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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】細胞足場材料
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20231024BHJP
   C12N 5/077 20100101ALI20231024BHJP
   C12Q 1/00 20060101ALI20231024BHJP
   D01D 5/04 20060101ALI20231024BHJP
   B32B 27/02 20060101ALI20231024BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/077
C12Q1/00 C
D01D5/04
B32B27/02
【請求項の数】 18
(21)【出願番号】P 2020519888
(86)(22)【出願日】2019-05-15
(86)【国際出願番号】 JP2019019285
(87)【国際公開番号】W WO2019221172
(87)【国際公開日】2019-11-21
【審査請求日】2022-04-26
(31)【優先権主張番号】P 2018094922
(32)【優先日】2018-05-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】515135778
【氏名又は名称】株式会社幹細胞&デバイス研究所
(74)【代理人】
【識別番号】110003007
【氏名又は名称】弁理士法人謝国際特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】堀 晃輔
(72)【発明者】
【氏名】河原 紀之
【審査官】小林 薫
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/060260(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0056703(US,A1)
【文献】特表2012-527217(JP,A)
【文献】特開2007-160587(JP,A)
【文献】特表2009-524507(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0030315(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第104774762(CN,A)
【文献】Materials Science and Engineering C,2014年,Vol.45,pp.578-588
【文献】福井大学大学院工学研究科附属繊維工業研究センター年報,2014年,Vol.6&7,pp.41-45
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/10
C12N 1/00-7/08
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ファイバーシートを構成するファイバーが、一方向に沿って配置され、ファイバーシートは、該一方向(配向軸)の角度を0°とした場合、80%以上の本数のファイバーが、±5°の範囲内の角度に沿って配置されていることを特徴とする、配向性を有するファイバーシートであって、前記ファイバーシートを構成するファイバーの直交断面の直径が1 μm~7 μmであって、前記ファイバーシートのピッチが6 μm~60 μmであり、前記ファイバーシートの空隙率が10%~50%であり、前記ファイバーシートの厚さが7 μm~30 μmである、ファイバーシート。
【請求項2】
前記ファイバーシートを構成するファイバーが、一方向に沿って配置され、ファイバーシートは、該一方向(配向軸)の角度を0°とした場合、95%以上の本数のファイバーが、±1°の範囲内の角度に沿って配置されていることを特徴とする、請求項1に記載のファイバーシート。
【請求項3】
前記ファイバーシートを構成するファイバーの直交断面の直径が2 μm~6 μmであって、前記ファイバーシートのピッチが6 μm~50 μmである、請求項1に記載のファイバーシート。
【請求項4】
前記ファイバーシートが多層に積層されており、接触する上下のファイバーシートの配向軸が5°~25°で交差する、請求項1~3のいずれか1項に記載のファイバーシート。
【請求項5】
前記ファイバーシートを形成するファイバーが生分解性の高分子材料で調製される、請求項1~4のいずれか1項に記載のファイバーシート。
【請求項6】
前記高分子材料がポリ乳酸とポリグリコール酸の共重合体(PLGA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ酪酸(PLA)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリエチレン酢酸ビニル(PEVA)およびポリエチレンオキサイド(PEO)からなる群より選択される1種類以上である、請求項5に記載のファイバーシート。
【請求項7】
前記高分子材料がポリ乳酸とポリグリコール酸の共重合体(PLGA)である、請求項5に記載のファイバーシート。
【請求項8】
前記ファイバーシートを形成するファイバーが非生分解性の高分子材料で調製される、請求項1~4のいずれか1項に記載のファイバーシート。
【請求項9】
前記高分子材料がポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド(PA)、ポリメチルグルタルイミド(PMGI)および熱可塑性ポリエルテルエラストマーからなる群より選択される1種類以上である、請求項8に記載のファイバーシート。
【請求項10】
前記高分子材料がポリスチレンである、請求項8に記載のファイバーシート。
【請求項11】
細胞を培養するための、請求項1~10のいずれか1項に記載のファイバーシート。
【請求項12】
細胞が心筋細胞である、請求項11に記載のファイバーシート。
【請求項13】
請求項1~10のいずれか1項に記載のファイバーシートからなる細胞足場材料。
【請求項14】
請求項13に記載の細胞足場材料を用いることを特徴とする、細胞の機能評価方法。
【請求項15】
エレクトロスピニング法を用いることを特徴とする、請求項1~10のいずれか1項に記載のファイバーシートの製造方法。
【請求項16】
高分子材料を含む溶液を原料とする、請求項15に記載の製造方法。
【請求項17】
請求項1~10のいずれか1項に記載のファイバーシートおよび細胞を有する細胞シート。
【請求項18】
細胞が心筋細胞である、請求項17に記載の細胞シート。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、配向性を有するファイバーシートおよびその製造方法に関し、具体的には細胞を培養するためのファイバーシート、配向性を有するファイバーシートからなる細胞足場材料およびその製造方法に関する。また本発明は、該ファイバーシートを用いて細胞を培養して得られる細胞シートに関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を効率よく培養するために、細胞が接着する3次元の足場を提供して、細胞の増殖を促進する様々な手段が報告されている。例えば、ポリオレフィン、ポリアミド、ポリウレタン、ポリエステル、フッ素系高分子、ポリ乳酸、ポリビニルアルコールなどで構成されるナノファイバー、またはタンパク質成分を吸着させた該ナノファイバーにより構成される細胞足場材料を使用し、細胞培養または組織再生を有効に行う(特許文献1);中空糸膜メッシュとナノファイバー層とを有する細胞足場材料を使用する3次元細胞培養により、培養細胞への栄養や酸素の供給および培養細胞からの代謝老廃物の除去を高い効率で行う(特許文献2);ゼラチン、コラーゲンもしくはセルロースを含有するナノファイバー、または架橋された該ナノファーバーにより構成される細胞足場材料を使用し、多能性幹細胞の大量供給を行う、および細胞死を抑制する(特許文献3);ポリグリコール酸を支持体として用い、その上にポリグリコール酸やゼラチンなどからなるナノファイバーを塗布した細胞足場材料を使用し、ヒト多能性幹細胞の増殖率を向上させる(特許文献4)などが報告されている。
【0003】
近年、虚血性心疾患や拡張型心筋症などに起因する重症心不全患者に対して、シート状に培養した心筋細胞を疾患部に移植する治療が試みられている。この治療法のために、例えば、温度応答性ポリマーであるポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)をグラフトした培養用ディッシュで培養した心筋細胞シートが報告されている(非特許文献1および2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2006-254722号公報
【文献】特開2011-239756号公報
【文献】特開2013-247943号公報
【文献】国際公開第2016/068266号パンフレット
【非特許文献】
【0005】
【文献】Shimizu T. et al. Fabrication of pulsatile cardiac tissue grafts using a novel 3-dimensional cell sheet manipulation technique and temperature-responsive cell culture surfaces. Circ. Res., 90, e40-e48 (2002)
【文献】Kawamura M. et al. Enhanced survival of transplanted human induced pluripotent stem cell-derived cardiomyocytes by the combination of cell sheets with the pedicled omental flap technique in a porcine heart. Circulation, 128 (Suppl 1), S87-S94 (2013)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
前述の細胞足場材料を用いて細胞を培養する場合、以下に示すような改善すべき点がある。まず、細胞足場材料となるファイバーシートについて、隣接するファイバーの芯線間の距離であるピッチが不均一であると、ファイバーシート上で細胞を培養した結果、細胞が保持されず、細胞が抜け落ちるような隙間が各所で生じる場合がある。そのような場合では、得られた細胞シートには、各所に細胞が存在しない空隙(ホール)が生じることとなり、緻密で均一な細胞シートが得られない原因となる。また、細胞シートが不均一であると、細胞シート製品の品質が一定せず、細胞シートが安定した機能を発揮できないため、細胞シート製品間での品質のばらつきが発生する。特に心筋細胞を用いて作製した細胞シートでは、心筋細胞シートにホールが存在すると、細胞シートを心不全患者に移植した場合、通常は心臓全体に伝搬した後消失する活動電位が消失せず、心筋内を旋回して拍動を乱すリエントリー現象が発生する原因となり、心筋細胞シートの移植を受けた心臓が異常な拍動を起こす可能性がある。
【0007】
上記の従来技術の問題点を克服するという観点から、細胞足場材料として使用することのでき、安定して均一な細胞シートを与えるファイバーシートの提供が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記の従来技術の問題点を克服することを目的とし、鋭意検討した結果、細胞足場材料として使用することのでき、安定して均一な細胞シートを与える、配向性を有するファイバーシートを安定的に製造することを見出し、本発明を完成するに至った。すなわち、前記課題は、下記(1)~(22)の発明を提供することにより解決される。
(1) 配向性を有するファイバーシート。
(2)
ファイバーシートを構成するファイバーが、一方向に沿って配置され、ファイバーシートは、該一方向(配向軸)の角度を0°とした場合、80%以上の本数のファイバーが、±5°の範囲内の角度に沿って配置されていることを特徴とする、(1)に記載のファイバーシート。
(3)
前記ファイバーシートを構成するファイバーが、一方向に沿って配置され、ファイバーシートは、該一方向(配向軸)の角度を0°とした場合、95%以上の本数のファイバーが、±1°の範囲内の角度に沿って配置されていることを特徴とする、(1)に記載のファイバーシート。
(4)
前記ファイバーシートを構成するファイバーの直交断面の直径が1 μm~7 μmであって、前記ファイバーシートのピッチが6 μm~60 μmである、(1)~(3)のいずれか1項に記載のファイバーシート。
(5)
前記ファイバーシートを構成するファイバーの直交断面の直径が2 μm~6 μmであって、前記ファイバーシートのピッチが6 μm~50 μmである、(1)~(3)のいずれか1項に記載のファイバーシート。
(6)
前記ファイバーシートの空隙率が10%~60%である、(1)~(5)のいずれか1項に記載のファイバーシート。
(7)
前記ファイバーシートの厚さが4 μm~70 μmである、(1)~(6)のいずれか1項に記載のファイバーシート。
(8)
前記ファイバーシートが多層に積層されており、接触する上下のファイバーシートの配向軸が5°~25°で交差する、(1)~(7)のいずれか1項に記載のファイバーシート。
(9)
前記ファイバーシートを形成するファイバーが生分解性の高分子材料で調製される、(1)~(8)のいずれか1項に記載のファイバーシート。
(10)
前記高分子材料がポリ乳酸とポリグリコール酸の共重合体(PLGA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ酪酸(PLA)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリエチレン酢酸ビニル(PEVA)およびポリエチレンオキサイド(PEO)からなる群より選択される1種類以上である、(9)に記載のファイバーシート。
(11)
前記高分子材料がポリ乳酸とポリグリコール酸の共重合体(PLGA)である、(9)に記載のファイバーシート。
(12)
前記ファイバーシートを形成するファイバーが非生分解性の高分子材料で調製される、(1)~(8)のいずれか1項に記載のファイバーシート。
(13)
前記高分子材料がポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド(PA)、ポリメチルグルタルイミド(PMGI)および熱可塑性ポリエルテルエラストマーからなる群より選択される1種類以上である、(12)に記載のファイバーシート。
(14)
前記高分子材料がポリスチレンである、(12)に記載のファイバーシート。
(15)
細胞を培養するための、(1)~(14)のいずれか1項に記載のファイバーシート。
(16)
細胞が心筋細胞である、(15)に記載のファイバーシート。
(17)
(1)~(14)のいずれか1項に記載のファイバーシートからなる細胞足場材料。
(18)
(17)に記載の細胞足場材料を用いることを特徴とする、細胞の機能評価方法。
(19)
エレクトロスピニング法を用いることを特徴とする、(1)~(14)のいずれか1項に記載のファイバーシートの製造方法。
(20)
高分子材料を含む溶液を原料とする、(19)に記載の製造方法。
(21)
(1)~(14)のいずれか1項に記載のファイバーシートおよび細胞を有する細胞シート。
(22)
細胞が心筋細胞である、(21)に記載の細胞シート。
【発明の効果】
【0009】
細胞足場材料として本発明のファイバーシートを用いると、安定して細胞、特に心筋細胞を培養することができる。得られた心筋細胞シートは、従来の細胞足場材料を用いた心筋細胞シートと比較して、多電極アレイ(microelectrode array、以下MEAと略す)プローブを用いて測定された細胞外電位特性、薬剤応答性および遺伝子発現性が改善される。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】本発明に係る、配向性を有するファイバーシートの拡大写真である(倍率:2000倍)。(A)ファイバーシートが1層である配向性ファイバーシート1である。(B)ファイバーシートが2層であり、配向角度を変えて積層した配向性ファイバーシート2である(ファイバーシート配向軸の交差角度=5°~25°)。
図2】細胞足場材料として、本発明に係るファイバーシートまたは細胞培養用ディッシュを用いて7日間培養した心筋細胞を、メタノールで固定後のα-アクチニン染色像およびDAPI染色像を示す図である。(A)配向性ファイバーシート2を用いた場合の染色像である。(B)細胞培養用ディッシュを用いた場合の染色像である。
図3】細胞足場材料として、ピッチ5 μm(A)および10 μm(B)の配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞シートについて、MEAプローブを用いて細胞外電位を測定した結果を示す図である。
図4】細胞足場材料として、ピッチ10 μm(A)および70 μm(B)の配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞シートの状態を示す光学顕微鏡写真である(倍率:20倍)。
図5A】MEAプローブを用いて測定した心筋細胞の細胞外電位(FPD)の測定結果を示す図である。細胞足場材料として、ファイバーシートを構成するファイバーの直径の異なる配向性ファイバーシート2を用いた。(図5A)はFPDの測定結果を示す。結果は、平均値±標準偏差(n=4)で示される。
図5B】MEAプローブを用いて測定した心筋細胞の細胞外電(BPM)の測定結果を示す図である。細胞足場材料として、ファイバーシートを構成するファイバーの直径の異なる配向性ファイバーシート2を用いた。(図5B)はBPMの測定結果を示す。結果は、平均値±標準偏差(n=4)で示される。
図5C】MEAプローブを用いて測定した心筋細胞の細胞外電位(FPD)の測定結果を示す図である。細胞足場材料として、ファイバーシートを構成するファイバーシートの空隙率、ピッチおよび厚さの異なる配向性ファイバーシート2を用いた。(図5C)はFPDの測定結果を示す。結果は、平均値±標準偏差(n=4)で示される。
図5D】MEAプローブを用いて測定した心筋細胞の細胞外電位(BPM)の測定結果を示す図である。細胞足場材料として、ファイバーシートを構成するファイバーシートの空隙率、ピッチおよび厚さの異なる配向性ファイバーシート2を用いた。(図5D)はBPMの測定結果を示す。結果は、平均値±標準偏差(n=4)で示される。
図6】MEAプローブを用いて測定した心筋細胞の細胞外電位の測定結果を示す図である。(A)細胞足場材料として、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞の細胞外電位を示す。(B)MEAプローブ上で直接培養した心筋細胞の細胞外電位を示す。
図7】細胞足場材料として、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞の遺伝子発現レベルを、細胞培養用ディッシュを用いて培養した心筋細胞の遺伝子発現レベルと比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明に係るファイバーシートは配向性を有する。配向性を有するファイバーシートは、例えば、高分子材料を含む溶液からエレクトロスピニング法によって製造することができる。配向性構造を有するファイバーシートを製造する場合は、特に限定されないが、例えば回転ドラムを用い、該ドラムを回転させながら、ノズルから該ドラムの回転面に対して高分子材料を含む溶液を噴霧し、回転ドラム上で形成されたファイバーを巻き取ることにより製造することができる。
【0012】
配向性を有するファイバーシートとは、ファイバーシートを構成するファイバーが、一方向に沿って配置されたファイバーシートを指す。該ファイバーシートは、前記一方向(配向軸)の角度を0°とした場合、80%以上の本数のファイバーが、好ましくは95%以上の本数のファイバーが、±5°の範囲内、好ましくは±1°の範囲内の角度に沿って配置されている。
【0013】
本発明に係る、細胞を培養するための前記ファイバーシートでは、ファイバーシートを構成するファイバーの直交断面の平均直径は、例えば1 μm~7 μmの範囲にあり、好ましくは、2 μm~6 μmであり、より好ましくは、3 μm~5μm である。
【0014】
ファイバーシートのピッチとは、ファイバーシートを構成するファイバーのうち、隣接するファイバーの芯線間の距離である。本発明に係る、細胞を培養するための前記ファイバーシートでは、ピッチは6 μm~60 μmであり、好ましくは、6 μm~50 μmであり、より好ましくは、6 μm~30 μmである。
【0015】
ファイバーシートの空隙率とは、ファイバーシート平面に対する垂直方向に一層であるファイバーシートにおいて、ファイバーシート平面の一定面積に対する、ファイバーが存在していない面積の比率のことであり、本発明に係る、細胞を培養するための前記ファイバーシートでは、空隙率は10%~60%であり、好ましくは、15%~50%であり、より好ましくは、20%~40%であり、さらに好ましくは30%~40%である。
【0016】
本発明に係るファイバーシートは、ファイバーシート平面に対する垂直方向に、ファイバーシート一層で構成されるもの(単層)であっても、2以上のファイバーシート層から構成されるもの(積層または多層、例えば、2層、3層、4層、5層、6層など)であってもよい。ファイバーシートを積層する場合、上下の各ファイバーシートは、お互いに接触している。また、上下のファイバーシートの配向軸は、5°~25°で、好ましくは10°~20°で、より好ましくは13°~17°で交差する。
【0017】
本発明に係るファイバーシートの厚さは、例えば、4 μm~70 μmであり、好ましくは5 μm~60 μmであり、より好ましくは5 μm~40 μmであり、さらに好ましくは10 μm~30 μmである。
【0018】
本発明に係るファイバーシートは、高分子材料で生成されたファイバーシートである。該ファイバーシートを形成するファイバーは高分子材料から調製される。該高分子材料は、細胞と接触させた状態で細胞を培養する際に細胞障害性を示さないものであればよく、ファイバーシートに接触して細胞を培養して得られる細胞シートの使用目的に応じて、生分解性または非生分解性の高分子材料を用いることができる。
【0019】
生分解性の高分子材料としては、例えば、ポリ乳酸とポリグリコール酸の共重合体(PLGA)、ポリグリコール酸(PGA)、ポリ酪酸(PLA)、ポリビニルアルコール(PVA)、ポリエチレングリコール(PEG)、ポリエチレン酢酸ビニル(PEVA)およびポリエチレンオキサイド(PEO)などが挙げられるが、これらに限定されない。PLGAは生体内で加水分解され、元々生体内に存在する乳酸とグリコール酸とになり、さらに水と二酸化炭素に分解されて体外に排出されることが知られている安全性の高い材料であり、特に好適に用いられる。PLGAはPLA(ポリ乳酸)とPGA(ポリグリコール酸)の組み合わせ比率を変えることにより、生体内分解速度を調節することが可能である。
【0020】
非生分解性の高分子材料としては、例えば、ポリスチレン(PS)、ポリカーボネート(PC)、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリ塩化ビニル、ポリエチレンテレフタレート(PET)、ポリアミド(PA)、ポリメチルグルタルイミド(PMGI)および熱可塑性ポリエルテルエラストマー(例えば、ハイトレル(登録商標)などが挙げられるが、これらに限定されない。細胞毒性が低い材料であるポリスチレン(PS)が特に好適に用いられる。
【0021】
なお、前記ファイバーシートの周囲をフレームで固定または保持することによって、細胞足場材料を成形することができる。ファイバーシートをフレームに固定または保持する場合は、細胞培養に影響を及ぼさなければ特に限定されないが、例えば、市販の生体適合性粘着剤、例えばシリコーン一液縮合型RVTゴム(信越化学、カタログ番号KE-45)を用いて、フレームとファイバーシートとを接着することができる。
【0022】
フレームの素材は、細胞培養に影響を及ぼさなければ特に限定されない。例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)、PS、ポリカーボネート、ステンレスなどが例示される。
【0023】
前記ファイバーシートを用いた前記細胞足場材料は、細胞培養用ディッシュ、または、複数のウェルを有するマルチウェルプレートに含まれるウェルの少なくとも一つに、そのまま配置することができる。ファイバーシートの周囲をフレームで固定、または、保持した前記ファイバーシートを前記細胞足場材料として用いる場合も同様である。
【0024】
本発明によるファイバーシートを用いて培養することのできる細胞としては、血球系細胞やリンパ系細胞などの浮遊細胞でもよいし基質接着性細胞でもよいが、基質接着性を有する細胞に対して好適に使用される。そのような細胞としては、例えば、心筋細胞や平滑筋細胞などの筋細胞、肝臓の実質細胞である肝細胞、クッパー細胞、血管内皮細胞や角膜内皮細胞などの内皮細胞、繊維芽細胞、骨芽細胞、砕骨細胞、歯根膜由来細胞、表皮角化細胞などの表皮細胞、気管上皮細胞、消化管上皮細胞、子宮頸部上皮細胞、角膜上皮細胞などの上皮細胞、乳腺細胞、ペリサイト、腎細胞、膝ランゲルハンス島細胞、末梢神経細胞や視神経細胞などの神経細胞、軟骨 細胞、骨細胞などが挙げられる。好ましくは、心筋細胞や平滑筋細胞などの筋細胞である。これらの細胞は、組織や器官から直接採取した初代培養細胞でもよく、または、それらを何代か継代させたものでもよい。また、不死化した細胞株でもよい。さらに、本発明によるファイバーシートで培養することのできる細胞は、未分化細胞である胚性幹細胞、多分化能を有する間葉系幹細胞などの多能性幹細胞、単分化能を有する血管内皮前駆細胞などの単能性幹細胞、分化が終了した細胞のいずれであっても良い。心筋細胞としては、多能性幹細胞、例えばES細胞またはiPS細胞から誘導された細胞が例示される。多能性幹細胞から心筋細胞を誘導する方法は種々知られており、例えば特許文献1に記載の方法が例示される。また、ES細胞またはiPS細胞由来の心筋細胞として市販されている細胞を用いてもよい。
【0025】
次に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明はこれに限定されない。
【実施例1】
【0026】
〔配向性ファイバーシートの作製〕
a)1方向配向性ファイバーシート(以下、配向性ファイバーシート1とする。)
30重量%のPS(ポリスチレン、Fluka)/DMF(N,N-ジメチルホルムアミド、分子生物学グレード、和光純薬)を、回転混和することにより溶解した。シリンジ(Norm-Jevt Syringes 5 mL、大阪ケミカル)に、30重量%のPS/DMF溶液を充填し、25Gの刃先フラットのニードルを装着したナノファイバー電界紡糸装置(NANON-03、株式会社メック)に設置した。次に、ドラムコレクター上に、紡糸基材を張り付け、電圧:8~11 kV、射出流速:1.0~2.0 mL/時間、およびドラム回転速度:500~2000 rpmの条件で、紡糸を行った。以上によって、配向性ファイバーシート1を作製した。作製した配向性ファイバーシート1を、VHX-5000(デジタルマイクロスコープ、キーエンス)を撮影機器として使用し、2000倍の倍率で撮影した拡大写真を図1Aに示す。
【0027】
b)2層配向性ファイバーシート(以下、配向性ファイバーシート2とする。)
30重量%%のPS(ポリスチレン、Fluka)/DMF(N,N-ジメチルホルムアミド、分子生物学グレード、和光純薬)を、回転混和することにより溶解した。シリンジ(Norm-Jevt Syringes 5 mL、大阪ケミカル)に、30重量%のPS/DMF溶液を充填し、25Gの刃先フラットのニードルを装着したナノファイバー電界紡糸装置(NANON-03、株式会社メック)に設置した。次に、ドラムコレクター上に、紡糸基材を張り付け、電圧:8~11 kV、射出流速:1.0~2.0 mL/時間、およびドラム回転速度:500~2000 rpmの条件で、第1回目の紡糸を行った。
【0028】
第1回目の紡糸後、ファイバーが接着した紡糸基材を、ドラムコレクターより剥離し、配向軸を15°傾けて、再度、ドラムコレクター上に張り付けた。この後、電圧:8~11 kV、射出流速:1.0~2.0 mL/時間、およびドラム回転速度:500~2000 rpmの条件で、第2回目の紡糸を行った。第2回目の紡糸後、ファイバーが接着した紡糸基材を、ドラムコレクターより剥離し、デシケーター(オートドライデシケーター、アズワン)内で、3日間以上乾燥させた。以上によって、配向性ファイバーシート2を作製した。作製した配向性ファイバーシート2を、VHX-5000(デジタルマイクロスコープ、キーエンス)を撮影機器として使用し、2000倍の倍率で撮影した拡大写真図を図1Bに示す。
【実施例2】
【0029】
〔配向性ファイバーシートの構造特性〕
実施例1に準じて作製した配向性ファイバーシート2の構造を、以下の方法により測定した結果を表1に示す。
【0030】
【表1】
【0031】
(1)ファイバー直径の測定
VHX-5000(デジタルマイクロスコープ、キーエンス)を撮影機器として使用し、2000倍の倍率で、配向性ファイバーシート中の5カ所を無作為に選択し、撮影した。撮影した各写真より、無作為にファイバーを20本ずつ選択し、選択した各ファイバーの直交断面の直径を測定した。
【0032】
(2)ピッチの測定
VHX-5000(デジタルマイクロスコープ、キーエンス)を撮影機器として使用し、2000倍の倍率で、配向性ファイバーシート中の5カ所を無作為に選択し、撮影した。撮影した各写真より、ある特定したファイバーの芯線から隣接するファイバーの芯線までの距離を20カ所ずつ無作為に選択して測定した。
【0033】
(3)配向性の測定
VHX-5000(デジタルマイクロスコープ、キーエンス)を撮影機器として使用し、2000倍の倍率で、配向性ファイバーシート中の5カ所を選択し、撮影した。撮影した各写真より、無作為にファイバーを20本ずつ選択し、ファイバー作製方向に対する角度を測定した。
【0034】
(4)空隙率の測定
VHX-5000(デジタルマイクロスコープ、キーエンス)を撮影機器として使用し、2000倍の倍率で、配向性ファイバーシート中の5カ所を選択し、撮影した。撮影した各写真より、VHX-5000に搭載された画像処理ソフトウェアにより、自動面積計測の輝度測定を行い、全体に対する明度の比率を測定することにより空隙率を算出した。
【0035】
(5)シート厚の測定
デジマチックインジケータ(ABSデジマチックインジケータID-CX, ID-C112XBS)を用いて、前記紡糸基材のみの厚さ、およびファーバーシートが接着している状態の用紙の厚さを無作為に5カ所測定した。その両者の差分よりシート厚を算出した。
【実施例3】
【0036】
〔細胞足場材料として配向性ファイバーシート2を用いる心筋細胞の培養〕
(1)心筋細胞の培養
ヒトiPS細胞由来心筋細胞を、実施例1に準じて作製し、表1に示す構造特性値を有する配向性ファイバーシート2またはフィブロネクチンでコートした細胞培養用ディッシュ(Falcon)に播種し、5%CO2、37℃環境下で7日間培養した。
【0037】
(2)培養した心筋細胞のサルコメア配向
上記の通り、7日間培養して得られた心筋細胞シートを、メタノールで固定した後、アクチン結合タンパク質であるα-アクチニンを、抗α-アクチニン抗体を用いて染色した。またDAPI(4’, 6-Diamidino-2-phenylindole dihydrochloride)による核の蛍光染色を行った。これらの染色手順は、当業者には周知である。染色像を図2に示す。配向性ファイバーシート2(図2A)の足場および細胞培養用ディッシュ(図2B)のいずれの細胞足場材料を用いた場合でも、緑色に染色されたα-アクチニンおよび青色に染色された核が確認された。配向性ファイバーシート2を用いると、明瞭な配向性を有する心筋細胞シートが得られるが、細胞培養用ディッシュ上で得られる心筋細胞シートは明確な配向性を有さないことが示された。また、配向性ファイバーシート2を用いると、心筋細胞が組織化した際のサルコメア構造(配向方向に対しα-アクチニンが縞状に存在する構造)が確認された。また、配向方向に対して核が楕円形状になることが確認された。配向性ファイバーシート2を細胞足場材料に用いることにより、生体における心筋組織に近い構造を構築することが示された。
【実施例4】
【0038】
〔ファイバーシートのピッチと心筋細胞シート〕
(1)多電極アレイ(MEA)を用いた心筋細胞シートの細胞外電位測定
実施例1に準じる方法により、ピッチ5 μmおよび10 μmの配向性ファイバーシート2を作製した。これらのファイバーシートに、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種し、5%CO2、37℃環境下で7日間培養した。得られた心筋細胞シートを、多電極アレイ(MEA)プローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に載せて、心筋細胞の細胞外電位を測定した。
【0039】
図3Aおよび図3Bに、それぞれピッチ5 μmおよびピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2からなる心筋細胞シートのMEAによる細胞外電位の測定結果を示す。その結果、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞シートでは、ピッチ5 μmの配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞シートに比較して、心筋の拍動で生ずる第1ピーク電位および第2ピーク電位がより大きな値として現れていることが分かる。すなわち、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞シートは、より確かに拍動することが示される。これは、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を用いることによって、隣接する心筋細胞がより密接に連動するように、心筋細胞を培養できることを示していると判断される。
【0040】
(2)心筋細胞シートの状態観察
実施例1に準じる方法により、ピッチ10 μmおよび70 μmの配向性ファイバーシート2を作製した。これらのファイバーシートに、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種し、5%CO2、37℃環境下で7日間培養した。得られた心筋細胞シートの状態を、光学顕微鏡により観察した(倍率:20倍)。図4Aおよび図4Bに、それぞれピッチ10 μmおよびピッチ70 μmの配向性ファイバーシート2からなる心筋細胞シートを示す。ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2では、ファイバーシート全面に増殖した心筋細胞が観察される(図4A)。一方、ピッチ70 μmの配向性ファイバーシート2では、心筋細胞の存在量が非常に少ないことが分かる。この原因として、ファイバーシートのピッチが細胞の大きさに対して大き過ぎ、播種した心筋細胞を十分に保持できないこと、また、ファイバーに付着した心筋細胞間の距離が大きいため、心筋細胞間の接着が十分に行われず、心筋細胞シートが形成されないことによるものと考えられる。
【0041】
(3)考察
以上より、細胞足場材料として心筋細胞を培養する配向性ファイバーシートにおいて、そのピッチが小さ過ぎても、大き過ぎても、心筋細胞を適切に維持し、増殖させることができないことが分かる。具体的には、心筋細胞を培養し、適切な心筋細胞シートを得るためには、配向性ファイバーシートのピッチは、好ましくは6 μm~60 μmであり、より好ましくは、6 μm~50 μmであり、さらに好ましくは、6 μm~30 μmである。
【実施例5】
【0042】
〔心筋細胞シートを構成するファイバーシートの構造特性が細胞外電位(FPDおよびBPM)に与える影響〕
実施例1に準じる方法により、ファイバーシートを構成するファイバーの直径を変えて、4種類の配向性ファイバーシート2を作製した。ファイバー直径は、それぞれ、3 μm~7 μm、3 μm~6 μm、3 μm~5 μmおよび1 μm~4 μmであった。これらのファイバーシートに、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種し、5%CO2、37℃環境下で7日間培養した。得られた心筋細胞シートを、多電極アレイ(MEA)プローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に載せて、心筋細胞の細胞外電位におけるFPD(field potential duration)およびBPM(Beet per minutes)を測定した(n=4)。
【0043】
図5Aおよび図5Bに、それぞれFPDおよびBPMの測定結果を示す。その結果、いずれのファイバー直径値を有する心筋細胞シートであっても、FPDおよびBPMを良好に測定することができるが、ファイバー直径が3 μm~5 μmである心筋細胞シートにおいて、標準偏差値が最も小さく、測定値のばらつきが少ないことが示された。
【0044】
次に、ファイバーシートを構成するファイバー直径が3 μm~5 μmである一方、空隙率、ピッチおよび厚さが異なるファイバーシートを作製し、上記と同様にして、細胞外電位におけるFPDおよびBPMを測定した。その結果を、それぞれ図5Cおよび図5Dに示す。その結果、ファイバーシートの空隙率が10%~50%、ピッチが6 μm~60 μm、および厚さが7 μm~30 μmの範囲にあるファイバーシートを用いる心筋細胞シートでは、FPDおよびBPMを良好に測定できることが示された。特に、ファイバーシートの空隙率20~40%、ピッチ6~20 μmおよび厚さ15~20 μmである心筋細胞シートにおいて、標準偏差値が最も小さく、測定値のばらつきが少ないことが示された。一方、ファイバーシートの空隙率が10%未満および60%を超える場合、ピッチが6 μm未満および70 μmを超える場合、ならびに厚さが4 μm未満および70 μmを超える場合、均一な心筋細胞シートを作製することができず、細胞外電位を測定できないことが分かった。
以上の結果より、本発明の心筋細胞シートを使用することにより、精度の高い細胞外電位波形を得ることができるので、信頼性の高いQT延長評価が可能であることが示される。
【実施例6】
【0045】
〔配向性ファイバーシート2で培養した心筋細胞シートの機能評価〕
配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞シートについて、MEAにより測定した細胞外電位、薬剤応答性および遺伝子発現への影響を評価した。
【0046】
(1)MEAによる細胞外電位の測定
実施例1に準じる方法により、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を作製した。このファイバーシートに、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種し、5%CO2、37℃環境下で7日間培養した。得られた心筋細胞シートを、多電極アレイ(MEA)プローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上に載せて、心筋細胞の細胞外電位を測定した。並行して、MEAプローブ上に直接ヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種し、5%CO2、37℃環境下で培養し、同様に細胞外電位を測定した。
【0047】
図6Aに、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を用いて作製した心筋細胞シートの細胞外電位の測定結果を示す。また、図6Bに、MEAプローブ上に直接培養した心筋細胞の細胞外電位の測定結果を示す。図6Aおよび図6Bより、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞シートでは、MEAプローブ上に直接培養した心筋細胞と比較して、心筋の拍動で生ずる第1ピーク電位および第2ピーク電位がより大きな値として現れていることが分かる。すなわち、配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞シートでは、MEAプローブ上に直接培養した心筋細胞に比較して、電位応答性(S/N比)が顕著に改善していることが分かる。
【0048】
(2)薬剤応答性
実施例1に準じる方法により、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を作製した。このファイバーシートに、ヒトiPS細胞由来心筋細胞を播種し、5%CO2、37℃環境下で7日間培養した。得られた心筋細胞の薬物応答性を、多電極アレイ(MEA)プローブ(MED64システム、アルファメッドサイエンティフィック社)上(Flat surface)で培養したヒトiPS細胞由来心筋細胞と比較した。薬剤応答性を検討する対象薬剤としては、ベラパミル(verapamil:抗不整脈薬、Sigma)およびドフェチリド(dofetilide:心房細動治療薬、Sigma)を用いた。
【0049】
表2に、配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞およびMEAプローブ上直接培養した心筋細胞の、ベラパミルおよびドフェチリドに対する薬剤応答性の測定結果を示す。MEAプローブ上に直接培養した心筋細胞では、ベラパミル0.3 μMに対しては、arrest(分裂停止)が発生し、ドフェチリドに対しては、低濃度0.01 μMで不整脈が発生した。一方、配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞では、arrest(分裂停止)が発生せず、ドフェチリドに対しては、低濃度では不整脈が発生しなかった。すなわち、配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞では、MEAプローブ上に直接培養した心筋細胞に比較して、少なくともベラパミルおよびドフェチリドに対する薬剤応答性が改善していることが分かる。
【0050】
【表2】
【0051】
(3)遺伝子発現
実施例1に準じる方法により作製した、ピッチ10 μmの配向性ファイバーシート2を用いて培養したヒトiPS細胞由来心筋細胞の遺伝子発現を、細胞培養ディッシュ(ファルコン)上で培養したヒトiPS細胞由来心筋細胞と比較した。遺伝子発現に対する影響を検討する対象の遺伝子としては、α-MHC、β-MHC、Nav1.5、Cav1.2、KCNQ1、HERGおよびKCNJ2を用いた。遺伝子発現は、当業者により周知の方法により、mRNAを抽出した後、リアルタイムPCR法を用いて測定した。
【0052】
結果を図7に示す。図7は、配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞の各遺伝子発現レベルを、細胞培養用ディッシュ上で培養した心筋細胞の各遺伝子発現レベル(このレベルを1.0とする。)に対する相対比率で示す。図7から明らかなように、配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞では、細胞培養用ディッシュ上で直接培養した心筋細胞に比較して、各遺伝子に対する発現量が2~6倍にとなった。すなわち、配向性ファイバーシート2を用いて培養した心筋細胞では、細胞培養用ディッシュ上で直接培養した心筋細胞に比較して、少なくともα-MHC、β-MHC、Nav1.5、Cav1.2、KCNQ1、HERGおよびKCNJ2の遺伝子発現量が亢進していることが分かる。


図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図5D
図6
図7