(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】硬質皮膜
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20231024BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20231024BHJP
【FI】
C23C14/06 A
C23C14/06 P
B23B27/14 A
(21)【出願番号】P 2023538955
(86)(22)【出願日】2022-12-22
(86)【国際出願番号】 JP2022047417
【審査請求日】2023-06-23
(31)【優先権主張番号】P 2022021468
(32)【優先日】2022-02-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】504237175
【氏名又は名称】SEAVAC株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100134751
【氏名又は名称】渡辺 隆一
(72)【発明者】
【氏名】池田 勇太
(72)【発明者】
【氏名】矢野 嘉伸
(72)【発明者】
【氏名】天野 友子
(72)【発明者】
【氏名】ビニヨブ ラビ
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 慎一郎
【審査官】山本 一郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-228735(JP,A)
【文献】特開2021-154415(JP,A)
【文献】特開平04-337064(JP,A)
【文献】特開平08-165558(JP,A)
【文献】特開2006-137982(JP,A)
【文献】CHANG, Yin-Yu, 他,Coatings,2020年06月28日,vol. 10,p.605-1 - p.605-17,doi:10.3390/coatings10070605
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
B23B 27/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、
前記下部層上に形成された中間層と、
前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、
前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、
前記中間層は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、前記下部層の組成と前記上部層の組成との間の組成を有し、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが前記下部層側から前記上部層側に向かって変化していると共に、膜厚方向でのCrの原子比が前記上部層側ほど増加しており、
前記中間層は、前記上部層と同一組成の膜と前記下部層と同一組成の膜とを交互に積層した膜である、
硬質皮膜。
【請求項2】
前記上部層は、組成を(Al
1-y-z-aTi
yCr
zM
a)Nで表した場合に、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y,z,aはいずれも原子比を示す)を満たし、
前記下部層は、組成を(Ti
1-xAl
xMo
b)Nで表した場合に、0.4≦x≦0.70、0≦b≦0.10(但し、x,bはいずれも原子比を示す)を満たしている、
請求項1に記載の硬質皮膜。
【請求項3】
前記MはYである、
請求項2に記載の硬質皮膜。
【請求項4】
組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、
前記下部層上に形成された中間層と、
前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有
する硬質皮膜であって、
前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、
前記中間層は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、前記下部層の組成と前記上部層の組成との間の組成を有し、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが前記下部層側から前記上部層側に向かって変化していると共に、膜厚方向でのCrの原子比が前記上部層側ほど増加しており、
該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,M,NのうちMが占める原子比が0.01よりも小さい、
硬質皮膜。
【請求項5】
組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、
前記下部層上に形成された中間層と、
前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、
前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、
前記中間層は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、前記下部層の組成と前記上部層の組成との間の組成を有し、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが前記下部層側から前記上部層側に向かって変化していると共に、膜厚方向でのCrの原子比が前記上部層側ほど増加しており、
前記中間層は、膜厚方向でのAlの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって増加している、
硬質皮膜。
【請求項6】
前記中間層の前記上部層側の半部において、Alの原子比の増加率が前記下部層側の半部よりも大きくなっている、
請求項5に記載の硬質皮膜。
【請求項7】
組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、
前記下部層上に形成された中間層と、
前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、
前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、
前記中間層は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、前記下部層の組成と前記上部層の組成との間の組成を有し、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが前記下部層側から前記上部層側に向かって変化していると共に、膜厚方向でのCrの原子比が前記上部層側ほど増加しており、
前記中間層は、膜厚方向でのAlの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって減少している、
硬質皮膜。
【請求項8】
組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、
前記下部層上に形成された中間層と、
前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、
前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、
前記中間層は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、前記下部層の組成と前記上部層の組成との間の組成を有し、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが前記下部層側から前記上部層側に向かって変化していると共に、膜厚方向でのCrの原子比が前記上部層側ほど増加しており、
前記中間層は、膜厚方向でのTiの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって減少しており、
前記中間層の前記上部層側の半部において、Tiの原子比の減少率が前記下部層側の半部よりも大きくなっている、
硬質皮膜。
【請求項9】
組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、
前記下部層上に形成された中間層と、
前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、
前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、
前記中間層は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、前記下部層の組成と前記上部層の組成との間の組成を有し、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが前記下部層側から前記上部層側に向かって変化していると共に、膜厚方向でのCrの原子比が前記上部層側ほど増加しており、
前記中間層の前記上部層側の半部において、Crの原子比の増加率が前記下部層側の半部よりも大きくなっている、
硬質皮膜。
【請求項10】
組成が(Ti,Al)Nからなる下部層と、
前記下部層上に形成された中間層と、
前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、
前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、
前記中間層は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、前記下部層の組成と前記上部層の組成との間の組成を有し、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが前記下部層側から前記上部層側に向かって変化していると共に、膜厚方向でのCrの原子比が前記上部層側ほど増加しており、
前記下部層は、組成を(Ti
1-xAl
x)Nで表した場合に、0.4≦x≦0.70(但し、xは原子比を示す)を満たし、
前記中間層は、膜厚方向でのMの原子比が前記下部層側から前記上層部側に向かって増加している、
硬質皮膜。
【請求項11】
前記中間層の前記上部層側の半部において、Mの原子比の増加率が前記下部層側の半部よりも大きくなっている、
請求項10に記載の硬質皮膜。
【請求項12】
組成が(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、
前記下部層上に形成された中間層と、
前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、
前記Mは、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、
前記中間層は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、前記下部層の組成と前記上部層の組成との間の組成を有し、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが前記下部層側から前記上部層側に向かって変化していると共に、膜厚方向でのCrの原子比が前記上部層側ほど増加しており、
前記下部層は、組成を(Ti
1-xAl
xMo
b)Nで表した場合に、0.4≦x≦0.70、0<b≦0.10(但し、x,bはいずれも原子比を示す)を満たし、
前記中間層は、膜厚方向でのMoの原子比が前記下部層側から前記上層部側に向かって減少する一方、膜厚方向でのMの原子比が前記下部層側から前記上層部側に向かって増加している、
硬質皮膜。
【請求項13】
前記中間層の前記上部層側の半部において、Moの原子比の減少率およびMの原子比の増加率それぞれが前記下部層側の半部よりも大きくなっている、
請求項12に記載の硬質皮膜。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、基材の上に形成される硬質皮膜に関する。
【背景技術】
【0002】
プレス金型及び切削工具等の耐久性を向上させるために、TiN、TiAlN及びCrAlN等の窒化物が被覆されたプレス金型及び切削工具が実用化されている。近年、このプレス金型及び切削工具等により加工されるワークが難切削材化及び難加工化されていると共に、加工条件が高能率化を要求されるものとなっている。このため、プレス金型及び切削工具に対し、より過酷な加工条件で加工しても寿命が短くならず、更に一層の高寿命化を実現することが要求されており、必然的に、プレス金型及び切削工具の表面に形成される硬質皮膜には、耐久性のより一層の高性能化が要求されている。
【0003】
この耐久性という皮膜性能としては、耐摩耗性及び耐熱性が重要である。高耐摩耗性は切削加工又は金型によるプレス加工に際し、硬質皮膜の損耗が少ないことである。高耐熱性は金型又は切削工具が加工時に高温になったときに表面の酸化がより高い温度まで生じにくいことである。このほか、皮膜性能としては、加工時のワークの表両性状及び離型性の向上に影響する高耐溶着性及び低摩擦係数がある。
【0004】
耐熱性を向上させるべく、TiAlN単層膜の性状を検討したもの(特許文献1)、基材との兼ね合いで、TiAlN皮膜とCrAlN皮膜とを対比したもの(特許文献2)がある。また、耐熱性を向上させることを目的としたものとして、その他、TiCrAlN皮膜(特許文献3)、Siを添加したAlTiSiN皮膜(特許文献4)及びAlCrSiN皮膜(特許文献5)がある。更に、600℃以下で使用する冷間金型用の皮膜として、摺動特性が優れたTiCrAlYN皮膜が提案されている(特許文献6)。
【0005】
一方、異なる特性をもつ単層膜を複数積層し、各単層膜の特性機能を同時に発陣させることを目的として、皮膜の積層化が提案されている。特許文献7には、切削工具の耐摩耗性と耐溶着性及び潤滑効果を発揮させるために、TiAlN及びTiVN膜の積層膜が開示されている。また、高い耐酸化性と、耐摩耗性を発揮させるために、TiSiN膜とTiAlN膜を積層した皮膜が有効であることが開示されている(特許文献8)。更に、特許文献9には、高耐酸化性及び高強度のTiCrAlSiYN膜と、高靭性のTiCrAlN膜とを重ねた2層膜が開示されている。更にまた、特許文献10には、上層にAlSiVCrN膜、下層にAlCrN膜を積層した皮膜が、耐摩耗性及び摺動特性に加えて、耐熱性を向上させるものとして開示されている。更にまた、特許文献11には、切削工具用の耐摩耗層として、Cr比率が65%を超えるCrAlTiY層が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特許第2644710号
【文献】特許第4475230号
【文献】特許第4112834号
【文献】特許第2840541号
【文献】特許第3640310号
【文献】特許第5193153号
【文献】特許第3836640号
【文献】特許第3248897号
【文献】特許第5730535号
【文献】特許第6347566号
【文献】特許第4745243号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、金型を使用したプレス加工及び切削工具を使用した切削加工においては、更に一層の高能率化が要求され、加工対象のワークの難切削加工化が進行している。切削加工においては、より一層幅広の部分への切削加工が要求され、より厳しい切削条件での切削加工が要求されている。また、金型加工においては、冷間鍛造、熱間鍛造及びホットスタンピング等の可及的多用途での金型加工の高性能化が要求されている。このため、硬質皮膜には、更に一層の高性能化が要求される。即ち、耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、密着性が更に向上した硬質皮膜が要望され、しかも、これらの性能が種々の加工条件でも発障され、種々の被加工材に対しても発揮されることが要望されている。
【0008】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、密着性が向上した硬質皮膜を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
硬質皮膜の一実施態様は、組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、前記下部層上に形成された中間層と、前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、前記中間層は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、前記下部層の組成と前記上部層の組成との間の組成を有し、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが前記下部層側から前記上部層側に向かって変化していると共に、膜厚方向でのCrの原子比が前記上部層側ほど増加しているものである。
【発明の効果】
【0010】
上記硬質皮膜の一実施態様によれば、耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、密着性が向上した硬質皮膜を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】硬質皮膜の実施形態の第1基本構成の一例を説明するための図である。
【
図2】硬質皮膜の実施形態の第1基本構成の他の例を説明するための図である。
【
図3】硬質皮膜の実施形態の第2基本構成を説明するための図である。
【
図4】硬質皮膜の実施形態の第3基本構成を説明するための図である。
【
図5】硬質皮膜の実施形態の第10基本構成の一例を説明するための図である。
【
図6】硬質皮膜の実施形態の第10基本構成の他の例を説明するための図である。
【
図7】硬質皮膜成膜装置の一例の概略構成を示す平面図である。
【
図8】硬質皮膜成膜装置の一例の概略構成を示す正面図である。
【
図9】一硬質皮膜のX線回折分析結果を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書において、中間層の実質的な組成とは、中間層の膜厚方向全体での平均組成を意味する。また、下部層の組成と上部層の組成との間の組成とは、各成分の原子比が下部層の組成と上部層の組成との間の値であることを意味する。
【0013】
上記硬質皮膜の一実施態様において、前記中間層は、前記上部層と同一組成の膜と前記下部層と同一組成の膜とを交互に積層した膜であるようにしてもよい。
【0014】
硬質皮膜の他の実施態様は、組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、前記下部層上に形成された中間層と、前記中間層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、前記中間層は、前記上部層と同一組成の膜と前記下部層と同一組成の膜とを交互に積層した膜であり、前記中間層は、膜厚方向でのAlの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって増加している、又は減少しているものである。
【0015】
上記実施態様において、前記上部層は、組成を(Al1-y-z-aTiyCrzMa)Nで表した場合に、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y,z,aはいずれも原子比を示す)を満たているようにしてもよい。
【0016】
上記実施態様において、前記下部層は、組成を(Ti1-xAlxMob)Nで表した場合に、0.4≦x≦0.70、0≦b≦0.10(但し、x,bはいずれも原子比を示す)を満たしているようにしてもよい。
【0017】
上記実施態様において、例えば、前記MはYである。
【0018】
上記実施態様において、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,M,NのうちMが占める原子比が0.01よりも小さいようにしてもよい。
【0019】
硬質皮膜のさらに他の実施態様は、基材上に形成された硬質皮膜であって、組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、前記下部層上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層と、を有し、前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,M,NのうちMが占める原子比が0.01よりも小さいものである。
【0020】
このような実施態様において、前記下部層は、組成を(Ti1-xAlxMob)Nで表した場合に、0.4≦x≦0.70、0≦b≦0.10(但し、x,bはいずれも原子比を示す)を満たし、前記上部層は、組成を(Al1-y-z-aTiyCrzMa)Nで表した場合に、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y,z,aはいずれも原子比を示す)を満たしているようにしてもよい。
【0021】
また、上記実施態様において、X線回折分析法による(111)/{(111)+(200)+(220)}配向性が皮膜全体で50%以上であるようにしてもよい。
【0022】
硬質皮膜のさらに他の実施態様は、最表面層を構成する上部層の組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる硬質皮膜であって、前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、X線回折分析法による(111)/{(111)+(200)+(220)}配向性が皮膜全体で50%以上である。
【0023】
このような態様において、前記上部層は、組成を(Al1-y-z-aTiyCrzMa)Nで表した場合に、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y,z,aはいずれも原子比を示す)を満たしているようにしてもよい。
【0024】
さらに、前記上部層と前記基材との間に、組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層を備え、前記下部層は、組成を(Ti1-xAlxMob)Nで表した場合に、0.4≦x≦0.70、0≦b≦0.10(但し、x,bはいずれも原子比を示す)を満たしているようにしてもよい。
【0025】
さらに、前記上部層と前記下部層との間に、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)N又は(Al,Ti,Cr,Mo,M)Nからなり、前記上部層の組成と前記下部層の組成との間の組成を有する中間層を備えているようにしてもよい。
【0026】
前記中間層を有する上記実施態様において、前記中間層は、膜厚方向でのAlの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって増加しているようにしてもよい。さらに、前記中間層の前記上部層側の半部において、Alの原子比の増加率が前記下部層側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。
【0027】
また、前記中間層は、膜厚方向でのAlの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって減少している、又は膜厚方向でのAlの原子比が均一であるようにしてもよい。また、前記中間層において、膜厚方向でのAlの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって減少している場合、前記中間層の前記上部層側の半部において、Alの原子比の減少率が前記下部層側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。
【0028】
また、前記中間層は、膜厚方向でのTiの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって減少しているようにしてもよい。さらに、前記中間層の前記上部層側の半部において、Tiの原子比の減少率が前記下部層側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。
【0029】
また、前記中間層の前記上部層側の半部において、Crの原子比の増加率が前記下部層側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。
【0030】
また、前記下部層は、組成が(Ti,Al)Nであり、組成を(Ti1-xAlx)Nで表した場合に、0.4≦x≦0.70(但し、xは原子比を示す)を満たし、前記中間層は、膜厚方向でのMの原子比が前記下部層側から前記上層部側に向かって増加しているようにしてもよい。この場合、前記中間層の前記上部層側の半部において、Mの原子比の増加率が前記下部層側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。
【0031】
また、前記下部層は、組成が(Ti,Al,Mo)Nであり、組成を(Ti1-xAlxMob)Nで表した場合に、0.4≦x≦0.70、0<b≦0.05(但し、x,bはいずれも原子比を示す)を満たし、前記Mは、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、前記中間層は、膜厚方向でのMoの原子比が前記下部層側から前記上層部側に向かって減少する一方、膜厚方向でのMの原子比が前記下部層側から前記上層部側に向かって増加しているようにしてもよい。この場合、前記中間層の前記上部層側の半部において、Moの原子比の減少率およびMの原子比の増加率それぞれが前記下部層側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。
【0032】
上記実施態様の中間層及び上部層の組成は、(Al,Ti,Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Y)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti,Cr,Mo,V,Y)Nである。
【0033】
硬質皮膜のさらに他の実施態様は、組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層と、前記下部層上に形成された中間層と、前記中間層上に形成され、組成が(Al,M1,M)Nからなる上部層と、を有し、前記M1は、TiおよびCrから選ばれる1種の元素であり、前記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素であり、前記上部層と前記下部層との間に、実質的な組成が(Al,Ti,M1,M)Nからなり、前記上部層の組成と前記下部層の組成との中間の組成を有する中間層を備えており、前記中間層は、膜厚方向でのAlの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって増加又は減少しているものである。
【0034】
この実施態様の上部層の組成は、(Al,Ti,Mo)N、(Al,Ti,V)N、(Al,Ti,Y)N、(Al,Ti,Mo,V)N、(Al,Ti,Mo,Y)N、(Al,Ti,V,Y)N、(Al,Ti,Mo,V,Y)N、(Al,Cr,Mo)N、(Al,Cr,V)N、(Al,Cr,Y)N、(Al,Cr,Mo,V)N、(Al,Cr,Mo,Y)N、(Al,Cr,V,Y)N、(Al,Cr,Mo,V,Y)Nであり、好ましくは、(Al,Ti,Mo)N、(Al,Ti,V)N、(Al,Cr,Mo)N、(Al,Cr,V)Nである。
【0035】
上記実施態様において、前記中間層は、前記上部層と同一組成の膜と前記下部層と同一組成の膜とを交互に積層した膜であるようにしてもよい。
【0036】
また、上記実施態様において、前記上部層は、組成を(Al1-a-cM1cMa)Nで表した場合に、0≦c≦0.5、0<a≦0.02(但し、a,cはいずれも原子比を示し、yおよびzのいずれかが0)を満たしているようにしてもよい。
【0037】
また、上記実施態様において、前記中間層の前記上部層側の半部において、Alの原子比の増加率が前記下部層側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。
【0038】
また、上記実施態様において、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,M1,M,NのうちMが占める原子比が0.01よりも小さいことが好ましい。
【0039】
また、上記実施態様において、前記中間層は、膜厚方向でのAlの原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって増加しているようにしてもよい。この場合、前記中間層の前記上部層側の半部において、Alの原子比の増加率が前記下部層側の半部よりも大きくなっている例を挙げることができる。
【0040】
また、上記実施態様において、前記中間層は、膜厚方向での上記M1および上記Mのうちの少なくとも一方の原子比が前記下部層側から前記上部層側に向かって増加又は減少しているようにしてもよい。この場合、中間層の膜厚方向での上記M1および上記Mのうちの少なくとも一方の原子比が、下部層側から上部層側に向かって、上部層のCr、Ti、Mo、V、Yの原子比に近づくように変化しているようにしてもよい。さらに、中間層の上部層側の半部において、上記M1および上記Mのうちの少なくとも一方の原子比の変化率が下部層側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。
【0041】
以下、硬質皮膜の実施態様について図面を参照して説明する。まず、実施形態の第1~第3の基本構成について説明する。
図1及び
図2は、それぞれ第1基本構成を説明するための図であり、左図は模式的な断面図、右図は膜厚方向における各組成の原子比を示すグラフ図である。
図1及び
図2中のグラフ図で、縦軸は膜厚、横軸は原子比(任意単位)を示す。
図3は、第2基本構成を説明するための模式的な断面図である。
図4は、第3基本構成を説明するための模式的な断面図である。なお、
図1~
図4中の模式的な断面図における各層の膜厚の比は一例を模式的に示したものであり、第1基本構成を構成する各膜の膜厚の比は
図1~
図4に示すものに限定されない。
【0042】
[第1基本構成の概要]
図1及び
図2に示すように、硬質皮膜の第1基本構成は、基材1上に形成された下部層2と、下部層2上に形成された中間層3と、中間層3上に形成された上部層4とを有する。下部層2は組成が(Ti,Al)Nからなる。上部層4は組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる。中間層3は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなり、下部層2の組成と上部層4の組成との間の組成を有する。
【0043】
中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比それぞれが下部層2側から上部層4側に向かって変化している。具体的には、中間層3の膜厚方向でのAlの原子比、Tiの原子比が、下部層2側から上部層4側に向かって、上部層4のAlの原子比、Tiの原子比に近づくように変化している。また、中間層3は、膜厚方向でのCrの原子比とYの原子比それぞれが上部層4側ほど増加している。
【0044】
第1基本構成の硬質皮膜は、例えばプレス加工用の金型や切削加工用の切削工具に適用される場合、加工時には上部層4がワークと接触し、高温での摺動及び圧力をもっぱら受け、摩耗及び高温酸化を受ける。ここで、(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる上部層4は、耐摩耗性及び耐酸化性が極めて優れており、硬質皮膜全体の耐久性が極めて高い。そして、上部層4が加工時のワークとの摺動を受け、高温酸化したときに、上部層4のAl及び/又はTiが溶着等の化学反応により上部層4から溶出しても、Al及び/又はTiは、上部層4の下層の中間層3又は下部層2から補充される。したがって、第1基本構成の硬質皮膜は、上部層4が摺動及び酸化を受けても、上部層4の組成が変化することが抑制され、その耐久性は保持される。よって、第1基本構成の硬質皮膜によれば、硬質皮膜の寿命が延長され、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。そして、第1基本構成の硬質皮膜は、プレス金型加工及び切削加工等の加工性能を著しく向上できる。
【0045】
さらに、第1基本構成の硬質皮膜は、中間層3のAl、Ti、Cr、Yの原子比それぞれが膜厚方向で下部層2側から上部層4側に向かって上述のように変化している。これにより、基材1、下部層2、上部層4の界面の密着力を安定化させるとともに、組成を変化させることにより、下部層2でより必要とされる靭性、上部層4でより必要とされる耐摩耗性および耐熱性をより効果的に発揮することにより、優れた耐摩耗性、耐熱性および耐久性を発揮することができる。
【0046】
なお、組成が膜厚方向で変化する中間層3は、例えば、アークイオンプレーティング法や反応性スパッタリング法などで複数のターゲットを使用して、それらのターゲットで成膜される膜を交互に積層し、そのうち少なくとも1つのターゲットで成膜する膜の膜厚を下層側と上層側とで異ならせることで形成できる。
【0047】
[第1基本構成の変形例]
第1基本構成において、例えば
図1に示すように、中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比が上部層4側ほど増加する一方、Tiの原子比が上部層4側ほど減少しているようにしてもよい。これにより、上部層4でのAl原子比が下部層2でのAl原子比よりも大きく、かつ、上部層4でのTi原子比が下部層2でのTi原子比よりも小さい構成において、中間層3の膜厚方向でのAlの原子比、Tiの原子比が、下部層2側から上部層4側に向かって、上部層4のAlの原子比、Tiの原子比に近づくように変化させることができる。
【0048】
そして、中間層3の上部層4側の半部において、Alの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。また、中間層3の上部層4側の半部において、Tiの原子比の減少率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。これらにより、耐摩耗性および耐熱性がより要求される上部層4側において、これら特性を発揮する元素の含有率を増加させることにより、より優れた耐熱性および耐摩耗性を発揮することができるとともに、中間層3の上部層4側の界面付近の組成をより上部層4に近づけることにより、中間層3と上部層4の優れた層間密着力を得ることができる。必要な元素を濃化させる場合、断続的に元素量を変化させるよりも、連続的に変化させることにより、皮膜の靭性を維持、安定化することができ、衝撃が大きく硬質皮膜の欠損やチッピングなどが生じ易い使用環境下でも、硬質皮膜は破壊されることなく優れた特性を発揮することができる。
【0049】
なお、中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比が下部層2側から上部層4側に向かって減少しているようにしてもよいし(
図2参照)、又は膜厚方向でのAlの原子比が均一であるようにしてもよい。また、中間層3は、膜厚方向でのTiの原子比が下部層2側から上部層4側に向かって増加しているようにしてもよいし、又は膜厚方向でのTiの原子比が均一であるようにしてもよい。
【0050】
第1基本構成において、中間層3の上部層4側の半部において、Crの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。また、中間層3の上部層4側の半部において、Yの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。これにより、高温下での機械的特性を維持するYの効果を、より硬質皮膜表面側で発揮することにより、高温下においても優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。
【0051】
[第2基本構成の概要]
図3に示すように、硬質皮膜の第2基本構成は、基材1上に形成された下部層2と、下部層2上に形成された中間層3と、中間層3上に形成された上部層4とを有する。下部層2は、組成が(Ti
1-xAl
x)Nからなり、0.4≦x≦0.70(但し、xは原子比)を満たす。上部層4は、組成が(Al
1-y-z-aTi
yCr
zY
a)Nからなり、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y、z、aはいずれも原子比を示す)を満たす。中間層3は、上部層4と同一組成の第1中間膜3aと上部層4と同一組成の第2中間膜3bとを交互に積層した膜である。
【0052】
第2基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる上部層4を備えているので、第1基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0053】
さらに、上部層4は、組成を(Al1-y-z-aTiyCrzYa)Nと表したときに、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02を満たしているので、室温のみならず高温下においても、優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。
【0054】
ここで、0.05≦y≦0.3であることが好ましく、0.15≦z≦0.5であることが好ましく、0.005≦a≦0.01であることが好ましい。
【0055】
また、下部層2は、組成を(Ti1-xAlx)Nで表したときに、0.4≦x≦0.70を満たしているので、優れた耐摩耗性、耐熱性および耐欠損性を発揮することができる。
【0056】
ここで、0.5≦x≦0.67であることが好ましい。
【0057】
さらに、第2基本構成の硬質皮膜は、中間層3が上部層4と同一組成の第1中間膜3aと上部層4と同一組成の第2中間膜3bとを交互に積層した膜であるので、下部層2と上部層4との層間の残留応力を緩和し、密着力を向上することにおいて、硬質皮膜の靭性を維持、安定化することができ、衝撃が大きく硬質皮膜の欠損やチッピングなどが生じ易い使用環境下でも、硬質皮膜は破壊されることなく優れた特性を発揮することができる。
【0058】
第2基本構成の硬質皮膜において、中間層3は、膜全体で見たときの平均組成は(Al,Ti,Cr,Y)Nになる。そして、第2基本構成の中間層3は、第1基本構成の中間層3の一例を構成する。ただし、第1基本構成の中間層3は、これに限定されず、例えば、下部層2及び上部層4とは組成が異なる膜(層)を含んでいてもよい。
【0059】
[第2基本構成の変形例]
第2基本構成において、中間層3は、第1基本構成の中間層3と同様にして、膜厚方向でのAl、Ti、Cr、Yの各原子比が変化していても構わない。なお、下部層2のAl原子比と上部層4のAl原子比とが同じである場合は、中間層3のAl原子比は膜厚方向で均一になり変化しない。
【0060】
[第3基本構成の概要]
図4に示すように、硬質皮膜の第3基本構成は、基材1上に形成された硬質皮膜であって、組成が(Ti,Al)Nからなる下部層2と、下部層2上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる上部層4と、を有し、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,Y,NのうちYが占める原子比が0.01よりも小さいものである。
【0061】
第3基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる上部層4を備えているので、第1基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0062】
さらに、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,Y,NのうちYが占める原子比が0.01よりも小さいので、室温のみならず高温下においても、優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。これに加え、Yが下部層2の基材1との界面付近まで拡散浸透しにくく、下部層2の耐欠損性を維持することができ、より高負荷が加わり、衝撃が大きく硬質皮膜の欠損やチッピングなどが生じ易い使用環境下でも、硬質皮膜は基材から剥離することなく、優れた特性を発揮することができる。
【0063】
[第3基本構成の変形例]
さらに、下部層2と上部層4との間に、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなり、上部層4の組成と下部層2の組成との間の組成を有する中間層3を備えているようにしてもよい。このような中間層3は、例えば第1及び第2の基本構成並びにそれらの変形例の中間層3で構成できる。
【0064】
[第4基本構成の概要]
第4基本構成の硬質皮膜は、最表面層を構成する上部層の組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる硬質皮膜であって、X線回折分析法による(111)/{(111)+(200)+(220)}配向性が皮膜全体で50%以上であるものである。
【0065】
第4基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる上部層を備えているので、第1基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0066】
さらに、最表面層を構成する上部層は、X線回折分析法による(111)/{(111)+(200)+(220)}配向性が皮膜全体で50%以上であるので、皮膜は柱状構造を示し、膜厚方向に対するせん断応力に対しても優れた耐欠損性を有し、衝撃が大きく硬質皮膜の欠損やチッピングなどが生じ易い使用環境下でも、硬質皮膜は破壊されることなく優れた特性を発揮することができる。
【0067】
なお、上述した基本構成及び変形例(なお書き等)で説明した各構成を組み合わせても構わないし、また、構成の付加、省略、置換、その他の変更が可能である。例えば、第4基本構成は、第1~第3の基本構成に組み合わせてもよい。
【0068】
[第5基本構成の概要]
硬質皮膜の第5基本構成は、上記の第1基本構成における中間層3と上部層4の組成(Al,Ti、Cr,Y)Nを(Al,Ti、Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti、Cr,Mo,V,Y)Nに変更したものである。すなわち、上部層4は組成が(Al,Ti,Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti、Cr,Mo,V,Y)Nからなる。中間層3は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti,Cr,Mo,V,Y)Nからなり、下部層2の組成と上部層4の組成との間の組成を有する。
【0069】
中間層3は、上記の第1基本構成と同様に、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とCrの原子比それぞれが下部層2側から上部層4側に向かって変化している。また、中間層3は、Mo、V、Yの原子比が上部層4側ほど増加している。
【0070】
第5基本構成の硬質皮膜において、(Al,Ti,Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti、Cr,Mo,V,Y)Nからなる上部層4は、第1基本構成の(Al,Ti、Cr,Y)Nからなる上部層4と同様、耐摩耗性及び耐酸化性が極めて優れており、硬質皮膜全体の耐久性が極めて高い。したがって、第5基本構成の硬質皮膜は、第1基本構成の硬質皮膜と同様の作用及び効果が得られる。
【0071】
[第5基本構成の変形例]
第5基本構成において、上記第1基本構成の変形例と同様にして、中間層3における膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とが変化しているようにしても構わない。このような第5基本構成の変形例は、上記第1基本構成の変形例と同様の作用及び効果が得られる。なお、第5基本構成の変形例の中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比が均一であっても構わないし、膜厚方向でのTiの原子比が均一であっても構わない。
【0072】
第5基本構成において、中間層3の上部層4側の半部において、Crの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。また、中間層3の上部層4側の半部において、Mo、V、Yの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。これにより、高温下での機械的特性を維持するMo、V、Yの効果を、より硬質皮膜表面側で発揮することにより、高温下においても優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。
【0073】
[第6基本構成の概要]
硬質皮膜の第6基本構成は、上記第2基本構成と同様に、基材1上に形成された下部層2、中間層3、上部層4を有する。下部層2は、組成が(Ti1-xAlx)Nからなり、0.4≦x≦0.70(但し、xは原子比)を満たす。上部層4は、組成が(Al1-y-z-aTiyCrzMa)Nからなり、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y、z、aはいずれも原子比を示す)を満たす。ここで、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素である(なお、MがYのときは、上記第2基本構成と同じ構成である)。中間層3は、上部層4と同一組成の第1中間膜3aと上部層4と同一組成の第2中間膜3bとを交互に積層した膜である。
【0074】
第6基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,M)N(但し、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)からなる上部層4を備えているので、第1基本構成及び第5基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0075】
さらに、上部層4は、組成を(Al1-y-z-aTiyCrzMa)N(但し、MはMo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)と表したときに、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02を満たしているので、室温のみならず高温下においても、優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。ここで、0.05≦y≦0.3であることが好ましく、0.15≦z≦0.5であることが好ましく、0.005≦a≦0.01であることが好ましい。
【0076】
第6基本構成の硬質皮膜において、中間層3は、膜全体で見たときの平均組成は(Al,Ti,Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Y)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti,Cr,Mo,V,Y)Nになる。そして、第6基本構成の中間層3は、第5基本構成の中間層3の一例を構成する。なお、第5基本構成の中間層3は、これに限定されず、例えば、下部層2及び上部層4とは組成が異なる膜(層)を含んでいてもよい。
【0077】
[第7基本構成の概要]
硬質皮膜の第7基本構成は、基材1上に形成された硬質皮膜であって、組成が(Ti,Al)Nからなる下部層2と、下部層2上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)N(但し、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)からなる上部層4と、を有し、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,M,NのうちMが占める原子比が0.01よりも小さいものである。
【0078】
第7基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,M)N(但し、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)からなる上部層4を備えているので、第1基本構成及び第5基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0079】
さらに、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,M,NのうちM(Mo、V、Yから選ばれる1種以上の元素)が占める原子比が0.01よりも小さいので、室温のみならず高温下においても、優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができることに加え、Mo、V、Yが下部層2の基材1との界面付近まで拡散浸透しにくく、下部層2の耐欠損性を維持することができ、より高負荷が加わり、衝撃が大きく硬質皮膜の欠損やチッピングなどが生じ易い使用環境下でも、硬質皮膜は基材から剥離することなく、優れた特性を発揮することができる。
【0080】
[第8基本構成の概要]
第8基本構成の硬質皮膜は、最表面層を構成する上部層の組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる硬質皮膜であって、X線回折分析法による(111)/{(111)+(200)+(220)}配向性が皮膜全体で50%以上であるものである。ここで、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種の元素である。
【0081】
第8基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,M)N(但し、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)からなる上部層を備えているので、第1基本構成及び第5基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0082】
さらに、最表面層を構成する上部層は、X線回折分析法による(111)/{(111)+(200)+(220)}配向性が皮膜全体で50%以上であるので、皮膜は柱状構造を示し、膜厚方向に対するせん断応力に対しても優れた耐欠損性を有し、衝撃が大きく硬質皮膜の欠損やチッピングなどが生じ易い使用環境下でも、硬質皮膜は破壊されることなく優れた特性を発揮することができる。
【0083】
なお、上述した基本構成及び変形例(なお書き等)で説明した各構成を組み合わせても構わないし、また、構成の付加、省略、置換、その他の変更が可能である。例えば、第8基本構成は、第5~第7の基本構成に組み合わせてもよい。
【0084】
[第9基本構成の概要]
第9基本構成の硬質皮膜は、組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層2と、下部層2上に形成された中間層3と、中間層3上に形成され、組成が(Al,M1,M)Nからなる上部層4と、を有する。M1は、TiおよびCrから選ばれる1種の元素である。Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素である。上部層4と下部層2との間に、実質的な組成が(Al,Ti,M1,M)Nからなり、上部層4の組成と下部層2の組成との中間の組成を有する中間層3を備えている。中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比が下部層2側から上部層4側に向かって増加又は減少しているものである。
【0085】
第9基本構成の硬質皮膜の上部層4の組成は、(Al,Ti,Mo)N、(Al,Ti,V)N、(Al,Ti,Y)N、(Al,Ti,Mo,V)N、(Al,Ti,Mo,Y)N、(Al,Mo,V,Y)N、(Al,Ti,Mo,V,Y)N、(Al,Cr,Mo)N、(Al,Cr,V)N、(Al,Cr,Y)N、(Al,Cr,Mo,V)N、(Al,Cr,Mo,Y)N、(Al,Cr,V,Y)N、又は(Al,Cr,Mo,V,Y)Nであり、好ましくは、(Al,Ti,Mo)N、(Al,Ti,V)N、(Al,Cr,Mo)N、(Al,Cr,V)Nである。
【0086】
第9基本構成の硬質皮膜において、(Al,M1,M)N(但し、M1はTiおよびCrから選ばれる1種の元素、MはMo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)からなる上部層4は、耐摩耗性及び耐酸化性が極めて優れており、硬質皮膜全体の耐久性が極めて高い。これにより、第9基本構成の硬質皮膜は、上部層4が摺動及び酸化を受けても、上部層4の組成が変化することが抑制され、その耐久性は保持される。よって、第9基本構成の硬質皮膜は、上記第1~8の基本構成の硬質皮膜と同様に、硬質皮膜の寿命が延長され、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。そして、第1基本構成の硬質皮膜は、プレス金型加工及び切削加工等の加工性能を著しく向上できる。
【0087】
なお、上述した基本構成及び変形例(なお書き等)で説明した各構成を組み合わせても構わないし、また、構成の付加、省略、置換、その他の変更が可能である。例えば、第9基本構成の中間層3及び上部層4を、第1~第8の基本構成に置き換えたり、それらの構成を組み合わせてもよい。
【0088】
例えば、中間層3において、膜厚方向でのAlの原子比、M1(Ti又はCr)の原子比、M(Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)の原子比が、下部層2側から上部層4側に向かって、上部層4のAlの原子比、M1(Ti又はCr)の原子比、M(Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)の原子比に近づくように変化させるようにしてもよい。そして、中間層3の上部層4側の半部において、Alの原子比、上記M1の原子比、上記Mの原子比の変化率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。これにより、耐摩耗性および耐熱性がより要求される上部層側において、これら特性を発揮する元素の含有率を増加させることにより、より優れた耐熱性および耐摩耗性を発揮することができるとともに、中間層3の上部層4側の界面付近の組成をより上部層4に近づけることにより、中間層3と上部層4の優れた層間密着力を得ることができる。必要な元素を濃化させる場合、断続的に元素量を変化させるよりも、連続的に変化させることにより、皮膜の靭性を維持、安定化することができ、衝撃が大きく硬質皮膜の欠損やチッピングなどが生じ易い使用環境下でも、硬質皮膜は破壊されることなく優れた特性を発揮することができる。
【0089】
[第10基本構成の概要]
図5及び
図6に示すように、硬質皮膜の第10基本構成は、基材1上に形成された下部層2と、下部層2上に形成された中間層3と、中間層3上に形成された上部層4とを有する。下部層2は組成が(Ti,Al,Mo)Nからなる。上部層4は組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる。中間層3は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,Y,Mo)Nからなり、下部層2の組成と上部層4の組成との間の組成を有する。
【0090】
中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMoの原子比それぞれが下部層2側から上部層4側に向かって変化している。具体的には、中間層3の膜厚方向でのAlの原子比、Tiの原子比、Moの原子比が、下部層2側から上部層4側に向かって、上部層4のAlの原子比、Tiの原子比、Moの原子比に近づくように変化している。なお、上部層4のMoの原子比は0である。また、中間層3は、膜厚方向でのCrの原子比とYの原子比それぞれが上部層4側ほど増加している。
【0091】
第10基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる上部層4を備えているので、第1基本構成と同様に、硬質皮膜の寿命が延長され、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。そして、第10基本構成の硬質皮膜は、プレス金型加工及び切削加工等の加工性能を著しく向上できる。
【0092】
さらに、第10基本構成の硬質皮膜は、中間層3のAl、Ti、Cr、Y、Moの原子比それぞれが膜厚方向で下部層2側から上部層4側に向かって上述のように変化している。これにより、基材1、下部層2、上部層4の界面の密着力を安定化させるとともに、組成を変化させることにより、下部層2でより必要とされる靭性、上部層4でより必要とされる耐摩耗性および耐熱性をより効果的に発揮することにより、優れた耐摩耗性、耐熱性および耐久性を発揮することができる。
【0093】
なお、組成が膜厚方向で変化する中間層3は、例えば、アークイオンプレーティング法や反応性スパッタリング法などで複数のターゲットを使用して、それらのターゲットで成膜される膜を交互に積層し、そのうち少なくとも1つのターゲットで成膜する膜の膜厚を下層側と上層側とで異ならせることで形成できる。
【0094】
[第10基本構成の変形例]
第1基本構成において、例えば
図5に示すように、中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比が上部層4側ほど増加する一方、Tiの原子比とMoの原子比それぞれが上部層4側ほど減少しているようにしてもよい。これにより、上部層4でのAl原子比が下部層2でのAl原子比よりも大きく、かつ、上部層4でのTi原子比が下部層2でのTi原子比よりも小さい構成において、中間層3の膜厚方向でのAlの原子比、Tiの原子比、Moの原子比それぞれが、下部層2側から上部層4側に向かって、上部層4のAlの原子比、Tiの原子比に近づくように変化させることができる。
【0095】
そして、中間層3の上部層4側の半部において、Alの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。また、中間層3の上部層4側の半部において、Tiの原子比の減少率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。また、中間層3の上部層4側の半部において、Moの原子比の減少率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。また、中間層3の上部層4側の半部において、Crの原子比、Yの原子比それぞれの増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。これらにより、第1基本構成と同様に、耐摩耗性および耐熱性がより要求される上部層側において、これら特性を発揮する元素の含有率を増加させることにより、より優れた耐熱性および耐摩耗性を発揮することができる。さらに、中間層3の上部層4側の界面付近の組成をより上部層4に近づけることにより、中間層3と上部層4の優れた層間密着力を得ることができる。
【0096】
なお、中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比が下部層2側から上部層4側に向かって減少しているようにしてもよいし(
図6参照)、又は膜厚方向でのAlの原子比が均一であるようにしてもよい。また、中間層3は、膜厚方向でのTiの原子比が下部層2側から上部層4側に向かって増加しているようにしてもよいし、又は膜厚方向でのTiの原子比が均一であるようにしてもよい。
【0097】
第10基本構成において、中間層3の上部層4側の半部において、Crの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。また、中間層3の上部層4側の半部において、Yの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。これにより、第1基本構成と同様に、高温下での機械的特性を維持するYの効果を、より硬質皮膜表面側で発揮することにより、高温下においても優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。
【0098】
[第11基本構成の概要]
硬質皮膜の第11基本構成は、
図3を参照して説明した第2基本構成の模式図と同様に、基材1上に形成された下部層2と、下部層2上に形成された中間層3と、中間層3上に形成された上部層4とを有する。下部層2は、組成が(Ti
1-xAl
xMo
b)Nからなり、0.4≦x≦0.70、0<b≦0.10(但し、x,bはいずれも原子比を示す)を満たす。上部層4は、組成が(Al
1-y-z-aTi
yCr
zY
a)Nからなり、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y、z、aはいずれも原子比を示す)を満たす。中間層3は、上部層4と同一組成の第1中間膜3aと上部層4と同一組成の第2中間膜3bとを交互に積層した膜である。
【0099】
第11基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる上部層4を備えているので、第1基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0100】
さらに、上部層4は、組成を(Al1-y-z-aTiyCrzYa)Nと表したときに、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02を満たしているので、第2基本構成と同様に、室温のみならず高温下においても、優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。ここで、0.05≦y≦0.3であることが好ましく、0.15≦z≦0.5であることが好ましく、0.005≦a≦0.01であることが好ましい。
【0101】
また、下部層2は、組成を(Ti1-xAlxMob)Nで表したときに、0.4≦x≦0.70、0<b≦0.10を満たしているので、優れた耐摩耗性、耐熱性および耐欠損性を発揮することができる。ここで、0.5≦x≦0.67、0.01≦b≦0.04であることが好ましい。
【0102】
さらに、第11基本構成の硬質皮膜は、中間層3が上部層4と同一組成の第1中間膜3aと上部層4と同一組成の第2中間膜3bとを交互に積層した膜であるので、下部層2と上部層4との層間の残留応力を緩和し、密着力を向上することにおいて、硬質皮膜の靭性を維持、安定化することができ、衝撃が大きく硬質皮膜の欠損やチッピングなどが生じ易い使用環境下でも、硬質皮膜は破壊されることなく優れた特性を発揮することができる。
【0103】
第11基本構成の硬質皮膜において、中間層3は、膜全体で見たときの平均組成は(Al,Ti,Cr,Y,Mo)Nになる。そして、第11基本構成の中間層3は、第10基本構成の中間層3の一例を構成する。ただし、第10基本構成の中間層3は、これに限定されず、例えば、下部層2及び上部層4とは組成が異なる膜(層)を含んでいてもよい。
【0104】
[第11基本構成の変形例]
第11基本構成において、中間層3は、第10基本構成の中間層3と同様にして、膜厚方向でのAl、Ti、Cr、Y、Moの各原子比が変化していても構わない。なお、下部層2のAl原子比と上部層4のAl原子比とが同じである場合は、中間層3のAl原子比は膜厚方向で均一になり変化しない。
【0105】
[第12基本構成の概要]
硬質皮膜の第12基本構成は、
図4を参照して説明した第3基本構成の模式図と同様に、基材1上に形成された下部層2と、下部層2に形成された上部層4とを有する。下部層2は組成が(Ti,Al,Mo)Nからなり、上部層は組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなり、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,Y,Mo,NのうちYが占める原子比が0.01よりも小さいものである。
【0106】
第12基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,Y)Nからなる上部層4を備えているので、第1基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0107】
さらに、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,Y,Mo,NのうちYが占める原子比が0.01よりも小さいので、第3基本構成と同様に、室温のみならず高温下においても、優れた硬さ、ヤング率を発揮することができるとともに、Yが下部層2の基材1との界面付近まで拡散浸透しにくく、下部層2の耐欠損性を維持することができる。
【0108】
[第12基本構成の変形例]
さらに、下部層2と上部層4との間に、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,Y,Mo)Nからなり、上部層4の組成と下部層2の組成との間の組成を有する中間層3を備えているようにしてもよい。このような中間層3は、例えば第10及び第11の基本構成並びにそれらの変形例の中間層3で構成できる。
【0109】
[第13基本構成の概要]
硬質皮膜の第13基本構成は、上記の第10基本構成における上部層4の組成(Al,Ti、Cr,Y)Nを(Al,Ti、Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti、Cr,Mo,V,Y)Nに変更したものである。すなわち、上部層4は組成が(Al,Ti,Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti、Cr,Mo,V,Y)Nからなる。中間層3は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、又は(Al,Ti,Cr,Mo,V,Y)Nからなり、下部層2の組成と上部層4の組成との間の組成を有する。
【0110】
中間層3は、上記の第10基本構成と同様に、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とCrの原子比それぞれが下部層2側から上部層4側に向かって変化している。また、上部層4が(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti、Cr,Mo,V,Y)Nであるとき、中間層3は、V、Yの原子比が上部層4側ほど増加している。また、中間層3は、下部層2のMo原子比と上部層4のMo原子比とが異なる場合は、中間層3のMo原子比は膜厚方向で下部層2側から上部層4側に向かって上部層4のMo原子比に近づくように変化している。他方、下部層2のMo原子比と上部層4のMo原子比とが同じである場合は、中間層3のMo原子比は膜厚方向で均一になり変化しない。なお、上部層4が(Al,Ti,Cr,V)N、又は(Al,Ti,Cr,V,Y)Nであるとき、中間層3は、Moの原子比が上部層4側ほど減少している。
【0111】
第13基本構成の硬質皮膜において、(Al,Ti,Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、(Al,Ti,Cr,V,Y)N、又は(Al,Ti、Cr,Mo,V,Y)Nからなる上部層4は、第1基本構成の(Al,Ti、Cr,Y)Nからなる上部層4と同様、耐摩耗性及び耐酸化性が極めて優れており、硬質皮膜全体の耐久性が極めて高い。したがって、第13基本構成の硬質皮膜は、第1基本構成及び第10基本構成の硬質皮膜と同様の作用及び効果が得られる。
【0112】
[第13基本構成の変形例]
第13基本構成において、上記第10基本構成の変形例と同様にして、中間層3における膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMoの原子比とが変化しているようにしても構わない。このような第13基本構成の変形例は、上記第10基本構成の変形例と同様の作用及び効果が得られる。なお、第13基本構成の変形例の中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比が均一であっても構わないし、膜厚方向でのTiの原子比が均一であっても構わない。
【0113】
第13基本構成において、中間層3の上部層4側の半部において、Crの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。また、中間層3の上部層4側の半部において、Mo、V、Yの原子比の増加率が下部層2側の半部よりも大きくなっているようにしてもよい。これにより、高温下での機械的特性を維持するMo、V、Yの効果を、より硬質皮膜表面側で発揮することにより、高温下においても優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。
【0114】
[第14基本構成の概要]
硬質皮膜の第14基本構成は、上記第11基本構成と同様に、基材1上に形成された下部層2、中間層3、上部層4を有する。下部層2は、組成が(Ti1-xAlxMob)Nからなり、0.4≦x≦0.70、0<b≦0.10(但し、x,bはいずれも原子比)を満たす。上部層4は、組成が(Al1-y-z-aTiyCrzMa)Nからなり、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y、z、aはいずれも原子比を示す)を満たす。ここで、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素である(なお、MがYのときは、上記第11基本構成と同じ構成である)。中間層3は、上部層4と同一組成の第1中間膜3aと上部層4と同一組成の第2中間膜3bとを交互に積層した膜である。
【0115】
第14基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,M)N(但し、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)からなる上部層4を備えているので、上記の第1、第5、第10及び第13基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0116】
さらに、上部層4は、組成を(Al1-y-z-aTiyCrzMa)N(但し、MはMo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)と表したときに、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02を満たしているので、室温のみならず高温下においても、優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。ここで、0.05≦y≦0.3であることが好ましく、0.15≦z≦0.5であることが好ましく、0.005≦a≦0.01であることが好ましい。
【0117】
第14基本構成の硬質皮膜において、中間層3は、膜全体で見たときの平均組成は(Al,Ti,Cr,Mo)N、(Al,Ti,Cr,Mo,V)N、(Al,Ti,Cr,Mo,Y)N、又は(Al,Ti,Cr,Mo,V,Y)Nになる。そして、第14基本構成の中間層3は、第13基本構成の中間層3の一例を構成する。なお、第13基本構成の中間層3は、これに限定されず、例えば、下部層2及び上部層4とは組成が異なる膜(層)を含んでいてもよい。
【0118】
[第15基本構成の概要]
硬質皮膜の第15基本構成は、基材1上に形成された硬質皮膜であって、組成が(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層2と、下部層2上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)N(但し、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)からなる上部層4と、を有し、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,Mo,M,NのうちMが占める原子比が0.01よりも小さいものである。
【0119】
第3基本構成の硬質皮膜は、組成が(Al,Ti,Cr,M)N(但し、Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種以上の元素)からなる上部層4を備えているので、第1、第5、第10及び第13基本構成と同様に、長寿命で耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、及び密着性等に優れた硬質皮膜が得られる。
【0120】
さらに、該硬質皮膜の全体に含まれるAl,Ti,Cr,Mo,M,NのうちM(Mo、V、Yから選ばれる1種以上の元素)が占める原子比が0.01よりも小さいので、第3及び第12基本構成と同様に、室温のみならず高温下においても、優れた硬さ、ヤング率を発揮し、より過酷な使用環境下においても、優れた耐摩耗性を発揮することができる。さらに、上部層4のMo、V、Yが下部層2の基材1との界面付近まで拡散浸透しにくく、下部層2の耐欠損性を維持することができ、より高負荷が加わり、衝撃が大きく硬質皮膜の欠損やチッピングなどが生じ易い使用環境下でも、硬質皮膜は基材から剥離することなく、優れた特性を発揮することができる。
【0121】
なお、上述した基本構成及び変形例(なお書き等)で説明した各構成を組み合わせても構わないし、また、構成の付加、省略、置換、その他の変更が可能である。例えば、上述の第4基本構成は、第10~第15の基本構成に組み合わせてもよい。
【0122】
[実施例1]
以下、第1実施例について、図面を参照して説明する。まず、
図1を参照して本実施例の硬質皮膜の構成を説明する。ただし、本実施例は上記第1基本構成に限定されない。
【0123】
図1に示すように、下部層2は、(Ti
1-xAl
x)Nで表される組成を有し、基材1上に、1~8μmの厚さで形成されている。但し、xは原子比であり、0.4≦x≦0.70である。
【0124】
上部層4は、(Al1-y-z-aTiyCrzYa)Nで表される組成を有し、厚さが1~8μmである。但し、y,z,aはそれぞれ原子比であり、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02である。
【0125】
中間層3は、下部層2と上部層4との間に、1~5μmの厚さで形成されている。中間層3は、下部層2の組成と上部層4の組成との間の組成を有する。好ましくは、中間層3は、下部層2と同一組成の膜と、上部層4と同一組成の膜とを、1~100nmの積層周期で交互に積層した膜である。
【0126】
次に、このような硬質皮膜の形成方法について説明する。
図7は本実施例の硬質皮膜の成膜に使用するカソードアークイオンプレーティング成膜装置を示す平面図、
図8は正面図である。本実施形態においては、2個のカソード電極を使用したアークイオンプレーティングにより、2種類の膜を基材上に形成する。
【0127】
チャンバ10は、真空排気することができ、更に、チャンバ10内には、ArガスまたはN2ガス等の反応ガスが導入可能となっている。真空排気下で反応ガスを導入することにより、チャンバ10内を所定の減圧下の反応ガスで充填できる。
【0128】
チャンバ10内には、テーブル21が鉛直方向に延びる回転軸36に支持されている。テーブル21は、回転軸36を介して適宜の駆動源(図示せず)により回転駆動される。テーブル21の上には、回転軸36を中心とする円上の4等配の位置に、鉛直方向に延びる回転軸37,38,39,40が配置されている。回転軸37~40は回転軸36を太陽歯車として取り付けられた遊星歯車により回転する。各回転軸37~40に、複数個の基材22,23,24,25が取り付けられている。基材22~25は、回転軸37~40の周りに自転すると共に、回転軸36の周りに公転する。
【0129】
テーブル21の周辺には、ヒータ11と、第1蒸発源としての第1カソード電極12と、ボンバード洗浄源としての第3カソード電極13と、第2蒸発源としての第2カソード電極14とが、平面視で反時計回りに略等間隔の位置に配置されている。ヒータ11は基材22~25を加熱する。
【0130】
基材22~25上に形成する2種類の膜のうちの一方の膜を成膜するための第1カソード電極12と、他方の膜を成膜するための第2カソード電極14とが、回転軸36を間に挟んで互いに対向する位置に設置されている。そして、第1カソード電極12と第2カソード電極14との間に、ボンバード洗浄用の第3カソード電極13が配置されている。第3カソード電極13としては、通常金属Tiが使用されている。
【0131】
カソード電極12,13,14の下端の近傍には、夫々、アノード電極15,16,17が配置されている。第1アノード電極15と第1カソード電極12との間には、導線34を介して第1アーク電源31が接続されている。第2アノード電極17と第2カソード電極14との間には、導線35を介して第2アーク電源32が接続されている。また、第3カソード電極13と第3アノード電極16との間にも、アーク電源(図示せず)が接続されている。テーブル21には、基材22~25に負のバイアス電圧を印加するバイアス電源33が接続されている。なお、チャンバ10には、プロセスガスの導入口と、真空排気するための排気口(いずれも図示せず)とが設けられている。
【0132】
次に、上述の如く構成されたカソードアークイオンプレーティング成膜装置の動作について説明する。例えば、TiAlターゲットを第1蒸発源として第1カソード電極12に設置し、AlTiCrYターゲットを第2蒸発源として第2カソード電極14に設置する。ここで、TiAlターゲットは、組成をTi1-xAlxで表した場合に、0.4≦x≦0.70(但し、xは原子比を示す)を満たすものである。また、AlTiCrYターゲットは、組成をAl1-y-z-aTiyCrzYaで表した場合に、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y,z,aはいずれも原子比を示す)を満たすものである。
【0133】
化学洗浄後に乾燥させた基材22~25を回転軸37~40に設置する。基材22~25は、例えば、25mm×25mm四方で厚さが7mmの板状をなすSKD11鋼板である。この基材は、硬さが60HRCの焼入れ材である。この基材をRa=0.01~0.02μmに表面研磨した。
【0134】
チャンバ10内を例えば1×10-3Paのベース圧力に真空排気し、テーブル21を回転駆動し、テーブル21上の回転軸37~40を回転駆動する。これにより、回転軸37~40に保持された基材22~25は、テーブル21により公転し、かつテーブル21上で自転する。そして、ヒータ11に通電してテーブル21上の基材22~25を例えば450℃の温度に加熱する。基材22~25は自転及び公転しているので、ヒータ11により均一に加熱される。
【0135】
その後、ボンバード工程に移る。チャンバ10内に1PaのArガスを導入し、450℃の基体温度にて-300Vのバイアス電圧を印加して、テーブル21を例えば1rpmで回転しながら、この条件で60分保持する。又は、Ti、CrあるいはTiAlをボンバード用金属として第3カソード電極13に設置しておき、上記高温の真空中において、バイアス電源33により、テーブル21に-1000Vのバイアス電圧を印加し、アーク電源により第3カソード電極13に100Aの電流を印加し、1~5分間保持する。このイオンボンバード処理により、基材22~25の表面が清浄化される。
【0136】
その後、蒸着工程に移る。先ず、チャンバ10内に、4PaのN2ガスを導入する。次に、TiAlターゲットを設置した第1カソード電極12に例えば100Aのカソード電流を供給する。このとき、基材22~25にバイアス電源33により例えば-50Vのバイアス電圧を印加する。これにより、基材22~25の上に、(Ti,Al)N蒸着膜からなる下部層2が形成される。例えば下部層2を1.5μmの膜厚に成膜する。
【0137】
第1カソード電極12へのカソード電流の供給と基材22~25へのバイアス電圧の印加を継続したまま、第2カソード電極14に例えば120Aのカソード電流を供給する。このように、下部層2が形成された基材22~25を回転させながら、対向する2種類のターゲットを同時に放電することで、
図3に示すように、下部層2上に、(Al,Ti,Cr,Y)N膜からなる第1中間膜3aと、(Ti,Al)N膜からなる第2中間膜3bとが交互に形成され、その全体として中間層3が形成される。例えば中間層3を1.5μmの膜厚に成膜する。
【0138】
基材22~25へのバイアス電圧の印加を継続したまま、第1カソード電極12に対するカソード電流を0にすると共に、第2カソード電極14に対するカソード電流を例えば140Aにする。これにより、中間層3の上に、(Al,Ti,Cr,Y)N膜からなる上部層4が形成される。例えば上部層4を1μmの膜厚に成膜する。
【0139】
本実施形態のアークイオンプレーティングにおいては、カソード電極12,14に負電圧を印加することで、アノード電極15,16との間にアーク放電を生じさせる。このアーク放電は、第1カソード電極12に設置したTiAlターゲットの表面上、又は第2カソード電極14に設置したAlTiCrYターゲットの表面上にアークスポットを形成し、ターゲット表面上をランダムに走り回る。そして、アークスポットに集中するアーク電流のエネルギーにより、ターゲット材は瞬時に蒸発すると共に、金属イオン(正イオン)となり真空中に飛び出す。飛び出した金属イオンが、被コーティング物(金型、切削工具、機械部品等)である基材22~25の表面に堆積し、膜を形成する。このとき、基材22~25には負のバイアス電圧が印加されているので、真空中の金属イオン(正イオン)は基材22~25に向けて、電気的な吸引力により加速されて飛来し、反応ガス粒子と共に高エネルギーで、基材22~25の表面に衝突する。これにより、硬質皮膜が基材22~25の表面に密着した状態で形成され、緻密な硬質皮膜が生成する。
【0140】
カソード電極12,14に供給するアーク電流の大きさや、基材22~25に印加するバイアス電圧の大きさを変化させることで、ターゲットから飛び出す金属イオンの量や、金属イオンが基材22~25の表面に衝突する速さを変化させることができる。
【0141】
例えば、中間層3の形成工程において、第1カソード電極12と第2カソード電極14とでアーク電流の大きさを異ならせることで、第1中間膜3aと第2中間膜3bとで膜厚を異ならせることができる。これにより、隣接する1層の第1中間膜3aと1層の第2中間膜3bとからなる2層の膜の平均組成を、TiAlターゲットの組成とAlTiCrYターゲットの組成との間で所望の組成に設計できる。
【0142】
また、中間層3の形成工程において、中間層3の下部側(下部層2側)と上部側(上部層4側)とで、カソード電極12,14に供給するアーク電流の大きさや、基材22~25に印加するバイアス電圧の大きさを変化させることで、膜厚方向でのAl、Ti、Cr、Yの原子比が変化している中間層3を形成できる。例えば、中間層3の成膜時に、AlTiCrYターゲットを保持する第1カソード電極12に供給するアーク電流の大きさを段階的又は連続的に上昇させることで、膜厚方向でのCrの原子比とYの原子比それぞれが上部層4側ほど増加している組成を有する中間層3を形成できる。また、中間層3の上部側(上部層4側)の成膜時において、第1カソード電極12に供給するアーク電流の大きさを段階的又は連続的に上昇させる度合を、中間層3の下部側(下部層2側)の成膜時に比べて大きくしてもよい。これにより、中間層3の上部層4側の半部における、膜厚方向でのCrの原子比の増加率及びYの原子比の増加率それぞれが、下部層2側の半部のそれらよりも大きくなる。
【0143】
[実施例2]
以下、第2実施例について、図面を参照して説明する。まず、
図5を参照して本実施例の硬質皮膜の構成を説明する。ただし、本実施例は上記第10基本構成に限定されない。
【0144】
図5に示すように、下部層2は、(Ti
1-xAl
xMo
b)Nで表される組成を有し、基材1上に、1~8μmの厚さで形成されている。但し、x,bはいずれも原子比であり、0.4≦x≦0.70、0<b≦0.10である。
【0145】
上部層4は、(Al1-y-z-aTiyCrzYa)Nで表される組成を有し、厚さが1~8μmである。但し、y,z,aはそれぞれ原子比であり、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02である。
【0146】
中間層3は、下部層2と上部層4との間に、1~5μmの厚さで形成されている。中間層3は、下部層2の組成と上部層4の組成との間の組成を有する。好ましくは、中間層3は、下部層2と同一組成の膜と、上部層4と同一組成の膜とを、1~100nmの積層周期で交互に積層した膜である。
【0147】
このような硬質皮膜を、
図7及び
図8を参照して説明した上記第1実施例の硬質皮膜の形成方法と同様にして形成した。ここでは、TiAlMoターゲットを第1蒸発源として第1カソード電極12に設置し、AlTiCrYターゲットを第2蒸発源として第2カソード電極14に設置した例について説明する。ここで、TiAlMoターゲットは、組成をTi
1-xAl
xMo
bで表した場合に、0.4≦x≦0.70、0<b≦0.10(但し、x,bはいずれも原子比を示す)を満たすものである。また、AlTiCrYターゲットは、組成をAl
1-y-z-aTi
yCr
zY
aで表した場合に、0<y≦0.45、0<z≦0.5、0<a≦0.02(但し、y,z,aはいずれも原子比を示す)を満たすものである。
【0148】
上記第1実施例の硬質皮膜の形成方法と同様にして第2実施例の硬質皮膜を形成した。上記ボンバード工程を実施した後、TiAlMoターゲットを設置した第1カソード電極12に例えば100Aのカソード電流を供給し、基材22~25にバイアス電源33により例えば-50Vのバイアス電圧を印加する。これにより、基材22~25の上に、(Ti,Al,Mo)N蒸着膜からなる下部層2を例えば1.5μmの膜厚に成膜する。
【0149】
第1カソード電極12へのカソード電流の供給と基材22~25へのバイアス電圧の印加を継続したまま、第2カソード電極14に例えば120Aのカソード電流を供給し、
図3に示すように、下部層2上に、(Al,Ti,Cr,Y)N膜からなる第1中間膜3aと、(Ti,Al,Mo)N膜からなる第2中間膜3bとが交互に形成され、その全体として中間層3が形成される。例えば中間層3を1.5μmの膜厚に成膜する。
【0150】
基材22~25へのバイアス電圧の印加を継続したまま、第1カソード電極12に対するカソード電流を0にすると共に、第2カソード電極14に対するカソード電流を例えば140Aにする。これにより、中間層3の上に、(Al,Ti,Cr,Y)N膜からなる上部層4が形成される。例えば上部層4を1μmの膜厚に成膜する。
【0151】
第2実施例の硬質皮膜の形成方法でも、上記第1実施例の形成方法と同様に、カソード電極12,14に供給するアーク電流の大きさや、基材22~25に印加するバイアス電圧の大きさを変化させることで、ターゲットから飛び出す金属イオンの量や、金属イオンが基材22~25の表面に衝突する速さを変化させることができる。
【0152】
例えば、中間層3の形成工程において、第1カソード電極12と第2カソード電極14とでアーク電流の大きさを異ならせることで、第1中間膜3aと第2中間膜3bとで膜厚を異ならせることができる。これにより、隣接する1層の第1中間膜3aと1層の第2中間膜3bとからなる2層の膜の平均組成を、TiAlMoターゲットの組成とAlTiCrYターゲットの組成との間で所望の組成に設計できる。
【0153】
また、中間層3の形成工程において、中間層3の下部側(下部層2側)と上部側(上部層4側)とで、カソード電極12,14に供給するアーク電流の大きさや、基材22~25に印加するバイアス電圧の大きさを変化させることで、膜厚方向でのAl、Ti、Cr、Y、Moの原子比が変化している中間層3を形成できる。例えば、中間層3の成膜時に、AlTiCrYターゲットを保持する第1カソード電極12に供給するアーク電流の大きさを段階的又は連続的に上昇させることで、膜厚方向でのCrの原子比とYの原子比それぞれが上部層4側ほど増加し、かつ膜厚方向でのMoの原子比が上部層4側ほど減少している組成を有する中間層3を形成できる。
【0154】
[硬質皮膜の評価]
このようにして得られた第1実施例の硬質皮膜の複数及び第2実施例の硬質皮膜の複数は、室温で33~35GPa程度の硬さを示し、900℃の加熱処理を実施後でも32GPa程度の硬さを示した(ナノインテンダー ENT-1100(エリオニクス社製)、試験荷重:30mN)。他方、従来のTiN皮膜や(Al,Ti)N皮膜は、室温で25~32GPa程度の硬さを示した。しかし、従来皮膜は900℃の加熱処理を実施すると酸化され、構造を維持できなかった。第1及び第2実施例の硬質皮膜は、900℃の加熱処理を実施しても皮膜を維持しており、皮膜の剥離が起こりにくく、従来皮膜に比べて耐熱性が向上している。
【0155】
また、第1及び第2実施例の硬質皮膜と、TiN皮膜及び(Ti,Al)N皮膜(従来皮膜)とについて、ダイヤモンド圧子を皮膜の上から打痕し、膜の剥離状態から密着性を評価した(ロックウエル硬度計(ARK-F1000(アカシ社製)、試験荷重:150kg)。第1及び第2実施例の硬質皮膜については、圧痕周囲にクラックのみが観察され、膜の剥離は観察されず、密着性は良好であった(判定結果HF1(VDI3198規格)。一方、従来皮膜は、圧痕の全周に膜の剥離が観察され、密着性は良好でなかった(判定結果HF6)。このように、第1及び第2実施例の硬質皮膜は、従来皮膜に比べて良好な密着性を有している。
【0156】
また、第1及び第2実施例の硬質皮膜と(TiAl)N皮膜(従来皮膜)について摩擦係数を測定した(トライボギアTYPE:14FW(新東科学社製)、摺動速さ:600m/min、摺動長さ:10mm、荷重:300g、摺動回数:100回(往復)、相手材:SUJ2ボール(6mm)、測定温度:700℃)。従来皮膜は、測定初期(1回目)の摩擦係数が0.23~0.37と低いものの、摺動を繰り返すに従って摩耗粉が発生し、測定後期(100回目)の摩擦係数が0.67~0.74と高くなった。他方、第1及び第2実施例の硬質皮膜は、測定初期の摩擦係数が0.41~0.70と従来皮膜に比べても高いものの、摺動を繰り返しても摩耗粉は発生しなかった。そして、第1及び第2実施例の測定後期の摩擦係数は、0.61~0.67を示し、測定初期の摩擦係数に比べてさほど高くならならなかった(一部のサンプルは低くなった)。このように、第1及び第2実施例の硬質皮膜は、従来皮膜に比べて良好な耐摩耗性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性を有している。
【0157】
このように、第1及び第2実施例の硬質皮膜は、従来のTiN皮膜や(Ti,Al)N皮膜と比較して優れた耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、密着性を示した。
【0158】
また、得られた第1実施例の硬質皮膜について、X線回折分析法により配向性を評価した。X線回折装置のX線出力は9kW(45kV,200mA)、使用ターゲットはCuであり、測定角は20~80°である。基材は25mm四方で厚さが7mmのSKD11である。この基材の硬度は60HRCであり、その表面をRa=0.01~0.02μmで鏡面研磨したものである。この基材の上に、8μmの総膜厚で、硬質皮膜を形成し、X線回折分析を行った。
【0159】
得られた硬質皮膜のX線回折分析結果を
図9に示す。
図9において、縦軸は回折X線強度(任意単位)、横軸は回折角度2θ(度)を示す。この
図9に示すように、(111)と(200)と(220)とにピークが現れている。この図から、(111)配向性は、I(111)/{I(111)+I(200)+I(220)}の式により求まる。但し、I(111)、I(200)及びI(220)は、夫々(111)、(200)及び(220)のピーク強度である。
図9に示すように、基材からの回折線ピークも現れているため、X線回折の領域は硬質膜の厚さ方向の全域であることがわかる。
【0160】
得られた硬質皮膜について、X線回折分析法により配向性を評価した結果、(111)/{(111)+(200)+(220)}配向性((111)配向性と称す)は、皮膜全体で50%以上であった。(111)配向の皮膜は、強い剪断応力を受けたときに、特に、横方向(表面に平行の方向)に高い皮膜強度をもち、耐久力を発揮する。
【0161】
以上、実施形態を説明したが、本発明は、前述の実施形態に限らず、様々な態様に具体化できる。各部の構成は図示の実施形態に限定されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変更が可能である。また、本発明の趣旨から逸脱しない範囲において、前述した実施形態及び変形例(前記尚書き等)で説明した各構成を組み合わせてもよく、また、構成の付加、省略、置換、その他の変更が可能である。また、本発明は、前述した実施形態によって限定されることはない。
【符号の説明】
【0162】
1 基材、2 下部層、3 中間層、3a 第1中間膜、3b 第2中間膜、4 上部層
【要約】
耐摩耗性、耐熱性、低摩擦・高摺動特性、耐溶着性、密着性が向上した硬質皮膜を提供することを課題としている。
硬質皮膜は、組成が(Ti,Al)N又は(Ti,Al,Mo)Nからなる下部層2と、下部層2上に形成された中間層3と、中間層3上に形成され、組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなる上部層4とを有する。上記Mは、Mo、VおよびYから選ばれる1種の元素である。中間層3は、実質的な組成が(Al,Ti,Cr,M)Nからなり、下部層2の組成と上部層4の組成との間の組成を有する。中間層3は、膜厚方向でのAlの原子比とTiの原子比とMの原子比それぞれが下部層2側から上部層4側に向かって変化している。中間層3は、膜厚方向でのCrの原子比が上部層4側ほど増加している。