(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-23
(45)【発行日】2023-10-31
(54)【発明の名称】常温保存酸乳食品の製造方法及び物性安定性向上方法、並びに酸乳食品の加熱殺菌方法
(51)【国際特許分類】
A23C 9/13 20060101AFI20231024BHJP
A23L 2/38 20210101ALI20231024BHJP
A23L 2/44 20060101ALI20231024BHJP
【FI】
A23C9/13
A23L2/38 P
A23L2/00 P
(21)【出願番号】P 2019202269
(22)【出願日】2019-11-07
【審査請求日】2022-08-16
(73)【特許権者】
【識別番号】000006127
【氏名又は名称】森永乳業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100152272
【氏名又は名称】川越 雄一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100153763
【氏名又は名称】加藤 広之
(72)【発明者】
【氏名】桑野 靖之
(72)【発明者】
【氏名】丸山 広志
【審査官】河島 拓未
(56)【参考文献】
【文献】特開2002-176912(JP,A)
【文献】特開平11-187818(JP,A)
【文献】米国特許第04235934(US,A)
【文献】特開昭61-132140(JP,A)
【文献】特開平11-341956(JP,A)
【文献】特開平6-319449(JP,A)
【文献】特開2018-108053(JP,A)
【文献】特開2000-69907(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01J
A23C
A23G
A23L
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
安定化剤を含む
発酵乳又は乳酸菌飲料である酸乳食品を加熱殺菌する加熱殺菌工程と、
前記加熱殺菌工程の後、
前記酸乳食品を容器に充填して密封する充填工程と、
前記充填工程の後、前記酸乳食品を1~10℃に冷却する冷却工程とを有する、常温保存酸乳食品の製造方法。
【請求項2】
前記加熱殺菌工程において、前記酸乳食品を75℃~112℃で15分間~2秒間加熱する、請求項1に記載の常温保存酸乳食品の製造方法。
【請求項3】
前記容器に充填する際の前記酸乳食品の温度が15~40℃である、請求項1
又は2に記載の常温保存酸乳食品の製造方法。
【請求項4】
前記充填工程の終了から、前記冷却の開始までが24時間以内である、請求項
1~3のいずれか一項に記載の常温保存酸乳食品の製造方法。
【請求項5】
発酵乳又は乳酸菌飲料である酸乳食品に安定化剤を含有させた状態で加熱殺菌する加熱殺菌工程と、
前記加熱殺菌工程の後、
前記酸乳食品を容器に充填して密封する充填工程と、
前記充填工程の後、前記酸乳食品を1~10℃に冷却する冷却工程とを有する、酸乳食品の加熱殺菌方法。
【請求項6】
発酵乳又は乳酸菌飲料である酸乳食品を加熱殺菌した常温保存酸乳食品の物性安定性を向上させる方法であって、
前記酸乳食品に安定化剤を含有させた状態で加熱殺菌する加熱殺菌工程と、
前記加熱殺菌工程の後、
前記酸乳食品を容器に充填して密封する充填工程と、
前記充填工程の後、前記酸乳食品を1~10℃に冷却する冷却工程とを有する、常温保存酸乳食品の物性安定性向上方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は常温保存酸乳食品の製造方法、常温保存酸乳食品の物性安定性向上方法、及びに酸乳食品の加熱殺菌方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えばヨーグルトは、乳原料に乳酸菌を添加し発酵させて製造される。一般的なヨーグルトは生きた乳酸菌を含んでいるため、冷蔵で保存する必要があり、保存期間が比較的短い。
一方、発酵後に加熱殺菌することで、常温で保存できるヨーグルトを製造する方法も提案されている(例えば特許文献1、2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開昭58-187133号公報
【文献】特開2012-530489号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ヨーグルト等の酸性の乳製品を加熱すると、乳蛋白質の凝集が生じるという問題がある。かかる問題に対して、特許文献1、2に記載の発明では、加熱殺菌前に安定化剤を添加する方法が提案されている。
しかし、安定化剤を添加するだけでは、物性安定性を充分に高めることは難しい。
本発明は、酸乳食品を加熱殺菌した常温保存酸乳食品の物性安定性を向上できる常温保存酸乳食品の製造方法及び物性安定性向上方法、並びに酸乳食品の加熱殺菌方法の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明は以下の態様を有する。
[1] 安定化剤を含む酸乳食品を加熱殺菌する加熱殺菌工程と、前記加熱殺菌工程の後、前記酸乳食品を1~10℃に冷却する冷却工程とを有する、常温保存酸乳食品の製造方法。
[2] 前記加熱殺菌工程の後、前記冷却工程の前に、前記酸乳食品を容器に充填して密封する充填工程を有する、[1]の常温保存酸乳食品の製造方法。
[3] 前記容器に充填する際の前記酸乳食品の温度が15~40℃である、[2]の常温保存酸乳食品の製造方法。
[4] 前記充填工程の終了から、前記冷却の開始までが24時間以内である、[2]又は[3]の常温保存酸乳食品の製造方法。
[5] 酸乳食品に安定化剤を含有させた状態で加熱殺菌する加熱殺菌工程と、前記加熱殺菌工程の後、前記酸乳食品を1~10℃に冷却する冷却工程とを有する、酸乳食品の加熱殺菌方法。
[6] 酸乳食品を加熱殺菌した常温保存酸乳食品の物性安定性を向上させる方法であって、前記酸乳食品に安定化剤を含有させた状態で加熱殺菌する加熱殺菌工程と、前記加熱殺菌工程の後、前記酸乳食品を1~10℃に冷却する冷却工程とを有する、常温保存酸乳食品の物性安定性向上方法。
【発明の効果】
【0006】
本発明によれば、常温保存酸乳食品の物性安定性を向上させることができる。
本発明によれば、加熱殺菌した酸乳食品の物性安定性を向上させることができる。
【発明を実施するための形態】
【0007】
本明細書において「酸乳食品」とは、乳蛋白質を含み、発酵による酸の生成によって、又は酸成分の添加によって、乳蛋白質カードが形成された食品を意味する。酸乳食品の具体例として、発酵乳、乳酸菌飲料が挙げられる。
発酵乳の無脂乳固形分は8.0%以上であり、乳酸菌飲料の無脂乳固形分は8.0%未満である。
なお乳酸菌飲料のうち、無脂乳固形分を3.0%以上含むものは、乳等省令で規定される「乳製品」に分類され「乳製品乳酸菌飲料」と表示される。特に発酵後に殺菌されたものは「乳製品乳酸菌飲料(殺菌)」と表示される。無脂乳固形分が3.0%未満のものは、「乳等を主要原料とする食品」に分類され「乳酸菌飲料」と表示される。
また発酵乳のうち、特に発酵後に殺菌されたものは「発酵乳(殺菌)」と表示される。
【0008】
本明細書において「常温」とは、10℃を超え、35℃以下の範囲内の温度を意味する。「常温保存酸乳食品」とは、製造した最終製品を10℃以下で冷蔵する必要がなく、常温で保存や流通ができる酸乳食品を意味する。
【0009】
本明細書において「安定化剤」とは、乳蛋白質を含む液の粘度を高めたり、ゲル化させたりすることによって、酸性下での加熱殺菌における乳蛋白質の凝集を抑制する効果や保存時の形態変化を抑制する効果を発揮する添加物及び食品を意味する。
安定化剤としては、溶媒に溶解後、冷却することによって、増粘又はゲル化する能力を持つ水溶性多糖類又はゼラチンが好適である。
安定化剤の具体例として、カラギナン、寒天、ゼラチン、ローカストビーンガム、タラガム、グァガム、キサンタンガム、タマリンドシードガム、ジェランガム、ペクチン、大豆多糖類、カルボキシメチルセルロース(CMC)、でんぷん、加工でんぷんが挙げられる。これらは1種を用いてもよく、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0010】
<測定方法>
本明細書において、無脂乳固形分は乳由来の固形分から乳由来の脂肪分を差し引いた値である。
蛋白質、脂肪の含有量の測定は、食品表示基準(平成27年内閣府令第10号)の別添「栄養成分等の分析方法等」に開示されている手順に従って測定した値である。
固形分の含有量は、固形分(質量%)=100-水分(質量%)で算出した値である。
水分の含有量は、常圧加熱乾燥法(乾燥助剤添加法)により測定した値である。
【0011】
<常温保存酸乳食品の製造方法>
本実施形態の常温保存酸乳食品の製造方法は、安定化剤を含む酸乳食品(以下、酸乳食品(I)ともいう。)を加熱殺菌する加熱殺菌工程と、前記加熱殺菌工程を経た酸乳食品(以下、酸乳食品(II)ともいう。)を冷却する冷却工程とを有する。
加熱殺菌工程では、酸乳食品(I)を加熱殺菌して酸乳食品(II)を得る。酸乳食品(I)と酸乳食品(II)の成分組成は、熱による変性を除いて同じである。
冷却工程では、酸乳食品(II)を冷却して常温保存酸乳食品を得る。酸乳食品(II)と常温保存酸乳食品の成分組成は、加熱殺菌後に添加する食品材料を除いて同じである。
【0012】
酸乳食品(I)の総質量に対して、無脂乳固形分は0.5~20質量%が好ましく、3~15質量%がより好ましく、8~12質量%がさらに好ましい。上記範囲の下限値以上であると適度な乳味を呈し、良好な風味が得られる。上限値以下であると適切な量の安定化剤を配合する事が容易であり、保存時に形態変化を抑えやすくなる。
酸乳食品(I)の総質量に対して、蛋白質の含有量は0.2~7.1質量%が好ましく、1.1~5.3質量%がより好ましく、2.8~4.3質量%がさらに好ましい。上記範囲の下限値以上であると、加熱殺菌による乳蛋白質の凝集が生じやすく、本発明を適用することにより効果が大きい。上限値以下であると適切な量の安定化剤を配合する事が容易であり、保存時に形態変化を抑えやすくなる。
【0013】
酸乳食品(I)の25℃におけるpHは6.0以下が好ましい。風味の点ではpH3.0以上が好ましい。また、カゼインの等電点(pH4.6)に近いほど加熱殺菌による乳蛋白質の凝集が生じやすく、本発明を適用することによる効果が大きい。この観点から、酸乳食品(I)の前記pHは3.4~5.4がより好ましく、3.8~4.8がさらに好ましい。
酸乳食品(I)に含まれる酸は特に限定されない。
【0014】
安定化剤は、物性安定性の向上に寄与する。風味の点で安定化剤の含有量は少ない方が好ましい。この観点から、酸乳食品(I)の総質量に対して、含有量は0.01~3.5質量%が好ましく、0.04~3.3質量%がより好ましく、0.05~3.0質量%がさらに好ましい。
【0015】
酸乳食品(I)の調製方法については後述する。
酸乳食品(I)を加熱殺菌する工程において、加熱殺菌条件(加熱温度及び加熱時間)は、乳等省令(「乳及び乳製品の成分規格等に関する省令」、昭和26年厚生省令第52号、平成27年1月9日改正。)において定められる発酵乳の発酵後の加熱殺菌条件を適用できる。具体的には75℃以上で15分間加熱するか、又はこれと同等以上の殺菌効果を有する加熱条件が好ましい。加熱殺菌の際の加熱温度は低いほど加熱殺菌に要する時間が長くなり、高すぎると加熱による風味や物性の変化が生じやすくなる。これらの観点から該加熱条件は80~112℃で5分間~2秒間の範囲内が好ましく、例えば90~100℃で30~3秒間がより好ましい。
加熱殺菌はバッチ殺菌、チューブラー殺菌、プレート殺菌など、一般的に用いられる加熱殺菌機を用いて行うことができる。加熱殺菌前及び加熱殺菌後の一方又は両方において、必要に応じて均質化処理してもよい。
【0016】
加熱殺菌した酸乳食品(II)を、冷却工程の前又は冷却工程の後に、容器に充填して密封すること(充填工程)が好ましい。
充填工程では、酸乳食品(II)を無菌的に容器に充填して密封することが好ましい。無菌的に容器に充填する方法としては、無菌ルームなどの生菌数が制御された無菌環境下で、滅菌処理された容器に充填し密封する方法など、公知の無菌充填方法を用いることができる。
【0017】
冷却工程の後に充填工程を設ける場合、例えば、加熱殺菌を終えた酸乳食品(II)を、後述の方法で1~10℃に冷却し(冷却工程)、必要に応じて均質化処理した後、容器に充填し密封することにより、容器に充填された常温保存酸乳食品が得られる。
冷却工程の後に充填工程を設け、充填工程の後に再度冷却工程を設けてもよい。
【0018】
冷却工程の前に充填工程を設ける場合、例えば、加熱殺菌を終えた酸乳食品(II)を、10℃を超え50℃以下の温度に降温し、容器に充填し密封する。必要に応じて加熱殺菌の前、又は加熱殺菌の後で充填前に均質化処理する。容器に充填する際の酸乳食品(II)の温度(充填温度)は15~40℃が好ましく、20~30℃がより好ましい。前記充填温度が上記の範囲内であると、充填時の制御がより容易となる。
加熱殺菌後の酸乳食品(II)を無菌環境下に保持して容器に充填する場合は、加熱殺菌を終えてから充填するまでの時間が短い方が好ましい。その観点では、加熱殺菌工程に続いて充填工程を行い、その後に冷却工程を行うことが好ましい。
【0019】
酸乳食品(II)を容器に充填する前に、本発明の効果を損なわない範囲で、酸乳食品(II)以外の食品材料を、酸乳食品(II)に添加し混合してもよい。食品材料は殺菌済のものを用いる。
食品材料として、例えば果実・果汁及びこれらを含有したフルーツプレザーブやフルーツソースなどが挙げられる。
【0020】
冷却工程では、酸乳食品(II)を1~10℃に冷却する。好ましくは容器に充填された酸乳食品(II)を冷却する。例えば、酸乳食品(II)を庫内温度が1~10℃の冷蔵庫内に入れて冷却する。冷却工程は常温保存酸乳食品の物性安定性の向上に寄与する。
冷却工程において、酸乳食品(II)を、1~10℃に温度調整された環境に入れた時点を冷却開始とし、該環境から出した時点を冷却終了とする。酸乳食品(II)の冷却開始から冷却終了までの時間を冷却時間とする。
冷却時間は、酸乳食品(II)の品温(中心温度)が10℃以下に達するのに必要な時間以上であればよい。例えば10分間以上が好ましく、4時間以上がより好ましく、24時間以上がさらに好ましい。冷却時間の上限は特に限定されない。
乳蛋白質と安定化剤の複合的な組織形成を促進する観点からは、酸乳食品(II)を1~8℃に冷却することが好ましく、1~5℃に冷却することがより好ましい。
【0021】
冷却工程を経た常温保存酸乳食品は、常温で保存又は流通できる。
加熱殺菌後の酸乳食品(II)を無菌環境下に保持して容器に充填した場合、常温で長期保存可能な常温保存酸乳食品が得られる。例えば、常温保存(25℃)での賞味期限が1~360日間である製品が得られる。
充填工程の終了(充填及び密封の終了)から、冷却開始までの時間は24時間以内が好ましい。24時間以内であると、安定性に寄与する効果が大きい。
【0022】
[酸乳食品(I)の調製方法]
酸乳食品(I)の調製方法は特に限定されない。公知の方法を用いることができる。
例えば、乳原料を含む原料液に発酵菌を添加し、発酵させて乳蛋白質カードを形成するとともに、発酵前の原料液及び発酵後の発酵物の一方又は両方に、安定化剤を添加して、酸乳食品(I)を得る方法を用いることができる。
【0023】
乳原料は乳由来の原料であり、少なくとも乳蛋白質を含む。発酵乳の製造において用いられる公知の乳原料を用いることができる。例えば生乳、牛乳、水牛乳、やぎ乳、羊乳、馬乳、脱脂乳、脱脂濃縮乳、脱脂粉乳、濃縮乳、全脂粉乳、クリーム、バター、バターミルク、練乳、乳清蛋白質濃縮物(WPC)、乳清蛋白質分離物(WPI)、乳蛋白質濃縮物(MPC)、ミセラカゼインコンセントレート(MCC)、ミルクプロテインアイソレート(MPI)等が挙げられる。これらは1種を用いてもよく、2種以上を混合して用いてもよい。
【0024】
原料液は上記乳原料以外に水を含む。さらに本発明の効果を損なわない範囲でその他の成分を含むことができる。
その他の成分として、例えば糖類、甘味料、カゼイン加水分解物、植物性脂肪、香料、pH調整剤、ビタミン、ミネラル、食物繊維、果汁・果肉、酸化防止剤、着色料等が挙げられる。
【0025】
上記乳原料、水、及び必要に応じたその他の成分を混合し、溶解して、原料液を調製する。必要に応じて原料液を加温してもよい。例えば、原料液の温度は10~85℃が好ましい。
原料液に発酵菌を添加する前に、原料液を加熱殺菌することが好ましい。本明細書において、原料液の加熱殺菌を「一次殺菌」、酸乳食品(I)の加熱殺菌を「二次殺菌」ということもある。一次殺菌における加熱殺菌条件は、例えば90~145℃で15分間~2秒間の範囲が好ましい。原料液を、加熱殺菌する前に均質化処理してもよい。
【0026】
発酵菌としては、少なくとも乳酸菌を用いることが好ましい。2種以上の乳酸菌を組み合わせてもよい。乳酸菌以外に公知の発酵菌(例えばビフィズス菌、酵母)の1種以上を併用してもよい。
発酵菌として乳酸菌スターターを用いることが好ましい。例えば、ラクトバチルス・ブルガリクス(L.bulgaricus)、ラクトコッカス・ラクチス(L.lactis)、ストレプトコッカス・サーモフィラス(S.thermophilus)等のヨーグルト製造に通常用いられている乳酸菌スターターの1種又は2種以上を用いることが好ましい。これらのスターターは市販品から入手可能である。
【0027】
原料液に発酵菌を添加し、発酵温度に保持し、予め設定されたpHとなるまで発酵させて、乳蛋白質カードを含む発酵物を得る(発酵工程)。発酵菌を添加する前に、予め原料液の温度を所定の発酵温度に調整しておくことが好ましい。例えば、発酵菌として上記に例示した乳酸菌スターターを用いる場合の発酵温度は25~45℃が好ましく、35~43℃がより好ましい。
乳酸菌による発酵においては酸が生成されるため、発酵が開始された後の原料液のpHは経時的に低下する。発酵工程における到達pHは3.8~4.8が好ましい。発酵工程における原料液のpHは、発酵菌の種類、添加量および発酵時間によって調整できる。
発酵工程は、例えば25~45℃で3~24時間の条件で行うことができる。
pHが目標の値(到達pH)に達したら、得られた発酵物は撹拌又は均質化処理してカードを粉砕することが好ましい。発酵物の粉砕の前に10℃以下まで冷却してもよい。
【0028】
酸乳食品(I)に安定化剤を含有させる方法としては、原料液を調製する際に、安定化剤を原料液に溶解する方法、又は、予め安定化剤を水に溶解して水溶液の状態とし、発酵後の発酵物に添加する方法が挙げられる。
こうして、安定化剤を含む酸乳食品(I)が得られる。
【0029】
なお、上記では、発酵による酸の生成によって乳蛋白質カードを形成して酸乳食品(I)を調製する方法について説明したが、前記原料液に酸成分を添加して乳蛋白質カードを形成する方法でも酸乳食品(I)が得られる。
酸成分としては、クエン酸、乳酸等を用いることができる。酸成分が固体である場合は、予め水等の溶媒に溶解して用いることが好ましい。酸成分として、酸を含む液体(例えば、果汁)を用いてもよい。酸成分を含む液体の25℃におけるpHは0.5~3.0が好ましく、1.0~2.5がより好ましい。上記範囲の下限値以上であると過度な酸凝集が発生し難く、上限値以下であると発酵工程が円滑に進行しやすい。
【0030】
酸成分の添加は、安定化剤を添加する前でもよく、安定化剤を添加した後でもよく、両者を同時に添加してもよい。
酸成分は、一次殺菌後の原料液に添加することが好ましい。
例えば、安定化剤を含む原料液を一次殺菌した後に、酸成分を添加して乳蛋白質カードを形成する方法で酸乳食品(I)が得られる。
又は、原料液を一次殺菌した後に、酸成分及び安定化剤を添加して乳蛋白質カードを形成する方法でも酸乳食品(I)が得られる。
【0031】
本実施形態によれば、安定化剤を含む酸乳食品(I)を加熱殺菌(二次殺菌)した後に、冷却工程を設けることで、常温保存酸乳食品の物性安定性が向上する。具体的には、保存中の乳蛋白質の凝集がより抑制され、沈降、離水等の形態変化がより抑制される。
【実施例】
【0032】
以下に実施例を用いて本発明をさらに詳しく説明するが、本発明はこれら実施例に限定されるものではない。
<測定方法・評価方法>
[物性安定性の評価方法(TSI値の測定方法)]
ドリンクタイプの酸乳食品について、安定性評価装置(Formulaction社製品名「Turbiscan Tower」)を用い、分散液の不安定さを示す指標であるTSI値(Turbiscan Stability Index)を測定した。TSI値が小さいほど、保存中の沈降や離水などの形態変化が小さく、安定であることを意味する。
具体的には以下の手順で測定を行った。
予めTurbiscan Towerおよび測定サンプルの温度を25℃に調温した。次に測定サンプルを所定の方法で試料瓶に採取し、サンプルをTurbiscan Towerにセットした。Formulaction社製品名「Tower Soft」にて、待機時間5分にて0時間および72時間後の後方散乱光および透過光の光量を測定し、変化幅をTSI値として算出した。
【0033】
[離水量の測定方法]
ドリンクヨーグルトタイプの酸乳食品について、無菌の50mL容目盛付き容器(SARSTEDT社製)に45mL充填し、25℃の保温庫にて60日間静置保管し、上部に離水している量を目視にて計量した。
ソフトヨーグルトタイプの酸乳食品について、無菌の250mL容目盛付き容器(SARSTEDT社製)に200mL充填し、25℃又は30℃の保温庫にて所定期間静置保管し、上部に離水している量を目視にて計量した。
【0034】
[メジアン径の測定方法]
試料のメジアン径は、レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置で測定した累積体積分布曲線において50%となる点の粒子径、すなわち体積基準累積50%径(d50)である。メジアン径が小さいほど、乳蛋白質の凝集が抑制され、安定であることを意味する。
レーザ回折/散乱式粒子径分布測定装置として、堀場製作所製、LA-950V2(製品名)を用いた。
【0035】
<原料>
以下の原料を用いた。
脱脂粉乳:森永乳業社製。
クリーム:乳脂肪分45.5%、森永乳業社製。
砂糖:東洋精糖社製。
乳酸菌スターター:ダニスコ社製品名「YO-MIX(R)505」、ストレプトコッカス・サーモフィラス(S.thermophilus)とラクトバチルス・デルブルッキー・サブスピーシーズ・ブルガリカス(L.delbrueckii subsp. bulgaricus)の混合培養物。
ゼラチン:新田ゼラチン社製品名「ゼラチンGAP250MB」。
寒天:伊那食品工業社製品名「寒天UP-6」。
加工でんぷん:松谷化学工業社製品名「ファリネックスVA-70WM」。
HMペクチン:三栄源エフエフアイ社製品名「SM-MN-2779」。
【0036】
[例1~6]
例1~6は実施例である。
本例では、常温保存酸乳食品としてドリンクタイプの発酵乳を製造した。
表1に示す原料液の配合で、乳酸菌スターター以外の原料をミキサーで混合し、原料液(70℃)を調製した。次いで、ホモジナイザーで昇温及び均質化処理(温度85℃、2秒で圧力15MPa)した。均質化処理後の原料液(85℃)を、90℃で10分間の条件で、バッチ式殺菌機にて加熱殺菌(一次殺菌)した後、43℃に降温した。
降温した原料液に乳酸菌スターターを添加した後、タンク内で41~45℃に保持してpHが4.2に達するまで発酵させ、10℃に降温して発酵を終了させた。この後、予め調製した殺菌済みのペクチン溶液(5℃)を添加し、チューブラー式熱交換器にて温度40℃まで昇温し、ホモジナイザーで均質化処理(圧力15MPa)して、乳蛋白質カードが破砕された発酵乳とペクチン溶液との混合物である酸乳食品(I)を得た。
得られた酸乳食品(I)(40℃)を、90℃で30秒間の条件で加熱殺菌(二次殺菌)した後、30℃に降温し、酸乳食品(II)を得た。得られた乳食品(II)を、無菌的に容器に充填し密封してドリンクヨーグルトを得た(充填工程)。充填温度は30℃、充填量は45mLとした。充填工程終了後、直ちに、庫内温度が所定の冷却温度に設定された冷蔵庫内に、所定の冷却時間入れて冷却した後、室温25℃の常温環境に移し、常温保存酸乳食品を得た。
各例における冷却温度及び冷却時間を表2に示す。
各例で得た常温保存酸乳食品について、充填工程の終了直後(0時間後)および充填工程の終了から72時間後に、上記の方法でTSI値を測定した。また、上記の方法で離水量を測定した。それらの結果を表2に示す(以下、同様)。
【0037】
[例7]
例7は実施例である。
例5において、充填工程で得られたドリンクヨーグルトを、室温25℃の常温環境で12時間保存した後、冷蔵庫に入れて冷却を開始した。その他は例5と同様にして常温保存酸乳食品を製造し、TSI値及び離水量を測定した。
【0038】
[例8]
例8は実施例である。
例5において、充填工程で得られたドリンクヨーグルトを、室温25℃の常温環境で24時間保存した後、冷蔵庫に入れて冷却を開始した。その他は例5と同様にして常温保存酸乳食品を製造し、TSI値及び離水量を測定した。
【0039】
[例9]
例9は実施例である。
充填工程までは例1と同様である。得られたドリンクヨーグルトを、室温20℃の常温環境で8時間保存し、次いで庫内温度15℃の保温庫に移して8時間保存し、次いで庫内温度10℃の冷蔵庫に移して8時間保存した後、室温25℃の常温環境に移し、常温保存酸乳食品を得た。例1と同様にしてTSI値及び離水量を測定した。
【0040】
[例10]
例10は比較例である。
充填工程までは例1と同様である。得られたドリンクヨーグルトを、冷蔵庫に入れず、常温保存酸乳食品として室温25℃の常温環境下で保存した。例1と同様にしてTSI値及び離水量を測定した。
【0041】
【0042】
【0043】
表2の結果に示されるように、冷却工程を設けた例1~9で得られた常温保存酸乳食品は、例10の常温保存酸乳食品に比べてTSI値が小さく、離水量も少なく、物性安定性が向上したことがわかる。
【0044】
[例11]
例11は実施例である。本例では、常温保存酸乳食品として、スプーン等ですくって食べる固形タイプのソフトヨーグルトを製造した。ソフトヨーグルトは、乳蛋白質カードが粉砕されて流動性を有する状態の発酵乳であり、撹拌型ヨーグルトとも呼ばれる。
表3に示す配合で、乳酸菌スターター以外の原料をミキサーで混合し、原料液(70℃)を調製した。次いで、ホモジナイザーで昇温及び均質化処理(温度85℃、2秒で圧力15MPa)した。均質化処理後の原料液(85℃)を、100℃で60秒間の条件で加熱殺菌(一次殺菌)した後、45℃に降温した。
降温した原料液に乳酸菌スターターを添加した後、タンク内で43℃に保持してpHが4.1に達するまで発酵させ、10℃に降温して発酵を終了させた。この後、チューブラー式熱交換器で温度70℃まで昇温し、ホモジナイザーで均質化処理(圧力15MPa)して、乳蛋白質カードが破砕された発酵乳である酸乳食品(I)を得た。
得られた酸乳食品(I)(75℃)を、94℃で20秒間の条件で加熱殺菌(二次殺菌)した後、30℃に降温し、酸乳食品(II)を得た。得られた乳食品(II)を、無菌的に容器に充填し密封してソフトヨーグルトを得た(充填工程)。充填温度は40℃、充填量は200mLとした。充填工程終了後、直ちに、庫内温度が5℃に設定された冷蔵庫内に24時間入れて冷却した後、室温25℃の常温環境に移し、常温保存酸乳食品を得た。
得られた常温保存酸乳食品(25℃で保存)について、充填工程の終了から24時間後に、上記の方法でメジアン径及び離水量を測定し、初期値とした。
また、得られた常温保存酸乳食品を25℃で、30日間、60日間、90日間、120日間保存した後に、それぞれ上記の方法でメジアン径及び離水量を測定した。これらの結果を表4に示す。
【0045】
[例12]
例12は比較例である。充填工程までは例11と同様である。得られたソフトヨーグルトを、冷蔵庫に入れず、常温保存酸乳食品として室温25℃の常温環境下で保存した。
保存後の常温保存酸乳食品について、例11と同様にしてメジアン径及び離水量を測定した。これらの結果を表4に示す。
表4には各測定値について、例11と例12との差(例11-例12)も示す。
【0046】
【0047】
【0048】
[例13]
例13は実施例である。例11において、冷却工程後の保存温度を30℃に変更した以外は、例11と同様にして常温保存酸乳食品を製造し、メジアン径及び離水量を測定した。結果を表5に示す。
【0049】
[例14]
例14は比較例である。充填工程までは例13と同様である。得られたソフトヨーグルトを、冷蔵庫に入れず、常温保存酸乳食品として室温30℃の常温環境下で保存した。
得られた常温保存酸乳食品について、例13と同様にしてメジアン径及び離水量を測定した。結果を表5に示す。
表5には各測定値について、例13と例14との差(例13-例14)も示す。
【0050】
【0051】
表4、5の結果に示されるように、冷却工程を設けた例11、13で得られた常温保存酸乳食品は、例12、14の常温保存酸乳食品とそれぞれ比べて、120日間の保存期間中のメジアン径が小さく、離水量も少ない。すなわち、冷却工程を設けることによって物性安定性が向上したことが認められた。