(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】質量分析方法及び質量分析装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20231024BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20231024BHJP
【FI】
G01N27/62 B
H01J49/00 040
(21)【出願番号】P 2022522453
(86)(22)【出願日】2020-05-14
(86)【国際出願番号】 JP2020019350
(87)【国際公開番号】W WO2021229772
(87)【国際公開日】2021-11-18
【審査請求日】2022-08-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】弁理士法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】笠松 郷志
(72)【発明者】
【氏名】竹下 建悟
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-068565(JP,A)
【文献】国際公開第2016/059673(WO,A1)
【文献】特開2014-194521(JP,A)
【文献】国際公開第2016/059672(WO,A1)
【文献】特表2007-531218(JP,A)
【文献】特開平11-205655(JP,A)
【文献】特開2001-148337(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/60 - G01N 27/70
G01N 27/92
H01J 49/00 - H01J 49/48
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
励起ビームを励起ビーム光学系により集束し、前記励起ビーム光学系に対して固定された固定台上の移動機構により移動可能である試料ステージに照射する質量分析方法であって、
試料ステージの所定の位置に励起ビームを集束させ、その時の前記励起ビーム光学系及び前記試料ステー
ジを含むビーム照射系の位置
を基準位置として、並びにその時の前記ビーム照射系の温度
を基準温度として記録し、
前記ビーム照射系の温度の変化に対する該ビーム照射系の位置の変化を表す情報である温度依存情報を取得して記録し、
前記基準位置、使用時の前記ビーム照射系の温度と前記基準温度の差、及び前記温度依存情報に基づいて、前記移動機構を用いて励起ビームの集束位置を補正する、質量分析方法。
【請求項2】
試料ステージと、
励起ビームを集束させて前記試料ステージに照射する励起ビーム光学系と、
前記励起ビーム光学系に対して固定された固定台上で前記試料ステージを移動する移動機構と、
前記励起ビーム光学系及び前記試料ステージを含むビーム照射系の温度を測定する温度測定部と、
前記ビーム照射系がある基準温度にあるときに、前記試料ステージの所定の位置に前記励起ビームを集束させた時の前記ビーム照射系の位置である基準位置と、前記ビーム照射系の温度の変化に対する該ビーム照射系の位置の変化を表す情報である温度依存情報が保存された記憶部と、
前記基準位置、前記温度測定部により測定された前記ビーム照射系の温度と前記基準温度の差、及び、前記温度依存情報に基づいて、前記移動機構を用いて励起ビームの集束位置を補正する位置補正部と
を備える質量分析装置。
【請求項3】
前記温度依存情報が、前記ビーム照射系の温度の変化に対する前記励起ビーム光学系の位置の変化と前記試料ステージの位置の変化を表す情報である、請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
前記励起ビーム光学系が、レーザ光を発するレーザ光源と、該レーザ光源から発せられるレーザ光を集光する集光レンズを含む、請求項2に記載の質量分析装置。
【請求項5】
前記集光レンズによるレーザ光の集光径が5μm以下である、請求項4に記載の質量分析装置。
【請求項6】
前記基準温度が25℃以上30℃以下である、請求項2に記載の質量分析装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析方法及び質量分析装置に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞等の試料における目的物質の分布を測定するために、イメージング質量分析装置が用いられている。イメージング質量分析装置では、試料表面の目的領域における目的物質の分布を測定するために、該目的領域内に二次元的に分布する複数の測定点を設定し、各測定点に順次レーザ光を照射して測定点毎に存在する物質をイオン化し、質量分析する。この質量分析により、測定点毎にマススペクトルデータが得られる。こうして得た各測定点のマススペクトルデータから、目的物質に特徴的なイオンの質量電荷比のマスピークの強度を抽出し、各測定点におけるマスピークの強度を目的領域にマッピングした画像を作成することにより、試料表面の目的領域における目的物質の分布を知ることができる(例えば特許文献1)。
【0003】
イメージング質量分析装置では、レーザ光源から発せられる光を集光レンズで集光して試料に照射する。試料を載置する試料ステージは、試料載置面に平行な二方向(x-y方向)とそれに垂直な一方向(z方向)に移動可能となっている。イメージング質量分析を実行する際には、分析開始前に集光レンズと試料ステージの位置を調整し、試料ステージに載置される試料の表面の所定の位置にレーザ光を集光させる。続いて、複数の異なるエネルギーのレーザ光を試料に照射して質量分析を行い、目的物質に特徴的なイオンが最も高強度で検出されるレーザ光のエネルギーを決定する。目的物質に最適なエネルギーを決定した後、該エネルギーのレーザ光を用いて各測定点でイメージング質量分析を行う。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
近年、レーザ光を5μm程度の微小径に集光することが可能になっており、こうした微小径のレーザ光を用いることで非常に高い空間分解能でイメージング質量分析を行うことが可能になっている。一方、イメージング質量分析装置が置かれた場所の温度(環境温度)が変化すると、集光レンズや試料ステージ、あるいはこれらを保持する部材(フレーム)が膨張又は収縮する。通常のイメージング質量分析装置の場合、フレーム等は、その材質や大きさによって1℃の温度変化で10μm程度膨張又は収縮することがある。フレーム等が膨張又は収縮すると、集光レンズと試料ステージの間の距離が変化してレーザ光の焦点位置がずれ(デフォーカスし)、レーザ光の照射径が大きくなってイメージング質量分析の空間分解能が悪くなる。また、最適なエネルギーのレーザ光を照射しても、そのエネルギーを決定した時よりもレーザ光の径が大きいためにエネルギー密度が低くなり、イオン化効率が悪くなる。さらに、試料ステージがその試料載置面内で膨張又は収縮すると、レーザ光の照射位置が照射面内でずれる。
【0006】
前回の分析から間をおいてイメージング質量分析を行う場合、前回の分析時と環境温度が変わり集光光学系や試料ステージの位置が前回の分析時から変化している可能性がある。そのため、精密な分析を行う場合、使用者は分析開始前に集光光学系や試料ステージの位置を調整する必要がある。前回の分析時から集光レンズ、試料ステージ、あるいはフレームの位置がどの方向にどの程度変化しているかは不明であるため、使用者は、集光光学系及び/又は試料ステージの位置を様々な方向に少しずつ動かし、試行錯誤で両者の位置を調整してレーザ光を試料ステージ上の試料に集光させなければならず、作業に手間がかかるという問題があった。また、イメージング質量分析装置に温調機構を取り付ければ、こうした作業の手間を省くことができるが、装置が高額になってしまうという問題があった。
【0007】
ここでは試料表面に存在する物質をイオン化する励起ビームとしてレーザ光を使用する場合を例に説明したが、電子線等の他の種類の励起ビームを使用する場合にも上記同様の問題があった。
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、質量分析装置において、低コストで簡便に励起ビームの集束位置と、試料表面の位置を一致させる技術を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために成された本発明は、励起ビームを励起ビーム光学系により集束し、前記励起ビーム光学系に対して固定された固定台上の移動機構により移動可能である試料ステージに照射する質量分析方法であって、
試料ステージの所定の位置に励起ビームを集束させ、その時の前記励起ビーム光学系及び前記試料ステージを含むビーム照射系の位置を基準位置として、並びにその時の前記ビーム照射系の温度を基準温度として記録し、
前記ビーム照射系の温度の変化に対する該ビーム照射系の位置の変化を表す情報である温度依存情報を取得して記録し、
前記基準位置、使用時の前記ビーム照射系の温度と前記基準温度の差、及び前記温度依存情報に基づいて、前記移動機構を用いて励起ビームの集束位置を補正する
ものである。
【0010】
また、上記課題を解決するために成された本発明に係る質量分析装置は、
試料ステージと、
励起ビームを集束させて前記試料ステージに照射する励起ビーム光学系と、
前記励起ビーム光学系に対して固定された固定台上で前記試料ステージを移動する移動機構と、
前記励起ビーム光学系及び前記試料ステージを含むビーム照射系の温度を測定する温度測定部と、
前記ビーム照射系がある基準温度にあるときに、前記試料ステージの所定の位置に前記励起ビームを集束させた時の前記ビーム照射系の位置である基準位置と、前記ビーム照射系の温度の変化に対する該ビーム照射系の位置の変化を表す情報である温度依存情報が保存された記憶部と、
前記基準位置、前記温度測定部により測定された前記ビーム照射系の温度と前記基準温度の差、及び、前記温度依存情報に基づいて、前記移動機構を用いて励起ビームの集束位置を補正する位置補正部と
を備える。
【発明の効果】
【0011】
本発明では、質量分析を実行する前に、試料ステージの所定の位置に励起ビームを集束させて励起ビーム光学系及び試料ステージを含むビーム照射系の位置、並びに該ビーム照射系の温度を基準位置及び基準温度として記録しておく。この基準位置から、試料ステージ上の所定の位置に励起ビームが集束されるように、励起ビーム光学系と試料ステージの位置関係が決まる。また、ビーム照射系の温度の変化に対する該ビーム照射系の位置の変化を表す情報である温度依存情報を取得して記録しておく。この温度依存情報は、励起ビーム光学系と試料ステージのそれぞれの位置の変化を個別に記録したもののほか、励起ビーム光学系と試料ステージの相対位置の変化を記録したものであってもよく、あるいは試料ステージ上の励起ビームの集束位置の変化として記録したものであってもよい。
【0012】
質量分析を実行する際には、ビーム照射系の温度を測定する。そして、基準位置、測定した温度(使用時温度)と基準温度の差、及び温度依存情報に基づき、移動機構を用いて励起ビームの集束位置を補正する。例えば、上記基準位置により決まる、励起ビーム光学系と試料ステージの位置関係を再現するように励起ビーム光学系及び/又は試料ステージの位置を調整する。
【0013】
本発明では、基準温度における試料ステージ及び励起ビーム光学系を含むビーム照射系の位置情報、温度依存情報、及び基準温度と使用時温度の差に基づいて、使用時温度において励起ビームが集光する試料ステージ及び励起ビーム光学系の位置を決定し、試料ステージ及び励起ビーム光学系をピンポイントでその位置に移動するのみでよいため、従来のように試行錯誤することなく、簡便に励起ビームを試料ステージ上に載置される試料に集束させることができる。また、本発明では温調機構を設ける必要がないため、低コストで実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係る質量分析装置の一実施例である、イメージング質量分析装置の要部構成図。
【
図2】本実施例のイメージング質量分析装置のイオン
化部の概略構成を示す図。
【
図3】本発明に係る質量分析方法の一実施例である、イメージング質量分析方法のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係る質量分析方法及び質量分析装置の一実施例である、イメージング質量分析方法及びイメージング質量分析装置について、以下、図面を参照して説明する。
【0016】
本実施例のイメージング質量分析装置1は、マトリックス支援レーザ脱離イオン化(MALDI: Matrix Assisted Laser Desorption/Ionization)法によりイオンを生成して質量分析するものであり、試料ステージ上に載置した試料の表面の複数の測定点のそれぞれにおいてイオンを生成して質量分析する。
【0017】
イメージング質量分析装置1は、
図1にブロック図で示すように、大別してイオン化部10、質量分析部20、及び制御・処理部30から構成される。
【0018】
図2にイオン化部10の概略構成を示す。イオン化部10は、レーザ光源11、反射鏡12、及び集光レンズ13を備えている。レーザ光源11、反射鏡12、及び集光レンズ13(以下、これらを「励起ビーム光学系」とも呼ぶ。)は直接または保持部材(フレーム)を介して間接的に筐体19に固定されている。筐体19は、本発明における、励起ビーム光学系に対して固定された固定台に相当する。本実施例では後記のステージ移動機構15により試料ステージ14の位置を互いに直交する三方向に移動可能とし、それによって集光レンズ13と試料ステージ14の相対位置を調整する構成としているが、集光レンズ13と試料ステージ14の両方に、それぞれを移動可能とする移動機構を設けてもよい。集光レンズ13の移動機構として、例えば後記のステージ移動機構15と同様の構成を用いることができる。
【0019】
また、イオン化部10は、試料ステージ14、ステージ移動機構15、顕微鏡16、及び温度計測部18を備えている。筐体19の一側面には開口17が形成されている。ステージ移動機構15は筐体19に対して固定されている。即ち、ステージ移動機構15は、本発明における固定台(筐体19)上の移動機構に相当する。なお、
図2では、温度計測部18を筐体19の下部の一角に配置しているが、励起ビーム光学系、試料ステージ14、及びステージ移動機構15(以下、これらを「ビーム照射系」とも呼ぶ。)の温度を測定可能な適宜の位置に配置すればよい。ただし、ビーム照射系に近接した位置に温度計測部18を配置することが好ましい。
【0020】
試料ステージ14は、ステージ移動機構15によって互いに直交する三方向に移動可能になっている。ステージ移動機構15は、鉛直方向(x方向)に試料ステージ14を移動させるための第1リニアガイド151と、試料ステージ14及び第1リニアガイド151を水平方向(y方向)に移動させるための第2リニアガイド152と、試料ステージ14及び第1リニアガイド151並びに第2リニアガイド152を水平方向(z方向)に移動させるための第3リニアガイド153と、それらを動作させる駆動源を備えている。この駆動源は、例えばステッピングモータを含む。
【0021】
顕微鏡16は、筐体19内に設けられており、試料ステージ14上に載置された試料を観察するために用いられる。ステージ移動機構15によって試料ステージ14を観察位置(顕微鏡16の正面)に移動させ、顕微鏡16によって試料表面を観察することにより、試料の関心領域を目的領域として設定する。また、該目的領域内に複数の測定点を設定する。
【0022】
イメージング質量分析を実行する際には、試料表面の目的領域が筐体19の側面に形成された開口17の正面に位置するように試料ステージ14を移動させる。そして、レーザ光源11から発せられ反射鏡12で反射された光を集光レンズ13により集光し、試料表面の目的領域内の測定点に照射する。レーザ光の照射によって試料から生成されたイオンは、開口17から筐体19の外部に出射する。
【0023】
イオン化部10は、質量分析部20に着脱可能に取り付けられる。質量分析部20の筐体の、イオン化部10が取り付けられる側の側面には、イオン化部10の開口17に対応する位置に開口21が形成されている。質量分析部20は、該開口21を通じて入射するイオンを質量分析する。質量分析部20には、入射したイオンを集束させるイオンレンズ等のイオン光学系、該イオン光学系で集束されたイオンを質量電荷比に応じて分離する、四重極マスフィルタ等の質量分離部、及び該質量分離部で分離されたイオンを検出するイオン検出器が収容されている。
【0024】
制御・処理部30は、イオン化部10及び質量分析部20の動作を制御するとともに、質量分析部20のイオン検出器からの出力信号に基づいてイメージング質量分析データを作成する等の処理を行うものである。制御・処理部30には、記憶部31のほか、機能ブロックとして、測定制御部321及び位置補正部322を備えている。制御・処理部30の実体は一般的なコンピュータであり、予めインストールされた質量分析用ソフトウェア32をプロセッサで実行することにより、測定制御部321及び位置補正部322の機能が具現化される。また、制御・処理部30には、使用者が適宜の入力操作を行うための入力部40及び各種の情報を表示するための表示部50が接続されている。記憶部31には、基準温度と基準位置を対応付けた情報、及び温度依存情報が保存されている。これらの情報については後述する。
【0025】
本実施例は、実試料のイメージング質量分析を実行する前に、ビーム照射系の温度(環境温度)の変化に応じてレーザ光の集光位置を補正する処理に特徴を有する。
図3のフローチャートを参照し、この処理の流れを説明する。以下では、励起ビーム光学系のうち、レーザ光源11と反射鏡12については環境温度が変化しても位置の変化が生じないものとする。
【0026】
本実施例のイメージング質量分析装置1では、予め励起ビーム光学系と試料ステージ14の基準位置を取得し保存しておく。これは、例えば製造元が出荷時に行ったり、あるいは使用者が据付時に行ったりする。基準位置の取得は、具体的には、試料ステージ14上の所定の位置(例えば試料ステージ14に載置される試料に設定される測定開始点の位置)にレーザ光が集光するように集光レンズ13及び試料ステージ14の位置を調整し、その時の集光レンズ13と試料ステージ14の位置をそれぞれ計測する。集光レンズ13と試料ステージ14の位置は、例えば、集光レンズ13の重心の位置や、試料ステージ14の角部の位置など、集光レンズ13や試料ステージ14の形状に応じた適宜の箇所を基準として、筐体19の所定の位置(例えば試料ステージ14及び集光レンズ13に最も近い角)に対する相対位置として規定することができる。あるいは、集光レンズ13の位置を基準として試料ステージ14の位置を規定してもよい(その場合、集光レンズ13の位置は原点となる)。こうして計測した集光レンズ13と試料ステージ14の位置は、基準位置として記憶部31に保存する(ステップ1)。また、温度計測部18によりこれらの位置を計測した時の温度を測定し、基準位置と対応付けて基準温度として記憶部31に保存する(ステップ2)。この基準位置から、試料ステージ14上の所定の位置にレーザ光が集光されるように、集光レンズ13と試料ステージ14の位置関係が決まる。
【0027】
基準温度は、イメージング質量分析装置1の使用環境における平均的な温度としておくことが好ましい。具体的には、例えば25℃~30℃の範囲内の温度にするとよい。これにより、集光レンズ13や試料ステージ14の位置を補正する際に、以下に説明する温度依存情報の誤差等により生じるレーザ光の集光位置のずれを小さく抑えることができる。
【0028】
また、温度の変化に対する集光レンズ13の位置の変化(変化の方向及び大きさ)の情報と、温度の変化に対する試料ステージ14の位置の変化(変化の方向及び大きさ)の情報を取得し、温度依存情報として記憶部31に保存する(ステップ3)。集光レンズ13や試料ステージ14の位置の変化は、例えば集光レンズ13や試料ステージ14自体、及びこれらを保持する部材を構成する材料の体積膨張・収縮率から理論的に算出することができる。あるいは複数の温度で集光レンズ13や試料ステージ14の位置を計測し、環境温度の変化に対する集光レンズ13や試料ステージ14の位置の変化を近似関数(近似直線や近似曲線)として算出してもよい。
【0029】
集光レンズ13、試料ステージ14、及びステージ移動機構15のうち、温度の変化に対する体積膨張・収縮率が小さい材料で構成されたものや、部材そのものが小さいものなど、当該部材に膨張や収縮が生じても集光レンズ13や試料ステージ14の位置を実質的に変化させないと見做せるものを除いて温度依存情報を作成してもよい。つまり、必ずしも、集光レンズ13又は試料ステージ14自体、又はそれらを保持する部材の全てについて温度依存情報を作成する必要はない。例えば、イメージング質量分析装置1の使用環境において想定される温度変化(例えば10℃の温度変化)に対して、集光レンズ13や試料ステージ14の位置を変化させる変化量が、励起ビーム光学系により集光されるレーザ光の径(例えば5μm)以下であるものを、集光レンズ13や試料ステージ14の位置を実質的に変化させないと見做して除外することができる。そのような部材としては、例えば、熱膨張率が小さい材料であるシリコンの単結晶あるいはシリコン化合物等で構成された部材(石英ガラス等)が挙げられる。
【0030】
使用者がイメージング質量分析装置1を用いた測定の開始を指示すると、測定制御部321は、温度計測部18によってビーム照射系の温度を測定する(ステップ4)。以下、この温度を「使用時温度」とも呼ぶ。
【0031】
ビーム照射系の温度が測定されると、位置補正部322は、記憶部31に保存されている基準温度と使用時温度の差を算出する(ステップ5)。また、位置補正部322は、記憶部31に保存された基準位置情報と温度依存情報を読み出す。続いて、温度依存情報に基づき、上記の温度差によって生じた集光レンズ13及び試料ステージ14の位置の変化の方向と大きさを算出する(ステップ6)。
【0032】
位置補正部322は、集光レンズ13及び試料ステージ14の位置の変化の方向と大きさを算出すると、その変化の方向及び大きさを補正するように、ステージ移動機構15によって試料ステージ14の位置を調整する(ステップ7)。具体的には、基準位置における集光レンズ13と試料ステージ14の相対的な位置関係と同一になるように、試料ステージ14の位置を変更する。これにより、試料ステージ14に載置される試料の所定の位置に集束したレーザ光が照射される。本実施例では試料ステージ14の位置を調整することにより集光レンズ13と試料ステージ14の相対位置を補正する構成としたが、集光レンズ13の位置を調整するように構成してもよく、あるいは集光レンズ13と試料ステージ14の両方の位置を調整するように構成してもよい。
【0033】
近年では、レーザ光を5μm程度の微小径に集光することが可能になっており、こうした微小径のレーザ光を用いることで非常に高い空間分解能でイメージング質量分析を行うことが可能になっている。しかし、イメージング質量分析装置1が配置される場所の温度(環境温度)の変化によって集光レンズ13や試料ステージ14の位置が大きく(例えば5μmよりも大きく)変化するとレーザ光がデフォーカスして試料ステージ14上の試料に集光されず、微小径に集光したレーザ光を用いてもその微小径に見合う分解能が得られなくなる。そのため、従来、前回の分析から間をおいて、高分解能でイメージング質量分析を行う場合に、使用者は分析開始前に集光レンズ13や試料ステージ14の位置を調整していた。
【0034】
しかし、従来のイメージング質量分析装置では、前回の分析時から集光レンズ13、試料ステージ14、及びステージ移動機構15がどのように膨張あるいは収縮し、集光レンズ13や試料ステージ14がどの方向にどの程度変化しているかが不明であった。
【0035】
イメージング質量分析装置用のイオン化部10では、試料ステージ14上に載置された試料を観察する顕微鏡16と、試料にレーザ光を照射する励起ビーム照射系が独立しており、イメージング質量分析を実行する際の試料ステージ14の位置と、顕微鏡16により試料を観察する際の試料ステージ14の位置が異なる。つまり、このようなイオン化部10では一般的な顕微鏡のように試料を観察しながらレンズの焦点位置を合わせることはできない。そのため、このようなイオン化部を用いた従来のイメージング質量分析装置では、使用者が集光レンズや試料ステージを様々な方向に少しずつ動かし、試行錯誤で両者の位置を調整してレーザ光を試料ステージ上の試料に集光させる必要があり、作業に手間がかかっていた。
【0036】
これに対し、本実施例では、基準温度における集光レンズ13及び試料ステージ14の基準位置と基準温度の情報と温度依存情報が記憶部31に事前に保存されており、基準温度と使用時温度の差及び温度依存情報に基づいて、使用時の温度条件でレーザ光が集光する集光レンズ13及び試料ステージ14を決定することができる。そのため、集光レンズ13及び試料ステージ14をピンポイントでその位置に移動するのみでよく、簡便にレーザ光を試料ステージ14上に載置された試料に集光させることができる。また、特別な温調機構を設ける必要がないため、低コストで実施することができる。
【0037】
集光レンズ13及び試料ステージ14の位置の補正を完了すると、測定制御部321は、試料ステージ14上に載置された試料に設定された目的領域のイメージング質量分析を実行する(ステップ8)。目的領域のイメージング質量分析については従来同様に行うことができる。測定制御部321は、試料ステージ14上に載置された試料に設定された複数の測定点のうちの測定開始点をレーザ光の集光位置に一致させるようにステージ移動機構15によって試料ステージ14を移動し、該測定開始点の質量分析を行う。続いて、測定開始点に隣接する測定点をレーザ光の集光位置に一致させるようにステージ移動機構15によって試料ステージ14を移動して質量分析を行う。この動作を複数の測定点の全てについて実行して各測定点のマススペクトルデータを得る。そして、各測定点のマススペクトルデータから、目的物質に特徴的なイオンの質量電荷比のマスピークの強度を抽出し、各測定点におけるマスピークの強度を目的領域にマッピングした画像を作成する。
【0038】
上記実施例は一例であって、本発明の趣旨に沿って適宜に変更することができる。上記実施例は、二次元的に分布する複数の測定点のそれぞれにおいて質量分析を行うイメージング質量分析に関するものであるが、1つの測定点についてのみ質量分析を行う場合にも上記同様の構成を用い、試料ステージ14上の所定の位置にレーザ光を集光させるように、集光レンズ13と試料ステージ14の相対位置を補正することができる。これにより、測定点の位置精度を高くすることができる。また、上記実施例ではレーザ光を用いて試料表面の物質をイオン化したが、電子線等の他の種類の励起ビームを使用する場合にも上記実施例と同様の構成を用いることができる。
【0039】
[態様]
上述した複数の例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0040】
(第1項)
一態様は、励起ビームを励起ビーム光学系により集束し、前記励起ビーム光学系に対して固定された固定台上の移動機構により移動可能である試料ステージに照射する質量分析方法であって、
試料ステージの所定の位置に励起ビームを集束させ、その時の前記励起ビーム光学系及び前記試料ステージを含むビーム照射系の位置を基準位置として、並びにその時の前記ビーム照射系の温度を基準温度として記録し、
前記ビーム照射系の温度の変化に対する該ビーム照射系の位置の変化を表す情報である温度依存情報を取得して記録し、
前記基準位置、使用時の前記ビーム照射系の温度と前記基準温度の差、及び前記温度依存情報に基づいて、前記移動機構を用いて励起ビームの集束位置を補正する
ものである。
【0041】
(第2項)
別の一態様である質量分析装置は、
試料ステージと、
励起ビームを集束させて前記試料ステージに照射する励起ビーム光学系と、
前記励起ビーム光学系に対して固定された固定台上で前記試料ステージを移動する移動機構と、
前記励起ビーム光学系及び前記試料ステージを含むビーム照射系の温度を測定する温度測定部と、
前記ビーム照射系がある基準温度にあるときに、前記試料ステージの所定の位置に前記励起ビームを集束させた時の前記ビーム照射系の位置である基準位置と、前記ビーム照射系の温度の変化に対する該ビーム照射系の位置の変化を表す情報である温度依存情報が保存された記憶部と、
前記基準位置、前記温度測定部により測定された前記ビーム照射系の温度と前記基準温度の差、及び、前記温度依存情報に基づいて、前記移動機構を用いて励起ビームの集束位置を補正する位置補正部と
を備える。
【0042】
第1項に記載の質量分析方法及び第2項に記載の質量分析装置では、試料ステージの所定の位置に励起ビームを集束させて励起ビーム光学系及び試料ステージを含むビーム照射系の位置、並びに該ビーム照射系の温度を基準位置及び基準温度として記録しておく。この基準位置から、試料ステージ上の所定の位置に励起ビームが集束されるように、励起ビーム光学系と試料ステージの位置関係が決まる。また、ビーム照射系の温度の変化に対する該ビーム照射系の位置の変化を表す情報である温度依存情報を取得して記録しておく。この温度依存情報は、励起ビーム光学系と試料ステージのそれぞれの位置の変化を個別に記録したもののほか、励起ビーム光学系と試料ステージの相対位置の変化を記録したものであってもよく、あるいは試料ステージ上の励起ビームの集束位置の変化として記録したものであってもよい。
【0043】
質量分析を実行する際には、ビーム照射系の温度を測定する。そして、基準位置、測定した温度(使用時温度)と基準温度の差、及び温度依存情報に基づき、移動機構を用いて励起ビームの集束位置を補正する。例えば、上記基準位置により決まる、励起ビーム光学系と試料ステージの位置関係を再現するように励起ビーム光学系及び/又は試料ステージの位置を調整する。
【0044】
第1項に記載の質量分析方法及び第2項に記載の質量分析装置では、基準温度における試料ステージ及び励起ビーム光学系を含むビーム照射系の位置情報、温度依存情報、及び基準温度と使用時温度の差に基づいて、使用時温度において励起ビームが集光する試料ステージ及び励起ビーム光学系の位置を決定し、試料ステージ及び励起ビーム光学系をピンポイントでその位置に移動するのみでよいため、従来のように試行錯誤することなく、簡便に励起ビームを試料ステージ上に載置される試料に集束させることができる。また、第1項に記載の質量分析方法及び第2項に記載の質量分析装置では温調機構を設ける必要がないため、低コストで実施することができる。
【0045】
(第3項)
第2項に記載の質量分析装置において、
前記温度依存情報が、前記ビーム照射系の温度の変化に対する前記励起ビーム光学系の位置の変化と前記試料ステージの位置の変化を表す情報である。
【0046】
同型の質量分析装置であっても、試料ステージや励起ビームの位置の変化の方向や程度が異なる。また、励起ビーム光学系の位置と試料ステージの位置の変化が、励起ビームの集束位置に最も大きな影響を及ぼす。第3項に記載の質量分析装置では、温度依存情報として、ビーム照射系の温度の変化に対する励起ビーム光学系の位置の変化と試料ステージの位置の変化の情報を用いる。これらの情報は質量分析装置について実測により個別に取得することができる。こうした位置情報を用いることにより、高精度で励起ビームの集束位置を補正することができる。
【0047】
(第4項)
第2項又は第3項に記載の質量分析装置において、
前記励起ビーム光学系が、レーザ光を発するレーザ光源と、該レーザ光源から発せられるレーザ光を集光する集光レンズを含む。
【0048】
励起ビームの中でもレーザ光は特に微小径に集光することが可能であり、第4項に記載の質量分析装置のように、微小径に集光されたレーザ光を用いて高空間分解能の質量分析を行う場合に、第2項及び第3項に記載の質量分析装置を好適に用いることができる。
【0049】
(第5項)
第4項に記載の質量分析装置において、
前記集光レンズによるレーザ光の集光径が5μm以下である。
【0050】
第4項に記載の質量分析装置は、第5項に記載の質量分析装置のように、5μm以下の径に集光したレーザ光を用いた質量分析装置において特に好適に用いることができる。
【0051】
(第6項)
第2項から第5項のいずれかに記載の質量分析装置において、
前記基準温度が25℃以上30℃以下である。
【0052】
第6項の質量分析装置のように、基準温度を室温付近の温度とすることにより、使用時の補正量を小さくして高精度に励起ビームを所定の位置に集束させることができる。
【符号の説明】
【0053】
1…イメージング質量分析装置
10…イオン化部
11…レーザ光源
12…反射鏡
13…集光レンズ
14…試料ステージ
15…ステージ移動機構
151…第1リニアガイド
152…第2リニアガイド
153…第3リニアガイド
16…顕微鏡
17…開口
18…温度計測部
19…筐体
20…質量分析部
21…開口
30…制御・処理部
31…記憶部
32…質量分析用ソフトウェア
321…測定制御部
322…位置補正部
40…入力部
50…表示部