(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-25
(45)【発行日】2023-11-02
(54)【発明の名称】被検物質の情報の取得方法及び被検物質の捕捉方法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/537 20060101AFI20231026BHJP
G01N 33/53 20060101ALI20231026BHJP
G01N 33/543 20060101ALI20231026BHJP
【FI】
G01N33/537
G01N33/53 D
G01N33/543 541A
(21)【出願番号】P 2019028495
(22)【出願日】2019-02-20
【審査請求日】2022-02-07
(73)【特許権者】
【識別番号】390014960
【氏名又は名称】シスメックス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100065248
【氏名又は名称】野河 信太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100159385
【氏名又は名称】甲斐 伸二
(74)【代理人】
【識別番号】100163407
【氏名又は名称】金子 裕輔
(74)【代理人】
【識別番号】100166936
【氏名又は名称】稲本 潔
(72)【発明者】
【氏名】山下 和人
(72)【発明者】
【氏名】アクシェイ ガングリ
(72)【発明者】
【氏名】佐伯 直哉
(72)【発明者】
【氏名】岩永 茂樹
【審査官】草川 貴史
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/138497(WO,A1)
【文献】特開2009-085685(JP,A)
【文献】特開2018-179762(JP,A)
【文献】国際公開第2014/123131(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2010/0261292(US,A1)
【文献】HASHIDA, S. et al.,Development of an ultrasensitive enzyme immunoassay for human proadrenomedullin N-terminal 20 peptide and direct measurement of two molecular forms of PAMP in plasma from healthy subjects and patients with cardiovascular disease,CLINICAL BIOCHEMISTRY,2004年,Vol.37,pp.14-21
【文献】WATANABE, T. et al.,The immune complex transfer enzyme immunoassay: Mechanisim of improved sensitivity compared with conventional sandwich enzyme immunoassay,Journal of Immunological Methods,2018年06月05日,Vol.459,pp.76-80
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
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(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
被検物質である臨床検体中のポリペプチドと、
第1の結合物質を有し、前記ポリペプチドと結合する
第1捕捉物質と
、第2の結合物質を有し、前記ポリペプチドと結合する第2捕捉物質と、標識物質を有し、前記ポリペプチドと結合する検出用物質とを接触させ、前記ポリペプチド
と前記
第1捕捉物質
と前記第2捕捉物質と前記検出用物質とを含む複合体を形成する工程と、
前記複合体中の
第1捕捉物質と、第1の固相とを結合することにより、前記複合体を第1の固相に固定する工程と、
ここで、前記第1の固相が、前記第1の結合物質と特異的に結合する第1の結合パートナーを有し、前記第1の結合物質と前記第1の結合パートナーとの特異的結合により、前記複合体が前記第1の固相に固定され、
前記複合体が固定された前記第1の固相を回収する工程と、
回収した前記第1の固相から複合体を遊離して、遊離した前記複合体中の
第2捕捉物質と、第2の固相とを結合することにより、前記複合体を第2の固相に固定する工程と、
ここで、前記第2の固相が、前記第2の結合物質と特異的に結合する第2の結合パートナーを有し、前記第2の結合物質と前記第2の結合パートナーとの特異的結合により、前記複合体が前記第2の固相に固定され、
前記第2の固相に固定された複合体
の標識物質に基づくシグナルを測定することにより前記ポリペプチドに関する情報を取得する工程と
を含み、
前記第1
捕捉物質及び前記第
2捕捉物質が、
アミロイドβのC末端領域と結合し、
前記検出用物質が、アミロイドβのN末端領域と結合し、
前記臨床検体が、脳脊髄液、全血、血漿、血清又は脳組織であり、
前記ポリペプチドが、アミロイドβ
凝集体である
被検物質の情報の取得方法。
【請求項2】
前記第1の固相が、磁性粒子である請求項
1に記載の方法。
【請求項3】
前記第2の固相が、基板である請求項1
又は2に記載の方法。
【請求項4】
被検物質である臨床検体中のポリペプチドと、前記ポリペプチドと結合する捕捉物質と、標識物質を有し、前記ポリペプチドと結合する検出用物質とを接触させ、前記ポリペプチド及び前記捕捉物質を含む複合体を形成する工程と、ここで、前記捕捉物質が、第1の結合物質及び第2の結合物質の両方を有し、且つ
アミロイドβのC末端領域と結合し、
前記検出用物質が、アミロイドβのN末端領域と結合し、
前記複合体中の捕捉物質と、第1の固相とを結合することにより、前記複合体を第1の固相に固定する工程と、ここで、前記第1の固相が、前記第1の結合物質と特異的に結合する第1の結合パートナーを有し
、前記第1の結合物質と前記第1の結合パートナーとの特異的結合により、前記複合体が前記第1の固相に固定され、
前記複合体が固定された前記第1の固相を回収する工程と、
回収した前記第1の固相から複合体を遊離して、遊離した前記複合体中の捕捉物質と、第2の固相とを結合することにより、前記複合体を第2の固相に固定する工程と、ここで、前記第2の固相が、前記第2の結合物質と特異的に結合する第2の結合パートナーを有し、前記第2の結合物質と前記第2の結合パートナーとの特異的結合により、前記複合体が前記第2の固相に固定さ
れ、
前記第2の固相に固定された複合体の標識物質に基づくシグナルを測定することにより前記ポリペプチドに関する情報を取得する工程と
を含み、
前記臨床検体が、脳脊髄液、全血、血漿、血清又は脳組織であり、
前記ポリペプチドが、アミロイドβである
被検物質の情報の取得方法。
【請求項5】
前記第1の結合物質がハプテンであり、前記第1の結合パートナーが抗ハプテン抗体である請求項
1~
4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
前記第2の結合物質がビオチン類であり、前記第2の結合パートナーがアビジン類である請求項
1~
5のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
前記ポリペプチドに関する情報が、前記ポリペプチドの構造に関する情報である請求項1~
6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
前記ポリペプチドに関する情報が、前記ポリペプチドの大きさ、形態及び凝集度の少なくとも1つに関する情報である請求項1~
7のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
前記情報
を取得
する工程において、前記第2の固相上の前記ポリペプチドを顕微鏡により撮像して、前記ポリペプチドの画像を取得する請求項
1~8のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記顕微鏡が、蛍光顕微鏡、超解像顕微鏡、ラマン顕微鏡、プローブ顕微鏡又は電子顕微鏡である請求項
9に記載の方法。
【請求項11】
前記ポリペプチドに関する情報が、前記ポリペプチドの量に関する情報である請求項1~
10のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
前記検出用物質の標識物質が、酵素、蛍光物質又は放射性同位体である請求項
1~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前記検出用物質の標識物質が、酵素であり、
前記
標識物質に基づくシグナルが、前記複合体中の酵素と前記酵素の基質とを反応させ、酵素反応により生じた反応産物から発生するシグナル
である、
請求項
1~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項14】
前記検出用物質の標識物質が、蛍光物質であり、
前記
標識物質に基づくシグナルが、前記複合体に励起光を照射し、前記複合体中の蛍光物質から発生する蛍光
シグナルである、
請求項
1~12のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
以下の工程を含み:
被検物質である臨床検体中のポリペプチドと、
第1の結合物質を有し、前記ポリペプチドと結合する
第1捕捉物質と
、第2の結合物質を有し、前記ポリペプチドと結合する第2捕捉物質と、標識物質を有し、前記ポリペプチドと結合する検出用物質とを接触させ、前記ポリペプチド
と前記
第1捕捉物質
と前記第2捕捉物質と前記検出用物質とを含む複合体を形成する工程
;
前記複合体中の
第1捕捉物質と、第1の固相とを結合することにより、前記複合体を第1の固相に固定する工
程、ここで、前記第1の固相が、前記第1の結合物質と特異的に結合する第1の結合パートナーを有し、前記第1の結合物質と前記第1の結合パートナーとの特異的結合により、前記複合体が前記第1の固相に固定され;
前記複合体が固定された前記第1の固相を回収する工程
;及び
回収した前記第1の固相から複合体を遊離して、遊離した前記複合体中の
第2捕捉物質と、第2の固相とを結合することにより、前記複合体を第2の固相に固定する工
程、ここで、前記第2の固相が、前記第2の結合物質と特異的に結合する第2の結合パートナーを有し、前記第2の結合物質と前記第2の結合パートナーとの特異的結合により、前記複合体が前記第2の固相に固定され、
前記第1
捕捉物質及び前記第
2捕捉物質が、
アミロイドβのC末端領域と結合し、
前記検出用物質が、アミロイドβのN末端領域と結合し、
前記臨床検体が、脳脊髄液、全血、血漿、血清又は脳組織であり、
前記ポリペプチドが、アミロイドβ
凝集体である
被検物質の捕捉方法。
【請求項16】
被検物質の情報の取得方法であって、
前記被検物質である臨床検体中のポリペプチド
と、第1の結合物質を有し、前記ポリペプチドと結合する
第1捕捉物質
と、第2の結合物質を有し、前記ポリペプチドと結合する第2捕捉物質と、標識物質を有し、前記ポリペプチドと結合する検出用物質とを含む複合体から前記ポリペプチドに関する情報を取得する工程を含み、
前記複合体が、
以下により得られ:
前記ポリペプチドと、前記
第1捕捉物質と
、前記第2捕捉物質と、前記検出用物質とを接触させ、前記ポリペプチド
と前記
第1捕捉物質
と前記第2捕捉物質と前記検出用物質とを含む複合体を形成すること
;
前記複合体中の
第1捕捉物質と、第1の固相とを結合することにより、前記複合体を第1の固相に固定すること、
ここで、前記第1の固相が、前記第1の結合物質と特異的に結合する第1の結合パートナーを有し、前記第1の結合物質と前記第1の結合パートナーとの特異的結合により、前記複合体が前記第1の固相に固定され;
前記複合体が固定された前記第1の固相を回収すること
;及び
回収した前記第1の固相から複合体を遊離して、遊離した前記複合体中の
第2捕捉物質と、第2の固相とを結合すること
、ここで、前記第2の固相が、前記第2の結合物質と特異的に結合する第2の結合パートナーを有し、前記第2の結合物質と前記第2の結合パートナーとの特異的結合により、前記複合体が前記第2の固相に固定され、
前記第1
捕捉物質及び前記第
2捕捉物質が、
アミロイドβのC末端領域と結合し、
前記検出用物質が、アミロイドβのN末端領域と結合し、
前記臨床検体が、脳脊髄液、全血、血漿、血清又は脳組織であり、
前記ポリペプチドが、アミロイドβ
凝集体である
被検物質の情報の取得方法。
【請求項17】
前記第1捕捉物質がH31L21抗体を含み、前記第2捕捉物質がH31L21抗体を含む請求項1、15及び16のいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
前記捕捉物質がH31L21抗体を含む請求項4に記載の方法。
【請求項19】
前記検出用物質が82E1抗体を含む請求項1~18のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、被検物質であるポリペプチドの情報の取得方法、及び被検物質であるポリペプチドの捕捉方法に関する。
【背景技術】
【0002】
被検者から採取した臨床検体中の被検物質の量又は構造に関する情報を取得することは、病理診断及び治療方針の決定において有用である。例えば、アルツハイマー病では、病状の進行に伴ってアミロイドβ(Aβ)などの被検物質の量及び構造が変化するので、被検物質の量及び構造に関する情報を取得することにより、病状を的確に把握できる。タンパク質の変性を要因とする疾患としては、例えば、アルツハイマー病の他、ハンチントン病、パーキンソン病、プリオン病、筋萎縮性側索硬化症(ALS)などが挙げられる。
【0003】
臨床検体中の被検物質の量又は構造に関する情報を取得する方法の一例として、非特許文献1には、脳脊髄液(CSF)に含まれるAβをカバーガラス上に固定して、間接蛍光抗体法で免疫染色し、超解像顕微鏡で撮像することによりAβを検出することが開示されている。取得された画像において、Aβは、凝集の程度に応じた大きさ及び強度のスポットとして検出される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】Zhang W.I.ら, Super-Resolution Microscopy of Cerebrospinal Fluid Biomarkers as a Tool for Alzheimer's Disease Diagnostics, J Alzheimers Dis, 2015, vol.46, p.1007-1020
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
非特許文献1の方法では、カバーガラスにCSFを滴下しているので、該カバーガラス上にはAβだけでなく、CSF中の夾雑物も固定される。そのため、免疫染色に用いた一次抗体及び蛍光標識二次抗体が、カバーガラスに固定された夾雑物に非特異的に結合する場合がある。また、蛍光標識二次抗体が、カバーガラス自体に非特異的に結合する場合もある。このように、Aβだけでなく、夾雑物及びカバーガラスも標識抗体で標識されると、被検物質であるAβの量又は構造に関する情報を精度よく取得できない。
【0006】
CSFのような被検者から採取した臨床検体には、被検物質が検出に十分な量で存在するとは限らない。よって、臨床検体中の被検物質を測定するためには、検出感度の向上が求められる。実際、本発明者らは、被検物質としての合成ポリペプチドを良好に検出できた測定系であっても、臨床検体に含まれる被検物質を測定した場合は、検出感度の点で改善の余地があることを見出している。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、免疫複合体転移(ICT)法において、被検物質であるポリペプチドのC末端領域と結合する捕捉物質を用いることにより、臨床検体中のポリペプチドをより高い感度で検出できることを見出して、本発明を完成した。
【0008】
本発明は、被検物質であるポリペプチドと、ポリペプチドと結合する捕捉物質とを接触させ、ポリペプチド及び捕捉物質を含む複合体を形成する工程と、複合体中の捕捉物質と、第1の固相とを結合することにより、複合体を第1の固相に固定する工程と、複合体が固定された第1の固相を回収する工程と、回収した第1の固相から複合体を遊離して、遊離した複合体中の捕捉物質と、第2の固相とを結合することにより、複合体を第2の固相に固定する工程と、第2の固相に固定された複合体からポリペプチドに関する情報を取得する工程とを含み、第1の固相及び第2の固相の少なくとも一方と結合する捕捉物質が、ポリペプチドのC末端領域と結合する、被検物質の情報の取得方法を提供する。
【0009】
また、本発明は、被検物質であるポリペプチドと、ポリペプチドと結合する捕捉物質とを接触させ、ポリペプチド及び捕捉物質を含む複合体を形成する工程と、複合体中の捕捉物質と、第1の固相とを結合することにより、複合体を第1の固相に固定する工程と、複合体が固定された第1の固相を回収する工程と、回収した第1の固相から複合体を遊離して、遊離した複合体中の捕捉物質と、第2の固相とを結合することにより、複合体を第2の固相に固定する工程とを含み、第1の固相及び第2の固相の少なくとも一方と結合する捕捉物質が、ポリペプチドのC末端領域と結合する、被検物質の捕捉方法を提供する。
【0010】
さらに、本発明は、被検物質であるポリペプチド及びポリペプチドと結合する捕捉物質を含む複合体からポリペプチドに関する情報を取得する工程を含む、被検物質の情報の取得方法を提供する。この方法において、複合体は、ポリペプチドと、捕捉物質とを接触させ、ポリペプチド及び捕捉物質を含む複合体を形成すること、複合体中の捕捉物質と、第1の固相とを結合することにより、複合体を第1の固相に固定すること、複合体が固定された第1の固相を回収すること、及び、回収した第1の固相から複合体を遊離して、遊離した複合体中の捕捉物質と、第2の固相とを結合することにより得られる。また、この方法において、第1の固相及び第2の固相の少なくとも一方と結合する捕捉物質は、ポリペプチドのC末端領域と結合する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、被検物質であるポリペプチドの量又は構造に関する情報を精度よく取得できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本実施形態の被検物質の情報の取得方法における処理手順を示すフローチャートである。
【
図2】複合体の形成工程及び複合体の第1の固相への固定工程を示す模式図である。
【
図3】複合体の回収工程及び遊離工程を示す模式図である。
【
図4A】複合体の第2の固相への固定工程を示す模式図である。
【
図4B】複合体の第2の固相への固定工程を示す模式図である。
【
図5】複合体の形成工程及び複合体の第1の固相への固定工程を示す模式図である。
【
図6A】複合体の第2の固相への固定工程を示す模式図である。
【
図6B】複合体の第2の固相への固定工程を示す模式図である。
【
図7】複合体の形成工程及び複合体の第1の固相への固定工程を示す模式図である。
【
図8】複合体の回収工程及び遊離工程を示す模式図である。
【
図9A】複合体の第2の固相への固定工程を示す模式図である。
【
図9B】複合体の第2の固相への固定工程を示す模式図である。
【
図10】第2の固相に固定された複合体における、発光状態の蛍光色素の分布を示す模式図である。
【
図11】情報取得工程を示すフローチャートである。
【
図12】情報取得工程において、超解像画像を取得して輝点をグループに分類する手順を説明する図である。
【
図13】情報取得工程において、検出装置の表示部に表示される画面の例を示す図である。
【
図14】情報取得工程を自動で行うための検出装置の構成を示す模式図である。
【
図15】実施例1で取得した、脳脊髄液中のAβの蛍光画像である。
【
図16】実施例2で取得した、脳脊髄液中のAβの蛍光画像である。
【
図17A】実施例2で取得した、脳脊髄液中のAβの超解像画像である。
【
図17B】実施例2で取得した、脳脊髄液中のAβの超解像画像である。
【
図18】実施例3における、脳脊髄液中のAβの測定結果を示すグラフである。
【
図19】実施例3における、合成Aβペプチドの測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(複合体の形成工程)
図1を参照して、本実施形態の被検物質の情報の取得方法(以下、単に「方法」ともいう)における処理手順について説明する。ステップS1に示すように、本実施形態の方法では、被検物質であるポリペプチドと、該ポリペプチドと結合する捕捉物質とを接触して、該ポリペプチド及び該捕捉物質を含む複合体を形成する。
【0014】
本実施形態の方法では、被検物質はポリペプチドである。本明細書において「ポリペプチド」との語は、タンパク質も含む。ポリペプチドは、人工的に合成されたポリペプチドであってもよいし、生体試料などに含まれる生物由来のポリペプチドであってもよい。好ましい被検物質は、生物由来のポリペプチドである。生体試料としては、生体から採取した臨床検体、培養細胞などが挙げられる。臨床検体としては、例えば脳脊髄液、血液(全血、血漿、血清)、組織液、尿などの体液、脳組織などの組織検体が挙げられる。
【0015】
複合体の形成は通常、液体中で行われるので、ポリペプチドを含む試料は、液状であることが好ましい。液状の試料は、溶液に限られず、懸濁液、ゾルなども含む。組織検体などのように固形の試料を用いる場合は、本実施形態の方法を行う前に、試料を液状にする処理を行うことが好ましい。そのような処理は、試料の種類に応じて、公知の方法から適宜選択できる。例えば、試料が固形組織である場合、界面活性剤を含む溶液中で固形組織をホモジナイズし、遠心分離などにより破砕物などの固形成分を分離することで、ポリペプチドを含む上清を得ることができる。
【0016】
ポリペプチドの種類は特に限定されず、例えば疾患又は障害の原因となるポリペプチドから任意に選択してもよい。そのようなポリペプチドとしては、例えばAβ、タウタンパク質、ハンチンチン、プリオン、α-シヌクレインなどが挙げられる。それらの中でもAβが特に好ましい。Aβは、通常39~43のアミノ酸からなるポリペプチドである。本明細書において「アミロイドβ」又は「Aβ」の語は、特に言及しない限り、いずれの長さのAβポリペプチドも含む。
【0017】
本実施形態では、ポリペプチドは、多量体の形態にあってもよい。多量体は、重合体とも呼ばれ、複数の単量体のポリペプチドが物理的又は化学的に重合あるいは凝集して形成される。多量体は、単量体のポリペプチドが複数含まれていればよく、その他の分子が含まれていてもよい。多量体において、単量体のポリペプチド同士は共有結合などによって強固に結合している必要はない。より緩やかな結合によって複数の単量体のポリペプチドが集合した凝集体も、多量体に含まれる。例えば、Aβは、凝集して不溶性のアミロイド線維を形成する性質を有する。ポリペプチドの多量体としては、Aβ単量体が重合したAβオリゴマー、タウタンパク質が重合したタウオリゴマーなどが挙げられる。
【0018】
本明細書において「捕捉物質」とは、被検物質であるポリペプチドと特異的に結合し、且つ自身が固相に固定されることにより、該ポリペプチドを固相上に捕捉するための物質をいう。捕捉物質としては、例えば抗体、アプタマーなどが挙げられる。以下、捕捉物質として用いられる抗体を「捕捉抗体」とも呼ぶ。本明細書において「抗体」は、Fab、F(ab')2、Fab'などの抗原結合性抗体フラグメント及びその誘導体を含む。捕捉抗体は、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれでもよいが、好ましくはモノクローナル抗体である。
【0019】
本明細書において「固相」とは、捕捉物質を固定するための不溶性の担体をいう。「捕捉物質が固相に固定される」とは、捕捉物質と固相とが直接的又は間接的に結合することにより、捕捉物質が固相上に捕捉されることをいう。ポリペプチドと特異的に結合した捕捉物質が固相に固定されることにより、該ポリペプチドは、捕捉物質を介して固相上に捕捉される。
【0020】
本実施形態の方法はICT法に基づいており、後述のように、捕捉物質とポリペプチドとの複合体を第1の固相から第2の固相へ転移する。このような複合体の転移により、夾雑物などの影響が低減されるので、ポリペプチドをより高い感度で測定できる。捕捉物質は、1種でもよいし、2種でもよい。1種の捕捉物質を用いる実施形態では、該捕捉物質は、第1の固相及び第2の固相の両方に結合する捕捉物質である。2種の捕捉物質を用いる実施形態では、該捕捉物質は、第1の固相に結合する捕捉物質(以下、「第1捕捉物質」ともいう)と、第2の固相に結合する捕捉物質(以下、「第2捕捉物質」ともいう)との組み合わせである。あるいは、第1捕捉物質又は第2捕捉物質と、第1の固相及び第2の固相の両方に結合する捕捉物質とを組み合わせてもよい。
【0021】
本実施形態では、第1の固相及び第2の固相の少なくとも一方と結合する捕捉物質が、ポリペプチドのC末端領域と結合する。好ましくは、第1の固相と結合する捕捉物質が、ポリペプチドのC末端領域と結合する。ポリペプチドのC末端領域とは、厳密な境界を有するわけではないが、例えば、単量体のポリペプチドのアミノ酸配列における中央付近のアミノ酸残基からC末端のアミノ酸残基までの領域であってもよい。単量体のポリペプチドの全長が2n又は2n+1残基(nは1以上の整数)であるとき、中央付近のアミノ酸残基は、例えばn+1位のアミノ酸残基であってもよい。例えば、ポリペプチドが50アミノ酸からなる場合、C末端領域は、26位のアミノ酸残基から50位のアミノ酸残基までの領域としてもよい。あるいは、当該技術分野において、所定のポリペプチドのC末端領域が、構造、物性、機能などにより定義されている場合は、その定義に従ってもよい。例えば、Aβ1-40及びAβ1-42では、N末端のアミノ酸残基から28位のアミノ酸残基までの領域が親水性であり、29位のアミノ酸残基からC末端のアミノ酸残基までの領域が疎水性であることが公知である。そこで、ポリペプチドがAβ1-40又はAβ1-42あるとき、29位のアミノ酸残基からC末端のアミノ酸残基までの領域をC末端領域として決定してもよい。
【0022】
本実施形態において、ポリペプチドのC末端領域と結合する捕捉物質は、ポリペプチドのC末端領域に存在するエピトープ又はC末端領域の立体構造を認識して、該ポリペプチドと特異的に結合してもよい。以下、捕捉物質が認識するエピトープ及び立体構造を「捕捉物質の認識部位」とも呼ぶ。例えば、ポリペプチドがAβ(特にAβ1-42)である場合、ポリペプチドのC末端領域と結合する捕捉物質として、Aβの22位、好ましくは29位、より好ましくは33位のアミノ酸残基からC末端のアミノ酸残基までの領域に存在するエピトープを認識する抗体を用いることができる。AβのC末端領域と結合する抗Aβモノクローナル抗体は一般に入手可能であり、例えばH31L21(エピトープ:36~42)、G2-11(エピトープ:33~42)、16C11(エピトープ:33~42)、21F12(エピトープ:34~42)などのクローンの抗体が市販されている。それらの中でもH31L21が特に好ましい。
【0023】
本実施形態では、標識物質を有し、ポリペプチドと結合する検出用物質をさらにポリペプチドと接触させて、ポリペプチド、捕捉物質及び検出用物質を含む複合体を形成することが好ましい。本明細書において「検出用物質」とは、被検物質であるポリペプチドと特異的に結合して、標識物質を介して検出可能なシグナルを提供する物質をいう。検出用物質は、固相に固定されないことが好ましい。検出用物質としては、例えば抗体、アプタマーなどが挙げられる。以下、検出用物質として用いられる抗体を「検出抗体」とも呼ぶ。検出抗体は、モノクローナル抗体及びポリクローナル抗体のいずれでもよいが、好ましくはモノクローナル抗体である。
【0024】
本実施形態では、検出用物質は、ポリペプチドのC末端領域と結合してもよいし、N末端領域と結合してもよい。好ましくは、検出用物質は、標識物質を有し、ポリペプチドのN末端領域と結合する。ポリペプチドのN末端領域とは、厳密な境界を有するわけではないが、例えば、単量体のポリペプチドのN末端のアミノ酸残基から、アミノ酸配列における中央付近のアミノ酸残基までの領域であってもよい。例えば、ポリペプチドが50アミノ酸からなる場合、N末端領域は、1位のアミノ酸残基から25位のアミノ酸残基までの領域としてもよい。あるいは、当該技術分野において、所定のポリペプチドのN末端領域が、構造、物性、機能などにより定義されている場合は、その定義に従ってもよい。
【0025】
本実施形態において、検出用物質は、ポリペプチド(好ましくはそのN末端領域)に存在するエピトープ、又はポリペプチド(好ましくはそのN末端領域)の立体構造を認識して、該ポリペプチドと特異的に結合する物質を、免疫学的手法で慣用される公知の標識物質で標識することにより得ることができる。以下、検出用物質が認識するエピトープ及び立体構造を「検出用物質の認識部位」とも呼ぶ。例えば、ポリペプチドがAβ(特にAβ1-42)である場合、検出用物質として、AβのN末端のアミノ酸残基から28位、好ましくは21位、より好ましくは16位のアミノ酸残基までの領域に存在するエピトープを認識する抗体を用いることができる。AβのN末端領域と結合する抗Aβモノクローナル抗体は一般に入手可能であり、例えば82E1(エピトープ:1~16)、6E10(エピトープ:3~8)、WO-2(エピトープ:4~10)、2H4(エピトープ:1~8)などのクローンの抗体が市販されている。それらの中でも82E1が特に好ましい。
【0026】
抗体及びアプタマーを標識物質で標識する方法自体は、当該技術分野において公知であり、標識物質の種類に応じて適宜選択できる。例えば、適当な架橋剤、市販のラベリングキットなどを用いて、抗体又はアプタマーと、標識物質とを結合又は連結できる。
【0027】
標識物質は、検出可能なシグナルを直接又は間接的に発生することができる物質であれば特に限定されず、例えば酵素、蛍光物質、放射性同位体などが挙げられる。酵素としては、アルカリホスファターゼ、βガラクトシダーゼ、ペルオキシダーゼ、グルコースオキシダーゼ、チロシナーゼ、酸性ホスファターゼ、ルシフェラーゼなどが挙げられる。蛍光物質としては、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミン、Alexa Fluor(登録商標)などの蛍光色素、緑色蛍光タンパク質(GFP)などの蛍光タンパク質などが挙げられる。放射性同位体としては、125I、14C、32Pなどが挙げられる。
【0028】
検出用物質を添加するタイミングは、例えば、検出用物質の認識部位と捕捉物質の認識部位とが重複するか否かに応じて決定できる。本明細書において「認識部位が重複する」とは、ポリペプチドと特異的に結合する各物質の認識部位が、同一であるか又は部分的に一致することをいう。検出用物質の認識部位と捕捉物質の認識部位とが重複しない場合、すなわち、単量体のポリペプチドに対して、検出用物質及び捕捉物質の両方が結合できる場合は、検出用物質は、複合体の形成工程において添加してもよいし、後述の第1(又は第2)の固相への固定工程又は第1の固相の回収工程において添加してもよい。検出用物質の認識部位と捕捉用物質の認識部位とが重複する場合、すなわち、単量体のポリペプチドに対して、検出用物質及び捕捉物質のいずれか1の物質しか結合できない場合は、検出用物質は、複合体の形成工程において添加することが好ましい。この場合、最終的に、二量体以上の多量体のポリペプチドの情報を取得できる。好ましい実施形態では、検出用物質は、複合体の形成工程において添加する。
【0029】
複合体の形成工程は、例えば、ポリペプチドを含む試料と、捕捉物質を含む溶液とを混合することにより行うことができる。混合により、ポリペプチドと捕捉物質とが接触して結合する。これにより、「ポリペプチド-捕捉物質」を含む複合体が形成される。検出用物質を複合体の形成工程において添加する場合は、ポリペプチドを含む試料と、捕捉物質を含む溶液と、検出用物質を含む溶液とを混合する。混合により、検出用物質とポリペプチドと捕捉物質とが接触して結合する。これにより、「検出用物質-ポリペプチド-捕捉物質」を含むサンドイッチ複合体が形成される。ポリペプチド、捕捉物質及び検出用物質の混合順序は、特に限定されないが、好ましくは実質的に同時に混合する。複合体の形成工程における反応温度及び反応時間は特に限定されないが、通常20~45℃の温度で15分~1時間静置するか又は穏やかに撹拌すればよい。
【0030】
2種の捕捉物質を用いる実施形態では、第1捕捉物質の認識部位と第2捕捉物質の認識部位は重複してもよいし、重複していなくてもよい。第1捕捉物質の認識部位と第2捕捉物質の認識部位が重複する場合、単量体のポリペプチドに対して、第1捕捉物質又は第2捕捉抗物質のいずれか1の捕捉物質しか結合できない。この場合、最終的に、二量体以上の多量体のポリペプチドの情報を取得できる。
【0031】
(第1の固相への固定工程)
図1を参照して、ステップS2に示すように、複合体の形成後、該複合体中の捕捉物質と、第1の固相とを結合することにより、複合体を第1の固相に固定する。複合体の第1の固相への固定は通常、液体中で行われる。
【0032】
第1の固相は、免疫学的手法で慣用される公知の固相から選択できる。固相の素材としては、例えば有機高分子化合物、無機化合物、生体高分子などから選択できる。有機高分子化合物としては、例えばラテックス、ゴム、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリスチレン、スチレン-ブタジエン共重合体、ポリ塩化ビニル、ポリ酢酸ビニル、ポリアクリルアミド、ポリメタクリレート、スチレン-メタクリレート共重合体、ポリグリシジルメタクリレート、アクロレイン-エチレングリコールジメタクリレート共重合体、ポリビニリデンジフルオライド(PVDF)、シリコーンなどが挙げられる。無機化合物としては、例えば磁性体(酸化鉄、酸化クロム、コバルト、ニッケル、フェライト、マグネタイトなど)、ガラス、シリカ、アルミナなどが挙げられる。生体高分子としては、例えば不溶性アガロース、不溶性デキストラン、ゼラチン、セルロースなどが挙げられる。2種以上の素材を組み合わせてもよい。本実施形態では、第1の固相は、磁性粒子、ラテックス粒子などの不溶性粒子が好ましく、磁性粒子が特に好ましい。
【0033】
複合体中の捕捉物質と第1の固相との結合は、解離可能な結合であればよい。好ましい実施形態では、複合体中の捕捉物質と第1の固相とを別の物質を介して間接的に結合させる。そのような物質としては、互いに特異的に結合し、且つ解離可能な2つの物質の組み合わせが好ましい。以下、2つの物質をそれぞれ「結合物質」及び「結合パートナー」という。結合物質と結合パートナーの組み合わせは、当該技術において公知であり、例えば抗原(被検物質を除く)とその抗体、リガンドとその受容体、オリゴヌクレオチドとその相補鎖、ビオチン類(ビオチン、デスチオビオチンなどのビオチン類縁体を含む)とアビジン類(アビジン、ストレプトアビジンなどのアビジン類縁体を含む)、ニッケルとヒスチジンタグ、グルタチオンとグルタチオン-S-トランスフェラーゼといった組み合わせが挙げられる。抗原とその抗体の組み合わせとしては、ハプテンと抗ハプテン抗体、及び、ビオチン(又はデスチオビオチン)と抗ビオチン抗体(又は抗デスチオビオチン抗体)が好ましい。ハプテンと抗ハプテン抗体の組み合わせとしては、2, 4-ジニトロフェニル(DNP)基と抗DNP抗体が特に好ましい。
【0034】
1種の捕捉物質を用いる実施形態では、該捕捉物質は、第1の結合物質及び第2の結合物質の両方を有し、且つポリペプチドのC末端領域と結合することが好ましい。2種の捕捉物質を用いる実施形態では、該捕捉物質は、第1の結合物質を有する第1捕捉物質と、第2の結合物質を有する第2捕捉物質とを含み、且つ第1捕捉物質及び第2捕捉物質の少なくとも一方が、ポリペプチドのC末端領域と結合することが好ましい。いずれの実施形態においても、第1の固相は、第1の結合物質と特異的に結合する第1の結合パートナーを有し、後述の第2の固相は、第2の結合物質と特異的に結合する第2の結合パートナーを有することが好ましい。
【0035】
本実施形態では、第1の結合物質と第1の結合パートナーとの特異的結合により、複合体中の捕捉物質と第1の固相とを結合することができる。これにより、複合体が第1の固相に固定される。好ましい実施形態では、第1の結合物質はDNP基であり、第1の結合パートナーは抗DNP抗体である。上記の物質を捕捉物質及び固相に結合させる方法は、当該技術において公知である。例えば、ビオチン又はDNPを抗体に結合する場合、該抗体中のアミノ基又はチオール基と反応する架橋剤(例えば、マレイミド、N-ヒドロキシスクシンイミドなど)を用いる方法が知られている。また、市販のラベリングキットを用いてもよい。結合物質又は結合パートナーを固相に結合する方法としては、物理的吸着法、共有結合法、イオン結合法などが知られている。
【0036】
固定工程は、複合体と第1の固相とを接触させることにより行うことができる。例えば、第1の固相が粒子の形状である場合、複合体を含む液体と、第1の固相とを混合することにより、複合体と第1の固相とが接触する。固定工程で検出用物質を添加する場合、複合体と検出用物質と第1の固相とを接触させる。反応温度及び反応時間は特に限定されないが、通常20~45℃の温度で15分~3時間静置するか又は穏やかに撹拌すればよい。
【0037】
(第1固相の回収工程)
図1を参照して、ステップS3に示すように、本実施形態の方法では、複合体が固定された第1の固相を回収する。「固相を回収する」とは、複合体が固定された固相のみを回収することに限らず、他の物質もわずかに含んだ状態で複合体が固定された固相を回収することも含む。反応系には、上記の複合体が固定された第1の固相の他に、試料に含まれていた夾雑物、余剰の抗体などの未反応の成分が存在する。ここで、「未反応の成分」は、固相に固定された複合体以外の成分であって、固相と結合していない遊離の成分のことをいう。この回収工程では、複合体が固定された第1の固相が、未反応の成分から分離して回収される。したがって、この回収工程により、後述の情報取得工程に悪影響を及ぼす未反応成分を除くことができる。このような回収工程は、一般にB/F分離と呼ばれる。回収工程においては、未反応成分を完全に除去する必要はない。測定に悪影響を及ぼさない程度であれば、未反応成分は残留していてもよい。
【0038】
複合体が固定された第1の固相を回収する方法自体は、当該技術分野において公知であり、第1の固相の種類に応じて適宜決定できる。例えば、磁性粒子を用いた場合、磁気分離により磁性粒子を回収できる。具体的には、複合体が固定された磁性粒子を含む容器の壁面に磁石を近づけて、磁性粒子を容器の壁面に固定させ、液体を吸引除去することにより、複合体が固定された磁性粒子を回収できる。また、ラテックス粒子などの不溶性粒子を用いた場合、遠心分離によって該粒子を沈殿させた後、液体を吸引除去することにより、複合体が固定された不溶性粒子を回収できる。
【0039】
本実施形態では、回収した第1の固相を洗浄する工程をさらに含むことができる。第1の固相の洗浄は、例えば、回収した第1の固相に洗浄液を添加した後、該第1の固相から洗浄液を除去することにより行うことができる。洗浄液としては、第1の固相に固定された複合体を損なわない緩衝液が好ましい。そのような洗浄液としては、界面活性剤を含む緩衝液が特に好ましく、例えばTBST(0.05% Tween20含有Tris緩衝生理食塩水)、PBST(0.05% Tween20含有リン酸緩衝生理食塩水)などが挙げられる。また、HISCL洗浄液(シスメックス株式会社)などの市販の洗浄液を用いることもできる。洗浄により、第1の固相又は複合体に非特異的に吸着した成分を除去できる。
【0040】
(第2の固相への固定工程)
図1を参照して、ステップS4に示すように、本実施形態の方法では、回収した第1の固相から複合体を遊離する。そして、遊離した複合体中の捕捉物質と、第2の固相とを結合することにより、複合体を第2の固相に固定する。第2の固相に固定された複合体は、後述の情報取得工程において所定の測定系に供されて、ポリペプチドに関する情報が取得されることとなる。
【0041】
固相上の複合体を遊離させる方法自体は、当該技術分野において公知である。例えば、複合体中の捕捉物質と、第1の固相との結合を解離できる物質(以下、「遊離剤」という)を用いる方法が挙げられる。遊離剤は、当該技術分野において公知であり、捕捉物質と第1の固相との結合様式に応じて適宜選択できる。例えば、複合体中の捕捉物質と、第1の固相とが物理的吸着により結合している場合は、遊離剤として、界面活性剤を含む溶液を用いることで、複合体を第1の固相から遊離することができる。また、イオン結合の場合は、イオンを含む溶液を用いることで、複合体を第1の固相から遊離することができる。
【0042】
捕捉物質と第1の固相とが、第1の結合物質と第1の結合パートナーとの特異的結合により間接的に結合している場合にも、第1の結合物質と第1の結合パートナーとの結合を解離させる遊離剤を用いることにより、複合体を遊離することができる。そのような遊離剤も当該技術において公知であり、結合物質と結合パートナーの組み合わせに応じて適宜選択できる。例えば、ハプテンと抗ハプテン抗体の結合の場合は、遊離剤として、該ハプテン又はその誘導体を用いることができる。例えば、DNP基と抗DNP抗体との結合の場合は、遊離剤として、ジニトロフェニルアミノ酸を用いることができる。また、ビオチン(又はデスチオビオチン)とアビジン(又はストレプトアビジン)との結合の場合は、遊離剤として、ビオチンを用いることができる。
【0043】
遊離剤を用いて複合体を遊離させる場合、処理温度及び処理時間は、遊離剤の種類に応じて適宜設定できる。通常は、遊離剤の添加後、20~45℃の温度下で3~15分間静置するか又は穏やかに撹拌すればよい。
【0044】
遊離剤の添加後、第1の固相から遊離した複合体と、第1の固相とを分離して、遊離した複合体を含む液体を回収することが好ましい。例えば、第1の固相として粒子を用いた場合、第1の固相から複合体を遊離させた後、上記の回収工程と同様にして磁力や遠心分離などにより該第1の固相を容器の壁面又は底部に集める。そして、複合体を含む液体を回収する。
【0045】
複合体の第2の固相への固定は、複合体と第2の固相とを接触させることにより行うことができる。例えば、第2の固相が粒子の形状である場合、複合体を含む液体と、第2の固相とを混合することにより、複合体と第2の固相とが接触する。第2の固相が薄板の形状である場合、複合体を含む液体を第2の固相上に滴下することにより、複合体と第2の固相とが接触する。反応温度及び反応時間は特に限定されないが、通常20~45℃の温度で15分~3時間静置するか又は穏やかに撹拌すればよい。
【0046】
このように、第1の固相から遊離した複合体と、第1の固相とは異なる第2の固相とを接触させることにより、該複合体中の捕捉物質と該第2の固相とが結合して、該複合体が該第2の固相へ転移する。ここで、本明細書において、「第1の固相とは異なる第2の固相」とは、複合体を第1の固相へ固定する工程で添加されたときから存在する第1の固相とは異なる、新たな固相を意味する。すなわち、複合体を第2の固相へ固定する工程では、第1の固相から遊離した複合体が、第1の固相に再び結合することを意図していない。好ましい実施形態では、第1の固相から遊離した複合体を含む液体を回収し、回収した液体と、新たに用意した第2の固相とを接触させる。
【0047】
第2の固相の素材及び形状は、第1の固相について述べたことと同様である。第2の固相の素材は、第1の固相と同じであってもよいし、異なっていてもよい。第2の固相の形状としては、例えば粒子、薄板、膜、マイクロタイタープレート、マイクロチューブ、試験管などが挙げられる。固相の素材及び形状は、測定手段に応じて適宜決定すればよい。例えば、ポリペプチドを顕微鏡で観察する場合は、光を透過する素材でできた薄板の形状をした固相(例えばスライドガラスなど)が好ましい。
【0048】
複合体中の捕捉物質と第2の固相との結合様式は、特に限定されない。例えば、物理的吸着、イオン結合などにより、捕捉物質と第2の固相とを直接結合させてもよい。あるいは、捕捉物質と第2の固相とを別の物質を介して間接的に結合させてもよい。そのような物質としては、上記の結合物質及び結合パートナーの組み合わせが挙げられる。第2の結合物質及び第2の結合パートナーの組み合わせは、第1の結合物質及び第1の結合パートナーの組み合わせとは異なっていることが好ましい。1種の捕捉物質を用いる場合、例えば、ビオチン類及びDNP基を有する捕捉物質と、抗DNP抗体を表面に固定した第1の固相と、アビジン類を表面に固定した第2の固相とを用いることができる。2種の捕捉物質を用いる場合、例えば、DNP基を有する第1捕捉物質と、ビオチン類を有する第2捕捉物質と、抗DNP抗体を表面に固定した第1の固相と、アビジン類を表面に固定した第2の固相とを用いることができる。
【0049】
好ましい実施形態では、複合体が固定された第1の固相を洗浄する工程をさらに含む。第1の固相の洗浄は、第2の固相の洗浄と同様にして行うことができる。
【0050】
上記の複合体の形成工程から複合体の第2の固相への固定工程までを、図面を参照して説明する。これらの図面は、本実施形態の一例を示すものであって、本発明を限定するものではない。
図2に示すように、試料10は、被検物質であるポリペプチド11及び夾雑物12を含む。夾雑物12は、ポリペプチド11以外の不要な物質であり、例えばポリペプチド11以外のタンパク質である。
図2では、ポリペプチド11及び夾雑物12を含む試料10と、第1の固相20と、第1の結合物質31を有する捕捉物質30と、第2の結合物質41を有する捕捉物質40と、蛍光物質51を有する検出用物質50とを混合することにより、複合体60が形成される。
図2において、捕捉物質及び検出用物質は抗体である。抗体32及び抗体42は、ポリペプチド11のC末端領域と結合する抗体であり、抗体52は、ポリペプチド11のN末端領域と結合する抗体である。第1の固相20は、第1の結合パートナー22を表面に固定した磁性粒子21である。
図2では、第1の結合物質31はDNP基であり、第2の結合物質41はビオチンであり、第1の結合パートナー22は抗DNP抗体である。複合体60中の第1捕捉抗体30と、第1の固相20とが、第1の結合物質31と第1の結合パートナー22との特異的結合を介して結合する。これにより、複合体60は第1の固相20に固定される。
【0051】
図3の(A)を参照して、第1の固相20に固定された複合体60は、未反応の成分13から分離される。
図3の(A)では、未反応の成分13は、夾雑物12、並びに複合体を形成しなかった捕捉物質30、捕捉物質40及び検出用物質50である。磁石70を容器に近づけると、容器の内壁に磁性粒子21が引き寄せられる。このとき、複合体60は第1の固相20に固定されているので、磁性粒子21とともに複合体60も容器の内壁に引き寄せられる。この状態で、容器内の液体を除去すると、複合体60が、未反応の成分13から分離される。
【0052】
図3の(B)を参照して、遊離剤としてジニトロフェニルリジンを添加することにより、第1の結合物質31と第1の結合パートナー22との結合が解離する。これにより、第1の固相が、複合体60から解離する。
図3の(C)を参照して、第1の固相20から遊離した複合体60と、第1の固相20とを分離する。磁石70を容器に近づけると、容器の内壁に磁性粒子21が引き寄せられる。この状態で、容器内の液体を回収することにより、複合体60が選択的に回収される。
【0053】
図4Aでは、第2の固相として、不溶性粒子を用いた例を示す。
図4Aを参照して、複合体60を含む液体と、第2の結合パートナー81を有する第2の固相80とを混合することにより、複合体60は第2の固相80に固定される。第2の結合パートナー81は、アビジン類である。複合体60中の第2捕捉抗体40と、第2の固相80とが、第2の結合物質41と第2の結合パートナー81との特異的結合を介して結合する。これにより、複合体60は第2の固相80に固定される。あるいは、
図4Bに示すように、第2の固相として、薄板状の固相を用いてもよい。
図4Bを参照して、複合体60を含む液体を、第2の結合パートナー81を含む第1の固相80上に滴下することにより、複合体60は第2の固相80に固定される。
【0054】
図2に示す複合体の形成工程では、ポリペプチド11のC末端領域と結合する2種の捕捉物質として、第1の結合物質31を有する捕捉物質30と、第2の結合物質41を有する捕捉物質40との2種を用いた。これらの2種の捕捉物質に代えて、
図5に示すように、第1の結合物質31及び第2の結合物質41を有する捕捉物質30を用いてもよい。
図5では、ポリペプチド11及び夾雑物12を含む試料10と、第1の固相20と、第1の結合物質31及び第2の結合物質41を有する捕捉物質30と、蛍光物質51を有する検出用物質50とを混合することにより、複合体60が形成される。複合体60中の捕捉物質30と、第1の固相20とが、第1の結合物質31と第1の結合パートナー22との特異的結合を介して結合する。これにより、複合体60は第1の固相20に固定される。複合体60の形成後は、
図3と同様に磁気分離により、複合体60を選択的に回収する。
【0055】
図6Aを参照して、複合体60を含む液体と、第2の結合パートナー81を含む第2の固相80とを混合することにより、第2の結合物質41と第2の結合パートナー81との特異的結合を介して、複合体60が第2の固相80に固定される。
図6Bを参照して、複合体60を含む液体を、第2の結合パートナー81を含む第2の固相80上に滴下することにより、複合体60は第2の固相80に固定される。
【0056】
図7を参照して、ポリペプチドのC末端領域と結合する捕捉物質と、ポリペプチドのN末端領域と結合する捕捉物質とを用いる例について説明する。
図7に示すように、試料10は、被検物質であるポリペプチド11及び夾雑物12を含む。
図7では、ポリペプチド11及び夾雑物12を含む試料10と、第1の固相20と、第1の結合物質31を有する捕捉物質30と、第2の結合物質41を有する捕捉物質40と、蛍光物質51を有する検出用物質50とを混合することにより、複合体60が形成される。
図7では、捕捉物質30(抗体32)は、ポリペプチド11のC末端領域と結合する抗体であり、捕捉物質40(抗体42)及び検出用物質50(抗体52)は、ポリペプチド11のN末端領域と結合する抗体である。第1の固相20は、第1の結合パートナー22を表面に固定した磁性粒子21である。
図7では、第1の結合物質31はDNP基であり、第2の結合物質41はビオチンであり、第1の結合パートナー22は抗DNP抗体である。複合体60中の捕捉物質30と、第1の固相20とが、第1の結合物質31と第1の結合パートナー22との特異的結合を介して結合する。これにより、複合体60は第1の固相20に固定される。
【0057】
図8の(A)では、磁気分離により、第1の固相20に固定された複合体60が回収される。
図8の(B)では、遊離剤としてジニトロフェニルリジンを添加することにより、第1の結合物質31と第1の結合パートナー22との結合が解離する。これにより、第1の固相が、複合体60から解離する。
図8の(C)では、第1の固相20から遊離した複合体60と、第1の固相20とを磁気分離し、複合体60を選択的に回収する。
図8に示される工程の詳細については、
図3について述べたことと同様である。
【0058】
図9Aでは、複合体60を含む液体と、第2の結合パートナー81を含む第2の固相80とを混合することにより、第2の結合物質41と第2の結合パートナー81との特異的結合を介して、複合体60が第2の固相80に固定される。
図9Bでは、複合体60を含む液体を、第2の結合パートナー81を含む第2の固相80上に滴下することにより、複合体60は第2の固相80に固定される。
【0059】
本実施形態では、上記の複合体の形成から、第1の固相からの複合体の遊離及び回収までの各工程又は一連の工程を用手法で行ってもよいし、装置により行ってもよい。あるいは、複合体の形成から、複合体の第2の固相への固定までの各工程又は一連の工程を用手法で行ってもよいし、装置により行ってもよい。そのような装置としては、例えば自動検体処理装置、自動免疫測定装置、顕微鏡観察用スライド作製装置などが挙げられる。
【0060】
(情報取得工程)
図1を参照して、ステップS5に示すように、本実施形態の方法では、第2の固相に固定された複合体からポリペプチドに関する情報を取得する。ポリペプチドに関する情報は、ポリペプチドの量に関する情報であってもよいし、ポリペプチドの構造に関する情報であってもよい。
【0061】
ポリペプチドの量に関する情報は、定性的情報であってもよいし、定量的情報であってもよい。定性的情報としては、ポリペプチドの存否などが挙げられる。定量的情報としては、例えばポリペプチドの濃度、含有量(重量)、それらを示す測定値自体などが挙げられる。定量的情報には、「少量」、「中程度」、「多量」などのようにポリペプチドの量を段階的に示す半定量的情報も含まれる。
【0062】
ポリペプチドの構造に関する情報としては、例えばポリペプチドの大きさ、形態、凝集度などの情報が挙げられる。好ましい実施形態では、第2の固相上のポリペプチドを顕微鏡により撮像して、該ポリペプチドの画像を取得することにより、ポリペプチドの構造に関する情報を得る。顕微鏡の種類は、ペプチドの画像を取得可能であれば特に限定されないが、例えば蛍光顕微鏡、超解像顕微鏡、ラマン顕微鏡、プローブ顕微鏡、電子顕微鏡などが挙げられる。
【0063】
本実施形態では、ポリペプチドに関する情報は、第2の固相に固定された複合体中の検出用物質の標識物質に基づくシグナルを測定することにより取得される。ポリペプチドの量に関する情報を取得する場合は、シグナルの強度などを数値で測定することが好ましい。例えば、得られた測定値を、濃度既知のポリペプチドの測定値から作成した検量線に当てはめることにより、ポリペプチドの濃度又は含有量に関する情報を取得できる。ポリペプチドの構造に関する情報を取得する場合は、シグナルに基づいて画像を取得することが好ましい。
【0064】
標識物質に基づくシグナルを測定する方法自体は、当該技術分野において公知である。本実施形態では、上記の標識物質に由来するシグナルの種類に応じた適切な測定方法を選択できる。例えば、標識物質が酵素である場合、複合体中の酵素と、該酵素の基質とを反応させ、酵素反応により生じた反応産物から発生する光、色などのシグナルを、公知の装置を用いて測定できる。そのような測定装置としては、分光光度計、ルミノメータなどが挙げられる。
【0065】
酵素の基質は、酵素の種類に応じて公知の基質から適宜選択できる。例えば、酵素としてアルカリホスファターゼを用いる場合、基質としては、CDP-Star(登録商標)(4-クロロ-3-(メトキシスピロ[1, 2-ジオキセタン-3, 2'-(5'-クロロ)トリクシロ[3. 3. 1. 13, 7]デカン]-4-イル)フェニルリン酸2ナトリウム)、CSPD(登録商標)(3-(4-メトキシスピロ[1, 2-ジオキセタン-3, 2-(5'-クロロ)トリシクロ[3. 3. 1. 13, 7]デカン]-4-イル)フェニルリン酸2ナトリウム)などの化学発光基質;p-ニトロフェニルホスフェート、5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルリン酸(BCIP)、4-ニトロブルーテトラゾリウムクロリド(NBT)、ヨードニトロテトラゾリウム(INT)などの発光基質;4-メチルウムベリフェニル・ホスフェート(4MUP)などの蛍光基質;5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリルリン酸(BCIP)、5-ブロモ-6-クロロ-インドリルリン酸2ナトリウム、p-ニトロフェニルリンなどの発色基質が挙げられる。酵素としてβ-ガラクドシダーゼを用いる場合、基質の例としては、4-メチルウンベリフェリル-β-D-ガラクトピラノシドが挙げられる。
【0066】
標識物質が蛍光物質である場合は、複合体に励起光を照射し、該複合体中の蛍光物質から発生する蛍光を、蛍光マイクロプレートリーダなどの公知の装置を用いて測定できる。標識物質が放射性同位体である場合、複合体中の放射性同位体から生じる放射線を、シンチレーションカウンターなどの公知の装置を用いて測定できる。
【0067】
以下に、超解像顕微鏡の一種である超解像蛍光顕微鏡により、ポリペプチドの構造に関する情報を取得する場合について、図面を参照して以下に説明する。なお、超解像顕微鏡とは、光の回折限界を超えた分解能を有する顕微鏡である。
【0068】
図10では、薄板状の第2の固相80(以下、「基板80」ともいう)に固定された複合体を示す。複合体において、蛍光物質51で標識された検出抗体がポリペプチド11に結合している。蛍光色素51は、励起光が照射され続けると、蛍光を生じる発光状態と蛍光を生じない消光状態とに切り替わるよう構成されている。このような光スイッチ型蛍光色素は、例えばMolecular Probes社などにより市販されている。
図10において、発光状態の蛍光色素51は黒丸で示され、消光状態の蛍光色素51は白丸で示されている。
【0069】
図11を参照して、ステップS101において、励起光が基板80上の蛍光色素51に照射される。
図10の(A)に示すように、初期状態では、全ての蛍光色素51が発光状態にある。この状態で、励起光の照射が開始されると、全ての蛍光色素51から蛍光が励起される。その後、励起光が蛍光色素51に照射され続けると、時間の経過とともに、例えば
図10の(B)及び(C)に示すように、発光状態の蛍光色素51の分布が変化する。
【0070】
ステップS102において、蛍光色素51に励起光が照射されている間に、生じた蛍光が撮像され、蛍光色素51の画像が取得される。ステップS102では、蛍光色素51に励起光が照射されている間に撮像が繰り返され、例えば3000枚の画像が取得される。上記のように時間の経過に応じて発光状態の蛍光色素51の分布が変化するので、取得される画像上の蛍光の分布も、撮像タイミングごとに異なる。
【0071】
ステップS103において、所定時間が経過し、必要な画像の取得が終了したか否かが判定される。所定時間が経過するまでは、ステップS102において撮像が繰り返される。所定時間が経過して必要な画像の取得が完了すると、処理がステップS104に進められる。このように画像を取得すると、後段のステップにおいてポリペプチド11の構造に関する情報を取得できるようになる。
【0072】
ステップS101~S103の工程に代えて、STORM (Stochastic optical reconstruction microscopy)、PALM (Photoactivated localization microscopy)、STED (Stimulated emission depletion)又はSIM (Structured illumination microscopy)の手法に基づく工程によって、画像を取得してもよい。STORMに基づく工程によって画像が取得される場合、蛍光色素51は、蛍光を生じる活性状態と蛍光を生じない不活性状態とに切り替わるよう構成される。そして、蛍光色素51が2種類の光により活性状態と不活性状態に切り替えられることにより、上記と同様に、蛍光の分布が異なる複数の画像が取得される。
【0073】
続いて、ステップS104において、超解像画像が作成される。
図12に示すように、超解像画像は、
図11のステップS102の工程で取得された複数の蛍光画像に基づいて作成される。各蛍光画像について、撮像系の点像分布関数又はPSF(Point Spread Function)によるフィッティングを行い、蛍光の輝点が抽出される。具体的には、ガウスフィッティングにより蛍光の輝点が抽出される。これにより、2次元平面において、各輝点の座標とフィッティングの誤差が取得される。ここで、ガウスフィッティングにより、所定範囲で基準波形とマッチングする蛍光領域の輝点については、この範囲に応じた広さの輝点領域が割り当てられる。基準波形と1点でマッチングする蛍光領域の輝点については、最低レベルの広さの輝点領域が割り当てられる。こうして、各蛍光画像から得られた輝点領域が重ね合わせられることにより、超解像画像が作成される。
【0074】
したがって、ステップS102において3000枚の蛍光画像が取得された場合、蛍光画像の超解像画像は、3000枚の蛍光画像から輝点が抽出され、抽出された輝点の輝点領域が重ね合わせられることにより作成される。
【0075】
図11に戻り、ステップS105において、ポリペプチド11の構造に関する情報が取得される。ステップS105では、ポリペプチド11の構造に関する情報として、ポリペプチド11についての、大きさ、形態、構造、凝集度などが取得される。
【0076】
ステップS105では、以下のような手順でポリペプチド11の構造に関する情報が取得される。
図12に示すように、
図11のステップS104の工程で取得された超解像画像の作成時に抽出した輝点が、凝集したポリペプチド11に対応するグループに分類される。すなわち、まず、複数の蛍光画像から抽出された全ての輝点が、座標平面にマッピングされる。続いて、所定の広さの参照領域で座標平面が走査され、参照領域に含まれる輝点の数が取得される。そして、参照領域に含まれる輝点の数が閾値よりも多く、かつ、周囲よりも多い参照領域の位置が抽出され、抽出された位置において参照領域に含まれる輝点が、1つのグループに分類される。こうして得られた1つのグループは、ポリペプチド11の1つの凝集塊とみなされる。
【0077】
なお、1つのグループに輝点を分類する方法は、これに限らず、他のクラスタリングの手法でもよい。例えば、全ての蛍光画像を足し合わせて生成した蛍光画像上で所定の閾値以上の画素値を有する領域を1つの凝集塊とみなしてもよい。また、情報取得工程のステップS101の開始直後に全ての蛍光色素51から励起された蛍光を撮像した蛍光画像上で、所定の閾値以上の画素値を有する領域を1つの凝集塊とみなしてもよい。
【0078】
続いて、ポリペプチド11の凝集塊ごとに、超解像画像に基づいて、以下の情報が取得される。すなわち、ポリペプチド11の大きさとして、長手方向の長さ、短手方向の長さ、周囲長、面積などが取得される。また、ポリペプチド11の形態として、縦横比、真円率、分岐数、分岐角度などが取得される。縦横比は、例えば、長手方向の長さを短手方向の長さで除算することにより得られる。また、ポリペプチド11の構造として、ポリペプチド11の凝集塊が、タンパク質の一次構造、二次構造、三次構造、四次構造のいずれであるかが取得される。また、ポリペプチド11の凝集度として、凝集塊を形成するモノマーの個数が取得される。モノマーの個数は、モノマーの標準の大きさと凝集塊の大きさとを比較することにより取得される。
【0079】
ステップS105では、ポリペプチド11の構造に関する情報が、超解像画像に基づいて取得されたが、これに限らず、蛍光色素51から生じた蛍光を撮像して得られる蛍光画像に基づいて取得されてもよい。例えば、ステップS101の開始直後に全ての蛍光色素51から生じた蛍光を撮像して得られる蛍光画像に基づいて、ポリペプチド11の構造に関する情報が取得されてもよい。ただし、この場合は、光の回折限界を超えた分解能で分析を行うことができない。したがって、上記のように超解像画像に基づいてポリペプチド11の構造に関する情報が取得されるのが好ましい。
【0080】
図11に戻り、ステップS106において、ステップS105で取得された情報が出力される。具体的には、取得された情報が、ディスプレイからなる表示部に表示される。この他、取得された情報が、スピーカから音声として出力されてもよく、デジタルデータとして他の装置に送信されてもよい。
【0081】
図13を参照して、ステップS106において表示部に表示される画面90について説明する。画面90は、画像91、92と領域93を備える。画像91は、
図11のステップS105で取得された超解像画像である。画像92は、画像91の一部を拡大した画像である。領域93は、
図11のステップS106で取得されたポリペプチド11の構造に関する情報を表示する領域である。情報取得工程において
図13に示すような画面90が表示されると、例えば医師等は、視覚的に超解像画像及びポリペプチド11の構造に関する情報を把握できるので、円滑に病状を診断し治療方針を決定できる。
【0082】
本実施形態では、情報取得工程は、
図14に示す検出装置100により自動で行われてもよい。検出装置100は、情報取得部101と情報処理部102を備える。検出装置100は、
図11の情報取得工程の各工程を自動で行うための装置である。
【0083】
情報取得部101は、光源部110と、シャッター121と、1/4波長板122と、ビームエキスパンダ123と、集光レンズ124と、ダイクロイックミラー125と、対物レンズ126と、集光レンズ127と、ステージ130と、撮像部140と、シャッター駆動機構151と、ステージ駆動機構152とを備える。ステージ130には、ポリペプチド11が固定された基板80が設置される。
【0084】
光源部110は、光源111とミラー112を備える。光源111は、励起光を出射する。光源111としては、レーザー光源を用いるのが好ましいが、水銀ランプ、キセノンランプ、LEDなどを用いてもよい。光源111から出射される励起光は、ポリペプチド11に結合した蛍光色素51を発光状態と消光状態とに変化させるとともに、発光状態の蛍光色素51を励起させて蛍光を生じさせる。ミラー112は、光源111からの励起光を反射して、シャッター121へと導く。
【0085】
なお、蛍光色素51が蛍光を生じる活性状態と蛍光を生じない不活性状態とに切り替わるよう構成される場合、光源部110は、2つの光源と、ミラーと、ダイクロイックミラーとを備えるよう構成される。この場合、一方の光源は、蛍光色素51を活性状態にする光を出射し、他方の光源は、蛍光色素51を不活性状態にする光を出射する。2つの光源からの光の光軸は、ミラーとダイクロイックミラーによって、互いに一致させられる。
【0086】
シャッター121は、シャッター駆動機構151により駆動され、光源部110から出射された励起光を通過させる状態と、光源部110から出射された励起光を遮断する状態とに切り替える。これにより、被検物質11に対する励起光の照射時間が調整される。シャッター駆動機構151は、例えばモーター、バネなどから構成される。1/4波長板122は、光源部110から出射された直線偏光の励起光を円偏光に変換する。蛍光色素51は、所定の偏光方向の励起光に反応する。よって、光源部110から出射された励起光を円偏光に変換することにより、励起光の偏光方向が、蛍光色素51が反応する偏光方向に一致し易くなる。これにより、蛍光色素51に効率良く蛍光を励起させることができる。ビームエキスパンダ123は、基板80上における励起光の照射領域を広げる。集光レンズ124は、対物レンズ126から基板80に平行光が照射されるよう励起光を集光する。
【0087】
ダイクロイックミラー125は、光源部110から出射された励起光を反射し、蛍光色素51から生じた蛍光を透過する。対物レンズ126は、ダイクロイックミラー125で反射された励起光を、基板80に導く。ステージ130は、ステージ駆動機構152により駆動され、ステージ130を面方向に移動させる。ステージ駆動機構は、例えばモーター、シャフト、ナットなどから構成される。基板80上の蛍光色素51から生じた蛍光は、対物レンズ126を通り、ダイクロイックミラー125を透過する。集光レンズ127は、ダイクロイックミラー125を透過した蛍光を集光して、撮像部140の受光面141に導く。撮像部140は、受光面141に照射された蛍光を撮像し、蛍光画像を生成する。撮像部140は、例えばCCDなどにより構成される。
【0088】
情報処理部102は、処理部161と、記憶部162と、表示部163と、入力部164と、インターフェース165とを備える。
【0089】
処理部161は、たとえばCPUである。記憶部162は、ROM、RAM、ハードディスクなどである。処理部161は、記憶部162に記憶されたプログラムに基づいて、インターフェース165を介して、情報処理部102の各部と、光源部120の光源111と、撮像部140と、シャッター駆動機構151と、ステージ駆動機構152とを制御する。
【0090】
また、処理部161は、記憶部162に記憶されたプログラムに基づいて、
図11に示した情報取得工程を実行する。すなわち、処理部161は、情報取得工程において、光源111を駆動して、蛍光色素51から生じた蛍光を撮像部140により受光し、撮像部140を駆動して蛍光画像を取得する。処理部161は、撮像部140により取得した蛍光画像に基づいて、超解像画像を生成する。処理部161は、生成した超解像画像に基づいて、ポリペプチド11の構造に関する情報を取得し、取得した情報を含む画面を表示部163に表示する。
【0091】
表示部163は、処理部161による処理結果等を表示するためのものであり、液晶ディスプレイ、プラズマディスプレイ、CRT(Cathode Ray Tube)ディスプレイ等である。表示部163は、
図13に示す画面90を表示する。入力部164は、オペレータによる指示の入力を受け付けるためのキーボードとマウスである。
【0092】
図11に示す情報取得工程では、光の回折限界を超えた空間分解能を有する超解像蛍光顕微鏡によって基板80上のポリペプチド11が測定されたが、これに限らず、ラマン顕微鏡、プローブ顕微鏡、電子顕微鏡によって、基板80上のポリペプチド11が測定されてもよい。プローブ顕微鏡と電子顕微鏡によれば、光の回折限界を超えた空間分解能でポリペプチド11を測定できる。情報取得工程において蛍光を用いた測定が行われない場合、例えばラマン顕微鏡やプローブ顕微鏡を用いる場合、上記の検出抗体の添加によるポリペプチドの標識は省略される。検出抗体の添加が省略されると、ポリペプチド11の結合サイトに捕捉抗体を結合させやすくなるので、ポリペプチド11をより円滑に基板80に固定できる。
【0093】
ポリペプチドの構造に関する情報のうち、ポリペプチドの大きさ、形態、凝集度については、超解像蛍光顕微鏡、ラマン顕微鏡、プローブ顕微鏡又は電子顕微鏡を用いてポリペプチド11を測定した場合に取得可能である。ポリペプチドの構造に関する情報のうち、ポリペプチドの構造については、超解像蛍光顕微鏡、ラマン顕微鏡又はプローブ顕微鏡を用いてポリペプチド11を測定した場合に取得可能である。
【0094】
ラマン顕微鏡を用いてポリペプチド11を測定した場合、ポリペプチド11を構成する分子又は原子を反映したラマンスペクトル、及び、ポリペプチド11の形状を反映した画像が取得される。したがって、ラマン顕微鏡によれば、ポリペプチドの構造に関する情報として、大きさ、形態、構造、凝集度に加えて、化学結合も取得可能である。具体的には、ポリペプチド11の化学結合として、ポリペプチド11を構成する分子又は原子の種類、数、濃度、割合などが取得される。この場合、
図13の画面90内の領域93に、大きさ、形態、構造、凝集度に加えて、取得されたポリペプチド11の化学結合が表示される。例えば、領域93には、取得されたポリペプチド11の化学結合として、「C=Oは…濃度、C-Hは…濃度」などが表示される。
【0095】
本発明の範囲には、被検物質の捕捉方法も含まれる。この方法では、
図1に示されるステップS1からステップS4までの工程を行うことにより、試料中の被検物質であるポリペプチドを捕捉できる。各工程の詳細については、本実施形態の被検物質の情報の取得方法について述べたことと同様である。本実施形態の被検物質の捕捉方法では、試料中の被検物質であるポリペプチドは、捕捉物質に捕捉されて複合体となり、第2の固相に固定される。第2の固相に固定された複合体は、被検物質であるポリペプチドの情報を取得するための測定試料である。よって、本実施形態の被検物質の捕捉方法は、被検物質の情報の取得のための測定試料の調製方法と言い換えることができる。あるいは、本実施形態の被検物質の捕捉方法は、被検物質の情報の取得のための、被検物質を含む試料の前処理方法と言い換えてもよい。
【0096】
また、本発明の範囲には、被検物質であるポリペプチド及び該ポリペプチドと結合する捕捉物質を含む複合体からポリペプチドに関する情報を取得する工程を含む、被検物質の情報の取得方法も含まれる。情報取得工程の詳細については、上記の本実施形態の被検物質の情報の取得方法について述べたことと同様である。この方法において、情報取得のための測定に付される複合体は、
図1に示されるステップS1からステップS4までの工程により得ることができる。各工程の詳細については、上記の本実施形態の被検物質の情報の取得方法について述べたことと同様である。
【0097】
以下に、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【実施例】
【0098】
実施例1
免疫複合体転移法(ICT)及び蛍光顕微鏡を利用する本実施形態の方法により、被検者から採取した臨床検体に含まれるAβを感度よく測定できるかを検討した。
【0099】
1.試料の調製
Aβを含む試料として、検体の提供に同意したアルツハイマー病患者から採取した脳脊髄液(CSF)を用いた。実施例1では、複数の患者由来のCSFを混合して調製したプールCSF(以下、「臨床検体1」と呼ぶ)を使用した。
【0100】
2.試薬の調製
(2.1) 第1の固相の作製
第1の固相として、表面に抗DNP抗体が固定された磁性粒子(以下、単に「磁性粒子」とも呼ぶ)を、次のようにして作製した。粒径2.2μmの磁性粒子(商品名:MAG2201、JSR社)に、慣用の手法により抗DNP抗体(シスメックス株式会社)を固定した。これにより、表面に抗DNP抗体が固定された磁性粒子の懸濁液(粒子濃度2.5%)を得た。
【0101】
(2.2) 第2の固相の作製
第2の固相として、ストレプトアビジンを表面に固定したガラス基板(以下、単に「基板」とも呼ぶ)を、次のようにして作製した。シリコンゴムシート(SR-50、タイガースポリマー株式会社)に直径6mmの貫通孔を設け、MASコートガラス(松浪硝子工業株式会社)に貼り付けた。0.5μLの30μg/mLビオチン結合ウシ血清アルブミン(BSA)をシリコンゴムシート内側のガラス上に滴下し、室温で1時間静置した。ガラスを40μLのHISCL洗浄液(シスメックス株式会社)でピペッティングにより洗浄した。洗浄は計2回実施した。さらに40μLのPBSでピペッティングにより洗浄した。洗浄は計2回実施した。40μLの1% BSA/PBS溶液をガラス上に滴下し、4℃で一晩静置した。ガラスを40μLのHISCL洗浄液(シスメックス株式会社)でピペッティングにより洗浄した。洗浄は計2回実施した。さらに40μLのPBSでピペッティングにより洗浄した。PBSによる洗浄は計2回実施した。40μLの10μg/mLストレプトアビジン/1% BSA/PBS溶液をガラス上に滴下し、室温で1時間撹拌した。ガラスを40μLのHISCL洗浄液(シスメックス株式会社)でピペッティングにより洗浄した。洗浄は計2回実施した。さらに40μLのPBSでピペッティングにより洗浄した。PBSによる洗浄は計2回実施した。
【0102】
(2.3) 捕捉物質
実施例1では、Aβペプチドと結合する捕捉物質として、ウサギ抗アミロイドβ42モノクローナル抗体(Life Technologies社、クローン名:H31L21)(以下、「H31L21抗体」とも呼ぶ)及びマウス抗ヒトアミロイドβモノクローナル抗体(IBL社、クローン名:82E1)(以下、「82E1抗体」とも呼ぶ)を用いた。H31L21抗体は、AβペプチドのC末端領域と結合する抗体であり、Aβの36~42位の領域を認識する。82E1抗体は、AβペプチドのN末端領域と結合する抗体であり、Aβの1~16位の領域を認識する。実施例1では、第1の結合物質としてDNPを用い、第2の結合物質としてビオチンを用いた。具体的には、以下のようにして、各抗体をDNP又はビオチンで標識して第1及び第2捕捉物質を得た。
【0103】
(2.3.1) 第1の結合物質を有する第1捕捉物質 (DNP標識捕捉抗体)
N-スクシンイミドS-アセチルチオアセテート(SATA)(Thermo Fischer Scientific社)を用いて、H31L21抗体及び82E1抗体のそれぞれにチオール基を導入した。N-(6-マレイミドカプロイルオキシ)スクシンイミド(EMCS)を用いて、N-(2, 4-ジニトロフェニル)-L-リジン(DNP-Lys)(東京化成工業株式会社)をマレイミド化した。チオール基を導入した各抗体と、マレイミド化したDNP-Lysとを混合して反応させた。これにより、Aβを第1の固相(上記の磁性粒子)に固定するための第1捕捉物質として、DNP標識H31L21抗体及びDNP標識82E1抗体を得た。
【0104】
(2.3.2) 第2の結合物質を有する第2捕捉物質 (ビオチン標識捕捉抗体)
SATA(Thermo Fischer Scientific社)を用いて、H31L21抗体及び82E1抗体のそれぞれにチオール基を導入した。チオール基を導入した各抗体と、Biotin-PEAC5-マレイミド(6-[N'-[2-(N-マレイミド)エチル]-N-ピペラジニルアミド]ヘキシルD-ビオチンアミド塩酸塩)とを混合して反応させた。これにより、Aβを第2の固相(上記の基板)に固定するための第2捕捉物質として、ビオチン標識H31L21抗体及びビオチン標識82E1抗体を得た。
【0105】
(2.4) 検出用物質
82E1抗体をシリルローダミン系蛍光色素で標識して、Aβを検出するための蛍光標識抗体を得た。該蛍光色素は、Grimm J.B.ら, "A general method to improve fluorophores for live-cell and single-molecule microscopy", Nature Methods, vol.12, (2015) p.244-250の記載に従って合成した。
【0106】
(2.5) 遊離剤
第1捕捉物質が有するDNPと、第1の固相(磁性粒子)上の抗DNP抗体との結合を解離するための遊離剤として、2.5mM DNP-Lys溶液を用いた。DNP-Lys溶液は、N-(2, 4-ジニトロフェニル)-L-リジン(東京化成工業株式会社)を、濃度が2.5mMとなるようにバッファー(0.1 Tris-HCl(pH 7.5)、2%カゼインナトリウム、0.1% NaN3及びDMSO)で希釈して調製した。
【0107】
(2.6) 抗体溶液の調製
上記の2種の捕捉物質及び検出用物質を、表1に示されるA~Dの抗体の組み合わせでHISCL R3希釈液(シスメックス株式会社)中に混合して、抗体溶液を得た。該抗体溶液における各抗体の含有量は、いずれの抗体も300 fmol/assayとなるよう調整した。以下、表中の(N)は、82E1抗体がAβのN末端領域と結合する抗体であることを示し、(C)は、H31L21抗体がAβのC末端領域と結合する抗体であることを示す。なお、表1中、Aの抗体の組み合わせは
図2に対応し、Bの抗体の組み合わせは
図7に対応する。
【0108】
【0109】
3.測定
全自動検体処理装置であるMagtration System 6GC (プレシジョン・システム・サイエンス株式会社)に上記の抗体溶液、第1の固相(磁性粒子)の懸濁液、HISCL洗浄液及び遊離剤(DNP-Lys溶液)を設置した。当該装置により試料を処理して、Aβ及び上記の抗体を含む複合体を回収した。具体的な処理は次のとおりであった。80μLの試料と80μLの抗体溶液とを混合して、37℃で30分間インキュベートした。ここに、20μLの磁性粒子の懸濁液をさらに混合して、37℃で15分間インキュベートした。磁性粒子を集磁して上清を除き、600μLのHISCL洗浄液を加えて磁性粒子を洗浄した。洗浄は計2回実施した。さらに150μLのHISCL洗浄液を加えて磁性粒子を洗浄した。洗浄は計1回実施した。洗浄後、磁性粒子に30μLのDNP-Lys溶液を添加し、37℃で10分間撹拌した。磁性粒子を集磁し、上清を回収した。
【0110】
回収した上清を基板上に滴下して、室温で3時間撹拌した。基板を40μLのHISCL洗浄液(シスメックス株式会社)でピペッティングにより洗浄した。洗浄は計2回実施した。さらに40μLのPBSでピペッティングにより洗浄した。PBSによる洗浄は計2回実施した。レーザーを組み込んだ倒立顕微鏡を用いて基板上のAβの蛍光画像を撮像した。64視野の蛍光画像をMax intensityで重ねて、結果を取得した。
【0111】
4.結果
取得した蛍光画像を
図15に示す。図中の「A」、「B」、「C」及び「D」はそれぞれ、表1のA、B、C及びDの抗体の組み合わせを用いて得た画像である。図中のスケールバーは10μmを示す。実施例1では、蛍光標識抗体、DNP標識抗体及びビオチン標識抗体のうちの2種又は3種が同一クローンの抗体であるので、蛍光画像上の輝点は、二量体以上のAβの凝集体を示す。臨床検体1の蛍光画像の輝点の数を、表2に示す。輝点のカウントは、蛍光画像において所定の閾値を超える画素値を有する領域を輝点領域とし、特定した輝点領域の数をカウントすることにより行われた。
【0112】
【0113】
表2に示されるように、第1捕捉物質及び第2捕捉物質の一方又は両方が、AβのC末端領域と結合する抗体であり、検出用物質が、AβのN末端領域と結合する抗体であるとき、臨床検体中のAβを感度よく検出できることが示唆された。特に、第1捕捉物質及び第2捕捉物質が、AβのC末端領域と結合する抗体であり、検出用物質が、AβのN末端領域と結合する抗体であるとき、臨床検体中のAβの検出感度が顕著に向上した。
【0114】
実施例2
実施例1では、ICTにおいて2種類の捕捉物質を用いたが、実施例2では、1種類の捕捉物質抗体を用いるICT及び蛍光顕微鏡を利用する本実施形態の方法により、臨床検体に含まれるAβを感度よく測定できるかを検討した。
【0115】
1.試料の調製
Aβを含む試料として、検体の提供に同意したアルツハイマー病患者から採取したCSFを用いた。
【0116】
2.試薬の調製
2種の捕捉物質を用いる測定には、実施例1と同様に、第1捕捉物質としてDNP標識H31L21抗体を用い、第2捕捉物質としてビオチン標識H31L21抗体を用いた。1種の捕捉物質を用いる測定には、捕捉物質として、DNP及びビオチンの両方で標識したH31L21抗体を用いた。DNP及びビオチンの両方で標識したH31L21抗体は、WO 2017/138497 A1の記載を参照して、後述のようにして作製した。第1の固相、第2の固相、検出用物質(蛍光標識82E1抗体)及び遊離剤は、実施例1と同じであった。
【0117】
(2.1) 第1及び第2の結合物質を有する捕捉物質の作製
H31L21抗体を慣用の手法によりペプシンで消化して、F(ab')2フラグメントを得た。得られたF(ab')2フラグメントを還元して、Fab'を得た。DNP及びビオチンがコンジュゲートされたBSA(商品名:DNP-BSA-Biotin、LGC Biosearch Technologies社)と、ポリエチレングリコール(PEG)クロスリンカー(スクシンイミジル-[(N-マレイミドプロピオンアミド)-オクタエチレングリコール]エステル、商品名:SM(PEG)8、Thermo Fisher Scientific社)とを反応させて、マレイミド基を有するリンカーをDNP-BSA-Biotinに結合した。該リンカーが結合したDNP-BSA-Biotinと、Fab'とを混合することにより、Fab'のチオール基とDNP-BSA-Biotinのマレイミド基とを反応させて、DNP及びビオチン標識Fab'を得た。実施例2では、H31L21抗体由来のDNP及びビオチン標識Fab'を、DNP及びビオチン標識捕捉物質として用いた。
【0118】
(2.2) 抗体溶液の調製
上記の捕捉物質及び検出用物質を、表3に示されるA及びEの抗体の組み合わせでHISCL R3希釈液(シスメックス株式会社)中に混合して、抗体溶液を得た。抗体溶液における各抗体の含有量は、いずれの抗体も300 fmol/assayとなるよう調整した。なお、表3中、Aの抗体の組み合わせは
図2に対応し、Eの抗体の組み合わせは
図5に対応する。
【0119】
【0120】
3.測定
上記の抗体溶液を用いること以外は実施例1と同様にして、試料の測定を行った。なお、測定(n=2)は、独立して2回行った。取得した蛍光画像の代表例を
図16に示す。また、倒立顕微鏡により取得した超解像画像を、
図17A及びBに示す。
図16、
図17A及びB中の「A」及び「E」はそれぞれ、表3のA及びEの抗体の組み合わせを用いて得た画像である。
図16中のスケールバーは10μmを示す。
図17A及びB中の各パネルは、200 nm×200 nmのサイズである。また、蛍光画像の輝点の数の平均値を、表4に示す。
【0121】
【0122】
表4に示されるように、捕捉物質として、AβのC末端領域と結合する抗体を用いる場合、捕捉物質は1種であっても2種であっても、臨床検体中に存在するAβを感度よく検出できることが示された。
図17A及びB中の各パネルに示されるように、光の回折限界を超えた分解能により、Aβの凝集塊の大きさ、形態及び凝集度が識別できた。
【0123】
実施例3
化学発光酵素免疫測定法(CELIA)を利用する本実施形態の方法でも、臨床検体中のAβを測定可能であるかを検討した。
【0124】
1.試料の調製
Aβを含む試料として、検体の提供に同意したアルツハイマー病患者から採取したCSF(以下、「臨床検体2」と呼ぶ)を用いた。ポジティブコントロールとして、Beta Amyloid (1-42)(Anaspec社)の凝集体を化学架橋して得た調製物(以下、「合成Aβ」と呼ぶ)を10 pg/mLの濃度で含む溶液を用いた。化学架橋は、Farid Rahimiら, "Photo-Induced Cross-Linking of Unmodified Proteins (PICUP) Applied to Amyloidogenic Peptides", J Vis Exp, vol.23, (2009), 1071の記載に従って実施した。ネガティブコントロールとして、C0溶液(シスメックス株式会社)を用いた。
【0125】
2.試薬の調製
第2の固相として、表面にストレプトアビジンが固定された磁性粒子を含む懸濁液であるHISCL R2試薬(シスメックス株式会社)を用いた。検出用物質として、アルカリホスファターゼ(ALP)で標識した82E1抗体を用いた。ALPで標識した82E1抗体は、WO 2017/138497 A1の記載を参照して、後述のようにして作製した。第1の固相、第1捕捉物質(DNP標識H31L21抗体)、第2捕捉物質(ビオチン標識H31L21抗体及びビオチン標識82E1抗体)及び遊離剤は、実施例1と同じであった。化学発光の測定には、測定用バッファーを含むHISCL R4試薬(シスメックス株式会社)、及びアルカリホスファターゼの化学発光基質CDP-Star(登録商標)を含むHISCL R5試薬(シスメックス株式会社)を用いた。
【0126】
(2.1) 検出用物質(ALP標識検出抗体)の作製
82E1抗体を慣用の手法によりペプシンで消化して、F(ab')2フラグメントを得た。得られたF(ab')2フラグメントを還元して、Fab'を得た。ALPとEMCSとを反応させてALPをマレイミド化した。Fab'とマレイミド化したALPとを混合することにより、Fab'のチオール基とALPのマレイミド基とを反応させてALP標識Fab'を得た。実施例3では、82E1抗体由来のALP標識Fab'を、ALP標識検出抗体として用いた。
【0127】
(2.2) 抗体溶液の調製
上記の捕捉物質及び検出用物質を、表5に示されるA及びBの抗体の組み合わせでHISCL R3希釈液(シスメックス株式会社)中に混合して、抗体溶液を得た。抗体溶液における各抗体の含有量は、いずれの抗体も300 fmol/assayとなるよう調整した。なお、表5中、Aの抗体の組み合わせは
図2に対応し、Bの抗体の組み合わせは
図7に対応する。
【0128】
【0129】
3.測定
測定は、全自動免疫測定装置HISCL-800(シスメックス株式会社製)を用いて、次のように行った。70μLの試料と80μLの抗体溶液とを混合して、37℃で27分間インキュベートした。ここに、20μLの第1の固相の懸濁液をさらに混合して、37℃で11分間インキュベートした。磁性粒子を集磁して上清を除き、300μLのHISCL洗浄液を加えて磁性粒子を洗浄した。洗浄は計3回実施した。洗浄後、磁性粒子に110μLのDNP-Lys溶液を添加し、42℃で5分間インキュベートした。磁性粒子を集磁して、上清を80μL回収した。回収した上清に30μLの第2の固相(HISCL R2試薬)を混合して、37℃で5分間インキュベートした。混合液中の磁性粒子を集磁して上清を除き、300μLのHISCL洗浄液を加えて磁性粒子を洗浄した。洗浄は計4回実施した。磁性粒子を集磁して上清を除いた。磁性粒子に30μLのHISCL R4試薬及び60μLのHISCL R5試薬を混合して、42℃で5分間インキュベートし、発光強度を測定した。
【0130】
4.結果
化学発光強度の測定値は、いずれも検出下限を超えていた。測定値からSN比(S/N)を、下記の式を用いて算出した。結果を
図18及び19に示す。
図18及び19中の「A」及び「B」はそれぞれ、表5のA及びBの抗体の組み合わせを用いて得た測定結果である。
(S/N)=[(試料の発光強度)-(ネガティブコントロールの発光強度)]/(ネガティブコントロールの発光強度)
【0131】
図18及び19に示されるように、CELIAを利用する本実施形態の方法でも、試料中のAβを測定することができた。
図18より、抗体の組み合わせについては、表5のBの組み合わせよりも、Aの組み合わせの方がSN比は高かった。これに対して、
図19に示されるように、合成Aβを測定した場合は、表5のAの組み合わせよりもBの組み合わせの方がSN比は高かった。これらのことから、試料が臨床検体である場合は、第1捕捉物質及び第2捕捉物質として、AβのC末端領域と結合する抗体を用い、検出用物質として、AβのN末端領域と結合する抗体を用いることにより、より高い感度でAβを検出できることが示唆された。
【符号の説明】
【0132】
10 試料
11 ポリペプチド
12 夾雑物
13 未反応の成分
20 第1の固相
21 磁性粒子
22 第1の結合パートナー
30 捕捉物質(第1捕捉物質)
31 第1の結合物質
32 抗体
40 捕捉物質(第2捕捉物質)
41 第2の結合物質
42 抗体
50 検出用物質
51 蛍光物質
52 抗体
60 複合体
70 磁石
80 第2の固相
81 第2の結合パートナー