(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-25
(45)【発行日】2023-11-02
(54)【発明の名称】細胞培養用基材及び培養方法
(51)【国際特許分類】
C12M 3/00 20060101AFI20231026BHJP
C12N 5/10 20060101ALI20231026BHJP
C12N 5/071 20100101ALI20231026BHJP
C12P 21/08 20060101ALI20231026BHJP
【FI】
C12M3/00 A
C12N5/10
C12N5/071
C12P21/08
(21)【出願番号】P 2020501061
(86)(22)【出願日】2019-02-22
(86)【国際出願番号】 JP2019006806
(87)【国際公開番号】W WO2019163948
(87)【国際公開日】2019-08-29
【審査請求日】2022-02-17
(31)【優先権主張番号】P 2018030780
(32)【優先日】2018-02-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】598123138
【氏名又は名称】学校法人 創価大学
(73)【特許権者】
【識別番号】591105993
【氏名又は名称】東京化成工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100102015
【氏名又は名称】大澤 健一
(72)【発明者】
【氏名】西原 祥子
(72)【発明者】
【氏名】三浦 太一
(72)【発明者】
【氏名】松▲崎▼ 祐二
(72)【発明者】
【氏名】湯浅 徳行
(72)【発明者】
【氏名】羽生 正人
【審査官】斉藤 貴子
(56)【参考文献】
【文献】特表平09-510493(JP,A)
【文献】特開2012-147793(JP,A)
【文献】国際公開第2013/147264(WO,A1)
【文献】特表2015-534825(JP,A)
【文献】特表2012-502664(JP,A)
【文献】NAGAHATA, Misao et al.,A novel function of N-cadherin and Connexin43: marked enhancement of alkaline phosphatase activity in rat calvarial osteoblast exposed to sulfated hyaluronan,Biochemical and Biophysical Research Communications,2004年,Vol.315, No.3,P.603-611
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M
C12N
C12P
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多能性幹細胞の未分化状態を維持して培養するための細胞培養用基材であって、ヒアルロン酸の構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して少なくとも1.3以上の割合で導入されている硫酸化ヒアルロン酸が表面にコートされた細胞培養用基材。
【請求項2】
前記硫酸化ヒアルロン酸は、構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して3.0以上の割合で導入されている、
請求項1に記載の細胞培養用基材。
【請求項3】
前記多能性幹細胞が、iPS細胞である
請求項1又は2に記載の細胞培養用基材。
【請求項4】
前記多能性幹細胞が、ヒトES細胞又はヒトiPS細胞である請求項1又は2に記載の細胞培養用基材。
【請求項5】
前記硫酸化ヒアルロン酸が、細胞外マトリックス
とともに表面にコートされた
請求項1~4のいずれか一つに記載の細胞培養用基材。
【請求項6】
前記硫酸化ヒアルロン酸が、細胞外マトリックス
中に均一に分散された状態で存在することを特徴とする
請求項5に記載の細胞培養用基材。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一つに記載の細胞培養用基材を含む細胞培養器具。
【請求項8】
請求項1~6のいずれか一つに記載の細胞培養用基材を用いて、多能性幹細胞を培養し、未分化状態を維持することを特徴とする多能性幹細胞の培養方法。
【請求項9】
多能性幹細胞
の未分化状態を維持して培養する方法であって
、ヒアルロン酸の構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して1.3以上の割合で導入されている
硫酸化ヒアルロン酸及び細胞外マトリックスを添加した培地にて、支持細胞を用いず、かつ、未分化状態維持因子を培地に添加しない培養条件にて細胞を培養することを特徴とする培養方法。
【請求項10】
前記硫酸化ヒアルロン酸は、構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して3.0以上の割合で導入されている、請求項9に記載の培養方法。
【請求項11】
前記未分化状態維持因子がbFGFである
請求項9又は10に記載の培養方法。
【請求項12】
前記多能性幹細胞が、iPS細胞である請求項9~11のいずれか一つに記載の培養方法。
【請求項13】
前記多能性幹細胞が、
ヒトES細胞又はヒトiPS細胞であ
る請求項9~11のいずれか一つに記載の培養方法。
【請求項14】
前記硫酸化ヒアルロン酸が、10μg/mLの濃度にて培地に添加される請求項9~13のいずれか一つに記載の培養方法。
【請求項15】
抗体を産生する能力を有するハイブリドーマを培養して抗体を産生する方法であって、以下の工程:
硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地で細胞を培養する工程、ここで、前記硫酸化ヒアルロン酸は、S含量にて7%以上の硫酸化度である、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項16】
前記硫酸化度が13%以上である
請求項15に記載の方法。
【請求項17】
抗体を産生する能力を有するハイブリドーマを培養して抗体を産生する方法であって、以下の工程:
硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地で細胞を培養する工程、ここで、前記硫酸化ヒアルロン酸は、構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して少なくとも1.3以上の割合で導入されている硫酸化度である、
を含むことを特徴とする方法。
【請求項18】
前記硫酸化度が、硫酸基が平均して3.0以上の割合で導入されている
請求項17に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養分野における、細胞培養用基材及び培養方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
個体のすべての細胞に分化しうる分化多能性(pluripotency)を保ちつつ、無限に増殖できる自己複製能を併せ持つ胚性幹細胞(ES細胞)がヒトにおいて樹立されて以来、ES細胞を、インビトロで主要臓器細胞へと分化誘導する研究が盛んに行われている。また、体細胞へ特定の遺伝子を導入することにより、ES細胞のように分化多能性と自己複製能を併せ持つヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)が作られてからは、ES細胞に加え、iPS細胞を用いて、インビトロで主要臓器細胞へと分化誘導する研究が盛んに行われている。
【0003】
これらの多能性幹細胞は、様々な組織や臓器の細胞に分化する能力とほぼ無限に増殖する能力をもつため、病気の原因の解明、新しい薬の開発、細胞移植治療などの再生医療への応用などが期待されている。特に、ヒト胚性幹細胞(hESC)やヒト人工多能性幹細胞(hiPSC)などのヒト多能性幹細胞(hPSC)は、創薬や再生医療への応用が期待され、近年、多くの研究・開発がなされている(非特許文献1:D. A. Robinton et al., Nature. 2012 Jan 18; 481(7381): 295-305.)。
【0004】
多能性幹細胞を安全に、かつ再現性良く培養し、増殖させることは、これらの細胞を応用する上で必須の技術となっている。特に、再生医療の分野においては、幹細胞を未分化状態で多量に扱う必要があることから、天然及び合成の高分子を用いて多能性幹細胞の増殖を支持すると同時に多分化能を維持する技術について様々な研究が行われている(非特許文献2:Fan Y., et al., Stem Cell Rev. 2015 Feb;11(1):96-109.、非特許文献3:Chen YM, et al., Sci Rep. 2017 Mar 23;7:45146.)。
【0005】
未分化状態でhPSCを維持するために現在最もよく使用されている手法は、支持細胞(例えば、マウス胚性線維芽細胞(MEF)や、ヒト包皮線維芽細胞、ヒト脂肪由来細胞など)上で培養を行うという方法である(非特許文献4:L.G. Villa-Diaz et al., Stem Cells. 2013 Jan; 31(1): 1-7.)。しかし、支持細胞を用いたhPSCの培養は、時間がかかり、支持細胞のロットごとにばらつきが生じるという問題があり、また、支持細胞からの物質のコンタミの懸念もある。
或いは、hPSCを、細胞外マトリックス上、例えば、マトリゲル上もしくはゲルトレックス上において培養を行うという方法である。マトリゲルなどの細胞培養用の細胞外マトリックスは、主成分として、ラミニン、コラーゲンIV、へパラン硫酸プロテオグリカン、及びエンタクチン/ニドゲンを含み、さらに、様々な増殖因子などを含むEngelbreth-Holm-Swarm(EHS)マウス肉腫から分離された基質により構成されている。これらは、多くのhESC株の多分化能を支持することが報告されているが(非特許文献5:K G. Chen, et al., Cell Stem Cell. 2014 Jan 2; 14(1): 13-26.)、厳密な組成が明らかでなく、異種生物由来成分を含むものであるため、このような培養条件を用いた場合にはhPSCの臨床応用が妨げられる恐れがある。
また、MEFやマトリゲルを用いた場合は、ヒトに由来しないN-グリコリルノイラミン酸(Neu5Gc)などの免疫原性エピトープや、異種感染ウイルスのヒトへの伝播に関する懸念がある。
【0006】
hESCやhiPSCなどの細胞の製造を、GMPに適合した施設において大規模に行うことが現在求められているが、支持細胞の存在が特にhPSCの利用を妨げている。
また、hPSCの多分化能の維持のためには、培地中に塩基性線維芽細胞成長因子(bFGF)を添加することが必要であるが、bFGFは、高価で、また長期に安定に保存することが困難であり、そのことも、hPSCの工業的製造を妨げている。
FGFは、幹細胞の培養を安定して行なうために一般的に培地に添加されており、無血清培地においても重要性が高い成分の1つとなっている。しかしながら、培地中での安定性が低いことが知られており、細胞培養において高頻度の培地交換が要求される要因ともなっている。このことも、hPSCの工業的製造を妨げている。
【0007】
これまでに、ある種の硫酸化多糖類がFGFを分解、変性、失活等から保護する作用を有することが報告されている。例えば、特許文献1(WO92/13526号パンフレット)には、カラギーナンがbFGFを安定化することが開示されている。特許文献2(特開平02-138223号公報)には、FGFもしくはそのムテインと硫酸化グルカンとを水性媒体中で接触させることを特徴とするFGFもしくはそのムテインの安定化方法等が開示されている。非特許文献6(J. Cell. Physiol., 1986, 128, 475-484)には、ヘパリン又はヘキシウロニルヘキソサミノグリカン硫酸(HHS-4)がbFGFを不活性化から保護しその生理活性を増強することが記載されている。
【0008】
一方、培地内に陰イオン修飾ヒアルロン酸を含有させてなるヒト細胞を培養する方法が報告されている(特許文献3:特開2006-211920号公報)。そこでは、ヒト間葉系細胞が、陰イオン修飾ヒアルロン酸によってその増殖が促進されることが記載されている。
【0009】
また、硫酸化多糖類である硫酸化ヒアルロン酸をコーティングした生体組織補填剤が報告されている(特許文献4:特許第5088864号公報)。そこでは、硫酸化度が、0.6又は1.0の硫酸化ヒアルロン酸をコートした生体組織補填剤が、軟骨細胞の増殖及び軟骨への分化能を促進していることが記載されている。
その他、硫酸化ヒアルロン酸を用いて細胞を活性化させ、神経細胞への分化・成熟を促進することができる培地及び培養方法が報告されている(特許文献5:特開2009-278873号公報)。そこでは、硫酸化度が、0.4又は1.0の硫酸化ヒアルロン酸が用いられており、硫酸化ヒアルロン酸とFGF-2とを組み合わせて添加することにより、細胞を活性化させ、神経細胞への分化・成熟を促進することができると記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】WO92/13526号パンフレット
【文献】特開平02-138223号公報
【文献】特開2006-211920号公報
【文献】特許第5088864号公報
【文献】特開2009-278873号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】D. A. Robinton et al., Nature. 2012 Jan 18; 481(7381): 295-305
【文献】Fan Y., et al., Stem Cell Rev. 2015 Feb;11(1):96-109
【文献】Chen YM, et al., Sci Rep. 2017 Mar 23;7:45146
【文献】L.G. Villa-Diaz et al., Stem Cells. 2013 Jan; 31(1): 1-7
【文献】K G. Chen, et al., Cell Stem Cell. 2014 Jan 2; 14(1): 13-26
【文献】Gospodarowics D., et al,, J. Cell. Physiol., 1986, 128, 475-484
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は、hPSCの培養や抗体を産生するハイブリドーマの培養において、培養効率を向上させることができる新たな細胞培養用基材又は培養方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明者らは鋭意研究をした結果、比較的高い硫化度の硫酸化ヒアルロン酸を用いることにより、hPSCの培養や抗体を産生するハイブリドーマの培養において、培養効率を向上させることができることを見いだし、本発明を完成した。
本発明の一つの観点において、比較的高い硫化度の硫酸化ヒアルロン酸を用いることにより、フィーダー細胞を用いなくてもhPSCを未分化状態に維持した或いは多分化能を維持した状態で培養増殖させることができる。
本発明の別の一つの観点において、比較的高い硫化度の硫酸化ヒアルロン酸を用いることにより、抗体産生ハイブリドーマの培養において、抗体産生量を増加させることができる。
より具体的には本発明は以下の細胞培養方法及び細胞培養用基材を含むものである。
【0014】
(細胞培養方法)
本発明は一つの観点において、比較的高い硫酸化度の硫酸化ヒアルロン酸(硫酸化度が、ヒアルロン酸2糖単位当たりの硫酸基数(以下、「硫酸化度(硫酸基数/2糖単位)」という表現を用いる場合がある)で、約1.3以上、好ましくは約1.5以上、より好ましくは、約2.0以上である硫酸化ヒアルロン酸)を用いることにより、支持細胞を用いなくてもhPSCを未分化状態に維持した或いは多分化能を維持した状態で培養増殖するための細胞培養方法を提供する。
本発明は別の観点において、比較的高い硫酸化度(硫酸化度(硫酸基数/2糖単位)が、約1.3以上、好ましくは約1.5以上、より好ましくは約2.0以上、さらに好ましくは約3.0以上)の硫酸化ヒアルロン酸を用いることにより、支持細胞及びbFGFを用いなくても、hPSCを未分化状態に維持した或いは多分化能を維持した状態で培養増殖するための細胞培養用方法を提供する。
【0015】
(細胞培養用基材)
本発明はまた別の観点において、支持細胞を用いない、場合により支持細胞に加えてさらにbFGFを用いないhPSCの培養において、hPSCを未分化状態に維持した或いは多分化能を維持した状態で培養増殖するための、比較的高い硫酸化度(硫酸化度(硫酸基数/2糖単位)が、約1.3以上、好ましくは約1.3~約3.0)の硫酸化ヒアルロン酸が、場合により細胞外マトリックスとともに、コートされた細胞培養用基材を提供する。
本発明はまた別の一つの観点において、上記の細胞培養用基材を用いた、hPSCの培養方法を提供する。
【0016】
本発明はさらにまた別の観点において、比較的高い硫酸化度(硫酸化度(硫酸基数/2糖単位)が、好ましくは約1.3以上、より好ましくは約2.0以上、さらに好ましくは約3.0以上)の硫酸化ヒアルロン酸を加えた培地を用いて、抗体産生能をもつハイブリドーマを培養して抗体を産生する方法を提供する。
【0017】
具体的には、本発明は以下の態様を含むものである。
[1]硫酸化ヒアルロン酸が表面にコートされた細胞培養用基材。
[2]前記硫酸化ヒアルロン酸は、S含量にて約7%以上(好ましくは10%以上)の硫酸化度である硫酸化ヒアルロン酸である上記[1]に記載の細胞培養用基材。
[3]前記硫酸化ヒアルロン酸は、構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して少なくとも約1.3以上の割合で導入されている上記[1]に記載の細胞培養用基材。
[4]前記硫酸化ヒアルロン酸は、構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して約1.3~約3.0の割合で導入されている、上記[3]に記載の細胞培養用基材。
[5]前記硫酸化ヒアルロン酸は、構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して3.0以上の割合で導入されている、上記[3]に記載の細胞培養用基材。
[6]多能性幹細胞の培養用基材であって、多能性幹細胞を未分化状態に維持するための培養に用いることを特徴とする上記[1]~[5]のいずれか一つに記載の細胞培養用基材。
[7]前記多能性幹細胞が、iPS細胞である上記[6]に記載の細胞培養用基材。
[8]前記硫酸化ヒアルロン酸が、細胞外マトリックス、たんぱく質又はポリマーとともに表面にコートされた上記[1]~[7]のいずれか一つに記載の細胞培養用基材。
[9]前記硫酸化ヒアルロン酸が、細胞外マトリックス、たんぱく質又はポリマー中に均一に分散された状態で存在することを特徴とする上記[8]に記載の細胞培養用基材。
[10]上記[1]~[9]のいずれか一つに記載の細胞培養用基材を含む細胞培養器具。
[11]上記[1]~[9]のいずれか一つに記載の細胞培養用基材を用いて、多能性幹細胞(好ましくは、ES細胞又はiPS細胞)を培養し、その分化能を維持することを特徴とする多能性幹細胞の培養方法。
【0018】
[12]多能性幹細胞(好ましくは、ES細胞又はiPS細胞)を培養する方法であって、以下の工程:
硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地を用いて、支持細胞を含まない培養条件にて細胞を培養する工程、ここで、前記硫酸化ヒアルロン酸は、S含量にて約7%以上(好ましくは約10%以上、より好ましくは約13%以上、さらに好ましくは約14%以上)の硫酸化度である、
を含むことを特徴とする培養方法。
[13]多能性幹細胞(好ましくは、ES細胞又はiPS細胞)を培養する方法であって、以下の工程:
硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地を用いて、支持細胞を含まない培養条件にて細胞を培養する工程、ここで、前記硫酸化ヒアルロン酸は、構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して少なくとも約1.3以上(好ましくは約2.0以上、より好ましくは約2.5以上、さらに好ましくは約3.0以上、よりさらに好ましくは約3.5以上)の割合で導入されている、
を含むことを特徴とする培養方法。
[14]前記培養条件が、さらにbFGFを含まない培養条件である、上記[12]又は[13]に記載の培養方法。
[15]前記培養する工程が、細胞外マトリックス、たんぱく質又はポリマーが存在する状態で行われる、上記[12]~[14]のいずれか一つに記載の培養方法。
[16]前記多能性幹細胞が、ヒトiPS細胞である上記[12]~[15]のいずれか一つに記載の培養方法。
[17]抗体を産生する能力を有するハイブリドーマを培養して抗体を産生する方法であって、以下の工程:
硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地で細胞を培養する工程、ここで、前記硫酸化ヒアルロン酸は、S含量にて7%以上(好ましくは10%以上、さらに好ましくは13%以上、より好ましくは14%以上)の硫酸化度である、
を含むことを特徴とする方法。
[18]抗体を産生する能力を有するハイブリドーマを培養して抗体を産生する方法であって、以下の工程:
硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地で細胞を培養する工程、ここで、前記硫酸化ヒアルロン酸は、構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して少なくとも1.3以上(好ましくは2.0以上、より好ましくは2.5以上、さらに好ましくは3.0以上、よりさらに好ましくは3.5以上)の割合で導入されている硫酸化度である、
を含むことを特徴とする方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、hPSCの培養や抗体を産生するハイブリドーマの培養において、培養効率を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】支持細胞及びbFGFを加えずに、10μg/mlのヒアルロン酸(HA)、高硫酸化ヒアルロン酸(HA-HS)をそれぞれ加え3日間培養した後に、コロニー数をカウントした結果である。実験には、hiPS#16(左)とhiPS#25(右)の2種類のヒトiPS細胞株を用いた。試行回数3回の平均値を示す。硫酸化ヒアルロン酸の添加により、hiPS細胞の未分化性が維持されていることが判る。
【
図2】培養3日後のヒトiPS細胞のコロニーの顕微鏡写真である。左図(A)は、支持細胞及びbFGFを加えず培養した場合の結果であり、分化が見られる。一方、右図(B)は、支持細胞及びbFGFを加えないが、高硫酸化ヒアルロン酸を加えた場合の結果であり、未分化性が維持されている。
【
図3】支持細胞及びbFGFを加えずに、10μg/mlのヒアルロン酸(HA)、10μg/mlの高硫酸化ヒアルロン酸(分子量10万)(HA-HS)を加え、3日間培養した後、ウェスタンブロット解析により各未分化性維持転写因子(OCT4、KLF4、NANOG)のタンパク質の発現量を検討した。下のグラフは各未分化性維持転写因子のバンド強度を、内在性コントロールであるβ-actinのバンド強度で補正した後の値を示す。実験には、hiPS#16(左)とhiPS#25(右)の2種類のヒトiPS細胞株を用いた。各実験は3回行った。バンドは代表的な結果のみを示す。有意差はp*<0.05、p**<0.01で示した。
【
図4】硫酸化ヒアルロン酸とマトリゲルを混合コートした培養用基材を用いて、ヒトiPS細胞を培養し、未分化性を確認した結果である。培養2日後のヒトiPS細胞のコロニーの様子を示している。
【
図5】培養液中に硫酸化ヒアルロン酸を加え3日間培養し、細胞数及び培養液中の抗体量(Ab.Conc)をサンドイッチELISAにより定量した結果である。対照として、添加物なし、比較として、ヒアルロン酸、デルマタン硫酸を添加したものを一緒に示してある。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を、例示的な実施態様を例として、本発明の実施において使用することができる好ましい方法及び材料とともに説明する。なお、文中で特に断らない限り、本明細書で用いるすべての技術用語及び科学用語は、本発明が属する技術分野の当業者に一般に理解されるのと同じ意味をもつ。また、本明細書に記載されたものと同等又は同様の任意の材料及び方法は、本発明の実施において同様に使用することができる。また、本明細書に記載された発明に関連して本明細書中で引用されるすべての刊行物及び特許は、例えば、本発明で使用できる方法や材料その他を示すものとして、本明細書の一部を構成するものである。
【0022】
本明細書中で、「X~Y」という表現を用いた場合は、下限としてXを、上限としてYを含む意味で用いる。本明細書中で「約」とは、±10%を許容する意味で用いる。
【0023】
本発明において「硫酸化ヒアルロン酸」とは、 β-D-N-アセチルグルコサミンとβ-D-グルクロン酸が交互に結合してできた直鎖状の高分子多糖であるヒアルロン酸の水酸基の一部又は全てが硫酸基で置換された物質をいう。
硫酸化の程度は「硫酸化度」として表される。本明細書中では、硫酸化度は、硫酸化ヒアルロン酸分子中の硫酸含量(S含量)(%)、或いは、構成単位である2糖単位における硫酸基の導入数(0~4)で表される。
硫酸含量(比濁法)は、Dogson-Priceの比濁法(Dogson, K. S. and Price, R.G., A note on the determination of the ester sulphate content of sulphated polysaccharides, Biochem J. vol 84(1),106-110, 1962)により、硫酸カリウムを標準として測定できる。また、硫酸含量(重量法)は、JIS JB. 2.17.3 硫酸塩-重量法に準じた方法を用いて測定できる。硫酸化度はまた、導入される硫酸基の平均個数で表すこともできる。硫酸基は、2糖単位で、0~4個導入され得る。平均個数で表す場合は、硫酸化ヒアルロン酸の分子量をもとに、2糖単位における硫酸基の平均個数をS含量より算出できる。
本発明で用いる硫酸化ヒアルロン酸(以下、単に「硫酸化ヒアルロン酸」という場合がある)は、比較的高い硫酸化度を有するヒアルロン酸である。硫酸化ヒアルロン酸は、具体的な化合物としては、硫酸基数/2単糖として、1.0又はそれ以下の硫酸化度のヒアルロン酸が報告されている(例えば、特開2009-278873号公報参照)。本発明において用いる硫酸化ヒアルロン酸は、そのS含量は比濁法にて約7%以上であり、また、硫酸基数/2単糖は約1.3以上である。
【0024】
本発明の培養方法に従い、支持細胞を用いずに多能性幹細胞の培養を行う場合に用いる硫酸化ヒアルロン酸とは、導入された硫酸基の平均個数は、約1.3以上、好ましくは約1.5以上、より好ましくは約2.0以上、さらに好ましくは約2.5以上である。
本発明の培養方法に従い、支持細胞及びbFGFを用いずに多能性幹細胞の培養を行う場合に用いる硫酸化ヒアルロン酸とは、導入された硫酸基の平均個数は、約1.3以上、好ましくは約1.5以上、より好ましくは約2.0以上、さらに好ましくは約3.0以上である。
本発明の培養方法に従えば、支持細胞及びbFGFを用いずに、多能性幹細胞の培養を行うことができ、多能性幹細胞を、未分化状態を維持した或いは多分化能を維持した状態で培養できる。ただし、硫酸化ヒアルロン酸を含有しかつbFGFを含んだ培地での培養も本発明に含まれ、本発明の一部である。
【0025】
支持細胞を用いない、場合により支持細胞に加えてさらにbFGFを用いない多能性幹細胞の培養に用いる、硫酸化ヒアルロン酸がコートされた本発明の細胞培養用基材において、用いられる硫酸化ヒアルロン酸は、導入された硫酸基の平均個数が、約1.3以上、好ましくは約1.3~約3.0である硫酸化ヒアルロン酸である。
また、上記の培養において、用いられる本発明の細胞培養用基材は、好ましくは細胞外マトリックスとともに上記硫酸化ヒアルロン酸がコートされた細胞培養用基材である。
硫酸化ヒアルロン酸がコートされた本発明の細胞培養用基材を用いて、支持細胞及びbFGFを用いないで、多能性幹細胞の培養を行うことができ、多能性幹細胞を、未分化状態を維持した或いは多分化能を維持した状態で培養できる。ただし、bFGFを含んだ培地での本発明の細胞培養用基材の使用も排除するものではなく、bFGFを添加した培地での培養に用いられる本発明の細胞培養用基材も本発明に含まれ、本発明の一部である。
【0026】
本発明の培養方法に従い、抗体産生能をもつハイブリドーマの培養を行う場合に用いる硫酸化ヒアルロン酸とは、硫酸化度が、硫酸含量にて、約7%以上、好ましくは約10%以上、より好ましくは約13%以上、さらに好ましくは約14%以上である。
本発明の培養方法に従い、抗体産生能をもつハイブリドーマの培養を行う場合に用いる硫酸化ヒアルロン酸とは、導入された硫酸基の平均個数は、約1.3以上、好ましくは約1.5以上、より好ましくは約2.5以上、さらに好ましくは約3.0以上、よりさらに好ましくは約3.5以上である。
【0027】
硫酸化ヒアルロン酸は、既知の硫酸化反応を用いて、ヒアルロン酸と硫酸化剤を適当な溶媒に溶解させ、加熱下に反応させることにより得ることができる。また、硫酸化度の調整は、公知の方法を参考にして、用いる硫酸化剤の使用量を適宜変更することにより行うことができる。硫酸化度の測定は、例えば、上記した方法により行うことができるが、他に、酸加水分解して生成する硫酸イオンをイオンクロマトグラフィーによって定量することにより行うこともできる。
【0028】
硫酸化反応において使用される溶媒としては、当該技術分野において一般に使用できる溶媒が制限なく使用できるが、例えば、N,N-ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、N-メチルピロリドン、N,N-ジメチルアセトアミド、ピリジン、N,N-ジメチルアクリルアミド、又はこれらの混合溶媒等をあげることができる。
【0029】
硫酸化剤としては、当該技術分野において一般に使用できる硫酸化剤が制限なく使用できるが、例えば、無水硫酸とピリジン、ピコリン、2,6-ルチジン、トリメチルアミン、トリエチルアミン、N,N-ジメチルホルムアミド、ジオキサン等の錯体、或いは、硫酸-ジシクロヘキシルカルボジイミド、クロロスルホン等をあげることができる。また、硫酸化反応においては反応系内に、トリフルオロ酢酸やトリフルオロメタンスルホン酸等の酸触媒を添加しても良い。
【0030】
硫酸化の反応温度及び反応時間は、特に限定されるものではないが、例えば、0~100℃で、5分~5日が挙げられる。
【0031】
本発明で用いることができる硫酸化ヒアルロン酸の分子量は特に制限なく、何れの分子量の硫酸化ヒアルロン酸も用いることができる。本発明においては、以下の実施例で示されるように、低分子量のヒアルロン酸(例えば、平均分子量が10万程度のもの)、高分子量のヒアルロン酸(例えば、平均分子量が60万のもの)の何れも用いることができる。本発明において硫酸化ヒアルロン酸の分子量を言うときは、当該技術分野において一般に用いられる表示法の何れかで示される分子量を意味し、これに限定されないが、例えば、原料であるヒアルロン酸の動粘度から算出した分子量を用いることができる。
【0032】
本発明の細胞培養用基材は、細胞培養のための基材の表面に硫酸化ヒアルロン酸をコートすることにより製造できる。細胞培養のための基材としては、細胞培養に関する技術分野で用いられている細胞培養のための基材を制限なく用いることができるが、例えば、動物細胞培養用のシャーレやプレートに用いられる基材を用いることができる。
このような基材となり得る材料は、これに制限されるものではないが、例えば、ポリプロピレン、ポリスチレン、高密度ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート共重合体、ポリカーボネート、ポリエーテルサルフィン、MPCポリマーをあげることができる。
【0033】
本発明において、硫酸化ヒアルロン酸が「表面にコートされた」とは、硫酸化ヒアルロン酸が細胞培養用基材の表面に、物理的に結合又は保持された状態を意味し、単に接着している状態も含む。物理的に結合とは、非共有結合的又は共有結合的に結合した状態を意味し、これに限定されないが、例えば、イオン的に結合している状態、直接又はリンカー等を介して共有結合している状態をあげることができる。共有結合させる手段は、基材表面の物理化学的性質や表面に提示されている反応基に応じて、適宜選択できる。例えば、光反応性架橋剤を用いて、直接又はリンカーを介して結合させることができる。基材表面に硫酸化ヒアルロン酸が保持されている状態とは、これに限定されないが、例えば、硫酸化ヒアルロン酸と基材間の親和性に基づき、硫酸化ヒアルロン酸が基材表面に保持されている状態をあげることができる。例えば、硫酸化ヒアルロン酸を含有する溶液又は溶媒を基材表面に塗布した後、溶液又は溶媒を除去することによっても、硫酸化ヒアルロン酸が表面にコートされた細胞培養用基材を作成することができる。溶液又は溶媒を除去する方法は、特に制限がなく、例えば、常温乾燥、高温乾燥、減圧乾燥その他を用いることができる。
その他、細胞外マトリックス等の高分子物質ともに表面にコートされる場合は、細胞外マトリックス等の高分子物質の中に硫酸化ヒアルロン酸が保持された状態で基材表面に硫酸化ヒアルロン酸が保持されている状態も含まれる。
【0034】
本発明の細胞培養用基材において表面にコートされる硫酸化ヒアルロン酸の量は、培養目的に応じて、硫酸化ヒアルロン酸がコートされていない基材で細胞を培養した場合に比べて細胞の培養、増殖を促進できる限り特に制限されないが、例えば、量としては、約0.05μg/cm2以上、好ましく約0.5μg/cm2以上、より好ましくは約1μg/cm2以上、よりさらに好ましくは約2μg/cm2以上をあげることができる。表面にコートされる硫酸化ヒアルロン酸の厚みは、特に制限はないが、使用目的、調製方法、コスト等を勘案して適宜選択することができる。
【0035】
本発明の細胞培養用基材はまた、硫酸化ヒアルロン酸とともに、たんぱく質、ポリマー又は細胞外マトリックス等の高分子物質をその表面にコートしたものを含む。これらの高分子は、これに限定されないが、硫酸化ヒアルロン酸を保持する役目を果たす。用いることができるたんぱく質としては、細胞の培養・増殖を阻害するものでなければ特に制限なく用いることができ、例えば、アルブミン、トランスフェリン、コラーゲン、フィブロネクチン、Fc融合タンパク質などのキメラタンパク質、細胞接着を補助するペプチド断片などをあげることができる。用いることができるポリマーとしては、細胞の培養・増殖を阻害するものでなければ特に制限なく用いることができ、例えば、ポリリシン、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、乳酸とグリコール酸の共重合ポリマーをあげることができる。硫酸化ヒアルロン酸とともにコートされる高分子物質としては、細胞外マトリックスが好ましい。硫酸ヒアルロン酸とともに細胞外マトリックスをコートすることにより、細胞の培養、増殖の効率をさらに高めることができる。細胞外マトリックスとしては、例えば、マトリゲル、ラミニン、ラミニン511、プロテオグリカン等をあげることができる。本発明の細胞培養用基材の表面にコートされる細胞外マトリックスの量は、使用細胞、使用目的、培養条件その他に応じて適宜選択できるが、例えば、マトリゲルを用いる場合はマトリゲルを用いた細胞培養についての報告を参考にすることができる。
【0036】
本発明の細胞培養用基材において、硫酸化ヒアルロン酸を高分子物質とともにコートする方法は特に制限がない。例えば、細胞外マトリックスとともにコートする場合は、これに限定されないが、細胞外マトリックス(例えば、マトリゲル)を溶解した培地に硫酸化ヒアルロン酸を添加し混合溶液を調製したのち、混合溶液を、培養基材の表面に塗布し、例えば培養シャーレに加えることにより調製できる。このようにして調製した硫酸化ヒアルロン酸と細胞外マトリックスが表面にコートされた細胞培養用基材(例えば、培養シャーレ)は、そのまま使用しても良いが、使用まで保存した後使用することもできる。保存方法は、コートに用いる細胞外マトリックスに応じて適宜選択することができ、常温、冷蔵、冷凍保存をあげることができる。例えば、細胞外マトリックスとしてマトリゲルを用いた場合は、冷蔵又は冷凍保存が望ましい。使用に際しては、表面にコートされていない細胞外マトリックスと硫酸化ヒアルロン酸を含む培地を除去し、その後、培地及び細胞を添加し培養を行う。
【0037】
本発明の細胞培養用基材において、硫酸化ヒアルロン酸が高分子物質(例えば、たんぱく質、ポリマー又は細胞外マトリックス)とともに表面にコートされている場合、硫酸化ヒアルロン酸が高分子物質中に均一に分散された状態で保持されるのが好ましい。混合物中の硫酸化ヒアルロン酸の濃度が高すぎると、硫酸化ヒアルロン酸は相互に凝集したり繊維状に伸びたりした状態となり好ましくない。高分子物質中に保持される硫酸化ヒアルロン酸の量は、例えば、シャーレ等の培養用基材に添加する前の混合溶液中の硫酸化ヒアルロン酸の濃度を適宜選択することにより調整することができ、それにより、高分子物質中に均一に分散した硫酸化ヒアルロン酸がコートされた本発明の細胞培養用基材を調製できる。
【0038】
本発明の一態様である細胞培養用基材は、硫酸化ヒアルロン酸が表面にコートされた細胞培養用基材、及び、硫酸化ヒアルロン酸が高分子物質、例えばマトリゲル等の細胞外マトリックス、タンパク質又はポリマーとともにコートされた細胞培養用基材の何れも含む。硫酸化ヒアルロン酸が表面にコートされた細胞培養用基材は、無菌状態で製造すること又は製造後に滅菌処理することも可能である。滅菌処理は、硫酸化ヒアルロン酸とともに用いられる成分に応じて、当業者が適宜選択することができるが、例えば、滅菌処理方法としては、これに限定されないが、例えば、電子線、ガンマ線、エチレンオキシド、高圧蒸気(オートクレーブ)をあげることができる。硫酸化ヒアルロン酸がマトリゲル等の細胞外マトリックスとともにコートされた細胞培養用基材は、常法に従って無菌状態で製造することが好ましい。
【0039】
本発明の細胞培養用基材は、細胞培養のための容器、器具や装置の一部に用いることもできる。そのような培養容器、器具、装置も本発明に含まれる。細胞培養のための容器、器具、及び装置は、細胞培養のために一般に用いられているものを制限なく用いることができる。
【0040】
本発明はまた、本発明の細胞培養用基材を用いて、多能性幹細胞を、未分化状態を維持したまま又は分化能を有した状態で培養、増殖させる細胞の培養方法である。
【0041】
本発明の細胞培養方法又は本発明の細胞培養用基材を用いる培養で使用する多能性幹細胞は、例えば、ES細胞やiPS細胞をあげることができるが、好ましくは、ヒトES細胞又はヒトiPS細胞であり、特に好ましくはヒトiPS細胞である。
細胞の培養条件は、培養を目的とする細胞の種類、培養目的に応じ、適宜選択でき、そのような培養条件は、種々報告されているので、それを参考に行えばよい。
本発明の細胞培養方法又は細胞培養用基材を用いると、支持細胞(フィーダー細胞)を用いることなく多能性幹細胞の培養ができる。また、本発明の細胞培養用基材を用いて多能性幹細胞を培養する場合は、未分化状態を維持するために通常必要とされるbFGFの添加量を低減又は添加不要とすることができる。
つまり、本発明は、その一態様として、多能性幹細胞を、未分化な状態又は分化能を有する状態で、細胞の増殖を支持するための支持細胞層を用いずに、場合により支持細胞に加えてさらにbFGFを用いずに、安定かつ一貫して増殖させるための培養方法を提供するものである。
【0042】
本発明はまた、比較的高い硫酸化度の硫酸化ヒアルロン酸を用いた抗体の製造のための培養方法を含むものである。本発明の培養方法に従い、抗体産生能を有するハイブリドーマを、硫酸化ヒアルロン酸とともに培養することにより、抗体の産生能を顕著に増加させることができる。
本発明に従って、抗体産生のための培養において用いることができる硫酸化ヒアルロン酸は、上記した比較的高い硫酸化度を有する硫酸化ヒアルロン酸、具体的には、S含量にて7%以上(好ましくは10%以上、さらに好ましくは13%以上、より好ましくは14%以上)の硫酸化度を有する硫酸化ヒアルロン酸、或いは、構成単位である2糖単位に対して硫酸基が平均して少なくとも1.3以上(好ましくは2.0以上、より好ましくは2.5以上、さらに好ましくは3.0以上、よりさらに好ましくは3.5以上)の割合で導入されている硫酸化ヒアルロン酸であり、低分子量硫酸化ヒアルロン酸及び高分子量硫酸化ヒアルロン酸の何れも用いることができる。本発明の抗体の製造のための培養方法において、培地中に添加される硫酸化ヒアルロン酸の量は、用いる細胞、培養条件等により適宜選択することができるが、これに限定されないが、例えば、0.1~100μg/mL、好ましくは1~100μg/mLの濃度にて培地に添加される。培地は、特に制限されず、ハイブリドーマを用いた抗体産生において使用することができる何れの培地も用いることができるが、例えば、RPMI-1640培地、ダルベッコ改変イーグル培地、 Nutrient Mixture F-12 Ham、Dulbecco's Modified Eagle's Medium/Nutrient Mixture F-12 Ham、Iscove's Modified Dulbecco's Medium、GIT培地をあげることができる。また、抗体を産生するハイブリドーマの培養条件等は、自体公知の方法を適宜参考として行うことができる。
本発明はまた、本発明の細胞培養用基材を用いて、抗体の産生能力を有する細胞を培養する方法も含む。本発明の細胞培養用基材を用いて、抗体産生能力のある細胞を培養すると、抗体の産生量を顕著に増加させることができる。
よって、本発明は、他の一態様として、抗体産生細胞を培養して抗体を製造するための細胞培養方法と細胞培養用基材を提供するものである。
【実施例】
【0043】
以下、実施例により、本発明を具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0044】
実施例1:硫酸化ヒアルロン酸の調製
硫酸化ヒアルロン酸は、ヒアルロン酸を硫酸化することにより調製した。ヒアルロン酸の硫酸化は、既知の硫酸化反応を用い、条件を適宜調整することにより、種々の硫酸化度のものを製造した。硫酸化に用いたヒアルロン酸は、分子量が10万のもの(以下、低分子量ヒアルロン酸という)及び60万のもの(以下、高分子量ヒアルロン酸という)を用いた。
硫酸化ヒアルロン酸の調製は、まず少量レベル(用いたヒアルロン酸量、1g)で、次いで、スケールアップしたレベル(用いたヒアルロン酸量、20g)で行った。
調製した硫酸化ヒアルロン酸について硫酸化度を確認した。結果を以下に示す。表1は、低分子量ヒアルロン酸を用いて調製した硫酸化ヒアルロン酸の硫化度を測定した結果であり、表2は、高分子量ヒアルロン酸を用いて調製した硫酸化ヒアルロン酸の硫化度を測定した結果である。「S含量(比濁法)」は、Dogson-Priceの比濁法により測定した結果であり、「S含量(重量法)」は、JIS JB. 2.17.3 硫酸塩-重量法に準じた方法を用いて測定した結果である。また、「硫酸化度」は、導入される硫酸基の数を、2糖単位当たりの平均個数で表したものである。
【0045】
【0046】
【0047】
本発明で用いる硫酸化ヒアルロン酸は、比較的高い硫酸化度を有するものである。本明細書では、比較的高い硫酸化度を有するが、その中でも硫酸化度が低いものを低硫酸化ヒアルロン酸、具体的には、硫酸化度(硫酸基数/2単糖)が約1.5程度のものを低硫酸化ヒアルロン酸、硫酸化度が高いものを高硫酸化ヒアルロン酸、具体的には、硫酸化度(硫酸基数/2単糖)が3以上のものを高硫酸化ヒアルロン酸とよぶ。上記表に示されている、高硫酸化ヒアルロン酸は、硫酸基に置換可能な水酸基の殆どが硫酸化されていることを示している。
【0048】
実施例2:iPS/ES細胞の培養
ヒトiPS細胞を、その未分化性を維持した状態で培養、増殖させるには、マウス由来の支持細胞上での培養、及び、培地へのbFGFの添加が必要である。この両者が無い状態での培養では、ヒトiPS細胞は速やかに分化する。よって、この両者の添加の必要性は、未分化性を維持したiPS細胞を大量に培養するための妨げとなっている。
そこで、実施例1で調製した高硫酸化ヒアルロン酸を培地に加えることにより、支持細胞やbFGFがない状態でもヒトiPS細胞が未分化性を維持して培養、増殖できるか検討した。
ヒトiPS細胞(hiPSC)として、MRC-hiPS_Fetch(細胞番号:NIHS0604)及びMRC-hiPS_Tic(細胞番号:JCRB1331)(いずれもExp.Cell Res.315(2009)2727-2740に記載、国立生育医療センターから入手)を使用した。各々の細胞を、10ng/mLの濃度でbFGF(和光純薬社製)を加えたiPSellon(Cell-Sight社製)中において、10μg/mLのマイトマイシン C(シグマ社製)で不活化したMEFs上で維持した。
上記hiPS細胞(hiPS#16及びhiPS#25)を、支持細胞とbFGFが無い状態で、10μg/mlの濃度になるように高硫酸化ヒアルロン酸(分子量10万)を添加したhiPS細胞用培地(DMEM/F-12 (Gibco)、20 % KnockOut Serum Replacement XenoFree (Thermo Fisher Scientific)、0.1 mM Non-Essential Amino Acids Solution (Thermo Fisher Scientific)、1 % Penicillin-Streptomycin(Thermo Fisher Scientific)、0.1 mM 2-Mercaptoethanol (Gibco)、2 mM L-Glutamine (Gibco))に加え、これを用いてマトリゲル(BD Bioscience)を処理した培養皿上で3日間培養した。3日後に、形成された未分化なhiPS細胞のコロニー数をカウントし定量的に解析した。結果を、
図1に示す。他の条件と比べ、高硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地では、未分化なhiPS細胞のコロニー数が顕著に増加した。硫酸化ヒアルロン酸の有無のそれぞれの条件における形成されたコロニーの写真を
図2に示す。Aは、支持細胞及びbFGFを加えず培養した場合の結果であり、Bは、支持細胞及びbFGFを加えないが、高硫酸化ヒアルロン酸を加えた場合の結果である。高硫酸化ヒアルロン酸を加えることにより、支持細胞及びbFGFが無くとも、hiPS細胞の未分化性が維持されていることが確認された。
【0049】
実施例3:未分化因子の発現の確認
硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地で培養したhiPS細胞について、未分化性維持に必須の転写因子(OCT4、KLF4、NANOG)の発現量を免疫ブロットにより測定することで、未分化性を確認した。結果を
図3に示す。
培地中の高硫酸化ヒアルロン酸は、支持細胞やbFGFが無い状態でも未分化性維持転写因子の発現量を促進し、未分化性維持に寄与していることが示唆された。
【0050】
実施例4:培養基材への硫酸化ヒアルロン酸の接着
硫酸化ヒアルロン酸を、細胞培養用の基材に接着させ、その接着量を評価した。
表面処理の異なる種々の細胞培養用の基材に、硫酸化ヒアルロン酸を接着させ、接着量を確認した。細胞培養用基材としては、BD(Becton Dickinson)社製 細胞培養処理シャーレ(35mm、ポリスチレン、真空ガスプラズマ処理による親水性処理)、BD社製 未処理シャーレ(35mm、ポリスチレン、疎水性表面)、BD NH2処理(6 well、ポリスチレン、アミノ基付加表面)、BD COOH(6 well、ポリスチレン、カルボキシル基付加表面)、IWAKI社製 細胞培養処理(6 well、ポリスチレン、親水性処理)、住友ベークライト社製 細胞培養処理(6 well、ポリスチレン、親水性処理)、住友ベークライト社製 未処理(6 well、ポリスチレン、疎水性表面)を用いた。硫酸化ヒアルロン酸は、低分子量の高硫酸化ヒアルロン酸を用いた。具体的には、硫酸化ヒアルロン酸をPBSバッファーに溶解し、37℃で1時間保温し、接着しなかった硫酸化ヒアルロン酸はPBSで洗浄した。硫酸化ヒアルロン酸の接着量は、DMMB法(Connect Tissue Res. 1982;9(4):247-8. A direct spectrophotometric microassay for sulfated glycosaminoglycans in cartilage cultures.Farndale RW, Sayers CA, Barrett AJ.)により評価した。結果を以下の表に示す。接着量は、面積当たり(9.6cm2)の硫酸化糖鎖接着量(μg)を示した。100μg/mL,10μg/mLはコート時の処理濃度である。u.d.は測定限界以下
【0051】
【表3】
アミノ基が付与された培養基材への接着が良好であった。
【0052】
次いで、硫酸化糖鎖の培養用基材への共有結合による接着を検討した。具体的には、以下のようにして、光反応性ジアジリン化合物を用いて、硫酸化糖鎖を培養用基材に共有結合させた。
SDA(NHS-Diazirine)を50mMの濃度で溶解し、アミノ基を有する培養シャーレに添加し、30分間室温で反応させ、シャーレ表面にDiazirineを結合させた。これに硫酸化糖鎖(コンドロイチン硫酸D)を添加しUV照射により基材表面に結合させた。その結果、硫酸化糖鎖の培養用基材(シャーレ)への共有結合による接着が確認できた。これにより、光反応性ジアリジン化合物を用いた方法で、BD NH2 6wellプレート等に対して硫酸化ヒアルロン酸を含む硫酸化糖鎖の結合が可能であることが判った。
【0053】
実施例5:硫酸化ヒアルロン酸及びマトリゲルの培養基材へのコーティング
硫酸化ヒアルロン酸に加えて細胞基質マトリックスをさらにコーティングした培養基材を作製し、それを用いた培養を検討した。
iPS細胞の培養に使用される基底膜マトリックス(マトリゲル(登録商標)、Corning社)と硫酸化ヒアルロン酸の混合コートを行った。硫酸化ヒアルロン酸は、低分子量(分子量10万)の硫酸化ヒアルロン酸を用いた。具体的には、以下のようにして、培養用基材へのコーティングを行った。マトリゲルを2.5%になるように細胞培養用培地DMEMで溶解し、そこに硫酸化ヒアルロン酸を2μg/ml、10μg/ml又は100μg/mlとなるように添加して混合し、次いで混合液を培養シャーレに加え、37℃、5% CO2条件下で1時間保温した、シャーレは使用まで凍結して保存し、使用前にマトリゲルを含む細胞培養用培地を抜き取り使用した。
作製した培養基材の表面の硫酸化ヒアルロン酸濃度を確認するために、DMMB法で硫酸化糖を定量した。結果、培養基材表面面積9cm2あたりの硫酸化ヒアルロン酸濃度は、コート添加量が2μg/ml、10μg/ml又は100μ/mlで、それぞれ、0.96μg、5.11μg、8.08μgであった。また、顕微鏡にて表面の状態を確認した結果、コート添加量が10μg/mlでは、硫酸化ヒアルロン酸がマトリゲル中に均一に分散していることが確認できた。
【0054】
10μg/mLの硫酸化ヒアルロン酸を混合させたマトリゲルをコートした培養皿を用い、bFGFを加えずに培養を行った。具体的には、フィーダー細胞及びbFGFを加えずに、マトリゲルのみ、10μg/ml ヒアルロン酸(HA)混合マトリゲル、10μg/ml 低硫酸化ヒアルロン酸(HA-LS)混合マトリゲル、10μg/ml 高硫酸化ヒアルロン酸(HA-HS)混合マトリゲルをコートしたプレート上に、hiPS細胞(hiPS#16及びhiPS#25)をそれぞれ播種し、培養した。その結果、低硫酸化ヒアルロン酸、高硫酸化ヒアルロン酸の何れを用いた場合でも、培養2日目において、未分化性を維持しているコロニーが観察された。結果を
図4に示す。
【0055】
実施例6:抗体産生能の増強
硫酸化ヒアルロン酸による抗体産生能の増強効果を確認した。
硫酸化ヒアルロン酸は、実施例1で調製した、低分子量の低硫酸化ヒアルロン酸(分子量10万)(HA-LS)、低分子量の高硫酸化ヒアルロン酸(分子量10万)(HA-HS)を用いた。比較例として、硫酸化されていないヒアルロン酸(HA)、デルマタン硫酸を用いた。
培地は、UltraDoma-PF培地(LONZA社から購入)を用い、ヒアルロン酸、低及び高硫酸化ヒアルロン酸、及びデルマタン硫酸を、それぞれ10μg/mlの濃度となるように添加した。
細胞は、IgGを産生するハイブリドーマであるGGR12株を用いた。
抗体産生を常法に従い行った。具体的には、ハイブリドーマを4x10
4cells/mlの濃度にて播種し、硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地で3日間培養し、細胞数及び培養液中の抗体量を測定した。抗体量(抗体濃度)は、抗IgGポリクローナル抗体を用いて、サンドイッチELISAにより測定した。結果を
図5に示す。
細胞数(細胞増殖)は、いずれの化合物を添加した培地で培養しても差がなかった。しかし、抗体産生量は、硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地で有意に増加しており、高硫酸化ヒアルロン酸を添加した培地では3倍以上に増加していた。
【0056】
上記の詳細な記載は、本発明の目的及び対象を単に説明するものであり、添付の特許請求の範囲を限定するものではない。添付の特許請求の範囲から離れることなしに、記載された実施態様に対しての、種々の変更及び置換は、本明細書に記載された教示より当業者にとって明らかである。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明の培養方法を用いると、大規模な細胞の製造の妨げとなっている支持細胞(フィーダー細胞)を用いなくとも、未分化状態に維持した或いは多分化能を維持した状態でhPSCを培養、増殖可能となる。また、本発明の培養方法は、ハイブリドーマによる抗体の産生量を増加させることができる。