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特許7371386サーミスタ、及び、サーミスタの製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】サーミスタ、及び、サーミスタの製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01C 1/034 20060101AFI20231024BHJP
   H01C 7/04 20060101ALI20231024BHJP
   H01C 17/02 20060101ALI20231024BHJP
【FI】
H01C1/034
H01C7/04
H01C17/02
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2019143890
(22)【出願日】2019-08-05
(65)【公開番号】P2020036002
(43)【公開日】2020-03-05
【審査請求日】2022-03-31
(31)【優先権主張番号】P 2018156647
(32)【優先日】2018-08-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006264
【氏名又は名称】三菱マテリアル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100175802
【弁理士】
【氏名又は名称】寺本 光生
(74)【代理人】
【識別番号】100142424
【弁理士】
【氏名又は名称】細川 文広
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【弁理士】
【氏名又は名称】大浪 一徳
(72)【発明者】
【氏名】米澤 岳洋
(72)【発明者】
【氏名】日向野 怜子
【審査官】井上 健一
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-147336(JP,A)
【文献】特開2012-044149(JP,A)
【文献】特開昭62-020276(JP,A)
【文献】特開昭62-053850(JP,A)
【文献】特開平08-236306(JP,A)
【文献】特開2014-053551(JP,A)
【文献】特開2005-005412(JP,A)
【文献】特開平03-240202(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01C 1/034
H01C 7/04
H01C 17/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サーミスタ素体と、前記サーミスタ素体の表面に形成された保護膜と、前記サーミスタ素体の両端部にそれぞれ形成された電極部と、を備えたサーミスタであって、
前記保護膜はシリコン酸化物で構成されており、
前記サーミスタ素体と前記保護膜との接合界面を観察した結果、観察される剥離部の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lが0.16以下であることを特徴とするサーミスタ。
【請求項2】
前記保護膜の膜厚が50nm以上1000nm以下の範囲内とされていることを特徴とする請求項1に記載のサーミスタ。
【請求項3】
サーミスタ素体と、前記サーミスタ素体の表面に形成された保護膜と、前記サーミスタ素体の両端部にそれぞれ形成された電極部と、を備えたサーミスタを製造するサーミスタの製造方法であって、
シリコンアルコキシドと水と有機溶媒とアルカリを含む反応液に、前記サーミスタ素体を浸漬し、前記アルカリを触媒として前記シリコンアルコキシドの加水分解反応によってシラノールを生成させて、該シラノールを前記サーミスタ素体の表面の終端酸素、または水酸基を起点に連続的に反応する重縮合反応によって前記サーミスタ素体の表面にシリコン酸化物を析出させることにより、前記保護膜を成膜する保護膜形成工程を、備えていることを特徴とするサーミスタの製造方法。
【請求項4】
前記保護膜形成工程の後に、前記サーミスタ素体の両端面に金属ペーストを塗布して焼成することにより、前記電極部を形成する電極部形成工程を備えていることを特徴とする請求項3に記載のサーミスタの製造方法。
【請求項5】
前記アルカリはアルカリ金属化合物を含むことを特徴とする請求項3または4に記載のサーミスタの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、サーミスタ素体の表面に保護膜が形成されたサーミスタ、及び、サーミスタの製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
上述のサーミスタにおいては、温度に応じて電気抵抗が変化する特性を有しており、各種電子機器の温度補償や温度センサ等に適用されている。特に、最近では、回路基板に実装されるチップ型サーミスタが広く使用されている。
上述のサーミスタは、サーミスタ素体と、このサーミスタ素体の両端に一対の電極部を形成した構造としている。
【0003】
サーミスタ素体は、酸やアルカリに弱く、かつ、還元しやすい性質を有している。そして、組成が変化すると特性が変動してしまうおそれがあった。このため、例えば特許文献1,2に示すように、サーミスタ素体の表面に保護膜を成膜する技術が提案されている。
なお、保護膜には、その後の工程や使用時におけるサーミスタ素体の劣化を抑制するために、めっき液への耐性、耐環境性、絶縁性、等が要求される。
【0004】
ここで、特許文献1,2においては、サーミスタ素体の表面にガラスペーストを塗布して焼成することにより、ガラスからなる保護膜を成膜している。
また、スパッタ法により、サーミスタ素体の表面にSiOからなる保護膜を成膜する方法も提案されている。
なお、サーミスタ素体の表面に保護膜を成膜した場合には、保護膜が成膜されたサーミスタ素体の両端に電極部を形成することになる。ここで、電極部は、サーミスタ素体の両端に例えば金属ペーストを塗布して焼成することによって形成される。このため、保護膜が成膜されたサーミスタ素体が、例えば700℃以上に加熱されることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平03-250603号公報
【文献】特開2003-077706号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、特許文献1,2に示すように、ガラスペーストを塗布して焼成する方法では、小型のサーミスタ素体に対してガラスペーストを安定して塗布することができず、保護膜を十分な厚さで形成することができないおそれがあった。また、ピンホールからのめっき液の侵入によるサーミスタ素体の浸食や、ガラス膜(保護膜)の膜厚ムラによるサーミスタ素体の反り、印刷工程での破損による歩留まりの悪化により、量産化が困難であった。
【0007】
また、スパッタ法でSiOからなる保護膜を成膜する場合には、Siターゲットを使用し、反応性スパッタリングによって成膜するため、量論比通りに成膜できず、SiO2-Xのように弱還元された膜となる。すると、その後の工程で電極部を形成する際の加熱時に、サーミスタ素体の酸素が弱還元状態のシリコン酸化物膜に奪われることで、サーミスタ素体と保護膜とが部分的に剥離が生じたり、組成ムラが形成されたりするおそれがあった。
サーミスタ素体と保護膜とが部分的に剥離した場合には、保護膜の密着性が低下し、その後のめっき工程等において保護膜が剥離し、めっき液がサーミスタ素体を浸食し、特性が変化してしまうおそれがあった。また、還元や組成ムラが生じた場合には、保護膜の耐性が不十分となり、サーミスタ素体の特性が変化してしまうおそれがあった。
【0008】
この発明は、前述した事情に鑑みてなされたものであって、サーミスタ素体と保護膜との密着性に優れ、製造時や使用時におけるサーミスタ素体の特性の変化を抑制でき、安定して使用することが可能なサーミスタ、及び、このサーミスタの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明のサーミスタは、サーミスタ素体と、前記サーミスタ素体の表面に形成された保護膜と、前記サーミスタ素体の両端部にそれぞれ形成された電極部と、を備えたサーミスタであって、前記保護膜はシリコン酸化物で構成されており、前記サーミスタ素体と前記保護膜との接合界面を観察した結果、観察される剥離部の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lが0.16以下であることを特徴としている。
【0010】
本発明のサーミスタによれば、サーミスタ素体の表面にシリコン酸化物で構成された保護膜が形成されており、前記サーミスタ素体と前記保護膜との接合界面を観察した結果、観察される剥離部の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lが0.16以下とされているので、保護膜の密着性が低下することを抑制でき、その後の工程においてサーミスタ素体の特性が変化することを抑制できる。
また、保護膜が、シリコン酸化物で構成されているので、めっき液への耐性、耐環境性、絶縁性に優れており、サーミスタ素体の劣化を抑制することができる。
【0011】
ここで、本発明のサーミスタにおいては、前記保護膜の膜厚が50nm以上1000nm以下の範囲内とされていることが好ましい。
この場合、前記保護膜の膜厚が50nm以上とされているので、サーミスタ素体の劣化を確実に抑制することができる。一方、前記保護膜の膜厚が1000nm以下とされているので、保護膜に亀裂等が生じることを抑制でき、サーミスタ素体を十分に保護することができる。
【0012】
本発明のサーミスタの製造方法は、サーミスタ素体と、前記サーミスタ素体の表面に形成された保護膜と、前記サーミスタ素体の両端部にそれぞれ形成された電極部と、を備えたサーミスタを製造するサーミスタの製造方法であって、シリコンアルコキシドと水と有機溶媒とアルカリを含む反応液に、前記サーミスタ素体を浸漬し、前記アルカリを触媒として前記シリコンアルコキシドの加水分解反応によってシラノールを生成させて、該シラノールを前記サーミスタ素体の表面の終端酸素、または水酸基を起点に連続的に反応する重縮合反応によって前記サーミスタ素体の表面にシリコン酸化物を析出させることにより、前記保護膜を成膜する保護膜形成工程を、備えていることを特徴としている。
【0013】
本発明のサーミスタの製造方法によれば、シリコンアルコキシドと水と有機溶媒とアルカリを含む反応液に、前記サーミスタ素体を浸漬し、前記シリコンアルコキシドの加水分解及び重縮合反応によって反応液中で前記サーミスタ素体の表面にシリコン酸化物を析出させることにより、前記保護膜を成膜する保護膜形成工程を備えており、この反応はサーミスタ素体表面の終端酸素や水酸基を起点としてシリコンアルコキシドの加水分解体が重合することで、シリコン酸化物が析出するため、サーミスタ素体と保護膜との密着性に優れている。また、サーミスタ素体の表面からシリコン酸化物が析出するため、角部や凹凸部の被覆性に優れている。よって、前記サーミスタ素体の特性の劣化がなく、安定して使用可能なサーミスタを製造することができる。
【0014】
ここで、本発明のサーミスタの製造方法においては、前記保護膜形成工程の後に、前記サーミスタ素体の両端面に金属ペーストを塗布して焼成することにより、前記電極部を形成する電極部形成工程を備えていることが好ましい。
この場合、電極部形成工程において、金属ペーストを焼成するために加熱した場合であっても、サーミスタ素体と保護膜とが部分的に剥離することをさらに抑制できる。
【0015】
また、本発明のサーミスタの製造方法においては、前記アルカリはアルカリ金属化合物を含んでいてもよい。
反応液にアルカリ金属化合物を含むことによって、得られたサーミスタのサーミスタ素体と保護膜との界面にアルカリ金属が偏在するようになり、サーミスタ素体と保護膜との密着性をより一層高めることができる。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、サーミスタ素体と保護膜との密着性に優れ、製造時や使用時におけるサーミスタ素体の特性の変化を抑制でき、安定して使用することが可能なサーミスタ、及び、このサーミスタの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の実施形態であるサーミスタの概略断面説明図である。
図2】本発明の実施形態であるサーミスタのサーミスタ素体と保護膜の接合界面の概略説明図である。
図3】本発明の実施形態であるサーミスタの製造方法を示すフロー図である。
図4】実施例におけるサーミスタのサーミスタ素体と保護膜の接合界面の観察写真である。(a)が本発明例1、(b)が比較例2である。
図5】実施例におけるサーミスタの押し込み試験結果を示す観察写真である。(a)が本発明例1、(b)が比較例2である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下に、本発明の実施形態について添付した図面を参照して説明する。なお、以下に示す各実施形態は、発明の趣旨をより良く理解させるために具体的に説明するものであり、特に指定のない限り、本発明を限定するものではない。また、以下の説明で用いる図面は、本発明の特徴をわかりやすくするために、便宜上、要部となる部分を拡大して示している場合があり、各構成要素の寸法比率などが実際と同じであるとは限らない。
【0019】
本実施形態に係るサーミスタ10は、図1に示すように、サーミスタ素体11と、このサーミスタ素体11の表面に形成された保護膜20と、サーミスタ素体11の両端部にそれぞれ形成された電極部13と、を備えている。
ここで、図1に示すように、保護膜20は、サーミスタ素体11の両端面には形成されておらず、電極部13は、サーミスタ素体11に直接接触するように構成されている。
なお、電極部13は、例えばAg等の導電性に優れた金属の焼成体で構成されている。
また、電極部13においては、上述の焼成体の上に、Ni及び/又はSn等のめっき膜を成膜してもよい。
【0020】
サーミスタ10は、図1に示すように、例えば、角柱状をなしている。ここで、サーミスタ10の大きさは、特に限定されない。本発明の保護膜形成技術は、従来の保護膜技術と比較して、小さい基体への成膜時により有効性を発揮することから、サーミスタ10の長さは実現範囲内において、2mm以下であることが好ましく、1mm以下であることがさらに好ましい。サーミスタ10の長さ方向に直交する断面の断面積の上限は、実現範囲内において0.65mm以下であることが好ましく、0.25mm以下であることがさらに好ましい。
【0021】
また、サーミスタ素体11は、温度に応じて電気抵抗が変化する特性を有している。このサーミスタ素体11は、酸やアルカリに対する耐性が低く、還元反応等によって組成が変化し、特性が大きく変動してしまうおそれがある。よって、本実施形態では、サーミスタ素体11を保護するための保護膜20が形成されている。
【0022】
ここで、保護膜20には、めっき液に対する耐性、耐環境性、絶縁性が求められる。そこで、本実施形態では、保護膜20は、シリコン酸化物、具体的には、SiOで構成されたものとした。
そして、本実施形態においては、図2に示すように、サーミスタ素体11と保護膜20との接合界面を観察した結果、観察される剥離部21の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lが0.16以下に規制されている。なお、図2に示すように、剥離部21の長さLは、観察された剥離部21の長さL1、L2の合計長さとなる。
また、観察される剥離部21の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lは、0.16以下であることが好ましく、0.04以下であることがさらに好ましい。
【0023】
この保護膜20は、後述するように、シリコンアルコキシドの加水分解、重縮合反応によって、サーミスタ素体11の表面にシリコン酸化物が析出することによって成膜されたものであり、サーミスタ素体11との密着性に優れ、接合界面における剥離部21が少なく、観察される剥離部21の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lは、0.16以下となる。
【0024】
また、本実施形態においては、保護膜20の厚さは、50nm以上1000nm以下の範囲内とすることが好ましい。
なお、保護膜20の厚さの下限は、50nm以上であることが好ましく、100nm以上であることがさらに好ましい。一方、保護膜20の厚さの上限は、1000nm以下であることが好ましく、800nm以下であることがさらに好ましい。
【0025】
次に、上述した本実施形態であるサーミスタ10の製造方法について、図3のフロー図を用いて説明する。
【0026】
(サーミスタ素体形成工程S01)
まず、角柱状をなすサーミスタ素体11を製造する。本実施形態においては、サーミスタ材料からなる板材を短冊状に切断することにより、上述のサーミスタ素体11を製造している。
【0027】
(保護膜形成工程S02)
次に、上述のサーミスタ素体11を、シリコンアルコキシドと水と有機溶媒とアルカリを含む反応液に浸漬し、シリコンアルコキシドの加水分解及び重縮合反応により、サーミスタ素体11の表面にシリコン酸化物(SiO)を析出させて保護膜20を成膜する。
具体的には、水と有機溶媒との混合液を攪拌し、これにシリコンアルコキシドとともにサーミスタ素体11を投入してさらに攪拌し、さらに触媒としてアルカリを添加してさらに攪拌する。その後、水槽に浸漬して洗浄して取り出す。この作業を繰り返し実施し、所定の膜厚の保護膜20を成膜する。なお、反応速度向上のため、反応液を溶媒の沸点以下で加熱してもよい。
【0028】
有機溶媒は、水とシリコンアルコキシドを溶解可能なものであればよく、入手及びハンドリングのしやすさ、水との相溶性の観点から、炭素数1から4のアルコールやそれらの混合物が適当である。
シリコンアルコキシドは、アルコキシ基を2つ以上持つモノマーまたはこれらが重合したオリゴマー体であるが、反応性の観点からアルコキシ基を4つ持つモノマー、またはこれらが重合したオリゴマー体であることが好ましく、これらを混合することも可能である。なお、シリコンアルコキシドに含まれるアルキル基は、一部またはすべてが同じでもよい。シリコンアルコキシドとしては、正珪酸メチル(TMOS)、正珪酸エチル(TEOS)、多摩化学工業株式会社製メチルシリケート51などのTMOSのオリゴマー体、多摩化学工業株式会社製シリケート40などのTEOSのオリゴマー体、メチルトリメトキシシランなどを用いることができる。
【0029】
アルカリは、アンモニアやNaOH、LiOH、KOHなどの無機アルカリ、エタノールアミンやエチレンジアミンなどの有機アルカリを用いることができる。特に、シリコン酸化物(SiO)を析出させた保護膜20のサーミスタ素体11に対する密着性の観点から、アルカリ金属を含むNaOH、LiOH、KOHなどの無機アルカリ金属化合物をアルカリとして用いることが好ましい。
【0030】
ここで、本実施形態におけるシリコンアルコキシドの加水分解、重縮合反応は、アルカリを触媒としている。
触媒としてアルカリを用いた場合、負に帯電した水酸化物イオンが正に分極したシリコンにアタックし、水を介する形でアルコキシ基の一つがシラノール基に変わり、アルコールが抜ける。立体障害が大きいアルコキシ基の一つが、立体障害が小さいシラノール基に変わることで水酸化物イオンがアタックしやすくなり、加水分解反応の速度が一気に進行した結果、アルコキシ基すべてが加水分解したシラノールが生成し、これが3次元的に脱水縮合することで、シリコン酸化物粒子やシリコン酸化物膜ができる。
【0031】
そこで、本実施形態では、反応液に触媒としてアルカリを用いており、アルカリ触媒を用いたシリコンアルコキシドの加水分解、重縮合反応を利用して、シラノールがサーミスタ素体表面の終端酸素(-O)や水酸基(-OH)を起点に連続的に反応することによって、密着性が高く、角部や凹凸にも均一な厚さの保護膜20が得られる。
【0032】
また、特にアルカリとしてアルカリ金属を含むNaOH、LiOH、KOHなどの無機アルカリ金属化合物を用いる場合、成膜された保護膜20とサーミスタ素体11との界面にアルカリ金属が偏在する。こうしたアルカリ金属の界面への偏在によって、成膜された保護膜20の剥離の原因になるクラック等の発生が抑制され、保護膜20のサーミスタ素体11に対する密着性がより一層高められる。
【0033】
(電極部形成工程S03)
次に、サーミスタ素体11の両端部に電極部13を形成する。なお、サーミスタ素体11の両端面には保護膜20を形成せず、サーミスタ素体11に直接接触するように、電極部13を形成することになる。
本実施形態では、Ag粒子を含むAgペーストをサーミスタ素体11の両端部に塗布して焼成することにより、Agの焼成体からなる電極部13を形成している。また、Agペーストの焼成体の上に、さらに、Snめっき膜及び/又はNiめっき膜を成膜してもよい。
【0034】
ここで、上述のように、Agペーストの焼成時には、例えば700℃以上900℃以下の温度範囲にまで加熱されるため、保護膜20が成膜されたサーミスタ素体11についても、上述の温度範囲で加熱されることになる。このため、保護膜20には、上述の温度にまで加熱した場合であっても、サーミスタ素体11から剥離しないように、十分な密着性が必要となる。
【0035】
以上の工程により、本実施形態であるサーミスタ10が製造されることになる。
【0036】
以上のような構成とされた本実施形態であるサーミスタ10においては、サーミスタ素体11の表面にシリコン酸化物(本実施形態ではSiO膜)で構成された保護膜20が形成されており、サーミスタ素体11と保護膜20との接合界面を観察した結果、観察される剥離部21の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lが0.16以下とされているので、保護膜20の密着性が低下することを抑制でき、その後の工程においてサーミスタ素体11の特性が変化することを抑制できる。
また、保護膜20が、シリコン酸化物(SiO膜)で構成されているので、めっき液への耐性、耐環境性、絶縁性に優れており、サーミスタ素体11の劣化を抑制することができる。
【0037】
さらに、本実施形態において、保護膜20の膜厚が50nm以上とされている場合には、保護膜20によってサーミスタ素体11を確実に保護することができ、サーミスタ素体11の劣化を確実に抑制することができる。
一方、保護膜20の膜厚が1000nm以下とされている場合には、保護膜20に亀裂等が生じることを抑制でき、サーミスタ素体11を十分に保護することができる。
【0038】
また、本実施形態であるサーミスタの製造方法によれば、シリコンアルコキシドと水と有機溶媒とアルカリを含む反応液に、サーミスタ素体11を浸漬し、シリコンアルコキシドの加水分解及び重縮合反応により、サーミスタ素体11の表面にシリコン酸化物(SiO)を析出させて保護膜20を成膜する保護膜形成工程S02を、を備えているので、サーミスタ素体11の表面の終端酸素(-O)や水酸基(-OH)を起点としてシリコン酸化物(SiO)が析出し、サーミスタ素体11と保護膜20との密着性に優れている。また、サーミスタ素体11の表面の凹凸に応じて粒状のシリコン酸化物が析出するため、サーミスタ素体11と保護膜20とが部分的に剥離することを抑制できる。よって、特性の劣化がなく、安定して使用可能なサーミスタ10を製造することができる。
【0039】
さらに、本実施形態であるサーミスタの製造方法において、保護膜形成工程S02の後に、サーミスタ素体11の両端面に金属ペーストを塗布して焼成することにより、電極部13を形成する電極部形成工程S03を備えているので、金属ペーストを焼成するために加熱した場合であっても、サーミスタ素体11と保護膜20とが部分的に剥離することを確実に抑制することが可能となる。
【0040】
また、本実施形態であるサーミスタの製造方法において、反応液に含むアルカリとしてアルカリ金属を含むNaOH、LiOH、KOHなどのアルカリ金属化合物を用いれば、成膜された保護膜20とサーミスタ素体11との界面にアルカリ金属が偏在し、成膜された保護膜20の剥離の原因になるクラック等の発生が抑制され、保護膜20のサーミスタ素体11に対する密着性がより一層高められる。
【0041】
以上、本発明の一実施形態について説明したが、本発明はこれに限定されることはなく、その発明の技術的思想を逸脱しない範囲で適宜変更可能である。
【0042】
例えば、本実施形態では、サーミスタ材料からなる板材を短冊状に切断してサーミスタ素体を得た後に、このサーミスタ素体を反応液に浸漬して保護膜を成膜するものとして説明したが、これに限定されることはなく、サーミスタ材料からなる板材を反応液に浸漬して保護膜を成膜し、その後、短冊状に切断することで、保護膜が成膜されたサーミスタ素体を得てもよい。
また、サーミスタ素体が角柱状をなすものとして説明したが、これに限定されることはなく、円柱状をなしていてもよい。
さらに、電極部の構造は、本実施形態に記載したものに限定されることはなく、その他の構造であってもよい。
【実施例
【0043】
本発明の有効性を確認するために行った確認実験について説明する。
【0044】
(本発明例1~4)
保護膜を成膜する基体として、0.18mm×0.18mm×38mmの角柱状をなすサーミスタ素体を準備した。
そして、ラボランスクリュー管瓶No.5(容積20mL)に、水2.0gと、表1に示す有機溶媒8g、シリコンアルコキシド0.25g、触媒となるアルカリ0.2gと、上述のサーミスタ素体とを加えて攪拌、混合した。その後、40℃のウォーターバス中で30分間加温、反応させた。反応終了後、サーミスタ素体を取り出し、イオン交換水で洗浄、乾燥させた。膜厚が500nmになるまでこの操作を繰り返した。なお、表1においては、この成膜法を「液相法」と表記した。
次に、本発明例1と2については、成膜後のサーミスタ素体をダイシングシートに貼り付け、0.365mmに切断し、切断した両端面にAgペースト(ナミックス社製ハイメックDP4000系)を塗布、750℃で焼き付けることで下地電極を形成した。本発明例3と4については、成膜後のサーミスタをダイシングシートに貼り付け、0.365mmに切断し、切断した両端面にAgペースト(ANP-1:日本スペリア株式会社製)を塗布し、乾燥後に大気中で300℃で60分焼き付けることで下地電極を形成した。その後、スルファミン酸系の酸性のめっき液を用いたバレルめっきによりNiめっき膜を形成した上に、さらにSnめっき膜を形成し、サーミスタを製造した。
【0045】
(比較例1,2)
保護膜を成膜する基体として、0.18mm×0.18mm×38mmの角柱状をなすサーミスタ素体を準備した。
YOUTEC社製多角バレルスパッタ装置により、Siターゲットを用いて、ArガスとOガスを導入し、反応性スパッタリングを行った。圧力を1Pa、放電電力を100W1、Ar流量を20sccm、O流量を比較例1は4sccm及び比較例2は3sccmとし、成膜時間を90分とした。
成膜後のサーミスタ素体をダイシングシートに貼り付け、0.365mmに切断し、切断した両端面にAgペーストを塗布し、750℃で焼き付けることで下地電極を形成した。その後、スルファミン酸系の酸性のめっき液を用いたバレルめっきによりNiめっき膜を形成した上に、さらにSnめっき膜を形成し、サーミスタを製造した。
【0046】
(観察される剥離部の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/L
サーミスタの表面から集束イオンビーム加工観察装置によって厚さ80~100nmに薄片化したTEM観察用サンプルを作製し、透過型電子顕微鏡によって観察を行った。なお、本発明例1、比較例2の観察結果を図4に示す。
加速電圧200kV、プローブ径0.1nmとし、16万倍で観察したHAADF像から、1視野あたり500nm以上の範囲において、図4(b)に示した矢印の範囲のように、黒く見えるサーミスタ素体と保護膜が密着していない剥離部の長さを合計し、測定範囲全体の長さで除した割合を算出した。観察される剥離部の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lは、サーミスタ側面を長辺方向に5等分した各領域の中心の計5視野の平均とした。
【0047】
(密着性)
エリオニクス社製超微小押込み硬さ試験機ENT-1100aによる押込試験を用い、負荷-除荷試験モードの直線負荷プロセスによって、最大荷重を1000mgfとして、成膜方法の違いによる保護膜の密着強度の違いを測定した。圧子は、稜間角約115°のバーコビッチ型のダイヤモンド圧子を用い、圧子の先端補正は田中方式を採用した。この補正法は、圧子先端の切断長さ(摩耗している長さ)と表面検出時における予備荷重による押し込み深さの和(補正長さ)を予め求めておく補正法である。
密着性は、上記の条件でサーミスタの保護膜への押し込み試験を3か所に行い、超微小押込み硬さ試験機付属の光学顕微鏡を用いた観察において、押し込み試験において保護膜の剥離が見られず、かつ前述した比L/Lが0.05以下であったものを「良」、押し込み試験において保護膜の剥離が見られず、かつ前述した比L/Lが0.16以下であったものを「可」、押し込み試験において剥離が1か所以上見られたものを「不可」と判定した。なお、本発明例1、比較例2の押し込み試験結果を図5に示す。
【0048】
【表1】
【0049】
スパッタ法によってサーミスタ素体の表面に保護膜を成膜した比較例1,2においては、観察される剥離部の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lが0.5、0.7と大きくなった。また、密着性評価は、「不可」となった。
【0050】
これに対して、シリコンアルコキシドと水と有機溶媒とアルカリを含む反応液にサーミスタ素体を浸漬し、シリコンアルコキシドの加水分解及び重縮合反応によってサーミスタ素体の表面にシリコン酸化物を析出させて保護膜を成膜した本発明例1~4においては、観察される剥離部の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lが0.16以下に抑えられていた。
【0051】
また、アルカリとしてアルカリ金属を含むNaOHを用いた本発明例1、およびLiOHを用いた本発明例2では、前述した比L/Lがそれぞれ0.00、0.04と、アルカリ金属を含まない本発明例3、4よりも低く、かつ押し込み試験において保護膜の剥離が見られなかったため、密着性評価は、「良」となった。
【0052】
これは、反応液にアルカリ金属が含まれていると、成膜された保護膜とサーミスタ素体との界面にアルカリ金属が偏在することに起因すると考えられる。保護膜とサーミスタ素体との界面にアルカリ金属が偏在すると、保護膜に剥離の原因となるクラックの生成が抑制される。これにより、観察される剥離部の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lが0.00および0.04と極めて小さくなり保護膜とサーミスタ素体との密着性が高くなっているものと考えられる。
【0053】
一方、アルカリとしてアルカリ金属を含まない本発明例3、4では、保護膜とサーミスタ素体との界面にアルカリ金属が偏在することがないので、観察される剥離部の長さLと観察視野における接合界面の長さLとの比L/Lが0.07および0.016と、本発明例1、2よりは大きくなったものの、押し込み試験において保護膜の剥離が見られなかったので、密着性評価は、「可」となった。
【0054】
以上のように、本発明例によれば、サーミスタ素体と保護膜との密着性に優れ、製造時や使用時におけるサーミスタ素体の特性の変化を抑制でき、安定して使用することが可能なサーミスタを提供可能であることが確認された。
【符号の説明】
【0055】
10 サーミスタ
11 サーミスタ素体
13 電極部
20 保護膜
図1
図2
図3
図4
図5