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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-25
(45)【発行日】2023-11-02
(54)【発明の名称】溶射部材の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/02 20060101AFI20231026BHJP
【FI】
C23C4/02
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2022151150
(22)【出願日】2022-09-22
(62)【分割の表示】P 2018228536の分割
【原出願日】2018-12-05
(65)【公開番号】P2022171973
(43)【公開日】2022-11-11
【審査請求日】2022-10-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000004547
【氏名又は名称】日本特殊陶業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000800
【氏名又は名称】デロイトトーマツ弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】佐守 弘司
【審査官】▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-080101(JP,A)
【文献】特開昭61-064873(JP,A)
【文献】特開平05-111666(JP,A)
【文献】特開平03-257149(JP,A)
【文献】特開平03-158451(JP,A)
【文献】実開昭59-070759(JP,U)
【文献】特開2011-241442(JP,A)
【文献】特開2009-127088(JP,A)
【文献】特開平06-163077(JP,A)
【文献】特開2015-194479(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00-4/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材の表面の溶射膜形成領域以外の領域を表面及び裏面を有するマスクで覆った状態で、前記基材の表面に溶射粒子を溶射することにより、前記溶射膜形成領域に溶射膜を形成する、前記基材と前記溶射膜とを備えた溶射部材の製造方法であって、
前記マスクは、前記溶射膜形成領域側の端縁から当該溶射膜形成領域とは反対側に向って、長さ6[mm]以上に亘って、厚さが0.5[mm]より大きく2.0[mm]以下である薄端部を有し、
前記マスクは、前記薄端部より前記溶射膜形成領域とは反対側に厚さが2.0[mm]を超える部分を有し、
前記マスクの裏面のうち少なくとも前記薄端部を構成する部分が前記基材の表面に接触又は接着層を介して固定された状態で前記溶射粒子を溶射することを特徴とする溶射部材の製造方法。
【請求項2】
前記マスクの薄端部は、前記端縁側から前記溶射膜形成領域とは反対側に向って厚さが連続的に増加する遷移部分を有し、
前記マスクの表面のうち少なくとも前記遷移部分を構成する部分が、前記裏面に対して傾斜した傾斜面であることを特徴とする請求項1に記載の溶射部材の製造方法。
【請求項3】
前記傾斜面の表面粗さRaが0.2[μm]以上であることを特徴とする請求項に記載の溶射部材の製造方法。
【請求項4】
前記マスクの表面に、前記傾斜面よりも前記端縁側に凹部が形成されていることを特徴とする請求項2又は3に記載の溶射部材の製造方法。
【請求項5】
前記マスクは、前記溶射膜形成領域側に端面を有し、前記端面と前記裏面との間の角部に面取り部を有することを特徴とする請求項1から請求項の何れか1項に記載の溶射部材の製造方法。
【請求項6】
前記マスクは、金属により構成されていることを特徴とする請求項1から請求項の何れか1項に記載の溶射部材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、溶射部材の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体デバイス、液晶デバイスなどを製造する場合、シリコンウエハやガラス基板に形成された所定の膜をCFなどのハロゲン系の腐食性ガスを用いプラズマ環境下で処理するドライエッチングなどの工程が存在する。そこで、近年、半導体デバイス、液晶デバイスなどの製造装置において、プラズマ環境下で腐食ガスに曝されるチャンバーや各種部材を構成するAlなどの金属材料からなる基材の腐食を防止するために、基材の表面に耐食性を有するYなどからなる溶射膜を形成した溶射部材を用いることがある(例えば、特許文献1参照)。
【0003】
溶射部材は他の部材と組み合わせて用いることがあり、部材同士が当接する部分には溶射膜が存在しないことが求められる場合がある。このような場合、基材の表面の一部をマスクで覆った状態で溶射していた(例えば、特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2001-164254号公報
【文献】特開平6-10111号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、基材の表面の一部をマスクで覆った状態で溶射すると、マスクの近傍領域の溶射膜の厚さがマスクから離れた領域と比較して厚くなっていた。これは、マスクに堆積した溶射粒子が脱落する、又は、溶射粒子の流れがマスクによって変化することによって、マスクの近傍領域に部分的に溶射粒子が堆積されるためであると推測される。溶射部材は、溶射膜の表面にて基板を保持する部材などに用いられている。この場合、基板を面一に保持するために、溶射膜の厚さは均一であることが好ましいので、厚くなり過ぎた部分の溶射膜を除去して薄くする加工が必要となり、製造効率の低下が生じていた。
【0006】
本発明は、かかる事情に鑑みてなされたものであり、マスクの近傍領域と他の領域とにおける溶射膜の均厚化を図ることが可能な溶射部材の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の参考態様に係る溶射部材は、基材と、前記基材の表面を部分的に被覆する溶射膜とを備えた溶射部材であって、前記溶射膜は、その端縁から5[mm]離れた端部領域における厚さの最大値と前記端部領域よりも前記端縁から離れた中心部領域における厚さの最小値との差が±30[μm]以下であり、前記溶射膜の端部領域における表面に加工スジが存在しないことを特徴とする。
【0008】
本発明の参考態様に係る溶射部材によれば、溶射膜の端部領域における表面に加工スジが存在しないので、この部分において加工が施されていない。そして、端部領域における厚さの最大値と中心部領域における厚さの最小値との差が±30[μm]以下と溶射膜が均厚化されている。これにより、中心部領域の厚みと比較した端部領域の厚みの局所的な増大が抑制されているので、均厚化するための加工を行うことなく、そのまま、半導体製造装置の部品などに他の部材と組み合わせて用いることが可能となる。加えて、均厚化のための機械加工による溶射膜へのダメージを抑制することができるため、機械加工時にダメージを受けた部分を起点とする汚染物が発生することの抑制を図ることが可能となる。
【0009】
本発明の溶射部材の製造方法は、基材の表面の溶射膜形成領域以外の領域を表面及び裏面を有するマスクで覆った状態で、前記基材の表面に溶射粒子を溶射することにより、前記溶射膜形成領域に溶射膜を形成する、前記基材と前記溶射膜とを備えた溶射部材の製造方法であって、前記マスクは、前記溶射膜形成領域側の端縁から当該溶射膜形成領域とは反対側に向って、長さ6[mm]以上に亘って、厚さが0.5[mm]より大きく2.0[mm]以下である薄端部を有し、前記マスクの裏面のうち少なくとも前記薄端部を構成する部分が前記基材の表面に接触又は接着層を介して固定された状態で前記溶射粒子を溶射することを特徴とする。
【0010】
本発明の溶射部材の製造方法によれば、マスクが溶射膜形成領域側の端縁から当該溶射膜形成領域とは反対側に向って薄端部を有しているので、このような薄端部を有していない従来のマスクを用いた場合と比較して、溶射膜形成領域の端部での溶射フレームのガス流の急激な変化が抑制されるので、溶射膜の均厚化の向上を図ることが可能となる。
【0011】
本発明の溶射部材の製造方法において、前記マスクは、前記薄端部より前記溶射膜形成領域とは反対側に厚さが2.0[mm]を超える部分を有している。
【0012】
この場合、マスク全体が2.0[mm]以下と薄い場合と比較して、マスクの強度が補強されるので、マスクの寿命の増大を図ることが可能となる。
【0013】
また、本発明の溶射部材の製造方法において、前記マスクの薄端部は、前記端縁側から前記溶射膜形成領域とは反対側に向って厚さが連続的に増加する遷移部分を有し、前記マスクの表面のうち少なくとも前記遷移部分を構成する部分が、前記裏面に対して傾斜した傾斜面であることが好ましい。
【0014】
この場合、厚さが非連続的に増加する部分する場合と比較して、この非連続部分での溶射フレームのガス流の急激な変化が抑制されるので、溶射膜の均厚化が妨げられるおそれの低下を図ることが可能となる。
【0015】
また、本発明の溶射部材の製造方法において、前記傾斜面の表面粗さRaが0.2[μm]以上であることが好ましい。
【0016】
この場合、マスクの傾斜面に堆積した溶射粒子が脱落して溶射膜形成領域に流れ込み、この領域における溶射膜の厚さの部分的な増加が生じるおそれの抑制を図ることが可能となる。
【0017】
また、本発明の溶射部材の製造方法において、前記マスクの表面に、前記傾斜面よりも前記端縁側に凹部が形成されていることが好ましい。
【0018】
この場合、マスクの傾斜面に堆積した溶射粒子が脱落しても凹部に留めることができるので、溶射粒子が溶射膜形成領域に流れ込み、この領域における溶射膜の厚さの部分的な増加が生じるおそれの抑制をさらに確実に図ることが可能となる。
【0019】
また、本発明の溶射部材の製造方法において、前記マスクは、前記溶射膜形成領域側に端面を有し、前記端面と前記裏面との間の角部に面取り部を有することが好ましい。
【0020】
この場合、溶射後にマスクを外す際に、マスクと一緒に溶射膜が剥がれるおそれの抑制を図ることが可能となる。
【0021】
また、本発明の溶射部材の製造方法において、マスクは、金属により構成されていることが好ましい。
【0022】
この場合、マスクが樹脂などから構成されている場合と比較して、溶射時の熱の影響によるマスクの変形を抑制し、所望の形状の溶射膜の作製を図ることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の参考形態に係る溶射部材を示す模式断面図。
図2図1のII部分の拡大図。
図3】本発明の別の参考形態に係る溶射部材を示す模式拡大断面図。
図4】本発明の別の参考形態に係る溶射部材を示す模式拡大断面図。
図5】本発明の別の参考形態に係る溶射部材を示す模式拡大断面図。
図6】本発明の別の参考形態に係る溶射部材を示す模式拡大断面図。
図7】本発明の別の参考形態に係る溶射部材を示す模式拡大断面図。
図8】本発明の別の参考形態に係る溶射部材を示す模式拡大断面図。
【発明を実施するための形態】
【0024】
本発明の参考形態に係る溶射部材10について図面を参照して説明する。なお、各図面は、溶射部材10及びその構成要素などを明確化するためにデフォルメされており、実際の比率を表すものではなく、上下などの方向も単なる例示である。
【0025】
本発明の参考形態に係る溶射部材10は、図1に示すように、基材1と、基材1の表面1aを部分的に被覆する溶射膜2とを備えている。
【0026】
基材1は、アルミナ、アルミニウム又はアルミニウム合金からなることが好ましい。ただし、基材1は、チタン、銅、タングステン、モリブデン、シリコン若しくはこれらの少なくとも1種を含む合金、金属複合材料(MMC)、又はステンレス鋼などの金属からなるものであってもよい。また、基材1の形状は、角状、円板状、多角形板状、楕円板状などの種々の形状であってもよく、複雑形状であってもよい。
【0027】
溶射膜2は、基材1の表面1aに溶射粒子を含む溶射原料を溶射することによって形成された膜である。溶射膜2は、例えば、酸化イットリウム(Y)、イットリウムアルミニウムガーネット(YAG)、フッ化イットリウム(YF)、オキシフッ化イットリウム(YOF)、アルミナ(Al)、窒化アルミニウム(AlN)、ジルコニア(ZrO)、アルミナ-ジルコニア(Al-ZrO)又はスピネル(MgAl)からなるものであってもよい。溶射膜2は、さらに、酸化イットリウム(Y)、イットリウムアルミニウムガーネット(YAG)、フッ化イットリウム(YF)又はオキシフッ化イットリウム(YOF)にアルミナ(Al)、窒化アルミニウム(AlN)、ジルコニア(ZrO)、アルミナ-ジルコニア(Al-ZrO)、スピネル(MgAl)などを混合したもの、又はこの混合物を主成分とするものであってもよく、これらの組成の溶射膜を複層化したものであってもよい。
【0028】
図2も参照して、溶射膜2は、その端縁2aから5[mm]離れた端部領域Pにおける厚さtpと端部領域Pよりも端縁2aから離れた中心部領域Qにおける厚さtqとの差(tq-tp)が±30[μm]以下である。例えば、溶射膜2が半径r[mm]の円板状である場合、端部領域Pは溶射膜2と中心を同じくする半径(r-5)[mm]の円形の領域(幅なし)であり、中心部領域Qはこの円の内部に位置する円板状の領域となる。
【0029】
なお、厚さtp,tqなどの溶射膜2の厚さtは、通常、溶射部材10を垂直方向に切断し、切断面における厚さtを走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて計測すればよい。その際、溶射部材10を垂直方向に複数個に切断して、その切断片の切断面における厚さtp,tqをそれぞれ複数箇所、好ましくは十箇所以上計測した値において、厚さtpの最大値と厚さtqの最小値の差が±30[μm]以下である場合を意味している。
【0030】
さらに、研磨具、研磨粉、研削具などの加工部材を用いて研磨加工や研削加工を行った際に生じる加工スジが端部領域Pにおける溶射膜2の表面2bに存在しない。ただし、溶射粒子の塊(フューム)が部分的に付着したなどの不具合箇所を補正するために部分的に加工した際に生じた加工スジは除かれる。すなわち、端部領域Pを横切るような加工スジが、端部領域Pの多くの部分、例えば8割以上に亘って、溶射膜2の表面に存在しない場合は、本発明の範囲内となることを意味する。
【0031】
加工スジは、加工を行った際に不可避的に生じる傷であり、加工方向に沿って生じる複数の細い線状の加工痕跡である。例えば、加工部材を直線状に移動させながら加工した場合には、複数の平行な直線状の加工スジが存在し、加工部材を回転させながら加工した場合には、複数の同心円状の加工スジが存在する。このような加工スジは、目視で、又は拡大鏡や顕微鏡を用いて確認することができる。
【0032】
上述した従来のように端部領域P及びその近傍領域の厚さtpが中心部領域Qの厚さtqよりも±30[μm]を超えて厚くなる部分が存在したために厚さtpを薄くするように、端部領域P及びその近傍領域を数十[μm]の幅に亘って加工していたので、この領域に加工スジが存在していた。
【0033】
一方、本発明の参考形態における溶射部材10においては、このような厚さtpを薄くする加工を行うことなく、溶射膜2の厚さtの差異が小さいので、端部領域P及びその近傍領域の表面に加工スジが存在しない。このように、溶射部材10は、従来と比較して溶射膜2の端部領域Pと中心部領域Qにおける厚さの差(tq-tp)が±30[μm]と小さいので、厚さを均一化するための加工作業を省くことが可能となる。
【0034】
なお、溶射膜2は、端縁2aから連続的に厚さtが厚くなるような傾斜面を有する傾斜領域Rを有している。ただし、この傾斜領域Rにおいては、厚さtが厳密に連続的に厚くなるものに限定されず、溶射粒子の塊が存在するなどによって多少の凹凸があっても、大略的に厚さtが連続的に厚くなるものも含まれる。例えば、図2に示す参考形態においては、傾斜領域Rにおいて、端縁2aからx[mm]から離れた領域Rxの平均厚さtx[mm]がxの増加に伴って連続的に増加するものとなっている。
【0035】
そして、端部領域Pは、図2に示す参考形態のように傾斜領域Rに含まれるものであっても、図示しないが傾斜領域Rよりも中心部側に位置するものであってもよい。
【0036】
次に、本発明の実施形態に係る溶射部材10の製造方法について図面を参照して説明する。
【0037】
本製造方法は、図1から図3を参照して、基材1の表面1aにおける溶射膜2を形成する領域S(以下、溶射膜形成領域Sともという)以外の領域をマスク3で覆った状態で、基材1の表面1aに溶射粒子を溶射することにより、溶射膜形成領域Sに溶射膜2を形成することにより、基材1と溶射膜2とを備えた溶射部材10を製造する方法である。
【0038】
基材1は、上述した材料及び形状からなる。基材1の表面1aは、表面粗さRaが0.2[μm]以上5.0[μm]以下、例えば2.0[μm]程度に、サンドブラスト加工などによって粗面化することが好ましい。これにより、基材1の表面1aに溶射粒子が残存する割合が増加するので、溶射の効率性の向上を図ることが可能となる。さらに、アンカー効果によって基材1と溶射膜2との密着性の向上を図ることが可能となる。
【0039】
溶射は、例えば、具体的には図示しないが、アノード(陽極)とカソード(陰極)とからなる一対の電極を備えたプラズマ溶射装置において、アノードとカソードとの間に直流高圧電圧を印加することによりアークを発生させる。これにより、プラズマ溶射装置から噴出されるプラズマガスはプラズマ炎流となって噴出し、この噴出するプラズマ炎流に溶射原料を投入する。
【0040】
プラズマ炎流に投入された溶射原料は、プラズマ炎中で高温加熱され外表面付近が少なくも半溶融状態となって、プラズマ炎流に乗って基材1の表面1aに衝突する。基材1に衝突した溶射原料中の溶射粒子は、表面1aに堆積され、その後冷却され、溶射膜2となる。このとき、図示しないが、基材1は並進テーブル上に載置されており、溶射ノズルと相対的な並進運動がなされるように走査することができる。なお、基材1がテーブル上に固定されており、これに対して溶射ノズルが相対的な並進運動をして走査してもよい。
【0041】
プラズマ溶射は、大気プラズマ溶射法、減圧プラズマ溶射法、加圧プラズマ溶射法、水中プラズマ溶射法、水安定プラズマ溶射法などのガスプラズマ溶射法によってプラズマ溶射を行うことが可能な従来公知の方法であってよく、特に限定されない。プラズマガスとして、例えば、Ar、Ar+N,Ar+H、Ar+N+H、Ar+CO又はAr+Oなどを用いればよい。
【0042】
溶射原料は、例えば、平均粒径が20[μm]以上60[μm]以下の溶射粒子からなるものであっても、平均粒径が0.5[μm]以上6[μm]以下の溶射粒子を含むスラリーであってもよい。溶射粒子は、上述した材料からなる粒子である。
【0043】
なお、溶射方法は、プラズマ溶射に限定されず、プラズマ溶射以外の、アーク溶射、RFプラズマ溶射、電磁加速プラズマ溶射、線爆溶射、電熱爆破粉体溶射などの電気式溶射であってもよい。さらに、溶線式フレーム溶射、粉末式フレーム溶射、溶棒式フレーム溶射などのフレーム溶射、高速フレーム溶射(HVOF、HVAF)、レーザ溶射、レーザ・プラズマ複合溶射、コールドスプレーなどのプラズマ溶射以外の溶射方法であってもよい。
【0044】
マスク3は、SUS304などのステンレス鋼、Al6061などのアルミ合金などの熱伝導性に優れた金属により構成されていることが好ましい。これにより、溶射時の熱によるマスク3の変形を抑制し、所望の形状の溶射膜2の作製を図ることが可能となる。ただし、マスク3は、ポリイミドなどの耐熱性を有する樹脂などの材料からなるものであってもよい。
【0045】
マスク3は、表面3a及び表面3aと反対側の面である裏面3bを有している。そして、マスク3は、溶射膜形成領域S側の端縁3cから当該溶射膜形成領域Sとは反対側に向って、長さ6[mm]以上に亘って、厚さが0[mm]より大きく2.0[mm]以下である薄端部3dを有している。端縁3cから長さ6[mm]未満の領域において厚さが2.0[mm]を超えると、厚さが2[mm]を超えた部分において、溶射距離(溶射ノズルの先端から被処理体の表面までの距離)が急激に変化するため、溶射フレームのガス流が乱れ、膜厚の制御が困難となるからである。なお、図1から図3に図示の参考形態においては、マスク3全体に亘って厚さが2.0[mm]以下の薄端部3dから構成されている。
【0046】
このように、マスク3は、従来の全体に亘って厚さが10[mm]程度のものとは異なり、端縁3cから長さ6[mm]以上に亘って、厚さが2.0[mm]以下である薄端部3dを有している。これにより、溶射膜形成領域Sの端部での溶射フレームのガス流の急激な変化が抑制されるので、溶射膜3の均厚化の向上を図ることが可能となる。
【0047】
なお、薄端部3dの厚さが0.5[mm]未満であると、溶射膜2の厚さよりも薄くなるおそれがあり、この場合には、マスク3を剥がす作業に手間を要する。また、マスク3が変形して、溶射膜形成領域S以外の領域に溶射膜2が形成されておそれがある。よって、薄膜部3dの厚さは0.5[mm]以上であることが好ましい。
【0048】
また、図4に示す別の参考形態のように、マスク3は、薄端部3dより溶射膜形成領域Sとは反対側に厚さが2.0[mm]を超える部分である厚外部3eを有していることが好ましい。これにより、マスク3全体が2.0[mm]以下と薄い場合と比較して、マスク3の強度が補強され、マスク3の寿命の増大を図ることが可能となる。
【0049】
そして、薄端部3dは、厚さが一定であってもよいが、厚さの相違する部分があってもよい。例えば、図5に示すさらに別の参考形態のように、薄端部3dは、端縁3cから溶射膜形成領域Sとは反対側に向って、連続的に厚さが増加する遷移部分3fを有し、マスク3の表面3aのうち少なくとも遷移部分3fを構成する部分が、裏面3bに対して傾斜した傾斜面3gとなっていることが好ましい。これにより、厚さが非連続的に増加する部分する場合と比較して、この非連続部分での溶射フレームのガス流の急激な変化が抑制されるので、溶射膜の均厚化が妨げられるおそれの低下を図ることが可能となる。
【0050】
また、図3から図5参考形態に示すように、端縁3cは、その厚さが例えば2.0[mm]などであり、マスク3の端部が面状である端面となっているものであってもよい。
【0051】
さらに、図6に示す別の参考形態のように、端縁3cは厚さが0[mm]、すなわち、端縁3cがエッジ状であってもよい。そして、この場合、エッジの先端部は丸状や角状であっても、鋭角状であってもよい。
【0052】
さらに、マスク3は、端縁3cがエッジ状であり、薄端部3d全体が遷移部分3fとなっていてもよい。そして、この場合、傾斜面3gの傾斜角θは30度以下であることが好ましい。このような緩やかな傾斜面3gをマスク3の端部に備えていることにより、溶射膜形成領域Sの端部での溶射フレームのガス流の急激な変化が抑制され、溶射膜2の均厚化の向上を図ることが可能となる。また、マスク3の傾斜面3gに堆積した溶射粒子が脱落して溶射膜形成領域Sに流れ込むことの抑制を図ることも可能となる。
【0053】
さらに、マスク3が遷移部分3fを有する場合、傾斜面3gの表面粗さRaは0.2μm以上であることが好ましい。これにより、マスク3の傾斜面3gに堆積した溶射粒子が脱落して溶射膜形成領域Sに流れ込み、この領域における溶射膜の厚さの部分的な増加や膜質の低下が生じるおそれの抑制を図ることが可能となる。ただし、マスク3の表面3aの表面粗さRaが大き過ぎると溶射フレームのガス流の不本意な流れが生じるおそれがある。そのため、傾斜面3gの表面粗さRaは、ブラスト加工された基材の表面と同等程度の5.0[μm]以下であることが好ましい。
【0054】
なお、遷移部分3fにおける厚さの増加は、直線的であっても、指数関数的などの非直線的であってもよい。さらに、図示しないが、薄端部3dは、端縁3cから溶射膜形成領域Sとは反対側に向って、非連続的に厚さが増加する部分を有していてもよい。また、逆に、薄端部3dは、端縁3cから溶射膜形成領域Sとは反対側に向って、連続的に又は非連続的に厚さが減少する部分を有していてもよい。
【0055】
また、図7に示す別の参考形態のように、マスク3の表面3aに、傾斜面3gよりも端縁3c側に凹部3hが形成されていることも好ましい。これにより、マスク3の傾斜面3gに堆積した溶射粒子が脱落しても凹部3hに留めることができるので、溶射粒子が溶射膜形成領域Sに流れ込み、この領域における溶射膜の厚さの部分的な増加や膜質の低下が生じるおそれの抑制をさらに確実に図ることが可能となる。なお、凹部3hよりも端縁3c側のマスクの表面3aは、水平面であっても傾斜面であってもよい。
【0056】
また、図8に示す別の参考形態のように、マスク3は、溶射膜形成領域S側に端面3iを有し、端面3iと裏面3bとの間の角部に面取り部3jを有することが好ましい。これにより、溶射後にマスク3を外す際に、マスク3と一緒に溶射膜2が剥がれるおそれの抑制を図ることが可能となる。面取り部3jは、平面状であっても、円弧曲面状などの凸状の曲面状であってもよい。
【0057】
なお、裏面3bは、基材1の表面1aに沿った形状であることが好ましい。例えば、基材1の表面1aが平面状である場合、マスク3の裏面3bも平面状であることが好ましい。
【0058】
さらに、マスク3の裏面3bのうち少なくとも薄端部3dを構成する部分が基材1の表面1aに接触又は図示しない接着層を介して固定された状態で、溶射粒子が溶射されて、溶射膜2が形成される。このようにマスク3が固定されることにより、マスク3の端縁3cにおいて、マスク2の裏面2bと基材1の表面1aとの間に隙間が生じず、この隙間を介して溶射粒子が溶射膜形成領域S外に堆積することが防止される。
【0059】
ただし、前記隙間は、厳密に隙間が全くないことに限定されず、多少の隙間があってもよく、特に溶射粒子が溶射膜形成領域S外に堆積しても問題が生じない場合には、隙間はある程度大きくてもよい。
【0060】
本発明の溶射部材の製造方法は上述した実施形態に限定されない。また、本発明の溶射部材の製造方法によって製造される溶射部材は、必ずしも本発明の参考形態に係る溶射部材であるとは限らない。
【実施例
【0061】
以下、本発明の実施例及び比較例を具体的に挙げて、本発明を説明する。
【0062】
(実施例1)
実施例1においては、まず、基材1として、アルミ合金(A6061)からなり、直径200[mm]、厚さ5[mm]の円板状のものを用意した。基材1の表面1aにブラスト加工を行い、表面1aの粗面化した。ブラスト加工後の表面1aの平均表面粗さRaは2.0[μm]であった。
【0063】
溶射粒子として、メディアン径D50が30[μm]の酸化イットリウム(Y)顆粒粉末を用意した。
【0064】
また、マスク3として、SUS304からなる円環状のものを用意した。マスク3は、内径180[mm]、外径200[mm]であった。そして、マスク3は、端縁3cの厚さは0[mm]であり、端縁3c側から内径内の溶射膜形成領域Sとは反対側の外周側に向って幅5.0[mm]の内周部分において厚さが連続的に増加する遷移部分を有し、マスク3の表面3aのうち遷移部分を構成する部分が、裏面3bに対して傾斜した傾斜角度θが20度で傾斜した傾斜面を有していた。また、マスク3の内周部分と一体化される幅5.0[mm]の外周部分は厚み1.8[mm]の円環状であった。傾斜面の平均表面粗さRaは0.2[μm]であった。
【0065】
マスク3は、ポリイミドテープ(カプトン(登録商標)テープ)を用いて基材1に、上面視での中心点が一致するようにして固定した。このとき、基材1の表面1aとマスク3の裏面3bとは(接着層を介して)全面的に接触していた。
【0066】
そして、プラズマ溶射装置によって溶射粒子を基材1の表面1aに溶射して基材1の表面1aに溶射膜2を形成した。プラズマガスとして、Ar、Oの混合ガスを用い、溶射距離を75[mm]、並進間隔を5[mm]とした。プラズマ溶射装置における入力電力は100[kW]であった。
【0067】
マスク3を剥がすと、酸化イットリウムからなる膜が溶射膜2として基材1の表面1aの溶射膜形成領域Sに形成されており、溶射部材10が得られた。
【0068】
そして、この溶射部材10を垂直方向に切断し、中心角度60度の6個の扇状部材を得た。そして、各扇状部材の切断面を走査型電子顕微鏡(SEM)を用いて、溶射膜2の厚さtを測定した。このとき、溶射膜2の端縁2aから5[mm]離れた端部領域Pにおける厚さtpと、端縁2aから45[mm]及び80[mm]離れた中心部領域Qにおける厚さtqとを測定した。
【0069】
厚さtpの最大値及び厚さtqの最小値は以下の表1に示すとおりであり、これらの差は28.5[μm]であって、±30[μm]以下であり、加工を施さなくとも溶射膜2の均厚化が図られていることが分かった。
【0070】
(実施例2~5)
実施例2~5においては、基材1及び溶射粒子として、実施例1と同じものを用意した。一方、マスク3として、実施例1と同じ材質からなり、内径及び外径が同じ円環状ではあるがその断面形状が異なるものを用意した。
【0071】
具体的には、実施例2においては、マスク3は、厚さ0.5[mm]、幅10[mm]の円環状であった。実施例3においては、マスク3は、厚さ1.0[mm]、幅10[mm]の円環状であった。実施例4においては、マスク3は、厚さ2.0[mm]、幅10[mm]の円環状であった。実施例5においては、マスク3は、厚さ1.0[mm]、幅6[mm]の円環状部材及び厚さ8.0[mm]、幅4[mm]の円環状部材が、この順序で端縁3cから外周側に向って連続して一体化されたものであった。
【0072】
そして、実施例1と同様にして、溶射膜2を形成して、溶射部材10を得た。さらに、この溶射部材10を実施例1と同様に切断したうえで、同様に厚さtp,tqを測定した。
【0073】
実施例2~5において、厚さtpの最大値及び厚さtqの最小値は以下の表1に示すとおりであり、これらの差は0.1[μm]から0.7[μm]であり、加工を施さなくてもよい程度に均厚化が図られていることが分かった。
【0074】
(比較例1~3)
比較例1~3においては、基材1及び溶射粒子として、実施例1と同じものを用意した。一方、マスク3として、実施例1と同じ材質からなり、内径及び外径が同じ円環状ではあるがその断面形状が異なるものを用意した。
【0075】
具体的には、比較例1においては、マスク3は、端縁3cの厚さは0[mm]であり、端縁3c側から溶射膜形成領域Sとは反対側の外周側に向って厚さが連続的に増加する遷移部分を有し、マスク3の表面3aのうち遷移部分を構成する部分が、裏面3bに対して傾斜角度θが45度で傾斜した傾斜面を有していた。傾斜面の平均表面粗さRaは0.1[μm]であった。比較例2においては、マスク3は、全体に亘って厚さが5[mm]であった。比較例3においては、マスク3は、厚さ1.0[mm]、幅5[mm]の円環状部材及び厚さ8.0[mm]幅5[mm]の円環状部材が、この順序で端縁3cから外周側に向って連続して一体化されたものであった。
【0076】
そして、実施例1と同様にして、溶射膜2を形成して、溶射部材10を得た。さらに、この溶射部材10を実施例1と同様に切断したうえで、同様に厚さtp,tqを測定した。
【0077】
比較例1~3において、厚さtpの最大値及び厚さtqの最小値は以下の表1に示すとおりであり、これらの差は30[μm]を超えており、溶射膜2の厚さtは均一化が図られておらず、研磨加工などを施す必要があることが分かった。これは、マスク3の表面3aの傾斜角度が急峻であったこと、マスク3の厚さが厚すぎたこと、マスク3の端縁3cからの肉薄部の距離が短すぎたことにより、溶射フレームのガス流が乱れ、膜厚差が生じたものと考えられる。
【0078】
【表1】
【符号の説明】
【0079】
1…基材、 1a…表面、 2…溶射膜、 2a…端縁、 2b…溶射膜の表面、 3…マスク、 3a…表面、 3b…裏面、 3c…端縁、 3d…薄端部、 3e…厚外部、 3f…遷移部分、 3g…傾斜面、 3h…凹部、 3i…端面、 3j…面取り部、 10…溶射部材、 P…端部領域、 Q…中心部領域、 S…溶射膜形成領域。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8