(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】車両の制御装置
(51)【国際特許分類】
B60L 15/20 20060101AFI20231024BHJP
B60L 9/18 20060101ALN20231024BHJP
【FI】
B60L15/20 S
B60L9/18 P
(21)【出願番号】P 2022517564
(86)(22)【出願日】2021-03-29
(86)【国際出願番号】 JP2021013226
(87)【国際公開番号】W WO2021220693
(87)【国際公開日】2021-11-04
【審査請求日】2022-03-09
(31)【優先権主張番号】P 2020078033
(32)【優先日】2020-04-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【氏名又は名称】諏訪 華子
(74)【代理人】
【識別番号】110003649
【氏名又は名称】弁理士法人真田特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100092978
【氏名又は名称】真田 有
(72)【発明者】
【氏名】岡村 悠太郎
(72)【発明者】
【氏名】田ノ岡 渉
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 亮太
(72)【発明者】
【氏名】古賀 亮佑
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 直樹
【審査官】井古田 裕昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-061306(JP,A)
【文献】特開2008-295173(JP,A)
【文献】特開2010-081720(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 15/20
B60L 9/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
左右輪を駆動する一対の電動機と前記左右輪にトルク差を付与する差動機構とが搭載された車両の制御装置であって、
前記電動機から右輪に至る動力伝達経路における第一慣性トルクと前記電動機から左輪に至る動力伝達経路における第二慣性トルクとの差によって生じる旋回阻害ヨーモーメントを打ち消し、前記車両の実際のヨー慣性モーメントが目標とする前記車両のヨー慣性モーメントとなるための補償トルクを算出する算出部と、
前記一対の電動機の作動状態を制御して前記補償トルクを前記車両に付与する制御部と、
を備え、
前記算出部が、前記左右輪の角加速度と
前記車両の実際のヨー慣性モーメントからその目標値を減じた値と前記車両のヨーレートとに基づいて前記補償トルクを算出する
ことを特徴とする、車両の制御装置。
【請求項2】
前記算出部が、舵角及び車速に基づいて前記角加速度を算出する
ことを特徴とする、請求項
1記載の車両の制御装置。
【請求項3】
前記算出部が、前記電動機から出力される回転角速度であるモータ角速度に基づいて前記角加速度を算出する
ことを特徴とする、請求項
1または2記載の車両の制御装置。
【請求項4】
前記算出部が、舵角及び車速に基づいて前記ヨーレートを算出する
ことを特徴とする、請求項
1~3のいずれか1項に記載の車両の制御装置。
【請求項5】
前記算出部が、以下の式Aに従って前記補償トルクを算出する
ことを特徴とする、請求項1~
4のいずれか1項に記載の車両の制御装置。
【数1】
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、左右輪を駆動する一対の電動機とその左右輪にトルク差を付与する差動機構とが搭載された車両の制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、二つのモータ(電動機)で車両の左右輪を駆動する電動車両やハイブリッド車両の駆動システムにおいて、左右輪に配分される駆動力の割合を制御することで車両の旋回性能を改善する技術が存在する。例えば、旋回時の外輪に駆動力を多く配分することで、旋回方向に対応するヨーモーメントを車体に生成し、旋回性能を向上させる駆動システムが知られている(特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、左右輪の駆動力差は、左右輪に分配される駆動力の差だけでなく左右輪の慣性トルクの差によって変動する。例えば、各モータから右輪に至る動力伝達経路における慣性トルクの大きさは、各モータから左輪に至る動力伝達経路における慣性トルクの大きさとは必ずしも一致しない。また、左右の慣性トルク差の大きさは、車両の走行状態に応じて変化する。したがって、慣性トルク差によって車体に生じるヨーモーメントが旋回方向とは逆方向に作用するような状況においては、車両の旋回挙動が阻害され、操舵に対する車体の旋回応答性が低下してしまう。
【0005】
本件の目的の一つは、上記のような課題に照らして創案されたものであり、操舵に対する車体の旋回応答性を改善できるようにした車両の制御装置を提供することである。なおこの目的に限らず、後述する「発明を実施するための形態」に示す各構成から導き出される作用効果であって、従来の技術では得られない作用効果を奏することも、本件の他の目的として位置付けることができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
開示の車両の制御装置は、左右輪を駆動する一対の電動機と左右輪にトルク差を付与する差動機構とが搭載された車両の制御装置である。本制御装置は、算出部と制御部とを備える。算出部は、電動機から右輪に至る動力伝達経路における第一慣性トルクと電動機から左輪に至る動力伝達経路における第二慣性トルクとの差によって生じる旋回阻害ヨーモーメントを打ち消し、前記車両の実際のヨー慣性モーメントが目標とする前記車両のヨー慣性モーメントとなるための補償トルクを算出する。制御部は、一対の電動機の作動状態を制御して補償トルクを車両に付与する。また、前記算出部は、前記左右輪の角加速度と前記車両の実際のヨー慣性モーメントからその目標値を減じた値と前記車両のヨーレートとに基づいて前記補償トルクを算出する。
【発明の効果】
【0007】
開示の車両の制御装置によれば、操舵に対する車体の旋回応答性を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
【
図1】実施例としての制御装置が適用された車両の模式図である。
【
図2】
図1に示す車両の駆動系の構造を示す骨子図である。
【
図3】(A), (B)は
図1に示す制御装置で実行される制御の内容を説明するためのフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[1.装置]
図1~
図3を参照して、実施例としての車両の制御装置10について説明する。この制御装置10は、
図1に示すように、少なくとも左右輪5(ここでは後輪)を駆動する一対の電動機1(モータ)とその左右輪5にトルク差を付与する差動機構3とが搭載された車両に適用される。制御装置10の適用対象となる車両には、電気自動車やハイブリッド自動車,プラグインハイブリッド自動車などの電動車両が含まれる。この実施例で数字符号に付加されるRやLなどの接尾符号は、当該符号にかかる要素の配設位置(車両の右側や左側にあること)を表す。例えば、5Rは左右輪5のうち車両の右側(Right)に位置する一方(すなわち右輪)を表し、5Lは左側(Left)に位置する他方(すなわち左輪)を表す。
【0010】
一対の電動機1は、車両の前輪または後輪の少なくともいずれか駆動する機能を持つものであり、四輪すべてを駆動する機能を持ちうる。一対の電動機1のうち右側に配置される一方は右電動機1R(右モータ)とも呼ばれ、左側に配置される他方は左電動機1L(左モータ)とも呼ばれる。右電動機1R及び左電動機1Lは、互いに独立して作動し、互いに異なる大きさの駆動力を個別に出力しうる。これらの電動機1は、互いに別設された一対の減速機構2を介して差動機構3に接続される。本実施例の右電動機1R及び左電動機1Lは、定格出力が同一である。
【0011】
減速機構2は、電動機1から出力される駆動力を減速することでトルクを増大させる機構である。減速機構2の減速比Gは、電動機1の出力特性や性能に応じて適宜設定される。一対の減速機構2のうち右側に配置される一方は右減速機構2Rとも呼ばれ、左側に配置される他方は左減速機構2Lとも呼ばれる。本実施例の右減速機構2R及び左減速機構2Lは、減速比Gが同一である。電動機1のトルク性能が十分に高い場合には、減速機構2を省略してもよい。
【0012】
差動機構3は、ヨーコントロール機能を持った車両用のディファレンシャル機構であり、右輪5Rに連結される車輪軸4(右輪軸4R)と左輪5Lに連結される車輪軸4(左輪軸4L)との間に介装される。ヨーコントロール機能とは、左右輪の駆動力(駆動トルク)の分担割合を積極的に制御することでヨーモーメントを調節し、車両の姿勢を安定させる機能である。差動機構3の内部には、遊星歯車機構や差動歯車機構などのギヤ列が内蔵される。一対の電動機1から伝達される駆動力は、これらのギヤ列を介して左右輪5に分配される。
【0013】
図2は、減速機構2及び差動機構3の構造を例示する骨子図である。右減速機構2Rには、第一ギヤ21,第二ギヤ22,第三ギヤ23,第四ギヤ24が内蔵される。第一ギヤ21,25は各電動機1の出力軸に固定されるギヤである。第二ギヤ22は第一ギヤ21よりも大径のギヤであり、第一ギヤ21に歯合するように設けられる。第三ギヤ23は、第二ギヤ22と同軸のギヤであり、第二ギヤ22と同一の角速度で回転する。好ましくは、第三ギヤ23が第二ギヤ22よりも小径に形成される。第四ギヤ24は第三ギヤ23よりも大径のギヤであり、第三ギヤ23に歯合するように設けられる。
【0014】
左減速機構2Lにも第一ギヤ25,第二ギヤ26,第三ギヤ27,第四ギヤ28が内蔵される。これらのギヤ25~28の構造は、
図2に示す通りギヤ21~24の構造と同様であり、説明を省略する。なお、減速機構2の減速比Gは、電動機1から減速機構2に伝達される回転角速度と、減速機構2から差動機構3に伝達される回転角速度の比(あるいはギヤの歯数の比)として表すことができる。例えば、第一ギヤ21~第四ギヤ24の各々の歯数をZ
1,Z
2,Z
3,Z
4とおけば、減速比Gは、G=(Z
2・Z
4)/(Z
1・Z
3)と表現される。
【0015】
差動機構3には、第一アニュラスギヤ31,第一プラネタリギヤ32,インプットサンギヤ33,第二プラネタリギヤ34,アウトプットサンギヤ35,第二アニュラスギヤ36,キャリア37が内蔵される。第一アニュラスギヤ31は、右減速機構2Rの第四ギヤ24と同軸の内歯ギヤであり、第四ギヤ24と同一の角速度で回転する。インプットサンギヤ33は、左減速機構2Lの第四ギヤ28と同軸の外歯ギヤであり、第四ギヤ28と同一の角速度で回転する。第一プラネタリギヤ32は、第一アニュラスギヤ31の内周とインプットサンギヤ33の外周とに歯合する遊星ギヤである。第一プラネタリギヤ32は、キャリア37に対して回転可能に軸支される。
【0016】
第二アニュラスギヤ36は、差動機構3のハウジングに固定された内歯ギヤである。アウトプットサンギヤ35は、左輪軸4Lに接続される外歯ギヤである。第二プラネタリギヤ34は、第二アニュラスギヤ36の内周とアウトプットサンギヤ35の外周とに歯合する遊星ギヤである。第二プラネタリギヤ34は、キャリア37に対して回転可能に軸支され、第一プラネタリギヤ32と同一の角速度で回転する。また、キャリア37は右輪軸4Rに接続される。
【0017】
ここで、第一アニュラスギヤ31の歯数をY1,第一プラネタリギヤ32の歯数をY2,インプットサンギヤ33の歯数をY3,第二プラネタリギヤ34の歯数をY4,アウトプットサンギヤ35の歯数をY5とおく。差動機構3の内部において、左電動機1Lの駆動力が右輪5Rに伝達される経路(インプットサンギヤ33を介して右輪5Rへ至る経路)のギヤ比b1は、b1={(Y2・Y5)/(Y3・Y4)}-1と表現される。また、右電動機1Rの駆動力が左輪5Lに伝達される経路(第一アニュラスギヤ31を介して左輪5Lへ至る経路)のギヤ比b2は、b2={(Y2・Y5)/(Y1・Y4)}と表現される。また、左右の電動機1の回転角速度をモータ角速度ωM1,ωM2とおき、左右輪5の回転角速度をそれぞれ車輪速ωR,ωLとおけば、本実施例では以下の式1~式2が成立する。
【0018】
【0019】
図1に示すように、電動機1はインバータ6を介してバッテリ7に電気的に接続される。インバータ6は、バッテリ7側の直流回路の電力(直流電力)と電動機1側の交流回路の電力(交流電力)とを相互に変換する変換器(DC-ACインバーター)である。また、バッテリ7は、例えばリチウムイオン電池やニッケル水素電池であり、数百ボルトの高電圧直流電流を供給しうる二次電池である。電動機1の力行時には、直流電力がインバータ6で交流電力に変換されて電動機1に供給される。電動機1の発電時には、発電電力がインバータ6で直流電力に変換されてバッテリ7に充電される。
【0020】
インバータ6の作動状態は、制御装置10によって制御される。制御装置10は、インバータ6の作動状態を管理することで電動機1の出力を制御するコンピュータ(電子制御装置)である。制御装置10の内部には、図示しないプロセッサ(中央処理装置),メモリ(メインメモリ),記憶装置(ストレージ),インタフェース装置などが内蔵され、内部バスを介してこれらが互いに通信可能に接続される。本実施例の制御装置10は、右輪5Rに係る動力伝達経路の慣性トルクと左輪5Lに係る動力伝達経路の慣性トルクとの差を補償して減少させるべく、各電動機1の作動状態を管理する制御を実行する。
【0021】
制御装置10には、
図1に示すように、アクセルセンサ13,ブレーキセンサ14,舵角センサ15,車速センサ16,ヨーレートセンサ17,レゾルバ18,車輪速センサ19が接続される。アクセルセンサ13はアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)やその踏み込み速度を検出するセンサである。ブレーキセンサ14は、ブレーキペダルの踏み込み量(ブレーキペダルストローク)やその踏み込み速度を検出するセンサである。舵角センサ15は、左右輪5の舵角δ(実舵角またはステアリングの操舵角)を検出するセンサであり、車速センサ16は、車速V(走行速度)を検出するセンサである。
【0022】
ヨーレートセンサ17は、車体に作用するヨーレート(ヨー方向の角速度)を検出するセンサである。レゾルバ18は、電動機1の回転角速度(モータ角速度ωM1,ωM2)を検出するセンサであり、各電動機1に個別に設けられる。同様に、車輪速センサ19は、左右輪5(または車輪軸4)の回転角速度(車輪速ωR,ωL)を検出するセンサであり、右輪5Rの近傍及び左輪5Lの近傍のそれぞれに個別に設けられる。制御装置10は、これらのセンサ13~19で検出された情報に基づいて、一対の電動機1の作動状態を制御する。
【0023】
[2.制御]
図1に示すように、制御装置10の内部には、少なくとも算出部11と制御部12とが設けられる。これらの要素は、制御装置10の機能を便宜的に分類して示したものである。これらの要素は独立したプログラムとして記述することができ、複数の要素を合体させた複合プログラムとして記述することもできる。各要素に相当するプログラムは、制御装置10のメモリや記憶装置に記憶され、プロセッサで実行される。
【0024】
算出部11は、電動機1から右輪5Rに至る動力伝達経路における第一慣性トルクT1と電動機1から左輪5Lに至る動力伝達経路における第二慣性トルクT2との差ΔTIds(慣性トルク差ΔTIdsとも呼ばれる)によって生じる旋回阻害ヨーモーメントを打ち消すための補償トルクΔTを算出するものである。第一慣性トルクT1及び第二慣性トルクT2は、例えば以下の式3~式4で与えられ、差ΔTIdsは式5のように表現される。
【0025】
【0026】
本実施例の算出部11は、左右輪5の角加速度と車両のヨーレートγと実際のヨー慣性モーメントからその目標値を減じた値(Iveh-Itgt)とが考慮された補償トルクΔTを算出する。言い換えれば、本実施例の算出部11は、上記の慣性トルク差ΔTIdsだけでなく、車両のヨーレートγやヨー慣性モーメントの変化量を考慮して補償トルクΔTを算出する。補償トルクΔTの値は、例えば以下の式6に従って算出される。
【0027】
【0028】
式6の右辺の第一項は、実際のヨー慣性モーメントからその目標値を減じた値(Iveh-Itgt)とヨーレートγの時間微分値との積にタイヤ動半径Rの二倍を乗じてトレッドdで除したものに相当する。また、式6の右辺の第二項及び第三項は、式5の右辺に相当する。式6に基づく補償トルクΔTの算出により、慣性トルク差ΔTIdsに由来する旋回阻害モーメントだけでなく、車両のヨー慣性モーメントの変化に由来する旋回阻害モーメントを打ち消すための補償トルクΔTを算出することができる。
【0029】
なお、ヨー慣性モーメントIvehは、重心点の横滑り角や重心点と車輪軸4との距離,左右輪5のコーナリングパワー(タイヤの横滑り角に対するコーナリングフォースの比例関係を表す比例定数),車速V,ヨーレートγなどに基づいて、公知の演算手法を利用して算出される。同様に、ヨー慣性モーメントの目標値Itgtは、実際の横滑り角や車速の代わりに目標とすべき横滑り角や車速が用いられて算出される。以下に例示する式7は、典型的なヨー慣性モーメントIの算出式である。このような算出式を用いることで、ヨー慣性モーメントIvehやその目標値Itgtが容易に求められる。
【0030】
【0031】
上記の式6に基づく補償トルクΔTの算出に際し、左右輪5の角加速度の取得手法としては、三通りの手法が挙げられる。以下に詳述する三通りの取得手法は、互いに独立して演算することができ、同時並行的に演算することも逐次直列的に演算することもできる。複数の手法を併用して複数の角加速度を取得した場合には、それらの最大値,最小値,平均値,代表値などを用いて補償トルクΔTを算出すればよい。
【0032】
第一の手法は、左右輪5の回転角速度の時間微分値を算出する手法である。この場合、車輪速センサ19で角速度(すなわち車輪速ωR,ωL)を随時検出し、その単位時間あたりの変化量(変化勾配)を算出することで、角加速度に相当するパラメータを取得することができる。なお、車輪速センサ19で検出される角速度のサンプリング間隔を単位時間に相当する時間とみなせば、検出された角速度の今回値と前回値との差が角加速度に対応するパラメータとなる。
【0033】
第二の手法は、電動機1から出力される回転角速度であるモータ角速度ωM1,ωM2に基づく算出手法である。この場合、レゾルバ18でモータ角速度ωM1,ωM2を随時検出し、上記の式1,式2に基づいて車輪速ωR,ωLを算出する。その車輪速ωR,ωLの単位時間あたりの変化量(時間変化勾配)を算出することで、角加速度に相当するパラメータを取得することができる。また、第三の手法は、舵角δ及び車速Vに基づく算出手法である。左右輪5の角加速度は、例えば以下の式8,式9を用いて算出される。
【0034】
【0035】
また、上記の式6に基づく補償トルクΔTの算出に際し、ヨーレートγの取得手法としては二通りの手法が挙げられる。以下に詳述する二通りの取得手法は、互いに独立して演算することができ、同時並行的に演算することも逐次直列的に演算することもできる。二通りの手法を併用して二つの角加速度を取得した場合には、それらの最大値,最小値,平均値,代表値などを用いて補償トルクΔTを算出すればよい。
【0036】
第一の手法は、ヨーレートセンサ17を用いる手法である。この場合、ヨーレートセンサ17で検出されたヨーレートγの値がそのまま使用される。第二の手法は、舵角δ及び車速Vに基づく算出手法である。この場合、ヨーレートγは、例えば以下の式10を用いて算出される。舵角δには舵角センサ15の検出値が用いられ、車速Vには車速センサ16の検出値が用いられる。
【数6】
【0037】
制御部12は、一対の電動機1の作動状態を制御して補償トルクΔTを車両に付与するものである。ここでは、算出部11で算出された補償トルクΔTが車両に付与されるように、右電動機1Rと左電動機1Lとに分配される駆動トルクの大きさが制御される。これにより、第一慣性トルクT1と第二慣性トルクT2との差によって生じる旋回阻害ヨーモーメントが小さくなり、あるいは旋回阻害ヨーモーメントが打ち消される。したがって、車両の旋回挙動が安定化し、操舵に対する車体の旋回応答性が改善される。
【0038】
[3.フローチャート]
図3(A)は、制御装置10で実行される制御(補償トルクを車両に付与する制御)のおおまかな流れを示すフローチャートである。この制御では、一対の電動機1の作動状態が制御されて、旋回阻害ヨーモーメントを打ち消すための補償トルクΔTが車両に付与される。ステップS1では、補償トルクΔTの算出に際し、左右輪5の角加速度の情報が取得される。また、ステップS2では、ヨー慣性モーメントの変化量(I
veh-I
tgt)の情報が取得される。続くステップS3では、ヨーレートγの情報が取得される。
【0039】
ステップS4では、ステップS1~S3で取得された情報に基づき、算出部11で補償トルクΔTが算出される。これにより、慣性トルク差ΔTIdsに由来する旋回阻害モーメントだけでなく、車両のヨー慣性モーメントの変化に由来する旋回阻害モーメントを打ち消すための補償トルクΔTが算出される。その後のステップS5では、制御部12において一対の電動機1の作動状態が制御されて、補償トルクΔTが車両に付与される。これにより、右輪5Rに係る動力伝達経路の第一慣性トルクT1と左輪5Lに係る動力伝達経路の第二慣性トルクT2との差(慣性トルク差ΔTIds)が補償トルクΔTによって補償され、旋回阻害ヨーモーメントが減少する。
【0040】
図3(B)は、
図3(A)に示す処理内容をさらに具体化したフローチャートである。
図3(B)のステップA1~A3の処理内容は、
図3(A)のステップS1の処理内容に対応する。ステップA1~A3は、並列処理で実行されてもよいし直列処理で実行されてもよい。また、ステップA4はステップS2に対応し、ステップA5~A6はステップS3に対応し、ステップA7はステップS4に対応し、ステップA8はステップS5に対応する。ステップA5~A6は、並列処理で実行されてもよいし直列処理で実行されてもよい。
【0041】
ステップA1では、車輪速センサ19で検出された車輪速ωR,ωLの情報が取得され、その単位時間あたりの変化量が左右輪5の角加速度として算出される。
ステップA2では、レゾルバ18で検出されたモータ角速度ωM1,ωM2の情報が取得され、上記の式1,式2に基づいて車輪速ωR,ωLの推定値が算出される。また、その推定値の単位時間あたりの変化量が左右輪5の角加速度として算出される。
【0042】
ステップA3では、舵角センサ15で検出された舵角δの情報と車速センサ16で検出された車速Vの情報が取得され、上記の式8,式9に基づいて左右輪5の角加速度が算出される。ステップA1~A3で得られた複数の角加速度に基づき、最終的な角加速度の値が決定される。
ステップA4では、実際のヨー慣性モーメントIveh及びその目標値Itgt(目標車両のヨー慣性モーメント)の情報が取得され、前者から後者を減算した値(Iveh-Itgt)が算出される。ヨー慣性モーメントIveh及びその目標値Itgtは、上記の式7から求められる。
【0043】
ステップA5では、ヨーレートセンサ17で検出されたヨーレートγの情報が取得される。また、ステップA6では、舵角センサ15で検出された舵角δの情報と車速センサ16で検出された車速Vの情報が取得され、上記の式10に基づいてヨーレートγが算出される。ステップA5~A6で得られた複数のヨーレートγに基づき、最終的なヨーレートγの値が決定される。
【0044】
ステップA7では、左右輪5の角加速度と車両の実際のヨー慣性モーメントからその目標値を減じた値(Iveh-Itgt)と車両のヨーレートγとに基づいて、補償トルクΔTが算出される。補償トルクの値は、例えば上記の式6に基づいて算出される。また、ステップA8では、補償トルクΔTが車両に付与されるように、一対の電動機1の作動状態が制御される。これにより、右輪5Rに係る動力伝達経路の第一慣性トルクT1と左輪5Lに係る動力伝達経路の第二慣性トルクT2との差(慣性トルク差ΔTIds)が補償トルクΔTによって補償され、旋回阻害ヨーモーメントが減少する。
【0045】
[4.効果]
(1)上記の制御装置10には、算出部11と制御部12とが設けられる。算出部11は、第一慣性トルクT1と第二慣性トルクT2との差ΔTIdsによって生じる旋回阻害ヨーモーメントを打ち消すための補償トルクΔTを算出する機能を持つ。また、制御部12は、電動機1の作動状態を制御して補償トルクΔTを車両に付与する機能を持つ。このような制御構成は、慣性トルク差ΔTIdsによって生じる旋回阻害ヨーモーメントを減少させ、あるいは打ち消すように作用する。したがって、車両の旋回挙動が阻害されにくくなり、操舵に対する車体の旋回応答性を改善することができる。
【0046】
(2)上記の制御装置10では、算出部11が左右輪5の角加速度と車両の実際のヨー慣性モーメントからその目標値を減じた値(Iveh-Itgt)と車両のヨーレートγとに基づいて補償トルクΔTを算出する機能を有する。このように、車両のヨー慣性モーメントの変化量やヨーレートγを考慮して補償トルクΔTを算出することで、旋回運動によって車体に生じるヨーモーメントの大きさを精度よく把握することができる。したがって、車両の旋回性能や運動性能を向上させることができる。また、操舵に対する車体の旋回応答性をさらに改善することができる。
【0047】
(3)上記の制御装置10では、算出部11が舵角δ及び車速Vに基づいて左右輪5の角加速度を算出する機能を有する。左右輪5の角加速度は、例えば上記の式8,式9に基づいて算出可能である。このような演算により、運転者による操作入力の状態を表す情報を補償トルクΔTの値に反映させることができ、制御の応答性を向上させることができる。また、例えば車輪速センサ19で検出される車輪速ωR,ωLの情報を利用できないような状況であっても、その車輪速ωR,ωLの値を推定することができ、補償トルクΔTの値を求めることができる。したがって、操舵に対する車体の旋回応答性をさらに改善することができる。
【0048】
(4)上記の制御装置10では、算出部11が電動機1のモータ角速度ωM1,ωM2に基づいて左右輪5の角加速度を算出する機能を有する。左右輪5の角加速度は、例えば上記の式1,式2に基づいて算出可能である。このような演算により、電動機1の作動状態を直接的に表す情報を補償トルクΔTの値に反映させることができ、制御の応答性を向上させることができる。また、例えば車輪速センサ19で検出される車輪速ωR,ωLの情報を利用できないような状況であっても、その車輪速ωR,ωLの値を推定することができ、補償トルクΔTの値を求めることができる。したがって、操舵に対する車体の旋回応答性を改善することができる。
【0049】
(5)上記の制御装置10では、算出部11が舵角δ及び車速Vに基づいてヨーレートγを算出する機能を有する。ヨーレートγは、例えば上記の式10に基づいて算出可能である。このような演算により、運転者による操作入力の状態を表す情報をヨーレートγの値に反映させることができ、制御の応答性を向上させることができる。また、例えばヨーレートセンサ17で検出されるヨーレートγの情報を利用できないような状況であっても、そのヨーレートγの値を推定することができる。
【0050】
(6)上記の制御装置10では、算出部11が上記の式6に従って補償トルクΔTを算出する機能を有する。このような演算により、制御構成を簡素化することができる。例えば、補償トルクΔTと車輪速ωR,ωLとの関係を規定した制御マップやテーブルが不要であり、短時間で精度よく補償トルクΔTの値を求めることができる。したがって、補償トルクΔTの算出速度や処理速度を上昇させることができ、ひいては制御の応答性を向上させることができる。また、式6を用いることで、慣性トルク差ΔTIdsだけでなく、車両のヨーレートγやヨー慣性モーメントの変化量を考慮して補償トルクΔTを算出することができる。したがって、車両の旋回性能や運動性能を向上させることができ、操舵に対する車体の旋回応答性をさらに改善することができる。
【0051】
[5.変形例]
上記の実施例はあくまでも例示に過ぎず、本実施例で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施例の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。また、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることができる。
【0052】
例えば、上記の実施例では車両の後輪に適用された制御装置を例示したが、前輪に同様の制御装置を適用することは可能であり、前後輪の両方に同様の制御装置を適用することも可能である。少なくとも、左右輪5を駆動する一対の電動機1と左右輪5にトルク差を付与する差動機構3とが搭載された車両であれば、上記の制御装置を適用することができ、上記の制御装置と同様の作用効果を獲得することができる。
【0053】
また、上記の実施例では差動機構3に遊星歯車機構が内蔵されているが、遊星歯車機構の代わりに差動歯車機構を内蔵させてもよい。また、シングルピニオン式の遊星歯車機構の代わりに、マルチピニオン式(ダブルピニオン式,トリプルピニオン式など)の遊星歯車機構を内蔵させてもよい。差動機構3の内部構造の種類にかかわらず、旋回阻害ヨーモーメントを打ち消すための補償トルクΔTを算出して車両に付与することで、上記の制御装置と同様の作用効果を獲得することができる。
【符号の説明】
【0054】
1 電動機
2 減速機構
3 差動機構
4 車輪軸
5 左右輪
10 制御装置
11 算出部
12 制御部
15 舵角センサ
16 車速センサ
17 ヨーレートセンサ
18 レゾルバ
19 車輪速センサ