(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-24
(45)【発行日】2023-11-01
(54)【発明の名称】鋳造材における共晶炭化物の析出状態評価方法及び装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/72 20060101AFI20231025BHJP
【FI】
G01N27/72
(21)【出願番号】P 2020073143
(22)【出願日】2020-04-15
【審査請求日】2022-12-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】弁理士法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 貴彦
(72)【発明者】
【氏名】鈴間 俊之
【審査官】村田 顕一郎
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-506502(JP,A)
【文献】特開2017-043836(JP,A)
【文献】特開2013-164282(JP,A)
【文献】特開昭51-046998(JP,A)
【文献】特開2007-147435(JP,A)
【文献】特開2008-032682(JP,A)
【文献】特開2013-224916(JP,A)
【文献】特開平09-113488(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/72-27/9093
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
完全オーステナイトステンレス鋼から形成され、鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材の外面にプローブコイルを対向配置して、前記プローブコイルに交流電流を通電したときの前記プローブコイルのインピーダンスを測定するインピーダンス測定工程と、
前記インピーダンス測定工程で測定したインピーダンスの大小に基づき、前記鋳造材における共晶炭化物の析出状態を評価する析出状態評価工程と、を含む、
ことを特徴とする鋳造材における共晶炭化物の析出状態評価方法。
【請求項2】
前記析出状態評価工程において、前記インピーダンス測定工程で測定したインピーダンスが所定の第1しきい値よりも小さい場合に、前記鋳造材における共晶炭化物の析出状態が不良であると判定する、
ことを特徴とする請求項1に記載の鋳造材における共晶炭化物の析出状態評価方法。
【請求項3】
前記インピーダンス測定工程において、前記鋳造材に対する前記プローブコイルの相対的な位置を変更し、各位置で前記プローブコイルのインピーダンスを測定する、
ことを特徴とする請求項1又は2に記載の鋳造材における共晶炭化物の析出状態評価方法。
【請求項4】
前記析出状態評価工程において、前記インピーダンス測定工程で測定した各位置でのインピーダンスの変動量が所定の第2しきい値よりも大きい場合に、前記鋳造材における共晶炭化物の析出状態が不良であると判定する、
ことを特徴とする請求項3に記載の鋳造材における共晶炭化物の析出状態評価方法。
【請求項5】
完全オーステナイトステンレス鋼から形成され、鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材の外面に対向配置されるプローブコイルと、
前記プローブコイルに交流電流を通電すると共に、前記プローブコイルのインピーダンスを測定する測定器と、
前記測定したインピーダンスの大小に基づき、前記鋳造材における共晶炭化物の析出状態を評価する判定装置と、を備える、
ことを特徴とする鋳造材における共晶炭化物の析出状態評価装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、完全オーステナイトステンレス鋼から形成され、鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材において共晶炭化物の析出状態を広範囲な領域に亘って非破壊で評価可能な方法及び装置に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、SCH24等の完全オーステナイト系ステンレス鋼から形成された鋳造材には、鋳造工程において、組織の粒界近傍に共晶炭化物(Cr7C3)が析出するものがある。この共晶炭化物は、鋳造材のクリープ強度向上に寄与することが知られている。
【0003】
ただし、冷却むら等の鋳造工程の不具合によって、共晶炭化物の析出状態が均一な分布にならず、局所的に析出量の小さい部位が発生する場合がある。共晶炭化物の析出量が小さい部位はクリープ強度が低くなるため、鋳造材の適切な品質保証を行うには、共晶炭化物の析出状態を評価する必要がある。
【0004】
鋳造材から切り出したサンプルを電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)等を用いてミクロ組織観察すれば、共晶炭化物の析出状態を評価することが可能である。
しかしながら、上記の方法は破壊試験であるため、鋳造材の全数について評価することができない。また、電子顕微鏡を用いるため、極めて狭い範囲の領域しか評価できない。このため、鋳造材の広範囲な領域を非破壊で評価できる方法が望まれている。
【0005】
従来、共晶炭化物の析出状態を広範囲な領域に亘って非破壊で評価可能な方法は提案されていない。
例えば、特許文献1には、完全オーステナイト系ステンレス鋼からなる金属部材の溶接部の寿命を非破壊で評価する方法が提案されているが、鋳造材における共晶炭化物の析出状態を評価することについては開示も示唆も無い。
また、例えば、特許文献2には、クロムを含むニッケル基合金の熱鋭敏化による粒界腐食を非破壊で検査する方法が提案されているが、鋳造材における共晶炭化物の析出状態を評価することについては開示も示唆も無い。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-145657号公報
【文献】特許第3685767号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決するためになされたものであり、完全オーステナイトステンレス鋼から形成され、鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材において、共晶炭化物の析出状態を広範囲な領域に亘って非破壊で評価可能な方法及び装置を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、本発明者らは鋭意検討した結果、完全オーステナイト系ステンレス鋼自体は非磁性であるものの、鋳造材に析出した共晶炭化物(Cr7C3)との界面近傍に磁性が発現することを見出した。そして、共晶炭化物は、複雑且つ微細に析出しているため、通常の析出物の界面よりも界面の面積が大きく、析出量の大小に応じて生じる磁性の発現量の差を、磁気探傷等で用いられるプローブコイルを用いて検出できることを見出した。
【0009】
本発明は、上記の本発明者らの知見に基づき完成したものである。
すなわち、前記課題を解決するため、本発明は、完全オーステナイトステンレス鋼から形成され、鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材の外面にプローブコイルを対向配置して、前記プローブコイルに交流電流を通電したときの前記プローブコイルのインピーダンスを測定するインピーダンス測定工程と、前記インピーダンス測定工程で測定したインピーダンスの大小に基づき、前記鋳造材における共晶炭化物の析出状態を評価する析出状態評価工程と、を含む、ことを特徴とする鋳造材における共晶炭化物の析出状態評価方法を提供する。
【0010】
本発明において、「鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材」は、鋳造したままで共晶炭化物(Cr7C3)が析出する鋳造材を意味する。具体的には、0.2質量%以上のC、14質量%以上のNi及び15質量%以上のCrを含む鋳造材である。14質量%以上のNiを含むことで、完全オーステナイト領域となり、0.2質量%以上のC及び15質量%以上のCrを含むことで、鋳造したままで共晶炭化物が析出する。
上記の鋳造材としては、例えば、「JIS G 5122」に規定されている、SCH15、SCH18、SCH19、SCH20、SCH21、SCH22、SCH23、SCH24等の耐熱鋼から形成された鋳造材を挙げることができる。これらの耐熱鋼から形成された鋳造材は、C≧0.2質量%、14質量%≦Ni≦41質量%、15質量%≦Cr≦32質量%の条件を満足する。
また、本発明において、「プローブコイル」には、別体に形成された励磁コイル(磁束を生成するためのコイル)と検出コイル(磁束を検出するためのコイル)との組み合わせや、励磁機能及び検出機能の双方を有する単一のコイルが含まれる。前者のプローブコイルの場合、交流電流は励磁コイルに通電され、この励磁コイルとは別の検出コイルのインピーダンスを測定することになる。後者のプローブコイルの場合、交流電流が通電される単一のコイルのインピーダンスを測定することになる。
【0011】
本発明によれば、インピーダンス測定工程において、プローブコイルに交流電流を通電することで生成される磁束が、鋳造材のプローブコイルに対向する部位における強磁性部(共晶炭化物の析出によって発現した磁性)によって増大する。この磁束の増大量は、強磁性部の量に応じて変化する。換言すれば、磁束の増大量は、共晶炭化物の析出量に応じて変化する。すなわち、鋳造材のプローブコイルに対向する部位における共晶炭化物の析出量が大きければ大きいほど、磁束の増大量も大きくなる。共晶炭化物の析出量が大きくて磁束の増大量が大きくなれば、測定されるプローブコイルのインピーダンス、すなわち、プローブコイルと鋳造材との結合インピーダンスも大きくなる。
したがい、析出状態評価工程において、測定したプローブコイルのインピーダンスに基づき、鋳造材における共晶炭化物の析出状態を非破壊で評価することが可能である。具体的には、例えば、プローブコイルのインピーダンスが所定のしきい値よりも小さい場合には、プローブコイルに対向する部位における共晶炭化物の析出量が小さく、所定のしきい値以上の場合には、プローブコイルに対向する部位における共晶炭化物の析出量が大きいと評価することが可能である。
そして、鋳造材に対するプローブコイルの相対的な位置を変更することで、鋳造材の広範囲な領域に亘って共晶炭化物の析出状態を評価することが可能である。
【0012】
なお、本発明のインピーダンス測定工程では、プローブコイルのインピーダンスを測定するが、具体的には、プローブコイルのインダクタンス又は電気抵抗を測定することになる。本発明者らが検討したところによれば、プローブコイルのインダクタンスの方が電気抵抗よりも共晶炭化物の析出量(強磁性部の量)と良好な相関を有する。したがい、本発明のインピーダンス測定工程では、プローブコイルのインダクタンスを測定し、析出状態評価工程では、測定したインダクタンスの大小に基づき、鋳造材における共晶炭化物の析出状態を評価することが好ましい。
【0013】
好ましくは、前記析出状態評価工程において、前記インピーダンス測定工程で測定したインピーダンスが所定の第1しきい値よりも小さい場合に、前記鋳造材における共晶炭化物の析出状態が不良であると判定する。
【0014】
上記の好ましい方法によれば、測定したインピーダンスが所定の第1しきい値よりも小さい場合には、共晶炭化物の析出量が小さくクリープ強度が低いため、鋳造材における共晶炭化物の析出状態が不良であると判定することが可能である(測定したインピーダンスが所定の第1しきい値以上の場合には、共晶炭化物の析出量が大きくクリープ強度が高いため、鋳造材における共晶炭化物の析出状態が正常であると判定することが可能である)。
なお、第1しきい値の決定方法としては、例えば、共晶炭化物の析出量が大きいためにクリープ強度が許容範囲内である鋳造材と、共晶炭化物の析出量が小さいためにクリープ強度が許容範囲外である鋳造材との双方について、それぞれプローブコイルのインピーダンスを予め測定し、両鋳造材を区別可能なインピーダンス(例えば、測定した各インピーダンスの中間値)を第1しきい値として用いることが考えられる。
【0015】
好ましくは、前記インピーダンス測定工程において、前記鋳造材に対する前記プローブコイルの相対的な位置を変更し、各位置で前記プローブコイルのインピーダンスを測定する。
【0016】
上記の好ましい方法において、「前記鋳造材に対する前記プローブコイルの相対的な位置を変更」とは、鋳造材を静止させてプローブコイルの位置を変更する場合、プローブコイルを静止させて鋳造材の位置を変更する場合、及び、鋳造材の位置とプローブコイルの位置との双方を変更する場合の何れも含む概念である。
また、上記の好ましい方法において、「各位置で前記プローブコイルのインピーダンスを測定する」とは、プローブコイルの相対的な位置を離散的に変更し、各位置でプローブコイル及び鋳造材を静止させてインピーダンスを測定する場合と、プローブコイルの相対的な位置を連続的に変更しながらインピーダンスを連続的に測定する場合との双方を含む概念である。
【0017】
上記の好ましい方法によれば、鋳造材に対するプローブコイルの相対的な位置を変更することで、鋳造材の広範囲な領域に亘って共晶炭化物の析出状態を評価する、すなわち、共晶炭化物の析出量の分布状態を評価することが可能である。
【0018】
ここで、本発明において、インピーダンス測定工程で測定した各位置でのインピーダンスが何れも所定の第1しきい値以上であり、共晶炭化物の析出量が大きくクリープ強度が高いと判定できる場合であっても、共晶炭化物の析出量が局所的に過度に大きくなると、その析出量が過度に大きい部位に応力集中が生じ易くなる。したがい、応力集中が問題となるような鋳造部材の用途によっては、共晶炭化物の析出量が局所的に過度に大きくなっている場合に、共晶炭化物の析出状態が不良であると判定することが望ましい。
【0019】
したがい、好ましくは、前記析出状態評価工程において、前記インピーダンス測定工程で測定した各位置でのインピーダンスの変動量が所定の第2しきい値よりも大きい場合に、前記鋳造材における共晶炭化物の析出状態が不良であると判定する。
【0020】
上記の好ましい方法において、「測定した各位置でのインピーダンスの変動量が所定の第2しきい値よりも大きい」とは、インピーダンスの変動量(インピーダンスの最大値-インピーダンスの最小値)自体が所定の第2しきい値よりも大きい場合の他、インピーダンスの変動量を正規化したもの(例えば、(インピーダンスの最大値-インピーダンスの最小値)/インピーダンスの平均値)が所定の第2しきい値よりも大きい場合も含む概念である。
【0021】
上記の好ましい方法によれば、各位置でのインピーダンスの変動量が所定の第2しきい値よりも大きい場合には、換言すれば、共晶炭化物の析出量が局所的に過度に大きくなっている場合には、応力集中が生じ易いため、鋳造材における共晶炭化物の析出状態が不良であると判定することが可能である(各位置でのインピーダンスの変動量が所定の第2しきい値以下の場合には、応力集中が生じ難いため、鋳造材における共晶炭化物の析出状態が正常であると判定することが可能である)。
なお、第2しきい値の決定方法としては、例えば、共晶炭化物の析出量が均一であるために応力集中による問題が生じなかった鋳造材と、共晶炭化物の析出量が局所的に過度に大きいために応力集中による問題が生じた鋳造材との双方について、それぞれプローブコイルのインピーダンスの変動量を予め測定し、両鋳造材を区別可能なインピーダンスの変動量(例えば、測定した各インピーダンスの変動量の中間値)を第2しきい値として用いることが考えられる。
【0022】
また、前記課題を解決するため、本発明は、完全オーステナイトステンレス鋼から形成され、鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材の外面に対向配置されるプローブコイルと、前記プローブコイルに交流電流を通電すると共に、前記プローブコイルのインピーダンスを測定する測定器と、前記測定したインピーダンスの大小に基づき、前記鋳造材における共晶炭化物の析出状態を評価する判定装置と、を備える、ことを特徴とする鋳造材における共晶炭化物の析出状態評価装置としても提供される。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、完全オーステナイトステンレス鋼から形成され、鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材において、共晶炭化物の析出状態を広範囲な領域に亘って非破壊で評価可能である。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】鋳造工程において共晶炭化物(Cr
7C
3)が析出する鋳造材から切り出したサンプルをミクロ組織観察した結果の一例を示す図である。
【
図2】平板状の鋳造材をプローブコイルを用いて磁化し、プローブコイルのインピーダンス(インダクタンス)を測定した結果の一例を示す図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係る析出状態評価方法を実施するための析出状態評価装置の概略構成を模式的に示す図である。
【
図4】本発明の一実施形態に係る析出状態評価方法の概略手順を示すフロー図である。
【
図5】本発明の一実施形態に係る析出状態評価方法による判定例を模式的に説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の一実施形態に係る鋳造材における共晶炭化物の析出状態評価方法(以下、適宜、単に「析出状態評価方法」という)について説明する。
【0026】
<本発明者らの得た知見>
最初に、本発明者らの得た知見について説明する。
図1は、鋳造工程において共晶炭化物(Cr
7C
3)が析出する鋳造材から切り出したサンプルをミクロ組織観察した結果の一例を示す図である。
図1(a)は、電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM)で得られた観察画像を示す。
図1(b)は、磁気力顕微鏡(MFM)で得られた観察画像を示す。なお、
図1に示す結果は、鋳造材として、SCH24相当材(Fe-0.4C-35Ni-25Cr)を用いて得られたものである。
図1(a)に示す観察画像は、
図1(b)に示す観察画像の破線で囲んだ領域に概ね対応している。
【0027】
図1(a)に示すように、明るく撮像されている領域が基地であり、暗く撮像されている領域が共晶炭化物である。磁気力顕微鏡では、磁化された部位が高輝度で撮像されることから、
図1(a)と
図1(b)とを比較すれば分かるように、共晶炭化物と基地との界面に沿って基地が磁化されていることが分かる。本発明者らは、このように鋳造材に析出した共晶炭化物との界面近傍に磁性が発現するメカニズムは、以下のようなものであると推測している。
鋳造材の鋳造工程において、溶体化状態から冷却が進むと、Cが基地に固溶しきれなくなり、組織の粒界近傍に共晶炭化物(Cr
7C
3)が析出する。この共晶炭化物が析出する際に、共晶炭化物近傍の基地のCrを奪うため、基地のCr量が局所的に低下する(基地にCr欠乏層が生じる)。そして、この局所的にCr量が低下した基地のCr欠乏層のキュリー温度が上昇することで、当該Cr欠乏層が強磁性化する。すなわち、共晶炭化物との界面近傍にある基地の領域に磁性が発現すると考えられる。
図1(a)から分かるように、共晶炭化物は、複雑且つ微細に析出しているため、通常の析出物の界面よりも界面の面積が大きい。このため、本発明者らは、析出量の大小に応じて生じる磁性の発現量の差を、磁気探傷等で用いられるプローブコイルを用いて検出できないかと考えた。
【0028】
図2は、平板状の鋳造材をプローブコイルを用いて磁化し、プローブコイルのインピーダンス(インダクタンス)を測定した結果の一例を示す図である。横軸はプローブコイルの励磁周波数(プローブコイルに通電する交流電流の周波数)の対数表示であり、縦軸はプローブコイルのインダクタンスである。縦軸のインダクタンスは、具体的には、プローブコイルに鋳造材を対向させて測定したインダクタンスからプローブコイルに鋳造材を対向させずに測定(空間を測定)したインダクタンスを減算したものである。
鋳造材としては、SCH24相当材(Fe-0.4C-35Ni-25Cr)を用いた。
図2において、「〇」でプロットしたデータは、鋳造直後(鋳造したまま)の鋳造材について得られた結果であり、「×」でプロットしたデータは、鋳造材を1000℃で240時間加熱した時効材について得られた結果である。鋳造直後の鋳造材及び時効材の一部をそれぞれ切り出したサンプルをFE-SEMを用いてミクロ観察したところ、鋳造直後の鋳造材については、クリープ強度に支障が生じない大きな析出量で共晶炭化物が析出していた。また、時効材については、共晶炭化物の大半が消失していた。そして、鋳造材を高温で加熱した時効材の場合、熱による元素拡散によって元素の偏りが均一化されることで、共晶炭化物が析出した際に基地に生じたCr欠乏層が消失し易い。これにより、時効材について磁性の発現量が低下する。
プローブコイルとしては、外径0.8mmのフェライトコアに100ターンの銅製の導線を巻回して形成した単一のコイル(励磁機能及び検出機能の双方を有する単一のコイル)を用いた。
【0029】
図2に示すように、いずれの励磁周波数でも、鋳造直後の鋳造材(共晶炭化物の析出量大)と、時効材(共晶炭化物の析出量小)とでは、測定されるインダクタンスに差が生じている。したがい、析出量の大小に応じて生じる磁性の発現量の差を、プローブコイルを用いて検出できるといえる。
なお、
図2に示すように、励磁周波数を高めると、縦軸のインダクタンス(具体的にはインダクタンスの差)が負の値になる。すなわち、プローブコイルに鋳造材(時効材含む)を対向させて測定したインダクタンスが、プローブコイルに鋳造材を対向させずに空間を測定したインダクタンスよりも小さくなる。これは、プローブコイルに鋳造材を対向させると、プローブコイルによって生成される磁束の変化を打ち消す向きの渦電流が鋳造材に発生し、励磁周波数が高くなるほど、この渦電流が大きくなり、プローブコイルによって生成される磁束の総量が小さくなるからである。換言すれば、測定されるプローブコイルのインダクタンス、すなわち、プローブコイルと鋳造材との結合インダクタンスが、プローブコイル単体のインダクタンス(空間を測定したインダクタンス)よりも小さくなるからである。
本実施形態に係る析出状態評価方法は、以上に説明した本発明者らの知見に基づき完成されたものである。
【0030】
<本実施形態に係る析出状態評価方法>
以下、本実施形態に係る析出状態評価方法について、鋳造材が管である場合を例に挙げて説明する。この管は、完全オーステナイトステンレス鋼から形成され、鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材である。そして、本実施形態に係る析出状態評価方法は、例えば、管の検査工程で実施される。
図3は、本実施形態に係る析出状態評価方法を実施するための析出状態評価装置の概略構成を模式的に示す図である。
図3(a)は析出状態評価装置の側面図(管Rの軸方向に直交する方向から見た図)であり、
図3(b)は
図3(a)のYY矢視拡大断面図である。
図3に示すように、本実施形態の析出状態評価装置100は、プローブコイル1と、測定器2と、判定装置3と、を備える。
【0031】
本実施形態のプローブコイル1は、励磁機能及び検出機能の双方を有する単一のコイルである。しかしながら、本発明はこれに限るものではなく、プローブコイル1として、別体に形成された励磁コイル(磁束を生成するためのコイル)と検出コイル(磁束を検出するためのコイル)との組み合わせを用いることも可能である。
プローブコイル1は、管Rの外面に対向配置される。
図3では、プローブコイル1が管Rの外面と一定の距離を隔てて対向配置(近接配置)されているように図示しているが、必ずしもこれに限るものではなく、プローブコイル1を管Rの外面に接触させてもよい。
本実施形態では、管Rを静止させて、プローブコイル1の位置を変更することで、管Rに対するプローブコイル1の相対的な位置を変更するように構成されている。具体的には、本実施形態のプローブコイル1は、公知の走査機構(図示せず)に取り付けられ、この走査機構によって、管Rに対する相対的な位置が変更可能とされている。具体的には、プローブコイル1は、管Rの軸方向(
図3(a)に示すX方向)及び管Rの周方向(
図3(b)に示すθ方向)に移動可能とされている。ただし、本発明は、これに限るものではなく、作業者が手動でプローブコイル1の位置を変更することも可能である。また、プローブコイル1の位置を変更することなく、管Rの所定の1箇所の部位のみにプローブコイル1を対向配置させて、当該部位における共晶炭化物の析出状態を評価することも可能である。
【0032】
測定器2は、プローブコイル1に電気的に接続されており、プローブコイル1に交流電流を通電するための交流電源(図示せず)及びプローブコイル1のインピーダンス(本実施形態ではインダクタンス)を測定するインピーダンスメータ(図示せず)を具備する。交流電源及びインピーダンスメータについては、公知の構成を適用可能であるため、ここではその詳細な説明を省略する。
【0033】
判定装置3は、測定器2に電気的に接続されており、測定器2によって測定したインピーダンス(インダクタンス)の大小に基づき、管Rにおける共晶炭化物(Cr7C3)の析出状態を評価する。
判定装置3は、例えば、共晶炭化物の析出状態を評価するためのソフトウェア(後述の析出状態評価工程S2を実行するためのソフトウェア)がインストールされたコンピュータから構成される。
【0034】
以下、上記の構成を有する析出状態評価装置100を用いた本実施形態に係る析出状態評価方法について説明する。
図4は、本実施形態に係る析出状態評価方法の概略手順を示すフロー図である。
図4に示すように、本実施形態に係る析出状態評価方法は、インピーダンス測定工程S1と、析出状態評価工程S2と、を含んでいる。以下、各工程S1、S2について説明する。
【0035】
[インピーダンス測定工程S1]
インピーダンス測定工程S1では、測定器2の交流電源からプローブコイル1に交流電流を通電したときのプローブコイル1のインピーダンスを測定器2のインピーダンスメータで測定する。本実施形態では、プローブコイル1のインピーダンスとして、プローブコイル1のインダクタンスを測定する。本実施形態において、以下の説明や
図4及び
図5に記載の「インピーダンス」は、実際には「インダクタンス」を意味する。
具体的には、プローブコイル1を管(鋳造材)Rの外面に対向配置し(
図4のS11)、プローブコイル1に交流電流を通電したときのプローブコイル1のインピーダンスを測定する(
図4のS12)。
【0036】
本実施形態では、走査機構によって管Rに対するプローブコイル1の相対的な位置を変更することで、管Rの予め決められた複数の部位(例えば、全長・全周)について、それぞれインピーダンスを測定する。このため、ある位置のプローブコイル1でのインピーダンスの測定が終了したら、次の位置(プローブコイル1の位置)が存在するか否かを走査機構が判定し(
図4のS13)、存在する場合(
図4のS13で「Yes」の場合)には、プローブコイル1の位置を次の位置に変更して(
図4のS14)、インピーダンスの測定を繰り返すことになる。
なお、プローブコイル1の位置を離散的に変更し、各位置でインピーダンスを測定してもよいし、プローブコイル1の位置を連続的に変更しながらインピーダンスを連続的に測定してもよい。
【0037】
[析出状態評価工程S2]
析出状態評価工程S2では、インピーダンス測定工程S1で測定したインピーダンスの大小に基づき、判定装置3が管Rにおける共晶炭化物の析出状態を評価する。
具体的には、判定装置3は、ある位置のプローブコイル1で測定したインピーダンスが所定の第1しきい値Th1よりも小さいか否かを判定する(
図4のS21)。第1しきい値Th1は予め判定装置3に記憶されている。そして、インピーダンスが第1しきい値Th1よりも小さい場合(
図4のS21で「Yes」の場合)には、プローブコイル1の位置を次の位置に変更することなく(
図4のS14を実行することなく)、管Rにおける共晶炭化物の析出状態が不良であると判定(
図4のS23)して、評価を終了する。
一方、ある位置のプローブコイル1で測定したインピーダンスが所定の第1しきい値Th1以上である場合(
図4のS21で「No」の場合)には、前述のように、次の位置が存在するか否かを判定し(
図4のS13)、存在する場合(
図4のS13で「Yes」の場合)には、プローブコイル1の位置を次の位置に変更して(
図4のS14)、変更後の位置のプローブコイル1でインピーダンスを測定し、測定したインピーダンスが所定の第1しきい値Th1よりも小さいか否かを判定する。
【0038】
上記のように、本実施形態では、ある位置のプローブコイル1で測定したインピーダンスが所定の第1しきい値Th1よりも小さい場合には、析出状態が不良であると判定して評価を終了しているが、これは、析出状態の不良部位が1箇所でもあれば、管R全体として不良品扱いにされるため、更に評価を継続する必要性に乏しいからである。ただし、本発明は、これに限るものではなく、管Rの予め決められた複数の部位全てについて必ずインピーダンスを測定し、各部位で共晶炭化物の析出状態の良否を判定する手順を採用することも可能である。すなわち、インピーダンスが第1しきい値Th1よりも小さい場合(
図4のS21で「Yes」の場合)であっても、管Rにおける共晶炭化物の析出状態が不良であると判定(
図4のS23)した後に、次の位置(プローブコイル1の位置)が存在するか否かを判定する(
図4のS13)という手順に変更することも可能である。
【0039】
そして、管Rの予め決められた複数の部位に対応する全ての位置のプローブコイル1で測定したインピーダンスが何れも第1しきい値Th1以上である場合(
図4のS21で「No」であり、且つ、
図4のS13で「No」である場合)、本実施形態の析出状態評価工程S2では、判定装置3が、インピーダンス測定工程S1で測定した各位置でのインピーダンスの変動量が所定の第2しきい値Th2よりも大きいか否かを判定する(
図4のS22)。すなわち、判定装置3は、各位置で測定したインピーダンスのうちインピーダンスの最大値からインピーダンスの最小値を減算して変動量を算出し、この変動量が第2しきい値Th2よりも大きいか否かを判定する。第2しきい値Th2は予め判定装置3に記憶されている。そして、インピーダンスの変動量が第2しきい値Th2よりも大きい場合(
図4のS22で「Yes」の場合)には、管Rにおける共晶炭化物の析出状態が不良であると判定(
図4のS23)して、評価を終了する。一方、インピーダンスの変動量が第2しきい値Th2以下である場合(
図4のS22で「No」の場合)には、管Rにおける共晶炭化物の析出状態が正常であると判定(
図4のS24)して、評価を終了する。
【0040】
図5は、以上に説明した手順を有する本実施形態に係る析出状態評価方法による判定例を模式的に説明する図である。
図5では、プローブコイル1(
図5には図示せず)をA~Eの各位置に順次変更し、各位置A~Eでインピーダンスを測定することを想定している。
図5(a)、(c)、(e)、(g)及び(i)は、管Rにおける共晶炭化物の析出状態を模式的に説明する図である。各図において、共晶炭化物は、便宜上、黒丸で図示している。また、各図における破線は、各位置A~Eにあるプローブコイル1のインピーダンス測定領域を意味する。
図5(b)、(d)、(f)、(h)及び(j)は、共晶炭化物の析出状態が
図5(a)、(c)、(e)、(g)及び(i)のときにそれぞれ各位置A~Eで測定されるインピーダンスを意味する。
【0041】
図5(a)に示すように、共晶炭化物の析出量が小さく、且つ、比較的均一な分布である場合、
図5(b)に示すように、各位置A~Eで測定されるインピーダンスは、何れも第1しきい値Th1よりも小さくなり、変動量も小さい。したがい、位置Aでインピーダンスを測定した時点で、
図4のS21で「Yes」となり、管Rにおける共晶炭化物の析出状態が不良であると判定(
図4のS23)される。
【0042】
図5(c)に示すように、共晶炭化物の析出量が大きく、かつ、比較的均一な分布である場合、
図5(d)に示すように、各位置A~Eで測定されるインピーダンスは、何れも第1しきい値Th1以上となる(
図4のS21で「No」となる)。また、各位置A~Eで測定されるインピーダンスの変動量が小さく第2しきい値Th2以下となる(
図4のS22で「No」となる)。したがい、管Rにおける共晶炭化物の析出状態が正常であると判定(
図4のS24)される。
【0043】
図5(e)に示すように、共晶炭化物の析出量が大きいものの、局所的に(位置A、C、Eで)過度に大きくなっている場合、
図5(f)に示すように、各位置A~Eで測定されるインピーダンスは、何れも第1しきい値Th1以上となる(
図4のS21で「No」となる)ものの、各位置A~Eで測定されるインピーダンスの変動量が第2しきい値Th2よりも大きくなる(
図4のS22で「Yes」となる)。したがい、管Rにおける共晶炭化物の析出状態が不良であると判定(
図4のS24)される。
【0044】
図5(g)に示すように、共晶炭化物の析出量が大きい部位(位置A、B、C)と、共晶炭化物の析出量が小さい部位(位置D、E)とが混在し、分布が不均一となっている場合、
図5(h)に示すように、共晶炭化物の析出量が大きい位置A~Cで測定されるインピーダンスは第1しきい値Th1以上となり、共晶炭化物の析出量が小さい位置D、Eで測定されるインピーダンスは第1しきい値Th1よりも小さくなる。したがい、位置Dでインピーダンスを測定した時点で、
図4のS21で「Yes」となり、管Rにおける共晶炭化物の析出状態が不良であると判定(
図4のS23)される。
【0045】
図5(i)に示すように、共晶炭化物が析出されていない場合には、
図5(j)に示すように、各位置A~Eで測定されるインピーダンスは、何れも第1しきい値Th1よりも小さくなり、変動量も小さい。したがい、位置Aでインピーダンスを測定した時点で、
図4のS21で「Yes」となり、管Rにおける共晶炭化物の析出状態が不良であると判定(
図4のS23)される。
【0046】
以上に説明した本実施形態に係る析出状態評価方法によれば、インピーダンス測定工程S1において、プローブコイル1に交流電流を通電することで生成される磁束は、管Rのプローブコイル1に対向する部位における強磁性部(共晶炭化物の析出によって発現した磁性)によって増大する。この磁束の増大量は、強磁性部の量に応じて変化する。換言すれば、磁束の増大量は、共晶炭化物の析出量に応じて変化する。すなわち、管Rのプローブコイル1に対向する部位における共晶炭化物の析出量が大きければ大きいほど、磁束の増大量も大きくなる。共晶炭化物の析出量が大きくて磁束の増大量が大きくなれば、測定されるプローブコイル1のインピーダンス、すなわち、プローブコイル1と管Rとの結合インピーダンスも大きくなる。
したがい、析出状態評価工程S2において、測定したプローブコイル1のインピーダンスに基づき、管Rにおける共晶炭化物の析出状態を非破壊で評価することが可能である。
そして、管Rに対するプローブコイル1の相対的な位置を変更することで、管Rの広範囲な領域に亘って共晶炭化物の析出状態を評価することが可能である。
【0047】
なお、本実施形態では、析出状態評価装置100が備える判定装置3によって析出状態を自動的に評価する態様について説明したが、本発明はこれに限るものではない。例えば、測定器2が測定したインピーダンスの値を測定器2又は判定装置3が具備するモニタに出力表示するように構成し、この表示を作業者が視認して評価する態様を採用することも可能である。
【0048】
また、本実施形態では、好ましい態様として、析出状態評価工程S2において、インピーダンスの変動量が第2しきい値Th2よりも大きいか否かを判定し、大きい場合には管Rにおける共晶炭化物の析出状態が不良であると判定する場合を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限るものではない。析出状態評価工程S2では、単にインピーダンスが第1しきい値Th1よりも小さいか否かだけを判定し、小さい場合には管Rにおける共晶炭化物の析出状態が不良であると判定する態様を採用することも可能である。
【0049】
さらに、本実施形態では、鋳造材が管である場合を例に挙げて説明したが、本発明はこれに限るものではなく、完全オーステナイトステンレス鋼から形成され、鋳造工程において共晶炭化物が析出する鋳造材である限りにおいて、種々の鋳造材に適用可能である。
【符号の説明】
【0050】
1・・・プローブコイル
2・・・測定器
3・・・判定装置
100・・・析出状態評価装置
R・・・管(鋳造材)