/D)でのウイルス不活性化処理を実行する工程、S/D処理された物質を非毒性の両親媒性ポリマーに接触させる工程、S/Dを除去する工程、及び物質を少なくとももう1つの直交するウイルス不活性化処理に供する工程、を含む方法を記載している。直交するウイルス不活性化は、スクロース及びグリシン等の安定剤の存在下、60℃で10時間実行される低温殺菌であってもよい。
【0013】
文献US2012/0156306は、非凝固性である、ウイルス安全性のある血小板抽出物を記載している。特に、この文献は、ウイルス安全性のある血小板抽出物を調製するための方法であって、少なくとも2つの直交するウイルス不活性化処理、例えば溶媒界面活性剤(S/D)でのウイルス不活性化処理及び熱不活性化を含む方法を記載している。熱不活性化は、脂質エンベロープウイルス及び非エンベロープウイルスの両方を破壊するために60℃で10時間実行される低温殺菌である。スクロース及びグリシンは、溶液に添加されて、低温殺菌中の安定剤としての役割を果たした。
【0014】
上で引用した2つの文献において、結果として生じるウイルス安全性のある血小板抽出物は、低温殺菌工程中に安定剤が存在するために、高いフィブリノーゲン含有量を示す。実際、安定剤、例えばスクロース又はグリシンが液体加熱時にフィブリノーゲンを高度に安定化させる効果を発揮することは、文献US5,116,950から公知である。表1は、スクロースの添加が特に優れた安定化効果をもたらすことを特に示している。
【0015】
文献US2016/0074481は、血小板誘導体の分野に関し、より具体的には、血小板から得られる増殖因子濃縮物の分野に関する。特に、凝固可能な血小板増殖因子の濃縮物を調製するための方法が開示されている。「凝固可能な」という用語は、血小板増殖因子の濃縮物がフィブリノーゲンと凝固第XIII因子の両方を含んでいることを意味する。具体的には、凝固可能な血小板増殖因子の濃縮物におけるフィブリノーゲンの濃度は、好ましくは濃縮物1L当たり1gより高い、より好ましくは1.5gより高い、より一層好ましくは2.5gより高い。
【0016】
文献US2013/0143810は、創傷治癒及び幹細胞増大のための、増殖因子が豊富なヒト血小板抽出物に関する。この文献は、PDGF及びVEGFが枯渇している、ウイルス不活性化した増殖因子含有血小板溶解物に関し、これは好ましくはTGF、IGF、及びEGF豊富に富化されている。表1には、油抽出後のS/D処理濃厚血小板(S/D-PC-O)及び活性炭処理後のS/D処理濃厚血小板(S/D-PC-OC)の組成物が、それぞれ4.5±0.3mg/mL及び2.65±0.7mg/mLのフィブリノーゲン濃度を示すことが記載されている。
【0017】
B. Coplandら(「The effect of platelet lysate fibrinogen on the functionality of MSCs in immunotherapy」Biomaterials 34(2013) 7840~7850頁)は、フィブリノーゲンが枯渇している血小板溶解物を、免疫調節療法における使用のためのヒトMSCを増大させるための生成物として検討した。
図2cは、フィブリノーゲン枯渇血小板溶解物の調製物に由来するフィブリノーゲン含有量の比較である。B. Coplandによって記載されている各バッチは、少なくとも4mg/mLのフィブリノーゲン含有量を示す。
【0018】
文献WO2013/003356は、フィブリノーゲンが枯渇している血小板溶解物を含む組成物であって、細胞培養培地として使用される、組成物を記載している。フィブリノーゲンの血小板溶解物からの枯渇は、ヘパリン及び金属塩を使用して実施される。更に、フィブリノーゲンの枯渇している前記組成物は、約2又は4μg/mLのフィブリノーゲンの濃度を有する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0019】
【文献】US2014/0176602
【文献】US2012/0156306
【文献】US5,116,950
【文献】US2016/0074481
【文献】US2013/0143810
【文献】WO2013/003356
【非特許文献】
【0020】
【文献】B. Coplandら、「The effect of platelet lysate fibrinogen on the functionality of MSCs in immunotherapy」Biomaterials 34(2013) 7840~7850頁
【文献】Gurneyら、Neurology、1998
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0021】
しかしながら、血小板溶解物は、炎症の強力な誘導因子及び神経突起伸長の阻害因子として神経性障害の原因となる役割を果たすタンパク質である、血漿由来フィブリノーゲンを含有する9。これが、ヒトにおける神経変性障害、例えばパーキンソン病の分野における血小板溶解物の適用がまだ報告されていない理由の1つであり得る。
【課題を解決するための手段】
【0022】
本発明は、プールヒト血小板溶解物(pHPL)が、特定の条件下で処理されると、より良好な神経保護効果及び神経回復を誘導することによって神経障害の処置を増強することができるという予期せぬ発見に基づいている。
【0023】
本発明によるプールヒト血小板溶解物は、異なるドナー由来の少なくとも2つの血小板溶解物から得られるヒト血小板溶解物である。好ましくは、プールヒト血小板溶解物は、異なるドナーから採取した、少なくとも5、少なくとも10、少なくとも20、少なくとも30、少なくとも40、少なくとも50、少なくとも100、少なくとも140、少なくとも180、少なくとも200、より詳細には、少なくとも240の異なる血小板溶解物から得られる。
【0024】
特に、本発明者らは、pHPLの熱処理が溶解物の総タンパク質含有量を減少させ、神経保護及び神経回復の可能性の向上を促進させることを見出した。
【0025】
したがって、第1の態様では、本発明は、熱処理プールヒト血小板溶解物を調製するための方法であって、
a)プールヒト血小板溶解物(pHPL)を用意する工程、
b)プールヒト血小板溶解物を55℃から65℃の温度で20から40分の間熱処理する工程、
c)工程b)の熱処理プールヒト血小板溶解物を精製する工程
を含む方法に関する。
【0026】
本発明の方法は、非熱処理pHPLのフィブリノーゲン含有量の5質量%未満、4質量%未満、3質量%未満、2質量%未満、1質量%未満、より好ましくは0.1質量%未満のフィブリノーゲン含有量を有する熱処理プールヒト血小板溶解物(HT_pHPL)を生じる。熱処理pHPLのフィブリノーゲン濃度は、50ng/mL未満、40ng/mL未満、30ng/mL未満、20ng/mL未満、より好ましくは15ng/mL未満である。
【0027】
特に、熱処理pHPLは、フィブリノーゲンを含まない。「フィブリノーゲンを含まない」という表現は、HT_pHPLのフィブリノーゲン濃度が15ng/mLを超えない、詳細には10ng/mLを超えない、より詳細には5ng/mLを超えないことを意味する。
【0028】
本発明によれば、方法の第1の工程は、プールヒト血小板溶解物(pHPL)を用意する工程で構成される。このpHPLは濃厚血小板(PC)から周知の方法に従って調製されてもよく、これにより増殖因子及び他の活性分子の放出が誘導される。
【0029】
例えば、pHPLは、以下:
i)濃厚血小板を用意する工程、
ii)工程i)の各濃厚血小板を別個に溶解する工程、及び
iii)工程ii)の結果として生じた溶解物を混合してプールヒト血小板溶解物を得る工程
を含む方法によって調製されてもよい。
【0030】
工程i)で用意される濃厚血小板は、異なるドナーに由来していてもよいし、同種異系血小板供給源から、好適な標準的な採取方法によって得てもよい。特に、濃厚血小板は、バフィーコート又は多血小板血漿(PRP)技法を使用して全血から得てもよいし、アフェレーシス技法によって採取してもよい。好ましくは、濃厚血小板は、バフィーコート又はPRP技法を使用して全血から生成される10。
【0031】
「PRP法」では、抗凝固全血を、ソフトスピンを使用してバリデートされた条件下で遠心分離して、赤血球(RBC)を、血小板と血漿との混合物、いわゆるPRPを含有する上半分から分ける。次いで、血小板を、バリデートされた加速及び減速曲線を有するハードスピン遠心分離によって濃縮する。濃厚血小板バッグを室温で静置し、次いで濃厚血小板を血漿に再懸濁する。「バフィーコート」法では、抗凝固全血を、バリデートされた加速及び減速曲線を有するハードスピンを使用して遠心分離して、上層の「無細胞」血漿、バフィーコート(BC)と称される中層、及び赤血球(RBC)下層に分離する。BC層をサテライトバッグに移す。少量の血漿をBC層に戻し、穏やかに混合した後で再度バリデートされた加速及び減速曲線を有する低速回転(light spinning)遠心分離に供する。次いで、PRP上清を血小板ストレージ(platelet storage)に入れ、22+/-2℃で保管してもよい。
【0032】
アフェレーシス法では、濃厚血小板は、供血において使用される、血小板を分離し血液の他の部分をドナーに戻す体外医療機器を通じて得てもよい。
【0033】
「PRP法」において濃厚血小板を懸濁するために使用される血漿、「バフィーコート」法においてBC層に戻される血漿、又はアフェレーシスによって血小板と共に採取される血漿を、血小板保存液(PAS)、又は血漿とPASとの混合物、好ましくは血漿とPASとの混合物に置換してもよい。血漿とPASとの前記混合物は、約30質量%から40質量%までの血漿及び約70質量%から60質量%までのPASを含有し得る。
【0034】
工程i)で用意される濃厚血小板は、白血球除去処理に供されてもよい。この処理は、白血球の枯渇をもたらし、白血球減少フィルターでのろ過によって、又はアフェレーシスによる血小板採取中に達成することができる。
【0035】
工程i)で用意される濃厚血小板は、溶解前にウイルス/病原体不活性化処理の工程に供されてもよい。濃厚血小板に適用されるウイルス/病原体不活性化処理は、Intercept(登録商標)血液システム(Cerus Corporation社製)、Mirasol(登録商標)PRTシステム(Terumo BCT社製)、又はTHERAFLEX-UV(Macopharma社製)から選択され得る。これらの措置は、当業者に周知であり、光不活性化剤の添加を伴って又は伴わずに、核酸の変化を標的とする。
【0036】
一実施形態では、濃厚血小板は白血球除去処理及びウイルス/病原体不活性化処理に供される。好ましくは、白血球除去処理は、ウイルス/病原体不活性化処理の前に実施される。
【0037】
各濃厚血小板を別個に溶解する工程ii)は、当業者に公知の任意の方法によって達成することができる。例えば、血小板溶解は、1回若しくは複数回の凍結/融解サイクル、トロンビン若しくはCaCl2の添加によって誘導される血小板活性化、超音波処理、又は溶媒/界面活性剤(S/D)処理によって達成することができる。好ましくは、濃厚血小板を溶解する工程ii)は、1回又は複数回の凍結/融解サイクル、より好ましくは少なくとも3回のサイクルによって達成される。溶解が前述の方法の1つによって達成される場合、遠心分離及びろ過工程もまた、細胞片を除去するために実施され得る。
【0038】
次いで、工程iii)は、溶解物を混合して、pHPLとも称されるHPLのプールを得る工程で構成される。したがって、HPLのプールは、異なるドナーの少なくとも2つの血小板溶解物に由来する溶解した濃厚血小板を混合することによって得られる。好ましくは、HPLのプールは、異なるドナーから採取した、少なくとも5、少なくとも10、少なくとも20、少なくとも30、少なくとも40、少なくとも50、少なくとも100、少なくとも140、少なくとも180、少なくとも200、より詳細には、少なくとも240の異なる血小板溶解物を混合することによって得られる。
【0039】
本発明の方法に好適なプールヒト血小板溶解物(pHPL)は、血液施設又は商業的供給業者からの任意のプールヒト血小板溶解物であってもよい。例えば、プールヒト血小板溶解物は、Macopharma社(Tourcoing、France;MultiPL'30(登録商標)ヒト血小板溶解物)、Cook-Regentec社(Indianapolis、USA;Stemulate(登録商標)ヒト血小板溶解物)、Stemcell Technologies社(Grenoble、France;ヒト血小板溶解物)、又は更にはSigma-Aldrich社(PLTMax(登録商標)ヒト血小板溶解物)から得ることができる。
【0040】
本発明の方法の第2の工程は、pHPLを熱処理する工程で構成される。この工程は、好ましくは、タンパク質の生物活性を維持するために古典的に使用される安定剤を添加せずに実施される。そのような安定剤は、例えば、スクロース、ソルビトール、マンニトール、又はアルギニン若しくはリジン等のアミノ酸である。熱処理は、好ましくは、約50℃から70℃の温度、好ましくは約52℃から60℃の温度、より好ましくは約56℃の温度で実施され得る。神経保護及び神経回復の再現性の点で最も見込みのある結果は、実際、約56℃で処理されたpHPLで得られた。
【0041】
好ましい実施形態では、熱処理の時間は、約20から40分、好ましくは約30分である。
【0042】
更に、熱処理後、pHPLは、精製工程c)の前に少なくとも5分間、好ましくは約2から5℃の温度まで冷却され得る。
【0043】
有利には、工程a)で用意される熱処理pHPLは、工程b)の前に、凝固カスケードの活性化を誘導する処理に供されてもよい。例えば、熱処理pHPLは、撹拌下でガラスビーズ(GB)及びCaCl2と、又はCaCl2のみを使用して、混合してもよい。この処理は遠心分離後に除去される凝塊形成物をもたらし、したがって結果として生じるpHPLはフィブリノーゲンを含まない。いかなる理論にも拘束されることを望むものではないが、本発明者らは、この処理が本発明によるpHPLのより低い毒性及び改善された神経保護効果に寄与すると考えている。
【0044】
本発明の方法の第3の工程は、熱処理プールヒト血小板溶解物を精製する工程で構成される。この精製工程は、例えば遠心分離又はろ過等の、当技術分野で公知の任意の方法によって実行することができる。
【0045】
遠心分離は、有利には、約2から6℃の温度で、例えば9000×gから11000×gで少なくとも10分間実行され得る。
【0046】
ろ過を使用する場合、熱処理pHPLは、有利には、5μmから0.2μmまでの孔径を有するフィルターを通過し、好ましくは、それぞれ5μmから0.2μmまでの孔径で、次第に小さくなっていく孔径を有する、一連の2つ以上の連続するフィルターが使用される。
【0047】
有利には、工程c)における熱処理pHPL溶解物の精製は、遠心分離によって実行される。いかなる理論にも拘束されることを望むものではないが、本発明者らは、上記のような低温での遠心分離が、沈殿する寒冷不溶性成分、例えばフィブリノーゲンを更に除去することに寄与し得ると考えている。
【0048】
本発明の方法は、工程c)で得られた熱処理pHPLを、-20℃から-85℃まで、好ましくは-25℃から-50℃までの範囲、より好ましくは-30℃程度の温度で凍結及び保管する工程を更に含んでもよい。或いは、熱処理pHPLは、凍結乾燥した後で保管してもよい。
【0049】
一実施形態では、本発明の方法は、工程b)の後、及び任意選択の凍結又は凍結乾燥の前に、ウイルス不活性化若しくはウイルス除去及び/又はプリオン除去の工程を更に含む。好適なウイルス不活性化又はウイルス除去方法には、これらに限定されないが、溶媒/界面活性剤処理(S/D処理)、界面活性剤処理のみ、低温殺菌、水蒸気処理又は蒸気処理、UV処理、ガンマ線照射、低pH処理、カプリル酸処理、及びナノろ過が含まれる。例えば、S/D処理は、1%のトリブチルホスフェート、及び1% Triton X-100を使用して、31℃で1時間実施され得る。低温殺菌処理は、安定剤の存在下、60℃で10時間の熱処理によって実施され得る。ナノろ過は、15、20、若しくは35nmの専用のウイルスフィルター、又は当技術分野で公知の同等の病原体除去フィルターを使用して実施され得る。
【0050】
したがって、この実施形態では、得られた熱処理pHPLはウイルスに関して安全である。「ウイルス不活性化」という用語は、ウイルスがヒト血小板溶解物中に維持されているが、例えば、その脂質被膜を溶解することによって、又はそのビリオン構造を破壊することによって生存不能となっている状況を指す。「ウイルス除去」という用語は、硬く大きいサイズの構造を有するウイルスがナノフィルターに保持されることによってヒト血小板溶解物から除去されている一方、ヒト血小板溶解物成分はそのようなウイルス除去フィルターを通り抜け、更なる加工処理のために回収されている状況を指す。
【0051】
有利には、本発明による方法は、大量の標準化した熱処理pHPL(HT_pHPL)の工業規模での生産に好適である。実際、プールヒト血小板溶解物、特に工業的供給業者からのpHPLを出発物質として使用することによって、方法は、高レベルの標準化及び恒常性を実現し、GMPの原則にも準拠しているHT_pHPLを生産することができる。したがって、得られたHT_pHPLは、標準化することができ、生物療法において、殊に脳投与を通じて使用されることが意図されている場合、特に有利である。
【0052】
驚くべきことに、また予期せぬことに、本発明による方法は熱処理pHPLを生じ、これは非熱処理pHPLと比較して改善した神経保護を実現する。In vitroアッセイでは、本発明に従って調製されたpHPLが、ドーパミン作動性細胞を、神経毒によって誘導される死から、形態学的変化を誘導せずに保護することが示されている。いかなる理論にも拘束されることを望むものではないが、本発明者らは、本発明のHT_pHPLの改善された神経保護活性は、その総タンパク質含有量、例えばフィブリノーゲン含有量が減少した結果であると考えている。実際、50℃から70℃の温度での熱処理がタンパク質の沈殿を誘導し、沈殿したタンパク質を除去すると考えられている工程c)の後、初期のpHPLよりも著しく低い、本発明によるHT_pHPLの総タンパク質含有量をもたらすと考えられている。
【0053】
特に、熱処理により、pHPLのフィブリノーゲン及びタンパク質分解酵素、例えば、トロンビン、又はトロンビン様若しくはトロンビン生成凝固因子の著しい減少又は枯渇が結果として生じる、また、熱処理工程により、毒性となり得る熱不安定性タンパク質が沈殿及び/又は不活性化し、好都合にはpHPLにおけるタンパク質と増殖因子とのバランスが修正されるとも考えられている。したがって、熱処理pHPLは、pHPLとは対照的に、脳にとって有毒なフィブリン形成という生物学的リスクを回避することができる。それゆえ、本発明に従って得られた熱処理pHPLは、血漿中に懸濁した標準的なヒト血小板溶解物よりも実質的に高い安全域を提供する。したがって、本発明の熱処理pHPLは、生物療法における、とりわけ脳投与を通じての使用により好適であり、より効率的である。
【0054】
上述したように、本発明の熱処理プールヒト血小板溶解物(HT_pHPL)は、改善された神経保護及び神経回復活性を実現する。
【0055】
第2の態様では、本発明は、非熱処理pHPLのフィブリノーゲン含有量の5質量%未満、4質量%未満、3質量%未満、2質量%未満、1質量%未満、より好ましくは0.1質量%未満のフィブリノーゲン含有量を有する熱処理プールヒト血小板溶解物(HT_pHPL)に関する。熱処理pHPLのフィブリノーゲン濃度は、50ng/mL未満、40ng/mL未満、30ng/mL未満、20ng/mL未満、より好ましくは15ng/mL未満である。実施例の節で示すように、本発明による熱処理プールヒト血小板溶解物は神経を保護する。
【0056】
特に、熱処理pHPLはフィブリノーゲンを含まない。「フィブリノーゲンを含まない」という表現は、HT_pHPLのフィブリノーゲン濃度が15ng/mLを超えない、詳細には10ng/mLを超えない、より詳細には5ng/mLを超えないことを意味する。本発明による熱処理pHPLは、本明細書上記の方法によって得ることができる。
【0057】
第3の態様では、本発明は、生物学的薬物又は「生物療法」としての使用のための、本発明による熱処理プールヒト血小板溶解物に関する。
【0058】
実際、プールヒト血小板溶解物は、その改善された神経保護活性及びより高い安全性のために、神経障害、好ましくは神経変性障害の処置及び/又は防止に使用することができる。したがって、熱処理プールヒト血小板溶解物は強い神経保護活性を呈し、ニューロンの喪失が観察される障害を処置することに特に有利である。
【0059】
換言すると、本発明はまた、神経障害を処置及び/又は防止する方法であって、治療有効量の本発明の熱処理pHPLの、それを必要とする患者への投与を含む方法にも関する。好ましくは、患者は温血動物、より好ましくはヒトである。
【0060】
本発明の意義の範囲内における神経障害には、これらに限定されないが、神経変性障害、神経血管障害、神経炎症性障害、自閉症等の神経発達性障害、脳傷害、例えば出産若しくは心停止後の重度の低酸素症、又は重度の頭蓋外傷/外傷性脳損傷、すなわち心身障害をもたらす著しいニューロンの喪失を結果として生じる重度の傷害が含まれる。
【0061】
本発明の意義の範囲内における神経変性障害には、これらに限定されないが、多発性硬化症(MS)、パーキンソン病(PD)、ハンチントン病(HD)、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、脳卒中、加齢黄斑変性症(AMD)、網膜の変性疾患、及び認知症が含まれ、認知症には、これらに限定されないが、アルツハイマー病(AD)、脳血管性認知症、前頭側頭型認知症、意味性認知症、及びレビー小体型認知症が含まれる。好ましい神経変性疾患は、多発性硬化症、アルツハイマー病、パーキンソン病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症である。
【0062】
好ましい実施形態では、神経変性障害は、パーキンソン病、筋萎縮性側索硬化症、及びアルツハイマー病から選択される。特に好ましい実施形態では、神経変性障害はパーキンソン病である。別の好ましい実施形態では、神経変性障害は筋萎縮性側索硬化症である。
【0063】
好ましい他の神経障害には、中枢神経系の傷害、例えば出産若しくは心停止後の重度の低酸素症、又は重度の頭蓋外傷、すなわち心身障害をもたらす著しいニューロンの喪失を結果として生じる重度の傷害が含まれる。傷害後早期の熱処理pHPLでの処置は、生理的な神経回復及び神経発生能力を高め得る。
【0064】
熱処理pHPLは、天然若しくは合成のナノ粒子11若しくはマイクロ粒子に封入されている、又は少なくとも1つの薬学的に許容される担体、希釈剤、添加剤、及び/若しくはアジュバントを更に含む医薬溶液に含まれているものとして投与されてもよい。医薬溶液は、錯体、分子、ペプチド、塩、ベクター、又は任意の他の化合物を更に含むことができ、これは、神経障害を回復することができる、又は神経障害の処置に有益であり得る。
【0065】
投与経路及び投与計画は、当然のことながら、病気の重症度、患者の年齢、体重、及び性別等に依存する。
【0066】
本発明の熱処理pHPLは、任意の患者、とりわけ哺乳動物等の温血動物、好ましくはヒトの処置のために使用することができる。
【0067】
有利には、本発明による熱処理pHPLは脳投与に好適である。具体的には、前記熱処理pHPLは、髄腔内投与(例えば、脊髄の病態である筋萎縮性側索硬化症の場合)又は、例えば右側脳室への、好ましくは熱処理pHPLが第3脳室に投与され得るように室間孔に近接した、脳室内(ICV)投与に適合されている。脳投与は、当業者に公知の方法によって達成することができる。例えば、脳投与は、薬物送達システム、例えばプログラム可能な薬剤ポンプによって実行することができる。
【0068】
本発明の熱処理pHPLの投与はまた、例えば、鼻腔内、筋肉内、若しくは眼内投与、又は器官の灌流若しくは注入(すなわち、脳組織の一部の直接注入)等の当業者に公知の任意の他の方法によっても実施することができる。
【0069】
投与のために使用される曝露投薬量は、様々なパラメータの関数として、特に使用される投与様式、関連する病態、又は処置の所望の時間の関数として適合させることができる。
【0070】
定義
下記の定義及び説明は、本明細書と特許請求の範囲の両方を含む本願全体にわたって使用される用語に関するものである。
【0071】
「神経保護活性」又は「神経保護」は、神経毒に冒されていない神経細胞と比較した、神経毒に冒された神経細胞のニューロン構造及び/又は機能の保存を意味する。神経保護は、ニューロンの喪失を停止させる又は少なくとも遅らせることによって疾患進行及び二次損傷を防止する又は遅らせることを目的とする。例えば、神経保護は、パーキンソン病に冒されていない患者と比較した、パーキンソン病に冒されている患者の線条体及び/又は黒質緻密部におけるニューロンの数の保存を指す。
【0072】
「神経回復」は、既存の変化を補償すること、並びに損なわれた神経活性の構造的及び機能的回復を刺激することを意味する。
【0073】
「患者」という用語は、医療を待っている若しくは受けている、又は医療措置の対象である若しくは対象となり得る温血動物、より好ましくはヒトを指す。
【0074】
「ヒト」という用語は、任意の発達段階(すなわち、新生児、乳幼児、児童、青年、成人)の男女の対象を指す。一実施形態では、ヒトは青年又は成人、好ましくは成人である。
【0075】
「処置する」、「処置すること」、及び「処置」という用語は、本明細書で使用する場合、状態若しくは疾患及び/又はそれに付随する症状を緩和又は抑制することを含むことが意図されている。
【0076】
「防止する」、「防止すること」、及び「防止」という用語は、本明細書で使用する場合、状態若しくは疾患及び/又はそれに付随する症状の発症を遅延させる又は妨げる、患者が状態又は疾患に罹患することを防ぐ、或いは状態又は疾患に罹患する患者のリスクを低減する方法を指す。
【0077】
「治療有効量」(又はより簡単に「有効量」)という用語は、本明細書で使用する場合、本発明の熱処理pHPLが投与される個体において所望の治療又は予防効果を達成するのに十分な、本発明の熱処理pHPLの量を意味する。
【0078】
「投与」という用語又はその変化形(例えば「投与すること」)は、本発明の熱処理pHPLを、単独で又は薬学的に許容される溶液の一部として、状態、症状、又は障害を処置又は防止すべき患者に提供することを意味する。
【0079】
本発明は、以下の実施例及び図面を参照することでより良く理解されるだろう。これらの実施例は、本発明の具体的な実施形態を代表するものとして意図されており、本発明の範囲を限定するものとして意図されていない。
【図面の簡単な説明】
【0080】
【
図1】処理したLuhmes細胞の形態学的観察を示す写真である。エラスチン曝露をしなかった(左列)又はエラスチン曝露をした(右列)、pHPL、HT_pHPL、及びHT_pHPL-GBでの処理後のLuhmes細胞(×10)の代表的写真である。pHPL:プールヒト血小板溶解物。HT_pHPL:熱処理プールヒト血小板溶解物。HT_pHPL-GB:ガラスビーズ及びCaCl
2処理後の熱処理プールヒト血小板溶解物。
【
図2】フローサイトメトリーアッセイを示すグラフである。ヨウ化プロピジウムアッセイによって測定し、対照(非処理細胞)+/-平均の標準誤差(SEM)(n=4)に対して標準化した生存率である。
【
図3】レサズリンアッセイを示すグラフである。レサズリンアッセイによって測定され、対照(非処理細胞)+/-SEM(n=3)に対して標準化した生存率である。
【
図4】リルゾールによって処置した雌及び雄マウスの体重推移を示すグラフである。雄WT:雄野生型、雄Tg:雄FVB-Tg(Sod1*G86R)、雌WT:雌野生型、雌Tg:雌FVB-Tg(Sod1*G86R)。
【
図5】ビヒクル及びHT_pHPLによって処置した雄のマウスの体重推移を示すグラフである。Veh:ビヒクル、雄WT:雄野生型、雄Tg:雄FVB-Tg(Sod1*G86R)、HT_pHPL:熱処理プールヒト血小板溶解物。
【
図6】ビヒクル、リルゾール、及びHT_pHPLによって処置した雄のマウスの生存曲線を示すグラフである。Veh:ビヒクル、雄Tg:雄FVB-Tg(Sod1*G86R)、HT_pHPL:熱処理プールヒト血小板溶解物。
【実施例】
【0081】
材料及び方法
1.血小板溶解物の調製
pHPL:プールヒト血小板溶解物は、Macopharma社(Tourcoing、France)から、名称MultiPL'30(登録商標)ヒト血小板溶解物、型番BC0190020のものを得た。
【0082】
HT_pHPL:56℃で30分間の熱処理に供され、遠心分離(15分、10000g、4℃)によって精製されたpHPL。
【0083】
HT_pHPL-GB:pHPLを、0.5g/Lのガラスビーズ(2mmの直径のBEAD-002-1kg、Labbox社から入手)及びCaCl2(30μg/mL及び23mMの最終濃度;C4901無水塩化カルシウム粉末、Sigma-Aldrich社製)と撹拌下で1時間混合した。
【0084】
これにより、遠心分離(6000g、30分、22℃)後に除去される凝塊形成物が30分以内に生じた。上清を56℃で30分間加熱し遠心分離した後で、アリコートを作製し後の使用のために-80℃で保管した。
【0085】
2. LUHMES細胞の維持及び分化
LUHMES細胞をScholz博士の研究室(University of Konstanz、Germany)から得て記載の通り12に培養した。
【0086】
簡潔に述べると、未分化LUHMES細胞を、蒸留水中の50μg/mLポリ-L-オルニチン及び1μg/mLフィブロネクチン(Sigma-Aldrich社、St. Louis、MO、USA)によって37℃で3時間プレコートしたNunclon(商標)(Nunc社、Roskilde、Denmark)プラスチック製細胞培養フラスコ及びマルチウェルプレートを使用して増加させた。コーティング溶液の除去後、培養フラスコを滅菌蒸留水で洗浄し、風乾した。
【0087】
細胞を、95%空気、5%CO2の湿潤雰囲気中37℃で増殖させた。増殖培地は、1×N-2サプリメント(Invitrogen社、Karlsruhe、Germany)、2mM L-グルタミン(Gibco社、Rockville、MD、USA)、及び40ng/mL組換えbFGF(R&D Systems社)を含有するアドバンストダルベッコイーグル培地(アドバンストDMEM)/F12であった。およそ80%の集密に達したとき、細胞を0.025%トリプシン溶液(Gibco社、Rockville、MD、USA)で分離し、3×106個/フラスコで継代した。
【0088】
分化を神経細胞に誘導するために、2×106個のLUHMESをT75フラスコに播種し、増殖培地で48時間、次いで、1×N-2サプリメント、2mM L-グルタミン(Gibco社)、1mMジブチリルcAMP(Sigma-Aldrich社)、1μg/mLテトラサイクリン(Sigma-Aldrich社)及び2ng/mL組換えヒトGDNF(R&D Systems社)を含有するアドバンストDMEM/F12で増殖させた。分化条件での培養の2日後、LUHMESを、6日目の更なる実験のために24ウェルプレートで培養した。
【0089】
3.異なる血小板溶解物(PL)のドーパミン作動性ニューロンに対する毒性及び保護能力の評価
3種の血小板溶解物(pHPL、HT_pHPL、HT_pHPL-GB)の毒性及び保護能力を、Luhmesと称されるドーパミン作動性細胞株に対して評価した(分化の6日後)。
【0090】
神経保護研究において、異なるPLを、エラスチン(すなわち、ドーパミン作動性ニューロンにおける細胞死の非常に有力な誘導因子)によって誘導される細胞死に対してアッセイした。
【0091】
LUHMESを、6日間分化し、異なるPLを培地に1時間(5%v/vで)添加した後で、エラスチンで処理した。
【0092】
各研究において、生存率を、24ウェルプレートではフローサイトメトリー(ヨウ化プロピジウム)によって、96ウェルプレートではレサズリンアッセイによって、7日間の分化時(PL処理の24時間後)に評価した。
【0093】
- フローサイトメトリーアッセイ
異なるPLの毒性及び神経保護能力をヨウ化プロピジウムの組み込みによって定量化する実験を実施する。LUHMESを24ウェルプレートで培養した。
【0094】
実験のために使用されるフローサイトメーターは、488nmのレーザーを備えるCyAn(商標)モデル(Beckman Coulter社)である。
【0095】
- レサズリンアッセイ
フローサイトメトリーアッセイによって得られた結果を確認するために、LUHMES生存率もまた比色試験、すなわちレサズリンアッセイによって測定した(96ウェルプレートで実施した)。これはトリプシン処理(及び細胞のハーベスト)をせずに細胞培養液に対して直接実施するが、このことはフローサイトメーターで行った実験を考慮すると興味深いように思われる。
【0096】
4. pH測定
異なる血小板溶解物のpHを測定するために、Macherey-Nagel社製のストリップpH試験紙を使用した(pH Fix 6.0~10.0、型番921 22)。
【0097】
5.フィブリノーゲン投薬量
フィブリノーゲン濃度を、異なる濃厚血小板(pHPL、HT_pHPL、及びHT_pHPL-GB)においてELISA(R&D Systems社)によって測定した。各濃厚血小板について、測定を2回繰り返して行った。濃度はng/mLで表す。
【0098】
6.統計分析
結果は平均±平均の標準誤差(SEM)として表す。統計分析は、データの正規分布を確かめた後、一元配置分散分析を使用して実施した。非正規分布の場合、ウィルコクソン及びクラスカル・ウォリスのノンパラメトリック検定を実施した。<0.05のp値を統計的に有意と見なした。
【0099】
結果
処理したLUHMES細胞の形態学的観察
図1に示すように、エラスチン曝露をしなかった場合、7日間の分化時に典型的な形状のLuhmes細胞が対照において観察可能であった。細胞形態における重要な変容は、pHPL、HT_pHPLの存在下で認められ、細胞が「クラスター化する」傾向を有していた。この側面はHT_pHPL-GBを使用した場合には観察されなかった。
【0100】
エラスチン曝露下では、典型的な形状の死細胞が、血小板溶解物による処理を一切しなかった場合にのみ観察される。これは、HT_pHPL及びHT_pHPL-GBが神経保護を提供することができたことを指示しているように思われた。クラスター細胞は、pHPLの存在下では依然として現れたが、細胞をGB及び熱処理に供された血小板溶解物で処理した場合には観察されなかった。いかなる理論にも拘束されることを望むものではないが、本発明者らは、これにより、これらのクラスターの形成時の、pHPLにおけるフィブリノーゲンの存在が有し得る負の役割が確認されると考えている。
【0101】
フローサイトメトリーアッセイ
pHPLの添加は、培地の明白なゲル化を誘導した。これは、他の溶解物調製物では観察されなかった。更に、フローサイトメトリーアッセイによる分析は、分離された細胞を(トリプシン処理によって)得る工程を必要とする。この工程は、細胞をpHPLで処理した場合、達成することが非常に困難であった。にもかかわらず、生存率研究は全ての処理で可能であった(
図2)。
【0102】
いかなる溶解物調製物も毒性効果を有しなかった。pHPL単独の場合にのみ、対照及び他の調製物と比較してわずかに生存率が低下した(約85%)。しかし、これは細胞を分離する困難さによるものであり得る。
【0103】
エラスチンは対照細胞を効率的に死滅させたが、LUHMES細胞をHT_pHPL及びHT_pHPL-GBによって処理した場合には、細胞死は観察されなかった。したがって、本発明者らは、本発明によるプールヒト血小板溶解物はLUHMES細胞に対して高い保護能力を呈すると結論付けた。
【0104】
レサズリンアッセイ
初めに、エラスチン曝露をしていない場合に提示された細胞生存率値により、本発明による熱処理プールヒト血小板溶解物がLUHMES細胞にとって無害だと思われるということを確認した。
【0105】
pHPLの結果は、おそらく、実験のアーチファクトによるものであった。実際、培地のゲル化(ほぼ確実に、pHPLに存在するフィブリノーゲンによるものである)が、レサズリンの培地への混合を阻害し、レサズリンが細胞に浸透するのを妨げ、したがって検出の不足をもたらしていると思われた(およそ15%の生存率の喪失は、これらのウェルのほぼ全ての細胞が予想された生存細胞の形態を示したということを示す顕微鏡観察と一致しなかった)。
【0106】
エラスチンは試験された2用量でLUHMES細胞を効率的に死滅させたが、熱処理プールヒト血小板溶解物はその毒性効果を防止することができた(再び、pHPL処理を原因とする、細胞によるレサズリン吸収に関する問題が観察可能である)。
【0107】
フィブリノーゲン含有量
各濃厚血小板のフィブリノーゲン濃度の結果を下記のtable 1(表1)に提示する。
【0108】
【0109】
結果は、本発明による熱処理工程がpHPLにおいてフィブリノーゲン濃度の大幅な減少をもたらすことを示している。実際、99.9%超のフィブリノーゲンが除去された。少なくとも、2つの処理の併用は、熱処理工程のみよりもpHPLのフィブリノーゲン濃度を減少させることができる。
【0110】
したがって、熱処理工程によって得られた熱処理プールヒト血小板溶解物は、pHPLとは対照的に、フィブリノーゲンを含まないと見なすことができる。熱処理プールヒト血小板溶解物が脳投与のために使用されることが意図されている場合、この特性は、脳脊髄液が1mg/mL未満のタンパク質を含有するために、特に有利である。したがって、pHPLのフィブリノーゲン濃度が低いほど、タンパク質過負荷の防止がより良好になる。
【0111】
培地のpH
ストリップにより以下の結果を得た:
- pHPLでは7から7.3の間のpH、
- HT_pHPLでは7のpH、及び
- HT_pHPL-GBでは6のpH。
【0112】
HT_pHPL-GBにおけるpH低下は、対照において使用されたCaCl2が原因である可能性があった。
【0113】
しかしながら、血小板溶解物での処理後における培地のpHの修正(フェノールレッド指示薬によって示される)は観察されなかった。
【0114】
ドーパミン作動性ニューロンに対する毒性及び神経保護能力
これらの結果は、第1に、熱処理プールヒト血小板溶解物(HT_pHPL及びHT_pHPL-GB)がLUHMES細胞において毒性を誘導しないことを示している。
【0115】
更に、細胞をエラスチンで処理する場合、本発明によるHT_pHPL及びHT_pHPL-GBは細胞をフェロトーシスによる死から保護する。この結果は2つの異なるアッセイでバリデートされた。
【0116】
また、これらの結果は、HT_pHPL及びHT_pHPL-GBが、ドーパミン作動性細胞を、強力な神経毒によって誘導される死から、形態学的変形を誘導せずに保護する非常に良好な調製物であることを示している。更に、熱処理pHPLは、生物療法において、とりわけ脳投与を通じて使用されることが意図されている。したがって、熱処理pHPLがフィブリノーゲン及びタンパク質分解酵素を含まないという事実は、本目的に関する熱処理pHPLの可能性を実証している。
【0117】
(実施例2)
in vivo実験
本in vivo実験は、本発明による熱処理プールヒト血小板溶解物の神経保護効果を実証するために実施される。この効果を、リルゾール薬、すなわちALSにおける唯一の公知の有効な処置で得られる効果と比較する。
【0118】
全ての実験は、「実験動物飼養の原則」(NIH刊行物86-23、1985年改訂)並びに現行のフランス及び欧州連合における動物実験に関する法律上及び規制上の枠組み(欧州共同体理事会指令86/609)に従って実行した。
【0119】
登録したマウスはJAX laboratoriesのFVB-Tg(Sod1*G86R)M1Jwg/Jマウスであった。動物を恒温室(22±2℃)において12/12時間の明/暗サイクルで群飼(ケージ1つ当たり10匹)した。食事及び水は自由に摂取させた。受領後、ハンドリングを行わない7日間の馴化期間を設けた。繁殖をSOPF施設で実現し(2013年5月より)、遺伝子型決定を(尾部生検の)qPCRによって実施する。動物をイヤリングで識別する。
【0120】
材料及び方法
間欠I.C.V注射及びリルゾール投与
マウスをハンドリングし、60日齢で体重測定をした。定位固定による脳室内(ICV)へのカニューレ埋込をこの日に開始し、マウスを1週間馴化させる。
【0121】
リルゾール薬を規定飼料に混合し、ペレットに配合した。リルゾールを経口投与した(Gurneyら、Neurology、1998)。次いで、マウスを67日齢から死ぬまで、週に2回評価した(すなわち、体重及び神経スコア)。
【0122】
SOD1m-FVB及びWT-FVBマウスの処置
2つの異なる処置を75日齢から死ぬまで実施する:
- 実施例1に記載されたように調製した、1g/L、pH 7.4のHT_pHPL対ビヒクル。間欠ICVによって投与されたHT_pHPLの用量は4μLで、週に3回、0.5μL/分の速度であった。注射時間:8分。
- リルゾール薬を44mg/Kg/日で経口投与した。
【0123】
【0124】
結果
1.リルゾール体重
図4に示すように、制限された食事摂取は、WTマウスの体重推移に影響を及ぼさない。Tgマウスでは、本発明者らは88日目に雄及び雌の体重低下を観察することができる。
【0125】
2. HT_pHPL体重
図5に示すように、HT_pHPL処置は、WT雄に影響を及ぼさなかった。体重低下は88日目にHT_pHPLによって処置されたTgマウスで観察され、前記処置はまた、124日目から雄において死亡前(pre-mortem)体重の重要な遅延を誘導する。
【0126】
3.生存曲線
図6に示すように、リルゾール薬は、Tg雄において死の開始に影響を及ぼす(91日目から102日目まで)が、生存期間には影響を及ぼさない。
【0127】
死亡前体重の遅延に一致して、HT_pHPL処置は、死の発生を14日遅延させ(91日目に対して105日目)、Tg雄では生存期間を最大48日延長した(123日目から171日目)。
【0128】
結論として、in vivo実験は、本発明による熱処理プールヒト血小板溶解物が神経保護効果を示すことを実証している。筋萎縮性側索硬化症において得られたこれらの結果は、ニューロンの喪失が観察されてもいる他の障害に適用することができる。
(参考文献)