(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】走行台車の走行制御装置
(51)【国際特許分類】
B65G 1/04 20060101AFI20231024BHJP
B66F 9/07 20060101ALI20231024BHJP
【FI】
B65G1/04 537A
B66F9/07 J
(21)【出願番号】P 2020039092
(22)【出願日】2020-03-06
【審査請求日】2022-12-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000006297
【氏名又は名称】村田機械株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100176245
【氏名又は名称】安田 亮輔
(72)【発明者】
【氏名】村上 武史
【審査官】森林 宏和
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-168914(JP,A)
【文献】特開2008-308273(JP,A)
【文献】特開2017-124885(JP,A)
【文献】特開2016-188141(JP,A)
【文献】特開2009-023769(JP,A)
【文献】特開2008-285271(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B65G 1/00 - 1/20
B66F 9/00 - 9/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
モータにより駆動される車輪で軌道上を走行する走行台車を制御する走行制御装置であって、前記走行台車は前記軌道上における前記走行台車の位置を検出する位置検出器を含み、
前記軌道上における前記走行台車の位置に関する位置指令を入力し、前記走行台車を表す物理モデルである走行台車モデルを前記位置指令に適用することで、前記モータへの滑らかな速度指令であるフィードフォワード指令と、前記フィードフォワード指令に従って前記走行台車モデルを走行させた演算結果である理想位置とを出力する規範走行出力部と、
前記理想位置と、前記位置検出器で検出された前記走行台車の位置との位置偏差を出力する第1の加算器と、
前記位置偏差と、前記モータのフィードバックトルクとに基づいて制振指令を出力する制御器と、
前記フィードフォワード指令と前記制振指令とを加算して、前記モータへの速度指令を出力する第2の加算器と、を備える走行台車の走行制御装置。
【請求項2】
前記走行台車は、床上に設置された前記軌道上を車輪で走行する下部台車と、前記下部台車に立設されると共に自由端とされた上部を含むマストとを有するスタッカクレーンである、請求項1に記載の走行台車の走行制御装置。
【請求項3】
前記走行台車は、天井に設置された前記軌道上を車輪で走行する上部台車と、前記上部台車から垂下すると共に自由端とされた下部を含むマストとを有するスタッカクレーンである、請求項1に記載の走行台車の走行制御装置。
【請求項4】
前記規範走行出力部が用いる前記走行台車モデルは、鉛直方向に分散する複数の質点と、これらの質点間を繋ぐバネ要素と、前記モータおよび前記モータへの制御信号を増幅させる増幅器と、を含んだ系で表現される請求項2または3に記載の走行台車の走行制御装置。
【請求項5】
前記制御器は、H∞制御器である、請求項1~4のいずれか一項に記載の走行台車の走行制御装置。
【請求項6】
前記位置指令は、最短時間波形で表される、請求項1~5のいずれか一項に記載の走行台車の走行制御装置。
【請求項7】
前記規範走行出力部は、前記最短時間波形にローパスフィルタを適用することにより前記フィードフォワード指令を出力する、請求項6に記載の走行台車の走行制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行台車の走行制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1~3に記載されるように、スタッカクレーンの振動又は揺動を抑制することを目的とした走行制御装置が知られている。特許文献1に記載された制御装置では、下部台車と上部台車とを備えるスタッカクレーンにおいて、下部台車に設けられた走行モータと、上部台車に設けられた走行モータとが同期制御される。マストは、下部台車及び上部台車に対して走行方向にそれぞれ揺動自在であり、これらの揺動範囲がリミッタで制限される。また、上部台車と下部台車とが走行方向に沿って位置ずれを生じた際には、上部台車に設けられたバネとダンパが、位置ずれによる振動を減衰させる。
【0003】
特許文献2に記載された制御装置では、スタッカクレーンの走行及び停止等を制御するコントローラにおいて、スタッカクレーンの走行停止時に発生するマストの揺動についてのマスト揺動データが予め記憶される。スタッカクレーンの走行停止直前に、加速と減速を行って走行速度を変化させてマストを強制的に揺動させる。この強制的な揺動により、走行停止時に発生するマストの揺動を相殺させる。
【0004】
特許文献3に記載された制御装置では、スタッカクレーンの制振制御において、昇降台の昇降用モータの負荷電流から、搬送物を搭載した昇降台の重さが推測される。昇降台の高さ位置及び推測した重さから、マストの固有振動周期が求められる。走行台車の増速領域及び原則領域の時間が、固有振動周期の2倍以上の整数倍の時間に設定される。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2002-104614号公報
【文献】特開2001-88909号公報
【文献】特開2010-30728号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来の技術では、スタッカクレーン等の走行台車の制振を行うために、上記した様々な解決方法が検討されている。しかしながら、走行台車が上部台車及び下部台車の両方を備える場合には、走行台車のコストとメンテナンスコスト(メンテナンスに要する時間や手間等も含む)が増大する傾向にある。また、上部台車及び下部台車の両方に位置センサが必要である場合も、同様の問題が生じ得る。特許文献2,3に記載された技術のように、特定の制御方法により制振を行う場合でも、制振効果の面で改善の余地がある。
【0007】
本発明は、低コストでかつ制振効果が高められた走行台車の走行制御装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一態様は、モータにより駆動される車輪で軌道上を走行する走行台車を制御する走行制御装置であって、走行台車は軌道上における走行台車の位置を検出する位置検出器を含み、走行制御装置が、軌道上における走行台車の位置に関する位置指令を入力し、走行台車を表す物理モデルである走行台車モデルを位置指令に適用することで、モータへの滑らかな速度指令であるフィードフォワード指令と、フィードフォワード指令に従って走行台車モデルを走行させた演算結果である理想位置とを出力する規範走行出力部と、理想位置と、位置検出器で検出された走行台車の位置との位置偏差を出力する第1の加算器と、位置偏差と、モータのフィードバックトルクとに基づいて制振指令を出力する制御器と、フィードフォワード指令と制振指令とを加算して、モータへの速度指令を出力する第2の加算器と、を備える。
【0009】
この走行制御装置によれば、規範走行出力部によって、走行台車モデルが位置指令に適用されて、モータに対する速度指令であるフィードフォワード指令と、走行台車の理想位置とが出力される。第1の加算器によって、理想位置と実測位置との位置偏差が出力され、その位置偏差と、モータのフィードバックトルクとに基づいて、制御器によって制振指令が出力される。第2の加算器によって、フィードフォワード指令に制振指令が加算される。この走行制御装置では、フィードフォワード指令と理想位置とを用いた2自由度制御構成が用いられており、走行台車の実測位置とモータのフィードバックトルクのみが得られれば、これらを入力として用いることで、振動が抑制された制振指令を加味した速度指令を出力することができる。モータのフィードバックトルクは走行台車の振動を反映しているため、制振効果が高められている。なお、本発明者は、フィードバックトルクが走行台車の振動を反映していることを実験により確認している。またフィードバックトルクが、フィードフォワード指令には直接加算されず、制御器によって位置偏差のみに適用されて制振指令が出力されることで、制振効果が更に高められている。走行用のモータとしては上部または下部(1つの軌道に対応する駆動部)のみのモータで足りるため、従来問題となり得た上下両方のモータの設置によるコストの問題も解決され、低コスト化が実現される。
【0010】
走行台車は、床上に設置された軌道上を車輪で走行する下部台車と、下部台車に立設されると共に自由端とされた上部を含むマストとを有するスタッカクレーンであってもよい。この構成によれば、床上式のスタッカクレーンにおいて、好適な制振効果が得られる。マストの上部は自由端になっており、マストの上部に台車は不要である。したがって、マストの上部には、ブレーキのためのアクチュエータ又は位置検出器も不要である。
【0011】
走行台車は、天井に設置された軌道上を車輪で走行する上部台車と、上部台車から垂下すると共に自由端とされた下部を含むマストとを有するスタッカクレーンであってもよい。この構成によれば、懸垂式又は天井式のスタッカクレーンにおいて、好適な制振効果が得られる。マストの下部は自由端になっており、マストの下部に台車は不要である。したがって、マストの下部には、ブレーキのためのアクチュエータ又は位置検出器も不要である。
【0012】
規範走行出力部が用いる走行台車モデルは、鉛直方向に分散する複数の質点と、これらの質点間を繋ぐバネ要素と、モータおよびモータへの制御信号を増幅させる増幅器と、を含んだ系で表現されてもよい。このような複数質点からなる走行台車モデルを用いることで、マストを有する走行台車に対するフィードフォワード指令と理想位置とを精度よく出力することができる。その結果として、制振制御の精度が高められる。また、マストに沿って昇降する昇降台が設置される場合でも、昇降台の高さ(位置)を加味した制振制御を容易に実現できる。
【0013】
制御器は、H∞制御器であってもよい。
【0014】
位置指令は、最短時間波形で表されてもよい。
【0015】
規範走行出力部は、最短時間波形にローパスフィルタを適用することによりフィードフォワード指令を出力してもよい。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、制振効果が高められると共に、低コスト化が実現される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本発明の一実施形態に係る走行制御装置が適用される走行台車の基本構成を示す図である。
【
図2】本発明の一実施形態に係る走行制御装置を示す図である。
【
図3】
図2の走行制御装置の規範走行出力部によって用いられる走行台車モデルを概念的に示す図である。
【
図4】
図2の走行制御装置において入力される位置指令、出力されるフィードフォワード指令、理想位置、及び制振指令の一例を走行制御装置の各構成要素と共に示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しながら説明する。なお、図面の説明において同一要素には同一符号を付し、重複する説明は省略する。
【0019】
まず
図1を参照して、本実施形態に係る走行制御装置が適用されるスタッカクレーン(走行台車)1について説明する。スタッカクレーン1は、例えば自動倉庫内に設けられ、その倉庫内で物品Aを搬送する装置である。スタッカクレーン1は、例えば床上式クレーンであり、床F上に設置されたレール9上を走行する下部台車2と、下部台車2の台車本体2aに立設されたマスト10とを有する。スタッカクレーン1の軌道をなすレール9の延在方向は、スタッカクレーン1の走行方向に一致する。マスト10の一部には、モータ取付台5が固定されており、このモータ取付台5に、モータ4が取り付けられている。モータ4は、例えばサーボモータである。モータ4は、鉛直方向に延びる軸線を有する回転軸7を介して、回転軸7の先端に固定されたタイヤである駆動輪(車輪)6に回転力を伝達する。一対の駆動輪6の間に、例えば断面I字形状の鋼材からなるレール9が挟まれ、駆動輪6と駆動輪6によって挟持されたレール9(鋼材のウェブ部)との間に生じる摩擦力の反力を推力として、下部台車2がレール9に沿って走行する。一対のモータ4と一対の駆動輪6とが、下部台車2に対して設けられてもよく、二対のモータ4と二対の駆動輪6とが、下部台車2に対して設けられてもよい。下部台車2には、例えば二対の従動輪3が取り付けられており、これらの従動輪3が、床Fに対して台車本体2aを支持している。スタッカクレーン1では、上記のようにして、下部台車2が、モータ4により駆動される駆動輪6でレール9上を走行する。
【0020】
スタッカクレーン1のマスト10は、上下方向(鉛直方向)に延びる例えば門型のラーメン構造を有している。マスト10は、走行方向に並ぶと共に互いに離間して配置された第1マスト部材11及び第2マスト部材12と、第1マスト部材11及び第2マスト部材12の上端を連結する上部フレーム13とを含む。マスト10は、スタッカクレーン1が荷物である物品Aを平面的に搬送して収納棚Bに物品Aを載置したり、収納棚Bから物品Aを取り出したりすることができる高さ及び構造を有する。鉛直方向に延びて互いに平行な第1マスト部材11と第2マスト部材12との間には、これらのマスト部材に沿って鉛直方向に移動自在すなわち昇降自在な昇降台8が設けられ、この昇降台8上に物品Aが載置される。スタッカクレーン1は、昇降台8の昇降制御のための昇降用モータ(図示せず)及びその制御器を備える。スタッカクレーン1は、さらに、昇降台8と収納棚Bとの間で物品Aを移載するための移載用モータ(図示せず)及びその制御器を備える。本実施形態では、マスト10が第1マスト部材11と第2マスト部材12とを含み、第1マスト部材11及び第2マスト部材12の間の空間を通じて物品Aが移動するが、この態様以外のマスト構造であってもよい。マストが本実施形態のような門型ではなく、1本のマスト部材から昇降台が張り出す構造であってもよい。
【0021】
マスト10の下部10bは、台車本体2aに固定されているが、台車本体2aに対して走行方向に多少揺動することができる構造を有してもよい。なお、台車本体2aに対するマスト10の揺動がほとんど許容されずに、マスト10と下部台車2とがほぼ剛体とみなせる構造を有していてもよい。マスト10の上部をなす上部フレーム13は、自由端とされている。すなわち、スタッカクレーン1は下部台車2に対してのみ、駆動源であるモータ4と、レール9に対して推力を得るための駆動輪6とを備えているが、マスト10の上部にはそのような走行のための機構は一切備えていない。言い換えれば、マスト10の上部(上部フレーム13)には、アクチュエータも、駆動輪も、レールも、軌道に沿う方向の位置検出器も設けられていない。上部フレーム13には、天井に対してマスト10の上部を支持する部材又は機構が何ら設けられていない。装置の長手方向である鉛直方向において、走行のための駆動に係る第1端と自由端である第2端とを有する構造により、スタッカクレーン1全体における軽量化が図られている。
【0022】
床F上には、レール9に沿って、下部台車2が軌道上における位置を検出するための位置指示部15が敷設されている。位置指示部15は、例えば下部台車2の位置情報を取得可能なバーコードを含み、床Fに固定されている。なお、位置指示部15は、レール9上に敷設されてもよい。下部台車2の台車本体2aには、軌道上における下部台車2(スタッカクレーン1)の位置を検出する位置検出器14が設けられている。位置検出器14は、例えば台車本体2aの下面に設置されたバーコードリーダであり、位置指示部15に対面する。位置検出器14は、位置指示部15のバーコードを読み取ることで、下部台車2の位置を検出する。位置検出器14は、検出した位置を示す情報を、後述する第1の加算器22に出力する。
【0023】
スタッカクレーン1は、上位装置から受け取る位置指令に基づいて、スタッカクレーン1が最初に位置する第1位置(初期位置)P1から、軌道上にある所定の第2位置P2へと移動する。上位装置とは、例えば、工場内での搬送管理等を司る上位のシステム等である。
図2を参照して、スタッカクレーン1の走行を制御する走行制御装置20について説明する。走行制御装置20は、スタッカクレーン1の走行に関わる各部の動作を制御する。走行制御装置20は、上位装置から出力又は送信された位置指令を入力し、当該位置指令に基づいて所定の演算処理を実行し、モータ4に対して速度制御信号を出力又は送信する。走行制御装置20は、スタッカクレーン1のモータ4及び位置検出器14に対して有線通信可能であってもよく、無線通信可能であってもよい。
【0024】
走行制御装置20は、例えば、CPU等のプロセッサ、ROMおよびRAM等のメモリ、ストレージ及び通信デバイス等を含むコンピュータ装置として構成されている。走行制御装置20では、プロセッサが、メモリ等に読み込まれた所定のソフトウェア(プログラム)を実行し、メモリ及びストレージにおけるデータの読み出し及び書き込み、並びに、通信デバイスによる通信を制御することによって、以下に説明する走行制御装置20の機能が実現される。
【0025】
走行制御装置20は、スタッカクレーン1の走行を制御し、スタッカクレーン1の第1位置P1から第2位置P2へと至る移動において、スタッカクレーン1の振動を抑制する(制振する)。例えば、スタッカクレーン1は、第1位置P1及び第2位置P2の両方において静止するが、制振制御は、下部台車2が第1位置P1を出発した時から第2位置P2に到着して停止するまでの全区間において実行される。本実施形態において、「スタッカクレーン1の位置」は、下部台車2の位置を意味する。
【0026】
図2に示されるように、走行制御装置20は、規範走行出力部21と、第1の加算器22と、制御器23と、第2の加算器24とを備える。走行制御装置20では、2自由度制御構成が適用されている。規範走行出力部21は、例えば上位装置から出力された位置指令を入力する。この位置指令は、軌道上におけるスタッカクレーン1の位置に関する指令である。位置指令は、例えば上位装置によって生成される。位置指令は、上位のプログラムとして上位装置又は走行制御装置20に格納されてもよい。
【0027】
位置指令は、最短時間波形で表される。より詳細には、横軸を時間、縦軸を速度に設定された関数に関して、第1位置P1から第2位置P2までの移動距離は、その関数の積分値(面積)で表される。必要とされる移動距離を、スタッカクレーン1において可能な最大走行速度で除することにより、仮の所要時間が算出され得る。この場合の波形は、長方形(矩形)である。しかし実際には、スタッカクレーン1には、第1位置P1からの加速のための動作(時間)及び第2位置P2に向けての減速のための動作(時間)が必要とされる。スタッカクレーン1において可能な最大の加速度(上記関数の傾きに相当する)を考慮することで、位置指令は、加速時間において速度が増大し、その後に続く一定時間において一定の速度を維持し(上記最大走行速度に相当する)、その後に続く減速時間において速度が減少する台形波形として表される。位置指令が最短時間波形で表されることで、走行制御装置20における走行制御が、時間的に高効率な制御となる。加速時間における加速度の絶対値と、減速時間における加速度の絶対値とは等しくてもよいし(その場合左右対称な台形波形となる)、異なっていてもよい(その場合左右非対称な台形波形となる)。
【0028】
本明細書において、「波形」とは、時間に対するスタッカクレーン1の走行位置、又は、時間に対するスタッカクレーン1の走行速度を意味する。スタッカクレーン1の走行指令は、これらのいずれの形態でも表すことができる。例えば、上記した位置指令は、時間に対するスタッカクレーン1の走行速度で表した場合には台形波形で表されるが、時間に対するスタッカクレーン1の走行位置で表した場合には、(典型的には)3本の直線が連続する右肩上がりの線で表される(
図4に示される位置指令PC参照)。
【0029】
規範走行出力部21は、走行制御装置20における2自由度制御を実現するための制振フィルタである。規範走行出力部21は、スタッカクレーン1を表す物理モデルである走行台車モデルを有する。規範走行出力部21は、位置指令を入力し、その走行台車モデルを位置指令に適用することで、モータ4への滑らかな速度指令であるフィードフォワード指令を出力する(
図4に示されるフィードフォワード指令FF参照)。
図4に示されるように、フィードフォワード指令FFは、時間に対するスタッカクレーン1の走行速度で表した場合に、最短時間波形である位置指令を滑らかにした形状を有する。より詳細には、規範走行出力部21は、例えば、位置指令にローパスフィルタを適用することにより、モータ4に対するフィードフォワード指令を出力する。ローパスフィルタとしては、2自由度制御系で用いられるローパス特性を持つ公知の伝達関数が利用され得る。
【0030】
ここで、
図3を参照して、規範走行出力部21において用いられる走行台車モデルについて説明する。規範走行出力部21が用いる走行台車モデルは、スタッカクレーン1の規範モデルである。
図3に示されるように、走行台車モデルは、鉛直方向に分散する複数の(本実施形態では5つの)質点である第1質点31、第2質点32、第3質点33、第4質点34及び第5質点35と、これらの第1質点31~第5質点35の間を繋ぐ4つのバネ要素36と、モータ40およびモータ40への制御信号を増幅させる増幅器39と、増幅器39及びモータ40を制御する制御器37と、を含んだ系30で表現され得る。走行台車モデルは、多質点のせん断モデルである。鉛直方向に長く延びるマスト10は撓り得るので、このような質点モデルが採用されている。昇降台38の位置は、例えば第3質点33等にあるが、これに限られない。走行台車モデルにおいて、第1質点31及び第5質点35の側方には、制御器37と通信可能な、バーコード又はレーザ等による位置センサ41,42が設定されている。最も下の質点である第1質点31の側方に設けられた位置センサ41は、制御対象の位置を示すセンサであり、上記の位置検出器14に相当する。最も上の質点である第5質点35の側方に設けられた位置センサ42は、マスト10の揺れを検証するために設置されている。走行台車モデルの質点数は、5つに限られない。昇降台38の位置による固有振動数の変化、又は複数の振動モードを考慮して、質点数が適宜に調整されてもよい。第1質点31~第5質点35のそれぞれには、マスト10の重量及び昇降台38(
図1に示される昇降台8)、その他スタッカクレーン1に設けられ得る諸々の機器(制御板及び梯子等)の重量が振り分けられている。各バネ要素36は、例えばバネ36aとダンパ36bとを含む。
【0031】
また、規範走行出力部21は、上記のようにフィードフォワード指令を出力すると同時に、フィードフォワード指令に従って走行台車モデルを走行させた演算結果である参照位置(理想位置)を出力する(
図4に示される参照位置REF参照)。この参照位置は、フィードフォワード指令と走行台車モデルとを用いて求められるスタッカクレーン1の理想位置波形であると言える。
【0032】
第1の加算器22は、規範走行出力部21から出力された理想位置(以下、参照位置)と、下部台車2に備わる位置検出器14で検出されたスタッカクレーン1の位置との位置偏差を演算し、出力する。この位置偏差は、スタッカクレーン1の参照位置と実測位置との差分であると言える。例えば、走行台車モデルによる参照位置とスタッカクレーン1の実測位置とが一致している場合には、位置偏差は0(零)になる。走行台車モデルによる参照位置とスタッカクレーン1の実測位置とが一致していない場合には、位置偏差は0(零)にならず、この位置偏差が、制御器23に入力される。第1の加算器22における加算にあたっては、参照位置REFに対して実測位置が遅れている(第1位置P1に近い)場合は、位置偏差は正の値となる。参照位置REFに対して実測位置が進んでいる(第2位置P2に近い)場合は、位置偏差は負の値となる。
【0033】
制御器23は、第1の加算器22から出力された位置偏差を入力し、位置偏差とモータのフィードバックトルクとに基づいて、制振指令を出力する(
図4に示される制振指令VC参照)。制御器23としては、例えばH∞制御器が採用される。制御器23の設計には、
図3に示される走行台車モデルが用いられる。H∞制御器である制御器23は、例えば、下部台車2の位置とモータ4のフィードバックトルクとを入力とし、速度指令を出力とする2入力1出力型のフィードバック制御器である。この速度指令は、マスト10の揺れを抑制しつつ、下部台車2の位置も補正する指令である。H∞制御器は、スタッカクレーン1におけるモータ4のフィードバックトルクを用いたフィードバック制御に、効果的に適用され、高い制振効果をもたらし得る。
【0034】
本実施形態では、スタッカクレーン1の重量又は高さがモータ4のフィードバックトルクに反映される。これは、モータ4のフィードバックトルクには、スタッカクレーン1の柔軟構造体としての変形による反力も反映されるからである。このことは、本発明者によって実験的に確認されている。したがって、モータ4のフィードバックトルクによれば、マスト10の揺れ又は振動を検出可能である。本実施形態のスタッカクレーン1にはマスト10の上部に加速度センサ等は一切設けられないが、加速度センサを設けた場合に加速度センサにて検出される揺れが、フィードバックトルクによって検出可能であることが本発明者によって確認されている。モータ4のフィードバックトルクは、例えば、モータ4の実効電流値である。モータ4のフィードバックトルクは、例えば、サーボモータであるモータ4のU、V、Wのいずれか(少なくとも1つ)の端子と、制御器23とが電気的に接続されることにより、取得することができる。
【0035】
第2の加算器24は、規範走行出力部21から出力されたフィードフォワード指令と、制御器23から出力された制振指令とを加算して、モータ4への速度指令を出力する。制御器23による演算の結果得られる速度指令は、滑らかな速度指令であるフィードフォワード指令の波形に、スタッカクレーン1の揺れを打ち消す波形である制振指令が加味された波形である。下部台車2の走行速度が、この波形に示される速度となるように、モータ4に対する制御信号が走行制御装置20から出力される。
【0036】
走行制御装置20によって実行される制御処理(スタッカクレーン1の走行制御方法)について説明する。
図4に示されるように、走行制御装置20の規範走行出力部21は、上位装置から位置指令を取得する(第1工程)。規範走行出力部21は、位置指令を入力すると、位置指令に規範モデルを適用して、上述したフィードフォワード指令FF及び参照位置REFを出力する(第2工程)。この第2工程は、2自由度制御構成における速度指令演算工程と、参照位置演算工程とを含んでいる。第1の加算器22は、参照位置REFに実測位置を加算することで、位置偏差を出力する(第3工程)。制御器23は、位置偏差を入力し、位置偏差とモータ4のフィードバックトルクとに基づいて、制振指令VCを出力する(第4工程)。第2の加算器24は、フィードフォワード指令FFと制振指令VCを加算して、モータ4への速度指令を出力する(第5工程)。この一連の制御により、モータ4が速度指令に従って従動輪3を駆動させる。
【0037】
走行制御装置20は、スタッカクレーン1が第1位置P1から第2位置P2へと移動する間、所定時間ごとに位置検出器14からの実測位置及びモータ4からのフィードバックトルクを入力し、上記の第1工程~第5工程を繰り返す。走行制御装置20は、第3工程~第5工程を実行して得られた最新の速度指令をモータ4に出力する。このように、制振指令VCが常に上書きされて最新とされることにより、高精度な制振制御が実現される。特に、第3工程において、位置偏差が0(零)である場合には、実質的にフィードフォワード指令のみによってスタッカクレーン1の走行制御が実行されるが、位置偏差が0(零)でない場合には、第4工程において位置偏差とフィードバックトルクとに基づき出力された制振波形が、第5工程においてフィードフォワード指令に加えられて、振動が抑制されながらスタッカクレーン1が走行する。
【0038】
本実施形態の走行制御装置20によれば、規範走行出力部21によって、走行台車モデルが位置指令に適用されて、モータ4に対する速度指令であるフィードフォワード指令と、スタッカクレーン1の参照位置とが出力される。第1の加算器22によって、参照位置と実測位置との位置偏差が出力され、その位置偏差と、モータ4のフィードバックトルクとに基づいて、制御器23によって制振指令が出力される。第2の加算器24によって、フィードフォワード指令に制振指令が加算される。この走行制御装置20では、フィードフォワード指令と参照位置とを用いた2自由度制御構成が用いられており、スタッカクレーン1の実測位置とモータ4のフィードバックトルクのみが得られれば、これらを入力として用いることで、振動が抑制された制振指令を加味した速度指令を出力することができる。モータ4のフィードバックトルクはスタッカクレーン1の振動を反映しているため、制振効果が高められている。またフィードバックトルクが、フィードフォワード指令には直接加算されず、制御器23によって位置偏差のみに適用されて制振指令が出力されることで、制振効果が更に高められている。走行用のモータとしては下部(レール9に対応する駆動部)のみのモータ4で足りるため、従来問題となり得た上下両方のモータの設置によるコストの問題も解決され、低コスト化が実現される。走行制御装置20によれば、いわゆるセンサレスアクティブ制振が実現される。また、制振指令と組み合わせた2自由度制御によって、整定時間の改善効果も得られる。
【0039】
また本実施形態によれば、床上式のスタッカクレーン1において、好適な制振効果が得られる。マスト10の上部は自由端になっており、マストの上部に台車は不要である。したがって、マスト10の上部には、ブレーキのためのアクチュエータ又は位置検出器も不要である。
【0040】
規範走行出力部21が、複数質点からなる走行台車モデルを用いることで、マスト10を有するスタッカクレーン1に対するフィードフォワード指令と参照位置とを精度よく出力することができる。その結果として、制振制御の精度が高められる。また、マスト10に沿って昇降する昇降台8が設置される場合でも、昇降台8の高さ(位置)を加味した制振制御を容易に実現できる。複数質点からなる走行台車モデルは、スタッカクレーン1の走行制御において、モデルの扱いやすさの点で有利である。
【0041】
以上、本発明の実施形態について説明したが、本発明は上記実施形態に限られない。例えば、走行台車は、天井に設置された軌道上を車輪で走行する上部台車と、上部台車から垂下すると共に自由端とされた下部を含むマストとを有するスタッカクレーン(吊りクレーン)であってもよい。この構成によれば、懸垂式又は天井式のスタッカクレーンにおいて、好適な制振効果が得られる。マストの下部は自由端になっており、マストの下部に台車は不要である。上部台車に設けられたモータの実測位置及びフィードバックトルクを用いることで、上記実施形態と同様の走行制御及び制振制御が可能である。したがって、マストの下部には、ブレーキのためのアクチュエータ又は位置検出器も不要である。
【0042】
走行台車の位置を検出する位置検出器は、上記実施形態のようなバーコード読取り式に限られず、例えばレーダ等の電波を用いて走行台車の位置を検出する形式の検出器であってもよい。
【0043】
さらに本発明は、天井走行車に適用することもできる。天井走行車に設けられたモータにおいても、フィードバックトルクが、天井走行車の揺れ又は振動を反映可能である。したがって、上記実施形態と同様の走行制御及び制振制御が可能である。
【0044】
本発明がどのような走行台車に適用される場合でも、走行台車の位置及び速度は、駆動輪によって走行させられる台車の位置及び速度である。例えば、吊りクレーンであれば上部台車の位置及び速度であり、天井走行車であれば台車本体の位置及び速度である。
【0045】
走行台車モデルとして、多質点モデル以外の物理モデルが適用されてもよい。走行台車のモータは、サーボモータである態様に限られない。走行台車に設けられるモータは、他の制御可能なアクチュエータであれば何でもよい。
【符号の説明】
【0046】
1…スタッカクレーン(走行台車)、2…下部台車、3…従動輪、4…モータ、6…駆動輪(車輪)、7…回転軸、8…昇降台、9…レール(軌道)、10…マスト、13…上部フレーム(上部)、14…位置検出器、15…位置指示部、20…走行制御装置、21…規範走行出力部、22…第1の加算器、23…制御器、24…第2の加算器、30…系、31~35…第1~第5質点(複数の質点)、36…バネ要素、37…制御器、39…増幅器、40…モータ。