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特許7373924撥水処理剤、撥水処理体、電気接続構造、およびワイヤーハーネス
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  • 特許-撥水処理剤、撥水処理体、電気接続構造、およびワイヤーハーネス 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2023-10-26
(45)【発行日】2023-11-06
(54)【発明の名称】撥水処理剤、撥水処理体、電気接続構造、およびワイヤーハーネス
(51)【国際特許分類】
   C09K 3/18 20060101AFI20231027BHJP
   H01R 13/03 20060101ALI20231027BHJP
   H01B 7/00 20060101ALI20231027BHJP
   H01B 7/285 20060101ALI20231027BHJP
【FI】
C09K3/18 101
H01R13/03 Z
H01B7/00 301
H01B7/00 306
H01B7/285
【請求項の数】 15
(21)【出願番号】P 2019114816
(22)【出願日】2019-06-20
(65)【公開番号】P2021001256
(43)【公開日】2021-01-07
【審査請求日】2022-05-13
(73)【特許権者】
【識別番号】395011665
【氏名又は名称】株式会社オートネットワーク技術研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000183406
【氏名又は名称】住友電装株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145342
【氏名又は名称】国立大学法人九州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002158
【氏名又は名称】弁理士法人上野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】鴛海 直之
(72)【発明者】
【氏名】細川 武広
(72)【発明者】
【氏名】溝口 誠
【審査官】井上 恵理
(56)【参考文献】
【文献】特表2009-513808(JP,A)
【文献】特開2007-182527(JP,A)
【文献】特開2017-160312(JP,A)
【文献】特開2012-188565(JP,A)
【文献】特開2018-135469(JP,A)
【文献】国際公開第2017/154585(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0296409(US,A1)
【文献】特表2008-508403(JP,A)
【文献】特開2002-038102(JP,A)
【文献】特開昭55-048260(JP,A)
【文献】特開2014-157786(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 3/18
C09D 1/00-201/10
C08K 3/00- 13/08
C08L 1/00-101/14
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
成分Aとして、疎水化処理されたシリカ粒子と、
成分Bとして、いずれも酸変性を受けていないメタクリル酸メチルポリマー、ポリスチレン、ポリカーボネートより選択される1種または2種以上の、ガラス転移温度が100℃以上の樹脂と、
成分Cとして、酸変性樹脂と、
成分Dとして、有機溶剤と、を含有し、
前記成分Bと前記成分Cの質量比B:Cが、95:5から50:50の範囲にある、撥水処理剤。
【請求項2】
前記成分Cは、酸変性されたエラストマーを含有する、請求項1に記載の撥水処理剤。
【請求項3】
前記成分Cは、マレイン酸変性樹脂である、請求項1または請求項2に記載の撥水処理剤。
【請求項4】
前記成分Aのシリカ粒子の平均粒径は、100nm以下である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の撥水処理剤。
【請求項5】
前記成分Aの含有量が、0.1質量%以上、10質量%以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の撥水処理剤。
【請求項6】
前記成分Aと、前記成分Bおよび前記成分Cの合計との質量比A:(B+C)が、90:10から30:70の範囲にある、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の撥水処理剤。
【請求項7】
フッ素原子を含む物質を含有していない、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の撥水処理剤。
【請求項8】
アルコキシシランを含有していない、請求項1から請求項7のいずれか1項に記載の撥水処理剤。
【請求項9】
前記成分Dの有機溶剤の沸点が、150℃以下である、請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の撥水処理剤。
【請求項10】
基材と、
前記基材の表面に、請求項1から請求項9のいずれか1項に記載の撥水処理剤が配置された撥水処理層と、を有する撥水処理体。
【請求項11】
前記撥水処理層において、前記成分Dは揮発している、請求項10に記載の撥水処理体。
【請求項12】
前記基材は、樹脂材料または金属を表面に有している、請求項10または請求項11に記載の撥水処理体。
【請求項13】
請求項10から請求項12のいずれか1項に記載の撥水処理体を含み、他の電気接続部材との間に電気的接続を形成することができる、電気接続構造。
【請求項14】
前記電気接続構造は、金属材料を表面に有する接続端子と、前記接続端子を収容し、樹脂材料を表面に有するコネクタハウジングとを有するコネクタとして構成され、
前記接続端子の前記金属材料の表面、および前記コネクタハウジングの前記樹脂材料の表面の少なくとも一方に、前記撥水処理層を有する、請求項13に記載の電気接続構造。
【請求項15】
請求項13または請求項14に記載の電気接続構造を有する、ワイヤーハーネス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、撥水処理剤、撥水処理体、電気接続構造、およびワイヤーハーネスに関する。
【背景技術】
【0002】
水や電解質との長期にわたる接触によって影響を受ける可能性がある部材において、表面に撥水処理が施される場合がある。撥水処理剤等を用いて、撥水処理を行っておくことで、水や電解質が、その部材の表面に接触することがあっても、その水や電解質が、長期にわたって部材の表面に残存しにくくなり、水や電解質との長期の接触によって生じる影響を低減することができる。
【0003】
その種の撥水処理剤として、フッ素原子を含む物質を用いたものが公知である。フッ素原子を含む物質は、表面エネルギーを低減する効果に優れ、高い撥水性を付与するものとなる。フッ素原子を含む物質を用いた撥水処理剤は、例えば下記の特許文献1~5に開示されている。特許文献1~3では、撥水処理剤中に、フッ素原子を複数含む化合物が添加されている。特許文献4,5では、撥水処理剤が、フッ素樹脂系粒子を含有している。
【0004】
また、フッ素原子を含む物質を用いない、非フッ素系の撥水処理剤が用いられる場合もある。非フッ素系の撥水処理剤においては、フッ素原子を含む物質による表面エネルギー低減の効果を利用できないため、撥水処理対象の表面に微細な凹凸を付与し、凹凸による水接触角の増大を利用して、撥水性を発現するものが多い。その種の非フッ素系撥水処理剤は、例えば下記の特許文献6~10に開示されている。特許文献6~10では、撥水処理剤が重合性化合物を含み、その重合を経て、撥水性の膜構造を撥水処理対象面に形成している。特許文献6では、重合性化合物自体によって、また、特許文献7~10では、重合性化合物に混合した微粒子によって、撥水処理対象面に凹凸構造を付与している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-204463号公報
【文献】特開2015-187220号公報
【文献】特開2009-263486号公報
【文献】特開2011-140625号公報
【文献】特開2016-166308号公報
【文献】特開2017-066325号公報
【文献】特開2008-101197号公報
【文献】特開2002-114941号公報
【文献】特開2010-121021号公報
【文献】特開2018-135469号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記のように、フッ素原子を含む物質を用いることで、撥水性に優れた撥水処理剤が得られるが、フッ素原子を含む物質は、環境に影響を与える可能性がある。一方、非フッ素系撥水処理剤においては、多くの場合、凹凸構造を有する安定な撥水処理層を撥水処理対象面に形成するためには、撥水処理剤を液状で塗布した後に、重合反応等の反応過程を経る必要があり、撥水処理の工程が煩雑になってしまう。また、撥水処理剤の塗布後に重合反応を経て形成されるポリマーの多くは、高温で変形を起こしやすく、形成された撥水処理層の耐熱性を高めることが難しい。
【0007】
そこで、フッ素原子を含む物質を用いなくても、高い撥水性を示し、かつ高い耐熱性を有する撥水処理層を簡便に形成することができる撥水処理剤、またそのような撥水処理剤を用いて形成される撥水処理層を有する撥水処理体、電気接続構造、およびワイヤーハーネスを提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示の撥水処理剤は、成分Aとして、疎水化処理されたシリカ粒子と、成分Bとして、ガラス転移温度が100℃以上の樹脂と、成分Cとして、酸変性樹脂と、成分Dとして、有機溶剤と、を含有し、前記成分Bと前記成分Cの質量比B:Cが、95:5から50:50の範囲にある。
【発明の効果】
【0009】
本開示にかかる撥水処理剤は、フッ素原子を含む物質を用いなくても、高い撥水性を示し、かつ高い耐熱性を有する撥水処理層を簡便に形成できるものとなる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本開示の一実施形態にかかる撥水処理体の表面の構成を説明する断面図である。
図2図2は、本開示の一実施形態にかかる電気接続構造の一例として、コネクタの概略を示す断面図である。
図3図3は、本開示の一実施形態にかかるワイヤーハーネスの概略を示す側面図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
[本開示の実施形態の説明]
最初に本開示の実施形態を列記して説明する。本開示にかかる撥水処理剤は、成分Aとして、疎水化処理されたシリカ粒子と、成分Bとして、ガラス転移温度が100℃以上の樹脂と、成分Cとして、酸変性樹脂と、成分Dとして、有機溶剤と、を含有し、前記成分Bと前記成分Cの質量比B:Cが、95:5から50:50の範囲にある。
【0012】
上記撥水処理剤は、撥水処理対象面に塗布等によって配置することで、撥水処理層を形成することができる。撥水処理層は、樹脂材料である成分Bおよび成分Cを含む樹脂膜の中に、成分Aの疎水化処理されたシリカ粒子が分散され、撥水処理対象面に固定されたものとなる。疎水化処理されたシリカ粒子が、撥水処理層の表面に、微細な凹凸構造を形成することにより、撥水処理層は、高い撥水性を示すものとなる。樹脂材料は、すでにポリマーとなった形で、成分Dの有機溶剤に分散または溶解されて、撥水処理剤に含有されており、重合等の化学反応を経ることなく、有機溶剤を揮発させるだけで、固形状の撥水処理層を形成することができる。よって、撥水処理対象面における撥水処理を、簡便に行うことができる。
【0013】
また、撥水処理剤に含有される樹脂材料として、高いガラス転移温度を有する成分Bが用いられることにより、高い耐熱性が得られ、形成される撥水処理層において、シリカ粒子が分散され、撥水処理対象面に固定された状態を、高温でも安定に維持することができる。さらに、成分Cとして、酸変性樹脂が、成分Bとともに撥水処理剤に含有されることにより、形成された撥水処理層の、撥水処理対象面への接着性を高めることができる。前記成分Bと前記成分Cの質量比B:Cが、95:5から50:50となっていることにより、形成された撥水処理層において、高い耐熱性と接着性を両立することができる。このように、上記成分Aおよび成分Dに加え、成分Bと成分Cを所定の比率で含有する撥水処理剤とすることで、フッ素原子を含む物質を用いなくても、高い撥水性と耐熱性を示し、さらに接着性にも優れた撥水処理層を、撥水処理対象面に簡便に形成することができる。
【0014】
ここで、前記成分Cは、酸変性されたエラストマーを含有するとよい。すると、成分Cの柔軟性により、撥水処理剤によって形成される撥水処理層が、撥水対象面に対して、特に高い密着性を示すものとなる。
【0015】
前記成分Cは、マレイン酸変性樹脂であるとよい。マレイン酸変性樹脂は、酸変性樹脂として比較的入手しやすく、撥水処理剤に高い密着性を付与するものとなる。
【0016】
前記成分Aのシリカ粒子の平均粒径は、100nm以下であるとよい。すると、形成される撥水処理層において、シリカ粒子が撥水処理対象面に安定に固定され、高い撥水性を示す状態が維持されやすくなる。
【0017】
前記成分Aの含有量が、0.1質量%以上、10質量%以下であるとよい。すると、撥水処理剤において、成分Aが十分な量で含有されることにより、確実な撥水効果が発揮されやすくなる。また、多量の成分Aを含有しないことで、撥水処理剤の粘性を抑えるとともに、撥水処理剤の材料コストを抑制することができる。
【0018】
前記成分Aと、前記成分Bおよび前記成分Cの合計との質量比A:(B+C)が、90:10から30:70の範囲にあるとよい。すると、樹脂成分に対して、成分Aのシリカ粒子が、十分な量で含有されることにより、撥水処理剤で形成された撥水処理層の表面に、凹凸構造が十分に形成され、高い撥水性が発揮されやすくなる。一方、成分Aのシリカ粒子が樹脂成分に対して過剰に含有されないことにより、シリカ粒子が、撥水処理層から脱落することなく、樹脂材料によって撥水処理対象の表面に固定された状態が、安定に維持されやすくなる。
【0019】
前記撥水処理剤は、フッ素原子を含む物質を含有していないとよい。撥水処理剤は、上記所定の成分組成を有することにより、特に、成分Aの疎水化処理されたシリカ粒子を含有することにより、フッ素原子を含む物質を含有していなくても、十分に高い撥水性を有する撥水処理層を、撥水処理対象面に形成することができる。撥水処理剤にフッ素原子を含む物質を含有させないことで、撥水処理剤の環境への影響を、抑制することができる。
【0020】
前記撥水処理剤は、アルコキシシランを含有していないとよい。アルコキシシランは、シランカップリング剤として機能し、シラノール基と水酸基の間の反応を経て、成分Aのシリカ粒子を、撥水処理対象面に、強固に固着させるものとなりうる。しかし、本撥水処理剤においては、成分Bおよび成分Cの樹脂材料によって、シリカ粒子を撥水処理対象面に十分に強固に固定できるため、アルコキシシランを含有させる必要がなく、アルコキシシランを用いた化学結合の形成のように煩雑な工程を経ずに、簡便に撥水処理を行うことができる。
【0021】
前記成分Dの有機溶剤の沸点が、150℃以下であるとよい。すると、塗布等によって撥水処理剤を撥水処理対象面に配置した後、成分Dの有機溶剤を、比較的低温で、また短時間で揮発させることができるので、撥水処理における簡便性が高くなる。
【0022】
本開示にかかる撥水処理体は、基材と、前記基材の表面に、上記の撥水処理剤が配置された撥水処理層と、を有する。そのため、撥水処理剤として、フッ素原子を含む物質を用いなくても、高い撥水性を有する撥水処理層を形成し、基材の表面が撥水処理された撥水処理体とすることができる。また、撥水処理層は、高い耐熱性を有するうえ、簡便に形成することができる。
【0023】
ここで、前記撥水処理層において、前記成分Dは揮発しているとよい。成分Bおよび成分Cの樹脂材料を分散または溶解させていた成分Dを揮発させることで、撥水処理層が基材の表面に安定に接着した状態が、簡便に形成される。
【0024】
前記基材は、樹脂材料または金属を表面に有しているとよい。撥水処理層を形成する撥水処理剤が、樹脂材料として成分Bと成分Cを含有していることにより、金属や樹脂材料をはじめとする種々の材質の基材の表面に、高い接着性をもって、撥水処理層を形成することができる。
【0025】
本開示にかかる電気接続構造は、上記の撥水処理体を含み、他の電気接続部材との間に電気的接続を形成することができるものである。電気接続構造においては、水や電解質が表面に接触した状態や、内部に留まった状態が持続すると、電気接続特性に影響を及ぼす可能性があるが、電気接続構造の表面に、上記撥水処理剤を用いた高い撥水性を有する撥水処理層を形成しておくことで、水や電解質が留まりにくくなり、それらの影響を抑制することができる。また、電気接続構造は、通電等により、高温となりやすいが、撥水処理層が高い耐熱性を有することで、そのように高い撥水性を発揮する状態を、高温環境を経ても維持することができる。
【0026】
ここで、前記電気接続構造は、金属材料を表面に有する接続端子と、前記接続端子を収容し、樹脂材料を表面に有するコネクタハウジングとを有するコネクタとして構成され、前記接続端子の前記金属材料の表面、および前記コネクタハウジングの前記樹脂材料の表面の少なくとも一方に、前記撥水処理層を有するとよい。すると、水や電解質が、コネクタハウジングや接続端子に接触することがあっても、その接触した状態には、留まりにくくなる。すると、水や電解質との長期間の接触により、接続端子を構成する金属材料の腐食等が生じ、コネクタの電気接続特性に影響を与えるのを、効果的に抑制することができる。
【0027】
本開示にかかるワイヤーハーネスは、上記の電気接続構造を有するものである。端末のコネクタ部等、ワイヤーハーネスに含まれる電気接続構造が、上記撥水処理剤によって撥水処理されていることにより、高い撥水性が付与され、それら電気接続構造が水や電解質に接触することがあっても、金属材料の腐食等の影響を小さく抑えることができる。また、撥水処理層が高い耐熱性を有することにより、ワイヤーハーネスの電気接続構造が高温環境に置かれることがあっても、その高い撥水性が維持されやすい。よって、水や電解質との接触や高温環境が想定される自動車等の用途に、ワイヤーハーネスを好適に使用することができる。
【0028】
[本開示の実施形態の詳細]
以下に、本開示の実施形態について、図面を用いて詳細に説明する。本開示の実施形態にかかる撥水処理剤を用いて、本開示の実施形態にかかる撥水処理体および電気接続構造を形成することができる。また、そのような電気接続構造を含んで、本開示の実施形態にかかるワイヤーハーネスを構成することができる。
【0029】
<撥水処理剤>
まず、本開示の一実施形態にかかる撥水処理剤について説明する。本開示の一実施形態にかかる撥水処理剤は、以下の成分A~成分Dを含有する組成物として構成される。
・成分A:疎水化処理されたシリカ粒子
・成分B:ガラス転移温度が100℃以上の樹脂
・成分C:酸変性樹脂
・成分D:有機溶剤
成分Bと成分Cの質量比B:Cは、95:5から50:50の範囲にある。なお、質量比の範囲には、比率が上限および下限に一致する場合も含むものとする。以下でも、本明細書における比率の記載に関しては、同様とする。
【0030】
上記成分A~Dを含有する撥水処理剤を、塗布等によって撥水処理対象面に配置すると、揮発等による成分Dの有機溶剤の除去を経て、撥水処理対象の表面に、撥水性を有する撥水処理層を形成することができる。撥水処理層においては、樹脂材料である成分Bおよび成分Cの混合物の膜構造の中に、成分Aのシリカ粒子が分散された状態となる(図1参照)。以下、各成分について説明する。
【0031】
(a)成分A:疎水化処理されたシリカ粒子
成分Aは、撥水処理剤に撥水性を付与する成分である。シリカ粒子が疎水化処理されていることにより、シリカ粒子自体、またシリカ粒子を含有する撥水処理剤が、撥水性を示すものとなる。さらに、撥水処理剤を用いて撥水処理対象面に撥水処理層を形成すると、撥水処理層の表面に、シリカ粒子の粒子形状に由来する微細な凹凸構造が形成されることになる(図1参照)。この凹凸構造が存在することで、撥水処理層の表面における水の接触角が大きくなり、撥水処理層表面の撥水性が高められる。つまり、シリカ粒子は、疎水化処理されていることに加え、凹凸構造を形成することによっても、撥水性を発揮するものとなる。
【0032】
シリカ粒子の表面の疎水化処理は、炭化水素基等、疎水性の官能基を、シリカ粒子の表面に結合させることによって行えばよい。疎水性官能基としては、メチル基、エチル基、プロピル基、ブチル基、オクチル基等のアルキル基を例示することができる。それらの疎水性官能基をシリカ粒子の表面に導入する方法としては、シリカ粒子を湿式シリカとして準備し、その表面の親水性シリカ(水酸基が結合したシリカ)を、シランまたはシロキサン等の疎水化処理剤で化学的に処理する方法を挙げることができる。その種の疎水化処理剤としては、上記で列挙したようなアルキル基を有する有機ケイ素化合物を挙げることができる。具体的には、メチルトリメトキシシラン、ジメチルジメトキシシラン、トリメチルメトキシシラン等のアルコキシシラン類、トリメチルクロロシラン等のクロロシラン類、ヘキサメチルジシラザン、テトラメチルジシラザン等のシラザン化合物を挙げることができる。これらの化合物の中でも特に、高い疎水性をシリカ粒子に付与する観点等から、トリメチルメトキシシラン、ヘキサメチルジシラザン等、トリメチル基を有する有機ケイ素化合物を用いることが好ましい。疎水化処理剤は、1種のみ用いても、2種以上を併用してもよい。
【0033】
シリカ粒子は、シリカ以外の化合物を粒子中に含むものであってもよく、また、表面に、上記で挙げたような疎水化処理剤以外の化合物に由来する表面処理構造を備えていてもよい。しかし、シリカ粒子は、粒子構造中、また表面処理構造中に、フッ素原子、またはフッ素原子を含有する化合物を含まないことが好ましい。
【0034】
シリカ粒子の粒径は、特に限定されるものではないが、平均粒径(D50)で、100nm以下、さらには80nm以下、また50nm以下であることが好ましい。粒径がそれらの値以下であることにより、シリカ粒子が、撥水処理対象物の表面に固定された状態が安定に形成され、持続されやすくなる。特に、撥水処理対象面の平滑性が低い場合や、撥水処理対象面が複雑な形状を有する場合でも、撥水処理対象面の非平滑構造や、狭い隙間を構成する箇所等にも、シリカ粒子が侵入して安定に留まることができる。よって、撥水処理層の撥水性を、長期にわたって持続しやすくなる。シリカ粒子の粒径が大きすぎる場合には、シリカ粒子が、撥水処理対象面の表面の凹凸構造や狭い空間等に入り込むことが難しくなり、撥水処理層の表面に留まりやすくなり、その結果として、撥水処理層の表面に摩擦等の物理的負荷が印加された際に、シリカ粒子が剥落する現象が起こりやすくなる。シリカ粒子の粒径を、上記の値以下のように、小さく留めておくことで、そのような現象を抑制し、撥水性を安定に維持することができる。シリカ粒子の粒径の下限は、十分な撥水性の付与および持続の観点からは、特に指定されるものではないが、入手の容易性、取り扱い性等の観点から、平均粒径で、3nm以上であるとよい。
【0035】
撥水処理剤における成分Aの含有量も、特に限定されるものではないが、高い撥水性を発揮しやすくする観点等から、撥水処理剤の全構成成分の合計質量を基準として、0.1質量%以上、さらには1.0質量%以上であるとよい。一方、撥水処理剤の粘性を低く保ち、塗布等による撥水処理における作業性を高める観点、また撥水処理剤の材料コストを抑制する観点等から、撥水処理剤における成分Aの含有量は、10質量%以下、さらには7質量%以下であることが好ましい。
【0036】
また、成分Aは、成分Bと成分Cの合計に対する質量比(A:(B+C))で、30:70の比率以上、さらには40:60の比率以上で、撥水処理剤中に含有されていることが好ましい。撥水処理剤に成分Aが十分な量で含有されていることにより、高い撥水性が得られやすくなる。さらに、成分Aが十分な量で含有されると、撥水処理対象面に形成される撥水処理層において、成分Aの粒子が、成分Bおよび成分Cによって形成される樹脂膜の内部に埋没せずに、層表面に凹凸構造を形成しやすくなり、そのことによっても、撥水性を効果的に高めるのに寄与する。一方、撥水処理剤における成分Aの含有量は、上記含有比率(A:(B+C))で、90:10の比率以下、さらには80:20の比率以下に抑えられていることが好ましい。成分Aが多量に含有されないことで、撥水処理剤の材料コストを抑制できるとともに、撥水処理対象面に形成される撥水処理層において、成分Bおよび成分Cによって形成される樹脂膜に、成分Aの粒子が強固に固着されて、撥水処理層から脱落しにくくなり、撥水性を長期にわたって維持しやすくなる。なお、成分Bと成分Cの合計に対する成分Aの含有比率は、有機溶剤の揮発等を経て形成される撥水処理層においても、撥水処理剤における比率が実質的に維持されるため、形成される撥水処理層においても、成分Aが、上記含有比率で含有されることが好ましい。なお、以降、本明細書において、成分Aの疎水化処理されたシリカ粒子を、単にシリカ粒子と称する場合がある。
【0037】
(b)成分B:ガラス転移温度が100℃以上の樹脂
成分Bは、100℃以上のガラス転移温度(Tg)を有するポリマー材料よりなっている。ガラス転移温度は、例えば、JIS K7121に従って評価することができる。
【0038】
ポリマー材料は、ガラス転移温度が高いほど、耐熱性に優れており、高温に加熱しても、軟化しにくく、当初の形状を維持しやすい。成分Bが100℃以上のガラス転移温度を有していることにより、撥水処理剤が、耐熱性に優れたものとなる。つまり、撥水処理剤を用いて形成される撥水処理層が、100℃やそれに近い高温の環境に置かれても、樹脂材料が形成する樹脂膜の中に成分Aの粒子が分散された撥水処理層の構造が、安定に保持されやすくなる。その結果、高温環境でも、成分Aによって撥水処理層の表面に形成された微細な凹凸構造が、保持されやすくなり、高温環境を経ても、成分Aによって付与される高い撥水性を安定に維持することができる。
【0039】
成分Bとして好適に用いることができる、ガラス転移温度が100℃以上の樹脂の具体例としては、メタクリル酸メチルポリマー(PMMA)等のポリアクリル樹脂やポリスチレン(PS)、またポリカーボネート(PC)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)、ポリサルフォン(PSU)等のエンジニアリングプラスチックを挙げることができる。特に、有機溶剤における分散性を確保する観点から、PMMA,PS,PCを用いることが好ましい。中でもPCを用いることが好ましい。成分Bを構成する樹脂としては、1種のみを用いても、ガラス転移温度が100℃以上の樹脂を2種以上組み合わせて用いてもよい。成分Bは、次に説明する成分Cとは異なり、酸変性を受けていない。
【0040】
(c)成分C:酸変性樹脂
成分Cは、酸変性樹脂である。酸変性樹脂は、ポリマーが、カルボン酸等の酸分子によってグラフト変性されたものである。
【0041】
撥水処理剤が酸変性樹脂を含有していることにより、撥水処理対象面に撥水処理層を形成した際に、撥水処理対象面に対する撥水処理層の接着性を高めることができる。また、成分Aのシリカ粒子の撥水処理対象面への固定の安定性を高めることができる。成分Cが酸変性されていることにより、本来の界面化学結合力に加え、水素結合力、またはイオン結合力が増大するためである。さらに、撥水処理対象面に反応性置換基がある場合には、それら置換基と酸変性基が、化学結合することによって、撥水処理層の接着性およびシリカ粒子固定の安定性が、さらに高められる。接着性の高い撥水処理層を形成することで、撥水処理層が、摩擦等の物理的負荷を受けることがあっても、撥水処理層が撥水処理対象面を被覆した状態、またシリカ粒子が撥水処理対象面に固定された状態が安定に維持され、撥水性の高い状態が保持されやすくなる。
【0042】
酸変性樹脂における酸変性の種類は、特に限定されるものではないが、マレイン酸変性樹脂であることが好ましい。マレイン酸変性樹脂は、撥水処理層の接着性の向上に高い効果を示すとともに、比較的入手しやすいからである。
【0043】
酸変性樹脂を構成するポリマー種も特に限定されるものではなく、成分Cとして、酸変性した熱可塑性樹脂、酸変性したエラストマー等を好適に用いることができる。酸変性した熱可塑性樹脂としては、マレイン酸変性(以下、MAH-と表記する)ポリエチレン(MAH-PE)、MAH-ポリプロピレン(MAH-PP)等の酸変性ポリオレフィン、またMAH-ポリスチレン(MAH-PS)等を例示することができる。酸変性したエラストマーとしては、スチレン・ブタジエン・スチレン系エラストマー(SBS)や、スチレン・エチレン・ブチレン・スチレン系エラストマー(SEBS)をはじめとするスチレン系熱可塑性エラストマー等、熱可塑性エラストマーを酸変性したものを例示することができる(MAH-SBS,MAH-SEBS等)。なお、エラストマーとは、ハードセグメントとソフトセグメントを有するポリマーを指す。成分Cを構成する酸変性樹脂は、1種のみであっても、2種以上が混合されていてもよい。
【0044】
上記のうち、成分Cとして、MAH-SBS,MAH-SEBS等、酸変性したエラストマーを用いることが、特に好ましい。エラストマーが、弾性率が低く、柔軟性が高いポリマーであることにより、酸変性されていることの効果に加えて、撥水処理剤の接着性を高める効果に特に優れているからである。ポリマー材料の柔軟性は、おおむね、ガラス転移温度の低い材料において高くなるため、撥水処理剤の接着性を高める観点から、成分Cを構成する酸変性樹脂として、エラストマーをはじめとして、ガラス転移温度の低いものを用いることが好ましい。MAH-ポリオレフィンやMAH-PS等の酸変性した熱可塑性樹脂を用いる場合にも、MAH-PSのようにガラス転移温度の高いものよりも、MAH-ポリオレフィンのように、ガラス転移温度の低いものを用いる方が、接着性向上の効果に優れる。成分Cとしては、ガラス転移温度が成分Bよりも低いもの、さらには、ガラス転移温度が50℃以下、また20℃以下のものを用いることが好ましい。なお、MAH-SBS,MAH-SEBS等、酸変性したエラストマーは、接着性のみならず、成分Dとして用いる有機溶剤への分散性に優れる点においても、撥水処理剤を構成するのに適している。
【0045】
以上のように、本実施形態にかかる撥水処理剤は、樹脂成分として、成分Bの高ガラス転移温度の樹脂と、成分Cの酸変性樹脂を含んでおり、それぞれ、撥水処理剤の耐熱性と接着性の向上に寄与する。成分Bと成分Cの配合比は、B:Cの質量比で、95:5から50:50となっている。このような配合比をとることで、撥水処理剤が、耐熱性と接着性を両立しやすくなっている。上記範囲よりも成分Bが多くなると、成分Cの不足により、密着性が不十分となり、摩擦等の物理的負荷を印加された際に、撥水処理対象面からの撥水処理層の剥離や、成分Aのシリカ粒子の脱落が起こりやすくなる。一方、上記範囲よりも成分Cが多くなると、成分Bの不足により、耐熱性が不十分となり、成分Aのシリカ粒子が撥水処理層に分散されて固定され、撥水処理層の表面に微細な凹凸構造を形成した状態を、高温下で維持しにくくなる。成分Bおよび成分Cが撥水処理剤に占める割合は、十分な厚さの撥水処理層が形成できるように、また、成分B,Cが有機溶剤中に十分に分散または溶解するように、適宜選択すればよいが、例えば、撥水処理剤の全質量に対して、成分Bと成分Cの合計(B+C)が、0.005質量%以上、また30質量%以下となるようにすればよい。
【0046】
(d)成分D:有機溶剤
撥水処理剤は、上記成分A~Cに加え、成分Dとして、有機溶剤を含有している。有機溶剤は、成分Aの疎水化処理されたシリカ粒子を分散させることができ、かつ、樹脂成分である成分Bおよび成分Cを分散または溶解させられるものであれば、特に具体的な種類を限定されるものではない。好適な有機溶剤として、テトラヒドロフラン(THF)、酢酸ブチル、トルエン、酢酸エチル、イソプロパノール、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、キシレン等を例示することができる。
【0047】
有機溶剤に成分A~Cを分散または溶解させて、液状等、流動性を有する状態で撥水処理剤を調製しておくことで、塗布等によって、撥水処理剤の膜を撥水処理対象面に形成すれば、有機溶剤の揮発を経て、固形状の撥水処理層を得ることができる。有機溶剤の揮発を、低温で、また短時間で行えるようにする観点から、成分Dの沸点が、150℃以下、さらには100℃以下であることが好ましい。さらに、成分Aのシリカ粒子の分散性を高める観点から、有機溶剤の溶解度パラメータ(SP値)が、10以下であることが好ましい。
【0048】
(e)その他の成分
撥水処理剤は、上記成分A~Dによって付与される特性を著しく損なわない範囲において、成分A~D以外の成分を、それらの成分に加えて含有していてもよい。そのような成分として、分散剤、増粘剤、無機充填剤、顔料、界面活性剤、pH調整剤、皮膜形成助剤、レベリング剤、消泡剤、酸化防止剤、紫外線吸収剤、防錆剤、着色剤、防腐剤、除菌剤、帯電防止剤、艶出し剤、防カビ剤等、各種添加剤を挙げることができる。
【0049】
また、撥水処理剤は、上記成分A以外の粒子状材料や、成分Bおよび成分C以外の樹脂材料を含有していてもよい。ただし、成分A~Cによって付与される特性を損なわないために、粒子状材料のうち成分Aが占める割合、また樹脂材料のうち成分Bと成分Cの合計が占める割合を、50質量%以上としておくことが好ましい。
【0050】
このように、本実施形態にかかる撥水処理剤は、成分A~D以外の成分を含むものであってもよいが、成分A~Dの一部として、あるいは成分A~D以外の成分として、フッ素原子を含む物質は、含有しないことが好ましい。特許文献1~5に開示されるように、フッ素原子を含む物質は、高い撥水性を与えるものとなるが、本実施形態にかかる撥水処理剤は、成分Aとして、疎水化処理されたシリカ粒子を含有することにより、フッ素原子を含む物質によらずとも、十分に高い撥水性を発揮することができる。よって、フッ素原子を含む物質による環境負荷を排除する観点から、撥水処理剤は、フッ素原子を含む物質を含有しないことが好ましい。
【0051】
また、本実施形態にかかる撥水処理剤は、アルコキシシランを含有しないことが好ましい。特許文献3,9,10に示されるように、シリカ粒子を含有する撥水処理剤にアルコキシシランを含有させれば、シラノール基と水酸基の間の反応を経て、アルコキシシランを介して、シリカ粒子を、撥水処理対象面に、強固に結合させることができる。しかし、本実施形態にかかる撥水処理剤は、樹脂材料よりなる成分Bおよび成分Cを含有し、それらの樹脂材料が、成分Aのシリカ粒子を、撥水処理対象面に強固に固定する役割を果たすので、アルコキシシランを含有させ、化学反応を経てシリカ粒子の固定を行う必要はない。アルコキシシランを用いてシリカ粒子を固定するとすれば、固定のために化学反応が必要となり、撥水処理層の形成に時間と労力を要することになる。また、アルコキシシランを用いたシリカ粒子の結合を利用するためには、撥水処理対象面が、ガラスや金属化合物等、水酸基を表面に有する材料より構成されている必要があるが、本実施形態にかかる撥水処理剤は、樹脂成分によってシリカ粒子を撥水処理対象面に固定するものであり、撥水処理対象面の材質が限定されるものではない。よって、樹脂材料をはじめとして、多様な材料よりなる撥水処理対象面に、シリカ粒子を強固に固着させた撥水処理層を形成することができる。
【0052】
さらに、本実施形態にかかる撥水処理剤は、アルコキシシラン以外にも、撥水処理対象面において、自身が固化するために、あるいは他の成分を固定または固化させるために、化学反応を必要とする成分を含有しないことが好ましい。アルコキシシラン以外のそのような成分として、特許文献6~10の撥水処理剤に含有されるような、重合反応(硬化反応)を経て撥水処理層中にポリマーとして含有されることになる重合性化合物を挙げることができる。化学反応を必要とする化合物を含有しないことにより、撥水処理剤を用いた撥水処理の工程を、簡素化、また短時間化することができる。
【0053】
本実施形態にかかる撥水処理剤は、各成分を混合することで、調製することができる。この際、成分Dの有機溶剤に、成分Aのシリカ粒子が十分に分散し、また成分B,Cの樹脂成分が十分に分散または溶解するように、超音波分散等を利用するとよい。撥水処理剤は、塗布等により、撥水処理対象面に膜状で配置できるように、液状、エマルジョン状、ゲル状等、流動性のある状態で調製しておくことが好ましい。
【0054】
<撥水処理体>
次に、本開示の一実施形態にかかる撥水処理体について説明する。図1に示すように、本実施形態にかかる撥水処理体1は、基材11と、撥水処理層12とを有している。撥水処理層12により、基材11の表面に撥水性が付与されている。
【0055】
基材11は、無機系材料または有機系材料よりなり、次項に説明するコネクタ等、撥水処理すべき部材を構成している。基材11の表面は、撥水処理対象面11aとなっている。基材11を構成する無機系材料としては、金属材料、シリコン等の半導体材料、セラミック材料やガラス等の無機化合物を例示することができる。有機系材料としては、プラスチック等の各種樹脂材料、セルロース等の繊維材料を例示することができる。
【0056】
基材11の撥水処理対象面11aには、撥水処理層12が設けられている。撥水処理層12は、上記で説明した本開示の実施形態にかかる撥水処理剤が配置されたものである。撥水処理層12においては、成分Dの有機溶剤が揮発しており、撥水処理層12は、実質的に、成分A~Cと、その他任意に添加された固形成分よりなっている。つまり、撥水処理層12は、固形状態の膜として、撥水処理対象面11aを被覆している。ただし、成分Dの一部が、撥水処理層12に残存していてもよい。成分Dの揮発を除いて、撥水処理剤の構成成分の化学構造および配合比は、撥水処理層12中でも、実質的に変化せず、維持される。
【0057】
撥水処理対象面11aへの撥水処理剤の配置は、塗布、含浸、スプレーによる噴霧、流下、グラビアなどの印刷機を用いた印刷、バーコーター、ブレードコーター、ロールコーター、エアーナイフコーター、スクリーンコーター、カーテンコーターなどの各種コーターによる塗工、含浸機による含浸加工等によって行うことができる。また、撥水処理剤を撥水処理対象面11aに配置した後、有機溶剤を揮発させるために、乾燥を行うことが好ましい。乾燥は、自然乾燥で行うことができる。ただし、撥水処理対象面11aに配置した撥水処理剤の成分の損失を避ける等の目的で、作業時間を短縮することが好ましい場合には、熱風乾燥等で乾燥させてもよい。
【0058】
形成された撥水処理層12においては、樹脂成分である成分Bと成分Cが混合された樹脂膜14の中に、成分Aのシリカ粒子13が分散されている。撥水処理層12の表面には、シリカ粒子13の粒子形状に由来して、微細な凹凸が形成されている。この凹凸構造が存在することによって、撥水処理層12の表面における水の接触角が大きくなる。その結果、撥水処理層12の表面が、高い撥水性を示すものとなる。十分な凹凸差を形成する観点から、撥水処理層12においては、樹脂成分が形成する樹脂膜14よりも外側(基材11と反対側)に、シリカ粒子13が突出しているとよい。そのためには、例えば、樹脂膜14の平均の厚さよりも、シリカ粒子13の平均粒径が大きくなるように、シリカ粒子の粒径および成分Bおよび成分Cに対する配合比(A:(B+C))を選択すればよい。
【0059】
撥水処理層12は、樹脂成分として、ガラス転移温度の高い成分Bを含有していることにより、高い耐熱性を有する。つまり、撥水処理層12が加熱を受けても、成分Bを含有していることにより、軟化による変形を起こしにくく、撥水処理層12の構造、つまり、シリカ粒子13が撥水処理層12中で分散されて固定され、撥水処理層12の表面に凹凸を形成した状態が、安定に保持されやすい。よって、高温になっても、撥水処理層12が、高い撥水性を示す状態が、維持されやすい。
【0060】
さらに、撥水処理層12が、樹脂成分として、酸変性樹脂よりなる成分Cを含有していることにより、撥水処理対象面11aに対する撥水処理層12の接着性、および成分Aのシリカ粒子13の固着性が高くなっている。よって、撥水処理層12が、摩擦等の力学的負荷を受けても、基材11からの撥水処理層12の剥離や、成分Aの剥落が起こりにくく、撥水処理対象面11aが、高い撥水性を示す撥水処理層12に被覆された状態が、安定に維持されやすい。成分Cによる接着性は、種々の材料よりなる撥水対象面11aに対して発揮され、基材11の撥水処理対象面11aが金属等の無機系材料よりなる場合にも、樹脂材料等の有機系材料よりなる場合にも、成分Cの含有により、高い密着性を有する撥水処理層12が得られる。
【0061】
また、撥水処理層12においては、成分Bおよび成分Cを構成する樹脂成分は、重合反応等を経て、すでにポリマーとなった状態で、撥水処理剤に含有され、撥水処理対象面11aに配置されるものであり、特許文献6~10のように、撥水処理対象面11aにおいて、重合等の化学反応を起こすことによって、ポリマーとして形成されるものではない。すでに形成されたポリマーが、有機溶剤に分散または溶解された状態で撥水処理剤に含有され、撥水処理対象面11aに配置されるため、有機溶剤を揮発等によって除去するのみで、化学反応を経ることなく、固形状の膜構造をとる撥水処理層12を、簡便に形成することができる。
【0062】
このように、成分A~Dを含む撥水処理剤を用いて形成される本実施形態にかかる撥水処理層12は、簡便に形成することができ、撥水性と耐熱性、また接着性に優れたものとなる。撥水性の向上のためにフッ素原子を含む物質を使用することも、シリカ粒子13を強固に固着させるためにアルコキシシランを含有させることも必要ない。
【0063】
撥水処理層12の撥水性の程度は、撥水処理層12の表面に水の液滴を滴下し、その接触角を測定することで、評価することができる。撥水処理層12の表面における水接触角が、100°以上、さらには125°以上であれば、撥水処理層12が高い撥水性を有しているとみなすことができる。さらに、100℃以上の高温環境を経ても、それらの値以上の水接触角を保持していれば、撥水処理層12が高い耐熱性を有しており、高温環境を経ても高い撥水性を維持できるとみなすことができる。
【0064】
<電気接続構造>
次に、本開示の一実施形態にかかる電気接続構造について説明する。本実施形態にかかる電気接続構造は、他の電気接続部材との間に電気的接続を形成することができる部材であり、その一部または全体に、上記で説明した本開示の実施形態にかかる撥水処理体1を含んでいる。つまり、電気接続構造を構成する基材11の表面の一部または全域に、撥水処理層12を有している。なお、ここで、基材11の表面とは、電気接続構造全体としての形状の外側に露出された外表面のみならず、電気接続構造の各部を構成する面状の部位の表面を指し、次に説明するコネクタ2におけるコネクタハウジング4の内表面43のように、電気接続構造の内側に露出した内表面等も含むものである。
【0065】
電気接続構造が、基材11の表面11aに撥水処理層12を有していることにより、水(または電解質;以下において同じ)が表面に接触することがあっても、その水は、表面に濡れ広がりにくく、また、長期にわたって表面を被覆した状態を維持しにくい。そのため、水が電気接続構造の外表面や内表面、また内表面に囲まれた空間に留まりにくくなり、金属部材の腐食の発生等、電気接続構造に水が影響を与える事態が起こりにくくなる。
【0066】
本実施形態にかかる電気接続構造の一例として、図2を参照しながら、コネクタ2について簡単に説明する。コネクタ2は、接続端子3と、コネクタハウジング4とを有しており、接続端子3がコネクタハウジング4に収容された構造をとっている。接続端子3は、表面をはじめとして、全体が金属材料よりなっており、相手方端子であるオス型端子(不図示)との間に、電気的接続を形成することができる。典型的には、接続端子3は、スズめっきされた銅合金よりなっている。コネクタハウジング4は、表面をはじめとして、全体が樹脂材料よりなっている。典型的には、コネクタハウジング4は、ポリブチレンテレフタレート(PBT)等のポリエステルや、ナイロン6等のポリアミドを含む樹脂材料よりなっている。
【0067】
接続端子3は、嵌合型のメス型端子として形成されており、前方に、相手方端子であるオス型端子と嵌合して電気接続を形成する嵌合部31を有している。そして、嵌合部31の後方に、バレル部32を有しており、先端部の導体92が絶縁被覆91から露出された被覆電線9をかしめ固定している。コネクタハウジング4は、中空筒状の構造を有し、内部に接続端子3を収容可能なキャビティ41を有している。被覆電線9を接続された接続端子3が、コネクタハウジング4のキャビティ41に収容されている。
【0068】
コネクタハウジング4は、全体が上記実施形態にかかる撥水処理体1として構成されており、コネクタハウジング4の外表面42および内表面43、つまりコネクタハウジング4の外側に露出した表面、およびキャビティ41に面したコネクタハウジング4の構成材の面の両方に、上記実施形態にかかる撥水処理剤を用いた撥水処理層12が設けられている。図2のように、被覆電線9を接続した接続端子3をコネクタハウジング4に挿入した構造においては、コネクタハウジング4のキャビティ41の中へと水が侵入可能な経路が存在する。つまり、オス型端子を挿入するためにコネクタハウジング4の前端部に設けられた開口部44や、コネクタハウジング4の後端部に存在する被覆電線9との間の隙間45から、キャビティ41内に水が侵入することができる。後端部の隙間45については、防水ゴム栓等によって閉塞し、水の侵入を阻止することもできるが、前端部の開口部44については、オス型端子の挿入のために開放しておく必要があり、キャビティ41への水の侵入経路を完全に閉塞することは難しい。このように、コネクタハウジング4のキャビティ41の中に、水が侵入する可能性があるが、キャビティ41を囲むコネクタハウジング4の内表面43に撥水処理層12が設けられていることにより、キャビティ41に侵入した水は、コネクタハウジング4の内表面43に接触した状態や、キャビティ41内に滞留した状態を、長期にわたって維持することができない。よって、キャビティ41内に水が留まり、キャビティ41に収容された接続端子3に付着して、接続端子3を構成する金属材料を腐食させること等により、コネクタ2の電気接続特性に影響を与える事態が、起こりにくくなっている。このように、一旦コネクタ2が水に接触することがあっても、水が長期にわたってコネクタ2に留まらないようにすることで、信頼性の高い電気接続構造を維持することが可能となる。
【0069】
以上のように、コネクタ2を構成するコネクタハウジング4の表面に、高い撥水性を示す撥水処理層12を設けておくことで、コネクタハウジング4への水の付着や侵入の影響を低減することができる。上記実施形態にかかる撥水処理剤は、コネクタハウジング4のような樹脂材料のみならず、金属材料の表面でも、高い接着性と撥水性を示すため、コネクタハウジング4の表面の代わりに、あるいはコネクタハウジング4の表面に加えて、接続端子3の表面に、上記実施形態にかかる撥水処理剤を用いて撥水処理層12を形成しておく場合にも、接続端子3への水の付着による電気接続特性への影響を低減する効果が得られる。
【0070】
なお、ここでは、コネクタの例として、メス型の嵌合型コネクタ2について説明したが、コネクタの種類はそれに限られるものではない。他種のコネクタとして、後の実施例でも扱うプリント基板用コネクタを例示することができる。プリント基板用コネクタは、接続端子としての複数のピンを、コネクタハウジングに設けられたピン差し込み孔に挿入して固定するものであり、ピン差し込み孔の内表面を含むコネクタハウジングの表面に撥水処理層12を設けることが好ましい。さらに、ピンの表面にも撥水処理層12を設けてもよい。また、本開示の実施形態にかかる電気接続構造は、コネクタに限定されるものではなく、ワイヤーハーネスの各部等、電気接続部材の種々の構成要素の表面に撥水処理層12を設けることで、その構成要素に撥水性を付与することができる。
【0071】
<ワイヤーハーネス>
最後に、本開示の一の実施形態にかかるワイヤーハーネスについて説明する。本実施形態にかかるワイヤーハーネスは、上記実施形態にかかる電気接続構造を有している。一例として、被覆電線の端部に、電気接続構造として、コネクタを備えたワイヤーハーネスについて、図3を参照しながら説明する。
【0072】
ワイヤーハーネスは、上記で説明したコネクタ2のように、本開示の実施形態にかかる電気接続構造としてのコネクタを、被覆電線の少なくとも一端に接続された端子付き電線の形態で含んでいる。ワイヤーハーネスは、複数の端子付き電線を含んでもよい。その場合に、ワイヤーハーネスを構成する端子付き電線の全てが、本開示の実施形態にかかるコネクタを備えるものであっても、一部の端子付き電線のみが、本開示の実施形態にかかるコネクタを備えるものであってもよい。
【0073】
図3に示すワイヤーハーネス5は、複数の端子付き電線を含んでいる。ワイヤーハーネス5は、メインハーネス部51の先端部から、3つの分岐ハーネス部52が分岐した構成を有している。メインハーネス部51において、複数の端子付き電線が束ねられている。それらの端子付き電線は、3つの群に分けられて、それぞれの群が、各分岐ハーネス部52において束ねられている。メインハーネス部51および分岐ハーネス部52において、粘着テープ54を用いて、複数の端子付き電線を束ねるとともに、曲げ形状を保持している。メインハーネス部51の基端部と各分岐ハーネス部52の先端部には、コネクタ53が設けられている。
【0074】
ここで、ワイヤーハーネス5を構成する複数の端子付き電線の端末に取り付けられた複数のコネクタ53のうち、少なくとも一部が、上記本開示の実施形態にかかる電気接続構造としてのコネクタ2となっている。ワイヤーハーネスにおいては、被覆電線等、大部分の構成部材において、金属材料が、樹脂材料に被覆されており、水と接触しない構造となっている。しかし、コネクタ等の電気接続構造が設けられた端末部においては、相手型コネクタ等、他の導電性部材と接続する必要性から、コネクタハウジング4の開口部44のように、水の侵入が可能な構造が存在する場合がある。しかし、そのような箇所においても、電気接続構造を構成する基材を、上記本開示の実施形態にかかる撥水処理剤で撥水処理しておくことにより、水の接触を受けることがあっても、その水が電気接続構造の表面や内部に留まりにくくなり、水による電気接続への影響を低減することができる。
【0075】
自動車等の車両に用いられるワイヤーハーネスにおいては、端部のコネクタ等の電気接続構造、またはその近傍に、水が接触する可能性があり、電気接続構造を撥水処理しておくことにより、電気接続構造を水の影響から保護することができる。また、自動車等の車両に設けられるワイヤーハーネスにおいては、電気接続構造が高温にさらされやすいうえ、撥水性の長期にわたる持続性も重要であるため、撥水処理層が高い耐熱性と接着性を有することも、有利となる。
【実施例
【0076】
以下、実施例を示す。ここでは、撥水処理剤の成分組成を変化させながら、形成される撥水処理層の特性を評価した。なお、本発明はこれら実施例によって限定されるものではない。以下、特記しない限り、試料の作製および評価は、大気中、室温にて行っている。
【0077】
[試験方法]
(1)撥水処理剤の調製
まず、表1および表2に示す成分組成で、各成分を混合し、試料1~19および試料31~42にかかる撥水処理剤を調製した。混合に際しては、常温で1時間、超音波分散を行った後、常温にて15時間、撹拌子による撹拌を行った。撥水処理剤には、表1,2に示した以外の成分は添加しなかった。
【0078】
試料の調製に用いた材料は以下のとおりである。
(成分A)
・H2000:メチルクロロシラン処理したシリカ粒子(平均粒径12nm);旭化成ワッカーシリコーン社製「WACKER HDK H2000」
・H3004:メチルクロロシラン処理したシリカ粒子(平均粒径10nm);旭化成ワッカーシリコーン社製「WACKER HDK H3004」
・R805:オクチル基で表面処理剤処理したシリカ粒子(平均粒径12nm);日本アエロジル社製「アエロジルR805」
・R974:ジメチルシリル基表面処理剤で処理したシリカ粒子(平均粒径12nm);日本アエロジル社製「アエロジルR974」
・RX200:トリメチルシリル基表面処理剤で処理したシリカ粒子(平均粒径12nm);日本アエロジル社製「アエロジルRX200」
・SX110:トリメチルシリル基表面処理剤で処理したシリカ粒子(平均粒径110nm);日本アエロジル社製「アエロジルSX110」
・A-200:疎水化処理していないシリカ粒子(平均粒径20nm);日本アエロジル社製「アエロジル200」
・TP120:シリコーン樹脂微粒子(平均粒径2000nm);モメンティブ社製「トスパール120」
・D1000:タルク粒子(平均粒径1000nm);日本タルク社製「ナノエースD-1000」

(成分B)
・PMMA:メタクリル酸メチルポリマー(Tg=101℃);和光純薬社製
・PC:ポリカーボネート(Tg=135℃);三菱エンジニアリングプラスチックス社製「ユーピロンS3000」
・PS:ポリスチレン(Tg=100℃);シグマアルドリッチ社製
・SEBS:水添スチレン系エラストマー SEBS(Tg=18℃);旭化成社製「S.O.E. S1605」
・PVC:ポリ塩化ビニル(重合度1000)(Tg=85℃);大洋塩ビ社製

(成分C)
・MAH-SBS:マレイン酸変性SEBS(Tg=15℃);旭化成社製「タフプレン912」
・MAH-SEBS:マレイン酸変性SEBS(Tg=18℃);旭化成社製「タフテックM1911」
・MAH-PE:マレイン酸変性ポリエチレン(Tg=-110℃);シグマアルドリッチ社製
・MAH-PS:マレイン酸変性ポリスチレン(Tg=100℃);シグマアルドリッチ社製

(成分D)
テトラヒドロフラン(THF)、酢酸ブチル、トルエン(いずれも和光純薬社製 試薬一級)
【0079】
(2)特性評価
(2-1)水接触角測定
30mm×30mm×0.5mm厚の平坦なポリアミド製の板材を、板面を鉛直方向にして立てた状態で、表1,2に示す各試料液中に常温で浸漬し、10秒間静置した後に引き上げた。そして、余剰の試料液を落としながら、常温で1時間風乾して、初期接触角測定試料とした。また、同様に、試料液への浸漬と乾燥を行って形成した試料を、100℃のオーブンに96時間入れた後に取り出し、耐熱後接触角測定試料とした。なお耐熱条件は、JIS C60068-2-2に従うものとした。
【0080】
上記で作製した初期接触角測定試料および耐熱後接触角測定試料の表面に対して、水接触角の測定を行った。測定は、接触角計(協和界面科学社製「ドロップマスターDM700」)を用いて、JIS R3257に準拠して行った。この際、滴量を2μLとして、落滴から3秒経過後の試料表面における接触角を測定し、それぞれ、初期および耐熱後の水接触角として記録した。水接触角が大きいほど、撥水処理層の表面の撥水性が高いことになる。
【0081】
(2-2)撥水性試験
撥水処理対象の基材となるコネクタハウジングとして、日本圧着端子製造社製のプリント基板用コネクタハウジング「VHシリーズハウジング」(ナイロン6製)を準備した。このコネクタハウジングは、接続端子としてのピンを挿入するピン差し込み孔を有しているが、そのピン差し込み孔が上下方向に向くように、コネクタハウジングを配置し、表1,2に成分組成を有する各試料液中に、常温にて浸漬した。試料液中で、コネクタハウジングを軽く揺すってピン差し込み孔の内部の気泡を除いた後、すぐに引上げた。さらに、コネクタハウジングを、浸漬中と同じ方向で配置したまま、常温ドライヤーにてピン差し込み孔の内部まで風を通して余剰の液を落としながら、1時間乾燥して、初期撥水試験用試料とした。また、同様に、コネクタハウジングの試料液への浸漬と乾燥を経て形成した試料を、100℃のオーブンに96時間入れた後に取り出し、耐熱後撥水試験用試料とした。なお、耐熱条件は、JIS C60068-2-2に従うものとした。
【0082】
上記で形成した初期撥水試験用試料および耐熱後撥水試験用試料のそれぞれについて、質量を測定した後、ピン差し込み孔が上下方向に向くように、コネクタハウジングを配置した状態で、常温にて純水に浸漬した。そして、ピペットの水流にてピン差し込み孔の内部の気泡を除いた後、すぐに試料を引き上げ、再び質量を測定した。
【0083】
純水浸漬前後の試料の質量を比較し、浸漬後の質量が、浸漬前の質量に対して1%以上増加している場合には、ピン差し込み孔の内部を含めて、コネクタハウジングの表面に十分な撥水性が付与されていないために、純水が残留したものと判断し、撥水性が不十分である(B)と評価した。一方、浸漬後の質量の増加量が、浸漬前の質量に対して1%未満である場合には、ピン差し込み孔の内部を含めて、コネクタハウジングの表面に十分な撥水性が付与されており、孔内の純水の残存量が十分に少なくなっていると判断し、撥水性が十分である(A)と評価した。
【0084】
さらに、耐熱を経た後の撥水処理層における撥水性の持続性を確認するために、撥水持続性試験として、上記の耐熱後撥水試験用試料と同様に作製した試料に対し、毎分1Lの流量の水道水を、ピン差し込み孔に通しながら、5分間にわたり、水流負荷を印加した。その後、すぐに試料の質量を測定した。水流負荷印加の前後の質量を比較し、水流負荷印加後の質量が、印加前の質量に対して、1%以上増加していた場合には、撥水性が水流負荷により劣化していると判断し、耐熱後の撥水持続性に劣る(B)と評価した。一方、水流負荷印加後の質量の増加量が、印加前の質量に対して1%未満である場合には、撥水性が水流負荷を経ても維持されていると判断し、耐熱後の撥水持続性に優れる(A)と評価した。
【0085】
(2-3)密着強度試験
上記撥水試験において用いた初期撥水試験用試料と同様の試料を準備し、密着強度試験用の試料とした。この試料のコネクタハウジングのピン差し込み孔に、接続端子を挿入してから抜去する端子挿抜を行った。端子挿抜を1回、2回または5回繰り返した後に、上記撥水性試験において行ったのと同様にして、純水への浸漬を行った。そして、純水浸漬前後の質量を比較し、浸漬後の質量が、浸漬前の質量に対して1%以上増加していた場合には、端子挿抜を経て、撥水処理層が剥離したものと判断した。一方、浸漬後の質量の増加量が、浸漬前の質量に対して1%未満である場合には、端子挿抜を経ても、撥水処理層の剥離が起こっていないと判断した。1回の端子挿抜を経て、撥水処理層の剥離が起こっていると判断された試料については、密着強度が不十分である(B)と評価した。一方、1回の端子挿抜を経ても、撥水処理層の剥離が起こっていないと判断された試料については、密着強度が十分である(A)と評価した。さらに、2回の端子挿抜を経ても、撥水処理層の剥離が起こっていないと判断された試料については、密着強度に優れる(A+)と評価した。さらに、5回の端子挿抜を経ても、撥水処理層の剥離が起こっていないと判断された試料については、特に密着強度に優れる(A++)と評価した。
【0086】
[試験結果]
下の表1,2に、試料1~19および試料31~42にかかる撥水処理剤の成分組成と、上記の各評価試験の結果を示す。成分組成については、各成分の含有量を、質量部を単位として記載している。
【0087】
【表1】
【0088】
【表2】
【0089】
表1に示すように、試料1~19においては、いずれも、撥水処理剤が、成分Aの疎水化処理したシリカ粒子を含有するとともに、樹脂成分として、成分Bのガラス転移温度が100℃以上の樹脂と、成分Cの酸変性樹脂を、質量比B:Cが95:5から50:50となる範囲で含有していることに対応して、形成された撥水処理層が、高い撥水性を示すものとなっている。つまり、125°以上の大きな水接触角が観測されるとともに、撥水性試験においても、十分な撥水性を有することが確認されている。さらに、耐熱後にも、大きな水接触角と、十分な撥水性が得られており、さらに耐熱後の撥水持続性にも優れている。このことから、撥水処理層が高い耐熱性を有していることが分かる。また、試料1~19のいずれについても、密着強度試験において、撥水処理層が十分な密着強度を有することが確認されている。
【0090】
一方、表2に示すように、試料31~42においては、上記所定の物質よりなる成分A~Cの一部を含有していないか、成分Bと成分Cの含有量比が上記範囲を外れており、十分な撥水性、耐熱性、密着性の全てを満たすものとはなっていない。具体的には、試料31は、成分Aの疎水化処理されたシリカ粒子を含んでおらず、試料32は、シリカ粒子を含有しているが、疎水化されたものではない。試料33,34は、成分Aとして含有される粒子が、シリカ粒子ではない。このように、疎水化処理されたシリカ粒子を含有しない各試料においては、耐熱過程や物理的負荷の印加を経ない初期状態から既に、水接触角として、125°以下の小さな値しか得られておらず、撥水性試験でも、撥水性が不十分であるとの結果となっている。
【0091】
試料35~42では、撥水処理剤が、疎水化処理されたシリカ粒子を含有していることにより、耐熱過程や、端子挿抜による物理的負荷の印加を経る前の初期状態においては、大きな水接触角と良好な撥水性試験の結果が得られているが、シリカ粒子と混合される樹脂成分が、所定の組成を有していないことと対応して、耐熱過程や物理的負荷の印加を経ると、撥水性が低下してしまっている。まず、試料35では、樹脂成分として、成分Bが含有されておらず、成分Cとして少量のMAH-SBSが含有されるのみである。この試料では、耐熱過程を経て、水接触角が小さくなるとともに、撥水性試験においても、耐熱後の撥水持続性が低くなっている。密着強度試験でも、密着性が不十分であるとの結果となっている。このことは、樹脂成分として、ガラス転移温度の高い成分Bを含有せず、成分Cに分類されるガラス転移温度の低い樹脂を少量しか含有しないことにより、疎水化シリカ粒子を基材の表面に強固に固定することができなくなり、撥水処理層の耐熱性および密着性が低くなっているものと解釈される。
【0092】
試料36,37では、成分Bとしてガラス転移温度が100℃よりも低い樹脂を用いている。これらの試料についても、耐熱過程を経て、水接触角が小さくなるとともに、撥水性が低下している。密着強度試験でも、密着性が不十分であるとの結果となっている。成分Bのガラス転移温度が低いことにより、撥水処理層の耐熱性が低くなってしまっているものと考えられる。密着性試験において示された密着性の低さは、成分Bのガラス転移温度の低さにより、撥水処理層の機械的強度も低くなっているものと解釈される。試料38では、成分Bとして、ガラス転移温度が100℃以上のものを用いているものの、成分Bと成分Cの含有量比が、B:Cの質量比で、50:50よりも成分Bが少ない状態となっている。この試料についても、耐熱過程を経て、水接触角が小さくなるとともに、撥水性が低下している。密着強度試験でも、密着性が不十分であるとの結果が得られている。このことは、ガラス転移温度が高く、撥水処理層に耐熱性を付与できる成分Bの含有量が少なすぎることにより、撥水処理層が十分な耐熱性を有さず、高温下において、シリカ粒子を分散させて固定した膜構造を十分に維持できなかったものと解釈される。密着性試験において示された密着性の低さは、成分Cが成分Bに対して多すぎるため、成分Bのガラス転移点の効果が発揮できず、撥水処理層の機械的強度も低くなっていることによると解釈される。
【0093】
試料39では、撥水処理剤に成分Cが含有されておらず、樹脂成分が、100℃以上のガラス転移温度を有する成分Bのみとなっている。この試料においては、耐熱過程を経ても、大きな水接触角と高い撥水性が得られており、撥水持続性も高くなっているが、密着強度試験において、端子の挿抜による物理的負荷の印加を経ると、撥水性が低下してしまっている。このことは、酸変性された樹脂よりなり、撥水処理層の基材への密着性を高めるのに寄与する成分Cが含有されないことにより、端子挿抜によって発生する摩擦力に耐えられる密着性を備えた撥水処理層を形成できなかったものと解釈される。試料40でも、撥水処理剤に成分Cが含有されておらず、樹脂成分が、100℃未満の低いガラス転移温度を有するSEBSのみとなっている。この試料を用いた場合には、耐熱過程を経て、水接触角が小さくなるとともに、撥水性が低下している。密着強度試験でも、密着性が不十分であるとの結果が得られている。このことは、撥水処理剤が高いガラス転移温度を有する成分Bを含有しないことにより、耐熱性の高い撥水処理層を形成することができず、高温下において、シリカ粒子を分散させて固定した膜構造を十分に維持できなかったものと解釈される。また、樹脂成分としてガラス転移温度の低い樹脂を含んでいても、その樹脂が酸変性されていないものであれば、成分Cの代わりに、撥水処理層の密着性を高めるものとしては機能できないと言える。試料41では、成分Cを含有せず、代わりに、未変性のエラストマーであるSEBSが、100℃以上のガラス転移温度を有する成分Bとともに含有されている。この試料については、試料39と同様に、耐熱過程を経ても、大きな水接触角と高い撥水性が得られており、撥水持続性も高くなっているが、密着強度試験において、端子の挿抜による物理的負荷の印加を経ると、撥水性が低下してしまっている。このことは、成分Bに混合する樹脂成分が、エラストマーであっても、成分Cとは異なり、酸変性されていないと、撥水処理層の密着性を高める効果を十分に発揮できないことを示している。試料42では、酸変性樹脂よりなる成分Cを含有しているものの、成分Bと成分Cの含有量比が、B:Cの質量比で、95:5よりも成分Cが少ない状態となっている。撥水処理層の密着性を高める効果を有する成分Cの含有量が少なすぎることと対応して、密着強度試験において、端子の挿抜による物理的負荷の印加を経ると、撥水性が低下してしまっている。
【0094】
以上の試料1~19と試料31~42の試験結果の比較から、撥水処理剤を、所定の成分A~Cを含有するものとし、さらに成分Bと成分Cの含有量比を所定の範囲に収めることにより、基材表面に形成される撥水処理層を、高い撥水性を有するものとし、さらに、耐熱性と密着性に優れることで、加熱および物理的負荷の印加を経てもその高い耐熱性を維持することができる。ここで、試料1~19では、成分Cの酸変性樹脂として、低いガラス転移温度を有するエラストマーであるMAH-SBSおよびMAH-SEBSと、高いガラス転移温度を有する非エラストマー樹脂であるMAH-PEとMAH-PSとを用いている。後者の中でMAH-PSを成分Cとして用いている試料10においては、他の試料ほどには優れた密着性が得られていない。このことから、成分Cの酸変性樹脂としては、ポリオレフィンのようにガラス転移点の低い樹脂、あるいはエラストマーを酸変性したものを用いることが、撥水処理層の密着性を高めるうえで、特に好適であると言える。また、試料1~19では、成分Aのシリカ粒子として、粒径の異なるものを用いているが、粒径が100nmを超えるシリカ粒子を用いている試料19においては、粒径100nm以下のシリカ粒子を用いている他の試料ほどには、優れた密着強度が得られていない。このことから、成分Aのシリカ粒子として、粒径100nm以下のものを用いることが、シリカ粒子の固定の安定性を高めるうえで、好適であると言える。
【符号の説明】
【0095】
1 撥水処理体
11 基材
11a 撥水処理対象面
12 撥水処理層
13 疎水化処理されたシリカ粒子
14 樹脂膜
2 コネクタ
3 接続端子
31 嵌合部
32 バレル部
4 コネクタハウジング
41 キャビティ
42 外表面
43 内表面
44 開口部
45 隙間
5 ワイヤーハーネス
51 メインハーネス部
52 分岐ハーネス部
53 コネクタ
54 粘着テープ
9 被覆電線
91 絶縁被覆
92 導体

図1
図2
図3