(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-20
(45)【発行日】2023-10-30
(54)【発明の名称】黒色医療器具及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
C23C 28/00 20060101AFI20231023BHJP
A61B 17/06 20060101ALI20231023BHJP
C25D 11/34 20060101ALI20231023BHJP
【FI】
C23C28/00 Z
A61B17/06 510
C25D11/34 301
(21)【出願番号】P 2020144489
(22)【出願日】2020-08-28
【審査請求日】2022-09-28
(73)【特許権者】
【識別番号】390003229
【氏名又は名称】マニー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100180264
【氏名又は名称】西山 貴大
(72)【発明者】
【氏名】安達 大悟
(72)【発明者】
【氏名】篠原 孝介
(72)【発明者】
【氏名】松谷 和彦
【審査官】菅原 愛
(56)【参考文献】
【文献】特表2019-531401(JP,A)
【文献】特開2013-241664(JP,A)
【文献】特開2012-050477(JP,A)
【文献】国際公開第2018/143267(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 28/00
A61B 17/06
C23C 26/00
C25D 11/34
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電解水溶液中に浸漬したステンレス鋼製の医療器具を一方の電極として矩形波のパルス電位を40分以上90分以下印加して前記医療器具の表面に着色された不動態膜を形成する工程と、
前記パルス電位を印加後の前記医療器具にシリコーンを塗布する工程と、を有
し、
前記電解水溶液が3mol/L以上5mol/L以下の硫酸水溶液であって、前記パルス電位は、プラス電圧が1.2V以上1.3V以下、マイナス電圧が-0.6以上-0.3V以下及び周波数が1Hz以上5Hz以下であることを特徴とする黒色医療器具の製造方法。
【請求項2】
前記パルス電位を印加後の前記医療器具の一部分を養生する工程を行った後、前記シリコーンを塗布する工程を行うことを特徴とする請求項
1に記載の黒色医療器具の製造方法。
【請求項3】
前記医療器具が縫合針であって、前記縫合針が端面から所望の深さの止まり穴を有し、養生する前記一部分が前記止まり穴の内面部分及び外面部分であることを特徴とする請求項
2に記載の黒色医療器具の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、黒色の医療器具及びそのような医療器具を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
外科手術等に用いるナイフや縫合針のようなステンレス鋼製の医療器具は、光を反射したときに施術箇所が見え難くなることがあるため、表面を黒く染めたものを使用することがある。
【0003】
一般的な金属の黒染め方法としては、硫酸-クロム酸水溶液を用いた浸漬着色方法が知られているが、廃液処理による環境負荷の問題があったり、着色する時間が長いという欠点があるので、医療器具の黒染め方法として適しているとは言えない。また、他の黒染め方法であっても、医療器具に用いるためには、生体への安全性が担保されている方法でなければならないので、重金属を添加するような方法は避けるべきである。
【0004】
そこで、医療器具への採用例は多くはないが、生体への安全性が認められる黒染め方法として、パルス電解法を用いることができると考えられる(例えば、特許文献1,2参照)。パルス電解法は、硫酸水溶液などの電解溶液中にステンレス鋼などの金属を浸漬させ、パルス電位を印加することで金属の表面に着色された不動態膜を形成するものである。このような着色方法は、金属の表面に被膜が形成されることで着色が促進されることから、有害な金属を用いない限り、生体に特段の危険を及ぼすことはない。
【0005】
しかし、パルス電解法では、パルス電位の印加時間に伴って金属表面の色が変化し、黒色に至ったと認定できるまでには、一般的には180分程度の時間を要する。よって、パルス電解法のみで医療器具を黒染めする場合には、製造時間が長くなるという問題を解決することは難しい。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平2-107798号公報
【文献】特開2013-241664号公報
【文献】特開2012-50477号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
このような実情に鑑み、本発明は、パルス電位の印加時間を短縮しつつ、生体に安全な黒色医療器具の製造方法及びそのような方法で製造された黒色医療器具を提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の黒色医療器具の製造方法は、電解水溶液中に浸漬したステンレス鋼製の医療器具を一方の電極として矩形波のパルス電位を40分以上90分以下印加して医療器具の表面に着色された不動態膜を形成する(パルス電解法)工程と、パルス電位を印加後の医療器具にシリコーンを塗布する工程と、を有することを特徴とする。
【0009】
ここで、電解水溶液が3mol/L以上5mol/L以下の硫酸水溶液であって、パルス電位は、プラス電圧が1.2V以上1.3V以下、マイナス電圧が-0.6以上―0.3V以下及び周波数が1Hz以上5Hz以下であることにするとよい。
【0010】
また、パルス電位を印加後の医療器具の一部分を養生する工程を行った後、シリコーンを塗布する工程を行うことにしてもよい。さらに、医療器具が縫合針であって、その縫合針が端面から所望の深さの止まり穴を有し、養生する一部分が止まり穴の内面部分及び外面部分であることにしてもよい。
【0011】
また、本発明の黒色医療器具は、ステンレス鋼製の医療器具の表面に環境規制物質を含まない不動態膜が形成されており、その不動態膜の表面に光学調整層がコーティングされていることとする。
【0012】
ここで、不動態膜に含まれていない環境規制物質が、六価クロム、クロム酸化合物、シアン又は鉛であることにするとよい。また、医療器具が縫合針であって、光学調整層がシリコーンであることにしてもよい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、生体に安全な黒色医療器具を製造時間を短縮して生産することができるという効果を奏する。また、環境規制物質を含まない不動態膜と光学調整層で医療器具の表面を黒色にすることを実現し、生体に安全な黒色医療器具を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の実施の形態を、添付図面を参照して説明する。
図1は、黒色医療器具の製造フロー図である。
【0016】
本発明の黒色医療器具の製造方法の概略は、電解水溶液中に浸漬した医療用器具に矩形波のパルス電位を印加する(パルス電解法)工程S1を施すことで、医療器具の表面にこげ茶色から青色程度に着色された不動態膜を形成した後、その医療器具にシリコーンなどを塗布して光学調整層を形成する工程S3を施すものである。ここで、医療器具とは、具体的には、ナイフ、縫合針、カニューレなどのステンレス鋼製の器具である。また、シリコーンなどを塗布する前に、医療用器具の一部を養生する工程S2を施すこともある。
【0017】
パルス電解法S1は、電解水溶液中に浸漬したステンレス鋼製の医療器具を一方の電極として矩形波のパルス電位を40分以上90分以下印加して、医療器具の表面に着色された不動態膜を形成する工程である。不動態膜は、環境規制物質を含んでいない。具体的には、不動態膜として、六価クロム、クロム酸化合物、シアン又は鉛といった環境規制物質を含まず、生体への安全性が高い。
【0018】
電解水溶液としては、硫酸水溶液、硝酸水溶液又はリン酸水溶液などを用いることができ、硫酸水溶液であれば3mol/L以上5mol/Lとし、5mol/Lを最適とする。また、電解水溶液の温度は、60℃以上80℃以下とし、70℃を最適とする。
【0019】
図2は、パルス電位の波形説明図である。横軸はパルス電位の印加時間(秒)であり、縦軸は基準電極に対する電圧(V)を示している。パルス電位の波形は、基準電極に対する陽極パルス電圧E+と陰極パルス電圧E-をそれぞれ所定時間経過毎に繰り返す矩形波である。ここで、パルス電位のパルス周期1/Tは、1Hz以上5Hz以下であり、2Hzまたは3Hz程度を最適とする。また、陽極パルス電圧E+は1.2V以上1.3V以下で、1.25Vを最適とし、陰極パルス電圧E-は-0.6V以上-0.3V以下で、-0.5Vを最適とする。
【0020】
このような条件でパルス電解法を施したところ、ステンレス鋼製の医療器具の表面に着色された不動態膜が形成され、その不動態膜の色は、パルス電位の印加時間に従って変化する。具体的には、10分印加で金色、20分印加で茶色、40分印加でこげ茶色、60分印加で赤紫、90分印加で青色、120分印加で黄色、180分印加で黒色となった。その後、パルス電位を印加して着色された医療器具にシリコーンなどを塗布する工程S3が行われる。
【0021】
ここで、医療器具を黒色にしたいときには、普通はパルス電位を180分印加して医療器具を黒色に染めてから、シリコーンを塗布すると考えられる。しかし、本発明では、パルス電位の印加を40分以上90分以下で終了し、こげ茶色から青色の不動態膜が形成された医療器具にシリコーンなどを塗布することとした。シリコーンは無色であるが、着色された不動態膜の表面上にシリコーンなどの光学調整層が形成されることで、光が吸収され、医療器具が黒色に見えることになる。
【0022】
シリコーンの塗布方法は、特に限定せず、例えば、スプレーを使って医療器具の表面に液状のシリコーンを噴霧する方法でもよいし(例えば、特許文献3参照)、シリコーン液に医療器具を浸漬する方法でもよい。そうして、医療用器具の表面にシリコーンコーティングを施すことで、医療用器具がナイフであれば切開抵抗を小さくすることができ、また、縫合針であれば刺通抵抗を小さくすることができる。つまり、光学調整層を形成するための素材はシリコーン以外であってもよいが、抵抗を低減できるという特徴を考慮するとシリコーンが最も適していると考えられる。
【0023】
また、パルス電位を印加後の医療器具の一部分に養生をする工程S2を施した後、シリコーン等を塗布する工程S3を行うことにしてもよい。つまり、養生を施した一部分は、シリコーンが塗布されないので、黒色とは違う色(例えば青色)になり、シリコーンが塗布されている部分と塗布されていない部分との区別ができることになる。したがって、シリコーンコーティングが、適切に行われているか否かの判断を行うことが可能となり、さらに、医療器具を使用したとき、例えば、連続してナイフで切開したり縫合針で刺通したりするときに、シリコーンが剥がれ落ちているか否かの判断をすることが容易になる。
【0024】
また、医療器具が縫合糸を止まり穴に取付ける縫合針のとき、止まり穴の内面部分及び外面部分に養生を施すとよい。
図3は、縫合針の斜視図である。このような縫合針10は、止まり穴13に縫合糸20を挿し込んでカシメることで、縫合糸20の取付けが行われる。つまり、止まり穴13の内面部分にシリコーンが塗布されていると、縫合糸20が抜けやすくなるという不具合が生じる。また、止まり穴13の外面部分12にシリコーンが塗布されていると、カシメに使用するダイスにシリコーンが付着することになり、拭き取り作業などが必要になる。そこで、縫合針10の端面から止まり穴13の深さL
0に相当するカシメ部12に養生を施してシリコーンが塗布されないようにするとよい。
【符号の説明】
【0025】
10 縫合針
11 シリコーン塗布部
12 カシメ部
13 止まり穴
20 縫合糸