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特許7372652アクセプター材料、π共役系ホウ素化合物の製造方法および電子装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-24
(45)【発行日】2023-11-01
(54)【発明の名称】アクセプター材料、π共役系ホウ素化合物の製造方法および電子装置
(51)【国際特許分類】
   H10K 50/10 20230101AFI20231025BHJP
   H10K 50/16 20230101ALI20231025BHJP
   H10K 30/50 20230101ALI20231025BHJP
   C07F 5/02 20060101ALI20231025BHJP
【FI】
H05B33/14 A
H05B33/22 B
H10K30/50
C07F5/02 A
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2019149079
(22)【出願日】2019-08-15
(65)【公開番号】P2021031391
(43)【公開日】2021-03-01
【審査請求日】2022-03-15
(73)【特許権者】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(74)【代理人】
【識別番号】110002066
【氏名又は名称】弁理士法人筒井国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】三柴 健太郎
(72)【発明者】
【氏名】穐田 宗隆
(72)【発明者】
【氏名】田中 裕也
【審査官】宮田 透
(56)【参考文献】
【文献】特開2004-099464(JP,A)
【文献】国際公開第2007/072691(WO,A1)
【文献】特開2004-199875(JP,A)
【文献】特開2007-299852(JP,A)
【文献】Zheng Yuan et al.,Third-order nonlinear optical properties of organoboron compounds: molecular structures and second hyperpolarizabilities,Applied Organometallic Chemistry,1996年,10巻,305-316頁
【文献】Christopher D. Entwistle et al.,Syntheses, structures, two-photon absorption cross-sections and computed second hyperpolarisabilities of quadrupolar A-π-A systems containing E-dimesitylborylethenyl acceptors,Journal of Materials Chemistry,2009年,19巻,7532-7544頁
【文献】Zheng Yuan et al.,Linear and nonlinear optical properties of three-coordinate organoboron compounds,Journal of Solid State Chemistry ,2000年,154巻,5-12頁
【文献】Philipp Niermeier et al.,Bidentate Boron Lewis Acids: Selectivity in Host-Guest Complex Formation,Angewandte Chemie, International Edition,2019年01月,58巻,1965-1969
【文献】Zheng Yuan et al.,Synthesis, crystal structures, linear and nonlinear optical properties, and theoretical studies of (p-R-phenyl)-, (p-R-phenylethynyl)-, and (E)-[2-(p-R-phenyl)ethenyl]dimesitylboranes and related compounds,Chemistry - A European Journal,2006年,12巻,2758-2771頁
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07F
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジアリールボリルエチニル基で置換されたアセンまたはアセン誘導体からなるπ共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料。
前記アセン誘導体は、アセンの前記ジアリールボリルエチニル基で置換されている炭素原子以外の炭素原子に結合する水素原子の一部または全部が、ハロゲン原子、シアノ基、または、アルキル基に置換されているものである)
【請求項2】
請求項1に記載のπ共役系ホウ素化合物において、
前記π共役系ホウ素化合物は、以下の(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物であって、
Arは、前記アセンまたはアセン誘導体であり、
~R10は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、アルキル基、あるいは、一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基のいずれかである、π共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料。
【化1】
【請求項3】
請求項2に記載のπ共役系ホウ素化合物において、
、R、R、R、RおよびR10は、前記アルキル基、あるいは、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である、π共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料。
【請求項4】
請求項2に記載のπ共役系ホウ素化合物において、
~RおよびR~Rは、前記アルキル基、あるいは、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である、π共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料。
【請求項5】
請求項1に記載のπ共役系ホウ素化合物において、
前記π共役系ホウ素化合物は、以下の(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物であって、
Arは、前記アセンまたはアセン誘導体であり、
~R20は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、アルキル基、あるいは、一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基のいずれかである、π共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料。
【化3】
【請求項6】
請求項5に記載のπ共役系ホウ素化合物において、
、R、R、R、R、R10、R11、R13、R15、R16、R18およびR20は、前記アルキル基、または、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である、π共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料。
【請求項7】
請求項5に記載のπ共役系ホウ素化合物において、
~R、R~R、R12~R14およびR17~R19は、前記アルキル基、または、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である、π共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料。
【請求項8】
請求項2または5に記載のπ共役系ホウ素化合物において、
前記アルキル基の炭素数、および、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基の炭素数は、1以上20以下である、π共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか1項に記載のπ共役系ホウ素化合物において、
前記ジアリールボリルエチニル基は、アセンまたはアセン誘導体を構成する炭素原子のうち、フロンティア軌道係数の最も大きい炭素原子上の水素原子と置換されている、π共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料。
【請求項10】
請求項1~9のいずれか1項に記載のπ共役系ホウ素化合物を含むアクセプター材料を有する、電子装置。
【請求項11】
請求項10に記載の電子装置において、
第1電極と、前記第1電極の上方に設けられた電荷輸送層と、前記電荷輸送層の上方に設けられた第2電極と、を有し、
前記電荷輸送層は、ドナー材料と前記アクセプター材料とが混合された層である、電子装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規なπ共役系ホウ素化合物、π共役系ホウ素化合物の製造方法および電子装置に関し、特に、アクセプター材料として好適に用いられるπ共役系ホウ素化合物およびその製造方法、ならびに、このπ共役系ホウ素化合物を用いた電子装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、有機EL、有機薄膜太陽電池または有機電界効果トランジスタ等のフレキシブルな電子装置(電子デバイス)に利用できる軽量かつ柔軟な有機エレクトロニクス材料が注目されている。
【0003】
このような電子装置において、電子豊富である有機ドナー(電子供与体)材料と、電子不足である有機アクセプター(電子受容体)材料とが用いられる。より具体的には、有機アクセプター材料は、有機ELの電荷輸送材料、有機薄膜太陽電池および有機電界効果トランジスタのn型半導体材料等に用いられる。
【0004】
有機アクセプター材料として、大気中で安定なフラーレン系化合物が用いられることが多い。しかしながら、フラーレン系化合物は球状であり、基板または平面状分子等との相互作用を大きくすることができない。また、フラーレン系化合物は、有機溶媒への溶解性が低く、印刷等の湿式プロセスでの電子装置の製造に課題がある。
【0005】
そこで、平面状の有機アクセプター材料として、例えば特許文献1および非特許文献1には、電子受容性の大きな空軌道を有するホウ素を含むトリアリールボランを平面化したプラナーボランと呼ばれるπ共役系ホウ素化合物が記載されている。また、非特許文献2,3には、ホウ素を含むジアリールボリル基の1つであるジメシチルボリル基を導入したπ共役系ホウ素化合物が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2017/164093号
【非特許文献】
【0007】
【文献】Z. Zhou, A. Wakamiya, T. Kushida, S. Yamaguchi, J. Am. Chem. Soc., 2012, 134 (10), 4529-4532.
【文献】Z. Yuan, N. J. Taylor, R. Ramachandran, T. B. Marder, Applied Organometallic Chemistry, 1996, 10, 305-316.
【文献】C. Foerster, W. Seichter, A. Schwarzer, E. Weber, Supramolecular Chemistry, 2010, 22 (10), 571-581.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、平面形状で分子間相互作用に有利なπ電子系を有するアセン系分子(アセンおよびアセン置換体)に着目し、このアセン系分子にアクセプター性を付与することを検討している。
【0009】
本発明の目的は、新規なπ共役系ホウ素化合物、および、このπ共役系ホウ素化合物を適用した電子装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)本発明に係るπ共役系ホウ素化合物は、ジアリールボリルエチニル基で置換されたアセンまたはアセン誘導体からなる。
前記アセン誘導体は、アセンの前記ジアリールボリルエチニル基で置換されている炭素原子以外の炭素原子に結合する水素原子の一部または全部が、ハロゲン原子、シアノ基、または、アルキル基に置換されているものである
【0011】
(2)本発明の一態様では、前記π共役系ホウ素化合物は、以下の(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物であって、Arは、前記アセンまたはアセン誘導体であり、R~R10は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、アルキル基、あるいは、一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基のいずれかである。
【0012】
【化1】
【0013】
(3)本発明の一態様では、R、R、R、R、RおよびR10は、前記アルキル基、または、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。
【0014】
(4)本発明の他の一態様では、R~RおよびR~Rは、前記アルキル基、あるいは、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。
【0015】
(5)本発明の他の一態様では、前記π共役系ホウ素化合物は、以下の(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物であって、Arは、前記アセンまたはアセン誘導体であり、R~R20は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、アルキル基、あるいは、一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基のいずれかである。
【0016】
【化3】
【0017】
(6)本発明の一態様では、R、R、R、R、R、R10、R11、R13、R15、R16、R18およびR20は、前記アルキル基、あるいは、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。
【0018】
(7)本発明の他の一態様では、R~R、R~R、R12~R14およびR17~R19は、前記アルキル基、あるいは、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。
【0019】
(8)本発明の他の一態様では、前記アルキル基の炭素数、および、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基の炭素数は、1以上20以下である。
【0020】
(9)本発明の他の一態様では、前記π共役系ホウ素化合物を構成するアルキニル基は、前記アセンまたはアセン誘導体を構成する炭素原子のうち、フロンティア軌道係数の最も大きい炭素原子上の水素原子と置換されている。
【0021】
(10)本発明に係る電子装置は、(1)~(9)のいずれか1つに記載のπ共役系ホウ素化合物をアクセプター材料として有する。
【0022】
(11)本発明の一態様では、第1電極と、第2電極と、前記第1電極と前記第2電極との間に設けられた電荷輸送層と、を有し、前記電荷輸送層は、ドナー材料と前記アクセプター材料とが混合された層である。
【0023】
(12)本発明に係るπ共役系ホウ素化合物の製造方法は、以下の(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物の製造方法であって、Arは、アセンまたはアセン誘導体であり、R~R10は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、アルキル基、あるいは、一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基のいずれかであり、以下の(反応式1)に示すように、アセンのモノエチニル化合物をリチオ化させた後に、ジアリールフルオロボランを反応させ、以下の(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物を生成させる。
【0024】
【化1】
【0025】
【化2】
【0026】
(13)本発明に係るπ共役系ホウ素化合物の製造方法は、以下の(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物の製造方法であって、Arは、アセンまたはアセン誘導体であり、R~R20は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、アルキル基、あるいは、一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基のいずれかであり、R11~R20は、それぞれR~R10と同じ置換基であり、以下の(反応式2)に示すように、アセンのジエチニル化合物をジリチオ化させた後に、ジアリールフルオロボランを反応させ、以下の(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物を生成させる。
【0027】
【化3】
【0028】
【化4】
【発明の効果】
【0029】
本発明によれば、新規なπ共役系ホウ素化合物、および、このπ共役系ホウ素化合物を適用した電子装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0030】
図1】一実施形態に係る電子装置の構成を模式的に示す断面斜視図である。
図2】一実施形態に係る電子装置の製造工程を示す要部断面図である。
図3】第1実施例のH-NMRスペクトルである。
図4】第2実施例のH-NMRスペクトルである。
図5】第1実施例の分子構造を示す模式図である。
図6】第2実施例の分子構造を示す模式図である。
図7】第1比較例および第2比較例の分子構造を示す模式図である。
図8】第1実施例および第2実施例のフロンティア軌道を示す模式図である。
図9】第1実施例および第2実施例を含む分子に係る最低空軌道のエネルギー準位を示す模式図である。
図10】第1実施例~第8実施例に係る最低空軌道のエネルギー準位を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0031】
(検討事項)
実施の形態を説明する前に、本発明者らが検討した事項について説明する。
【0032】
前述したように、本発明者らは、平面形状で分子間相互作用に有利なπ電子系を有するアセン系分子に着目し、このアセン系分子にアクセプター性を付与することを検討した。
【0033】
アセン(ポリアセン、オリゴアセン)は、複数のベンゼン環が直線状に縮合した構造を持つ炭化水素の総称であり、次の一般式(式1)で示される。
【0034】
4n+22n+4(nは2以上の整数)・・・(式1)
アセンの具体的な例としては、ナフタレン(n=2)、アントラセン(n=3)、テトラセン(n=4)、ペンタセン(n=5)等である。
【0035】
アセン系分子は、分子間相互作用および分子-基板間相互作用に有利な大きく平面状に広がったπ電子系を有し、かつ、狭い最高占有軌道(Highest Occupied Molecular Orbital:HOMO)-最低空軌道(Lowest Unoccupied Molecular Orbital:LUMO)ギャップを有するため、有機半導体材料として期待されている。しかし、アセン系分子は電子豊富であるため、ドナー性の化合物として振る舞う。
【0036】
そこで、本発明者らは、アセン系分子にアクセプター性を付与するため、ホウ素を含む置換基をアセン系分子に導入することを検討した。
【0037】
13族元素であるホウ素は、価電子が3つであり、これらの価電子を共有結合に用いる3配位性ホウ素化合物(ボラン類)は、カルボカチオンと等電子構造の電子不足化合物であり、ホウ素原子上に電子受容性の大きな空のp軌道を有する。この空のp軌道は、π共役分子のLUMOである反結合性π軌道(π)と強く相互作用(p-π相互作用)することが知られている。そのため、π共役系化合物にボラン類を置換基として導入することで、π共役系化合物の母骨格のLUMO準位を安定化し、電子不足ホウ素に起因するアクセプター性をπ共役系全体に付与できると考えられる。
【0038】
ここで、アセンにボラン類を置換基として導入するにあたり、本発明者らが確認した課題について説明する。
【0039】
一般的にボラン類は、ホウ素中心が求核攻撃を受けやすいため、嵩高いアリール基を有するアリールボラン(より具体的には、ジアリールボリル基)として利用される。そのため、本発明者らは、前述の非特許文献2,3に記載されたπ共役系ホウ素化合物であるジアリールボリル基の1つであるジメシチルボリル基を導入したアントラセンに着目した。以下、アントラセンのジメシチルボリル基による一置換体をB1(化学式11)、同じく二置換体をB2(化学式12)とする。
【0040】
【化15】
【0041】
【化16】
【0042】
しかしながら、B1およびB2に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、アセン系分子が大きなπ平面を有し、かつ、ジアリールボリル基が嵩高いために、これらが立体障害を避けるためアセン環と3配位ホウ素平面とが互いに捻れた構造をとること、具体的にはアセン環と3配位ホウ素平面とがなす二面角φが45°以上となることが判明した(後述の図7および表1参照)。すなわち、B1およびB2に係るπ共役系ホウ素化合物では、アセンの反結合性π軌道とホウ素のp軌道との間のp-π相互作用を大きくすることができず、LUMOがホウ素原子上に局在化してしまうことが判明した。従って、B1およびB2に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、電子不足ホウ素に起因するアクセプター性をπ共役系全体に付与することができない。
【0043】
なお、前述の特許文献1および非特許文献1に記載されたπ共役系ホウ素化合物は、以下のB3(化学式13)、B4(化学式14)およびB5(化学式15)で示される化合物である。
【0044】
【化17】
【0045】
【化18】
【0046】
【化19】
【0047】
B3~B5に係るπ共役系ホウ素化合物は、ホウ素原子アリールボラン(トリアリールボラン)をσ結合で平面固定したものであり、確かにアリール基のπ平面と3配位ホウ素平面とを同一平面上に配置させているが、この手法では、前述したB1およびB2のように、アリールボランを置換基として、アセンに導入することはできない。
【0048】
以上より、アリールボランを置換基としてアセンに導入する場合において、アセン環と3配位ホウ素平面との間の捻れを抑制し、電子不足ホウ素に起因するアクセプター性をπ共役系全体に付与することが望まれる。
【0049】
(実施の形態)
以下、本発明の一実施の形態を、図面に基づいて詳細に説明する。なお、本発明の実施形態として、第1実施形態および第2実施形態(以下、これらをまとめて本実施の形態という場合がある。)の2つの実施形態を説明する。
【0050】
<第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物の特徴および効果>
第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物は、ジアリールボリルエチニル基で置換されたアセンまたはアセン誘導体(アセン置換体)からなる。より具体的には、第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物は、以下の(化学式1)に示すアセン置換体からなるπ共役系ホウ素化合物である。
【0051】
【化1】
【0052】
(化学式1)において、Arは、アセンアセンまたはアセン誘導体であり、R~R10は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、アルキル基、あるいは、一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。ここで、(化学式1)にいうAr(アセンまたはアセン誘導体)には、アセンを構成する炭素原子のうち、エチニル基が結合している炭素原子以外の炭素原子の全てに水素原子が結合しているもの(アセン一置換体)だけでなく、エチニル基が結合している炭素原子以外の炭素原子に結合する水素原子の一部または全部が、ハロゲン原子、シアノ基、または、アルキル基に置換されているものも含む。
【0053】
すなわち、(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物は、アセンにエチニル基(sp混成軌道を有する炭素2つ)を介してジアリールボリル基を接続(連結、結合)させた、全く新しいアセン置換体である。いいかえれば、アセンとジアリールボリル基とをアセチレン架橋させた化合物ともいえる。
【0054】
このように、アセンとジアリールボリル基との間を直線状かつ剛直なエチニル基によって接続することによって、アセンとジアリールボリル基との距離を離して立体障害を緩和し、アセン環と3配位ホウ素平面との間の捻れを抑制すること、具体的にはアセン環と3配位ホウ素平面とがなす二面角φを30°以下とすることができる。さらに、ジアリールボリル基のホウ素原子の空のp軌道と、エチニル基からアセンまで広がったπ共役系のLUMOである反結合性π軌道(π)とは、それぞれ互いに軌道対称性が合うため、軌道間相互作用が可能となる。従って、エチニル基を介して、アセン骨格から末端ホウ素原子までπ共役系を拡張させることができる。また、その結果、(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物のLUMOのエネルギー準位を、アセン単独のLUMOのエネルギー準位よりも深くすることができる。すなわち、電子不足ホウ素に起因するアクセプター性をπ共役系全体に付与することができる。
【0055】
その結果、第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、もともと電子豊富でありドナーとして用いられるアセンまたはアセン誘導体にアクセプター性を付与することができ、両性半導体(p/n)としての機能発現が期待できる。
【0056】
また、第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物は、分子全体が平面状となることから、分子間のπ-π相互作用(π-πスタッキング)が大きくなり、結晶構造(パッキング構造)を安定化させることができる。その結果、このπ共役系ホウ素化合物をアクセプター分子として用いた場合には、キャリア移動度の向上が期待できる。
【0057】
また、第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、好ましい形態として、R、R、R、R、RおよびR10は、前記アルキル基、または、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。こうすることで、ジアリールボリル基の熱的安定性を高めることができる。
【0058】
また、第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、好ましい形態として、R~RおよびR~Rは、前記アルキル基、または、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。こうすることで、置換基により装飾されたジアリールボリル基において、アリール基とアセンとの立体障害、および、アリール基同士の立体障害を大きくすることなく、π共役系ホウ素化合物全体として配向性を高めて、液晶性の発揮が期待できる。
【0059】
また、第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、好ましい形態として、前記アルキル基の炭素数、および、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基の炭素数は、1以上20以下である。こうすることで、ジアリールボリル基の熱的安定性と、π共役系ホウ素化合物全体としての配向性向上とを両立させることができる。
【0060】
また、以上の説明において、ジアリールボリル基の水素原子と置換されるハロゲン原子は、フッ素原子であることが好ましい。このように、ジアリールボリル基の水素原子を電子求引性の置換基に置換することで、(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物のLUMOのエネルギー準位をさらに深くすることができる。
【0061】
また、第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、好ましい形態として、前記π共役系ホウ素化合物を構成するエチニル基は、前記アセンを構成する炭素原子のうち、フロンティア軌道係数の最も大きい炭素原子上の水素原子と置換されている。具体的には、アセンがアントラセンであれば、エチニル基が9位または10位の炭素原子上の水素原子と置換されることが好ましい。アセンがテトラセンであれば、エチニル基が5位、6位、11位または12位のいずれか1つの炭素原子上の水素原子と置換されることが好ましい。アセンがペンタセンであれば、エチニル基が5位、6位、7位、12位、13位または14位のいずれか1つの炭素原子上の水素原子と置換されることが好ましい。
【0062】
<第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物の製造方法>
以下、第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物の製造(合成)方法について説明する。
【0063】
上記(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物は、以下の(反応式1)に示すように、アセンのモノエチニル化合物をリチオ化させた後に、ジアリールフルオロボランを反応させ、合成することができる。
【0064】
【化2】
【0065】
より具体的には、アセンのモノエチニル化合物をリチオ化させる際には、例えば、-95℃の脱水テトラヒドロフラン(以下、THFという。)中でn-ブチルリチウム(以下、BuLiという。)を1当量(より好ましくは1.1~1.2当量)作用させる。そして、リチオ化されたアセンのモノエチニル化合物を含むTHFにジアリールフルオロボランを1当量(より好ましくは1.1~1.3当量)添加し、-95℃から室温程度まで昇温させることで、上記(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物を得ることができる。
【0066】
以上で説明した、アセンにジアリールボリル基をエチニル基を介して導入する製造方法は、これまでに報告がなく、新規な製造方法である。そして、この製造方法によれば、複雑な工程を経ることなく、アセンにジアリールボリルエチニル基を容易に導入することができる。
【0067】
<第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物の特徴および効果>
第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物は、第1実施形態と同様に、ジアリールボリルエチニル基で置換されたアセンまたはアセン誘導体からなる。より具体的には、第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物は、以下の(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物である。
【0068】
【化3】
【0069】
(化学式2)において、Arは、アセンまたはアセン誘導体であり、R~R20は、それぞれ水素原子、ハロゲン原子、シアノ基、アルキル基、あるいは、一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。ここで、(化学式2)にいうAr(アセンまたはアセン誘導体)には、アセンを構成する炭素原子のうち、エチニル基が結合している炭素原子以外の炭素原子の全てに水素原子が結合しているもの(アセン二置換体)だけでなく、エチニル基が結合している炭素原子以外の炭素原子に結合する水素原子の一部または全部が、ハロゲン原子、シアノ基、または、アルキル基に置換されているものも含む。
【0070】
すなわち、(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物は、アセンにエチニル基(sp混成軌道を有する炭素2つ)を介して2つのジアリールボリル基を接続(連結、結合)させた、全く新しいアセン置換体である。いいかえれば、アセンと2つのジアリールボリル基とをアセチレン架橋させた化合物ともいえる。
【0071】
このように、アセンと2つのジアリールボリル基との間を直線状かつ剛直なエチニル基によって接続することによって、第1実施形態と同様に、アセンとジアリールボリル基との距離を離して立体障害を緩和し、アセン環と3配位ホウ素平面との間の捻れを抑制すること、具体的にはアセン環と3配位ホウ素平面とがなす二面角φを30°以下とすることができる。そして、第2実施形態では、エチニル基を介して、アセン骨格から2つの末端ホウ素原子までπ共役系を拡張させることができる。従って、第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、第1実施形態と同様に、電子不足ホウ素に起因するアクセプター性をπ共役系全体に付与することができる。
【0072】
その結果、第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、もともと電子豊富でありドナーとして用いられるアセン系分子にアクセプター性を付与することができ、両性半導体(p/n)としての機能発現も期待できる。
【0073】
また、第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物は、第1実施形態と同様に、分子全体が平面状となることから、分子間のπ-π相互作用(π-πスタッキング)が大きくなり、結晶構造(パッキング構造)を安定化させることができる。その結果、このπ共役系ホウ素化合物をアクセプター分子として用いた場合には、キャリア移動度の向上が期待できる。
【0074】
また、第2実施形態にあっては、(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物のLUMOのエネルギー準位を、アセン単独のLUMOのエネルギー準位よりも深くすることができ、さらには、第1実施形態の(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物のLUMOのエネルギー準位よりも深くすることができる。
【0075】
また、第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、好ましい形態として、R、R、R、R、R、R10、R11、R13、R15、R16、R18およびR20は、前記アルキル基、あるいは、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。こうすることで、第1実施形態と同様に、ジアリールボリル基の熱的安定性を高めることができる。
【0076】
また、第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物にあっては、好ましい形態として、R~R、R~R、R12~R14およびR17~R19は、前記アルキル基、あるいは、前記一部または全部の水素原子がハロゲン原子に置換されているアルキル基である。こうすることで、第1実施形態と同様に、置換基により装飾されたジアリールボリル基において、アリール基とアセンとの立体障害、および、アリール基同士の立体障害を大きくすることなく、π共役系ホウ素化合物全体として配向性を高めて、液晶性の発揮が期待できる。
【0077】
<第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物の製造方法>
以下、第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物の製造(合成)方法について説明する。
【0078】
上記(化学式2)のπ共役系ホウ素化合物は、以下の(反応式2)に示すように、アセンのジエチニル化合物をジリチオ化させた後に、ジアリールフルオロボランを反応させ、合成することができる。
【0079】
【化4】
【0080】
より具体的には、アセンのジエチニル化合物をジリチオ化させる際には、例えば、-95℃の脱水THF中でBuLiを2当量(より好ましくは2.1~2.2当量)作用させる。そして、ジリチオ化されたアセンのジエチニル化合物を含むTHFにジアリールフルオロボランを2当量(より好ましくは2.1~2.3当量)添加し、-95℃から室温程度まで昇温させることで、上記(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物を得ることができる。
【0081】
以上で説明した、アセンにジアリールボリル基をエチニル基を介して2つ導入する製造方法は、これまでに報告がなく、新規な製造方法である。そして、この製造方法によれば、複雑な工程を経ることなく、アセンにジアリールボリルエチニル基を容易に導入することができる。
【0082】
なお、第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物の製造方法にあっては、上記(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物において、R11~R20は、それぞれR~R10と同じ置換基であるものを例に説明した。この場合には、第1実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物の製造方法におけるアセンのモノエチニル化合物の代わりに、アセンのジエチニル化合物を準備し、対応する試薬の当量を合わせるのみで、容易に第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物を合成することができる。
【0083】
(π共役系ホウ素化合物の適用例)
以下、本実施の形態に係るπ共役系ホウ素化合物の適用例である電子装置について説明する。
【0084】
<電子装置の特徴および効果>
図1は、本実施の形態に係る電子装置の構成を模式的に示す断面斜視図である。本実施の形態に係る電子装置は、前述した第1実施形態および第2実施形態に係るπ共役系ホウ素化合物の適用例である。本実施の形態に係る電子装置は、ドナー(電子供与体)材料やアクセプター(電子受容体)材料として有機材料を用い、薄膜状の活性層を有することから、有機薄膜太陽電池とも呼ばれる。
【0085】
図1に示すように、本実施の形態に係る電子装置EDは、第1電極EL1と、第2電極EL2と、第1電極EL1と第2電極EL2との間に配置された活性層(電荷輸送層ともいう)ALと、を有している。
【0086】
第1電極EL1上に設けられた活性層ALは、ドナー材料DOとアクセプター材料ACとが混合された状態で存在する層である。活性層ALは、ドナー材料とアクセプター材料と溶媒(溶剤)との混合液を塗布することにより塗布層を形成した後、この塗布層を乾燥させるなどして固化することにより形成することができる。
【0087】
なお、第1電極EL1と活性層ALとの間にバッファ層を設けてもよい。また、活性層ALと第2電極EL2との間にバッファ層を設けてもよい。第1電極EL1および第2電極EL2は、導電性材料(導電体)からなり、第1電極EL1および第2電極EL2の少なくとも一方は、光透過性を有する。
【0088】
また、第1電極EL1は、基板(支持体)上に設けてもよい。この場合、基板としては、透明基板を用いることができる。透明基板としては、ガラス基板、プラスチックフィルム(フレキシブル基板)などを用いることができる。第1電極EL1としては、ITO(インジウム・スズ酸化物)やインジウム・亜鉛酸化物などを用いることができる。第2電極EL2としては、アルミニウム、銀などの金属や、この金属を含む合金などが用いられる。
【0089】
図1に示す本実施の形態に係るドナー材料DOとしては、アセン系分子やポルフィリン錯体、オリゴチオフェン等を用いることができる。そして、図1に示す本実施の形態に係るアクセプター材料ACとして、上記(化学式1)または(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物を用いる。このように、上記(化学式1)または(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物をアクセプター材料として用いることで、電子装置の特性の向上を図ることができる。
【0090】
また、図1に示すドナー材料DOとして、アセン系分子を用いることが好ましい。このように、ドナー材料DOとしてアセン系分子を、アクセプター材料ACとして、本実施の形態に係るπ共役系ホウ素化合物をそれぞれ採用すると、ドナー材料とアクセプター材料とを混在させた電荷移動層において、ドナー材料を構成する分子と、アクセプター材料を構成する分子との間のπ-π相互作用が大きくなる。その結果、ドナー材料とアクセプター材料との密着性が高まり、キャリア移動度を向上させることができる。
【0091】
<電子装置の製造方法>
電子装置(有機薄膜太陽電池)の製造方法の一例について以下に説明する。図2は、本実施の形態に係る電子装置の製造工程を示す断面図である。
【0092】
図2(a)に示すように、光透過性の基板SUB上に、第1電極EL1を形成する。例えば、基板SUB上に、導電体層として、ITO(インジウム・スズ酸化物、Indium Tin Oxide)を形成し、パターニングすることにより第1電極EL1を形成する。
【0093】
次いで、第1電極EL1上にバッファ層BUF1を形成する。例えば、導電性高分子溶液であるPEDOT:PSS(ポリ(4-スチレンスルホン酸)をドープしたポリ(3,4-エチレンジオキシチオフェン)水溶液を、基板上に塗布し、乾燥させることによりバッファ層BUF1を形成する。
【0094】
次に、図2(b)に示すように、バッファ層BUF1上に、活性層ALを形成する。まず、活性層の形成用の溶液を調整する。ドナー材料と、アクセプター材料を、溶媒に溶かし、必要に応じて添加剤を加える。添加剤は、例えば、ドナー材料やアクセプター材料の溶解性を高めるために用いられる。この活性層の形成用の溶液を、バッファ層BUF1上に塗布し、乾燥させることにより活性層ALを形成する。この後、必要に応じて、活性層ALに対し、アニール処理(熱処理)を行う。
【0095】
次に、図2(c)に示すように、活性層AL上に、バッファ層BUF2を形成する。例えば、活性層AL上に、バッファ層BUF2として、例えば、カルシウム層を真空蒸着法などを用いて形成する。
【0096】
次に、バッファ層BUF2上に、第2電極EL2を形成する。例えば、バッファ層BUF2上に、第2電極EL2用の導電体層として、例えば、アルミニウム層を真空蒸着法などを用いて形成する。
【0097】
前述したように、ドナー材料DOとしては、アセン系分子やポルフィリン錯体、オリゴチオフェン等を用いることができる。そして、図1に示す本実施の形態に係るアクセプター材料ACとして、上記(化学式1)または(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物を用いる。上記(化学式1)または(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物は、分子間のπ-π相互作用が大きく、結晶性が良好であるため、アニール処理を省略することができ、電子装置の製造コストを低減することができる。
【0098】
(実施例)
以下、第1実施例~第8実施例(以下、実施例1~実施例8)、第1比較例~第5比較例(以下、比較例1~比較例5)により、本実施の形態をさらに詳しく説明するが、本実施の形態は以下に示す実施例に限定されるものではない。
【0099】
<実施例1の構成>
実施例1は、以下の(化学式3)に示す9-(ジメシチルボリルエチニル)アントラセン(以下、AntBという。)である。
【0100】
【化5】
【0101】
すなわち、実施例1のAntBは、上記(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物において、Arがアントラセンであり、R、R、R、R、RおよびR10がいずれもメチル基であり、R、R、RおよびRがいずれも水素原子である実施例となる。
【0102】
<実施例1の製造方法>
実施例1の製造方法は、以下の(反応式3)に示す通りである。
【0103】
【化6】
【0104】
アルゴン雰囲気下、9-(エチニル)アントラセン153.7mg(0.760mmol)を量り取り、無水THF(15mL)に溶解させた。ここに-95℃で1.6mol/LのBuLiヘキサン溶液0.53mL(0.836mmol)を滴下して30分間攪拌した。得られた懸濁液に-95℃でジメシチルフルオロボラン(以下、FBMesという。)224.2mg(0.836mmol)のTHF溶液5mLを滴下して30分間攪拌し、ゆっくり室温まで昇温した。その後、室温で15時間攪拌後、青緑色に蛍光する反応溶液を減圧乾固し、残渣をジクロロメタン-ヘキサン混合溶媒(CHCl:C14=1:1、35mL×3回)で抽出した。抽出液を減圧乾固し、これをヘキサン(7mL×3回)で洗浄することで、黄色固体として目的物であるAntB(176.5mg、収率39%)を得た。AntBはヘキサン溶液を空気中で放置し濃縮することで、容易に単結晶を得ることができた。
【0105】
なお、上記製造方法により得られた生成物が、上記(化学式3)に示すAntBであることは、H-NMRスペクトルにより検証した。図3は実施例1のH-NMRスペクトルである。H-NMRスペクトルにおいて、縦軸はプロトンシグナルの相対強度を示し、横軸は化学シフト(δ)値を示す。図3に示すように、上記生成物が、上記(化学式3)に示すAntBであることが確認できる。以上より、実施例1では、上記(化学式3)に示すπ共役系ホウ素化合物であるAntBの合成に成功した。
【0106】
<実施例2の構成>
実施例2は、以下の(化学式4)に示す9,10-ビス(ジメシチルボリルエチニル)アントラセン(以下、AntBという。)である。
【0107】
【化7】
【0108】
すなわち、実施例2のAntBは、上記(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物において、Arがアントラセンであり、R、R、R、R、R、R11、R13、R15、R16およびR18がいずれもメチル基であり、R、R、R、R、R12、R14、R17およびR19がいずれも水素原子である実施例となる。
【0109】
<実施例2の製造方法>
実施例2の製造方法は、以下の(反応式4)に示す通りである。
【0110】
【化8】
【0111】
アルゴン雰囲気下、9,10-ビス(エチニル)アントラセン100.2mg(0.422mmol)を量り取り、無水THF(30mL)に溶解させた。ここに-95℃で1.6mol/LのBuLiヘキサン溶液0.61mL(0.972mmol)を滴下して20分間攪拌し、0℃に昇温した後にさらに20分間撹拌した。得られた懸濁液を-95℃に冷却し、FBMes260.9mg(0.972mmol)ジエチルエーテル(以下、EtOという。)溶液5mLを滴下して20分間攪拌し、ゆっくり室温まで昇温した。その後、室温で15時間攪拌後、黄緑色に蛍光する反応溶液を減圧乾固し、残渣をジクロロメタン-ヘキサン混合溶媒(CHCl:C14=1:1、35mL×3回)で抽出した。抽出液を減圧乾固し、これをヘキサン(3mL×3回)で洗浄することで、橙色固体として目的物であるAntB(122.6mg、収率38%)を得た。AntBはヘキサン溶液を空気中で放置し濃縮することで、容易に単結晶を得ることができた。
【0112】
なお、上記製造方法により得られた生成物が、上記(化学式4)に示すAntBであることは、H-NMRスペクトルにより検証した。図4は実施例2のH-NMRスペクトルである。図4に示すように、上記生成物が、上記(化学式4)に示すAntBであることが確認できる。以上より、実施例2では、上記(化学式4)に示すπ共役系ホウ素化合物であるAntBの合成に成功した。
【0113】
<実施例3の構成>
実施例3は、以下の(化学式5)に示す1-(ジメシチルボリルエチニル)ナフタレン(以下、NapBという。)である。
【0114】
【化9】
【0115】
すなわち、実施例3のNapBは、上記(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物において、Arがナフタレンであり、R、R、R、R、RおよびR10がいずれもメチル基であり、R、R、RおよびRがいずれも水素原子である実施例となる。実施例3の製造方法については、実施例1と同様であるため、その説明を省略する(以下、実施例5および実施例7についても同様。)。
【0116】
<実施例4の構成>
実施例4は、以下の(化学式6)に示す1,4-ビス(ジメシチルボリルエチニル)ナフタレン(以下、NapBという。)である。
【0117】
【化10】
【0118】
すなわち、実施例4のNapBは、上記(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物において、Arがナフタレンであり、R、R、R、R、R、R11、R13、R15、R16およびR18がいずれもメチル基であり、R、R、R、R、R12、R14、R17およびR19がいずれも水素原子である実施例となる。実施例4の製造方法については、実施例2と同様であるため、その説明を省略する(以下、実施例6および実施例8についても同様。)。
【0119】
<実施例5の構成>
実施例5は、以下の(化学式7)に示す5-(ジメシチルボリルエチニル)テトラセン(以下、TetBという。)である。
【0120】
【化11】
【0121】
すなわち、実施例5のTetBは、上記(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物において、Arがテトラセンであり、R、R、R、R、RおよびR10がいずれもメチル基であり、R、R、RおよびRがいずれも水素原子である実施例となる。
【0122】
<実施例6の構成>
実施例6は、以下の(化学式8)に示す5,12-ビス(ジメシチルボリルエチニル)テトラセン(以下、TetBという。)である。
【0123】
【化12】
【0124】
すなわち、実施例6のTetBは、上記(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物において、Arがテトラセンであり、R、R、R、R、R、R11、R13、R15、R16およびR18がいずれもメチル基であり、R、R、R、R、R12、R14、R17およびR19がいずれも水素原子である実施例となる。
【0125】
<実施例7の構成>
実施例7は、以下の(化学式9)に示す6-(ジメシチルボリルエチニル)ペンタセン(以下、PenBという。)である。
【0126】
【化13】
【0127】
すなわち、実施例7のPenBは、上記(化学式1)に示すπ共役系ホウ素化合物において、Arがペンタセンであり、R、R、R、R、RおよびR10がいずれもメチル基であり、R、R、RおよびRがいずれも水素原子である実施例となる。
【0128】
<実施例8の構成>
実施例8は、以下の(化学式10)に示す6,13-ビス(ジメシチルボリルエチニル)ペンタセン(以下、PenBという。)である。
【0129】
【化14】
【0130】
すなわち、実施例8のPenBは、上記(化学式2)に示すπ共役系ホウ素化合物において、Arがペンタセンであり、R、R、R、R、R、R11、R13、R15、R16およびR18がいずれもメチル基であり、R、R、R、R、R12、R14、R17およびR19がいずれも水素原子である実施例となる。
【0131】
<比較例1>
比較例1は、以下の(化学式11)に示す9-(ジメシチルボリル)アントラセン(以下、B1という。)である。
【0132】
【化15】
【0133】
比較例1は、ジメシチルボリル基が、エチニル基を介さず直接アントラセンに結合している点で、実施例1と相違している。
【0134】
<比較例2>
比較例2は、以下の(化学式12)に示す9,10-ビス(ジメシチルボリル)アントラセン(以下、B2という。)である。
【0135】
【化16】
【0136】
比較例2は、ジメシチルボリル基が、エチニル基を介さず直接アントラセンに結合している点で、実施例2と相違している。
【0137】
<比較例3>
比較例3は、以下の(化学式13)に示すトリフェニルボランの3つ全てのフェニル基の2,6-位同士を1,1-ジメチルメチレン基で連結した平面固定トリフェニルボラン(以下、B3という。)である(特許文献1および非特許文献1参照)。
【0138】
【化17】
【0139】
<比較例4>
比較例4は、以下の(化学式14)に示すフェニル基を1,1-ジメチルメチレン基で連結した平面固定9,10-ジフェニル-9,10-ジヒドロ-9,10-ジボラアントラセン(以下、B4という。)である(特許文献1および非特許文献1参照)。
【0140】
【化18】
【0141】
<比較例5>
比較例5は、以下の(化学式15)に示すトリフェニルボランの3つ全てのフェニル基の2,6-位同士を3つの酸素原子で連結した平面固定トリフェニルボラン(以下、B5という。)である(特許文献1および非特許文献1参照)。
【0142】
【化19】
【0143】
<実施例および比較例の考察>
[分子構造]
図5は、単結晶X線構造解析によって求めた実施例1の分子構造を示す模式図、図6は、単結晶X線構造解析によって求めた実施例2の分子構造を示す模式図、図7は、比較例1および比較例2の分子構造を示す模式図である。
【0144】
また、表1には、実施例1(AntB)、実施例2(AntB)、比較例1(B1)および比較例2(B2)において、図5図7に示す単結晶X線構造解析結果に基づいて、アントラセン環とジメシチルボリル基とがなす二面角φを求めた値(小数点以下第1位を四捨五入)をまとめた。
【0145】
【表1】
【0146】
表1、図5および図6に示すように、実施例1のAntBおよび実施例2のAntBは、二面角φが20°以下の値を取っている。一方、表1、図7(a)および図7(b)に示すように、比較例1のB1および比較例2のB2は、二面角φが45°以上の値を取っている。
【0147】
このように、実施例1および実施例2によれば、アントラセンとジメシチルボリル基との間を直線状かつ剛直なエチニル基によって接続することによって、アントラセン環とジメシチルボリル基との距離を離して立体障害を緩和し、アントラセン環と3配位ホウ素平面との間の捻れを抑制できることが示された。そして、その結果、アセチレン架橋(エチニル基)を介してアントラセンから末端ホウ素原子まで共役系の拡張が生じていることが示唆される。一方、比較例1および比較例2では、アントラセン環とジメシチルボリル基との間の立体障害を避けるため、アントラセン環と3配位ホウ素平面とが互いに捻れた構造をとっていることが示された。その結果、アントラセンの14π電子系とホウ素原子上の空のp軌道とが空間的に重なりにくく、ホウ素原子を含めた共役系の拡張効果が小さいことが示唆される。
【0148】
[分子軌道]
図8は、実施例1および実施例2のフロンティア軌道を示す模式図であり、このフロンティア軌道分布は、密度汎関数法(計算ソフト:Gaussian16、計算レベル:B3LYP/6-31G(d)、状態:真空)により求めた。
【0149】
図8に示すように、実施例1(AntB)および実施例2(AntB)では、いずれもLUMOがアセチレン架橋(エチニル基)を介してアントラセン環から末端ホウ素原子まで非局在化しており、ホウ素原子由来の電子受容性がアントラセン環まで広がっていることが確認できる。このように、分子軌道の計算結果は、上記した分子構造の項目で説明した考察結果と矛盾しない。
【0150】
[エネルギー準位]
図9は、実施例1および実施例2を含む分子に係る最低空軌道のエネルギー準位を示す模式図、図10は、実施例1~実施例8に係る最低空軌道のエネルギー準位を示すグラフである。図9中、[60]PCBMは、フェニルC61酪酸メチルエステル([6,6]-phenyl-C61-butyric acid methyl ester)であり、[70]PCBMは、フェニルC71酪酸メチルエステル([6,6]-phenyl-C71-butyric acid methyl ester)であり、いずれもフラーレン系アクセプター分子である。
【0151】
表2には、実施例1(AntB)および実施例2(AntB)のHOMOおよびLUMOの実測値をまとめた。実施例1および実施例2については、ジクロロメタン溶液中での酸化電位および還元電位を微分パルスボルタンメトリー(DPV)により測定し、この結果からHOMO/LUMOのエネルギー準位を算出した(後述の表3についても同様。)。なお、表2には、比較対象としてアントラセンのHOMOおよびLUMOの実測値(酸化電位および紫外可視吸収スペクトルに基づく。)も併せて示した。
【0152】
【表2】
【0153】
また、表3には、実施例1~実施例8のHOMOおよびLUMOの計算値、ならびに、実施例1(AntB)、実施例2(AntB)および実施例4(NapB)のHOMOおよびLUMOの実測値をまとめた。
【0154】
【表3】
【0155】
表2に示すように、実施例1(AntB)および実施例2(AntB)のLUMOが、比較対象であるアントラセンに比べて深くなっていることがわかる。この結果から、アセンに対するアルキニルボラン骨格の導入(すなわち、エチニル基を介したジアリールボリル基の導入)により、電子不足ホウ素に起因するアクセプター性がアセンに付与されていることが示された。
【0156】
また、表3および図10に示すように、実施例1~実施例8にあっては、アセン環が大きくなるにつれてLUMOのエネルギー準位が深くなっていくことが示された。これは、上記した分子軌道の項目で説明したように、LUMOの軌道分布がアセン環から末端ホウ素原子まで広がっているため、アセン環が大きくなるにつれて、非局在化による安定化の寄与が大きくなるためと考えられる。
【0157】
その結果、表2、表3、図9および図10に示すように、アルキニルボラン骨格を導入したアセン置換体のうち、ナフタレンよりも大きいアセン環を有するもの(実施例1、実施例2、および、実施例5~実施例8)では、π電子系に直接電子不足ホウ素を組み込んだプラナーボラン(比較例3~比較例5)に比べて、LUMOのエネルギー準位が深く、フラーレン系アクセプター分子に匹敵するという結果になった。
【0158】
以上より、本発明によれば、平面形状で分子間相互作用に有利なπ電子系を有するアセンにおいて、アクセプター性を有する新規なπ共役系ホウ素化合物を提供することに成功した。そして、このπ共役系ホウ素化合物は、非フラーレン系アクセプター分子の1つとして有益であることが示された。
【0159】
以上、本発明者らによってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は上記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。
【符号の説明】
【0160】
AC アクセプター材料
AL 活性層(電荷輸送層)
BUF1 バッファ層
BUF2 バッファ層
DO ドナー材料
ED 電子装置
EL1 第1電極
EL2 第2電極
SUB 基板
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10