(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-25
(45)【発行日】2023-11-02
(54)【発明の名称】ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物およびこれを含む制振材
(51)【国際特許分類】
C09K 3/00 20060101AFI20231026BHJP
F16F 15/00 20060101ALI20231026BHJP
C08L 81/02 20060101ALI20231026BHJP
【FI】
C09K3/00 P
F16F15/00
C08L81/02
(21)【出願番号】P 2022541187
(86)(22)【出願日】2021-07-15
(86)【国際出願番号】 JP2021026619
(87)【国際公開番号】W WO2022030212
(87)【国際公開日】2022-02-10
【審査請求日】2023-01-27
(31)【優先権主張番号】P 2020133844
(32)【優先日】2020-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001100
【氏名又は名称】株式会社クレハ
(74)【代理人】
【識別番号】100106002
【氏名又は名称】正林 真之
(74)【代理人】
【識別番号】100120891
【氏名又は名称】林 一好
(74)【代理人】
【識別番号】100131705
【氏名又は名称】新山 雄一
(72)【発明者】
【氏名】村野 大輔
(72)【発明者】
【氏名】目代 晴紀
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 義紀
【審査官】西山 義之
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-176658(JP,A)
【文献】特開昭63-30561(JP,A)
【文献】特開昭63-33427(JP,A)
【文献】国際公開第2017/069109(WO,A1)
【文献】特開2011-173353(JP,A)
【文献】特開2014-108963(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
F16F 15/00
C09K 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリパラフェニレンスルフィドと、
ポリメタフェニレンスルフィドと、
を含む、ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物
を含む、制振材。
【請求項2】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物において、50℃における損失係数が0.03以上であり、かつ
50℃以上100℃以下における損失係数の平均値が0.06以上である、
請求項1に記載の
制振材。
【請求項3】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物において、前記ポリパラフェニレンスルフィドの質量と、前記ポリメタフェニレンスルフィドの質量との合計に対する、前記ポリメタフェニレンスルフィドの質量の比率が、1質量%以上50質量%以下である、請求項1または2に記載の
制振材。
【請求項4】
前記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物において、前記ポリパラフェニレンスルフィドの質量と、前記ポリメタフェニレンスルフィドの質量との合計に対する、前記ポリメタフェニレンスルフィドの質量の比率が、50質量%より大きく90質量%以下である、請求項1または2に記載の
制振材。
【請求項5】
請求項
1または2に記載の制振材からなる、成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物およびこれを含む制振材に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電気自動車が多く開発されている。電気自動車では、従来の自動車と比較して、駆動時における、より高い車内空間の静粛性が求められる。そこで、車内空間の静粛性の向上を目的に、車内の各部材の制振化が検討されている。
【0003】
ここで、ポリフェニレンスルフィド(以下、「PPS」とも称する)は、耐熱性や耐薬品性に優れることから、自動車用部材の材料として多く利用されている。そこで、PPSを上記制振材として使用することが考えられる。しかしながら、PPSは、比較的高い温度(例えば100℃超)で高い損失係数を示すものの、100℃以下では低い損失係数を示す。そのため、100℃以下の環境において、PPSを制振材とすることは難しい、という課題があった。
【0004】
一方、PPSの加工性や耐熱性、寸法安定性をさらに高めることを目的として、PPSに、熱可塑性樹脂やエラストマー樹脂を添加する方法が各種提案されている(例えば特許文献1および特許文献2)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-147960号公報
【文献】特開2018-35230号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1や特許文献2のように、PPSと、熱可塑性樹脂やエラストマー樹脂と、を混合したとしても、樹脂組成物の100℃以下における損失係数を高めることは難しい。このため、依然として、100℃以下において高い制振性を示す樹脂組成物の提供が求められている。
【0007】
本発明は、上記課題を鑑みてなされたものであり、50℃以上100℃以下において高い損失係数を示すポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、およびこれを含む制振材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明は、以下のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を提供する。
ポリパラフェニレンスルフィドと、ポリメタフェニレンスルフィドと、を含む、ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物。
【0009】
本発明は、以下の制振材も提供する。
上記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物を含む、制振材。
【0010】
本発明は、以下の成形品も提供する。
上記ポリフェニレンスルフィド樹脂組成物、または上記制振材からなる、成形品。
【発明の効果】
【0011】
本発明のポリフェニレンスルフィド樹脂組成物は、50℃以上100℃以下において、高い損失係数を示す。したがって、当該温度範囲の環境下で、制振材として使用可能である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本明細書において、「~」で示す数値範囲は、「~」の前後に記載された数値を含む数値範囲を意味する。
【0013】
本発明は、制振材等として使用可能なポリフェニレンスルフィド樹脂組成物(以下、単に「樹脂組成物」とも称する)に関する。ただし、当該樹脂組成物の用途は、当該用途に限定されない。
【0014】
本明細書における損失係数は、樹脂や樹脂組成物の貯蔵弾性率(E’)に対する損失弾性率(E”)である。具体的には、損失係数は、損失弾性率(E”)/貯蔵弾性率(E’)で表される値である。損失係数は、樹脂や樹脂組成物が変形する際の樹脂のエネルギー吸収量を表す値である。つまり、損失係数が高いほど、制振性が高いといえる。
【0015】
本発明者らの鋭意検討により、樹脂組成物が、ポリパラフェニレンスルフィド(以下、「p-PPS」とも称する)と、ポリメタフェニレンスルフィド(以下、「m-PPS」とも称する)とを組み合わせて含むと、樹脂組成物が、50℃以上100℃以下において高い損失係数を示すことが明らかとなった。その理由は、以下のように考えられる。
【0016】
p-PPSは、比較的結晶性の高い構造を有する。そのため、p-PPSは、耐熱性や成形性等に優れるが、柔軟性は低い。一方、m-PPSは、比較的柔軟であるが、成形性等が低い。このようなp-PPSとm-PPSとが共存すると、互いに構造が近いことから、p-PPSの結晶間にm-PPSが容易に入りこむ。その結果、樹脂組成物の損失弾性率が、100℃以下(例えば50℃以上100℃以下)でも高い。また、p-PPSと、m-PPSとの構造が近いため、p-PPS由来の耐熱性や成形性を大きく損なうことなく、樹脂組成物が上記温度において高い損失係数を示す。
【0017】
以下、p-PPSおよびm-PPSについて、詳しく説明する。
【0018】
(1)ポリパラフェニレンスルフィド(p-PPS)
p-PPSは、下記式(1)で表される構造単位を含む樹脂である。
【化1】
【0019】
p-PPSは、所望する効果を損なわない範囲において、上記式(1)で表される構造単位以外の構造単位を、一部に含んでいてもよい。p-PPSは、一般的に、p-PPS一分子の質量に対して、上記式(1)で表される構造単位を99質量%以上含む。
【0020】
p-PPSの重量平均分子量は、1000以上100000以下が好ましい。p-PPSの重量平均分子量が1000以上であると、樹脂組成物から得られる成形体(例えば制振材)の強度が高い。p-PPSの重量平均分子量が100000以下であると、樹脂組成物の成形性が特に良好である。p-PPSの重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)によりポリスチレン換算値として測定される値である。重量平均分子量は、具体的には、以下の方法で測定される。p-PPS10mgを、1-クロロナフタレン10gに230℃で溶解させる。得られた溶液を、メンブランフィルターで熱時ろ過し、室温まで冷却する。得られた溶液から分取された2μLの試料を用い、高温GPCにより、カラム温度:250℃、溶媒:1-クロロナフタレン、流速:0.7mL/minの条件で重量平均分子量を測定する。
【0021】
p-PPSのガラス転移温度は、80℃以上100℃以下が好ましい。p-PPSのガラス転移温度が上記範囲内であると、加工性や耐熱性が良好である樹脂組成物を得やすい。
【0022】
p-PPSの融点は、270℃以上300℃以下が好ましい。p-PPSの融点が270℃以上であると、耐熱性が良好な樹脂組成物を得やすい。一方、p-PPSの融点が300℃以下であると、過度に温度を高めることなく、後述のm-PPSと溶融混練できる。p-PPSのガラス転移温度および融点は、示差走査熱量測定(DSC)によって測定できる。具体的には、まず、p-PPSを320℃でプレスして成形した後、得られた成形品を室温まで急冷する。冷却された成形品から、p-PPSを5mg分取する。5mgのp-PPSをアルミパンに封入して測定試料を得る。測定試料を、室温から340℃まで加熱し、その間のDSC曲線を得る。50℃から340℃までの昇温速度は、10℃/分である。得られたDSC曲線から、ガラス転移温度、および融点を求める。
【0023】
上記p-PPSの調製方法は特に制限されない。例えば、パラ位にハロゲンを2つ有するp-ジクロロベンゼンと、アルカリ金属を含有する硫黄源とを、有機アミド溶媒中で重合させる公知の方法によりp-PPSが得られる。p-PPSの調製方法は、当該方法に限定されない。
【0024】
(2)ポリメタフェニレンスルフィド(m-PPS)
m-PPSは、下記式(2)で表される構造単位を含む樹脂である。
【化2】
【0025】
m-PPSは、所望する効果を損なわない範囲において、上記式(2)で表される構造単位以外の構造単位を、一部に含んでいてもよい。m-PPSは、一般的に、m-PPS一分子の質量に対して、上記式(2)で表される構造単位を99質量%以上含む。
【0026】
m-PPSの重量平均分子量は、3000以上9000以下が好ましい。m-PPSの重量平均分子量が3000以上であると、樹脂組成物から得られる成形体(例えば制振材)の強度が高い。m-PPSの重量平均分子量が9000以下であると、m-PPSがp-PPSの結晶の間に入り込みやすい。その結果、100℃以下での損失係数の所望する向上効果を得やすい。上記m-PPSの重量平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィー(GPC)によりポリスチレン換算値として測定される値である。具体的な測定方法は、上述のp-PPSの重量平均分子量の測定方法と同様である。
【0027】
m-PPSのガラス転移温度は、室温以下が好ましい。具体的には、m-PPSのガラス転移温度は、25℃以下であってよく、20℃以下であってよく、15℃以下であってよい。m-PPSのガラス転移温度がこのような温度の範囲内であると、加工性や耐熱性が良好な樹脂組成物を得やすい。
【0028】
m-PPSの融点は、通常観察されない。m-PPSのガラス転移温度および融点は、示差走査熱量測定(DSC)によって測定できる。測定方法は、上述のp-PPSのガラス転移温度や融点の測定方法と同様である。
【0029】
上記m-PPSの調製方法は特に制限されない。例えば、メタ位にハロゲンを2つ有するm-ジクロロベンゼンと、アルカリ金属を含有する硫黄源とを、有機アミド溶媒中で重合させる公知の方法によりm-PPSが得られる。ただし、m-PPSの調製方法は、当該方法に限定されない。
【0030】
(3)樹脂組成物の物性
上記の樹脂組成物は、所望する効果が損なわれない範囲で、上述のp-PPSおよびm-PPSとともに、他の成分を含んでいてもよい。ただし、p-PPSおよびm-PPSの合計量は、樹脂組成物の全質量に対して20質量%以上が好ましく、40質量%以上がさらに好ましい。
【0031】
他の成分としては、典型的にはp-PPSおよびm-PPS以外の熱可塑性樹脂が挙げられる。
他の樹脂が熱可塑性樹脂である場合の好適な例としては、ポリアセタール樹脂、ポリアミド樹脂、ポリカーボネート樹脂、ポリエステル樹脂(ポリブチレンテレフタレート、ポリエチレンテレフタレート、ポリアリレート樹脂、液晶ポリエステル樹脂等)、FR-AS樹脂、FR-ABS樹脂、AS樹脂、ABS樹脂、ポリフェニレンオキサイド樹脂、p-PPSおよびm-PPS以外のポリアリーレンスルフィド樹脂、ポリスルホン樹脂、ポリエーテルスルホン樹脂、ポリエーテルエーテルケトン樹脂、フッ素系樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂、ポリアミドビスマレイミド樹脂、ポリエーテルイミド樹脂、ポリベンゾオキサゾール樹脂、ポリベンゾチアゾール樹脂、ポリベンゾイミダゾール樹脂、BT樹脂、ポリメチルペンテン、超高分子量ポリエチレン、FR-ポリプロピレン、およびポリスチレン等が挙げられる。
【0032】
上記の他の樹脂の中では、p-PPSおよびm-PPSとの混合の容易性と樹脂組成物の制振性の点で、p-PPSおよびm-PPS以外のポリアリーレンスルフィド樹脂が好ましい。p-PPSおよびm-PPS以外のポリアリーレンスルフィド樹脂の中では、樹脂組成物の精神性の点で、ハロゲン化ポリフェニレンスルフィド樹脂が好ましい。ハロゲン化ポリフェニレンスルフィド樹脂は、ハロゲン化ベンゼンと、アルカリ金属硫化物との重縮合体である。ハロゲン化ベンゼンは、ジハロベンゼンおよび/またはトリハロベンゼンである。ハロゲン化ベンゼンの質量に対するトリハロベンゼンの質量の比率が50質量%以上である。
ハロゲン化ベンゼンは、フッ素原子、塩素原子、臭素原子、およびヨウ素原子からなる群より選択される1種~3種のハロゲン原子を有する。
ハロゲン化ベンゼンにおけるハロゲン原子としては、ハロゲン化ハロベンゼンの重縮合の反応性や、ハロゲン化ハロベンゼンの入手の容易性の点から塩素原子が好ましい。つまり、ハロゲン化ベンゼンとしては、ジクロロベンゼン、およびトリクロロベンゼンが好ましい。
【0033】
ハロゲン化ポリフェニレンスルフィド樹脂について、ハロフェニレン基またはフェニレン基と硫黄原子とが交互に連なって結合した直鎖型のポリマーには限定されない。典型的には、ハロゲン化ポリフェニレンスルフィド樹脂は、トリハロベンゼンが有する3つのハロゲン原子の全てがアルカリ金属硫化物と反応した分岐構造を分子鎖中に含む。
【0034】
トリハロベンゼンの好適な具体例としては、1,2,3-トリクロロベンゼン、1,2,4-トリクロロベンゼン、および1,3,5-トリクロロベンゼンが挙げられる。これらの中では、重縮合の反応性の点で1,2,4-トリクロロベンゼンが好ましい。このため、トリハロベンゼンが、1,2,4-トリクロロベンゼンを含むのが好ましく、トリハロベンゼンの全量が1,2,4-トリクロロベンゼンであるのがより好ましい。
トリハロベンゼンが1,2,4-トリクロロベンゼンを含む場合の、トリハロベンゼンの質量に対する1,2,4-トリクロロベンゼンの質量の比率は70質量%以上が好ましく、80質量%以上がより好ましく、90質量%以上がさらに好ましく、95質量%以上がさらにより好ましく、100質量%が最も好ましい。
【0035】
ジハロベンゼンの好適な具体例としては、p-ジクロロベンゼン、m-ジクロロベンゼン、およびo-ジクロロベンゼンが挙げられる。これらの中では、入手が容易で安価であることや、得られるハロゲン化ポリフェニレンスルフィド樹脂の、成形加工性や機械的特定が良好であること等から、p-ジクロロベンゼンが好ましい。
なお、製造方法によっては、トリハロベンゼンが、不純物としてジハロベンゼンを含む場合がある。このような、ジハロベンゼンを不純物として含むトリハロベンゼンを、ハロゲン化ポリフェニレンスルフィドの原料として好ましく用いることができる。
この場合、ジハロベンゼンを不純物として含むトリハロベンゼンにおける、トリハロベンゼンの純度が90質量%以上99.9質量%以下であり、ジハロベンゼンの含有量が0.1質量%以上10%以下であるのが好ましく、トリハロベンゼンの純度が95質量%以上99.9質量%以下であり、ジハロベンゼンの含有量が0.1質量%以上95%以下であるのがより好ましい。
【0036】
制振性能が良好である点で、ハロゲン化ポリフェニレンスルフィド樹脂の製造に使用される、トリクロロベンゼンの質量とジクロロベンゼンの質量との合計に対する、トリクロロベンゼンの質量の比率は、70質量%以上が好ましく、90質量%以上がより好ましく、100質量がさらに好ましい。
【0037】
アルカリ金属硫化物としては、例えば、硫化リチウム、硫化ナトリウム、硫化カリウム、硫化ルビジウム、および硫化セシウムが挙げられる。これらの中では、硫化ナトリウム、および硫化カリウムが好ましく、硫化ナトリウムがより好ましい。硫黄源としてのアルカリ金属硫化物は、例えば、水性スラリーおよび水溶液のいずれかの状態で扱うこともできる。
【0038】
ハロゲン化ベンゼンと、アルカリ金属硫化物との重縮合反応の方法は特に限定されず、従来知られるポリアリーレンスルフィドの製造方法と同様の方法を適宜採用できる。
好ましい方法としては、ハロゲン化ベンゼンとアルカリ金属硫化物とを、溶媒の存在下に加熱して重合させる方法が挙げられる。
【0039】
樹脂組成物中における、p-PPSおよびm-PPSの含有比率(質量比)は、所望の物性に応じて適宜選択される。m-PPSの含有割合が増加すると、樹脂組成物の50℃における損失係数や、50~100℃における損失係数が増加する傾向がある。一方で、p-PPSの含有割合が増加すると、樹脂組成物の成形性が良好になる傾向がある。
【0040】
例えば、樹脂組成物に高い成形性が要求される場合、p-PPSおよびm-PPSの合計量に対して、m-PPSの量を1質量%以上50質量%以下とすることが好ましい。m-PPSの量は、3質量%以上40質量%以下がより好ましく、5質量%以上30質量%以下がさらに好ましい。
【0041】
樹脂組成物に、高い制振性が要求される場合には、p-PPSおよびm-PPSの合計量に対して、m-PPSの量を50質量%超90質量%以下とすることが好ましい。m-PPSの量は、55質量%以上85質量%以下がより好ましく、60質量%以上80質量%以下がさらに好ましい。
【0042】
p-PPSおよびm-PPSの含有比率(質量比)は、仕込み量から特定してもよい。なお、樹脂組成物がp-PPSおよびm-PPSを含むか否かは、樹脂組成物のガラス転移温度を、p-PPS単体のガラス転移温度、またはm-PPS単体のガラス転移温度と比較すること等によって判断できる。
【0043】
樹脂組成物の50℃における損失係数は、0.03以上が好ましい。50℃における損失係数が0.03以上であると、樹脂組成物が50℃程度においても十分な制振性を有する。したがって、50℃における0.03以上損失係数を示す樹脂組成物は、50℃程度の環境下で使用される制振材にも適用可能である。
【0044】
また、50℃から100℃までの損失係数の平均値は、0.06以上が好ましい。50℃から100℃までの損失係数の平均値が0.06以上であると、当該範囲において、十分に高い制振性を示す。なお、50℃から100℃までの損失係数の平均値は、50℃、60℃、70℃、80℃、90℃、および100℃での6つの損失係数の値の平均値である。
【0045】
損失係数は以下のように算出できる。まず、樹脂組成物を圧縮成形し、厚さ1mmのプレスシートを得る。具体的には、320℃、1分間、5MPaの条件での圧縮に次いで、150℃、3分間、10MPaの条件での圧縮を行い、プレスシートが得られる。圧縮成形によって得られたプレスシートから、10mm×5mm×1mmの短冊状の試料を切り出す。そして、短冊状の試料を150℃で1時間アニール処理する。当該シートについて、動的粘弾性測定装置により、引張モードで、20℃から240℃まで昇温速度2℃/分で温度変化させながら、周波数10Hzで10℃毎の貯蔵弾性率(E’)および損失弾性率(E”)を測定する。そして、50℃における貯蔵弾性率(E’)および損失弾性率(E”)に基づき、50℃における損失係数を求める。また、50℃、60℃、70℃、80℃、90、および100℃の計6点での損失係数の平均値を算出する。
【0046】
(4)樹脂組成物の調製方法
樹脂組成物の調製方法は、p-PPSおよびm-PPSを所望の比率で含む樹脂組成物を調製できる方法であれば特に限定されない。樹脂組成物の調製方法としては、p-PPSおよびm-PPSと、必要に応じてその他の材料とを、溶融混練等によって十分に混合する方法が挙げられる。
【0047】
溶融混錬による混合方法は特に制限されない。まず、p-PPSおよびm-PPSと、必要に応じて他の材料とをヘンシェルミキサーやタンブラー等の混合機により予備混合する。予備混合された混合物を、1軸または2軸の押出機を使用して混練し、押し出して所望の形状に成形する。樹脂組成物の形状は、例えばペレット状やシート状等である。に成形してもよい。また、p-PPSまたはm-PPSの一部をマスターバッチとしてから残りの成分と混合し、混練してもよい。さらに、p-PPSおよびm-PPSの分散性を高めるため、p-PPSおよびm-PPSを調製後、これらを粉砕して所望の粒径としてから、混合したり溶融混練したりしてもよい。
【0048】
溶融混練時の温度は、280℃以上320℃以下が好ましく、300℃以上320℃以下がより好ましい。溶融混練時の温度が280℃以上であると、p-PPSおよびm-PPSが、それぞれ十分に溶融し、両者が容易に均一に混合される。溶融混練時の温度が320℃以下であると、p-PPSおよびm-PPSの分解を抑制しながら、両者を混練できる。
【0049】
(5)樹脂組成物の用途
上述のように、上記の樹脂組成物は、制振材として好適に用いることができる。制振材は、上記樹脂組成物を含んでいればよい。ただし、制振材の強度を高めたり、成形性を高めたりするために、制振材としての樹脂組成物にフィラーを混合してもよい。また、制振材は、必要に応じて各種添加剤等を含んでいてもよい。
【0050】
フィラーの例としては、ガラス繊維、炭素繊維、炭化ケイ素繊維、シリカ繊維、アルミナ繊維、ジルコニア繊維、およびアラミド繊維等の繊維状充填材、チタン酸カリウムウィスカ、ケイ酸カルシウムウィスカ(ウオラストナイト)、硫酸カルシウムウィスカ、カーボンウィスカ、およびボロンウィスカ等のウィスカ、タルク、マイカ、カオリン、クレイ、ガラス、炭酸マグネシウム、リン酸マグネシウム、炭酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、硫酸カルシウム、リン酸カルシウム、酸化ケイ素、酸化アルミニウム、酸化チタン、酸化鉄(含フェライト)、酸化銅、ジルコニア、酸化亜鉛、炭化ケイ素、炭素、黒鉛、窒化ホウ素、二硫化モリブデン、およびケイ素等の粉末無機充填剤等が挙げられる。制振材は、フィラーを1種のみ含んでいてもよく、2種以上含んでいてもよい。
【0051】
フィラーの形状は特に制限されず、球状であってもよく、板状であってもよく、繊維状等であってもよい。粒径、繊維径、繊維長等のフィラーの寸法は、制振材の用途や、必要とされる強度等に応じて適宜選択される。
【0052】
フィラーの量は、上記樹脂組成物の量100質量部に対して0.1質量部以上400質量部以下が好ましく、1質量部以上300質量部以下がより好ましい。フィラーの量が0.1質量部以上であると、制振材の強度や成形性を高めることができる。一方で、フィラーの量が400質量部以下であると、上記樹脂組成物由来の性能(例えば制振性等)が失われ難い。
【0053】
フィラーと樹脂組成物とを混合する制振材は、例えば上記樹脂組成物と、フィラーとを溶融混練等によって混練して調製できる。
【0054】
(6)成形品
以上説明した樹脂組成物、または制振材は、適切な方法により種々の形状の成形品とされ好適に使用される。
【0055】
樹脂組成物、または制振材は、典型的には、プレス成形、押出成形、射出成形のような常法により成形品に成形される。
【0056】
成形品の用途は特に限定されない。成形品の用途の具体例としては、自動車および二輪車等の車両、船舶、鉄道、航空機のような輸送機における振動が発生する装置の部品、または当該装置の周辺部品;前述の輸送機における、座席または座席の周辺部品や、操縦装置等の振動の低減が望まれる装置の部品;各種家電機器部品;OA機器部品;建築材料;工作機械部品;産業機械部品が挙げられる。
以上説明した用途の中でも、成形品の用途としては、自動車等の内燃機関を備える輸送機におけるクーラント循環装置の部品が挙げられる。かかるクーラント循環装置の部品としては、ポンプ筐体やクーラント循環用のパイプ等が挙げられる。
成形品を上記の用途に用いることにより、各種製品の制振化を図ることができる。
【実施例】
【0057】
以下において、実施例を参照して本発明をより詳細に説明する。これらの実施例によって、本発明の範囲は限定して解釈されない。
【0058】
[調製例1]
撹拌機付の容量1Lオートクレーブに、硫化ナトリウム78.0g、水酸化ナトリウム2.5g、N―メチル-2-ピロリドン(NMP)374.8g、イオン交換水27.0g、および1,2,4-トリクロロベンゼン195.4g(純度99.8質量%)を仕込んだ。次いで、オートクレーブ内を窒素ガス雰囲気に置換した後、オートクレーブを密封した。その後、オートクレーブ内の反応液を撹拌しながら、反応液を240℃まで約30分かけて徐々に加熱した。240℃を2時間保持して重縮合反応を行った後、反応液を室温近くまで冷却した。
オートクレーブの内容物を取り出した後、オートクレーブの内容物に3質量%の純水を含むアセトン1Lを加えて、室温にて30分間撹拌して洗浄した。洗浄された固形分(粗製品)をろ過により回収した後、前述のアセトンによる洗浄操作を2回繰り返した。
アセトンで洗浄された固形分を、室温にて純水1L中で30分間撹拌して洗浄した後、ろ過により回収した。回収された固形分に対して、前述の純水による洗浄操作を3回繰り返した後、ろ過により回収された固形分を120℃で4時間乾燥させて、精製されたハロゲン化ポリフェニレンスルフィド樹脂として、トリクロロベンゼンと硫化ナトリウムとの重縮合物を得た。調製例1で得た、ハロゲン化ポリフェニレンスルフィド樹脂について、Cl-PPSとも記す。
得られたCl-PPSの重量平均分子量(Mw)は、3500であった。
上記重量平均分子量(Mw)は、前述の方法に従って測定した。
【0059】
[実施例1~6]
(1)m-PPSの調製
撹拌機付の1Lオートクレーブに、硫化ナトリウム78.0g、水酸化ナトリウム2.5g、N―メチルー2-ピロリドン(NMP)374.8g、イオン交換水27.0g、および1,3-ジクロロベンゼン149.9gを仕込んだ。当該オートクレーブを窒素ガス下で密封し、撹拌しながら240℃まで約30分かけて徐々に加熱し、2時間保持した。その後、室温近くまで冷却した内容物を取り出した。そして、当該内容物に3質量%純水含有のアセトン1Lを加え、室温で30分撹拌した。続いて、固形物をろ別する操作を3回行った後、さらに純水を1L加え、室温で30分撹拌後にろ別する操作を1回行った。さらに0.18質量%酢酸水溶液を1L加え、室温で30分撹拌後にろ別する操作を1回行った。続いて純水を1L加え、室温で20分間撹拌後に濾別する操作を4回行った。得られた固形物を120℃で4時間熱風乾燥し、m-PPSを得た。得られたm-PPSの重量平均分子量(Mw)は、5000であった。
上記重量平均分子量(Mw)は、前述の方法に従って測定した。
【0060】
(2)溶融混練
実施例1~5では、p-PPS(クレハ社製、W-214A、重量平均分子量:48500)と、上述のm-PPSとを、表1に示す割合でドライブレンドした。なお、p-PPSの重量平均分子量は、m-PPSと同様に測定した。
実施例6では、p-PPS(クレハ社製、W-214A、重量平均分子量:48500)と、上述のm-PPSと、調製例1で得たCl-PPSとを、表1に示す割合でドライブレンドした。
その後、R60(容量60ml)のバレル、およびフルフライトのスクリューを備えたラボプラストミル(東洋精機製作所)を使用して溶融混練した。ラボプラストミルによる溶融混錬は、温度320℃、時間5分、回転数100rpmの条件で行った。得られた樹脂組成物を、320℃で1分間、5MPaで圧縮し、さらに150℃で3分間、10MPaで圧縮して55mm×55mm×1mmのプレスシートを作製した。
【0061】
[比較例1]
p-PPSと溶融混練することなく、上記m-PPSのみをシート状に成形しようとしたが、自立性を有するプレスシートが得られなかった。
【0062】
[比較例2]
p-PPSのみを用いて、実施例1等と同様にプレスシートを作製した。
【0063】
[比較例3]
m-PPSの代わりに、ポリカーボネート(ユーピロンHL-3003、三菱エンジニアリングプラスチックス社製)を使用した以外は、実施例1と同様にプレスシートを作製した。
【0064】
[評価]
得られた樹脂組成物について、損失係数および成形性を、以下の方法で評価した。
【0065】
(1)損失係数
プレスシートから、カッターナイフで10mm×5mm×1mmの短冊状の試料を切り出した。得られた試料を150℃で1時間アニール処理した。当該試料について、引張モードで、20℃から240℃まで昇温速度2℃/分で昇温しながら、周波数10Hzで10℃毎に貯蔵弾性率(E’)および損失弾性率(E”)を測定した。そして、50℃における貯蔵弾性率(E’)および損失弾性率(E”)から、50℃での損失係数を求めた。さらに、50℃、60℃、70℃、80、90℃、および100℃の6点における損失係数の平均値を求めた。結果を表1に示す。
【0066】
(2)成形性
プレスシートの成形性の評価を行った。評価基準は、以下の通りである。
◎:良好
〇:プレスシートを成形可能だが、得られるプレスシートが、曲げにより容易にクラックが発生する程度に脆い
×:成形不可
【0067】
【0068】
上記表1に示されるように、p-PPSと、m-PPSとを含む実施例1~6の樹脂組成物の50℃における損失係数は、比較例2のp-PPS単体の損失係数と比較して、同等以上であった。また、50~100℃における損失係数の平均値について、実施例1~6の樹脂組成物の値が、比較例2のp-PPS単体の値よりも大きかった。一方、比較例1のm-PPS単体を用いると、プレスシートを成形できず、また損失係数を測定できなかった。また、ポリm-フェニレンスルフィドの量が多くなると、損失係数は大きくなりやすかったが、成形性が低下する傾向がみられた。また、m-PPSの代わりにポリカーボネートを用いた比較例3の樹脂組成物について、50℃における損失係数が低く、さらに50~100℃における損失係数平均値も低かった。