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特許7373247植物の育成方法または育成支援方法、農作物栽培用情報処理装置、および菌糸液
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-25
(45)【発行日】2023-11-02
(54)【発明の名称】植物の育成方法または育成支援方法、農作物栽培用情報処理装置、および菌糸液
(51)【国際特許分類】
   A01G 7/00 20060101AFI20231026BHJP
   C12N 1/14 20060101ALI20231026BHJP
【FI】
A01G7/00 605A
C12N1/14 A
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2023064989
(22)【出願日】2023-04-12
【審査請求日】2023-04-27
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】522159738
【氏名又は名称】株式会社 下ル上ル
(74)【代理人】
【識別番号】100125531
【弁理士】
【氏名又は名称】小野 曜
(72)【発明者】
【氏名】小野 曜
【審査官】田辺 義拓
(56)【参考文献】
【文献】特開2022-077963(JP,A)
【文献】特開2022-138839(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01G 7/00
C12N 1/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
植物にとって友好的に共生し属性が特定された植物友好的共生型の糸状菌を長期保存状態にした微生物資材を種菌とし、
前記糸状菌の増殖基質となる液体培地で前記種菌を増殖させることにより得られる培養液であって、当該培養液を静置することにより当該種菌から増殖した当該糸状菌の菌糸が集積した菌糸層が形成され、当該菌糸層が、菌糸液全体の層である全液層の10%以上である菌糸液を作成し、
前記菌糸液について、前記種菌を接種して前記菌糸の増殖を開始させてからの時間と、当該菌糸液中の菌糸の量と、当該菌糸液を施用する植物の状態と、に応じて、当該菌糸液の希釈濃度を決定して前記植物に施用する植物育成方法。
【請求項2】
前記菌糸液は、前記種菌を接種して前記菌糸の増殖を開始させてから1週間以内に、当該液を静置することにより前記菌糸層が形成される高活性菌糸液である請求項1に記載の植物育成方法。
【請求項3】
前記菌糸液は、酸素を含む気体を培養液に供給しながら作成され、前記種菌を接種して前記菌糸の増殖を開始させてから1週間以内で、前記菌糸層が前記全液層に対して25%以上となるように作成された高濃度高活性菌糸液である請求項2に記載の植物育成方法。
【請求項4】
前記菌糸液を施用する植物を育成する適用区と、施用しない非適用区とを設定し、
適用区と非適用区とにおける植物の生育状況を記録する請求項1に記載の植物育成方法。
【請求項5】
請求項1から4のいずれかに記載の植物育成方法を実施するために用いられる農作物栽培用の情報処理装置であって、
前記菌糸液について、前記種菌を接種して前記菌糸の増殖を開始させてからの時間と、当該菌糸液中の菌糸の量と、当該菌糸液を施用する植物の状態と、当該植物に施用した菌糸液の施用に関する情報と、を記録する情報処理装置。
【請求項6】
請求項5に記載の情報処理装置を用いて、請求項1から4のいずれかに記載の植物育成方法を行うことを支援する植物育成支援方法。
【請求項7】
植物にとって友好的に共生する植物友好的共生型の糸状菌を長期保存状態にした微生物資材を種菌とし、当該糸状菌の増殖基質を含む液体培地で前記種菌を増殖させることにより得られる培養液であって、
前記種菌を接種して前記糸状菌の菌糸の増殖を開始させてからの時間が2週間以内であり、
前記培養液を静置することにより前記菌糸が集積する菌糸層が形成され、当該菌糸層が菌糸液全体の層である全液層に対して10%以上である高活性菌糸液。
【請求項8】
酸素を含む気体が培養液に供給される状態で作成され、前記種菌を接種して菌糸の増殖を開始させてから1週間以内で、前記菌糸層が前記全液層に対して25%以上となるように作成された高濃度の、請求項7に記載の高活性菌糸液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、植物を育成または育成を支援する方法、それらに用いられる資材および情報処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、植物を人為的に育成するために用いられる様々な資材が提供されている。植物栽培用の資材としては、土壌改良材、肥料および農薬などがあり、近代化学の発展に伴って人工的に合成した窒素やリンなどを原料とする肥料や農薬(以下、それぞれ「化学肥料」、「化学農薬」と称し、これらをまとめて「化成資材」と総称する)が安価大量に製造できるようになった。
【0003】
一方、動植物や微生物などの生物由来の植物栽培用の資材(以下、「バイオマス資材」と称する)も用いられている。バイオマス資材は、化成資材に比べると品質や効果を均質化しづらい。このため、植物栽培用の資材としては、化成資材が広く普及しているが、近年、環境保全や地政学リスクなどの観点から資材の国産化が求められる中で、バイオマス資材が再評価されている。
【0004】
バイオマス資材としては、植物系素材(剪定枝や農作物残渣など)や動物系素材(家畜糞など)を原料とする有機系資材や、有機物を炭化などして無機化した無機系資材、微生物を資材化した微生物資材などがある。微生物資材には、属性が特定されている所定の種類の微生物を資材化したもの(以下、「特定微生物資材」)と、資材化された微生物の属性が不明で、資材に含まれている微生物の種類数も不明な資材(以下、「複雑系微生物資材」)とがある。
【0005】
こうした微生物資材は、乳酸菌や納豆菌といった細菌や、酵母菌のような単細胞微生物を含むことが多い。ただし、土壌に含まれる微生物としては、真核生物である真菌(糸状菌または菌類とも呼ばれる)の方が、原核生物である細菌や古細菌より多いと考えられている。真菌は、一般的には、菌糸と呼ばれる糸状の多細胞菌体を形成し、複数の菌糸が集まって子実体を形成する。子実体は一般的には胞子を形成し、胞子は発芽して菌糸を伸長させる。なお本明細書においては、糸状の菌体(菌糸)を形成する多細胞生物である真菌を糸状菌と称し、菌糸を形成しない酵母のような単細胞の真菌と糸状菌との総称を真菌とする。
【0006】
真菌と細菌とは生活史や生理生態が大きく異なるが、植物が糸状菌と共生する場合、多くは、葉や根といった植物体や根の周辺土壌(根圏と称する)において、糸状菌の菌糸と共生関係を構築する。ここで共生には、相利共生や偏(「片」とも書く)利共生などがあり、共生の型が一方にとって害がある片利共生(特に「寄生」と称する)である場合、寄生された生物が病害にかかるといった不利益がある。
【0007】
特定微生物資材は、育成する植物に有益な機能を奏する微生物を特定し、これを長期間(例えば半年以上)、安定的に保存可能で分譲可能な資材としたものである。微生物を資材化するためには、育成する植物に有益な機能を奏する微生物を見出し、植物にとって有益であることが確認された微生物を人為的に単離して増殖させ、さらに数か月以上、安定した品質を保って分譲できる資材とする必要がある。
【0008】
ところで微生物は肉眼で観察できず、また人為的に培養できる微生物は全体の1%に満たないとも言われ、特定微生物資材として用いられている微生物種は限られている。特に、真菌は細菌に比べて産業利用や研究が進んでおらず、特定微生物資材として用いられている真菌種は現時点ではトリコデルマ属や菌根菌などに限られている(特許文献1)。
【0009】
このように植物に有益な微生物を特定しこれを資材化することは容易ではなく特定微生物資材の開発は高コストであるため、得られた特定微生物資材も高価になりがちである。一方、種類や機能が特定されていない微生物を資材化した複雑系微生物資材は特定微生物資材に比べて安価に開発製造できる。こうした複雑系微生物資材としては、生ごみなどを堆肥化(ぼかし肥料)とするために用いられ「発酵促進剤」などとも呼ばれる微生物資材や、土壌に混合する微生物資材などがある。
【0010】
複雑系微生物資材は一般的には、生ごみや動植物残渣などの有機系資材を基質として微生物が増殖することで有機系資材を無機化して窒素などの養分を植物に供給する。複雑系微生物資材に含まれる複数種類の微生物は、それぞれが異なる分解特性を有するため、種類や性状が異なる様々な有機系資材を無機化して土壌改良材や肥料にできる。
【0011】
ただし、複雑系微生物資材は一般的に有機系資材を増殖基質として有機系資材を無機化(分解)することで植物の養分をつくり出すものの、必ずしも植物と共生関係を構築するとは限らない。特に、糸状菌は菌糸を伸ばして植物根などの植物組織に侵入したり表面に付着したりするといった物理的に密接した状態で養分や水分といった物質をやり取りする共生関係を構築する。
【0012】
しかし、菌糸を形成しない細菌や酵母などの単細胞生物は、必ずしも糸状菌の菌糸と植物体とのような密接な共生関係を構築するものではない。すなわち、複雑系微生物資材や単細胞生物を資材化した特定微生物資材は、資材化した微生物が有機物を分解することで植物の養分が供給されることを意図しても、植物との共生関係を構築させることは必ずしも意図しない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】再表2017/188051
【文献】特開2003-300805
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
植物を人為的に育成する際には、育成対象の植物が育ちやすい環境を構築するとよい。化成資材やバイオマス資材は、土壌の状態を植物が育ちやすい状態(例えば根を張りやすい物理性や必要な養分が供給されやすい化学性)にするために用いられる。しかし植物を育成する環境(気候や地形、土壌の種類など)は、植物を育成する土地(圃場)によって異なる上、同じ土地でも雨量や温度といった気象条件は年毎に異なる。
【0015】
このように植物が育つ環境を左右する要因が多岐に渡る中で、植物が育ちやすい環境を構築するためには、さまざまな知識や経験が必要となる。一方で、植物を育成する農林業は、従来、個人や家族経営体、専門分化されていない小規模な組織により担われてきた。こうした農林業の従事者や新規就農者は、必ずしも植物が育ちやすい環境を構築するための専門的な知識や高度な技術を保有しておらず、植物の育成に必要な資材を選定し、適切に使用することは容易ではない。このため、植物育成用の資材は必ずしも適切に使用されているとは限らず、資材の過剰使用による環境汚染や、資材の調達・散布コストが過大となっているといった問題が生じている。
【0016】
中でも微生物資材については、例えば有機物を無機化して植物の養分を供給する効果を意図して作成された資材であっても、資材化された微生物が有機物を基質として分解して増殖する条件を構築することは一般的な農林業従事者にとって必ずしも容易ではない。微生物資材の中でも菌根菌のような糸状菌を資材化して、糸状菌の菌糸と植物体との間に物理的に密着または近接するような密な共生関係を構築させる場合は、糸状菌の生理生態を理解した上で、植物の生育状況や土壌の状態に応じて糸状菌と植物とが共生関係を構築する条件を整える必要がある。
【0017】
糸状菌と植物とを共生させるための上述した知識や技術を持つことは、一般的な農林業従事者にとって当然に容易ではない。特に、属性が特定された特定の糸状菌を資材化したような特定微生物資材は、上述した通り高価になりがちであるため、施用経験を積むことも難しい。このため、微生物資材は化成資材や堆肥のような他のバイオマス資材に比べても施用されておらず、中でも糸状菌を資材化した特定微生物資材の施用は限定的である。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明は、上記課題に対して微生物資材の機能を奏しやすくし、また施用しやすくして微生物資材の施用を促進することを目的とする。
【0019】
本発明者は、微生物資材の中でも糸状菌を資材化した微生物資材は、一般的に長期にわたって安定的に提供(分譲)できるよう、保存された状態にされていることから、そのまま施用しても効果を奏しがたいことを見出し、本発明を完成させた。
【0020】
すなわち糸状菌は、菌糸体の状態で菌糸が伸長するときに高い生物活性を示し、病害対抗や有機物分解といった機能を奏する。また、糸状菌と植物とを共生させるためには、菌糸と植物体とが物理的に密に関係するよう、菌糸を伸長させる必要がある。しかし、胞子のような休眠した状態の糸状菌は、菌糸を伸長させず生物活性もほとんど示さない。このため、植物にとって有益な共生関係を構築する糸状菌であっても休眠状態では有益な共生関係を構築することは容易でない。
【0021】
こうした糸状菌の特性や細菌との違いは、微生物の研究者のように高度専門的な知識を持つ者には理解され、実験室のような人為的に制御された環境下において、糸状菌などの微生物と植物とを人為的に共生させる方法は一部の専門家に知られ実践されている(例えば特許文献2)。しかし農林業従事者は、必ずしも微生物についての専門知識を持たず、細菌と糸状菌の生理生態や植物との共生関係構築方法に通じているわけではない。このため、資材として常時安定的に農林業従事者に提供可能な状態(例えば休眠状態)とされた微生物資材について、一般的な農林業従事者が植物との共生関係を人為的に構築させて所望の機能を奏させることは容易ではない。
【0022】
そこで、本発明では、微生物資材を施用してその効果を奏させるために、資材化された微生物を生物活性が高い状態にする。そして、微生物資材を施用する植物の状態に応じて、活性を高めた微生物資材の施用法を調整する。このように微生物資材を高活性化することで、糸状菌の生理生態や植物との共生関係についての専門的知識がない、一般的な農林業従事者でも糸状菌と植物との共生関係を構築しやすくできる。
【0023】
ただし、活性が高い状態の糸状菌を特に過大な濃度で植物に施用すると植物の生理的な状態や植物を取り囲んでいる生物的環境(特に根圏の生態系)に急激な変化を生じさせ、植物の生育に悪影響を及ぼす恐れがある。そこで、本発明では、高活性化した菌糸を含む菌糸液の状態(特に培養からの時間と菌糸の濃度)と、植物の状態とに応じて、菌糸液の施用方法(特に希釈濃度)を調整する。
【0024】
ここで、菌糸液中の菌糸の濃度が高く、活性も高い場合、当該菌糸液は高倍率で希釈して使用できるため、製造や運搬などを容易にできる一方、糸状菌の活性が過大で植物の生育条件を攪乱するリスクも高くなる。しかし、糸状菌の生活史や生理生態、および植物と糸状菌との共生関係について、一般的な農林業従事者が理解し制御することは上述した通り、容易ではない。
【0025】
この課題に対し本発明者は、糸状菌を高活性化した菌糸液を作成し、菌糸液の状態(特に濃度と培養時間)と植物の状態(特に育成段階)とを指標として菌糸液の施用法(特に施用する際の濃度、つまり希釈倍率)を調整することにすれば、前述した課題を克服できることを見出し、本発明を完成させた。すなわち、糸状菌を植物と人為的に共生させるための専門的知識や技術を持たない一般的な農林業従事者でも、液肥や化学農薬のような高濃度の液体資材の扱いには慣れている。このため、液体資材の状態と植物の状態とに応じて液体資材を施用する際の希釈倍率を調整するようにすれば、一般的な農林業従事者でも、糸状菌と植物との共生関係を構築させやすい。
【0026】
本発明では、上記構成によって微生物資材の所望の効果を奏しやすく、施用しやすくすることで微生物資材の施用促進を図るが、本発明の別の態様として、本発明による資材の施用および植物育成に関する情報を収集する。すなわち、本発明の別の態様として、長期安定保存が可能な資材化された微生物資材から調整した高活性糸状菌含有物(菌糸液)について、その性状と、菌糸液を施用する植物の状態と、植物に施用する菌糸液の施用態様とを記録する情報処理装置を提供する。
【0027】
本発明では、情報処理装置に施用する菌糸液と施用対象植物の状態とを保持させることで、本発明に係る菌糸液を用いた植物育成に関する情報を一元的に集約し、糸状菌と植物との共生関係構築を左右する要因を分析したり、知見を共有したりしやすくできる。
【0028】
情報処理装置に記録する菌糸液の性状としては、菌糸液を作成するための種菌の属性(属レベルの名称や系統を示す商品名など)と、菌糸液を作成するために種菌の増殖を開始させてからの培養時間と、菌糸液に含まれる菌糸量とを記録することが好ましい。菌糸量の測定法としては、実験室培養の菌糸液などの場合は乾燥重量や光度計を用いた測定法が知られている。しかし、こうした測定には専門的な設備や知識を要する。そこで、本発明では、種菌を接種して菌糸を増殖させた培養液を静置することにより液中の菌糸が集積した菌糸層と液層とを形成させ、培養容器内の全液層に対する菌糸層の割合で、菌糸量を測定することを好適とする。
【0029】
ここで、菌糸液を静置すると、菌糸や培養液の成分が沈降して圧密した層(以下、特に「沈降圧密層」と称する場合がある)、培養液の表面付近に浮遊した菌糸が圧密した層(以下、特に「浮遊圧密層」と称する場合がある)、さらにこれら圧密層と液体の層(液層)との間に、菌糸が浮遊状態で存在する境界層が形成されることがある。本明細書において、菌糸層には、圧密層と境界層を含むものとする。本発明において、境界層が全液層の5%以上であることが好ましく、圧密層と境界層とがそれぞれ5%以上で菌糸層が10%以上であることがさらに好ましい。
【0030】
菌糸液は、培養液中に酸素含有気体(代表的には空気)が供給される状態で、種菌からの菌糸増殖を開始させてから30時間程度で増殖した菌糸が目視でき、開始後70~100時間程度経過した時点で、菌糸量が前述した量となるように作成するとよい。特に、種菌を接種して菌糸増殖を開始させてから開始後70~100時間程度経過した時点で、圧密層が全液層に対して5~10%、境界層が10~15%で、菌糸層全体が全液層に対して25%以上となるように作成するとよい。
【0031】
菌糸液を作成するための種菌とする微生物資材としては、属性が特定されている特定の糸状菌を含む微生物資材を用いることが好ましい。このような微生物として、土壌改良材や生物農薬として用いられている、枯草菌やシュードモナス属細菌のような細菌類や糸状の放線菌および真菌などが知られており、本発明では属性が明らかで菌糸を形成する糸状菌を種菌として用いる。
【0032】
属性としては、属レベル(genus)レベル、好ましくは種レベル(species)までの名称と、機能特性(病原体構成や植物成長促進)について植物に友好的な機能を奏する(以下、「植物友好的共生型」)ことが特定されていることが好ましい。特に、遺伝子配列が解析されている糸状菌は、属、種、系統や機能特性もある程度、特定されるため、単離され遺伝子配列が特定されている糸状菌は、属性が特定された糸状菌として好適に使用できる。
【0033】
ここで糸状菌には、植物根と一体化して「菌根」と呼ばれる共生構造を構築するタイプ(菌根菌)と、菌根を形成せずに共生関係を構築するタイプ(非菌根性糸状菌)とがある。菌根菌は、菌根を形成して植物根との共生関係を構築すれば、共生関係を維持しやすく植物と菌根菌双方にとっての共生(相利共生)の利益を長期安定的に持続させることが期待できる。ただし、菌根菌は一般的に生育に植物を必要とする(以下、「絶対共生型」と称する)ため、人工的に増殖させることが難しい。
【0034】
一方、非菌根性糸状菌は、菌根を形成することなく植物体内に菌糸を侵入させたり、植物の根圏で菌糸を伸長させて植物と密接に関係したりして植物と共生関係を持つと考えられている。非菌根性糸状菌は、一般的には植物根と共生させることなく、汎用の微生物用の培地や動植物残渣を基質としてその菌だけを人工的に純粋培養(単離)できる(以下、「単独培養型」と称する)。
【0035】
本発明で種菌にする糸状菌としては、菌根菌であってもよく非菌根性糸状菌であってもよいが、非菌根性糸状菌の方が菌糸液を容易に作成でき、好ましい。
【0036】
糸状菌は植物と友好的に共生するタイプ(植物友好的共生型)を用いる。なお、本明細書においては植物と微生物との共生関係について、片方のみが便益を受けている場合を偏利共生、双方が便益を受けている場合を相利共生と称する。また、偏利共生でも、利益を得ていない側が不利益を被っていない場合は「片利共生」とし、便益を得ていない側が不利益を被る場合を「寄生」とする。さらに、共生している生物の一方は利益を得ている場合は、「友好的共生」とする。本明細書において植物友好的共生には、植物が利益を受けている友好的共生と相利共生とを含むものとする。植物が受ける利益としては、水分供給、養分供給、生育促進、および病虫害防除などが挙げられる。
【0037】
機能や種類などの属性が特定され、人為的に単離培養された微生物は土壌改良材や肥料、生物農薬などとして資材化されている。例えば、非菌根性糸状菌のトリコデルマ属菌は、植物の成長促進および防除効果があるとされており、トリコデルマ属菌の胞子を資材化した固形の資材や、トリコデルマ属菌の培養物を冷凍して長期安定保存可能にした資材(特定微生物資材)が市販されている。本発明では、こうした市販の特定微生物資材のほか、新規に単離され植物友好的共生型微生物であることが確認され分譲可能な状態に保存された微生物を種菌としてよい。
【発明の効果】
【0038】
本発明によれば、植物が育ちやすい環境を構築するための専門的な知識や高度な技術を駆使することが難しい者であっても、植物栽培用の資材について期待される所望の効果を奏するように、資材を使用することを容易にできる。また、本発明によれば、植物の栽培や資材について、知識や経験が浅い者と、高度な知識や技術を取得し駆使する者との分業や協働を促進して、農林業の高度化、高質化、効率化を促進できる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1】実施例、比較例1、2で育てたネギ苗の写真である。
図2】菌糸液作成試験の結果を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、本発明について詳細に説明する。
<菌糸液の作成>
本発明の一実施態様として、冷凍保存され市販されているトリコデルマ属糸状菌を種菌として菌糸液を作成する方法について説明する。トリコデルマ属糸状菌のように子嚢菌に分類される糸状菌は、担子菌類に比べて増殖速度が速い。また、子嚢菌は一般的に、単独培養型の非菌根性の糸状菌であるため、市販の液肥、一般的に用いられている微生物増殖基質(ポテト抽出液など)や、酵母や米ぬかなどの有機系廃棄物残渣の液化物などを増殖基質として容易に増殖させることができる。
【0041】
そこで本発明では、種菌から菌糸を増殖させる培養液としては、植物栽培用の液肥として使用され、種菌の増殖基質となる物質(例えば酵母エキス)を含む液体を用いるとよい。種菌を培養液中で増殖させた菌糸液は、植物育成用の資材として植物に施用するためである。
【0042】
植物用の液肥を種菌の増殖用の培養液とする場合、液肥の濃度は種菌が増殖しやすい濃度とするとよい。例えば植物に施用する場合に1000倍希釈で施用する液肥であれば、植物に施用する場合より希釈倍率を低め、例えば100~800倍に希釈して培養液とするとよい。培養液は、好ましくは煮沸などの殺菌処理をして、種菌を接種する。種菌の接種量は培養液に対して体積比で0.1~5%、特に1~3%程度でよい。種菌の接種量が少なすぎると、種菌由来の菌糸の増殖が少なくなり、摂取量が多すぎると種菌の量が多く必要となるためである。
【0043】
種菌を接種した培養液は、好ましくは種菌の至適温度付近で、培養液中に酸素を含む気体(代表的には空気)が供給されるようにして30~100時間程度、培養するとよい。培養液中に酸素を含む気体が供給されるようにする培養法としては、培養容器中の液体を攪拌子(スターラー)などで攪拌する、または容器を振とうする、培養液に空気を送り込む曝気をする、などがある。
【0044】
糸状菌の菌糸は、先端に向かって伸長する先端生育という特性を有し、先端から離れた部分は「死菌」と呼ばれ、活性がないと考えられている。本発明では、植物と友好的に共生する植物友好的共生型の糸状菌を含む菌糸液として、糸状菌を菌糸体が伸長している状態、特に活性を有する「生菌」と呼ばれる菌糸の割合が多い状態(例えば菌糸体全体の5%以上、より好ましくは10%以上)として、植物に施用することが好ましい。
【0045】
自然界では、全菌糸長の中で「生菌」と呼ばれる部分は2~10%程度と考えられている。子嚢菌類の場合、一般的に、固体培地上で生育適温(24℃前後)で静置培養した場合、培養開始後7~14日程度経過すると子実体などを形成する。これは増殖基質が減少して環境が悪化することに伴って菌糸体で生存する代わりに胞子などの休眠体を形成して休眠状態に入るためと考えられる。本発明では、このような休眠状態の菌体や活性を失った菌糸(死菌)ではなく、生物活性が高い菌体(生菌)を多く含む菌糸液を植物に施用する。
【0046】
本発明者がトリコデルマ属とは別の子嚢菌を用いて行った試験では、菌糸体全体に占める「生菌」部分は培養1日目に約70%、培養2日目で40%、3~5日目が約10%であった。生菌の割合を多くするには培養時間が短い方がよいが、培養期間が短いと、培養液中の菌糸量が十分でなくなる。培養液中の菌糸量が少ない場合に、菌糸液を植物に施用する際の希釈倍率を大きく(例えば500倍以上)し過ぎると、菌糸の接種量が不足して、植物に対する所望の効果を奏させづらくなる恐れがある。
【0047】
すなわち培養期間が短く菌糸の含有量が少ない菌糸液では、植物に施用するために必要な液量が大きくなり、菌糸液の製造や運搬コストが増大して好ましくない。一方、培養期間が長くなると、菌糸量の増殖は鈍化する一方、菌糸の活性が低下する。このため、できるだけ培養時間を短く大量の菌糸を含む菌糸液が求められる。
【0048】
菌糸液中の菌糸については、死菌は沈積しやすく生菌は浮遊しやすいとの説があり、本発明では沈降圧密層よりは浮遊圧密層や境界層が形成される菌糸液を作成し、用いることを好適とする。
【0049】
具体的には、種菌を接種して菌糸の増殖を開始させてから7日以内、特に3~5日程度が経過し、菌糸層が全液層の5%以上、好ましくは10%、さらに好ましくは25%以上で、浮遊圧密層または境界層または浮遊圧密層と境界圧密層との合計が全液層の5%以上形成される菌糸液を作成して植物に施用するとよい。このような菌糸液は、高い希釈倍率(例えば200倍以上、好ましくは500倍、さらに好ましくは1000倍以上)で植物に施用でき、場合によっては2000~5000倍に希釈して植物に施用することも可能である。
【0050】
ここで植物栽培用の資材については、一般的に施用対象の植物種類や施用時期に応じて、好適な施用方法が示されている。しかし実際の施用においては、圃場ごとに異なる特性(土壌の物理性、化学性、生物性、や育成している植物の状態)に応じて好適な施用法が異なる。このため、人為的に合成され作用機序の人為的なコントロールが容易な化成資材でも、適切なタイミングで適切な量と施用態様で資材を施用することが求められる。しかし資材の適切な施用は、植物育成の知識や経験が乏しい者にとって必ずしも容易ではない。このため、近年では土壌分析結果を活用できる専門知識を持ち資材の施用を指導できる専門家の育成も推進されている。
【0051】
このように植物栽培用の資材の適正な施用は必ずしも容易ではない。特にバイオマス資材は化成資材に比べて作用機序の人為的な制御が難しく、従来から提供されている微生物資材は微生物が所望の効果を奏するように適用することは容易ではなかった。本発明では、微生物が所望の効果を奏しやすい高活性の状態にして用いることで、この問題の克服を図る。
【0052】
具体的には本発明で用いる菌糸液は、活性が高い菌糸を高濃度で含ませて効果を奏させやすくしており、菌糸液の菌糸量と菌糸増殖開始時間とを確認すれば菌糸液の性状を把握できる。このため、菌糸量と増殖時間とで菌糸液の性状を把握して、菌糸液の施用濃度と施用態様を調整することで、その作用機序を調整しやすい。
【0053】
本発明では、菌糸量と増殖開始からの培養時間を指標とする性状把握と作用機序の調整が容易な菌糸液を用い、植物の状態に応じて菌糸液の施用を調整する。菌糸液の施用の調整としては、菌糸液の希釈倍率でよく、さらに施用態様(地中への潅注、地表への散布、植物体への散布など)も決定するとよい。
【0054】
菌糸液の施用を決定するために把握する植物の状態としては、施用対象の植物の種類と、育成段階(育苗期、定植時、圃場での育成中)と、を把握すればよい。植物の種類と育成段階であれば、高度な専門知識や経験がないものでも容易かつ客観的に把握しやすいためである。ただし植物の状態として、植物の生育状況(地上部の生育や根張りの良不良、病害発生が生じているか否か、生じる可能性があるか否か)も把握して菌糸液の施用方法(希釈倍率と施用態様)を調整すると、より適切な施用ができる。
【0055】
このように、植物の状態をより精緻に把握して、菌糸液の施用をより繊細に調整するためは、植物の種類や生育環境、生育過程や生育状況を把握する知識や経験に加え、微生物(糸状菌)の生理生態についての知識が必要となる。そこで、本発明の別の態様として、菌糸液の性状と、菌糸液を施用する植物の状態と、植物に施用する菌糸液の施用方法とを記録する情報処理装置を用いる。
【0056】
情報処理装置に記録する菌糸液の性状と植物の状態に関する情報は、上述した通り、菌糸液の菌糸量と培養時間、植物の種類と育成段階、および菌糸液の施用方法(希釈倍率と施用態様)である。植物の生育状況については、発芽前、発芽後日数、定植時、定植後日数、病害発生状況などのより詳細な情報を記録してもよい。
【0057】
特に本発明においては、植物育成の条件がほぼ同一と考えられる地区内(同一圃場や同一地区の近接圃場同士など)に、菌糸液を植物に施用する施用区と施用しない非施用区とを設け、施用区と非施用区について、情報処理装置に栽培管理情報を記録するとよい。栽培管理情報としては、病虫害の発生状況、資材の使用状況、および収穫物に関する情報とを記録するとよく、特に収穫物に関する情報としては、収穫量と良品率とを記録するとよい。
【0058】
このような情報処理装置を用いて資材の施用効果を客観的に把握できるようにすることで、植物の育成作業に注力する者と、植物の育成環境を整えるための資材の施用法に通じる者との分業や協働を促進できる。すなわち、このような情報処理装置を用いることにより、菌糸液の効果的な施用法を検討、改善することが容易になる。また、菌糸液の施用効果を把握しやすくできるため、植物の状態や微生物の生理生態に関する知見が少ない者に対しても、本発明に係る方法や資材の効果などの情報の共有が容易になる。
【0059】
特に、菌糸液を適用する適用区と適用しない非適用区を設け、両者について上述した情報処理装置を用いた記録を行うことで、菌糸液の施用効果を定量化できる。このため、菌糸液の施用に係る専門知識を持たない一般的な農業従事者に対し、専門知識を持ち菌糸液の効果的な施用を指導する者が、施用効果に基づいた報酬を得るという分業がしやすくなり、植物育成を高度専門、効率化できる。
【0060】
<実施例1>
実施例1として、市販のトリコデルマ液剤を種菌として、市販の液肥に接種し、培養して菌糸液を作成した。種菌は、トリコデルマ属菌を冷凍保存して資材化した液体資材であり、静置した液剤容器の5~10%程度の領域に、緑黒色のトリコデルマが沈殿した状態であった。
【0061】
市販の液肥としては、酵母抽出液を用いた。この酵母抽出液は、液肥として植物に施用する場合は1000倍に希釈して使用することが推奨されており、500倍希釈して煮沸して液体培地とした。煮沸後、冷却した液体培地500mlに、トリコデルマ液剤を10ml接種し、20~25℃の室温で静置培養した。
【0062】
培養開始後、1日目は目視では液体培地中に菌糸が観察できなかった。3日後、液体培地中に菌糸が目視でき、4日目は菌糸量が増大し、培養容器を静置すると底部10%程度の領域に菌糸が集積した菌糸層が確認できた。この菌糸層のうち、圧密層(沈降圧密層)は1~2割程度で、残りは境界層であった。液体培地の色は培養開始前と大差はなく、菌糸は着色していない無色~白色であったため、菌糸は液体培地中で伸長している状態で胞子形成は行われていないと判断した。そこで、この培養液100mlを蒸留水100mlで希釈し、市販の液肥の希釈倍率を1000倍とした菌糸液を得た。
【0063】
育成する植物として、市販のネギ苗(商品名「ブラックアロー」)を、得られた菌糸液に浸漬した後、定植した。実施例、比較例1および比較例2には、大きさや本数がほぼ同じネギ苗を用いた。
【0064】
<比較例1>
市販のトリコデルマ液剤を培養した培養液の代わりに、冷蔵保存を続けたトリコデルマ液剤を用いた以外は実施例1と同様にした。
【0065】
<比較例2>
トリコデルマを含まない、市販の液肥のみ(1000倍希釈)を用いた以外は、実施例1と同様にした。
【0066】
図1は、定植して2か月後の実施例1、比較例1、比較例2のネギの写真である。右端が比較例2、中央が比較例1、左端が実施例1である。実験開始時に起立していたネギの葉の数は、いずれも5本であったのが、定植2か月後では実施例が13本、比較例1が9本、比較例2が11本であり、起立しているネギの葉の平均の長さは、実施例が約28cm、比較例1が約19cm、比較例2が約24mであった。
【0067】
トリコデルマ属糸状菌は、ネギの生育を促進する効果があることが確認されているものの、上述した実験結果が示す通り、資材化されたトリコデルマ属糸状菌は、そのままではネギ生育促進効果は低かった(比較例1)。一方、資材化されたトリコデルマ属糸状菌を菌糸伸長させて施用した場合(実施例1)、ネギは良好な生育を示した。
【0068】
<菌糸増殖試験>
実施例1で用いたトリコデルマ液剤を、実施例1で用いた市販の液肥を100倍希釈した培養液で培養した。種菌は800mlの培養液に対して摂取量を20mlとした。培養は24~26℃の温度条件で2系統で行い、1系統については培養容器の中に攪拌子を入れて攪拌し、もう1系統については培養液を空気で曝気した。
【0069】
図2に、この菌糸増殖試験の結果を示す。図2は、種菌を接種して培養を開始してから約70時間で培養を停止し、培養容器を静置して菌糸層を形成させた状態の菌糸液の写真である。培養容器は断面積がほぼ同じである円筒形である。本明細書においては、断面積がほぼ同一で高さがある容器に菌糸液を入れて静置した場合の全液層の高さに対する菌糸層の高さを菌糸量の指標とし、本試験例で作成した菌糸液の菌糸量を測定した。
【0070】
図2の左側は撹拌子による攪拌で培養して得た菌糸液であり、全液層が約11cmの高さであったのに対し、菌糸や液肥成分が沈殿した圧密(沈降圧密)層が0.8~1cm、境界層が約0.5cmで、合計1.3~1.5cmの高さの菌糸層が形成された。右側は曝気培養した場合の菌糸液で、全液層約11cmに対して、沈降圧密層が約2cm、沈降圧密層と境界層の間のような層が約1cm、境界層が約2cm、合計約5cmの菌糸層が形成された。
【0071】
攪拌培養で作成したトリコデルマ菌糸液は、希釈倍率200倍で農作物の栽培に施用することで、生育を良好にする効果があったことが確認されており、本試験で作成した曝気培養菌糸液は、植物の状態に応じて、少なくとも200倍~500倍、特に1000倍以上で希釈して施用できると考えられた。
【0072】
以上、示した通り、本発明によれば、期待される効果を奏することが難しい微生物資材でも、期待される効果を奏させることができる。また、本発明によれば希釈倍率が高い菌糸液を作成し施用することで、製造や運搬が容易で、施用コストが低減された植物栽培用の資材の提供やそれを用いた植物育成を行うことができる。

【要約】
【課題】植物栽培用の資材を適切に選定して活用する知識や経験が少ない者でも、資材を適切に使用し、所望の効果を奏しやすくする。
【解決手段】植物にとって有用な機能を奏する微生物として、属性が特定され、長期安定供給が可能な資材化された糸状菌を種菌として、糸状菌の生物活性が高い液体資材を作成する。作成された液体資材について、その性状を把握して、植物の状態に合わせた適切な施用を決定して施用する。
【選択図】図1
図1
図2