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特許7371917薬物動態再構築システム及び薬物動態再構築方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】薬物動態再構築システム及び薬物動態再構築方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 1/00 20060101AFI20231024BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20231024BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20231024BHJP
   G01N 33/15 20060101ALI20231024BHJP
   G01N 37/00 20060101ALI20231024BHJP
【FI】
G01N1/00 101M
C12M1/34 A
C12Q1/02
G01N33/15 Z
G01N37/00 101
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2020085115
(22)【出願日】2020-05-14
(65)【公開番号】P2021179372
(43)【公開日】2021-11-18
【審査請求日】2023-02-24
(73)【特許権者】
【識別番号】504258527
【氏名又は名称】国立大学法人 鹿児島大学
(74)【代理人】
【識別番号】100095407
【弁理士】
【氏名又は名称】木村 満
(74)【代理人】
【識別番号】100162259
【弁理士】
【氏名又は名称】末富 孝典
(74)【代理人】
【識別番号】100168114
【弁理士】
【氏名又は名称】山中 生太
(74)【代理人】
【識別番号】100146916
【弁理士】
【氏名又は名称】廣石 雅紀
(72)【発明者】
【氏名】寺薗 英之
(72)【発明者】
【氏名】武田 泰生
【審査官】外川 敬之
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-073034(JP,A)
【文献】特開2011-193758(JP,A)
【文献】特開2006-266923(JP,A)
【文献】特開平07-265058(JP,A)
【文献】特開2008-263858(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 1/00 - 1/44
G01N 35/00 - 37/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
薬液と希釈液との混合液が流れる流路が設けられ、検査対象を保持した状態で前記検査対象を前記混合液に暴露する保持部が前記流路中に設けられたマイクロチップと、
前記混合液を前記流路に流し続けつつ、前記薬液に係る薬物を個体に投与した場合の前記個体の体内における前記薬物の濃度の時間的な変動が前記保持部で再現されるように前記流路を流れる前記薬液の濃度を調整する調整部と、
を備える薬物動態再構築システム。
【請求項2】
前記マイクロチップには、
前記薬液を導入する第1の導入路と、
前記希釈液を導入する第2の導入路と、
前記第1の導入路に導入された前記薬液と、前記第2の導入路に導入された前記希釈液とを混合して混合液を生成する混合部と、
が形成され、
前記調整部は、
前記第1の導入路に導入される前記薬液の流速を変更することにより、前記薬液の濃度を調整する、
請求項1に記載の薬物動態再構築システム。
【請求項3】
同時に投与される複数種類の前記薬液各々についてそれぞれ前記第1の導入路が設けられている、
請求項2に記載の薬物動態再構築システム。
【請求項4】
前記混合部には、
前記薬液と前記希釈液との流れに乱流を形成するために蛇行する蛇行路が設けられている、
請求項2又は3に記載の薬物動態再構築システム。
【請求項5】
前記混合部には、
前記薬液と前記希釈液との流れに乱流を形成するために内壁に凹凸が形成されている、
請求項2又は3に記載の薬物動態再構築システム。
【請求項6】
前記保持部には、前記混合液に流されないように前記検査対象が配置される凹部が形成されている、
請求項1から5のいずれか一項に記載の薬物動態再構築システム。
【請求項7】
前記保持部は、前記検査対象の状態を、外部から観察可能である、
請求項1から6のいずれか一項に記載の薬物動態再構築システム。
【請求項8】
コントローラ及び記憶部を有する調整装置によって実行される薬物動態再構築方法であって、
薬物を個体に投与した場合の前記個体の体内における前記薬物の濃度の時間的な変動が、検査対象が保持されるマイクロチップの内部空間において再現されるように、前記薬物に係る薬液と希釈液との混合液における前記薬液の濃度を調整し、
前記薬液の濃度が調整された前記混合液を、前記内部空間に流す、
薬物動態再構築方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物動態再構築システム及び薬物動態再構築方法に関する。
【背景技術】
【0002】
制がん剤等の薬物を個体に投与する場合には、期待する効果を得るために、どれくらいの量の薬物を、どのようなタイミングで投与すればよいかというような最適な薬物の投与条件を決定する必要がある。最適な薬物の投与条件の決定には、マウス等の実験動物が用いられる。
【0003】
しかしながら、実験動物への投薬は、負担の大きい作業である。また、薬物に対する個体間の反応のばらつきや大きさが、薬物の投与条件を絞り込むうえでの障害となっており、絞り込みに多数の実験動物が必要となる。
【0004】
また、薬物の投与条件は、患者の健康状態によって変更する必要がある。例えば、腎機能に異常がある患者に、腎機能が正常な患者と同じ量、同じタイミングで薬物を投与した場合には、薬物血中濃度が適正範囲を大きく超えてしまうことがある。このような患者の健康状態による違いに対処するため、動物実験においても、腎機能不全を人為的に起こした実験動物を作製して、その実験動物で薬物動態を確認する必要がある。
【0005】
実験動物等を用いる前に、薬物の投与条件をある程度絞り込むことができれば、実験に用いる実験動物の数を少なくすることができる。このような観点から、人工的に体内の薬物動態の変動を再現することができるシステムの登場が望まれている。例えば、バイオチップ内で細胞を培養し、薬品の応答を確認するものが開示されている(特許文献1~5参照)。また、抗菌薬の常用投与によりヒト血中濃度の推移をin Vitroでシミュレートする制御システムも開示されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2015-116149号公報
【文献】特表2009-505634号公報
【文献】特表2005-503169号公報
【文献】特開2005-214798号公報
【文献】特開2005-283331号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】株式会社大日本精機,“薬物動態自動シミュレーション装置PASS-400/概要”,[online],[令和2年1月27日検索],インターネット<URL:http://www.dnseiki.co.jp/kaihatsu/product/pass400.html>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、上記特許文献1~5に開示されたバイオチップでは、薬物の投与条件に従って薬物を投与した場合の体内における薬物の濃度の時間的な変動を再現しているわけではない。薬物の濃度の時間的な変動を再現することができなければ、例えば、薬物の濃度が一定である環境では、実際に薬物を個体に投与した場合の細胞の応答を確認するのは困難である。
【0009】
一方、非特許文献1に開示された制御システムでは、薬物血中濃度の時間的な変動に対する細胞の応答を確認することができる。しかしながら、シリンジポンプ及び培養槽ユニットの容積が大きいため、大量の薬物が必要となる。
【0010】
本発明は、上記実情の下になされたものであり、実験動物を用いることなく、かつ、大量の薬物を用いることなく、薬物に対する検査対象の応答を確認することができる薬物動態再構築システム及び薬物動態再構築方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明の第1の観点に係る薬物動態再構築システムは、
薬液と希釈液との混合液が流れる流路が設けられ、検査対象を保持した状態で前記検査対象を前記混合液に暴露する保持部が前記流路中に設けられたマイクロチップと、
前記混合液を前記流路に流し続けつつ、前記薬液に係る薬物を個体に投与した場合の前記個体の体内における前記薬物の濃度の時間的な変動が前記保持部で再現されるように前記流路を流れる前記薬液の濃度を調整する調整部と、
を備える。
【0012】
この場合、前記マイクロチップには、
前記薬液を導入する第1の導入路と、
前記希釈液を導入する第2の導入路と、
前記第1の導入路に導入された前記薬液と、前記第2の導入路に導入された前記希釈液とを混合して混合液を生成する混合部と、
が形成され、
前記調整部は、
前記第1の導入路に導入される前記薬液の流速を変更することにより、前記薬液の濃度を調整する、
こととしてもよい。
【0013】
また、同時に投与される複数種類の前記薬液各々についてそれぞれ前記第1の導入路が設けられている、
こととしてもよい。
【0014】
前記混合部には、
前記薬液と前記希釈液との流れに乱流を形成するために蛇行する蛇行路が設けられている、
こととしてもよい。
【0015】
前記混合部には、
前記薬液と前記希釈液との流れに乱流を形成するために内壁に凹凸が形成されている、
こととしてもよい。
【0016】
前記保持部には、前記混合液に流されないように前記検査対象が配置される凹部が形成されている、
こととしてもよい。
【0017】
前記保持部は、前記検査対象の状態を、外部から観察可能である、
こととしてもよい。
【0018】
本発明の第2の観点に係る薬物動態再構築方法は、
コントローラ及び記憶部を有する調整装置によって実行される薬物動態再構築方法であって、
薬物を個体に投与した場合の前記個体の体内における前記薬物の濃度の時間的な変動が、検査対象が保持されるマイクロチップの内部空間において再現されるように、前記薬物に係る薬液と希釈液との混合液における前記薬液の濃度を調整し、
前記薬液の濃度が調整された前記混合液を、前記内部空間に流す。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、薬物を個体に投与した場合の個体の体内における薬物の濃度の時間的な変動を、微小なマイクロチップの保持部で再現することができる。このため、保持部に検査対象を保持しておけば、体内に薬物を投与した場合と同等の検査対象の応答をマイクロチップ内で得ることができる。したがって、実験動物を用いることなく、かつ、大量の薬物を用いることなく、薬物が投与された検査対象の応答を確認することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施の形態に係る薬物動態再構築システムの構成を示す模式図である。
図2】(A)は、薬物を1回投与した場合の体内の薬物濃度の時間的な変動の一例を示す図である。(B)は、一定期間において薬物を繰り返し投与した場合の体内の薬物濃度の時間的な変動の一例を示す図である。
図3】(A)は、薬液の流速の時間的な変動の一例を示す図である。(B)は、培養液の流速の時間的な変動の一例を示す図である。
図4】調整部による薬液の流速の調整の様子を示す模式図である。
図5】(A)は、腎機能が正常な場合の体内における薬物濃度の時間的な変動の一例を示す図である。(B)は、腎機能に異常がある場合の体内における薬物濃度の時間的な変動の一例を示す図である。
図6】(A)は、薬物を1回投与した場合の体内の薬物濃度の時間的な変動の一例を示す図である。(B)は、(A)の薬物濃度の時間的な変動を実現させるための薬液の流速の目標プロファイルの一例を示す図である。
図7】基本的な検査の流れを示すフローチャートである。
図8】(A)、(B)及び(C)は、マイクロチップの製造方法その1を示す図である。
図9】(A)、(B)及び(C)は、マイクロチップの製造方法その2を示す図である。
図10】混合部の変形例を示す図である。
図11】混合部の変形例を示す図である。
図12】保持部の変形例を示す図である。
図13図1の薬物動態再構築システムの変形例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施の形態について図面を参照して詳細に説明する。全図において、同一又は相当する構成要素には、同一の符号が付されている。
【0022】
図1に示すように、本実施の形態に係る薬物動態再構築システム1は、マイクロチップ2と、薬液供給部3と、希釈液供給部4と、調整部5と、を備える。
【0023】
マイクロチップ2は、半導体等を製造する技術を応用した微細加工技術によって内部空間が形成されたバイオチップである。その内部空間には、検査対象となる生細胞Cが保持されている。内部空間の容積は全体でも1000nL未満となっている。
【0024】
薬液供給部3は、マイクロチップ2に薬液を供給するペリスタポンプである。希釈液供給部4は、マイクロチップ2に希釈液を供給するペリスタポンプである。薬液と希釈液とは、マイクロチップ2の内部空間に導入された後に混合され、それらの混合液が生成される。調整部5は、その混合液における薬液の濃度を調整する。
【0025】
薬物を個体に投与した場合、その体内では薬物の濃度は一定ではなく、時間的に変動する。本実施の形態に係る薬物動態再構築システム1は、所定の投与条件(薬物の投与計画)に従って、薬物を投与した場合に実際の体内における濃度の変動をマイクロチップ2内に再現する。
【0026】
マイクロチップ2の詳細な構成について説明する。マイクロチップ2には、その内部空間として、薬液供給路10、希釈液供給路11及び流路12が形成されている。
【0027】
薬液供給路10は、薬液インレット10aで、薬液供給部3と接続されている。薬液供給路10は、薬液供給部3から送られた薬液を導入する第1の導入路である。薬液供給路10は、薬液を流路12に送る。本実施の形態では、薬液は、検査対象である生細胞Cに影響を及ぼす薬物の溶液である。
【0028】
希釈液供給路11は、希釈液インレット11aで希釈液供給部4と接続されている。希釈液供給路11は、希釈液供給部4から送られた希釈液を導入する第2の導入路である。希釈液供給路11は、希釈液を流路12に送る。希釈液は、検査対象である生細胞Cが死なないように、すなわち患者の体内にあるのと同じ状態となるように浸透圧等が調整された、生細胞Cを維持するための培養液である。
【0029】
流路12には、薬液と希釈液との混合液が流れる。流路12には、混合部13と、混合液供給路14と、保持部15と、混合液排出路16と、アウトレット17と、が形成されている。
【0030】
混合部13は、薬液供給路10から供給される薬液と、希釈液供給路11から供給される希釈液とを混合して、それらの混合液を生成する。混合液供給路14は、混合部13で生成された混合液を、保持部15に供給する。
【0031】
保持部15は、流路12中に設けられている。保持部15は、生細胞Cを培養する領域である。保持部15は、生細胞Cを保持した状態で、生細胞Cを混合液に暴露する。保持部15には、生細胞Cを外部から挿入可能な図1では不図示の挿入口(例えば図12の開口30a)を有している。保持部15に生細胞Cが挿入された後、挿入口は、混合液が漏れることのないように封止される。
【0032】
保持部15は、混合液における薬液に対する生細胞Cの状態を外部から観察可能に構成されている。本実施の形態では、マイクロチップ2は、透明のガラス基板で形成されているため、保持部15における生細胞Cの状態を外部から確認することができるようになっている。
【0033】
このように、本実施の形態では、保持部15の前に、混合部13が設けられている。これにより、混合液をその濃度の濃淡がない状態としたうえで、保持部15に送ることができる。
【0034】
混合液排出路16は、保持部15から混合液を排出する。アウトレット17は、排出管20を介して、外部に混合液を排出する。
【0035】
なお、混合液供給路14及び混合液排出路16については、例えば横幅を1~2mmとし、深さを0.1mmとすることができる。また、保持部15については、円柱状としたときに、その底面の直径を例えば10mm~50mmとすることができる。
【0036】
このように、マイクロチップ2においては、薬液供給部3から供給される薬液と、希釈液供給部4から供給される希釈液との混合液が混合部13で生成される。混合液は、混合部13から混合液供給路14を経て、検査対象が保持された保持部15に至る。これにより、保持部15に保持された生細胞Cが混合液に暴露される。
【0037】
その後、混合液は、保持部15から混合液排出路16に排出され、アウトレット17から排出管20を経て、外部に排出される。生細胞Cの検査中には、薬液供給部3及び希釈液供給部4から連続的に薬液と希釈液とが供給される。これにより、マイクロチップ2の流路12内は、薬液と希釈液との混合液が流れ続けるようになる、いわゆるかけ流し状態となる。
【0038】
調整部5は、薬液供給部3及び希釈液供給部4を駆動して、混合液を流路12に流し続けつつ、薬物の投与条件に従って薬物を投与した場合の体内における薬物の濃度の時間的な変動が生細胞Cの保持部15で再現されるように、流路12を流れる薬物に係る薬液の濃度を調整する。
【0039】
ここで、薬物の種類と投与方法との関係について説明する。薬物の投与方法は、その種類によって様々である。基本的には、薬物は、濃度依存性のものと時間依存性のものとに大別される。濃度依存性のものと時間依存性のものとでは投与方法が異なる。
【0040】
濃度依存性の薬物は、血中濃度が高ければ高いほど薬の作用が強くなる。このため、濃度依存性の薬物では、投与回数を1回とし、その1回の投与量を最大化させる必要がある。このため、薬物の濃度変化は、図2(A)で示されるようになる。なお、図2(A)に示す下限値(有効量)は、薬物が有効に機能する最小値を示す濃度である。なお、薬物が抗菌薬である場合には、この下限値は、最小発育阻止濃度(MIC;Minimum Inhibitory Concentration)であり、抗菌薬において、効果的な最低の血中濃度となる。
【0041】
時間依存性の薬物は、濃度が高くても薬の作用が頭打ちとなり、濃度が濃すぎれば逆に副作用が懸念される。このため、時間依存性の薬物では、薬物血中濃度を、下限値(有効量)と上限値(中毒量)との間の治療可能域に長時間維持する必要がある。時間依存性の薬物は、所定の間隔Tを置いて、薬物を患者に複数回投与される。この場合、図2(B)に示すように、薬物の血中濃度は、下限値と上限値との間の治療可能域内に保たれつつ、薬物が投与される度に増減を繰り返すようになる。なお、間隔Tは、一定には限られず、回数に応じて変更されることもある。
【0042】
調整部5は、保持部15における薬物の濃度が時間的に変動するように、薬液供給部3から供給される薬液の濃度を変更する。調整部5は、例えば、図3(A)に示すように、薬液供給部3の薬液の流速a[nL/s]を増減させる。一方、調整部5は、図3(B)に示すように、希釈液供給部4における希釈液の流速b[nL/s]を一定に保っている。薬液の流速a[nL/s]の変更により、混合部13における薬液と希釈液との混合比率a:bが変動する。これにより、保持部15における薬液の濃度を、図2(A)に示すように、増減させることができる。すなわち、調整部5は、薬液供給路10に導入される薬液の流速を変更することにより、薬液の濃度を調整する。
【0043】
図4に示すように、調整部5は、コントローラ5aと、記憶部5bと、を備えるコンピュータである。記憶部5bには、薬液供給部3の薬液の流速の目標値の時間プロファイルが記憶されている。時間プロファイルとは、目標値を時系列で並べたものであり、時間を変数とする目標値の関数である。この時間プロファイルは、例えば、図3(A)に示すような波形を有するプロファイルである。
【0044】
コントローラ5aは、薬物の流速の目標値の時間プロファイルを記憶部5bから読み出す。さらに、コントローラ5aは、読み出した時間プロファイルにおける現在の目標値をその時間の経過に応じて読み出して、薬液供給部3の目標値として設定する。薬液供給部3は、供給する薬液の流速を、設定された目標値に追従させる制御を行う。
【0045】
なお、薬液供給部3には、薬液の流速を計測するセンサが備えられている。薬液供給部3には、センサで計測された薬液の流速が目標値に一致するようなフィードバック制御系が構築されている。このフィードバック制御系により、薬液の流速は、目標値に追従する。また、希釈液供給部4には、希釈液の流速を計測するセンサが備えられている。希釈液供給部4には、センサで計測された希釈液の流速が目標値に一致するようなフィードバック制御系が構築されている。このフィードバック制御系により、希釈液の流速は、目標値に追従する。
【0046】
なお、抗がん剤については、その多くは時間依存性のものである。この場合、薬物の血中濃度は、図2(B)に示すように、上限値(中毒量)と下限値(有効量)の間の治療可能域を維持する必要がある。
【0047】
また、同じ薬物を、同じ量、同じタイミングで投与しても、患者によってその応答は異なる。例えば、腎機能が正常な患者に薬液を投与した場合には、適切な量、適切なタイミングで薬物を投与すれば、体内の薬物濃度は、図5(A)に示すように、上限値と下限値との間に収まるようになる。一方、同じ薬液を、同じ量、同じタイミングで投与しても、腎機能に異常がある患者に薬液を投与した場合には、図5(B)に示すように、体内の薬物濃度が、上限値を超えてしまう場合がある。
【0048】
そこで、調整部5では、記憶部5bに、薬液の流速の目標プロファイルとして、保持部15における薬液の濃度が、図5(A)に示すように変動するような目標プロファイルと、図5(B)に示すように変動するような目標プロファイルと、を両方記憶する。
【0049】
そして、腎機能が正常な患者に薬液を投与する場合には、コントローラ5aは、図5(A)に示すように薬液の濃度が変動する目標プロファイルを記憶部5bから読み込む。そして、コントローラ5aは、読み込んだ目標プロファイルに従って、薬液供給部3から供給される薬液の流速を制御する。
【0050】
一方、腎機能に異常がある患者に薬液を投与する場合には、コントローラ5aは、図5(B)に示すように薬液の濃度が変動する目標プロファイルを記憶部5bから読み込む。そして、コントローラ5aは、読み込んだ目標プロファイルに従って、薬液供給部3から供給される薬液の流速を制御する。
【0051】
このようにすれば、腎機能が正常な患者に薬液を投与した場合の生細胞Cの反応も確認することができ、さらには腎機能に異常がある患者に薬液を投与した場合の生細胞Cの反応を確認することもできる。
【0052】
なお、薬剤の投与回数が1回の場合、すなわち濃度依存性の薬物である場合においても、図6(A)に示すように、腎機能が正常である場合(実線)と、腎機能に異常がある場合(点線)とで、薬液の血中濃度の時間的な変動に違いがでる。このため、図6(B)に示すように、調整部5では、腎機能が正常である場合の目標プロファイル(実線)と、腎機能に異常がある場合の目標プロファイル(点線)とを、記憶部5bに記憶している。
【0053】
そして、腎機能が正常である患者における薬物血中濃度の時間的な変動を再現する場合には、コントローラ5aは、図6(A)の実線で示す目標プロファイルを記憶部5bから読み出して、目標値を薬液供給部3に設定する。また、腎機能に異常がある患者における薬物血中濃度の時間的な変動を再現する場合には、コントローラ5aは、図6(A)の点線で示す目標プロファイルを記憶部5bから読み出して、目標値を薬液供給部3に設定する。
【0054】
以上述べたように、調整部5は、薬物を投与した場合における薬物血中濃度の時間的な変動が、生細胞Cが保持される保持部15において再現されるように、薬液と希釈液との混合液における薬液の濃度を変更する。これにより、患者の体内における患者の健康状態に応じた薬物血中濃度の時間的な変動が、保持部15において再現される。
【0055】
なお、マイクロチップ2は、検査中、例えば内部環境が温度37℃、湿度100%に保たれたチャンバ内に収納されている。これにより、保持部15における生細胞Cの環境を、人体内部にあるときに限りなく近づけることができる。
【0056】
次に、本実施の形態に係る薬物動態再構築システム1を用いた検査対象の検査方法について説明する。
【0057】
(基本的な検査の流れ)
まず、基本的な検査の流れについて説明する。ここで、前提として、薬物の投与量が異なる複数の目標プロファイルを用意して、記憶部5bに記憶しているものとする。この場合、濃度依存性の薬物については、その薬物を1回投与したときの目標プロファイルが記憶され、時間依存性の薬物については、間隔を置いてその薬物を複数回投与したときの目標プロファイルが記憶される。また、薬物の投与量及び投与するタイミングがそれぞれ異なる複数の目標プロファイルが記憶される。さらに、患者の健康状態、例えば腎機能の状態に応じて異なる複数の目標プロファイルが記憶される。
【0058】
この方法では、図7に示すように、まず、薬物動態再構築システム1がセットされる(ステップS1)。より具体的には、マイクロチップ2の保持部15に、検査対象である生細胞Cがセットされ、マイクロチップ2は、チャンバ内に設定される。そして、薬液供給部3及び希釈液供給部4がマイクロチップ2と接続され、調整部5が薬液供給部3及び希釈液供給部4と接続されてシステムが構築される。
【0059】
そして、コントローラ5aは、操作入力により、検査目的に合致した目標プロファイルを記憶部5bから読み込む(ステップS2)。
【0060】
続いて、コントローラ5aは、目標プロファイルにおける薬液の流速の目標値を薬液供給部3に設定し、希釈液の流速の目標値(一定値)を希釈液供給部4に設定するとともに、送液を開始する(ステップS3)。送液の開始後から、コントローラ5aは、目標プロファイルに沿って目標値を更新して、薬液の濃度を調整し、そして、薬液の濃度が調整された混合液を、保持部15に流す。これにより、薬物を患者に投与した場合の体内における薬液の濃度の時間的な変動が、生細胞Cが保持されるマイクロチップ2の保持部15において再現される。
【0061】
そして、目標プロファイルにおける最終時点の目標値の設定が完了すると、コントローラ5aは、薬液供給部3及び希釈液供給部4に送液を終了させる(ステップS4)。
【0062】
送液終了後、各目標プロファイルに従って保持部15における薬物の濃度を時間的な変動させた後の生細胞Cの状態を観察する(ステップS5)。観察後は、処理を終了する。
【0063】
(薬物の投与条件の絞り込み)
上述した基本的な検査の流れに基づいて、様々な検査が可能になる。例えば、薬物の投与条件の絞り込みが可能になる。薬物の投与量や投与するタイミングが異なる幾つかの目標プロファイルで、それぞれステップS1~S5を実行し、観察の結果、薬効が効果的で、副作用が少なかった条件の目標プロファイルを、最適な薬物の投与条件として絞り込むことができる。
【0064】
(腎機能に関する検査)
さらに、腎機能に関する検査を行うことも可能である。腎機能に異常がある場合の目標プロファイルを用いてステップS1~S5を実行したときに得られる生細胞Cの状態と、腎機能が正常である場合の目標プロファイルを用いてステップS1~S5を実行したときに得られる生細胞Cの状態とを比較する。これにより、薬物が生細胞Cに与える影響(薬効及び副作用)を確認することが可能となる。具体的には、生細胞Cの死滅数などから、薬物の影響を確認することができる。
【0065】
(マイクロチップ2の製造方法)
次に、マイクロチップ2の製造方法について説明する。まず、図8(A)に示すように、平板状のガラス基板30を用意する。続いて、図8(B)に示すように、ガラス基板30上にフォトレジスト31、例えばUV硬化剤(例えばSU-8)をコータにより塗布する。
【0066】
続いて、図8(C)に示すように、露光装置を用いて、UV透過マスク32を介して紫外線を、フォトレジスト31が塗布された面に当てて、パターン露光を行う。これにより、フォトレジスト31では、紫外線が照射された流路パターン31aとなる部分が硬化する。
【0067】
続いて、図9(A)に示すように、プラズマ処理を行って、硬化されていないUV硬化剤を取り除く。これにより、図1に示す薬液供給路10、希釈液供給路11及び流路12の流路パターン31aのみがガラス基板30上に残る。
【0068】
さらに、図9(B)に示すように、未重合のシリコンゴム(PDMS;Polydimethylsiloxane)と重合剤を混合した物を基板上に流し込み、これに熱を加えて硬化させ、型どりを行い、流路部材33を生成する。
【0069】
そして、図9(C)に示すように、流路部材33を剥がして、フラットなガラス基板30’に貼り付ける。これにより、内部空間35が形成される。図9(C)では、内部空間35は、直方体状として示されているが、実際には、この内部空間35が、図1に示す薬液供給路10、希釈液供給路11及び流路12となる。これにより、マイクロチップ2が完成する。なお、ガラス基板30’は、流路パターン31aを取り除いたガラス基板30であってもよい。
【0070】
以上詳細に説明したように、本実施の形態によれば、薬物を個体に投与した場合の個体の体内における薬物の濃度の時間的な変動を、マイクロチップ2の微小な保持部15で再現することができる。このため、保持部15に生細胞Cを保持しておけば、体内に薬物を投与した場合と同等の生細胞Cの応答をマイクロチップ2内で得ることができる。したがって、実験動物を用いることなく、かつ、大量の薬物を用いることなく、薬物が投与された生細胞Cの応答を確認することができる。
【0071】
なお、本実施の形態では、検査対象を生細胞Cとし、薬液を抗がん剤としたが、本発明はこれには限られない。例えば、検査対象を菌類とし、薬液を抗菌薬とするようにしてもよい。また、その他の薬物を検査対象としてもよい。また、検査対象としては、iPS細胞(人工多能性幹細胞)又はES細胞(胚性幹細胞)など、様々な細胞を用いることができる。
【0072】
また、図10に示すように、混合部13には、薬液と希釈液との流れに乱流を形成するための蛇行する蛇行路13aが設けられているようにしてもよい。蛇行路13aでは、薬液と希釈液との流れの方向が絶えず変わり、方向の変化により薬液の流れと希釈液の流れとに乱流が発生する。この乱流の発生により、薬液と希釈液とが入り乱れて、よく攪拌されるようになる。この結果、場所によって濃淡の少ない混合液を生成して、生細胞Cに暴露することができる。
【0073】
また、図11に示すように、混合部13には、薬液と希釈液との流れに乱流を形成するための凹凸の内壁が設けられた凹凸流路13bを有するようにしてもよい。このようにすれば、内壁の凹凸により、薬液と希釈液に乱流が発生し、この乱流の発生により、薬液と希釈液とが入り乱れて、よく攪拌されるようになるので、場所によって濃淡の少ない混合液を生成し、生細胞Cに暴露させることができる。
【0074】
また、図12に示すように、保持部15には、生細胞Cが混合液に流されないように生細胞Cを保持する凹部15aが形成されるようにしてもよい。このようにすれば、生細胞Cが混合液の流れで移動し、流路12を塞いで混合液の流れが滞るのを防止することができる。なお、図12に示すように、凹部15aの上部のガラス基板30’には、開口30aが設けられるようにしておくのが望ましい。この開口30aは、生細胞Cを凹部15aに挿入するためのアクセスポートとして利用することができる。開口30aは、生細胞Cの挿入後、蓋30bで閉じることができる。また、この開口30aを利用して、生細胞Cの周囲の環境雰囲気(温度、湿度及び二酸化炭素濃度など)を、体内と同等に保つ機構も設けることができる。
【0075】
図13には、薬物動態再構築システム1の変形例が示されている。図13に示すように、このシステムは、薬液Aを供給する薬液供給部3Aと、薬液Bを供給する薬液供給部3Bと、を備える。また、このマイクロチップ2では、薬液供給路10A,10Bが設けられている。
【0076】
薬液供給路10Aは、薬液インレット10aで、薬液供給部3Aと接続されている。薬液供給路10Aは、薬液供給部3Aから送られた薬液Aを導入する第1の導入路である。薬液供給路10Aは、薬液Aを流路12(混合部13)に送る。
【0077】
薬液供給路10Bは、薬液インレット10bで、薬液供給部3Bと接続されている。薬液供給路10Bは、薬液供給部3Bから送られた薬液Bを導入する第1の導入路である。薬液供給路10Bは、薬液Bを流路12(混合部13)に送る。
【0078】
混合部13では、薬液A、薬液Bという2種類の薬液と、希釈液とが混合し、混合液が生成される。保持部15では、その混合液が生細胞Cに暴露される。このシステムにおいても、調整部5は、薬物Aの濃度と、薬物Bの濃度とを、時間的な変動させることにより、2種類の薬物を同時に投与した場合の生細胞Cの反応を確認することができる。
【0079】
このように、薬物動態再構築システム1では、2種類の薬物を同時に投与する場合にも用いることができる。これは、3種類以上の薬物についても同様である。すなわち、同時に投与される複数種類の薬物各々について第1の導入路(薬液供給路10A,10B,…)が設けられるようにすればよい。
【0080】
また、上記実施の形態では、希釈液の流速を一定としつつ、薬液の流速を変更することにより、薬液の濃度を変更したが、本発明はこれには限られない。希釈液の流速を変更するようにしてもよいし、薬液の流速と希釈液の流速とを両方変更するようにしてもよい。
【0081】
また、上記実施の形態では、薬液供給部3及び希釈液供給部4として、ペリスタポンプを用いたが、本発明はこれには限られない。薬液及び希釈液をマイクロチップ2に供給可能な送液ポンプであれば、他のものを用いることも可能である。
【0082】
また、上記実施の形態では、調整部5は、コンピュータであったが、このコンピュータは、汎用のものであってもよいし、薬物の濃度を調整する専用のコンピュータであってもよい。
【0083】
マイクロチップ2における内部空間の構成及びサイズは、上記実施の形態のものには限られず、検査対象などに応じて適宜変更が可能である。
【0084】
この発明は、この発明の広義の精神と範囲を逸脱することなく、様々な実施の形態及び変形が可能とされるものである。また、上述した実施の形態は、この発明を説明するためのものであり、この発明の範囲を限定するものではない。すなわち、この発明の範囲は、実施の形態ではなく、特許請求の範囲によって示される。そして、特許請求の範囲内及びそれと同等の発明の意義の範囲内で施される様々な変形が、この発明の範囲内とみなされる。
【産業上の利用可能性】
【0085】
本発明は、薬物動態を観察するのに適用することができる。本発明は、新薬の開発、患者への薬物の投与計画の策定等に用いることができる。
【符号の説明】
【0086】
1 薬物動態再構築システム、2 マイクロチップ、3,3A,3B 薬液供給部、4 希釈液供給部、5 調整部、5a コントローラ、5b 記憶部、10,10A,10B 薬液供給路、10a,10b 薬液インレット、11 希釈液供給路、11a 希釈液インレット、12 流路、13 混合部、13a 蛇行路、13b 凹凸流路、14 混合液供給路、15 保持部、15a 凹部、16 混合液排出路、17 アウトレット、20 排出管、30,30’ ガラス基板、30a 開口、30b 蓋、31 フォトレジスト、31a 流路パターン、32 UV透過マスク、33 流路部材、35 内部空間、C 生細胞
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
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図13