IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 独立行政法人放射線医学総合研究所の特許一覧

特許7373204粒子線照射システム、粒子線照射方法、照射計画プログラム、照射計画装置、電磁場発生装置、および照射装置
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-25
(45)【発行日】2023-11-02
(54)【発明の名称】粒子線照射システム、粒子線照射方法、照射計画プログラム、照射計画装置、電磁場発生装置、および照射装置
(51)【国際特許分類】
   A61N 5/10 20060101AFI20231026BHJP
【FI】
A61N5/10 H
A61N5/10 P
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020525729
(86)(22)【出願日】2019-06-17
(86)【国際出願番号】 JP2019023963
(87)【国際公開番号】W WO2019244854
(87)【国際公開日】2019-12-26
【審査請求日】2022-04-28
(31)【優先権主張番号】P 2018115601
(32)【優先日】2018-06-18
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2018141896
(32)【優先日】2018-07-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】301032942
【氏名又は名称】国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構
(74)【代理人】
【識別番号】100135781
【弁理士】
【氏名又は名称】西原 広徳
(72)【発明者】
【氏名】稲庭 拓
(72)【発明者】
【氏名】野田 耕司
(72)【発明者】
【氏名】岩田 佳之
【審査官】宮崎 敏長
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2017/0106214(US,A1)
【文献】特開平05-277197(JP,A)
【文献】特表2017-520315(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61N 5/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
照射対象に粒子線を照射する照射装置と、前記照射装置による前記粒子線の照射計画を作成する照射計画装置とを有する粒子線照射システムであって、
前記粒子線が前記照射対象に与える細胞効果に変化を与える磁場又は/及び電場を発生させる電磁場発生装置を備え
前記照射計画装置は、前記電磁場発生装置が発生させる磁場の磁場分布に関する磁場分布データ又は/及び前記電磁場発生装置が発生させる電場の電場分布に関する電場分布データに基づいて、前記粒子線が前記磁場分布又は/及び前記電場分布による影響下で前記照射対象に与える細胞殺傷効果を演算し、前記磁場分布又は/及び前記電場分布による影響下での前記粒子線の前記細胞殺傷効果に基づいて、標的に対する細胞殺傷効果が必要十分であり、かつ、前記標的以外の重要臓器に対する細胞殺傷効果が許容値以下である条件を満たすか否かを判定し、当該条件を満たす照射計画を作成する構成である
粒子線照射システム。
【請求項2】
前記照射計画装置は、
前記細胞殺傷効果が前記条件を満たさない場合に、ペンシルビームの重みと前記電場分布の値を更新し、繰り返し演算を行う構成である
請求項1記載の粒子線照射システム。
【請求項3】
前記照射計画装置は、
予め定められた一定の繰り返し演算数を超えたかどうかを判定し、前記繰り返し演算数を超えた場合に、前記照射計画を作成する構成である
請求項2記載の粒子線照射システム。
【請求項4】
前記電磁場発生装置は、
少なくとも前記粒子線を照射するスポットにおいて、前記粒子線の照射方向に対して平行な成分が垂直な成分よりも多い平行成分過多磁場を発生させることができる構成である
請求項1、2、または3のいずれか1つに記載の粒子線照射システム。
【請求項5】
前記電磁場発生装置は、
個別に励磁できる複数の磁場発生体を有し、
前記照射計画装置の照射計画に従って、励磁する磁場発生体を切り替えて複数種類の磁場を形成できる構成であり、
前記照射計画装置は、
前記スポットに対して複数の前記磁場発生体のどれに対してどれだけの電流を流すかを決定する構成である
請求項4記載の粒子線照射システム。
【請求項6】
前記電磁場発生装置は、
少なくとも前記粒子線を照射するスポットより浅い位置において、前記粒子線の照射方向に対して垂直または交差する磁場を発生させることができる構成である
請求項1から5のいずれか1つに記載の粒子線照射システム。
【請求項7】
前記電磁場発生装置は、少なくとも粒子線を照射する範囲において強度および磁束密度が一様な磁場を発生させる構成である
請求項1から6のいずれか1つに記載の粒子線照射システム。
【請求項8】
前記電磁場発生装置は、
照射対象を挟んで配置される少なくとも2つの電極と、
前記電極に電力を付与する電源部とで構成された電場発生装置で構成され、
少なくとも前記粒子線を照射するスポットにおいて、前記粒子線の照射方向に対して平行な電場を発生させることができる構成である
請求項1、2、または3のいずれか1つに記載の粒子線照射システム。
【請求項9】
コンピュータを、
粒子線の処方データを受け付ける処方データ入力処理部と、
電磁場発生装置により発生させる磁場の影響を演算する磁場影響演算部と、
前記磁場影響演算部により演算された影響下での粒子線の細胞殺傷効果に基づく照射パラメータを演算する演算部として機能させ、
前記演算部は、前記照射パラメータとして粒子線を照射する領域に対する少なくとも粒子線の線量と磁場強度を決定し、前記電磁場発生装置が発生させる磁場の磁場分布に関する磁場分布データ又は/及び前記電磁場発生装置が発生させる電場の電場分布に関する電場分布データに基づいて、前記粒子線が前記磁場分布又は/及び前記電場分布による影響下で照射対象に与える細胞殺傷効果を演算し、前記磁場分布又は/及び前記電場分布による影響下での前記粒子線の前記細胞殺傷効果に基づいて、標的に対する細胞殺傷効果が必要十分であり、かつ、前記標的以外の重要臓器に対する細胞殺傷効果が許容値以下である条件を満たすか否かを判定し、当該条件を満たす照射計画を作成する
照射計画プログラム。
【請求項10】
粒子線照射システムにおける粒子線の照射計画を作成する照射計画装置であって、
磁場を発生させる電磁場発生装置により発生させることのできる磁場データを記憶する磁場データ記憶部と、
前記磁場データを用いて前記磁場の影響下にある粒子線の細胞殺傷効果を加味した治療計画を作成する演算部とを備え
前記演算部は、前記電磁場発生装置が発生させる磁場の磁場分布に関する磁場分布データ又は/及び前記電磁場発生装置が発生させる電場の電場分布に関する電場分布データに基づいて、前記粒子線が前記磁場分布又は/及び前記電場分布による影響下で照射対象に与える細胞殺傷効果を演算し、前記磁場分布又は/及び前記電場分布による影響下での前記粒子線の前記細胞殺傷効果に基づいて、標的に対する細胞殺傷効果が必要十分であり、かつ、前記標的以外の重要臓器に対する細胞殺傷効果が許容値以下である条件を満たすか否かを判定し、当該条件を満たす照射計画を作成する構成である
照射計画装置。
【請求項11】
粒子線照射システムにおける照射計画装置で作成された粒子線の照射計画に基づいて照射対象に粒子線を照射する照射装置であって、
前記照射対象が範囲に含まれる磁場を発生させる電磁場発生装置と、
前記照射計画装置で作成された磁場の影響下にある粒子線の細胞殺傷効果を加味した治療計画に基づいて、前記電磁場発生装置に前記磁場を発生させた状態で前記粒子線を照射する制御部を備え、
前記照射計画装置は、前記電磁場発生装置が発生させる磁場の磁場分布に関する磁場分布データ又は/及び前記電磁場発生装置が発生させる電場の電場分布に関する電場分布データに基づいて、前記粒子線が前記磁場分布又は/及び前記電場分布による影響下で前記照射対象に与える細胞殺傷効果を演算し、前記磁場分布又は/及び前記電場分布による影響下での前記粒子線の前記細胞殺傷効果に基づいて、標的に対する細胞殺傷効果が必要十分であり、かつ、前記標的以外の重要臓器に対する細胞殺傷効果が許容値以下である条件を満たすか否かを判定し、当該条件を満たす照射計画を作成し、
前記制御部は、前記照射計画に基づいて前記粒子線を照射する
照射装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、粒子線照射システム、粒子線照射方法、照射計画プログラム、照射計画装置、電磁場発生装置、および照射装置に関する。
【背景技術】
【0002】
粒子線がん治療装置では、加速器によって加速された荷電粒子線が腫瘍部へある線量を付与する際に、腫瘍部のみにダメージを与えることが望ましい。このためには、粒子線が腫瘍部に到達するまでおよび粒子線が腫瘍部を透過後の、粒子線の経路およびその経路の周辺における粒子線および二次粒子による健全な組織および重要な臓器(健全組織・重要臓器)への線量付与量を低減することが重要である。
【0003】
腫瘍部以外の健全組織・重要臓器への線量付与量が一定量に達すると、その部位にそれ以上の線量を加えられないため、粒子線の照射ができなくなる。特に、一方向のみからの照射を行う際にこの効果が顕著となるが、これを低減するために照射方法として多門照射等が用いられる。
【0004】
粒子線の種類に関しては、炭素線等による重粒子線治療装置は患部周辺の組織への影響を少なく保ちつつ、患部に十分な強度の生物効果を及ぼすことができる方式として知られている。
【0005】
この重粒子線治療の分野では、炭素線だけでなくヘリウム線、酸素線やネオン線を用いた治療(非特許文献1~3参照)や、複数の核種を組み合わせた照射方法などが提案されている(非特許文献4参照)。非特許文献1~4に記載の治療方法は、核種毎の物理的・生物的な特性の違いを最適化することで、重粒子線の治療効果を高めるための照射技術である。
【0006】
これとは別の動きとして、外部ビーム放射線治療とMRI(magnetic resonance imaging)装置との統合を実現するシステムが提案されており、その際、放射線治療とMRIによる画像誘導を、相互に干渉することなく実施するための技術が提案されている(例えば、特許文献1~6参照)。
【0007】
特許文献1には、相互干渉を避けるためにビームと磁気励起コイルアセンブリとの配置を決めたり、交互動作するように制御させる磁気共鳴映像システムが記載されている。
【0008】
特許文献2では、磁場発生手段は、前記照射領域への前記粒子線の進入を可能にし、かつ前記粒子線の前記照射領域に均一な磁場を生じさせるように構成された複数のコイルを含み、磁場は管状巻型の軸線(X)に対して垂直である粒子線照射装置が記載され、干渉が少ないビーム方向への磁場を生成している。
【0009】
特許文献3には、照射領域へ予め定められた方向に粒子線を照射するように構成された粒子線照射装置が記載され、粒子線治療とMRI画像化が並行して可能とするビームと磁場の関係が記載されている。
【0010】
特許文献4には、線形加速器がMRI装置に連結され、前記線形加速器内で加速される粒子を磁力によって前記粒子の移動軸線に沿った方向に向けるように構成されたシステムが記載されている。
【0011】
特許文献5には、放射線源と磁気共鳴画像診断装置とが同時に運動する放射線治療システムが記載されており、放射線源を磁気共鳴画像診断装置とを同期して回転させるとともに、放射線源の動作とMRIの動作のタイミングを変えて、互いに干渉を防ぐように調整している。
【0012】
上記特許文献1~5に記載の技術では、粒子線の照射に対して干渉要因となる磁場の影響をなくすための配置、制御が開示されている。MRI画像誘導を目的とした数10キロガウスの高磁場を、照射領域に均一に印加することを前提とした方法が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特表2001-517132号公報
【文献】特表2008-543471号公報
【文献】特表2008-543472号公報
【文献】特表2011-525390号公報
【文献】特開2013-146610号公報
【非特許文献】
【0014】
【文献】G. P. Liney、他、“Technical Note: Experimental results from a prototype high-field inline MRI-linac”、 Med.Phys.誌、vol.43(2016)pp.5188-5194
【文献】B. M. Oborn、他、“Proton beam deflection in MRI fields: Implications for MRI-guided proton therapy”、 Med.Phys.誌、vol.42(2015)pp.2113-2124
【文献】T. Tessonnier、他、“Dosimetric verification in water of a Monte Carlo treatment planning tool for proton, helium, carbon and oxygen ion beams at the Heidelberg Ion Beam Therapy Center”、 Phys. Med. Biol. 誌、vol.62(2017)pp.6579-6594
【文献】T. Inaniwa、他、“Treatment planning of intensity modulated composite particle therapy with dose and linear energy transfer optimization”、 Phys. Med. Biol. 誌、vol.62(2017)pp.5180-5197
【文献】https://www.gsi.de/en/work/research/biophysics/biophysical_research/physical_modelling_and_treatment_planning.htm)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
しかしながら、生物効果の高い重粒子線や複数の核種を組み合わせた照射方法にあっては、炭素線やそれよりも重い酸素線やネオン線を治療に用いるためには、炭素線あるいは複数の核種が取り出し可能なイオン源に加え、それらを体深部まで届くエネルギにまで加速するための大規模な粒子線施設と高額な加速器システムが必要となる。
【0016】
また、標的部分を高い生物効果で照射しつつ、その周辺組織の被ばくを最小限にするような放射線生物効果の制御が、望まれている。特に放射線抵抗性の高いがん治療の分野で必要とされ、その他の腫瘍においてもより高い治療効果、より短い治療期間とするためには必要とされる。
【0017】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、粒子線の細胞殺傷効果を変化させることができる粒子線照射システム、粒子線照射方法、照射計画プログラム、照射計画装置、電磁場発生装置、および照射装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
この発明は、照射対象に粒子線を照射する照射装置と、前記照射装置による前記粒子線の照射計画を作成する照射計画装置とを有する粒子線照射システムであって、前記粒子線が前記照射対象に与える細胞効果に変化を与える磁場又は/及び電場を発生させる電磁場発生装置を備えた粒子線照射システムであることを特徴とする。
【発明の効果】
【0019】
本発明により、粒子線の細胞殺傷効果を変化させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の実施形態に係る粒子線治療システムの概略構成図。
図2】磁場発生装置に用いられている電磁石と鉄シールドの構成を示す斜視図。
図3A】電磁石および鉄心の縦断面図。
図3B】電磁石を構成する中空コンダクタの断面図。
図4A】磁場発生装置の一本の導線を示す模式図。
図4B】磁場発生装置の導線を積層化した電磁石の模式図。
図5A】磁場が掛けられていない場合の細胞殺傷効果の概念図。
図5B】平行磁場を掛けた場合の細胞殺傷効果の概念図。
図6A】腫瘍の放射線感受性が高い部位に対する粒子線照射の説明図
図6B】腫瘍の抵抗性の領域に対する粒子線照射の説明図。
図7A】磁場が掛けられていない場合の細胞殺傷効果の概念図。
図7B】腫瘍領域近傍に平行磁場を掛けた場合の細胞殺傷効果の概念図。
図8A】正常組織近傍に垂直磁場を掛けた場合の細胞殺傷効果の概念図。
図8B】腫瘍近傍には平行磁場、正常組織近傍に垂直磁場を掛けた場合の細胞殺傷効果の概念図。
図9】一部の中空コンダクタにより磁場を発生させている状態を示す断面図。
図10】ペンシルビーム照射位置(スポット)の概念図。
図11】照射計画装置による照射計画作成のフローチャート。
図12】粒子線照射システムによる粒子線の照射のフローチャート。
図13】実施例2に係る粒子線照射システムの斜視図。
図14】実施例3を説明する概略斜視図。
図15】実施例3のソレノイド電磁石を上方から見た概略構成図。
図16】実施例3のソレノイド電磁石を横から見た概略一部断面図。
図17】実施例3のソレノイド電磁石の磁場計算例を示す断面図。
図18】実施例4の体幹部照射用の電磁石の概略構成を示す模式図。
図19】実施例4の電磁石で実現される磁場分布を計算した例を示す図。
図20】実施例5の2つの永久磁石を用いた平行磁場の概念図。
図21】実施例6の粒子線照射システムによる粒子線照射のフローチャート。
図22A】低LET領域でのがん細胞の線量-生残率曲線を示す図。
図22B】低LET領域での正常細胞の線量-生残率曲線を示す図。
図23A】高LET領域でのがん細胞の線量-生残率曲線を示す図。
図23B】高LET領域での正常細胞の線量-生残率曲線を示す図。
図24A】実施例7の磁場発生装置の右側面図。
図24B】実施例7の磁場発生装置の正面図。
図25A】実施例7の磁場発生装置の平面図。
図25B】実施例7の磁場発生装置の縦断面図。
図25C】実施例7のコイルの斜視図。
図26】実施例8の電場発生装置の概略構成を示す斜視図。
図27】陽子線と炭素線による水中での飛跡周辺の微視的なエネルギ付与構造を示す図。
図28】ソレノイド電磁石による平行磁場中での炭素線細胞照射実験を示す図。
図29A】ソレノイド電磁石内での炭素線細胞照射実験の結果でのがん細胞の線量―生残率曲線を示す図。
図29B】ソレノイド電磁石内での炭素線細胞照射実験の結果での正常細胞の線量―生残率曲線を示す図。
図30】ローレンツ力による電子の螺旋運動を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について図面を参照して詳細に説明する。
[原理説明]
まず、本発明の基本原理について説明する。
【0022】
(背景)
炭素線に代表される重粒子線が体深部の腫瘍の治療に有効である理由として、重粒子線が停止位置付近で集中的にエネルギを放出し(物理的特性)、その位置での細胞殺傷効果が高い(生物的特性)ことが挙げられる。
【0023】
高エネルギ荷電粒子による細胞殺傷効果の程度は、細胞やDNAサイズなど局所的な領域における電離密度に強く影響される。体内に入射したばかりの高エネルギ荷電粒子は、高エネルギ電子(δ線)の生成断面積が大きく、それらがエネルギを遠方に持ち出すため、荷電粒子の飛跡周辺の電離密度は低くなる。逆に、停止位置付近で数MeV/uにまで減速された荷電粒子は、比較的低いエネルギの電子(以下、二次電子という)を生成し、それらは生成位置の近傍でエネルギを放出するため、荷電粒子の飛跡周辺の電離密度は高まる。このことが、重粒子線の細胞殺傷効果が停止位置付近でより高まる一因である。
【0024】
図27は、陽子線と炭素線による水中での飛跡周辺の微視的なエネルギ付与構造を示す図である。図27は、核子当たりのエネルギ(荷電粒子の速度に比例)が10MeV/u、1MeV/u、0.2MeV/uの陽子および炭素について、飛跡周辺の二次電子の挙動をモンテカルロ・シミュレーションした結果を示す(非特許文献5を引用)。
【0025】
前記図27に示すように、特に炭素線で顕著なように、荷電粒子の飛跡周辺の電離密度は高く、電離密度は荷電粒子のエネルギが小さい程高くなる。粒子線治療では、荷電粒子がその飛跡周辺を高密度に電離し、がん細胞のDNAに修復不可能(致死的)な損傷を高効率で与えるために、高い細胞殺傷効果が達成できる。
【0026】
(実験)
上述したように、従来のMRIでは、粒子線照射に対してその磁場が干渉要因とならないように、MRI装置、粒子線照射装置両方に与える影響をなくすための配置、制御が専ら検討されていた。
これに対し、本発明者らは、従来検討されていなかった、磁場が粒子線治療装置の細胞殺傷効果に与える影響の度合いを具体的に確認するための検討を開始した。
その結果、本発明者らは、下記の実験により、粒子線の進行方向と平行に数キロガウス程度の磁場を掛けることで粒子線の細胞殺傷効果が増加する現象を発見することができた。
【0027】
図28は、ソレノイド電磁石による平行磁場中での炭素線細胞照射実験を示す図である。なお、本明細書において、平行磁場とは、粒子線の進行方向と平行な磁束を有する磁場をいう。また、同様に、本明細書において、垂直磁場とは、粒子線の進行方向と垂直な磁束を有する磁場をいう。
【0028】
図28に示すように、ソレノイド電磁石120A内に設置した細胞(がん細胞と正常細胞)サンプルに、照射装置6から炭素線(3MeV/u)を照射する細胞照射実験を行った。ソレノイド電磁石120Aの中心の細胞設置位置での磁場強度を、0,0.3,0.6T(テスラ)と変えながら細胞照射を行い、磁場による炭素線の細胞殺傷効果の変化を調べた。
【0029】
図28に示す炭素線細胞照射実験では、(1)ソレノイド電磁石120Aによる磁場を掛けない(0T)、(2)ソレノイド電磁石120Aで0.3T平行磁場を掛ける、(3)ソレノイド電磁石120Aで0.6Tの平行磁場を掛ける、という3条件で、線量―細胞生残率曲線を測定し、磁場強度による炭素線の細胞殺傷効果の変化を調べた。
【0030】
図29A-Bは、図28のソレノイド電磁石内での炭素線細胞照射実験の結果を示す図であり、図29Aは、がん細胞の線量―生残率曲線を示し、図29Bは、正常細胞の線量―生残率曲線を示す。図29A-Bの縦軸は細胞生残率(細胞が生き残る割合)を、横軸は細胞に照射した炭素線の線量を表す。図29A-B中、白四角印は磁場なし(0T)、二重丸印は平行磁場0.6T、白三角印は平行磁場0.3Tでの細胞生残率を表す。
【0031】
図29A-Bに示すように、がん細胞と正常細胞のどちらの細胞種についても、平行磁場を掛けた場合には、磁場なしの場合に比べて同じ線量での細胞生残率が低くなっている。これは、炭素線の細胞殺傷効果が平行磁場によって増大し、同じ線量を与えても磁場を掛けることでより多くの細胞を殺傷できたことを示している。また、がん細胞と正常細胞の両細胞種について、平行磁場0.3Tと0.6Tでは細胞生残率に有意な差はないことがわかる。このことから、生物効果を増大させるために印加する磁場は、0.3T程度で十分であると考えられる。
【0032】
(現象の考察)
本発明者らは、炭素線に平行な磁場を印加することで、炭素線の細胞殺傷効果が増大する効果は、二次電子が、磁場によるローレンツ力を受け、その移動範囲が荷電粒子の飛跡近傍に制限されることで、飛跡周辺の電離密度が高まったためであると考察した。逆に、粒子線の進行方向と垂直な磁場が掛かれば、電離された二次電子は、ローレンツ力により飛跡と垂直方向に逃げていく。このため、飛跡周辺の電離密度は下がることになる。
【0033】
詳述すると、高エネルギ荷電粒子の飛跡周辺では、電離により多くの二次電子が発生する。二次電子の発生方向は、荷電粒子のエネルギや標的の種類によっても異なるが、低エネルギ電子(<10eV)は等方的に、中高エネルギ電子(>10eV、<1keV)は荷電粒子の飛跡垂直方向に、多く発生する。
【0034】
図30は、ローレンツ力による電子の螺旋運動を示す図である。
荷電粒子の進行方向と平行に磁場を掛けた場合、磁束に垂直な方向に速度v⊥をもった電子は、ローレンツ力を受け、図30に示すように、磁力線に巻き付く形で螺旋運動しながらエネルギを放出することになる。
ローレンツ力による電子の螺旋運動の曲率半径rは、次式(1)で表わされる。
【0035】
【数1】
me:電子質量
q:素電荷
B:磁場
【0036】
式(1)から明らかなように、磁場Bが大きい程、速度v⊥が小さい程、曲率半径rは小さくなる。すなわち、印加する磁場Bの大きさに応じて、発生した電子の螺旋運動の曲率半径が変化し、荷電粒子の飛跡周辺の電離密度は変化する。飛跡周辺の電離密度の大きさは、その粒子線の細胞殺傷効果の程度に大きく影響するため、印加する磁場Bを適切に調整することで、粒子線の生物効果を制御することが可能になる。一方、荷電粒子の進行方向と垂直方向な磁束となる磁場Bを掛けた場合には、ローレンツ力を受けた二次電子は、その磁力線に沿って螺旋運動しながら進みエネルギを放出する。この場合、二次電子は飛跡から遠ざかるように移動するため、飛跡周辺の電離密度は下がり、粒子線の細胞殺傷効果は下がると考えられる。
【0037】
また、電子に与えられる力の大きさは次式<数2>で算出できるので、磁場に相当する(B)と同様に、電場に相当する(E)を制御することにより同様の効果を奏することができる。
<数2>
F=qe(E+V*B)
※F:力, B:磁場, V:電子が動く速度,
E:電場, qe:素電荷
【0038】
本発明は、本発明者らが発見した上記原理を利用して、磁束の方向や強度又は/及び電場の方向や強度を適切に制御することにより粒子線の細胞殺傷効果を最大限に高める、生物効果可変型粒子線照射システムである。以下、本発明の実施例について説明する。
【実施例1】
【0039】
図1は、本発明の第1実施形態に係る粒子線照射システム1(粒子線治療システム)の全体構成を示す説明図である。この実施例1では、電磁場発生装置として磁場発生装置9を用い、磁場によって粒子線の細胞殺傷効果を高める例について説明する。
【0040】
粒子線照射システム1は、イオン源と線形加速器により構成される入射器2から照射された粒子線3(荷電重粒子ビームを含む荷電粒子ビーム)を加速して出射する加速器4と、該加速器4から出射された粒子線3を輸送するビーム輸送系5と、該ビーム輸送系5を経た粒子線3を患者7の照射対象であるターゲット部8(例えば、腫瘍部)に照射する照射装置6(スキャニング照射装置)と、ターゲット部8およびターゲット部8周辺に磁場を発生させる磁場発生装置9と、前記粒子線照射システム1を制御する制御装置10(制御部)と、粒子線照射システム1の照射パラメータを決定するコンピュータとしての照射計画装置20とを備えている。なお、この実施例では、入射器2から照射する粒子線3として炭素線ビームを使用するが、これに限らず様々な粒子線を照射する粒子線照射システム1に本発明を適用できる。
【0041】
前記加速器4は粒子線3のエネルギーや強度を調整するようになっている。
ビーム輸送系5は、照射装置6近傍に回転ガントリー5aを有しており、照射装置6による粒子線の照射方向を水平方及び水平方向含めて任意の方向に変化させるように回転することができる。なお、回転ガントリーを備えた治療装置もあれば水平垂直などの固定ポートのみを備えた治療装置もあり、本発明はその両者に適用可能である。回転ガントリーでは、360度任意の方向から粒子線が照射可能になる。
【0042】
前記照射装置6は、粒子線3をビーム進行方向(Z方向)に垂直な平面を形成するX-Y方向に偏向させるスキャニングマグネット(図示省略)と、粒子線3の位置を監視する線量モニタ(図示省略)と、Z方向の粒子線3の停止位置を調整するレンジシフタ(図示省略)とを備え、ターゲット部8に対しスキャン軌道沿って粒子線3をスキャンするようになっている。なお、粒子線の停止する深さを調整する方法として、加速器での加速エネルギーを調整する方法、ビームライン上にレンジシフタを出し入れする方法、または両者を組み合わせた方法があり、どの方法を用いてもよい。加速器での加速エネルギーを調整する方法ではレンジシフタは不要になる。
【0043】
磁場発生装置9は、ターゲット部8およびターゲット部8周辺に磁場を発生させる装置である。
前記制御装置10は、加速器4からの粒子線3のエネルギーと強度や、ビーム輸送系5内での粒子線3の位置修正や、照射装置6のスキャニングマグネット(図示省略)によるスキャニングや、レンジシフタ(図示省略)によるビーム停止位置、および磁場発生装置9により発生させる磁場等を制御するように構成されている。
【0044】
前記照射計画装置20は、キーボードおよびマウス等で構成される入力装置21、液晶ディスプレイまたはCRTディスプレイ等で構成される表示装置22、CPUおよびROMおよびRAMで構成される制御装置23、CD-ROMおよびDVD-ROM等の記憶媒体29に対するデータの読み書きを行うディスクドライブ等で構成される媒体処理装置24、および、ハードディスク等で構成される記憶装置25を備えている。
【0045】
照射計画装置20内の制御装置23は、記憶装置25に記憶されている照射計画プログラム39aおよび照射計画補正プログラム39bを読み込み、領域設定処理部31、処方データ入力処理部32、演算部33、出力処理部34、および磁場影響演算部38として機能する。
【0046】
記憶装置25は、磁場発生装置9の通電状態により発生する磁場を磁場データ40として制御単位毎に記憶している。
【0047】
このように構成された照射計画装置20は、照射計画プログラム39aおよび照射計画補正プログラム39bに従って、各機能部が次のように動作する。
【0048】
領域設定処理部31は、表示装置22に3次元CT値データを画像表示し、計画作成者が入力装置21で入力する領域指定(ターゲット部8の指定)を受け付ける。
【0049】
処方データ入力処理部32は、表示装置22に処方入力用画面を表示し、計画作成者が入力装置21で入力する処方データを受け付ける。この処方データは、3次元CT値データの各座標における粒子線の照射位置と照射量を示すデータである。なお、この処方データには、粒子線の種類(例えば炭素原子核または水素原子核等)も含めて種類別の照射位置と照射量とし、複数種類の粒子線を用いる処方データとしてもよい。
【0050】
演算部33は、処方データ、磁場データ、および磁場影響データを受け取り、これらに基づいて照射パラメータおよび線量分布を作成する。すなわち、処方データの照射位置に処方データの照射量の照射を行うために、粒子線照射システム1から照射すべき粒子線の量(粒子数)を磁場影響データも使用して逆算し、粒子線照射システム1から照射する粒子線の照射パラメータを算出する。この照射パレメータは、照射するスポット毎の粒子線の核種と線量を含む粒子線データと、照射するスポット毎の磁場強度を含む磁場データが含まれている。なお、磁場データは、磁場強度だけでなく磁束の方向が含まれる場合、およびどの中空コンダクタ50(コイル)を励磁するかの情報が含まれる場合もある。また、演算部33は、算出した照射パラメータ(粒子線と磁場の設定)で粒子線を照射対象に照射した場合の磁場影響を受けた線量分布を算出する。
【0051】
出力処理部34は、算出した照射パラメータおよび線量分布を表示装置22に出力して表示する。また、出力処理部34は、照射パラメータおよび線量分布を、サーバー(図示省略)に送信する。治療の際には、当該治療の照射パラメーターを前記サーバーから粒子線照射システム1を制御する制御装置10に送信する。なお、サーバーを介さずに、出力処理部34が照射パラメータを制御装置10へ直接送信する構成としてもよい。
【0052】
磁場影響演算部38は、指定された磁場発生装置9に通電した際に発生する磁場と、その磁場による粒子線への影響を演算する構成である。このように磁場の影響を演算し、演算部33へ当該演算をして得た磁場影響データを送信することで、磁場の影響を加味した演算が可能となる。
【0053】
このように構成された照射計画装置20により、粒子線照射システム1は、磁場の影響を加味して効果的なビームを照射することができる。ビームの照射は、例えばターゲット領域に対して一様な線量分布の照射を与えるスキャニング照射法を用いたスポットビームの照射(線量分布はスポットビームの総和となる)など、適宜の照射とすることができる。
【0054】
図2は、磁場発生装置9に用いられているコイル43と鉄シールド41の構成を示す斜視図である。鉄シールド41は、漏れ磁場を抑えるためのものである。
【0055】
コイル43は、照射対象(被検体:患者)の体幹方向に長く照射対象の両側方に互いに平行に対向して配置された縦方向直線部43a,43bと、縦方向直線部43a,43bの対向している各端部が縦方向直線部43a,43bの対向方向と直交する方向へ退避した位置で縦方向直線部43a,43bの長手方向と直交する方向へ直線的に接続された横方向直線部43c,43dを有している。縦方向直線部43a,43bの端部は、縦方向直線部43a,43bの対向方向を軸とする円弧状に90度の角度まで湾曲しており、そこから縦方向直線部43a,43bの長手方向を軸として90度の角度まで円弧状に湾曲して横方向直線部43c,43dの端部に接続されている。
【0056】
縦方向直線部43a,43bは、互いの対向面以外の各面が鉄シールド41により囲まれている。この鉄シールド41は、縦方向直線部43a,43bの直線部分に加えて、縦方向直線部43a,43bの端部が対向方向を軸として90度まで湾曲した部分まで囲んでいる。
【0057】
図3Aは、コイル43の縦方向直線部43a,43bの長手方向を法線とする面で縦方向直線部43a,43bおよび鉄シールド41を切断した断面図である。
【0058】
縦方向直線部43a,43bは、図3Aの断面における縦方向直線部43a,43bの対向方向と、当該方向と直交する方向に、複数の中空コンダクタ50(磁場発生体)が格子状に整列配置されている。詳述すると、中空コンダクタ50は、患者の身体前後厚方向(縦方向直線部43a,43bの対向方向と長手方向の両方に直交する方向)の配列数が、一般成人の身体前後厚方向の厚み長さよりも長くなる数に設定されている。また、中空コンダクタ50は、患者の身体横幅方向(縦方向直線部43a,43bの対向方向)の配列数が、その位置の中空コンダクタ50による磁場が粒子線に対して十分に影響を与えられるだけの数に設定されている。この例では、患者の身体横幅方向に4列、患者の身体前後厚方向に20列に配置されている。この中空コンダクタ50は、1列毎に独立して電流を流すことができ、任意の列の中空コンダクタ50に任意の電流値の電流を流すことで、様々な磁場を形成することができる。
【0059】
縦方向直線部43a,43bの周囲は、縦方向直線部43a,43bの対向面以外の3面が鉄シールド41により囲まれている。この鉄シールド41により、磁場発生装置外部への漏れ磁場が抑制される。
【0060】
図3Bは、コイル43を構成する中空コンダクタ50の断面図を示す。
中空コンダクタ50は、断面略正方形で中心に円形の孔51が開けられた導体52と、この導体52の外周を被服する絶縁体53により構成されている。導体52は、この実施例では銅により形成されている。孔51には、冷却水が流される。
【0061】
このコイル43は、台の上に、うつ伏せ、または仰向けに固定された患者の体幹部の腫瘍を水平や垂直、または任意の方向からの粒子線を照射する場合に用いることができる。
【0062】
次に、このように構成されたコイル43の電流と磁場、および機能について説明する。
【0063】
図4A及び図4Bは、体幹部照射用のコイル43の構成例を示す模式図であり、図4Aはコイル43のうち一本の導線(中空コンダクタ50)を示す斜視図、図4Bはコイル43のうちビーム軸方向(患者の身体前後厚方向)に図4Aの導線(中空コンダクタ50)を積層化した状態の斜視図である。この実施例では磁場9aを鎖線により表している。
【0064】
図4A-Bに示す電磁石は、例えば治療台の枠体に取り付けられ、この電磁石の上には、マットレス等が敷かれる。
【0065】
図4Aは、電流の流れを分かり易く説明するために、一本の導線で構成した模式的な電磁石を記載し、一本の導線と導線内の電流、それにより生じる磁場9a(磁力線)のイメージを示している。
【0066】
図4Bに示すように、磁場発生装置9(図1参照)は、磁場発生器として、ビーム軸方向に図4Aの導線を積層化したコイル43を備える。
【0067】
リターン(横(左右)方向への電流)導線を身体の下に通すことで、粒子線照射システム1(図1参照)で照射可能な範囲(例えば40×40cm)を覆う程度の大きさのコイル43を構成できる。コイル43を構成する複数の導線(中空コンダクタ50)のうち、腫瘍の深さ近傍の導線(中空コンダクタ50)のみに電流を流す。これにより、前記図4A-Bと同様に、腫瘍近傍には粒子線と平行な方向の磁束の平行磁場Baが、正常組織領域では垂直方向の磁束の成分が増加するような磁場が実現できる。また、身体全体を覆うソレノイド電磁石を作る必要がない効果がある。
【0068】
図4A-Bでは、垂直方向から粒子線を照射しているが、粒子線を照射する方向は任意である。粒子線を照射したい方向に合わせてコイル43(図2参照)を回転させ、回転ガントリー5a(図1参照)を回転させることで、任意の方向の粒子線に対して平行磁場Baを作成することができる。
【0069】
例えば、横方向から粒子線を照射したい場合は、図4A-Bに示すコイル43を90度回転させるか、あるいはビーム輸送系5に設けられている回転ガントリー5a(図1参照)を90度回転さればよい。
【0070】
(磁場のパターン)
次に、磁場の印加パターンと細胞殺傷効果について説明する。この実施例では、これらの印加パターンを適宜組み合わせた粒子線の照射計画を作成する。
【0071】
<<粒子線照射領域全体に一様な磁場を印加するパターン>>
粒子線照射領域全体に一様な平行磁場Baを掛けた場合(印加パターン1-1)の粒子線照射について図5A-Bを参照して詳細に説明する。
【0072】
なお、本明細書において磁場に関して「一様」というときは、磁場を印加する必要がある範囲について、磁束の方向が同一またはほぼ同一で、磁束密度が一定またはほぼ一定であることをいう。
【0073】
図5A-Bは、体深部にある腫瘍8a(ハッチング部参照。以下同様)に対して、図示左側から粒子線を照射した場合の細胞殺傷効果(生物効果)の概念図であり、図5Aは磁場が掛けられていない場合の図、図5Bは粒子線に平行に一様な平行磁場Baを掛けた場合の図である。図5A-Bの上段は、患者の体を示し、中段は細胞殺傷効果を示し、下段は平行磁場Baの有無を示す。
【0074】
<印加パターン1-0:磁場の印加なし>
図5Aの中段に示すように、磁場を掛けずに、腫瘍8aに対して左側から粒子線(例えば、炭素線)を照射する。粒子線照射では、細胞殺傷効果(生物効果)が腫瘍8aの深さで高まるように照射がなされる。粒子線が体深部の腫瘍8a(停止位置付近)で集中的にエネルギを放出し、腫瘍8aの位置で最大の細胞殺傷効果(生物効果)を得ることができる。ただし、左側から粒子線を照射しているので体深部の腫瘍8aに近い正常組織7aにも生物効果があるため、許容範囲を考慮した照射を計画することとなる。
【0075】
<印加パターン1-1:全体平行磁場Ba>
これに対して、図5Bの下段の矢印B∥に示すように、粒子線照射システム1の磁場発生装置9(図1参照)によって、少なくとも粒子線が患者内に入り到達点まで到達する間、粒子線に平行に一様な平行磁場Baを掛けた場合、図5Bの中段の白抜矢印に示すように、粒子線の細胞殺傷効果が高まる。図5Bの例では、図5Aの中段に示す細胞殺傷効果(破線参照)が、図5Bの中段に示す細胞殺傷効果(実線参照)まで高まる。この細胞殺傷効果の増大は、粒子線として陽子線を用いた場合であっても、平行磁場により実質的にヘリウム線や炭素線を用いたと同様の生物効果をもたらす可能性を秘めている。すなわち、重粒子線照射装置よりも安価で小型な陽子線治療装置を用いて、ヘリウム線等と同等の治療効果を得ることができる。
【0076】
このように、粒子線のビーム軸方向と平行に平行磁場Baを掛けることで、粒子線の細胞殺傷効果を増大させることができる。
【0077】
<印加パターン1-0,1-1とを組み合わせた利用例>
腫瘍8a内の放射線感受性は均一ではなく、放射線が効きやすい(放射線感受性の高い)領域と、低酸素領域など放射線が効きにくい(放射線抵抗性)領域とが混在している。非特許文献4に記載された複数の核種を組み合わせた照射方法では、抵抗性の領域にはより生物効果の高い酸素やネオン線を照射することが提案されている。
【0078】
本発明は、磁場の強さ(磁場の有無を含む)を変えることで粒子線の細胞殺傷効果を調整することができる。更には、磁場の強さを変え粒子線の細胞殺傷効果を調整することで、一つの核種を用いて腫瘍8a内の放射線感受性の高い領域と放射線抵抗性領域を、複数の核種を組み合わせた場合と同様に、効果的に粒子線治療することができる。
【0079】
図6A-Bは、粒子線照射システム1の磁場強度の調整を説明する概念図であり、図6Aは腫瘍8aの放射線感受性の高い領域(ハッチング部参照)を照射している時には磁場を掛けないことを示す図、図6Bは抵抗性の領域(格子ハッチング部参照)を照射している時に合わせて一様な平行磁場Baを掛けることを示す図である。
【0080】
図6Aに示すように、腫瘍8aの放射線感受性の高い部分を照射している時には磁場を掛けない。図6Bに示すように、放射線抵抗性の領域を照射する時のみに平行磁場Baを掛ける。放射線感受性の高い領域と放射線抵抗性領域とが混在している場合には、該当領域に合わせて適応的に、磁場を掛けないことと、平行磁場Baを掛けることとを選択実行する。
【0081】
このようにすることで、複数の核種を組み合わせた照射方法と同等の効果をもたらすことも可能になる。例えば、感受性の高い領域は炭素線で、抵抗性の領域は酸素線やネオン線で照射する、複数核種を用いた粒子線治療と同等の効果が実現できる。
【0082】
<<粒子線の照射領域の部位別に異なる磁場を印加するパターン>>
図7A図8Bは、体深部にある腫瘍8aに対して、左側から粒子線を照射した場合の細胞殺傷効果(生物効果)の概念図であり、図7Aは磁場が掛けられていない場合の図、図7Bは腫瘍8a領域近傍に粒子線進行方向に平行な方向の平行磁場Baを掛けた場合の図、図8Aは正常組織7a近傍に粒子線の進行方向に垂直に垂直磁場Bbを掛けた場合の図、図8Bは腫瘍8a近傍には粒子線進行方向に平行な平行磁場Baを掛け、正常組織7a近傍には垂直な垂直磁場Bbを掛けた場合の図である。
【0083】
図7A図8Bの上段は、患者の体を示し、中段は細胞殺傷効果を示し、下段は磁場の有無を示す。
【0084】
<印加パターン2-0:磁場の印加なし>
図7Aの中段に示すように、磁場を印加せずに、腫瘍8aに対して左側から粒子線を照射する。粒子線照射では、細胞殺傷効果(生物効果)が腫瘍8aの深さで高まるように照射がなされる。正常組織7aは、磁場なしである。だだし、左側から粒子線を照射しているので体深部の腫瘍8aに近い正常組織7aにもある程度の生物効果は発生する。
【0085】
<印加パターン2-1:正常組織7a部分は磁場なし,腫瘍8a部分に平行磁場Ba>
図7Bの下段の矢印B∥に示すように、粒子線照射システム1(図1参照)の磁場発生装置9によって、腫瘍領域近傍に粒子線に平行に一様な平行磁場Baを掛ける。これにより、図7Bの中段の白抜矢印に示すように、粒子線の細胞殺傷効果を高めて平行磁場Baが掛かった腫瘍領域で細胞殺傷効果(生物効果)を増大させることができる。
【0086】
<印加パターン2-2:正常組織7a部分に垂直磁場Bb,腫瘍8a部分に磁場なし>
一方、図8Aの下段の矢印B⊥に示すように、粒子線照射システム1(図1参照)の磁場発生装置9によって、正常組織7a近傍(手前側)に粒子線の進行方向に垂直な磁束となる垂直磁場Bbを掛ける。これにより、図8Aの中段の白抜矢印に示すように、正常組織7aへの細胞殺傷効果(生物効果)を下げる。図8Aの例では、図7Aの中段に示す正常組織7aへの細胞殺傷効果(破線参照)を、図8Aの中段に示す正常組織7aへの細胞殺傷効果(実線参照)まで下げる。腫瘍領域の効果は変わらず、垂直磁場Bbが掛かった正常組織7a領域での細胞殺傷効果が下がる。
【0087】
このように、正常組織7a近傍に垂直磁場Bbを掛けることで、腫瘍8aへの細胞殺傷効果を落とさずに、正常組織7aへの効果を下げることが可能になる。正常組織7aへの障害発生リスクを減らすことが可能になる。
【0088】
<印加パターン2-3:正常組織7a部分に垂直磁場Bb,腫瘍8a部分に平行磁場Ba>
さらに、図8Bの下段の矢印B∥および図8Bの下段の矢印B⊥に示すように、粒子線照射システム1(図1参照)の磁場発生装置9によって、腫瘍領域には粒子線に平行に一様な磁束となる一様な平行磁場Baを掛け、正常組織7a領域には粒子線の進行方向に垂直に一様な磁束となる一様な垂直磁場Bbを掛ける。これにより、腫瘍8aへの細胞殺傷効果を高めると同時に、正常組織7aへの障害発生リスクを減らすことができる。すなわち、粒子線進行方向の手前側の正常組織7a近傍に垂直磁場Bbを掛けると同時に、腫瘍領域近傍に粒子線に平行に一様な平行磁場Baを掛けることで、粒子線が通過する標的外部(例えば正常組織7a)の領域への障害を減らすことができ、標的近傍への細胞殺傷効果をより一層高めることができる。
【0089】
このように、様々な磁場の印加を粒子線の照射の際に組み合わせることで、より望ましい照射計画を作成することが可能となる。
【0090】
図9は、粒子線3の照射方向に中空コンダクタ50が積層されたコイル43について、一部の中空コンダクタ50により磁場9aを発生させている状態を示す断面図である。なお、図9の図示では鉄シールド41を図示省略している。
図示の例では、中空コンダクタ50fに電流を流して磁場9aを発生させている。この中空コンダクタ50fは、粒子線3の入り口側にある中空コンダクタ50aから数えて6段目に積層されている。したがって、コイル43は、6段目に積層されている中空コンダクタ50fのみ電流を流して磁場9aを発生させ、それ以外の中空コンダクタ50a~50e,50g~50j(図示省略)については電流を流さず磁場9aを発生させない。
【0091】
また、中空コンダクタ50fは、患者の身体幅方向(図9の左右方向)に複数の中空コンダクタ50(図3A参照)が一列に配置されて構成されている。したがって、粒子線3の照射方向に直交する方向へ一列に並んでいる中空コンダクタ50の全てに電流を流して磁場9aを発生させている。なお、中空コンダクタ50に流す電流値を変える(大きく又は小さくする)ことで、発生させる磁場9aの強度を調整する(強くまたは弱くする)ことができる。
【0092】
電流を流して磁場9aを発生させる中空コンダクタ50の粒子線照射方向の深さは、腫瘍8aの存在する深さと同じ深さ(腫瘍8aの側方にある中空コンダクタ50の高さ)に設定することが好ましく、さらに言えばビームスポットの深さと同じ深さ(ビームスポットの側方にある中空コンダクタ50の高さ)に設定することが好ましい。
【0093】
このように電流を流す中空コンダクタ50を何段目にするか変化させることで、粒子線3を照射するビームスポット近辺のみに平行磁場9aを印加し、その部分の細胞殺傷効果をそれ以外の部分よりも高めることができる。
【0094】
詳述すると、ビームスポット近辺は確実に平行な平行磁場9aが印加されているために細胞殺傷効果を高めることができるが、それ以外の部分では磁場9aが平行ではなくなっているために垂直磁場のように細胞殺傷効果を減じる効果が生じる。したがって、粒子線照射時におけるビームスポット以外の部分に対する細胞殺傷効果を弱め、より望ましい粒子線治療を行うことができる。
【0095】
このように、患者内の任意の深さで平行磁場を発生させることで、図9の矢印aに示すように、「腫瘍位置での磁場ベクトル」は、粒子線3のビーム方向と平行になる。腫瘍近傍においても、磁力線がビーム進行方向に平行な平行磁場Baが強い状態となる。また、図9の矢印bに示すように、「正常組織7a位置での磁場ベクトル」は、粒子線3のビーム方向に対して斜め方向になる。正常組織7a付近では、磁力線がビーム進行方向に対して斜めになり、磁場の平行成分が弱まり垂直成分が強まる。
【0096】
これにより、体幹部の腫瘍の治療でも、腫瘍近傍には粒子線3と平行な磁場を発生させ、正常組織7a領域では磁束の垂直方向の成分が増加するような磁場を実現することができる。
【0097】
励起させる同一深さの一列の中空コンダクタ50により照射対象である腫瘍8aに印加する磁場の強度は、この実施例では0.3テスラ程度としている。この磁場の強度の下限は、0.05テスラ以上とすることができ、0.1テスラ以上とすることが好ましく、0.2テスラ以上とすることがより好ましく、0.3テスラ以上とすることが好適である。また、印加する磁場の強度の上限は、5.0テスラ以下とすることができ、3.0テスラ以下とすることが好ましく、1.0テスラ以下とすることがより好ましく、0.6テスラ以下とすることが好適である。
【0098】
また、磁場発生装置9は、平行磁場を掛けることにより、粒子線3である荷電粒子により電離された電子(二次電子)の移動範囲を標的近傍の荷電粒子の飛跡周辺に制限するように磁場を掛ける。また、磁場発生装置9は、平行磁場を掛けることにより、標的近傍の荷電粒子(粒子線3)の飛跡周辺の電離密度を上げるように磁場を掛ける。すなわち、磁場発生装置9は、二次電子の移動範囲を、荷電粒子の飛跡近傍に制限し、荷電粒子の飛跡周辺の電離密度を上げる。
【0099】
なお、この体幹部照射用のコイル43を用いることにより、図9に示した磁場形状を作ることができるため、リング状で身体全体を覆うようなソレノイド電磁石を作る必要がなくなるという特有の効果がある。
【0100】
図10は、粒子線照射システム1を用いた粒子線スキャニング照射法における、標的および患者をスライスして見たペンシルビーム照射位置(スポット)の概念図である。図10中の細い実線の丸印は、ペンシルビーム照射位置(スポット)を示している。図示のスライスは、粒子線を水平に照射する場合の粒子線照射方向(深さ方向)をZ軸、Z軸に直交する重力方向をX軸、Z軸とX軸の両方に直交する方向をY軸とする3次元軸でのXZ平面を示している。図示するように、このXZ平面内にスポットが縦横に等間隔で隙間なく配列されている(各スライスには複数スポットが配列されている)。このように配列されたスポットはY軸方向にも同様に等間隔で隙間なく配列されており、スポットが3次元に等間隔で隙間なく整列して配置されている。このスポット毎に磁場や粒子線を変化させることができ、例えば、丸印内に記載されたハッチングの種類毎に応じて異なる磁場を印加して各スポットに粒子線を照射するといったことができる。
【0101】
スキャニング照射法では、粒子線照射システム1(図1参照)の加速器4で加速した細い粒子線ペンシルビームを、腫瘍形状に合わせて3次元的に走査し、各位置に照射したペンシルビームの線量分布を重ね合わせることで、患者内に所望の線量分布を実現する。
【0102】
標的内に必要十分な線量を与えるために、標的内にペンシルビームの照射位置(スポット)を敷き詰め、その位置に、照射計画で決定した数の粒子を照射する。ペンシルビームの深さ方向(Z方向)への走査は、加速器で加速する粒子の速度(運動エネルギ)を変更することで行う。
【0103】
一方、XY平面内のスライスの走査は、粒子線の照射中心となるアイソセンタから数m上流に設置された照射装置6(図1参照)内のスキャニング電磁石と呼ばれる電磁石を励磁することで行う。一般的な照射では、まず、一番奥のスライスを照射し、そのスライス内の全てのスポットを照射し終えたら、加速器で粒子線の運動エネルギを下げ、奥から二番目のスライスを照射する。これを全てのスライスのスポットを照射し終えるまで繰り返す。
【0104】
各門(ビーム)の照射は、スポット単位で管理されているので、あるスポットを照射している場合は、コイル43(図2参照)のある中空コンダクタ50(図3A参照)を励磁する、というような切り替えも可能になる。
【0105】
次に、本実施形態の粒子線スキャニング照射法の照射計画ワークフローについて説明する。
【0106】
<本実施形態の照射計画ワークフロー>
図11は、本実施形態で提案する「磁場による粒子線生物効果の変調」を考慮した照射計画装置20のワークフローを示すフローチャートである。図11中、破線内が照射計画装置20上での作業である。
加速器で加速され、治療室に輸送されてくる細い粒子線ペンシルビームを腫瘍8aの形状に合わせて3次元的に走査しながら照射する。
粒子線スキャニング照射法は、患者内に所望の線量分布を作成する、粒子線治療の照射方法である。
【0107】
図11に示すように、照射計画装置20は、照射計画プログラム39aおよび照射計画補正プログラム39bに従って、磁場による細胞殺傷効果(生物効果の変調)をもとに、粒子線の照射のための照射計画を立案する。この照射計画は、図1に説明した粒子線照射システム1が、加速器4で加速した粒子線を照射装置6により細いペンシルビームにして腫瘍形状に合わせて3次元的に走査しながら照射する粒子線スキャニング照射法において、患者内に所望の線量分布を実現するために、どの位置(ビームスポット)にどの核種でどれだけの線量の粒子線を照射するかを定めたものである。
【0108】
まず、照射計画装置20の制御装置23(図1参照)は、適宜のCT装置によって撮影された患部のCT画像を取り込む(ステップS1)。
【0109】
制御装置23は、領域設定処理部31により、取り込んだCT画像上に標的や重要臓器を描出する(ステップS2)。
【0110】
制御装置23は、領域設定処理部31により、標的に対して、粒子線を照射する門数(照射方向の数(Nb))とその方向と決定する(ステップS3)。
【0111】
制御装置23は、処方データ入力処理部32により、標的や重要臓器に対して線量処方の入力を受け付けて決定する(ステップS4)。線量処方とは、標的に対して照射するべき線量や重要臓器に対する許容線量である。すなわち、腫瘍のどの位置にどれだけ以上の線量を照射するか、腫瘍以外の重要臓器に対する許容線量はどれだけまでかが線量処方として決定される。ただし、ここでいう線量とは粒子線照射による細胞殺傷効果の程度を表す指標である。
【0112】
制御装置23は、処方データ入力処理部32により、標的に必要十分な線量を与えるために照射するべき粒子線ペンシルビームの照射位置を決定する(ステップS5)。
【0113】
制御装置23は、演算部33により、ステップS5の粒子線ペンシルビームの照射位置決定後、ペンシルビーム線量カーネルを作成する前に、電磁石配置を決定する(ステップS6)。この電磁石配置では、標的の位置やビーム照射方向に合わせて、例えば前記図2の体幹部照射用のコイル43を設置する。なお、配置する電磁石として、様々な電磁石を用いることができ、例えば、リング状に形成された頭頸部の腫瘍照射用ソレノイド電磁石を用いる場合であれば、この頭頸部の腫瘍照射用ソレノイド電磁石を設置する。
【0114】
制御装置23は、磁場影響演算部38(照射計画補正プログラム39b)により、設置した電磁石配置で患者体内に実現される磁場分布を計算する(ステップS7)。ただし、例えば励磁する中空コンダクタ50とそこに流す電流値によって磁場分布は異なるので、候補となる複数の組み合わせについて磁場分布を計算する。この磁場分布は、中空コンダクタ50の形、位置、電流値で決まるものであり、形、位置、電流値毎の分布データとしてあらかじめ計算した磁場分布を選択的に用いる構成としてもよい。なお、この励起する中空コンダクタ50毎の電流値毎の磁場分布は、あらかじめ計算または測定して記憶装置25に記憶しておくことが好ましい。
【0115】
制御装置23は、演算部33により、各磁場分布下でのペンシルビーム線量カーネルを計算する(ステップS8)。この計算は、磁束の方向と強度に対してある線量の粒子線がどれだけの細胞殺傷効果を発揮するかあらかじめ実験と演算により用意しておいた磁場影響データを用いて計算するなど、適宜の方法によって行うことができる。ただし、磁場発生装置9により印加する磁場強度が弱い(例えば0.3T以下)ことから、磁場による粒子線の歪み(曲がる、回転する)は小さいと予測される。このため、ペンシルビーム線量カーネルは、磁場なしで計算すれば十分である場合もある。
【0116】
制御装置23は、演算部33により、ペンシルビームの粒子数(重み)と磁場分布(各電磁石の電流値)の初期値を決定する(ステップS9)。
【0117】
制御装置23は、演算部33により、指定された線量処方を満たすために各位置に照射するペンシルビームの粒子数とそのペンシルビーム照射中に各電磁石に流す電流値を、逐次近似繰り返し演算により最適決定する(ステップS10~S12)。
【0118】
制御装置23は、演算部33により、細胞殺傷効果に関連する評価指数値Fを算出する(ステップS10)。この評価指数値Fは、標的には必要十分な細胞殺傷効果があることを判定するための標的細胞殺傷効果値、および、重要臓器への細胞殺傷効果は許容値以下であることを判定するための重要臓器細胞殺傷効果値が、磁場による細胞殺傷効果の向上・減少を考慮して算出される。
【0119】
制御装置23は、演算部33により、逐次近似の繰り返し演算は予め定められた線量処方を満たしたか(F<Cか)、または、予め定められた一定の繰り返し演算数を超えたか(n>Nか)を判別する(ステップS11)。
【0120】
逐次近似の繰り返し演算は予め定められた線量処方を満たしていない場合、または、予め定められた一定の繰り返し演算数を超えていない場合(ステップS11:No)、制御装置23は、演算部33により、ペンシルビームの粒子数と磁場分布(各電磁石の電流値)を更新するため繰り返し演算数nをインクリメント(n=n+1)してステップS10に戻る(ステップS12)。
【0121】
また、制御装置23は、演算部33により、逐次近似の繰り返し演算が予め定められた線量処方を満たした場合、または、予め定められた一定の繰り返し演算数を超えた場合(ステップS11:Yes)、繰り返しを終了して次の処理に進む。
【0122】
制御装置23は、演算部33により、その時点での「各位置に照射するペンシルビームの粒子数とそのペンシルビーム照射中に各電磁石に流す電流値」をその門に対する照射パラメータとする(ステップS13)。
【0123】
制御装置23は、演算部33により、予め定められた門数(Nb)の照射計画ができあがったか(nb=Nbか)否かを判別する(ステップS14)。
【0124】
予め定められた門数(Nb)の照射計画ができあがっていない場合(ステップS14:No)、制御装置23は、演算部33により、不足していると判断して処理済ビーム数nbを更新し(ステップS15)、繰り返し演算数nをインクリメント(nb=nb+1)してステップS4から繰り返す。
【0125】
予め定められた門数(Nb)の照射計画ができあがった場合(ステップS14:Yes)、制御装置23は、演算部33により、粒子線照射システム1による粒子線の治療照射に進む(ステップS16)。
【0126】
以上で照射計画装置20による照射計画ワークフローを終了し、照射パラメータを粒子線照射システム1の制御装置10(図1参照)に出力する。
【0127】
その後、粒子線照射システム1の制御装置10(図1参照)は、照射計画装置20により立案された照射パラメータをもとに、治療照射を実行する。
【0128】
[照射ワークフロー:回転ガントリ室]
次に、粒子線照射システム1を用いたガントリポートでの照射ワークフローについて説明する。多くの陽子線治療施設で回転ガントリを備え、患者の周り360度任意の方向からビーム照射が可能である。回転ガントリは、患者の周囲を回転可能な回転機構を備えた照射ポートである。炭素線治療施設では、回転ガントリを備えた治療施設は、少なく、世界でも放医研とハイデルベルグの重粒子線施設で稼働するのみである。多くの炭素線施設では、水平ポート、垂直ポート、水平+垂直ポートといった治療室に固定されたある方向からのみビーム照射が可能である。
【0129】
図12は、粒子線照射システム1を用いて回転ガントリ室で粒子線を照射する照射ワークフローを示すフローチャートである。
【0130】
粒子線照射システム1の制御装置10は、回転ガントリ室に患者が入室したことが入力(ステップS31)された後、照射パラメータをサーバーから取得して展開する(ステップS32)。このとき取得する照射パラメータは、ビームを照射する1門(ビーム)単位で取得する。なお、照射パラメータは、サーバーを介さずに出力処理部34から直接取得してもよい。
【0131】
制御装置10は、ビーム照射用の患者位置決めを受け付ける(ステップS33)。また、制御装置10は、照射ポート(ガントリ角度)等の設定を受け付ける(ステップS34)。
【0132】
制御装置10は、位置決め承認の後、ビーム照射を開始する(ステップS35)。このビーム照射においては、腫瘍8aの3次元位置の各スポットに対して、処方された磁場9aを印加し、その磁場9aを印加している間に処方された線量の粒子線3を照射する。このとき磁場発生装置9は、1つのスポットに対して粒子線3が少なくとも照射開始された時点から照射完了する時点までの間は一様の磁場9aを掛け続ける。この磁場9aの印加と粒子線3の照射を、照射計画装置20で現在の一門について計画された照射計画(照射パラメータ)に従ってスポット単位で全てのスポットに対して実行する。
【0133】
全ビームの照射が終わっていなければ(ステップS36:No)、制御装置10は、ステップS32に処理を戻して繰り返す。この繰り返し後、例えば2門目であれば、2門目の照射パラメータを制御装置10に展開する。また、1門目と2門目で患者の設置位置が変わらないなど、前門での照射時と患者の設置位置が変わらない場合、制御装置10は、ステップS33の患者の位置決めをスキップする(前門照射時と同じ位置であることを受け入れる)。
【0134】
全ビーム終了の場合(ステップS36:Yes)、制御装置10は、患者は退室を許容する(ステップS37)。例えば、その日に当該患者について予定されていた全てのビームが照射し終わった場合は、患者は退出する。
【0135】
制御装置10は、照射ログなどの治療記録を適宜の記憶部に保存し(ステップS38)、治療の終了を受け入れる(ステップS39)。
【0136】
以上の構成および動作により、粒子線照射システム1(図1参照)は、照射装置6および磁場発生装置9が、被検体の標的近傍に粒子線による細胞殺傷効果に影響を与える磁場を発生させ、この磁場の環境下で粒子線を照射して細胞殺傷効果を変化させることができる。すなわち、照射する粒子線の核種の変更や照射線量の変更といったことをせずに同じ核種で同じ線量の照射でありながら磁場によって細胞殺傷効果を変化させる(異ならせる)ことができる。したがって、治療計画の自由度を高めることができ、粒子線照射システム1の機能性を向上させることができる。
【0137】
また、ビーム軸と平行な方向の磁束となる磁場を発生させながら粒子線を照射することができ、これによって粒子線による細胞殺傷効果を高めることができる。
【0138】
また、照射装置6および磁場発生装置9は、被検体の正常組織7aに粒子線のビーム軸と垂直または交叉する方向の磁束となる磁場を発生させながら、粒子線を照射することができ、正常組織7aに対する粒子線3の細胞殺傷効果を減じることができる。
【0139】
このようにして、磁束の方向や強度を適切に制御する配置構造を実現でき、粒子線の殺細胞効果を最大限に高めるとともに、粒子線が通過する正常組織7a領域での生物効果を選択的に低減でき、障害リスクを減らすシステムを構築することができる。
【0140】
また、磁束の方向や強度を適切に制御することにより粒子線の殺細胞効果を最大限に高めることができる。
【0141】
例えば、腫瘍領域には平行磁場を、正常組織7a領域には垂直磁場を掛けることができれば、腫瘍への細胞殺傷効果を高めると同時に、正常組織7aへの障害リスクを減らすことができる。
【0142】
さらに、腫瘍内の放射線感受性の高い領域と、放射線抵抗性領域とに応じて磁場を制御することで粒子線治療を最適化することができる。このように、一つの核種を用いて、複数の核種を組み合わせた照射方法と同等の効果をもたらすことができ、複数核種を用いた粒子線治療と同等の効果が実現できる。
【0143】
また、スポットに平行磁場が印加されている状態で粒子線3を照射した場合、粒子線3の飛跡周辺に発生した二次電子は、磁場9aによるローレンツ力を受け、飛跡の周りで絡みつくように螺旋運動し、飛跡近傍に集中的にエネルギを放出する。このことにより、荷電粒子の飛跡周辺の電離密度が高まる。このため、粒子線3の細胞殺傷効果が、平行磁場が無い場合よりも高くなる。また、粒子線治療の効果を高めるだけではなく、陽子線によって、例えば、ヘリウム線や炭素線と同等の細胞殺傷効果が期待できる。すなわち、これまで、高価であるために施設数も非常に限られている重粒子線による粒子線照射システムでしかできなかったような粒子線治療と同等かそれに近い治療を、安価かつ小型で施設数も多い陽子線を用いた粒子線照射システムで実現することができる。
【0144】
また、生物効果を増大させるために印加する磁場は、小さくても十分な効果があることが本発明者らにより実証されており、磁場を発生させる磁場発生装置9を本実施例のように簡素な構成とすることができる。これにより、粒子線施設の小型化、低コスト化にも寄与できるとともに、実施が容易で汎用性を高めることができる。ただし、超電導電磁石を使用しなければ実現できないような数テスラまでの磁場の強度の導入を排除するものではない。
【0145】
また、少なくとも粒子線3を照射している間に照射するスポットに磁場8a、好ましくは平行磁場Baを掛けておくことにより、粒子線3に影響を与えて細胞殺傷効果を高めることができる。また、少なくとも粒子線3を照射する間に照射するスポットの照射方向手前側に垂直磁場Bbを掛けておくことにより、正常細胞等への粒子線3による影響を低減することができる。
【0146】
また、粒子線照射システム1は、磁場を変化させることによって、粒子線が照射対象に与える生物効果を制御することができる。
【0147】
また、磁場発生装置9は、照射対象の近傍又は粒子線進行方向の手前側あるいはその両方に磁場を発生させることができる。このため、被検体の標的近傍に、粒子線3のビーム軸と平行な方向の磁束となる磁場9aを掛け、かつ、標的外部に、粒子線3のビーム軸と垂直または交叉する方向の磁束となる磁場9aを掛けることができ、標的での粒子線の生物効果を高め、標的外部(照射対象の手前)での粒子線の生物効果を低下させることができる。
【0148】
また、磁場発生装置9は、二次電子の移動範囲を標的近傍の荷電粒子の飛跡周辺に制限するように磁場9a(平行磁場)を掛けることができるため、粒子線3の生物効果を高めることができる。
【0149】
また、磁場発生装置9は、標的近傍の荷電粒子の飛跡周辺の電離密度を上げるように磁場9a(平行磁場)を掛けることができるため、粒子線3の生物効果を高めることができる。
【0150】
このように、本粒子線照射システム1は、産業的価値、粒子線治療の普及への大きな寄与が期待できる。
【0151】
なお、磁場の切り替えは、スポット単位で設定して切り替えるとよいが、これに限らず、様々な切替とすることができる。例えば、粒子線3をスキャング照射する際に同じ磁場を付与するスポットが連続している間は、磁場の設定を変化させずに粒子線3を照射するスポットを切り替えていき、磁場の設定を変化させる必要があるスポットに粒子線3を照射する前のタイミングで磁場を切り替える構成としてもよい。このようにした場合には、磁場の切り替えを減らすことができる。
【実施例2】
【0152】
図13は、本発明の実施例2に係る粒子線照射システム101の磁場発生装置120の構成を示す斜視図である。
【0153】
図13に示すように、磁場発生装置120は、粒子線のビーム軸上で対向配置された2つのソレノイド電磁石(ソレノイドコイル)121,122を有する。ソレノイド電磁石121,122は、内側の磁場9aにおける磁力線がわかるように図示において一部をカットしてC型状に示しているが、いずれも同一サイズで同一性のリング状に形成されており、中心が同軸となるように離間して配置されている。ソレノイド電磁石121とソレノイド電磁石122との間には、照射対象(被検体)である患者7が挟み込まれるように配置される。
【0154】
磁場9aは、ソレノイド電磁石121,122を用いて発生させる。
ソレノイド電磁石121,122は、ソレノイドコイルに流す電流値を変更することにより磁場強度を瞬時に変更することができる。また、患者7の腫瘍に対する粒子線3の照射方向は、図示する水平方向だけでなく、回転ガントリを回転させて上から下への垂直方向に照射することもできる。なお、ソレノイド電磁石の形状や配置を工夫し、平行磁場や垂直磁場を部分的に印加する構成としてもよい。
ソレノイド電磁石121,122により印加する磁場9aの強度は0.6テスラ以下とするが、必要に応じて3.0テスラ程度まで上げてもよい。これは、照射計画を適宜修正することで実施することができる。また、必要な生物効果を強弱させるため0.1テスラ以下としてもよい。
【0155】
その他の構成及び動作は、実施例1の粒子線照射システム1の入射器2、加速器4、ビーム輸送系5、照射装置6、制御装置10、および照射計画装置20と同一の構成および同一の動作であるため、同一要素には同一符号を付してその詳細な説明を省略する。
以上の構成により、実施例2においても、実施例1と同様の作用効果を奏することができる。
【実施例3】
【0156】
次に、実施例3について説明する。
図14は、粒子線照射システムに用いられるソレノイド電磁石123の概略斜視図、図15は患者の頭頸部7bを囲った状態のソレノイド電磁石123を上方から見た概略構成図、図16は患者の頭頸部7bを囲った状態のソレノイド電磁石123を横から見た概略一部断面図である。なお、図14では磁場9aを細い実線により示しているが、図15および図16では、磁場9aを鎖線により表している。
【0157】
磁場発生装置を構成するソレノイド電磁石123(磁場発生体123-1,123-2,…,123-N)は、患者7の頭頸部7b(治療部位)を囲む円筒形状であり、粒子線3のビーム軸方向に積層配列されている。
【0158】
図15および図16に破線囲みに示す標的近傍(腫瘍近傍)のソレノイド電磁石123(磁場発生体123-4,123-5,123-6,123-7)のみに電流を流すなど、積層されたソレノイド電磁石123を1層単位でON/OFF制御および電流値制御することができる。
【0159】
図示に破線囲みに示すように、標的と同じ深さの層のソレノイド電磁石123(磁場発生体123-4,123-5,123-6,123-7)のみONとした場合、図15および図16に「ビーム軸方向の磁場強度分布」として示すように、ソレノイド電磁石123(磁場発生体123-4,123-5,123-6,123-7)によって、粒子線3のビーム軸方向と平行に平行磁場Baが発生し、腫瘍8a近傍には強い平行磁場Baが掛かる一方、粒子線が通過する正常組織の領域では平行磁場Baが弱まり垂直方向の成分が増加する磁場となる。
【0160】
図17は、ソレノイド電磁石123の磁場計算例を示す図である。
図17の矢印aに示すように、「腫瘍位置での磁場ベクトル」は、粒子線3のビーム方向と平行になる。腫瘍近傍においても、磁力線がビーム進行方向に平行になり平行磁場Baが強い状態となる。また、図17の矢印bに示すように、「正常組織位置での磁場ベクトル」は、粒子線3のビーム方向に対して斜め方向になる。すなわち、正常組織付近では、磁力線がビーム軸方向に対して斜めになり、磁場の平行成分が弱まり垂直成分が強まる。
【0161】
このように、腫瘍近傍には強い平行磁場Baが、正常組織領域では垂直方向の成分が増加する磁場が実現できる。
【0162】
その他の構成及び動作は、実施例1の粒子線照射システム1のイオン源2、加速器4、ビーム輸送系5、照射装置6、制御装置10、および照射計画装置20と同一の構成および同一の動作であるため、同一要素には同一符号を付してその詳細な説明を省略する。
以上の構成により、実施例3においても、実施例1と同様の作用効果を奏することができる。
【実施例4】
【0163】
次に、実施例4について説明する。
図18は、実施例4における粒子線照射システムに用いられる体幹部照射用の電磁石126の概略構成を示す模式図である。
電磁石126は、厚みのある平板状の胴部の両端が等距離だけ下方へ屈曲した逆U字型の鉄心(リターンヨーク)127と、鉄心127の胴部周囲に隙間なく整列して巻かれたソレノイド128により構成されている。このソレノイド128に電流を流すことで、電磁石126は磁場9aを発生させる。
【0164】
図19は、体幹部用の電磁石126で実現される磁場分布を計算した例を示す図である。鉄心127の上方、すなわち鉄心127の患者7との反対側には、鉄心127の上面と同一面積の鉄シールド127Aが、平面視において鉄心127と同一位置で、鉄心127の胴部と平行に配置されている。
【0165】
この電磁石126は、腫瘍8aの近傍には粒子線3と平行な磁場8aである平行磁場Baが、正常組織領域では垂直方向の成分が増加するような磁場を実現する。すなわち、腫瘍8a近傍では、磁場8aの磁力線がビーム進行方向に平行な平行磁場Baが強い状態となる。腫瘍8a以外の正常組織付近では、磁場8aの磁力線がビーム進行方向に対して斜めになり、磁場の垂直成分が強まる。
【0166】
体幹部用の電磁石126と患者の腫瘍8aとの位置関係を、腫瘍の深さ、大きさに応じて調整することにより、腫瘍近傍での磁束の方向や強度を調整することができる。
【0167】
なお、図示の例では、水平方向から粒子線を照射しているが、粒子線を照射したい方向に合わせて体幹部用の電磁石126を回転させることで、任意の方向の粒子線に対して平行磁場Baを作成することができる。
【0168】
その他の構成及び動作は、実施例1の粒子線照射システム1のイオン源2、加速器4、ビーム輸送系5、照射装置6、制御装置10、および照射計画装置20と同一の構成および同一の動作であるため、同一要素には同一符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0169】
以上の構成により、実施例4においても、実施例1と同様の作用効果を奏することができる。
【実施例5】
【0170】
次に、実施例5について説明する。
図20は、2つの永久磁石129を用いた平行磁場の発生方法の概念図である。
立方体形状で同一サイズで同一磁力強度の2つの永久磁石129が、患者のがん病巣を挟み込む(2つ以上の場合は囲む)ように配置され、互いの間隔が調整される。すなわち、2つの永久磁石129は、それぞれが患者に対して近接/離間方向(図示上下方向)へ移動可能に配置されており、患者との距離を適宜調整できるように構成されている。また、永久磁石129の外周部には、鉄シールド129Aが設けられる。
【0171】
こうして、局所的に平行磁場Baや垂直磁場が掛けられる。
その他の構成及び動作は、実施例1の粒子線照射システム1のイオン源2、加速器4、ビーム輸送系5、照射装置6、制御装置10、および照射計画装置20と同一の構成および同一の動作であるため、同一要素には同一符号を付してその詳細な説明を省略する。
【0172】
以上の構成により、実施例5においても、実施例1と同様の作用効果を奏することができる。
【実施例6】
【0173】
[照射ワークフロー:固定ポート室]
次に、実施例6として、これまでの実施例1~5において、照射ワークフローを固定ポートでの照射ワークフローとする例について説明する。この場合は、回転ガントリを備えていない粒子線照射システム1,101にも利用することができる。
【0174】
図21は、粒子線照射システム1,101を用いて固定ポート室で粒子線を照射する照射ワークフローを示すフローチャートである。
固定ポート室は、治療のワークフローはガントリ室とほぼ同じであるが、固定ポート室では、1門目と2門目の間で、治療台の回転が行われることが多く、その場合、治療台の回転後に再度患者位置決めが行われる。
【0175】
制御装置10は、患者の入室から照射パラメータの展開まで(ステップS41~S42)、実施例1にて図12と共に説明したステップS31~32と同一の動作を行う。
【0176】
制御装置10は、治療台の回転を受け付ける(ステップS43)。
制御装置10は、ビーム照射用の患者位置決めを受け付ける(ステップS44)。
【0177】
制御装置10は、ビーム照射から治療終了まで(ステップS45~S49)、実施例1にて図12と共に説明したステップS35~39と同一の動作を行う。
【0178】
その他の構成は、実施例1~5の粒子線照射システム1,101のイオン源2、加速器4、ビーム輸送系5、照射装置6、制御装置10、照射計画装置20、および磁場発生装置9,120と同一の構成および同一の動作であるため、その詳細な説明を省略する。
以上の構成により、実施例6においても、実施例1~5と同様の作用効果を奏することができる。
【0179】
[実証実験]
次に、上述した各実施例の1つを用いて実証実験した結果を示す。図22A-22B、図23A-23Bは、いずれも。縦軸を細胞の生残率、横軸を線量とする線量-生残率曲線を示している。
【0180】
図22Aは、低LET領域でのがん細胞の線量-生残率曲線を示す。このがん細胞は、ヒト唾液腺由来がん細胞である。
図22Bは、低LET領域での正常細胞の線量-生残率曲線を示す。この正常細胞は、ヒト皮膚由来細胞である。
【0181】
図23Aは、高LET領域でのがん細胞の線量-生残率曲線を示す。このがん細胞は、ヒト唾液腺由来がん細胞である。
図23Bは、高LET領域での正常細胞の線量-生残率曲線を示す。この正常細胞は、ヒト皮膚由来細胞である。
【0182】
これらの、図22A-22B,図23A-23Bの各グラフに示すように、がん細胞については、磁場強度を0.1T,0.2Tとした場合と0.3T,0.6Tとした場合で細胞殺傷効果に差が出なかった。すなわち、今回実験で用いたがん細胞では、細胞殺傷効果を増強するための磁場は0.1Tで十分である。
【0183】
正常細胞については、磁場強度が0.1T,0.2Tとした場合の細胞殺傷効果は、磁場を掛けなかった場合と磁場を0.3T,0.6T印加した場合の中間になった。すなわち、今回実験で用いた正常細胞では、0.3T程度まで細胞殺傷効果は増強され、それ以上では飽和することが分かった。
【0184】
本実証実験では、炭素線のBraggピーク近傍においても、平行磁場によって予想を超える大きな細胞殺傷効果の増大を観測した。これは、今後の重粒子線治療の方向性を変える程の重要な発見である。
【0185】
実証結果から、生物効果を増大させるために印加する磁場は、小さくても十分な効果があることが実証されており、磁場を発生させる磁場発生装置9,120,136は簡素な構成でよい。すなわち、従来の粒子線照射システムを利用する場合であれば、小型の磁場発生装置を追加することで粒子線の細胞殺傷効果を高めることができ、小型で高性能な粒子線照射システムとすることができる。また、要求される細胞殺傷効果を実現できる粒子線照射システムを備えた粒子線施設を建設する場合、小型の磁場発生装置を活用することで、粒子線施設の小型化、低コスト化に寄与することができる。
【0186】
また、MRI装置が発生させるMRI磁場よりも弱い磁場で実現できるため、磁場発生装置は、MRI装置と比べても小型化することができる。
また、必要な磁場の強度がそれほど高くないため、本発明は実施が容易で汎用性がある。ただし、超電導電磁石を使用しなければ実現できないような数テスラまでの磁場の磁場強度の導入を排除するものではない。
【0187】
また、上記した実施形態例は本発明をわかりやすく説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施形態例の構成の一部を他の実施形態例の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施形態例の構成に他の実施形態例の構成を加えることも可能である。また、各実施形態例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【実施例7】
【0188】
次に、実施例7として、実施例1のコイル形状を異ならせた例について説明する。
図24Aは、実施例7の磁場発生装置109の構成を示す右側面図であり、図24Bは、磁場発生装置109の構成を示す正面図であり、図25Aは、磁場発生装置109の構成を示す平面図であり、図25Bは、磁場発生装置109の構成を示す縦断面図であり、図25Cは、磁場発生装置109に用いられるコイル143Bの構成を示す斜視図である。
【0189】
磁場発生装置109は、図24Aおよび図24Bに示すように、円筒形の鉄シールド141の内側に円筒形に配置されたコイル143(143A,143B)が配置され、さらにその内側にはコイル143を巻くための略円筒形の巻枠146が配置され、その内側の下方位置に人が横たわれる略板状の治療台11が配置されて構成されている。治療台11は、磁場発生装置109の内側で鉄シールド141の軸方向へ適宜の駆動手段によりスライド移動可能に構成されている。
【0190】
鉄シールド141は、普通人が横たわった状態で内部に入るに十分な大きさであり、上面中央と下面中央に粒子線3を通過させる粒子線通過穴142が形成されている。粒子線通過穴142は、長方形や正方形や円形等適宜の形状とすることができる。例えば、一辺が100mm~500mmの長方形または正方形とする、好ましくは一辺が200mm~400mmの長方形または正方形とする、より好ましくは一辺が300mmの正方形とすることができる。鉄シールド141の外径サイズは、0.8m~1.6mとすることができ、1m~1.4mとすることが好ましく、1.2mとすることがより好ましい。また、鉄シールド141の軸方向の長さは、1~3mとすることができ、1.3m~1.7mとすることが好ましく、1.5mとすることがより好ましい。
【0191】
コイル143は、全体が鉄シールド141より一回り小さい大きさであり、円筒形を縦断した半円筒形の上コイル143Aと下コイル143Bが上下に対抗配置されて構成されている。下コイル143Bは、図25Cに示すように、中央の粒子線通過穴144の周囲に中空コンダクタ50(図3B参照)を平面視および側面視が長方形で正面視が半円弧形となるように巻いて形成されている。
【0192】
下コイル143Bは、照射対象(被検体:患者)の体幹方向に長く照射対象の両側方に互いに平行に対向して断面円弧状に配置された縦方向直線部143a,143bと、縦方向直線部143a,143bの対向している各端部が縦方向直線部143a,143bの断面円弧状の円弧方向へ退避した位置で縦方向直線部143a,143bの長手方向と直交する方向へ湾曲して円弧状に接続された横方向直線部143c,143dを有している。縦方向直線部143a,143bの端部は、略円筒形の巻枠146(図24B参照)の表面に沿って円弧状に90度の角度まで湾曲しており、そこから巻枠146(図24B参照)の円弧状の表面に沿う円弧状に湾曲した横方向直線部143c,143dの端部に接続されている。上コイル143Aは、この下コイル143Bと同一のものを上下反転したものであり、下コイル143Bに対向させて配置されている。
【0193】
巻枠146は、コイル143より一回り小さい大きさで横倒しの円筒形に形成されており、上面中央と下面中央に粒子線3を通過させる粒子線通過穴147が形成されている。この巻枠146は、直径600mm~1000mmとすることができ、直径700mm~900mmとすることが好ましく、直径800mmとすることがより好ましい。この巻枠146の内側がボアとなり、このボアの内側に患者7が横たわった状態で入ることができる。
その他の構成は、実施例1と同一であるため、詳細な説明を省略する。
【0194】
以上の構成により、実施例1と同一の作用効果を奏することができる。さらに、円筒形状を有する2つのコイル143A,143Bを対向配置して使用することにより、照射対象である患者に対して均一な磁場を発生させることができる。また、コイル143の外周を鉄シールド141で覆うことで、効率よく磁場を発生させられると共に、外部への漏れ磁場を低減させることが可能となる。
【実施例8】
【0195】
[電場の利用]
次に、実施例8として、これまでの実施例1~7において、磁場ではなく電場を利用する例について説明する。
図26は、実施例8の電場発生装置210の概略構成を示す斜視図である。
電場発生装置210は、第1電極211と、第2電極212と、これらに電線214を介して電力供給して、電極間に電位差を生じさせ電場を発生させる電力制御装置(電源部)215とを備えている。
【0196】
第1電極211は、照射対象である被検体の上面側(粒子線3の入射側)に配置され、少なくとも腫瘍8aよりも広い面積を覆う水平な略板状に形成されている。この第1電極211は、アルミ箔等の電極として機能する素材により形成され、普通人の横幅よりも広い大きさであることが望ましい。
【0197】
第2電極212は、照射対象である被検体の下面側(粒子線3の出射側)に配置され、少なくとも腫瘍8aよりも広い面積を覆う水平な略板状に形成されている。この第2電極212は、アルミ箔等の電極として機能する素材により形成され、普通人の横幅よりも広い大きさであることが望ましい。
【0198】
第1電極211と第2電極212は、同じ大きさであり、互いの面が対向するように互いに平行に配置されている。
電線214は、電力制御部215から第1電極211および第2電極212に電力を供給して第1電極211から第2電極212に向かう電場を発生させる。
【0199】
電力制御装置215は、実施例1にて説明した粒子線照射システム1の照射計画装置20の計画に従って第1電極211から第2電極212へ向かう所望の電場210aを印加する。
【0200】
この構成により、電場発生装置210は、粒子線3の進行方向と並行な電場を第1電極211と第2電極212の間全体にわたって一様に発生させることができ、これにより粒子線の生物効果を向上させることができる。
【0201】
このように構成された電場発生装置210は、実施例1に説明した粒子線治療システム1において、磁場発生装置9の代わりに用いることができる。
【0202】
この場合、図1に示した照射計画装置20の制御装置23は、磁場影響演算部38の代わりに電場影響演算部を備え、記憶装置25に磁場データの代わりに電場データを記憶させておくと良い。電場データは、第1電極211と第2電極212の材質、大きさ、離間距離、印加する電圧毎の分布データとしてあらかじめ計算した電場分布を記憶しておくとよい。また、電場影響演算部は、上記分布データから第1電極211と第2電極212の材質、大きさ、離間距離、印加する電圧毎に選択的に用いる構成としてもよい。これにより、電場分布による粒子線3への影響を演算することができる。
【0203】
また、図11に説明したフローにおいて、ステップS6で第1電極211および第2電極212の配置を決定し、ステップS7で電場分布を計算するとよい。そして、ステップS8で各電場分布でのペンシルビーム線量カーネルを計算し、ステップS9でペンシルビームの重みと電場分布の初期値を決定すると良い。ペンシルビーム線量カーネルの計算は、電界の方向と強度に対してある線量の粒子線がどれだけの細胞殺傷効果を発揮するかあらかじめ実験と演算により用意しておいた電場影響データを用いて計算するなど、適宜の方法によって行うことができる。
【0204】
そして、ステップS10では、標的には必要十分な細胞殺傷効果があることを判定するための標的細胞殺傷効果値、および、重要臓器への細胞殺傷効果は許容値以下であることを判定するための重要臓器細胞殺傷効果値が、電場による細胞殺傷効果の向上・減少を考慮して評価指数値Fを算出すると良い。
【0205】
また、ステップS12では、制御装置23は、演算部33により、ペンシルビームの粒子数と電場分布(各電極の電圧値)を更新するため繰り返し演算数nをインクリメント(n=n+1)すると良い。
【0206】
そして、ステップS13では、演算部33が、その時点での「各位置に照射するペンシルビームの粒子数とそのペンシルビーム照射中に各電極に流す電圧値」をその門に対する照射パラメータとすると良い。
【0207】
その他の構成および動作は、実施例1と同一であるから、その詳細な説明を省略する。
【0208】
このように電場発生装置210を用いる実施例8も、実施例1と同様の作用効果をすることができる。
【0209】
なお、実施例1に説明した粒子線治療システム1において、磁場発生装置9と電場発生装置210を両方設置し、磁場発生装置9の磁界による影響と、電場発生装置210の電場による影響の両方を利用して粒子線3による細胞への影響(細胞殺傷効果等)を調整する構成としてもよい。この場合、磁場による細胞殺傷効果の変化と電場による細胞殺傷効果の変化の両方を組み合わせてより多様な粒子線照射を実施することができる。
【0210】
本発明は上記の実施形態例に限定されるものではなく、特許請求の範囲に記載した本発明の要旨を逸脱しない限りにおいて、他の変形例、応用例を含む。
【0211】
例えば、磁場発生器として、MRI磁場(MRI装置)を利用することも可能である。この場合、粒子線照射とMRIによる撮像が互いに干渉しない機器配置をとることにより、MRIによる画像誘導の機能は損なわず、また、MRI磁場による荷電粒子線の大きな偏向も伴わない。したがって、腫瘍の位置をMRIで確認しながら粒子線を照射する、MRI画像誘導粒子線照射装置としての効用も維持することが可能である。
【0212】
また、上記実施形態では、粒子線治療装置、粒子線治療システム、および粒子線照射方法という名称を用いたが、これは説明の便宜上であり、装置の名称は粒子線照射装置、粒子線照射システム等であってもよい。また、方法は、粒子線治療方法等であってもよい。
【0213】
また、平行磁場は、粒子線の照射方向に対して垂直成分よりも平行成分が多い平行成分過多磁場とすることができ、粒子線の照射方向に対する磁力線のベクトルの角度が45度未満とすることができ、30度以下とすることが好ましく、10度以下とすることがより好ましく、ほぼ0度とすることが好適である。この平行磁場は、粒子線に対して一定距離だけ完全平行であるような磁場、および、湾曲している磁場でスポット近辺で粒子線3と平行になる1点があるような磁場(略平行の磁場)も含まれる。
【0214】
また、垂直磁場は、粒子線の照射方向に対して平行成分よりも垂直成分が多い垂直成分過多磁場とすることができ、粒子線の照射方向に対する磁力線のベクトルの角度が45度より大きい磁場とすることができ、60度以上とすることが好ましく、80度以上とすることがより好ましく、ほぼ90度とすることが好適である。この垂直磁場は、粒子線に対して一定距離だけ完全垂直であるような磁場、および、湾曲している磁場でスポット近辺若しくはスポット手前側(粒子線照射方向に見てスポットより手前側)で粒子線3と垂直になる1点があるような磁場(略垂直の磁場)も含まれる。
【0215】
粒子線照射システム1,101は、シンクロトロンの例で説明したが、これに限らず、サイクロトロン等としてもよい。
【産業上の利用可能性】
【0216】
この発明は、粒子線を照射するような産業に利用することができる。
【符号の説明】
【0217】
1,101 粒子線照射システム
6 照射装置
9,109,120 磁場発生装置
10 制御装置
41,141 鉄シールド
127 鉄芯
43,143 コイル
121,122,123 ソレノイド電磁石(ソレノイドコイル)
124,125,126 電磁石
128 ソレノイド
129 永久磁石
150 照射計画装置
210 電場発生装置
211 第1電極
212 第2電極
215 電力制御装置
Ba 平行磁場
Bb 垂直磁場
図1
図2
図3A
図3B
図4A
図4B
図5A
図5B
図6A
図6B
図7A
図7B
図8A
図8B
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15
図16
図17
図18
図19
図20
図21
図22A
図22B
図23A
図23B
図24A
図24B
図25A
図25B
図25C
図26
図27
図28
図29A
図29B
図30