(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-24
(45)【発行日】2023-11-01
(54)【発明の名称】熱延鋼板およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20231025BHJP
C22C 38/58 20060101ALI20231025BHJP
C21D 9/46 20060101ALI20231025BHJP
C22C 18/00 20060101ALN20231025BHJP
【FI】
C22C38/00 301W
C22C38/58
C21D9/46 T
C21D9/46 U
C22C18/00
(21)【出願番号】P 2021574695
(86)(22)【出願日】2021-01-29
(86)【国際出願番号】 JP2021003289
(87)【国際公開番号】W WO2021153746
(87)【国際公開日】2021-08-05
【審査請求日】2022-06-06
(31)【優先権主張番号】P 2020013713
(32)【優先日】2020-01-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020047558
(32)【優先日】2020-03-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】日本製鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100140774
【氏名又は名称】大浪 一徳
(74)【代理人】
【識別番号】100134359
【氏名又は名称】勝俣 智夫
(74)【代理人】
【識別番号】100188592
【氏名又は名称】山口 洋
(74)【代理人】
【識別番号】100217249
【氏名又は名称】堀田 耕一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100221279
【氏名又は名称】山口 健吾
(74)【代理人】
【識別番号】100207686
【氏名又は名称】飯田 恭宏
(74)【代理人】
【識別番号】100224812
【氏名又は名称】井口 翔太
(72)【発明者】
【氏名】岡 正春
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 啓達
(72)【発明者】
【氏名】吉田 充
【審査官】相澤 啓祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-179540(JP,A)
【文献】特開2016-211073(JP,A)
【文献】特開2011-052321(JP,A)
【文献】国際公開第2019/216269(WO,A1)
【文献】国際公開第2019/009410(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、
C:0.08~0.25%、
Si:0.01~1.00%、
Mn:0.8~2.0%、
P:0.020%以下、
S:0.001~0.010%、
Al:0.005~1.000%、
N:0.0010~0.0100%、
Ti:0.005~0.30%、
Ca:0.0005~0.0100%、
Nb:0~0.30%、
V:0~0.50%、
Cr:0~3.0%、
Mo:0~3.0%、
Ni:0~5.0%、
Cu:0~3.0%、
B:0~0.0100%、
Mg:0~0.0100%、
Zr:0~0.0500%、
REM:0~0.050%、
を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、
ミクロ組織が、体積分率で、マルテンサイトを99%以上含有し、残部組織が残留オーステナイトとフェライトとからなり、
圧延方向に平行な断面において、
旧オーステナイト粒の平均アスペクト比が3.0未満であり、
面積が1.0μm
2以上の硫化物のうち、アスペクト比が3.0超の硫化物の割合が1.0%以下であり、
板厚中心部において{211}<011>方位の極密度が3.0以下であり、
旧オーステナイト粒径が12μm以上100μm以下であり、
引張強度TSが980MPa以上である
ことを特徴とする熱延鋼板。
【請求項2】
前記引張強度TSが1180MPa以上である、
ことを特徴とする請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項3】
焼き戻しマルテンサイトの体積分率が5%未満である、
ことを特徴とする請求項2に記載の熱延鋼板。
【請求項4】
圧延方向に垂直な断面で、ビッカース硬さの最大値と最小値との差であるΔHvが50以下である、
請求項1に記載の熱延鋼板。
【請求項5】
フレッシュマルテンサイトの体積分率が3%未満である、
ことを特徴とする請求項4に記載の熱延鋼板。
【請求項6】
表面に亜鉛めっき層を有することを特徴とする、
請求項1、2、4及び5のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【請求項7】
前記亜鉛めっき層が合金化亜鉛めっき層であることを特徴とする、請求項6に記載の熱延鋼板。
【請求項8】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.005~0.30%、
V:0.01~0.50%、
Cr:0.05~3.0%、
Mo:0.05~3.0%、
Ni:0.05~5.0%、
Cu:0.10~3.0%、
B:0.0003~0.0100%、
Mg:0.0005~0.0100%、
Zr:0.0010~0.0500%、
REM:0.0010~0.050%、
からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する
ことを特徴とする請求項1~7のいずれか一項に記載の熱延鋼板。
【請求項9】
請求項1~3のいずれか一項に記載の熱延鋼板を製造する方法であって、
質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%、Nb:0~0.30%、V:0~0.50%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Ni:0~5.0%、Cu:0~3.0%、B:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0500%、REM:0~0.050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを、直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後の前記鋳造スラブに対し、熱間圧延を行って熱延鋼板とする熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の前記熱延鋼板を、100℃以下の温度域にて巻き取る巻き取り工程と、
を有し、
前記熱間圧延工程では、
前記鋳造スラブに対し、仕上げ圧延温度が1000℃以上となるように圧延を行い、
前記圧延の終了後、0.10秒以内に冷却を開始するとともに、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上温度が低下するように第1冷却を行い、
前記第1冷却後、Ar3変態点以上の温度で5%以上20%以下の圧下率の軽圧下圧延を行い、
前記軽圧下圧延の完了から200℃以下までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように第2冷却を行う、
ことを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
【請求項10】
請求項4または5に記載の熱延鋼板を製造する方法であって、
質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%、Nb:0~0.30%、V:0~0.50%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Ni:0~5.0%、Cu:0~3.0%、B:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0500%、REM:0~0.050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを、直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後の前記鋳造スラブに対し、熱間圧延を行って熱延鋼板とする熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の前記熱延鋼板を、100℃以下の温度域にて巻き取る巻き取り工程と、前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板に、伸び率0.7%以上の調質圧延を行う調質圧延工程と、
前記調質圧延後
に430~560℃まで加熱する焼き戻し処理を行う焼き戻し工程と、
を有し、
前記熱間圧延工程では、
前記鋳造スラブに対し、仕上げ圧延温度が1000℃以上となるように圧延を行い、
前記圧延の終了後、0.10秒以内に冷却を開始するとともに、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上温度が低下するように第1冷却を行い、
前記第1冷却後、Ar3変態点以上の温度で5%以上20%以下の圧下率の軽圧下圧延を行い、
前記軽圧下圧延の完了から200℃以下までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように第2冷却を行う、
ことを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
【請求項11】
請求項6に記載の熱延鋼板を製造する方法であって、
質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%、Nb:0~0.30%、V:0~0.50%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Ni:0~5.0%、Cu:0~3.0%、B:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0500%、REM:0~0.050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを、直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後の前記鋳造スラブに対し、熱間圧延を行って熱延鋼板とする熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の前記熱延鋼板を、100℃以下の温度域にて巻き取る巻き取り工程と、
前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板に、伸び率0.7%以上の調質圧延を行う調質圧延工程と、
前記熱延鋼板に、Niプレめっきを行い、20℃/秒以上の昇温速度で430~480℃まで加熱後、亜鉛めっきする亜鉛めっき工程と、
を有し、
前記熱間圧延工程では、
前記鋳造スラブに対し、仕上げ圧延温度が1000℃以上となるように圧延を行い、
前記圧延の終了後、0.10秒以内に冷却を開始するとともに、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上温度が低下するように第1冷却を行い、
前記第1冷却後、Ar3変態点以上の温度で5%以上20%以下の圧下率の軽圧下圧延を行い、
前記軽圧下圧延の完了から200℃以下までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように第2冷却を行う、
ことを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
【請求項12】
請求項7に記載の熱延鋼板を製造する方法であって、
質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%、Nb:0~0.30%、V:0~0.50%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Ni:0~5.0%、Cu:0~3.0%、B:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0500%、REM:0~0.050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを、直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後の前記鋳造スラブに対し、熱間圧延を行って熱延鋼板とする熱間圧延工程と、
前記熱間圧延工程後の前記熱延鋼板を、100℃以下の温度域にて巻き取る巻き取り工程と、
前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板に、伸び率0.7%以上の調質圧延を行う調質圧延工程と、
前記熱延鋼板に、Niプレめっきを行い、20℃/秒以上の昇温速度で430~480℃まで加熱後、亜鉛めっきする亜鉛めっき工程と、
前記亜鉛めっき工程の後に、470~560℃で10~40秒の合金化処理を行う合金化工程と、
を有し、
前記熱間圧延工程では、
前記鋳造スラブに対し、仕上げ圧延温度が1000℃以上となるように圧延を行い、
前記圧延の終了後、0.10秒以内に冷却を開始するとともに、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上温度が低下するように第1冷却を行い、
前記第1冷却後、Ar3変態点以上の温度で5%以上20%以下の圧下率の軽圧下圧延を行い、
前記軽圧下圧延の完了から200℃以下までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように第2冷却を行う、
ことを特徴とする熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、熱延鋼板およびその製造方法に関する。
本願は、2020年01月30日に、日本に出願された特願2020-013713号、および2020年03月18日に、日本に出願された特願2020-047558号に基づき優先権を主張し、その内容をここに援用する。
【背景技術】
【0002】
近年、環境問題への対応のため炭酸ガス排出低減や燃費低減を目的に自動車の軽量化が望まれている。また、衝突安全性向上に対する要求はますます高くなっている。自動車の軽量化や衝突安全性向上のためには鋼材の高強度化が有効な手段である。ところが、通常は鋼材を高強度化すると延性や穴広げ性などの成形性、または靱性が劣化する。そのため、高強度と成形性や靱性とを両立する鋼板が必要とされている。
【0003】
このような要求に対し、例えば、特許文献1には、質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.0%、Mn:0.8~1.5%、P:0.025%以下、S:0.005%以下、Al:0.005~0.1%、Nb:0.001~0.05%、Ti:0.001~0.05%、Mo:0.1~1.0%、Cr:0.1~1.0%、B:0.0005~0.005%を含有し、マルテンサイト相または焼き戻しマルテンサイト相を体積率で90%以上の主相とし、旧オーステナイト相のアスペクト比を3~18とした、降伏強さYS:960MPa以上の高強度を有し、vE-40が40J以上の高靱性を有する熱延鋼板およびその製造方法が報告されている。
【0004】
また、熱延鋼板の異方性を低減する方法として、例えば、特許文献2には、質量%で、C:0.04~0.15%、Si:0.01~0.25%、Mn:0.1~2.5%、P:0.1%以下、S:0.01%以下、Al:0.005~0.05%、N:0.01以下、Ti:0.01~0.12%、B:0.0003~0.005%を含有し、組織の90%以上がマルテンサイトであり、TiC析出量を0.05%以下とし、JISG0202に規定するA系介在物の清浄度が0.01%以下である、熱延鋼板およびその製造方法が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本国特許第5609383号公報
【文献】日本国特開2014-47414号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の鋼板では、旧オーステナイト相のアスペクト比を3以上としており、延性や靱性の異方性が大きいという問題があった。異方性があると、部材性能を高いレベルで維持することが困難になったり加工による寸法精度が悪くなったりするなどの理由で自動車用鋼板への適用に課題がある。
【0007】
また、特許文献2の鋼板では、曲げ加工性、降伏強度及び-20℃での靱性の異方性は低減しているものの、延性の異方性については必ずしも低減していない。また、-40℃での吸収エネルギーや異方性についても開示されていない。
【0008】
このように、従来の技術では高強度、優れた延性、及び優れた低温靱性を有し、かつ、延性や靱性の異方性の小さい熱延鋼板を得ることは困難であった。
【0009】
本発明は、上述したような問題点を解決しようとするものであって、高強度、優れた延性、優れた低温靱性を有し、かつ、延性や靱性の異方性の小さい熱延鋼板とその製造方法を提供することを課題とする。また、本発明は、高強度、優れた延性、優れた低温靱性、及び優れた穴広げ性を有し、かつ、延性や靱性の異方性の小さい熱延鋼板とその製造方法を提供することを、好ましい課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、C含有量、Si含有量、Mn含有量を変えた種々の鋼について、実験室で溶解、熱延を行い、所要の強度、延性、靱性、及び穴広げ性を得て、かつ異方性を低減するための方法を種々検討した。その結果、引張強度が980MPa以上の高強度を確保しつつ、優れた延性及び優れた低温靱性を有し、延性や靱性の異方性を低減するためには、組織異方性を低減すること及び硫化物の形状異方性を低減することが重要であることを見出した。具体的には、1)マルテンサイト(フレッシュマルテンサイト、焼き戻しマルテンサイトを含む)を99%以上含有する組織とすること、2)圧延方向に平行な断面における旧オーステナイト粒の平均アスペクト比を3.0未満とすること、3)圧延方向に平行な断面において面積が1.0μm2以上の硫化物のうちアスペクト比が3.0超の硫化物の割合を1.0%以下とすること、4)板厚中心部において{211}<011>方位の極密度を3.0以下とすること、が重要であることを知見した。
また、本発明者らは、圧延方向に垂直な断面で、ビッカース硬さの最大値と最小値との差であるΔHvを小さくすることで、さらに穴広げ性を向上させることができることを知見した。
【0011】
本発明は上記の知見に基づいてなされた。本発明の要旨は、以下のとおりである。
[1]本発明の一態様に係る熱延鋼板は、質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%、Nb:0~0.30%、V:0~0.50%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Ni:0~5.0%、Cu:0~3.0%、B:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0500%、REM:0~0.050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、ミクロ組織が、体積分率で、マルテンサイトを99%以上含有し、残部組織が残留オーステナイトとフェライトとからなり、圧延方向に平行な断面において、旧オーステナイト粒の平均アスペクト比が3.0未満であり、面積が1.0μm2以上の硫化物のうち、アスペクト比が3.0超の硫化物の割合が1.0%以下であり、板厚中心部において{211}<011>方位の極密度が3.0以下であり、旧オーステナイト粒径が12μm以上100μm以下であり、引張強度TSが980MPa以上である。
[2]上記[1]に記載の熱延鋼板は、前記引張強度TSが1180MPa以上であってもよい。
[3]上記[2]に記載の熱延鋼板は、焼き戻しマルテンサイトの体積分率が5%未満であってもよい。
[4]上記[1]に記載の熱延鋼板は、圧延方向に垂直な断面で、ビッカース硬さの最大値と最小値との差であるΔHvが50以下であってもよい。
[5]上記[4]に記載の熱延鋼板は、フレッシュマルテンサイトの体積分率が3%未満であってもよい。
[6]上記[1]、[2]、[4]及び[5]のいずれかに記載の熱延鋼板は、表面に亜鉛めっき層を有してもよい。
[7]上記[6]に記載の熱延鋼板は、前記亜鉛めっき層が合金化亜鉛めっき層であってもよい。
[8]上記[1]~[7]のいずれかに記載の熱延鋼板は、前記化学組成が、質量%で、Nb:0.005~0.30%、V:0.01~0.50%、Cr:0.05~3.0%、Mo:0.05~3.0%、Ni:0.05~5.0%、Cu:0.10~3.0%、B:0.0003~0.0100%、Mg:0.0005~0.0100%、Zr:0.0010~0.0500%、REM:0.0010~0.050%、からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
[9]本発明の別の態様に係る熱延鋼板の製造方法は、上記[1]~[3]のいずれかに記載の熱延鋼板を製造する方法であって、質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%、Nb:0~0.30%、V:0~0.50%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Ni:0~5.0%、Cu:0~3.0%、B:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0500%、REM:0~0.050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを、直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する加熱工程と、前記加熱工程後の前記鋳造スラブに対し、熱間圧延を行って熱延鋼板とする熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程後の前記熱延鋼板を、100℃以下の温度域にて巻き取る巻き取り工程と、を有し、前記熱間圧延工程では、前記鋳造スラブに対し、仕上げ圧延温度が1000℃以上となるように圧延を行い、前記圧延の終了後、0.10秒以内に冷却を開始するとともに、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上温度が低下するように第1冷却を行い、前記第1冷却後、Ar3変態点以上の温度で5%以上20%以下の圧下率の軽圧下圧延を行い、前記軽圧下圧延の完了から200℃以下までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように第2冷却を行う。
[10]本発明の別の態様に係る熱延鋼板の製造方法は、上記[4]または[5]に記載の熱延鋼板を製造する方法であって、質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%、Nb:0~0.30%、V:0~0.50%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Ni:0~5.0%、Cu:0~3.0%、B:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0500%、REM:0~0.050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを、直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する加熱工程と、前記加熱工程後の前記鋳造スラブに対し、熱間圧延を行って熱延鋼板とする熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程後の前記熱延鋼板を、100℃以下の温度域にて巻き取る巻き取り工程と、前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板に、伸び率0.7%以上の調質圧延を行う調質圧延工程と、前記調質圧延後に430~560℃まで加熱する焼き戻し処理を行う焼き戻し工程と、
を有し、前記熱間圧延工程では、前記鋳造スラブに対し、仕上げ圧延温度が1000℃以上となるように圧延を行い、前記圧延の終了後、0.10秒以内に冷却を開始するとともに、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上温度が低下するように第1冷却を行い、前記第1冷却後、Ar3変態点以上の温度で5%以上20%以下の圧下率の軽圧下圧延を行い、前記軽圧下圧延の完了から200℃以下までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように第2冷却を行う。
[11]本発明の別の態様に係る熱延鋼板の製造方法は、上記[6]に記載の熱延鋼板を製造する方法であって、質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%、Nb:0~0.30%、V:0~0.50%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Ni:0~5.0%、Cu:0~3.0%、B:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0500%、REM:0~0.050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを、直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する加熱工程と、前記加熱工程後の前記鋳造スラブに対し、熱間圧延を行って熱延鋼板とする熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程後の前記熱延鋼板を、100℃以下の温度域にて巻き取る巻き取り工程と、前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板に、伸び率0.7%以上の調質圧延を行う調質圧延工程と、前記熱延鋼板に、Niプレめっきを行い、20℃/秒以上の昇温速度で430~480℃まで加熱後、亜鉛めっきする亜鉛めっき工程と、を有し、前記熱間圧延工程では、前記鋳造スラブに対し、仕上げ圧延温度が1000℃以上となるように圧延を行い、前記圧延の終了後、0.10秒以内に冷却を開始するとともに、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上温度が低下するように第1冷却を行い、前記第1冷却後、Ar3変態点以上の温度で5%以上20%以下の圧下率の軽圧下圧延を行い、前記軽圧下圧延の完了から200℃以下までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように第2冷却を行う。
[12]本発明の別の態様に係る熱延鋼板の製造方法は、上記[7]に記載の熱延鋼板を製造する方法であって、質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%、Nb:0~0.30%、V:0~0.50%、Cr:0~3.0%、Mo:0~3.0%、Ni:0~5.0%、Cu:0~3.0%、B:0~0.0100%、Mg:0~0.0100%、Zr:0~0.0500%、REM:0~0.050%、を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋳造スラブを、直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する加熱工程と、前記加熱工程後の前記鋳造スラブに対し、熱間圧延を行って熱延鋼板とする熱間圧延工程と、前記熱間圧延工程後の前記熱延鋼板を、100℃以下の温度域にて巻き取る巻き取り工程と、前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板に、伸び率0.7%以上の調質圧延を行う調質圧延工程と、前記熱延鋼板に、Niプレめっきを行い、20℃/秒以上の昇温速度で430~480℃まで加熱後、亜鉛めっきする亜鉛めっき工程と、前記亜鉛めっき工程の後に、470~560℃で10~40秒の合金化処理を行う合金化工程と、を有し、前記熱間圧延工程では、前記鋳造スラブに対し、仕上げ圧延温度が1000℃以上となるように圧延を行い、前記圧延の終了後、0.10秒以内に冷却を開始するとともに、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上温度が低下するように第1冷却を行い、前記第1冷却後、Ar3変態点以上の温度で5%以上20%以下の圧下率の軽圧下圧延を行い、前記軽圧下圧延の完了から200℃以下までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように第2冷却を行う。
【発明の効果】
【0012】
本発明の上記態様によれば、高強度、優れた延性(伸び)、優れた低温靱性を有し、かつ、延性や靱性の異方性の小さい熱延鋼板とその製造方法とを提供することができる。また、本発明の好ましい態様によれば、高強度、優れた延性(伸び)、優れた低温靱性、及び優れた穴広げ性を有し、かつ、延性や靱性の異方性の小さい熱延鋼板とその製造方法とを提供することができる。この熱延鋼板は、自動車部品などに好適に適用でき、適用によって自動車の軽量化に寄与できるので、産業上の貢献が極めて顕著である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態に係る熱延鋼板(本実施形態に係る熱延鋼板)及びその製造方法について説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板は、質量%で、C:0.08~0.25%、Si:0.01~1.00%、Mn:0.8~2.0%、P:0.020%以下、S:0.001~0.010%、Al:0.005~1.000%、N:0.0010~0.0100%、Ti:0.005~0.30%、Ca:0.0005~0.0100%を含有し、必要に応じてさらに、Nb:0.30%以下、V:0.50%以下、Cr:3.0%以下、Mo:3.0%以下、Ni:5.0%以下、Cu:3.0%以下、B:0.0100%以下、Mg:0.0100%以下、Zr:0.0500%以下、REM:0.050%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、
ミクロ組織が、体積分率で、マルテンサイトを99%以上含有し、残部組織が残留オーステナイトとフェライトとからなり、
圧延方向に平行な断面において、旧オーステナイト粒の平均アスペクト比が3.0未満であり、面積が1.0μm2以上の硫化物のうち、アスペクト比が3.0超の硫化物の割合が1.0%以下であり、板厚中心部において{211}<011>方位の極密度が3.0以下であり、
引張強度(TS)が980MPa以上である。
以下、本実施形態に係る熱延鋼板について、詳細に説明する。
【0014】
まず、本実施形態に係る熱延鋼板の化学組成に含まれる各元素の範囲の限定理由について説明する。以下、各元素の含有量における%は、質量%である。
【0015】
C:0.08~0.25%
Cは鋼の強度を増加させる元素である。C含有量が0.08%未満では980MPa以上の引張強度の確保が困難である。そのため、C含有量は0.08%以上とする。好ましくは、0.10%以上である。
一方、C含有量が0.25%を超えると、延性、溶接性、靭性などが著しく劣化する。そのため、C含有量は0.25%以下とする。C含有量は、好ましくは、0.20%以下である。
【0016】
Si:0.01~1.00%
Siは固溶強化により鋼の強度を増加させるのに有用な元素である。また、Siはセメンタイトの生成を抑制するのに有用な元素である。Si含有量が0.01%未満ではそれらの効果が十分に得られない。そのため、Si含有量は0.01%以上とする。
一方、Si含有量が1.00%を超えると、熱間圧延で生じるスケールの剥離性や化成処理性が著しく劣化する。また、所望の組織が得られない場合がある。そのため、Si含有量は1.00%以下とする。
【0017】
Mn:0.8~2.0%
Mnは鋼の焼入れ性を高めるために有効な元素である。Mn含有量が0.8%未満では焼入れ性を高める効果が十分に得られない。そのため、Mn含有量は0.8%以上とする。
一方、Mn含有量が2.0%を超えると靭性が劣化する。そのため、Mn含有量は2.0%以下とする。
【0018】
P:0.020%以下
Pは、粒界に偏析して粒界強度を低下させ、靱性を劣化させる不純物元素である。そのため、低減させることが望ましい。P含有量は、現状の精錬技術と製造コストを考慮し、0.020%以下とする。P含有量の下限は限定されないが、製鋼コストを鑑み0.001%としてもよい。
【0019】
S:0.001~0.010%
Sは、熱間加工性及び靭性を劣化させる不純物元素であり、低減させることが望ましい。S含有量は、現状の精錬技術と製造コストを考慮し、0.010%以下とする。S含有量の下限は製鋼コストを鑑み、0.001%とする。S含有量の下限は、好ましくは、0.003%である。
【0020】
Al:0.005~1.000%
Alは脱酸剤として有効な元素である。また、Alは、AlNを形成して結晶粒粗大化の抑制に寄与する元素である。Al含有量が0.005%未満ではそれらの効果が十分に得られない。そのため、Al含有量は0.005%以上とする。
一方、Al含有量が1.000%を超えると靭性が劣化する。そのため、Al含有量を1.000%以下とする。
【0021】
N:0.0010~0.0100%
Nは窒化物を形成して結晶粒粗大化の抑制に寄与する元素である。N含有量が0.0010%未満ではその効果が得られない。そのため、N含有量を0.0010%以上とする。
一方、N含有量が0.0100%を超えると靭性が劣化する。そのため、N含有量を0.0100%以下とする。
【0022】
Ti:0.005~0.30%
TiはTiNを形成する元素であり、結晶粒の粗大化の抑制に有効な元素である。Ti含有量が0.005%未満ではこの効果が十分に得られない。そのためTi含有量を0.005%以上とする。Ti含有量は、好ましくは0.01%以上である。
一方、Ti含有量が0.30%を超えると、TiNが粗大化し靭性が劣化することがある。そのため、Ti含有量は0.30%以下とする。
【0023】
Ca:0.0005~0.0100%
Caは、硫化物の形態の制御を通じて、Sによる熱間加工性や靭性の劣化の抑制に有効な元素である。Ca含有量が0.0005%未満ではその効果が十分に得られない。そのため、Ca含有量を0.0005%以上とする。
一方、Caを過剰に含有しても効果が飽和するだけでなく、コストが上昇する。そのため、Ca含有量は0.0100%以下とする。
【0024】
以上が本実施形態に係る熱延鋼板の基本成分であり、通常、上記以外はFe及び不純物からなるが、所望の強度レベルやその他の必要特性に応じて、Cr、Mo、Ni、Cu、Nb、V、B、Mg、Zr、REMからなる群から選択される1種又は2種以上を以下に示す範囲でさらに含有しても良い。本実施形態に係る熱延鋼板は、上記任意元素を含有させなくても効果が得られるので、上記任意元素の含有量の下限は0%である。本実施形態において、不純物とは、原料としての鉱石、スクラップ、または製造環境等から混入されるものであって、本実施形態に係る熱延鋼板に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。以下、上記任意元素について詳細に説明する。
【0025】
Nb:0~0.30%
Nbは微細な炭窒化物を形成する元素であり、結晶粒の粗大化の抑制に有効な元素である。そのため、含有させてもよい。結晶粒の粗大化抑制によって靭性を高める場合、Nb含有量を0.005%以上とすることが好ましい。
一方、Nb含有量が過剰になると析出物が粗大になり、靭性が劣化することがある。そのため、含有させる場合、Nb含有量を0.30%以下にすることが好ましい。
【0026】
V:0~0.50%
Vは、Nbと同様に微細な炭窒化物を形成する元素である。そのため、含有させてもよい。結晶粒の粗大化を抑制し、靭性を高める場合、V含有量を0.01%以上とすることが好ましい。
一方、V含有量が0.50%を超えると、靭性が劣化することがある。そのため、含有させる場合、V含有量は0.50%以下が好ましい。
【0027】
Cr:0~3.0%
Mo:0~3.0%
Ni:0~5.0%
Cu:0~3.0%
Cr、Mo、Ni、Cuは、延性及び靭性を向上させる有効な元素である。そのため、含有させてもよい。延性及び靭性を向上させるには、Cr含有量は0.05%以上、Mo含有量は0.05%以上、Ni含有量は0.05%以上、Cu含有量は0.1%以上が好ましい。より好ましくは、Cr含有量は0.1%以上、Mo含有量は0.1%以上、Ni含有量は0.1%以上、Cu含有量は0.2%以上である。
一方、Cr、Mo、Cuの含有量は、それぞれ3.0%、Niの含有量は5.0%を超えると、強度の上昇によって、靭性が低下することがある。したがって、含有させる場合、Cr含有量は3.0%以下、Mo含有量は3.0%以下、Ni含有量は5.0%以下、Cu含有量は3.0%以下が好ましい。
【0028】
B:0~0.0100%
Bは粒界に偏析し、P及びSの粒界偏析を抑制する元素である。また、鋼の焼き入れ性を高めるのに有効な元素でもある。そのため、含有させてもよい。粒界の強化によって、延性、靭性及び熱間加工性を向上させたり、焼き入れ性を向上させたりするためには、B含有量を0.0003%以上とすることが好ましい。
一方、B含有量が0.0100%を超えると、粒界に粗大な析出物が生じて、熱間加工性や靭性が低下することがある。したがって、含有させる場合、B含有量を0.0100%以下とすることが好ましい。
【0029】
Mg:0~0.0100%
Zr:0~0.0500%
REM:0~0.050%
Mg、Zr、REMは、硫化物の形態を制御することで、Sによる熱間加工性や靭性の劣化の抑制に有効な元素である。そのため、含有させてもよい。靭性を向上させる場合、Mg含有量は0.0005%以上、Zr含有量は0.0010%以上、REM含有量は0.001%以上とすることが好ましい。
一方、Mg、Zr及び/またはREMを過剰に含有しても効果が飽和する。そのため、含有させる場合、Mg含有量は0.0100%以下、Zr含有量は0.0500%以下、REM含有量は0.050%以下とすることが好ましい。
ここで、REMは、Sc、Yおよびランタノイドからなる合計17元素を指し、上記REMの含有量は、これらの元素の合計含有量を指す。ランタノイドの場合、工業的にはミッシュメタルの形で添加される。
【0030】
本実施形態に係る熱延鋼板における各元素の含有量は、公知のICP発光分光分析などの方法で求めることができる。
【0031】
次に、本実施形態に係る熱延鋼板のミクロ組織について説明する。
<体積分率で、マルテンサイトを99%以上含有し、残部組織が残留オーステナイトとフェライトとからなる>
本実施形態に係る熱延鋼板は、組織の均一性を高め、異方性を低減するため、ミクロ組織を、マルテンサイト(フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイトを含む)を体積分率で99%以上含有し、残部組織が残留オーステナイトとフェライトとからなる組織とする。
残留オーステナイトとフェライトとは圧延方向とそれに垂直な方向で分布状況が異なるので、これらの体積分率が大きくなると異方性が大きくなる。そのため、これらの合計体積分率を1%以下とし、均質なマルテンサイト組織を99%以上とする必要がある。
フレッシュマルテンサイトは、熱間圧延後の冷却中に生成する。また、焼き戻しマルテンサイトはフレッシュマルテンサイトがその後の熱処理(焼き戻し工程やめっき工程の加熱)により焼き戻しされることで生成する。
【0032】
強度を高めたい場合には、マルテンサイトのうち、焼き戻しマルテンサイトの体積分率を小さくし、フレッシュマルテンサイトを主な組織とすることが好ましい。例えば、引張強度を1180MPa以上とする場合には、焼き戻しマルテンサイトの面積分率は5%未満であることが望ましい。
また、組織の均一性を高め、穴広げ性を向上させる場合、フレッシュマルテンサイトの体積分率を小さくし、焼き戻しマルテンサイトを主な組織とすることが好ましい。例えば、フレッシュマルテンサイトの面積分率は3%未満であることが好ましい。
【0033】
ミクロ組織における各組織の体積分率は、以下の方法で求める。
まず、熱延鋼板の板幅方向の中央部から、圧延方向に平行な断面が観察面となるように、試料を採取する。
マルテンサイト(フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイト)及びフェライトの面積分率は、上記観察面(圧延方向断面)の、表面から板厚方向に板厚の1/4深さの位置(めっき鋼板の場合には、めっき層と母材との界面から母材である鋼板の板厚方向に板厚の1/4深さの位置)の組織を、レペラーエッチングやナイタールエッチングで現出し、光学顕微鏡、SEMまたはTEMにて観察し、組織形態、炭化物の析出状態、転位密度などから各相を判定して、画像解析装置などを用いて各相の面積分率を測定する。得られた各相の面積分率を体積分率とみなす。
フレッシュマルテンサイトと焼き戻しマルテンサイトとは、本実施形態では必ずしも区別する必要はないが、区別する場合には、ビッカース硬さ(Hv)およびC濃度(質量%)で区別する。マルテンサイトのビッカース硬さ(HvM)は、JIS Z 2244:2009に準拠して、試験力5gfでマルテンサイト粒内の3点におけるビッカース硬さを測り、そのビッカース硬さの平均値を算出することで得る。次に、そのマルテンサイトのC濃度(CM:質量%)を測定する。
本実施形態では、マルテンサイト粒内にセメンタイトが存在する場合、セメンタイトのC濃度も合わせた濃度をそのマルテンサイトのC濃度とする。マルテンサイトのC濃度(CM)は、FE-SEM付属の電子プローブマイクロアナライザ(EPMA)を用いて、0.5μm以下のピッチで、C濃度を測定し、得られたC濃度の平均値を算出することで得る。得られたマルテンサイトのビッカース硬さ(HvM)とC濃度(CM)とから、焼き戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトとを区別する。具体的には、得られたHvMおよびCMが下記式1を満たす場合、焼き戻しマルテンサイトと判別し、それ以外の場合はフレッシュマルテンサイトと判断する。
HvM/(-982.1×CM2+1676×CM+189)≦0.60…式1
上記式1の左辺の分母にマルテンサイトのC濃度(CM)を代入した値(-982.1×CM2+1676×CM+189)は、そのC濃度の本来のマルテンサイトの硬さを表している。本実施形態に係る熱延鋼板の金属組織に含まれる焼き戻しマルテンサイトは、熱間圧延後の冷却中に生成したマルテンサイトがその後の熱処理により焼き戻されることによって生成した組織であり、焼き戻しによるマルテンサイト粒内へのセメンタイト析出などにより、本来のマルテンサイトより硬さが低くなっている。一方、本実施形態に係る熱延鋼板に含まれるフレッシュマルテンサイトは、熱間圧延後の冷却後まで残存したオーステナイトがその後の熱処理の冷却過程でマルテンサイトに変態して生成した組織であり、焼き戻されておらず、本来のマルテンサイトの硬さに近い硬さとなっている。そこで、本実施形態では、本来のマルテンサイトの硬さと、実際に測定して得られるマルテンサイトの硬さとの比を求めることで、焼き戻しマルテンサイトとフレッシュマルテンサイトとを区別する。
【0034】
また、残留オーステナイトの体積分率は、以下の方法により測定する。
鋼板の板幅方向の中央部から、板面に平行な断面が観察面となるように、試料を採取する。試料の表面を1/4深さの位置(めっき鋼板の場合は、めっき層と母材との界面から母材鋼板の1/4深さの位置)まで研削した後、化学研磨してからMo管球を用いたX線回折により、下記式に基づいて、フェライトの(200)の回折強度Iα(200)、フェライトの(211)の回折強度Iα(211)、オーステナイトの(200)の回折強度Iγ(220)及び(311)の回折強度Iγ(311)の強度比より、残留オーステナイトの体積分率を求める。下記式中のVγは残留オーステナイトの体積分率を示す。
Vγ=0.25×{Iγ(220)/(1.35×Iα(200)+Iγ(220))+Iγ(220)/(0.69×Iα(211)+Iγ(220))+Iγ(311)/(1.5×Iα(200)+Iγ(311))+Iγ(311)/(0.69×Iα(211)+Iγ(311))}
【0035】
<旧オーステナイト粒の平均アスペクト比:3.0未満>
本実施形態に係る熱延鋼板は、圧延方向に平行な断面における旧オーステナイト粒の平均アスペクト比を3.0未満とする。旧オーステナイト粒の平均アスペクト比が3.0以上になると延性や靱性の異方性が大きくなる。
【0036】
<旧オーステナイト粒径:12μm以上100μm以下>
本実施形態に係る熱延鋼板は、圧延方向に平行な断面における旧オーステナイト粒の粒径(旧γ粒径)を、12μm以上100μm以下とすることが好ましい。
旧オーステナイト粒径が、12μm未満であると、未再結晶粒が残存しやすくなり組織の均一性が低下することが懸念される。一方、旧オーステナイト粒径が100μm超であると、低温靭性が低下する。
【0037】
旧オーステナイト粒の平均アスペクト比及び粒径は、以下の方法で求める。
まず、熱延鋼板の板幅方向の中央部から、圧延方向に平行な断面が観察面となるように、試料を採取する。
上記観察面(圧延方向断面)の鋼板の表面から板厚1/4深さの位置の組織を、旧オーステナイト粒界を現出する腐食液(エタノール、2%ピクリン酸、1%塩化鉄(II))を用いてエッチングし、光学顕微鏡もしくはSEMにて観察し、画像解析装置などを用いて旧オーステナイト粒を100個以上観察し、各旧オーステナイト粒について、粒径及びアスペクト比を測定する。これらを平均した値を、旧オーステナイト粒径及び平均アスペクト比とする。ここで、旧オーステナイト粒のアスペクト比とは、(アスペクト比)=(圧延方向の長径)/(板厚方向の短径)、である。
【0038】
<面積が1.0μm2以上の硫化物のうち、アスペクト比が3.0超の硫化物の割合が1.0%以下>
圧延方向に平行な断面において、面積が1.0μm2以上の硫化物のうち、アスペクト比が3.0超の硫化物の個数の割合が1.0%を超えると、これらの硫化物が起点となってボイドが発生し、延性や靱性の異方性が大きくなる。また、アスペクト比が大きい硫化物が形成される場合、圧延方向に垂直な断面でのビッカース硬さの差も大きくなる傾向がある。そのため、本実施形態に係る熱延鋼板では、圧延方向に平行な断面において、面積が1.0μm2以上の硫化物のうちアスペクト比が3.0超の硫化物の個数の割合を1.0%以下とする。
対象を面積が1.0μm2以上の硫化物とするのは、面積が1.0μm2未満の硫化物はボイドの起点となりにくいからである。
本実施形態に係る熱延鋼板において、硫化物は、例えばMnS、TiS、CaS等である。
【0039】
アスペクト比が3.0超の硫化物の割合は、以下の方法で求める。
本実施形態において、硫化物は、Sの質量分率が5%以上の介在物と定義される。そのため、アスペクト比が3.0超の硫化物の割合を求める場合、まず、熱延鋼板の板幅方向の中央部から、圧延方向に平行な断面が観察面となるように、試料を採取する。上記観察面(圧延方向断面)の鋼板の表面から板厚の1/4深さの位置の研磨ままの組織をSEMにて観察し、各介在物の組成をSEMに付属のEDXを用いて測定して硫化物を判別し、画像解析装置などを用いて硫化物の面積を測定し、面積が1.0μm2以上の硫化物についてアスペクト比を測定する。上記方法により面積が1.0μm2以上の硫化物1000個以上についてアスペクト比を測定し、アスペクト比が3.0超の硫化物の個数割合を求める。ここで、硫化物のアスペクト比とは、(アスペクト比)=(圧延方向の長径)/(板厚方向の短径)、である。
【0040】
<圧延方向に平行な断面の、板厚中心部における{211}<011>方位の極密度:3.0以下>
本実施形態に係る熱延鋼板は、圧延方向に平行な断面の板厚中心部において、{211}<011>方位の極密度を3.0以下とする。熱延鋼板が{211}<011>方位の極密度が3.0超である集合組織を有していると、組織異方性が大きくなり延性や靱性の異方性が大きくなる。上記極密度は、2.5以下が好ましく、2.0以下がより好ましい。
【0041】
極密度はEBSD解析による結晶方位情報により得ることができ、X線ランダム強度比と同義である。具体的には、{211}<011>方位の極密度は、以下の方法で求める。
走査電子顕微鏡とEBSD解析装置とを組み合わせた装置及びAMETEK社製のOIM Analysis(登録商標)を用いて、EBSD解析により、板厚中心部(板厚中心位置から鋼板の表方向および裏方向にそれぞれ板厚1/10程度の範囲)において、fccとbccとを区別して、1000個以上のbccの結晶粒の方位情報を測定し、級数展開法(harmonic series expansion)を用いたODF解析により求める。
【0042】
<ビッカース硬さの最大値と最小値との差であるΔHv:70以下>
本実施形態に係る熱延鋼板は、圧延方向に垂直な断面で、ビッカース硬さの最大値(Hvmax)と最小値(Hvmin)との差であるΔHv(Hvmax-Hvmin)が70以下であることが好ましい。ΔHvが大きくなると、外力負荷時にビッカース硬さが低い軟質部と、ビッカース硬さが高い硬質部との境界に応力が集中して亀裂の発生及び進展が促進され、熱延鋼板の穴広げ性が劣化する場合がある。特に優れた穴広げ性を得る場合、ΔHvは50以下であることがより好ましい。
【0043】
ビッカース硬さの最大値と最小値との差であるΔHvは以下の方法によって測定する。
熱延鋼板の板幅方向の中央部から、圧延方向に垂直な断面が測定面となるように、試験片を採取する。得られた試験片について、JIS Z 2244:2009に準拠して、試験力5gfでビッカース硬さ試験を行う。ビッカース硬さは、圧延方向に垂直な断面について、鋼板の表面から板厚の1/2深さの位置までを、0.05mmピッチで測定する。この方法で、少なくとも3つの試験片についてビッカース硬さ試験を行う。各試験片のビッカース硬さの最大値の平均値を算出することでHvmaxを得る。また、各試験片のビッカース硬さの最小値の平均値を算出することでHvminを得る。得られたHvmaxからHvminを引くことで、ΔHv(Hvmax-Hvmin)を得る。
【0044】
<引張強度:980MPa以上>
自動車の軽量化への貢献を考慮し、本実施形態に係る熱延鋼板では、引張強度が980MPa以上である高強度鋼板であることを前提とする。引張強度は、好ましくは990MPa以上であり、より好ましくは1080MPa以上であり、さらに好ましくは1180MPa以上である。
引張強度の上限は規定する必要はないが、引張強度が高くなると伸びが低下することが懸念されるので、引張強度を1470MPa以下としてもよい。または、1270MPa以下としてもよい。
また、本実施形態に係る熱延鋼板では、引張強度(TS)と穴広げ率(λ)との積であるTS×λが、38000MPa・%以上であることを目標とする。TS×λは、40000MPa・%以上がより好ましく、50000MPa・%以上であることがさらに好ましい。
【0045】
引張強度(TS)は、長手方向が熱延鋼板の圧延方向と平行または垂直になるように切り出したJIS5号試験片に対し、JIS Z 2241:2011に準拠して引張試験を行い、得られた応力-歪曲線より、求める。また、穴拡げ率は、穴拡げ試験を、JIS Z 2256:2010に準拠して行い、測定する。
【0046】
<亜鉛めっき層>
本実施形態に係る熱延鋼板は、表面に亜鉛めっき層を有していてもよい。
本実施形態に係る熱延鋼板が備える亜鉛めっき層は、溶融亜鉛めっきによって形成された亜鉛めっき層(溶融亜鉛めっき層)であってもよく、亜鉛めっき層に合金化処理を行って形成される合金化亜鉛めっき層であってもよい。
本実施形態に係る熱延鋼板が備える亜鉛めっき層は、Feを7.0質量%未満含有し、Niを0.5~2.0g/m2含有することが好ましい。また、亜鉛めっき層が合金化亜鉛めっき層である場合には、Feを7.0~15.0質量%含有し、Niを0.5~2.0g/m2含有することが好ましい。本実施形態では、合金化処理を行わない場合と、合金化処理を行う場合とで、亜鉛めっき層中のFe含有量の好ましい範囲が異なる。
【0047】
Fe含有量:7.0質量%未満または7.0~15.0質量%
まず、合金化処理を行う場合について説明する。表面に亜鉛めっき層を有する亜鉛めっき鋼板に合金化処理を施すことによって、めっき層が合金化し、スポット溶接性および塗装性がより向上する。具体的には、鋼板を溶融亜鉛めっき浴に浸漬した後、合金化処理を施すことで、亜鉛めっき層中にFeが取り込まれ、亜鉛めっき層中のFe濃度が7.0質量%以上となり、スポット溶接性および塗装性に優れた合金化溶融亜鉛めっき鋼板を得ることができる。一方、Fe含有量が15.0質量%を超えると、亜鉛めっき層の密着性が劣化し、加工時に亜鉛めっき層が破壊・脱落して金型に付着することで、亜鉛めっき鋼板に疵が発生する。したがって、合金化処理を行って得られる合金化亜鉛めっき層中のFe含有量の範囲は7.0~15.0質量%とすることが好ましい。より好ましくは、8.0質量%以上、または14.0質量%以下である。
合金化処理を行わない場合、亜鉛めっき層中のFe含有量は7.0質量%未満となることが好ましい。亜鉛めっき層中のFe含有量が7.0質量%未満であっても、亜鉛めっき鋼板は耐食性、成形性および穴拡げ性に優れる。合金化処理を行わない場合の亜鉛めっき層中のFe含有量の下限は特に限定しないが、実操業上、下限は1.0質量%としてもよい。合金化処理を省略することで、経済性及び製造性に優れる。
【0048】
Ni含有量:0.5~2.0g/m2
本実施形態に係る熱延鋼板が備える亜鉛めっき層(合金化亜鉛めっき層を含む)は、Niを0.5~2.0g/m2含有することが好ましい。亜鉛めっき層中のNi含有量が0.5g/m2未満または2.0g/m2超では、良好な密着性及び合金化促進効果が十分に得られない場合がある。
めっき層中のNi含有量は、Niプレめっき等によって調整することができる。
【0049】
Al含有量:0.1~1.0質量%
亜鉛めっき浴内での合金化反応を制御するために亜鉛めっき浴にはAlが添加される。そのため、亜鉛めっき層中には少量のAlが含まれる。亜鉛めっき層中のAl含有量が0.1質量%未満、または1.0質量%超であると、亜鉛めっき浴内での合金化反応を制御できず、亜鉛めっき層を適正に合金化させることができない場合がある。そのため、亜鉛めっき層中のAl含有量は0.1~1.0質量%が好ましい。
【0050】
上述した亜鉛めっき層中のFeおよびAlの含有量は、インヒビターを添加した5%HCl水溶液で亜鉛めっき層のみを溶解除去し、ICPにて溶解液中のFeおよびAlの含有量(質量%)を測定することで得る。亜鉛めっき層中のNi含有量(g/m2)については、上記と同様にして亜鉛めっき層中のNiの含有量(質量%)を測定し、併せて亜鉛めっきの付着量(g/m2)を測定することで得る。
【0051】
本実施形態に係る亜鉛めっき層のめっき付着量については特に限定しないが、耐食性の観点から、片面付着量で5g/m2以上とすることが好ましい。
本実施形態に係る亜鉛めっき鋼板上に塗装性、溶接性をより向上する目的で上層めっきを施すことや、各種の処理、例えば、クロメート処理、りん酸塩処理、潤滑性向上処理、溶接性向上処理等を施しても、本発明を逸脱するものではない。
【0052】
次に製造条件の限定理由について述べる。
本実施形態に係る熱延鋼板は、以下の工程を含む製造方法によって製造できる。
(I)所定の化学組成を有する鋳造スラブを直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する加熱工程、
(II)前記加熱工程後の鋳造スラブに対し、熱間圧延を行って熱延鋼板とする熱間圧延工程、
(III)前記熱間圧延工程後の熱延鋼板を、100℃以下の温度域にて巻き取る巻き取り工程。
また、圧延方向に垂直な断面でのΔHvをより小さくする場合、以下の工程をさらに含むことが好ましい。
(IV)前記巻き取り工程後の前記熱延鋼板に、伸び率0.7%以上の調質圧延を行う調質圧延工程、
(V)前記調質圧延後の430~560℃まで加熱する焼き戻し処理を行う焼き戻し工程。
ただし、熱延鋼板を表面に亜鉛めっき層を有する亜鉛めっき鋼板とする場合には、上記工程(V)の代わりに、以下の工程(V’)を行うことが好ましい。
(V’)前記熱延鋼板に、Niプレめっきを行い、20℃/秒以上の昇温速度で430~480℃まで加熱後、溶融亜鉛めっきする溶融亜鉛めっき工程。
また、熱延鋼板の表面の亜鉛めっき層を合金化亜鉛めっき層とする場合には、上記工程(V’)の後に、さらに以下の工程(VI)を行うことが好ましい。
(VI)亜鉛めっき層を有する熱延鋼板に、470~560℃で10~40秒の合金化処理を行う合金化工程。
【0053】
以下、各工程の好ましい条件について説明する。
本実施形態に係る熱延鋼板の製造においては、加熱工程に先行する製造工程は特に限定するものではない。すなわち、高炉や電炉等による溶製に引き続き、各種の二次製錬を行い、次いで、通常の連続鋳造、インゴット法による鋳造、または薄スラブ鋳造などの方法で鋳造すればよい。連続鋳造の場合には、鋳造スラブを一度低温まで冷却したのち、再度加熱してから熱間圧延してもよいし、鋳造スラブを低温まで冷却せずに、鋳造後にそのまま熱延してもよい。原料にはスクラップを使用しても構わない。
【0054】
<加熱工程>
加熱工程では、鋳造スラブを直接または一旦冷却した後、1350℃以上1400℃以下に加熱する。
加熱温度が1350℃未満では硫化物の溶解が不十分となることによって、未溶解の硫化物が残存する。この硫化物は熱間圧延時に圧延方向に延びて、異方性が大きくなる原因となる。そのため、加熱温度は1350℃以上とする。好ましくは、加熱温度は1350℃超である。
一方、加熱温度が1400℃を超えるとスケールの生成が激しくなり表面性状が悪くなるとともに、結晶粒が粗大化して熱延鋼板の強度や低温靱性が低下する。そのため、加熱温度は1400℃以下とする。
【0055】
<熱間圧延工程>
<巻き取り工程>
熱間圧延工程では、鋳造スラブに対し、仕上げ圧延温度が1000℃以上となるように圧延を行い、圧延後、0.10秒以内に冷却(第1冷却)を開始する。第1冷却では、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上温度が低下するように冷却を行う。
第1冷却後は、Ar3変態点以上の温度で、5%以上20%以下の圧下率の軽圧下圧延を行い、その後、軽圧下圧延の完了から200℃以下の冷却停止温度までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように第2冷却を行う。これによりスラブを熱延鋼板とする。
【0056】
仕上げ圧延温度が1000℃未満になると集合組織が発達し組織の異方性が大きくなる。そのため、仕上げ圧延温度は1000℃以上とする。
一方、仕上げ圧延温度が1100℃を超えると結晶粒が粗大となる。そのため仕上げ温度は1100℃以下とすることが好ましい。
【0057】
仕上げ圧延後、冷却開始までの時間(仕上げ圧延完了~冷却開始の時間)が0.10秒を超えるか第1冷却の平均冷却速度が100℃/秒未満であるか、冷却による温度低下代が50℃未満であると、所望の硫化物が得られず、靱性が低下する。そのため、第1冷却では、仕上げ圧延後0.10秒以内に冷却を開始し、100℃/秒以上の平均冷却速度で50℃以上冷却する(温度低下が50℃以上となる)。第1の冷却では、引き続いて行う軽圧下をAr3変態点温度以上で行うため、冷却停止温度はAr3変態点以上とすることが好ましい。第1の冷却の平均冷却速度の上限は限定する必要はないが、設備等を考慮し、1000℃/秒以下としてもよい。
仕上げ圧延後0.10秒以内に冷却する場合、例えばタンデム圧延機のスタンド間の冷却装置を用いて冷却する等の方法が例示される。
本実施形態では、後述する軽圧下によって、硫化物を微細に析出させる。軽圧下工程の前に硫化物が析出していると圧下によって硫化物が伸ばされ、アスペクト比が大きくなるので、圧延及び第1冷却を制御し、軽圧下工程の前に硫化物が析出しないように制御する。
【0058】
本実施形態に係る熱延鋼板の製造方法では、上述した第1冷却の完了後、硫化物を微細に析出させるため、Ar3変態点以上の温度で、5%以上20%以下の圧下率の圧延(軽圧下圧延)を行う。
軽圧下圧延温度がAr3変態点未満であると、フェライトが生成する。したがって、軽圧下圧延温度は、フェライトの生成を抑制するためにAr3変態点以上とする。また、軽圧下圧延の圧下率が5%未満では硫化物を微細析出させる効果が十分に得られず、圧下率が20%を超えると異方性が大きくなる。そのため、軽圧下圧延の圧下率を5%以上20%以下とする。
ここで、Ar3変態点は、富士電波工機(株)社製、全自動変態記録測定装置などを用いて、所定の形状の試験片を950℃×30分加熱後、30℃/秒の速度で冷却し、膨張曲線を測定することで測定できる。
【0059】
軽圧下圧延を行った後、軽圧下圧延完了温度から200℃以下までの平均冷却速度が50℃/秒以上となるように、巻き取り温度まで冷却し、100℃以下の温度域にて巻き取る。圧延完了温度から200℃以下の温度までの冷却速度が50℃/秒未満であるか巻き取り温度(冷却停止温度)が100℃超であると残留オーステナイトやフェライトやベイナイトが多量に生成し、マルテンサイトの体積分率を99%以上とすることができない。
【0060】
<調質圧延工程>
巻き取り後、鋼板の形状矯正、降伏点伸びの防止及び板厚方向の硬さ分布の均質化を目的として、調質圧延を行ってもよい。形状の矯正及び降伏点伸びの防止の観点では、伸び率が0.2%以上であることが好ましい。また、板厚方向の硬さ分布の均質化の観点からは、伸び率が0.7%以上であることが好ましい。伸び率が0.7%未満では、上記効果が十分に得られない。一方、伸び率が3.0%を超えると降伏比が大幅に増大するとともに伸びが劣化するので、調質圧延を行う場合、伸び率は3.0%以下とすることが好ましい。
調質圧延時の伸び率は、例えば、入側ペイオフリールの回転数と出側テンションリールの回転数との差から求めることができる。
【0061】
<酸洗工程>
必要に応じて、熱間圧延時に生成したスケールを除去するために、熱間圧延後または調質圧延後に酸洗を行ってもよい。酸洗を行う場合、酸洗条件は公知の条件でよい。
【0062】
<焼き戻し工程>
本実施形態に係る熱延鋼板は、ΔHvを50以下に制御する場合であって、亜鉛めっき層を形成しない場合には、調質圧延を行った後、または調質圧延後に酸洗を行った後、430~560℃の温度域まで加熱する焼き戻し処理を行うことが好ましい。
加熱温度が430℃未満では焼き戻しが不十分のため所望の組織が得られない。一方、加熱温度が560℃を超えると、残留オーステナイトが分解してフェライトおよびセメンタイトが生成して、最終的に得られる鋼板の金属組織が不均質な組織となり、板厚方向の硬さ分布が不均質になる。
【0063】
<亜鉛めっき工程>
本実施形態に係る熱延鋼板は、ΔHvを50以下に制御する場合であって、表面に亜鉛めっき層を形成する場合には、調質圧延を行った後、または調質圧延後に酸洗を行った後、上述した焼き戻し工程の代わりに、亜鉛めっき工程を行う。この亜鉛めっき工程では、まず、Niプレめっきを行い、Niプレめっきを行った後、20℃/秒以上の平均昇温速度で430~480℃の温度域まで加熱後、例えば溶融亜鉛めっき浴中で亜鉛めっきを行うことで、亜鉛めっき鋼板を得る。ここでいう温度は、鋼板の表面温度である。
溶融亜鉛めっきを行う前の平均昇温速度が20℃/秒未満では、調質圧延により導入された歪が緩和され、合金化促進効果が得られなくなる。溶融亜鉛めっきを行う前の加熱温度が430℃未満では溶融亜鉛めっき時に不めっきを生じやすい。溶融亜鉛めっきを行う前の加熱温度が480℃を超えると、調質圧延により導入された歪が緩和され合金化促進効果が得られなくなる。また、引張強度が低下する場合がある。合金化を行わない場合、合金化を行った場合に比べてプレス成形性、溶接性、塗装耐食性が劣る。
Niプレめっきの方法は電気めっき、浸漬めっき、スプレーめっきのいずれでもよく、めっき付着量は1.0~4.0g/m2程度が好ましい。Niプレめっきを行わない場合には、合金化促進効果が得られず、合金化温度を高くせざるを得ないので、亜鉛めっき鋼板において穴拡げ性の向上効果を得ることが出来ない。
【0064】
<合金化工程>
亜鉛めっきを行った後の熱延鋼板を、必要に応じて、470~560℃の温度域で10~40秒保持する合金化処理を行ってもよい。これにより、亜鉛めっき層中のFe濃度を高めて7.0質量%以上とすることで、亜鉛めっき鋼板のスポット溶接性および塗装性をより向上させることができる。合金化処理時の温度が470℃未満では、合金化が不十分となる。合金化処理時の温度が560℃を超えると、残留オーステナイトが分解してセメンタイトが生成することにより、所定のミクロ組織が得られず、延性や強度が低下する。また、十分な穴拡げ性が得られない場合がある。合金化処理を行う時間については、合金化温度とのバランスで決まるが、10~40秒の範囲が望ましい。合金化処理を行う時間が10秒未満では合金化が進みにくく、40秒を超えると残留オーステナイトが分解してセメンタイトが生じることにより所定のミクロ組織が得られず、十分な穴拡げ性の向上効果が得られない場合がある。
【0065】
焼き戻し工程または亜鉛めっき工程または合金化工程の後、最終的に得られる熱延鋼板の形状矯正及び降伏点伸びの防止を目的として、伸び率0.2~1.0%の調質圧延をさらに行ってもよい。伸び率が0.2%未満では上記効果が十分に得られず、伸び率が1.0%を超えると降伏比が大幅に増大するとともに伸びが劣化する。
【実施例】
【0066】
以下、実施例により本発明の効果をさらに具体的に説明する。これらの実施例は、本発明の効果を確認するための一例であり、本発明を限定するものではない。
【0067】
表1-1、表1-2に示す化学組成の鋼を鋳造し、表2-1、表2-2、表4-1、表4-2、表6-1~表6-4に示す条件で加熱、圧延、第1冷却、軽圧下圧延、第2冷却、巻取り処理を行った。表6-1~表6-4中の加熱温度は、鋳片の加熱温度、圧延完了温度は第1冷却前の熱間圧延の仕上げ温度を示す。
その後、表2-1、表2-2のNo.1~24については、表2-2に示す条件で、調質圧延、Niプレめっき、溶融亜鉛めっきおよび合金化処理を行うことで、表3-1、表3-2に示す亜鉛めっき熱延鋼板(合金化溶融亜鉛めっき熱延鋼板)を得た。
また、表4-1、表4-2のNo.25~46については、表4-1、表4-2に示す条件で、調質圧延、Niプレめっきおよび溶融亜鉛めっき(片面45g/m2で両面に)を行うことで、表5-1、表5-2に示す亜鉛めっき熱延鋼板(溶融亜鉛めっき熱延鋼板)を得た。
また、表6-1~表6-4のNo.47~88については、一部の鋼板について、表6-1~表6-4に示す条件で、調質圧延および焼き戻し処理を行うことで、表7-1~表7-4に示す熱延鋼板(亜鉛めっき無しの熱延鋼板)を得た。
最終的に得られた亜鉛めっき熱延鋼板および熱延鋼板はいずれも、板厚は5.0mmであった。また、最終的に得られた亜鉛めっき熱延鋼板および熱延鋼板の旧オーステナイト粒径は、No.13、No.37、No.59、No.81を除いていずれも12μm以上100μm以下の範囲内であった。No.13、No.37、No.59、No.81の旧オーステナイト粒径は、100μm超であった。
【0068】
得られた溶融亜鉛めっき熱延鋼板または熱延鋼板のマルテンサイト(フレッシュマルテンサイト及び焼き戻しマルテンサイト)、残留オーステナイト、フェライト及びその他の各組織分率、旧オーステナイト粒の平均アスペクト比、旧オーステナイト粒径、面積が1.0μm2以上の硫化物のうちアスペクト比が3.0超の硫化物の割合、{211}<011>方位の極密度、ビッカース硬さの最大値と最小値との差であるΔHv、並びに、亜鉛めっき層のFe含有量、Ni含有量およびAl含有量を上述の方法で評価した。
【0069】
また、機械的特性として、JIS Z 2241:2011に準拠して、L方向(圧延方向)及びC方向(圧延方向に垂直な方向)からJIS5号引張試験片を採取し、引張試験を行った。引張試験の応力-歪曲線より、引張強度(TS)、全伸び(EL)を求めた。
靱性はL方向及びC方向から5mm幅(×10mm×55mm長さ)のサブサイズVノッチシャルピー試験片を採取し、シャルピー試験をJIS Z 2242:2018に準拠して行って評価した。
引張強度(L方向及びC方向)が980MPa以上、全伸びが10.0%以上、-40℃でのシャルピー吸収エネルギー(vE-40℃)(L方向及びC方向)が50J/cm2以上であれば、高強度でかつ、優れた延性、優れた靭性を有すると判断した。
また、C方向の引張強度(TS)と穴広げ率(λ)との積が、TS(MPa)×λ(%)≧38000MP・%であれば良好な穴広げ性を有し、TS(MPa)×λ(%)≧40000MPa・%であれば、優れた穴広げ性を有すると判断した。
また、それぞれの特性値のC方向の値に対するL方向の値の比(L方向の値/C方向の値)が0.90以上1.10以下であれば異方性が小さいと判断した。
【0070】
めっき外観は目視観察により不めっきの有無を判定した。目視により不めっきが観察されなかった場合、めっき外観に優れるとして合格と判定した。不めっきがある場合、めっき鋼板としての実用性に劣るとして不合格であると判断した。
【0071】
亜鉛めっき層の密着性は、円筒深絞り試験(ポンチ径:40mm、BHF(Blank Holder Force):1ton、絞り比:2.0)を行ったサンプルについて、溶剤で脱脂した後、側面をテープ剥離し、テープの黒化度を測定した。黒化度は明度(L値)を測定し、ブランクテープのL値との差異を黒化度とした。黒化度が30%未満の場合を合格と判定し、表中の密着性の欄に「OK」と記載した。黒化度が30%以上の場合を不合格と判定し、表中の密着性の欄に「NG」と記載した。
【0072】
それぞれの結果を表3-1、表3-2、表5-1、表5-2、表7-1~表7-4に示す。
【0073】
表3-2、表5-2に示すFe含有量とは、亜鉛めっき層中のFe含有量を示している。合金化処理を行った表3-1、表3-2の合金化溶融亜鉛めっき鋼板(本発明例)では、Fe含有量が7.0~15.0質量%となっており、合金化が十分に進んだことを示している。合金化処理を行わなかった表5-1、表5-2の溶融亜鉛めっき鋼板(本発明例)では、Fe含有量が7.0質量%未満となっている。
【0074】
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
【0079】
【0080】
【0081】
【0082】
【0083】
【0084】
【0085】
【0086】
【0087】
【0088】
【0089】
【0090】
【0091】
【0092】
表1-1~表7-4を見ると、本発明例の鋼板はいずれも目標とする特性が得られていることが分かる。一方、化学組成または製造方法が本発明の範囲外であった比較例は、いずれか1つ以上の特性が劣っていることが分かる。