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特許7372797有機ハイドライド生成システム、および有機ハイドライド生成システムの制御方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-24
(45)【発行日】2023-11-01
(54)【発明の名称】有機ハイドライド生成システム、および有機ハイドライド生成システムの制御方法
(51)【国際特許分類】
   C25B 15/00 20060101AFI20231025BHJP
   C25B 9/00 20210101ALI20231025BHJP
   C25B 3/11 20210101ALI20231025BHJP
   C25B 3/25 20210101ALI20231025BHJP
   C25B 15/02 20210101ALI20231025BHJP
【FI】
C25B15/00 303
C25B9/00 G
C25B15/00 302A
C25B3/11
C25B3/25
C25B15/02
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2019171594
(22)【出願日】2019-09-20
(65)【公開番号】P2021046601
(43)【公開日】2021-03-25
【審査請求日】2022-06-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000004444
【氏名又は名称】ENEOS株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105924
【弁理士】
【氏名又は名称】森下 賢樹
(72)【発明者】
【氏名】三須 義竜
(72)【発明者】
【氏名】高見 洋史
(72)【発明者】
【氏名】松岡 孝司
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-019379(JP,A)
【文献】特開2017-206731(JP,A)
【文献】特開2019-099905(JP,A)
【文献】特開2014-091838(JP,A)
【文献】国際公開第2012/043085(WO,A1)
【文献】特開2017-179601(JP,A)
【文献】特開2019-151876(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25B 1/00-15/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、前記プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、前記アノード電極を収容するアノード室、前記カソード電極を収容するカソード室、ならびに前記アノード室および前記カソード室を仕切る隔膜を有する電解槽と、
前記電解槽に電解電流を供給する電源と、
前記アノード電極および前記カソード電極の電位を制御する制御部と、を備え、
前記アノード電極は、前記電解電流が前記電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、
前記カソード電極は、前記運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有し、
前記制御部は、前記アノード電極および前記カソード電極のうち、前記劣化率の大きい電極の前記電位変化が前記劣化率の小さい電極の前記電位変化よりも小さくなるように、前記アノード電極および前記カソード電極の電位を制御し、
前記劣化率dANは、前記アノード電極に対して、有機ハイドライド生成システムの定格電解時における前記アノード電極の電位と、前記定格電解時における前記カソード電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値であり、
前記劣化率dCAは、前記カソード電極に対して、前記定格電解時における前記カソード電極の電位と、前記定格電解時における前記アノード電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である有機ハイドライド生成システム。
【請求項2】
前記アノード電極が有する電荷量をQAN_electrode、
前記カソード電極が有する電荷量をQCA_electrode、
前記アノード室に存在する酸素が有する正の電荷量の絶対値をQAN_O
前記カソード室に存在する水素が有する負の電荷量の絶対値をQCA_Hとするとき、
前記制御部は、
前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、
AN_electrode+QAN_O<QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持するか、
前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、
AN_electrode+QAN_O>QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持する請求項1に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項3】
前記有機ハイドライド生成システムは、運転中に前記カソード室に前記被水素化物を流通させる第2流通機構を備え、
前記制御部は、前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、前記運転停止に移行する際、前記流通を抑制するよう前記第2流通機構を制御して所定時間が経過した後に前記電解電流の供給を停止するよう前記電源を制御するか、
前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、前記運転停止に移行する際、前記電解電流の供給を停止するよう前記電源を制御して所定時間が経過した後に前記流通を抑制するよう前記第2流通機構を制御する請求項1または2に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項4】
前記有機ハイドライド生成システムは、運転中に前記アノード室に水を流通させる第1流通機構を備え、
前記制御部は、前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、前記運転停止に移行する際、前記電解電流の供給を停止するよう前記電源を制御して所定時間が経過した後に前記流通を抑制するよう前記第1流通機構を制御するか、
前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、前記運転停止に移行する際、前記流通を抑制するよう前記第1流通機構を制御して所定時間が経過した後に前記電解電流の供給を停止するよう前記電源を制御することを含む請求項1乃至3のいずれか1項に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項5】
前記有機ハイドライド生成システムは、前記アノード室に不活性ガスあるいは還元性ガスを流通させるガス流通機構を備え、前記制御部は、前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、前記運転停止中、前記アノード室に不活性ガスあるいは還元性ガスを流通させるよう前記アノード室に不活性ガスあるいは還元性ガスを流通させるガス流通機構を制御するか、
前記有機ハイドライド生成システムは、前記カソード室に不活性ガスあるいは酸化性ガスを流通させるガス流通機構を備え、前記制御部は、前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、前記運転停止中、前記カソード室に不活性ガスあるいは酸化性ガスを流通させるよう前記カソード室に不活性ガスあるいは酸化性ガスを流通させるガス流通機構を制御する請求項1乃至4のいずれか1項に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項6】
前記有機ハイドライド生成システムは、前記カソード室に水素を供給する機構を備え、前記制御部は、前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、前記運転停止中、前記カソード室に水素を供給するよう前記カソード室に水素を供給する機構を制御するか、
前記有機ハイドライド生成システムは、前記アノード室に酸素を供給する機構を備え、前記制御部は、前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、前記運転停止中、前記アノード室に酸素を供給するよう前記アノード室に酸素を供給する機構を制御する請求項1乃至5のいずれか1項に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項7】
前記有機ハイドライド生成システムは、運転中に前記カソード室に前記被水素化物を流通させる第2流通機構と、前記アノード室に水を流通させる第1流通機構を備え、
前記制御部は、前記劣化率dCAが前記劣化率dANより大きい場合に、前記運転停止中から運転を開始する際、前記電解電流の供給開始以降に前記カソード室への被水素化物の流通を開始するよう前記第2流通機構を制御するか、
前記劣化率dANが前記劣化率dCAより大きい場合に、前記運転停止中から運転を開始する際、前記電解電流の供給開始以降に前記アノード室への水の流通を開始するよう前記第1流通機構を制御する請求項1乃至6のいずれか1項に記載の有機ハイドライド生成システム。
【請求項8】
水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、前記プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、前記アノード電極を収容するアノード室、前記カソード電極を収容するカソード室、ならびに前記アノード室および前記カソード室を仕切る隔膜を有する電解槽と、
前記電解槽に電解電流を供給する電源と、を備え、
前記アノード電極は、前記電解電流が前記電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、
前記カソード電極は、前記運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有し、
前記アノード電極および前記カソード電極のうち、前記劣化率の大きい電極の前記電位変化が前記劣化率の小さい電極の前記電位変化よりも小さくなるように、以下の構成(I)および構成(II)の少なくとも一方を備え、
前記劣化率dANは、前記アノード電極に対して、有機ハイドライド生成システムの定格電解時における前記アノード電極の電位と、前記定格電解時における前記カソード電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値であり、
前記劣化率dCAは、前記カソード電極に対して、前記定格電解時における前記カソード電極の電位と、前記定格電解時における前記アノード電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である有機ハイドライド生成システム。
構成(I):前記アノード室および前記カソード室の容積が異なる。
構成(II):前記アノード電極および前記カソード電極の電極容量が異なる。
【請求項9】
有機ハイドライドを生成する電解槽と、前記電解槽に電解電流を供給する電源と、を備える有機ハイドライド生成システムの制御方法であって、
前記電解槽は、水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、前記プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、前記アノード電極を収容するアノード室、前記カソード電極を収容するカソード室、ならびに前記アノード室および前記カソード室を仕切る隔膜を有し、
前記アノード電極は、前記電解電流が前記電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、
前記カソード電極は、前記運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有し、
前記制御方法は、前記アノード電極および前記カソード電極のうち、前記劣化率の大きい電極の前記電位変化が前記劣化率の小さい電極の前記電位変化よりも小さくなるように、前記アノード電極および前記カソード電極の電位を制御することを含み、
前記劣化率dANは、前記アノード電極に対して、前記有機ハイドライド生成システムの定格電解時における前記アノード電極の電位と、前記定格電解時における前記カソード電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値であり、
前記劣化率dCAは、前記カソード電極に対して、前記定格電解時における前記カソード電極の電位と、前記定格電解時における前記アノード電極の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での前記定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である有機ハイドライド生成システムの制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、有機ハイドライド生成システムの制御方法および有機ハイドライド生成システムに関する。
【背景技術】
【0002】
従来、水からプロトンを生成するアノードと、不飽和結合を有する有機化合物を水素化するカソードと、を備える有機ハイドライド生成装置が知られている(例えば、特許文献1参照)。この有機ハイドライド生成装置では、アノードに水を供給し、カソードに被水素化物を供給しながらアノードとカソードとの間に電流を流すことで、被水素化物に水素が付加されて有機ハイドライドが得られる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2012/091128号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
近年、火力発電で得られるエネルギーに比べて生成過程での二酸化炭素排出量を抑制することができるエネルギーとして、風力や太陽光等で得られる再生可能エネルギーが注目されている。これを受け、上述の有機ハイドライド生成装置の電源に再生可能エネルギーを利用したシステムの開発が進められている。しかしながら、風力や太陽光を用いた発電装置は、出力が頻繁に変動し、無風時や天候によっては出力がゼロになる。したがって、風力や太陽光を用いた発電装置を有機ハイドライド生成装置の電源として利用する場合、装置が頻繁に停止と起動を繰り返すことになる。
【0005】
一方で、有機ハイドライド生成装置では、給電が停止すると電気化学セルに逆電流が発生し、これにより電極が劣化することがある。また、両極間でのガスのクロスオーバー(クロスリーク)によっても、給電停止中に電極が劣化することがある。そのため、不規則に発生する有機ハイドライド生成装置の停止による電極の劣化を抑制する必要がある。
【0006】
上述のような有機ハイドライド生成装置は、火力発電で得られるエネルギーのような安定した電力を用いて連続運転されることが一般的である。このため、有機ハイドライド生成装置の停止は電源の意図的な停止による場合が主であり、停止に伴う電極の劣化の対策は比較的容易である。一方、再生可能エネルギーと有機ハイドライド生成装置との組み合わせで有機ハイドライドを生成するシステムにおける課題は十分に検討されてこなかった。本発明者らは、再生可能エネルギーと有機ハイドライド生成装置とを組み合わせた現実的な有機ハイドライドの生成を実現すべく鋭意検討を重ねた結果、再生可能エネルギーの給電停止回数の多さに起因する電極の劣化を抑制して、有機ハイドライド生成システムの耐久性をより向上させる技術に想到した。
【0007】
本発明はこうした状況に鑑みてなされたものであり、その目的の1つは、有機ハイドライド生成システムの耐久性を向上させる技術を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明のある態様は、有機ハイドライドを生成する電解槽と、電解槽に電解電流を供給する電源と、を備える有機ハイドライド生成システムの制御方法である。電解槽は、水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、アノード電極を収容するアノード室、カソード電極を収容するカソード室、ならびにアノード室およびカソード室を仕切る隔膜を有する。アノード電極は、電解電流が電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、カソード電極は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有する。本発明のある態様の制御方法は、アノード電極およびカソード電極のうち、劣化率の大きい電極の電位変化が劣化率の小さい電極の電位変化よりも小さくなるように、アノード電極およびカソード電極の電位を制御することを含む。
【0009】
本発明の他の態様は、有機ハイドライド生成システムである。この有機ハイドライド生成システムは、水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極、アノード電極を収容するアノード室、カソード電極を収容するカソード室、ならびにアノード室およびカソード室を仕切る隔膜を有する電解槽と、電解槽に電解電流を供給する電源と、アノード電極およびカソード電極の電位を制御する制御部と、を備える。アノード電極は、電解電流が電解槽に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、カソード電極は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有する。制御部は、アノード電極およびカソード電極のうち、劣化率の大きい電極の電位変化が劣化率の小さい電極の電位変化よりも小さくなるように、アノード電極およびカソード電極の電位を制御する。
【0010】
以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システムなどの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、有機ハイドライド生成システムの耐久性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施の形態に係る有機ハイドライド生成システムの模式図である。
図2】電位サイクル試験による各電極の電位変化を示す図である。
図3】各電極の電気量と電位との関係を示す図である。
図4】実施例1、比較例1および実施例2に係る制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明を好適な実施の形態をもとに図面を参照しながら説明する。実施の形態は、発明を限定するものではなく例示であって、実施の形態に記述されるすべての特徴やその組み合わせは、必ずしも発明の本質的なものであるとは限らない。各図面に示される同一又は同等の構成要素、部材、処理には、同一の符号を付するものとし、適宜重複した説明は省略する。また、各図に示す各部の縮尺や形状は、説明を容易にするために便宜的に設定されており、特に言及がない限り限定的に解釈されるものではない。また、本明細書または請求項中に「第1」、「第2」等の用語が用いられる場合には、この用語はいかなる順序や重要度を表すものでもなく、ある構成と他の構成とを区別するためのものである。また、各図面において実施の形態を説明する上で重要ではない部材の一部は省略して表示する。
【0014】
図1は、実施の形態に係る有機ハイドライド生成システムの模式図である。有機ハイドライド生成システム1は、電解槽2と、電源4と、第1流通機構6と、第2流通機構8と、制御部10と、を備える。
【0015】
電解槽2は、有機ハイドライドの脱水素化体である被水素化物を電気化学還元反応により水素化して、有機ハイドライドを生成する電解セルである。電解槽2は、アノード電極12と、アノード室14と、カソード電極16と、カソード室18と、隔膜20と、を有する。
【0016】
アノード電極12は、水を酸化してプロトンを生成するための電極(陽極)である。アノード電極12は、触媒層12aと、ガス拡散層12bと、を有する。触媒層12aは、触媒として例えばイリジウム(Ir)や白金(Pt)を含有する。なお、触媒層12aは、他の金属や金属化合物を含有してもよい。触媒層12aは、隔膜20の一方の主表面に接するように配置される。ガス拡散層12bは、導電性の多孔質体等で構成される。ガス拡散層12bを構成する材料には、公知のものを用いることができる。アノード電極12は、アノード室14に収容される。アノード室14におけるアノード電極12を除く空間は、水および電極反応で生じる酸素の流路を構成する。
【0017】
カソード電極16は、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するための電極(陰極)である。カソード電極16は、触媒層16aと、ガス拡散層16bと、を有する。触媒層16aは、触媒として例えば白金(Pt)またはルテニウム(Ru)を含有する。なお、触媒層16aは、他の金属や金属化合物を含有してもよい。触媒層16aは、隔膜20の他方の主表面に接するように配置される。ガス拡散層16bは、導電性の多孔質体等で構成される。ガス拡散層16bを構成する材料には、公知のものを用いることができる。カソード電極16は、カソード室18に収容される。カソード室18におけるカソード電極16を除く空間は、被水素化物および電極反応で生じる有機ハイドライドの流路を構成する。
【0018】
アノード室14およびカソード室18は、隔膜20によって仕切られる。隔膜20は、アノード電極12およびカソード電極16の間に配置される。本実施の形態の隔膜20は、プロトン伝導性を有する固体高分子形電解質膜で構成される。固体高分子形電解質膜は、プロトン(H)が伝導する材料であれば特に限定されないが、例えば、スルホン酸基を有するフッ素系イオン交換膜が挙げられる。
【0019】
電解槽2において、被水素化物の一例としてトルエン(TL)を用いた場合に起こる反応は以下の通りである。被水素化物としてトルエンを用いた場合、得られる有機ハイドライドはメチルシクロヘキサン(MCH)である。
アノード(正極)での電極反応:2HO→O+4H+4e
カソード(負極)での電極反応:TL+6H+6e→MCH
【0020】
アノード電極12では、水が電気分解され、酸素ガスとプロトンと電子が生じる。プロトンは、隔膜20を移動してカソード電極16に向かう。電子は、電源4の正極に流入する。酸素ガスは、アノード室14を介して外部へ排出される。カソード電極16では、トルエンと、電源4の負極から供給された電子と、隔膜20を移動したプロトンとの反応によりメチルシクロヘキサンが生成される。
【0021】
また、カソード電極16では、以下に示す副反応が生じる。
カソードでの副反応:2H+2e→H
この副反応は、カソード電極16に供給される被水素化物の濃度が低下するにつれて、カソード電極16での電極反応に対する比率が増大する。副反応によって生成される水素ガスは、カソード室18を介して外部へ排出される。
【0022】
電源4は、電解槽2に電解電流を供給する直流電源である。電源4からの電解電流の供給により、電解槽2のアノード電極12とカソード電極16との間に所定の電解電圧が印加される。本実施の形態の電源4は、入力された再生可能エネルギー由来の電力を変換して電解槽2に電解電流を供給する。例えば電源4には、再生可能エネルギー由来の発電を行う風力発電装置22や太陽光発電装置24が接続されている。例えば電源4は、再生可能エネルギーが交流で入力される場合、トランスにより電圧変換し、ブリッジ形ダイオードにより整流し、平滑電解コンデンサにより平滑化し、出力端子から電解槽2に電解電流を供給する。これにより、再生可能エネルギーを利用した有機ハイドライドの生成が可能となる。なお、電源4に供給される電力は、再生可能エネルギー由来のものに限定されない。
【0023】
第1流通機構6は、アノード室14に水を流通させる機構である。第1流通機構6は、第1循環タンク26と、第1循環路28と、第1循環装置30と、を有する。第1循環タンク26には、アノード室14に供給される水が収容される。本実施の形態では、アノード室14に供給される水として、硫酸水溶液、硝酸水溶液、塩酸水溶液等の所定のイオン伝導度を有するアノード液、あるいは純水が第1循環タンク26に収容される。
【0024】
第1循環タンク26とアノード室14とは、第1循環路28によって接続される。第1循環路28は、第1循環タンク26からアノード室14に水(アノード液)を供給するための往路部28aと、アノード室14から第1循環タンク26に水を回収するための復路部28bと、を有する。第1循環装置30は、往路部28aの途中に設けられる。第1循環装置30の駆動により、水が第1循環路28内を流れ、第1循環タンク26とアノード室14との間を循環する。第1循環装置30としては、例えばギアポンプやシリンダーポンプ等の各種ポンプ、あるいは自然流下式装置等を用いることができる。
【0025】
第1循環タンク26は、気液分離部としても機能する。アノード電極12では電極反応により酸素が生成されるため、アノード室14から回収される水には、ガス状の酸素および溶存酸素が含まれる。ガス状酸素は、第1循環タンク26において水から分離され、系外に取り出される。酸素が分離された水は、再び電解槽2に供給される。
【0026】
第2流通機構8は、カソード室18に被水素化物を流通させる機構である。第2流通機構8は、第2循環タンク32と、第2循環路34と、第2循環装置36と、を有する。第2循環タンク32には、カソード電極16に供給される被水素化物が収容される。被水素化物は、電解槽2での電気化学還元反応により水素化されて、有機ハイドライドとなる化合物、言い換えれば有機ハイドライドの脱水素化体である。被水素化物は、好ましくは常温常圧で液体である。第2循環タンク32には、被水素化物だけでなくカソード電極16で生成された有機ハイドライドも収容される。以下では適宜、第2循環タンク32に収容される液体をカソード液という。
【0027】
本実施の形態で用いられる被水素化物および有機ハイドライドは、水素化反応/脱水素反応を可逆的に起こすことにより、水素を添加/脱離できる有機化合物であれば特に限定されず、アセトン-イソプロパノール系、ベンゾキノン-ヒドロキノン系、芳香族炭化水素系等広く用いることができる。これらの中で、エネルギー輸送時の運搬性、毒性、安全性、保存安定性等の観点から、また、体積あるいは質量当たりに輸送できる水素量、水素添加および脱水素反応の容易性、Gibbs自由エネルギー変化が著しく大きくない等のエネルギー変換効率の観点から、トルエン-メチルシクロヘキサン系に代表される芳香族炭化水素系が好ましい。
【0028】
被水素化物として用いられる芳香族炭化水素化合物は、少なくとも1つの芳香環を含む化合物であり、例えば、ベンゼン、アルキルベンゼン、ナフタレン、アルキルナフタレン、アントラセン、ジフェニルエタン等が挙げられる。アルキルベンゼンには、芳香環の1~4の水素原子が炭素数1~6の直鎖アルキル基または分岐アルキル基で置換された化合物が含まれ、例えば、トルエン、キシレン、メシチレン、エチルベンゼン、ジエチルベンゼン等が挙げられる。アルキルナフタレンには、芳香環の1~4の水素原子が炭素数1~6の直鎖アルキル基または分岐アルキル基で置換された化合物が含まれ、例えばメチルナフタレン等が挙げられる。これらは単独で用いられても、組み合わせて用いられてもよい。
【0029】
被水素化物は、好ましくはトルエンおよびベンゼンの少なくとも一方である。なお、ピリジン、ピリミジン、ピラジン、キノリン、イソキノリン、N-アルキルピロール、N-アルキルインドール、N-アルキルジベンゾピロール等の含窒素複素環式芳香族化合物も、被水素化物として用いることができる。有機ハイドライドは、上述の被水素化物が水素化されたものであり、シクロヘキサン、メチルシクロヘキサン、ジメチルシクロヘキサン、ピペリジン等が例示される。
【0030】
第2循環タンク32とカソード室18とは、第2循環路34によって接続される。第2循環路34は、第2循環タンク32からカソード室18に被水素化物を供給するための往路部34aと、カソード室18から第2循環タンク32に有機ハイドライドおよび未反応の被水素化物を回収するための復路部34bと、を有する。第2循環装置36は、往路部34aの途中に設けられる。第2循環装置36の駆動により、被水素化物が第2循環路34内を流れ、第2循環タンク32とカソード室18との間を循環する。第2循環装置36としては、例えばギアポンプやシリンダーポンプ等の各種ポンプ、あるいは自然流下式装置等を用いることができる。
【0031】
第2循環タンク32は、気液分離部としても機能する。カソード電極16では副反応により水素が生成されるため、カソード室18から回収されるカソード液には、ガス状水素および溶存水素が含まれる。ガス状水素は、第2循環タンク32においてカソード液から分離され、系外に取り出される。水素が分離されたカソード液は、再び電解槽2に供給される。
【0032】
制御部10は、アノード電極12およびカソード電極16の電位を制御する。制御部10は、ハードウェア構成としてはコンピュータのCPUやメモリをはじめとする素子や回路で実現され、ソフトウェア構成としてはコンピュータプログラム等によって実現されるが、図1では、それらの連携によって実現される機能ブロックとして描いている。この機能ブロックがハードウェアおよびソフトウェアの組合せによっていろいろなかたちで実現できることは、当業者には当然に理解されるところである。
【0033】
制御部10には、電解槽2に設けられる電位検出部38から、アノード電極12およびカソード電極16の電位、あるいは電解槽2の電圧(いわゆるセル電圧)を示す信号が入力される。各電極の電位や電解槽2の電圧は、公知の方法で検出することができる。一例として、参照極が隔膜20に設けられる。参照極は、参照電極電位に保持される。例えば参照極は、可逆水素電極(RHE:Reversible Hydrogen Electrode)である。電位検出部38は、参照極に対する各電極の電位を検出して、検出結果を制御部10に送信する。電位検出部38は、例えば公知の電圧計で構成される。
【0034】
制御部10は、電位検出部38の検出結果に基づいて、有機ハイドライド生成システム1の運転中に電源4の出力や第1循環装置30および第2循環装置36の駆動等を制御する。また、制御部10は、後述する電極劣化抑制制御に基づいて、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、運転停止中、運転を開始する際等に、電源4、第1循環装置30、第2循環装置36等を制御する。なお、有機ハイドライド生成システム1の「運転」あるいは「運転中」とは、電源4から電解槽2に電解電流が供給される状態を意味する。また、「運転停止」あるいは「運転停止中」とは、電源4から電解槽2に電解電流が供給されない(電解電流の供給が停止している)状態を意味する。
【0035】
図1には1つの電解槽2のみが図示されているが、有機ハイドライド生成システム1は、複数の電解槽2を有してもよい。この場合、各電解槽2は、アノード室14とカソード室18の並びが同じになるように向きが揃えられ、隣り合う電解槽2の間に通電板を挟んで積層される。これにより、各電解槽2は電気的に直列接続される。通電板は、金属等の導電性材料で構成される。
【0036】
[運転停止中に起こる電位変化の発生原因]
電源4から電解槽2への電解電流の供給が停止して、有機ハイドライド生成システム1の運転が停止すると、隔膜20を介してガスのクロスオーバーが生じる場合がある。具体的には、アノード電極12で生じた酸素ガスの一部が、隔膜20を通過してカソード電極16側に移動する。また、カソード電極16において副反応で生じた水素ガスの一部が、隔膜20を通過してアノード電極12側に移動する。
【0037】
ガスのクロスオーバーが起こると、アノード電極12では、残存している酸素ガスとカソード電極16側から移動してきた水素ガスとが反応して、水が生成される。同様に、カソード電極16では、残存している水素ガスとアノード電極12側から移動してきた酸素ガスとが反応して、水が生成される。なお、カソード電極16で生じた有機ハイドライドの酸化反応はほとんど起こらないため、有機ハイドライドは還元剤として機能しない。したがって、カソード電極16側では、副生成物である水素ガスのみが還元剤として機能する。
【0038】
また、有機ハイドライド生成システム1の運転が停止すると、アノード電極12における酸素の還元反応とカソード電極16における副生水素の酸化反応との電位差を起電力とし、アノード液の循環路等を経路として、電解時とは逆向きの電流、つまり逆電流が流れることがある。電解槽2における電解停止後の逆反応は、以下の通りである。
電解停止後のアノードでの反応:O+4H+4e→2H
電解停止後のカソードでの反応:2H→4H+4e
なお、逆電流の発生においても、副反応で生じる水素ガスのみが還元剤として機能する。また、トルエン等の被水素化物はイオン伝導性がないため、アノード液の循環路のみがイオン伝導経路となる。
【0039】
ガスのクロスオーバーや逆電流が生じると、アノード室14中の酸素およびカソード室18中の水素は、等しい電荷量に相当する量が消費されていく。つまり、上述の反応により、酸素1分子に対して水素2分子が消費される。いずれかの電極室において残存する酸素または水素が消費し尽くされ、さらに電極自体が持つ電気容量も消費されてしまうと、両電極の電位は、その時点で酸素または水素が残存する電極の酸化還元電位に変化してしまう。つまり、有機ハイドライド生成システム1の運転が停止すると、アノード電極12およびカソード電極16の電位は、アノード側の酸化剤の総量とカソード側の還元剤の総量とのうち総量が多い電極の電位に変化する。
【0040】
アノード側の酸化剤およびカソード側の還元剤の各総量は、電気量(電荷量)に換算して以下のように計算することができる。
酸化剤の総量(電気量)=アノード電極の電極容量+反応電子数×ファラデー定数×電極室内酸素のモル数
還元剤の総量(電気量)=カソード電極の電極容量+反応電子数×ファラデー定数×電極室内水素のモル数
上記式において、酸素のモル数は、水に溶存する酸素とガス状態の酸素との合計のモル数である。同様に、水素のモル数は、カソード液に溶存する水素とガス状態の水素との合計のモル数である。
【0041】
本実施の形態の電解槽2では、有機ハイドライド生成システム1の運転中や運転停止直後において、アノード電極12の電位は1.2V(vs.RHE)以上であり、カソード電極16の電位は約0.15V(vs.RHE)以下である。有機ハイドライド生成システム1の運転停止中にガスのクロスオーバーや逆電流が生じると、アノード電極12の電位がアノード触媒の酸化還元電位以下に低下するか、またはカソード電極16の電位がカソード触媒の酸化還元電位以上に上昇し得る。
【0042】
このような電位の変化が生じると、触媒の価数変化、溶出、凝集などが起こり、電位が変化した電極の劣化が進行する。電極の劣化が進行すると、電解槽2の電解過電圧が増大し、単位質量の有機ハイドライドを生成するために必要な電力量が増大してしまう。有機ハイドライドの生成に必要な電力量が上昇して有機ハイドライドの生成効率が所定値を下回ったとき、電解槽2は寿命に達する。電極の劣化による寿命は、例えば、電解槽2の電解時の電圧(電流密度1A/cmの場合)が20%上昇した場合を基準とする。
【0043】
[電位変化に起因する電極劣化への対策]
アノード電極12の電位が変化する確率と、カソード電極16の電位が変化する確率とは、通常は不明である。また、アノード電極12の還元劣化に対する耐性や、カソード電極16の酸化劣化に対する耐性は、含有する触媒の種類や量等により様々である。このため、各電極における、電解槽2の寿命到達までに要する電位変化の回数(以下では適宜、この回数を寿命回数という)は、一般的に大きな差がある。
【0044】
アノード電極12は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有する。また、カソード電極16は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有する。劣化率dANおよび劣化率dCAは、アノード電極12およびカソード電極16のそれぞれに対して、所定の電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値(単位:V/サイクル)である。アノード電極12に対して実施される電位サイクル試験では、アノード電極12に対して有機ハイドライド生成システム1の定格電解時におけるアノード電極12の電位と、定格電解時におけるカソード電極16の電位から過電圧分を減じた電位とが繰り返し印加される。カソード電極16に対して実施される電位サイクル試験では、カソード電極16に対して有機ハイドライド生成システム1の定格電解時におけるカソード電極16の電位と、定格電解時におけるアノード電極12の電位から過電圧分を減じた電位とが繰り返し印加される。
【0045】
例えば、電位サイクル試験では、アノード電極12に対して、定格電解時のアノード電極12の電位と電解停止直後の反対側の電極の電位、つまり定格電解時の電位から過電圧分が消失した後のカソード電極16の電位とが繰り返し印加される。同様に、カソード電極16に対して、定格電解時のカソード電極16の電位と電解停止直後の反対側の電極の電位、つまり定格電解時の電位から過電圧分が消失した後のアノード電極12の電位とが繰り返し印加される。一例として、アノード電極12には、電位1.5Vと電位0Vとが繰り返し印加される。カソード電極16には、電位-0.2Vと電位1.2Vとが繰り返し印加される。
【0046】
この電位サイクル試験が施されると、一般的に電極触媒の劣化が進行する。そして、サイクル回数の増加にともなって定格電解時の電圧が徐々に上昇していく。したがって、電圧の上昇量(変位量)をサイクル回数で除した値を劣化率としたとき、アノード電極12は劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、カソード電極16は劣化率dCAで劣化する劣化特性を有する。
【0047】
仮に、電解槽2は、定格電解時の電圧が0.3V上昇したときに寿命を迎えるとする。劣化しにくい電極の劣化率が0.00003V/回であり、劣化しやすい電極の劣化率が0.0003V/回であるとき、電位変化を制御しない場合は、劣化しやすい電極の寿命回数がボトルネックとなり、最小で1000回、両電極が等しい回数だけ電位変動した場合でも2000回の運転停止で、電解槽2が寿命に達する。一方、劣化しにくい電極のみに電位変化を起こさせた場合、10000回まで運転停止を許容することができる。したがって、電解槽2の寿命を延ばすためには、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に、劣化しにくい電極の電位変化を許容し、劣化しやすい電極の電位変化を抑制することが重要である。
【0048】
そこで、本実施の形態に係る有機ハイドライド生成システム1の制御方法は、アノード電極12およびカソード電極16のうち、電解電流が電解槽2に供給されない運転停止中に生じる電位変化による劣化率の大きい電極の電位変化が、劣化率の小さい電極の電位変化よりも小さくなるように、アノード電極12およびカソード電極16の電位を制御することを含む。アノード電極12の劣化率dANと、カソード電極16の劣化率dCAとを比較して、劣化率が大きい電極の電位変化を抑制することで、電解槽2の寿命を延ばすことができる。
【0049】
例えば、カソード電極16の劣化率dCAがアノード電極12の劣化率dANよりも大きい場合、カソード電極16の電位上昇量をアノード電極12の電位低下量よりも小さくなるように両電極の電位を制御することで、電解槽2の寿命を延ばすことができる。両電極の劣化率の差が2倍以上(dAN/dCA<0.5あるいはdCA/dAN<0.5)であれば、劣化率の大きい電極の電位変化を抑制することによって効果的に電解槽2の寿命を延ばすことができると考えられる。
【0050】
劣化率が大きい電極の電位変化を抑制するためには、劣化率の大きい電極の電極室に存在する酸素または水素が持つ電荷量と、電極自体が持つ電荷量との和が、劣化率の小さい電極の電極室に存在する水素または酸素が持つ電荷量と、電極自体が持つ電荷量との和よりも多い状態を有機ハイドライド生成システム1の運転停止中に保てばよい。
【0051】
本発明者らは、白金やイリジウムからなるアノード電極12の電位がカソード電極16の電位付近まで低下することによる劣化よりも、白金やルテニウムからなるカソード電極16の電位がアノード電極12の電位付近まで上昇することによる劣化のほうが、劣化の程度が大きいこと、つまりアノード電極12よりもカソード電極16の方が寿命回数が少ないことを見出している。この場合は、カソード室18に存在する水素が持つ負の電荷量とカソード電極16が持つ電荷量との和が、アノード室14に存在する酸素が持つ正の電荷量とアノード電極12が持つ電荷量との和よりも多い状態を保てばよい。
【0052】
したがって、本実施の形態に係る有機ハイドライド生成システム1の制御方法は、アノード電極12が有する電荷量をQAN_electrode、カソード電極16が有する電荷量をQCA_electrode、アノード室14に存在する酸素が有する正の電荷量の絶対値をQAN_O、カソード室18に存在する水素が有する負の電荷量の絶対値をQCA_Hとするとき、カソード電極16の劣化率dCAがアノード電極12の劣化率dANより大きい場合に、QAN_electrode+QAN_O<QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持するか、アノード電極12の劣化率dANがカソード電極16の劣化率dCAより大きい場合に、QAN_electrode+QAN_O>QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持することを含む。
【0053】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法1]
有機ハイドライド生成システム1は、第2流通機構8によって運転中にカソード室18に被水素化物を流通させている。カソード室18に被水素化物を流通させると、これにともなってカソード室18内の有機ハイドライドや未反応の被水素化物だけでなく、副生水素も第2循環タンク32側に排出される。したがって、第2流通機構8は、カソード室18内の水素を排出する排出機構として機能する。
【0054】
そこで、本実施の形態に係る有機ハイドライド生成システム1の制御方法は、カソード電極16の劣化率dCAがアノード電極12の劣化率dANより大きい場合に、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、被水素化物の流通を抑制して所定時間が経過した後に電解電流の供給を停止することを含む。
【0055】
つまり、制御部10は、第2流通機構8の駆動を抑制して所定時間が経過した後に、電源4からの電解電流の供給を停止する。電解電流の供給停止に先立ってカソード室18への被水素化物の流通を抑制することで、カソード室18に存在する水素ガスの排出を抑制することができる。また、カソード室18に存在する被水素化物の量を減らすことができ、副反応である水素発生の進行を促すことができる。これらの結果、カソード室18内の水素の量を増やすことができる。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすいカソード電極16の電位変動を抑制することができる。
【0056】
前記「流通を抑制」は、流通量を定格電解時の流量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、カソード室18が水素ガスで満たされるまでに要する時間である。
【0057】
また、本実施の形態の制御方法は、アノード電極12の劣化率dANがカソード電極16の劣化率dCAより大きい場合に、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に被水素化物の流通を抑制することを含む。
【0058】
つまり、制御部10は、電源4からの電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に、第2流通機構8の駆動を抑制する。電解電流の供給を停止した後もカソード室18への被水素化物の流通を継続することで、カソード室18に存在する水素ガスの排出を促すことができる。よって、カソード室18に存在する水素の量を減らすことができる。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすいアノード電極12の電位変動を抑制することができる。
【0059】
前記「流通を抑制」は、流通量を定格電解時の流量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、カソード室18内がカソード液で満たされるまでに要する時間である。
【0060】
なお、有機ハイドライド生成システム1は、カソード室18内の水素を排出する排出機構として、第2流通機構8以外の機構を備えてもよい。例えば、有機ハイドライド生成システム1は、当該排出機構として、カソード室18に窒素等の不活性ガス、あるいは酸化性ガスを流通させるガス流通機構40を備えてもよい。アノード電極12の劣化率dANがカソード電極16の劣化率dCAより大きい場合に、ガス流通機構40によりカソード室18に不活性ガス等を流通させることで、カソード室18内の水素を排出してカソード室18内の残存水素量を減らすことができる。酸化性ガスとは、カソード触媒に対して酸化作用を有する物質であり、例えば空気や酸素である。
【0061】
例えば、ガス流通機構40は、不活性ガスあるいは酸化性ガスのタンク42と、カソード室18とタンク42とをつなぐガス流路44と、ガス流路44の途中に設けられる開閉弁46と、を有し、制御部10によって開閉弁46が制御される。制御部10は、開閉弁46を制御することで、タンク42からカソード室18への不活性ガス等の流通と停止とを切り替えることができる。
【0062】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法2]
有機ハイドライド生成システム1は、第1流通機構6によって運転中にアノード室14に水を流通させている。アノード室14に水を流通させると、これにともなってアノード室14中の酸素が第1循環タンク26側に排出される。したがって、第1流通機構6は、アノード室14内の酸素を排出する排出機構として機能する。
【0063】
そこで、本実施の形態の制御方法は、カソード電極16の劣化率dCAがアノード電極12の劣化率dANより大きい場合に、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に水の流通を抑制することを含む。
【0064】
つまり、制御部10は、電源4からの電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後に、第1流通機構6の駆動を抑制する。電解電流の供給を停止した後もアノード室14への水の流通を継続することで、アノード室14に存在する酸素の量を減らすことができる。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも十分多い状態を維持して、劣化しやすいカソード電極16の電位変動を抑制することができる。
【0065】
前記「流通を抑制」は、流通量を定格電解時の流量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、アノード室14の酸素ガスが全て第1循環タンク26側に追い出され、アノード室14が水で満たされるまでに要する時間である。
【0066】
また、本実施の形態の制御方法は、アノード電極12の劣化率dANがカソード電極16の劣化率dCAより大きい場合に、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、アノード室14への水の流通を抑制して所定時間が経過した後に電解電流の供給を停止することを含む。
【0067】
つまり、制御部10は、第1流通機構6の駆動を抑制して所定時間が経過した後に、電源4からの電解電流の供給を停止する。電解電流の供給停止に先だってアノード室14への水の流通を抑制することで、アノード室14からの酸素ガスの排出を抑制した状態で、酸素ガスの発生を継続させることができる。よって、アノード室14に存在する酸素の量を増やすことができる。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすいアノード電極12の電位変動を抑制することができる。
【0068】
前記「流通を抑制」は、流通量を定格電解時の流量の好ましくは1/100以下、より好ましくは1/1000以下に減少させることを意味し、さらに好ましくは0にすること、つまり完全に停止することを意味する。また、前記「所定時間」は、設計者による実験やシミュレーションに基づいて予め設定することができる。例えば、所定時間は、アノード室14内が酸素ガスで満たされるまでに要する時間である。
【0069】
なお、有機ハイドライド生成システム1は、アノード室14内の酸素を排出する排出機構として、第1流通機構6以外の機構を備えてもよい。例えば、有機ハイドライド生成システム1は、当該排出機構として、アノード室14に窒素等の不活性ガス、あるいは還元性ガスを流通させるガス流通機構48を備えてもよい。カソード電極16の劣化率dCAがアノード電極12の劣化率dANより大きい場合に、ガス流通機構48によってアノード室14に不活性ガス等を流通させることで、アノード室14内の酸素を排出してアノード室14内の残存酸素量を減らすことができる。還元性ガスとは、アノード触媒に対して還元作用を有する物質であり、例えば水素である。
【0070】
例えば、ガス流通機構48は、不活性ガスあるいは還元性ガスのタンク50と、アノード室14とタンク50とをつなぐガス流路52と、ガス流路52の途中に設けられる開閉弁54と、を有し、制御部10によって開閉弁54が制御される。制御部10は、開閉弁54を制御することで、タンク50からアノード室14への不活性ガス等の流通と停止とを切り替えることができる。
【0071】
本発明者らは、以下の実施例1および比較例1に基づいて、上述した具体的手法1および具体的手法2によって得られる効果を検証した。
【0072】
(実施例1)
まず、酸化イリジウム(IrO)からなるアノード電極(幾何面積100cm)、アノード室(容積40mL)、白金ルテニウム担持カーボン(Pt・Ru/C)からなるカソード電極(幾何面積100cm)、カソード室(容積10mL)、カソード室中に挿入した参照極(標準水素電極)を備える電解槽を用意した。そして、この電解槽を用いて、0.2A/cmの電流密度で電解試験を実施した。電解中、電解槽全体を60℃に保ち、アノード室に流速20ccmで1M硫酸水溶液を流通させ、カソード室に流速20ccmでトルエンを流通させた。このときのアノード電位は1.6V vs.RHE、カソード電位は0V vs.RHE、電解槽の電圧(セル電圧)は1.6Vであった。
【0073】
次に、電解槽のアノード電極に対して、劣化加速試験として上述の電位サイクル試験を実施した。具体的には、電気化学評価装置(ポテンショスタット装置:北斗電工社製、HZ-7000)を用いて、電位範囲を参照極基準で0~1.6V vs.RHEとし、掃引速度を1V/秒として、5000サイクル、10000サイクルおよび15000サイクルの電位サイクル試験を実施した。試験中、電解槽全体を40℃に保ち、アノード室に流速20ccmで1M硫酸水溶液を流通させ、カソード室に流速20ccmでトルエンを流通させた。電位サイクル試験を実施した後に、0.2A/cmの電流密度で電解試験を再び実施し、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて過電圧の上昇量を計測した。結果を図2に示す。図2は、電位サイクル試験による各電極の電位変化を示す図である。図2に示すように、アノード電極(陽極)に対する電位サイクル試験の結果、電解槽の電圧は5000サイクルで3mV上昇し、10000サイクルで2mV上昇し、15000サイクルで4mV上昇した。
【0074】
また、電解槽のカソード電極に対して、劣化加速試験として上述の電位サイクル試験を実施した。具体的には、電気化学評価装置(北斗電工社製、HZ-7000)を用いて、電位範囲を参照極基準で0~1.6V vs.RHEとし、掃引速度を1V/秒として、5000サイクル、10000サイクルおよび15000サイクルの電位サイクル試験を実施した。試験中、電解槽全体を40℃に保ち、アノード室に流速20ccmで1M硫酸水溶液を流通させ、カソード室に流速20ccmでトルエンを流通させた。電位サイクル試験を実施した後に、0.2A/cmの電流密度で電解試験を再び実施し、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて過電圧の上昇量を計測した。結果を図2に示す。図2に示すように、カソード電極(陰極)に対する電位サイクル試験の結果、電解槽の電圧は5000サイクルで31mV上昇し、10000サイクルで47mV上昇し、15000サイクルで54mV上昇した。
【0075】
また、電気化学評価装置(北斗電工社製、HZ-7000)を用いて、電解槽に用いた各電極の電極容量を測定した。具体的には、作用極をアノード電極またはカソード電極とし、参照極をAg/AgCl電極とし、対極を白金線とした三電極式の電解槽を用意した。また、電解質として窒素脱気した1M硫酸水溶液(常温)を用意した。そして、アノード電極については、電流密度0.2A/cmで定格電解を5分間実施し、酸素を発生させた。その後、電流密度-0.5mA/cmでアノード電極を還元し、電気量と電位との関係を測定した。カソード電極については、電流密度-0.2A/cmで定格電解を5分間実施し、水素を発生させた。その後、電流密度0.5mA/cmでカソード電極を酸化し、電気量と電位との関係を測定した。結果を図3に示す。
【0076】
図3は、各電極の電気量と電位との関係を示す図である。図3は、逆電流やクロスリークによってアノード電極(陽極)が還元された際の各還元電気量における電極電位と、カソード電極(陰極)が酸化された際の各酸化電気量における電極電位とを示している。図3に示すように、アノード電極の電位がカソード電極の電解停止直後の電位(溶存水素の電位:0V vs.RHE)になったときの電気量は、0.11Cであった。また、カソード電極の電位がアノード電極の電解停止直後の電位(溶存酸素の電位:1.2V vs.RHE)になったときの電気量は、1.0Cであった。つまり、アノード電極の電極容量は0.11Cであり、カソード電極の電極容量は1.0Cであることが確認された。
【0077】
上述の電位サイクル試験の結果から、アノード電極の劣化率dANよりもカソード電極の劣化率dCAの方が大きいことが確認された。したがって、この電解槽では、電解停止中にカソード電極の電位を変動させないように制御する必要がある。
【0078】
そこで、この電解槽を用い、以下に示す手順で定格電解と電解停止制御とを実施した。まず、電流密度0.2A/cm、電解槽温度60℃、アノード室へ流速20ccmで1M硫酸水溶液を循環、カソード室へ流速20ccmでトルエンを循環の条件で、定格電解を15分間実施した。このときの電解槽の電圧は1.6Vであった。続いて電解停止制御として、まずはカソード室へのトルエンの循環を停止し、その50分後に電源からの電解電流の供給を停止し、その2分後にアノード室への硫酸水溶液の循環を停止した。この段階的停止制御が完了した時点で、カソード室は水素ガスで満たされており、アノード室は硫酸水溶液で満たされていた。
【0079】
また、データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて、段階的停止制御を実施した際のアノード電極およびカソード電極の電位を計測した。結果を図4に示す。なお、図4には、比較のために後述する比較例1および実施例2の結果も載せている。図4は、実施例1、比較例1および実施例2に係る制御を実施した際の各電極の電位変化を示す図である。図4に示すように、電解停止(0分)からアノード電極(陽極)の電位が徐々に低下する一方で、カソード電極の電位はほとんど変化しなかった。また、定格電解の停止から8時間が経過した後に再び定格電解を実施したところ、電解槽の電圧(セル電圧)は1.6001Vであり、電圧の上昇量は0.1mVであった。
【0080】
(比較例1)
実施例1で使用したものと同じ電解槽を用い、実施例1と同じ条件で定格電解を実施するとともに、以下に示す手順で電解停止制御を実施した。すなわち、電解電流の供給停止と同時に、アノード室への硫酸水溶液の循環とカソード室への被水素化物の循環とを停止した。この停止順序は、従来の電解槽における停止順序に相当する。
【0081】
実施例1と同様に、電解停止制御を実施した際の両電極の電位を計測した。結果を図4に示す。図4に示すように、電解停止(0分)後に、カソード電極(陰極)の電位が徐々に上昇する一方で、アノード電極の電位の変化は小さかった。また、定格電解の停止から8時間が経過した後に再び定格電解を実施したところ、電解槽の電圧は1.601Vであり、電圧の上昇量は1mVであった。
【0082】
以上の結果から、カソード室への被水素化物の循環を停止して所定時間が経過した後に電解を停止する段階的制御によって、また、電解を停止して所定時間が経過した後にアノード室への水の循環を停止する段階的制御によって、劣化率の大きいカソード電極の電位変動を抑制でき、これにより電解槽の電圧の増大を抑制できることが確認された。また、この結果から、アノード電極の劣化率の方がカソード電極の劣化率よりも大きい場合には、アノード室への水の循環を停止して所定時間が経過した後に電解を停止する段階的制御によって、また、電解を停止して所定時間が経過した後にカソード室への被水素化物の循環を停止する段階的制御によって、劣化率の大きいアノード電極の電位変動を抑制できることを理解することができる。
【0083】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法3]
本実施の形態の制御方法は、カソード電極16の劣化率dCAがアノード電極12の劣化率dANより大きい場合に、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中、カソード室18に水素を供給することを含む。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすいカソード電極16の電位変動を抑制することができる。
【0084】
また、本実施の形態の制御方法は、アノード電極12の劣化率dANがカソード電極16の劣化率dCAより大きい場合に、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中、アノード室14に酸素を供給することを含む。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすいアノード電極12の電位変動を抑制することができる。
【0085】
カソード室18に水素を供給する機構としては、上述したガス流通機構40が例示される。この場合、タンク42には、不活性ガスや酸化性ガスに代えて水素ガスが収容される。制御部10は、開閉弁46を制御することで、タンク42からカソード室18への水素ガスの流通と停止とを切り替えることができる。また、アノード室14に酸素を供給する機構としては、上述したガス流通機構48が例示される。この場合、タンク50には、不活性ガスや還元性ガスに代えて酸素ガスが収容される。制御部10は、開閉弁54を制御することで、タンク50からアノード室14への酸素ガスの流通と停止とを切り替えることができる。
【0086】
また、カソード室18に水素を供給する機構は、カソード室18に流通させるカソード液に水素を溶存させて、このカソード液を第2流通機構8によってカソード室18に流通させるものであってもよい。同様に、アノード室14に酸素を供給する機構は、アノード室14に流通させる水に酸素を溶存させて、この水を第1流通機構6によってアノード室14に流通させるものであってもよい。なお、カソード室18への水素の供給と、アノード室14への酸素の供給とは、有機ハイドライド生成システム1の運転停止から運転再開まで継続してもよいし、所定時間の経過後に停止してもよい。
【0087】
本発明者らは、以下の実施例2に基づいて、上述した具体的手法3によって得られる効果を検証した。
【0088】
(実施例2)
実施例1で使用したものと同じ電解槽を用い、以下に示す手順で定格電解と電解停止制御を実施した。まず、電流密度0.2A/cm、電解槽温度60℃で定格電解を15分間実施した。電解中、アノード室には、1M硫酸水溶液を流速20ccmで循環させた。カソード室には、予め水素を飽和するまで溶解させたトルエンを流速20ccmで循環させた。続いて電解停止制御として、定格電解を停止してから2分後にアノード室への硫酸水溶液の循環を停止した。カソード室へのトルエンの循環は継続した。
【0089】
データ記録装置(日置電機社製、LR8400)を用いて、上述の電解停止制御を実施した際のアノード電極およびカソード電極の電位を計測した。結果を図4に示す。図4に示すように、電解停止(0分)からアノード電極(陽極)の電位が徐々に低下する一方で、カソード電極の電位はほとんど変化しなかった。また、定格電解の停止から8時間が経過した後に再び定格電解を実施したところ、電解槽の電圧(セル電圧)は1.6001Vであり、電圧の上昇量は0.1mVであった。
【0090】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法4]
本実施の形態の制御方法は、カソード電極16の劣化率dCAがアノード電極12の劣化率dANより大きい場合に、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中から運転開始に移行する際、電解電流の供給開始以降にカソード室18への被水素化物の流通を開始することを含む。
【0091】
つまり、制御部10は、電源4からの電解電流の供給開始と同時、または供給開始の後に、第2流通機構8の駆動を開始する。電解電流の供給開始までは第2流通機構8を停止させておくことで、カソード室18に存在する水素の量が電解停止中に低下してしまうことを抑制することができる。これにより、有機ハイドライド生成システム1の運転開始まで、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすいカソード電極16の電位変動を抑制することができる。
【0092】
また、本実施の形態の制御方法は、アノード電極12の劣化率dANがカソード電極16の劣化率dCAより大きい場合に、有機ハイドライド生成システム1の運転停止中から運転開始に移行する際、電解電流の供給開始以降にアノード室14への水の流通を開始することを含む。
【0093】
つまり、制御部10は、カソード電極16よりもアノード電極12の方が劣化しやすい場合、電源4からの電解電流の供給開始と同時、または供給開始の後に、第1流通機構6の駆動を開始する。電解電流の供給開始までは第1流通機構6を停止させておくことで、アノード室14に存在する酸素の量が電解停止中に低下してしまうことを抑制することができる。これにより、有機ハイドライド生成システム1の運転開始まで、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態を維持して、劣化しやすいアノード電極12の電位変動を抑制することができる。前記「流通を開始」は、流通が抑制された状態の流量から当該流量を超える流量に増加させることを意味する。
【0094】
[運転停止中に生じる劣化率の大きい電極の電位変化を劣化率の小さい電極の電位変化より小さくするその他の具体的手法1]
アノード電極12よりもカソード電極16の方が劣化しやすい場合、カソード室18の容積をアノード室14の容積よりも大きくしてもよい。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を維持することができる。同様に、カソード電極16よりもアノード電極12の方が劣化しやすい場合、アノード室14の容積をカソード室18の容積よりも大きくしてもよい。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも十分多い状態を維持することができる。
【0095】
[運転停止中の電位変化を制御する具体的手法5]
ノード電極12よりもカソード電極16の方が劣化しやすい場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、カソード室18内を加圧してもよい。これにより、カソード室18内に存在する気体水素の物質量を増加させることができ、よって、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を維持することができる。この方法は、例えば有機ハイドライド生成システム1がカソード室18の加圧機構を備え、制御部10が加圧機構を制御することで実現することができる。
【0096】
同様に、カソード電極16よりもアノード電極12の方が劣化しやすい場合、有機ハイドライド生成システム1の運転停止に移行する際、アノード室14を加圧してもよい。これにより、アノード室14内に存在する気体酸素の物質量を増加させることができ、よって、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態を維持することができる。この方法は、例えば有機ハイドライド生成システム1がアノード室14の加圧機構を備え、制御部10が加圧機構を制御することで実現することができる。
【0097】
[運転停止中に生じる劣化率の大きい電極の電位変化を劣化率の小さい電極の電位変化より小さくするその他の具体的手法2]
アノード電極12よりもカソード電極16の方が劣化しやすい場合、カソード電極16にカーボンなどの電極容量を増大させる材料を含有させてもよい。これにより、カソード側の負の電荷量がアノード側の正の電荷量よりも多い状態を維持することができる。同様に、カソード電極16よりもアノード電極12の方が劣化しやすい場合、アノード電極12にカーボンなどの電極容量を増大させる材料を含有させてもよい。これにより、アノード側の正の電荷量がカソード側の負の電荷量よりも多い状態を維持することができる。なお、上述した運転停止中の電位変化を制御する具体的手法1~5、およびその他の具体的手法1,2は、それぞれを適宜組み合わせることができる。
【0098】
以上説明したように、本実施の形態に係る有機ハイドライド生成システム1の制御方法は、電解槽2が有するアノード電極12およびカソード電極16のうち、運転停止中に生じる電位変化による劣化率の大きい電極の当該電位変化が、劣化率の小さい電極の当該電位変化よりも小さくなるように、アノード電極12およびカソード電極16の電位を制御することを含む。このように、劣化耐性の乏しい電極の電位変化を抑制することで、有機ハイドライド生成システム1の耐久性を向上させることができ、より長期間にわたって低電力で有機ハイドライドを製造することができる。
【0099】
アノード電極12の劣化率dANは、アノード電極12に対して、有機ハイドライド生成システム1の定格電解時におけるアノード電極12の電位と、定格電解時におけるカソード電極16の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である。また、カソード電極16の劣化率dCAは、カソード電極16に対して、有機ハイドライド生成システム1の定格電解時におけるカソード電極16の電位と、定格電解時におけるアノード電極12の電位から過電圧分を減じた電位とを繰り返し印加する電位サイクル試験が実施された場合における、当該電位サイクル試験前後での定格電解時の電圧の変化量をサイクル回数で除した値である。これにより、有機ハイドライド生成システム1の耐久性を向上させることができる。
【0100】
また、アノード電極12が有する電荷量をQAN_electrode、カソード電極16が有する電荷量をQCA_electrode、アノード室14に存在する酸素が有する正の電荷量の絶対値をQAN_O、カソード室18に存在する水素が有する負の電荷量の絶対値をQCA_Hとするとき、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、QAN_electrode+QAN_O<QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、QAN_electrode+QAN_O>QCA_electrode+QCA_Hの状態を維持することを含む。これにより、有機ハイドライド生成システム1の耐久性を向上させることができる。
【0101】
また、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、運転停止に移行する際、カソード室18への被水素化物の流通を抑制して所定時間が経過した後に電解電流の供給を停止するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、運転停止に移行する際、電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後にカソード室18への被水素化物の流通を抑制することを含む。これにより、有機ハイドライド生成システム1の耐久性を向上させることができる。
【0102】
また、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、運転停止に移行する際、電解電流の供給を停止して所定時間が経過した後にアノード室14への水の流通を抑制するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、運転停止に移行する際、アノード室14への水の流通を抑制して所定時間が経過した後に電解電流の供給を停止することを含む。これにより、有機ハイドライド生成システム1の耐久性を向上させることができる。
【0103】
また、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、運転停止中、アノード室14に不活性ガスあるいは還元性ガスを流通させるか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、運転停止中、カソード室18に不活性ガスあるいは酸化性ガスを流通させることを含む。これにより、有機ハイドライド生成システム1の耐久性を向上させることができる。
【0104】
また、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、運転停止中、カソード室18に水素を供給するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、運転停止中、アノード室14に酸素を供給することを含む。これにより、有機ハイドライド生成システム1の耐久性を向上させることができる。
【0105】
また、本実施の形態の制御方法は、劣化率dCAが劣化率dANより大きい場合に、運転停止中から運転を開始する際、電解電流の供給開始以降にカソード室18への被水素化物の流通を開始するか、劣化率dANが劣化率dCAより大きい場合に、運転停止中から運転を開始する際、電解電流の供給開始以降にアノード室14への水の流通を開始することを含む。
【0106】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明した。前述した実施の形態は、本発明を実施するにあたっての具体例を示したものにすぎない。実施の形態の内容は、本発明の技術的範囲を限定するものではなく、請求の範囲に規定された発明の思想を逸脱しない範囲において、構成要素の変更、追加、削除等の多くの設計変更が可能である。設計変更が加えられた新たな実施の形態は、組み合わされる実施の形態および変形それぞれの効果をあわせもつ。前述の実施の形態では、このような設計変更が可能な内容に関して、「本実施の形態の」、「本実施の形態では」等の表記を付して強調しているが、そのような表記のない内容でも設計変更が許容される。以上の構成要素の任意の組み合わせも、本発明の態様として有効である。
【0107】
実施の形態は、以下に記載する項目によって特定されてもよい。
[項目1]
水を酸化してプロトンを生成するためのアノード電極12、プロトンで被水素化物を水素化して有機ハイドライドを生成するためのカソード電極16、アノード電極12を収容するアノード室14、カソード電極16を収容するカソード室18、ならびにプロトン伝導性を有し、アノード室14およびカソード室18を仕切る隔膜20を有する電解槽2と、
電解槽2に電解電流を供給する電源4と、
アノード電極12およびカソード電極16の電位を制御する制御部10と、を備え、
アノード電極12は、電解電流が電解槽2に供給されない運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dANで劣化する劣化特性を有し、
カソード電極16は、運転停止中に生じる電位変化によって所定の劣化率dCAで劣化する劣化特性を有し、
制御部10は、アノード電極12およびカソード電極16のうち、劣化率の大きい電極の電位変化が劣化率の小さい電極の電位変化よりも小さくなるように、アノード電極12およびカソード電極16の電位を制御する有機ハイドライド生成システム1。
【符号の説明】
【0108】
1 有機ハイドライド生成システム、 2 電解槽、 4 電源、 6 第1流通機構、 8 第2流通機構、 10 制御部、 12 アノード電極、 14 アノード室、 16 カソード電極、 18 カソード室、 20 隔膜。
図1
図2
図3
図4