(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-24
(45)【発行日】2023-11-01
(54)【発明の名称】静電型電気音響変換装置と、静電型電気音響変換器の信号処理回路と、信号処理方法と、信号処理プログラム
(51)【国際特許分類】
H04R 3/00 20060101AFI20231025BHJP
H04R 3/06 20060101ALI20231025BHJP
H04R 19/02 20060101ALI20231025BHJP
【FI】
H04R3/00 310
H04R3/06
H04R19/02
(21)【出願番号】P 2020550229
(86)(22)【出願日】2019-09-05
(86)【国際出願番号】 JP2019035095
(87)【国際公開番号】W WO2020071052
(87)【国際公開日】2020-04-09
【審査請求日】2022-08-12
(31)【優先権主張番号】P 2018187504
(32)【優先日】2018-10-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000128566
【氏名又は名称】株式会社オーディオテクニカ
(74)【代理人】
【識別番号】100141173
【氏名又は名称】西村 啓一
(72)【発明者】
【氏名】入井 広一
(72)【発明者】
【氏名】秋野 裕
【審査官】冨澤 直樹
(56)【参考文献】
【文献】特開昭50-115516(JP,A)
【文献】特開昭56-165490(JP,A)
【文献】実開昭51-44921(JP,U)
【文献】特開2016-119623(JP,A)
【文献】特開2010-98712(JP,A)
【文献】特開昭49-43625(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H04R 3/00
H04R 3/06
H04R 19/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
振動板と、前記振動板に対向して配置される固定極と、を備えるシングル駆動型の静電型電気音響変換器に入力される信号の補正をする静電型電気音響変換器の信号処理回路であって、
音源からの入力信号のレベルに基づいて、前記レベルの補正値を決定する補正値決定部と、
前記補正値に基づいて、前記入力信号の前記レベルを補正するレベル補正部と、
を有してなり、
前記レベル補正部は、前記補正値に基づいて、前記入力信号のうち、一部の入力信号に対して前記レベルの補正をし、
前記一部の入力信号は、前記振動板を所定の位置よりも前記固定極が配置されていない第1方向側に変位させる信号に対応する、
ことを特徴とする静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項2】
前記レベル補正部は、前記レベルを増大させる、
請求項1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項3】
前記補正値は、前記振動板を前記第1方向側に必要な変位量で変位させる値である、
請求項1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項4】
前記入力信号の前記レベルを検出するレベル検出部、
を有してなり、
前記補正値決定部は、前記レベル検出部により検出された前記レベルに基づいて、前記補正値を決定する、
請求項1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項5】
複数の前記レベルに対応した複数のパラメータを記憶する記憶部、
を有してなり、
前記補正値決定部は、前記レベル検出部により検出された前記レベルに基づいて、複数の前記パラメータの中から1のパラメータを選択し、選択された前記パラメータを前記補正値として前記レベル補正部に出力する、
請求項4記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項6】
前記記憶部は、前記レベルの範囲ごとに対応する1つの前記パラメータを記憶する、
請求項5記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項7】
前記記憶部は、複数の前記パラメータから構成されるパラメータ群を記憶し、
前記パラメータ群は、
第1パラメータ群と、
第2パラメータ群と、
を含み、
前記第1パラメータ群を構成する複数の前記パラメータは、前記第2パラメータ群を構成する複数の前記パラメータと異なる、
請求項5記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項8】
前記補正値決定部は、前記レベル検出部により検出された前記レベルに基づいて、前記補正値を算出する、
請求項4記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項9】
前記静電型電気音響変換器に応じて定まる算出関数を記憶する記憶部、
を有してなり、
前記補正値決定部は、前記算出関数に基づいて、前記補正値を算出する、
請求項8記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項10】
前記算出関数は、前記補正値の実測値を近似する多項式であり、
前記補正値決定部は、前記多項式を用いて、前記補正値を算出する、
請求項9記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項11】
前記記憶部は、前記レベルを補正する量に応じた複数の前記算出関数を記憶する、
請求項9記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項12】
前記レベル補正部は、前記レベルの非線形の補正をする、
請求項1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【請求項13】
振動板と、前記振動板に対向して配置される固定極と、を備えるシングル駆動型の静電型電気音響変換器と、
前記静電型電気音響変換器に入力される信号の補正をする前記静電型電気音響変換器の信号処理回路と、
を有してなり、
前記信号処理回路は、請求項1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路である、
ことを特徴とする静電型電気音響変換装置。
【請求項14】
振動板と、前記振動板に対向して配置される固定極と、を備えるシングル駆動型の静電型電気音響変換器に入力される信号の補正をする信号処理回路により実行される信号処理方法であって、
音源からの入力信号のレベルに基づいて、前記レベルの補正値を決定する補正値決定ステップと、
前記補正値に基づいて、前記入力信号の前記レベルを補正するレベル補正ステップと、
を有してなり、
前記レベル補正ステップは、前記補正値に基づいて、前記入力信号のうち、一部の入力信号に対して前記レベルの補正をし、
前記一部の入力信号は、前記振動板を所定の位置よりも前記固定極が配置されていない第1方向側に変位させる信号に対応する、
ことを特徴とする信号処理方法。
【請求項15】
振動板と、前記振動板に対向して配置される固定極と、を備えるシングル駆動型の静電型電気音響変換器に入力される信号の補正をする信号処理回路により実行される信号処理プログラムであって、
前記信号処理回路を請求項1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路として機能させる、
ことを特徴とする信号処理プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、静電型電気音響変換装置と、静電型電気音響変換器の信号処理回路と、信号処理方法と、信号処理プログラムと、に関する。本発明は、特に、1つの固定極が振動板の一方の面に対向して配置されたシングル駆動型の静電型電気音響変換器の駆動回路に関する。
【背景技術】
【0002】
電気音響変換器は、空気の振動(音)を電気信号に変換し、または、電気信号を空気の振動(音)に変換する。電気音響変換器の一種として、静電型(コンデンサ型)電気音響変換器がある。静電型電気音響変換器は、振動板と、振動板に対向して配置される固定極と、を備える。静電型電気音響変換器は、振動板と固定極との間の静電容量または振動板と固定極との間に作用する静電力を利用する。そのため、静電型電気音響変換器は、振動板と固定極との間に電位差を与えるための電圧(成極電圧)を必要とする。
【0003】
静電型電気音響変換器は、成極電圧を付加する方式により、ピュアコンデンサ型とエレクトレット型との二種に分けられる。ピュアコンデンサ型は、外部電源(成極電源)から振動板と固定極との間に直流電圧(成極電圧)を加える方式である。エレクトレット型は、振動板または固定極に電荷を保持させることにより、振動板と固定極との間に直流電圧(成極電圧)を加える方式である。
【0004】
また、静電型電気音響変換器は、固定極の配置により、シングル駆動型とプッシュプル駆動型との二種に分けられる。シングル駆動型では、固定極は、振動板の一方の面に対向して配置される。一方、プッシュプル型では、固定極は、振動板の両方の面に対向して、振動板を挟むように配置される。
【0005】
このような静電型電気音響変換器を用いて電気信号を空気の振動に変換する(音を放出する)音響機器として、例えば、コンデンサ型スピーカやコンデンサ型ヘッドホン(イヤホン)がある。
【0006】
図1は、従来のシングル駆動型の静電型電気音響変換器の基本構成を示す模式断面図である。シングル駆動型の静電型電気音響変換器は、振動板1と、多数の開口2aを備える固定極2と、スペーサ3と、を備える。固定極2は、スペーサ3を介して、振動板1の一方の面に対向して配置される。振動板1に成膜された導電膜(不図示)と、固定極2と、の間には、信号電圧4が供給される。
【0007】
図2は、従来のプッシュプル駆動型の静電型電気音響変換器の基本構成を示す模式断面図である。プッシュプル駆動型の静電型電気音響変換器は、振動板1と、多数の開口2aを備える2つの固定極2と、2つのスペーサ3と、を備える。2つの固定極2それぞれは、スペーサ3を介して、振動板1の両方の面に対向して配置される。両固定極2の間には、信号電圧4が供給される。
【0008】
前述のとおり、電気信号を空気の振動に変換する静電型電気音響変換器では、振動板1は、固定極2との間に作用する静電力により振動する。すなわち、振動板1は、固定極2が保持する電荷と同じ極性の電荷が印加されたとき、固定極2に反発することにより固定極2が配置されていない方向(第1方向)へ変位する。一方、振動板1は、固定極2が保持する電荷と逆の極性の電荷が印加されたとき、固定極2に引き寄せられる(吸引される)ことにより固定極2が配置されている方向(第2方向)へ変位する。
【0009】
振動板1と固定極2の間に作用する静電力は、振動板1と固定極2との間の距離の二乗に反比例する。そのため、
図1に示されるシングル駆動型では、振動板1が第1方向へ変位するとき、静電力は、振動板1が固定極2から離れるに連れて弱くなる。一方、振動板1が第2方向へ変位するとき、静電力は、振動板1が固定極2に近づくに連れて強くなる。すなわち、振動板1の第1方向への変位量は、振動板1の第2方向への変位量よりも小さくなる(振動板1の変位量に差異が生じる)。つまり、振動板1の変位(振動)は、第1方向と第2方向とで不均衡な状態となる。このように、振動板1の変位が不均衡な状態となると、静電型電気音響変換器の出力(音波)には、2次高調波(二次歪)が強く現れる。
【0010】
一方、
図2に示されるプッシュプル駆動型では、振動板1の両面に固定極2が配置されるため、振動板1の変位量に差異が生じない。そのため、シングル駆動型のような歪みは、発生しない。そのため、スピーカなどに用いられる静電型電気音響変換器として、プッシュプル駆動型が多用されている。
【0011】
しかしながら、プッシュプル駆動型では、固定極2は、振動板1が音波を放出する面に対向する位置にも配置される。そのため、振動板1から放出された音波は、固定極2の開口2aを通過する。その結果、高音域の周波数応答は、低下する。したがって、音波が固定極2の開口2aを通過せずに放出されるシングル駆動型と比較して、プッシュプル駆動型の音質は劣化し易く、聴感上の音量も低下し易い。
【0012】
このような問題を解決するため、シングル駆動型とプッシュプル駆動型それぞれの長所を併せ持つツインシングル駆動型の静電型電気音響変換器が提案されている(例えば、特許文献1参照)。
【0013】
特許文献1に開示された静電型電気音響変換器は、2つの振動板と、1つの固定極と、2つのスペーサと、を備える。2つの振動板それぞれは、スペーサを介して、固定極の両面に対向して配置される。すなわち、同静電型電気音響変換器は、2つのシングル駆動型を背中合わせに配置したような構造を有する。2つの振動板それぞれは、エレクトレット膜を備える。固定極は、両面にエレクトレット膜を備える。両振動板に信号電圧が加えられると、両振動板は、両振動板の間に配置された固定極を介して、音響的に結合された状態で同一方向に振動するように駆動する。したがって、同静電型電気音響変換器では、シングル駆動型で発生する歪み(二次歪み)は、殆ど発生しない。
【0014】
しかしながら、特許文献1に開示された静電型電気音響変換器の構造は、
図1に示されるようなシングル駆動型の静電型電気音響変換器と比較して、複雑になる。また、同静電型電気音響変換器は、多数のエレクトレット膜を必要とする。そのため、同静電型電気音響変換器の製造コストは、増加する。
【0015】
さらに、一方の振動板と固定極との間の空間は、固定極が備える複数の開口を介して、他方の振動板と固定極の間の空間と連通する。すなわち、両振動板は、共通する閉じた空間内の空気を振動させる。そのため、一方の振動板の振動は、他方の振動板の振動に影響を与える。その結果、特許文献1に開示された静電型電気音響変換器では、歪み(二次歪み)が、十分に解消されない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0016】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0017】
前述のとおり、シングル駆動型では、音波の伝搬経路上に固定極が存在しない。そのため、プッシュプル駆動型と比較して、高音域の周波数応答の劣化や、音質の劣化、聴感上の音量の低下は、少ない。特に、シングル駆動型の静電型電気音響変換器は、振動板の振幅が小さいとき(振動板が放射する音圧が低いとき)において、良好な再生音質を実現可能である。しかしながら、前述のとおり、シングル駆動型の静電型電気音響変換器では、振動板の振幅が大きいとき(振動板が放射する音圧が高いとき)、再生音質に影響を与える歪み(二次歪み)が生じる。
【0018】
本発明は、静電型電気音響変換器において、振動板の不均衡な振動により生じる音波の歪みを抑制することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0019】
本発明にかかる静電型電気音響変換器の信号処理回路は、振動板と、振動板に対向して配置される固定極と、を備えるシングル駆動型の静電型電気音響変換器に入力される信号の補正をする静電型電気音響変換器の信号処理回路であって、音源からの入力信号のレベルに基づいて、レベルの補正値を決定する補正値決定部と、補正値に基づいて、入力信号のレベルを補正するレベル補正部と、を有してなり、レベル補正部は、補正値に基づいて、入力信号のうち、一部の入力信号に対してレベルの補正をし、一部の入力信号は、振動板を所定の位置よりも固定極が配置されていない第1方向側に変位させる信号に対応する、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、静電型電気音響変換器において、振動板の不均衡な振動により生じる音波の歪みを抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】従来のシングル駆動型の静電型電気音響変換器の基本構成を示す模式断面図である。
【
図2】従来のプッシュプル駆動型の静電型電気音響変換器の基本構成を示す模式断面図である。
【
図3】本発明にかかる静電型電気音響変換装置の実施の形態を示す機能ブロック図である。
【
図4】
図3の静電型電気音響変換装置が備える静電型電気音響変換器の模式断面図である。
【
図5】
図4の静電型電気音響変換器が備える振動板の振動の歪みの例を示す模式図である。
【
図6】
図4の静電型電気音響変換器に入力される信号のレベルと、同レベルに対して必要な増幅度と、の関係を示すグラフである。
【
図7】
図3の静電型電気音響変換装置が備える記憶部に記憶されている情報の例を示す模式図である。
【
図8】
図3の静電型電気音響変換装置が備える駆動回路の動作の例を示すフローチャートである。
【
図9】
図3の静電型電気音響変換装置が備えるレベル補正部のレベルの補正の概念を例示する模式図である。
【
図10】
図8の駆動回路の動作により
図5の歪みが抑制される例を示す模式図である。
【
図11】
図3の静電型電気音響変換装置が備える駆動回路の動作の別の例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照しながら、本発明にかかる静電型電気音響変換装置と、静電型電気音響変換器の信号処理回路と、信号処理方法と、信号処理プログラムと、の実施の形態について説明する。
【0023】
●静電型電気音響変換装置●
先ず、本発明にかかる静電型電気音響変換装置(以下「本装置」という。)の実施の形態について説明する。
【0024】
●静電型電気音響変換装置の構成
図3は、本装置の実施の形態を示す機能ブロック図である。
【0025】
本装置100は、例えば、スマートホンや携帯型楽音再生機などの音源Sからの電気信号を空気の振動(音波)に変換して出力する。本装置100は、例えば、USB(Universal Serial Bus)ケーブルを介して音源Sからの電気信号が入力される有線式の静電型ヘッドホンである。
【0026】
本装置100は、入力部11と、信号処理部12と、デジタル-アナログ変換部13と、増幅部14と、静電型電気音響変換器(以下「ヘッドホンユニット」という。)15と、を有してなる。
【0027】
入力部11は、音源Sからの電気信号(デジタルオーディオ信号)が入力される入力端子である。入力部11は、例えば、USB端子である。入力部11は、音源Sからの電気信号を入力信号s1として出力し、信号処理部12に入力する。
【0028】
信号処理部12は、入力部11からの入力信号s1のレベルに基づいて、入力信号s1のレベルを補正する。信号処理部12は、レベルが補正された入力信号(以下「補正信号」という。)s2を後段のデジタル-アナログ変換部13に出力する。信号処理部12は、本発明にかかる静電型電気音響変換器の信号処理回路(以下「本回路」という。)である。信号処理部12の具体的な構成と、具体的な動作とは、後述する。
【0029】
ここで、本発明にかかる信号処理プログラム(以下「本プログラム」という。)は、信号処理部12と協働して、本発明にかかる信号処理方法を実現する。すなわち、本プログラムは、信号処理部12を本回路として機能させる。
【0030】
信号処理部12は、レベル検出部121と、補正値決定部122と、記憶部123と、レベル補正部124と、を備える。
【0031】
レベル検出部121は、入力部11からの入力信号s1のレベルを検出する。「入力信号s1」は、所定の大きさのデータのブロック(フレーム)単位で音源Sから伝送されるデジタルオーディオ信号である。レベル検出部121の具体的な動作については、後述する。
【0032】
補正値決定部122は、レベル検出部121により検出された入力信号s1のレベルに基づいて、補正値v1を決定する。補正値決定部122の具体的な動作については、後述する。
【0033】
「補正値v1」は、入力信号s1のレベルを補正するために用いられる値である。すなわち、補正値v1は、後述する振動板151を第1方向側に必要な変位量で変位させるために、入力信号s1に対する算術的処理で用いられる値である。第1方向と必要な変位量とについては、後述する。
【0034】
記憶部123は、信号処理部12が後述する信号処理を実行するために必要な情報を記憶する。記憶部123は、例えば、ROM(Read Only Memory)やRAM(Random Access Memory)などの半導体メモリである。記憶部123は、後述するパラメータPrまたは算出関数を予め記憶している。
【0035】
レベル補正部124は、入力信号s1のレベルを補正値v1に基づいて補正して、補正信号s2を出力する。補正信号s2は、デジタル信号である。レベル補正部124の具体的な動作については、後述する。
【0036】
レベル検出部121と補正値決定部122とレベル補正部124とは、例えば、共通するDSP(Digital Signal Processor)やCPU(Central Processing Unit)などのプロセッサで構成される。
【0037】
なお、レベル検出部と補正値決定部とレベル補正部それぞれは、共通するプロセッサで構成されなくてもよい。すなわち、例えば、レベル検出部と補正値決定部とレベル補正部それぞれは、個別のプロセッサで構成されてもよく、あるいは、所定の処理を実行する個別の回路により構成されてもよい。
【0038】
デジタル-アナログ変換部13は、信号処理部12からの補正信号s2をアナログ信号(以下「アナログ補正信号」という。)s3に変換して出力する。デジタル-アナログ変換部13は、例えば、デジタル信号をアナログ信号に変換するD/A変換回路である。アナログ補正信号s3は、増幅部14に入力される。
【0039】
増幅部14は、デジタル-アナログ変換部13からのアナログ補正信号s3を増幅して出力する。増幅されたアナログ補正信号(以下「増幅補正信号」という。)s4は、ヘッドホンユニット15に入力される。
【0040】
ヘッドホンユニット15は、入力された増幅補正信号s4を空気の振動(音)に変換して、音波sw1を放出する。
【0041】
図4は、ヘッドホンユニット15の模式断面図である。
ヘッドホンユニット15は、振動板151と、固定極152と、スペーサ153と、を備える。
【0042】
振動板151は、入力された信号(増幅補正信号s4)に応じて振動する。固定極152は、スペーサ153を介して、振動板151の一方の面に対向して配置され、振動板151と共にコンデンサを構成する。固定極152は、複数の音孔152aと、エレクトレット膜(不図示)と、を備える。すなわち、ヘッドホンユニット15は、シングル駆動型でエレクトレット型のヘッドホンユニットである。
【0043】
●振動板の振動(変位)
振動板151が振動しないとき、振動板151は、固定極152から所定の間隔を空けた位置(以下「無振動位置」という。)に静止する。所定の間隔は、略スペーサ153の厚みに相当する。振動板151が振動するとき、振動板151は、固定極152に反発または引き寄せられることにより、第1方向と第2方向とに交互に変位する。「第1方向」は、振動板151を基準として、固定極152が配置されていない方向である。「第2方向」は、振動板151を基準として、固定極152が配置されている方向である。
【0044】
信号処理部12によるレベルの補正がない状態のヘッドホンユニット15において、振動板151が第1方向へ変位する場合、振動板151と固定極152との間に作用する静電力は、固定極152に対する振動板151の相対的な距離の二乗に比例して弱くなる。そのため、振動板151の第1方向への変位量は、振動板151の第2方向への変位量よりも小さくなる(振動板151の変位量に差異が生じる)。すなわち、振動板151の第1方向側への変位量が最大となる位置において、振動板151の変位量(例えば、
図4の破線)は、必要な変位量(例えば、
図4の二点鎖線)よりも小さくなる。その結果、振動板151の振動は、振動板151と固定極152との間の距離(振動板151の振幅)に応じて、第1方向と第2方向とで不均衡な状態となる。ここで、「必要な変位量」は、音源Sからの入力信号s1に対応する音波を放出(出力)するために振動板151が変位すべき量(振幅)である。
【0045】
このように、振動板151の変位が一方向側のみ歪む(不均衡になる)と、ヘッドホンユニット15の出力(音波)には、2次高調波(二次歪)が強く現れる。その結果、ヘッドホンユニット15の出力(音波)の波形は、ヘッドホンユニット15に入力される信号(アナログ変換され増幅された入力信号:増幅入力信号)の波形と比較して非線形に歪む。
【0046】
図5は、前述の歪みの例を示す模式図である。
同図は、説明の便宜上、音源Sからの電気信号と、増幅入力信号と、出力信号(音波)と、のそれぞれの波形を正弦波形状で示す。同図において、Y軸は各信号のレベル(振幅)を示し、X軸は時間を示す。Y軸の正方向側において、振動板151は無振動位置よりも第1方向側に変位する。一方、Y軸の負方向側においては、振動板151は無振動位置よりも第2方向側に変位する。
【0047】
図5に示されるように、レベルの補正がない状態のヘッドホンユニット15からの出力(音波)は、第1方向側に振動板が必要な変位量で変位した場合(
図5の破線)と比較して、
図5の実線に示されるように減衰する。本発明は、この減衰を抑制することにより、出力される音波の歪を抑制することを目的とするものである。
【0048】
●信号処理部の動作(1)
次に、
図3と
図4とを参照しながら、信号処理部12の動作について説明する。以下、記憶部123が複数のパラメータPrn(nは整数)(
図7参照)を記憶している場合を例に、信号処理部12の動作を説明する。本実施の形態において、各パラメータPrnそれぞれを区別する必要がないとき、それぞれは「パラメータPr」と総称される。一例として、以下の説明では、パラメータPrは、入力信号s1に加算される補正値v1として用いられる。
【0049】
「パラメータPr」は、入力信号s1のレベルに応じて、同レベルを増大させるための情報である。本実施の形態において、パラメータPrは、補正値v1として入力信号s1に加算される加算値である。パラメータPrは、振動板151の不均衡な変位を抑制するため、振動板151の第1方向側への変位量を補正する値として算出される。すなわち、例えば、パラメータPrは、実測値に基づいて算出されたレベルの増幅度に基づいて、算出される。パラメータPrは、入力信号s1のレベルに応じて、静電型電気音響変換器ごとに予め設定される。パラメータPrは、入力信号s1のレベルに関連付けられて、例えば、ルックアップテーブルT(
図7参照)として記憶部123に記憶される。
【0050】
図6は、ヘッドホンユニット15に入力される信号のレベルと、そのレベルに対して振動板151の振動の歪みを抑制するために必要な増幅度と、の関係を示すグラフである。
【0051】
図6に示されるように、あるレベルまでの増幅度は略「1」で一定であり、あるレベル以上のレベルに対して増幅度は指数関数的に増加する。
【0052】
図7は、記憶部123に記憶されているパラメータPrの例を示す模式図である。
同図は、入力信号s1のレベルLn(nは整数)と、同レベルLnに対応するパラメータPrnとが1:1に対応する対応表として記憶部123に記憶されていること、を示す。すなわち、同図において、各パラメータPrnは、入力信号s1のレベルLn(nは整数)に関連付けられて記憶されている。同図は、説明の便宜上、入力信号s1のレベルLnと、パラメータPrnと、を8ビットの2進数で示す。同図において、入力信号s1のレベルLnの最上位ビット(
図7の左端のビット)は、後述するレベルの正負を表す。すなわち、例えば、最上位ビットが「0」のとき入力信号s1のレベルLnは「正」であり、最上位ビットが「1」のとき入力信号s1のレベルLnは「負」である。
【0053】
同図において、入力信号s1のレベル「L1」に対応するパラメータPrは「Pr1」であり、その値は10進数で表記すると「1」である。また、入力信号s1のレベル「L10」に対応するパラメータPrは「Pr10」であり、その値は10進数で表記すると「12」である。さらに、入力信号s1のレベル「L20」に対応するパラメータPrは「Pr20」であり、その値は10進数で表記すると「30」である。このように、各パラメータPr1-Prnは、各レベルL1-Lnの増加に対して、非線形の値を有する。
【0054】
図8は、信号処理部12の動作の例を示すフローチャートである。
【0055】
先ず、レベル検出部121は、入力部11からの入力信号s1を取得する(ST1)。前述のとおり、入力信号s1は、デジタルオーディオ信号である。
【0056】
次いで、レベル検出部121は、入力信号s1のレベルを検出する(ST2)。
【0057】
次いで、補正値決定部122は、レベル検出部121により検出された入力信号s1のレベルに基づいて、入力信号s1のレベルの正負を判定する(ST3)。
【0058】
「レベルの正負」は、振動板151の変位の方向を示す符号である。本実施の形態では、「正」のレベルは、振動板151を無振動位置よりも第1方向側(固定極152が配置されていない方向側)へ変位させる電圧を示す。「負」のレベルは、振動板151を無振動位置よりも第2方向側(固定極152が配置されている方向側)へ変位させる電圧を示す。
【0059】
入力信号s1のレベルが「正」のとき(ST3の「正」)、補正値決定部122は、記憶部123のルックアップテーブルTを参照して、入力信号s1のレベルLnに対応するパラメータPrnを選択する(ST4)。すなわち、補正値決定部122は、レベル検出部121により検出された入力信号s1のレベルに基づいて、複数のパラメータPr1-Prnの中から1のパラメータPrnを選択する。
【0060】
次いで、補正値決定部122は、選択したパラメータPrnを補正値v1としてレベル補正部124に出力する(ST5)。すなわち、補正値決定部122は、入力信号s1のレベルに基づいて、選択したパラメータPrnを補正値v1として決定する。
【0061】
次いで、レベル補正部124は、補正値決定部122からの補正値v1に基づいて、入力信号s1のレベルの補正をする(ST6)。本実施の形態では、レベル補正部124は、入力信号s1に補正値v1を加算する。すなわち、レベル補正部124は、各入力信号s1のうち、振動板151を第1方向側へ変位させる入力信号s1のレベルを増大させる。
【0062】
ここで、前述のとおり、補正値v1(パラメータPr)は、レベルの増加に対して非線形の値を有する。すなわち、レベル補正部124は、入力信号s1のレベルの非線形の補正をする。
【0063】
一方、入力信号s1のレベルが「負」のとき(ST3の「負」)、補正値決定部122は、例えば、レベルの補正は不要である旨の信号(以下「補正不要信号」という。)を生成して、レベル補正部124に出力する(ST7)。
【0064】
次いで、補正不要信号が入力されたレベル補正部124は、入力信号s1に対してレベルの補正をしない(ST8)。すなわち、レベル補正部124は、各入力信号s1のうち、振動板151を第2方向側へ変位させる入力信号s1に対しては、レベルの補正をしない。
【0065】
図9は、レベル補正部124のレベルの補正の概念を例示する模式図である。
同図は、説明の便宜上、入力信号s1を正弦波形状に模して示す。同図の縦軸は信号のレベルであり、横軸は時間である。同図は、レベル検出部121に検出された入力信号s1のレベルを実線で示し、補正後のレベル(補正信号s2のレベル)を破線で示す。同図は、入力信号s1aのレベルが「2」であり、その補正値v1aが「1」であり、補正後のレベルが「3」であること、を示す。また、同図は、入力信号s1bのレベルが「負」であり、そのレベルの補正はされていないこと、を示す。
【0066】
図8に戻る。
次いで、レベル補正部124は、レベルが補正された入力信号(補正信号s2)を出力する(S
T9)。一方、レベルが「負」の入力信号s1は、レベルの補正をされることなく、レベル補正部124から補正信号s2として出力される。すなわち、補正信号s2は、レベル補正部124により補正された入力信号s1(デジタル信号)、または、レベル補正部124により補正されていない入力信号s1(デジタル信号)である。このように、レベル補正部124は、各入力信号s1のうち、レベルが「正」の入力信号s1のみ、レベルの補正をする。換言すれば、レベル補正部124は、各入力信号s1のうち、振動板151を無振動位置よりも第1方向側に変位させる入力信号s1に対してのみ、レベルの補正をする。つまり、レベル補正部124は、入力信号s1のうち、一部の入力信号s1(振動板151を無振動位置よりも第1方向側に変位させる入力信号s1)のレベルを補正する。
【0067】
図3に戻る。
補正信号s2は、デジタル-アナログ変換部13でアナログ信号に変換されて、アナログ補正信号s3として増幅部14に入力される。アナログ補正信号s3は、増幅部14で増幅されて、増幅補正信号s4(アナログ信号)としてヘッドホンユニット15に入力される。振動板151は、増幅補正信号s4に応じて振動して、音波sw1を放出(出力)する。
【0068】
前述のとおり、入力信号s1のレベルは、振動板151を無振動位置よりも第1方向側に変位させる信号に対応する部分のみ補正(増大)される。そのため、増幅補正信号s4のレベルも、レベルの補正を受けない信号(以下「無補正信号」という。)と比較して、振動板151を無振動位置よりも第1方向側に変位させる部分のみ増大される。そのため、増幅補正信号s4が入力された振動板151の第1方向側の変位は、無補正信号が入力されたときの同変位と比較して、大きくなる。すなわち、振動板151の不均衡な振動は、抑制される。その結果、増幅補正信号s4が入力されたときのヘッドホンユニット15の出力(音波sw1)の歪みは、無補正信号が入力されたときの出力と比較して、抑制される。このように、本装置100では、振動板151の第1方向への変位量の不足分が補正され、音波の歪みが抑制される。
【0069】
図10は、信号処理部12により振動板151の不均衡な振動が抑制される例を示す模式図である。
同図は、説明の便宜上、入力信号s1と、増幅補正信号s4と、出力(音波sw1)と、のそれぞれの波形を正弦波形状で示す。同図において、X軸とY軸それぞれは、
図4と共通する。
【0070】
図10に示されるように、入力信号s1の補正をすることにより、増幅補正信号s4のうち、振動板151を第1方向側に変位させる部分(Y軸の正方向側)のレベルは、補正がされない場合(
図10の破線)と比較して、増大する。このレベルを増大させる量は、振動板151の不均衡な振動を抑制するように算出される。したがって、振動板151の不均衡な振動は抑制され、振動板151から放出される音波sw1の歪みは抑制される。
【0071】
なお、入力信号のレベルが「負」のとき、補正値決定部は、補正不要信号を生成しなくてもよい。すなわち、入力信号のレベルが「負」のとき、補正値決定部は、補正値や信号をレベル補正部に出力しなくてもよい。この構成では、レベル補正部は、補正値決定部からの補正値や信号の入力がないことを理由に、レベルの補正をしなくてもよい。
【0072】
また、入力信号のレベルが「負」のとき、補正値決定部は、「0」を示す補正値をレベル補正部に出力してもよい。この構成では、レベル補正部は、入力信号に「0」を加算する。
【0073】
さらに、記憶部は、入力信号のレベルの範囲ごとに、対応する1つのパラメータを記憶してもよい。この場合、レベルの範囲は、レベルの増加に合わせて均等に分割されてもよく、あるいは、不均等に分割されてもよい。例えば、レベルの範囲を不均等に分割する場合、レベルの範囲は、レベルの増加に反比例して狭くなるように分割されてもよい。換言すれば、レベルの範囲は、レベルが増加するに連れて指数関数的に狭くなってもよい。この構成では、入力信号のレベルごとではなく、入力信号のレベルの範囲ごとに1つのパラメータを設定する。そのため、パラメータの数は、レベルごとに設定されるパラメータの数よりも削減可能である。その結果、記憶部の容量が低減され、パラメータの選択に要する時間も短縮可能である。
【0074】
さらにまた、レベル補正部は、入力信号にパラメータを乗算してもよい。すなわち、例えば、パラメータは、
図6に示される増幅値でもよい。この場合、パラメータの値は、所定のレベルまでは一定であり、所定のレベルを超えると指数関数的に増加する。また、例えば、パラメータの値は、全てのレベルに対して一定でもよい。この構成では、レベル補正部は、入力信号にパラメータ(補正値)を乗算して、入力信号のレベルを増大させる。換言すれば、レベル補正部は、各入力信号のうち、一部の入力信号のレベルのゲインを制御する。つまり、パラメータは、一部の入力信号のレベルのゲインを制御する信号(ゲイン制御信号)である。
【0075】
さらにまた、記憶部は、複数のパラメータから構成されるパラメータ群を複数記憶しておいてもよい。すなわち、例えば、記憶部は、振動板から出力される音波の歪みを抑制する量(抑制量)に応じた複数のパラメータ群を記憶しておいてもよい。つまり、あるパラメータ群(第1パラメータ群)を構成するパラメータは、別のパラメータ群(第2パラメータ群)を構成するパラメータと異なる。各パラメータ群は、例えば、各パラメータ群に対応するルックアップテーブルとして記憶されてもよい。また、第1パラメータ群を構成するパラメータと第2パラメータ群を構成するパラメータとにおいて、一部のパラメータが共通してもよい。
【0076】
ここで、静電型電気音響変換器の二次高調波(二次歪み)が抑制されると、相対的に三次高調波が強くなる傾向にある。この傾向を利用すると、ヘッドホンユニット15は、適度に二次高調波と三次高調波とを重畳させた音波を出力可能である。したがって、本装置100が二次高調波と三次高調波との重畳状態(抑制量)に応じた複数のパラメータ群を記憶しておくことにより、本装置100の使用者は、複数のパラメータ群から1のパラメータ群を適宜選択して、聴感上の音質を変更できる。
【0077】
●信号処理部の動作(2)
次に、
図3と
図4とを参照しながら、信号処理部12の別の動作(以下「第2動作」という。)について説明する。以下、記憶部123が算出関数を記憶している場合を例に、信号処理部12の動作を説明する。第2動作と、先に説明した信号処理部12の動作(以下「第1動作」という。)との相違点は、補正値決定部122の動作のみである。以下の第2動作については、第1動作と異なる点を中心に説明する。
【0078】
「算出関数」は、
図6に示される、レベルに対する増幅度を近似する多項式の関数である。すなわち、算出関数は、パラメータ(補正値)の実測値を近似する多項式の関数である。「増幅度」は、振動板151から出力される音波の歪みを最も抑制するように、入力信号s1に乗算される係数である。増幅度は、本発明における補正値の例である。すなわち、以下の説明では、増幅度は、入力信号s1に乗算される補正値v1として用いられる。レベルに対する増幅度は、静電型電気音響変換器ごとに異なる。したがって、算出関数は、静電型電気音響変換器に応じて定まる。算出関数は、例えば、次の式(1)で示される11次の多項式の関数である。
【0079】
増幅度=aX11+bX10+cX9+・・・+jX2+kX+l (式1)
ただし、「X」は入力信号s1のレベルであり、「a,b,c・・・j,k,l」は多項式近似により決定される係数である。
【0080】
図11は、信号処理部12の動作の別の例を示すフローチャートである。
【0081】
第2動作において、処理(ST11-ST13)は、第1動作の処理(
図8のST1-ST3)と共通する。
【0082】
入力信号s1のレベルが「正」のとき(ST13の「正」)、補正値決定部122は、記憶部123の算出関数を参照して、入力信号s1のレベルLnに対応する増幅度を算出する(ST14)。すなわち、補正値決定部122は、レベル検出部121により検出された入力信号s1のレベルと、算出関数と、に基づいて、増幅度を算出する。
【0083】
次いで、補正値決定部122は、算出された増幅度を補正値v1としてレベル補正部124に出力する(ST15)。
【0084】
次いで、レベル補正部124は、補正値決定部122からの補正値v1に基づいて、入力信号s1に対してレベルの補正をする(ST16)。本実施の形態では、レベル補正部124は、入力信号s1に補正値v1を乗算する。すなわち、レベル補正部124は、入力信号s1を所定の条件に合わせて補正する(各入力信号s1のうち、一部の入力信号s1のレベルを増大させる)。
【0085】
一方、入力信号s1のレベルが「負」のとき(ST13の「負」)、補正値決定部122は、例えば、補正不要信号を生成して、補正不要信号をレベル補正部124に出力する(ST17)。
【0086】
次いで、補正不要信号が入力されたレベル補正部124は、入力信号s1に対してレベルの補正をしない(ST18)。すなわち、レベル補正部124は、各入力信号s1のうち、振動板151を第2方向側へ変位させる入力信号s1に対しては、レベルの補正をしない。
【0087】
次いで、レベル補正部124は、レベルが補正された入力信号(補正信号s2)を出力する(ST19)。一方、レベルが「負」の入力信号s1は、レベルの補正をされることなく、レベル補正部124から補正信号s2として出力される。
【0088】
なお、記憶部は、振動板の不均衡な振動を抑制する量(すなわち、レベルを補正する量)に応じて、複数の算出関数を記憶しておいてもよい。本装置が二次高調波と三次高調波との重畳状態に応じた複数の算出関数を記憶しておくことにより、本装置の使用者は、複数の算出関数から1の算出関数を適宜選択して、聴感上の音質を変更できる。
【0089】
また、入力信号のレベルが「負」のとき、補正値決定部は、補正不要信号を生成しなくてもよい。すなわち、入力信号のレベルが「負」のとき、補正値決定部は、補正値や信号をレベル補正部に出力しなくてもよい。この構成では、レベル補正部は、補正値決定部からの補正値や信号の入力がないことを理由に、レベルの補正をしなくてもよい。
【0090】
さらに、入力信号のレベルが「負」のとき、補正値決定部は、「1」を示す補正値をレベル補正部に出力してもよい。この構成では、レベル補正部は、入力信号に「1」を乗算する。
【0091】
●まとめ
以上説明した実施の形態によれば、レベル補正部124は、補正値v1に基づいて、一部の入力信号s1に対してレベルを増大させる補正をする。一部の入力信号s1は、振動板151を無振動位置よりも第1方向側に変位させる信号に対応する。その結果、第1方向側への変位において、振動板151の変位量は、入力信号s1に対応する音波を放出するために必要な変位量に近似される。すなわち、振動板151の不均衡な振動は、抑制される。その結果、振動板151から出力される音波の歪みは、抑制される。
【0092】
また、以上説明した実施の形態によれば、レベル検出部121は、入力信号s1のレベルを検出する。補正値決定部122は、入力信号s1のレベルに基づいて、補正値v1を決定する。このように、本装置100は、デジタル信号処理により、入力信号s1ごとにレベルを検出して、入力信号s1のレベルの補正をする。その結果、本装置100は、アナログ信号処理(例えば、単位時間当たりの積分処理など)では実現できない処理速度で、追従性のよい入力信号s1のレベルの補正を実現する。
【0093】
さらに、以上説明した実施の形態によれば、補正値決定部122は、レベル検出部121により検出されたレベルに基づいて、複数のパラメータPrの中から1のパラメータPrを選択し、補正値v1としてレベル補正部124に出力する。この構成によれば、補正値決定部122は、補正値v1の決定に演算を必要とせず、極めて短時間で補正値v1を決定し得る。
【0094】
さらにまた、以上説明した実施の形態によれば、補正値決定部122は、レベル検出部121により検出されたレベルと、算出関数と、に基づいて、補正値v1を算出する。この構成によれば、補正値決定部122は、レベルの変動に応じて連続的に補正値v1を決定し得る。また、第1動作と比較して、記憶部123は多くのパラメータを記憶しなくてよく、記憶部123の容量を低減可能である。
【0095】
なお、以上説明した実施の形態では、入力信号s1は、デジタルオーディオ信号であった。これに代えて、入力部に入力される入力信号は、アナログオーディオ信号でもよい。この構成では、本装置は、入力部と信号処理部との間にアナログ-デジタル変換回路を備え、信号処理部への入力前にサンプリングを行う。その結果、以上説明した実施の形態と同じ信号処理が実行可能になる。
【0096】
また、本装置は、静電型ヘッドホンに限定されない。すなわち、例えば、本装置は、静電型イヤホンや、静電型スピーカでもよい。
【0097】
さらに、以上説明した実施の形態では、静電型電気音響変換装置(本装置100)が、本回路(信号処理部12)を備えていた。これに代えて、本回路は、音源(例えば、スマートホンや携帯型楽音再生機)に備えられてもよい。すなわち、例えば、音源内で補正信号が生成され、ヘッドホンなどの静電型電気音響変換装置に送信されてもよい。この構成では、音源は、インターネットなどの通信回線を介して、静電型電気音響変換装置に対応したパラメータや算出関数を取得してもよい。また、前述のパラメータ群や算出関数の変更は、使用者が音源側を操作することにより実行されてもよい。
【0098】
さらにまた、本装置は、例えば、Bluetooth(登録商標)などの無線通信ネットワークを介して、音源と接続されてもよい。この場合、本装置は、無線通信用の通信ユニットを備える。
【0099】
さらにまた、以上説明した信号処理方法は、入力信号のレベルが「負」のときにも適用可能である。すなわち、例えば、補正値決定部は、入力信号のレベルを減少させる補正値を決定する。レベル補正部は、入力信号のうち、振動板を無振動位置よりも第2方向側に変位させる信号に対応する入力信号に対して、レベルを減少させる補正をする。この構成では、レベル補正部は、入力信号に対して、負の値となる補正値を加算してもよく、正の値となる補正値を減算してもよく、あるいは、1未満の値となる補正値を乗算してもよい。
【0100】
さらにまた、本方法を実現する手段は、本プログラムに限定されない。
【0101】
●静電型電気音響変換装置と信号処理回路と信号補正方法と信号補正プログラムのまとめ
以上説明した本発明にかかる静電型電気音響変換装置と、静電型電気音響変換器の信号処理回路と、信号処理方法と、信号処理プログラムと、の特徴について、以下にまとめて記載しておく。
【0102】
(特徴1)
振動板(例えば、振動板151)と、前記振動板に対向して配置される固定極(例えば、固定極152)と、を備えるシングル駆動型の静電型電気音響変換器(例えば、ヘッドホンユニット15)に入力される信号の補正をする静電型電気音響変換器の信号処理回路(例えば、信号処理部12)であって、
音源からの入力信号(例えば、入力信号s1)のレベルに基づいて、前記レベルの補正値(例えば、補正値v1)を決定する補正値決定部(例えば、補正値決定部122)と、
前記補正値に基づいて、前記入力信号の前記レベルを補正するレベル補正部(例えば、レベル補正部124)と、
を有してなり、
前記レベル補正部は、前記補正値に基づいて、前記入力信号のうち、一部の前記入力信号に対して前記レベルの補正をし、
前記一部の入力信号は、前記振動板を所定の位置(例えば、無振動位置)よりも前記固定極が配置されていない第1方向側に変位させる信号に対応する、
ことを特徴とする静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0103】
(特徴2)
前記レベル補正部は、前記レベルを増大させる、
特徴1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0104】
(特徴3)
前記補正値は、前記振動板を前記第1方向側に必要な変位量で変位させる値である、
特徴1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0105】
(特徴4)
前記入力信号の前記レベルを検出するレベル検出部(例えば、レベル検出部121)、
を有してなり、
前記補正値決定部は、前記レベル検出部により検出された前記レベルに基づいて、前記補正値を決定する、
特徴1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0106】
(特徴5)
複数の前記レベルに対応した複数のパラメータ(例えば、パラメータPr)を記憶する記憶部(例えば、記憶部123)、
を有してなり、
前記補正値決定部は、前記レベル検出部により検出された前記レベルに基づいて、複数の前記パラメータの中から1のパラメータを選択し、選択された前記パラメータを前記補正値として前記レベル補正部に出力する、
特徴4記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0107】
(特徴6)
前記記憶部は、前記レベルの範囲ごとに対応する1つの前記パラメータを記憶する、
特徴5記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0108】
(特徴7)
前記記憶部は、複数の前記パラメータから構成されるパラメータ群を記憶し、
前記パラメータ群は、
第1パラメータ群と、
第2パラメータ群と、
を含み、
前記第1パラメータ群を構成する複数の前記パラメータは、前記第2パラメータ群を構成する複数の前記パラメータと異なる、
特徴5記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0109】
(特徴8)
前記補正値決定部は、前記レベル検出部により検出された前記レベルに基づいて、前記補正値を算出する、
特徴4記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0110】
(特徴9)
前記静電型電気音響変換器に応じて定まる算出関数を記憶する記憶部、
を有してなり、
前記補正値決定部は、前記算出関数に基づいて、前記補正値を算出する、
特徴8記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0111】
(特徴10)
前記算出関数は、前記補正値の実測値を近似する多項式であり、
前記補正値決定部は、前記多項式を用いて、前記補正値を算出する、
特徴9記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0112】
(特徴11)
前記記憶部は、前記レベルを補正する量に応じた複数の前記算出関数を記憶する、
特徴9記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0113】
(特徴12)
前記レベル補正部は、前記レベルの非線形の補正をする、
特徴1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路。
【0114】
(特徴13)
振動板と、前記振動板に対向して配置される固定極と、を備えるシングル駆動型の静電型電気音響変換器と、
前記静電型電気音響変換器に入力される信号の補正をする前記静電型電気音響変換器の信号処理回路と、
を有してなり、
前記信号処理回路は、特徴1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路である、
ことを特徴とする静電型電気音響変換装置(例えば、静電型電気音響変換装置100)。
【0115】
(特徴14)
振動板と、前記振動板に対向して配置される固定極と、を備えるシングル駆動型の静電型電気音響変換器に入力される信号の補正をする信号処理回路により実行される信号処理方法であって、
音源からの入力信号のレベルに基づいて、前記レベルの補正値を決定する補正値決定ステップ(例えば、処理(ST4,ST14))と、
前記補正値に基づいて、前記入力信号の前記レベルを補正するレベル補正ステップ(例えば、処理(ST6,ST16))と、
を有してなり、
前記レベル補正ステップは、前記補正値に基づいて、前記入力信号のうち、一部の入力信号に対して前記レベルの補正をし、
前記一部の入力信号は、前記振動板を所定の位置よりも前記固定極が配置されていない第1方向側に変位させる信号に対応する、
ことを特徴とする信号処理方法。
【0116】
(特徴15)
振動板と、前記振動板に対向して配置される固定極と、を備えるシングル駆動型の静電型電気音響変換器に入力される信号の補正をする信号処理回路により実行される信号処理プログラムであって、
前記信号処理回路を特徴1記載の静電型電気音響変換器の信号処理回路として機能させる、
ことを特徴とする信号処理プログラム。
【0117】
(特徴16)
振動板(例えば、振動板151)の片側に固定極(例えば、固定極152)が配置されたシングル駆動型の静電型電気音響変換器(例えば、ヘッドホンユニット15)に対して、ドライブ信号(例えば、補正信号s2)を供給する静電型電気音響変換器の駆動回路(例えば、信号処理部12,デジタル-アナログ変換部13)であって、
入力信号(例えば、入力信号s1)のレベルに応じて、ゲイン制御信号(例えば、補正値v1)を生成するゲイン制御信号生成部(例えば、補正値決定部122)と、
前記ゲイン制御信号生成部からのゲイン制御信号を受けて、前記入力信号のレベルをレベル制御するレベル制御部(例えば、レベル補正部124)と、
が備えられ、
前記レベル制御部は、前記ゲイン制御信号生成部からのゲイン制御信号に基づいて、前記振動板が固定極から所定以上離れる入力信号に対して非線形の波形補正を行い、前記レベル制御部の出力を前記シングル駆動型の静電型電気音響変換器に加えるドライブ信号としたことを特徴とする静電型電気音響変換器の駆動回路。
【0118】
(特徴17)
前記レベル制御部は、前記ゲイン制御信号生成部からのゲイン制御信号に基づいて、前記振動板が固定極から所定以上離れる入力信号に対して、出力信号(例えば、補正信号s2)レベルを拡大させる波形補正を行うことを特徴とする、
特徴16記載の静電型電気音響変換器の駆動回路。
【0119】
(特徴18)
前記ゲイン制御信号生成部には、
1サンプリング当たりの入力信号(例えば、入力信号s1)のレベルを検出するレベル検出部(例えば、レベル検出部121)と、
前記入力信号のレベルに対応したパラメータ(例えば、パラメータPr)が格納されたルックアップテーブル(例えば、ルックアップテーブルT)と、
が備えられ、
前記レベル検出部で検出した入力信号のレベル検出値に対応する前記パラメータをルックアップテーブルから読み出し、読み出された前記パラメータを、前記レベル制御部にゲイン制御信号として与えることを特徴とする、
特徴16記載の静電型電気音響変換器の駆動回路。
【0120】
(特徴19)
入力信号のレベルに対応したパラメータが異なる複数のルックアップテーブルが用意され、前記複数のルックアップテーブルが選択可能に構成されていることを特徴とする、
特徴18記載の静電型電気音響変換器の駆動回路。
【0121】
(特徴20)
前記ゲイン制御信号生成部には、
1サンプリング当たりの入力信号のレベルを検出するレベル検出部と、
前記入力信号のレベルに対応したゲイン制御信号を、所定の算出関数にしたがって算出するゲイン制御信号算出部(例えば、補正値決定部122)と、
が備えられ、
前記レベル検出部で検出した入力信号のレベル検出値に基づいて、前記ゲイン制御信号算出部で算出したゲイン制御信号を、前記レベル制御部に与えることを特徴とする、
特徴16記載の静電型電気音響変換器の駆動回路。
【0122】
(特徴21)
前記ゲイン制御信号算出部は、当該ゲイン制御信号算出部において用いられる前記算出関数が、書き換え可能に構成されていることを特徴とする、
特徴20記載の静電型電気音響変換器の駆動回路。
【0123】
(特徴22)
前記ゲイン制御信号算出部は、前記振動板と前記固定極との距離に依存して生ずる入力信号のレベルに対する二次歪みが抑制されるゲイン制御信号の実測値を多項式で近似し、前記多項式を用いて前記レベル検出部によって検出された入力信号のレベルに対応したゲイン制御信号を算出することを特徴とする、
特徴20記載の静電型電気音響変換器の駆動回路。
【0124】
(特徴23)
前記多項式における係数を選定することにより、前記算出関数を書き換えることを特徴とする、
特徴22に記載の静電型電気音響変換器の駆動回路。
【符号の説明】
【0125】
1 静電型電気音響変換装置
12 信号処理部
121 レベル検出部
122 補正値決定部
123 記憶部
124 レベル補正部
15 静電型電気音響変換器
151 振動板
152 固定極
Pr パラメータ
s1 入力信号
s2 補正信号
v1 補正値